February 7, 2025
Tempest Collective, South Korea
韓国のクーデター未遂に続くもの
政治危機と社会運動左派の戦略問題
After the South Korean coup attempt
Political crisis and the question of strategy for the social movement left
by Hong Myungkyo
洪明教はハンギョレ新聞のコラム執筆者、サムスン電子労組の元リーダー。
* 戒厳令阻止から弾劾訴追まで
2024年12月3日午後10時30分、ユン大統領は突如として非常戒厳令を布告した。
1979年10月27日、朴正煕元大統領暗殺の翌日、全斗煥率いる軍事クーデター軍によって韓国に戒厳令が布かれた。それから45年、衝撃的な政府派クーデターに愕然とした。
その直後に、軍と警察からの脅迫にもかかわらず、数千人の活動家と市民が汝矣島の国会前に駆けつけ、戒厳事態宣言に反対した。真夜中までに5,000人以上が集まった。抗議者たちは素手で戒厳令を支持する軍隊に立ち向かい、装甲車を止めた。そして、立ち入りを阻止しようとする議会警察の実力行動にもかかわらず、野党議員が国会議事堂に入るのを助けた。
デモ隊の強力な支援により、午前1時頃、国会は召集され、憲法に従って戒厳令を撤回することができた。
後に明らかになったのは、ユンとその取り巻きである国防相や警察庁長官らが、自分に反対する主要政治家の逮捕を命じていたことだ。これは明らかな憲法違反である。ユンは自分に反対するジャーナリストや自らの党の党首まで逮捕しようとした。戒厳令撤廃法案の成立を阻止するため、数百人の兵士を動員して国会のドアを破壊した。
現在報道されているように、12月3日夜の緊迫した状況は朝までには収束した。尹氏は戒厳令を維持しようと努力したが、戒厳令に明確な根拠がなく、支持もほとんど得られなかった。このため、真相が明らかになるにつれ下級兵士や警察を統制できなくなった。戒厳令は結局失敗に終わった。
しかし、こうした努力はより大きな不条理の序章に過ぎなかった。12月7日、国会で尹大統領の弾劾訴追が採決された。しかし与党の反対で否決された。
尹大統領を弾劾するには、国会議員の3分の2、つまり300人中200人の賛成が必要だった。野党は192議席で、単独で3分の2を確保することはできず、108議席を持つ与党「国民の力」(以下PPP)からの離脱者が必要だった。与党からの離脱者は少なかった。非常事態に対する国民の非難が高かったにもかかわらず、PPP主流派は依然としてユン大統領に同調していた。そして少数派議員の離党を阻止するためにあらゆる手段を使った。
尹大統領を弾劾するには、国会議員の3分の2、つまり300人中200人の賛成が必要だった。野党は192議席で、単独で3分の2を確保することはできず、108議席を持つ与党「国民の力」(以下PPP)からの離脱者が必要だった。与党からの離脱者は少なかった。非常事態に対する国民の非難が高かったにもかかわらず、PPP主流派は依然としてユン大統領に同調していた。そして少数派議員の離党を阻止するためにあらゆる手段を使った。

その日、不満と怒りを抱えた多くの50万人が国会前に集まった。広場や路上での抗議行動は続いた。2回目の弾劾訴追案が提出された12月14日には、100万人以上の人々が国会前に集まった。結局、国民の総力を挙げた圧力がPPPを揺るがし、弾劾案は僅差で可決された。
戒厳令が敷かれた夜に国会に駆けつけ、10日後にようやく弾劾訴追案が可決されたことになる。結局、街頭での闘争がすべてを決定づけた。しかし、韓国の政治危機は始まったばかりだった。
* 内戦的状況
弾劾訴追が可決された後、多くのことが明らかになった。有事戒厳令が事前に準備され、極めて計画的かつ組織的に行われていたこと、明確に違法性、違憲性を認識したうえで準備されていたことなどである。尹氏が2024年3月から戒厳令の必要性を口にしていたことも明らかになった、
クーデター実行のための人的構築も系統的に進められ、軍幹部にシンパを入れ替えていたことも明らかになった。夏以降は、クーデターに備えて軍内の定期的な人事異動を延期していた。
わずか数時間で戒厳令を解除した尹大統領の言い訳は、そもそも戒厳令を実際に施行するつもりはなかったというものだった。行動の趣旨は「主要野党の反国家的行動に警告を発した」だけだった。これはもちろん、自らを処罰から逃れさせ、支持を集めるための見え透いた嘘である。
戒厳令が撤回されたのは、それに対する市民の抵抗があったからであり、戒厳令下の国家暴力がユンの期待通りに実施されなかったのは、韓国社会一般に、最近成功した民主主義闘争の生きた記憶、民衆の抵抗の歴史が残っていたからである。韓国のリベラルメディアは、韓国の民主主義はまだ無傷だと誇らしげに宣言している。
戒厳令が布告された4日後、ノーベル文学賞を受賞した作家のハン・カンは、授賞式直前の講演会でこう述べた、
我々の先輩たちは、1980年代後半に軍事独裁政権を打倒した。その取り組みにおいて、「過去は確かに現在を助けていた」、「死者が生者を救っていた」と述べた。
これらの事実は、普通の韓国人が誇りを感じるのに十分である。私も、広場で何十万人もの人々とともに、民主主義と平等を求め、政治の破壊に反対するスローガンをともに唱えたとき、誇りを感じた。
戒厳令が撤回されたのは、それに対する市民の抵抗があったからである。戒厳令下での国家的暴力がユンの期待通りに実施されなかったのは、韓国社会全般に、「成功した民主化闘争の生きた記憶、民衆の抵抗の歴史」が、残っていたからである。
しかし、12月末から現在までの状況を見る限り、これからの流れを判断することは難しい。ユン氏は大統領官邸を出ておらず、検察、警察、高官腐敗捜査局(CIO)の捜査にも、憲法裁判所の裁判手続きにも応じていない。
現在、民主党党首で、前京畿道知事の李在明に対する刑事有罪判決が控訴審で審議中である。 春になれば一審判決が支持され、大統領選への出馬が認められなくなる可能性がある。それまで待つというのが、ユンたちの計算だ。
ユン氏はこれで流れが変わることを期待している。警察と裁判所は暴動容疑を捜査し、クーデター計画者は全員拘束されたが、ユンのにらみ合いは1月15日の朝にユンが逮捕されるまで続いた。
その後、与党の支持率は回復した。ユンの包囲網、極右のプロパガンダ、数百人の警備員を「傭兵」として使うことで、街頭の極右は自信を深めた。もちろん、与党の支持率が必ずしも極右への支持を示しているわけではない。しかし、ここには悪い兆候がある。
この間明確な特徴は、韓国の組織政治において伝統的に保守的な路線をとってきたPPPが、より右翼的になっていることだ。それは右派色を強め、移民やLGBTQI、労働運動への憎悪を強める一方で、左派への古典的なアカ攻撃を強めている。
PPPの極右化は、リベラルな民主党の右傾化につながり、ひいては韓国社会全体の右傾化につながる可能性が高い。CIOがユン氏を逮捕し、憲法裁判所が大統領の弾劾を支持したとしても、将来に対する懸念は大きい。
その最大の懸念は戒厳令下の人民弾圧計画にある。尹氏は戒厳令の発令と同時に、1カ月に及ぶ包囲戦をを仕掛けようとした。官邸内では「警察がこちらに対して逮捕状を執行しようとするならば、それをを防ぐために銃やナイフを使え」と治安部隊に指示した。銃器の所持と使用は、韓国ではほとんど違法であり、前代未聞である。
* 政治の過激化の進行
戒厳令が敷かれて以来、韓国の左派は議論を組織し、共同行動に努めてきた。
左派は過去10年間で分断され、かつては個々の運動主体間の協力をより確実なものにしていた求心的な政治力を失っていた。その結果、当初はクーデターに反対するために複数の別々のイベントを組織した。
一部の活動家グループは、議会の外で3大左翼政党(労働党、緑の党、正義党)の周りに集まり、クィア運動、障害者運動、反貧困運動もまとまった。さまざまな運動傾向と結びついているプラットフォームCは、これらの勢力をまとめるのに役立っている。
訳注: “queer” LGBTQの「Q」は、Questioning(クエスチョニング)、Queer(クィア)のこと。 つまり、性的指向や性自認が明確でない人。
訳注:韓国政界にはもう一つの左翼政党「進歩党」があり、議会第4党の地位を占めている。憲法改正を通じ「労働中心の自主平和第7共和国建設」という戦略を掲げる。また「韓米同盟解体」「主要基幹産業の国有化」なども明記している。
1カ月以上続いている全国的な広場抗議行動は、「緊急行動」によって組織されている。韓国の社会運動を主導してきた左派は、民主化推進派の市民団体とは危機に対する分析が異なるため、政治的緊張が高まっている。
リベラル派はこの戦線を単なる伝統的民主主義と反民主主義との戦いと見ているの。これに対し、民主化推進派は、今回の反戒厳令の動きは、1980年代の反独裁の社会運動の復活と見ている。
他方、左派の社会運動は、現在の政治危機を資本が主導する新自由主義体制の結果とみなす。左派は、文在寅政権の新自由主義的政策によって社会危機が悪化し、それが尹錫烈を生み出し、ひいては民主主義の危機を悪化させたと考えている。
アメリカでもバラク・オバマ時代に同様の流れが発生した。米国における不平等の矛盾は、中小企業経営者や白人労働者階級の一部を扇動してドナルド・トランプを当選させ、この連合が重要な部分で、2024年のトランプの再選につながった。
社会運動左派は、「緊急行動」の傘下に結集することで、現在の弾劾運動を急進化させようとしている。それが成功すれば、左派は韓国における社会変革のためのより力強い声となるだろう。
社会運動左派は、「緊急行動」の傘下に結集して現在の弾劾運動を急進化させると同時に、独自のネットワークを通じて改革計画の拡大に取り組んでいる。
こうした取り組みが成功すれば、左派は遅くない時期に行われるであろう大統領選挙に、韓国における社会変革の代弁者として登場し、既存の二大政党におもねらない独自の展望と存在感を打ち出すことができるだろう。
もちろん、どれも簡単なことではないし、最も簡単な予測は、尹大統領の弾劾後はうまくいかないかもしれないということだ。
過去10年間、韓国の労働運動は目覚ましい発展を遂げてきた。1987年以来減少していた労働組合の組織率は、朴槿恵大統領の追放運動後の2016年に再び上昇し始めた。現在では14.2%を超え、世界の先進国の中で唯一の国となっている。
これは、ポスト新自由主義体制における不安定労働者の継続的な組織化・集団闘争と、彼らを組織化するための韓国労働組合総連合(KCTU)の戦略的努力によるものである。大衆的民主主義闘争と労働者の組織化・戦闘性の高まりとのこの関連は、注目すべき重要な点である。
軍事独裁政権が打倒された1970年代後半から1980年代にかけても、同様の動きが展開された。しかし皮肉なことに、近年、社会主義左派の政治運動は後退し、労働運動の政治的展望は暗くなっている。
2011年の民主労働党の分裂は、左派内の対立を激化させ、他の多くの先進資本主義国と同様、新自由主義が政治と社会に与えた影響によって引き起こされた政党システムの危機と並行して進行している。
その結果、左翼は分裂と停滞を克服できずにいる。 ユンとの闘いのこの局面を重要なチャンスと捉えるべきである。前進の鍵は、左派がどの程度戦線を拡大し、新たなアクターを組織し、団結できるかにある。
* 韓国の極右の動き
現在の韓国の政治状況は、この国の支配体制が深い危機に陥っていたことを物語っている。
ユン氏は、強力な意見の持ち主であるが、その一方で慢性的なアルコール依存症であり、優れた弁舌家でもなければ、特別にカリスマ的な指導者でもない。
考えるに、この危機は一個人の人格以上のものとしか思えない。彼が戒厳令を敷こうとしたのは偶然ではない。ユン大統領は夏の時点で完全に包囲されていたにも関わらず、大統領府としてののアジェンダを追求する決意を示していた。
そもそも2022年春の大統領選挙では、ユン氏は中国人移民に対する憎悪感情をあおることを選挙戦の戦略としていた。
韓国では、国外からの移民は人口の5%にも満たない。その中では中国からの移民、特に朝鮮民族の移民が圧倒的に多い。その数は約100万人にのぼる。
これもまた、ユン氏と世界的な極右運動とのつながりや類似性を示す一例である。
ユンは大統領就任以来、大資本の要求に従順に応じる姿勢を貫いてきた。2022年夏、韓国南部の大規模造船所であるハンファオーシャン(旧大宇造船海洋)の下請け労働者が賃下げに反対してストライキを起こした。ユンは元請けの組合潰しには知らん振りをし、下請け労働者に対しては「法治国家に則った警察力」を行使すると宣言した。
その年の冬、貨物運送労働者が安全運賃制度(ドライバーの生活水準と安全衛生を守るために作られた制度)の維持・拡大を求めてストライキを起こした。ユンは前代未聞の事業開始命令を出し、特別雇用労働者の結社の自由を侵害した。
同じ頃、韓国建設労働組合(KCWU)は、より不安定な建築業部門の団体交渉を要求していた。ユンはストライキ参加者とKCWUが集会や行動を「脅迫と強制」の手段として使っていると非難した。
その結果、2,000人以上の組合員が調査され、組合事務所や数十人の組合員の住居が家宅捜索され、41人の労働活動家が拘束された。
ユンはまた、フェミニストを抑圧しようとし、韓国の親女性政策を押し戻してきた。
2023年初めには、政府の政策から「男女平等」という言葉を削除させた。男女共同参画家族部の20年の政策目標であった「男女共同参画の価値観の普及」を業務計画から削除した。そして女性やLGBTQIに関する予算を大幅に削減した。
選挙期間中、ユン氏は男女共同参画家族省の廃止を公言し、右翼的で主に男性、インターネット主導の世論にアピールした。同年3月8日、女性活動家たちは政府の逆進的な政策に反対する大規模なデモを行い、1万5千人が参加した。
劣悪な労働条件の改善を求める女性労働者の闘いも広がった。その結果、現在では20代から30代の女性が、ユン氏に対する現在の反対運動における抗議者の大部分を占めている。
ユンは資本家と極右の支持を得ようとしているが、逆説的だが、これは彼の支持率を下げている。その意味で、彼は成功した極右ポピュリストというより、頑固で無知な権力者なのだ。
もしユンが戒厳令を敷くことに成功していたら、その結果は想像するだに恐ろしい。韓国だけでなく、東アジア地域全体に悪影響を及ぼしただろう。
クーデター前、尹大統領の支持率は20%前後と急落しており、罷免を求める街頭抗議行動は1年近く続いていた。組織化された労働者、女性、LGBTQIの人々の政権に対する絶え間ない闘いは、クーデターを阻止し、戒厳令宣言直後の広場を埋め尽くす組織的基盤を提供した。
この事実は、政治の反動化を阻止するためには、主流政党に集約することのない社会運動が重要なのだということを示している。
* 危機の地政学的評価とユンの軍国主義
世界的な地政学的危機の今、ユン大統領の軍国主義的姿勢は極めて危険だ。
よく知られているように、文前政権下で韓国は防衛産業に多額の投資を行い、世界トップ5に入る武器輸出国となった。
この夏、尹氏は休暇中に軍事基地で寝泊まりし、軍用Tシャツを着て現れ、急遽「軍隊の日」を「臨時の祝日」とし、大規模な軍事パレードを開催した。「ウルチ=フリーダムシールド24」の期間中に陸軍作戦司令部を訪れ、「侵略すれば金正恩体制は終わりになる」と好戦的に軍隊を扇動した。
2024年に開催されたUFSは、史上最大規模となった。今回は有事の際の北朝鮮への先制攻撃と占領を想定した米韓合同の仮想戦争だった。これら相次ぐパフォーマンスの中で、ユン氏は極右の本性を現した。それ以外にも、この1年でいくつかのイベントを利用し、戒厳令発動の準備を積み重ねてきた。
さらに危険なことに、ユン政権は昨年、武装した無人偵察機を平壌に送り込んだ。2024年10月11日、北朝鮮は10月3日、9日、10日の深夜に韓国の無人機が北朝鮮の首都上空で目撃されたと発表した。
その時、韓国軍は北朝鮮に無人偵察機を送ったかどうか「確認できない」と発表している。その後もその見解を崩していない。
当時、北朝鮮政府は南の軍事的挑発行為に公に抗議したが、「目には目を」という反応は意外にも避けられた。北朝鮮はロシアへの軍事支援に気を取られていたのかもしれない。しかしそれだけではなく、軍事的緊張をエスカレートさせることこそがユン大統領の狙いであることにも気づいていたようだ。
最近、韓国軍関係者が、ドローン潜入作戦は国家安全保衛部が直接命じたものだと証言した。これはユン大統領自身の直接命令としか思えない。戒厳令の発動は、朝鮮半島全体と北東アジアを戦争に大きく近づける可能性があった。
ユン・ソクヨルとその仲間たちは、自らの政治的目的のために戦争の炎をあおることを厭わず、反共産主義を武器にすることで、世界的な戦争危機の炎をあおることを恐れなかった。帝国主義間の対立が激化する中で、これは東アジアの地政学的危機と軍事的緊張の激化につながり、国内政治をさらに危うくするという、相互に有害な効果をもたらした。韓国の左派社会運動は、ロシアのウクライナ侵攻に明確に反対すると同時に、米露帝国主義の対立が世界平和を脅かしていると認識している。
韓国の左派社会運動は、ロシアのウクライナ侵攻に明確に反対し、米露帝国主義の対立が世界平和を脅かしていると認識している。
戦争以来、米国の国防企業は株価を上げ、巨額の利益を得ているが、その一方でウクライナ人やロシア人を含む一般市民はウクライナの地で命を落としている。
この長引く戦争で本当に利益を得ているのは、兵器を製造している軍事請負業者と防衛産業なのだ。
この点で、左派はこうした戦争の本質を明確に認識し、資金や兵器の配備といった問題でどちらの側につくかという罠に陥ることを拒否しなければならない。
その代わりに、ウクライナやロシアでの戦争に反対し、反戦運動の声を高め、階級闘争を支援することに焦点を当てるべきである。
この観点からすれば、戦争危機をエスカレートさせるユンの軍備増強・好戦政策は、ウクライナ戦争を支援するという口実で容認できるものではない。断固として闘わなければならないものである。
ウクライナ戦争に関して特筆すべきことがある。ユンがウクライナ戦争に乗じてポーランドに大量の武器を輸出したという事実である。彼は「ウクライナに大量破壊兵器を提供しない」という公的姿勢を維持しながらも、ポーランドに大量の砲弾を輸出していたことが明らかになった。米国経由で「横流し」した砲弾の量は、他のヨーロッパ諸国を合わせたよりも多かった。
* ジェンダーの対立と衝突
戒厳令が布かれてから40日以上が経過し、ユンが右翼暴動の罪で起訴された現在も、事態は収束する気配を見せない。ユンの逮捕が成功したとしても、投獄されるかどうかは不透明だ。投獄されたとしても、彼は政治闘争を放棄せず、極右勢力を扇動し続けるだろう。
極右政党の自由韓国党が、謀反罪の法的な結果が明らかであるにもかかわらず、尹氏を支持する理由を理解するのは難しくない。彼らには次の大統領選挙に出馬できる有力な候補者がまだいない。自らの政治生命は、組織化された保守キリスト教グループの支持にかかっているからだ。
ユン大統領の退陣後に政権が交代したとしても、これらのグループは、バイデン政権時代に米国極右がトランプ再登場に備えたように、草の根活動を通じて組織力を拡大しようとするだろう。
別の問題もある。20代と30代のジェンダー問題に対する認識には、依然として二極化したギャップがある。 一方では、封建的家族制度に反対する若いフェミニスト運動が存在する。これは、彼らの政治的先鋭化と結びついている。近年、左翼的な社会運動に参加する若者の8割から9割は女性であり、これは私が活動している組織でも同じである。
その一方で、右派のポピュリスト的感情も高まっている
若い男性には家父長的で自己愛的な劣等感が一般的に存在し、経済危機の原因を権力者ではなく女性や移民に求める傾向もある。極右のユーチューバー、保守的なプロテスタント教会、陰謀論者たちがこの傾向に加担しており、彼らがいつ権力を握るかもしれない。極右ポピュリストがそうであったように。
韓国の出生率が世界最低水準であることは有名だが、それが男女間の賃金格差、不安定な移民労働の生産、不透明さを増す将来への不安など、資本主義システムの経済的矛盾と結びついていることは明らかだ。この政治的危機は、資本主義体制の危機の韓国的現れである。
緊急戒厳令の直後、KCTUとその加盟組合はゼネストを宣言し、こう訴えた。
「我々は直ちに反逆者ユン・ソクヨルを逮捕し、彼の違憲・違法な戒厳令に参加した国務委員を処罰しなければならない。私たちの社会を取り返しのつかないほど破壊しているユン・ソクヨルを追い出さなければならない」と。
闘争の直近の段階において、KCTUの組織的存在が広場の主要な力となっていることは明らかである。さらに、韓国金属労組(KMWU)のアピールはソーシャルメディアで拡散し、多くの非組合員を街頭へと導いた。
しかし、これが実際のゼネストにつながることはなかった。
ユン逮捕が膠着状態に陥った1月第2週、労働運動内外から労働組合を超えたゼネストを求める声が多く上がった。しかし、「準備ができていない」という評価もかなりあり、ゼネストが成功するかどうかは何とも言えない。
活動家たちは、現場の組合指導力を高めるためのさまざまなイニシアチブを実施することが優先課題であると認識している。例えば、あらゆるレベルの組合が職場や市民スペースに横断幕を掲げ、市民集会のスピーチやビデオを組合員と共有している。
ラッシュアワーやランチタイムのキャンペーンを実施したり、「私の言論の自由」声明を書いたり、市民集会を支援したりしている。また、組合員の教育・討論の機会や集会への参加を組織化している。
こうした取り組みが積み重なり、組合が連帯努力を強化すれば、職場の外でも政治ストを組織化できるようになるだろう。
労働者階級の歴史的使命、その圧倒的な数の優位、そして権力に対する不羈の精神が組み合わさって、武装集団の優れた装備を無力化した。私たちはこの事件から重要な教訓を得た。
ユン大統領の大統領警護隊が、社会世論と国会の圧力によって崩壊したことを忘れてはならない。このことは、たとえ戦車や重火器で武装していたとしても、労働者階級と被抑圧者が支配階級の軍隊にいかに打ち勝つことができるかを理解することを可能にする。
労働者階級の歴史的使命、その圧倒的な数の優位、そして権力に対する不羈の精神が組み合わさって、武装集団の優れた装備を無力化した。私たちはこの事件から重要な教訓を得た。
KCTUが東アジアではまれな高水準の組織力と戦闘性を示したことは否定できない。
しかし、労働運動家たちは、この戦闘性と組織力は不変のものではなく、逆転する可能性があることも明確に理解している。
前述のとおり、KCTUの組合員数は2016年から2022年にかけて増加し続け、不安定労働者と女性の割合が増加した。しかし、量的成長は質的発展を保証するものではない。KCTUの課題は、組織の質を向上させることである。
韓国で、この前最後の戒厳令が敷かれたのはいつだったか。それはどのような状況で起き、どのような状況をもたらしたかを思い起こそう。それは、この出来事に対する構造的な認識を明らかにするのに役立つ。
1979年10月、朴正煕元大統領は忠実な部下であった金在圭によって射殺された。当時、YH商事という劣悪な労働条件の工場で働く労働者たちが座り込みを行い、南部の工業都市で一連の反乱が起こった。政権が自らの危機に直面し、国民の支持が悪化するにつれ、支配階級内の分裂が爆発した。そうして事態はクーデターへと導かれた。
45年後の2024年冬に勃発した戒厳令の状況も同じである。組織化された労働者による一連の闘争、社会政治的危機、政権内部の混乱を背景にしている。
韓国の労働者は、政権への敵意と労働権への攻撃が独裁に直結しうることも覚えている。1979年12月、独裁者の暗殺によって生じた政治的空白の間に、全斗煥は軍事クーデターを起こして新たな軍事独裁政権を樹立し、その数カ月後に光州での民衆蜂起とそれに続く凄惨な大虐殺を引き起こした。
小説家ハン・カンの「現在は過去を救えるか? 生者は死者を救出できるか?」というメッセージは、韓国人の歴史的潜在意識に刻み込まれている。
ハン・カンのいささかロマンチックな発言を左派が修正する必要がある。韓国における絶え間ない階級闘争の記憶を思い起こさなければならない。資本主義体制の矛盾に圧力をかけることができたのは階級闘争なのだが、このことはリベラル派の叙述では忘れられている。
韓国の支配階級エリートは、反共右派(PPP)と新自由主義的中道(民主党)に分かれている。この2つの政党は、労働運動、農民運動、反貧困運動、新自由主義による公共圏の侵害や搾取と闘う左派政治プロジェクトを攻撃し、その過程で多くの犠牲者を出した。
リベラルな政治勢力と左派は公共の場で共に闘っているが、不平等との闘いに戦線を拡大するという課題に直面している。韓国の社会運動左派は、資本の搾取と闘った人々の記憶を呼び起こさなければならない。
その成否が今後の韓国の状況を変えるだろう。
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私感
申し訳ありません。少し長すぎました。なかなかこの手の評論がないので、ついやってしまいました。
今週末に学習会があって、チュータしなければならないのですが、この調子では仕上がるかどうか自信がありません。
とりあえずメモ代わりに、感想を一言入れておきます。
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私感
申し訳ありません。少し長すぎました。なかなかこの手の評論がないので、ついやってしまいました。
今週末に学習会があって、チュータしなければならないのですが、この調子では仕上がるかどうか自信がありません。
とりあえずメモ代わりに、感想を一言入れておきます。
クーデター事件後の状況を俯瞰的にすくい取る点で、貴重な視点を与えてくれる。大変優れたレポートです。
ただいくつか、疑問点があります。労働組合活動家が書いたものだからでしょうか、階級闘争重視の視点はたしかにそのとおりですが、階級闘争の枠組みが狭くて、やや至上命題的に設定されていて、歴史的・重層的な視点として把握されていないような気がします。もっと事実に基づいた分析を徹底して、その先の長期的・経済的な潮流を汲み取るべきではないでしょうか。
それとの関連ですが、「ともに民主党」を支配階級の一翼に置く考えには共感できません。もし著者が階級意識に基づいて分析するのなら、共に民主党に対しても階級分析に基づいて規定すべきだと思います。
「ロシアのウクライナ侵攻に明確に反対すると同時に、米露帝国主義の対立が世界平和を脅かしていると認識」しているとのことですが、意味がよくわかりません。帝国主義間の領土再分割の戦いというのでしょうか。
ついでにもう一つ、KCTUの活動家なので仕方ないといえばそれまでなのですが、身内向けのパンフレットのつもりでしょうか。民主労総への言及がないのは奇異な感じがします。
以上
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