ウィークデーは必死に能力・脳力を振り絞っての戦いが連続するが、土日は官庁も銀行も休みなのでポッカリと穴が開く。ただし穴が空くのは物理的な時間だけで、「やる気中枢」はまったく働かないから、グダグダと過ごす他ない。

天気が良いので、以前から気になっていた「石狩油田」に行ってきた。
我が家からは1時間ほどでたどり着く。とは言っても相当の山の中だ。
道路端に碑が建っているが、それだけで、もはや完全に自然に戻っている。
廃坑跡はさんざん見慣れてきたから、さほど興味もわかない。それに札幌近郊とあって、ネットに探訪記は満載だ。そちらを見てもらったほうが良い。

むしろ関心は、なぜ油田は石狩当別の山にあって、炭鉱は空知なのかという点にある。それは日本ではなぜ石油がとれなかったのかということの説明にもつながるだろう。

少し調べてみたい。


資源の分布は、古期造山帯・新期造山帯・安定陸塊の分布と関係がある。

炭田は古期造山帯: 植物が炭化したのが石炭。その植物は主として古生代に繁殖したもので、その後造山運動に巻き込まれた。造山運動は古いものなので、現在ではなだらかな山脈となっている。(アパラチア、ウラル、オーストラリア東部、南アフリカなど)

油田は新期造山帯の背斜構造部: 生物の遺骸が圧力により液体化したのが石油。その生物は中生代に繁殖したもの。造山運動は新しいものなので、険しい山脈を形成する(アルプス・ヒマラヤ、環太平洋)

ただし、実際の分布を見てみると、とても「新期造山帯の背斜構造部」では説明つかない。
それに造山運動が石炭・石油を作る過程がまったく説明されていない。
おそらく高校の理科の先生には、概念把握力が欠如している人物がいるのだろうと思う。遺伝の仕掛けをDNAでなく「染色体」で説明したり、「化学」の本態を物理学と混同したり、とにかく受験生いじめの達人が溢れている。

もう少し説得力のある説明がほしい。

次が二宮書店のサイト「炭田や油田の分布と造山帯には関連があるのでしょうか」という、ズバリのQ&A記事。

そして答えは「同時代性はあるが、対応関係はありません」とぴしゃり。
1970年代ぐらいまでは造山帯と地下資源は関係があると考えられていたが、プレートテクトニクス理論が確立されてからはもはや過去のものとなっている。
同じサイトで、「油田が形成される過程について」という記事

という記事

これを読むと、たしかに造山運動などどうでも良いことだというのが分かる。

油田ができる3つのステップ
①水生微生物の遺骸が水底にたまる。その一部は分解されず有機泥の層となる。
②有機泥の層は高圧と高熱(100度)で原油へと変化する。
③原油は油母頁岩を離れ地中を上昇し凸型地層の下に貯留する。
記事はさらに丁寧に下記のごとくダメ押しをする。
油田の成因に新期造山帯はそもそも関係がありません。むしろ油田は明らかに新期造山帯に少ないのです。
著者はよほど「造山運動居士」のことを腹に据えかねているのだろう。

ということで明らかになったのは、
石炭が取れるところは、古生代に陸地であり、豊かな森林地帯だったところだということです。
石油が採れるのは、陸地に隣接した浅い海洋地帯で、中生代に海中動物が繁栄したところだということです。
造山運動など何の関係もないのです。