鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

13年4月、ぷらら・Broachより移行しました。 中身が雑多なので、カテゴリー(サイドバー)から入ることをおすめします。 過去記事の一覧表はhttp://www10.plala.or.jp/shosuzki/blogtable001.htm ホームページは http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」です。

カテゴリ:03 日本経済 > A 日本経済/対米従属

カジノ法がひどいことになっているのだが、反対論の中にアメリカからの圧力を指摘した文章が少ない。
下記は赤旗からの引用だが、だいじな情報と思われるので紹介しておく。
要するにカジノとTPPは同根なのだ。その上にトランプの登場があって、ますます激しく尻尾を振っているわけだ。実に見苦しい。

これはTPP、とりわけISDS(投資家対国家紛争解決条項)の解釈をめぐっては死活的な課題となる。
この点に関して共産党の山添参院議員が鋭い質問を行っている。
TPP ISDS訴訟・損害賠償の実例  山添拓
11月16日でやり取りが視聴できる。(ただし、このYou Tubeには下記のやり取りはない)
条約だから、国内の司法を越える部分があるのは当然ではあるが、利害が真っ向からガチンコしたときどうなるか。
これが大問題になっているのがエクアドルで起きた出来事。
エクアドルで石油採掘を行っていたシェブロン社が不採算を理由に撤退した。それまでアマゾンのジャングル地帯で原油を垂れ流し続けていた。いまも環境汚染は続いている。これに対しエクアドルの地方裁判所が損害賠償を命じる判決をくだした。
シェブロンはこれを不服として国際仲裁裁判所に提訴した。仲裁裁判所はシェブロンの訴えを認めエクアドルの地裁判決を無効とし、効力の停止を命じた。これが認められると、エクアドル政府はシェブロンの撒き散らした環境汚染の尻拭いをしなければならなくなる。それどころか、シェブロンは不当に訴えられたことに対する高額の賠償金をエクアドル政府に要求している。
なんとも理不尽な話だ。
山添議員は日本において同様の事態が起きた場合、政府としてどうするのかを問いただした。
石原TPP担当相の答弁は明確だ。
条約を遵守する立場から、仲裁判断に従う
ということだ。つまり日本の司法権は国際仲裁裁判所の判断に対して劣位に位置づけられるということだ。これが最高裁の判決であっても原則は変わらない。
金田法務大臣は、異なる見解を、控えめに述べた。
日本政府が仲裁判断に従わず、投資家が強制執行をもとめた場合、国内裁判所が「公序良俗違反」などを理由に仲裁判断を覆すこともありうる。
間に立った岸田外相は次のような見解を述べた。
国際仲裁裁判所の仲裁裁定の趣旨と、国内裁判所の判断の双方を踏まえた代替的な対応を図る。これにより、ISDS手続きを無意味にしないようにする。
一見、中立的な意見のようだが、最後の結論は「ISDS手続きを無意味にしない」ことであり、そのために「代替的な対応を図る」ということだ。つまり石原担当相と基本的な立場は変わらないことになる。

この見解がもたらすのは多国籍企業の乱訴だ。現に世界中で起きている。そのうちのいくつかは彼らの勝利に終わっている。
これに対して国内の司法判断は無視され、国家の独立の柱である司法の独立は否定されることになる。
きわめて重大な発言であり、しかも閣内不一致である。統一見解が必要だ。

これも社会面の記事。
「カジノ合法化“早く”  露骨な介入の意見書」と題されている。
内容は在日米国商工会議所がカジノ法案の早急な成立をもとめる意見書を出したというもの。
この在日米国商工会議所(ACCJ)は日米経済摩擦でお馴染みの組織。米企業・政府の尖兵として先鋭な要求を突きつけてくることで名を知られている。
まず骨子から。
* カジノの規模について制約を盛り込まない
* カジノ総収入に対する税率は10%を越えないものに
* カジノ・ギャンブルは消費税の対象から外す
* 入場料は課さない
* 24時間、年中無休の営業を認める
* カジノでのクレジットサービスを可能に
これだけでもじゅうぶん頭にくる。
さらに解説を読んでいくと、ますます血が登ってくる。
* (進出するカジノ企業のために)アジア各地のカジノ施設との比較でより利便性の高い法規制の枠組みを構築することが大変重要である
* カジノの規模に関して恣意的な制約を法規制に盛り込んではならない
* 東京、大阪など人口密度の高い地域では複数のカジノ施設の併設も認めるべきである。
* 日本国民は入場料のかからないパチンコ・競馬・競輪など多数の選択肢を有している。したがってカジノの入場料徴収は反対する。
* (ギャンブル依存に対する規制の)法的試みは、ギャンブル依存を撲滅するという政策目標を達成することはできない。無責任なギャンブルに興じる少数者を守るために全訪問者のギャンブルを制限することは、逆効果となりかねない。
中身の酷さもあるのだが、根本的には日本人を対等の人間としてみていない、その横柄で高飛車な態度が胸糞悪い。彼らは故国では、故郷では、このような言葉を絶対口にしないと思う。
思うのだが、彼ら米国人が日本でどんなことを言っているのかを、故国で宣伝してやれないものか。

これは安倍首相の言葉だ。思わず目を疑う。
12月5日の英「エコノミスト」誌のインタビューでの発言。
* TPP交渉の参加国のなかで、私がもっとも強力に交渉を推進している。
*今年の日米首脳会談でも、交渉担当者に柔軟になるよう強く支持をした。だからこそ、早期の妥結は実現するだろう。これは強い決断だ。
*いまの交渉は全体として容易であり、最終段階に達しようとしている。
「TPP反対、自民党ウソつかない」と語ったあの舌はどこに行ったのだろう。これだけ誇らしげに、国民に嘘をついたことを自慢するような人物は、人間としての資質を疑わざるをえない。CTとったら前頭葉空っぽなのではないか。

井上議員の質問で提示された自民党のポスター。質疑応答は下記のアドレスで閲覧可能である。
https://www.youtube.com/watch?v=7Ouad-t0KWU
ウソつかない TPP断固反対 自民党
若干字余りだが、みごとな川柳ともとれる。

TPP_イノウエ
このポスター、次の選挙ではそっくり共産党のポスターに拝借してもよいだろう。

日経で行っている輸出が伸びない三要素が、時間の経過とともにかなり怪しくなってきた。
それとともに、「やはり日本の輸出競争力が落ちていることが最大の原因ではないか」という声がだんだん強くなってきている。

もしそうだとすると、TPPに参加することはまったく意味がない。関税が下がるのはせいぜい数%である。円が2~3割低下しても、輸出が回復しないのに、この程度の関税引き下げで輸出が伸びるという根拠はなにもない。

むしろ輸入増と貿易赤字に拍車がかかるだけだ。

「検証 TPP交渉」という連載、あまりまじめに読んでいなかったが、土曜の最終回、ISDに絡んで投資紛争解決国際センター(ICSID)の話が載っていた。

すみません。ISDについては聞いていたが、その裁定機関については知らなかった。

これは世界銀行のもとにある組織で、ISDの約6割を扱っている。
2012年度年報というのがあって、これによると

仲裁人、調停官など131人の国籍は米国が最多の19人、次いでフランス12人、英国9人と欧米などの先進国が96人を占めます。

とあって、「ふーん、なるほどね」と思っていたら

日本人は一人もいません。

となった。

思わず「えっ?」だ。そういえばドイツもリストにない。先進国というよりは、英・仏語圏の独占ではないか。

記事は続いて、NAFTAのISD実績に関するアメリカのNGO「パブリック・シチズン」のレポートを紹介している。

企業対政府の紛争で、政府の敗訴は米国ゼロ、カナダ6件、メキシコ5件。カナダ、メキシコを提訴したのはすべて米国企業です。

ただ話の筋はちょっとつまみ食い的で、これがICSIDによるものかどうかは分からない。
もう少し客観的で正確なデータを提供してもらいたいところだ。

ソウル発の時事通信の配信記事

在韓米軍当局者の発言

過去数カ月間、安倍首相が語ってきたことをすべて読んだ。
率直に言って(安倍首相は)地域にとって無益だ。

具体的にいえば、憲法の改正、特に9条の改正は非生産的だ。
少なくとも、東アジア地域でそういうふうに受け取られるおそれがあることは明白だ。


記事は、「米軍当局者が日本の憲法問題に明確な立場を示すのは異例」とコメントしている。そりゃぁそうだろうね。軍が政治に干渉するのはご法度だからね。

同じことはアーミテージも言っていた(2013年5月13日記事「アーミテージまで批判」)
解釈改憲で集団的自衛権を認めてくれればそれで十分だと言っていた。

つまり米国の権力そのものが「安倍叩き」を始めたということになる。こうなればクローン病が再発するのも時間の問題だ。

つまり、安倍首相の狙う「日本型ファシズム」の実現は、日本の世界からの孤児化、「ABCD包囲網」の再現を条件としてしか実行できないということだ。

先日の安倍首相の訪米と国連総会出席は、その派手なパーフォーマンスが大々的に報道された。
その中身すら「右翼の軍国主義者」とみずから公言するほど、おろかで唾棄すべきものであるが、そのニュース・ヴァリューはそこにはなかった。

今回の訪米で最も注目すべきことは、日本の首相がわざわざ訪米したにもかかわらず、米大統領と会見すらできなかったことだ。
これまでの外交の常識を明らかに踏み外している。そして踏み外したのは明らかに米国側の意思だ。
米国は、日本の首相に恥をかかせるという形で、日本に対する嫌悪感をあらわにしたのである。

もっとも、2月にも訪米した際、オバマ大統領から、共同記者会見も晩餐会も用意されないという異例の「冷遇」を受けている。
この時は「従軍慰安婦」問題に関する言動が理由となっており、逆に朴大統領は議会での演説など異例の厚遇を受けている。
安倍首相はこれがトラウマとなって、「右翼の軍国主義者と呼びたきゃ呼べ!」とケツをまくったのであろう。


中国との関係で、日本の支配層のあいだでは「日米同盟」に対する期待がますます高まっているが、そうすればそうするほど、米国側は「あまり近寄らないでくれ。お前はただの友達にすぎないんだ」という関係になっている。

一方で、米国の代紋をカサに着た日本の横柄な態度に、イヤ気がさしている。このままでは米国の評判まで悪くなってしまう。どこかで一度キツイ釘を差さなければ思っていたところだ。

これで、安倍首相は外交的には相当追い込まれたことになる。韓国にも行けず中国にも行けず、米国からは門前払いされ、世界の孤児にすらなりかねない。

そうやってまた、戦前の軍国主義の道に戻ろうというのだろうか。それはもはや不可能だ。

著作権がよく分からなくて、ネットで少し調べてみた。

ウィキペディアはさっぱり分からない。知的財産権とか知的所有権の一部だということになっているが、言われりゃそうかもしれないが、小説や音楽の世界と、製品特許やノウハウの世界とは別物だと思う。きちっと住み分けしないと、かえって問題を混乱させるのではないだろうか。

疑問は二つある。

一つは、本人に属する権利なのになぜ子や孫まで権利を享受するのかということ。

二つ目は、著作権というのはそもそも所有権なのかということ。

たしかに著作権を持っていれば、打出の小槌みたいなもので、何の苦労もせずに金が転がりこんでくる。一種の錬金術のマシーンみたいなものだ。しかしそれは本質的に属人的なもので、売り買いできないのではないのか? 子孫は相続税を払っているのか?

などと、それに付随していろいろな疑問が湧いてくる。

とにかく70年に延長せよという人の論理がよくわからない。ネットで探してみたが、それらしい文献はほとんどない。

著作権保護期間延長を擁護してみる 白田 秀彰とロージナ茶会

というページがあったので、とりあえず読んでみた。白田さんという人は法政大学の先生で、著作権保護期間の延長には反対の人のようだ。しかし推進派の言い分を紹介してくれているので、以下にノートする。


(社)日本音楽著作権協会
 文化芸術の担い手である創作者の権利を保護し、新たな創造を促進すべきである。
 「知的財産戦略の推進」を国策としている我が国は、著作権保護のあり方について国際間の調和を図るべきである。
 我が国のコンテンツ創造サイクルの活性化と国際競争力の向上を図るべきである。
 以上の点から、著作権の保護期間を欧米と同等の「死後70年」に延長すべきである。

ということで、インセンティブの保障と、国際間の調和の二つであり、3点目は白田さんもいう通り、「そうなったらどうしよう」という不安へのコメントであり、論拠にはなっていない。

TPPで農業が崩壊するという不安に対して、「創造的に努力して国際競争力を強化すべきである」というのと似ていなくもない。

ただ子孫まで70年にわたって生活を保証してやることが、芸術家にとってどれほどのインセンティブになるのかが、この文章からは分からない。子孫まで生活を保証しようというくらい堅気の人が芸術家になるわけはないし、立派な芸術を創造できるとも思えない。

結局、保護期間延長のポジティブな根拠はなにもないのである。いわば「世界の趨勢がそうなっているから仕方ないだろう」というのが唯一の根拠だ。これもTPPの論理とそっくりだ。

それで、世界の趨勢だが、たしかに保護期間延長の方向に議論は進んでいる。では世界ではJASRACとは別の論理で議論されているのだろうか。

白田さんの文章にはそこのところは言論的にしか触れられていない。

ただオモシロイと思ったのは、著作権というのは所有権ではなくて、排他的な独占権だという指摘だ。まぁこれは著作権にかぎらず特許とか知財権一般について言えることだが。

他の人に出版・販売させないよという権利であり、階級性があるということになる。芸術家が弱者である限り大手の出版社に対する防壁となる。しかし創作者が同時に強者(たとえばディズニー)である場合は、“不当な”利益をむさぼる根拠となる。

その辺の線引は難しいが、やはりその人の死をもって著作権を消滅させるのが一番妥当なような気がする。

実際には出版は事業として営まれており、出版社ないしエージェントの利害が絡んでくるのだが、それはカラスの勝手という以外にない。もし必要なら、再販禁止法とか別途考えるべきだ。

妻は多系統萎縮症という神経難病、徐々に症状が進み、今では会話も困難になってきている。そういう中での楽しみが再生医療のニュース。新聞の切り抜きをたくさん集めている。もっとも最近ははさみも使えなくなってきたが…

そういう難病患者に水を差すのがTPP絡みの「先進医療」制度の拡大。

もともと高度な医療技術を保険適用するまでのつなぎの制度という建前だったが、これを混合診療解禁の切り込み役に使おうというのが、米日政府と独占企業の狙いだ。

政府・財界にとって先進医療は四度美味しい。

ひとつは医療費の抑制になるということだ。

二つ目は公的医療制度を縮小できるということだ。

三つ目は法外な自由料金にして開発企業が特許で大儲けできるということだ。

四つめは、医療にカネがかかるようになると民間医療保険が大儲けできるということだ。

「やらずぼったくり」とはこのことだ。

これにTPPが絡むのは三つ目と四つめの所。

この儲け話は、日本の企業にとってはメリットはない。せいぜいおすそ分け程度で、とくに医療保険については日本は参入そのものを禁じられている。儲けは全てアメリカが持って行ってしまうことになる。

何故そうなるのか。一つはアメリカが軍事をテコに圧力をかけているからであり、ひとつはトヨタなどが対米輸出を認めてもらうためである。

それにしても嫌な世の中になったものだ。

赤旗の連載「米国従属経済」は読み応えがある。

経団連の総路線が「日米経済統合」にあることが分かる。
つまりは日本の大企業がアメリカの大企業と一体化することで、日本経済を支配しようという路線だ。
もちろん、その際はイコール・パートナーではない。アメリカ独占資本の対日支配の一翼となることによって、みずからの生き残りを図ろうという路線だ。率直に言えば「売国」路線だ。

これらの新支配層は、葛藤を持たない。彼らの中にぶつかり合うような二つの価値観は存在しない。

たとえば、80年代に苦渋の選択を迫られたり、時によっては兜をかぶって抵抗してみたり、というような葛藤は、彼らにはない。
日の丸意識は少なくともアメリカに対しては消失していると考えられる。(それが歪んだ形でアジア諸国に対する日の丸意識として反映されているのかもしれない)

「舞浜会議」における対立は、こういう形で解消されたのである。宮内社長の発言は、当時は異端であったが現在ではまごうことなき主流となっている。
彼らは「売国奴」であることを恥とは思わない。それは日本という国に傷をもたらしたとしても、みずからの会社に利益をもたらせば善なのである。いわば究極の企業ミーイズムなのだ。
この価値観の根本的な転倒が、97年以降の激変の根幹を成している。
この切り口から、もう一度さまざまな問題を捉え直してみなければならないようだ。



「従属経済」の記事によると、「財界奥の院」は経団連ではなく在日米国商工会議所のようだ。

経団連の基本機能は、このアメリカの意向を忠実に伝えるメガフォンの役割をはたすことにある。(もちろん利害が一致しているからでもあるが)

この関係がとりわけ雇用・労働問題では際立っている。

赤旗の記載を時系列に並べると、

①06年「日米投資イニシアチブ報告」
初めて解雇の金銭解決と、ホワイトから・エグゼンプション制の導入を主張。その後この主張を繰り返す。

②10年「日米財界人会議」の共同声明
労働者派遣法の改正に反対する。理由は「労働コストを上昇させ、日本国内への投資や事業の拡大の意欲をそぐもの」であり、「雇用保護を目的とする政策は、かえって逆効果」というもの。

③13年「在日米国商工会議所」の声明
「(財界の要望が)政府の指示書では薄められているようにみえる」とし、安倍政権の「成長戦略」に「懸念」を表明した。
さらに同会議所が提案した「解雇の金銭解決」などの方向を「重点的に取り組むことを、再び強くもとめます」ときたもんだ。これは内政干渉というより一国の政府に対する脅迫ではないか。

ただこれは、経団連の発言がそのままでは通らなくなってることへの焦りとも見て取れる。
「原発ゼロ」方針の策定の際に、アメリカ政府が直接脅迫をかけてきたのと似た構図ではある。これもアメリカの日本支配構造の露頭なのであろう。


今日の赤旗「米国従属経済」を見て驚いた。
もう10年も前に、富士通の秋葉直之社長(当時)は、
「株主に対しては責任があるが、従業員に対して責任はない。経営とはそういうものだ」
と言い放ったそうだ。(週刊東洋経済01年10月)

これ自体、ひどい話だが、その後の10年間に日本の株式市場は様変わりしている。
①外人の株式保有が増えている
外国法人等の株式保有比率の変化

1990年

1995年

2000年

2006年

2011年

 4.7%

10.5%

18.8%

27.8%

26.3%


株式分布状況調査(東証など)より作成

②外国人持ち株比が極端に高い企業が増えている
「会社四季報」によれば、オリックスが52%、楽天が39%、中外製薬が76%など。

これと富士通社長の発言を重ねると、企業はアメリカの株主に責任を持つ経営を行なっているわけだ。こうなると会社は従業員のものではないどころか、日本のものでさえなくなっている事になる。

以前、三本の矢のうち一つが逆向きだ、と書いたが、安倍内閣の労働政策は相互矛盾している部分がある。
これは経団連との関係ではなく、アメリカからの圧力によりネジ曲がった可能性が高いようだ。



我々が目指すのは「法の下での平等」であり、「契約の下での平等」ではない。契約の前提には法の下での平等は含まれていない。「人身売買」も、「ヤミ金融」も契約は契約なのである。

だから契約には、法的見地から規制が加えられなければならない。その契約が公的性格が強いものであればあるほど、規制も強力でなければならない。そうでなければ社会が崩壊してしまう。

すなわち共同体の論理は私契約の論理に対して優越的地位を持つのである。そのことを前提にして、両者が共存共栄できるようにするのが国家の政策であり、実体的には憲法を頂点とする法体系なのである。

これに対し、TPPの本質は「自由契約原理主義」にある。これはアメリカと多国籍企業の論理であり、シャイロックの「肉1ポンド」の論理そのものである。

それは、これまでのGATTやWTOの基本精神とも相容れない「強者の論理」である。(もちろん、GATTやWTOもそれなりの矛盾を抱えてはいるのだが)


貿易だけでなく法体系の包括的な国際化、とりわけ社会的生存権のグローバル化が進められなければならない。人権状況がバラバラのところに、経済や貿易だけがグローバル化すればどうなるかは火を見るより明らかだろう。

TPPはごく表面的なメリット・デメリットの議論でも有害無益なものだが、TPPを支える思想・原理の面から見ても人類社会の進むべき道を踏み外している。

池上さんという評論家のTV番組でTPP礼賛論を展開していた。

戦前のブロック経済化に対する反省からGATTが始まって、それがWTOにまで至ったのだが、それが行き詰まったのでFTAやTPPなどの構想が始まったのだということだ。

そこから得られる結論は、世界の経済が発展するためにはTPPが不可欠だということになる。
此処から先はほとんどフィクションの世界だから省略する。

しかし、「ブロック経済化に対する反省」との関連でいえば、池上さんの議論では国際通貨問題が完全に欠落している。結論から言えば、ブロック経済の復活はありえないということだ。

たしかに戦前のブロック経済は決済通貨がドルか、ポンドか、フランかという選択を含んでいた。ただこの場合、2つの前提があった。一つはポンドにせよフランにせよ、植民地体制を前提にしていた。この前提はすでにない。
もう一つは金本位制が仮想的ベースにあって、そのことを前提にした管理通貨制度であったということである。この前提もすでにない。

であるとすれば、結論は唯一つ。
帝国間の矛盾はすでに消滅した。現在のグローバリゼーションは、ドル経済ブロックへの包摂としてしか存在し得ないということである。

いっぽう、そのドルの基盤も明らかに弱体化しつつある。たしかに今もなお、ドルは決済通貨としての相対的有効性を持ち続けている。しかし誰もが分かるように、ドルはすでに基軸通貨としてのヴィンテージを失っている。「とりあえずの決済通貨」でしかないのである。

そのようなドルへの収斂は、つまるところ地獄に向かっての突進でしかない。

現実的な政策としての選択幅は限られており、ユーロへの乗り換え,SDRの活用などは当面の話題ではないのだが、原理的な部分でのこの覚めた目は、常に持ち続けなくてはならないと思う。


上記の文章は、大分酔いが回ってから書いているので、論旨が乱れている。

言いたいことは、こういうことである。
池上さんの論理には、二つのトリックが潜んでいる。

一つは、「GATTが正しく、ブレトンウッズ精神を追求するものであった」という前提から出発していることだ。これは歴史的事実とそぐわないものがあり、相当の議論を必要とするものではないか。
もう一つはWTOが進行しない原因が、「参加国が多すぎてまとまらないため」という、およそ非論理的な判断となっていることである。

それぞれについては、すでに過去のブログで触れているので、とりあえずリンクを張っておく。

2013/03/25 – ブレトンウッズ精神とTPP http://pub.ne.jp/shosuzki/?entry_id=4817938

2013/03/25 – 安倍首相TPP参加の論理 http://pub.ne.jp/shosuzki/?entry_id=4817618

2011/10/17  通貨問題は貿易問題だ バンコールと国際貿易機関ITOhttp://pub.ne.jp/shosuzki/?entry_id=3950437

2011/10/20 – ITO国際貿易機構)の遺したもの その1 http://pub.ne.jp/shosuzki/?entry_id=3955593

2011/10/27 – ITO国際貿易機構)の遺したもの その2 http://pub.ne.jp/shosuzki/?entry_id=3967810

TPPといえば思い出すのは去年の秋。
TPP参加の旗振りをしていたのは、自動車工業会だった。ニュースで推進派の会見が流れるときは、必ず自動車工業会の担当者が顔を出したものだった。
彼らの言い分は「TPPに参加すればアメリカの自動車関税がゼロになり、一層輸出が促進される」というものだった。

だったと思うが、どうだったか…
最近は記憶力が減退してはっきり覚えていないのだが、まさか当事者は忘れてはいないだろうと思う。

だから関税が据え置きになれば、自動車工業会のメリットはなくなる。むしろ軽自動車優遇制度の廃止などデメリットのほうが大きい。

それでは自動車工業会は反対に回るのか。どうもそうでもないらしい。
4月13日の産経記事

乗用車やトラックにかける関税の最大限の維持などの妥協を迫られ、関税の完全撤廃を求めてきた自動車業界からは落胆の声が漏れた。
日本自動車工業会の豊田章男会長は、「関税撤廃時期については残念だが、国益の一層の増進の観点からTPP交渉に臨むことを期待したい」とコメントした。
これは自動車業界としては何のメリットもないことの告白である。

これとは別のニュース
TPP交渉参加に関連し、麻生金融担当相は、「かんぽ生命保険によるがん保険などの新商品販売を数年間は認めない」と述べた。かんぽ生命は、「がん保険に参入する見通しが全く立たなくなった」と嘆いた。
(これは、日本市場で米国系の保険会社が大きなシェアを持つがん保険の権益を守るためと考えられる)

これでは自由化ではなく、規制強化ではないか?

そもそも、自動車工業会すらメリット無しというのでは、誰にとってメリットがあるのか?
ただの屈服ではないか?

「TPP交渉への早期参加を求める国民会議」というのがあって、ホームページを解説している。
そこのQ&Aに軽自動車がなくなるのでは?
という項目がある。

答えは「大丈夫」: 真剣な意見とは思えませんでしたが、この要求は今では撤回されています。

というもの。
このサイト主は、秘密交渉の内側を知っているようだ。
とすると軽自動車は関税維持の取引材料に使われたのか?
今日の赤旗によると、「米自動車業界は“入場料”が未だ足りないと、日本の参加承認に反対しています」ということだ。




結構手厳しい意見があって、どう反論したら良いのか悩んでいる。

意見の骨子

食料安全保障の立場から、関税率を1000%に引き上げて、国内産業を保護育成したとして、それが本当に自給率の向上と呼べるものなのか。
それは「自給幻想」にすぎないのではないか。

国土保全と環境維持(例えば里山とか、棚田とか)のためのコストとして負担を受容するのは良いが、はたしてコスト計算はされているのか。過剰投資はないのか。

栽培作物の見直しは必要だろう。食料安保と国土保全が二本柱だとすれば、それに見合った作物は保護されるべきだ。それ以外のたとえばビートやこんにゃくはそれなりの扱いとなるのではないか。

私の反論

要は既存農業の維持のための理屈でなく、食料安保や国土保全の基本線を明確にし、その中にあらためて農業を位置づけ直すべきではないか。それについては認識は共通していると思う。

率直に言えば、日本農業は高齢化と後継者不足により自壊しつつある。だから本来から言えば、自由化反対というより先に、これからの日本にふさわしい農業再生策を、全国民が支持する形で打ち出さなければいけない。

食料安保と国土保全は基本だが、食の安全確保が農業保護のもう一つの柱だ。これはいくら非関税障壁と言われようと、安全を守るために必要な基準を守るべきだ。かさ上げしてもよいと思う。

かつての公害とその後の対応技術の向上のように、それは日本の「国際競争力」となるはずだ。

真の農業「自由化」とは

真の農業「自由化」とは、市場原理も受け入れつつ、日本農業が自主的に自立することだ。

いま一番問題なのは、農業の自立政策ではなく農業の放棄だということ、それがアメリカの輸入自由化圧力に屈した形で行われようとしていることだ。「自由化」はアメリカにとっての自由化でしかない。

だから、自由化してもアメリカからの輸入が増えるだけというひどく歪んだ形で導入される危険か大きい。これはダメなのではないか。

翻って、アジア諸国との関係を今後緊密にして行きたいと考える発想からは、役割分担も必要になってくるだろうし、国として一定の妥協も必要になるだろうと思う。

そこには住み分けというか共存・共栄の道はあると思う。一つは食文化としてのユニット化や高級食料品への特化であり、ひとつは安全性の押し出しである。

日本農業をめぐる二つの道

農産物自由化については、原理主義的にイエスかノーかを突きつけるべきではない。

対米従属を深めるような自由化か、アジアの諸国に向かって開かれた「共存・共栄の道」かという二つの道の選択として捉えるべきではないだろうか。

そしてその際は、たんなる既存農業の保護ではなく、食料安保、国土保全、食の安全確保という三つのポイントを起点にして、知恵を絞るべきではないだろうか。

以上を前提にした上で、農業保護を「原理主義」と批判する側の「市場開放」至上主義については、きっぱりと拒否したい。


今回の訴訟はノバルティス社対インド政府ということになっているが、最初からこの訴訟に深く関わってきたのが「国境なき医師団」だ。

だから裁判所内ではノバルティス社対インド政府だが、外では国境なき医師団対ノバルティス社の闘いという様相を呈している。

したがって、訴訟の模様は実に詳細に国境なき医師団のHPに記載されている。

少しその記事を紹介しておこう。ただし国境なき医師団というのは少々クセのある団体なので、一定の距離感は保っておく必要がある。

ノバルティス訴訟の年表

というのが載せられている。

まず06年1月、ノバルティス社が申請したメシル酸イマチニブ(グリベック)の特許をインド政府の特許庁が却下したことから、事件が始まった。

特許法の第3条(d)というのが却下の根拠とされた。第3条(d)というのは、実質的な新薬でない限り、投与法などを変えただけでは特許を認めないというものだ。

これを受けたノバルティス社は、ただちに却下処分の取消を求め提訴した。提訴理由は、この処分がTRIPS協定およびインド憲法に違反するというものだった。

TRIPS協定の正式名称は、「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」である。これはWTOの定めたもので、加盟国に医薬品の特許を認める義務を負わせる協定である。
前の記事にも書いたとおり、インドはWTOの加盟義務として06年に特許法を改定し、医薬品にも特許制度を適用した。その結果、インドで特許が認められた医薬品については、ジェネリック薬を製造・販売できなくなった。

この裁判はマドラス高裁での審理の結果、ノバルティス社側の敗訴に終わった。ノバルティス社はさらに控訴し、今回4月の最高裁での審理の結果最終的に棄却された。

どうも、赤旗の記事は国境なき医師団の主張のつまみ食いのようだ。

赤旗の記事で釈然としない処は国境なき医師団の記載でもはっきりしない。

①グリベックはいわゆるエバーグリーニング薬品なのか。

②グリベックは物質特許を目指しているのか、製法特許を目指しているのか。

③エバーグリーニング薬品に特許が降りれば、第三者によるプロトタイプ薬品の生産・販売も禁止されるのか。

そこでウィキペディアで調べてみると、

イマチニブ:Imatinib 商品名はグリベック:Glivec

まごうことなき新薬で、しかもかなり革命的な新薬だ。何か既存の新薬の一部を細工したというようなものではない。

慢性骨髄性白血病の治療薬として開発され、10年ほど前から臨床使用が開始されている。

日本におけるグリベックの問題点については、伊勢崎市・長沼内科クリニック 長沼誠一さんの「【診察室】抗がん剤グリベックの問題点」という文章が、実に痒いところに手の届くような解説を書いてくださっている。

すると

グリベックはエバーグリーニング薬品ではなく、プロトタイプの薬品もない。当然物質特許をめざしており、特許が取得されれば、ジェネリック薬品の製造・販売は禁止される、ということになる。

したがって、今回のインド最高裁の判決にはかなり無理があると言わざるをえない。


だからと言って、ノバルティス社の肩を持つわけではない。

製薬会社は過去にエイズに対するアバカビルの特許乱発による高薬価維持で、圧倒的な不評を買った。もし第三世界のジェネリック薬品が広がらなかったら、世界中で何十万という人が死んでいただろうと思われる。

まさにヒトラーなみのジェノサイドである。

↑このページのトップヘ