分かりやすいが試験には役立たない
大脳基底核の話

youtubeを見ると、国試対策の動画がたくさんあって、中でも大脳基底核は山場らしく、随分取り上げられている。
その特徴はふたつある。「分かりやすい」と言いながら分かりにくいこと、その理由は「なぜそうなのか」の説明がないからだ。
もう一つは「マクリーンの呪い」だ。大脳からすべてを説明しようとするからだ。進化学の観点からすれば、まず視床、すなわち前脳から大脳と線条体とが生まれ、前脳の要請に基づいて相互関係が発展するという観点が必要だ。基底核とか大脳辺縁帯などという考えは捨てたほうが良い。

正確ではないので、あまり使いたくはないのだが、わかりやすくするために、人間の脳をコンピュータに例えてみたい。コンピュータとは文字通り計算機のことだ。

むかしシャープの高性能電卓があって、Basic 10という初歩的言語を使ってプログラムを作れば、確率計算までできた。最後に出てきた数字をt値表で探すというマンガみたいな方法ではあったが、とても重宝なもので、学会シーズンになればみんなが借りに来た。最大の長所は取説に悪戦苦闘する必要がなく、ちんぷんかんぷんなパソコンオタクの講釈を聞かなくてもすむことだった。

この場合、電卓はもはや加減乗除だけではないのだ。確率計算できれば、判断ができるのだ。ただ、それには数字の打ち込みが必要だから、ごく簡単ながら記憶装置が必要だ。

実は、前脳の中核たる視床はこれをやっている。視床は知覚神経を通じて得た情報をそれぞれの対応神経核から収集し、これを統合している。そしてそれらを「私の情報」として統合している。それは初歩的とはいえ「意識」なのである。

この意識の形成には2つの記憶装置が必要である。まずは収集した情報を蓄える場所、そして、形成された意識を意識の形で蓄えておく場所である。

このことから2つのことが分かる。生物が判断(情報のインプット、確率計算、行動システムへのコマンド)するためには、演算装置と記憶装置が必要なのだ、そして演算装置が等差級数的に改良されるためには、記憶装置の等比級数的な増強が必要なのだ。

コンピュータの中央計算装置(CPU)の中には、元々から揮発型の記憶装置(メモリ)が組み込まれているが、そんなちっぽけな容量では間に合わないので、ムカデ型のメインメモリを差し込んで使っている(このような子供だましはいい加減に止めるべきだ)。動物の場合、CPUの改良は、頭をもうひとつ、ふたつつけるほどのメドゥーサばりの生体改造でもしない限り不可能だから、とにかく頭蓋の容量を大きくしてメモリ、それも外付けメモリを増強する以外ない。

マクリーン進化論の最大の欠点は、人間が高等だから大脳ができたというところにある。少なくとも現在の大脳ができたのは、そのような形而上学的な理由ではない。スペースができたからである。直立することで頚椎の負荷が減り、人字縫合がミサイルのサイロのように開き、そこを狙って前脳胞が風船のように拡大したのだ。

そうやって、人間は線条体(尾状核+被殻)を作り、一次大脳(嗅脳、梨状葉)、二次大脳(大脳半球、古皮質)を作ってきた

こうやってストーリーを作れば、大脳辺縁系や大脳基底核という概念がいかに無意味かがよくわかり、ドサッと肩の荷が下りてスッキリする。

思考・判断の基本は前脳にあり、この仕事の一部を大脳という記憶装置にゆだねている。と言っても、実務的にはほぼすべてだが…

パソコン的に言えばCPUにあるのは行先指定プログラムであるbatch ファイルだけで、プログラムを動かすexec ファイルはすべて記憶装置内に格納されているのである。これを見た素人が「大脳こそCPUだ」と勘違いしても不思議ではない。

人間の大脳は、基本的にはハードディスク的であり、その配線構造は絶望的に非能率である。しかしSSD型の鳥と比べたヒトの非効率さ未完成さが、ある意味で集団的イノベーション(言葉とか文字とか)を見出しているのかもしれない。

受験生のみなさん、何かしらの慰めになったろうか。ただしこんなことを書いたら、間違いなく落第です。ご注意の程を…