イラン戦争を巡って、統一的課題の一部としてウクライナも付け加えようと思ったが、もはや停戦・和平、そして再建を語るほどの意義はなくなりつつあるように思える。
結局、ウクライナは国内外の頑迷な抗戦派によって、和平の時期を失ったまま、国家としての発展の契機を失ってしまったのではないか、という暗然とした心持ちにさせられる。
この気持ちは、下記の文章を読んだ時にしみじみと湧いてきた。


素朴な抗戦派の具体例

米国とイスラエルのイラン攻撃は許容できない ―世界史的な危機を克服するためにー
2026年3月16日

世界平和アピール七人委員会
大石芳野 小沼通二 池内了 髙村薫 島薗進 酒井啓子

………第二次世界大戦終了後、早くも1945年10月24日に国際連合が発足して、国際的なすべての対立・紛争は戦争に訴えることなく対話と交渉と協力によって解決することを取り決めた。それと同時に、力によって他国を支配する植民地主義を克服し、自国の運命は自国で決める各国の主権への不干渉や領土保全を尊重する国連憲章の下で世界は動き始めた。以来、国連憲章違反が起これば、さまざまな紆余曲折はあっても、国連の仲介の下で戦争を抑止し暴力が支配しない世界へ向かおうという意思はかろうじて共有されてきた。

しかし、2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナへの一方的侵攻以来、剥き出しの力に頼る論理があたかも正論であるかのように横行するようになってきている。イスラエルのガザ攻撃、米国のベネズエラ攻撃と続き、この度のイラン攻撃である。世界一の軍事力と経済力を背景にした米国がその威を借りるイスラエルとともに、また西半球では単独で、次々と犯す暴挙に対し、ロシアのウクライナ侵略を非難した欧州諸国はそれを強く非難できず、国連を中心とした世界世論は戦火の拡大を抑えることができずにいる。世界の歴史は一気に2つの世界大戦に先立つ帝国主義の時代に戻ってしまった感がある。

このまま暴力支配に地球が覆われていくなら、植民地主義と世界大戦の時代を超えてようやく確認し合うかに見えた人類的な平和への共同意思が失われてしまう。今や、多様性を認め、互いの人権を尊重し合い、平和を尊ぶ文明が破壊され、人類の未来が危うくなる危機的状況である。………………………………………………………………………………………………………………


これは素朴な抗戦派の典型的な立論だ。

古今東西、侵略したりされたり、不正義がまかり通ったりしたくとはたくさんある。その際、大抵は正義か不正義は別に、勝ちは勝ち、負けは負けと割り切るしかないこともたくさんある。

ウクライナの場合、おそらく年に一度くらいはそんなタイミングがあったが、誰かが邪魔して先延ばしされた。いろいろ理由はあったが、結局ロシアに負けるというのが気に食わなかったからではないか、という気もする。それもウクライナ自身より、旧東欧も含めて欧州が全体として持つ嫌ロシア観が根っこにありそうだ。そうでなければ、ロシアとウクライナの国境をロシア的ヨーロッパとヨーロッパ的ヨーロッパに分ける地理観は非歴史的で理不尽そのものだ。

我々からみてウラル山脈以西は、ロシアもふくめてヨーロッパであり、強いて分ければオーデル・ナイセ以東のスラブと、西のゲルマン、ラテン、ケルトということになるが、ゲルマンとラテンの違いがゲルマンとスラブの違いより小さいかと言われれば、自信はない。
しかし、これは自信を持って言える。ロシアとウクライナの違いは、ゲルマンとの違いに比べれば無きに等しい。

ロシア宿敵論によれば、結局、ウクライナの抵抗も敗北もきわめて主観的な「宿命論」として片付けられてしまいそうだ。


心情的抗戦派の人々

抗戦派内には心情的抗戦派と嫌ロシア派と隠れ好戦派とがいる。
心情的抗戦派は圧倒的多数を占め、進歩派や、ときには左翼と目される人にまでおよんでいる。論理的に見て最大の特徴は、蘆溝橋型論理への拘泥である。時にそれは良経型の判官びいきの論理で色付けされる。蘆溝橋事件では中国軍が先に発砲したというので日本軍が「反撃」し、それが12年戦争へと結びついていった。ただこの場合は強者(日本軍)が用いたので、実情は理解しやすかった。ウクライナでは「弱者」が用いたのでわかりにくい。

ただ後に、ウクライナ戦争はウクライナではなく、NATOが仕掛けた策略だったということが明らかになったが、抗戦派はそれを認めようとしなかった。さらにイスタンブールの停戦条約が締結される寸前に「ブチャの大虐殺」が発生した。これも報道を吟味すれば、「偽旗作戦」が強く疑われたにも関わらず、それも無視されて、「反人道的大虐殺」との通説が訂正されずにまかり通った。

そして4年たった今も状況に変わりはない。ウクライナでの列強批判がきちっと行われていれば、ガザの惨劇やイスラエルの残虐非道ぶりはもっと早く、もっと強く非難されていたのではないかと思う。
現地で悲惨な状況が悪化の一途を辿っているにも関わらず、心情的抗戦派は一向に再検討の腰を上げない。再検討なしに国家再建の道は開けないのだから、安直な正義論のオウム返しは怠慢のそしりを免れない。

嫌ロシア派と隠れ好戦派

ここで残り二派の色分けに移ろう。嫌ロシア派は伝統的な東方蔑視に基づくもので、チャーチル以来の保守派の伝統に基づくものである。東西対決時代にそれはより漫画的に増幅されて007の野卑なロシア人、独裁政権の操り人形として非人格化された。日本人の一部に見られる朝鮮民族への侮蔑感と通じるものがある。

最後の隠れ好戦派は自らの東方進出の手段として、ウクライナ自立を目指すもので、抗戦派の衣を被っているが、その正体は侵略の尖兵としてのネオナチ勢力であり、その背後にいる西欧資本でありそれらを束ねる各国政府である。

その中心に陣取っていたのがドイツ首相メルケルである。彼女はミンスク合意を推進したが、それを守るつもりはなかった。ウクライナを西側の取り込むための「時間稼ぎ」として宥和政策をとったが、その間にウクライナの武装を急速に進め、ロシアの侵入を前提にそれを押し返す計画を進めた。2021年末から22年初頭にかけてのロシアとの交渉は、ロシアが戦闘開始に吸いこまれていく過程が細部にわたり明らかになっている。ここに書き込むにはあまりにも膨大なのでミンスク関連の文献を参照いただきたい。

以上、抗戦派の分析を簡単に行った。勢力の数的総体としては嫌ロシア派が圧倒的に多く、抗戦派内の大きな分岐が生じるのは絶望的にさえ感じられる。

とりあえずの結論として言えるのは、できるところから始めていくしかないということだ。時間はかかってもふたたび、欧州統合と経済発展の構図を描きつつ、そうしないとウクライナ経済は東欧の産業構造と競合し、その結果、ヨーロッパの重荷となるであろう。その時抗戦派は生きた屍と化し、生き残ったものはロシアとの結合を図ることになるかもしれない。

ロシアはそれを待てるだろうが、ヨーロッパに残された時間は多くはないように思う。