teleSUR
June 7, 2026
なぜドイツは国連安全保障理事会の理事国選任レースで敗れたのか
Why Germany Failed in UN Security Council Membership Race
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多くの国は、この投票を通じて、近年のドイツの外交政策に対する不満を表明した。

German Chancellor Friedrich Merz
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水曜日、ドイツは国連安全保障理事会の選挙で史上初の敗北を喫した。非常任理事国選任を巡る争いでポルトガルとオーストリアに敗れた。
数十年にわたり8年ごとに西ヨーロッパ枠の理事国席を確実に確保してきた欧州最大の経済大国が、なぜ今回は選挙に敗れたのか? 現時点で分かっていることは以下の通りだ。
キルギスやフィリピンのように数回の投票を経ることなく、長年安保理の常任理事国入りを目指してきたドイツは、「西ヨーロッパ・その他」グループの選挙において、第1回投票で敗退した。
選挙規則によれば、候補者は議席を獲得するために、投じられた票の3分の2以上の多数票を確保しなければならない。3カ国による選挙戦の結果、ポルトガルは134票、オーストリアは131票を獲得し、いずれも必要票数を上回った一方、ドイツは104票にとどまり、落選した。
ドイツのフリードリヒ・メルツ首相は、当選した国々を祝福し、欧州における緊密なパートナーシップを強調した。ドイツのヨハン・ヴァデフル外相は、公共放送ARDに対し、この結果は「本当に残念だ」と語った。
準備遅れと曖昧な政策
ワデフル氏は、敗因の主たる理由として、ドイツが立候補に遅れたことを挙げた。同氏は、オーストリアとポルトガルがより多くの票を獲得したのは、主に両国が早期に立候補を表明し、その結果として他国からの支持が得られたためだと述べた。
しかし、専門家たちは、選挙運動の遅れに加え、ドイツの外交的アプローチも物議を醸し、失敗の主な要因となったと指摘している。
ドイツの雑誌『デア・シュピーゲル』は、多くの国が今回の投票を、近年のドイツの外交政策に対する不満のはけ口としたようだと報じた。
ドイツがベネズエラに対する米国の軍事攻撃が国際法違反にあたるかどうかという問題について、長らくあいまいな態度を取り続けた点を指摘した声もある。ベネズエラに限らず、何事につけ曖昧さが、多くの国が支持しなかった理由であった可能性が高い。
また、ドイツの複数のメディアは、イスラエルとの緊密な関係が、ドイツにとって決定的な票を失う原因となった可能性があるとも報じた。
放送局ZDFによると、批判国は問題にしている。ドイツ政府が国際法に照らし合わせて「二重基準」を適用していることを。
特に、ガザにおけるイスラエルの非人道的行動を明確に非難することに消極的である点がひとつ、それから、米国がイスラエルを支援していることについて、非難を避けていることである。
さらにドイツの政策実行力についても疑問が呈された。ハンス・ザイデル財団の首都事務所長アレクサンダー・ヴォルフ氏はこう述べた。
「欠けていたのは野心ではなく、それを結果に結びつける能力だった。どうしたいのか?ではなく、どうするつもりなのか?、ということだ。これはドイツの外交・安全保障政策全体に共通する問題だ」
ヴォルフ氏によると、ドイツ連邦軍の戦略的能力は約束されたほどには改善されておらず、EU内での自律性についても、「議論ばかりで、実行されることは少ない」という。
小国の声=多国間主義
選挙でドイツを上回る成績を収めた2つの欧州内諸国の成功の背景にある重要な要因は、多国間主義への取り組みであった。
オーストリアのベアテ・マインル=ライジンガー外相は、同国の選挙勝利について語った。「小国であるオーストリアは、小国の代弁者としての信頼を確立してきた」と。
永世中立国として、オーストリアは一貫して多国間主義を提唱してきた。
オーストリアのアレクサンダー・ファン・デル・ベレン大統領は水曜日、国連安全保障理事会に出席し挨拶した。彼は国際法と人権に基づき、多国間主義を断固として推進していくと述べた。
ポルトガルの勝利については、学者たちは概して、今回の選挙結果を短期的な成果というよりも、10年以上にわたる持続的な外交努力の成果であると見なしている。この国はグティエレス国連事務総長の出身国として、その活動を支え続けた。
ポルトガルのパウロ・ランジェル外相は、ポルトガルの最大の強みのひとつは「架け橋を築く」能力にあると述べた。
ポルトガルはEUとNATOの両方に加盟する資本主義国だ。しかし、ポルトガル語圏諸国共同体*を通じて、アフリカ、ラテンアメリカ、アジアとも緊密な関係を維持している。そのことから、ポルトガルは、異なる地域や政治的視点を結びつけることができる国として広く認識されている。
* Comunidade dos Países de Língua Portuguesa: CPL
The CPLP was founded in 1996, in Lisbon, by Angola, Brazil, Cabo Verde, Guinea-Bissau, Mozambique, Portugal, and São Tomé and Príncipe, nearly two decades after the beginning of the decolonization of the Portuguese Empire. Following the independence of East Timor in 2002 and the application by Equatorial Guinea in 2014, both of those countries became members of the CPLP.
(ウィキペディアより)
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