鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

13年4月、ぷらら・Broachより移行しました。 中身が雑多なので、カテゴリー(サイドバー)から入ることをおすめします。 過去記事の一覧表はhttp://www10.plala.or.jp/shosuzki/blogtable001.htm ホームページは http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」です。

カテゴリ:02 ラテンアメリカ > D 中南米諸国全体

2015年 ラテンアメリカはいま

全体的状況

1.新自由主義への後戻りは許さない

ハイエナファンドの策動

ブラジル大統領選に見られた「左翼バネ」

革新政権の実績はゆるぎない

2.米キューバ国交回復はラテンアメリカの勝利

米州機構の孤児となったアメリカ(米州自由貿易機構構想の挫折)

クーデターの企てを阻止した南米諸国(UNASUR)の団結

キューバの米州機構への復帰

3.依然として残る経済的脆弱性

原油価格低下によるベネズエラの困難

経済成長の停滞をきたしたブラジル経済

米国への資金還流と、資本不足に悩む小国

各国の状況

1.閉塞感強まるメキシコ

長者番付世界一はメキシコ人

没落する中間層とPRDの弱体化

ギャングと結びついたボス支配の復活

2.中米諸国における革新勢力の躍進

コスタリカ、エルサルバドル選挙に見る国民の急進化

ニカラグア、サンディニスタの安定支配

グアテマラ、ホンジュラスでの反動・進歩勢力のせめぎ合い。

3.米国金融資本の軛の下のブラジル経済

4.資源依存型経済の中で苦闘するアンデス諸国

 

逆に、ホンジュラスのセラヤは保守派として大統領に就任したあと左旋回した人物だ。

一般にラテンアメリカでは「左翼」というのはポジティブ(プログレッシブ)なイメージを持たれている。選挙用のイメージとして用いられることも多い。

それにしてもチャベスの当選のあと一気に「左翼」政権が増えていることは間違いないであろう。

Elections of Left or Center-Left Presidents in Latin America, 1998-2014

大統領
1998
ウーゴ・チャベス
ベネズエラ
1999-2000
リカルド・ラゴス
チリ
2000
ウーゴ・チャベス (再)
ベネズエラ
2002
ルイス・イグナシオ・ルーラ
ブラジル
2003
ネストル・キルチネル
アルゼンチン
2004
タバレ・バスケス
ウルグアイ
2005
エボ・モラレス
ボリビア
2005
ホセ・マヌエル・セラヤ
ホンジュラス
2005-2006
ミシェル・バチェレ
チリ
2006
ラファエル・コレア
エクアドル
2006
ルイス・イグナシオ・ルーラ (再)
ブラジル
2006
ダニエル・オルテガ
ニカラグア
2006
ウーゴ・チャベス (再)
ベネズエラ
2007
アルバロ・コロン
グアテマラ
2007
クリスチーナ・フェルナンデス
アルゼンチン
2008
フェルナンド・ルーゴ
パラグアイ
2009
ホセ・ムヒカ
ウルグアイ
2009
マウリシオ・フネス
エルサルバドル
2009
エボ・モラレス
ボリビア
2010
ジルマ・ルセフ
ブラジル
2011
オジャンタ・ウマラ
ペルー
2011
ダニエル・オルテガ (再)
ニカラグア
2011
クリスチーナ・フェルナンデス (再)
アルゼンチン
2012
ウーゴ・チャベス (再
ベネズエラ
2013
ミシェル・バチェレ (再)
チリ
2013
ニコラス・マドゥロ
ベネズエラ
2014
サルバドル・サンチェス・セレン
エルサルバドル
2014
ルイス・ギジェルモ・ソリス
コスタリカ

 

 

面白いグラフがある

上は名目GDP、下は実質GDPである。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/6/5/65ff8d75.jpg

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名目GDPで見ると94年を気に上昇が加速しているように見えるが、実質GDPでは88年から一定のスピードを保っていることが分かる。メキシコはかつて人口爆発国だったため一人あたり実質GDPで見たが、これも同じ。購買力平価換算するとその傾向はより早く、86年ころから出現している。

NAFTAは経済成長に貢献しているとはいえないのである。

いつものごとく、世界経済のネタ帳からデータを頂く。

経済

項目 順位
名目GDP 1兆1770億ドル 14位
一人当たりの名目GDP 10,058ドル 66位
実質経済成長率 3.60 88位
インフレ率(年平均値) 4.11 90位

労働

失業率 4.95 84位

貿易

項目 順位
経常収支 -14.180億ドル 172位
貿易収支 3.5億ドル 18位

財政

項目 順位
財政収支(対GDP比) -3.72 115位
政府総債務残高(対GDP比) 43.51 81位
外貨準備高 1670億ドル 14位

現在(といっても2年前)の経済パフォーマンスである。

正直、GDPの割にはパッとしない数字が並ぶ。インフレが押さえられ、外貨準備が潤沢であることは、投資する側には喜ばしいかもしれない。もっとも特徴的なのは貿易外収支の膨大な赤字である。

莫大な投資が行われていることを示す。逆に言うと投資を呼びこむために、あらゆる経済・財政パフォーマンスが強力に調整されていることを示す。

安部首相風の言い方をすれば「もっとも企業にフレンドリーな国」となっていることになる。当然そのしわ寄せは民衆に及んでいると、容易に推測される。

NAFTA 20 周年を振り返る記事は日経も掲載している。(1月13日)

貿易額3倍に=メキシコ、最も恩恵=

というのだから、赤旗とは正反対の評価だ。

1.参加3ヵ国の貿易額はこの間に3倍以上に拡大した。94年3432億ドルに対し、12年には1兆1193億ドル(約117兆円)に達したのである。

2.最も恩恵を受けたのがメキシコである。輸出額は5.7倍となった。94年に532億ドルだったのが、12年には3031億ドルに達した。

3.成長はとくに自動車部門で顕著である。93年に105万台だった自動車生産は、13年には293万台に増加している。

4.メキシコで生産された自動車の6割は米国市場で販売されている。米国で売られている車の10台に1台はメキシコ製だ。

5.この成長は負の側面も含んでいる。競争力に劣る小規模農家が衰退したことなどにより、貧富の格差が拡大した。ジニ係数は0.466に達した。これはECD加盟国で下から2番目である。

この記事も、やや一面的である。世界は自動車で出来ているかのようだ。

だいたいが、自動車を生産する企業は全て外国籍で、メキシコは土地貸し、人貸し、利権貸ししているに過ぎない。

一応、国力評価はオーソドックスな経済マクロ指標で見るのが仁義というものだろう。

NAFTA発効20年

菅原記者によりいくつかの数字が提示されている。

政府側の宣伝では

1.米国との貿易総額が20年間で5.5倍に増えた。

2.米国への農産物輸出は3.3倍に増えた。

これに対する反論

1.農産物は輸出も増えたが輸入も増えたため、総計では年間25~40億ドルの赤字だ

2.食料の外国依存率は10%から43%に増大した。

3.メキシコの貧困人口は52%で、20年前と変わらない。


ちょっと反論に説得力がない。というか反論になっていない。

やはり94年以降大規模な金融危機が起きていないというのは、庶民にとってはかなり大きいのではないだろうか。

私がメキシコに行くときはいつもメキシコの景気が悪い時だった。84年にはハイパーインフレ、89年には大地震の直後、94年にはテキーラ危機だった。

「明日もまた、かくありなん」という確信は、何よりも心強いものである。

いずれにしても、一度まじめにデータと向き合う必要がありそうだ。

フランシスコ語録 つけたし

もうやめようと思っていたが、阿修羅の5月31日の投稿で、フランシスコ発言が載っており、今回の文書につながる過程を補強するものとなっているので、紹介しておく。

フランシスコ・ローマ法王が、。バチカン(ローマ法王庁)の外国大使の信認式で述べたもの。(毎日新聞記事)

見出しは「フランシスコ・ローマ法王が、現代社会の「拝金主義」を戒め、倫理に基づく金融市場改革を断行するよう、世界各国の指導者に呼びかけ」というもの。

カネは人間に奉仕するべきであり、人間を支配してはならない

現代社会で暴力や貧困が増えている理由の一は、「カネの力を受け入れる」人々の態度がある。「カネの崇拝、経済の独裁」は倫理の拒絶であり、神の拒絶だ。

市場の独立と金融投機の自由を絶対視する考えから貧富の格差拡大が生まれている。倫理にのっとり、すべての人々に利益をもたらす金融・経済改革を実施するよう政治指導者にもとめたい。

この記事で注目されるのは、

バチカンはこれまでもグローバル経済の弊害や、金融資本主義の行き過ぎに警鐘を鳴らしてきた。前法王ベネディクト16世も退位前の新年ミサで、世界に緊張をもたらす要因の一つとして「規制なき資本主義」を批判した。

というくだり。

これについて、ジョン・L・アレンという人が

「福音の喜び」は、フランシスコの前任者ベネディクト16世からの、とりわけ彼の2009年の社会回勅「真理における愛」(Caritas in Veritate) からの明らかな継続性という点に深い意味がある。

と書いている。

資本主義批判はフランシスコの専売特許ではない。もしフランシスコを共産主義者というなら、ローマ法王庁と歴代の法王を共産主義者と呼ばなくてはならなくなる。

ただ、歴代の法王に比べ、フランシスコがさらに一歩を踏み出しているのも事実であり、どこをどれだけ、どのように踏み出したのかを知る必要があるだろう。

目下のところ日本語ではそこまで分析したレビューはない。


オバマ大統領がフランシスコ法王をこう評価したそうだ。

彼はキリストの教えを説く者として驚くべき人間性と、社会の弱者、貧乏人にたいして思いやりを持っている。彼は、人々を避けるのではなく、抱きしめる、という事を一番に考える人だ。

フランシスコ法王の発言、日常の振る舞いはアッシジの聖フランチェスコを彷彿とさせるものである。

しかし、彼(グレゴリオ)が軍事独裁時代に大司教を勤めていたこと、2001年末に崩壊した国家の再建に邁進したキルチネルと対立を繰り返したことは、その言動に一片の疑いを差し挟む余地を与えている。

以下は新しいパパ様はサッカーがお好き


というページからの引用。

アルゼンチンでは、イエズス会は特に教育を中心に最も進歩的なカトリック教会の組織に属するとされている。しかし新法王自身は思想的にはむしろ主流派とみなされている。

このため左派寄りのアルゼンチン人の間での評価は分かれている。

弱冠36歳でイエズス会の長となったベルゴリオは、
「解放の神学」の運動にイエズス会が合流することを阻もうとした。

ベルゴリオの神学的立場は、「解放の神学」を抑えようとしたヨハネ・パウロ2世の見解に沿うものだった。

ベルゴリオはヨハネ・パウロ2世によってブエノスアイレスの補佐司教に指名され、法王への階段を上り始めた。

つまりスペイン系にありがちな肉食系ヒーローだ(日本人にはなかなか理解し難い)。いずれにしても今後に注目だ。

WSJ 日本語版(11月 27日号)などから作成

教会は弱者救済を―ローマ法王、経済的不平等を批判

11月26日、法王就任後8ヶ月を経たフランシスコ・ローマ法王は、初めての使徒的勧告を発表した。

私註 使徒的勧告(Apostolic Exhortation)は回勅(Encyclica)と並ぶ教皇文書。

「喜びの福音」と名付けられたこの224ページの文書は、フランシスコ法王が新法王に選出されて以降強調してきた多くのテーマをまとめたものだ。

喜びの福音: Evangeli Gaudium

1.貧困者について

教会は聖職者としての使命をさらに深く追求しなければならない。社会の最も弱い人々、とりわけホームレス、麻薬常習者、難民、移民、そして高齢者に対するケアに着手しなければならない。

どうして高齢のホームレスが野ざらしにされて凍え死ぬことがニュースにならず、株式市場が2ポイント下がっただけでニュースになるのか

飢えている人がいる一方で食べ物が廃棄されているのをどうして見過ごし続けられるのか

2.教会の役割

カトリック教会のメンバーが改めて貧者に的を絞って活動するよう訴える。

弱者集団に手を差し伸べるにあたって、教会は傷つき、汚れると覚悟しなければならない。なぜなら、貧者を支援するためには保護された、壁に囲まれた安全な場所(教会)にとどまるのではなく、街頭に出なければならないからだ。

3.不平等のシステム

「勧告」は、不平等と社会的不公正を糾弾している。

現代世界の大きな難題として、途方もない所得不平等を生み出している経済システムがあります。それは抑圧され疎外された人々を「落伍者」として放置しています。

市場や金融投機活動の絶対的自律性を拒絶し、不平等の構造的問題にメスを入れるのではない限り、貧困問題やその他世界で生じている諸問題の解決は導かれません。

現在の経済システムはその根本において不公正であり、その理論は市場と金融上の投機の絶対的な自立を守るためのものです。

この種のシステムは、自らの法と規則を一方的に容赦なく押しつける“新たな専制政治”を生む危険性があります。

4.不平等を支えるイデオロギーへの批判

その上で、下記のごとくイデオロギー問題へ踏み込んだ。

自由市場の恩恵による経済成長のためには、トリクルダウン理論による経済活動を継続していくべきだと主張する人々もいらっしゃいますが、このような考えは 今まで一度も実際に(真実であったと)確証されたことはありません。

経済的な力のある人は(上手く働くと)考えています。それは彼らの良心に対する大雑把で楽観的な信頼に基づいています。しかし実際には経済活動が排他的になる可能性は未だに存在して います

トリクルダウン理論は、荒々しい経済的パワーを持つ者たちに正当性を与え、現在の経済システムの機能を神聖化しています。

5.排除と不平等の経済に『汝向かうなかれ』

最後に教皇はグローバル資本主義への攻撃に着手するよう呼び掛けています。

今日において私たちは、排他的な経済活動、不平等な経済活動は人を殺すことにつながると言わざるを得ません。

『汝、殺すなかれ』との命令にあるように、人類のいのちを尊び、人間生活の価値を守っていくためには明確な限度が必要です。

まさに同じように、われわれは今日、排除と不平等の経済に『汝向かうなかれ』と言わなければならないでしょう。

米クリスチャンポストの報道(12月15日)

フランシスコ教皇「私はマルクス主義者ではない」

が邦訳されて、クリスチャン・トゥデイに掲載されているので紹介したい。

まず、前ふりを一節

フランシスコ教皇が11月に使徒的勧告「喜びの福音」を発した。これが共産主義的だとして米国の保守派から批判を浴びた。

これを受けて、教皇が「私はマルクス主義者ではない」と発言したという経過だ。

つまり、回勅が「共産主義」と呼ばれるまでにリベラルな内容を含んでいるということだろう。これまでも妊娠中絶や同性愛を巡って派手な話題を振りまいてきた教皇だが、社会経済システムまで踏み込んで発現するのは異例であろう。

記事によると、回勅で教皇は貧困問題に触れている。

どうして高齢のホームレスが野ざらしにされて死亡することがニュースにならず、株式市場が2ポイント下がっただけでニュースになるのか

飢えている人がいる一方で食べ物が廃棄されているのを見過ごし続けられるのか

その上で、下記のごとく踏み込んだ。

市場や金融投機活動の絶対的自律性を拒絶し、不平等の構造的問題にメスを入れるのではない限り、貧困問題やその他世界で生じている諸問題の解決は導かれません。

現在の経済システムはその根本において不公正であり、その理論は市場と金融上の投機の絶対的な自立を守るためのものです。この種のシステムは“新たな専制政治”を生む危険性があります。

これが問題にされたあとの12月14日に、伊ラ・スタンパ紙とのインタビューが発表された。そこでの発言。

1.多くの良心あるマルクス主義者がいる

マルクス主義の概念は間違っています。しかし私は人生を通して多くの良心あるマルクス主義者とも出会ってきました。

2.不平等な経済活動は人を殺す

『汝、殺すなかれ』との命令にあるように、人類のいのちを尊び、守っていくためには(経済活動の上で)明確な限度が必要です。
今日において私たちはまた排他的な経済活動、不平等な経済活動は人を殺すことにつながることを言わなければなりません

フランシスコ法王の 貧困と経済的不平等についての発言

(ウィキペディアより)

私たちは世界で最も不平等な地域に暮らしており、最も豊かな土地であったが無残に没落した。…財の不当な分配が解消されずに、天に向かって悲鳴をあげるような社会的に罪といえる状況が作り上げられ、我々の多くの兄弟たちが充実した人生の営みを妨げられている。

2.2009年9月30日サルバドール大学大学院での発言

「われらの時代の社会的負債」とは何か。それは不当な経済構造が極端な貧困と大きな経済的不平等を引き起こしており、人権を蹂躙していることだ。…その社会的債務は不道徳で、不公平で非合法なものだ。

3.2001年8月、ブエノスアイレスで公務員のストライキが起きた時の発言

いっぽうに過酷の労働条件で迫害されている貧しい人々がいて、いっぽうに正義からの逃走に喝采している裕福な人々がいる。後者に反省を求めたい。

4.2002年のアルゼンチン経済危機のときの発言

権力者は、自らの特権と過剰な富を非道な方法で獲得し、その財産の維持のために腐心している。彼らは批判されるべきだ。

5.2010年、アルゼンチンの貧しい人々に向けられた演説

富裕層に再考を求める。あなたがたは、貧しい人々のことを考 えることを拒んでいます。私たちには、貧しい人々を度外視する権利はありません。絶望した人々が手に取った武器を取り上げる権利もありません。
私たちは母なる祖国の記憶を取り戻さなければなりません。

6.2011年の発言

この街がその使い方を熟知し毎日服用している麻薬があります。それは贈収賄と呼ばれるものです。
この麻薬によって良心は麻痺し、ブエノスアイレスは贈収賄の街とでも言うべきものになってしまいました。

7.2011年の発言

この街では奴隷制度が様々な形態で見られます。この街の労働者は、工場で搾取され、移民であればその悪辣な搾取まぬかれる機会は乏しいのです。

この街には、ストリートチルドレンが何年にもわたり放置されています
… この街は、労働者をホームレスという構造的な奴隷制度から解放にする試みに失敗し続けています

8.2011年の発言

この街では、人形と遊ぶかわりにバラックのゴミの山に放り出される少女たちが大勢いる。彼女たちは誘拐され、売り飛ばされ、騙される。街では女性や少女が 誘拐され、性と虐待の対象となっている。こうして彼女たちの尊厳は破壊されてゆく。

主イエスは人間の肉体をもって生まれ、そして死なれた。しかし、この場所では、その人間の肉体が、ペットの肉体以下の扱いなのだ。一頭の犬のほうが、ブエノスアイレスで奴隷扱いされている少女たちより大切に扱われている。彼女たちは、足蹴にされ、ボロボロにされる

9.「アパレシーダ」文書

児童虐待は「人口統計学上のテロ」であリます。子どもたちは残虐に扱われ、教育も受けられず、充分な食事も与えられていません。そして少女たちは、売春を強いられた挙句に捨てられています。


ムヒカ大統領インタビュー。消費主義社会について (訳:打村明)

消費主義の説明を探している間に、上記のページを見つけました。ムヒカというのはウルグアイの大統領で、70年代には都市ゲリラの指導者でした。長い獄中生活を送った後政界に復帰、左翼の統一戦線である「拡大戦線」の候補として、大統領選挙に勝利したという経歴の持ち主です。ラテンアメリカにおける消費社会論の意味付けがよく分かります。以下、要点を紹介します。

1.現代社会は消費主義社会

現代社会は使い捨て社会だ。大量消費が経済を成り立たせている。それが社会のモデルとなっている。それを変えるのは大変困難だ。

2.経済資源というのは人生の時間を裂いたものから出来ている

人はものを買う時にお金で買っているが、そのお金はその人の時間を労働に裂いた結果得られたものだ。

人間のもっとも大事なものが生きる時間だとしたら、この消費主義社会はそのもっとも大事なものを奪って行っていることになる。

(うーむ、前半はマルクス主義的だが後半は非マルクス主義だ)

3.消費社会は命を食べるマシーンだ

人間はもっと良い暮らしを持つためにものが必要だが、そのために消費と仕事をどんどん増やさなければ行けないわけではない。

消費社会の行き着く先は人の人生の時間を奪って行く現代の奴隷制度である。消費社会は命を食べるマシーンなのだ。

我々は底知れない消費主義社会にノーと言わなければならない。社会主義が必要だ。

(うーむ、気持ちはわかるがちょっと観念的だ)

4.労働時間の短縮だけでは無意味だ

ウルグアイは6時間労働を推進している。国民は賛同している。しかしそれは労働時間を減らすためではなく、もうひとつの6時間労働の仕事を持つためだ。労働時間を減らすはずが、前よりも多く働いている。なぜか?

子供の頃からテレビで購買と消費こそが幸せだという考えを刷り込まれているからだ。そんな社会に私たちは押し込まれている。

5.哲学が必要だ

政治に哲学がなければ、めざす道がない。もっと良い世の中とは人生を生きる時間をもっと有意義にすることだ。

生きる時間とは何か? それは自分が自由に使える時間、やりたいことをやる時間のことだ。自分の人生の時間を好きなことに使っている時が本当に自由なときなのだ。

仕事が好きかどうかは別の話だ。自分と家族の物質的な欲求を満たすために働く時間は自由ではない。働いていない時間のことが自由なのだ。

6.もので溢れることが自由なのではなく、時間で溢れることこそが自由

自由になるための戦いというのは、どれくらい自由な時間を確保できるかにかかっている。

そのためには物質的な禁欲が必要だ。制限と節度ある生活のコンセプトが必要だ。その制限というのは文化や自由意志から生まれるものでなければならない。

自由意志から生まれた自由な選択と、限られた選択肢から強引に選択させられるのとは異なる。あの工場に12時間、16時間働かなければならない選択は自由とは言いえない。

7.人間というのは生物学的に見れば社会主義的な動物

人間という生き物が世界に誕生してから現代に至るまでの90%の時代は「私のもの」や「あなたのもの」という概念がなかった。「私たちみんなのもの」しかなかった。

生物学的に社会主義なのだけれど、歴史の出来事によって資本主義、商業主義的な人間に変わってしまった。ハードディスクは社会主義なのに、発展の歴史が私たちのOSを資本主義にしてしまった。人間の遺伝子には社会主義という記憶があり、それが現代消費社会と激しく対立している。

人間は自分たちの本性と矛盾している。そして、何か繋がらないまま、何か足りないままさまよっている。


率直に言おう。これは人間の「個性」、少なくとも近代的個性の否定だ。人間を類的存在に解消するものでしかない。見ようによっては「アリとキリギリス」的・エリート主義的・真正社会主義的・反文明論的な視点だ。

マラウィの歴史をさらった後でこの文章を見ると、サンチョ・パンサではないが「人間、まずは働け!」と言いたくなる。

TPPとの関連で必ず引き合いに出されるのがメキシコ農業の荒廃。
NAFTAでアメリカの農産物にすっかりやられて主食であるトウモロコシが自給 不可能になったとされる。

生き残った農場も手入れが行き届かない状況、そこに過去70年間で最悪の旱魃がやってきた。

北部高原地帯のチワワ州は乾燥した半砂漠地帯ながら、灌漑農業に支えられてメキシコ農業を支えてきた。しかし昨年の降水量は例年の3割以下。主食トウモロコシの生産は320万トンの減少、家畜6万頭が死んだ。

現在でもトウモロコシなど農産物輸入額は210億ドル(約2兆円)であり、今後予想される国際価格の上昇を織り込めば、それが跳ね上がるのは必至だ。

灌漑農業は一端破壊されれば新たな水源の確保を含め、復興はきわめて困難である。

天災は必ず来るが、それを劇症化させるのは人災である。メキシコでまさにそれが表現されているのではないか。

実は同じような話題で、以前にも「更新記録」に書いていた。ブログには転載してなかったのでもう一度載せておく。

2011.4.07
 
震災報道がなければトップニュースになっていたかも知れない記事。「中南米カリブ海の18カ国/貧困層6年で11ポイント減」というタイ トルだ。ちょっと解説が必要だが、ECLACという国連の地域機構が行った調査で、貧困層と極貧層の年次経過を見たもの。表にするとこうなる。
アリシア・バルセナECLAC事務局長/IMFの機関誌「F&D」より

全人口に対する割合

2002年

2008年

減少率

貧困層

44%

33%

25%

極貧層

19%

13%

32%

貧困層+極貧層

63%

46%

27%

バルセナ事務局長は、これについて以下のように説明している。
 02年経済危機の後の年月は、中南米カリブ 諸国にとって繁栄のときだった。1.貧困層が顕著に減り、収入格差はやや縮小した。2.その背景には「経済成長と政府の社会政策の相互作用」があった。 3.90年に貧困層救済のための予算はGDPの12%だったが、08年には18%に増えている。4.労働者保護が推進され、非正規労働者の減少と正規雇用 の増加が進んだ。
これに加え記者の解説にはこうある。
 調査対象国の多くは革新政権で、貧困者対策や就学手当てなどを充実させてきた。

私がこの表から読み取ることは
1.2002年における中南米のすさまじい貧困。人口の2/3が貧困層という数字はただものではない。
2.この貧困をもたらした80年代の「失われた10年」と90年代「絶望の10年」における、先進国のすさまじい収奪。
3.左翼ナショナリズムの「チャベス・モデル」、そして左翼リベラルの新自由主義との決別、その相乗効果がもたらした大成功。
4.対米依存型開発モデルの破綻と影響力喪失。ただしこれは読みすぎかもしれない。
  いっぽうで、メキシコなど対米依存型開発をさらに強化せざるを得ない状況に置かれた国も存在する。また経済制裁下にあるとはいえ、中南米各国の支援を受け たキューバの経済改革の動きも注目される。もちろん日本との比較はできないし、チャベス・モデルを引き写しににすることもできない。しかし、その気になれ ばわずか6年でもこれだけのことができるということは、心にとどめておくべきだろう。
 それにしても2002年という年、中南米の歴史的転換にとって決定的な年のようだ。少し「2002年」をテーマに振り返ってみる必要がありそうだ。

「貧困率」はなかなか難しい

国連開発計画(UNDP)は「人間開発」の観点から、「人間貧困」概念の重要性を訴えている。そして乳幼児死亡率、識字率、水・食料の安定確保、医療サービス等を加えた貧困統計を発表している。しかし市場経済が発展すれば、やはり所得が大きい比重を占めることは間違いない。

1日1ドルという貧困ラインの設定は、何よりもその簡便さとわかりやすさで有用である。これは世界銀行が1990年に提唱したものだ。そのご世界銀行は先進国首脳会議(サミット)ごとに Global Poverty Report というレポートを発表して、その変化を追跡している。

この数字は各国間の比較にも、経年的な変化の追跡にも非常にコンヴィニエントである。しかし最大の問題は1ドルの価値が年毎に下がっていることだ。したがって同じ対象であれば、貧困線以下の人口は年毎に減ってしまうことになる。

たとえば1993 年の 1.08 ドルは、2005 年の貨幣価値だと1.45 ドルくらいだという。分布曲線がわからないから計算はできないが、93年に貧困層とされた人々の2割程度は、05年の統計では捕捉されなくなってしまうことになる。

もうひとつは、人口増加のファクターである。いわゆる「人口爆発」が起きている国では、経済成長は人口増加により食われてしまうから、所得増には結びつかない。ラテンアメリカでも80年代から90年代にそういう現象が起きていることがうかがわれる。ただこれは、余剰生産が労働力の増加に結びついているという点では、必ずしもネガティブに捉えるべきものではない。それが一定程度落ち着いた時点では、増強された労働力が所得増を果たしてくれるからである。

ラテンアメリカはそういうフェイズに入っているのかもしれない。

それらをすべて前提したとしても、02年以降の鮮やかな逆転は、やはり政治の力を抜きにしては語れないところがありそうである。

CELAC(国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会)が11月に発表したレポートは、ラテンアメリカの貧困人口が過去最低水準となったとしている。
レポートの名前は「中南米概観報告2011」 赤旗の短報なので、以下の事実しか分からない。
①地域全体の貧困人口の割合は、1990年に48.4%だった。極貧(必要最低限の栄養が取れない収入)人口は22.6%だった。
②貧困人口の数は2002年に過去最大の2億2500万人に達した。
③貧困者の数は、その後急速に減少に転じた。
④2010年の統計では貧困者の数は1億7700万人に、人口に占める割合は31.4%に減少した。極貧人口は12.3%に減少した。
⑤この数字は過去最低水準である。

%と実数が混在していて分かりにくい。とりあえず2010年の総人口を計算すると177÷31.4×100=564百万人となる。総人口は20年間に増えているはずだが、仮に02年も同じ総人口だったとすると、貧困人口の割合は2.25÷5.64×100=40%となる。これは90年に比べ、8%の改善ということになる。90年代のあいだによほどの人口爆発があったと仮定しないと、どうも数字があわない。合わないから%と実数を混在させたのか、とかんぐりたくなる。

大変重要な問題だから、今後は実数と割合をそれぞれに、国別の分析もして説得力のある資料提供をしなければならないだろう。、

ブラジル労働党の大会が開かれた。ブラジル労働党はルーラ→ルセフ政権与党で、UNASURの中核を形成している。
大会決議は「欧米政府が新自由主義の危機に対して新自由主義的な治療策を選択した」ことが今日の危機の原因だと指摘している。
これは二つのことを意味している。一つは今日の欧米政府の危機が、08年のリーマン・ショックと直接つながっているものだとの認識である。ひとつは新自由主義以外の政策の実施が世界で求められているということである。
私たちは、この視点をしっかり持たなければならない。日本の経済危機を円高や、国際競争力の低下などにもとめるのは視野が狭すぎる。国際的な経済危機の一環として受け止めなければならない。
労働党決議は、新自由主義に代わる代替策としていくつかの点を指摘している。
*経済の発展を市場任せにしない
*経済発展を推進させることを最重要課題とする
*そのために国民生活の向上と国内市場の拡大を最優先課題とする
*その推進役としての政府の役割を重視する
*危機の影響を最小限に抑える
もっともドラスティックな手段としては為替取引の停止、不動産売買の停止があるが、もちろんこれは最後の手段で、その前にも投機資本に対する規制、資本収支の総枠監視、通貨切り上げ、金利の切り下げ、外貨移動の制限などさまざまな方法がある。これらはいずれも新自由主義政策の根幹に触れるものである。

ブラジル労働党大会を報じた赤旗の裏の紙面にはシリーズ「乱調 世界経済」という記事がある。静岡大学の鳥畑教授が、以下のようにまとめている。

投機の暴走が生み出した損失を引き受けた国家財政が、今度は投機の標的となった。
財政再建という名の下に損失の国民転嫁が進められている。そしてそれが経済停滞を深刻化させるという皮肉な結果となっています。
現在の危機の様相は、各国の財政・金融政策という対症療法で解決できないことを示しています。巨大な企業・金融機関の短期的利益最優先の投機的企業活動の放任が危機の原因です。市場原理にもとづくグローバル化こそが危機の根源にあります。

巨大金融機関は、恩をアダで返したことになる。寄生虫は宿主が死ぬまで食い尽くす。生かさず殺さずという知恵を持たない。

ただ私たちが肝に銘じておかなければならないのは、1929年大恐慌の後、ドルやポンドによる囲い込みで世界が分割され、それが第二次世界大戦へとつながっていった過去の経験である。
ガット・IMF 体制の確立は、たんにアメリカが世界の盟主になったことの証明だけではない。万国の民が対等平等に貿易を行うことで相互の繁栄を図ろうという願いもそこには託されていた。
グローバリゼーションは、民主的な形でのグローバリゼーションは、「もう一つの世界」への扉でもある。非同盟諸国首脳会議ではそれを「新国際経済秩序」と呼んでいる。


先日、UNASUR諸国で貧困率が減少していると書いたが、ラテンアメリカのなかでもアメリカ追随、ネオリベまっしぐらの路線を走っている国がある。それがメキシコだ。
メキシコに関してはメキシコ麻薬戦争 列伝の中で、戦争の真の敵は貧困だと書いたが、今もなお事態は深刻化しつつある。
メキシコの政府機関「全国社会開発政策評価会議」が7月末に発表した報告が赤旗で報道されている。
貧困層(独特の定義で、国際統計との比較はできない)が、5年にわたるカルデロン政権の下で4470万から5770万に増えたとしている。人口比で見ると43%から51%への増加である。
とくに深刻なのは65歳以上の高齢者で、低所得者の割合が77%に達しているということだ。
弱肉強食の論理は社会的弱者により厳しい条件を突きつけることになる。しかしその数字はあまりにも厳しい。国中が姥捨て山になっているということだ。
これでは長生きする意味がないから、みんなギャング団に入って花と散るのだろう。

ペルーでオジャンタ・ウマラの大統領就任式が行われ、UNASUR首脳が会した。首脳会議ではドル危機にたいして強い警戒感が示された。
なかでも南米唯一の親米国となったコロンビアのサントス大統領が、「米国の自体に傍観者であり続けることはできない。反帝国主義でもなく、反米主義でもなく、実際的な結論として」米国の行動は無責任だと発言し、周囲を驚かせた。
コロンビアの態度変更を受けたエクアドルのコレア大統領は、南米独自で資金を融通しあう地域準備基金や、独自通貨で貿易決済を行う地域決済システムの確立などを提案した。

ラテンの連中だから、言うだけはいろいろ言うけど…というのが今までの通念だったが、これだけコンセンサスが出来上がるとひょっとしてという気もしてくる。
ただ彼らがモデルとしてきたEUも台所事情の厳しさは変わらない。

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