鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

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カテゴリ:05 音楽 > C その他の音楽

井上陽水の曲を何曲か続けて聞いている。
最初の2,3曲はたしかにおやっと思うほどよかった。
しかしそのうちに疲れてくる。
この男っていったい何なんだろうと思ってしまうのだ。
すごい感性ときれいな声と、素晴らしい音楽センス、すべてを持っているのだが、聞いているうちに落ち着かなくなってくる。
ここは俺の世界ではないな、という居心地の悪さを、いつのまにか感じるようになってしまうのだ。
これだけ同じフィーリング、同時代のフィーリングを感じながら、その底にヒヤッとした冷たさを感じるのだ。
これがさだまさしだと、いささかのあざとさを感じつつも、それもふくめて「われらが世代」感を共有できるのだが、井上陽水にはそのような共感をさしはさむ余地がない。
いろいろ考えてみて、とりあえず次のような結論に達した。
彼には前頭葉がないのだ。これは歌詞だけの話である。本人にはもちろん立派な前頭葉があるのであるが、その歌詞には前頭葉の働きが感じられないのだ。
おそらく前頭葉につながる回路を無意識のうちに遮断しているのだろう。昔の思い出をたぐり寄せながら、「こんなタイプの人間が居たっけ?」と思いめぐらせるが、どうもあまり思い浮かばない。たぶん同じような思考回路の持ち主はいたのだろうが、井上陽水ほどには素質を持ち合わせていなかったということかもしれない。
似たような傾向の歌手にボブ・ディランがいる。しかし彼はもう少しフォークソングの精神に寄り添っていた。だから逆に裏切者呼ばわりをされるのであるが、そういう意味で井上陽水を裏切者と呼ぶ人はよもやおるまい。
それはもはやどうでもいいことだ。肝心なのはあれからすでに50年近くを経過して、いまあらためて聞きなおしてみて、首から上の世界で彼に共感できるものは何一つないということだ。
お互いエイリアンということか。

ジャズと言ってもいわゆるダンモはカラッきしダメだ。
とくにトランペット系はひたすらうるさい。押し付けがましく、暑苦しい。
そんなもんジャズじゃなくてポップスだと言われるかもしれないが、メル・トーメあたりでちょうどいい。
さすがにガードが堅くて、YouTubeではなかなか聞けない。
音質的にまずまず聴けるのは以下の12曲。

Autumn Leaves - 1992 TOKYO LIVE
Blue Moon
Isnt It Romantic - with Al Pellegrini Orchestra 1955
Lullaby of Birdland from Songs Of New York 1963
New York State Of Mind - alto sax Phil Woods
Pick Yourself Up 1994
Thats All 1965
The Christmas Song - 1992 LIVE IN 東京
The Folks Who Live On The Hill
The Goodbye Look 1992 LIVE IN TOKYO
Too Close For Comfort 1960
Walk Between Raindrops

Jo Stafford もいいのだが、こちらはYouTubeではほとんど聞けない。

60年代プロテストソング Top 10

http://www.toptenz.net/top-10-protest-songs-from-the-1960s.php

というのがあって、下記がそれである。ほとんど知らない。

1.  Give Peace a Chance

これはさすがに知っている。ジョンレノンとオノヨーコのコラボということになっている。John Lennon and the Plastic Ono Band in 1969。ほう、そうかね、これが一番かね。

http://www.youtube.com/watch?v=v8NkBZC6rO0&hd=1

2.  Masters of War

イギリス民謡にディランが歌詞をつけたものだそうだ。Odetta, Leon Russellらがカバーしている

http://www.youtube.com/watch?v=orlE6bVKzE0&hd=1

これは63年、ブランディス大学でのコンサートの録音。私としてはボブ・ディランとエリア・カザンにはアレルギーがある。

Tatiana Moroz sings "Masters of War" at Paul Festival 2012

という人のライブ演奏が良い

3.  With God on our Side

ボブ・ディラン、64年の曲。ジョウン・バエズのカバーも有名らしい。どちらにしても知らない。

Bob Dylan and Joan Baez singing "With God on Our Side

ということでその二人のデュエットが聞ける

4.  I Feel Like I’m Fixin’ to Die Rag

ジョー・マクドナルドが作った曲で、67年にサンフランシスコのバンド「カントリー・ジョーとフィッシュ」がカバーして有名になったそうだ。

Joe McDonaldが69年のウッドストックでうたっている。カントリー・ジョーの演奏はあまり好きになれない。

5. The War Drags On

英国のミック・ソフトリーが作曲。65年にドノヴァンがカバーして有名になった。

本家Mick Softleyの方がフォークっぽい。Donovanの歌はこちら HDではないが音質は悪くない

6.  I Ain't Marching Any More

フィル・オチスが作った、ベトナム反戦と公民権運動を結ぶ曲だそうだ。

Phil Ochsの演奏はこちら 「シカゴ8」という映画では、歌詞をメロディなしギターなしで吟じている。この映画は69年のシカゴの民主党大会のときのたたかいを描いたものらしい。

7. A Change Is Gonna Come

サム・クックというR&Bの歌手が差別と偏見に抗議して64年に作ったものだそうだ。しかしこれがProtest Songかといわれると、?

ここで歌詞付きで聞くことができる。Beth Hart のRock a Ballade 風の歌い方も悪くない。

8. Universal Soldier

Buffy Sainte-Marie が1964年に作曲. Donovan が1965に歌ってヒットした。

Buffy Sainte-Marie の自演は「なつかしのメロディ」風で聞く気にならない。Donovanの演奏はこちら。

9.  Blowin' in the Wind

これは、リンクを貼るまでもないでしょう。加えておきたいのはAlanis Morissetteの演奏で、ウp主が、"best version of this great song by far"と書いている。

10. Turn! Turn! Turn!

ピート・シーガーが62年に作曲し録音した。歌詞は聖書の伝道の書からの引用。フォークロックのバンド、The Byrdsが歌ってヒットした。

Begger というバンドのカバー演奏が聴ける。


バッハの無伴奏パルティータの三番をBGMで流していた。
パソコンというのは便利なもので、シェリングからウェルナー・ヒンク、ギル・シャハムと連続演奏だ。とちゅうクレーメルが入るがこれは不愉快だから飛ばそう…
とやっているうちに、とんでもない演奏が聞こえてきた。なにか歌っているようだ。人の声のように聞こえてくる。「なんやねん、こりゃぁ」と思ってプレイリストを見たら前橋汀子の演奏だった。
たぶん、どこか演歌の節回しなのだろう。「勝手口から今晩は」という感じで入ってくる。しかし下品ではない。下品ではないがかなり色っぽい。
白絹の襦袢で三つ指ついてからお床入り。その後は身もだえしつつ、燃えに燃えてエクスタシーという具合。
いまから十数年前の録音だから、数えてみれば女ざかり、芸の盛り。
楽器のせいもあるのか、実にバイオリンらしからぬというか、バイオリンらしいというか、とにかくすごい演奏だ。
これ以上は下品になるのでやめておく(もう十分に下品かな)。

すっかり風邪を引いたようだ。
何をする気も起きない。
「淡き光に」のヨウツベあさりをして一日過ごした。「淡き光に」というのは名訳であるが、本当は上品過ぎる題名だ。コリエンテス通りという高級マンションが並ぶ町の二階に居を構える超高級娼婦の歌だ。大正末から昭和はじめの時代だ。昭和元年全国の電話加入数が50万台を突破したという記録がある。電話があって高級電気蓄音機があって(それもビクトローラだ)という家など、たぶん静岡でも両手で足りるくらいではなかったろうか。
メディア・ルスというのは電球を半分消して、仄明かりの状態にすること。「夜目遠目傘のうち」といって、これなら年もしわも隠せる。後はシンネンムッチリ、という次第。
当然、本来なら女性が歌う歌だが、どう歌うかとなると難しい。上品過ぎてもだめだし、港町の女のように下品になっても困る。どのくらいならよいかというと、それは殿方のお好みで変わってくる。
ということで、結局男性が歌う歌になってしまった。





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