鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

カテゴリ: 32 政治革新(各種の運動課題含む)

本日の赤旗「潮流」欄に面白い主張が紹介されていた。

以下引用

トランプ氏の政策は、以前アメリカの政治学者ハンチントンが論じた「文明の衝突」を思い起こさせます。しかし政治学者の河合秀和氏は「文明が衝突するわけがない。無知が衝突するのだ。これが戦争を起こす」と警告します。

なるほどその通りだ。

文明というのは、本質的に衝突を回避する知恵を持っている。ある意味で異文化の許容と交流の中から文明が生まれるともいえる。ただ文明がもたらす知恵は、必然的に知恵の個人差をもたらし、社会の一部に相対的な無知をもたらす。

「無知というのはアプリオリな概念ではなく、知恵の社会的結果としてもたらされる」ともいえる。最近流行りの「情報リテラシー」である。だから文明が発展するためには、絶えず相対的無知の底上げが必要になる。文明というのはそういう尺取虫型の発展をするものなのだろう。

そうはいっても、この無知は時として文明にとって致命的なものとなる危険がある。「文明そのものの衝突」に至ることさえある。我々はさまざまな闘いの場面で、教育の視点を失ってはならないと思う。


余談だが、「空があんなに青いのも、電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、みんなわたしがわるいのよ。そしてあなたのせいなのよ」という落語()のギャグは、みずからの無知を根拠とする不当な言いがかりであるが、えらくしんどいことではあるが、「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも」、みんな理由があるということを説得するというのが教育の視点である。


余談の解説: 郵便ポストが赤いのは郵便制度は、明治時代にイギリスの制度を導入したとき、イギリスのポストが赤かったからだそうだ。ドイツは黄色、アメリカは青色なのだそうだ。(◎雑学 建物の雑学

昭和63年(1988年)10月2日の東京新聞にイギリスのポストが赤い理由がロンドンの郵便博物館館長スタン・ゴーロン氏の話として「近代の郵便制度がスタートしたころは、ポストも緑色だったのです。ところが、郊外では周囲が緑の中に埋もれて、分かりにくい。そこで1854年、目立つようにと赤色に変えたのです。」と記されています。Yahoo知恵袋より

世界の郵便ポストの色

なぜイギリスの郵便制度が採用されたのか。これは目下情報収集中。

さらに余談の余談。消防車がなぜ赤いのか。これも随分たくさんのQ&Aがあるが、どれも紋切り型だ。ひどいのは法律で決まっているからだとして、法律の制定過程や条文を長々と説明している。骨の髄からの「小役人」だ。

NAVERまとめに赤だけじゃない?世界の消防車いろいろというページがあって、たくさんの写真が楽しい。郵便ポストと違って、だいたいどこも赤のようだ。「なんたって火の色でしょう」ということが分かる。



実は小沼さんの文章に注目したのは、あまり本筋ではないところにある。それは次の一節だ。

日本学術会議も加入しているICSU(国際科学会議)は、65年に「ICSUとその傘下組織はいかなる目的であっても、国家のいかなる軍事組織からも、資金を受け入れ、あるいは仲介すべきではない」と、申し合わせをしています。

私が学術会議の倉庫から掘り起こしたICSUの資料によれば、この申し合わせの提案者は日本学術会議であり、物理学者の藤岡由夫が出席して提案したのでした。

と、思わぬところから藤岡由夫の名が飛び出した。

失礼ながら、藤岡由夫が進歩的陣営の一員だったという記憶はない。そこで藤岡由夫の略歴を探し出した。

日本理学会(JPS)雑誌の「談話室」という読み物欄に、瀬谷正男さんの「藤岡由夫先生のこと」という追悼文が載せられている。

おそらく藤岡が76年に亡くなって、間もなくのものと思われる。

25年(大正14)に東大理学部物理学科を卒業。すぐ理研に入り、分光学を専攻した。29年にヨーロッパにわたりオランダとライプツィヒで分光学を深めた。

34年(昭和9)に帰朝し、東京文理大の助教授を兼務するようになった。核物理学の研究に手を染めるようになったのはこれ以降のことらしい。

45年に戦争が終わると、彼は思わぬことをはじめる。模造真珠の開発と赤外分光光度計の製造である。

模造真珠は従来魚の鱗から製造していたものであるが無機物から製造できる ようになり模造真珠工業は非常な発展を遂げ一時は雑貨輸出の第一位を占めるようになり,外貨獲得に大きな貢献をした.

赤外分光光度計は専ら輸入に頼っていたものであるが、光研にて製作技術を完成してからは、輸入を防遏し得たのみでなく輸出されるようにすらなってきた.

なぜこのような商売を始めたか。瀬谷さんはこう書いている。

国民を飢餓から救うには、食糧を輸入するための外貨を獲得しなければならぬ.科学者にできることは、産業と深いつながりのある研究所を創設し,科学者に相応しい輸出用製品の製造抜術を確立することである。

49年 藤岡は創設されたばかりの学術会議会員になった。間を挟みつつ65年まで務めている。先程話題となったICSU申し合わせは65年(昭和40)とされており、彼の任期の最後に当たる。

53年 学術会議会員の任期中に、藤岡は学術会議原子力特別委員会の議長を務めた。

当時世間・一般の空気は原子兵器と関係のある原子エネルギーの研究には批判的であったが、政府は原子炉予算を閣議決定した.
科学者の間からは様々な意見がだされ議論は沸騰した。
このとき藤岡先生ば政府と学者の問に立って非常な努力を重ねられ、原子力平和利用三原則を確立することによりこの難局を切り抜けられた.

ということで、なかなかの政治家であるが、「平和利用三原則」は原発推進派の言葉上のエクスキューズとして挿入されたかのようなニュアンスも、瀬谷さんの文章からは伝わってくる。

伏見康治さんは中曽根・正力のための「いちじくの葉」であり、「原子力にシロウトの年寄り教授たち」と酷評している。(自らも池田大作のいちじくの葉になったんだが、晩節は全うした)

それが、今回の小沼さんの「発見」である程度、藤岡さんの名誉が回復されたような気もする。

本日の赤旗文化面には小沼通二さんが登場し、インタビューに答えている。

小沼さんと言っても話は通じないかもしれない。31年生まれの物理学者で、物理学会の会長も務めている。現在も世界平和アピール七人委員会の委員を務められている。

話を簡単にまとめると、

学術会議の前身である「学術研究会議」が戦争に協力し、深く関与した歴史があり、戦後はその反省から「学術会議」が組織された。

その「設立の誓い」は振り返るに値する。

そこにはこう書かれている。

これまで我が国の科学者がとり来たった態度について強く反省し、…我が国の平和的復興と人類の福祉増進のために貢献せんことを誓う。

45年に国連が結成され、紛争の平和的解決を原則とした。冷戦が始まった48年、ユネスコに結集した8人の社会科学者が、「戦争はやめられる」という声明を出した。

これを日本の科学者50余人が熱心に分析し、翌年の49年、戦争を完全否定した「戦争と平和に関する日本の科学者の声明」を出した。

ほかにも、物理や地質学など、さまざまな学会や研究グループが平和声明を出した。

戦争はついこの間のことで、反省は多くの人にとって具体的経験と感覚に基づくものだった。

こうした動きを汲み取る形で、49年の日本学術会議の設立と「設立の誓い」、50年の「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない声明」が出来上がった。

ということで、大変に格調の高いお話だ。


この記事で私が注目したのは、まず平和反戦ということでの広範な科学者の決意である。

以前、「武谷光男が親ソ・親中の立場から核開発を推進しようとした」という批判に、検討を加えたことがある。

たしかに武谷が戦後の初期に核の平和利用の推進論者であったことを否定はできない。しかしそのことをもって反戦平和の戦闘的実践者であった事実をチャラにすることはできない。

批判者にもしそういう底意があるのなら、それは戦後の反戦平和運動への侮辱になりかねないと思う。

そこにはまず平和運動があり、核兵器への警戒感は薄かった。今日我々が考えるように反戦と反核はイコールのものではなかった。また、アインシュタインら進歩的な科学者が反ファシズムの立場から核兵器の開発を促し、協力さえしたという事実が、反核の意見をためらわせた可能性も否定できない。

しかしそれ以上に彼らは熱烈な平和愛好家だった。だからこそ、その後の動きの中で急速に態度を明らかにし、反核・反戦・平和の一体となった闘いに立ち上がっていくことになるのではないか。

それが50年代前半の動きだ。詳細は年表を参照いただきたい。ただし本家の日本共産党は6全協以降の再建過程で、(一時的ではあるが)明らかにこの到達点から退歩を示している。そして武谷はそういう共産党から徐々に距離を置くようになっていく。


反核と反戦平和の課題を分けて論じるのは、我々の核兵器特殊論の最後の残渣かもしれない。

通常兵器(大量破壊兵器)と核兵器は区別して考えなければならない。それはいままでもそうだったし、これからも間違いなくそうであろう。

ただ運動論としては反戦平和運動と本質的に変わるところはない。通常兵器も核兵器も同じように、究極的には廃棄されるべきものだ。ただ緊急性においてははるかに異なっているわけで、そのために各論的には形態の違いが出てくる。

通常戦争については反対しない人であっても、その緊急性に鑑みて「共闘」することは大いに有り得るし、現にそういう形で運動は進んできた。

同じことは核の軍事使用と平和利用の関係についても言える。福島の原発事故で反核運動家は衝撃を受けた。

「平和利用については安全面で許容できるものなら容認する」という従来の考えは70年代のスリーマイル、80年代のチェルノブイリで根本的変更をせまられた。また、その出自から言って「純粋な平和利用などありえない」ことについての認識も深まっていた。

つまり実質的には「平和利用をふくめすべての(純粋研究目的以外の)核の使用反対」の立場に移ってきてはいたのだが、「平和利用容認論」を面と向かって、自己批判もふくめて否認したことはなかった。

とくに歴史的に遡って、「なぜ」の問題をふくめての自己批判は未だ行われていないように思える。

この問題での真摯な取り組みが必要ではないだろうか。

テロリストという言い方にはいつも抵抗がある。
善悪は別として少なくとも白色テロと赤色テロ、あるいは黒色テロとは区別する必要がある。白色テロは権力の弾圧の一環であり、いかなる意味においても糾弾の対象である。黒色テロはテロリズム思想の発露であり、無政府主義の一部を形成している。これについては個別に議論しなければならない。赤色テロは本来ありえない概念であるが、実際には存在する。
狭義のテロは、どの形態においては「暗殺」とほぼ同義である。大変グレーゾーンの広い領域であるが、「窮鼠ネコをかむ」行為であることにおいて共通する。問題はそのテロリストが「窮鼠」であったかによる。
いずれにしても、ここまでが本来の古典的なテロの範疇である。それは法治国家においては明確に刑法上の犯罪を構成する。あとはどのくらい情状酌量の余地があるかということだけだ。
かつてテロリストはいくばくかの美意識を持って語られていた。「弱者の英雄」としての側面を持っていた。テロで歴史が変わるものでは決してないが、「及ばずともせめて一太刀」の思いが感じられた。
秦の始皇帝を暗殺しようとした荊軻は、「壮士ひとたび去ってまた還らず」と歌った。2千有余年を経て、未だに英雄である。
兵営の襲撃に失敗したカストロは、「歴史は私に無罪を宣告するだろう」と叫んだ。
「われは知る、テロリストの かなしき心を」の石川啄木についてはいずれ、もう少し調べてから論及したい。

4つめがいま流行りの「テロもどき」である。
この「テロもどき」には2つの特徴がある。ひとつは命をかけるに値するターゲットがないこと、したがって大義がないことである。大量・無差別で、実行犯の倫理性とか思想性がまったく感じられない。
二つ目にはイサギがない事である。「自爆」テロと言うが、自爆するのはテロリストではなくその手下だ。特攻隊で突っ込んでいったのは特攻の指揮者ではない。女子供を騙しこんで自爆させる卑劣な手口には憎しみしか感じない。口先で何を言おうと、それはただの「臆病な愉快犯」だ。


北九州市議選の結果を見ると、「衆議院小選挙区は原則無党派で」という方向がますます明らかになっていると思う。
北九州
低得票率のため、公明が伸びた。後はちょぼちょぼという結果だが、維新が全滅したのは明るいニュースだ。共産党が4議席減の中で1議席増を勝ち取ったのも大きい。
全体として、政治の流れが変わるような大きな変化はなく、保革ががっぷり四つで力比べという印象を受ける。お互い胸突き八丁だ。
自公対野党共闘は31対18で、これに無所属の多くが全国選挙では保守の側につくとすれば、改憲議席数は依然握られている。
西日本新聞は
共産は改選前に議席のなかった八幡東区で新人が当選し、10議席に伸ばした。次期衆院選で野党共闘を協議している民進に差をつけた形になり、衆院福岡9、10区の候補者一本化調整に影響を与える可能性がある。
と書いているが、そういう問題ではない。
問題は改憲阻止勢力を増やせるか否かにあり、そのために民進党・連合が党派性を我慢できるかどうかにかかっている。そのためには無党派市民勢力の頑張りに期待する他ない。「野党共闘で改憲阻止」の叫びが民進党を包囲する状況をこの数ヶ月で切り開けるかどうか、そのために共産党が無党派市民勢力とどれだけ心を響かせ合えるかが問われていると言えよう。

共産党言葉

「あえて言葉といいたいんですが」という中には、どんな言葉がふくまれているのだろう。

共産党系の活動家が何気なしに使う言葉の中に、庶民感覚で言えば「機微」に触れるような表現はないだろうか。

とくに誰かを批判したり非難したりする言葉に「組合型」の表現とか、「ソ連・中国」風の言葉の残渣が残っていないだろうか。

これは一度、統計にかけて見る必要がありそうだ。

赤旗に出てくる言葉で、市民の間では使われないもの、我々の中でさえもすでに死語となりかけているもの、市民の間でも使われているが、ニュアンスが違うものなど色々ありそうだ。

これらをふるいにかけて見る必要がある。

いまはこれといって思いつかないが、それは私の感覚が麻痺しているせいかもしれない。

統一戦線という言葉

また野党共闘の目標設定でも、例えば「統一戦線」などという言葉は出てこない。中身的には「統一」であってもその言葉は使わない。

中津留・小池対談でも「統一」という言葉はないが、小池さんはしっかりと「統一戦線」の中身を語っている。

考えてみれば、統一戦線=United Front というのは、各々の前線をつなげようという意味だ。それ自体が「共闘」なのである。問題はその共闘の積み上げの中から何が見えてくるかであるが、それについては対話の積み上げしかない。肝心なことは「統一」という言葉に染み付いた共産党エリート感を払拭することである。

もちろん、対話に臨むに当たってはこちらにも意見があるわけで、そこから先はいろいろ言わせていただくことになる。

民主主義という言葉

もう一つの目標である「民主主義」についても、相当理解の内容に差があると思う。普通の市民は「民主主義」についてそれほど特別な意味を付与していない。独裁でなければ民主主義だ。みんなで民主的に決めましょう、というレベルだ。

これに対し共産党は民主主義に特別な意義を課している。二段階連続革命と、人民民主主義概念だ。だから北朝鮮でさえも「人民民主主義共和国」になってしまう。また組織原則にも「民主主義的中央集権制」という言葉がいまだに残っている。

だから、共産党が「民主主義」というと、相手は相当身構える可能性がある。課題として「真の民主主義の実現」を掲げることがあっても(当然だが)、もう少し噛み砕いた、内容を伴った表現にしていくほうが良いかもしれない。(出来るだけということで、民主主義の旗を降ろせとは言わないが)

とりあえず、我々には「国民が主人公の政治」という言葉がある。(以前は「働くものが主人公」といっていたような気もするが)

それに置き換えられるものは置き換えていく、というのも一つの手かもしれない。あるいは「庶民中心主義」という表現もあるだろうか。

自由主義という言葉

逆に「自由主義」という言葉にはこちら側が過剰に反応することが多いが、Liberalism は私たちが今後作っていくであろう社会にとってきわめて重要な柱である。

これについても、はっきりした判断に基づく適切な表現法を身につけるべきであろう。そのことによって 勝手放題主義であるNeo-Liberalism に対する批判もより説得力のあるものとなるだろう。

余談だが、そうなると民医連=民主医療機関連合の「民主」はどう表現したら良いのだろう。「庶民のための」かな、「庶民中心主義に基づく」かな?

本日はたまった赤旗のまとめ読み。相当しんどいぞ。

最初は3日号の小池書記局長と中津留章仁さんという人の対談。中津留さんは43歳、気鋭の劇作家で社会派と呼ばれているようだ。

顔は精悍そのもの(バセドウっぽい)で、ちょっと負けそうだが、言っていることは確かだ。日本にはこういうアラフォーもいるのだ。

対談の中で気に入ったくだり

共産党っていう政党は理念がはっきりしていることが強みですね。それにとてもわかり易い。

…一言いえば、理念に対して現状の矛盾をどうとらえるかですね。矛盾に対する市民の空洞というか、心のよりどころのなさ、これをどう捉えていくのかに関して、もう少し描き込んでもいい、文脈がほしいなという気がします。

この言葉の伏線として、最初の方に次の言葉がある。

人間の苦しみや、機微を描くというのは演劇のすごく良いところです。


以下は私の感想

人間の苦しみを描くというのは、必ずしも演劇でなくても可能だ。一つの表とかグラフの持つ訴求力は何本ものドキュメンタリーに匹敵するものがある。

問題はその後の「機微」だ。中津留さんは「機微」を、苦しみとそれに立ち向かう人間の間に織りなされるいくつものシーンの複合としてとらえる。

だから機微というのは前向きのポジティブな力を持っている。そこをどうすくっていくかというのは芸術の仕事になるのだろうが、政治に携わる場合にもそこは土台にしていくべきだ。

ということを伏線として考えて行くと、

①「大衆の気分」というベタな静的把握ではなく、「機微」の集合体として、ダイナミックでポジティブなものとしてとらえる観点が必要だということ。

②そしてそれが「心のよりどころのなさ」に絡み取られて、にっちもさっちも行かなくなっていること、

③その「心のよりどころのなさ」は政治と現実のギャップ、「空洞」を埋めきれない国民の戸惑いの表現だ。(このあたり小池さんと響き合っている)

④ここを社会変革の展望へと結びつけていくためには、「機微」とをつなぐ「書き込み」が必要であること、

⑤いわばその「書き込み能力」が共産党に問われているのではないか

という、問いかけだ。

非常に鋭い、的を得た提言だと思う。


もう一つのポイントは、いわばその応用問題になる。

それと言葉、あえて言葉といいたいんですが、行き違うことっていっぱいあると思うんです。批判するときにも、相手の正当性をちゃんと理解しておくということがとても重要だと思うんです。

おそらく野党共闘を念頭に置いたものだろうが、

「批判するときにも、相手の正当性をちゃんと理解しておくということ」という発言で、ひょっとして中津留さんはその現場に立ち会わせたのかもしれない。

共闘のさまざまな局面の中には、「あえて言葉といいたいんですが」とあえて言いたくなるような場面があってもおかしくはない。

「相手の正当性」というのは論理の正当性ばかりではない。ネゴというのは個人対個人の対話でもあるわけで、「機微」の正当性も問われなければならないのである。

その際、最初にも述べたように、「機微というのは前向きのポジティブな力を持っている」という認識が土台に座らなければならない。

つまり、中津留さんは「もっと仲良く、礼儀正しくおやんなさい」といっているのではなく、交渉相手が抱いているであろう、「苦しみとそれに立ち向かう人間の間に織りなされるいくつものシーン」を評価しつつ語れと提起しているのではないだろうか。


こういう含みを持つ中津留さんの問いかけに対して、小池さんも感度鋭く反応している。

大会決議案でも「自己改革しなきゃいけない」と強調しています。メッセージの伝え方についても、もっと考えなきゃいけない。

とくに市民と野党の共闘という新しい段階に来て、僕らもいろいろ試されている。

「いろいろと立場の違う、いままでの経緯も違う、そういった人たちとほんとに心を通わせる」ことを、「相手をリスペクトする」ことの真の中身として実践する、

それが、「これからの共闘」、「新しい政治」の重要な土台柱となる。

俗っぽく言わせてもらうと、すり合わせ型共闘から対話型共闘への転換、ともいうべきか。(ちょっと軽すぎるけど) 


先日の新潟県知事選挙についての関係者鼎談は、きわめて面白いものであったが、紙面の性格上あまり舞台裏に触れたものではなかった。

運動層が泉田から米山へと流れたのか、それとも新たな支持層が開拓されたのか

原発を最大の争点として掲げるという判断がどうして決められたのか(米山候補は元来は反原発派ではなかった)

泉田擁立断念から米山担ぎ出しの動き、その仕掛け人は誰だったのか


POST というサイト(元”SEALDs POST”)に

という記事があった。「新潟に新しいリーダーを作る会」の共同代表である磯貝じゅんこさんによるコラムである。


磯貝さんは初めて関わる参院選挙で街宣カーの上に乗り、時には候補者の代わりとなって演説する。時には政党間の接着剤の役目を果たした。

参院選後、現職の泉田知事を応援すべく磯貝さんら市民が「おむすびの会」を立ち上げた。ところが泉田知事が撤退すると発表したことに衝撃を受けた。

県知事選挙の「対立候補」(泉田後継候補)擁立へ直接関わった政党は、7月の参院選にて共闘した政党のうち、社民・共産・せいかつ(自由)の3党と、新社会・みどり・市民でした。

民進や連合についてはそれぞれの事情もあるものと考え、悪いイメージを持つことなく、いつでも受け入れる構えでした。

いろんな人の名前が出ては消えた中、民進党を離党して米山隆一さんが立候補への覚悟を決めてくださいました。

私たちは、選挙戦へとのぞむこととなりました。まず「泉田知事の路線を継承する」という政策を掲げました。

市民運動サイドは、「新潟に新しいリーダーを誕生させる会」を選挙母体とし、市民の会が勝手連となって動くことになりました。

原発再稼働の争点が(急激に)明らかになっていきました。そのなかで、生活に関する政策を訴えることの重要性も感じていきました。「米山県政には明るい希望がある」ということを個々に広げていきました。

「新潟柏崎刈羽原発の再稼働問題」、そして「泉田知事の県政を継承する」というかたちで、争点が明確になりました。

今までの泉田県政を支持していた県民は不安を感じていましたが、(その不安は)一気に希望とへ変わりました。

立地企業を抱えながらも、経済と自分の故郷を天秤にかけた時に何を優先したいのか。立地県である新潟であるからこその結果であったと思います。

ということで、市民の側の論理は「反原発まずありき」ではなかったということが分かる。
そこには「泉田県政の継承」という論理がはさまれている。
ここに注目しなければならない。
おそらく市民運動家の目には、泉田前知事が不条理な形で降ろされたことへの怒りがまずある。なぜ降ろされたか、それは明らかに原発推進勢力の陰謀だ。
だから再稼働反対は、金権で政治を動かそうとするものとの対決のスローガンでもあり、東京の支配に対する地方の自治のスローガンでもあった。
だから、おそらく他の県ではとかく浮き勝ちな「再稼働反対」のスローガンが、新潟では県民の心にすっと入っていたのだろう。沖縄で「米軍基地撤去」のスローガンがオール沖縄の声になるのと同じだ。
同時にこのスローガンで闘うことは、新潟県知事選挙を全国区にしてしまう効果も持つ。だから、連合新潟の思惑を押し切る形で民進党の中央幹部が乗り込んだし、米山派に追い風が吹いたのであろう。
すなわち、「泉田県政の継承」ではなく「再稼働反対」のスローガンを押し出したことが情勢にジャストフィットしたのである。同時にそれが「泉田県政の継承」であるが故に、「原発だけではない」攻撃を有効に切り替えしたのでろう。逆に自公・東電・連合側には泉田県政を乗り越えるだけの政策がないから、「原発だけではない」攻撃は結局、「原発だけ」を狙いとする彼らの本音が明らかになるだけの結果となったと思われる。
「原発反対」と嘘をつき、あげくに最終盤の「県庁赤旗」攻撃の法定ビラは、彼らの無残な政策的・思想的崩壊を天下に晒す結果となった。

なお阿修羅では、悔しさいっぱいの新潟日報の記事が心ゆくまで見れます。新潟日報のサイトではひた隠しにされているお宝記事です。

心がなごむことこの上なしの文章です。


本日の赤旗一面はあまりニュースがなかったのか、「政治考 安倍政権4年」という解説記事。
見出しは「自公・補完勢力追い詰める 野党と市民の協力」というもの。中身は市民連合が1周年を機に開催したシンポジウムの紹介だ。
この中で鹿野文永さんという方の談話が紹介されていて、大変興味深い。鹿野さんは元宮城県町村会長という肩書だから、本籍は保守系の方だろうと思う。
この1年、市民革命的な動きの中で、3つの革命が進んでいる。
一つは、市民の側が政党を動かす180度の転換という意味での政治革命
さらに、「共産党嫌い」の風潮が少なくなり、共産党への親近感が生まれる思想革命
そして選挙も従来の政党組織、後援会、労組中心から自発的な市民の動きが進む、組織革命も始まった。
この流れは大きく逆戻りすることはない
とくに第二のポイントについては、「なるほど、そういう見方もできるのか」と感心しました。まぁ過去の経験から言えば、それほど簡単なものではないとも思うが…

「新潟の共闘」を語る座談会が赤旗に掲載された。

現場の当事者によるきわめて貴重な経験なので、真剣に学ぶ価値がある。

座談会の出席者は参院選で統一候補として勝利し、県知事選でも大いに奮闘した森ゆうこさん。市民連合@新潟の佐々木さん、共産党県委員長の樋渡さんの3人だ。司会を樋渡さんが務めている。

まず参院選についての教訓を森さんが語る。

1.統一候補擁立の重要性

市民連合が働きかけ、共産党が柔軟に対応した。これが統一候補を実現した。

ということで、真の意味の「統一」候補を擁立できたことが重要な勝因だ。これを森さんは

まずだいじな中間の 目標を、みんなで共有 できた

と表現する。

ポイントは、それが中間目標にすぎないということだ。大義名分選挙に終始してきた共産党は、ともすれば統一候補を擁立しただけで有頂天になる。「統一候補で勝つ!」というところまで見通さなければいけない。

そしてそのためには形だけの「統一」ではなく、「勝つぞ」という気持ちを共有することが、中間ポイントとしての獲得目標なのだ。

統一するために統一するのではなく、「勝つ」ために統一する。統一したからには「勝つ」ということだ。

ついで県知事選の話に移る。そこでサラッと言っている言葉がかなりズシっとくる。

知事選でも市民と野党の共闘を確認し合い、米山候補が立候補表明したのは、告示のわずか6日前だった。

ということで「わずか」という言葉は、そこまで出遅れてしまったということではなく、ギリギリまで討議を尽くしたという意味のようだ。そして最大の確認点は、この共闘が野党間の共闘ではなく、市民と野党の共闘 だということだ。

森さんは意外な言葉を語る。

前知事が立候補を断念してから1ヶ月あったので、いろんな準備をする中で、さらに絆と信頼が深まった。

つまり、候補者選びに四苦八苦したのではなく、どう団結するかを徹底的に話し合い、細部に至るまで盤石の体制を作った。その上で担ぐお神輿を決めたということだったのだ。


そこでは勝つための戦略を意思統一することが重要だったし、「それをやれば勝てる」という確信を共有 することが重要だった。

それができたから、

あそこまで一体感のある選挙ができることはめったにないですね

という感慨が引き出せたのだ。


2.初動段階での市民連合の役割は決定的

森さんの後、市民連合の佐々木さんが語る。

彼も最大の勝因として、目標の共有を上げる。

そして共産党の樋渡さんの発言。

一応各勢力の各勢力の役割を述べて敬意を評しているが、言いたいことはこの一点につきる。

勝利の要因は、まず森さんが定数1の選挙で勝つ方法を知っていたことです

相当の衝撃だったようだ。正直に、自分たちはこれまで、定数1の選挙で勝つ方法を知らなかったと告白している。

これでは勝てない。勝てないと分かっている選挙には、よほど奇特な人でないと乗ってこない。ヘタをするとこちらの身内まで持っていかれる。

ただ

共産党としては草の根で頑張らせていただきました。

と言うのは謙遜がすぎる。理論闘争や思想対決など空中戦では、グラムシの言う「集団的知識人」たる共産党は、他者の追随を許さない圧倒的な力を持っているからだ。


3.野党共闘の3つの段階

この後の話はかなり具体的・個別的になってくるので、要点をつかむのは難しいが、いくつか拾っておく。

おそらく第一段階が共闘のあり方で、これは市民連合の佐々木さんがかなり活躍した。

参院選時に全野党と連合も入った連絡調整会議をもうけた。これが共闘が発展する上での大きな組織的支えになった。これは全国的に発信しても良いと思う。

ということで、初動段階での市民連合の役割、とくに民進党・連合まで包み込んでいく上での役割は非常に大きいということが分かった。

第二段階が、候補者選びの段階で、ここが一番厳しい。とくに共産党外しの傾向が民進党・連合から絶えず持ち込まれてくる。このときに連絡調整会議というラウンドテーブル方式を支えに市民連合と民主党・社民党がかなりつっぱらないと、持って行かれるか逃げられるかする。最悪の場合は持ち逃げされる。

ここでは共産党は出る幕がなく、「ここいらが落とし所」と見れば妥協する他ない。

森さんはこう語る。

候補者が決まるまでの産みの苦しみをともに味わったからこそ、絆が深まった。時には言い合うこともあったけれど、仏の樋渡さんが抑えに回っていました。

「産みの苦しみ」を味わったのは市民連合と民主党・社民党であろう。「絆が深まった」のは、市民連合・民主党・社民党と共産党のあいだであろう。(民主党内の野党共闘派もふくむ)

「仏の樋渡さん」は、個人の資質もさることながら、基本的には仏にならざるを得なかったからである。

そして第三段階が、選挙で勝つための行動計画ということになる。ここはそれこそ各団体が、それぞれに持てる力を発揮することになるが、肝心なことは勝つという気構えと、これで勝てるという確信である。これは森さんの最初の言葉だ。

勤務先の江別市で「まんまる新聞」というタウン紙が無料で配られている。紙面の半分以上は広告で、「新聞仕立てにしたチラシ」みたいなものだが、存外市民には人気がある。
その理由は編集者の熱心さにあるようだ。
以下は、この間配られた「まんまる新聞」の一面下、天声人語みたいなコラム。この新聞には「社説」などという気張ったものはないから、けっこう編集者の「ジャーナリスト魂」が顔を覗かせる。

▼あ~あ、当選しちゃったよ。オレ政治やった経験ないし、困っちゃったなあ……
米次期大統領に“仮当選”(12月19日に今回選ばれた選挙人による正式投票で本決定)したドナルド・トランプ氏の心中をこんな思いがよぎったかも知れない。ほとんどのメディア・研究機関が予測していた大本命の前国務長官、ヒラリー・クリントン氏が敗れたアメリカの大統領選挙。この番狂わせの衝撃は世界中を慌てさせた

▼でも、一番慌てたのは当のトランプさんだったなんてことも…。トランプ政権の政策や人事・体制を決める政権移行チームに、長男、長女やその婿、次男など4人ものファミリーが名を連ねるというトンデモぶり。何だかドタバタしている。
旧態依然とした政治勢力とは一線を画して、アメリカを牛耳る支配者層に口出しさせない深謀遠慮なのか、それとも「父ちゃん困った。お前ら来て手伝ってくれ」つて家族を集めたのか。どちらにしても、芸能人めいた家族がぞろぞろ出てくるワイドショー的成り行きに、これが世界一番のアメリカか、とアッケにとられた

▼ヒラリーは、昔は豊かだったのに今は没落してしまった白人中産階級の支持を集めたトランプに敗れたといわれる。1%のスーパーリッチ(超富裕層)が99%の国民を支配しているというアメリカ。ヒラリーも莫大な献金を受けていて、金融会社のひとつ、ゴールドマン・サックス社で「御社からの支援を決して忘れません。どんな時も皆さんの要望を最優先します」などと講演したことが暴露されている。
政治が大資本にカネで買われてしまっている現実。トランプはそれを国民の手に取り戻す、富裕層からの献金も受けていないと言った。政治を買った大資本は人間を軽視し人々への分配を忘れ、利益だけを追って世界中に戦争とテロリズムを引き起こし、貧富の格差を広げた…

▼とはいえ、トランプも成金の大金持ち。白人にはいいが、さまざまに苦しむ人々の味方かと言えば問題が多い。いつ、本性を現すかも知れず、どちらにしても、鬼か蛇か…

なかなかの文章でしょう。
大手メディアの狼狽ぶりや投資家のはしゃぎぶりとはまったく違う、草の根ジャーナリズムの気骨が読み取れるんじゃありませんか。

呉への空襲は映画の通り何回も繰り返し行われている。とくに7月末、広島への原爆投下の直前は執拗で、広島の原爆投下作戦へのカモフラージュだった可能性もある。呉市民にとっては、ほとんど「慣れっこ」になっていた。

呉戦災を記録する会 によると、

1945年

3月19日午前7時20分 アメリカ海軍の第58機動部隊約350機が、呉軍港への空襲。3時間半にわたり波状攻撃。この時港内には大和など戦艦3隻、空母5隻などが停泊していたが、多くは小破ないし軽微にとどまった。

GunkanHaichi319

呉の戦災より転載(大和は2月28日には停泊していたが、この日は広島湾に退避していた)

3月27日 対日「飢餓」作戦が開始。沖縄上陸作戦を前に、海上補給と応援部隊の派遣を阻止するため、下関海峡、呉及び佐世保軍港、広島湾にパラシュート機雷を投下。

5月5日 B-29約120機、隣接地域の広地区海軍工作庁(広工廠)を空襲。

6月22日午前9時30分 162機のB-29が呉軍港内の呉海軍工廠の造兵部(兵器工場)に空襲。1時間余の爆撃により造兵部は壊滅するが、造船部はほぼ無傷で残される。
海軍工廠では勤労動員の学生を含む約10万人が働いており、少なくとも400人以上が犠牲になったが、新聞には「死者1名もなし」と報道された。
隣接する宮原・警固屋地区、また安芸郡音戸町にも爆弾が降り注ぐ。映画ですずと晴美が空襲に遭ったのはこの時のこととされる。

7月2日0時 B29約150機による呉市街地の戦略爆撃。2時間で16万発の焼夷弾を投下。約337ヘクタールが焼失し、12万5千もの人が家を失う。

7月24日~28日 ポツダム宣言受諾を迫る「対日集中作戦」の第一陣として、5日間にわたる呉沖海空戦がはじまる。のべ1845機の艦載機が攻撃に参加。

7月24日 土佐沖の空母から飛び立った艦載機約870機が、呉軍港内艦艇を中心に爆撃。沖縄伊江島のアメリカ陸軍航空軍も参加する。

7月25日 B29・B24約110機が、港内艦艇を爆撃。

7月28日 第38機動部隊約950機が来襲。戦艦3隻が沈没、空母5隻が沈没ないし大破するなど、ほぼ全ての艦が航行不能となる。

7月29日 呉市民の犠牲者は2062人、軍関係者の死者数は不明。

8月6日 広島に原爆投下。

8月8日 福山に大空襲。

呉 空襲の記録

本日は この世界の片隅に  という映画を見てきた。

アニメ映画で、なんというジャンルと言って良いのか分からないが、とにかく戦時中に呉を襲った空襲を背景とする広い意味の反戦映画だ。

日常をたんたんと描くことで、そこに突然割り込んでいる凶暴な力が浮き彫りになる。

しかしその日常たるや、本当の日常ではない。男がどんどん連れ出され、モノがどんどんなくなり、飢えが当たり前となる日常だ。

その「非日常」を日常化し、取り込みながら生活を作り上げていく、そういう生活の最終的帰結として、空襲は必然的だった。

登場人物たちにはもちろんそのような自覚はない。

自覚するのはこの映画を見た観客たちだ。

もう一つ、その日常は我々戦後世代が経験した時代より遥かに豊かな時代なのだ。

生活必需品は確かに欠乏していた。しかし建物は遥かに立派だし、文化は遥かに豊かだった。子供時代「良いもの」といえばすべて戦前製のものだった。

我々が「豊かさ」を実感するようになったのは、我が家にテレビや電話や電気洗濯機が入るようになってからだ。

しかしその頃もまだ、家そのものは戦前に遥かに劣るウサギ小屋だった。

私はこの映画を見て、空襲が日本の何を破壊したのかをもっと分析すべきだろうと考える。と言うか、軍国主義によって破壊された国民生活が、最終的に崖から突き落とされた時、そして都市機能の全てが失われた時、その責任分担をもう少し明らかにしておいたほうが良いのではないかと考えている。

それにしてもこの映画、マット絵の美しさを除くとあまり記憶に残らない映画だな。何か微妙なずれがある。我々には戦無派に伝え残すべきものがもっとありそうだな。

それはなんだろう。あからさまに表に出すのでもなく、誰にというのでもないが、一種の「憤り」かな。


共産党大会決議案の感想

サラリと読んだところでの感想を、思いつくままに書き綴ってみる。

「いままではどうだったかな」と思うくらい、今回は素材提供的な性格の強い議案だ。情勢は反核→反戦・平和→政治→経済→暮らしと並べられ、それぞれの分野での主な出来事が並び、評価が述べられる。

評価については、これまでの闘いの中でかなり理論化された部分もあれば、箇条書き的な部分もある。正直に行って未だ思いつきのレベルを出ていないところ(グローバルな課題解決への5つの提案)もある。

大会決議という性格からして、これまで積み残してきたいくつかの理論的課題、長期戦略などの解決が必要であり、これから大会までの間に熱い議論が展開されることを期待したい。

理論的課題について

1.デモクラシーをもっと打ち出すこと

シールズが「デモクラシーってなんだ」「これだ」とやっていたが、デモクラシーはたんなる手続き問題ではない。「デモクラシー」の思想、あるいは「新しい民主主義」の思想をもっと打ち出す必要があると思う。

それはこれからの「下からの運動」を作り上げていく上でキーワードになると思う。

だから「共産党はデモクラシー(新しい民主主義)をこう考える」という打ち出しが強烈に必要だと思う。そうするとデモクラシーの運動をすすめる上で立憲主義の位置づけも鮮明になるのではないかと思う。

その辺を展開した上で、第1章の最後の段落

立憲主義、民主主義、平和主義を貫く新しい政治、すべての国民の「個人の尊厳」を擁護する新しい日本への道を開こう。

立憲主義、平和主義を貫く「新しい民主主義」の政治、すべての国民の「個人の尊厳」を擁護する新しい日本への道を開こう。

に変更してはどうか。

2.不寛容と力の政策に警鐘を鳴らすこと

国際情勢でいまみんなが一番不安に思っていることは、不寛容の気分が広がっていることである。

もちろん不寛容の気分が広がっている原因は明らかであり、経済格差の拡大と民衆の貧困化である。

それをもたらした多国籍企業との闘いがまず必要だ。TPP反対の闘いもその重要な一つとして位置づけられる。

もう一つは力の政策(先制攻撃症候群)を国際対話と国際連帯の力で封じ込めることだ。そのさい、国家主権の尊重を何よりも重視すべきである。

不寛容の気分と力の政策が結びついたとき、それは恐ろしい破壊力を生じる。支配者は不寛容の気分と力の政策を結びつけようと狙っている。

ただ今日生じている不寛容は、必ずしもファシズムと結びつくものではない。我々は「深部の力」に信頼を置かなければならない。この辺は少し書き込む必要がある。

力の政策反対、多国籍企業の横暴反対の行動が不寛容の気分と結びつくとき、それは革命的な力を発揮する可能性がある。

したがって、今一番もとめられていることは力の政策反対、多国籍企業の横暴反対の運動の展望を、より豊かにかつ具体的に指し示すことではないだろうか。

3.「中間層」の考え方を大いに発展させよう

日本の格差問題を、〝富裕層への富の集中〟、〝中間層の疲弊〟、〝貧困層の拡大〟の三つの視点からとらえると、次の特徴が浮き彫りになる。

というくだりが注目される。

中間層という言葉はオバマが使いだしたことから急速に一般化した。所得分布曲線の中央値あたりにいる人々を指すと思われ、まさにマジョリティーを形成する。

中間層という言葉にかつての「動揺するプチブル階級」のイメージはない。古典的な階級概念は、富裕層が1%にまで減少したために有効性(実践的な)を失った。

中間層概念はこれからの運動に有効だと思う。「新しい民主主義」の担い手として、さらなる概念展開がもとめられる。

4.あらゆる非暴力的手段を使って国を守る

自衛隊に関する方針は、じっくり吟味する必要がある。決議案は誤解を受ける表現を含んでいるので、再検討が必要だろう。

急迫不正の主権侵害や大規模災害など、必要に迫られた場合には、自衛隊を活用することも含めて、あらゆる手段を使って国民の命を守る。

「急迫不正の主権侵害」については相当の議論が必要だろう。字面だけ読んでいくと、「あらゆる手段」とは自衛隊の活用、すなわち戦闘行為もふくまれてしまいかねない。

もちろん「急迫不正の主権侵害」の想定はしなければならないが、安倍首相がやったような「安易な想定」は禁物である。

とりあえず、以上

あの新潟県知事戦からわずか1週間、野党共闘は燃えに燃えて補選も勝ち抜くかと思われたが、そうは問屋が卸さなかった。
しかしよく考えれば東京は連合の最大・最後の拠点だ。民進党都連は悪の巣窟だ。
彼らは負けることに全力を傾けた。負けることによってこそ、彼らの身の安泰が図れるからだ。もし勝ちでもすれば共闘派が一気に力をつけ、民進党を乗っ取ってしまうからもしれないからだ。
過去数回の都知事選挙で東京の民進党の立場はきわめて明らかだ。野党共闘の立場に立ったことなど一度もない。それどころか自民党との連合で民主勢力に対抗する道しか選んだことはない。
これは自民党も同じで、東京都の持つ豊かな財政基盤にしゃぶりつくことしか考えていない。つまりは「都庁たかり」党として、都庁マシーンの歯車のひとつなのだ。
民進党は「連合党」=経団連マシーンでもある。連合がどんな役割を果たしているかは、新潟県知事選で白日のもとに晒されたが、実はその前の参議院選挙でも徹底して野党連合潰しに回っていたのである。それは関西より西では成功した。
民進党の基盤が弱い地域では、なかば公然と野党共闘は否定された。たとえ民進党が一定の基盤を持っているところでも、都道府県の利権がらみのしがらみに絡め取られているところでは同様の現象が起きた。
以前革新勢力が強いと言われていた大都市圏で、意外に野党共闘が伸びないのはこれによるものであろう。
総じて言えば、民進党が野党共闘の側に一方踏み出せないでいるのは、経団連=連合の縛りと各自治体での利権の縛りがあるからだろうといえる。
ここにヒビを入れ、裂け目を広げ民進党の本体をこちらに持ってくるのは容易な仕事ではない。しかし参議院選挙や新潟県知事選挙でも示されたように、決して不可能な仕事ではないのである。
目下野田幹事長を先頭に仕立て、猛烈な反共闘勢力の巻き返しが始まっている。しばらくは強烈な綱引きが続くのであろう。
ただ、権力がいつまでも民進党を自らの下に引き止めておく訳にはいかない。彼らは一度は二大政党制を構築しようとして断念したのである。それが不可能であること、可能であるにしてもきわめて危険なことを悟ったからである。
彼らは民進党を捨てた。民進党は捨てられたことを知っている。真面目な中核党員は、経団連の後ろについて言っても、その先に未来はないことを悟ったはずだ。
我々はもう少し耐えなければならない。野党共闘の側に民進党を持ってこようとする人々を支援しなければならない。同時にその思いを市民集団と共有しなければならない。



反原発知事の当選の意味

これは大谷の165キロ以上の意味がある。なぜなら、勝ったのはファイターズではなく我々だからだ。

米山候補は「反原発」をうたったわけではない。しかしその勝利は柏崎原発を事実上不可能にするほどの力を持っている。

この選挙を「原発再稼働」の是非を問う県民投票にしてしまったのは、自民党だ。

途中から「ヤバイ」と見て、原発隠しに懸命となったが、そもそも再稼働に向けたロードマップの最終仕上げに位置づけた選挙だから、方向転換が効く性格のものではなかった。

そもそも自民党県連に闘う気がない。泉田知事を担いでいたのはほかならぬ自民党県連である。

その県連の幹事長を力づくで引きずり下ろして、「さあ闘え」と言っても無理がある。しかもそのやり口が「謀略」に近い世論操作であるから、とても戦う気にはなれない。

敗北の責任を問われるのは菅官房長官であろう。「電力業界などオール日本で対抗する」という「オール日本体制」は自民党、財界、それに首相官邸なのだろう。

今後菅官房長官の責任を問う形で、首相官邸の横暴に対する批判が吹き出さないとも限らない。

菅官房長官は記者会見で「地方の首長の選挙であって、政府としてコメントは差し控えたい」と語った。そうなんだ。そもそも政府は介入してはいけないんだ。

「今後の国政選挙への影響について「そこは全く考えていない。ないと思っている」と述べたが、ないわけがない。第一、行政担当の官房長官が答えるべき質問ではない。


各界からの反応が報道されている。かなりニュアンスの違いが浮き彫りになっている。

泉田追放→新知事→柏崎再稼働の策動の震源地である経団連の榊原会長は、頭に血が昇ったか、この選挙が原発選挙だったことを公然と明らかにしたうえで、不届き千万な干渉発言を言っている。

新潟県民が選択されたことだが、…原子力発電所はエネルギー政策や地域振興などいろいろな意味で意義がある。東京電力は、しっかり安全対策を行い、そのうえで県民に理解を求めることになると思う。
新しい知事は再稼働に慎重な姿勢だが、冷静な判断をしていただき、原発の安全性が確信できれば稼働の方向で進めてほしい。

ということで、論理もへったくれもないハチャメチャ戦闘継続宣言だ。「必要だ、安全だ」の掛け声ばかりが虚しく響く。後は「アメが欲しいか、ほらやるぞ」でしょ。

ただ、政府・自民党としても原子力ムラの再稼働原理主義者には今後距離を置かざるを得なくなるだろうし、経団連内の力関係にも影響がおよぶ可能性はある。

前の米倉同様、榊原も外様で成り上がりだ。日米同盟路線をゴリゴリと推し進めることで会長の座を確保しているに過ぎない。強面経団連が内外の批判を浴びるようになったとき、彼らの命脈も尽きるだろう。

今度の勝利の一番の意味は、菅官房長官が呼号した「オールニッポン」体制への国民の強烈なカウンターパンチだ。この効果は、これからしばらくのうちにさまざまなひび割れとして出てくるだろう。注目だ。


なお、民進党と連合のひび割れは今に始まったことではないし、それほどの重要性もないが、気持ちのよいものだ。

野田佳彦幹事長は周囲に「(蓮舫氏が)行くと言っても止める」と語っていた(毎日新聞

らしいが、連合から派遣されたお目付け役らしい、いかにもの風景である。

この記事はどうも出処がはっきりしない記事で、記事の内容もほとんど憶測ばかりなので、ためらうが、記事の内容はしっかりしており、執筆者の名も明らかにされている。

一応紹介しておくことにする。

LIERAX というサイトの

新潟県知事“出馬撤回”の真相はやはり再稼働狙う原発ムラの圧力?
新潟日報ではなく官邸が揺さぶり説

という記事。9月14日のアップとなっている。

1.新潟日報の陰謀説

原子力ムラが新潟日報に広告を出し、その見返りに泉田知事の再選を阻止するためにフェリー購入問題を仕掛けてきた

というのが泉田側の見方だ。

2.真相はスキャンダルではないか

新潟日報が08年に原発追及キャンペーンで新聞協会賞を受賞するなど、もともと原発に批判的な報道を展開していること。

原発ムラに利用されて泉田バッシングを仕掛けるとは考えにくい。

永田町では、泉田知事の出馬撤回はフェリー問題とは別の理由があったのではないか、という見方がささやかれている。

昨年くらいから、原発再稼働をもくろむ自民党、官邸、地元財界、東京電力が一体となって、泉田氏に知事選に出馬をさせないように“泉田おろし”に動いていた

「それも、新聞や週刊誌が取材に動いたということでなく、官邸もしくは自民党が6月ごろ、関係者を通じて泉田知事にスキャンダルの存在をほのめかしたのではないか、と言われています」(前出・全国紙政治部記者)

たしかに過去にそういう事例もある。

福島第一原発をめぐっては、プルサーマル導入に強硬に反対していた当時の福島県知事・佐藤栄佐久氏が、東京地検特捜部に収賄容疑であまりに不自然なかたちで逮捕され、司法記者の間でも“明らかな国策逮捕”という声が上がった。

3.メディア包囲網の形成

原発ムラは検察や警察にもネットワークをのばしている。原発に批判的な研究者やメディアへのこれまでのさまざまな圧力を考えれば、今回もこうした工作が行われた可能性は非常に高い。

東京電力は、15 年4月に「東京電力新潟本社」を設立し、東京本社からメディア担当を集結させた。

新潟で放送される民放各社に複数のCMを復活させている。雑誌や広報誌、そして全国紙の新潟県版にも広告を出稿するなど原発マネーをバラまき、“メディア包囲網”を着々と築いている。

泉田氏の出馬撤回で森民夫長岡市長に一本化され、森氏が知事に当選すれば、ほどなく柏崎刈羽原発が再稼働されることになるだろう。原発ムラの巨大な闇の前に我々はなす術がないのだろうか。

と、まぁ、憶測ですな。佐藤栄佐久知事の逮捕事件との類推が柱になっている。しかし、「殺される話」は泉田氏本人が語っているのだから、まんざらありえなくもない。しかしこれも目下のところは憶測にすぎない。

とにかく選挙に勝つことの重要性は、原発の他にもいろいろあるということだ。

次が10月11日付、つまり本日の記事

出処はなんと勇名を馳せた「新潟日報」だ。

見出しは

連合新潟 黒岩氏の会合出席認めず 知事選対応を問題視 

というもの

連合新潟は、民進党県連の黒岩宇洋代表を連合新潟の会合に出席させないことを決めた。

県連が「自主投票」を決めたにもかかわらず、民進党衆院新潟5区総支部長だった米山隆一氏が他の野党3党に擁立されて出馬する事態を問題視した。

新潟日報は残念がっている。

県連の対応次第では、米山氏を民進党主導で擁立できる可能性もあっただけに、県連執行部の不手際が際立つ形となった。

何をおバカなこと言っているんでしょう。この期に及んで。

しかし事態は新潟日報の思いとは逆方向に進行している。

民進党は自主投票ということで、議員が勝手に米山で動き始めた。自主投票だから止められない。だから連合は組織として森支持の旗幟を明らかにした。これって連合内の民進党員にとっては党議違反じゃないのだろうか。

日刊ゲンダイではこう書かれている(日刊ゲンダイですけどね)

なりふり構わぬ慌てっぷりは、野党共闘に砂をかけ、自公と一緒に森氏を支持した連合新潟も同様で、後方支援のはずが、会長自ら応援演説でマイクを握っている。

週明けは「赤旗」のまとめ読みから始まる。

新潟県知事選挙が佳境を迎えたようだ。

志位さんが新潟駅前で応援演説を行っている。

その中で注目されたのが、自民党の新潟県連が「原発の再稼働を求める決議」を上げたという発言だ。

これは大変深刻かつ重大なものであり、事実関係を調べておく必要がある。なぜなら、自民党の森候補は「(再稼働には)毅然とした態度で臨む」、「安全に確信がなければ反対と言う覚悟はある」と言っているからだ。これは完全な食言になる。

もう一つ、これは月曜の一面記事だが

危機感を強めた自民党の二階幹事長は、日本経団連との会合で「電力業界などオール日本で対抗する」と表明。

したとのことである。

これは政府と経団連、電力村(連合もふくむ)が一体となって柏崎再稼働に全力をあげるという宣言である。これも大変深刻な問題だ。

私も大した仕事はできないが、この点で警鐘を鳴らすことくらいはやっておこうと思う。


みんなで決める会」のページに、新聞の切り抜きが転載されてある。

どこの新聞なのか、いつの新聞なのかがわからない、大変困った記事なのだが、一応引用させてもらう。(多分8月中旬、どこかの新聞の新潟地方版)

niigatakenrenn

自民党県連は12日の県連大会で、原子力規制委員会の審査を前提に東京電力柏崎刈羽原発の再稼働を求めていくことを決議した。
再稼働へのスタンスをはっきり示したのは東電福島第1原発事故後初めてだ。

12日の大会では決議案が読み上げられ、異議はなかった。

ベテラン県議は「県連は、原発の再稼働を語らない知事と一線を画しているんだと、国や党本部に対してアピールすることにもなる」と語る。

ただ、所属県議の思いはなお複雑だ。ある県魏は「まだ県連内で意見がまとまっていないのに突然すぎる。党本部と地方では事情が違う」…と危機感を募らせる。

ということで、「自民党新潟県連が組織を上げて再稼働を求めた」というのは紛れもない事実だ。さらに底には、自民党の党本部が決議の採択を押し込んだ事情が見え隠れしている。

で、新潟県連はというと、これも相当厳しい攻撃を受けたようだ。県連大会の10日前という時点で、新潟市議会の自民党が県連に申し入れを行った。内容は1.県知事選で泉田知事を推薦しない、2.星野県連会長は参院選敗北の責任を取り辞任せよ、というものだ。

泉田非推薦の理由は「日本海横断航路」問題で、新潟日報と平仄を合わせている。これが県連大会を念頭に置いた攻撃であることは明らかだ。

森ゆうこ参院議員はこう演説している。

私たちは泉田知事を守り切れなかった。泉田抹殺計画があった。・・・自民党新潟県連幹部に官邸が『まず知事を変えろよ』と迫った。

こうして点と天とを結び合わせていくと、見事な「泉田追い落とし+原発再稼働」の行程表が浮かび上がってくる。そのウラには「オール日本」派の意向が透けて見えるというものだ。

この背景のもとで泉田知事の謎の発言も解釈される。

僕は自殺しませんから!
遺書が残っていても自殺ではない!
命をかけて国・東電と対峙する!
自殺なんて事になったら
絶対に違うので調べてください!


新潟県知事選挙の怪

民進党が新潟県知事選挙で自主投票に回ったそうだ。

理由がさっぱりわからない。候補の米山隆一さんはれっきとした民進党員だ。

それでもって、いったんは米山さんは立候補を断念したか、他の野党や市民勢力からの強い要請を受けて立候補の決意を固めたという。

とにかく戦えば勝てる見込みがある選挙だ。先日の参議院選挙でもそうやって勝利している。つまり民進党は勝つのが嫌だということだ。

さらに記事を読み込んでいくと、民進党県連は棄権という形で事実上自民党候補の当選を欲しているようだ。だから米山さんは離党しての立候補という形になった。

この選挙は民進党が新執行部になって初めての重要な選挙になる。最初から不戦敗と自民党の不戦勝を選択するようでは新執行部の鼎の軽重が問われる。


とにかく情報を収集して見る必要がある。

最初はIWJ independent Web Journalの記事から。

*今回の判断は県連のものだとされている。新執行部は結果としてそれを追認したらしい。

*路線変更の理由は詰まるところは原発のようだ

*民進党執行部の基本は「原発再稼働については、再稼働はしつつ、国も責任を持って避難計画を提示するという中で再稼働を考えていく」というものなのだそうだ。

地方独自の特性もありますし、事情もある。国会の中では、安倍自民党と対峙しながら、各地方においては実情を踏まえながら対応する。

*新執行部は県連の意向を尊重する。東京都知事選では旧執行部が候補を差し替えたが、その路線はとらない。

同じサイトの別の記事 前回統一候補として参議院選挙で当選した森ゆうこさんが語っている。

参院選では野党連携の選対の一体感がすごかった。その選対の強いきずなと一体感で、このたびの知事選に臨む

ということなので、おそらく民進党は割れるだろう。

そもそも泉田知事が任期半ばで辞任した理由がわからない。どうもウラで動く勢力がありそうだ

同じサイトの別の記事 8月末のものである。

新潟県の泉田裕彦知事が8月30日、新潟日報の報道への不満を理由に知事選への出馬取りやめを発表した。

 泉田知事は知事選への出馬を取りやめた理由として、「日本海横断航路問題」(県の第3セクターの船購入トラブルをめぐり、県の関与を追及する新潟日報の報道)を挙げ、「憶測記事や事実に反する報道」と指摘。「このような環境の中では、十分に訴えを県民にお届けすることは難しい」と説明した。

これではさっぱりわからない。泉田さんの説明は辞める理由になっていない。

この記事には続きがある。ただ正直、噂話の域を出ない。一応いくつかの説を挙げておく。

地元紙からの攻撃だけでなく、新潟県内では“泉田包囲網”が出来上がっていた。今月には泉田さんと近い自民党県議が県連会長を辞任している。泉田さんは嫌気が差したようです

*東電は新潟日報に最近全面広告を5回も出しているそうです。一回1000万円とか。知事の撤退が発表されて東京電力の株価が上がっている(テレビ新潟)

*私が引くことで新潟をどうするか、原発にどう向き合うのかという純粋な議論ができる(引退記者会見)

なおこの記者会見での、泉田知事の最後の発言は非常に感動的である。ぜひ全文をお読みいただきたい。(このサイトはそのために紙面を無償公開してくれています)

ということで、泉田さんがやめた理由は薄々見えてきた。

1.まず自民党県連の外堀を埋めた(夏の陣)。それが8月末の県連会長の辞任という形で完了した。

2.その上で泉田知事への直接攻撃を開始した。これは2つのねらいがあって、ひとつはスキャンダルに仕立てることによって泉田の首を取ろうということ、もう一つはこれを争点化することによって原発を背景化しようというものだ。

3.そこで泉田知事は死に体となった自分の首を差し出すことで、攻撃の芽を摘み取り、原発そらしを回避しようとした。

ということになる。

話は前段までだが、いったん文章は閉じる。

ただここまで分かると、東電の圧力がここまで来ているとすれば連合にも同じ圧力がかかっていると見なければならないだろうと思う。




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