https://sputniknews.jp/20220407/10559305.html
Sputnik 日本語版
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2022年4月7日, 15:00
(更新: 2022年4月27日, 22:57)
(更新: 2022年4月27日, 22:57)
「ブチャ虐殺事件」の文献学的考察の途中であったが、とにかく立て続けに大事件が発生し、作業が途中のまま 放棄されている。いまはほんとに着手したばかりで、まず容易に入手できて膨大な量の情報を収集しているウィキペディアの英語版を検討しているところだ。1年後 くらいまで事実収集と確からしさの吟味が終了している。一応文献の最後まで検討したところで、ひとまずの「まとめ」を出そうと思っている。
「まとめ」というより、ウィキの叙述が意識的か無意識かは別として追究しきれていない「事実」を、「謎」として再提出し、それを主としてロシ ア側の提出した「事実」と突き会わそうというのが、私の計画だ。
たまたま、SPUTNIK 日本語版に下記の文献を見つけたので、とりあえずブログに上げておく。案の定というか、そこにはウィキとはまったく違った世界が広がっている。ロシア寄り と言われないように学問的中立を保つ必要がある。慎重に検討し、両者の矛盾を国際法的常識、地政学的常識、軍事科学的常識に基づいて吟味して いこうと思う。
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ブチャ虐殺はウクライナ軍による犯行
犠牲者はロシア軍への協力者=米軍事アナリスト
イントロ
ウクライナの首都キーウ(キエフ)近郊のブチャで起こった虐殺はウクライナ軍による犯行である。スコット・リッター元国連大量破壊兵器査察官がウクライナ危機に関するイベントに参加した中で発言した。
編注: スコット・リッターは左翼の記事にしばしば登場する人物です。一種の内部告発に近い立場なので、一定の留保を要します。素行も芳しからぬ噂があり近づかないほうが良いでしょう。
編注: スコット・リッターは左翼の記事にしばしば登場する人物です。一種の内部告発に近い立場なので、一定の留保を要します。素行も芳しからぬ噂があり近づかないほうが良いでしょう。
本文(リッター証言の引用)
リッター氏はイベントの中で次のように発言した。
リッター氏によると、ロシア軍がブチャに展開していたのは直近の数週間で、地元住民との関係は良好だったという。その証拠に、ウクライナ警察は4月1日にブチャへ向かう際、ロシア軍への協力者を摘発して殲滅すると警告していた。
ウクライナ側はこのように発言していました。仮にロシア軍に協力すれば、待っているのは死だと。政府高官がこうした発言を行った映像は残っています。その高官はブチャの市民に対し、SNSで次のように呼びかけました。「自宅にいてください、国家警察が摘発を行います。パニックにならずに自宅にいてください」と。
ウクライナの懲罰部隊は路上で市民に発砲し、ロシア軍に協力していた市民の自宅に押し入るなどしていたという。
我々のもとにはウクライナ警察が、具体的にはアゾフのグループが「サファリ」(狩猟)を始めると豪語している動画が残っています。ブチャに展開したウクライナ警察特殊部隊の名称がまさに「サファリ」でした。
彼らはサファリを実行し、ロシア軍への協力者を摘発したのです。摘発とは殺害を意味します。拘束するのではなく殺害です。そして彼らはこれを実行しています。その後、彼らは市内を練り歩き、遺体の撮影を行い、ロシア人がやったのだと豪語してるのです。
またリッター氏は遺体に白い布が結われていることに着目した。これは市民がロシア軍に投降したことを示しているという。また、遺体近くには緑色の箱が映されているケースがあるが、これはロシア軍による食料供給の箱とされている。
さらに、メキシコのジャーナリストが4月1日、現地に到着して撮影していたところ、まだ鮮血が流れていたと証言している。これは市民が撮影直前に殺害されたことを意味している。こうした状況を踏まえ、ブチャで起こった虐殺の真相はウクライナ国家警察による親露派住民の粛清だとリッター氏は結論付けている。
さらに、メキシコのジャーナリストが4月1日、現地に到着して撮影していたところ、まだ鮮血が流れていたと証言している。これは市民が撮影直前に殺害されたことを意味している。こうした状況を踏まえ、ブチャで起こった虐殺の真相はウクライナ国家警察による親露派住民の粛清だとリッター氏は結論付けている。
ロシア国防省は3日、ウクライナ・キエフ州ブチャにおける民間人殺害について、ウクライナ側による非難を否定した。ロシア国防省では、ロシア軍は3月30日に完全にブチャから撤退しており、「犯罪を証明するもの」は、ウクライナ安全保障当局職員が同市に到着してから4日後になってようやく表に出たとしている。ロシア国防省はまた、3月31日のブチャ市のフェドルク市長がビデオメッセージの中で市内にロシア兵はいないと発言したこと、さらに市街における一般市民に対する銃撃について何の言及もなかったことを強調している。
以上
この記事にいくつかの記事がリンクされている。そのうちいくつかを紹介しておく。
引用
ロシア国防省
ロシア軍は3月30日に完全にブチャから撤退しており、「犯罪を証明するもの」は、ウクライナ安全保障当局職員が同市に到着してから4日後になってようやく表に出たとしている。ロシア国防省はまた、3月31日のブチャ市のフェドルク市長がビデオメッセージの中で市内にロシア兵はいないと発言したこと、さらに市街における一般市民に対する銃撃について何の言及もなかったことを強調している。
引用終わり
ラブロフ外相
引用
我々は、進行中の停戦交渉を混乱させる言い訳を見つけたいという願望が原因だと考えてしまう。つまり、あまり明るくはないが光が見え始めたまさにその瞬間に、行動を起こすというものだ。
我々はこうしたフェイクを暴露する。3月上旬にマリウポリ市の小児病院を悲劇として提示しようとした際、我々はこれを暴露したが、今回も同様であり、配置換えの関連でロシア軍は3月30日にブチャ市を離脱したが、続く3日間に市長はテレビ演説を行い、街は通常生活に戻ったと発言している際にウクライナ軍が到着し、路上を撮影されたが、その際は遺体など転がっていなかった。つまりは3日経ってから、ひと芝居打とうと思いついたわけだ。
…ブチャでのいわゆる「犯罪を示す証拠」はすべて、ウクライナ保安庁職員やウクライナのテレビ局関係者が市内に到着して4日目に挙げられたと考えて当然だ。
引用終わり
なお、ラブロフ発言は他のテレビ会議でのついでの発言であり、内容は軍の発表を超えるものではなさそうなので、一体のものとして把握する。
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このロシア側発表は口頭によるもので、数字的なものが示されず、ブチャでの戦闘がなかったかのように暗示され、ロシア側の被害が示されていない。要するに事実関係の説明がきわめて不十分である。
交渉の結果に従って、平和的に撤退するのだから、厳密にはウクライナ軍部隊との引き継ぎをして転送すべきであった。これらの安易な対応が混乱と挑発を招いたことを反省すべきであろう。
7日の初稿が3週間後に訂正されて発表されているのは、その間にリッター発言が入手できたからであろうが、自分のやったこと、やらなかったことを自らの調査で発信できなかったことは、「ネガティブ情報の危険性」に対するロシア側の無関心を想像させる。
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