鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

13年4月、ぷらら・Broachより移行しました。 中身が雑多なので、カテゴリー(サイドバー)から入ることをおすめします。 過去記事の一覧表はhttp://www10.plala.or.jp/shosuzki/blogtable001.htm ホームページは http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」です。

カテゴリ: 04 国内政治

これだけの文章をいちいちまとめていくのは大変なので、例によって年表形式を利用して、事項を整理していく。

2004年2月 最高裁、グレーゾーン金利が有効と認められる例外について「厳格に解釈すべきだ」との判断を示す。

金利の上限については、利息制限法(15〜20%)と出資法(29.2%)の2種類がある。貸金業法では20%以下だが、債務者が任意に支払うなら29%までの利息が可能であった。これがグレーゾーンである。

06年1月 最高裁、「明らかな強制だけでなく、事実上の強制があった場合も、上限を超えた分の利息の支払いは無効だ」とする判断。さらに過払い利息は過去10年に遡り返還請求が可能とする。

06年 新司法試験が導入。弁護士の合格者が大幅に増加し、失業弁護士が大量に出現。多くが過払い金案件に群がる。

この頃ホームロイヤーズ(現:弁護士法人MIRAIO)が登場。自己破産1件28万円という低価格を売りに,債務整理の「市場」に参入。事務職員を何十人も雇って、大量の事件処理を行わせるビジネスモデルを開発。

08年 日本貸金業協会、全国の業者が返還した過払い金は約1兆円に達したと発表。報酬金を20%とすると法曹界は2千億円を獲得したことになる。

09年7月 日弁連、債務整理事件の受任にあたっては、依頼者と直接面談することを義務化する指針を定める。

この他にも例えば、「過払い金のつまみ食い」などが現れた。依頼者の他の借金は無視して過払い金返還請求だけを行うやり口。

10年9月 業界大手の武富士が会社更生法の適用を申請。過払金の返還請求の急増で多くのサラ金の業績が悪化。

東京地裁では不当利得返還請求訴訟(過払金返還請求)が通常訴訟全体の半数を占める。

11年2月 日弁連、「債務整理事件処理の規律を定める規定」を制定。法曹界の自粛を促す。「つまみ食い」の禁止、個別面談義務、報酬の上限20%など。

12年11月 アディーレ法律事務所、過払い金回収案件が15万4219件、804億1781万円に達したとホームページ上で公表。報酬金を20%とすると160億円強の収入となる。

2016年 最高裁判決後10年を経て、過払い金返還請求バブルが終りを迎える。(筈ですが)

と、一通り経過を書きました。


まぁよくある話で、「悪徳」ではあるが、すれすれ違法とは言い切れないあたりで荒稼ぎしているようです。

一昔前は、医療でも儲け主義としか言いようのない、眉をひそめるような病院がゴロゴロしていましたから、弁護士だけを悪しざまに言うのも気が引けます。

ある記事では弁護士事務所を街場系とビジネス系に分けていましたが、いずれにしても本来の目的は債務者の救済にあるわけなので、過払い金返還にあるわけではありません。

その観点から見ると、債務者救済に親身になってくれる街場系の法律事務所にお願いするのが一番ではないでしょうか。

毎日通勤の車でラジオを流している。ほとんどが無駄話だが、その分、運転が疎かになることもないのでやめられない。

しかし、最近の法律事務所のCMには辟易する。ある種の貧困ビジネスなのだろうが、一体なぜこんなに流行るのか気になる。

いくつもの事務所がこれだけの宣伝コストを掛けて、かつ儲かっているのだからかなり割のいいビジネスなのだろう。しかし債務者=貧困者を相手にこれだけ儲けるということに、どうも胡散臭さを感ぜずにはいられない。

そこで「法律事務所 債務整理 ビジネス」のキーワードでグーグル検索してみた。山のように法律事務所のサイトが引っかかってくるが、それに混じって法律事務所に対する疑問を呈するページもかなりの量に達する。

一応挙げてみると

有名弁護士事務所まで非弁提携で市民を食い物に! | ビジネスジャーナル

債務整理事件の「市場」で起きていること - 黒猫のつぶやき

1億円以上の年収を得た弁護士が続出した、過払い金返還バブルをまとめ ...

過払い金のつまみ食いって何? - 教えて!債務整理

自己破産ビジネスの横行 “法の庭”徒然草 頼れる弁護士 白川勝彦の 白川 ...

よくある質問|依頼した弁護士・司法書士とのトラブル・セカンドオピニオン ...

債務整理のお話し(3)~弁護士とコマーシャル 法律事務所にテレビCMは ...

「債務整理ビジネスで増加する“違法弁護士”の実態(後編) 」 - livedoor Blog

という具合。少し小当りしてみるか。

その前に、幸いなことに債務で悩んだことがないので、債務整理という概念がさっぱりわからない。

そこで下記のページでお勉強。

北海道合同法律事務所(札幌) || 任意整理Q&A

11項目のQ&Aが載せられているが、まあ、「読めば分かる」と言えば分かるし、分からないといえば分からない。

Q0: 任意整理とはなんですか

答え 任意整理は、利息制限法を上回る金利で借りた人が、過払い利息を元本に組み入れて債務額を減らす手続です。

要は借金(違法金利分)の減額ですね。

Q1: 任意整理を弁護士に依頼する場合には、何に注意したらいいですか。

答え 全ての借金について正直に話すことが大切です。

そうでしょうね。

Q3: 任意整理の対象とならない債務もあるのでしょうか。

任意整理の対象となるのは、銀行やクレジット会社、サラ金、商工ローン等からの借り入れです。住宅ローンや自動車ローンは任意整理の対象とはなりません。

基本的には「住宅や自動車は売れ」ということでしょうね。

Q4: ヤミ金から借り入れてしまいましたが、その場合も相談に乗ってもらえますか。

答え 出資法に違反する高金利で貸付をするいわゆる「ヤミ金」から借り入れてしまった場合、弁護士が介入すれば早期解決につながります。 この場合にも正直にお話しください。

相談には乗るが、それは「任意整理」(利息制限法)とは別の話(出資法違反)ということになる。

Q7: 弁護士に任意整理を依頼した後も、債権者(貸主)に返済を続けなくてはいけないのですか。

答え 弁護士に任意整理を依頼した後は、債権者に返済する必要はありません。弁護士が債権者に「受任通知」を送ると、債権者は直接請求をすることができなくなります。

それだけでも有り難いことです。

Q9:    銀行のカードローンなどは、任意整理をしても意味がないのでしょうか。

答え 金利が利息制限法の範囲内であれば、債務額があまり減らず、任意整理のメリットが十分にない場合もあります。残債務額によっては、「個人再生」を利用した方が適している場合もあります。

個人再生というのは良く分からないが、いわゆる「自己破産」のことか。

合同法律事務所のサイトには「任意整理」、「個人再生」、「自己破産」の3つが並べられている。良く分からないが「個人再生」というのは“隠れ自己破産”みたいな感じらしい。

Q10:   任意整理で、「逆にお金が返ってきた」という話は本当でしょうか。

取引期間が長い場合には、制限利息と過払い利息の差が元本を超える場合もありえます。この超えた部分が「過払い金」と呼ばれるものです。

過払い金があったとき、弁護士は債権者(貸主)と交渉をして返還を請求します。回収した過払い金は、他の債務や弁護士費用の支払いに充てますが、それでも余りが出た場合には、依頼者の方にお返しします。

これがCMでおなじみの「逆にお金が返ってきた」という宣伝だが、この説明を聞くと、宝くじ並みの確率のようだ。

ということで、まずは仕組みについてあらあら分かった。次に、それで法律事務所が儲かる仕組み。前掲の記事にあたっていくことにする。

先日の新潟県知事選挙についての関係者鼎談は、きわめて面白いものであったが、紙面の性格上あまり舞台裏に触れたものではなかった。

運動層が泉田から米山へと流れたのか、それとも新たな支持層が開拓されたのか

原発を最大の争点として掲げるという判断がどうして決められたのか(米山候補は元来は反原発派ではなかった)

泉田擁立断念から米山担ぎ出しの動き、その仕掛け人は誰だったのか


POST というサイト(元”SEALDs POST”)に

という記事があった。「新潟に新しいリーダーを作る会」の共同代表である磯貝じゅんこさんによるコラムである。


磯貝さんは初めて関わる参院選挙で街宣カーの上に乗り、時には候補者の代わりとなって演説する。時には政党間の接着剤の役目を果たした。

参院選後、現職の泉田知事を応援すべく磯貝さんら市民が「おむすびの会」を立ち上げた。ところが泉田知事が撤退すると発表したことに衝撃を受けた。

県知事選挙の「対立候補」(泉田後継候補)擁立へ直接関わった政党は、7月の参院選にて共闘した政党のうち、社民・共産・せいかつ(自由)の3党と、新社会・みどり・市民でした。

民進や連合についてはそれぞれの事情もあるものと考え、悪いイメージを持つことなく、いつでも受け入れる構えでした。

いろんな人の名前が出ては消えた中、民進党を離党して米山隆一さんが立候補への覚悟を決めてくださいました。

私たちは、選挙戦へとのぞむこととなりました。まず「泉田知事の路線を継承する」という政策を掲げました。

市民運動サイドは、「新潟に新しいリーダーを誕生させる会」を選挙母体とし、市民の会が勝手連となって動くことになりました。

原発再稼働の争点が(急激に)明らかになっていきました。そのなかで、生活に関する政策を訴えることの重要性も感じていきました。「米山県政には明るい希望がある」ということを個々に広げていきました。

「新潟柏崎刈羽原発の再稼働問題」、そして「泉田知事の県政を継承する」というかたちで、争点が明確になりました。

今までの泉田県政を支持していた県民は不安を感じていましたが、(その不安は)一気に希望とへ変わりました。

立地企業を抱えながらも、経済と自分の故郷を天秤にかけた時に何を優先したいのか。立地県である新潟であるからこその結果であったと思います。

ということで、市民の側の論理は「反原発まずありき」ではなかったということが分かる。
そこには「泉田県政の継承」という論理がはさまれている。
ここに注目しなければならない。
おそらく市民運動家の目には、泉田前知事が不条理な形で降ろされたことへの怒りがまずある。なぜ降ろされたか、それは明らかに原発推進勢力の陰謀だ。
だから再稼働反対は、金権で政治を動かそうとするものとの対決のスローガンでもあり、東京の支配に対する地方の自治のスローガンでもあった。
だから、おそらく他の県ではとかく浮き勝ちな「再稼働反対」のスローガンが、新潟では県民の心にすっと入っていたのだろう。沖縄で「米軍基地撤去」のスローガンがオール沖縄の声になるのと同じだ。
同時にこのスローガンで闘うことは、新潟県知事選挙を全国区にしてしまう効果も持つ。だから、連合新潟の思惑を押し切る形で民進党の中央幹部が乗り込んだし、米山派に追い風が吹いたのであろう。
すなわち、「泉田県政の継承」ではなく「再稼働反対」のスローガンを押し出したことが情勢にジャストフィットしたのである。同時にそれが「泉田県政の継承」であるが故に、「原発だけではない」攻撃を有効に切り替えしたのでろう。逆に自公・東電・連合側には泉田県政を乗り越えるだけの政策がないから、「原発だけではない」攻撃は結局、「原発だけ」を狙いとする彼らの本音が明らかになるだけの結果となったと思われる。
「原発反対」と嘘をつき、あげくに最終盤の「県庁赤旗」攻撃の法定ビラは、彼らの無残な政策的・思想的崩壊を天下に晒す結果となった。

なお阿修羅では、悔しさいっぱいの新潟日報の記事が心ゆくまで見れます。新潟日報のサイトではひた隠しにされているお宝記事です。

心がなごむことこの上なしの文章です。


本日の赤旗一面はあまりニュースがなかったのか、「政治考 安倍政権4年」という解説記事。
見出しは「自公・補完勢力追い詰める 野党と市民の協力」というもの。中身は市民連合が1周年を機に開催したシンポジウムの紹介だ。
この中で鹿野文永さんという方の談話が紹介されていて、大変興味深い。鹿野さんは元宮城県町村会長という肩書だから、本籍は保守系の方だろうと思う。
この1年、市民革命的な動きの中で、3つの革命が進んでいる。
一つは、市民の側が政党を動かす180度の転換という意味での政治革命
さらに、「共産党嫌い」の風潮が少なくなり、共産党への親近感が生まれる思想革命
そして選挙も従来の政党組織、後援会、労組中心から自発的な市民の動きが進む、組織革命も始まった。
この流れは大きく逆戻りすることはない
とくに第二のポイントについては、「なるほど、そういう見方もできるのか」と感心しました。まぁ過去の経験から言えば、それほど簡単なものではないとも思うが…

「新潟の共闘」を語る座談会が赤旗に掲載された。

現場の当事者によるきわめて貴重な経験なので、真剣に学ぶ価値がある。

座談会の出席者は参院選で統一候補として勝利し、県知事選でも大いに奮闘した森ゆうこさん。市民連合@新潟の佐々木さん、共産党県委員長の樋渡さんの3人だ。司会を樋渡さんが務めている。

まず参院選についての教訓を森さんが語る。

1.統一候補擁立の重要性

市民連合が働きかけ、共産党が柔軟に対応した。これが統一候補を実現した。

ということで、真の意味の「統一」候補を擁立できたことが重要な勝因だ。これを森さんは

まずだいじな中間の 目標を、みんなで共有 できた

と表現する。

ポイントは、それが中間目標にすぎないということだ。大義名分選挙に終始してきた共産党は、ともすれば統一候補を擁立しただけで有頂天になる。「統一候補で勝つ!」というところまで見通さなければいけない。

そしてそのためには形だけの「統一」ではなく、「勝つぞ」という気持ちを共有することが、中間ポイントとしての獲得目標なのだ。

統一するために統一するのではなく、「勝つ」ために統一する。統一したからには「勝つ」ということだ。

ついで県知事選の話に移る。そこでサラッと言っている言葉がかなりズシっとくる。

知事選でも市民と野党の共闘を確認し合い、米山候補が立候補表明したのは、告示のわずか6日前だった。

ということで「わずか」という言葉は、そこまで出遅れてしまったということではなく、ギリギリまで討議を尽くしたという意味のようだ。そして最大の確認点は、この共闘が野党間の共闘ではなく、市民と野党の共闘 だということだ。

森さんは意外な言葉を語る。

前知事が立候補を断念してから1ヶ月あったので、いろんな準備をする中で、さらに絆と信頼が深まった。

つまり、候補者選びに四苦八苦したのではなく、どう団結するかを徹底的に話し合い、細部に至るまで盤石の体制を作った。その上で担ぐお神輿を決めたということだったのだ。


そこでは勝つための戦略を意思統一することが重要だったし、「それをやれば勝てる」という確信を共有 することが重要だった。

それができたから、

あそこまで一体感のある選挙ができることはめったにないですね

という感慨が引き出せたのだ。


2.初動段階での市民連合の役割は決定的

森さんの後、市民連合の佐々木さんが語る。

彼も最大の勝因として、目標の共有を上げる。

そして共産党の樋渡さんの発言。

一応各勢力の各勢力の役割を述べて敬意を評しているが、言いたいことはこの一点につきる。

勝利の要因は、まず森さんが定数1の選挙で勝つ方法を知っていたことです

相当の衝撃だったようだ。正直に、自分たちはこれまで、定数1の選挙で勝つ方法を知らなかったと告白している。

これでは勝てない。勝てないと分かっている選挙には、よほど奇特な人でないと乗ってこない。ヘタをするとこちらの身内まで持っていかれる。

ただ

共産党としては草の根で頑張らせていただきました。

と言うのは謙遜がすぎる。理論闘争や思想対決など空中戦では、グラムシの言う「集団的知識人」たる共産党は、他者の追随を許さない圧倒的な力を持っているからだ。


3.野党共闘の3つの段階

この後の話はかなり具体的・個別的になってくるので、要点をつかむのは難しいが、いくつか拾っておく。

おそらく第一段階が共闘のあり方で、これは市民連合の佐々木さんがかなり活躍した。

参院選時に全野党と連合も入った連絡調整会議をもうけた。これが共闘が発展する上での大きな組織的支えになった。これは全国的に発信しても良いと思う。

ということで、初動段階での市民連合の役割、とくに民進党・連合まで包み込んでいく上での役割は非常に大きいということが分かった。

第二段階が、候補者選びの段階で、ここが一番厳しい。とくに共産党外しの傾向が民進党・連合から絶えず持ち込まれてくる。このときに連絡調整会議というラウンドテーブル方式を支えに市民連合と民主党・社民党がかなりつっぱらないと、持って行かれるか逃げられるかする。最悪の場合は持ち逃げされる。

ここでは共産党は出る幕がなく、「ここいらが落とし所」と見れば妥協する他ない。

森さんはこう語る。

候補者が決まるまでの産みの苦しみをともに味わったからこそ、絆が深まった。時には言い合うこともあったけれど、仏の樋渡さんが抑えに回っていました。

「産みの苦しみ」を味わったのは市民連合と民主党・社民党であろう。「絆が深まった」のは、市民連合・民主党・社民党と共産党のあいだであろう。(民主党内の野党共闘派もふくむ)

「仏の樋渡さん」は、個人の資質もさることながら、基本的には仏にならざるを得なかったからである。

そして第三段階が、選挙で勝つための行動計画ということになる。ここはそれこそ各団体が、それぞれに持てる力を発揮することになるが、肝心なことは勝つという気構えと、これで勝てるという確信である。これは森さんの最初の言葉だ。

早くもネットの世界ではオスプレイの「不時着」に関して話題が花盛りだ。

NHKの最初のニュースは

米軍オスプレイが沖縄県名護市沖に不時着 12月13日 23時38分

というもの。

13日午後9時半ごろ、沖縄県名護市の東およそ1キロの海上で、アメリカ軍の輸送機オスプレイ1機が不時着した。…アメリカ軍のHH60ヘリコプター2機が5人全員を14日午前0時までに救助した

これは防衛省の発表をそのまま伝えたもの。いわば大本営発表だ。この時点では肝心の米軍側の発表がない。

防衛省はアメリカ軍に連絡をとって当時の詳しい状況などを確認しています。

と書いてある。つまり詳しい情報がない中で、防衛省が「不時着」と判断したようだ。

このニュースでは、沖縄県の謝花知事公室長の談話も報道されている。

14日午前0時前、NHKの取材に対して、「沖縄防衛局を通じて一報が入り…」となっている。

つまり、この時点では肝心のアメリカ軍、とくに当事者である沖縄の海兵隊からの発表が皆無だということだ。

これが最大の問題だ。

ではアメリカ軍はいつ、どのように情報を発信しているのか。


発表されたばかりの朝日新聞報道(2016年12月14日11時22分)によれば

13日午後9時50分ごろ、米軍の垂直離着陸機オスプレイが不時着水した、と米軍嘉手納(かでな)基地から第11管区海上保安本部(那覇市)に連絡があった。

その後の連絡については不明である。もちろんプレス・リリースはない。自衛隊にいつ連絡が入ったのかも明らかではない。まさか海上保安庁からの連絡ということはないだろうが。

14日に入ってようやく海兵隊が発表に動く。

琉球新報が海兵隊のリリースを報道している。

在沖米海兵隊報道部は14日午前1時ごろ、リリースを発表。キャンプ・シュワブ沿岸部の浅瀬に「着水」(元の英語は?)した。


在日米軍を統括する司令部からの発表はない。

14日未明、稲田朋美防衛相は「コントロールを失った状況ではなく、パイロットの意思で着水したと聞いている」と話した。

この報道はおそらく下記の行動の後に発せられたものである。

2016年 12月 14日 10:30 ロイター 稲田朋美防衛相は14日午前2時過ぎ、在日米軍のマルティネス司令官に電話で遺憾の意を伝達。その後、記者団に対し、「安全性が確認されるまで、飛行停止を要請した」と語った。

朝日の記者は何を聞いていたのだろう?

琉球新報のカメラマンは2時半ころに現場に到着し、写真を撮影している。

オスプレイ残骸2

名護市安部のリーフに墜落した米軍の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ=14日午前2時43分

その後、国防総省からの発表があった。AFPの報道で、2016年12月14日 04:14 発信地:ワシントンD.C./米国 となっている。

在日米海兵隊の垂直離着陸輸送機オスプレイ1機が「事故」を起こして浅瀬に着陸し、乗員5人が負傷した。…報道官は、事故についての詳細や、同機が墜落したのか否かについては明らかにしなかった。

読売新聞の「着水」は米軍側発表から来てるんですね。たしかに「不時着」に比べれば筋は通っている。「本人がそう言っているんだから、しょうがないでしょう」ということだ。

その立場から見ると、防衛省の「不時着」呼称も不正確だ。報道担当者が流石に「着水」と呼ぶのはためらったということかもしれない。

問題は、実情に合わせて呼称を変更することだ。実情を見れば、米軍(とくに現地の海兵隊)がどう呼んでいるかは関係なくなる。

琉球新報も当初は防衛省にあわせ「不時着」と表現している。

2016年12月13日 23:50 オスプレイ、沖縄近海に不時着

それが現場を見て、写真を取って「墜落」に変更したのである。


結論はこういうことだ。

オスプレイは間違いなく墜落したのだ。

ただ、当初は防衛省の発表に合わせて「不時着」と呼んだ。

午前1時の沖縄海兵隊のリリースは「着水」と呼んだ。(ひでぇ話だが)

琉球新報は当初「不時着」と報道したが、記者が現地に行って「墜落」であることを確認し、呼称を変更した。

そこには思想性とか政治的立場とかは関係ない。

しかし、琉球新報が「墜落」として写真付きで報道した後は、その限りではない。

いまだに「不時着」や「着水」の表現にこだわるのなら、それは意図的報道と言わざるをえない。

外国の報道もクラッシュで統一されている。一番むかつくのは、日本のメディアが英語版ではクラッシュ・ダウンと表記していることである。海兵隊自らもそう言っている。クラッシュ・ダウンというのはどう考えても墜落であり、不時着とか、ましてや着水などという意味はない。

Marine Osprey crashes near Okinawa, crew members rescued https://www.marinecorpstimes.com

Osprey crash in Okinawa bound to affect Japan's U.S. military policy ... mainichi.jp/english/

U.S. to ground Osprey after crash injures two in Okinawa:The Asahi ... www.asahi.com/

2ちゃんにこんな投稿があった

日本語だけじゃなく英語まで不自由だったか
壊れればなんでもクラッシュだよ

もしこの「英語の達人」が、入社試験で “Marine Osprey crashes” を「オスプレイが壊れた」と訳せば、ペケではなくても採用はされないと思う。グーグル翻訳を使っていたほうがはるかに良い。


オスプレイ どこが不時着だ。
朝のバタバタ時に時計代わりにテレビを見たら、オスプレイが不時着したそうだ。
全員無事でふたりが怪我で収容された、たらしい。
「ついにやったか」と思って画面を見ていると、「不時着」の現場の映像が流れた。
どこかの海岸近くの海の上だ。
機体は二つに割れて、海中に散乱している。
「墜落じゃん!」
よく全員無事(といってもけが人は出ているが)で助かったと思う。
アナウンサーのセリフが白々しい。
いかにも「ちょっとした手違い」風の言い方だ。
だいたい、ヘリコプターに「不時着」なんて概念が存在するのか。
飛行機ならエンジンが片方止まって片肺着陸とか、足が出なくて胴体着陸とかあるが、ヘリコプターは「アカンとなったら、てんでアカン」でしょう。
これが、NHK会長の言った「政府がシロというものをクロという訳にはいかない」というセリフの中身だろう。
政府がシロといえば、それが間違いでも白と言いはる、それが象徴的に現れた。
これは、NHKが「二度とやりません」と誓った大本営発表の受け売りとおなじだ。
「我が方の損害軽微」と、どこが違うのか。
ただそれがシロでもクロでもなく、「真っ赤なウソ」だと分かるほど鮮明な映像を同時に流したことは、NHKの抵抗と見ることができるのかもしれない。
これを見た国民には、不時着ではなく墜落だということ、それを米軍・政府が不時着だと強弁したこと、それをNHKに押し付けたことが疑問の余地なく明らかとなった。
「米軍・政府はうそをつく」ということが誰の目にも焼き付けられた。
そういう意味では良い報道だった。

以前、パタゴニアで風力発電をやって、それを水素にして日本に運ぶというプロジェクトを紹介した。

このプロジェクトは軍事産業の代表である三菱重工のものだったから、紹介をためらったが、あまりにも気宇壮大で痛快だったので度肝を抜かれた。

このプロジェクトの発案者が勝呂幸男さんという方で、三菱の社員であるとともに、日本風力エネルギー協会の会長も務めている。元々はタービン屋さんのようだ。

その後、石油もガスも安くなり、電力各社が原発に執念を燃やし続けるため、話題にはなりにくくなった。しかしいつも心の片隅には残っている。

風力が話題に上らなくなったのは外的環境のせいだけではない。日本での風力発電が極めて多くの問題を抱えているためだ。この点についても以前書いた。「日本では風力はお呼びではない」とまで書いた。

そんなとき、勝呂さんの文章が目に止まった。題名は「風車導入拡大へ向けて課題を克服しよう」というもの。

ある意味では、執念の一文だ。

勝呂さんによれば、風力発電の課題は風車の信頼性に尽きる。

まず風車の信頼性に関わる事件がいくつか紹介される。

1.カリフォルニア風車ブームの挫折

かつてPURPA法を適用した風車が所謂カリフォルニア風車ブームを起こした。しかし運転後に多くの故障が発生し評価は失墜した。

故障の原因は、つきるところ風力変化の評価が不十分だったためだ。

2.国際電機会議(IEC)の技術標準

カリフォルニアの総括の中から標準設計基準が提唱され、これがIEC技術標準として固められた。

3.宮古島の風車倒壊

日本では宮古島に立てた風力発電の風車が転倒した事件が衝撃を与えた。

宮古島は80m/secの強風番付一位の実績があり、IEC標準からは到底,標準風車を設置出来ない所である。

なのに建ててしまったという問題がひとつ。そして建てられた風車の最大耐強風設計が60m/secだったということ。

つまり建ててはいけないところに、建ててはいけないものを建ててしまったということである。

4.「日本製だから安全」と言われるように

勝呂さんは、「この話がわが国の風車導入の実際を象徴的に表している」と嘆く。

このような気象条件に対する無理解ばかりではなく、落雷への配慮もなされていない。

そもそもIEC標準の基礎データとなっているのはヨーロッパのもので、後から米国のデータも取り入られたが、日本やアジアのデータは反映されていない。

個別の気象条件に合わせた日本発の建築基準を作り上げることが、今後の課題だ。


とまぁ、こんな具合だ。

厳しい言い方をすれば、これまでの日本の風力発電はなんのデータもなしに、外国仕様の風車を建てているだけだ、ということになる。

つまり、「これからは基準を作ってやっていきましょう」ということだ。会長さんがそう言っているのだから間違いない。

そこには相次ぐ風車事故への深刻な反省は見られない。「とんでもないことをしてしまった。二度とこのような間違いを繰り返さないためにどうしたら良いのだろう」という発想が窺われない。

どうも勝呂さんという人、攻めのタイプのようだ。

勝呂さんの専門であるタービン・ボイラー技術の歴史というのは、安全性構築の歴史と言ってもよい。ものすごい威力はもっているが、そのぶん危険性も高く、それがネックとなって伸び悩んだ時期がある。産業革命の頃だ。それが内燃機関として発展するのは、まさに安全性問題が解決したからだ。ソロバン勘定はその後だ。パタゴニアの風力発電も、足元の安全が確保されなければ夢物語だ。

三菱といえばゼロ戦を作った会社。世界トップの性能を誇ったが、それは防御や安全性、居住性などを一切無視したものでもあった。軍事産業を主軸に成長したこの会社には、伝統的に安全軽視の風潮があるのかもしれない。

いずれにせよ日本では当分、安全性を最重要課題とする技術構築という視点は生まれそうにない。日本の気象条件に合わせた、安全で安定した風力発電は期待できないということだ。

勤務先の江別市で「まんまる新聞」というタウン紙が無料で配られている。紙面の半分以上は広告で、「新聞仕立てにしたチラシ」みたいなものだが、存外市民には人気がある。
その理由は編集者の熱心さにあるようだ。
以下は、この間配られた「まんまる新聞」の一面下、天声人語みたいなコラム。この新聞には「社説」などという気張ったものはないから、けっこう編集者の「ジャーナリスト魂」が顔を覗かせる。

▼あ~あ、当選しちゃったよ。オレ政治やった経験ないし、困っちゃったなあ……
米次期大統領に“仮当選”(12月19日に今回選ばれた選挙人による正式投票で本決定)したドナルド・トランプ氏の心中をこんな思いがよぎったかも知れない。ほとんどのメディア・研究機関が予測していた大本命の前国務長官、ヒラリー・クリントン氏が敗れたアメリカの大統領選挙。この番狂わせの衝撃は世界中を慌てさせた

▼でも、一番慌てたのは当のトランプさんだったなんてことも…。トランプ政権の政策や人事・体制を決める政権移行チームに、長男、長女やその婿、次男など4人ものファミリーが名を連ねるというトンデモぶり。何だかドタバタしている。
旧態依然とした政治勢力とは一線を画して、アメリカを牛耳る支配者層に口出しさせない深謀遠慮なのか、それとも「父ちゃん困った。お前ら来て手伝ってくれ」つて家族を集めたのか。どちらにしても、芸能人めいた家族がぞろぞろ出てくるワイドショー的成り行きに、これが世界一番のアメリカか、とアッケにとられた

▼ヒラリーは、昔は豊かだったのに今は没落してしまった白人中産階級の支持を集めたトランプに敗れたといわれる。1%のスーパーリッチ(超富裕層)が99%の国民を支配しているというアメリカ。ヒラリーも莫大な献金を受けていて、金融会社のひとつ、ゴールドマン・サックス社で「御社からの支援を決して忘れません。どんな時も皆さんの要望を最優先します」などと講演したことが暴露されている。
政治が大資本にカネで買われてしまっている現実。トランプはそれを国民の手に取り戻す、富裕層からの献金も受けていないと言った。政治を買った大資本は人間を軽視し人々への分配を忘れ、利益だけを追って世界中に戦争とテロリズムを引き起こし、貧富の格差を広げた…

▼とはいえ、トランプも成金の大金持ち。白人にはいいが、さまざまに苦しむ人々の味方かと言えば問題が多い。いつ、本性を現すかも知れず、どちらにしても、鬼か蛇か…

なかなかの文章でしょう。
大手メディアの狼狽ぶりや投資家のはしゃぎぶりとはまったく違う、草の根ジャーナリズムの気骨が読み取れるんじゃありませんか。

エスター・ローズ 62年、日本に尽くして

という記事がある。2013年1125日の福祉新聞Web版に掲載されたもので、おそらくは追悼文と思われる。

人となりがかなり詳しく紹介されているのでご参照いただきたい。

写真だけ転載させて頂く。

rhodes
関西が好きだったミス・ローズ(中央)。妹キャロライン(左)、菊地勝子さん(右)と京都で=1975年

というキャプションがついている。

本日の赤旗家庭面で、「昭和とパンの話」という連載の4回目が気になった。

著者は「昭和のくらし博物館」の小泉和子さんという方。

今回の内容は戦後の食糧援助について。気になったのは

初期の援助は米政府からのガリオア・エロア資金、在米日系人を中心とした救援活動によるララ物資、NGOによるケア物資、ユニセフからの援助など…

ただしララ物資についてはGHQの意向で日系人の関与が秘匿され、外国からの援助物資として配布されました。

この時代は私にとては物心のつく以前のこと、ほとんど記憶はない。ただ本当に静岡の田舎までララ物資の恩恵が行き渡ったのかは、その実感はない。きっと都会の飢えた子どもたちに吸い取られたのではないかと思っている。

それはともかくとして、「日系人の関与が秘匿され」たというのは初耳だ。

少し経過を調べてみることにする。

いくつかの文献があったので、そこから膨らませていくことにする。

昭和20年

http://www.a50.gr.jp/jp/lara.html より

11月 サンフランシスコ在住の日系人浅野七之助、「日本難民救済有志集会」を開催。邦字紙「ロッキー新報」に「故国の食糧危機重大」と題する記事を載せ、「一食を分かち、一日の小遣いを割いても、援助することは、良心的な義務」と運動を呼びかける。

岩崎美智子「ララの記憶」より

10月 東京・上野駅における餓死者は 1 日平均 2.5 人で、11 月の数字では、8 月以降の餓死者は京都 300 人、大阪196 人、名古屋 72 人であった。戦災浮浪児、孤児、非行児など 18 歳未満の要保護児童の数は 40 万人とされる。

餓死者続出の情報が海外でも知られるようになり、次期大統領を狙うマッカーサーは焦ったと言われる。

昭和21年

1月22日 浅野七之助が中心となって「日本難民救済会」が設立される。大統領直轄の救済統制委員会に「日本難民救済会」を公認団体とするように陳情。

当時、各種宗教団体を中心とする海外事業篤志団アメリカ協議会(American Counsel of Voluntary Agency for Work Abroad)が対外的な慈善活動を担っていた。しかしその対象地域は欧州のみであり日本は含まれていなかった。

4月 海外事業篤志団の傘下組織(特別委員会)としてLARAが結成される。「日本難民救済会」を母体とする。

正式名称は「アジア救援公認団体」(Licensed Agencies for Relief in Asia)。加盟団体は教会世界奉仕団、アメリカ・フレンズ奉仕団、カソリック戦時救済奉仕団、ルーテル世界救済団、メノナイト中央委員会、カナダ教会会議、アメリカ労働総同盟、産業別組合会議、ブレズレン奉仕委員会、ユニテリアン奉仕委員会、クリスチャン・サイエンス奉仕委員会、アメリカ・ガール・スカウト、救世軍、YMCA、YWCAである。

6月 アメリカ合衆国救済統制委員会、日本向け援助団体の設置を認可。

6月 ララ代表が来日。日本政府およびGHQと、運営についての交渉を開始する。ララは「公平・効果的・迅速」を物資配分の「三大モットー」として主張。

9月30日 三者の交渉が完了。ララはGHQの統制のもとに救援物資を送り、日本政府がGHQの指示の下に「受領及配分」を行うこととなる。

ララの駐日代表部は、マキロップ神父(カソリック戦時救済奉仕団)、ローズ女史(アメリカ・フレンズ奉仕団)、バット博士(教会世界奉仕団)が担当する。
ローズは戦前20年以上にわたる在日経験を持つ。バイニング夫人の後任として皇族の英語教師を務めた

11月 「学校給食実施の普及、奨励について」の次官通達。全国の児童を対象にした学校給食の方針を正式に決定する。

11月30日 第一便 (ハワード・スタンズペリー号) が横浜に到着。ララの支援物資(大型トラック100台分)が届き始める。支援は全458便。27年の講和条約まで続く。

全体の割合は食糧75.3%、衣料19.7%、医薬品0.5%、その他4.4%。推定で1100万ドル=400億円(当時価)に達した。乳牛や2000頭を越える山羊などもふくまれた。救援物資の20%は米、加、伯、亜などの日系人が集めたとされる。

12月24日 東京の永田町小学校で贈呈式を実施。最初の物資は東京都内の486施設5万人に分配される。

昭和22年 

1月 第二回目の救援物資。最も戦災被害が大きかった8都府県に配布される。その後3月、5月に支援物資が届き、全都道府県に物資が入る。

1月20日 永田町小学校でララ物資による給食が開始。その後全国の主要都市の学童 300 万人に週2回の給食。

7月31日 衆議院本会議において感謝決議を全会一致で可決。

昭和23年 東京、大阪、名古屋、京都、横浜、神戸の6大都市の約300ヶ所の保育所でララ物資による給食が開始。

昭和24年 全米23の教会諸団体、7万6千の教会が「ゴール1,000万ドル 難民救済の催し」を実施。「日本の子供たちを救おう」と募金活動。

昭和25年 「ララ物資への感謝と日米の友好親善のために女性親善大使の選出する」ことを目的にミス日本コンテストが行われる。第一回目の受賞者は山本富士子。(このコンテストは第2回をもって廃止)

昭和27年

6月 講和条約発効とともにララ物資も終了となる。1,400万人以上、即ち当時の日本人の6人に1人の割合でその恩恵を受けたと言われる。


GHQが日系人のイニシアチブを隠蔽したという経過は確認できなかった。もちろんGHQの日本統治の手段の一つとしてララが利用されたという側面は否定できない。

ただ、それが主要な側面だったというのは、GHQ内の「民政派」の努力(手練手管)を否定することにもつながりかねず、賛成はしかねる。

とにかく「アジア救援公認団体」の構成メンバーを見れば、マッカーサーならずともひれ伏す以外にない「葵の御紋」である。この「権威」を使ったことが、いかにその後の措置をスピーディかつ円滑に進めたかは想像に難くない。ここが勘所である。


奨学金の改善をもとめる若者集会での発言。赤旗からの転載です。
平川さん

すみません。実情を知らなくて、利子がこんなに取られるとは知りませんでした。
どういう計算になるのか。
4年間で総額456万円を借りた。これを20年ローンで返済することになる。
例えば住宅ローンだと、住宅保証機構のサイトのシミュレーションに入れると。
500万円借り入れの20年償却で、均等割で返済すると返済総額は5,518,620円と出てくる。
利子は52万円だ。奨学金の利子の半分ということになる。
三菱UFJの住宅ローンの試算だと、約 5,702,420 円と出てくる。それでも利子は70万円どまり。
貸し倒れリスクが上乗せされているのだろうか。たしかに返済率は相当悪そうだが。
無償給付する本来の奨学金制度がすぐに実現できないのなら、まずは住宅ローン並み(できればその半分くらい)に金利を下げてやることが必要だろう。
そのうえで、「悪質滞納者」については、審査の上で、裁判に出るとか債権を競売にかけるなどの強硬手段も必要かもしれない。
とにかく景気の良かった時代とは違う。仕送りも親のスネもやせ細っている。ホンキで考えないと、この国の明日は真っ暗だ。

呉への空襲は映画の通り何回も繰り返し行われている。とくに7月末、広島への原爆投下の直前は執拗で、広島の原爆投下作戦へのカモフラージュだった可能性もある。呉市民にとっては、ほとんど「慣れっこ」になっていた。

呉戦災を記録する会 によると、

1945年

3月19日午前7時20分 アメリカ海軍の第58機動部隊約350機が、呉軍港への空襲。3時間半にわたり波状攻撃。この時港内には大和など戦艦3隻、空母5隻などが停泊していたが、多くは小破ないし軽微にとどまった。

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呉の戦災より転載(大和は2月28日には停泊していたが、この日は広島湾に退避していた)

3月27日 対日「飢餓」作戦が開始。沖縄上陸作戦を前に、海上補給と応援部隊の派遣を阻止するため、下関海峡、呉及び佐世保軍港、広島湾にパラシュート機雷を投下。

5月5日 B-29約120機、隣接地域の広地区海軍工作庁(広工廠)を空襲。

6月22日午前9時30分 162機のB-29が呉軍港内の呉海軍工廠の造兵部(兵器工場)に空襲。1時間余の爆撃により造兵部は壊滅するが、造船部はほぼ無傷で残される。
海軍工廠では勤労動員の学生を含む約10万人が働いており、少なくとも400人以上が犠牲になったが、新聞には「死者1名もなし」と報道された。
隣接する宮原・警固屋地区、また安芸郡音戸町にも爆弾が降り注ぐ。映画ですずと晴美が空襲に遭ったのはこの時のこととされる。

7月2日0時 B29約150機による呉市街地の戦略爆撃。2時間で16万発の焼夷弾を投下。約337ヘクタールが焼失し、12万5千もの人が家を失う。

7月24日~28日 ポツダム宣言受諾を迫る「対日集中作戦」の第一陣として、5日間にわたる呉沖海空戦がはじまる。のべ1845機の艦載機が攻撃に参加。

7月24日 土佐沖の空母から飛び立った艦載機約870機が、呉軍港内艦艇を中心に爆撃。沖縄伊江島のアメリカ陸軍航空軍も参加する。

7月25日 B29・B24約110機が、港内艦艇を爆撃。

7月28日 第38機動部隊約950機が来襲。戦艦3隻が沈没、空母5隻が沈没ないし大破するなど、ほぼ全ての艦が航行不能となる。

7月29日 呉市民の犠牲者は2062人、軍関係者の死者数は不明。

8月6日 広島に原爆投下。

8月8日 福山に大空襲。

呉 空襲の記録

本日は この世界の片隅に  という映画を見てきた。

アニメ映画で、なんというジャンルと言って良いのか分からないが、とにかく戦時中に呉を襲った空襲を背景とする広い意味の反戦映画だ。

日常をたんたんと描くことで、そこに突然割り込んでいる凶暴な力が浮き彫りになる。

しかしその日常たるや、本当の日常ではない。男がどんどん連れ出され、モノがどんどんなくなり、飢えが当たり前となる日常だ。

その「非日常」を日常化し、取り込みながら生活を作り上げていく、そういう生活の最終的帰結として、空襲は必然的だった。

登場人物たちにはもちろんそのような自覚はない。

自覚するのはこの映画を見た観客たちだ。

もう一つ、その日常は我々戦後世代が経験した時代より遥かに豊かな時代なのだ。

生活必需品は確かに欠乏していた。しかし建物は遥かに立派だし、文化は遥かに豊かだった。子供時代「良いもの」といえばすべて戦前製のものだった。

我々が「豊かさ」を実感するようになったのは、我が家にテレビや電話や電気洗濯機が入るようになってからだ。

しかしその頃もまだ、家そのものは戦前に遥かに劣るウサギ小屋だった。

私はこの映画を見て、空襲が日本の何を破壊したのかをもっと分析すべきだろうと考える。と言うか、軍国主義によって破壊された国民生活が、最終的に崖から突き落とされた時、そして都市機能の全てが失われた時、その責任分担をもう少し明らかにしておいたほうが良いのではないかと考えている。

それにしてもこの映画、マット絵の美しさを除くとあまり記憶に残らない映画だな。何か微妙なずれがある。我々には戦無派に伝え残すべきものがもっとありそうだな。

それはなんだろう。あからさまに表に出すのでもなく、誰にというのでもないが、一種の「憤り」かな。


共産党大会決議案の感想

サラリと読んだところでの感想を、思いつくままに書き綴ってみる。

「いままではどうだったかな」と思うくらい、今回は素材提供的な性格の強い議案だ。情勢は反核→反戦・平和→政治→経済→暮らしと並べられ、それぞれの分野での主な出来事が並び、評価が述べられる。

評価については、これまでの闘いの中でかなり理論化された部分もあれば、箇条書き的な部分もある。正直に行って未だ思いつきのレベルを出ていないところ(グローバルな課題解決への5つの提案)もある。

大会決議という性格からして、これまで積み残してきたいくつかの理論的課題、長期戦略などの解決が必要であり、これから大会までの間に熱い議論が展開されることを期待したい。

理論的課題について

1.デモクラシーをもっと打ち出すこと

シールズが「デモクラシーってなんだ」「これだ」とやっていたが、デモクラシーはたんなる手続き問題ではない。「デモクラシー」の思想、あるいは「新しい民主主義」の思想をもっと打ち出す必要があると思う。

それはこれからの「下からの運動」を作り上げていく上でキーワードになると思う。

だから「共産党はデモクラシー(新しい民主主義)をこう考える」という打ち出しが強烈に必要だと思う。そうするとデモクラシーの運動をすすめる上で立憲主義の位置づけも鮮明になるのではないかと思う。

その辺を展開した上で、第1章の最後の段落

立憲主義、民主主義、平和主義を貫く新しい政治、すべての国民の「個人の尊厳」を擁護する新しい日本への道を開こう。

立憲主義、平和主義を貫く「新しい民主主義」の政治、すべての国民の「個人の尊厳」を擁護する新しい日本への道を開こう。

に変更してはどうか。

2.不寛容と力の政策に警鐘を鳴らすこと

国際情勢でいまみんなが一番不安に思っていることは、不寛容の気分が広がっていることである。

もちろん不寛容の気分が広がっている原因は明らかであり、経済格差の拡大と民衆の貧困化である。

それをもたらした多国籍企業との闘いがまず必要だ。TPP反対の闘いもその重要な一つとして位置づけられる。

もう一つは力の政策(先制攻撃症候群)を国際対話と国際連帯の力で封じ込めることだ。そのさい、国家主権の尊重を何よりも重視すべきである。

不寛容の気分と力の政策が結びついたとき、それは恐ろしい破壊力を生じる。支配者は不寛容の気分と力の政策を結びつけようと狙っている。

ただ今日生じている不寛容は、必ずしもファシズムと結びつくものではない。我々は「深部の力」に信頼を置かなければならない。この辺は少し書き込む必要がある。

力の政策反対、多国籍企業の横暴反対の行動が不寛容の気分と結びつくとき、それは革命的な力を発揮する可能性がある。

したがって、今一番もとめられていることは力の政策反対、多国籍企業の横暴反対の運動の展望を、より豊かにかつ具体的に指し示すことではないだろうか。

3.「中間層」の考え方を大いに発展させよう

日本の格差問題を、〝富裕層への富の集中〟、〝中間層の疲弊〟、〝貧困層の拡大〟の三つの視点からとらえると、次の特徴が浮き彫りになる。

というくだりが注目される。

中間層という言葉はオバマが使いだしたことから急速に一般化した。所得分布曲線の中央値あたりにいる人々を指すと思われ、まさにマジョリティーを形成する。

中間層という言葉にかつての「動揺するプチブル階級」のイメージはない。古典的な階級概念は、富裕層が1%にまで減少したために有効性(実践的な)を失った。

中間層概念はこれからの運動に有効だと思う。「新しい民主主義」の担い手として、さらなる概念展開がもとめられる。

4.あらゆる非暴力的手段を使って国を守る

自衛隊に関する方針は、じっくり吟味する必要がある。決議案は誤解を受ける表現を含んでいるので、再検討が必要だろう。

急迫不正の主権侵害や大規模災害など、必要に迫られた場合には、自衛隊を活用することも含めて、あらゆる手段を使って国民の命を守る。

「急迫不正の主権侵害」については相当の議論が必要だろう。字面だけ読んでいくと、「あらゆる手段」とは自衛隊の活用、すなわち戦闘行為もふくまれてしまいかねない。

もちろん「急迫不正の主権侵害」の想定はしなければならないが、安倍首相がやったような「安易な想定」は禁物である。

とりあえず、以上

石炭火発 やはり技術的に無理がある。

火力発電の進歩はボイラー・タービンと除染装置の両面から進化してきた。

しかしある程度の進歩に達すると、そこで停滞せざるを得なくなる。

その時ブレイク・スルーの鍵となったのは燃焼素材の転換である。最初は石炭、その後石油、そして天然ガスと素材革命が行われた。

いまさらながら、それらの進歩を振り返ってみれば、化学的には当然の過程とも言えよう。

燃焼というのは気体にまで分離した炭素分子が酸化することである。もちろん固体も液体も酸化はする。しかし鉄が錆びるのは厄介な出来事でしかない。液体が酸化するのもお酢を作る作業を除けばあまりいいことはない。開封して1週間もしたお酒は、飲めないことはないが、味は情けないほどに落ちる。

それは到底燃焼とはいえない。石炭が燃えるのも、その塊がバラバラの炭素になって、それが酸素と結合するからである。

つまりものが燃焼するのは液相・気相という前過程を踏んで初めて実現するのである。

現在の石炭火発は炭塊を微細粉粒化し、あらかじめかなり熱してから燃焼過程に突っ込む仕掛けになっているようだが、いくら微細と言っても固相状態であることに変わりはない。ムラとムダは必然的に生じる。

また除染についても、炭塊にしみこんだ有害物質を燃焼前に除染するのはきわめて困難である。


コストの問題として考えるなら、地球的に見て環境コストを上回るだけの経済コストを生み出すのは困難と言わざるをえない。

ただそこにはタイムラグがある。後の世代につけを回すのであれば、あるいは一時しのぎの便法として用いるのであれば、別の計算が成り立つだろう。しかしそれは正義とはいえない。

つまりコストとして石炭火発を考えるのは邪道だということである。

したがって、長期のベースロード電源として石炭火発を考えるのは正しいとはいえない。

資源の問題として考えるなら、とりあえずは「内部留保」とし、あまり使わないのが最良であろう。石炭中の炭素を液化、気化する技術が開発されれば、ふたたび脚光を浴びる日も来るかもしれない。

発電の歴史(火力発電を中心に)

1832年  フランスでピクシーが発電機(直流)を発明

1840 イギリスでアームストロングが水力発電機を発明

1878(明治11年) 日本初の電灯が点灯(3月25日=電気記念日)。これは今日の電球ではなくアーク灯。

1879 アメリカでエジソンが電球を発明

1881 アメリカでエジソンが石炭火力発電所を完成

1887年(明治20年) 日本橋茅場町に25kWの火力発電所が設置される。その他浅草火力発電所200kWや千住火力発電所77.5MWなど。

1892(明治25年) 京都に日本初の水力発電所完成。(東北の三居沢発電所が最初との説あり)

1893年 「日光第二発電所」(東京)が運転開始。

1898年 蒸気タービン発電機が実用化され、ピストン型蒸気機関に取って代わる。高圧高温の蒸気を発生して、蒸気タービンを回転させて電力を発生することから汽力発電と言う。

1912年 水力発電が233MWに達し、火力発電を上回る。

1912 横川~軽井沢で日本初の電気機関車が走行開始。

1918年 GEがガスタービンの本格製造を開始。燃焼排ガスを用いて直接タービン発電機を回転させる。発電効率は蒸気タービンより落ちる。

1939 電力会社が国策会社「日本発送電」に統合される。

1943 配電統制令により全国に9配電会社設立

1950年 電気事業が再編成される。民営の電力会社の「9電力体制」が出来上がる。(後に沖縄を入れて10電力と呼ばれる)

1954  世界初の原子力発電所完成

1955年 三重火力発電所が操業開始。大規模火発のハシリとなる。

1963年 「火主水従」の始まり。火力発電が9750MWに達し、水力発電を上回る。

1966年 原子力発電の最初の商用発電所として、東海発電所125MW(日本原子力発電)が運転を開始する。

1967年 初の超臨界圧の発電機が導入される。

1969年 燃料としてLNGが導入された。

1970年 最初の大規模原発として敦賀発電所が運転開始となる。

1974年 単機容量が1,000MWを超える発電機の導入。ボイラー性能は蒸気温度550℃、圧力24.1MPaに到達。(蒸気温度374.1℃以上、蒸気圧力22.1MPa以上を超臨界圧、593℃以上、24.1MPa以上を超々臨界圧と呼ぶ)

1974年 サンシャイン計画がスタート。オイルショックを機に、石油に代わるエネルギーの研究・開発がすすむ。

1980年代 LNGの安定供給が進んだことから、コンバインドサイクル発電が主流となる。高温の燃焼ガスをガスタービンで用い、ガスタービンから排気される低温ガスを蒸気タービンで利用する。

タービン翼の冷却技術の向上で燃焼ガス温度が1500℃まで可能となる。送電端の発電効率が50%を超える。

1986年 チェルノブイリ原子力発電所で事故発生

1989年 31MPaの超々臨界圧の蒸気圧力をもつプラントが導入される。タービンは1,600℃級が導入され、コンバインド・サイクルでは熱効率60%以上が可能となる。

1995年 電力自由化が始まる。新規参入者(PPS)には高額な送電線使用料やインバランス料金が壁となる。

2000年  大気汚染防止法が制定される。

①電気集塵機、②原油の「水素化脱硫」、排煙脱硫の導入により、環境特性が改善。③脱硝については燃料寄与NOxについて低NOx燃焼器、空気寄与NOxについて選択触媒還元脱硝装置(乾式アンモニア接触還元法)が導入されている。(石炭については入り口脱硫は行われていない?)

2008年 発電量に対する比率は、LNG 34%、石炭 18%、石油10%(オイルショック時75%)となる。

2011年3月11日 福島原発事故。

2016年4月 電気事業法改正。一般家庭等でもIPPから購入可能になる。ただし自由化で先行する英国やドイツでは電気料金が急激に上昇している。

Don’t go back to the 石炭〜石炭火力発電に反対 |石炭発電|石炭火力発電|反原発

というサイトを見つけた。ブログ形式で膨大な資料をアップしている。

その中から「なぜ石炭が問題なの?」というファイルを紹介させてもらう。ちょっと思い入れがある文章だが、事実問題を抜書きしておく。

石炭火発の流れ: 戦後復興期に石炭から石油への移行が進んだが、オイルショックで石炭が見直され、東日本大震災のあとはジワリと増えた。現在は発電の30%を石炭火発が担っている。

石炭火発の長所: ①化石燃料の中では安い。②石炭は埋蔵量が多く、価格も供給も安定。③主要輸入先であるオーストラリアやインドネシアの政治的安定。

ただし価格の面では楽観を許さない。世界各国で石炭火発の増設が相次ぎ、供給面のフアンは予想を超えて広がっているとされる。(具体的な数字は挙げられていない)

また採炭に伴う環境破壊について、現地での反対運動も活発化しつつあるという。

石炭火発の現状: 10電力の運営する石炭火発が45基、その他の事業者による石炭火発が49基、合わせて94基の事業用の大規模石炭火発が運用中。

さらに自家発電設備として石炭火力の自家発電設備を持つ事業者も相当数あるようだ。このサイトでも正確な数はつかめていないようだ。

政府の石炭火発政策: 日本のエネルギー政策は、「3E」原則を基本としている。3Eとは、安定供給(Energy Security)、経済性(Economic Efficiency)、環境適合性(Environment)である。

しかしこれは原発全盛時代の「原則」で、原発は実は環境不適合であることが明らかになった。その後は環境適合性は後回しにされたままである。

石炭火発の技術革新: たしかに最新の「超々臨界圧火力発電」(蒸気温度593℃以上、蒸気圧力24.1MPa以上)は以前の石炭火発に比べ、大気汚染物質(NOx、SOxなど)の約9割を除去できるようになっている。CO2排出もへっている。業界ではこれをもって「クリーン・コール」と呼んでいる。

しかし最新鋭の石炭火発でも、CO2排出量は天然ガスの2倍以上のレベルに留まっている。(LNG1500度の341g-CO2/kWhに対し、810)

石炭ガス化複合発電などの新技術

目下、エネルギー効率向上の切り札とされるのが「石炭ガス化複合発電」(IGCC)である。IGCCでは石炭をそのまま燃焼させるのではなく、いったんガス化させることになる。

ガス化の技術がキモであり、あとは天然ガスによる発電と同じだ。ただしこれはコスト面の課題が大きいと思う。

安定供給を至上命題とするなら(例えば石油封鎖を受けた戦時中のように)、石炭からガソリンを作るというプロジェクトも成立しうるが、いま石炭火発を成立させているのはローコストというだけだ。そんな手間をかけるなら天然ガスの確保に向かうほうがはるかに安上がりになる。


以上3つの記事を上げておく。一つにまとめれば良いのだが、今のところそこまでの気は起きない。ご容赦の程を。
もう一つ、感想にしか過ぎないが、石炭が存在する限り石炭火発の技術は生き延びるだろうと思う。原子力発電と同じ論法で「百害あって一利なし」とは断言できない。もちろん再生可能エネルギーの使用が優先するのではあるが。
仮定の話として、石油並み(9割位)の燃料効率とCO2排出量、環境汚染度が実現できれば、コストと供給の安定性の視点からはゴーサインが出る可能性もある。その分はむしろ電気の乱費をなくすことのほうが能率的かもしれない。
また、途上国が経済的な理由から石炭火発に固執せざるを得ないとするなら、せめて石炭火発の性能をよくしてやれば、それ自体は環境改善につながる。この辺は環境スワップでなんとかならないだろうか。
前門の虎(CO2)、後門の狼(コスト)という状況が続くだろうが、地球の歴史が残してくれた貴重な資源だ。なんとか活用の方法を考えたいものだと思う。

前の記事のポイントは2つだ。

一つは、いかなる新技術をもってしても石炭火発のクリーン度は低い、ということだ。

もう一つは、石炭火発の導入はひたすら電力業界の利益のためであり、日本の利益のためではないということだ。

ただいずれも、前回記事だけでは証明は不充分である。

とくに、ホンネは電力業界のためであるにせよ、それでは国際的に通用するものではない。公にはどういう理屈で石炭火発を合理化しているのかがはっきりしない。

フクシマを経験した国が「原発も推進します、石炭火発も推進します」というのでは、物笑いの種にしかならない。

もう少し他の記事を探すことにする。

JB Press というサイトの「 国際的批判を受ける日本の石炭火力 」という記事。副題は「石炭火力に強まる逆風、しわ寄せを受けるバイオマス発電」となっている。

著者は宇佐美典也さんという人。「パリ協定」成立直前の2015年11月の記事である。

1.石炭火発の新技術

たしかにエネルギー源として利用可能な石炭は、一つの魅力ではある。技術開発で無公害ないし低公害の利用法ができれば、産炭地である北海道の再生の可能性も出てくる。

石炭火発の新技術には大きく言って2つの方式がある。一つは「超々臨界圧方式」と、何やらすごい新技術のようだ。

もう一つが複合発電方式であ。石炭をガス化して、それを石炭燃焼によるエネルギーと混ぜて使うという、何やらインチキ臭い方式だ。

ところが、残念ながらこれらの技術は名前の割にはとんと大したことがないようだ。

 

発電効率(%)

CO2排出量(g/kWh)

現在の石炭火発

40

820

超々臨界圧方式

46

710

複合発電方式

50

650

現在のLNG火発

52

340

というのがあらあらの数字で、いずれにしても現在のところは使いようがない。

2.東日本大震災と発電コスト

発電コストにはランニングコストと環境コストがある。

東日本大震災のあと原発が停止し火力発電がフル稼働した。それは緊急避難的な色合いを持ち、その中に石炭火発もふくまれていた。

火発が全面稼働した結果、CO2排出量は大きく増加しランニングコストも大幅に上昇した。東日本大震災以降、20%以上も電気料金が上昇した。

その中で、発電コストを抑えるために、火発の中でも経済効率の良い石炭火力の新設・稼働という考えが浮上した。人の道から言えば邪道だが、経済学的には一つのオプションである。

ただしそれはあくまでも緊急避難であり、その先にどう石炭火発を削減していくかという展望が必ず語られなければならないであろう。

「CO2地下貯留技術と石炭火力発電を組み合わせる」という手段が語られているようであるが、これは本末転倒というほかない。第一それ自体がコストとなる。まずは削減ありきなのである。

3.小規模石炭火力発電という裏事情

この記事で初めて知ったのだが、電力10社の石炭火発への傾斜には、後発電力会社による小規模石炭火発の増設計画があるようだ。

電力自由化に伴い、電力10社は後発電力との競争を強いられることになった。後発会社が市場に参入しようとすれば、価格面での魅力が必要である。

そこでこれらの会社はコストの安い小規模石炭火発に目をつけた。そこには法の抜け穴があったのである。

これまで石炭火力発電に関しては「エネルギー使用の合理化に関する法律(省エネ法)」による規制・指導が行われてきた。これは大手電気事業者の持つ大型の石炭火力発電のみを対象とするもので年間600万kWh 以下の発電設備についての規制はなかった。

そもそも法律そのものが「省エネ法」であって「CO2 排出規制法」ではないから、基本的にはザルだ。

そこを狙って小規模石炭火力発電の新増設計画が相次いだ。

環境省にせっつかれた経産省は規制の内容を厳格化しようとしている。まさに泥縄だ。

4.「超々臨界圧方式」の意味

経産省は一方で電力10社からも突き上げられる。そこで考えたのが規制の網を小規模石炭火発にも広げること、一つは規制基準を底上げすることである。

とくに後者が問題となる。経産省の目論見は電力10社の保護にあるのであり、石炭火発の削減にあるのではない。

そこで持ち込まれたのが「超々臨界圧方式」である。前の表をもう一度ご覧いただきたい。従来型石炭火発の発電効率が40%、「超々臨界圧方式」が46%だ。

そこで経産省は規制値を41%に設定したわけだ。これで後発電力会社の進出は抑えられる。それと同時に電力8社の石炭火発への道が開かれ、「低コスト・高排出量」型発電へのゴーサインが出ることになる。まさに「超々グッドアイデア」である。

「超々臨界圧方式」はCO2 排出量をたかだか100グラム削減するための技術ではなく、後発電力追い落としのための技術なのだ。

5.「バイオマス混焼」という裏技

だが、これでは新規参入組は枕を並べて討ち死にだ。流石にそれでは「電力自由化」の顔が立たない。

そこでさらに悪知恵の働く者がいて、「バイオマス混焼」という方式を考えだした。これは木材ペレットと石炭を一緒に炊くというものらしい。

木材は成長過程で光合成によりCO2を吸収している。だからCO2排出量は差し引きゼロだという理屈である。これを「カーボンオフセット」というのだそうだ。

例えば木材と石炭を同じ発熱量になるように混ぜれば、その火発のCO2排出量は半分になるという計算だ。

ただこの珍妙な方式は、さらに問題を複雑化するおそれがある。

そもそもがバイオマスをいちじくの葉っぱとする発想が歪んでいる。もし電力10社にもバイオマス混焼が許されるのなら、それは後発会社のメリットにはならない。結局、「超々臨界圧方式」など導入せずにバイオマス混焼で行くほうが安上がりだ。

第二に、バイオマスは質量ともに不安定な資源で、安定した供給が難しい。場合によっては資源価格が暴騰する恐れもある。そうなれば後発会社の死期を早めるだけの結果に終わるかもしれない。

第三に、主としてエコの観点からバイオマス専焼設備を運用する再エネ業者は息の根を止められるだろう。これでは本末転倒である。

というのが主な内容で、かなり話題が広範に扱われ、石炭火発問題の実態が見えてきたような気がする。

さらにもう少し学習を積み重ねたい。

「石炭火発推進」論への素朴な疑問。

石炭火発を増設しようという動きが強まっているようだが、目下のところあまり強い反対は起きていない。もちろん賛成か反対かといえば反対なのだが、原発をどうするかに比べれば二の次にされている。

たしかに原発をなくすことが最大の課題であるから、それに比べれば許容はされるかもしれない。それはそれで判断なのだが、どうも原発もあきらめず火発も推進するというのでは、理屈が立たないのではないかという気がしてならない。

かつて原発の最大の謳い文句だったのが「クリーン・エネルギー」である。だから今も変わらず原発を推進しようとする人が同じ口から「火発推進」を唱えるのは、天にツバをするようなものではないだろうか。

もうクリーンエネルギーなんて言うことをやめるのなら、原発もやめるべきだろう。いまや他に取り柄などないのだから。

と言っているうちに、計画はどんどん進行している。もう少し詳しく勉強しなければならないようだ。

ハーバー・ビジネス・オンラインというサイトの「日本だけ石炭火力発電所を増設」の謎(2016年2月) という記事を読んでみる。

1.石炭火発推進論の時代背景

まずは時代背景から

* 15年末にCOP21(気候変動枠組条約)、通称パリ条約が締結された。温室効果ガス(二酸化炭素)の削減について国際的合意が初めて成立した。

* 二酸化炭素産出の最大の元凶は石炭火発だ。すでに会議の前から火発の閉鎖は相次いでいる。日本においてもそれは同様だった。

* このなかで政府は先進国の中で唯一石炭火力を増設しようとしている。

これが建設計画の概要だ。

火発建設計画

             作成 気候ネットワーク 

2.なぜ政府は石炭火発を推進するのか

言うまでもなく、既存の9電力会社+電力村の強い後押しによるものだ。

では電力村はなぜ石炭火発なのか。ここの説明がこの記事ではちょっと不足している。

電力の小売自由化が進むと、発電事業だけでは利益が薄くても、安い石炭火力の電気を小売事業につなげることで競争に有利になる。

のだそうだ。もう少し他の記事で当たって見る必要がある。

3.「新型」石炭火発はクリーンか

推進側は「新型の発電所は汚染物質の排出が少ない」としている。しかし決して「クリーン」な電源とは言えない。

汚染物質の排出量は旧型に比べれば少ない、しかい天然ガスなど他の燃料に比べれば2倍である。

4.「新型」石炭火発は低コストか

日本では石炭火力によって犠牲になる環境コストが省かれているので、一見安く見えてしまう。これは原発のときと同じ論法である。

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