鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

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カテゴリ: 36 社会理論(社会主義・哲学を含む)

2013年03月28日 を増補しました。
赤いウィーンに暮らし、元ハンガリー共産党員で熱烈な活動家である女性を妻としたことで、かなりマルクス主義に接近したこ とは間違いありませんが、中核的な信念としては一種のサンディカリズムに立脚していたように思えます。

私が思うに、この時代のウィーンの左翼は反動派経済学者の「価格転形過程」論にかなり参っていたのではないでしょうか。バウアーもヒルファーディングもこれをうまく突破できていないように思えます。

物質的富というのは具体的有用性においても規定されるし、抽象的な労働生産物としても規定されます。しかしそれはいずれも富の素材的(即自的)規定でしかありません。富は目的として、あるいは手段として対自的にも規定されなければなりません。
富は欲望の物質化(対象化)されたものとして、あらためて措定されなければなりません。マルクスは「経済学批判」では繰り返し欲望の再生産と、物質的富の再生産の照応を語っています。その上で物質的富の源泉について語りますが、それは経済活動という人間的活動の片面でしかありません。

富を消費し、欲望を生産する、もう一つの人間的活動=文化活動がその先に語られなければ、人間的活動の円環は閉じないのです。

マルクスはこの問題を先送りしました。資本論全三部では終わらせられない、もう片側の議論を持ち越しにしました。持ち越しにしただけではなく、ひょっとするといつのまにか等閑視するようになっていたのかもしれません。

「経済学批判」(とくに「要綱」)から「資本論」(とくに「賃金・価格・利潤」)への流れを見ていくと、「労働力」が人間的能力(Arbeits -Vermehrung)の表れとしての労働能力の疎外された姿だという観点が徐々に薄れていくような感じがします。

「価値の価格への転形」は、経済活動として見ただけでは不完全な把握にとどまるでしょう。目下のところ上手く言えないのですが、それは文化活動の開始点としても見ていかなければならないのではないでしょうか。

購買行動を起点とする消費活動は社会的文化活動でもあります。“もの”として凝縮されたエネルギーがその具体的有用性を発揮し、それを生きとし生けるものとしての人間が受け取り、みずからを生物的制約から解放し、より人間的に文化的に発展していくこと、それこそが消費活動です。

この辺がこれからの理論課題なのだろうと思いますが、ポラニーは「多ウクラードの併存」、あるいは「社会の多元性」という形で、形而上学的な乗り切りを図りました。これは一種の問題回避であり「政治的解決」です。

またも思いつきだが、
弁証法の基本矛盾は存在と過程の二重性にあるのだろうと思う。
この時、存在は一時的・相対的なものであり、過程は絶対的なものである。
これはもちろん4次元時空内での話だが。
で、それから先の話だが、虚無主義者は過程の絶対性を強調するあまり、「色即是空」、方丈記の世界に入ってしまう。
ここで一切の論理はストップしてしまう。
しかし存在の相対性は個別の存在の中にあるのであって、その総体としての「全存在」の相対性を否定したことにはならない。それどころか、存在抜きに過程は規定し得ないのである。
ただ存在は純粋な質量の形態では存在し得ず、つねに過程と結びついて、すなわちエネルギーとベクトルをもったものとしてしか存在し得ない。
すなわち存在と過程はエネルギーという形態で結合しているのである。時空の基本的エレメントとしてエネルギーを承認することは存在を承認することとなる。
この認識が客観的観念論と唯物論を分ける分水嶺となるのではないだろうか。
私たちが時間軸をも相対化できる5次元の尺度を持っていれば、この問題は容易に解決できるだろうが、誰かそのような「超アインシュタイン物理学」を展開してくれないだろうか。

現実の存在は個別的・相対的なものであるだけに、存在論は認識論としての側面を持つ。存在をのっぺらぼうの質量としてとらえると不可知論の世界に飛び込むことになる。エネルギーとして、あるいは加速度として質量をとらえることで、(回り道ではあるが)不可知論は克服できる。すなわち存在の発するエネルギーを、将来展望もふくめて人間は感知・受容できるし、そのことによって事物の存在を確信しうるのである。
このことが「唯物論と経験批判論」の前段に書き込まれなければならないのではないか。

連帯精神の二つの源泉: 利他行動と集団協力

先日、「機微」の問題に触れた。人それぞれに想いと行動を結びつけるものとして「機微」というものがあって、そこを互いに掴みながら連帯していくことで、「真の共闘」が形成されるという話だった。

そしてこの「機微」というのは。ことの性格上積極的で能動的なものだから、そこさえつかめばあとは勢いだ、と書いた。

ただこれは連帯精神の一面、「おもんばかり」という作業である。そこには、その前提となる「思いやり」の心が前提となっている。

共闘という作業は「おもんばかり」だけでもけっこう進むだろうと思う。そこにはある程度の共通の思いが存在していて、課題はその思いを探り出すことになるからだ。

しかし共闘は出発点であり、そこから先には砂のような大衆が待ち受けている。我々は砂の一粒一粒を思いやりの心で満たしていかなければならない。

そこで「思いやりの心」だが、実はこれは二つの要素からできている。

ひとつは利他の心であり、もう一つは集団協力の精神である。

この二つの要素は、実はボノボとチンパンジーの比較研究から導き出されたものである。

をご参照いただきたいのだが、実はこれは山本真也(京都大学霊長類研究所ヒト科3種比較研究プロジェクト特定助教)さんの文章チンパンジー・ボノボにみる「徳」の起源の丸写しである。

詳しくはそちらをご覧いただきたいのだが、ボノボにもチンパンジーにも利他行動はある。ただチンパンジー社会では集団協力の傾向が著しく発達しているために、利他行動のほうが見えにくくなっているだけなのだ。

集団協力を中心とする社会関係(群れの掟)の中でも、連帯心とか社会規範は発達する。それは一見利他の心と似ている。しかし、集団という囲い込みを前提とするところに決定的な違いがある。それは本質的に排他的で選別的である。

しかしそれ以前に、自発的で無差別な「利他の心」は生得的に存在するのである。あまり手垢のついた言葉にしたくはないが、エトスとパトスの生物学的説明と言えないでもない。無論この二つは絡みあっている。高次の利他行動は、社会集団の中で習得され、昇華されなければならない。

砂粒に見える人々にも、いわばDNAとして利他的な思いやりの心は潜んでいるのである。それを掘り出して、アパシーという汚れを取り払って、息を吹き返させることが大事なのだ。

これは文学とか芸術とかが担う作業になるのかもしれない。

「考える葦」についての断章

「考える葦」の全文は次のようになっている。(Pensee L200-B347)

人間はひとくきの葦にすぎない。自然のうちで最も弱いものである。しかしそれは考える葦である。

かれをおしつぶすために,宇宙全体が武装するには及ばない。蒸気や一滴の水でもかれを殺すのに十分である。

だが,たとえ宇宙がかれを押しつぶすとも,人問はかれを殺すものよりも尊いだろう。なぜなら,かれは自分が死ぬことと,宇宙の自分に対する優勢とを知っているからである。

宇宙は何も知らない。

だから,われわれの尊厳のすべては,考えることのなかにある。

われわれはそこから立ちあがらなければならないのであって,われわれが満たすことのできない空間や時間からではない。

だから,よく考えることを努めよう。ここに道徳の原理がある。

以下は山田さんの読み込みである。

パスカルが人間の弱さを言うとき,モンテーニュが連想されているといわれる。だが人間が「考える葦」にたとえられるとき、人間の人間たる由縁はものを考える点にあると見なされている。パンセのなかにはデカルトにかなり近い定義もある。「自我は私が思考するところに存在する」

これに対して宇宙は無限なる空間であって,人間はその両極を知りえないまま「無限と虚無との,この二つの深淵の中間」に漂っている。その驚異を前にして私は恐れおののく。

(多分これはデカルトにかなり引きずられての発想であろう。今日では「思考」はそれほど根源的なものではないことが明らかになっている。もっとも根源となるのは宇宙に対して抗うことであり、抗いながら個別的同一性を維持することである)

だが宇宙はそうしたことを何も知らない。それは純粋に物理的な空間であって,昔人の考えた宇宙霊魂などではないからである。

「あらゆる物体,すなわち大空,星,大地,その王国などは精神の最も小さいものにもおよばない。精神はそれらすべてと自分自身とを認識するが,物体は何も認識しないからである」

思考(人間)は物体(宇宙)から截然と区別され,明らかに物体に対して優位に立つ。

空間によって,宇宙は私をつつみ一つの点として私をのみこむ。思考によって私は宇宙をつつむ。

(これはデカルトというよりアウグスティヌスの箴言である。このあと、パスカルはデカルトの主体論・認識的理解に接近する)

人間は考えるために創られている。それは彼のすべての価値である。その思考の順序は,自分から,また自分の創造主と自分の目的からはじまる。

(優れているのはここまで、あとは信仰論にへたり込んでいく。なぜパスカルがここで腰砕けになるのかはよくわからない)

研究の出立点とすべきは,物体的延長の世界を分析することではなく,自らの精神や神を考えることである。よく考えることに人間の尊厳と価値とがあり,そこに道徳の根本がある。

とまぁ、こんなところに落ち着いていくのであるが、これに対してデカルトはどうか。これについては山田さんがけちょんけちょんにやっつけている。

デカルトは無限宇宙を眺めても深淵は見ないし,なんの戦慄も覚えない。

かれはパスカルとは違って,自らの生死や世界の不可思議に身を震わせる繊細な精神の持ち主ではない。むしろ,きめの粗い幾何学的精神で人生・世界を割り切って生きる人である。

神によって与えられたこの生を確信をもって歩みたい,死を恐れずに生を愛しながらこの世界を生きたいと思うだけである。完全な道徳は諸学を踏まえた知恵の最終段階であり,仮りの道徳で当座をしのぐのがデカルトの生き方であった。

「そこまで言うか」とも思う。

パスカルの「考える葦」にはもう一つの側面がある。弱き者としての人間である。人間は考える点でたしかに偉大だが,同時に葦であるかぎりは相変わらず弱きものである。

パスカルはパンセの他の場所でこうも言っている。

人間の偉大さは,人間が自分が悲惨であることを知っている点で偉大なのである。樹木は自分が悲惨であることを知らない。したがって悲惨であるのを知るのは悲惨なことであるが,しかし人間が悲惨であるということを認識しているのは偉大なことである

偉大さがいくら強調されても,人間がそれによって悲惨な存在であることをやめるわけではないのである。

さらに言うなら、思考においてさえも人間の弱さは露呈する。考えることはその本性からしてきわめて偉大だが,「考える」といっても戦争をすることや王になることなど,ろくなことを考えないからである。

結局これも信仰の世界に行き着く。愛の秩序によってその矛盾を脱しえるというのである。パスカルは明らかにデカルトを乗り越え、スピノザ的汎神論の世界に踏み込んだ。しかし乗り越えた瞬間にへたり込んで、論理の世界から逃げ出してしまうのである。

(2)神の存在証明

以下略

以前、パスカルのデカルト批判を積極的に受け止めて評価したことがある。

「我思う、故に我有り」なんていうのは、風呂で屁をへってあぶくが破裂して「くせぇ、故に我有り」みたいな話だ。

それに比べれば「人間は考える葦である」なんてのは、かなり「いい感じ」だよね、という乗りである。

しかしこれで済ませていたのではあまりに情けない。情けないが、今さら原著に当たる馬力もない。

ということで、山田弘明さんの「パスカルとデカルト」(名古屋大学文学部研究論集)という解説を読んでお茶を濁すことにした。

 

イントロ

パスカルがデカルトから受けた影響は大きい。この二人は実際に面識があった。

デカルト批判のなかにパスカルの哲学の基本的スタンスが最も明瞭に現れている。

この論文では両者の交渉の事実関係を見たうえで(第一節),パスカルがデカルトに言及したテキストを分析する(第二節)。

そしてデカルト批判の中で「考える葦」と神の存在証明問題を吟味する(第三節)。

1.交渉の事実関係

実際の交渉を示すものとして,(1)父エチェンヌ・パスカルとデカルトとの関係,(2)デカルトのパスカルへの言及,(3)両者の会見,の三点をとりあげる。

(1)エチエンヌ・パスカルとデカルト

まず父エチェンヌ・パスカル(1588-1651)とデカルトとの関係である。息子パスカルは父からデカルトの読み方を教わったとも言える。

エチェンヌは,デカルトとほぼ同世代の人であり,同じ学者仲間であった。クレルモンの税務署長までなったが,元来が実証的な近代精神の持ち主であり,数学や自然学に通じていた。

アプリオリな理論よりも実験を重視する精神は,息子にも受け継がれた。

1638年,エチェンヌはデカルトの『幾何学』を批判したことがある。まもなく紳士としてデカルトと和解したという。

要するに幼いパスカルは,科学的精神の持ち主である父から,デカルトの評判と同時に批判も耳にしていた可能性がある。これがパスカルが抱いた最初のデカルト像である。

(2)デカルトのパスカル評

一方、デカルトは駆け出しの数学少年パスカルをどう評していたであろうか。

1640年、16歳のパスカルは「円錐曲線試論」を発表した。当時オランダにあったデカルトは,はなはだ冷ややかな態度をとった。

パスカル氏の息子の『円錐曲線試論』を受け取りました。半分も読まないうちに,これはデザルグ氏から学んだものだと思いました。

1647年、二人はパリで面会した。デカルトは水銀柱の実験についてパスカルに“サジェッション”を行っている。

しかしその後、この“上から目線のサジェッション”をめぐって両者に齟齬が生じ、関係は気まずいものとなっていく。

デカルトはパスカルから寄贈された新刊『真空に関する新実験』を読んで,「この小冊子を書いた青年は,その頭が少し真空にすぎるのではないか」と椰揄している。

デカルトから見たパスカルは,叩いておくべき生意気な若造というのが率直なところであったかと思われる。

(3)パスカルとデカルトとの会見

両者がパリで実際に会見したことは,二人の交渉の事実関係の最たるものである。しかし会見の中身についてはデカルト側とパスカル側でかなり異なっている。(内容については省略)

 

2.パスカルのデカルト批判

デカルトの影響の大きさを考えると,パスカルがデカルトに直接言及したことは意外に少ない。

言及の内容としては批判的なものが圧倒的に多い。

(1) ノエル神父宛て書簡

デカルトは微細物質説を主張し真空を否定していた。パスカルの真空説はデカルトに真っ向から対立するものであった。

パスカルはノエル神父宛の手紙の中で、デカルトの微細物質説を否定している。

ノエル神父はデカルトの旧師であり,その真空否定説に与していた。パスカルは科学的推論がどうあるべきかを示しながら微細物質説の不合理性を堂々と論じている。

微細物質説は現代の最も高名な,ある自然学者の所論であります。その自然学者は,感知しがたいある物質が宇宙の中にあると主張しています。そのことは神父様もその方の著書の中でお読みになられたと思います。

かれは,その存在が感覚では証明できないことを以ってその存在を信じるよりも,むしろその存在を否定する方により一層の正当性があると断ずる。

パスカルにとって,デカルトはまずこうした点で批判すべき対象であったのである。

(2)「説得術について」

私の基礎学力の問題かもしれないが、このあたりからにわかに村上さんの論旨が読み取りにくくなってくる。

パスカルは「説得術について」という文章を残している。そこでパスカルは一つの言葉を引用する。

「物質は本来,いかにしても思考することができない」

これはパスカルの言葉ではない。1200年前に聖アウグスティヌスが語った言葉である。

このアウグスティヌスの原理と,「わたしは考える,ゆえにわたしは存在する」というデカルトの原理とは,同じ論理の裏返しではないか、というのがパスカルの受け止めである。

第一に、「物質は本来,いかにしても思考することができない」というのは、「物質はその本質において非精神的なものとして措定されている」からである。

ただし、そのものズバリの表現はデカルトの文章にはない。

第二に、パスカルは「わたしは考える,ゆえにわたしは存在する」という命題について、独特の読み方をする。すなわち「わたしの存在を主張するよりも,わたしの本性が考える点にあることを示している」と読む。

難しい言い方だが、「人間には精神(わたし)という“非延長的なもの”があり、その精神(わたし)が考える。したがって考えるということはわたしの個別性を証明する行為である」ということになろうか。

物体の非思考性と精神の非延長性と,この二つが表裏一体をなしてデカルト的二元論を成立させている。そして思考の重要性についてはパスカルも深く賛同している。「考える葦」がまさにそうである。

ここで村上さんは第一命題(アウグスティヌス)の存在を知らなかったデカルトの狼狽ぶりを描いている。

デカルトは,「コギト・エルゴ・スム」がアウグスティヌスの言明に類似していることを知らなかった。さまざまな人からそれを指摘されたデカルトは、図書館で『神の国』を読み,なんとか違いを示そうと考えた。

自分はアウグスティヌスとは違って,考える私か非物質的な実体であって物体とはまったく異なることを言いたかった

というのがデカルトの弁明である。要するに,かれはスコラ的知識の欠如を暴露している。この「事件」をパスカルは下敷きにしているのである。

そろそろ村上さんのとりとめのない無駄話に苛ついてきた。

(4)「パンセ」

『パンセ』においてデカルトの名が登場するのは六つの断章である。いずれも短いフラングメントであって真意を知るのは難しい。

デカルト。大づかみにこう言うべきである。「これは形状と運動とから成っている」と。だが,それがどういう形や運動であるかを説明するのは無益であり,不確実であり,困難である。

村上さんの解釈では、「物体が形状と運動からなっていることは事実だが、物体(自然)は機械ではない。そこには神が必要だ」と主張していることになる。

それはそれとして事実だろうが、パスカルが「神」として持ち出しているのは、もう少し具体的なもの、客観的な「存在理由」ではないだろうか。

だから下記の村上さんの解釈には違和感を覚える。

信仰の問題をぬきにした自然学は,人間の魂の救済に役立だないがゆえに無益であり,真の知識にならないがゆえに不確実である。また無限な宇宙の探究は,有限な人間の及ぶところではないがゆえに困難である。そして「あらゆる哲学」(自然学・形而上学・道徳)は,それが信仰を拠り所としないかぎり学ぶに値しない

パスカルのデカルト批判は,このテーマの下に一貫している。

ここまでの議論を見る限り、明らかにデカルトは形而上学的で、いわば原理主義である。そしてそれはコギトという主観に収斂していく。これに対してパスカルは事実をありのままにとらえ、ますもって受け入れよと言っている。そして事実とは叙述的にしか定義できないと主張している。もちろんそのような諸事実の積み上げと推理によりそれらは真理となっていくし、実験によって動かし難く確証されていくのであるが。

そしてそのような対象的世界、所与としての自然こそがパスカルのいう「神」なのではないか。だからパスカルは「神」の名において「唯物論」を語っているともいえる。マルクス風に言えば「客観的観念論」ということになる。

村上さんはこの言葉をめぐる解釈をるる説明している。しかしあまりにもうっとうしいので、とりあえず飛ばしていくことにする。

ただパスカルは、宗教者としての自分についても語っており、「神」は理神論的レベルに留まるものではない。これは心の内面の問題である。

機械論的自然の原点に神を置き,自然の薀奥を究めてよしとするのは,理性の驕りであり「空しい好奇心」である。数学や自然学などは魂の救済に関して無益であり,全力を傾注すべきものではない。

「主体性」は人間の本質ではない

いじめ、過労死、ストレスなどいろいろ並べてくると、人間の主体性という問題がどうしても避けて通れなくなる。そこで「主体性こそ人間の高次脳機能の本質」だという議論が出てくることになる。

しかし生物学的に見て、主体性の形成というのはそんなに高等な作業なのか、というと必ずしもそうではない。

むしろ、動物は大なり小なり主体性を持っている、という方が正確だろう。

そうすると、人間としての人間的な主体性というのは何なのかと、問題を置き換えなければ生産的な議論とはならないのではないか、とふとそう思う。

我々が生き物というとき、それは実際には動物のことである。もし「じゃぁ植物は生き物ではないのか」と問われると、「まぁそれも生き物ではあるな」と答えるが、心の底では「何をアホなこと言っているんだ」と舌打ちすることになる。

しかし食物連鎖を全体として考えてみれば分かるように、動物の例えば1千倍とか1万倍とかのオーダーで植物生命体があるはずだ。理屈から言えば、そういうレベルで生物界のバランスはとれているはずだ。

よく言えば、動物は生命界のエリートであり、悪く言えば寄生虫である。

生化学的に言えば、植物は炭素と水からできている。動物はそれに窒素を加えることでより複雑な構造を作り出している。何よりも大きな違いは、窒素が加わることで能動性が生み出されている。(あくまでも基本的な特徴付けだが)

栄養学的に言えば植物は独立栄養であり、水を分解することで炭水化物を作り、一方でこれをエネルギー源としつつ他方で炭化水素を高級化し体の構成成分ともする。

動物は従属栄養であり、植物の成長に自らの生命を託している。そして動物界の中にも食物連鎖のヒエラルキーを形成する。


動物は生まれながらに2つの世界に身をおくことになる。

一つは植物の世界に従属して、それに寄生しながら自らの生命を維持する世界である。

そしてもう一つは、食物連鎖の中にあってある時は捕らえ食し、ある時は捕食者から逃れ、生きながらえる弱肉強食の世界である。

もちろん、動物も植物も決して優しくはない自然環境の中に暮らすわけだから、全体としては自然の摂理に翻弄されながら一生を送る存在である。

その2つの世界のそれぞれにおいて、その生命体が動物であること、「動く生き物」であることはどのような意味を持つのだろうか。

それはまずもって、「判断」し「行動」することではないか。超短期的に言えば、自分以外のあるものを見たとき逃げるか捕まえるかの判断である。もう少し長期的に見れば、果実をもとめてさまようときに北に行くか南に行くかの判断は自ら下すしかない。ある程度はDNAやエピジェネティックに準備されているにせよ、最後は自己責任という厳しさを伴っている。

動物が群れを作るとき、それはそういう主体性を(部分的に)放棄することを意味する。そのほうが楽だからというのもある。「自由からの闘争」である。しかし今度は社会のしがらみが襲ってくる。ひどい時は「一億玉砕」などと死を強制される。

戦後流行した「主体性論争」はこの経験が下敷きにある。だから「ローン・ウルフ」であれという主張が導き出される。

このような「主体性」は相当屈折した複雑な心理状況を意味するが、それを「人間のみが主体性を持つ」というところまで敷衍してはならない。主体性と社会性(客観性)の関係は、動物がこの世に現れてからのいくつもの弁証法的過程を踏まえて議論しなければならないのである。

「中間層」論を最初に提起したのは、ジェームズ・ミルである。

以前書いた 2016年03月31日 から、『統治論』(An Essay on Government)の紹介の一節を再掲しておく。

 略奪者の抑制が統治の目的: 

欲望の対象の多くが、そして生存の手段でさえ、労働の生産物であるということが考察されるならば、労働を確保する手段がすべての基礎として具備されなければならない。…掠奪を防止しなければならない。その方法は、一定数の人びとが団結し相互に保護し合うことである。必要な権力を少数の人に委任することである。これが政府である。

中間階級の賛美: 

1.中間階級は「文明の被造物」である。それは「生存と品位を安定的に維持でき,しかも大きな富をもつことから生じる悪行と愚行とをしでかすおそれもない」のである。(衣食足りて礼節を知るといったところか)

2.彼らは「自らの時間を自由にすることができ,肉体労働の必要性から解放され,いかなる人の権威にも隷属せず,最も楽しい職業に従事している。

2.その結果「彼らは一つの階級として,人間的享受 の最大量を獲得している。

3.少年と婦人で構成され,町を混乱に陥れる暴徒の無秩序は何を意味するのか。人口のほとんどが富裕な製造業者と貧しい労働者とから構成され、中間階級が極端に少ないからだ。

4.民衆のうち下層部分の意見を形成し,彼等の精神を指導するのは中間階級である。不況下での群衆の無秩序な行動は,むしろその命題の正しさを証明するものだ。

以上の主張から、ミルが「中産階級」をスミスの含意する小ブル「階級」ではなく、中間「階層」として捉えていることが分かる。

「民衆の…精神を指導するのは中間階級である。不況下での群衆の無秩序な行動は,むしろ(逆説的に)その命題の正しさを証明」しているというくだりは、政治感覚として卓越していると思う。

すみません。吉見俊哉さん、どんな人かも知らずに批判していました。

ウィキペディアで肩書だけ見ると専攻の分野しか記載されていません。著書の題名を見ると、周回遅れのポストモダンみたいで正直ゾッとしません。本屋の書棚で背表紙を見ても、食指が動くことはないでしょう。
ところが東洋経済ONLINE の対談記事を見ると、東大の大学改革のコーディネータとしての活躍がメインとなっており(本人は不本意かもしれないが)、むしろそちらでの専門家として評価していくべきだということがわかりました。

もう一つ、主要な問題ではないのですが、吉見さんは最初理科1類に入学され、その後教養学部に移籍されたということで、モロ文系の人ではないということです。

以下、その対談からめぼしいところを拾っておきます。

私は副学長という立場ですが、「組長のパシリ」と自分では言っています。東大は、教育改革を進めるにも、さまざまな学部、研究科と、数多くの調整をしないと全体がまとまらない。だからこそ、誰かが調整役としていくのです…

ここ10年くらいは、大学で研究ができる生活なんて全然していません

という中で書かれたのが2011年の『大学とは何か』(2011年 岩波新書)という本だそうだ。

そういう点では「組織内調整学」の専門家という肩書が最もふさわしいようだ。赤旗での発言も、そのように受け止めるべきかもしれない。

以下は対談での発言から

1.大学は二度目の死に向かいつつある

大学は、中世に誕生して近世に一度死んで、19世紀になってもう一度誕生しています。その19世紀に再生した大学が、今、二度目の死に向かいつつある…

三度目の大学の誕生があるとすれば、それは中世の大学に似たものになるかもしれない。

2.日本の大学が抱える3つの困難

a)数的増加への疑問

終戦時、大学数は50未満であった。現在は800校近くに増えた(16倍)。若者は減りつつあるので、大学卒業者の比率はさらに高くなっている。

世間では、「この規模で高学歴人材を輩出する必要があるか」という疑問がある。

b)大学のグローバルな生き残り競争

大学は世界的にも増えています。アメリカでは4年制だけで2500校。短期も含めれば4000校といわれます。中国でも1600校近くある。

世界全体の大学数は、たぶん1万校以上ある。大学の大競争時代が始まっている。

c)学問の流動化と複雑化

知の仕組みそのものが流動化し複雑化する中で、大学という組織の定義「そもそも大学とは何なのか」が問い返されていると思います。

3.文部省の大学改革が問題を複雑にした

1990年代を通じて、文部省主導で行われた大学改革が問題を複雑化した。

大学院重点化により大学院生の数は数倍増えたが、就職先は増えていない。高学歴の専門家の専門職能が確立していないからだ。

これにより大学院のレベルが低下して来る、という負のスパイラルが起きている。

4.いま、大学の役割は

いま大学はとても重要だと思っているんです。…社会全体が方向性を見失っている中で、厚みのある「知」を身に付けて考え抜く人間 が必要です。

そういう人間をたくさん生み出す上で、大学の役割は大きい。

“厚みのある「知」を身に付けて考え抜く人間”が、その中で議論しながら、可能性や課題、解決法を見つけていくことが求められています。

間違いなく、大学はその基盤になります。

以上が私にとってはだいじなポイントだが、吉見さんはその先を見つめる。

そのために、大学は今のカタチから変わっていくことが不可欠です。問題点は、誰が大学を変えてく力になるのか、“なり手”がいなく、難しいですね。

(ネットで読めるのはここまで)


ということで、たいへん骨太な議論を展開されておられ、傾聴措くあたわざるものがある。

こういう文脈の上で、「文系廃止」問題が語られているのである。

率直に言って大学の抱える困難については理解の外だが、最後の「大学の役割」についての言葉は印象的だ。

細かく言うと3つに分かれる。

A 厚みのある「知」を身につけること

B その「知」を用いてあらゆることを考えぬくこと

C それらの人々が互いに議論すること。

これらの作業によって社会全体に方向性を指し示す

というのが現代知識人(集団)の歴史的使命だ

それを前提とするとき、大学こそがその条件を備えているのではないか、

というのが吉見さんの主張だ。

これはおそらく吉見さんの独自の見解ではないだろう。彼の大学におけるコーディネーター兼ネゴシエーターという役割から考えて、無数の人々との対話から生み出された、「知の役割」に対する見解の最大公約数なのではないか。

この主張の素晴らしいのは、大学を考える前に大学人=知識人の役割を考えていることである。そして知識人を諸個人・専門家ではなく「考えぬく集団的知識人」として把握することである。

そしてそのような「集団的知識人」を育成することが、高等教育の目標となる。

彼はその延長線上に“灯台”としての東大をイメージする。

以上のように考えた場合、「文系廃止」という発想がそもそも間違っている。知識人というのはたんなる才能(タレント)の担い手ではないからである。


それから見ると、赤旗の記事は隣の的を狙っているかのように見える。おそらくインタビュアーの力量の問題だろうと思う。

前項の続きになるのだが、中途半端な「文系“遊び”論」は論理建てとしては危険だ。

「遊ぶ」ことをいろいろ考えるのはいいのだが、普通の日本人にとって「遊ぶ」という言葉はあまりポジティブな語感がない。だからどうしても比喩的なものの言い方になってしまう。そうすると結果的には論理的自殺行為になりかねない。

まずはもっと価値中立的な言葉を選びとるべきであろう。

1.「遊び」の外形的・社会的規定

ここではとりあえず、「欲望行動」としておく。いかにも硬いが、とりあえず浮かんでこないので。

すべての行動は究極的には生存するための欲望にもとづいているので、「欲望行動」である。だから遊びは厳密に言えば「辺縁的欲望行動」となるかもしれない。

しかし近代社会では食うために稼ぐ。つまり労働することと余暇を使って自らの欲望を充足するために行動することは、かなり截然と分けられているので、「欲望行動」という概念は、外形的には鮮明である。

したがって、「欲望行動」は「余暇行動」と言い換えることもできる(あくまでも外形的に)。

2.「遊び」の内在的規定

世の中の行動は「生産行動」と「消費行動」にわけられる。「生産行動」も生産の過程でずいぶん原料とか、燃料とか、労働とかを消費しているが、それ以上に生産している。それに対して余暇行動は純粋な消費行動である。

欲望行動は、総じて「金にならない行動」である。なぜなら金を目的としていないからだ。

つまり、仕事以外の行動は、主観的にはどうあれ「遊び」みたいなものである。失業中の人がどんなに社会に貢献しようと、「なにをされていますか?」と問われれば「今は遊んでいます」と答えるほかない。

「文系無駄論」にはこの発想が色濃く潜り込んでいる。「そんなこと言ったって、つまりは遊んでいるんでしょう」という嘲りだ。

3.余暇と欲望行動

余暇行動には広い意味と狭い意味がある。広い意味では労働時間以外のすべての私事だ。掃除・洗濯から買い物、食事までふくまれる。睡眠でさえ余暇行動だ。それは動物的・必然的欲望にもとづいている。

狭い意味では、それらを除いた時間が余暇であり、「欲望行動」の出番だ。そこに初めて個人の欲望が顔を出し、人間として生きている意味が明らかになる。

その意味において、「遊び」は欲望の発露であると同時に、個性や人格の発露でもあり、生きていることの意味でもあるのだ。(「…でもある」というに過ぎないのだが)

欲望には下品な欲望と高級な欲望がある。高級と言っても高額というわけではない。啄木が言うように淫売屋から出てくる自然主義者の顔と女郎屋から出てくる芸術至上主義者の顔に違いはないのだ。

4.ヘーゲルとマルクスは欲望行動をどうとらえたか

ヘーゲルは「欲望行動」の中でも高級な欲望行動として「陶冶」を挙げている。自分を成長させていきたいという欲望が人間にはあり、この欲望に基づいて人間というのは学ぶ。たんに学ぶだけではなく、ときには刻苦勉励する。

マルクスはこれを普遍化した。そんなに刻苦勉励しなくても、家に帰ってぐーたらしているだけでも、明日への英気は養われるではないか。そして明日の労働に備えて労働能力を再生産しているではないか。

ということで、「欲望行動」の総体を広い意味での労働能力の生産行動ととらえ、それを日々の行動の積み重ね、「再生産過程」ととらえた。

5.消費過程の論理

マルクスは最終的にこの考えを「あらゆる生産は消費であり、あらゆる消費は生産である」という言葉にまとめた。

そのうえで、彼は近代(彼にとっては現代)資本主義における生産過程の分析を行っていくのだが、それはいまは関係ない。

肝心なことは彼の言葉の後半、「あらゆる消費は生産である」というところにある。ただこれについてマルクスはほとんど展開していない。

そんなことをしているヒマがなかったからだが、生産過程をしっかり分析すれば消費過程は自ずから明らかになると考えていたのではないか、と私は思う。

6.欲望行動の真の意義は欲望の拡大にある

ちょっとややこしくてすみません。

消費過程を突き動かすのは人間の欲望である。人間は消費の対象に対してさまざまな方法で変更を加え、そのことによって生まれるエネルギーを我が物とする。

対象物はなくなったが、それは我が身に同化されたのである。生産過程では我が身の持つ能力が異化され対象物に付加されたのであるが、今度はその逆である。

これは単純な物質的消費過程だが、その繰り返し=営みは「生活過程」を形成する。そこでは労働により失われた労働能力を回復するにとどまらず、人間の能力の向上・発展がもたらされる。つまり人間の能力の拡大再生産が実現するのである。

かなり端折った言い方になるが、拡大再生産された人間の能力は欲望を拡大再生産する。

欲望は実現することで漸減・消滅するのではなく、充足が新たな欲望を生むのである。それが人間の生産活動の最大の動因である。

7.欲望行動の社会的拡大

以上に上げたのは単純な欲望行動の過程だが、これだけでは自然成長に任せるだけの存在でしかない。

近代文明社会は欲望を飛躍的に増加させることによって飛躍を遂げたのである。

これについては到底書ききれるものではないが、早い話、資本論を紙の裏側から読めばいいのである。

商業の発展、貨幣の普及、産業革命などすべての資本主義的生産システムの拡大は資本主義的消費システムの拡大でもあった。

生産の飛躍的増加は消費の飛躍的増加抜きにはありえなかったし、それらを消費し尽くす欲望の拡大と消費の仕方の多様化以外には出現しえなかった。

これらの欲望行動の質的・量的拡大は生活の質の向上をもたらすだけではない。それ自体、「自然の摂理」に反しないかぎりにおいては、人類社会にとって生産的事象である。

「大量生産・大量消費」時代がともすれば悪者扱いされるのだが、モノの大量生産と混同している。

もっと高能率の生産、労働時間の短縮による余暇の拡大、一言で言えば「人に優しい社会、地球にやさしい社会」の実現により、人間にはもっといっぱいやることがあるはずだ。人はアリのように働くのではなく、キリギリスのように歌わなければなららないのだ。

人間の欲望(物質的であると否とを問わず)には限りがない。それどころか、制約がない情況の下では加速度的に拡大する。それは「限界効用論」への決定的な反論でもある。

8.欲望の社会的創出と文系学部の必要性

欲望の社会的創出こそは社会が発展し人類が発達していく上で不可欠の課題である。

欲望の社会的創出のための最大の源泉は「市場」である。そこにはおよそ欲望の対象となりそうなものがすべて突っ込まれる。そしてモノと直接に結びついて需要を喚起するのだ。

しかし市場は多様な機能を持っており、そこにとどまるものではない。いっぽう消費者は完全なる博物学者ではありえない。そこで様々な装置が欲望の創出に関連して特化している。それは広い意味での「メディア」(情報媒体)であり、そのシンクタンクとして情報の意味付けに当たる各種研究機関であり、教育機関である。

それらの欲望創出機能は理系学部の能く成せるところではない。

 

赤旗に吉見俊哉さんという人が登場した。初耳の人だ。

東大の教授で、副学長を務めている。1957年生まれというから、私とはひと回り違う。

専攻が社会学、都市論、メディア論。主著が「都市のドラマトゥルギー」というから、「そっち」系の学者のようだ。日頃共産党とはご縁のない世界の人であろう。

ところが、インタビューには意外とまともで平易な言葉で答えている。

最初に感想から言えば、つまらない。

彼は学問の有用性を二つに分ける。

1.目的遂行的な有用性

まぁこれが普通考える有用性だ。

2.価値創造的な有用性

ここが吉見さんの言いたいところである。

彼の言葉を引用すると

自明とされる価値を反省したり、新たに価値を創造したりする有用性です。

うーむ、分からんなぁ。反省するのと創造するのとは違うし、新たに価値を想像する有用性というのは「そのまんま」だ。

これは、むしろ文系の知が得意とするものです。

そうかねぇ、あなたがそういうだけじゃないの。

(社会の価値観が)変わることは歴史を見れば必ずあります。(かつてはモノ第一主義だったが)、現代はサステイナビリティやレジリエンス、コンビビアリティをデザインしていくことが大切です。
このような価値の転換を促すのが文系の大きな役割です。

そういうのって、ただの流行(ニューモード)じゃないの。横文字がずらずらと並ぶと、むかしあった「モーレツからビューティフルへ」のキャッチコピーを思い出してしまう。

ということで前半はさっぱり面白くもないし役にも立たない。

後半は「遊び」に焦点が移る。

文系の学問は「遊び」だという主張だ。

人類は遊び心を出発点にして、既存の価値を相対化し、新しい価値の創造や転換をやってきました。

…文系の知の根幹にはこの遊戯性があり、それが価値創造の源です。

これも言ってみただけの「ご高説」だ。その限りにおいては「ごもっとも」だが、「そんなものくそくらえ」と言われればそれまでだ。

ここで突如ホイジンガーが持ちだされる。

じつはこのホイジンガーの本、むかし読んだのだ。拙息の誕生にあたり「遊」と命名したが、この由来を構築する作業として読んだので邪念が入っている。この他にカイヨワの「遊びと人間」というのも読んだ。

どちらもつまらなかった。

なるほどホイジンガーをそういう目から見る視点もあるのか、と感心はしたが、「だから何さ」という感じもある。


1.文系は「素養」を磨くところ

私は文系の学問は「素養」だと思っている。素養というのは「教養のちょっと高級なもの」くらいの感じだ。あるいは「ちょっと専門的なもの」という方がよいかもしれない。

「教養」というのは「常識のちょっと高級なもの」くらいの感じだ。そこには「社会人としての常識」とか「大学生の常識」とかいう知識レベルの枠組みではなく、人として生きていく上での叡智、とか物事に向き合う態度とかの倫理的なニュアンスもふくまれると思う。

それは一種の体系であり、知識人たるもの、人生の何処かでその「とば口」くらいまでは接近しておくべきだというものだ。

それは人にとって大事な知恵だから、素質がある人がかならず受け継がなければならない。そうでないと人は「専門バカ」や「エコノミック・アニマル」になってしまう。

2.大学が就職の窓口であることが問題

たしかに世界のどこでも大学は就職の窓口となっている。しかしそれは企業の側の勝手だ。大学は本来は(というより当初は)、国の最高学府として「国家のための」人材を育成する機関であった。

だから夏目漱石も滝廉太郎も国費で留学したのだ。

「国家」の概念はその後変遷を遂げたが、少なくとも企業のための機関であったことはなかった。

それが就職の窓口の比重がどんどん重くなって、その結果企業の論理が優先するようになった。これが最大の問題ではないか。


これからは「国民」を視座においた、その知的要求に根ざした「開かれた学府」としての位置づけが必要だろう。
そのことを念頭に置けば、大学の再建は可能だと思う。

3.遊びは理系にも必要だ

「遊びがなければ学問はない」というが、それはむしろ理系の自然科学にこそ当てはまる。

物づくりは現場でやればよい。

大学を職業訓練所か企業の研究所にするのは、大企業の研究開発費を節約するためにしか役立たず、目先の成果によって大学を駄目にする。

繰返すが、遊びは理系・文系を問わずすべての学問に必要だ。


マルクスの株式会社論と社会主義

安井修

1.課題設定

マルクスは,株式会社に「資本所有の潜在的な廃止」という位置づけを与えている。「資本所有の廃止」であるが,あくまでも「潜在的」である。

この意味内容の検討を通して,社会主義に株式会社制度を導入することの原理論的な意味を考えてみることとしよう。

2. 『資本論』第3 巻第5 篇第27 章の位置づけ

周知のように,『資本論』第3巻のオリジナノレ原稿を調査し,マルクスのオリジナルとエンゲルスによる編集版との差を明確にしたのが,佐藤金三郎や大谷禎之助の仕事であった。

大谷によると, まず,第5篇の「第28章から第32章までの部分は内容的に繋がりのあるもの」とみることができる。それに対して,第25章の「種々の特殊な信用機関は, また銀行そのものの特殊な諸形態も,われわれの目的のためにはこれ以上詳しく考察する必要はない」 という文章のあとから「エンゲルス版第26章の最後の行までの部分は,すべて本文への注ないし雑録にあたると考えられる」とする。そこで「本文への注ないし雑録にあたる」ものを除いて考えると,本文は,第25章の上の引用文までと第27章から成り立っていることとなる。

これらの考察から「第25章の本文部分とこの第27主主部分とが内容的に明確に区別されるものであることを考え合わせるならば,第5章「5)」の総論ないし序論は,視角を異にする2つの部分,すなわち,その前半である第25章本文部分と,その後半である第27章部分とから成っているのだということができるであろう」とする。

そして,第25章本文部分が「信用制度という新たな対象についての表象を整理し, とりあえず信用制度とはどのようなものか を示すことである」のに対し,第27章は「そのような信用制度が資本主義的生産様式の発展のなかで果たす役割を述べている」。

この調査によって,第5篇の第25章から第27章までのマルクスの草稿の構成がだいたい理解できたといってよいだろう。

そのことを前提として,第27章の内容をもう少し具体的にみてみよう。

第27章では,信用制度が資本主義的生産様式に果たす役割として,

Ⅰ.利潤率均等化の媒介, Ⅱ 流通費の節約のニつを説明したあと, IIIで,株式会社の形成を説明している。

ここでの説明は,信用制度が株式会社の形成にいかなる役割を果たすかという観点から与えられているから,形成された株式会社という「社会資本」が, 「個人資本」というそれまでの資本形態といかに異なるものかを明らかにする。それは株式会社のポジティブな側面である。

その上で,それは信用制度が媒介するものであるから架空性をもったものであるにすぎないことを明らかにしようとしている。

だからこそ「生産規模の非常な拡張」といった株式会社形成の理由は最初に少し述べられているだけである。もしマルクスが株式会社論そのものをテーマにしていたら,株式会社形成の理由といった論点が中心になっていたかもしれない。

社会主義と株式会社といった問題を考える場合には,逆にこうしたマルクスの論が参考となるのではないだろうか。本稿で「資本論』のこの箇所を取り上げる理由もそこにある。

ところで,大谷によれば,第27章の内容はほぽマルクスの草稿と一致しており,第5篇のなかでも,エンゲルスによる加工が総体的に少ない部分に属している。したがって,ほぽ現行『資本論』を前提として,マルクスの株式会社論の検討を進めることができるだろう。

3. マルクスの株式会社論

マルクスの「株式会社の形成」の内容は,以下の3点に要約されよう。

1. 株式会社は「私的所有としての資本の廃止」である。それ故,それは,社会資本(直接に結合した諸個人の資本)という新しい形態であり,個人資本に対立する。

2. とはいえ,株式会社が資本主義的生産様式のなかであらわれるため,資本主義的な現象(独占,国家の干渉,金融ー貴族の再生産,寄生虫の再生産,投機や詐欺の再生産等)を生み出すこととなる。このあたりの叙述は,信用制度が持つ架空性を強調する第25章の本文部分と重なってくることとなる。

3. かくして,株式会社は,結合された生産者たちの直接的社会的所有 への必然的な通過点である。資本主義的生産様式のなかでは,そこに到達するものではないからこそ,最終的に,資本所有の廃止へと進む、あくまでも「潜在的」であるという規定が登場してくることとなる。

「私的所有としての資本の廃止」

まず,上述の1の論点からみてみよう。

マルクスが株式会社を社会資本という新しい形態であるという場合,<資本機能が資本所有から分離されている>ことがその中心的な論点となっている。いわゆる所有と経営の分離である。

個人資本では,資本所有と資本機能は一体化していたが,株式会社では,それが分離されている。といっても,分離された資本機能は,資本主義的生産様式である以上は当然結合された生産者たちの機能に転化していない。だからこそ,結合された生産者たちの直接的社会的所有へ到達していないことになる。

が,それがマルクスが扱う中心的な問題ではない。

ここでは,分離された資本所有の位置づけこそが問題である。それが,株式会社の下では,個々別々のものではなく,結合されたという意味で社会資本に転化している。

しかしながら,そこでは資本所有の意味 も変化してきている。というのは、資本所有者は単なる所有者,単なる貨幣資本家に転化するからである。そもそも,所有とは法律的な関係ではなく,誰が生産に関する決定を把握しているのかという問題 であったはずである。したがって,資本所有と資本機能が分離し,資本所有が配当を受け取るだけの関係に変化するならば、すなわち資本所有者が単なる貨幣資本家に転化するとすれば,それは資本所有の廃止なのである。

したがって,資本所有の廃止というのは,資本所有がなくなったという意味ではなく、たぶん所有の本来的な意味が喪失してしまっている という意味であろう。 (配当等を受け取る権利は,依然として保有しているのであるから)

これが1の論点でマルクスが主張したいことである。

「株式会社が生み出す資本主義的な現象」

それを受けて, 2の説明では,資本主義的生産様式の枠内での資本所有の変化は,ただ資本主義的なマイナス面を生み出すだけであると位置づける。

「株式会社は社会主義への必然的な通過点」

マルクスは, 3の論点では,到達すべきゴールを示しており,それは,結合された生産者たちの直接的社会的所有であり,そのためには,もう一方の資本機能の方が変化しなげればならない

マルクスは,この章の後半部分で,労働者たち自身の協同組合工場に言及している。そこでは、資本主義的株式企業も,協同組合工場と同じに,資本主義的生産様式から結合生産様式への過渡形態とみなしてよいのであって,ただ,一方では対立が消極的に,他方では積極的に廃止されているだけである」としている。

おそらく資本所有の変化(不在地主化)は資本機能の変化(資本の集中)とセットで考えられていたのであろう。

以上のマルクスの議論をいわゆる「否定の否定」といった論理で説明すれば,次のようになるだろう。

個人資本の下では,資本所有と資本機能は一体化していた。株式会社の形成によって,そうした一体化が否定され,資本所有と資本機能は分離された。

それがもう一度否定されるとすれば,資本所有と資本機能は再び一体化することとなる。しかし,否定の否定は決して元の状態に戻ることを意味しない。資本機能は,結合された生産者たちの機能になっている。つまり,資本家の機能ではなく,働く者自身の機能に転化しているのである。

そして,資本所有も (たとえば協同組合の出資形態のように) 働く者自身の所有に転化しており,そこでは,株式会社のように資本所有と資本機能が分離された形態は当然止揚されていなければならない。

しかし,同時に,個人資本的な所有形態は止揚されていなければならないから,そこでは,株式会社が到達した社会資本的な所有形態が貫徹することとなる。以上のような意味で,以前より高い次元で資本所有と資本機能は一体化しているのである。

「株式会社はより高い次元で再び一体化するための一通過点にすぎない」というのはそういう意味だろう。


この後は「クーポン論」という独特の構想に入っていくが、私の関心からは外れるので省略する。「生産協同組合」論に関しては異論がある。


株式会社論の立論の大骨はこういうことだろうか。

1.資本所有が資本機能から分離される。いわゆる所有と経営の分離である。

2.分離された資本所有は、結合された諸資本という意味では、社会資本に転化している。しかし直接生産者からはますます遠ざかる。

3.資本所有者は“生きた”生産資本の所有者ではなく、単なる諸所有者,単なる貨幣資本家たちであり、配当を受け取るだけの寄生者となる。

4.この関係において、分離された資本所有は所有の本来的な意味が喪失し、“生きた”資本所有の性格を廃止されたことになる。

マルクスの信用論の一番わかりにくいところをうまく表現してくれていて説得力がある。しかし正解かどうかは分からない。

マルクスはわからないところを、こういう形でヘーゲル的表現で「自問」するかのように残していくことがある。いつも閉口させられるのだが、「こっちがわからないような表現は、マルクスもわかっていないのだ」と割りきって進むしかない。この頃はまだ株式会社そのものが端緒状態なのだ。


「資本所有の変化は資本機能の変化とセットで考えられていたのであろう」というくだりは同感する。

農地の問題と比べるとよく分かるのだが、資本所有の変化というのは地主の不在地主化だ。資本機能の変化というのは、土地の集中と農業の大規模化だ。マルクスの念頭にはコルホーズ的なものがあるのだろうが、はたしてそれが正しいのだろうか。いまだに解答が出ていない問題である。


昨日の続きになるが、

1.レーニン・スターリンが間違っていたからソ連は崩壊した

2.計画・統制経済が間違っていたからソ連は崩壊した

という非難のうち、2.の主張はかなり危うさをふくんでいる。計画経済は間違っていないという主張は今なお相当の説得力を持っているし、市場経済か計画経済かという二項対立が虚構めいていることも指摘されている。

私の印象としては、資本主義の立場に立っている人よりも社会主義を奉じていた人たちのほうがこの図式に乗ってしまった傾向が強いと思う。

とくに民医連の幹部の皆さんは、「国家の失敗、市場の失敗」というキャッチフレーズにズボッとハマって、「第三セクター」とか「非営利」論に飛びつき、なんと民医連の「綱領」にまで組み込もうとしたのである。

今日ではこの問題は既に、実践的には解決されている。両者はそもそも別のカテゴリーなのであり、両立することはまったく可能なのである。

貨幣経済を前提とする限り、さまざまな使用価値をいったん貨幣の共通尺度の上に載せた上で「等価」交換をしなければならない。

つまり、物々交換の時代に戻らないかぎり、日常の消費生活は完全に市場システムに乗っかって動いていくのである。

その上で使用価値の生産は、どこかのレベルで計画的に行われなければならないことも言うまでもない。

どこの工場でも「本日はなにを何個作ります」と決めないで仕事を始めることはない。上は政府から、下は一戸の農家に至るまで、予算と計画は必ず立てるものだ。

その際どこの企業も需要予測を立てて生産するのだが、予測通りにゆかないことがある。大抵の場合は過剰生産と売れ残りである。

もちろん天変地異で物がなくなってしまうこともあるが、これは計画のせいでも市場のせいでもない。

過剰生産になってしまう理由の多くは、生産者間の競争があるからだ。このため場合によっては需要予測を上回って生産してしまう。

ここまではごくシンプルな話だ。企業は談合によって生産を調整したり、価格を高止まりさせたりするが、それはフィクションであり、いつまでも持つものではない。

さらに相場が乱高下するならば、政府が財政出動して生産を調整し価格を安定化させる。そうして生産過剰は沈静化される。投資家は次の投資先を探し始めることになる。

こうやって「姿勢制御」システムと「フェール・セーフ」のシステムにより、生産の計画性は維持されることになる。全てをひっくるめて一つのシステムであり、それは十分計算可能であり調整可能なのだ。

ユートピアとディストピアというのは親戚筋みたいなところがあって、二項対立図式を持ち込まれるみたいなところがあるから、遊民的人物にはどちらも住みにくさでは似たところがあるかもしれない。

世の中には三種類の人間が居るのであって、一つはまじめに額に汗して働く人々、一つは彼らを搾取し贅沢をしている人々、そしてもう一つは搾取も贅沢もしていないが、さりとてまじめに働いているわけでもないキリギリスみたいな連中である。

私は第Ⅰ人種に属していると思うが、根はぐうたらである。搾取をしようとは思わないが贅沢はしたい。

考えてみれば学生時代、長い夏休み、それなりの冬休み、変に長い春休みを何をして過ごしたか、とんと記憶が無い。

バイトをしたわけでもないし、大旅行をしたわけでもないし、部活に情熱を燃やしたというわけでもない。長い本を読もうと思った記憶はあるが読み通した記憶はない。

穀潰しの非国民だ。

そういう人間は、「ユートピアが実現するとすごく良いな」とは思わないだろう。「流した汗が報われると良いな」とは思うが、できれば汗を流さずに良い暮らしをしたい。

そういう人間の理想郷はユートピアではなくて「桃源郷」かもしれない。しかしそれではあまりに現実逃避だ。引きこもりの世界だ。

一番近いのは「酒池肉林」とか「放蕩三昧」という世界だろうが、もうじき古希という歳になると体がついて行かない。

そうなるとそこそこの心地良い対人関係というのが一番大事なことに思えてくる。むかし日本がまだ豊かだった頃、「豊かさとは何か」という本がずいぶん売れた。

その頃私が考えたのは「欲求の豊かさ」が真の豊かさではないかということだった。そして欲求の豊かさは「人間関係の豊かさ」によって規定されるということだ。

途上国ではそうは行かないだろう。そのような余裕はない。だから「ユートピア実現」の夢は即物的かつ原理主義的色彩を帯びてくる。

トマス・モアのユートピアは自給自足に近い。「食っていければ幸せ」みたいなレベルでの理想郷だとすれば、それは我々の目指す理想郷ではないだろう。

ということで、非常に評価の難しい発言である。

ただ従来の我々の紋切り型ストーリーに厳しい、説得力に富んだ反論を行っていることは間違いない。

1.レーニン・スターリンが間違っていたからソ連は崩壊したのか?

2.計画・統制経済が間違っていたからソ連は崩壊したのか?

3.1と2を丸呑みしたうえで、「マルクス主義はそれとは別だ」と澄ましていられるのか?

中村さんはこの3つの設問に対して、いずれも「ノー」を突きつけている。

「ノー」というのはいささか不正確かもしれない。ただ長年研究の現場にいた人間として、そのような皮相な発言は許せないのである。

ソ連はユートピアだった?

議論としてはまず3.から入ったほうが分かりやすいかもしれない。

我々が今掲げているスローガンは「国民が主人公」の日本である。

言葉はどんどん変わっていくので、ニュアンスのズレはあるかもしれないが、20世紀の初頭において「国民」とは労働者・農民であった。

それから百年を経た今でも、「国民が主人公の国」というのは我々にとって「ユートピア」である。それが100年前のロシアにおいて現実のものとなったのだ。

ソ連においてはそれが結果的に「ディストピア」に変わってしまったのであるが、それは人類史の長い道のりの中で考えればひとつの挫折に過ぎない。次には同じ間違いを繰り返さないように教訓化することが一番大事なことである。

1万年の人類の歴史の中で、とにもかくにも資本主義に代わるものを(可能態として)生み出すまでに成長した人類の到達を、我々はまず評価すべきなのかもしれない。

ソ連がユートピアだったことは一度もなかった

ソ連は「国民が主人公」という理想を実現したユートピアではあったが、その現実の姿において「ユートピア」であったことはただの一度もなかった。客観的にはむしろもっとも不幸な国で在り続けた。「ユートピア」(社会主義の祖国)であるがゆえに絶えず列強に苦しめられ続け、第2次大戦では数千万の犠牲者を出した。

その結果成立したのが、スターリニズム国家という奇形的社会であり、その形態においてかろうじて生存を許された。そのようにしてかろうじて許された生存に何らかの意味があったのか、それが問われている。

ソ連がユートピアを目指したという歴史的事実は消せない

そして中村さんは、少なくとも人類史的には意味があったと考えている。

なぜならソ連がユートピアを目指し、人類史上初めて、その一歩を踏み出そうとしたことは間違いないからだ。

ソ連の失敗は対岸の火事ではない

以上から出てくる結論は、「ソ連の失敗は対岸の火事ではない」ということだ。

「国民が主人公」の政治を目指す世界の人々にとって、ソ連は兄貴分と見るべきではないか、と中村さんは問うている。「巨悪の崩壊、バンザイ」では済まされないと思うし、済ますべきではないと思う。

ただし、「方法」が間違っていたから失敗してしまった。しかもその間違いはボルシェビキとメンシェビキの分裂に遡る、というのが中村さんの見立てだが、それに関しては2.と関わるので留保しておく。

つまり、一方においてはロシア革命とソ連の歩みを社会発展の歴史の一コマとして突き放してみることである。そして倫理とか審問の対象とせず、余分な肩入れしないで没価値的に検討する姿勢だ。

一方においては人類社会を一歩前に進めようとした貴重な試みとして、主体的に評価する構えの必要を訴えているのだろうと思う。科学の目と変革主体の目の複眼で見る、この主張には納得させられるものがある。

それにしても大変重い問いかけです。

 

中村平八さんというソ連研究者が、「ロシア革命、ソ連社会主義とは何であったか」と題して語っている。

不破さんの論文で、「スターリン主義」としていわば投げ棄てられた形になっている「ソ連」評価を、それにもかかわらず歴史上厳として存在した「挫折したユートピア」としてもう一度見なおしてみようということである。

いわば「ソ連の歴史学 的再評価」ということになる。

長いインタビューで、生い立ちから始まる自らの活動と研究の歩みを語っていくので、読み物としては面白いが、要点をまとめるのには結構苦労しなければならない。

この手の文章は、後ろから読むというのが一つの手である。そして気になる言葉を拾い出して箇条書きにし、後から自分流の順番付け、見出し付けをするということになる。

ぼちぼち始めますか。

最初(最後)がインタビュアーの感想。

ともすれば歴史の彼方に葬り去られたかのような、ロシア・ソ連社会主義歴史に新たな視点から光をあててもらいました。

私も改めてソヴェト史を勉強し直そうと思います。

その前に中村さんの最後の言葉がある。

社会主義という遺産は、人類の貴重な遺産の一つです。

資本主義が最善の社会経済システムである、と考えている人は少数です。

資本主義以前にもさまざまな形態の社会主義はあった。キリスト教の修道院や共同体づくりは社会主義(共同体主義)の実践であった。

資本主義のもとで生まれた近代杜会主義は、それ以前の時代の社会主義と質的に区別される発展を遂げました。

ロシア革命の客観的・歴史的意義

ロシア革命の客観的・歴史的意義は二つある。

社会主義の実現をめざす政治結社、つまりロシア共産党が国家権力を握ったこと

②実際に、発展途上社会主義(従属的社会主義)の建設が始まったこと

その前の発言は中国に関するもので、この際省略。

中村さんの本で「ソ連を殺したのは誰か」という本があるらしい。その本のさわりに触れた部分がある。多分このインタビューの核心部分であろう。

経済システム(計画経済)から見たソ連崩壊

ソ連が潰れたことは間違いないし、「それは体制が行き詰まったからだ」というのも間違いない。

しかしその「体制」というのは何か、政治的なものか経済メカニズムを指すのか、そのあたりは混同されているのではないか。

もし政治的なものであるなら、ソ連が崩壊し中国が生き残った理由は説明できない。同じように専制的なものだからだ。

経済システム(計画経済)から見れば、ソ連体制の崩壊は明らかにゴルバチョフ時代の改革が引き金になっている。

プレジネフ体制、スタ-リン体制下での生産力(経済パフォーマンス)は決して悪くない。したがって「ソ連を殺したのはゴルバチョフ(改革派)だ」ということになる。

したがって、中央計画経済や統制・指令経済の是非についてはソ連とか社会主義とかをいったん離れて、「そもそも論」として議論しておかなければならないだろう。

計画経済と統制・指令経済

計画経済と統制・指令経済は切り離しがたく結びついている。統制なしの計画経済はありえない。計画なしの統制経済もありえない。

鞭で殴りつけて、奴隷などの強制無償労働で、ピラミッドの建設ができるなどとは、とうてい考えられません。

計画経済(指令経済)はマルクスが考えたものではない。20世紀のソ連や中国で初めて実施されたものでもない。資本主義以前からさまざまな形で実施されてきた。

計画経済についての筆者の見解

計画経済は十分に実施可能だ。それは数多くのビッグ・プロジェクトで実証されている。ランゲ=ハイエク論争で理論的にも確認されている。

ただし経過中のデータの繰り込みと微調整(とくに欲望の創出)は必要で、その限りにおいて市場メカニズムも有効である。しかしそれを社会主義計算の不可能性の論拠にするのは間違っている。

ソ連経済70年の実績

ついで話はソ連経済の実績に移る。

ソ連経済は、革命直後の国内戦、第二次大戦期間を除きすべてプラス成長です。計画的指令経済の長所であり、成果です。

80年代に入って成長速度は鈍化したが、アメリカの公式発表で年平均2パーセント、ソ連の発表で2.5パーセントでした。マイナス成長に転化したのは90年と91年だけです。

ソ連経済崩壊の要因

どうしてマイナスになったか。

ゴルバチョフ時代末期、連邦が何を言っても資源はウクライナのものだ、 連邦の憲法よりロシア共和国の憲法が優越する、こういった分裂が起こり、連邦全体の産業運関が共和国ごとに分断され、生産の停止あるいは縮小が起こりまし た。そこで各共和国の経済はすべてマイナス成長となり、その総計のソ連経済もマイナスになったのです。

中村さんは、その背景としてゴルバチョフの「行き過ぎた政治の自由化」、「急ぎすぎた市場経済の自由化」をあげる。

ゴルバチヨフは、「規制された市場経済」を導入し、経済成長の回復をはかるべきでした。同時ににノメンクラトゥーラ(党国家官僚)、とりわけ経済官僚の力を削ぎ落すべきでした。その後に言論・集会・結杜の自由、市民的自由、政治的自由などを実現すべきでした。

これについては、判断を留保する。

政治の崩壊が先

もう一つ、中村さんの強調するのは、経済が悪くなったから崩壊したのではなく、崩壊したから悪くなったということだ。この辺は、「まぁたしかにそうも言えるが」というレベルではあるが、事実としてはそうであったことも間違いなさそうだ。何から何まで社会主義のせいにするのは、ためにする議論かもしれない。

ソ連邦が消滅すると、各共和国の経済は、「粗野な市場経済」のもとでますます悪化して行きます。ロシア連邦の大統領エリ ツィンは、市場経済への移行を目指して若い新古典派の経済学者を登用しますが、経済は悪化するばかりでした。

ロシアの場合、89年を100として99年には50くらいまでGDPが落ちました。国民経済の規模が半分になったのです。これは大変なことです。

「初期マルクスにおける労働価値論の拒否について」 大澤 健

という面白そうな文献があったので読んでみた。

初期マルクスの労働価値論の形成過程を考察する上で最も大きなトピックスは,当初マルクスがこの理論を拒否していた点にある。

のだそうだ。具体的には、「経済学・哲学手稿」と「ミル評注」で、ここでは労働価値論は拒否されている(あるいは受容されていない)

労働価値論の明確な受容が確認されるのは1847 年の著作である『哲学の貧困』段階である。

すみません。知りませんでした。

大沢さんはいくつかの例証を上げているが、ここでは省略。

ここまでは「周知の事実」らしいが、ここから大沢さんの議論が始まる。

労働価値論の受容を「未精通→精通」として解釈することにはいくつかの問題点が存在している。

というのが大沢さんの言い分。大沢さんは以下の三点を「問題点」として指摘する。

1) マルクスはすでにこの時点で「国民経済学」を評価している

マルクスは国民経済学が「富の主体的本質」としての労働を発見したことを「開明的」であると高く評価している。

にも関わらず、古典派の労働価値論を採用しなかった理由は「未精通→精通」解釈では明確にはならない。

2)受容に至る時期と他の思想変容との相互連関が説明できない

フォイエルバッハの賞賛から批判へ、疎外概念の辺縁化、唯物史観の確立という3つの思想的激変と関連付けることができない。

3)マルクスの労働価値論の独自性が説明できない

「未精通→精通」論では、マルクスが古典派理論をどのように「批判的摂取」したのかが明らかにならず、マルクス労働価値論の独自の意義が明確にならない。

初めて知ったのに偉そうなことは言えないが(といいつつ、言ってしまうのだが)、感じは分かる。

アダム・スミス的な言い方であれは文句無しに受容できるのだが、リカードが変にいじって労働価値を相対的なものにしてしまうことに違和感を感じたのだろう。

この辺については、前の記事で書いたとおりだ。たしかに私も違和感を感じる。

この違和感を、積極的な方向でふくらませていく中でドイツ・イデオロギーが生まれたと解釈することもできる。

そこから生まれた確信は「労働こそすべての価値の源である」という歴史貫通的な原理である。

この確信は、実はリカードには意外とないのだ。だからリカードは価値論をめぐって結構揺れる。例外が出てくるとそれを原理にもとづいて処理するのではなく原理を変えてしまう。

あまり語るとボロが出るので、原文に戻る。

労働価値論の拒否から受容への転回は,古典派への精通の結果として生じた単純な受容なのではなく,マルクス自身の社会把握の方法の発展によって生じていると考えるのが本稿の基本的な立場である。

というのが結論。

ついでもう一つの問題が提示される。疎外論の辺縁化と労働価値論受容の関係である。これが鏡の両面なのか、並行して行われた別作業なのか。両者に因果関係はあるのか、という話題である。

これについては別記事とするほうが良さそうだ。

1662年 ウィリアム・ペティ、『租税貢納論』を発表。「すべての物は、二つの自然的単位名称、すなわち土地および労働によって価値づけられなければならない」とする。労働価値説の走りとされる。

アダム・スミス、『国富論』を発表。

①「労働こそは、すべての物にたいして支払われた最初の代価、本来の購買代金であった」(本源的購買貨幣)とし、労働価値を逆説的に説明。

さらに

②商品の価値は「その商品でかれが購買または支配できる他人の労働の量に等しい」と置き換える。これは支配労働価値説と呼ばれる。

「その商品」というのは貨幣と考えると分かりやすい。

リカードは①の定義を洗練させた。「商品の価値はそれを生産するために投下した労働量で決まる」ということである。

これは投下労働価値説を呼ばれる。

ただスミスが「労働はすべてのものの価値の尺度になる」と言っているのとは微妙な違いがある。

一方でリカードは支配労働価値については否定した。同じお金でどのくらいの労働を買えるかは可変だというのである。

これは変な話で、投下労働価値の逆を言っただけなのだから、イコールにならないのなら、その理由を探すのが筋であろう。(流通過程の生産過程からの相対的独立性、とくに市場が高度に発達した下での独自性であろうと思う)

多分、原理的には労働価値説はこれでよいと思う。ただ価値や価格が変動していく場合は、この等式は成立しなくなる。市場を介して需要と相対するようになると、話はすんなりとは行かなくなる。

スミスは「資本の蓄積と土地の占有にさきだつ初期未開の社会状態」でのみ、この等式は成立すると言っている。

私はこの原則はそのままに生かすべきだろうと思う。リカードが変にいじってこの原則を相対的なものにしてしまったのではないか。

まず言いたいことを定性的に言う。その本質をしっかりと定立する。しかるのちにそれを定量的に解析する。これが論理の手順としては必要だ。1エレのリンネル云々はその後だと思う。

さまざまな変動は、この原理がさまざまな条件によって修飾されただけの話であり、それはそれとして分析すればいいだけの話であろう。

ついでに言えば「限界効用」もそうなので、まず人間の欲求の一般的特性を提示し、それが需要として市場に登場する過程を定性的に描き出すことが必要なのに、いきなり各論に入るからわけがわからなくなる。

労働における労働時間のような物差しがないから、どうしても議論は恣意的な「限界」に対する相対的なものにならざるをえない。

理工系の人がよくやる概念なしのモデル先行手法だ。(悔しいがそれでうまくいくことも多々ある)

G 貨幣による人間の支配

第21→25パラでは、「活動の相互補完関係」の国民経済的現れが考察される。

交換の発展に応じて、労働は「営利労働」に転化する。

営利労働は人間の社会性が喪失することを意味する。それは私的所有下における社会的力の増大に比例して進行する。

私的所有下においては、生産物の相互補完が交換取引として現象する。これに応じて、活動それ自体の相互補完は、労働の分割(分業)として現れる。すなわち人間の労働の統一性が分割として反対物として現象する。

それは正に「社会的本質存在」がその反対物としてしか定在していないからである。

生産物はますます等価物という意味を持ち、等価物は等価物としての自己の実存を 貨幣という形で獲得し、遂に貨幣が交換の仲介者となる。最後に、この交換の仲介者としての貨幣において、疎外された事物の人間に対する完全な支配が出現する

読 解: このあたり、マルクスは概念が固まっていないために言葉が踊りもがいている。言葉は難しいが、それ自体は別に難しい話ではない。要するに生産物の相 互補完が私的所有の出現にともなって交換取引という行為に形態を変える。交換取引は分業をもたらす。ところで分業というのは活動の相互補完(平ったく言え ば任務分担)ではなく、労働の取引(計り売り)であり労働の商品化である。

H 資本の研究に向けてのスケッチ

第27パラ第一評注の最後のパラフレーズである。ここでは範疇展開に関するスケッチが示されている。

労働の自己自身からの分裂=労働者の資本家からの分裂=労働と資本との分裂。これは同じ現象の3つの側面である。

資本の本源的形態は、土地所有と動産とに分割される。

私的所有の本源的規定は独占である。それ故、私的所有は独占の政治的憲法である。

独占(私的所有)は競争でもある。それは様々な個人の間での、亦同一の 個人の中での生産と消費の分裂、活動と享受との分裂である。それは労働の対象並びに享受としての「労働それ自体」からの、「労働」の分裂を意味している。

これらの分裂(賃金と利潤の分裂)は、自己疎外をして自己疎外の姿態で現象させると共に、相互的疎外の姿態で現象させる。

読解: 下から2番目の段落がやや難しい。「労働それ自体」からの、「労 働」の分裂というのは労働過程論を念頭に置けば分かりやすい。「生きた労働」というのは二重構造である。ひとつは目的意識である。あるものを別のあるもの に作りけることによって、そこから果実が得られる。そのための目的を持つのが「生きた労働」である。もう一つは労働の三要素と言って、労働には労働対象と 労働手段が必要でこれに「労働そのもの」を付け加えることで成り立っている。

だから目的を剥奪され、対象も手段も失った「労働そのもの」は丸裸ののっぺらぼうの労働なのである。

I 大石高久さんによる第一評注の総括

ミルの『経済学綱要』は、生産-分配-交換-消費の篇別構成になっている。生産論で考察されているのは事実上生産一般である。そして分配論で賃金、利潤、地代が論じられる。

従って、その分配論は生産論から内的、必然的に展開されたものではない。

これに対してマルクスは、生産の必然的帰結として分配を展開・説明しなければならないと考えた。

マルクスは「分配は私的所有の力である」と考えた。そのため、「疎外された労働」(労働の対象並びに享受としての労働それ自体からの、労働の分裂)によって「生産と消費の分裂」が生まれること、そこから「分配」問題が生じることを説明しようとした。

つまり、マルクスはミルの生産-分配の篇別構成に対して、資本の生産過程-資本制的分配(=交換)過程という編別構成を考えついたといえる。


F 私的所有が交換を生む

①生産物の相互補完行為 「交換」の本質

私的所有(という行為)は、それは人間の(疎外された)類的活動のひとつである。

現実の運動(交換)は私的所有者の私的所有者に対する関係から出発する。

現代社会は私的所有を、所有者の人格のあり方と看做し、この私的所有者間の関係を、「真に人間的な相互補完関係」と看做している。しかし「私的所有」そのものが、既に人間の外化された類的活動である。

交換は、私的所有の外化であると同時に、人間の外化でもある。交換によって、そのものは私の所有物ではなくなる。従って私の人格の定在ではなくなる。(この場合の外化は部分的な剥奪という意味だろう)

私的所有者がこの外化を自発的に行うのは、「必要、欲求から」である。そして人間が社会的存在であり、生産物を相互に補完する関係にあるからである。

読解: ヘーゲル特有の難解語が散りばめられている。類的活動というのは人類固有の活動ということで、「ものを私のものとする」のが人間の特有の行動であるということだ。

しかしこの「私的に所有する」ということは、結果としては他者を排除することになる。それは共同的存在である人間性の否定という面を持つ。

現実の交換は物々交換から始まるが、それは私的所有があるから成立する。「わたしのものではない」ものを他人に譲渡はできないからだ。つまり交換は人間が「疎外」されることにより発生する。

とマルクスは言いたかったのだが、それは本来の交換ではない。もともと交換は「必要、欲求から」行われていたわけで、それは人間が社会的動物である以上当然である。

後の段落でマルクスは、「私的所有下においては、生産物の相互補完が交換取引として現象する」と言い直している。

おそらくマルクスはあとからそのことに気づいて書き加えたのだが、結果として何を言いたいのかわからなくなっている。ボタンを掛け違えないよう注意が必要だ。

ただ、その上で、「現実の交換は私的所有があるから成立する」という“気づき”はきわめて示唆的である。おそらくそこには意識の転倒があるのだろう。そしてその意識の転倒こそが今の社会を成り立たせているのであろう。

これらのことから次のような哲学的な意味が引き出される。

1.ある事物を欲求するということは、その事物が私の本質に関係していることである。それを私が所有することは、それが私の本質に固有な属性である

2.交換は私的所有の相互的外化である。だから私的所有者間の関係は、外化の相互規定性に基づいている。

3.交換は外化された私的所有であり、他の私的所有一般と対置される。交換によって私的所有は「同等物」、「等価物」となる。こうして、「私的所有」は価値に、直接的には交換価値になっていく。

読解: 1と2は大したことは言っていない。3も、言ってみただけみたい なところがあるが、こういうことだ。交換することで、ものは第三の特性を獲得する。ものは第一に使用価値であり、第二に所有物であるが、もう一つの特性が 加えられる。それが価値(とりあえずは交換価値)である。

ただマルクスは私的所有に引き寄せて語りたいのでこういう表現になるが、話としてこういうことだろう。ものは直接には使用価値として質的規定を与えられるが、交換過程を通して、量的規定を付加されるということだ。だとすれば、それはミルにとってもイロハの問題だろう。


E 共同的存在と、その疎外された形態

第9パラで、マルクスはいったん経済学を離れて原点(人間の哲学)に立ち帰る。そして今の世を人間的本質が疎外された社会だとしたうえで、そこからの克服を「みずからの経済学」の基本任務と定める。

マルクスは言う。

人間の本質は共同的存在である。そのあり方は社会的である。

生産の過程での人間活動も、その生産物の相互交換も類的(共同的)活動である。その現実的なあり方は社会的活動であり、社会的享受である。

②人類の前史(今もなお前史)にあっては、人間が自己を人間として認識しておらず、従って世界を人間的に組織していない。

その間は、共同的存在は、疎外の形態で現れる。何故なら、人間が今もなお自己疎外された存在であるからである。

人間が自己を疎外し、疎外された人間が社会を形成することは、真の人間的生活のカリカチュアである。

読解: ①は正しい。②は突き放して言えば「信仰告白」にすぎない。唯物論的に言えば人間の世界に前史もへったくれもない。すべて本史である。便宜的に前史ということはあるが、それは我々が歴史として認識するだけの材料を持ち合わせていないからだ。

とりあえずは「共同的存在は、疎外の形態で現れる」という言葉について、「原始共同体」(正確に言えばその理念)との対比において受け入れた上で話を進めよう。


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