Rosa Luxemburg Stiftung
8. March 2025

スウェーデンにおける女性たちの時間を求める戦い
Women’s Battle for Time in Sweden

by Martina Skrak

Sweden Women
スウェーデン労働組合総連合による労働時間短縮要求デモ(ストックホルム)


スウェーデンでは、労働条件と労働時間をめぐり、女性が主導する労働組合を先頭に闘争が続いている。
歴史は、労働運動と女性運動が団結すれば変革が可能であることを示しているが、ストライキや労働時間短縮要求にもかかわらず、進展は緩やかである。

今、国内の経済格差が拡大し、福祉部門が崩壊の危機に瀕している。スウェーデンはさらなる福祉削減か、時間と資源の公平な再配分か? との重大な選択に直面している。
そしてもう一つの選択、労働者階級の男性は。女性とともに立ち上がるのか、それとも今まで通り、自分たちの仕事がより高く評価されるような制度を支持し続けるのか? という選択も迫られている。


* 労働時間短縮の闘い

スウェーデンの看護師・助産師組合は、官民両部門の看護師・助産師・病院職員を代表している。組合は最新の交渉において、労働時間を1日15分短縮することを要求している。

2024年、看護師・助産師組合の組合員2,000人がこの要求のもとに24日間のストを決行した。それは、現状ではフルタイムで働くことができない人々の労働条件改善に結びつくものだった。

最終的に、組合員の10%弱(夜勤・交替制勤務者)が1日6分、1週間30分の削減を実現させた。しかし、組合はこれに満足せず、労働時間短縮の要求を引き続き提起すると組合員に約束した。このようにして看護師・助産師の労働時間・条件の改善を求める闘いは続いている。

この運動は看護師・助産師だけのものではない。高齢者介護、保育など公共部門の労働者を束ねる「自治体労働者組合」も労働時間短縮を主張している。

スウェーデン左翼党と緑の党はともに、標準労働時間を週40時間から30時間に短縮することを支持している。これらの政党は比較的小規模であるが、法改正など意味のある改革を行うにはだいじな勢力である。なぜならこれらの要求を実現するためには、より広範な国民の支持が必要だからである。

去年、社会民主党の作業部会が、より持続可能な労働生活を実現するための幅広い取り組みの一環として労働時間の短縮を提案した。そのことで、労働時間の問題は新たな機運を高めている。スウェーデンで、今このように、労働時間削減を求める声が高まっているのは偶然ではない。


* 富の偏在

長年にわたり、スウェーデンは世界で最も男女平等が進んだ国とみなされてきた。それには理由があり、歴史的条件が重要な役割を果たしている。スウェーデンは200年間戦争がなく、平和と天然資源の組み合わせが大きな国富の蓄積を可能にした。

しかし、これらの資源を平等に分配するためには、さらなる組織化が必要だった。20世紀初頭には、工業化にともない都市化が進んだ。そして労働条件の改善と政治的影響力を求める労働者階級が台頭してきた。この時期には、禁酒運動や女性運動など市民・大衆の運動も勃興した。

第一次世界大戦に端を発した革命運動がスウェーデンに波及する可能性があった。そのことを恐れた政府は、社会の平和を維持するため、これら市民・大衆の要求に同意した。


* ジャガイモ暴動から福祉国家へ

第一次世界大戦に端を発した革命運動のひとつが、いわゆる 「ジャガイモの反乱 」である。1917年、スウェーデンは食糧不足と飢饉に直面し、商人や富裕層は食糧を買い占め、投機に走った。
(訳注:日本で米騒動が起きたのも1918年とほぼ同時)

人々は平和と民主主義、そしてジャガイモを求め抗議運動を起こした。各地で飢餓暴動が勃発した。その最前線にいたのは労働者階級の女性たちで、彼らは倉庫や食料品店に強引に入り込み、在庫の充実と適正価格を要求して直接行動を起こした。

このジャガイモ暴動は、価格規制と食糧供給の改善につながっただけでなく、政治的にも大きな変化を引き起こした。労働者階級の女性が先頭に立ち、労働運動と女性運動の共闘は歴史に残るものとなった。

この暴動は保守的な右翼政権を倒し、わずか数年後には平等で普遍的な参政権の導入を加速させた。第二次世界大戦後から1980年代まで、スウェーデンの政治は強力な労働運動と強固な福祉国家の発展によって形成され続けた。
育児、高齢者介護、賃金差別禁止法、手厚い育児保険など、いくつかの男女平等改革が導入された。


* いまも継続する男女差別(gender segregation)

女性雇用率が高くなったにもかかわらず、労働における男女差別は続いている。フェミニスト経済学者のハイディ・ハートマンの研究は、労働力拡大への需要が高まる中でも、男性がいかに積極的に差別にしがみつき、男女差別を維持しようとシステムづくりしているか述べている。

彼女はこれを、家父長制と資本主義が連動して働いていると表現している。

ハルトマンによれば、女性が家事労働から正規の労働市場に移ったあと、男性は女性の労働力を支配し続けようと試みた。そのためには、職場における男女の差別を維持することが重要だった。資本主義は、そのために家父長制を利用した。家の制度により、女性という “より安い労働力” と分断された労働者階級を確保し、そのことで利益を得ていた。

女性は1925年まで政府の仕事に就くことは許されず、特定の職業から排除された。1989年まで戦闘任務に就くことは禁じられていた。
1939年まで、既婚女性が働くには許可証が必要であり、夫に収入があれば女性が働いても経済的なメリットが少ないという連帯課税が1971年まで続いた。

スウェーデンでは、男性が一家の稼ぎ手であるという規範が根強く残っており、それが今日まで続いている高度に性別分離された労働市場につながっている。ハルトマンは、労働者階級の男性たちは、労働者階級の女性たちと団結して資本に対抗するのではなく、家父長制的な優位性を維持し、労働力における男女分離を維持することを選んだと主張する。

この決定は、彼ら自身の階級的利益に反するものだった。

その結果、スウェーデンは逆説的に、世界で最もジェンダー分離が進んだ労働市場のひとつとなった。介護者としての女性に対する固定観念が根強く、女性は介護サービスなど人を対象とした仕事に就くことが多く、男性は機械や技術などモノを扱う仕事が多い。スウェーデンの30大職業のうち、男女の分布が均等なのは4つだけである。




* 労働力の過小評価

上述のごとく、仕事の類別は性別によって分断されている。しかしそれだけではなく、仕事への社会評価も異なっている。2023年、スウェーデンの調査団体は、男性優位の職業と女性優位の職業を比較した平均賃金を比較した。この調査によると、各々の職業は教育、責任、ストレスレベルにおいて同等であるにもかかわらず、男性優位の仕事の賃金が、女性優位の仕事の20%増しであった。

この格差は、若者の職業訓練の選び方にも反映されている。2,600人の若者を対象とした職業選択に関する調査では、男子は介護職を避ける傾向にあることが明らかになった。介護職は地位が低すぎると認識されているためである。

1980年代以降、公共部門、特に社会部門の組織と資金調達は大きな変化を遂げた。このセクターを「より効率的に」「より生産的に」しようとする努力は、民間投資家への門戸開放の拡大と同時並行で進められた。

このプロセスにより、医療セクターの一部は、他のセクターがうらやむほどの投資収益率を誇る有利な産業へと変貌を遂げた。2021年、サービス部門全体の株主資本利益率では14.5%であったのに対し、ヘルスケア企業の株主資本利益率は平均29%に達した。

民営化された福祉セクターには、いまも多額の公的資金が流入し続けているが、その多くは医療や福祉に再投資されるのではなく、企業の利益として流出している。

介護の民営化は、この部門の労働条件にも深刻な結果をもたらしている。


* 福祉削減と業務内容の劣悪化

1990年代の金融危機の際、福祉部門の大幅な削減が行われた。1993年と1994年だけで20万人の雇用が失われた。

1990年から2021年にかけて、スエーデンの人口は23%増加した。これに対し、看護師の数はわずか9%しか増加しなかった。同時に、13,000人の訓練された看護師が、不満足な労働条件のためにその職業に就いていなかった。

スウェーデンの244の市町村と地域で、最も女性が多い職場と男性が多い職場の労働条件を比較した、2023年の調査では、地方レベルでも全国レベルでも男女間に大きな違いがあることが明らかになった。
最も女性が多い職場では、フルタイムで働く従業員は半数に満たなかった。つまり、パートタイム労働が、スウェーデンの男女所得格差の主な要因となっていることがわかった。
パートタイム労働が多いことの主な理由は、そもそもフルタイムの仕事がないこと、次いで 「個人的な理由」 (職場での心理的ストレスや家族介護の責任を含む)である。

この調査では、管理職1人当たりの従業員数にも大きな違いがあることも明らかになった。男性が支配的な職種では、一般的に管理職1人当たりの従業員数が20人未満であるのに対し、女性が支配的な職種では、管理職1人当たりの従業員数が30人以上であることが多かった。

管理職1人当たりの従業員数は、管理職が効果的に職務を遂行する能力に明らかに影響する。スウェーデン国立保健福祉委員会によると、15人の従業員を監督する管理職は、人事管理業務に年間約1,200時間を要する。 しかし、従業員が30人になると、これは1,800時間に増加する(休暇が5週間あり、病気やその他の欠勤がないと仮定した場合)。


* 高まるストレスレベル

福祉のガバナンスが「合理化」され、中間管理職が従業員から遠ざかるにつれて、2つの現象が進行する。一方では些細な管理と統制が強まる一方、管理者への信頼は低下していく。職場における専門的なサポートの欠如と、些事にわたる干渉の高まりが相まって、介護の精神的ストレスが高まり、体調不良につながっていく。

この状況は、仕事そのものの性質によって悪化する。介護サービスの対象者は、割り当てられる時間とは関係なく、特定の質と精神的な支援を必要とする。質の高い介護を提供できないストレスは、人と接し、介護する職業では特に大きい。

当然のことながら、病気休暇は女性が多い職業で多くなる(それが男性労働者であっても同様だ)。そこでは劣悪な労働環境が不健康の一因となっており、スウェーデンで疲労症候群が初めて認識された1990年代の福祉削減以降、状況は悪化している。
によるストレス増加を受けて、福祉労働者(主に女性)は健康を犠牲にしてきた。

2024年、スウェーデンではストレス関連疾患による病気休暇が過去最高を記録した。だから、傷病手当を支給する監督庁は、率直にこう述べている。

“病気欠勤の精神科診断へのシフトは、長い間続いている。1990年代にはすでに精神科疾患の患者数が増加していた。その重要な理由は、深刻な経済危機に関連した緊縮財政措置によるものである。医療、教育、介護(福祉サービス)における需要の増大と資源の減少が同時に起こった。
30年たった今でも、この構造的な問題は福祉部門に根強く残っており、スウェーデンの労働分野では病気欠勤が最も多い分野となっている”

この問題は今に始まったことではないが、明らかにエスカレートしている。



* 生きるための時間を要求する

女性が主導する労働組合運動が、労働条件の改善や労働時間の短縮を求めるということは、何を意味するのだろうか。こうした要求の急進的な性質を把握するには、スウェーデンの現在の経済状況を考えることが不可欠である。

経済格差は拡大傾向にあり、世界の平等指数でスウェーデンは首位から26位に転落した。スウェーデンは過去50年間で最悪の所得格差に見舞われており、それに伴って男女の賃金格差も拡大している。

1980年代、スウェーデンの大手企業50社の最高経営責任者(CEO)の給与は産業労働者の9倍だったが、現在は71倍に急増している。スウェーデンの右派政権はナチスをルーツとする極右政党の支持を得ており、左派と労働運動は押し戻されている。

こうした状況の中で、女性主体の労働組合は賃金空間のシェア拡大を要求しているだけでなく、労働力の組織化や労働条件のあり方の根本的な変革を求めている。彼女たちは生きる時間を求めている。



* 根本的な転換点

私たちは今、根本的な転換期を迎えている。

今後数年間で、スウェーデンの福祉部門で働くために40万人以上が必要となり、女性が支配的な職業では労働力不足が迫っている。こうした分野で働く労働者の多くは、劣悪な労働環境のためにすでに退職を選択し、残った労働者はますます病気になりつつある。変革は必要であるだけでなく、不可避である。

その変化がどのようなものであるべきか、それが戦いの核心である。

雇用主とスウェーデンの右派首相は、定年年齢の引き上げや、職員不在時に高齢者を監視するカメラの設置といった対策を提案している。
これに対し、女性主体の労働組合は、労働時間の短縮、持続可能な労働条件、仕事に対する影響力の拡大を要求している。これらの要求は、経費削減や利益の最大化よりもニーズやケア、生活の質を優先することを求めている。それらの要求を実現させる運動は、総労働時間と財政の振り分けを再構築する可能性を秘めている。


* 労働運動の統一

今問われているのは、労働運動のより男性優位の部門が実際にどのような立場をとるかである。2024年のスウェーデン労働組合総連合大会では、いくつかの組合が、週40時間から30時間への法定労働時間短縮を支持するため、より積極的な姿勢を求めた。

しかし、男性中心の大規模組合はこの問題を優先させることに消極的だった。その代わりに、各組合が使用者と個別に交渉するという“妥協案”(事実上の闘争放棄案)が成立した。もし労働総同盟が立法措置を推し進めれば、使用者との間の政治的緊張は回避できたはずである。

2025年、私たちはスウェーデンの労使間闘争とジェンダー間の階層問題に直面している。ジャガイモ暴動に参加したような働く女性たちが再び先頭に立ち、男性たちを結集して、まさに労働のルールと資本の力に挑戦する改革を支持するのだろうか。

それとも労働運動の男性たちは、単に性別が違うだけで、自分の仕事が名声と賃金の両面でより高く評価されるような分業を選ぶのだろうか。もし彼らがこの道を選ぶなら、それは女性を犠牲にし続けることになるだろう。

男性をふくむ私たちは、共に、より良く生きるための時間を要求しなければならない。