理研の「多細胞システム形成研究センター」のホームページに
脊椎動物の複雑な脳のルーツを探る」(2016年02月)という記事がある。内容を要約紹介する。

顎を持たず、対になったヒレを持たず、鼻の孔は一つしかない。円口類は原始的な脊椎動物と位置付けられ、私たちヒトを含む顎口類の共通祖先と分岐したのは5億年以上前と考えられている。現在生存が確認されているのはヌタウナギ類とヤツメウナギ類の2グループだけだ。

書き出しはなかなか文学的だ。
(理研では)円口類にはないと考えられてきた「内側基底核隆起」ならびに「脳菱唇」と呼ばれる2つの領域が実は存在していることを突き止めた。
脊椎動物の脳の基本構造は5億年以上前にすでに成立していた可能性がある。
ということで、一種の「逆張り」研究である。すなわち円口類と顎口類との間に進化上の飛躍はなく、むしろ連続性が強調されるべきだとしている。

以下は、抜書き

※ 内側基底核隆起(MGE): 大脳の最も腹側の領域で、ここから表層の大脳皮質へとGABA作動性抑制ニューロンが供給される。

※ 菱脳唇: 第4脳室の背側に位置し、なめらかな運動を司る小脳の起源となる。

※ これらは顎口類が円口類と分岐した後に獲得した構造であると考えられてきた。しかし今回の研究で、ヤツメウナギ胚にもMGEおよび菱脳唇が存在することが証明された。

※ これにより脊椎動物の脳の基本パターンとも呼べる構造はすでに完成していたことが明らかになった。

それで、これが著者の提起した模式図だが、初めて見た絵であり、なんとも評価しかねる。

円口類と顎口類

感想をいくつか

※ 同じ円口類でもヤツメウナギとヌタウナギの間には相当の差異があり、ヌタウナギはヤツメウナギより進化しており、ヤツメウナギと顎口類との中間点に位置するような印象を受ける。

※ 絵そのものが私の見慣れたものとは異なっている。

前脳はヤツメウナギの発生当初より存在せず、間脳と大脳に分かたれる。そこには終脳の発生過程も大脳への転化過程も描かれない。

私の考えるにはMGEを“大脳の最も腹側の領域”と考えるのは、時間軸上を転倒した発想である。発生学的事実は前脳の背側に内側基底核隆起(MGE)が隆起し、そこを母体に大脳が増大していくのである。

前脳(間脳)は視床と視床下部の接合を伴って形成されると思うのだが、、この過程は無視される。間脳は破線を以って3分化されているが、その意義も不明である。

菱脳が後脳と延髄に分化する過程も描かれていない。

もっとも奇異に感じるのは前脳の前方に位置すべき嗅脳が当初より無視されていることだ。

つまり、一言で言ってこの絵は粗雑であり、私たち年寄の抱く常識とは全くかみ合わせがつかない。従ってとりあえず、この絵は受け入れられない。従って円口類より“大脳”が存在するという説も受け入れられない。もう少し実験結果で言えることを、風呂敷を広げずに、事実に絞って語るべきであろう。



17Mar.2019
あらためて読み直したが、相変わらず強い抵抗を感じる記事である。
この絵(比較図)で最も印象に残るのは、ヌタウナギがヤツメウナギとは隔絶しており、限りなく高等動物に近いということだ。これほどまでに異なる生物が、同じ円孔類というカテゴリーの中に包摂されてよいのかと思う。
本当だろうかという疑いを拭いきれない。これが科学好きとしては健全な心理だろう。
もう一つは、系統発生と個体発生を混同していないだろうかという疑問だ。個体発生をやる人はどうも遺伝子が発現する過程を逆追いして、「ほら、ここにあるじゃん」という言い方をしかねないような気がする。
いずれにしても、この研究を前提とする限り、ヤツメウナギとヌタウナギの間の、脳革命とも呼ぶべき懸隔をどう埋めていくかという、気の遠くなるような作業が残されることになる。