ゲノム研究の先端を知る本

この間、「日本人のゲノム」にかんする記事があって、たしかに学術的には最先端なのだが、学問的な常識というか基礎学力のところでかなり問題がある文章があった。

きっとこの人は外国の誰かについて技術を学んで、歴史学者というよりは技術者としてのし上がってきた人だろうなと思ったが、この本でおおかた見当がついた。

D.ライヒ著 「交雑する人類――古代DNAが解き明かす新サピエンス史」という本で、去年の夏NHK出版から発行されたものだ。まだ湯気の出ている出来たてのものだ。

ライヒは人類史研究のメッカであるマックス・プランク研究所のスタッフとして頭角を現し、ゲノム研究の第一人者となった。そしてハーバードにヘッドハンティングされた逸材だ。

いまや彼のもとには世界中のヒト・ゲノム情報、そして古代人のゲノム情報が続々と集まる仕掛けになっている。多分先日の日本人研究者はこの人の弟子筋に当たる人なのだろう。


DNAの検討はすでに一段落している

ライヒが冒頭から強調するように、たしかにいまやゲノムの時代だ。ただし、ライヒが言うような意味では「いまやゲノムの時代が始まった」というわけではない。

それどころかいまやすでに一段落の時代を迎えている。
過去30~40年にわたり日本人の祖先を各種血液マーカーで突き止めようとする動きは疾風怒濤の状況を迎えていた。

それまでは骨相学的な分析を主体としていたのが、HLA、HTL、B型肝炎ウィルス、Gm遺伝子など数々のパラメータが導入されてきた。それはよほどのマニアでさえ憶えきれないものだった。

それが最終的にはMとYとに収斂された。だからMとYとにはそれにとどまらないさまざまな思いが込められている。

だから、我々の知りたいのは「人類の起源」一般ではなく、これまでのM・Y 人類学との“差分”なのだ。それが浮き彫りになるような記載があれば、「おお、なるほど」と感動できる。

我々は感動したいのだ。


ライヒのM・Y DNA 批判は的外れ

ライヒは2005年に始まったジェノグラフィック・プロジェクトを次のように述べて否定している。
ジェノグラフィック・プロジェクトは100万人のサンプルからミトコンドリアDNAとY染色体のデータを集めた。しかしそのデータは従来の説を確認するにとどまった。
聞きようによってはかなり失礼な話である。“従来の説”というのは、ミトコンドリアDNAとY染色体のデータによって人類が初めて知り得た事実である。それがもっと大規模な調査によって確認されたということであれば、何も後ろ向きに捉える必要はない。
もしこの調査の意義を否定するのなら、それはこれからのゲノム研究の意義を否定することにも繋がりかねない。

しかしその“気負い”は新技術を担う新鋭の学者には当然のものであろう。少なくともM・Y の情報量を3、4桁上まわる情報がそこには眠っているはずだ。
ぜひこれまでと違う世界を見せてほしいものだ。

いくつかの成果

その成果の一端をライヒは示している。題名のとおり、この10年間世上を騒がせたネアンデルタールとデニソワ人との交雑がこの本の中心の話題だ。

このトピックスに典型的に示されたように、「いつ・どこで・どのくらい?」といった問題にはめっぽう強い。ほぼ独壇場である。パラメータの豊富化により、さまざまの事象の相対的前後関係が精緻化されたことが大きい。

箇条書き風に紹介していきたい。

A) 人類の誕生

アフリカでのサピエンスの誕生は20~30万年前。
サン族の分離は10~20万年前。
ミトコンドリア・イブ(現生人の共通祖先)は16年前。
出アフリカは10万年前を遡らない。
旧石器人(後期)の出現は5万年前。
ネアンデルタール人(ヨーロッパ)の絶滅は4万年前。

ライヒは、ネアンデルタールやデニソワ人とほぼ同時にサピエンスも出アフリカしたのではないかと言う。そしてサピエンスはいったんアフリカに戻り、8万年前に二度目の出アフリカをしたと言う。これはあくまでもひとつの推論である。

出アフリカ後、サピエンスは5万年前まで中東に停滞した。この間に一部が(中東の)ネアンデルタールと交雑している。
その後、4.7万年前までにサピエンスの一部が東方に移動を開始した。このときその一部が(南方の)デニソワ人と交雑している。
4.7万年前にパプア人、アボリジニーが現在の姿で存在していたことが確認されている。
北京近郊で4万年前の人体からDNAが同定され、現生東アジア人と同一であることが確認された。

B) アジアにおける人類の展開

2009年、東アジアのゲノム調査結果が発表された。これは75の民族集団、2,000人のサンプルで、「一塩基多型」(SNP)を観察した研究である。

ヨーロッパにおける人類の拡散のありさまは、ゲノム革命によって格段に明確となった。しかし東アジアにおいては前述の事情があり、さほど進んでいないという印象だ。

C) 中国人のゲノム解析

2015年、中国人400人のゲノムデータを入手し、これに検討を加えた。この結果、漢民族以外の中国人に3つのサブタイプを認めた。
① 満州北部松花江以北 このゲノムは8,000年以上にわたり不変である。
② チベット高原 独自性を持つが詳細は不明
③ 東南アジア北部から中国南部にかけて
③のグループは、長江流域での稲作がタイ・ベトナム・台湾などに拡大するのに伴って南方に進出する傾向がある。また③の地域内に北方から漢民族が進出する傾向がある。

ただしこれらの結果の骨子はすでにM・Y研究で明らかにされており、衝撃的な新知見と言うまでのものではない。中国に関する限り「ゲノム革命が圧倒的な成功を収めている」とは言い難い状況だ。

D) 日本の理研グループの業績

ライヒは日本に関しては理研グループのデータを紹介するにとどめている。
これは2008年の研究で、7,000人の一塩基(SNP)多型を解析したもの。

本土人と沖縄人のゲノムが明確に異なること、東北地方の人々にも関東以西と異なる特徴があることなどが指摘されている。

また、縄文人と渡来人が混合してほぼ単一の弥生人が形成されるのは1600年前まで下るということも報告されている。
これは紀元400年、広開土王の時代ということになる。そのころ縄文文化(竪穴人)が最終的に弥生文化に吸収されたということになるのか。


E) DNA革命に出遅れた日本と中国

どこまで本気にして良いものか迷うのだが、中国・日本の研究体制への批判をふくむ、次のような一節がある。
中国・日本では、科学以外の諸事情により、DNA革命の最初の数年、その恩恵に浴する機会を失った。
中国の場合はよくわからないのだが、日本の場合はたしかにこの10年間ほど研究が足踏みしているような印象がある。

新技術の導入にはそれなりの資本も必要なので、そのへんの手当で遅れをとっているのではないかと気になる。なにせ日本の科学・技術に対する軽視は甚だしい。

基礎データを蓄積するための情報インフラを早急に蓄積してもらいたいものである。これにより古代史の謎や論争がかなり解決される可能性があると思う。