前稿、「10枚の図表から知るドイツ総選挙」を日本語にしながら、ふと思ったことがある。これはアリストファネスの「女の戦争」ではないかと…

というのも、次の図表7 である。

図7 青年層の投票先 男女で正反対

これは18歳から24歳の年齢階層で見た投票傾向である。先程の文章でも紹介されていたが、男性と女性とではまるっきり投票傾向が異なる。
一言で言えば「男はネオナチ、女は左翼党」なのである。
と言っても男性は多少バラけている、と言っても決して良いバラケではなく、保守本流への流れが色濃い。要するに長いものに巻かれるか、極右に乗って第三帝国の再来に期待するか、という情けない状況だ。女性はいまの世の中の不公平に反発するばかりでなく、男性社会の(正義という名の)暴力志向にも強烈な反感を持っているということだ。

身の程知らずにアリストファネスを持ち出したが、実はよく知らない。そんな話があったのを以前小耳に挟んだことがあるという程度である。

申し訳ないが、コトバンクの説明をそのまま引用させてもらう。
古代ギリシアの喜劇詩人アリストファネスの喜劇。紀元前411年上演。ペロポネソス戦争が勃発(ぼっぱつ)して20年、何度か訪れた和平への期待はすべて裏切られ、アテネが国運を賭(と)して敢行したシチリア島大遠征(前415~前413)も惨敗の結果に終わった。しかし終戦への気運が動くどころか、アテネがなおも破滅への道をたどろうとしている時期に、この劇は書かれている。打ち続く戦争、夫や息子の出征、空閨(くうけい)を守らねばならぬ長き日々に耐えかねた女たちが、敵も味方もリュシストラテ(軍を解く女の意)の指揮のもとに集まり、男たちが戦争をやめるまで性生活を拒否することを決議する。しかし男たちはピケ破りを試み、女のなかにもスト破りを図る者が現れるが、結局この戦術が功を奏し、男たちも背に腹はかえられず、戦争を中止するという筋(すじ)である。旧作『平和』においてアリストファネスは、平和の実現こそが性的充足につながるという思想をうたったが、ここでは逆に、性的な飢渇状況を人為的につくりだすことにより、戦争から平和への転換を実現することを夢想しているのである。
この説明の後段は喜劇仕立てで、いかにもの感があるが、なぜ性生活を拒否するに至ったのかを見ると、まさに今の状況にぴったりである。ウィキペディアにはこうもある。
アリストパネスはこの間、一貫して平和主義を主張した。しかし、この作品ではそのようなまっすぐな主張はせず、平和主義を色気でくるんで差し出している。おそらく当時の社会情勢が素直な平和主義的主張を許さなかったと考えられる。
大事なことは戦争をしていて、戦争を続けたがっているのが男たちだということだ。非常に思い当たるところがある。
正義派は最終結論としては戦争継続派だ。言い換えると戦争継続派は必ず正義派の形を取って現れ、正義の叫びで周りを威嚇する。最近では、即時停戦はウクライナを見殺しにすることになり、ロシアの不法を許すことになると主張し、まるで和平を唱えることが戦争賛成派でもあるかのような、わけのわからないことを言い出している。
まさにアリストファネスの世界だ。黙っていればたとえ20年でも戦い続けるのだろうか。
どうもこの戦争を終わらせるには妙齢の女性が一丸となって、票の力でひっくり返す他ないのかもしれない。
ウィキからもう一ヶ所引用する。
役人がリューシストラテーを捕らえにくると、彼女は自らの主張を告げる。「女に政治がわかるか」と言われるのに対して、女だからこそわかる戦争のつらさを述べ、家事になぞらえて和平への方法を説明してみせる。
youtubeにはラジオドラマ化された映像がある。

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