鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

カテゴリ: 30 国内政治(財政含む)

アベノミクスを裏切った安倍首相

アベノミクスの1本目の矢=量的緩和は「成功」したと言うべきであろう。率直に認めるべきだと思う。成功を「」付きにしたのは、日本経済の再生に成功したわけではないからである。
それではアベノミクスの何が成功したのか。そのために何がしわ寄せされたのか、の分析をしてようと思う

1.円高不況と産業空洞化、労働力の過剰流動化
アベノミクス開始時の状況は惨憺たるものであった。
リーマンショック以来、日本は不況と円高に苦しめられていた。
主要な原因は、リーマンショックに先立つ5,6年間、経済成長が企業側に取り込まれるばかりで、内需拡大に向かわなかったためである。

97年ショックから数年間については、たしかにそれなりの理由があった。バブル崩壊のあと企業は軒並み深刻な不良資産を抱えていたからである。

しかしそれは2008年の初頭で基本的には解決した。輸出は引き続き好調で、不良債権や累積債務は急速に解消された。

しかし企業は利益を還元しないまま突っ走った。労働法規は改悪され非正規就業がさらに拡大した。

そこにリーマン・ショックが襲った。企業はさらにガードを固くした。不況下の円高はさらに企業の海外逃避を加速した。

この時期には、財政出動以外に脱出口はなかった。しかし従来型の大型土木建設工事による財政出動はすでに無効となっていた。

今日につながる「出口戦略の欠如」がすでに露呈していたのである。

2.「流動性の罠」を脱出するために

残る手段は赤字国債の発行による内需の拡大しかなかった。しかしこれは財界、財務省、日銀の三位一体となった強力な抵抗の前に実現困難であった。
アベノミクスはそのかわりに金融の量的緩和という奇策に打って出た。日銀券の大量発行というインフレ政策である。
これにより一気に為替相場は、円安に振れた。

輸出企業を中心に円安利益が集中し、庶民の財産価値が大幅に目減りしそれが企業のもとに流れ込んだ。

疲弊した企業は業績を持ち直し、経済成長はプラス方向に向いた。

量的緩和自体は一つの賭けであり、財政基盤の弱体化をもたらす危険があるが、経済成長があればそれは相殺される。

だからスティグリッツも量的緩和そのものは支持したのである。しかしそれは国民に還元されない限り、最悪の結果を招く。

おそらく政策担当者は悪性インフレの出現を恐れたのであろう。だからインフレ・ターゲットを設定したのであろう。

しかしインフレどころか物価の上昇はまったく見られない。なぜか。企業が利益を還元しないからである。

もっとも企業というのはそういうものであり、そこから利益を吐き出させるのは政府の責任である。

政府が「世界一企業に優しい国」を目指すのは、アベノミクスの本来の目的に著しく反している。

持続的な経済成長まで持って行って初めてアベノミクスは成就するものである。このままの状況を放置することは、アベノミクスの成功をスポイルするだけでなく、今後の政策選択幅を著しく毀損する。

とにかくここまでやった以上は、社会保障、地方経済の復活に有効な投資を行い、有効需要を喚起する以外にないのだ。

もしそれをやらないのなら、安倍政権は一刻も早く退陣すべきであろう。

そして野党連合の政権が、第二の矢の実行を担うべきであろう。


佐川宣寿氏の「着任インタビュー」が大変面白い。

2013年に大阪国税局長に就任した際に、納税協会のインタビューに答えたもの。

我々の使命は、「納税者の自発的な納税義務の履行を適正かつ円滑に実現する」ことであります。

租税回避や悪質な脱税を行っている納税者に対しては、毅然として厳正に対処していきます。

そのために、我々は厳正に調査・徴収を行って、公平な課税の把握をしていくとともに、悪質な納税者に対しては厳格な態度で制度上可能なあらゆる手段を使って是正させていくことが必要であります。

我々に与えられた使命を着実に果たしていくためには、何よりも国民の皆様に信頼される組織であることが不可欠であります。

国税職員は、納税者に対して法令の遵守を求めるわけでありますので、職員一人一人が高い倫理観を持って、綱紀の厳正な保持に努め、基本を忠実に守って職務に専念しなければならないと考えています。

座右の銘というものは特にありませんが、仕事をする上では、平常心で誠実に取り組むことが大切だと思っております。なかなかいつもそのとおりにはいかないのですが、心がけるようにしております。

今度のご栄転には次のようなコメントもある。

正義を顧慮することなく 安倍首相のポチに徹した佐川さん!!
栄転おめでとうございます!

あなたこそが 安倍首相の人事権行使の最高の証拠です!(平川勝則氏

基本法では文書保存期間は5年であるものを、勝手に細則を作って1年にし、証拠を隠滅した。

「近畿財務局の管理にかかる公用文書である一連の書類を、不法に廃棄・隠匿するなどし、もって公用文書を毀棄し」(森友事件の告発書)たこと、さらにそのことについて国会で「知らぬ、存ぜぬ」でつっぱり続けたことへの論功行賞だ。

22日付の毎日新聞で、柳田邦男さんが「安倍政権の高慢さ。噴出」という文章を書いている。

一言で言えば「怒っているぞ」という心がひたひたと伝わってくる文章である。

いちいちごもっともである。

この中で以下の一説が面白い。

森友学園への国有地売却をめぐり、答弁に立つ度に「記録がないので経過は分かりません」と、録音テープを再生するかのように全く同じ言葉を繰り返したのは、後に国税庁長官に栄転した財務省の佐川宣寿理財局長だ。

「権力者に仕え、出世コースを歩む高級官僚の精神性」という点で、私はすぐにある人物を想起した。ナチス・ドイツのユダヤ人ホロコーストの責任者だったアイヒマンである。彼はイスラエルの法廷で「私は上官の命令に従っただけだ」と証言し、無罪を主張した。


そのとおりだ。だから私はアイヒマンを認めるハンナ・アーレントを認めることはできない。

下記もご参照ください
出会い系バーの基礎知識

郷原さんの記事で、出会い系バーの実体について下記の文章がしばしば引用されている。
何もそこまでも、と思いつつもやはり気になって読んでしまった。

【前川前文科次官「出会い系バーで貧困調査」報道に必要なのは、事実の検証であり人格評価ではない/『彼女たちの売春』著者・荻上チキさんに聞く】

というページだ。6月2日のアップロードとなっている。
最初に荻上さんの著書の表紙を転載しておく。
出会い系

ものすごく話題が豊富なので、要点をまとめるのに苦労するが、狙いを前川問題に絞る(ように努力する)

1.出会い系バーは「売春」の交渉の場か
間違ってはいませんが一面的です。
出会い系バーは18歳未満は入れません。児童買春はできません。
多くの女性や男性は売買春が目的です。半数以上がワリキリをやっていると思います。
しかし全員ではありません。ご飯に行ったりお茶をしたり、カラオケに行く人もいます。
女性側が「ワリキリやってないです」と断わることもある。
社会科見学的にくるような人、調査や取材に来る人もいますね。
2.出会い系バーは管理売春ではない
出会い系バーは、業者が女性を囲って行われる「管理売春」ではありません。
だから外形的に判断はできません。めぼしいマッチングに恵まれずただ帰ることもあります。店に行った=買売春した、とはなりません。
出会いがあると、トークルームに入り、そこで交渉をします。「売春交渉はやめてください」と書いてありますが、それは警察への言い訳です。
女性は最初のうちは茶飯だけで稼ごうとお店に通うものの、「あの子は茶飯だけだよ」と噂になると声をかけられなくなり、ワリキリます。
3.出会い系バーのメリット
女性にとっては営業努力が軽減できる、誰かがいて安全だなどのメリットがある。
ハウジングプアの女性が1割近くいて、家のない女の子の場合、雨風がしのげます。
「JK見学」系とは、まったく異なる形態のものです。(またJKが出てきた)
4.出会い系バーと貧困の結びつき
女性の全員が貧困とは限りません。ただ、貧困状態にある人は割合的に多いです。
住処の貧困であったり、DV被害者だったりする人が平均よりも多い。
24時以降に居場所がない場合、出会い系バーは選択肢となる。
5.「小遣いを渡す」ということ
ちょっと説明がわかりにくいが、「小遣いを渡す」というのは独特の業界用語らしい。セックスの代価ではない。
昔は忘年会の帰りにタクシーに乗ると、「近くですまないが、二千円上乗せするから」と言って乗せてもらったことがある。
その上乗せ分が「小遣い」に相当するようだ。
6.調査にしては回数が多すぎる?
菅官房長官は「調査だったら1回か2回じゃないですか」という。
本気でやるなら、1、2回で調査は終わりません。それはただの「見物」「見学」です。
ぼくは前川さんを擁護しているのではなく、調査を擁護しているんです。
7.前川さんは清廉潔白だという主張について
良い人アピールも、悪い人アピールも議論の本質ではないでしょう。
だから、読売新聞が「出会い系バー通い」という情報だけで、(前川さんの)説得力を奪おうとしたことに驚きました。

まぁ、とにかくいろいろ勉強になります。前川さんが偉い人だということもよくわかりました。

下記もご参照ください
出会い系バーの基礎知識

検索していくうちにいろいろな文章が引っかかってくる。よく経験するのだが、グーグルの検索は最初の2,3ページは似たような記事が多くて「こんなものか」と思うのだが、それを越えると石混じりの中にところどころ玉が混じっている。

今回はこれがそうだ。

「郷原信郎が斬る」というブログの読売新聞は死んだに等しいという記事だ。6月5日付となっている。

相当ごつい文章で、いささか胃もたれがするが、この問題に正面から取り組んでいる。

まず、問題の読売記事の全文が紹介されているが、これが前出の記事とだいぶ違う。

こちらが全文のようなので、あらためて紹介する。

文部科学省による再就職あっせん問題で引責辞任した同省の前川喜平・前次官(62)が在職中、売春や援助交際の交渉の場になっている東京都新宿区歌舞伎町の出会い系バーに、頻繁に出入りしていたことが関係者への取材でわかった。

教育行政のトップとして不適切な行動に対し、批判が上がりそうだ(ア)。

関係者によると、同店では男性客が数千円の料金を払って入店。気に入った女性がいれば、店員を通じて声をかけ、同席する。

女性らは、「割り切り」と称して、売春や援助交際を男性客に持ちかけることが多い。報酬が折り合えば店を出て、ホテルやレンタルルームに向かうこともある(イ)。店は直接、こうした交渉には関与しないとされる(ウ)。

複数の店の関係者によると、前川前次官は、文部科学審議官だった約2年前からこの店に通っていた。平日の午後9時頃にスーツ姿で来店することが多く、店では偽名を使っていた(エ)という。同席した女性と交渉し、連れ立って店外に出たこともあった。店に出入りする女性の一人は「しょっちゅう来ていた時期もあった。値段の交渉をしていた女の子もいるし、私も誘われたことがある」と証言した(オ)。

昨年6月に次官に就いた後も来店していたといい、店の関係者は「2~3年前から週に1回は店に来る常連だったが、昨年末頃から急に来なくなった」と話している。

読売新聞は前川前次官に取材を申し込んだが、取材には応じなかった。

「出会い系バー」や「出会い系喫茶」は売春の温床とも指摘されるが、女性と店の間の雇用関係が不明確なため、摘発は難しいとされる(カ)。売春の客になる行為は売春防止法で禁じられているが、罰則はない(キ)。

前川前次官は1979年、東大法学部を卒業後、旧文部省に入省。小中学校や高校を所管する初等中等教育局長、文部科学審議官などを経て、昨年6月、次官に就任したが、天下りのあっせん問題で1月に引責辞任した。

郷原さんの理論は次のような組み立てになっている。

1.記事の中で直接的事実は二つだけ

記事の中で、前川氏の行為そのものを報じているのは二つに留まる。

それ以外は、出会い系バーの実態等に関する一般論だ。それは「援助交際が目的」と“推認”させようとする伏線になっている。

二つの事実とは

①前川氏が出会い系バーに頻繁に出入りしていたこと。「同席した女性と交渉し、連れ立って店外に出たこともあった」ことである。

②店に出入りする女性の一人の発言。「しょっちゅう来ていた時期もあった。値段の交渉をしていた女の子もいるし、私も誘われたことがある」

ということで①は紛れもない事実だが、それが買春目的であるとする根拠は、②の女性の「値段の交渉をしていた。私も誘われた」という発言のみである。

すなわち、この記事の核心的事実は一女性の発言によってのみ成り立っていることになる。

ただし「何の値段」の交渉をしていたのかは不明瞭である。前川氏に肉体交渉の意図がなかったことは各社の証言に明らかである。

2..どうしてこんな記事が掲載されたのか

読売記事については、二つの可能性が考えられる。

一つは、官邸サイドから情報を入手しただけで、何の取材も行わずに、「関係者証言」をでっち上げた可能性である。

もう一つは、前川氏が「交渉」「値段の交渉」を行っていたという曖昧な表現で誤った「印象」を与えようとした可能性である。なぜなら関係者取材をすれば、前川氏の目的は明らかだからだ。

前者であれば、「関係者証言のねつ造」という重大な問題となる。

後者であれば、曖昧な言葉で事実とは逆の誤った印象を与えるものである。

どちらも、新聞報道として到底許されることではない。

実は、1と2のあいだに長い論証部分がふくまれているのだが、いささか骨っぽくて要約するのは困難である。直接ご一読いただければよろしいかと思う。


下記もご参照ください
出会い系バーの基礎知識

読売新聞の論建てで、気になる点が二つある。

一つは出会い系バーを「汚らわしい」と見るところから議論を出発させているのではないかという懸念である。

もう一つはプライバシーを侵害することについての基準の曖昧さである。

1.売買春は「汚らわしい」から悪いのではない

これまでの議論の中で置き去りにされているが、読売新聞の三段論法の最初におかれているのが、「売買春」=違法という考えの基礎のところである。

売買春が違法であることは言うまでもないのだが、それは「汚らわしい」からではない。

ここに「汚らわしい」という価値基準を持ち込むと、とたんに話は怪しくなる。以前は「娼婦狩り」と称して売春婦(街娼)が牢屋にぶち込まれたこともあった。

途上国では「美観を損ねる」と言ってスラムが壊され、浮浪児が投獄される(「保護」ともいう)事態がしばしば起きている。

2.売春を違法とする根拠

売春を違法とする大本の原理は、女性の人間としての尊厳を保護することにある。

現代において女性の尊厳は二重に損なわれている。一つは愛情の表現(人間性の発露)としての性交渉が商品化されることで、人間の尊厳が損なわれるからであり、一つはそれが性産業による収奪の手段となるからである。

ただし最初の点は時代や社会状況によっても色々なので、厳密な線引は難しい。

したがって外形的には性産業の関与するいわゆる「管理売春」が違法性の対象となる。売春することではなく、売春させることが犯罪となるわけだ。

もちろん性産業の方も色々手は打ってくるわけで、グレーゾーンが幅広く存在する。

いろいろ情報を集めてみると、出会い系バーの営業者は出会いの場所を提供しているにすぎないとも言える。しかし出会い系バーの女性の多くが売春を行っていることは間違いないようだ。

問題は営業者が女性を何らかの形で管理しているかどうかにかかっている。

この点は事実に即して判断するしかない。

これが売春に関する現代的常識であろう。

3.「買春」について

買春の違法性を措定するのは難しい。第一の規定からすれば、女性の尊厳を直接的に侵害する行為であり、容認されるものではない。

しかし線引は困難である。むしろバーの女性を強引に口説いてホテルに行くほうがはるかに犯罪性は高い。

第二の規定からすれば、おそらく買春は売春の幇助ということになるのであろう。

管理売春が違法であるがゆえに、それを幇助することも違法となる。

結局これも「出会い系バー」が管理売春かどうかで決まってくると思われる。

4.プライバシーの権利について

個人の権利の中の重要な柱の一つとして「私事権」がある。プライバシーというと、日本語では個人の秘密を保護する権利ということになっているが、実はもっと広い。

これは他人に迷惑をかけない限り、法律に違反しない限り、自分の好きなように生きる権利である。そしてそれを邪魔されないように保護して貰う権利である。

もっとぶっちゃけて言うと目障りでいる権利であり、目障りであり続ける権利である。

これは「せめて私のことは私の好きにさせて頂戴」という消極的な権利であるが、根源的な要求である。

それはしばしば「良くないこと」であったり、社会規範と衝突するために、社会的バッシングを受ける。

目につくところでは、服装に関する私事権、作法に関する私事権、TPOに関する私事権などがある。

服務規程や校則で実質的に禁止されているものもあるが、これらについては本来違法・違憲性が問われる可能性がある。

新聞ネタでは、ゲイの問題、君が代拒否問題、ゴミ屋敷問題などがある。

本来は私事のはずだが法律で禁止されているものもある。オートバイのヘルメット、運転手のシートベルトは罰金刑である。

私の経験では思想に関する私事権侵害が大きかったが、最近では喫煙に関する私事権が深刻である。

5.読売新聞の三重の過ち

今回の読売新聞の報道は、どこをどう押しても、まごうことなき私事権の侵害である。

当の読売新聞が「報道は公益目的にかなう」と、社会的バッシングであることを宣言しているのだから間違いない。

しかもその根拠は「違法行為が疑われるような店」に出入りしたことであり、違法行為を行ったわけではない。それどころか、女性を救わんとして赴いた可能性が高い。

のであれば、読売新聞は誣告と私事権の侵害という二重の過ちを犯したことになる。

さらにそれが政治権力や公安と結びついた謀略の一環として行われたとすれば、読売新聞は三重の罪に問われることになる。


下記もご参照ください
出会い系バーの基礎知識

昨日行われた前川喜平(前文部事務次官)氏の記者会見で、はっきりさせなければならない問題がある。

前川氏の「出会い系バー」通いを報じた読売新聞の記事について、「個人的には官邸の関与があったと考えている」と指摘したことだ。

前川氏は切羽詰まっている。このままでは「文部事務次官にあるまじき行動」とのそしりを黙認してしまうことになるが、「官邸の関与」まで指弾するとなると、これもまた自身の将来に少なからぬ不利益をもたらす危険がある。

いわば「前門の虎、後門の狼」という状況にあるわけで、前川氏の必死の思いが伝わってくる。

ということで、経過をおさらいしていく。なにせこの手のニュースは消えるのが早い。せっせと情報を集めておくと、きっといつか役に立つ。これがこのブログの真骨頂である。

この事件に関する報道の中ではネットメディアのリテラが出色である。ご参照いただきたい。


1.「出会い系バー」記事への伏線

5月22日の読売新聞の「出会い系バー」記事には伏線がある。

政府と読売新聞との密着ぶりはつとに知られている。それは安倍首相とナベツネの強い関係によってもたらされているが、その関係がこのところさらに強まっている。

4月24日 渡邉恒雄主筆(いわゆるナベツネ)が、安倍首相と都内の高級日本料理店で会食。

5月3日 読売新聞が安倍晋三首相の憲法改正についての単独インタビューを掲載した。この中で、安倍首相は「2020年に新憲法の施行を目指す」と宣言した。

安倍首相は国会で「読売新聞に書いてある。ぜひ熟読していただいてもいい」と発言し、物議を醸した。

5月13日 読売新聞、東京本社編集局長名の記事を掲載。首相の考えを報道することは「国民の関心に応えることであり、本紙の大きな使命」と説明する。

この「使命感」が22日の記事に結びついていると考えるのが自然だろう。

5月15日 「フライデー」誌があるパーティーでのナベツネと安倍首相の仲睦まじいツーショットを撮影している。
nabetunetoabe
2.「前川前次官、出会い系バー通い」の報道

5月17日 朝日新聞、「総理のご意向」などと記した文書文書が存在すると報道。

おそらく前川氏のリークによるものであろう。それは官邸側も気づいた。

5月22日 読売新聞朝刊に記事が掲載される。主見出しは「前川前次官、出会い系バー通い」脇見出しは「文科省在職中、平日夜」

①前川氏は東京・歌舞伎町の出会い系バーに出入りしていた。

②この店は「売春や援助交際の交渉の場になっている」

③店の関係者は、前川氏が女性と店外に出たこともあったと証言した。

この記事の全文を探しているがまだつかめていない。

→見つけました。(あとでわかったが、これは全文ではない)

文部科学省による再就職あっせん問題で引責辞任した同省の前川喜平・前次官(62)が在職中、売春や援助交際の交渉の場になっている東京都新宿区歌舞伎町の出会い系バーに、頻繁に出入りしていたことが関係者への取材でわかった。

教育行政のトップとして不適切な行動に対し、批判が上がりそうだ。

関係者によると、同店では男性客が数千円の料金を払って入店。気に入った女性がいれば、店員を通じて声をかけ、同席する。

女性らは、「割り切り」と称して、売春や援助交際を男性客に持ちかけることが多い。報酬が折り合えば店を出て、ホテルやレンタルルームに向かうこともある。店は直接、こうした交渉には関与しないとされる。

記事の大半が出会い系バーの「いかがわしさ」の説明に当てられるという異例さが、いかにも異常だ。

ということで、最初の要約で書かれている「③店の関係者は、前川氏が女性と店外に出たこともあったと証言した」という段落が見当たらない。

経過から見ると、前川氏のインタビューを察知して、官邸筋・読売集団が先手を打って、前川氏を貶めようとしたことが明白である。恐るべき情報収集力であるが、情報源が問われてくる。

この記事は「小笠原政治の経済ニュースゼミ」というブログから転載させていただいた。

ついでに小笠原さんのコメントも紹介しておく。

善良な一市民が、自分の趣味でどのような店に出入りしていたといって、それが刑法などで禁じられていない以上、誰が責めることができるのでしょう?

出会い系バーで接待されていたわけでもなく、勤務時間中に仕事をさぼって行ったのでもないのに、それを固有名詞を挙げて記事にする理由が分かりません。

考えられるのは、加計学園の例の文書が流出したのは、この前次官がリークしたからと思っているからでしょう。

出会い系のバーに出入りするようなふしだらな男の流す情報が信用するに値するのか、

まさに印象操作。

ズバリなのだが、この時点ではまだ「なぜ前川氏が出会い系バーなどに行ったのか」という理由が語られていない。実はそれがこの話の焦点なのだが。

3.報道への最初の反応

5月25日 民進党の蓮舫代表が記者会見。

①すでに退職した人が、まだ摘発もされていない店舗に出入りしていたことが報じられることへは違和感を覚える。

②時の権力者に不都合なこと、あるいは侮辱をするようなことを言うことによって、きわめてプライベートな情報が、どこからか漏れるというのが事態の本質だ。

③このリスクは相当怖い。ある意味、萎縮効果につながりかねないと思っている。

5月26日 菅義偉官房長官が記者会見。「出会い系バー」問題で記者の質問に答えた。

女性の貧困問題の調査のために、いわゆる出会い系バーに出入りし、かつ、女性に小遣いまで与えたということだが、そこはさすがに強い違和感を覚えた。常識的に言って、教育行政の最高の責任者がそうした店に出入りし小遣いを渡すことは到底考えられない。


ここまでは読売と官邸筋の見事な連携プレーである。前川発言の正当性をチャラにし、無力化させることに見事に成功した。


5月28日 極めつけは系列の読売テレビの「そこまで言って委員会」である。

須田慎一郎がレポート役となっている。なお彼のラジオ番組には安倍首相がみずから出演するほどの親密ぶりである。

行ってきましたよ、私もその歌舞伎町の出会いバー。入場料6000円も取るんですよ。で、前川さんが連れ出したっていう女の子、私も取材しましたよ!

ここで司会の辛坊治郎氏が「で、何ができるの?」と、あきらかに買春を前提としたようなゲスな茶々を入れたのだが、須田氏は声高にこんなことを言い出したのだ。

(ピー音)とか行けるらしいんだけど、私はこういう立場ですから、やっぱり行かなかったんですけどね〜。前川さんは行ったらしい! 行ったらしいよ。

裏取りした。だって(ピー音)ちゃんに聞いたもん。前川前次官と一緒に(ピー音)に行った(ピー音)ちゃんに聞いたもん。

スタジオは大爆笑に包まれた。

これが読売の一番やりたかったことであろう。
しかし「週刊文春」「週刊新潮」「FLASH」など各社が取材したが、前川氏がホテルなどに行ったという裏は取れていない。「(ピー音)ちゃん」は存在していない可能性が高い

このあと、官邸サイドの暴走と読売の下劣な報道に批判が吹き上がる。

5月26日 前川記者会見の翌日、ネットメディアのリテラが、「前川前次官問題で“官邸の謀略丸乗り”の事実が満天下に! 読売新聞の“政権広報紙”ぶりを徹底検証」という記事を掲載した。この記事は必見である。
読売OBの大谷昭宏氏が面白いことを指摘してる。

東京、大阪、西部(福岡)各本社の紙面での扱いが同じだった。これは(各本社の編集部の頭越しに)会社の上層部から指示が出た可能性が高い


4.狂い始めた官邸・読売の筋書き

このえげつない攻撃のさなかに、前川氏が記者会見を行い、重大発言を行ったというのが事態の真相である。そのことが徐々に明らかになっていく。
5月25日 読売報道の3日後、朝日新聞や週刊文春が「行政がゆがめられた」などと証言するインタビューを掲載した。週刊文春は前川氏の独占インタビューを掲載。記者会見の発言内容を詳細に報じる。

本筋の問題はここではあえてとりあげない。

質疑応答の中で出会い系バー問題について質問が出た。
前川氏は(バーに)行ったのは事実と認めたうえで、「女性の貧困を扱う報道番組を見て、話を聞いてみたくなった」と理由を説明した。(具体的にはバーの外で「カウンセリング」的な行動をとっていたことが後日の報道で明らかになっている)

前川氏は続けて、行為の違法性を否定し「個人的行動をなぜあの時点で報じたのか、まったく分からない」と述べた。この時点では、前川氏はボランティアの教師をしていたことは明らかにしなかった。

5月25日 山井和則・民進党国会対策委員長、「前川氏のスキャンダル的なものが首相官邸からリークされ、口封じを官邸がしようとしたのではないかという疑惑が出ている。背筋が凍るような思いがする」と述べる。

では読売新聞は5月26日、前川会見をどう伝えたか。

1面の見出は、「総理の意向文書“存在”と文科前次官」1字空けて「加計学園巡り」である。さらにそのあとに「政府は否定」と付け加える

前川会見は3面でもとりあげられる。ここでの見出しは「政府“法的な問題なし”」、脇見出しは「文科省“忖度の余地なし”」の見出し。

社会面では、会見の中身を使うかたちで、例の「出会い系バー」通いに言及。発言者である前川の人格を問う。

5月31日 萩生田光一官房副長官が国会で、「政府として情報を収集し、マスコミにリークしたという事実はない」と答弁した。読売報道の効果が浸透したと見計らってのことであろう。

しかし彼らの意に反して、周囲の状況はどんどん不利になっていく。
6月1日 週刊文春が「出会い系バー相手女性」と題する記事を掲載。女性がいろいろ親身なあつかいを受けたこと、性交渉などはなかったことを明らかにした。

生活や就職の相談に乗ってもらい、「前川さんに救われた」と話す。この女性は、父と話した上で前川氏のことを話すことにした。

週刊文春はこの「出会い系バー」問題で毎回特集を組んで、読売報道の偽りを暴露する報道を連打し続けた。だいたいこの手の話で週刊誌と全国紙がケンカしたら週刊誌のほうが強いに決まっている。おまけに今度は「正義の味方」だから張り切る。

女性の周囲からの聞き取りも次々に掲載される。

前川氏と3年間で3、40回会った「A子さん」だけでなく、「A子さんから前川氏を紹介された女性」、「前川氏とA子さんが通っていたダーツバーの当時の店員」も、前川氏と女性達との間に売春、援助交際など全くなく、生活や就職等の相談に乗り、小遣いを渡していただけであったことを証言している。

週刊FLASH6月13日号の記事でも、前川氏と「店外交際」した複数の女性を取材し、「お小遣いを渡されただけで、大人のおつき合いはなし」との証言が書かれている。前川派の機関誌となった週刊文春だけでなく、週刊新潮や週刊FLASHが次々と証言を集めたことで、「事実」問題については決着がつく

6月3日 読売新聞サイトから「出会い系通い」の記事が削除された。記事の多くは時間が起てば順次削除されていくのだが、注目記事はこの限りではない。やや早いのではないかという印象は残る。とくに削除した翌日に釈明記事を掲載するのは、仁義に反すると思う。おかげで私はたいそう困っている。

6月3日 読売が釈明記事を掲載した。読売新聞東京本社の原口隆則社会部長の署名入りである。

見出しは2本が並列。1本は「次官時代の不適切な行動」、もう1本が「報道すべき公共の関心事」となっている。

①「不公正な報道であるかのような批判が出ている」とし、記事掲載の目的が批判への回答であることを明示。

②「こうした批判は全く当たらない」とし、批判を全面的に拒否。「独自の取材でウラをつかみ、裏付け取材を行った」と主張。

③その理由として

a. 「違法行為が疑われるような店」に出入りすることは不適切である。「公人の行為として見過ごすことができない」

b. ゆえにそれは「公共の関心事」であり、

c. それを報道することは「公益目的にかなう」

と説明する。

原口部長の論理は、「出会い系通い」の記事が前川氏の社会的バッシングを意図したものであることを明らかにしている。

6月4日 「ワイドナショー」(フジテレビ系)でこの問題を取り上げる。

調査を目的とした出会い系バー通い、という前川氏の説明に対し、松本人志さんは「苦しいなぁ」と感想を述べる。森昌子さんは「(前川氏が妻子持ちであることから)自分のことだけしか考えていない」と批判。泉谷しげるさんは前川氏がボランティアとして貧困家庭の子供に勉強を教えるなどの活動をしていたことをあげ、「志の高い官僚さん」と肯定的な評価を下した。

まぁワイドショーなどどうでもいいけど、フジ・産経系の読売との距離感が意外である。

ついでのついで、

森昌子の発言は前後関係で見ておく必要がある。信頼できる口コミというあまり信頼できないブログの記事が、ワイドショーの顛末を詳しく伝えている。事実関係のみを抜き出してみる。

あるコメンテーターが「JKを買うのは犯罪だけど、JKと付き合った上での性行為は別に悪いことじゃない」と語ったのに対し、森昌子が「女子高生と付き合うなんて許せない。謹慎解くの早すぎ。永遠に謹慎してろ」と発言した。(JKが何なのかは不明)

ゲスト女子高生「私は純愛だったら良いと思う」、森昌子「あなた何言ってるの?そんなの絶対だめ」

てなやり取りがあったあと、前川元事務次官の話に移る。

森昌子「前川氏を攻撃する為にあんな報道を出して子供と奥さんが可哀想」、他コメンテーター「政府のやり方がえぐい」


と続いたあと、くだんの発言に至るのである。

5.メディアの総攻撃

「泉谷しげるさんは前川氏がボランティアとして貧困家庭の子供に勉強を教えるなどの活動をしていたことをあげ」と書かれているが、おそらくどこかに情報があるのだろう。まだ見つけていない。

見つけた。

キッズドア 渡辺由美子 オフィシャルブログ(すべての子どもたちに夢と希望を)

というブログ(5月27日付)である。

ブログそのものを見ていただければ、何も付け加えることはない。

あえて言えば、「隠し玉」などと失礼なことを言ったことをお詫びするしかない。

少々長いので要点を紹介しておく。

最初の数段落はすべて転載する

前川氏は、文部科学省を辞めた後、「キッズドア」で、低所得の子どもたちのためにボランティアをしてくださっていた。

素性を明かさずにボランティア説明会に申し込み、その後、活動にも参加してくださっていた。

現場のスタッフから「この方は前文部科学省事務次官ではないか」という報告は受けていたが、特別扱いを好まない方なのだろう、と推測していた。

説明会や研修でも非常に熱心な態度で、ボランティア活動でも生徒たちに一生懸命に教えてくださったそうだ。

報道との関係で肝心なのは次のところだ。

今回の騒動で「ご迷惑をおかけするから、しばらく伺えなくなります」と連絡くださった。


基本的には、貧困児童教育に対するボランティア活動を隠すつもりでいたのだ。美談仕立てにされるのを嫌ったのだろう。

だから「女性の貧困を扱う報道番組を見て、話を聞いてみたくなった」というトンチンカンな答えをするしかなかったのだ。
渡辺さんは前川氏の気持ちを以下のように忖度している。(これが忖度の正しい使い方)

前川氏が、自分には何の得もなく逆に大きなリスクがあり、さらに自分の家族やお世話になった人たちに迷惑をかけると分かった上で、それでもこの記者会見をしたのは、

「正義はある」

ということを、子どもたちに見せたかったのではないだろうか?

週刊文春と産経の予想外の反応に続いて、週刊新潮も読売の官邸丸乗りを暴露する記事を掲載し反旗を翻した。

安倍官邸は警察当局などに前川前次官の醜聞情報を集めさせ、友好的なメディアを使って取材させ、彼に報復するとともに口封じに動いたという。事実、前川前次官を貶めようと、取材を進めるメディアがあった。

「あなたが来る2日前から、読売新聞の2人組がここに来ていた」と前川氏は語った。

安倍首相・官邸=ナベツネ=NHK(政治部)のトロイカは、反共メディアからさえも攻撃されるようになった。

6月13日 読売新聞、朝日新聞の取材に「一部報道等の誤った情報に基づいたご批判の声も寄せられていますが、支持する声は数多く届いています」と答える。
6月21日 週刊文春が、読売新聞の読者センターなどに寄せられた意見を集計した内部文書を暴露した。

これは5月30日付の「東京・読者センター週報」というものである。

週刊文春によれば、“出会い系バー”報道以降、加計学園問題で寄せられた意見は2000件に達した。その大半が批判的なものだった。解約に言及した読者の声は300件を超えた。

またこの記事では、“出会い系バー”報道が社内のチェック機関である「適正報道委員会」の審査を通していなかったことも明らかにされる。

まぁ、通せばボツになったでしょうね。そういうヨタ記事が大谷氏に言わせれば「社のトップ筋」から発せられて、ドカンと載ったのだから、いざとなれば社のトップの責任が問われることになるでしょう。

6月25日 前川氏が日本記者クラブで記者会見。

6月25日 リテラ が、前川氏の示唆したコメンテーターの実名を報道。

NHKの黒塗り報道は、安倍首相に忖度する報道局長と、安倍首相にもっとも近い記者と呼ばれる岩田明子が幅を利かせる政治部によって断行されたもの。

コメンテーターとは田崎史郎、「森友学園のとき」のコメンテーターとは田崎と並ぶ御用ジャーナリストである山口敬之をさす。(ただしどちらが性犯罪者であるかは不明)

その後の調べで、山口敬之氏が強姦容疑で告発されていることが判明した。しっかりした複数の証言があって、かなり容疑は濃いようだ。岩田明子氏についてはこちらを。
メディア論の論客である服部孝章さんは。「十分な裏付けなしに、前川氏に違法行為があったかのような印象を与えており、名誉毀損が成立する可能性があると指摘、民事(場合により刑事裁判)での戦いの方向を明確にした。

官邸の逃げ切りも許さないが、読売の逃げ切りも許せない。土下座でもしてもらわないと、こちらの気持ちは収まらない。

この際、前川氏の「出会い系バー」通いの問題について詳らかにしていきたい。たしかに本線は「加計学園問題」ではある。しかしそこから派生した読売記事問題(前川氏のいう「もう一つの問題」)は、「アベ政治」の権力構造の奥底につながる点でむしろこちらが本線ではないかとの印象を持っている。
しかも前川氏の逆襲により権力の強さだった側面(メディア支配と闇の情報収集)が弱点につながっていく可能性を秘めている。

1.読売報道の背景について

会見の重要な柱となったのが「出会い系バー」通いの問題だ。
要旨を箇条書きにすると

①「出会い系バー」通いを報じた読売新聞の記事についてこれはもちろん私としては不愉快な話だ。
② 背後に何があったのかということは、これはきっちりとメディアの関係者の中で検証されるべきだ。
③「個人的には官邸の関与があったと考えている」

とりわけ③の問題は、きわめて重大かつ深刻な内容をふくんでいるので、そう考えるに至った経過をかなり立ち至って説明している。

2.官邸関与の経過

① 事務次官在職中、「出会い系バー」通いについて杉田和博官房副長官(官邸筋)から「そういう場所には行くな」と注意を受けた。
② 5月20日、21日 2回にわたって読売新聞から取材を申し込まれた。これには応じなかった。「正直申し上げて、読売新聞がそんな記事を書くとは思いませんでした」
③ 5月21日 文科省の後輩にあたる幹部から「和泉さん(和泉洋人首相補佐官)が話をしたいと言ったら、応じるつもりがあるか」
と打診があった。これにも応じなかった。

3.NHKの奇怪な動き
「加計文書」をめぐって最初に取材に応じたのはNHKだったが、「その映像はなぜか、放送されないままになっている。いまだに報じられていない」

4.「民放コメンテーター」の不思議
民放に出演するコメンテーターのあり方も言がおよんだ。
「名前を出すことは控えるが、森友問題で官邸を擁護し続けた中には、ご本人の性犯罪が検察、警察にもみ消されたという疑惑を受けている方もいる。警察・検察によって(疑惑が)もみ消されたのではないか」
もちろん、それ以上のえげつない発言はせず、「こういったことを踏まえて考えると、私は今の日本の国の国家権力とメディアの関係については、非常に不安を覚える」と持っていく。

5.国家と民主主義のあり方
最後はこう締めくくられる。
これが私以外にも起きているのとするならば、大変なことだと思います。監視社会化、警察国家化ということが進行していく危険性があるのではないか。
権力が私物化されて、『第4の権力』と言われるメディアまで私物化されたら日本の民主主義は死んでしまうと、その入り口に我々が立っているのではという危機意識を持ちました。

さすが前事務次官、なかなかの「知能犯」である。おそらく西山事件の教訓も踏まえ、プロットA、B、C…とあらゆる筋書きを読み切っているのだろう。何か心理ドラマを見ているような気さえする。

いま書いとかないと忘れてしまうと思うので、とりとめないが書いておくことにする。
朝はNHKテレビで南スーダンの問題をやっていた。現地で長年NGOをやってきた何とかさん、NHKの解説委員、元国連職員という肩書が売り物の某大学教授がコメンテーターを務めていた。内容はかなり不満であった。元国連職員氏は日本外務省の出向みたいな人で、国際貢献と「普通の国」論で押してくる。NHK解説委員は「されど憲法があり…」といかにもの口調。これに対してNGO氏の歯切れが意外に悪い。
ディンガ族となんとか族の対立で情勢は厳しい、だから自衛隊は行くなという話で、後半部分はたしかに正しいのだが、前半の情勢評価部分はのっぺらぼうだ。
政府を形成している解放戦線が、何十年も独立闘争を続けてきた民族の代表で、選挙でも圧倒的な支持を受けているということについての申し立てはない。
政府と対立する党派が、長年スーダン側に立って反独立側で動いてきたことについても言及はない。スーダンが独立後も南スーダンへの干渉を続けていることも、その背後に石油の利権をあさる中国がいることも言及されない。
さらに援助とPKOの軍事圧力を背景に政治に容喙する国連の行き過ぎた干渉、OAUと周辺諸国の排除についても言及しない。
私は事の本質は国連の過剰介入と、PKOの権限逸脱にあると思う。「ルワンダの再現」を危惧する人に対しては、大虐殺の主要な危険は反政府側にあり、副次的には政府の治安機能の弱体化にあると主張したい。
治安維持と平和維持という国連本来の機能から考えれば、一番必要なのは政府機能、とりわけ治安維持機能の強化にあるのではないか。
南スーダンを第二のエチオピア、第二のメンギスツ政権にしてしまうのか否か、それが問われているのだろうと思う。
もう一つは先ほどまで行われた石川文洋さんの講演。講演そのものはやや散漫だったが、質疑応答で「シリア、南スーダンなどの現状をどう思うか」との質問に対し、質問の内容を「シリア、南スーダンなどの人々をどう支援すべきか」と修正した上で、こう答えていた。
日本の人々はシリア、南スーダンなどの人々をさまざまな形で支援すべきだ。そこには自衛隊派遣という選択肢はないだろう。人民同士の連帯には武器は必要ない。具体的にはNGOへの支援という形であるべきだ。私たちがそういう姿勢を示し、具体的に形で表せば、それはシリア、南スーダンなどの人々にも国際機関にも評価される」
たしかにそれが憲法前文にいう国際社会での「名誉ある地位」を示すことだ。

「森友」問題の中間まとめ

ド迫力の小池質問があって、その後も議会での追及が続いている。一連の疑惑をどう呼ぶかで、いろいろな提案があったが、とりあえずは「森友問題」と いうことで落ち着いたようだ。森友というので最初は「森永の友」かとも思ったが、安倍妻の実家が関係しているわけではなさそうだ。

本日の赤旗3面に中間まとめ的な記事が載ったので、まずはお勉強。

「森友」問題 籠池氏ら招致は不可欠  疑惑次々 解明待ったなし

問題は3つの柱からなっている。

1.政治家の関与が強く疑われる 

2.売却手続きに不適正がある

3.首相夫妻の道義的責任は免れられない

ということで順番に説明。

1.政治家の関与が強く疑われる

鴻池文書で籠池側が政治家の関与を強く、かつ具体的に求めていたことが明らかになった。また政治家との交渉において金銭(札束 or 商品券)が介在していることは当事者が認めている。(普通これを賄賂という)

籠池側のシナリオに沿って事態が動いたことから、政治家の関与が間接的ながら強く疑われる。

安倍首相は「政治家の関与は一切ない」と断言したが、いまやその根拠が問われる。

財務省の佐川理財局長は、「政治家についての問い合わせがあったかといわれれば、そういう可能性もある」と答弁している。これは調査の上事実確認することがもとめられる。

2.売却手続きに不適正がある

A) 国有財産の処分は売却が基本だが、本件では賃貸契約となった。理由は森友側が賃借契約を希望したためとされる。しかしそれは例外が許された理由ではない。

B) 契約が完了し、工事が始まった。そして地下にゴミが見つかった。この時点で契約内容が変更になった。変更内容は賃借を取り消し、売却契約とするものだった。このときゴミ撤去費用が値引きされ、販売価格は当初価格の14%まで引き下げられた。

この問題B)については未解明な部分が多くふくまれている。納得の行く説明はなされていない。この因縁絡みの再契約について文書が残されていないというのも不可解である。

3.首相夫妻の道義的責任は免れられない

経過については詳らかにされていないが、まず昭恵夫人が籠池氏と深く関わっていた。第一安倍政権時代だったとすれば、すでに「私人」とはいえない。安倍氏が一旦退陣していた時期であったとすれば「私人」と扱われるのが妥当であろう(国会議員の妻ではあるが)

籠池氏は安倍首相本人に対して「安倍晋三記念小学校」の建設を持ち掛けた。安倍氏はこれを「断った」と国会答弁しているが、寄付金の申込用紙には「安倍晋三記念小学校」と記載されていた。本当に断ったのか、釈然としないままである。

昭恵夫人は「篭池氏の教育に対する熱き思いに感銘」を受け名誉校長に就任している。安倍首相は「強引な要請で断れなかった」と説明するが、昭恵夫人 の行動は能動的に籠池氏の事業に関わっているとしか考えられない。安倍首相自身も昭恵夫人から相談を受け承認しているはずである。

公人中の公人である安倍首相には「強引な要請で断れなかった」との説明は許されない。

4.それ以外の問題

他の野党やメディアの取材を通じて、以下の問題も浮上している。

A) 森友学園が、国の補助金対象の校舎と体育館の建築費で、大阪府と国側に異なる報告をしていた。

B) 愛知県内の中等教育学校と推薦入学枠の提供で合意がないのにあるとした

C) 雇用予定の教員名簿に別の学校で働く教員の名前を無断で掲載していた

これらについても合わせて追及していく。

早くもネットの世界ではオスプレイの「不時着」に関して話題が花盛りだ。

NHKの最初のニュースは

米軍オスプレイが沖縄県名護市沖に不時着 12月13日 23時38分

というもの。

13日午後9時半ごろ、沖縄県名護市の東およそ1キロの海上で、アメリカ軍の輸送機オスプレイ1機が不時着した。…アメリカ軍のHH60ヘリコプター2機が5人全員を14日午前0時までに救助した

これは防衛省の発表をそのまま伝えたもの。いわば大本営発表だ。この時点では肝心の米軍側の発表がない。

防衛省はアメリカ軍に連絡をとって当時の詳しい状況などを確認しています。

と書いてある。つまり詳しい情報がない中で、防衛省が「不時着」と判断したようだ。

このニュースでは、沖縄県の謝花知事公室長の談話も報道されている。

14日午前0時前、NHKの取材に対して、「沖縄防衛局を通じて一報が入り…」となっている。

つまり、この時点では肝心のアメリカ軍、とくに当事者である沖縄の海兵隊からの発表が皆無だということだ。

これが最大の問題だ。

ではアメリカ軍はいつ、どのように情報を発信しているのか。


発表されたばかりの朝日新聞報道(2016年12月14日11時22分)によれば

13日午後9時50分ごろ、米軍の垂直離着陸機オスプレイが不時着水した、と米軍嘉手納(かでな)基地から第11管区海上保安本部(那覇市)に連絡があった。

その後の連絡については不明である。もちろんプレス・リリースはない。自衛隊にいつ連絡が入ったのかも明らかではない。まさか海上保安庁からの連絡ということはないだろうが。

14日に入ってようやく海兵隊が発表に動く。

琉球新報が海兵隊のリリースを報道している。

在沖米海兵隊報道部は14日午前1時ごろ、リリースを発表。キャンプ・シュワブ沿岸部の浅瀬に「着水」(元の英語は?)した。


在日米軍を統括する司令部からの発表はない。

14日未明、稲田朋美防衛相は「コントロールを失った状況ではなく、パイロットの意思で着水したと聞いている」と話した。

この報道はおそらく下記の行動の後に発せられたものである。

2016年 12月 14日 10:30 ロイター 稲田朋美防衛相は14日午前2時過ぎ、在日米軍のマルティネス司令官に電話で遺憾の意を伝達。その後、記者団に対し、「安全性が確認されるまで、飛行停止を要請した」と語った。

朝日の記者は何を聞いていたのだろう?

琉球新報のカメラマンは2時半ころに現場に到着し、写真を撮影している。

オスプレイ残骸2

名護市安部のリーフに墜落した米軍の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ=14日午前2時43分

その後、国防総省からの発表があった。AFPの報道で、2016年12月14日 04:14 発信地:ワシントンD.C./米国 となっている。

在日米海兵隊の垂直離着陸輸送機オスプレイ1機が「事故」を起こして浅瀬に着陸し、乗員5人が負傷した。…報道官は、事故についての詳細や、同機が墜落したのか否かについては明らかにしなかった。

読売新聞の「着水」は米軍側発表から来てるんですね。たしかに「不時着」に比べれば筋は通っている。「本人がそう言っているんだから、しょうがないでしょう」ということだ。

その立場から見ると、防衛省の「不時着」呼称も不正確だ。報道担当者が流石に「着水」と呼ぶのはためらったということかもしれない。

問題は、実情に合わせて呼称を変更することだ。実情を見れば、米軍(とくに現地の海兵隊)がどう呼んでいるかは関係なくなる。

琉球新報も当初は防衛省にあわせ「不時着」と表現している。

2016年12月13日 23:50 オスプレイ、沖縄近海に不時着

それが現場を見て、写真を取って「墜落」に変更したのである。


結論はこういうことだ。

オスプレイは間違いなく墜落したのだ。

ただ、当初は防衛省の発表に合わせて「不時着」と呼んだ。

午前1時の沖縄海兵隊のリリースは「着水」と呼んだ。(ひでぇ話だが)

琉球新報は当初「不時着」と報道したが、記者が現地に行って「墜落」であることを確認し、呼称を変更した。

そこには思想性とか政治的立場とかは関係ない。

しかし、琉球新報が「墜落」として写真付きで報道した後は、その限りではない。

いまだに「不時着」や「着水」の表現にこだわるのなら、それは意図的報道と言わざるをえない。

外国の報道もクラッシュで統一されている。一番むかつくのは、日本のメディアが英語版ではクラッシュ・ダウンと表記していることである。海兵隊自らもそう言っている。クラッシュ・ダウンというのはどう考えても墜落であり、不時着とか、ましてや着水などという意味はない。

Marine Osprey crashes near Okinawa, crew members rescued https://www.marinecorpstimes.com

Osprey crash in Okinawa bound to affect Japan's U.S. military policy ... mainichi.jp/english/

U.S. to ground Osprey after crash injures two in Okinawa:The Asahi ... www.asahi.com/

2ちゃんにこんな投稿があった

日本語だけじゃなく英語まで不自由だったか
壊れればなんでもクラッシュだよ

もしこの「英語の達人」が、入社試験で “Marine Osprey crashes” を「オスプレイが壊れた」と訳せば、ペケではなくても採用はされないと思う。グーグル翻訳を使っていたほうがはるかに良い。


オスプレイ どこが不時着だ。
朝のバタバタ時に時計代わりにテレビを見たら、オスプレイが不時着したそうだ。
全員無事でふたりが怪我で収容された、たらしい。
「ついにやったか」と思って画面を見ていると、「不時着」の現場の映像が流れた。
どこかの海岸近くの海の上だ。
機体は二つに割れて、海中に散乱している。
「墜落じゃん!」
よく全員無事(といってもけが人は出ているが)で助かったと思う。
アナウンサーのセリフが白々しい。
いかにも「ちょっとした手違い」風の言い方だ。
だいたい、ヘリコプターに「不時着」なんて概念が存在するのか。
飛行機ならエンジンが片方止まって片肺着陸とか、足が出なくて胴体着陸とかあるが、ヘリコプターは「アカンとなったら、てんでアカン」でしょう。
これが、NHK会長の言った「政府がシロというものをクロという訳にはいかない」というセリフの中身だろう。
政府がシロといえば、それが間違いでも白と言いはる、それが象徴的に現れた。
これは、NHKが「二度とやりません」と誓った大本営発表の受け売りとおなじだ。
「我が方の損害軽微」と、どこが違うのか。
ただそれがシロでもクロでもなく、「真っ赤なウソ」だと分かるほど鮮明な映像を同時に流したことは、NHKの抵抗と見ることができるのかもしれない。
これを見た国民には、不時着ではなく墜落だということ、それを米軍・政府が不時着だと強弁したこと、それをNHKに押し付けたことが疑問の余地なく明らかとなった。
「米軍・政府はうそをつく」ということが誰の目にも焼き付けられた。
そういう意味では良い報道だった。

自公連合ってこんなものだ。

2014.12.6 の産経ニュース

党首インタビュー 公明・山口代表

質問: 公明党の連立政権での役割は何か。公明党は「ゲタの雪」とも揶揄(やゆ)されるが

答え: 公明党の役割をゲタに例えれば、鼻緒の役目を負っていると思う。鼻緒が切れれば、ゲタは使い物にならない。単なるゲタの雪というのは極めて実態を見ない言い方だ。

漫才のセリフではない。ほかならぬ代表の発言で、しかも泣く子も黙る産経新聞のインタビューだ。

それにしても、たしかに本音ではあろうが、なんとも情けない答えだ。

ゲタなら、使えなくなったら捨てて、新しいのに履き替えれば良い、それだけの話だ。しょせんはゲタでしょう、ということになる。

『戦争するな、憲法守れ』の合言葉のもとに共闘している野党連合とは、だいぶ連合の水準が違う。

ゲタごときに『野合』と言われたくはないのだ(失礼、正確に言えばゲタの鼻緒ですね)。


なお、下駄の雪というのは都々逸の一節なのだそうだ。

「踏まれても 蹴られても ついていきます下駄の雪」

自民党と公明党は、理念で結び付いたわけではないのです。笑止なことに野党共闘は野合だと自民党と公明党が言っていますが、自民党と公明党以上の野合はありません。1994年の自民党の公明党批判を読み返してみれば、「自民党と公明党以上の野合はない」ことがよく分かります。    佐高信

自民・公明連合こそ「野合」の名にふさわしいと思う。あまり資料はないが、ネットから情報を拾って時系列で並べておきたいと思う。

それこそ吐き気を催すような噂話のオンパレードだが、はっきりした根拠のないものは省略する。肝心なのはそこではなく、これらのキャンペーンで創価学会がねじ伏せられ、「野合」させられ、自民党の(と言うより権力の)いうがままの存在となってしまったことだ。ここから「下駄の鼻緒」の歩みが始まる。

公明党歴史
http://www.nippon.com/ja/currents/d00145/?pnum=2 より

1992年(平成4年) 竹下派(経世会)の分裂。小沢派が自民党を出る。

1993年(平成5年) 総選挙で自民党が大敗し過半数割れ。これに代わり細川連立内閣が成立。公明党は小沢新党とともに細川連立政権へ参画する。

10月 自民党、予算委員会で創価学会幹部の証人喚問を求める。

11月 自民党内に「民主政治研究会」が作られ、集中的に創価学会攻撃計画を検討。

選挙の前後から自民党は反創価学会キャンペーンを開始する。

矢野元公明党委員長が文藝春秋に手記を発表。創価学会の脱税を指摘。これに合わせ、渡辺美智雄が、「自民党はかつて国会で法案を通すために創価学会の脱税もみ消しをした」と発言。

1994年(平成6年)

2月 自民党内の勉強会として「憲法20条を考える会」が設立される。細川連立内閣と創価学会の関係を政教一致であると批判。

会長には亀井静香(のちに白川勝彦に交代)、幹事長に島村宜伸、事務局には安倍晋三も加わる。

5月 自民党「憲法20条を考える会」のイニシアチブで「信教と精神性の尊厳と自由を確立する各界懇話会」(略称:四月会)が設立される。公明党に批判的な宗教団体や有識者が結集。

設立総会には、自民党の河野洋平総裁・社会党の村山富市委員長・新党さきがけの武村正義代表の3人が出席。
代表幹事に俵孝太郎。宗派としては霊友会、神社本庁、立正佼成会などが加わる。

細川政権のもとで小選挙区比例代表並立制が導入される。自民党もこれに賛成。

7月 細川政権が佐川急便問題で崩壊。これに代わり村山を首班とする自社さ連立政権がスタート。

12月 新進党が創設される。公明党は解散し「公明新党」と「公明」に分党。このうち公明新党が新進党に合流。

1995年(平成7年)

4月の地方選、7月の参議院選挙で自社さ勢力は後退。新進党は参院比例区で第1党となる。

危機感を抱いた自民党は池田大作の証人喚問、池田のレイプ疑惑を追及するなどのキャンペーン。

1996年(平成8年)

1月 自由新報での「シリーズ新進党=創価学会ウオッチング」の連載を開始する。

連載は内藤国男と俵孝太郎が交代で執筆。97年10月まで都合82回にわたる。
「権力の中枢に巣食う宗教家至上主義集団」、「宗教の〝衣〟で隠す悪徳商法」、「使命忘れ沈黙続ける〝大〟新聞」など過激な題の記事が相次いだ。

1月 自社さ政権、首相を社会党の村山から自民党の橋本に交代。

2月 『週刊新潮』が女性信者の手記を掲載。

4月 自由新報、「池田会長の女性信者レイプ疑惑」を4号連続で掲載。池田会長の証人喚問を要求。一般メディアでも相次いで創価学会批判が展開される。

信平裁判: 創価学会北海道婦人部の幹部女性が、3度にわたり池田大作に暴行されたと訴える。率直に言えば眉唾訴訟。

総選挙で自民党が勝利する。選挙に敗れた新進党は権力争いや自民党からの引き抜き工作で混乱。

「信教の自由を守る」会が作成した創価学会批判のビラが、5千万部を超えて配布された。作者は内藤国夫であった。

1997年(平成9年)

密会ビデオ問題が浮上。創価学会幹部が山口組系暴力団に「亀井静香を黙らせて欲しい」と依頼したとされるが、その『ビデオ』そのものは表には出ていない。

社会党も選挙で後退したことから、自民党は公明党との連立に向け工作を開始。

9月 自民党都連と公明が会談。狛江市、足立区などの共産党首長打倒で共闘していくことで一致。

10月 社会党の連立離脱の動きに合わせ、自民党は「シリーズ新進党=創価学会ウオッチング」の連載を休止。憲法20条を考える会、四月会が活動を停止。

1998年(平成10年)

4月 創価学会、自由新報の「池田レイプ疑惑」報道について、2年後に突如自民党に抗議。自民党はただちに謝罪。

7月 参議院選挙。消費税増税で大敗した自民党は、橋本内閣が総辞職。公明党は新進党と分かれ独自で臨む事を決定。この後新進党は小沢VS反小沢の抗争で勢いを失う。

8月 竹下元首相が創価学会会長の秋谷栄之助と密かに会談。創価学会との連携に動く。

11月 分裂していた「公明」と「新党平和」などが合流し、「公明党」を再結成。このとき公明党は「自公連携、自公連立は考えていない」と表明。

11月 自自連立が成立。

11月 自民と公明が手打ち。公明は沖縄知事選で革新支持をうたいながら、密かに自民候補に票を集める。

1999年(平成11年)

6月 小渕首相、公明党との連立への意向を表明する。これを受けた公明党は、党大会において連立政権への加入を決定。

9月 自民党総裁選。公明との連立に反対する加藤、山崎が立候補するが、大差で敗れる。

10月 公明党、小渕内閣との自自連立に正式参加。自自公連立政権が成立する。

2000年(平成12年)

4月 自由党が連立を離脱(扇千景派は政権に留まる)、自公連立政権が成立。

「憲法20条を考える会」が活動を停止。会員の一部が「政教分離を貫く会」を結成。白川勝彦らが代表となる。

2001年

「4月会」が正式解散。


米スタンフォード大学ショレンスタイン・アジア太平洋研究センター副所長

という肩書のダニエル・スナイダーという人だ。

この人はクリスチャン・サイエンス・モニター紙の東京特派員の経験がある知日派だそうだ。

この人の評価は非常に骨太で、政治の底流までふくめ、しっかりとトレンドを見ている。

彼の発言は5つの柱からなっている。

1.日本国民が右傾化していないことの表現

安倍首相の言動に見られるように、日本国民は「劇的に右傾化」していると見られている。

しかし共産党の躍進と、次世代の党(極右)の壊滅を合わせてみると、そうではないことが明確だ。

反対派を脅し、沈黙させる雰囲気の中での躍進の意義は大きい。

2.日本国民は「断固反対」路線を受け入れた

共産党はすべての争点において与党の自民党に強く反対した。にもかかわらず、だからこそ、自民党への抗議を表そうとした多くの人が共産党に投票した。

したがって共産党の躍進は、数字以上の意味を持つ。

3.野党の弱さの反映

有権者は3年間続いた民主党政権にいまも否定的印象を持ち続けている。

そのために自民党以外の選択肢が失われている。戦後最低の投票率は有権者の思いを表している。

有権者は安定志向で自民党に入れるか、自民党への抗議として共産党などに投じるか、棄権するかのいずれかの選択しかない。

4.独自の争点の押し出し

共産党はアベノミクスだけでなく、平和と民主主義の課題を押し出した。他の野党はこれらの争点の打ち出しを回避した。

そしてそれが多くの有権者にとって重要と考えられていることが確認された。

5.共産党が民主党やその他の野党を左に動かす可能性

私は共産党が将来、与党連合の一員としての役割を担う可能性を否定しません。


ということで、スナイダーさんは政治路線に焦点を合わせて分析している。

これは選挙分析の王道だろう。しかし日本ではほとんどおこなわれていない議論だ。


ここまでが再掲部分。

その後の戦争法反対運動の高揚の中で「野党は共闘」の声に後押しされて、いま共闘の動きが急速に盛り上がっている。まさしくその核心部分をスナイダーさんは予言している。


原発は安全性の秤に乗せるには大きすぎる

1.安全性の議論はフェイル・セーフ機能の範囲内で行われるべきだ

原発の安全性はもう少し理屈の問題として詰めておく必要があるのではないか。

安全性という目盛りはたしかにある。論理的にも危険性の逆数として存在しうる。工学的にも多変量の連立方程式として算出しうる。社会的にも利便性と危険性認容の掛け算として想定しうる。

ただその扱える範囲には限界があるのではないか。歴史的にはその範囲は変化してきたし、拡大しつつある。それはフェイル・セーフの技術が発達してきたためである。

逆に言えばフェイル・セーフの機能が完全でなけれれば、あるいはフェイル・セーフ機能をはるかに越えるものには、そもそも安全性の概念は適用できないということになる。

2.社会的安全度という問題

一つの技術なりシステムというものの安全性は危険性の逆数だが、これが社会で汎用されるときには、利便性と秤にかけられる。

しかし実はこれだけではない。社会の多数の人が関われば関わるほど安全性は高度なものが要求されるようになる。

実験的な使用であればかなりのリスクは受忍されるが、多数の人がルーチンに使用するものなら、安全性ははるかに高度のものが要求される。

なぜなら事故が起きた時の影響ははるかに深刻だからである。

つまり利便性と危険性の秤は、その置かれた土台の広範性を念頭に置かなければならないのである。

3.量的・質的な安全性の限界

もう一つは、安全性が破たんした際の影響の深刻度がある。

これは薬の副作用を例にとるとわかりやすいのだが、薬局でもらう薬の説明書には副作用が書いてあるだろう。例えば吐き気などは極めてポピュラーな副作用だが、これはたいていは軽微であるために許容されている。

しかし数は少なくとも死に至るような副作用があれば、薬の使用に関しては厳しい注意が必要となる。

さらに常用量の問題があって、その範囲では安全性が確認されていても、10倍量飲まれたら安全性は保障できない。

つまり質的・量的な危険性は、安全性の秤を吹き飛ばしてしまうのである。

4.結論

原発は危険性と利便性の秤に乗せるには大きすぎる。

大きすぎるということは、物理的な危険性が現代技術の統制力の力を超えていることであり、その社会的影響力が社会システムの枠を大きくはみ出しているということである。

このことから考えれば、原発の安全性をうんぬんすること自体が論理矛盾であり、それは「安全性」の戯画に過ぎない。

肝心なことは、それを今まで認識できなかったことであり、今やっと認識できたということである。

原発に対する60年の認識の歴史は、結局、この認識に達するための歴史であった。

5.これからの原発

私個人としては、人間の力である程度統御が可能なレベルであれば、原子炉を用いた研究は続けるべきであると考える。

もちろん大型であろうと小型であろうと、原子炉の危険性は本質的には変わるものではない。

ただジェット機は墜落すれば数百人の命が失われる危険性を内包しつつ飛び続けているし、船は沈没すれば千人単位の命が危険にさらされる。

現代人は、今のところ、それを必要なリスクとして甘受している。

しかし原発はそのような安全性リスクの目盛りからははるかにスケールアウトしている。なぜ原発のようなビッグなシステムが、なぜろくな安全装置もなしに開発されたか、それはまさに原爆を製造するという目的のためであり、その副産物だからである。

戦争のための武器だから、どうせ人を殺すんだからということで、安全性にはさしたる考慮が払われないままに野放図に大規模化し、それがある日ぬっと娑婆の社会に乗り込んできたのだ。それが原発だ。

思えば不幸な生い立ちの子だ。

しかしこの子には、大きな将来性がある。一度サイズダウンしたうえで、正しく育てることは大事な仕事だろうと思う。


いろいろと、異論もおありでしょう。

私自身、意見変更の可能性もあります。とりあえずの感想としてお聞きください。

伊方原発が廃炉決定。まずは良しとしなければならない。

地図を見ただけでもその非人道性は明らかだ。事故が起きれば佐田岬半島の住民は皆殺しだ。

関連記事を見ていて、見逃せないポイントがあることに気付かされた。

それはヒトの問題だ。

建築後40年たつと、建てた時の人間はいなくなる。何かあったときに技術が継承されていないと、建築当事者には当たり前だったことが、まったく忘れ去られてしまう。

じつは、私の病院でも同じことがあった。同じ部屋にまったく違う電源があって、片方の電源がどこから来ているのかわからなかった。建設時の設計図や施行図を持って来いというが、これがなかなか見つからない。

結局最後は壁を壊しながら電線の先を探っていくことになった。最終的にはとんでもないところからきていることが分かり、しかも普通の差込口からの危うい電源であった。

「誰がこんなことをしたんだ」と怒鳴ったが、もちろんそんなことが分かるわけはない。強いて言えば「40年の年月がそうさせたのだ」と納得するほかない。

放射能による劣化が勿論最大の問題ではあるが。人間の脳みその劣化も頭に入れなければならない。安全性の技術を考える際にはヒューマン・ファクターを念頭に置かなければならない。

これは鉄則である。

どうもWeb レベルではGHQの司法改革に関して適当なレビューが見当たらない。

辛うじて分かったことは、司法改革に先立つ戦争協力者への処分は行われなかったようだということ、GHQの司法改革担当者にはそれにふさわしい権限が与えられていなかったこと、結果として改革の試みは挫折し、司法省が最高裁事務局を通じて生殺与奪の権限を握り続けたことである。

興味の中心は、あれだけ新憲法に一生懸命取り組んだGHQが、なぜ同じ気構えで司法改革を推進しなかったということに尽きる。ここがいまいち分からない。

細野長良ら大審院グループと司法省の長々しいやり取りは、実はどうでもいいことである。GHQの姿勢があやふやであれば、そのようなグループの発言力など無きに等しい。

を増補しての感想

年表を作ってみて分かったのは、昭和23年1月6日のロイヤル陸軍長官の「日本を反共の防波堤に」発言は、明確にマッカーサーの顔に泥を塗る行為として行われたということである。

年の初め、マッカーサーは年頭の辞「日本国民に与う」を発表している。まるで天皇きどりである。

しかしこの間に本国では対日政策の変更が準備されていた。昭和22年3月にトルーマン・ドクトリンが発表され、すでに基本線の変更は確認されていた。

それ以降、外堀は徐々にしかし確実に埋められてきた。とくに公務員の「忠誠テスト」はGHQ民政局のニューディーラーには脅威であったろう。

いつの間にかマッカーサーは裸の王様となっていた。そして国務長官にマーシャル元帥が押し立てられた。それは国務省がマッカーサーに全面対決のポーズをとったことを意味する。裏で動いたのはアチソン次官だったろう。

国務省は日本に「逆コース」を迫るにあたり、陸軍省を表に立てた。マッカーサーを封じ込めるためである。

それがロイヤル長官の談話であり、陸軍省の派遣したストライク調査団であり、仕上げに送られたドレーパー陸軍次官をトップとする調査団である。

マッカーサーは軍人だから上級の命令には逆らえない、というところを突いたわけだ。

怒ったマッカーサーは大統領選挙に立候補するといってみたり、いろいろ策動を巡らせるが、結局は冷戦システムの中に埋没していくことになる。

を増補しての感想

2013年11月03日

のうち、今回はに手を着けました。1946年(昭和21年)の記述です。


我々は戦後をリアル・タイムで過ごしているから、なんとなく知っている雰囲気になっている。

しかし勉強してみると、実は何にも知らないということがよくわかる。

とくに占領軍が何をしたのか、何をしようとしたのかについては何もわかっていない。戦後史年表のほとんどは日本政府が何をしたかで埋め尽くされている。本当の主語はGHQであるにも関わらず、記述上は日本政府のしたことになっている。まさに「皇国史観」である。

しかし実際に日本政府のやったことはGHQの方針に「日本政府」のハンコを押しただけであり、重要な政策決定はすべてGHQの中で行われていた。吉田首相をよいしょするドラマが何度も作られているが、あれは大嘘で、彼はただのマッカーサーの腰ぎんちゃくに過ぎない。外交官なんてものは“ヒラメ人”というか“手のひら人”というか、しょせんそういう人種である。

歴史を本当に、世界史的視野で知ろうと思えば、GHQの政策の決定過程、とりわけアメリカの本国政府との関係で見ていかなくてはならない。日本人には無敵に見えただろうが、GHQは米本国政府の出先機関に過ぎない。マッカーサーとGHQマフィアの光輝くキャリアは、昭和23年初頭のロイヤル陸軍長官の「日本は反共の橋頭保」発言をもって終わっている。

基本的には2年半足らずの短期間、彼らは思いっきり腕を振るった。それができたのについてはマッカーサーという人物の独特のキャラと押しの強さが結構ものを言っている感もある。それは一種の権力の空白であった。本国政府はソ連とどう付き合うのか、ヨーロッパをどうするのかで頭がいっぱいだった。一方ではルーズベルトの長期政権の下で形成されたニューディーラーをどう扱うのかも深刻な選択であった。

終戦の時点でマッカーサーは本国政府よりも右側にいた。しかし昭和23年初頭のロイヤル発言の時点で、本国政府はGHQよりも右に移動していた。

本国政府がニューディーラーをソ連内通者として排除し、マーシャル長官、アチソン次官ら国務省幹部が日本の直接支配を志向するに及んで、GHQの独自の役割は消失した。それは米政府の反共主義のたんなる執行人となった。重要な政策は彼らの頭越しに本国政府が直接取り仕切るようになった。マッカーサーはていの良いお飾りとなった

こういう流れとして、戦後の日本を把握しておく必要がある。

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