鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

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カテゴリ: 40 自然科学

大脳の起源について一通り勉強してきた。

最近の遺伝子研究によって大脳の起源についての記述は大きく書き換えられつつある。
ただしそれはルーツ探しの旅のようなもので、Y染色体やミトコンドリアDNAのように、現存人類のところから遡っていく旅のようである。
そうやって我々はミトコンドリア・イブやY染色体アダムのところまで行き着く。

それは予想をはるかに越えて、5億年の昔、ナメクジウオを生み出した祖先までたどる旅となる。

ただ、そこで証明されるのは、ナメクジウオがすでに人類の脳を生み出す遺伝的能力を備えていたという事実であって、それが何故に発現してきたかの過程とは異なる。ルーツ探しの旅を決定論的に読み替えるのは有害無益である。

その上で、系統発生的には次のような大脳形成過程が想定できるだろうと思う。
① ナメクジウオのレベルでの三脳構造の確立。
② ヤツメウナギのレベルでの前脳前方への外套の形成
③ 魚類(顎口類)のレベルでの外套の翻転と終脳の形成
ここで脳の分節構造を信じるならば、「外套→終脳」は、前脳が間脳と終脳に割れたのではなく、もともと前脳の前方に“もう一つの分節”の萌芽として内在した終脳原基が発現したものとして捉えるべきだろうということだ。

言葉で表現するなら、終脳は前脳より前方の最先脳(最終脳)であり、間脳は、結果として前から2番目の脳になったから間脳だということになる。

前脳が視床と視床下部という背腹(上下)2階建てになったのと同じく、終脳も大脳皮質(外套)と大脳基底核(腹側外套と外套下部)の2階建てになったのであろう。


山本直之(日本医科大学・第二解剖)

発表年は不明だが、引用文献から判断して2000年前後のものであろう。なお山本さんには下記の論文もある。2008年のシンポジウム講演「魚類の終脳における感覚表現」で、このときは名古屋大学に移られている。

1.魚類脳の発生と基本構築

魚類の大脳は他の動物と簡単に比較できない。その原因は発生過程の特異性にある。

終脳は中枢神経系の吻側端に位置する。そこは他の脊椎動物と同じである。

魚類以外では、神経管の背側領域が下方(腹側)に折れ込む。これを内側反転(Inversion)という。
最終的には、左右の神経管の側壁が脳室腔を取り込んで側脳室を形成する。

神経管側壁は、側脳室の背側を覆う外套palliumと、腹側の外套下部subpalliumにわけられる。

哺乳類の場合、外套は主に大脳皮質に相当し、内側外套、背側外套、外側外套、腹側外套に分けられる。
内側は海馬、背側は新皮質、外側は嗅皮質、腹側は扁桃体となっていく。

外套下部には中隔、線条体などが含まれる。

一方魚類では、側壁が外側に翻転する。これを外翻(Eversion)という。その際、神経管の蓋板は左右に広がるため、側脳室の代わりにT字型の共通脳室が形成される。

このため外見上は他の脊椎動物と大きく異なるが、分子マーカーを用いた発生学的研究によって、背側野は他の脊椎動物の外套に、腹側野は外套下部にほぼ相当することがわかった。


2.魚類に大脳新皮質はあるのか?

四足動物の背側外套(新皮質)へ感覚情報を伝えるのは視床である。魚類にも“視床”領域が存在するが、“視床”は終脳背側野につながる線維はない。
このことから、魚類の終脳は嗅葉olfactory lobeとも呼ばれ、嗅球から受ける嗅覚だけを処理する脳だと見なされていた。

ところが条鰭類の終脳背側野には嗅覚投射をうけない非嗅覚性領域が多数存在する。

間脳には糸球体前核群(preglomerularcomplex)と呼ばれる領域がある。正確には“視床”の腹外側後方に位置する神経核群である。

ぞこで視覚、聴覚、側線感覚、一般体性感覚(触覚や温度覚など)、味覚を中継し、終脳背側野の非嗅覚性領域に送り込んでいる。

これは、哺乳類の視床─皮質路と酷似した回路構築である。ただこの糸球体前核群に関する遺伝子学的検討は行われていないようである。

おわりに

「魚類の終脳=嗅脳」という概念は完全な誤りである。同様に、「間脳から上の経路は独自の進化を遂げた産物である」という概念もまた恐らく誤りである。

哺乳類と異なり層状の皮質構造をとってはいないものの、大脳新皮質に相当すると思われる領域が存在すると考えられる。
共通祖先の段階ですでに新皮質に相当する構造は存在していた可能性が高い。

Eversionの機転、それがInversionへと転換した理由は、シーラカンスやハイギョなどの中間生物の研究がないため、目下のところ不明である。

付録

魚類の終脳における感覚表現」の付図を転載したもの。

金魚の脳
終脳と外套は同じものをさすが、「外套」は前脳を発生学的原基とすることを強調する意味で用いられる。「※」が視床、間脳と書いてあるのが視床下部に相当する。
B は前額面を描いたもので、背側野が外套、腹側野が外套下部となる。将来、外套は大脳皮質、外套下部は大脳基底核に発展していく。

村上安則・倉谷滋

2005年に雑誌に掲載されたレビューであり、若干古いかもしれない。また後脳に興味の中心があり、終脳については多少及び腰かもしれない。しかしこれだけわかりやすく書かれた解説はなかなかない。終脳関連部分だけをかなり端折って紹介させていただく。

要約

脊椎動物の主流から早期に分岐した無顎類ヤツメウナギの脳の理解は、脳形態パターンの進化を推測するにあたってきわめて有用である。

ヤツメウナギの終脳背側部は顎口類と類似するが、腹側部では、神経節隆起やGABA作動性ニューロンも存在しない。それらは、顎口類になってから獲得されたらしい。

脊椎動物の脳にはニューロメアとよばれる分節が現われる。そして特定のニューロメアからは特定のニューロンが分化する。

ヤツメウナギ後脳にもロンボメアとよばれる分節が存在し、分節に沿って網様体神経が発生する。この境界はHox遺伝子の発現境界に一致する。

鰓弓運動神経にも境界があるが、それはロンボメア境界と一致しない。なにか別の神経発生機構があると思われる。

はじめに

脊椎動物はきわめて多彩な形態をもち、地球上のさま
ざまな環境に生息している。形態は行動や生態と密に関係している。
生物の外部形態は、環境からの淘汰圧を受けてゲノムが応答し進化してきた。

形態に見合った特徴的行動を発現させるためには、神経系が整備される必要がある。

たとえば、哺乳類の視覚中枢は終脳(大脳)にあるが、鳥
類のそれは中脳にある。また、モルミルス目魚類の小脳
は脳全体を覆うほどに肥大している。

このような多様化の背景には、発生プログラムの変化がかかわるはずである、

本稿では、神経形態の進化過程を、おもに分子発生学的な見地から考える。

Ⅰ.脊椎動物の脳の起源

脊椎動物の起源については議論が多く、現在でも頭索
類(ナメクジウオ)と尾索類(ホヤ)のいずれが真の祖先に
近いのかは判然としない。
本稿では、頭索類を脊椎動物にもっとも近い動物群とし
て話を進めよう。

ナメクジウオには脊椎動物にみられるような脳は存在
しない。その神経管は前後軸にわたってほぼ均一なチューブ状であり、脊椎動物の前脳、中脳、後脳に相当するふくらみはみられない。
いっぽう、視床下部の雛形がすでに存在するとされる。

Ⅱ.ニューロメア

頭索類ナメクジウオと脊椎動物の脳のあいだに共通の構造は存在するが、ナメクジウオの脳にはニューロメアが存在しない。

ニューロメア(神経分節)とは、脊椎動物の脳の発生期に一過性にみられる分節構造である。1828年に発見されて以来、ニューロメアが特定のニューロンを生み出す基本ユニットと考えられている。

ニューロメアのような発生コンパートメントは、脳の組織化・形態的分化を階層的に組み上げている。

では、系統進化のどの段階で脳原基は分節化したのだ
ろう?

脊椎動物で最初にニューロメアが確認できるのは5億4000万年前に出現した無顎類である。無顎類は脊椎動物が顎をもつ以前に存在していた動物群で、古生代の水中で繁栄していた。

現生の無顎類であるヤツメウナギ胚の脳でもニューロメアが観察される。遺伝子マーカーも顎口類と類似する。

Ⅲ.ヤツメウナギの脳

ヤツメウナギの中枢神経系には、終脳、間脳、中脳、後脳が識別できる。それは顎口類と類似する。中脳、間脳の発生過程も顎口類と比較可能である。
したがって、これらの構造は脊椎動物の共通祖先においてすでに存在していたと考えられる。

一方、ヤツメウナギでは小脳の分化程度がきわめて低く、小脳核やプルキンエ細胞、下オリーブ核など、顎口類の小脳を特徴づける構造もない。

新しい小脳発生プログラムは、顎口類の分岐後に確立
されたと考えられる。

顎口類では中脳と後脳の境界部が小脳のパターン形成にかかわる。下オリーブ核など小脳系を構成する神経細胞は後脳背側にある菱脳唇に由来する。

ヤツメウナギの終脳にも謎が多い。

終脳は脳の最前端にあり、とりわけ哺乳類において著しく肥大している。

硬骨魚類では外翻(eversion)とよばれる独特の発生パターンを経て、蓋板が左右に拡大し反転型の構造をつくる。このため通常とは逆に、海馬が外側に位置する。

(ちょっとあっさりしすぎている。なぜ外翻したのか、なぜそれが外翻をやめて元に戻したのかは、大問題だと思うが…)

羊膜類では層構造が発達し、哺乳類にいたっては6層からなる新皮質が生ずる。

カメ、ワニ、鳥類を含む主竜類では背側脳室隆起(dorsal ventricular ridge)が発達し、視床からの入力を受ける。
鳥類の皮質相当領域では層構造が消失している。

(層構造は「消失」したのか、これについては後ほど検討する)

ナメクジウオには形態学的に終脳とよべるものはない。ヤツメウナギでは形態学的に終脳が確認でき、多くの嗅覚系入力を受ける。

では、無顎類ヤツメウナギと顎口類の終脳はどこまで比較可能なのだろうか?
脊椎動物の共通祖先はどのような終脳をもっていたのだろうか?

1、外套の進化

外套(pallium)とは、終脳の原基となる一区画をさす。ここから新皮質や海馬、嗅球などが形成される。

これをヤツメウナギにあてはめてみると、遺伝子発現ドメインが顎口類と同様のパターンで存在する。

ヤツメウナギの終脳は嗅覚系の情報処理だけを行なうが、視床から感覚入力を受けたり、辺縁系による制御をも行なう可能性がある。

外套をつくる発生プログラムは思いのほか古く、その起源は無顎類と顎口類が分岐する以前にまでさかのぼるといえる。

2、外套下部の進化

外套下部(subpallium)は終脳腹側部の原基となる。そこからは、線条体や淡蒼球など運動を司る領域が発生する。線条体は外側神経節隆起に、淡蒼球は内側神経節隆起に由来する。

ヤツメウナギのサブパリウムには、外側神経節隆起を形成する遺伝子はあるが、内側神経節隆起を生じる遺伝子は存在しない。
つまり、ヤツメウナギが顎口類の終脳最前方の要素を欠くということを意味する。

では、何が顎口類の終脳に内側神経節隆起をもたらしたのだろうか?
筆者らはhedgehog (LjHh)遺伝子の獲得が関係していると推測している。

Ⅳ、脊椎動物の後脳の進化


おわりに

脳は脊椎動物の系統進化においていくつもの大きなイベントを繰り返してきた。

中でも劇的だったのが、顎口類と無顎類の分岐以前、つまり脊椎動物の共通祖先の段階で生じた変化である。

その本質は、神経上皮の分節化というプログラムの獲得にある。同時にプラコードと神経堤細胞のシステムも整理され、末梢神経との関係ができあがった。

ついで、無顎類から顎口類が進化した後にニューロメアとHoxコードの統合が起こった。

さらに小脳と終脳の形態改変がおこなわれ、魚類以降の脳形態が基本的に完成した。


最後に「脊椎動物の脳の進化のシナリオ」という図があり、やや煩雑であるため、要点を文章で示しておく。

1.共通祖先からのナメクジウオの形成
この分岐には9項目の変化が必要であった。
その主なものは、
①神経管の形成
②運動神経の形成
③三脳の分離と確立
④眼の形成

2.ナメクジウオとヤツメウナギの分岐
この分岐には5項目の変化が必要であった。
①ニューロメアの形成
②前脳での外套形成

3.ヤツメウナギと魚類の分岐
この分岐には4項目の変化が必要であった。
①内側神経節隆起の発生
②交感神経幹の発生
③小脳系の発生
④外翻した終脳(ただし魚類のみ)

4.魚類と両生類の分岐
哺乳類、爬虫類、鳥類を含め、本質的な変化はない。


ブリタニカ国際大百科事典 の解説を読む

「コトバンク」というサイトがあって、とても便利なものだ。例えば「脳」と入れると、各種事典の「脳」の項目の記事が併載されている。この中でブリタニカの記事が出色である。以下抜粋・紹介する。
無脊椎動物では一般に頭神経節が脳にあたる

ヤツメウナギなどの下等脊椎動物では脳は管状で,菱脳,中脳,前脳の3つの領域から成る。高等脊椎動物では変形するが,3つの領域は残される。

菱脳は後脳と延髄から成る。延髄は自律神経の中枢である。後脳は構造的に小脳と橋に分れる。小脳は筋肉の動きを円滑にし,体の平衡を保つ。橋は情報伝達の役割のみである。

中脳は視葉と呼ばれ,魚類と両生類では知覚統合の中枢として働く。爬虫類と鳥類でも,知覚統合に大きな役割を果している。しかし哺乳類では、何の積極的役割も果たしていない。

前脳は間脳と終脳から成る。間脳はさらに視床と視床下部に分れる。視床は延髄と大脳の中継地である。視床下部は性衝動,喜び,痛み,飢え,喉の渇き,血圧,体温,その他の内臓機能の重要な司令中枢である。

終脳,すなわち大脳半球は下等脊椎動物では嗅葉の一部である。高等脊椎動物では大きく発達し,脳の複雑な機能に関与する。
この解説は三脳説を柱とし、脳の構造・機能が過不足なく単純明快に示されている。大脳辺縁系の概念を排除しているのも痛快である。
一方、やや進化史的叙述が後景に退いており、三脳がたんなる連絡通路とされているのは賛成できない。大脳と小脳のあつかいについても不満が残る。

理研の「多細胞システム形成研究センター」のホームページに
脊椎動物の複雑な脳のルーツを探る」(2016年02月)という記事がある。内容を要約紹介する。

顎を持たず、対になったヒレを持たず、鼻の孔は一つしかない。円口類は原始的な脊椎動物と位置付けられ、私たちヒトを含む顎口類の共通祖先と分岐したのは5億年以上前と考えられている。現在生存が確認されているのはヌタウナギ類とヤツメウナギ類の2グループだけだ。

書き出しはなかなか文学的だ。
(理研では)円口類にはないと考えられてきた「内側基底核隆起」ならびに「脳菱唇」と呼ばれる2つの領域が実は存在していることを突き止めた。
脊椎動物の脳の基本構造は5億年以上前にすでに成立していた可能性がある。
ということで、一種の「逆張り」研究である。すなわち円口類と顎口類との間に進化上の飛躍はなく、むしろ連続性が強調されるべきだとしている。

以下は、抜書き

※ 内側基底核隆起(MGE): 大脳の最も腹側の領域で、ここから表層の大脳皮質へとGABA作動性抑制ニューロンが供給される。

※ 菱脳唇: 第4脳室の背側に位置し、なめらかな運動を司る小脳の起源となる。

※ これらは顎口類が円口類と分岐した後に獲得した構造であると考えられてきた。しかし今回の研究で、ヤツメウナギ胚にもMGEおよび菱脳唇が存在することが証明された。

※ これにより脊椎動物の脳の基本パターンとも呼べる構造はすでに完成していたことが明らかになった。

それで、これが著者の提起した模式図だが、初めて見た絵であり、なんとも評価しかねる。

円口類と顎口類

感想をいくつか

※ 同じ円口類でもヤツメウナギとヌタウナギの間には相当の差異があり、ヌタウナギはヤツメウナギより進化しており、ヤツメウナギと顎口類との中間点に位置するような印象を受ける。

※ 絵そのものが私の見慣れたものとは異なっている。

前脳はヤツメウナギの発生当初より存在せず、間脳と大脳に分かたれる。そこには終脳の発生過程も大脳への転化過程も描かれない。

私の考えるにはMGEを“大脳の最も腹側の領域”と考えるのは、時間軸上を転倒した発想である。発生学的事実は前脳の背側に内側基底核隆起(MGE)が隆起し、そこを母体に大脳が増大していくのである。

前脳(間脳)は視床と視床下部の接合を伴って形成されると思うのだが、、この過程は無視される。間脳は破線を以って3分化されているが、その意義も不明である。

菱脳が後脳と延髄に分化する過程も描かれていない。

もっとも奇異に感じるのは前脳の前方に位置すべき嗅脳が当初より無視されていることだ。

つまり、一言で言ってこの絵は粗雑であり、私たち年寄の抱く常識とは全くかみ合わせがつかない。従ってとりあえず、この絵は受け入れられない。従って円口類より“大脳”が存在するという説も受け入れられない。もう少し実験結果で言えることを、風呂敷を広げずに、事実に絞って語るべきであろう。



17Mar.2019
あらためて読み直したが、相変わらず強い抵抗を感じる記事である。
この絵(比較図)で最も印象に残るのは、ヌタウナギがヤツメウナギとは隔絶しており、限りなく高等動物に近いということだ。これほどまでに異なる生物が、同じ円孔類というカテゴリーの中に包摂されてよいのかと思う。
本当だろうかという疑いを拭いきれない。これが科学好きとしては健全な心理だろう。
もう一つは、系統発生と個体発生を混同していないだろうかという疑問だ。個体発生をやる人はどうも遺伝子が発現する過程を逆追いして、「ほら、ここにあるじゃん」という言い方をしかねないような気がする。
いずれにしても、この研究を前提とする限り、ヤツメウナギとヌタウナギの間の、脳革命とも呼ぶべき懸隔をどう埋めていくかという、気の遠くなるような作業が残されることになる。


脳科学メディア から


6億3000万年前:刺胞動物の登場。『散在神経系』と呼ばれる神経網を形成。

5億4200万年前:カンブリア紀の開始。海中には多様な生物が出現し、その多くが神経細胞が集合した“神経節”を獲得した。この集中神経系が、やがて『脳』となる。

5億2400万年前:無顎類(ヤツメウナギの祖先)が登場。

4億6000万年前:顎口類の登場。ミエリン鞘を獲得し神経伝達速度を高める。その後の進化により、終脳(=大脳)が大きく拡大。
さらに顎口類において、脳の前方に存在していた鼻孔の位置が移動した。これにより終脳を形成する空間が確保された。

3億7000万年前:両生類の登場。魚類の一部が両生類となり、陸上へと進出した。脳幹が大部分を占め、大脳・小脳の割合は低かった。また『嗅球』が大きいという特徴があった。

以下、脳進化に関する記述が続くが、2016年の記事としてはやや古めかしいものだ。

この記事で注目されるのは無顎類が顎口類に進化する過程での「断絶」だ。

それは髄鞘化と嗅覚機能の移転だ。とくに後者が注目される。

ここで顎口類の脳の勉強へとシフトしていきたい。]

円口類から顎口類への飛躍

顎口類というのは面倒なカテゴリーだ。
どの世界にも分類マニアがいて、厄介な定義を作る。それは無視しよう。
要するに、サメ,エイなどの軟骨魚類のことだ。発生学的にヤツメウナギより高等で硬骨魚類より未発達な徒だ。
その多くはすでに絶滅しており、古生物学の対象でしかない。
それらも含め、円口類から顎口類への進化がいかに巨大な飛躍だったのかを知らなければならないだろう。その一つとして終脳の出現があったということを確認すべきであろう。

ネット上ではあまり系統的に書かれたものはなさそうなので、とりあえず落ち穂拾い的作業から開始していくことにする。

JT誌生命研究館のサイトから「顎から生まれる可能性」という記事

※ 円口類(ヤツメウナギ)と顎口類を比較する。顎を獲得した魚は餌を噛み砕いて食べられるようになった。そのため中脳回路や顎を動かす三叉神経も発達した。
新たな食物対象を捕らえるべく、脳は前方へ発達し、大きくなった。また食物を介した感染に対処するため胸腺を始めとする免疫系が発達した。

※ 新しい器官や組織が誕生するとき、遺伝子の数が増えることが多い。これは遺伝子重複と呼ばれる。

※ 新しい機能を発生させるとき、1から新たに遺伝子を創造するより、既存の遺伝子を重複させ、新しい機能に作り変える方が簡単だ。

※ ニワトリとヤツメウナギのゲノムを比較すると、2回の全ゲノム重複をおこした後分離してきたことが確認できる。

*ヤツメウナギに始まる脊椎動物と、その祖先とみられるホヤ幼生とのゲノムを比較すると、ここでも全ゲノムレベルの重複が2度起こっている。
genomutyouhuku

※ 顎口類で増大する遺伝子のほとんどは、神経間のシグナルに関わるペプチドや、神経をミエリン鞘で囲むために必要な遺伝子群だ。

※ 八つ目ウナギの免疫系は、顎口類の免疫系とは異なった独自のものである。

* しかしゲノム変化と新機能の照応関係はほとんど分かっていない。
後脳の分節化に着目した遺伝子が検討されている。ここでは、Hox遺伝子が顎口類における後脳の分節化に関わっていると推測されている。


ゲノムの話はとりあえず置いておく。
顎ができる、つまり獲物を適当な大きさに噛み切れるという能力は、脊椎動物に巨大な可能性を与えたようだ。この咀嚼能力の獲得に関連してさまざまな能力が開発される。それが脊椎動物を生物界の王者に仕立てたということのようだ。
脳の続発性変化が幾つか取り上げられているが、それ以上の言及はない。
咀嚼・嚥下に関わる運動神経、獲物を探し、殺し、食べるための脳の発達。とりわけ嗅脳→終脳の転化と狩猟関連神経の髄鞘化、この2点が強調されている。
「かなり私の認識も一気に進んだな!」という実感がする。

三脳説と大脳の起源

三脳説は私なりにきわめて合理的な理論だと思うが、残念なことに脳の最大にして最重要な要素である大脳を、その起源や発達過程において説明できていない。
いろいろ考えてみたが、大脳はすでに魚類において出現しているという事実を受け入れた上で、ナメクジウオ→ヤツメウナギ→サメ→硬骨魚の発達過程と、魚類における適応拡散の関係をもう一度たどることぬきに問題は解決しないことに気づいた。

とりあえず、もう一度、虚心坦懐に魚類の脳に関する知識を吸収することにする。

名古屋大学農学部の山本直之さんのページである。面白いところだけ箇条書にしておく。ただしこれらの記載から何をくみ取るかはなかなか難しい。

魚の脳のパーツは生態により多様

※夜行性のウツボは目をあまり使わず、匂いで好物を探すため「嗅球」が巨大です。

※視覚に依存するカワハギでは、視覚を受け持つ視蓋がとても大きい。

※魚には味蕾が身体の表面にもある。コイにはその味蕾がヒゲに多数あります。味蕾でキャッチした情報は「顔面葉」で処理される。コイの顔面葉は大きい。

※ゴンズイは左右にヒゲを4本ずつ持つ。その顔面葉にはヒゲに対応した「地図」がある。そのため獲物の位置がわかる。
ごんずい

※ゴンズイは水流によってヒゲを漂わせているだけだが、ヒメジはヒゲを自ら動かしておいしいものを探す。

※フナ: 咽頭に味覚がある。これが迷走神経の迷走葉に送られて処理される。コイの顔面葉は迷走葉の中心に位置する

※ヒメジの顔面葉はヒトの大脳皮質のように層状構造をしていて、しかもしわが入っています。大量の感覚と運動系の情報を処理するために大きな面積が必要なためです。

※イシモチは夜間に波打ち際まで来て餌を探す。波に揉まれてもバランスを保つため小脳堤の内部が巨大化した。

※ホウボウには胸ビレの変化した足がある。ここに感覚器が集中していて、その知覚繊維は脊髄に集中する。

以下略

NHKのシリーズ「コズミック・フロント」という番組で、「赤い雨」という特集をしていた。
スリランカで「赤い雨」が降った。調べてみたら赤い雨の正体は褐藻だった。ただしこの褐藻はかなり変わった形態をしていて、細胞膜が極端に厚く、破砕するのさえ苦労するほどだった。赤くなった原因は葉緑体が変性して赤くなったためだった。
というのが、基本的なストーリー。
番組では、褐藻がここまで形態を変化させたのは、褐藻をふくんだ塵が宇宙まで巻き上げられてさまよっていたのがなにかの拍子に落ちてきたのではないかという推理を展開する。多分狂言まわりだと思うが、「これは地球外生命だ」というインド人のおじさんも登場していろいろと賑やかだ。そのせいか話が散漫になっていくのが難点だ。
まぁそれはいいのだが、この番組、話のついでに生命誕生の秘密までことがおよぶ。
そこで深海熱水の話や渚の浅瀬までいろいろと登場するのだが、最後のポイント「生命とは何か」のところを素通りする。こいつは困ったものだ。
生命の本質はいろいろに規定しうる。自己と他者の区別。異化を拒否し同化に固執する過程。生命の再生産過程などさまざまである。
なかでも「個体維持と種の維持のどちらが生命にとって本質なのか」というのが究極の議論になる。このどちらをとるかで学者はタンパク質(酵素)陣営と核酸陣営に分かれる。
シロウトから考えれば、「そんなの考えるまでもなくタンパク質でしょう」と言いたいところだが、結構核酸陣営もしつこい。たしかにリボゾームのごつい姿を見ているとそんな気もしてくるのである。
とにかくこちらはひたすら勉強する側でいるしかないが、変なインド人が出てきたときに「ちょっと待てよ」くらいの勘は働かせられるようになっておきたいものである。
タマゴを見て「これはニワトリだ!」という人はいない。タマゴが先というのはレトリックに過ぎないのである。

ベンバン・ソーラー計画

2014年 エジプト政府、アスワン県南東部のベンバン(Benban)太陽光発電プラント計画を発表。予算は25億ドルの規模。

エジプトの電力の90%以上は石油と天然ガスに依存する。この内20%を再生可能エネルギーにする目標。

2016年 国際入札でドイツのイブ・フォークトと地元エジプトのインフィニティ・ソーラーが共同開発を受け持つこととなる。
太陽光パネルは中国製、電力変換器はドイツ製、発電施設はノルウェーが担当する。

施設の総面積は50平方キロで東京ドーム1千個分。1千万枚のパネルを使用し、アスワン・ハイダムに匹敵する2ギガワットの電力を生み出す計画。ちなみに苫東厚真発電所は3台の発電機で1.65メガワット。


2017年12月 ベンバン・ソーラー・パークの太陽光発電プラントが一部操業を開始。発電能力は64メガワットに達する。

これは操業予定32施設の1施設目であり、19年度中に全施設完成の予定。

赤旗の記事を膨らませたものです。
ちょっと、単位に疑問がありますが、かなり大きなプロジェクトであることは間違いありません。九州の話でも話題になりましたが、ベースロード電源との配分、揚水発電との組み合わせ等が必要な、「扱いにくい電力」であることは間違いありません。エジプトだと淡水化プロジェクトとの組み合わせがもっとも有望なのではないでしょうか。
水素プラントが早く実用レベルまで達することが望まれるでしょう。



ニューロチップとは  という記事がとてもわかり易くて手抜きのない文章です。その要約を紹介します。

ニューロチップとは

ニューロチップとは、集積回路を組み込んだ半導体チップ(LSIチップ)のことです。

人の脳や目の情報処理の手法を元に開発されたことから、ニューロチップと呼ばれるようになりました。

ニューロチップは、人間の脳の神経回路網を真似して開発されています。

ニューロチップは、人の脳のように蓄積されたデータをそのまま結果として返すことが出来ます。

ニューロチップは、関連する情報と不要な情報を切り分けることが出来ます。だから情報は整理された上で蓄積されることになります。

このため演算回数が少なくなり負担が減ります。また、消費電力も圧倒的に減ります。

それ自体がニューロコンピュータのために開発されているチップで、二重の意味でニューロなのです。

ニューロコンピュータとは

ニューロチップを使用したニューロコンピュータは、従来のコンピュータとは根本的な原理から違っています。

従来のコンピュータは「ノイマン型」と呼ばれています。そこではメモリが0と1で構成された情報をCPUに送り、CPUが順番に受け取った情報を基に計算を行います。演算結果はメモリに送り返されます。

つまり、「メモリ」と「CPU」は役割を分担しており、計算はCPUのみが行います。

これに対しニューロコンピュータは、ニューロチップ内にあるニューロンそのものが情報を蓄積し、計算を行うのです。

つまり、メモリがAI化するのです。

ニューロチップの開発競争

2012年にインテル社がニューロチップの元型となる独自の設計を公開しました。

2013年にはスイスのチューリヒ大学とスイス連邦工科大学チューリヒ校の研究チームがニューロチップを開発することに成功しました。

2014年になると、IBM社が独自のニューロチップを開発、さらに工場生産が可能な状態にまで精度を高めました。

下の図は去年の日経新聞に載ったものです。ここには清華大学の名は出てきません。当然ながら日本の名前も出てきません。

世界のニューロチップ


ニューロチップの注目される理由

ニューロチップはニューロコンピュータと連動していますが、それはさらにニューロマシン(人の脳を手本とした機械)と連動していきます。それがAIやIoT製品と呼ばれるものです。

「家庭内ロボット」「スマートフォン・タブレット」「車」「産業用ロボット」「産業用ドローン」などでの活躍が期待されています。




岡ノ谷一夫「言語の起源と脳の進化」を読む

まず私見から この分野は百花斉放の状態となっているので、さまざまな用語をきちっ と定義づけた上で使わなければならない。

「言語」を発生学的に構造化しておく必要があると思う。 爬虫類→鳥類の進化はとりあえず脇においておいた上で、両生類→哺 乳類→霊長類→現生人類→視覚性言語(文字)という流れの中に言語 の発生と進化を見ていくことが必要だ。

1.音を発生し信号とする 
実体:
 これが最初の「言語」の萌芽であろう。昆虫の多くは声ではない 、声帯を使わない音を発生させる。
目的:
 それを他者との伝達の手段とすることにおいて、それは信号と なる。
矛盾:
 それは自己の存在を自ら暴露することであり、「捕まえる=逃げ る」行動の集積としての生命活動からすれば大いなる矛盾である。そこ には、「求愛」などなにがしかの理由が存在しなければならない。

2.声が主要な音声発生装置となる
実体:
 「声」は気道の入口部で、食道との分岐部に当たる。元は嚥下 時の誤嚥を防ぐための蓋なのではないだろうか。それが空気の出し入 れの際に笛のリード様に動くことが発見され、それを鍛えることによって 声が生まれたのだろう。 声は両生類以後のすべての陸生動物に共通する生体機能であり、使用法もほぼ共通する。
目的:
 声は高低、強弱、長短という要素を操ることにより、他の音より もはるかに多くの意味をもたせることができる。しかしそれにふさわしい 使い方は、その必要性が発生するまでは生じない(求愛を除いて)
矛盾:
 優れた伝達媒体を持ったが、食物連鎖の下方にいる限りは宝 の持ち腐れ。むしろ退化する可能性もある。

3.声が信号として多様化する
実体:
 ハード的には変化なし。繰り返しや遠吠え用の長音など使い方 に工夫。
目的:
 おそらく、哺乳類の中でも比較的後期、狼とかハイエナのような 集団狩をするグループが出現するまでは無意味であったろう。周囲一 般に対する発信のみならず、群れの内部に対する対自的発信が分離する。言葉の厳密な意味においてのコミュニケーションということになる。 
矛盾:
 他者一般から集団的自己(群れ)の分離、そこにたんなる信号 にとどまらないニュアンスの発生。

4.さまざまな音声信号の言葉→言語への整序
実体:
 霊長類から猿人→原人への進化。頭頸部の直立により発声器官としての声帯の構造が確立する。 母音と子音の組み合わせにより、ほぼ無限の「言葉」体系が出来上がり 、強力な意志伝達手段となる。 猿人→原人→旧人→サピエンスの経過を通じて脳容量は3倍化してい る。その半分はウェルニッケとブローカ中枢、言語活動のための記憶装置の 増大によると思われる。
目的:
 群れより大きな集団(社会)への適応。信号を送るだけでなく受 け取る側にも同等の知能が求められる。
矛盾:
 教育と強制なしに成り立たない信号系。集団の媒介から、集団 の形成へ。

5.読書・書字言語
実体:
 人間の本質的能力を超えたところに存在する超言語。聴覚性言 語の完成後に、それに付随する形で形成される。 読書・書字能力の有無は脳容量と相関がない。読書・書字能力は聴覚 言語とは違い、ありあわせの脳神経を活用する形で形成される。
目的:
 情報量は格段に多く、記録性に優れる。ただしそれを活用でき るか否かは社会の活動力により決まる。
矛盾:
 視覚性言語は著しい社会的不公平を伴う言語である。多分現在も人類の3分の1は事実上の文盲ではないだろうか。この社会的不公平を取り除く活動なしに視覚性言語の発展はありえない。
しかし今日の世界において視覚性言語こそが科学・技術・経済・思想の発展の原動力であることも疑いない。このように二重の意味において、視覚性言語はすぐれて社会的な言語なのである。

言語の出現を巡る深い断絶
言葉が生まれる前段階として、動物界にも声による信号の授受がある。
しかし音声の組み合わせによって新たな意味を作り出すことはできない。
そこには深い断絶がある。
では、なぜこのような深い断絶が生じたのであろうか。人間はどのようにこの断絶を超えたのだろうか。
その問は次のように答えられなければならない。まず人間は喋れるようになった、だからしゃべるようになった。喋れるようになったから、聞くこともできるようになった。


言語と人工知能
 人工知能(AI)はスーパー文字言語と考えられ、膨大な文字情報を活用できる可能性(第6段階?)を秘めて いる。グーグル検索はその初歩的第一歩であろう。が、その力をどう個性化、 特殊化し、具体的成果として引き出すかは未解決だ。それにグーグル検索には強力さと同時にいかがわしさも感じることがある。



と前置きが長くなった。
本文に入る。と言ってもあまり大したものではない。2007年の出版で、すでに古くなっているということもあるのかもしれない。(「脳研究の最前線」というブルーバックスの一章)

最初の「言葉の定義」というのは、次のように記載されている。

「言葉」の簡単な定義:
言葉は一つのシステムであり、
①単語(象徴機能を持つ記号)を、
②文法(限定された単語の順番)で結合し、
③森羅万象との対応をつける
「言葉」は、人間の言葉以外にありえない。
まぁそんなところでしょう。ただこれは実体論的・構造的観点から見た規定であり、目的論的規定や過程としての言語活動論から見た定義は抜けているので、これだけでは不十分と言わざるを得ません。

鳥のさえずりについて
この点について、岡ノ谷さんは大変面白いことを述べておられる。
私なりに解釈すると、鳥は喋る前に歌った。それには2つの理由がある。
一つは歌う能力を獲得したから歌っていること、歌う余裕ができたから歌うようになったということ。野生の鳥が飼育されて歌うことを強制されると見事に名歌手に変貌するそうだ。野生で厳しい食物連鎖の暮らしの中にあっては、歌の名人になる前に襲われてしまうらしい。
もう一つは、鳥は歌ったりしゃべったりする身体的能力は持っているが、喋ることはできないということだ。
彼が歌い喋る能力を発揮するチャンスは、歌う場面でしかない。上にも書いたとおり直立することで獲得した多彩でニュアンスに富む発声能力は、求愛みたいな場面で「無駄遣い」されるだけであり、とりあえずは無駄なものである。
ところが人間においてはいつの日か、歌う・さえずるという「発声能力」が「発語能力」として利用可能だということが「発見」されたのではないか。
さえずる能力はオバサン方の井戸端会議のためだけでなく、世界を進歩させ暮らしを良くするためにも大変重要なツールになるということが「発見」された。それは長年をっけて進歩したのではなく、ある日突然に発見された。脳神経がそれに対応して発達するのはその後の話である。
それを発見したのは人類のみである。

ピーターセンらの実験
2015年06月13日 「言語活動の4つのモードと脳活動部位」という記事で一枚の画像を転載させていただいた。
言語活動と脳
この写真は別の文献からの転載のようだ。それが岡ノ谷さんの文章でわかった。
岡ノ谷さんによれば、これはピーターセンらの行ったPETを用いた思考実験の絵で、その世界ではかなり古典的なものらしい。ただし出典は記されていない。
画像の読みについては、煩雑になるのでここでは触れない。ぜひ記事を参照いただきたい。

やっていくうちに、そもそもCPUってなんなのだということがよくわからなくなってきた。
とりあえず、ウィキで調べることにする。

1.CPUとはなにか

大まかに言うとコンピュータはプロセッサーと記憶装置からなる。記憶装置にはデータとプログラムが搭載されている。

プロセッサーはプログラムを順次起動し、実行し、つなげていく役割をはたす。またプログラムが要求するデータを読み込む役割も担っている。

コンピュータが作動するためには、このほかに補助記憶装置や表示装置、通信装置などが必要だが、これらは外部装置でも代用できる。

CPUはCentral Processing Unitの略。日本語では中央処理装置といわれる。プロセッサーの一種である。

大規模集積回路(LSI)の発達により、少数のチップに全機能が集積されたマイクロプロセッサが誕生した。

ということで、以下面倒くさい定義が並ぶが省略。

2.CPUの構造

CPUは、全体を制御する制御装置、演算装置、データを一時記憶するレジスタ、外部装置とのインタフェースから構成される。

制御装置が命令の解釈とプログラムの流れを制御し、演算装置が演算を実行する。

演算装置のうち、浮動小数点演算を行う専用ユニットをFPU(浮動小数点演算ユニット)、という。このほかDMAコントローラ、タイマーなどがふくまれる。

3.CPUの動作

CPUの最初の動作はプログラムを記憶装置から読み出すことである。これをフェッチと言う。

次の動作はプログラムの諸コードを読み込んで、なすべきことを決める。これをデコードという。以前はデコーダという専用ハードだったが、現在ではそれ自体がマイクロプログラムとなっている。

次は、実行ステップが行われる。このステップではCPUの多くの部分が接続され、指定された操作を実行する。

命令を実行後、同じ流れが繰り返されて次の命令をフェッチする。

今朝のニュースで藤井8段が初解説というのがあって、その中でご本人が「いまZen2にハマっているんです」とのたもうた。
それでグーグル検索してみたが、さぁわからない。
Zen2についてWikiChipが解説」というページを見たが、間違いなく解説の解説が必要だ。
ひまなのでやってみようか。

1.第3世代Ryzenで採用されるAMDの次世代アーキテクチャ

Zen2というのは、そういうことなんだそうだ。
AMDだけはわかる。CPUのメーカーでインテルの後発メーカーだ。安いのが売りのメーカーだ。
その会社が第3世代Ryzenに採用されることを狙った新製品を出した。それがZen2というアーキテクチャなのだ。
ということで文法はまずわかった。アーキテクチャというのは構造物だが、要は堅もの=ハードということらしい。とりあえず“チップ”のようなものと考えておく。
結局、「第3世代Ryzen」というのが何なのだということになる。しかし第3世代Ryzenの話は当分出てこない。とりあえずその事自体はどうでも良く、話の要点は、Zen2というチップがいかにすごいかということらしい。

2.Zen 2 マイクロアーキテクチャ

で、次がこれがどういうものかという解説。
Zen、Zen+に続く第3世代のZenマイクロアーキテクチャだそうだ。
(Ryzenの話は別にして、そもそもこれ自体が第3世代なのだ)
この第3世代ZenであるZen2がいままでと違うところが説明される。
①CPUコアがTSMCの7nmプロセスによって製造されている。
②拡張機能が大幅に強化されていて、とくに分岐予測ユニットが再構築されている。
③データバスが著しく拡大され、AVX命令が1つの256ビット幅のデータパスで実行可能になった。
④帯域幅の拡大で、IPC(クロック当たりの命令実行数)が増加した
⑤脆弱性スペクトルの軽減措置がファームウェアから取り入れられた。
⑥低消費電力で高密度を実現できる7nmプロセスの採用により、半導体の集積密度は2倍になった。

このようにして第3世代Ryzenはシングルコア性能でもIntel CPUに追いついた。
ということで、①~⑥はさっぱりわからないが、少しRyzenとZenの関係が見えてきた。
つまりインテルで言うと Core i7 とか Core i5 は7つ(5つ)のチップの集合なので一つ一つのチップはまた別の名前になるのだろう。それがRyzenとZenの関係になるのではないか。

話はさらに

AMDが7nmプロセス・最大64コアのデータセンター向けCPU「Rome」と7nmプロセスGPU「MI60」を発表 

の記事に進んでいくが、これはまた別次元の話になっていって、パソコンのレベルではないようなので省略する。

ではこのZen2なり第3世代Ryzenが現在主流CPUのインテルに代わるものになっていくのか、これが次の問題になる。

しかし、依然としてなんのことやらわからない。


AMDの7nmプロセス「ZEN 2」CPUコアのマイクロアーキテクチャ拡張」 11月8日
と題されている。これはZen2を組み込んだサーバーCPU「ローマ」の紹介である。

1.次世代AMDサーバーCPU

Romeは、「ZEN 2」マイクロアーキテクチャのCPUコアをベースとし、TSMCの7nmプロセスで製造される。

従来のZENベースのサーバーCPU「ナポリ」もマルチダイ構成だったが、内容は大きく変わる。
CPUコアのダイとI/O系のダイが分割され、パッケージ内に1個のI/Oダイと、8個のCPUダイが収められる。
8個のCPUダイはそれぞれ8個のCPUコアを搭載しており、合計で64個のCPUコアとなる。

個々のCPUコアのマイクロアーキテクチャも拡張された。それがZen、Zen+→Zen2である。

とくに浮動小数点演算のスループットは、CPUコアあたり2倍となった。そのためローマ全体の演算性能はナポリに比べ4倍化している。

渡辺 茂 「鳥脳力―小さな頭に秘められた驚異の能力」 の摘要

少し他の論文で補充しています。

はじめに なぜ鳥か

岡ノ谷一夫さんは鳥の脳が注目されるに至った理由を以下のように述べています。      

哺乳類の脳と比較しても、皮質と思われる部位が非常に薄いわけです。その中に丸い構造体があるのでこれはきっと基底核に違いない、線条体に違いないということで、これは全部 “striatum” という名前を昔の解剖学者がつけてしまった。

その人達が、鳥というのは基底核が発達していて上手に空を飛べて本能的な行動はちゃんとできるけれども、皮質が薄い、だから行動の可塑性がないというウソをでっち上げた。
鳥の大脳は、哺乳類の大脳皮質のそれぞれの層に対応した部分が、層をつくらずに固まりをつくって存在している。いままで基底核と考えられてきたのは、そうではなく皮質様神経だという事になってきた。

とても良い文章です。この人は慶応の文学部を出てからこの世界に飛び込んだ文系人なので、物事をざっくり捕まえる力を持っています。私はこの文章から「ユニット型とモジュール型」という分類を考えつきました。

宇都宮大学農学部の杉田昭栄先生は、もっとリアルに鳥(とくにカラス)の脳を研究する理由を述べています。

1.鳥類は人間と同様に昼行性で、視覚を主体に認知活動を行う。(したがって勤務と矛盾が少ない)

2.サルはお金が高いし管理が大変だが、カラスはキャンパスでも捕まえられる。(動物愛護論者の抵抗も比較的少ない)

3.構造的には人間とかなり違っているが、哺乳類よりもはるかに類似した行動をとる。この違いと類似の相反関係が面白い。これを「平行進化」と呼ぶ。 異なった種において、似通った方向の進化が見られることを指す。

4.人間だけの特質と言われたものが鳥にもある。カラスは道具を使うし道具を作ることもできる。鏡に映った自らを認識したり、未来に向けて計画的に動いたりする。だからカラスを調べることは人間を調べることでもある。


鳥―絶滅しなかった恐竜


鳥脳とはどんなものか

鳥の脳 によると、コンゴウインコの脳はクルミくらいです。一方霊長類の中で最も原始的と言われるマカクザルの脳でもレモン程の大きさがあります。「流石に霊長類にはかなわないか」と思うかもしれません。しかし脳神経の密度はインコのほうがはるかに高いのです。霊長類に比べて2倍、ラットやマウスに比べて2~4倍とされます。インコの脳神経細胞はマカクザルを越える数なのです。
鳥の脳

鳥の脳からは哺乳類と同数 (12対) の脳神経が出ています。マクロで見ると平衡感覚や視覚に関係する小脳と中脳がとても大きくなっています。これに対して嗅覚と味覚はあまり発達していません。

鳥の大脳は外套と呼ばれます。以前は線条体と呼ばれていましたが、不正確であることがわかったため、いまは使いません。
カラス脳断面
外套は①本能的な学習能力を司る弓外套,②訓練あるいは経験によって学習する巣外套,③連合野に相当する高度で総合的な知的判断を行うための中外套。総合的な知的判断というのは、たとえば,クルミを車に轢かせるなどの行動です。そして④人間の前頭前野に相当する高外套などに区分されています。
脳の大きさは可塑性である可能性があります。さまざまな鳥を飼育下で繁殖させ、脳の大きさを比較したところ、21種中、16種で脳が小さくなったと報告されています。平均減少率は20~30%に達しました。


鳥の脳力

以下の記述は実験による評価なので、サンプルや環境などの設定法により異なっているかもしれません。

数の理解力: ハトは5まで、セキセイインコは6まで、ワタリガラスは7まで。

記憶力: 記憶には、感覚記憶と短期記憶、長期記憶がある。感覚記憶は数秒で動物による差はない。短期記憶は、人では20秒程度で記憶できる種類は7±2。鳥では数秒~十数秒とされる。長期記憶は、カラスは必要であれば、少なくとも12 ヵ月間は記憶できる。貯食性の鳥は多くの貯蔵場所を長期にわたって記憶する。

識別力: 人の顔の識別と記憶は10人位までは問題なく可能。

道具の制作: カラスは針金を曲げてフックを作り、餌をひっかけて取り出すことができる。

カラスの特殊性

鳥の「脳力」ランキングは下記のようになっています。

1.カラス科 

2.オウム

3.フクロウ・キツツキ

4.スズメ

5.ニワトリ・ハト(劣等)

カラスの脳は他の鳥類の脳とは全くレベルが違うといわれます。カラスのは「羽をもった霊長類」と呼ばれることもあります。

カラスの脳重量は10グラムでニワトリの3倍。脳全体に対する大脳の比率は80%、ニワトリでは50%です。

カラスの神経細胞数は、ニワトリの約3,300個に対し、19,500と約6倍の密度。これは外套の占める割合が高いからです。




鳥脳に「自己」を教える
ハトがビデオ映像に映し出された自分の映像を自分として認知した。



昨日、今日と文章を書く気力が湧いてこない。
とりあえず不正確だが、心覚えとして書いておく。

鳥脳が優れているのはあたりまえ

カラス、とくにハシブトカラスの知能は、鳥類の中でも群を抜いているらしい。
言うなれば人類が霊長類の中でも群を抜いているのと同じだ。

最近わかってきたことだが、鳥というのは「生き残った恐竜」であり、爬虫類の中で頂点を極めた生き物だということだ。

哺乳類→霊長類→人類という系譜は、決して生物進化の本流を歩いてきたわけではない。ジュラ紀の終わりに隕石が落ちて、そのための気候激変により恐竜が絶滅したため、マイナーリーグから呼び戻されたような存在だ。

それはとりあえず置いておいて、鳥というのは生物界の王道を歩み続けてきた存在であって、モノの作り、脳の作りには無理がない。自然の脅威に晒され適応を迫られることに変わりはないが、他の生物種に遠慮する必要はないからだ。端的に言えば追っかける能力は必要だが、逃げ隠れする能力はいらない。

小型化とユニット化

ただ空を飛ぶために、すべての器官が小型・軽量化されなければならなかったから、見かけ上はちゃちに見えるかもしれないが、潜在力は哺乳類よりも上回っていると見るべきだろう。小型カメラといえどもニコンだ、ということだろう。

むしろ人間の側で見なければならないのは、人間にさえ匹敵するほどの脳力をあれだけの重量と容量でどうやって実現できたのかというところだ。

私はそれがユニット化という戦略なのだろうと思う。それに対し人間の脳力強化はモジュール化によって実現されたのだろうと思う。

人間はモジュール化でネットワーク勝負

人間の大脳皮質は前頭前野から鳥距溝に至るまで、基本的にはすべて同一の6層構造からなっている。それにどういう役割を割り振りどう相互連絡していくかは委細面談の世界である。

たしかに汎用性があって融通は効くが、膨大な無駄を生むことも間違いない。コンピュータはテレビやラジオやカメラの役割もこなせるが、それぞれを単体で持ったほうがはるかに能率が良い。パソコンが面倒な理由のほとんどはボタンの使い回しの複雑さに起因している。

人間の脳はそのほとんどが神経線維であり、神経細胞よりも神経線維の発達によって能力を発揮する仕掛けになっている。しかも通信速度を上げるために主要幹線は髄鞘化という舗装工事が施されている。

人間はオギャーと生まれたときから神経細胞そのものは増えていない。むしろ小脳などでは間引きが行われて減っているくらいだ。それにも拘らず脳が容量も重量も増えて、頭蓋骨に納まりきらないくらいまで発達するのは電線が増えるためだ。

これは相当能率の悪い能力アップ戦略なので、それをユニット化して線維性連絡を極力減らせるならば、効率の良い脳になるだろう。それがまさに鳥脳なのだろうと思う。人間の脳が1500グラム、カラスが15グラムとすれば、カラスの脳は人間の100倍の高性能ということになる。

哺乳類の視覚動物化

このような分化・発展の仕方は遺伝子変化を伴わざるを得ないので、相当の年月をかけて実現していくべきものである。そして鳥にはジュラ紀以来、それだけの年月があった。

その間、哺乳類は発達の動きを止め、半ば化石生物化していた。哺乳類の脳が発達したとすれば、それは世を忍び日陰に隠れ住むための能力である。

やがて哺乳類は日の当たる時間に日の当たる場所に出て、樹上に登り身を晒しながら生きるようになった。そのため一度捨てた視力の再獲得が必要となった。必要なことは昼行性視力(色彩をふくめた)、遠近識別(前方視)である。

霊長類と視覚脳の形成

やがて哺乳類から霊長類が分化し、鳥にまさるとも劣らぬ能力を身に着けようとした時、哺乳類固有の能力はなんの役にも立たなかった。しかしそれを捨てることはできなかった。

霊長類は機能を転用したり、大脳皮質を急成長することで補ったりという変則的な発展の途を探るしかなかった。それによって結果的には鳥を上回る視覚脳を実現したのである。

それはこのように電線だらけのブザマな大脳をもたらした。とはいえ、そのやり方で鳥を凌ぐほどの高性能な脳を作り上げたのだから、それをだいじにしなくてはならないのだろう。

大脳の後ろ半分は視覚処理のためにだけ発達した。しかしそれは、聴覚性言語と結びついて読み書き脳力をもたらした。これは鳥脳のとうてい及ぶところではない。

ただしAIの設計思想においては、決して人間脳のアナリーゼにならずに、鳥型脳の構築をモデルとするユニット型デザインを第一選択として考えるべきであろうと思う。


「ヘビ検出理論」というのを名古屋大学の河合さんという人が一生懸命推している。

アメリカのイスベルという人が提唱したらしいが、どうも眉唾な感じがする。そこでとりあえず、河合さん以外の人がどう見ているのかを調べてみることにした。

Eeek, Snake! Your Brain Has A Special Corner Just For Them という紹介記事で、一般向けの解説。日本語にすると「“キャー、蛇だ! 人間の脳には特別な領域がある

snake_monkey

イントロ
1992年、人類学者のLynne Isbellを乗せたトラックは、ケニア中部の谷間を走っていた。そのとき突然何かが彼女を凍りつかせた。

「私の目の前にコブラがいました。そいつは鎌首を持ち上げていました」

イスベルはUCデービス校の研究者だった。彼女は20年もの間ケニアで人類学の研究を続けて来た。しかしイスベルは、彼女の覚醒した脳がこのような形でコブラと向き合ってパニックになってしまうなんて考えたこともなかった。

「最初は運が悪いと思ったけど、今は運が良かったと確信しています。それは私の視覚システムが、6000万年の霊長類の進化の歴史を反映しているからです」

その答えは猿たち(霊長類)の視覚の進化とつながっている。またそれは脳の一部、視床枕の進化と結びついている。彼女はそのことを全米科学協会誌の短報で説明している。

彼女はなぜ凍りついたか…イスベルの説明

コブラとの遭遇後数年して、イスベルは次のような理論を考え出した。すなわち、ヘビこそは人間や霊長類が良いビジョンを進化させた主な理由なのだ。

彼女は言う。

「霊長類は前方視する目を持っています。それは優れた奥行き知覚をもたらしています。その他に、霊長類は哺乳類の世界では最高の視力があり、色に対する感覚も優れています。なぜでしょう。それには何らかの説明が必要ではないでしょうか。

有毒なヘビがたくさんいる世界では、霊長類は、他の場所の霊長類よりも視力が発達しています。マダガスカルのキツネザルの視力が霊長類で最悪なのは偶然ではありません。有毒の蛇がいないからです」

ヘビが霊長類の視力を良くしたことの証明

しかし、霊長類の視覚系が実際にヘビを検出するために進化したならば、その脳には生物学的証拠があるはずだ。

そこで彼女は、蛇のいない環境で暮らす日本のマカクザルの脳を研究した。

サルに蛇、顔、手、単純な幾何学的な形を提示し脳細胞の反応を測定した。その結果視床枕のなかで注目すべき変化を発見した(視床枕は脳、視覚系の一部で、人、類人猿、猿に特有のもの)

イスベルは語る。

そこには蛇の画像に非常に敏感で、霊長類の顔を見せたときよりもはるかに強く反応したニューロンがあリました。

サルや他の霊長類は顔にたいして非常に敏感に反応するので、それよりも強く反応するというのは驚くべきことです。

この発見は、以前彼女がケニヤでコブラを見たときの体験を説明しているようだ。

このような反応は、私たちが対象を意識してなくても対応できる迅速かつ自動の視覚システムです。

霊長類のヘビショックは確認済み

この発見は、霊長類のヘビ恐怖を研究する人には驚きではない。ノースウェスタン大学の臨床心理学教授であるスー・ミネカは、「このようなことが起こっていると疑われる人がたくさんいる」と話す。

この研究では、サルの脳反応が本当にヘビを恐れているか、サルが有毒な爬虫類を認識する潜在本能を持っているかどうかは確定できない。

確認されることは、猿と人間が進化の結果ヘビを恐れる脳を持つようになったということだ。

まぁ、まんざら嘘っぱちというのではないが、とりあえずはお話ということで…

だいぶ前、こんなことを書いた。
前脳は中脳、後脳と同様にまずもって感覚情報の集中点だ。中脳が視覚のセンターであるのと同様に、前脳は嗅覚とおそらくは感覚ヒゲのセンターだったのではないかと思う。
これは私の三脳説の肝である。前脳・中脳の背側には何やらいろいろ突起がある。その一つ(一対)がやがてカリフラワー状に増殖していって大脳を形成したのではないかということだ。

それは発生学的には嗅神経に一致するのだが、系統発生から言うともう一つの機能がある。それがヒゲの感覚だ。おそらく振動覚に近いものだろうと思うが、霊長類以前の動物ではきわめてよく発達している。

このヒゲ感覚はどう発達し、どう退化したのか、その中枢はどこにあったのか、きわめて興味あるところである。

それでネットで資料を探し始めたのだが案外ない。そこでまず子供向けみたいな記事から入っていくことにする。

身近にいる犬と猫、どちらにも立派なひげがある。

ひげと言っても人間のひげとは違う。口を中心とする頭部に特に長く突き出したまばらな毛を指す。これは洞毛と言われ被毛よりも2倍から3倍の太さがある。
その毛根には神経と血液が流れていて、鋭敏な触覚器として機能している。
cat-2
猫のヒゲは大体12本ずつある。イヌより発達していて長さも長い。このひげは感覚が非常に鋭く、わずかな空気の動きでも察知するといわれる。

猫のヒゲを切ってしまうと、平衡感覚が鈍るためフラフラして、壁やものにぶつかりやすくなってしまう。

リラックスしている時は少し横に寝ている状態で、何かに興味を示している時は前向きに、鼻や口の前にヒゲが出てくる。怯えているか怒っている時は後ろに引いた状態になっている。

というところで、どうもあんまり本質的な説明はない。

いろいろ探していくと下記の論文にぶつかった。

鳴海 毅亮 「ラットのヒゲ刺激方向情報処理における毛帯路系および毛帯外路系の機能差に関する研究」に刺激伝達回路と感覚中枢が示されている。

これはかなり専門的な研究で、ヒゲの感知した情報が2つの上行経路を伝わって中枢に伝達されるのだが、その2つがいかに使い分けられているのかという研究だ。

それはとりあえずどうでもいいので、基礎的なところだけつまみ食いさせていただく。
ヒゲの物理的刺激は毛根の受容器細胞により検出される。この刺激情報は一時求心性線維の神経線維束を経由して三叉神経核の主知覚核に達する。
三叉神経核からはニューロンを換えて視床核のVPMに伝達され、さらに視床核から大脳の体性感覚野のヒゲの感覚領域につながっている。
これまでの研究によると、ラット大脳皮質の一次体性感覚野で、ヒゲの感覚情報処理に用いられる皮質面積は非常に大きいとされる。
その体性感覚野には、顔面に生える太いヒゲ(洞毛)情報を処理するバレル(樽)と呼ばれるモジュール構造が存在する。
ということだ。以下、ネズミも猫も犬も基本は同じだろうという推測の上で、解説していくことにする。

解説
ヒゲ(洞毛)の毛根には神経叢が絡んでいる。ヒゲに加えられた物理的刺激は、電気信号となって知覚神経を上行する。

これは、基本的にはすべての皮膚表面に加えられた刺激が上行していく機序と変わりない。それが顔面であれば三叉神経(トリゲミナス)ということになる。違いはたんに量的な違いだけである。

まぁ、虫歯のときの歯の神経の知覚過敏を思い起こせばいいのであろう。

sansa

多分人間と同じだと思うが、上顎神経を上行し三叉神経節から頭蓋内に入り脳橋の主知覚核でシナプスを替える。
これは視床に入っていったん終了するのだが、他の情報と突き合わせ高度情報化するために頭頂葉の体性感覚野に送られる。

体性感覚野というのは要はホムンクルスのことであって、それがネズミではヒゲ感覚に多くの領域が当てられているということである。
taiseitikaku
結論

結局わかったのは、ヒゲ感覚はより敏感ではあるものの、所詮は皮膚感覚の延長であり、特殊な仕掛けではないということだ。触覚一般ではない特殊な知覚ではないかという私の予想は、残念だが、外れていた。

嗅神経は自分で好悪を判断すると書いたが、ヒゲ感覚は知覚経路に並走してその刺激の意味を付与する神経が走っているということになる。毛帯系と毛帯外路系というのはそういう意味だろう。

それが統合されるためには、一次感覚野まで行かないとならないみたいだ。なぜならそこには海馬のようなハードウェア(記憶装置)がないからだ。


ヒッグス粒子がボトムクォークに崩壊
加速器実験で観測成功

というニュースだ。流石にわからない。以前にヒッグス粒子の勉強をしたとき、まったく分からないということが分かった。
ただその中で存在というのはエネルギーなのだなと感じたことだけを覚えている。エネルギーというのは質量にもなるし加速度にもなるし熱量にもなるし光にもなる。とにかくアモルファスですべての源なのだ。
とにかく言葉だけでも再勉強だ。
中村秀生記者がきれいにまとめてくれているので、中身はわからないのに、見てくれだけはよく分かる。

1.ヒッグス粒子について
まず囲みの中の用語解説から、
「標準理論」というのは前に勉強した。
素粒子の世界は17種類の基本粒子からできている。キッズサイエンティストから拝借した表をもう一回展示する。
素粒子
ということでいちばん右下にいるのがヒッグス粒子で、これが他の粒子に質量を与えるとされる。言ってみればこの表はまさにヒッグス粒子のためにあるといっても過言ではない。ニュートンのリンゴはここに落ちてくるのである。
ヒッグス粒子は通常は真空のなかに潜んでいますが、加速器実験によって高いエネルギーを得た真空に一瞬だけ姿を現します。
というなかなか文学的な叙述。
しかもこれは日常の姿に過ぎず、宇宙誕生時には特別な有り様が出現する。

最初、宇宙は高温で真空で、「ヒッグス場」によって満たされていました。すべての粒子は質量ゼロで、その真空の中を高速で動き回っていました。

その後、宇宙の温度が下がっていくと、突然ヒッグス場の状態が変わります。(なぜかは語られないが、気相が液相になるような感じだろうか)

このため粒子がヒッグス粒子と結合し、“重さ”を獲得します。これはすべての粒子について平等に起こるわけではなく、ヒッグス粒子との結合が強い粒子ほど多くの質量を獲得し、その結果重くなります。

ということで、ヒッグス粒子が重さ付けをすることで、エネルギーの一部が物質に変わるプロセスの感じはつかめる。

「物質というのはエネルギーと質量の統一体だ」と言ってもよいのかも知れない。

2.今回の実験の意味

ヒッグス粒子の存在を確認する実験については以前触れたので省略。

基本的にはあの時の実験の流れのようだ。

囲み記事の紹介から類推すると、ヒッグス粒子が存在することは証明できた。そしてそれがヒッグス以外のさまざまな粒子と結合することも証明できた。では結合したあとヒッグス粒子はどういう運命をたどるのか、ということがいろいろ考えられた。

その結果、“素粒子物理学の標準理論”にもとづいて、次のような仮説が立てられた。

ヒッグス粒子はその他の素粒子に質量を与えたあと、みずからも物質を構成する素粒子の一つになります。
その素粒子とは、フェルミ粒子グループの一種である「ボトムクォーク」です。
ヒッグス粒子はみずから崩壊し、二つの「ボトムクォーク」のペアーとなります。
そして今回その仮説を証明することに成功したということのようである。
ただし、実験内容については面倒なため省略する。

3.ボトムクォークとは
中村さんはボトムクォークを以下のごとく説明する。
ボトムクォークなどのフェルミ粒子には、質量の小さい第一世代から、質量の大きい3世代まであります。
…一方、力を伝える素粒子のグループもあり、こちらはボース粒子と呼ばれます。
これは非常にまずい説明である。少なくとも素人には人を煙に巻く“反説明”というべきである。
上の図に基づけば、フェルミ粒子は「物質粒子」で、ボース粒子は「力を伝える粒子」というべきである。
さらにフェルミ粒子には、12種類の物質粒子だけでなく、複合粒子であるバリオンに属する陽子や中性子もふくまれる。
中村さんの論旨はこのあたりから揺れ始める。
記事の冒頭で、「今回の実験はヒッグス粒子が崩壊して2個のボトムクォークになることが証明された」ということになっているが、とんとその話が出てこない。
なにか訳のわからない写真が掲載され、その説明にこう書いてある。
ヒッグス粒子がボトムクォークのペアに崩壊した。
ヒッグス粒子とともにW粒子が生成されるが、このW粒子はミュー粒子とニュートリノに崩壊する。
ということで、実験結果ははるかに多彩で多義的なようである。おそらく複雑で難しいから中村さんは割愛したのだろうが、割愛の仕方が悪いからよけい難しい。

4.中村さんによる実験結果の説明
A) 今回、第3世代クォークであるボトムクォークとヒッグス粒子との結合が観測された。
B) これまでトップクォーク、タウとの結合が観測されているので、物質粒子の第3世代との結合としては3つ目になる。
C) その他、力を伝える粒子グループのWとZ(すなわち弱い相互作用グループ)との結合もすでに以前から確認されている。
ということで、「おいおい、それだけの話しかよ」という感もなくもない。

5.今後の研究目標
この実験に日本チームの代表として加わっている花垣さんの談話。
第1,第2世代の粒子がヒッグス粒子と相互作用するのは稀である。まずは第2世代の中のミュー粒子を標的に観測していきたい。またヒッグスとヒッグス同士の結合も見つけたい。

ということで、解説は滑り出し快調ながら、じゃっかん尻切れトンボに終わっている。もう一度整理して提供していただければと願っている。



太陽光については、相当底が深い問題がある。

Ⅰ 自然エネルギーの中での太陽光の意義
技術的には太陽光がコスト問題をクリアーしたのかどうかという問題が、私としては未解決である。
いつどの記事で書いたかは忘れたが、新たな代替エネルギー問題について震災直後から2年くらい問題意識を持ったことがある。
あのときの自分なりの印象としては太陽光は補助金なしでは行かないし、それが電力コストに乗っかってくるのであれば、主要電源にはならないだろうと考えていた。風力には台風という天敵がある。日本に適当な立地はないと考えた。
当時の結論としては

1.自然エネルギーのどれを選択しようと、それは産業資源として考えなければならない
やるのは発電という基幹産業なので、環境のためにやるのではないということだ。いまのところLNGプラスアルファでやっていけるのであれば、基本それで良い。
2.産業資源なのだから世界中の資源を対象に考える
LNG・石油・石炭・ウランが輸入なのに、自然エネルギーが輸入でいけないということはない。「安全・安心・安価」ならどんどん買い付ければ良い。

3.エネルギー問題の技術的ネックは貯蔵問題だ
電池の改善はどんどん進めるべきだが、規模的には限界がある。揚水は日内サイクルで考える際には有効だが、年間サイクルで考えるには非効率的だ。
やはり液化水素あるいは液化炭化水素による保存・輸送しかないと思う。これの大形プラントがコスト的に引き合うようになれば、タンカーによる輸送、パイプラインの普及などで「ガス・電気一体化」エネルギー供給システムが出来上がるはずだ。

4.経産省が最大の妨害者
発電コストの低下
見づらいが、クリックすれば拡大します。
この間、バイオマスも地熱もメタンもコストは横ばいだが、太陽光の1kwhあたりコスト($)は実に72%も削減されている。他にもいろいろ個別問題はあるにせよ、フクシマ後数年で自然エネルギーのコストは劇的に下がっている。
少なくとももはや絶望的なコスト差はない。総合コストを考えれば原発は廃止し、自然エネルギーに移行すべきなのだ。
もう一つの問題は、世界の意向に逆らって原発にこだわったことだろう。かつて公害を奇貨として技術革新を成し遂げ、世界の生産技術の頂点に上っていったのが日本だった。
それが今は自然エネルギーという巨大なビジネスチャンスを逃し、フラッグ・エンタープライズの東芝を失い、三流国に成り下がったということだ。すべては経産省、とりわけ省内アメリカ・マフィアの責任だろうと思う。

4.私の夢
当時、私にとって最高のアイデアは、三菱商事の提案した「パタゴニアの風」作戦だった。
パタゴニアでは1年中アンデスから吹き下ろす烈風が吹きすさぶ。そのほとんどが不毛の大地である。
ここに数万本の風車を建てると、日本の電力需要がほぼまかなえるそうだ。この電気を現地で液化水素に変えてLNGの船で運ぶ。
LNG価格は原油価格に直結している。中東諸国が直結させているからだ。その原油が50ドル台では、液化水素は到底太刀打ちできないだろうが、これからの原油はシェールガス次第だ。
シェールガスは70ドルが採算ラインだ。だから原油は70ドル以上には上がらない。しかしシェールガスはいずれ採掘禁止になるだろうと思う。ひどい環境破壊だからあちこちでボロが出ると思う。
そうなるとバレル100円の時代の再現もありうる。
その日のために、準備しておくべきではないだろうか。

Ⅱ 2019年問題
もう一つはかなり生々しい問題。
豪雪の札幌ではあまり目立たないが、最近各地では屋根に太陽光パネルという家庭やオフィスが目立つ。ちょっと郊外に出てみると結構な広さの太陽光パネル・ファームが出現している。
これはすべて2009年の太陽光奨励補助金によるものだ。通産省もこんなつもりではなかったのだろうか、フクシマ原発→電力危機を受けて一気に広がった。
普及のつもりでつけた好条件がアダとなって国庫を苦しめている。これが19年に切れる。その後補助金が一気に無くなるのか、大幅減額しつつも存続するのかが一つの問題。もう一つは先程も述べたように、電力会社の不買姿勢だ。
私の見るところ、このままなら補助金は消滅し、電力会社は買わなくなるのではないかと思う。ただ小規模、家庭用なら、蓄電池の普及と結合すれば十分生き残る道はありそうだ。
当面は法律もさることながら、更新・買い替えと修理・維持費用が問題になる。もし法律が事実上なくなれば太陽光パネルも消え去ることになる。経産省が10年間支払い続けた奨励金は一体何だったのかということになる。
この辺の兼ね合いが難しい。予算が厳しいのは分かっているから、経産省が電事連に強力な行政指導を入れて、買電枠を確保することになるのだろうが、電事連が自分の首を絞めるような指導を受け入れるだろうかということもある。
この辺はもう少し勉強してみないとわからない。

下記もご参照ください






フクシマ以後の電力課題は「安全、安定、環境、コスト」である。逆に言えば、いわば四重苦からの出発である。
電源別電力量の推移
            (左クリックで拡大)
2010年度では、石炭、天然ガス、原子力の御三家で85%を占めていた。
それが16年度では原子力が激減(△2,800億kWh)した。それを埋めているのが天然ガス1,100億増と節電1千億kWhである。ほかに太陽光が460億、石炭火発が400億ほど増やしている。

その中で太陽光が電力課題解決の鍵となりそうな様相を呈している。風力と比較してみると、いかに太陽光が日本の基幹電源かが分かる。日本の風はあまりに強すぎ、あまりに気まぐれすぎる。

太陽光発電を進める上で最大の障害となっているのが電力会社だ。
彼らは発送電一体にこだわり、原発にしがみつき、太陽光を最大のライバルと考えている。彼らの発想が変わらないと日本の電力事情は厳しいままだ。

2019年は、太陽光発電の10年の買取義務保証期間が終わる。電力会社はこれを機に契約を打ち切り、買取価格を下げ、原発なしに生きていけない時代の再現を目指している。

しかし否応なしに彼らを動かす市場事態が進行している。
それがこの夏の猛暑だ。

2018/08/21JEPX便り
7月の「100円相場」を検証する
データで見る市場運営の晴れない疑問
という記事を掲載していた。

7月18日、気温上昇による需要増から、関西電力は他電力会社から100万kWの緊急融通を受けた。
何故か。それは関西電力が原発に固執し買電を拒否してきたからである。
その結果どうなったか。電力市場をやり取りする卸電力取引所(JEPX)は、開設以来の最高値100円をつけたのである。

一方で赤旗によれば、買電を受け入れてきた東京電力は800万キロを太陽光で賄った(2017年実績)。これは原子力発電の8基分にあたる。
つまり東京電力並みに買電を受け入れていれば、原発の再開などしなくてもお釣りが来たのだ。(現在は大飯3号・4号で240キロ)
ただし数字の出処は不明である。東京電力のホームページの数字は数の如くとなっている。

東電 太陽光

本日の赤旗一面、
「今年の東電管内
猛暑でも電力安定供給
太陽光が貢献
原発不要 あらためて立証」
という4本見出し。
これでほとんど内容は言い尽くされている。
ただし岡本記者が気づいていないいちばん大事なことは、「供給力のおよそ7分の1を太陽光が支えている」ということだ。

記事の内容は3つあると思うので、それぞれに見出しをつけて紹介する

1.7月の電力使用量
これが実は記事からはよくわからない。
次の文章から類推するしかない。
もっとも電力の需要が多かった7月23日午後2~3時において、東京電力管内の最大需要は5653万キロワット
これがどのくらい多いのか、過去の実績に比してどうなのか、といった評価ができない。

2.発電能力に対する稼働率
「今年7月の1日の電気の使用率」というのが表になって提示されている。
わかったようでわからない表現だが、東電が買電もふくめて保有する発電能力に対する稼働率のことと判断する。
これは1日の間でも刻々と変化するもので、ピーク使用率が問題になる。
表で見ると、おそらく天候によるのだろうが、75%から93%の間で変動している。
東電の判断としては93%が危険ラインとされ、それ以下では「安定的」、それ以上では「やや厳しい」とのサインを出すようだ。

3.発電能力(供給力)の構成
この記事が一捻りしているのはこの部分であろう。
原発8基分にあたる約800万キロワットが太陽光発電で賄われました。供給力のおよそ7分の1を太陽光が支えている計算となります。
発電能力と供給力は厳密に言うと異なるが、とりあえず無視する。
おそらくフクシマ以前は原発が過半数で、太陽光はほぼゼロであったはずだから、これはすごい変化である。
問題はコストであり、これがどう変化したかが大変興味があるところである。
ただし、コストはコスト一般では判断できない。天然ガスや石油の消費は外貨の消耗、輸出入バランスの崩れも伴うからである。

4.自然エネルギーの将来
フクシマの後日本は二つの幸運に救われた。最初は著しい円高であり、資源の高騰はこれにより和らげられた。ついで円安傾向に振れたとき、今度は圧倒的な原油安がやってきた。
これらの幸運で稼いだ時間をLPG、石油依存のエネルギー構造からの脱却にいかに使えるか、これこそが日本に課せられた課題であった。
その方向、代替エネルギーがある程度見えてきたと考えてもいいのではないか。
実はこれは地球環境問題としても迫られていた課題だったのである。ただ「原発」という逃げ道を常に準備しての対策であるから本気モードにならなかった。
それが大震災後わずか6年というスピードで、電力会社の妨害にもかかわらず、太陽光発電の大発展をもたらしたのは、すごいことだ。
この数字は大いに広げるべきだと思う。それにしては7分の1というのはあまりにもアバウトだ。

このあいだ作成した「鳥の出現への道筋 年表」は、当初鳥の進化年表として作成したものだが、ほぼ恐竜年表になってしまった。
これを強引に鳥の年表にしようとすれば膨大なものとなり、収拾がつかなくなると思い、そのままにした。
そしてあらためて鳥の年表を作ることにしたが、これも果たしてうまくいくか、不安を抱えながらのスタートである。

前回の年表でも明らかな通り、そもそも鳥とは何か、どこから来たかということがはっきりしないために、混乱を招いているのが現状である。

翼竜はとりあえず除外するとして、(これはこれで十分すぎるほど魅力的なのだが)、始祖鳥から始めることについては異論がないようだ。ただ始祖鳥以外にも、われこそ元祖、本家を称する連中がいて、そのへんの折り合いは一応つけて置かなければならない。

下の図はウィキペディアからの転載である。「基礎鳥類」という言葉自体が聞き慣れないものであるが、一応この流れで掴んでおこうと思う。孔子鳥などのグループを「旧鳥類」と呼ぶ人もいて、それなりに便利だ。

その後、あまり重要でないいくつかの分岐を経て現生鳥類(Neornithes)が登場する。白亜紀の終わりというから隕石絶滅イベントの直前ということになる。

鳥の意味のある分類は古顎類(ダチョウなど)と新顎類の二つだけで、後は適応系と進化系の区別がついていない。というよりゲノム解析法の導入でずたずたになってしまったという感じだ。

ゲノム解析法の導入の最大の功績は、形質や機能に基づくこれまでの分類が意味がないことを明らかにしたことだ。
鳥の多様性は時間軸の上に形成されているのではなく、一気に水平拡散が広がり、一種のエピジェネティックな「獲得形質の遺伝」がもたらされたのではないかと思う。

そうするとあまり「進化の年表」というふうに追い込んでいくと鳥に逃げられそうだ。

とりあえず生態学の基礎を押さえていくのが利口だろう。


「鳥が飛べるようになった理由」
なんとなく分かってきたような気もするが、まだイメージとして出来上がっていない。
とりあえず、自分流にまとめてみる。
一つは、鳥は翼があるから飛べるのではない。羽ばたくから飛べるのだということである。
羽毛の生えた上肢は、当初は威嚇あるいは求愛行動のために羽ばたき行動をとった。そのうちに羽ばたき行動が一種の浮力を生み出すことに気づいた。それを猛練習の中で磨き上げ、世代を重ねる中で飛翔能力にまで高めた…
というのが「鳥が飛べるようになった理由」である。鳥というのはまさに麻原彰晃だ。
二つ目の理由は、自由に使える上肢があったからである。
ジュラシックパークより一昔前の時代、地上には巨大な草食獣が闊歩していた。100メートル100トンというクラスだ。彼らの足は直径2メートルもあって4足歩行だった。
その後ティラノザウルスのような肉食獣(獣脚類)が登場した。彼らは後脚のみで歩行し手はフリーとなった。だから羽ばたき行動も可能になったのだ。人が猿よりえらいのは直立して手が使えるようになったからだといわれるが、なんのことはない。Tレックスや鳥たちははるか昔にそれを成し遂げていたことになる。
もう一つの理由は、より非本質的だが、
ハネの物理的強度のレベルまでからだの無駄を削ぎ落としたから、飛べるのだということである。
鳥というのはティラノザウルスの直系の子孫らしい。ボクシングの選手でも到底出来ないような命がけの減量を敢行したことになる。小さいということ(軽量化)はそれ自体が進化なのだ。
鳥の脳を考える上でも、そのことを念頭に置かなければならない。

これは人が泳ぎを覚えるのにたとえられる。
水に落ちれば手足をバタバタさせるが、それだけではいつかは溺れる。人はそこで泳ぐ動作を覚えるのである。その結果、泳げるようになる。
泳げる人間と泳げない人間のあいだにDNA上の差はない。「獲得形質の遺伝」とかエピジェネティクスなどを考える必要もない。ただ、不思議なのは泳ぎと自転車乗りは一度覚えたら一生忘れないということである。人間のなかに、なにか特定のスキルに対する鍵穴があるのではないだろうか。

鳥の脳の進化を調べることは、マクリーンの爬虫類脳ー哺乳類脳ー霊長類脳という「三段階説」を完膚なく打ち砕く上で、決定的な意味を持つ。
哺乳類は霊長類を生み出すに及んで、ようやく鳥類の脳に追いついだのではないか。
それは霊長類以前の哺乳類、鳥類、そしてその祖先としての恐竜類を比較することにより証明できるのではないだろうか。
現に鳥類の脳を研究している学者からはそういう意見も上がっているようだ。彼らの意見に耳を傾けながら考えてみようではないか。
まずはその前に、始祖鳥から始まる鳥類の進化年表。

長谷川政美さん「鳥とは何か」
①鳥類の最大の特徴は空を飛ぶ能力です。鳥とは「空飛ぶ恐竜」です。
②哺乳類と同様に恒温動物です。変温動物ではないという点で、「恐竜(爬虫類)ではない」ということもできます。
③鳥は哺乳類よりはるかに長い旅を楽々と成し遂げます。それは低酸素に適応した気嚢という呼吸システムを持っているからです。

年表づくりで困難なのは、鳥の定義が変わり、概念が変わり、範疇が変わっていることだ。そのために古い教科書は役に立たず、それどころが混乱をもたらすだけだ。少なくとも権威ある文書で、今世紀以降のものを土台に作らなければならないし、怪しげなところについては出典を明示して臨む必要がある。
爬虫類系統図

地質学をもとにした「…紀」も原理的には相対年代であり、気候年代と完全一致するとは考えにくい。基本としては絶対年代、すなわち「…万年前」を用いるべきであろう。少なくとも分かる限り併記はしていこうと思う。


        チャーリッグ「恐竜は生きている」より

古生代

 石炭紀  地表にシダなどの植物が大繁殖。海面下ではウミユリ類が繁殖し、死後に石灰岩を形成。また海綿,コケ虫,藻類などが礁を作った。

石炭紀前期 3億6千万年前から3億2千万年前 両生類の中から陸生に適応した有羊膜類が出現し、竜弓類(爬虫類)と単弓類(哺乳類)に分かれる。昆虫は巨大化し、全長60cmのウミサソリ、翼長70cmのトンボ、全長2mのムカデなどが現れる。翅を持った昆虫が初めて出現、ゴキブリの祖先となる。

石炭紀後期 3億2千万年前から3億年前 リグニン分解菌が未発達だったために、植物は死後も分解されず炭化水素(石炭)を閉じ込める。このため徐々に低温(低炭酸ガス)と高酸素(最大35%)が進行する。南半球では氷河と針葉樹林帯が広がる。

 ペルム紀(旧 二畳紀) 3億年前~2億5千万年前 
初期は寒冷。低温・高酸素環境のもとで哺乳類型爬虫類(獣弓類)がパンゲア大陸全体に繁栄(リストロサウルス)。

後期は激しい高温。ユーラメリカ大陸とゴンドワナ大陸が衝突し、パンゲア大陸を形成。

ペルム紀末期 2億5千万年前 大絶滅が発生。生物の90%から95%が絶滅する。超大陸の形成と分裂に伴う火山活動が原因とされる。


中生代

 三畳紀
三畳紀前期 2億5千万年前 リグニン分解により酸素は10%にまで減り、炭酸ガスが増え、気温が上昇する。大量絶滅のニッチを埋める如く新たな生物が登場。恐竜の中から気囊を持ち低酸素に強い主竜類(アクロサウルス)が登場。
リグニンを分解するペルオキシダーゼを組み込んだ白色腐朽菌(きのこ)が出現したのは、それより5千万年前、古生代石炭紀末期頃であると推定される。

三畳紀中期 2億3千万年前 主竜類から翼竜類と恐竜、ワニ類が分岐。翼竜類(ランフォリンクス)は飛行制御など知能を働かせるために恒温動物であったとされる。最初の哺乳類が現れる。海中においては硬骨魚類が増生。体長5メートルを越す両生類、マストドンサウルスも出現。

気囊 図

 三畳紀末絶滅 約2億年前 火山活動により、大型爬虫類を中心に生物種の76%が絶滅。巨大な両生類もこのときにほぼ姿を消す。酸素高度依存性の恒温動物(哺乳類型爬虫類)も絶滅に追い込まれる。主竜類・獣弓類が死滅したあと、比較的小型だった恐竜が急速に発展。竜脚類も現れる。
多分覚える必要はないと思うが、一応書いて置く。恐竜は竜盤類と鳥盤類に分かれる。竜盤類は肉食の獣脚類と草食系の竜脚類に分岐する。鳥盤類は全て草食の恐竜である。最近、獣脚類を竜盤類から鳥盤類に移そうという動きがある。
恐竜系統図
                      独創的で挑発的な再評価

 ジュラ紀前期 2億年前 火山活動の結果、現在よりも暖かく、大気中の二酸化炭素濃度は高く、湿度も高かった。
パンゲア大陸の分裂がはじまり、北がローラシア大陸、南がゴンドワナ大陸へと分裂。ゴンドワナ大陸はその後さらに、西ゴンドワナ大陸と東ゴンドワナ大陸へと分裂する。

 ジュラ紀後期 1億6千万年前 西ゴンドワナ大陸がアフリカ大陸と南アメリカ大陸に分裂し、その間に大西洋が生まれる。東ゴンドワナ大陸はインド亜大陸、マダガスカル島、南極大陸、オーストラリア大陸に分裂。

始祖鳥が登場する。鳥群のはじめであるが、鳥類の直接的な祖先ではなく、系統のとぎれた絶滅種とされる。ドイツのバイエルンの化石、遼寧省の化石が始祖鳥に相当。

鳥群(Avialae)は竜盤類獣脚類の一部門であり、現生している鳥類(Aves)を含む。鳥群はダチョウのように二足歩行をしており、“空を飛ぶ能力のある羽毛がある翼を持った恐竜”と定義された。
比較的上空を飛ぶ翼竜との間に競合はなく、両者はともに生きながらえた。

 白亜紀初期 約1億2500万年前 温暖で湿潤な気候が続いた。植物会では被子植物が主流となる。

始祖鳥に続く鳥群が出現。現在の鳥類につながるとされる。鳥類に特有の遺伝子があるわけではなく、遺伝子を使いまわしているだけだという。

始祖鳥逆スキャンダル: 始祖鳥は捏造と批判されたことがある。羽毛恐竜についてはシノサウロプテリクス(中華竜鳥)、カウディプテリクス(尾羽鳥)、プロトアーカエオプテリクス(原始祖鳥)、シノルニトサウルス(中華鳥竜)、ベイピャオサウルスの4種が確認され、アーカエオラプトルは贋作(合成)とされた。

 白亜紀中期 1億年前 酸素濃度がふたたび増加。草食性の竜盤類に代わりティラノサウルス、トリケラトプスなどが恐竜界の主流となる。トカゲ類から蛇が分化。哺乳類は胎生となり有胎盤類が増加する。

 白亜紀後期 7千万年前 翼竜の主流が大型化。プテラノドン、ケツァルコアトルスなど10m級の翼竜が繁栄する。鳥類との棲み分けのためとされる。

 白亜紀絶滅 6千600万年前 小惑星が現在のメキシコ・ユカタン半島の北の海域に衝突。生物種の70%が絶滅。翼竜、真鳥類を除く恐竜が絶滅する。海中でも全てのアンモナイト類が絶滅。「なぜ恐竜だけ?」という問題は未解決である。
ついでに、映画「ジュラシックパーク」に登場する恐竜はすべて白亜紀のものらしい。「なぜ?」


新生代
古第三紀 6500~2400万年前
 暁新世 約6550万年前 霊長類の出現。
 始新世
 斬新世 2500万年前
 ケニヤで最古の類人猿と思われる化石




デニソワ人はネアンデルタール人と肩を寄せ合っていた

本日の赤旗科学面の記事
まず3本見出しを並べる
母・ネアンデルタール人、父・デニソワ人
5万年前の人骨は混血の少女
シベリアの洞窟

結論は見出しに尽くされている。
その前に前振り、その後に意味づけがつく
まず前振り
シベリアの南部にデニソワという洞窟がある。2008年に洞窟の中から多くの人骨が見つかった。
調べると大変な人骨であることがわかった。どこが大変かというと、一つはそれが5万年前の人骨であるということ、もうひとつはネアンデルタール人とデニソワ人の混在する居住地だったということだ。
我々はこの発見によって、デニソワ人という第三の旧人の存在を知った。
第1がハイデルベルク人、第2がネアンデルタール人である。
ハイデルベルク人を原人ーホモ・エレクトゥスとする説もある)
いったいデニソワ人とはどんな人種だったのか。それはネアンデルタール人と、どこがどれだけ違うのか。なぜネアンデルタール人と混住していたのか。
謎だらけだ。
そこに持ってきて、今回のニュースだ。「エッ」とも思うし、「それもありかな」とも思う。
ついで今回の研究結果
デニソワ11と名付けられた人骨の一部をゲノム解析したところ、ネアンデルタール人とデニソワ人のゲノムが40%づつ入っていた。
ここからさきがよく分からないのだが、以下のように記載されている。
両者とも(ゲノム内の)比率が高く、しかも同程度の割合を占めている…
このことは遠い昔に混血した人の子孫ではなく、第1世代のハイブリッドであることを示している。(マックス・プランク研究所の発表)
2つの人種はひとつ屋根の下で平和的に共存していた。下世話な言い方すれば、この洞窟は乱交パーティーの会場だったわけである。二つのグループが平等だったのか、一方が支配され家畜化されていたのかはわからない。
意味付け
80万4千年前に、現生人類であるホモ・サピエンスとの共通祖先からネアンデルタール人・デニソワ人の共通祖先が分岐した。さらに、64万年前にネアンデルタール人からデニソワ人が分岐した
とされる。
それが共存した理由は2つ考えられる。
ひとつは生活形態に合わせて人手が必要だった可能性。マンモスハンターであれば狩猟の方法、人命リスクの高さなど、共存したほうが良い場合はたくさんある。もちろん分前が減るということではトラブルの原因にもなりうるのだが…
もう一つは、そこ(シベリア)が当時の人類のフロンティアであり、生存の限界線を構成していた可能性である。デニソワ人は、あとからネアンデルタール人が来て生活が圧迫されようと、そこから先に進めないのであれば、そこにとどまるしかない。そうやって複数の人種が階層を形成しながら積み上がっていく可能性である。
これをさらに布衍していくとホモ・サピエンスとの関連もでてくる。
5万年前といえば、ホモ・サピエンスはとっくに出アフリカを果たし、新大陸を除くすべての大陸に進出している。反対にネアンデルタール人はほぼその歴史を終えようとしていた。
だからデニソワ人もネアンデルタール人も、ホモ・サピエンスに追われ、辺境の地に肩を寄せあっていたというふうにも考えられる。想像力は限りなく広がるのである。


これはふと考えたのだが、これまで道具の使用が人間を作ったのだと言われてきた。
さらに道具の社会的使用という側面まで含めたのが、エンゲルス「猿が人間になるについての労働の役割」だった。
ただ、この考えは2つの点で間違っていると考えられる。
一つは、猿はかなりの点で道具を使いこなしていると言えそうだということだ。おそらく前世紀後半におこなわれた広範なフィールドワークで、それは実証的に説明されるようになった。
いまでは哺乳類から霊長類が進化する過程で成し遂げられた機能ではないかと思われる。しかもそれは哺乳類→霊長類というだけではなく、爬虫類→鳥類という進化の中でも成し遂げられているようだ。
だから我々は哺乳類というレベルではなく、哺乳類→霊長類という巨大なブレイクスルーにもっと注目しなければならない。そしてとくに脳の形態に着目してステップアップを観察しなければならない。またそれだけの進歩をもたらした樹上生活の展開との関連を説明しなくてはならない。
もう一つは、道具の社会的使用というのは、説明すべき社会性の獲得を前提にする過ちを犯しているからだ。社会性の向上を可能にしたものが何なのかを説明しなければ、道具の社会的使用をもたらしたものを説明することはできない。

それでは霊長類からホモ・サピエンスへの進化をもたらしたのは何か。すでに半分答えているのだが、言葉である。おそらく直立することによって舌筋をふくむ顔面筋や顎関節、咽喉頭の動きに大きな自由度が与えられた。その結果非常に多様な音声が操れるようになった。
それは肉体的前提であるが、それを駆使できるようになるためには脳の働きが飛躍的に増強される必要があった。とくに記憶装置の容量拡大がもとめられた。
もう一つは視覚画像のシンボル化である。画像がシンボル化されれないと音声シンボルとの対応はできない。したがって音声機能の拡充と画像シンボル化、そして両者の各々にもとめられる記憶装置、これらが脳の巨大化をもとめた。

したがってこういう事ができる。哺乳類は道具を使うことによって霊長類へと進化した。霊長類は言葉を使うことによって人類へと進化した。
ただ霊長類が哺乳類のトップに立ったということは、動物界のトップに立ったということではないのかも知れない。むしろそれによって先行する鳥類(爬虫類のトップ)にようやく追いついたと見るべきかも知れない。

ともかく、にんげんは言葉を獲得することによって、道具を社会的に使用するようになり、動物界の頂点に間違いなく立った。そしてそれ以来生物学的にはまったく進化していない。
ハード的な機能としての脳の大きさも、発声装置も、記憶装置も10万年前とそっくり同じだ。

文字言語獲得の生物学的意味
前置きが長くなったが、ここからが本番だ。
ただそれにも拘らず、生物が一つの種から他の種に進化するのに匹敵するような巨大な変化が起きている。それが書き言葉の発明だ。これは文字通りエピジェネティックに起きている変化だ。
エピジェネティックというのは、明らかに脳のシステム上の変化を伴っているからだ。書き言葉の獲得は明らかにシステムの生成を伴っている。まったくの一代限りの学習成果とばかりは言えないのである。
不正確な言い方かもしれないが、たしかに書き言葉の獲得は後天的である。いまでも地球上の人類の半数近くは文盲である。しかし失い方は決まっている。誰でも頭頂葉の中心溝後方に書き言葉の中枢が形成されていて、そこが傷害されれば“読み書き”という視覚性言語の二大機能は失われるのである。
つまり視覚性言語の習得の仕掛けは決まっているのである。

興味深いのは、文盲の人が脳のその分野を何に使っているのか。彼らが文字を見るとき、その場所がどういうあり様を示しているのか、などである。もともとなにかに使われていたはずの脳だから、視覚性言語のために取り上げられてしまったとき、元の働きはどこが担っているのかというのも気になる。
聴覚性言語の場合は明らかに利き腕側の優位の右半球に依存するが、視覚性言語はどうなのだろう。

一番気になるのは、テレビやラジオ、漫画という非文字言語に人間が落ちていくときに、人間の知能が落ちていく危険はないのか、考える機能が衰えて情緒的になっていく危険はないのかということだ。
トランプとか安倍晋三とかを眺めていると何かしら、そんな考えに陥ってしまわないでもない。

竜頭蛇尾というか、本番のところで脳みそがへたってしまった。
これから、また機会があったら、考えてみたい。

という文章を見つけた。

東邦大学医療センター佐倉病院の院内報
「SAKURA Times 2013.11.10 第 67号」
に掲載されたものらしい。
著者は「臨床検査部」となっているので、
お気軽に書かれたもののようである。
安全運転管理者等選任の手引き
というファイル名だから、別のレポートの裏にでも印刷したのであろう。

現在の鳥類・魚類・爬虫類・両生類の赤血球にはすべて核があります。これら脊椎動物の中で赤血球に核がないのは、哺乳類だけなのです。
哺乳類(単弓類)は、なぜ赤血球の核を捨ててしまったのか。
ということで、著者はいくつかの仮説を提出している。
① 核をなくすことで容積が増し、細胞内に酸素と結合するヘモグロビンをより多く含むことができる。
② 赤血球の特徴的な円盤状の形をとることで体積当りの表面積が大きくなり効率的なガス交換が行える。
③ 円盤状になることによって、微細な毛細血管もスムーズに通過できる。

著者は以下のようなコメントも追加している。
ヒトの組織中で一番多くの酸素を必要としているのは脳(全身の酸素使用の約 20%)で、ヒトの脳が発達した一因にこの酸素運搬の獲得があったのかもしれません。
まぁ、それは別の話としよう。

進化と環境適応とは似ていて違うところがある。魚類が地上に上がるのに肺呼吸となった。両生類が水辺から離れて陸生となるために乾燥に耐える必要があった。
かくして爬虫類と哺乳類の共通の祖先となるEarly Reptilesが出現した。
そのうち寒冷適応(恒温化)をした単弓類がまず発達した。当時は十分寒かったし、酸素はたっぷりあったからだ。
そのうちレクチン分解菌が出現して、シダの木を石炭にせずに燃やし始めた。おかげで気温は上昇して炭酸ガスは増えてきた。逆に酸素は減った。
単弓類の長所はすべて欠点となった。単弓類は種の多様性を守るためにだけ生きながらえた。おそらくその雌伏のときに赤血球の無核化を獲得したのであろう。

①,②,③の理由はたしかにその通りだが、それには生物進化史的理解を必要とするのではないだろうか。

哺乳類と爬虫類の関係を示す、大変わかりやすい画像があったので、転載させていただく。
元の絵は、鈴木仁「生物多様性概論II : 爬虫類、鳥類、哺乳類」さんのもの。
Reptiles

隕石が落ちたあの日まで、生物進化の王道を歩いていたのは爬虫類(双弓類)であり、哺乳類は初期の段階で進化(多様化)を終え、限りなく絶滅に近い線をたどっていたのだ。


NHK総合 【NHKスペシャル】 
ホモサピエンス・日本へ!発見!極寒を生きる道具
という番組があって、その中で寒いところに進出した人類が服を作るようになった。「それは縫い針を発明したからだ」という話になって、それはそれで良いのだが、それが突然言語活動との関連の話に移る。
どうも話の筋に無理がある。
というのも、どうもアメリカの研究者()のある研究に持っていきたいらしい。
ディー トリッヒ・スタウト (エモ リー大学)「道具使用 と言語の進化の脳科学的解明」
その研究というのが、道具作りの動画(動物の骨から針を作成する)を見せながらEmission CTとかMRとかとってどこが光るか見たものだ。
それがブローカが光ったからと言って大騒ぎしているのだ。
それって当たり前じゃん。
スマートフォンの取扱説明書を読みながら勉強しているときに、脳のどこが働いているかというのと同じでしょう。
取説を手に取りながら読むか、Youtubeの説明動画で勉強するかの違いじゃないの。
ただ、下図を見ると別の興味も湧いてくる。
道具作り学習.jpg
利き腕側の半球かどうかで多少違うのだろうと思うが、後頭葉の背側路が結構光っていて、まずここで画像の動画化が行われていることがわかる。作業の方法を順序立てているのであろう。
ついで、この連続画像が文字として認識され、側頭葉で言語化され、いったん前頭前野で処理された後、ブローカに送られて、ブローカ近傍で言語記憶として処理され、中心溝前方の一次運動野に蓄えられるのである。
この絵でそこまで読めるかという問題はあるが、この手の絵は他にも結構あるので、そんな感じでいいのだろうと思う。
この図式でもっとも重要なポイントは、後頭葉から頭頂葉につながる背側路での動画化処理である。それは私の提唱するV3→V5の動画化機能仮説を補強するものである。

海水蒸留して真水を得る方法は、かなり昔から知られていて、実験レベルでは行われてきたが、コスト面がネックになり実用化というには至らなかった。
ただ砂漠の中の油田地帯みたいなところだと、石油はほぼ無制限に使えるので蒸発法がかなり普及した。
これの熱効率をどのように改善するかの研究が第二次大戦後から始まっている。ウィキによれば、1950年にアメリカの内務省塩水局(OSW)という機関が海水から安価に真水を得る方法の研究に予算を投入したという。

これとは別に1953年、フロリダ大学のレイドが逆浸透法(RO膜)による脱塩法を提示した。これは酢酸セルロース膜が半透性を有することを利用したもので、逆浸透法と呼ばれる。

逆浸透
半透膜を介在した浸透が平衡に達したとき、両溶液間に生じる圧力差が浸透圧である。濃厚溶液側に浸透圧差よりも大きい圧力をかけると、水は希薄溶液側に「逆浸透」するが溶質はトラップされる。(ニューメディカ・テックより)
この半透膜はその後改良が加えられ、1960年にはカリフォルニア大学のLeobらが100気圧の逆浸透圧をかけ、食塩排除率98.6%、透過水の流速が3μm/secに達する淡水化装置の開発に成功した。

いっぽう、伝統的な蒸発法においても多段フラッシュ蒸発法(MSF)が普及し始めた。これは空気圧を段階的に下げることで蒸発の能率を上げるものだ。これだと動力によって気圧を下げる分、熱量の節約になるのとスピードアップが図れる。

これらを見た当時のケネディ大統領は、「海水淡水化」を国家事業として承認した。当時の総容量は20万トン/日。蒸発法が主体であった。

1965年、デュポン社が酢酸セルロース膜方式の海水淡水化プラントを立ち上げ、本格的に淡水化事業に加わった。さらに1972年には界面重合による薄膜の製法が開発され、酢酸セルロースを凌ぐポリアミド系複合膜が開発された。
この半透膜は当初は、海水の淡水化よりは淡水のろ過膜として開発され、下水処理水や高濃度汚染地域の飲料化として始まった。
海水の淡水化に逆浸透圧方式が取り入れられたのは、日本が先行した。1977年、復帰直後の沖縄で激しい水不足が生じた。給水制限は1年の半分近く、169日に達した。このため沖縄での海水淡水化計画が始まった。
20年後の1997年、ついにこの計画は実現した。沖縄・北谷町にポリアミド重合膜を用いた逆浸透膜方式の海水淡水化プラントが完成。生産水量は 4万立米/日を実現した。2005年には福岡地方で94年大渇水を機に、5万m3/日の淡水が水道水源として供用開始となっている。

2001年には技術開発によりRO膜処理法が多段フラッシュ蒸発法を造水量で追い越すに至った。当時の造水量は2600万トンに達した。ただしこの時点では、産油国の海水淡水化プラントは蒸発法が引き続き優位を占めていた。
2010年 世界の逆浸透膜市場をダウ、日東電工、東レの三社が横並びで担う。ただし東洋紡は中東に特化して高い現地シェアを誇る。
稼働容量
2009年 ユネスコが水不足予測を発表した。世界的に砂漠化が進行し、2030年に世界人口の47%が水不足に陥るとされる。

砂漠化地図

学習不足のため、まだ文章化するには至らないのだが、どうも人類の資源無駄遣いによる地球温暖化と炭酸ガスの蓄積、そして海水面の上昇と一筆書きで描くのはいささか早計ではないかと思えないでもない。
つい20~30年前までは、人口が加速度的に増えて人類は飢餓により死に絶えるのではないかと、ほとんどの人が真面目に考えていた。
だから第二次大戦のような殺し合いも、人類のやむを得ない業として黙認されていたフシがある。
ところが、世界の文明化は明らかに人口の頭打ちをもたらした。むしろ文明の進化が人類の衰退を招くのではないかとさえ考えられるようになっている。
こういう状況の中で、環境問題も一度じっくりと考え直す時期に入ってきているのではないかと思う。人口爆発時代のトレンドを外延させるだけではだめで、一つひとつの課題に技術的に、科学的に、哲学的に向き合っていかなければならない。

と考えたきっかけは、砂漠化の問題である。
砂漠化は結局、この気候帯における水の出し入れの問題だろう。砂漠地帯は寒冷地と違ってまったくの不毛ではない。水さえあれば多くの生命を抱え込むことができるキャパシティーがある。気温も平均すればさほど高いわけではない。カーボ・ベルデなど1年を通じて25度という楽園である。
いま地球全体の気候バランスは、面積的に言えば熱帯雨林などではなく第一に海洋であり、第二に砂漠地帯であり、第三に両極地帯なのではないか。
ところが意外に等閑視されているのがこの乾燥地帯だ。しかも猛烈な勢いで拡大し、地下までふくめた乾燥化も激しい勢いで進んでいる。
ここを何とかするのが地球環境問題の環ではないのだろうか。
なんとかすると言っても、話はきわめて簡単だ。真水を突っ込むこと、それだけである。
論理的にはきわめて簡単だが、経済的にはきわめて困難である。
真水を突っ込むことを、持続可能なサイクルとして作り出さなければならない。水を引っ張ってきて灌漑したり地面深くから水を汲み出して、その水で緑の沃野を作り出しても、水の出し入れは全然改善されていない。
これにはまずグランドデザインが必要で、自助・共助・公助を組み合わせた組織づくりとファンディングが必要だ。もちろん技術の開発が伴わなければならないが、それは「必要は発明の母」ということだろう。ついでコストの軽減化が必要で、そこには経済的な意味も必要だ。

脳神経の解剖学で大脳基底核ほど退屈な領域はない。なぜ退屈か。そもそも「大脳基底核とはなんぞや」ということについて、いっさい触れられていないからである。
かなり教科書を読み込んでも、大脳基底核固有の積極的な働きは書かれていないと言える。

しかし臨床的には、とりわけCT、MRが登場してからはきわめて重要な場所なのだ。脳血管障害の多くはここに集中している。ここがやられた場合の被害も重篤だ。
私の生まれた静岡市用宗というところは東海道本線、新幹線、東名高速という3つの幹線がわずか数百メートルの間隔で並んで走っている。
しかし用宗という町にはなんの重要性もない。高齢化の中で死んだような眠ったような集落に過ぎない。
ついでにいうと私の本籍は三重県鈴鹿郡関町大字沓掛404番地。東海道五十三次でいうと坂下の宿だ。鈴鹿峠にいよいよ登っていくとっつきで、伊賀に逃げる道の分岐点だ。そのT字路がまさに404番地だ。これも土地そのものにはまったく意味はない。
私は、大脳基底核の重要性を終脳の最初の起点という歴史的・文化的重要性に見る。
これまで大脳基底核の重要性を貶める二つの間違った位置づけがされてきた。一つは大脳辺縁系の最外周、下り線最終駅という位置づけであり、一つは錐体外路系という有りもしない経路のターミナルという位置づけだ。
これらの汚れを洗い流してもう一度、終脳の起点、外套の第一ボタンとして位置づけることによって、大脳発達の最初期(古皮質形成)に果たした役割について、もう少し真の姿が見えてくるのではないだろうか。

私の「三脳構造」説は脳の基本はあくまで前脳・中脳・後脳の三要素を基本とするもので、終脳(外套)より先は前脳の背側にある何らかの原基(芽)がいわばポリープ状に増殖したものであるとする考えである。
これはマクリーンの三脳説とは真っ向から対立する概念である。
ただし、終脳の増殖が波状に到来し、基底核、古皮質、新皮質が形成されたことには同意する。それは終脳学の範疇である。
それが大脳に質的変化をもたらす。それはマクリーンの3層構造と見かけ上類似する。

その際肝心なことは、基底核が皮質細胞(ニューロン)の生成工場となっていることである。ここで作られたニューロンが次々と前線に送られ積み重なって皮質を形成していくことが分かってきた。

脳科学辞典の大脳基底核原基の項目

大脳基底核原基は、基底核隆起とも言われる。
終脳(telencephalon)のうち外套 (広義の大脳皮質)の腹側に位置する。
ここで多くの大脳基底核神経細胞と大脳皮質のGABA作動性抑制性神経細胞、オリゴデンドロサイトが産生される。
このうち、GABA作動性抑制性神経細胞は大脳皮質、線条体、淡蒼球、扁桃体、嗅球などの様々な領域に移動する


私が個人的に敬愛する脳解剖学の研究者川村光毅先生が「大脳基底核逍遥」という文章を書かれている。
2010年の発表なので、比較的最近のものと言えるだろう。
情動と音楽の起源―情動の進化と脳機能という若干趣味的な論文の一部である。
口演形式なので、アンバランスを承知の上で、今までどちらかというと関心の低かった、“大脳基底核”について多少詳しく、その重要性に力点を置いた。
とエクスキューズが入っている。

私も気楽につまみ食いさせてもらおうと思う。

大脳基底核の分類
大脳基底核は線条体と淡蒼球、視床下核、黒質に分かれる。
線条体は背側線条体と腹側線条体よりなり、さらに背側線条体は被殻と尾状核に分かれる。

トリの線条体
トリにも線条体がある。これは背側脳室隆起(DVR)を起源とする細胞集団である。
DVRの本態については3つの説があるが、結局の所よくわからない。
2002年にアメリカのデューク大学にトリの研究者が集まって、striatum(線条体)との呼称をpallium(外套)に変更したらしい。
主たる変更理由は、それが哺乳類の線条体ではなく、線条体を覆うような大脳皮質類似の細胞集団であるからということだ。

大脳基底核と遺伝子発現
なぜ呼称が変わったかというと、最大の理由が遺伝子発現の違いだ。
いくつかの遺伝子マーカーで、線条体と大脳皮質との違いをチェックすると、それぞれに特異性が見られる。
面倒なので一つだけあげると、Tbr-1という遺伝子があって、これは哺乳類では皮質のみに発現するのだが、トリでは両方に発現する。
つまりトリの「線条体」は線条体とも言えるし皮質であるとも言えることになる。そこで中をとる形で「外套」ということばを持ち出したらしい。

基底核をふくむ神経回路
ここは面倒なので飛ばす。大脳・基底核・視床がグーチョキパー関係だということ、GABAがブレーキで、グルタミン酸がアクセルだということだけ覚えておく。

ヒトの脳は、1000億個の神経細胞と、1兆個のグリア細胞(神経膠細胞)から成る。

アストロサイト(栄養を運ぶ),オリゴデンドロサイト(ミエリン鞘を作る),ミクログリア(免疫を担う)が主なグリア細胞で,末梢神経系ではシュワン細胞がミエリン鞘を作る。

グリア細胞はグリア同士で情報をやりとりし,ニューロン活動を修飾し、シナプス形成をコントロールしている。
記憶や学習という脳の高次機能は,実はグリア細胞によって支えられているといえる。
グリア細胞の情報伝達には、ATPや神経伝達物質が利用されている。

この神経伝達物質はニューロンと共有されており、これによりニューロンを賦活したり、場合により死に至らしめる可能性が検討されている。

例えば脳虚血が起きると、ストロサイト内のグリコーゲンが分解され、乳酸アシドーシスをきたす。これにより過剰分泌されたグルタミン酸がニューロンを傷害すると言われる。

図 血管とアストロサイトとニューロン(脳科学辞典より)

nyu-rontoguria
アストロサイトの樹状突起は細かく枝分かれして広がる。その突起の一本は細動脈と接触している。ニューロンはアストロサイトが作る空間の中に神経回路を作る。

グリア研究の歴史

1846年 ウイルヒョーが「神経の間を埋める何らかの物質」の存在を主張。ニカワのような物質かと想像した。

1858年 ウイルヒョー、グリアが細胞であることを発見。結合組織細胞と記載する。

レンホサック、ゴルジ染色法によりグリア細胞を観察。グリアの一種にアストロサイト(星状細胞)と命名。

1889年 ヒス、グリア細胞が海綿芽細胞を起源とするグリア幹細胞(glioblast)から発生すると提唱。

1913年 カハール、アストロサイトがニューロンとは異なった第二の脳細胞であることを明らかにする。

1921年 ピオ・デル・リオ-オルテガ、オリゴデンドロサイトとミクログリアの存在を報告。

終脳は前脳ではないと思う

依然としてマクリーン仮説が大手を振って歩いていることに唖然とする。

1.大脳辺縁系について
おそらく辺縁系というのはブローカが大脳の最深部に古皮質からなるひとかたまりの脳神経集団を見つけて辺縁葉と名付けたことに由来するのではないか。
それにマクリーンが三位一体的な意味付けをしたから、順序が逆になってしまったのだろうと思う。
進化論の立場から見ればそれは前能の辺縁系であって、大脳は辺縁系のさらに辺縁を形成しているのである。

2.終脳について
教科書には前脳が終脳と間脳に分かれたと書いてある。
これも間違いだろうと思う。
前脳は前脳である。それは間脳と呼ばれ、視床と呼ばれているところである。
終脳と呼んでいるところは、前脳に付着した外套である。
そこには大脳の芽が埋め込まれている。嗅神経、松果体などである。これが海馬に記憶され、視床の感情が伝えられる。
これは前脳に対して、まさに外套にあたる機能と構造である。

3.外套について
外套というのは大脳全体を指す用語であるが、一般的に使う用法ではない。せいぜい失外套症候群という使い方しかしない。
しかし、トリの大脳皮質が6層構造は取らなくても哺乳類の新皮質と変わらないことが分かった。そこで以前は線条体と呼んでいたものが外套と呼ばれるようになった。
そしてこの外套はヤツメウナギにも存在することが示された。
つまり、発生学的に見れば大脳は前脳の外套であり、前脳ではない。
この概念を貫くならば、もはや大脳辺縁系という誤解を生む言葉はまったく必要なくなるのである。

4.まとめると
ヤツメウナギ以来、前脳・中脳・後脳という三脳構造は変わらない。
前脳には嗅脳を中心に外套が付着し、これが終脳へと発展する。
前脳は視床と呼ばれるようになり、神経内分泌中枢の視床下部と結合し間脳を形成する。
ただし、終脳を前脳の外套由来とするなら、あえて間脳という必要があるかどうかは留保の余地がある。

主として 脳の進化の5億年、発達の38週間、成長の80年 より作成させていただきました。ただ大脳辺縁系の記載についてはいささか疑問があり、少し編集しております。

38億年前 生命が誕生する。RNAとタンパク質の組み合わせがきっかけとなる。その後DNAが形成され、“共通祖先”が誕生する。
10億年前 単細胞生物が、“従来のままの単細胞生物”と“植物・菌類の祖先になる単細胞生物”とに分岐。
9億年前 単細胞生物のグループからカイメンが分岐した。カイメンには、まだ神経系は形成されず。
8億年前 複数の単細胞生物が集まり、多細胞生物が誕生する。紫外線と活性酸素の存在下でDNAが損傷→再生を繰り返し、これにより多様性を増す。
6億年前 刺胞動物の登場。『散在神経系』と呼ばれる網目状の神経系を持つ。
5億4千万年前 カンブリア紀の開始。海中には多様な生物があふれるようになる。これらは『集中神経系』と呼ばれる“神経節”を獲得した。
約5億年前 原索動物であるホヤの幼生に神経管が発生。神経管の内側で神経細胞がつくられる。(真の祖先は頭索類のナメクジウオとする説もある)
5億2千万年前 無顎類(ヤツメウナギ)の登場。ニューロンの活動を補佐するグリア細胞が発生。軸索を覆うミエリン鞘は未形成。
4億6千万年 顎口類の登場。グリアに加えミエリン鞘を獲得。脳の大規模化に伴い、鼻孔と下垂体の位置が移動し、そのスペースに脳が拡大する。
魚類、脳は脳幹よりなり、3つに分かれる。前脳は嗅覚、中脳は視覚,後脳は耳と側線器に対応する。前脳背側部に外套(パリウム)が付着。
3億7千万年前 両生類の登場。大脳と小脳が小さく、脳幹が大部分を占める。ただし嗅球が大きくなる。
3億1千万年前 羊膜を持つ爬虫類の登場。中脳の後にある“視葉”が小さく、古皮質の嗅覚に頼る。 爬虫類から大型の主竜類が分化。背側脳室隆起が発達し、視床からの入力を受ける。
2億5千万年前 哺乳類が羊膜類より分化し発生。脳容量は爬虫類と同じ。
6層からなる大脳皮質(新皮質)が出現。新皮質にしわができ、感覚野、運動野が誕生。
6千万年前 霊長類の登場。連合野が出現し、より高度な認知や行動が可能となる。
400万年前 サバンナに進出する猿人(アルディピテクス・ラミダス)の出現。頭蓋容量は300mlほど。
280万年前 木材や石を加工して道具を作り出す猿人(ホモ・ハビリス)の出現。ブローカー野が発達しており、複雑な音声を用いた。頭蓋容量は700ml。
150万年前 原人(ホモ・エレクトゥス)の登場。直立二足歩行により発声が容易になり、言語の発達が加速する。ウェルニッケ野も形成されるようになる。
20万年前 ホモ・サピエンスの登場。頭蓋容量は1400mlに増大、

大竹昭郎さんという方がなくなったそうで、赤旗に大きく訃報が掲載されている。1951年の入党で、95年には滋賀県知事選にも立候補されているそうだ。
全然存じ上げない方であるが、その足跡に多少なりとも触れておきたい。
学生運動としては「イールズ世代」に属することになるだろう。朝鮮戦争、レッドパージ、全面講和が合言葉だ、山村工作隊に飛び込んだ人もいるかもしれない。
ウィキペディアには掲載されていないが、京都大学農学部を1952年に卒業されている。獣医の資格は持っているらしいが獣医で働いた形跡はない。
農学部の農林生物学科には南窓会という同総会があって、ウェブ同窓会誌というのを発行している。ただし2003年を最後に更新が止まっている。農学部の改組で農林生物学科そのものがなくなってしまったらしい。
目次を見ると結構食欲をそそる題名が並ぶ。農学部というのは、ファーブルみたいな人の集りで、意外と文系かもしれないなと思う。
化学の枠組みを勉強したとき、「あぁこれは応用物理学だな」と思ったのだが、おなじでんでいうと、農学というのは応用生物学なのかもしれない。医学も応用生物学ではあるが、生命を突き放すか、突き放せないかの違いがある。
話が飛んだが(別に飛んで困るというほどのものでもないが)、その同窓会誌に大竹さんの文章が2篇掲載されている。

1.「原爆展」のこと
1951年7月、未だ占領下、京都駅前の丸物百貨店(現近鉄百貨店)で「綜合原爆展」が開かれた。
京大同学会(学生自治会)が主催し、10日間で約3万人が入場した。
以下は原文よりの抜粋
当時、農学部自治会の委員だったわたしも、この原爆展にかかわりました.
農学部の学生ということで、放射線の生物への影響について、会場でパネルの説明係をやりました。
同志社大学の学生がかの女と一緒にやってきました。同志社の角帽は一種独特のあか抜けしたものでした.
それにかれは色白の貴公子で、わざわざ入場料を払って原爆展にくる客種としては珍しく感じられました.
「放射線の影響で4つ葉のクローバの発生頻度が高くなる」と説明した途端、この2人組は顔を見合わせてニヤリとしました.
わたしが顔を赤くしたかどうかは覚えていません.
文章の大筋とは関係ないこのエピソード、たぶんこれが書きたくて、この文章を書いたのでしょうね。

2.架空インタビュー「あれやこれや」
たぶん65歳ころの身辺雑記であろう。
遊びを遊びにできない人の典型である。
退職後に何をしようと考えたら、迷うことなくアブラムシとなりました。
いくつかの種類について試行錯誤の後、自宅近くの歩道の植え込みについたナシミドリオオアブラムシを数年いじりました。
しかし、そのアブラムシはどうも気にいらなくて、いまはセイタカアワダチソウにつくヒゲナガアブラムシの一種を扱っています。
わたしは野外で、あるいはもち帰って、ひたすらアブラムシを数えていますが、「こんなことをして意味があるのか」と、ときどき自己嫌悪に陥ります。
ここでもうひとりの自分が質問を投げかける。
それはセイタカのアブラムシという一種に絞りすぎているからであって、周りの他の生物との関係などを考慮する必要があるのではないでしょうか。
そしてそれに答える。
ごもっともな意見と思います。しかし、対象の種の個体群そのものに、しつこくこだわる人がいてもいいと思います。
これは大事な点で、まずそのものが持つ矛盾を突き詰め、そのものの持つ駆動力を理解することが基本なのであろう。そのことが理解されて初めて、他者との関係で逆規定される存在が理解できるのだろうと思う。

実は、ネットには長大論文が乗っていてなかなか面白そうではあるのだが、いかんせん長い。
とりあえず書名とまとめだけ載せておく。

ダイコンサルハムシの分布一特に成虫の分
、散が次の世代の分布に及ぼす影響について

1958年 島根農業大学応用昆虫学研究室業績  No.22 P107~116

比較的分散能カの弱いダイコンサルハムシの成虫が、畑の中をどのように分散してゆくかについて明らかにするために、野菜畑での観察および,実験圃場での実験を行った。
野菜畑を毎日見廻り,9月14目サルハムシ成虫を初めて発見した。翌日から,畑の申の成虫の分布の定期的な調査を行った。
畑の周りの雑草の申などから移動してきた成虫は,多くは畑の縁の都分に止まっている。
成虫の活動状況は,外部条件(主として気象条件)によって影響され,非常に不規則であった。

要するに先っパシリの個体はえらい勢いで拡散するが、本隊の拡散は意外に時間がかかり、同心円状の形態を取るということらしい。

これは例えば西部開拓史などを見ると納得がいく。初期の征服者や探検家の行動力には凄まじいものがある。
しかし生活者が鍋釜持って移住するのには意外と時間も掛かるし、一進一退を繰り返すものだ。
生活者の拡散には物理的な障壁は意外に低く、山でも谷でも越えていくが。暑さ寒さなど行動性を左右する因子は相当な影響を与えるようだ。

ただそれを方程式化できるかどうかは、数をこなさなければなさそうだ。


教育テレビの「サイエンス・アイ」は私のお好み番組で、毎回ビデオにとって楽しんでいる。
(現在はビデオにとるとは言わないだろうが、何というのだろう)
4月から構成やスタッフが変わり、一層面白くなった。女性ナビゲータの感度が良くなったのが魅力である。
最近の番組でテヅルモヅルの話があって、非常に面白そうなのに、途中からクラウド・ファンディングの話になってしまった。
仕方がないのでネットでテヅルモヅルを検索したが、昭和天皇がコレクターだったという話ばかりでさほど面白いわけではない。
結局、テヅルモヅルの話を面白くさせているのは、この岡西さんという研究者のキャラなのだろうと思い当たる。もちろんファンディングを集めるのだから、自分の研究の意義とかユニークさとか面白さをアピールしなければならないのだが、そのアピールの仕方、“目の付け所”が面白いのである。
岡西さんはテヅルモヅルの研究を風変わりな研究ではなく、“基礎研究”と位置づける。そのことによって、“基礎研究とはなにか”という問いかけをしている。
医者の世界では医学というのは臨床と基礎に分かれる。人間を扱い、病気の診断と治療をするのが臨床医学で、人体の仕組みや働きを研究するのが基礎医学だと考えてきた。
しかし研究の方法論という観点から見ると、そういう構造的な観点からだけ基礎科学を見るのが正しいのだろうかと思える。
むしろ認識過程の問題として事実を収集整理することこそが基礎科学ではないのだろうか、とも思えるのである。
科学はリンネより始まる。
収集し、整理し、統合する過程というのはある意味でひらめきなど必要ない世界である。飽くなき興味と愚鈍な執念とが織りなす世界である。たぶんそれに加えてカネとヒマが必要であろう。
ひらめきはこの作業の中で生まれてくる。このひらめきは膨大な作業の中から生まれてくるから、重要で応用が効くものである。
ということで、少し岡西さんの弁に耳を傾けるとしよう。


『ヴァーチャル生物学入門』というサイトの掲示板に質問が書き込まれていて、回答者が一生懸命各分野の専門家の意見を聞いて答えている。
ゾウリムシの走電性について知りたいのですが・・・。どうして電気を流すとマイナスに移動するのですか?繊毛の動きから 考えたらくるくる回りそうなのに。…どうも納得いかなくて…
みんな一生懸命答えているようなのだが、要領を得ない答えばかりだ。
私ごときに答えられるわけはないのだが、回答者が見落としているポイントが一つありそうに思える。
それは、繊毛運動が発生史的にはまず先行しているということだ。
繊毛の自動性と自立性
繊毛は細胞膜から外に突き出し、おそらくは細胞周囲の化学的環境に合わせて自発的に運動しているのだろうと思う。それを仲介しているのはケミカル・メディエータやホルモンだろう。
後から細胞膜のナトリウムチャネルなどが生まれ、脱分極現象が生まれるようになった。これはスピードが圧倒的に早いので、必要があればしばしば繊毛の自律運動に介入する。
ただし繊毛運動を支配するわけではないし、監視するわけでもない。必要なときにアラームを鳴らすだけだ。
方向転換や逃避反応は電流により起こるのではなく、両者の合成力として、たまさか起こるのであろう。
「一定の刺激を与えると一定の方向へ動く」ことが勘所
この質問でいうと「電気を流すとマイナスに移動する」のではなく「一定の刺激を与えると一定の方向へと動くこと、動く際にもそこに一定の安定性が自動的に担保されていること」が勘所なのではないかと思う。
だから回答にあった、脱分極と過分極というのにはちょっと疑問があって、脱分極だけで十分話しが通じるのではないかと思う。

以下は、「JT生命誌」に掲載された西川 伸一「動物と神経の誕生」の抄録である。
短文ながら非常に深い弁証法をふくんでおり感銘した。

神経細胞はいつから?

神経細胞は動物、すなわち動く能力を持った多細胞生物の誕生とともに生まれてきた。(「動く」というのは「移動する」と言うべきだろう)

現存の多細胞生物のうち、海綿動物とセンモウヒラムシには、いわゆる神経細胞は存在しない。

ただし、ゲノム系統樹から見ると、ヒラムシや海綿にも最初は神経細胞が存在し、その後神経細胞を退化させた可能性がある。

神経細胞に必須であるナトリウムチャンネルは、クシクラゲと左右相称動物がそれぞれ独自に発生させた可能性もある。

想定される神経細胞の始源

最初の神経の形態は、現代の神経細胞よりは、もっと普通の細胞に近かったのではないか。ただそれは、外界からの刺激に反応し、その興奮を他の細胞に伝達する能力を備えていたのであろう。
つまりそれは①刺激反応性、②刺激→情報(電流)転換系、③情報伝達力の三点セットである

“興奮性の細胞”は筋細胞と近い関係にある。興奮性細胞系列は一部が神経細胞となり、一部が興奮を力に変える筋肉細胞へと発展した。
神経と筋肉は動物の誕生とほぼ同時に出現している。

その共通の特徴は、細胞の興奮に必要なイオン勾配の維持機能、そのイオンを選択的に通過させ膜電位を発生させるイオンチャンネル、そして興奮を他の細胞へ伝える化学システムにある。

光受容システム

以上は興奮伝達システムの発生学だが、これとは別に別種の情報をいかに神経に乗る情報に変換するかという問題がある。先程の三点セットで言うと、①と②の部分に相当する。

そのひとつが、光受容システムだ。これは必ずしも動物に限らずすべての生物に必要な機能である。
ゴカイの幼生では、
①色素細胞で吸収された光エネルギーが、
②それに結合する神経細胞により神経興奮として受容され、
③その神経細胞が、繊毛上皮とコリン作動性のコンタクトを形成し、
④これにより繊毛の動きを調節する。
Jekely et al, Nature 456, 395, 2008
光や温度、あるいは圧力などの物理変化に素早く対応することは、動物にとって死活条件となる。その際化学的シグナル分子だけでは到底追いつかない。
この神経細胞を獲得したことが動物の生物一般からの旅立ちを可能にした。

神経細胞の入口と出口
ただし、神経細胞の登場というのは、色素細胞・神経細胞のセットがゴカイの幼生で発生するということである。

入り口、つまり色素細胞における物理刺激の感知システムは、すでに単細胞生物でも見られる。
それはクラミドモナス(単細胞生物)のもつイオンチャンネルであり、チャンネルロドプシンと呼ばれる。

“④繊毛の動きを調節する”という問題は、本来は出口議論としてやらなければならない。なぜなら繊毛運動はもともと、単細胞生物にも存在する自律的なものであるからだ。それに神経細胞が干渉し、それを繊毛が受け入れることになる。

神経・筋肉の誕生の進化論的意義

神経・筋肉の誕生をふくむ生体の発達は、生物を多様な環境変化にすばやく対応できるようにした。
このことで生存する個体数は増え、生息可能な環境は多様となる。

神経や筋肉によって、動物の運動性が質及び量の面で大きく高まった。そのことで、動物は急速に地球上の様々な環境へと拡大できた。
ゲノム情報による自然選択が回避可能となり、種の選択圧は下がり、多様性が維持できるようになった。

これが神経誕生の進化論的意義である。

ナトリウム・チャンネル、つまり脱分極メカニズムが神経細胞の本態だというのは説得力がある。またそれが筋細胞においても同様であり、それらは細胞膜上のレセプターが特殊に進化した結果なのだろうと予想される。
チャネル・ロドプシンは色素タンパク質で、光が当たるとナトリウムイオンを取り込むと言われている。とりあえず飛ばしていく。

マックス・プランクの小伝

1858年 プランク、北部の港町キールに生まれる。正式名は Max Karl Ernst Ludwig Planck。当時キールはホルシュタイン公国に属していた。

1859年 キルヒホッフ、黒体放射の熱平衡分布は温度のみに依存すると発表。輻射エネルギーの分布を振動数 νの関数として求める研究が進む。

1874年 プランク、ミュンヘン大学に入学。専攻分野は数学であったが、次第に熱力学に傾倒していった。

1879年 プランク、熱力学の研究のためベルリン大学に転学し、キルヒホフのもとで学位を取得。

1884年 レイリー、マックスウェルの功績を引き継ぎ、電磁気学の単位(アンペア、ボルト、オーム)の標準を定める。レイリーは男爵の爵位名(3rd Baron Rayleigh)。本名は John William Strutt。

1886年 ヴィーン、金属刃端による光の回折を研究。回析のパターンが金属の材質により異なることを示す。ヴィーンの正式名は寿限無のごとし(Wilhelm Carl Werner Otto Fritz Franz Wien)。当時22歳でベルリン大学学生。

1890年 ヴィーン、大学卒業後農場経営を継ぐが失敗。やむを得ず大学に戻った(ウィキ)。ベルリン工科大学に籍を置き、ヘルムホルツのもとで研究。

1892年 プランク、ミュンヘンとキールの大学を歴任したあと、ベルリン大学教授に就任。

1896年 ヴィーンが「ヴィーンの変位則」や「ヴィーンの放射法則」を発見。これを応用して「温度と熱平衡分布に関する公式」を発表。

ヴィーンの変位則: 黒体からの輻射のピークの波長(λmax)は温度に反比例し、b/T で示される。比例定数 b は0.29 cm·K とされる。
ヴィーンの放射法則: ヴィーンの公式、ヴィーンの分布式とも呼ばれる。熱輻射における電磁波のスペクトルを与える理論式で、短波長領域における近似式である。

1899年 プランク、光の最小単位に関する定数を提言。プランク定数と名づけられる。
  
とし、ウィーンの公式に代入した。k は ボルツマン定数で、通常はkβをh(プランク定数)として表す。
プランク定数: 光子はエネルギーと振動数の比例関係の上に成り立つ。プランク定数はこの比例関係(ε=hν) をあらわす定数で、h=6.626070040(81)×10−34 Jsで示される。
RJ_Wien_Planck
ミクロの世界より転載

1900年
00年 黒体放射に関するレイリーの式が導出される。
レイリーは物理学会のエジソン。空が青くなる理由を示す(レイリー散乱)、地震の表面波(レイリー波)の発見、アルゴン元素の発見も手がける。寺田寅彦による評伝「レーリー卿」をみよ。
10月 プランク、レイリーの式とヴィーンの公式を検討。2つの公式をつなぐ内挿的公式を考案。ヴィーンの公式は高周波数領域においては実験データと良く一致したが、低周波数ではずれがあった

12月 プランクが「エネルギー量子仮説」を発表。のちに「プランクの法則」と呼ばれる。発表の場はベルリン物理学会のクリスマス講演だった。
物質中の荷電振動子のモードが飛々の値しかとらないことを発見。電子軌道の存在を推定し、軌道内ではε=hν、異なる軌道ではその整数倍となる。
1904年 レイリー、アルゴンの発見により、ノーベル物理学賞を受賞。共同研究者ラムゼーは化学賞を受賞する。

1905年 レイリーの式にもとづく定数が求められる。(ジェームズ・ジーンズによってその誤りが訂正されたのでレイリー・ジーンズの式と呼ばれる)
レイリーは量子論や相対論を嫌悪し、最後まで熱放射を古典物理学で説明する望みを捨てなかった(ウィキ)。
1911年 ヴィーンがノーベル物理学賞を受賞。

1913年 プランク、ベルリン大学総長となる。

1914年
10月 プランク、「世界文明への宣言」に署名する。ドイツの戦争を支援するもの。

1918年 プランク、量子論によってノーベル物理学賞を受賞する。

1930年 プランク、カイザー・ヴィルヘルム研究所の所長に就任。

1932年 プランク、科学哲学書 『科学はどこへ行くのか』 を発表。理性だけではない直接的な認識の重要性を強調した。

1933年
5月 プランク、ナチのユダヤ人迫害に対し、ヒトラーに直接抗議を行う。第二次世界大戦中もドイツにとどまるが不遇の生活。

1944年 次男のエルヴィン・プランクがヒトラー暗殺計画に加担。敗戦直前に処刑される。(長男は第一次大戦で戦死)

1945年 プランク、カイザー・ヴィルヘルム研究所の名誉総裁に就任。復興に尽力する。

1946年 カイザー・ヴィルヘルム研究所がマックス・プランク研究所と改名される。

1947年 プランク、ゲッティンゲンにて死去。

ついで光電効果

これも歴史的に見ていく必要がありそう。光電効果そのものより、それが量子論にどう結びついていったかが問題だ。

例によってウィキから始める。

光電効果(photoelectric effect)は光起電力効果とも呼ばれる。
光電効果には外部光電効果と内部光電効果があるが、普通は外部光電効果を指す。

ということで、面倒なので外部光電効果にジャンプする。

物質に光を照射したとき、物質が電子を放出する現象。
この現象は物質に一定の振動数以上の光を照射した時のみ発生する。その限界値は物質の種類によって決まっている。入射光の強度にはよらない。

つまり、熱効果ではないということである。短波長効果、俗に言えば「紫外線効果」ということになる。

1839年、ベクレルの実験: 薄い塩化銀で覆われた白金の2つの電極を電解液に浸し、片方に光を照射した。
この結果電極間に光電流が生じた。これは「ベクレル効果」と呼ばれ、光起電力効果に関する最初の報告となった。

そのあと、あまり注目されることなく経過したようで、50年後にやっと本来の短波長光線の光電効果に関する発見が報告される。

1887年、ヘルツが亜鉛の板に紫外線を当てると電気を帯びる現象を発見。
1888年、ハルヴァックスという人が、金属に紫外線を照射すると、電子が表面から飛び出す現象を報告した。

これがベクレル効果の本態だと理解されると、短波長光のもたらすベクレル効果に注目が集まった。

その中でレーナルト(熱心なナチストで反ユダヤ主義)の研究が優れている。
1.電子を放出させる光は短波長でなければならず、そこには限界値がある。
2.波長をさらに短くすると、飛び出す電子の数は変わらずに、運動エネルギーが増える。
3.強い光を当てると、飛び出す電子の数が増えるが、電子1個あたりの運動エネルギーは不変である。

これらの現象は従来の物理学では説明できなかった。

1905年、アインシュタインが光量子仮説を提示した。光はエネルギーhνを持った粒の集団であり、光子が吸収されるときのエネルギーは

hν= P1+P2+eV

で表される。

ここでP1 は電子を原子から引き離すエネルギー(イオン化エネルギー)、P2 は物体表面から電子を飛び出させる仕事、eV は解放された光電子の運動エネルギーである。

金属では多くの電子が原子から離れて、金属内を自由に運動しているので、 P1 = 0 と考えることができる。したがって

hν> P2 

ならば電子は金属表面から飛び出すことができる。

1912年 ミリカンは電圧を発生させるνの限界値の傾き
h/e
をもとめ、得られた h が黒体輻射の実験から求めたプランク定数 h と一致することを確認した。これによりアインシュタインの仮説は証明された。



熱の原因が赤外線(熱線)にあり、それは量子として定式化されるということで一件落着となった。
しかしそれ以前は「熱素」の存在は常識であったようだ。

ウィキで調べてみた。

カロリック説(caloric theory)

物体の温度変化をカロリック(熱素)という物質の移動により説明する学説。

物体の温度が変わるのは熱の出入りによるのであろうとする考えは古くからあった。

古代において、熱は光や火と同一視されていた。火は4大元素の一つであり、物質であると捉えられていた。

17世紀 熱の本質についての議論が盛んになる。大きく分けて、熱物質説と熱運動説に分けられる。

1620年 フランシス・ベーコンが最初に熱運動説を唱えた。同じ頃、ガリレオは「火の粒子」が運動することによって熱が発生すると考えた。同様にホイヘンスは「熱の粒子」の運動を仮定した。

1697年 シュタール、燃焼を燃素(フロギストン)という物質で説明する。燃焼の結果として熱も生じるため、熱物質説が拡散する。

18世紀初頭、カロリック(熱素)仮説が提示された。目に見えず重さのない熱の流体があり、これが流れ込んだ物体は温度が上がり、流れ出して減れば冷えるというものであった。

1760頃 スコットランドの化学者ブラックが、ワットの蒸気機関の発明を受けて、熱の概念を検討。

彼は熱の量(熱量)と熱の強さ(温度)との区別を明確にし、物質の持つ力学的属性(質量)のほかに、熱的属性としての熱容量(比熱)の概念を導入した。これらの考えは熱物質説を補強した。

1777年 ラヴォアジエの熱理論が発表される。フロギストン説を否定し酸素の中心的役割を主張。酸素の中に「火の物質」がふくまれているとされる。

1783年 ラヴォアジェとラプラス、熱量保存則を発見。熱力学第一法則の確立を導く。

1789年 ラヴォアジェ、「化学原論」を発刊。それまで同一視されてきた光、火、熱を分離し、光は光素、火は酸素、そして熱は熱素によるものだと捉えた。

ラヴォアジェによれば、熱素は質量を持たず、物質粒子と化学的に結びつくと知覚もされなくなる。熱が加わる(すなわち熱素が増える)と、その反発力により物体の斥力が増し、物体は液体さらに気体となる。

1800年 ハーシェル、太陽光をプリズムで分け、波長ごとの熱作用の力を調べる。

赤色の波長を越えたあたりに最大の熱量があることが明らかになる。これにより放射熱と光の類似性が確認される。

1824年 カルノーが『火の動力』を著す。

カルノーの定理: 熱の動力は、熱素が最終的に移行しあう二つの物体の温度だけで決まる。これは熱素説が否定された今も、そのまま有効である。

1824年 ヤング、ハーシェルの実験を光の波動説から説明。さらに熱放射の事実から熱素を否定し熱線の波動説を主張。

1843年 フォン・マイヤー、運動のエネルギーと熱とが、互換性を持つことを証明。熱力学第一法則(エネルギー保存の法則)が確立される。これにより熱素仮説は不要なものとなる。


というのが、ウィキの解説。
結局熱イコール放射熱となり、熱線イコール光線(赤外線)イコール波動ということで、シャンシャンとまとめられただけみたいな印象だ。
まず熱というのが熱エネルギーの移動過程の熱力学的表現だとすれば、なにも放射熱と伝導熱を一緒に考える必要はないと思う。
第二に熱放射を波動から説明するなら、光電効果が説明つかなくなる。そもそも熱の定義が相当苦し紛れのものだから、ほころびが出るのが当然のようにも思う。
第三に、この熱素というのは量子のことではないかと考えてしまう。しかしそれを考え抜くほどの素養がないから、悶々としている。

「熱」の概念
分かっているようで曖昧なのが「熱」の概念。
思いつくままにあげると
1.物体の状態の一つで、温度で示される。人体には熱いか冷たいかという感覚を通じて認識される。
2.物体の活動性が上がり、分子の自由度が高まれば温度は上がる。物体の活動性が下がり、分子の安定性が高まれば温度は下がる。
3.熱は熱線の作用によるものであり、赤外線の振幅の増大によリもたらされる。
4.赤外線をもたらすのは、分子からの電子の遊離である。電子の遊離は分子の結合によりもたらされ、分子の分離は熱を奪う。
ということで、結局、よくわからない原因は「熱」が物質ではないこと、物質のひとつの姿であり「形容詞」であること、その姿を現象させているのは熱(光)エネルギーであること、ひっくり返して言うと、熱エネルギーが自らを表現する過程であること、などなどである。
したがって、「熱」については、たんなる感覚ではなく、作業のための定義と単位が必要だ。
もう一つ、これらの定義によっては光電効果を説明できないことだ。これが量子論へのブレイクスルーなのだろうと、薄々見当がついてきた。

これ以上考えていても、話は進んでいかないので、とりあえずウィキの「熱」の項目。「熱過程」というのは私の造語。

「熱」の定義
1.慣用的には、肌で触れてわかる熱さや冷たさといった感覚である温度の元となる概念である。それはエネルギーの一つ、熱エネルギーだろうと考えられる。
2.物理学的には、熱は“過程”として理解される。それは異種物体間のエネルギー伝達である。
3.温度差のある系の間で内発的に伝達されるエネルギーを熱と呼ぶ。
熱過程は雑駁に言えば“物体A→エネルギー→物体B”という過程であり、「熱力学的過程」と言ってもよい。
それは物体が熱平衡状態に近づく、期間限定の不可逆過程であり、熱平衡が実現すれば消滅する。
熱過程がエネルギー伝達過程であるならば、そこにはエネルギーの伝達体が想定される。かつて“熱素”の存在が想定されたが、現在では否定されている。
熱過程は熱伝導を基本とする。対流や放射は熱エネルギーの移動形態ではなく、別個のメカニズムによるエネルギー移動形態であり、別の法則で挙動する。


熱過程はあくまでも“物体間のエネルギー伝達過程”であり、エネルギーの生成過程はふくまれない。これについては後述。

量子論: 私は何がどのようにわからないのか、それは何が原因なのか? それを知るためにはどこまで遡らなくればならないのか?

一つ分かったことがある。19世紀の急速な科学技術の進歩で、古典的な物理学の議論では説明できない事象が次々と発見されるようになった。

この場合、古典物理学というのはニュートン力学、マクスウェルらの電磁気学、熱力学を三大分野としていた。(天文学や地学はとりあえず別分野として)
熱力学は化学との境界領域であるが、熱放射時の光スペクトル分析、あるいは光電効果と言った物理学的分野が拡大しつつあった。

この光と熱の相関に絡む技術分野の発達が光子、量子という概念上の存在を生み出した。

また20世紀の初頭になると電子が発見され、それが原子構造へと結びついていった。

電子は実在的存在であるが、電子・光子・量子という三姉妹が量子論の幕開けとなっている。

もう一つわかったことがある。これは痛切な感想であるが、私の頭は19世紀半ばの水準で止まっているということである。ニュートン力学そのものの到達点に達していないから、量子論がわからない。

19世紀の物理学の進歩を確認しないと前に進めない。まずマックスウェルの電磁波理論、熱力学の理論、そして光の性質に関する理論がもう少し知っkリト理解されなければならない。
そしてそれらの理論の19世紀前半までの到達、19世紀後半の飛躍的発達、そして、黒体放射の観察と光電効果の発見がもたらした謎、すなわち光エネルギーの強さが振幅に規定されず振動数に規定されるという現象が光屋さんと熱屋さんの双方からもたらされたこと…
これらをじっくり紐解いていかなければならない。

理数系の人は急ぎすぎる。私らはいまだにアキレスと亀のお話にハマっているのだ。

これから先は、佐藤勝彦さんの「量子論を楽しむ本」(PHP文庫)を読みながら、少しづつ“つぶしていく”ことにしようかと思う。

ひどい話で、キルヒホフの熱化学反応のはなしを理解するのに、結局反応熱の概念まで遡らなければならないことが分かった。いかに高校・大学と物理・化学を知らずに過ごしてきたかが分かる。

反応熱(heat of reaction)

反応熱とは化学反応に伴い、発生もしくは吸収される熱である。

物質は分子が化学結合することにより形成されている。
化学結合は固有のエネルギーを持っている。
そのエネルギーは分子から受け渡されたものである。

したがって、分子の結合が切断されれば結合エネルギーは消滅し、分子の内部エネルギーが増加することで蓄えられる。
ふたたび分子が結合すれば内部エネルギーは減少し、結合エネルギーとなる。

結合のために用いられる内部エネルギーが多いほど、結合は強固なものとなり安定する。

分子周囲空間の温度変化

分子周囲空間の温度は化学物質の化学反応によりどのように変化するか。(分子外の空間の温度とは、単位容積あたりの熱容量である)

化学結合の切断は内部エネルギーの蓄積をもたらし、内部へのエネルギーの流入は熱の流入をもたらす。それは分子外空間の温度低下(エンタルピーの低下)をもたらす。
逆に化学結合の形成は内部エネルギーの流出をもたらし、分子外の発熱・温度上昇をもたらす。

これを分子(内部)の側から見ると、切断→エネルギーの流入→吸熱反応となる。結合の場合は発熱反応をとる。

通常の化学反応系内では結合の切断と生成の両方が同時進行する。このため、吸熱・発熱は化学物質内の切断と生成の総計として観測される。

熱化学方程式

反応式と生成熱とを組み合わせた化学反応式を熱化学方程式と呼ぶ。

窒素と水素からアンモニアが生成される方程式、

N2 (g) + 3H2 (g) = 2NH3 (g) + 91.80 kJ

では、2分子のアンモニアが生成されるのに91.80 kJが追加されなければならないことを示す。

なおこれらの事実を示すのにエンタルピーの概念は必要ない。

1.キルヒホフについて
キルヒホフ(Gustav Robert Kirchhoff)はプロイセンの物理学者。
ケーニヒスベルク大学で学び、1949年にキルヒホフの法則を提唱した。このときまだ25歳である。これは電気回路の理論で、オームの法則を展開したものである。この内容は黒体放射と直接の関係はないので省略する。
30歳でハイデルベルク大学教授に就任。その後は分光学の研究に専心した。

分光器を使っているキルヒホフ
  分光器を使っているキルヒホフ(wikipedia より)
58年には、「熱化学におけるキルヒホッフの法則」を提唱した。これも黒体放射との直接の関係はないが、理論の基礎の一つとなっているので、なんとか食いついてみたい。

2.熱化学におけるキルヒホフの法則
これは、ウィキペディアによれば、反応熱の温度係数が反応前後の熱容量の差に等しいという法則である。
A という物質とB という物質が化合物C を形成する。これが化学反応である。化学物質は固有の熱容量を持っている。これは普通“比熱”という。
化合物の熱容量は化合する前の物質A、物質Bの熱容量を足したものであるが、化合の過程でその一部を放出する可能性がある。(<QA+QB)また化合に際して物質A、Bの熱容量だけでは不足し外部からの熱補給を必要とする場合もある。(>QA+QB)
それが正、負のいずれとなるかは別として、化学反応が熱(反応熱)の出し入れを伴うこと、「反応熱が反応前後の熱容量の差に等しい」というのはよく分かる。
多分これはキルヒホフ以前の結論だろう。

3.反応前後の熱容量の差が「反応熱の温度係数」に等しいとはどう意味か
問題は反応熱そのものではなく、「反応熱の温度係数」に等しいというのがどう意味かということだ。
そこで「温度係数」だが、辞書を見ると、これがなかなか難しい。「絶対温度が1度上がるたびに物体の性質が変化する割合」となっているが、これでは何のことかわからない。
別の辞典によると、温度係数はある物質変化を「温度差の一次関数として表すときの係数」であると書いている。温度と直線関係にあるものならなんでも良いのだ。
例えば温めると柔らかくなるというのなら、柔らかさの絶対温度1度ごとの差分を「柔らかさ vs 温度」係数といえばいいだけの話だ。
そして熱化学の場合は「熱発生量 vs 温度」ということになる。「熱発生量は温度が上がれば増える」のだが、その増加率(直線の傾き)が、化合の種類によって規定されるということだ。
熱発生量というのは「天使の分け前」みたいなもので、AとBが化合させてもらったお礼だと思えばよい。
物質の熱容量は比熱と重さ(分子量)をかけたものだが、比熱は物質に固有のものだ。しかし“天使の分け前”としての熱発生量は比熱と関係なく絶対温度によるものだという事実が、ここから導き出される。
なお、ここまでは煩雑を避けるため一次関数として考えたが、これが指数関数だったり対数だったりする可能性はある。むしろその方がありうる。
例えば抵抗温度係数は下記のごとく示されている。
抵抗温度係数1抵抗温度係数2
            ウィキペディアから
AとBの化合過程で化合物の比熱は増加あるいは低下を止め平衡状態に入る、すなわち温度係数がゼロになる、そういう場所があるはずだ。それは実際にあることが確かめられている。

ところでAとBが合体するというのはモデルに過ぎない。実際には、ある物質にはA、B、C、…などさまざまな比熱の物質が含まれている。ということは、一つの物質が化学反応を起こす場合に、熱放射をするものもあれば熱吸収をするものもあるということだ。
ただこれがある程度の高温になると、熱放射と熱吸収が平衡状態を形成する。

ここまでが「熱化学におけるキルヒホフの法則」の原理に関する、数式を使わない説明だ。
おそらく実験観察に基づいた仮説なのだろう。ここではそう覚えるしかない。





その成果が黒体放射に関わる独創的な研究である。
黒体放射の研究は1859年、35歳のことであるが、その前後の数年間に、分光学を用いて次々と重要な発見をしている。
これは後で説明する。
60年に太陽光スペクトルの暗線がナトリウム由来であることを示し、さらにブンゼンとの共同研究でセシウムとルビジウム元素を同定した。

(まだ作りかけです)
化学にとって量子論の出現は深刻だったらしい。量子論は基本的には物理学の学問であるが、化学の根っこを、全面否定と言っても過言でないくらい猛烈に揺るがせた。
ここから化学は自らの根拠を立て直していくわけだが、やはり物理学の分野における量子論の定着と、化学の世界における量子的な物質観の受容は、歴史的に見ていくしかないだろう。


1859 黒体放射のスペクトル:キルヒホフが黒体(black body)を熱し放射線のスペクトルを分析。スペクトルの相が温度のみに依存することを発見。これは今までの光線スペクトルの常識では説明できない。

鉄のかたまりを 熱すると, 温度が低いときは 黒く,1000 ℃ くらいになると赤くなり, 1500 ℃になると白く まぶしく輝く。これをスペクトル分析すると、総エネルギー量の増加とピーク振動数の増加が見られる。

1864 マクスウェル、電磁波理論を提唱。電場と磁場が振動しながら空間を伝わっていくと主張。電磁波の速度が光の速度と同じであることから、両者を同一のものとする。

1877 統計力学の理論: ボルツマンがエントロピーを考察。円ダイアグラム表現を提示。

1887 光電効果の発見: ヘルツは電磁波の発生実験のあいだに、帯電した物体に紫外線を照射すると電荷が失われることを発見した。これは光が電気を生んだからである。のちにアインスタインが光の量子効果によるものであることを証明。

1888 電磁波の実在証明: ヘルツがマックスウェルの電磁波理論を実験的に追認。光が電磁波の一種であることが明らかになる。

電磁波の発見は無線通信への道を拓き、マルコーニによって無線通信技術が確立された。

1895 X線・放射線の発見: レントゲンがプラズマ中の電子ビームの実験中にX線を発見。翌年ベクレルが追試中に放射線を発見。

1896 ゼーマン効果: オランダの物理学者ピーター・ゼーマンは、ナトリウム原子を加熱して発光させ、磁界をかけた。このとき1本だった光スペクトル線が数本に分かれることを発見した。これが「ゼーマン効果」と名付けられた。

1897 電子の発見: J.J.トムソンが原子よりはるかに小さい電子を発見。これにより“原子”が原子核と電子という構造を持つことが明らかになった。

1899 ラザフォード、放射線に二つの種類があることを発見。アルファ線とベータ線と呼ぶ。

1900 量子仮説: プランクが黒体放射のスペクトル強度を測定。プランク定数を用いて数式化した。これを量子仮説と称する。

プランクは黒体放射において、黒体に含まれる振動子のエネルギーが量子化されており、プランク分布を示すと主張。この際振動子が持つエネルギー E は振動子の振動数v の整数倍n に比例する。それは E=nhv と規定され、.比例定数hはプランク定数と呼ばれるようになった。

1902 原子核崩壊の発見: ラザフォード、トリウムが原子核崩壊によりラジウムと気体に変換することを発見。その後ラザフォードは「原子物理学の父」と呼ばれる。

1902 レーナルトの光電効果に関する実験: 1.効果は即時である、2.振動数の大きな光ほど飛び出す電子が増え、3.ある振動数以下の光では電子が飛び出さない、という粒子論を支持する所見。

1905 この年アインシュタインは1.特殊相対性理論、2.光量子理論、3.質量とエネルギーの等価性、4.ブラゥン運動の説明を次々と発表。「奇跡の年」と呼ばれる。

1905 光量子仮説: アインシュタイン、量子仮説に基づき
光電効果を光量子で説明。光子 1 個が持つエネルギーε はプランク定数h と光の振動数の積νに等しい。

1905 ブラウン運動の解明: アインシュタインが量子仮説に基づき説明。

1905 質量とエネルギーの等価性: アインシュタインが理論的に等価性を導出した。

1909 アインシュタインが光の粒子と波の二重性を提唱。

1911 原子核の発見: ラザフォードがアルファー線を金箔に照射する実験を行った。このとき透過しないで跳ね返ってくるものを発見。原子核の存在を提唱した。ラザフォードの原子模型と呼ばれる。

1912 ヘスが宇宙線を発見。

1912 ポアンカレがエネルギー量子の本質的性質にかかわる数学的議論を発表

1913 電気素量の決定: ミリカンが油滴実験により、電気素量を測定。基本単位は“e”と名付けられる。

1913 ボーアの原子モデルが提示される。水素のスペクトルについてのリュードベリの公式を説明したもの。原子の定常状態に注目が集まる。

1919 陽子の発見: ラザフォードはα粒子を窒素の原子核に衝突させた。このとき陽子が飛び出してくることを確認。この結果1個の陽子を原子核とする元素、すなわち水素が生成された。

1922 電子の2種の磁気作用の発見: シュテルン・ゲルナッハは磁界中を銀原子が通過するとき、上下の2方向に曲げられることを発見。電子に2通りの磁気作用があることが分かる。

1924 物質波の概念の提唱: ド・ブロイが物質は波と考えることもできると提唱。アインシュタインの光量子仮説と特殊相対論を発展させたもの。

1924 電子のスピンを発見: パウリが2種類のスピンがあることを発見。さらに電子の1つの軌道には同一スピンの電子は1個しか入れないことも発見する(パウリの排他律)

1925 行列力学の開発: ハイゼンベルグ、ボーアの提示した原子の定常状態を行列式で表現することに成功。量子力学の基本方程式となる。

1926 波動力学の開発: シュレディンガーが物質波の考え方を発展させ、波動方程式を発表。量子力学のもうひとつの基本方程式となる。エネルギーに最小値があり、エネルギーが小さいときは飛び飛びの値を取ることを明らかにする。

1927 不確定性関係の理論: ハイゼンベルグにより、粒子の位置と運動量を同時に決定することができないことが示される。同時決定ができなくても、それぞれの物理量の間には不確定性関係が生まれ、それは交換関係によって規定される。

1927 アインシュタイン、不確定性原理に対する不同意を表明。

1928 量子状態を数学的に表現するディラック方程式が明らかにされる。相対性理論と量子論が融合される。

1930 ディラックが中心となり、「量子力学の諸原理」が出版される。ディラックは相対性理論の4次元化により、反粒子の存在を予測。その後、反陽子が確認され量子力学が確立する。

1930 ニュートリノの発見: パウリがベータ崩壊によるニュートリノ放出を提案。(当初はこちらが中性子と呼ばれた)

1931 ルスカが電子顕微鏡を発明。ローレンスがサイクロトロンを発明。

1932 中性子の発見: チャドウィクが電荷を持たない中性子を発見し、原子核のモデルが確立する。中性子の存在はフェルミが予想していた。

1932 アンダーソンが陽電子の存在を実証。(ニュートリノの年表を参照のこと)

1933 フェルミ、チャドウィックの中性子の発見を受けて、パウリの提案した「中性子」を「ニュートリノ」と改名。

1933 核連鎖反応の理論: レオ・シラードが提唱。

1933 ナチが政権を獲得し、ユダヤ人への圧迫を強める。

1935 中間子の存在の予言: 湯川秀樹、原子核の中に陽子を閉じ込める力の存在を提唱する。粒子の大きさを電子の約200倍と推定。パイ中間子と名付けられる。

1936 陽電子を証明したアンダーソンがミュー粒子を発見。

1938 核分裂反応の観察:  ハーンとシュトラスマン、ウランに中性子を衝突させ、バリウムが生じることを発見。

1939 核分裂反応を確認したフリッシュとパイエルス、核兵器の実現可能性を報告。

1940 パウリがフェルミ粒子のスピンを1/2整数とする定理を確認。

1940 第二次世界大戦が始まる。フェルミの活動するコペンハーゲンもドイツに占領される。

1947 くりこみ理論の発表: 朝永振一郎が「場の量子論」における計算方法を確立。クーロン力は質量ゼロのフォトンを交換することによって生ずると説明。

結局、英語版ウィキで見る限り、ケミストリーというのは物理化学のことであった。
無機化学、有機化学というのはその応用系であり、皮に過ぎない。
羊頭を掲げて狗肉を売るというたぐいになる。
ただしこのたぐいの話は実によくあるのであって、私の専門である医学などというのも考えてみれば相当に胡散臭いところがある。
むかし文庫クセジュだったかに「人間生物学」(ショシャール)というのがあって、まさに「それって医学じゃん」という感じだった。
もちろん、生物学もそう偉そうなことは言えないわけで、生物を対象とする有機化学の一分野と言えなくもない。


英語版ウィキで物質のことをマターと呼んでいることに新鮮な感じをおぼえた。
言われてみればたしかにマターも物質だが、普通物質といえばサブスタンスという英語が思い浮かぶ。
化学が物質をあつかう科学だとすれば、その対象となるのは化学物質であり、それは通常ケミカル・サブスタンスと呼ばれる。
サブスタンス(物質)と呼べば済むものをマター(事物)と呼ぶのは、化学屋さんの一種の衒いみたいなものではないかと思う。
むしろマター全般をあつかうのが物理学で、その中でサブスタンスに特化したのが化学なのではないかと思ったりもする。
物理学は森羅万象、ありとあらゆる形而下的な事物や現象を扱う。これに対して形而されていないもの、こちら側から言うと、いまだ認識されていないものは、形而上学、哲学の対象世界に入る。


考えてみると「医学者」というのも怪しい商売で、いっそ「人間相手の生物学者です」と名乗ればということになる。もっと露骨に言えば、「医者の免許持っている生物学者です」という話だ。
たまに医者のアルバイトするから、普通の生物学者より実入りは良い。たいていは学位取るまでの「学者」で、その後は博士号のある医者として金を稼ぐことになる。少なくとも普通の生物学者からはそう見られている。
それが素人の前に出ると、とたんに偉そうにふんぞり返る。そして御大層な生物学者のフリをする。
困るのはこういう連中が教授会の主流となるから、「医学は理数系だ」と主張して、生物と人間の見境もつかないような医学者や学生を集め、育てることになる。731部隊は目前である。

「化学」とは何か 英語版Wikipediaより その3

 

「その2」では目次のうち

2.1 物質

                2.1.1 原子

                2.1.2 要素

                2.1.3 化合物

                2.1.4 分子

                2.1.5 物質および化合物

                2.1.6 モルと物質の量

までを訳した。

「その3」では

2.2 フェーズ

2.3 結合

2.4 エネルギー

を訳出する。

 

2.2 位相(フェーズ)

異なる化学分類を区別する特定の化学的性質に加えて、化学物質はいくつかのフェーズで存在することができる。

ほとんどの場合、化学分類はこれらの内部相分類とは独立している。

しかしながら、より外部的な相は、ある種の化学的性質と両立しない。

相は、圧力または温度などの条件の範囲にわたって、同様のバルク構造特性を有する化学系の状態の集合である。

密度および屈折率などの物理的特性は、相の特性値内に収まる傾向がある。

物質の相は相転移によって定義される。相転移は、システムに投入された、またはシステムから取り出されたエネルギーがバルク状態を変更せずに、システムの構造を再編成することです。

このあたり、さっぱりわかりません。「バルク相」はCampbellらが1962年に発表した概念なのだそうですが、界面化学だの結晶学だのという用語がわからないと、その解説もますます謎を深めます。

相転移は不連続な境界を持ちますが、時に連続的であることがあります。この場合、物質は超臨界状態にあると考えられます。

相の最もよく知られた例は、固体、液体、および気体である。多くの物質は複数の固相を示す。

例えば、固体鉄においては温度および圧力に基づいて変化す3つの相が存在する。例えば石炭と黒鉛とダイヤモンドである。

固相間の主な違いは原子の結晶構造または配列である。

一般的に遭遇するもう一つの段階は、液相である。これは、水溶液中に溶解した物質の状態である。

あまりよく知られていない相には、プラズマ、Bose-Einstein凝縮物およびフェルミック凝縮物、ならびに磁性材料の常磁性および強磁性相が含まれる。(まったくわからないが一切飛ばす)

 

2.3 結合(ボンディング)

分子または結晶中に互いに粘着している原子は、互いに結合していると言われている。

化学結合は、核内の正電荷とその周囲を振動する負電荷との間の多重極バランスとして視覚化することができる。

単純な引力と斤力のエ強さと分布は、電子が他の原子に結合する可能性を特徴づけるものです。

化学結合は、共有結合、イオン結合、水素結合またはファンデルワールス力によるものであってもよい。(ファンデルワールスはとりあえずわからなくてもよさそう)

これらの種類の結合はそれぞれ、ある程度のポテンシャルがあり、分子や結晶中に原子を一緒に保持する相互作用を作り出します。

多くの単純な化合物では、原子価結合理論、原子価シェル電子対(でんしつい)反発モデル。

valence shell electron pair repulsion ruleの頭文字をとってVSEPR理論とも呼ばれる。「原子価軌道上の電子は相互に反発し、電子対はその反発が最も小さくなるように配置する」らしい。

また、酸化数の概念を用いて分子の構造と組成を説明することができます。

金属が1つ以上の電子を失うとイオン結合が形成され、正に荷電したカチオンになり、電子は非金属原子によって得られ、負に帯電した陰イオンになる。

反対に荷電した2つのイオンは互いに引き合う。イオン結合は、それらの間の静電気力です。

例えば、金属であるナトリウム(Na)はNa +カチオンになるために1電子を失うが、非金属である塩素(Cl)はこの電子を得てCl-になる。 イオンは、静電引力のために一緒に保持される。

そして、その化合物の塩化ナトリウム(NaCl)または一般的な食塩が形成される。 

共有結合において、原子価電子の1つ以上の対は、2つの原子によって共有される。その結果として得られる電気的に中性の結合原子団は、分子と呼ばれる。 

原子は原子価電子を共有して、各原子の希ガス電子配置(最外殻に8電子)を作り出す。

価電子帯に8個の電子を持つように結合する傾向がある原子は、オクテット規則に従うと言われています。

しかしながら、水素およびリチウムのようないくつかの元素は、この安定な構成を達成するために、最も外側の殻に2つの電子のみを必要とする。

これらの原子はデュエットの規則に従うと言われており、このようにして外側の殻に2つの電子を持つ希ガスヘリウムの電子配置に到達している。

同様に、古典物理からの理論を用いて多くのイオン構造を予測することができる。

金属錯体のようなより複雑な化合物では、原子価結合理論はあまり適用されず、分子軌道理論のような別のアプローチが一般的に用いられる。


エネルギー

化学の範疇においてエネルギーは、物質の原子、分子または化学構造の変化として生じる属性である。

化学変化とエネルギー

化学的変化は、これらの構造のうちの1つまたは複数の変化を伴う。したがって物質のエネルギーの増加または減少を必ず伴う。

ある種のエネルギーは周囲と反応の反応物との間で熱または光の形態で伝達される。

したがって、反応生成物は、反応物(リアクタント)よりも増減したエネルギーを有することになる。

最終状態が初期状態よりもエネルギースケールにおいて低い場合、反応は発エルゴン反応(exogonic)であると言われる。吸エルゴン反応(endergonic)の場合、その状況は逆である。

反応が周囲に熱を放出する場合、反応は発熱性であると言われる。吸熱反応の場合、反応は周囲からの熱を吸収する。

化学反応は、反応物が活性化エネルギーとして知られるエネルギー障壁を超えなければ、常に不可能である。

化学反応の速度(所与の温度Tで)は、ボルツマン因子に関係している。これは、所与の温度Tにおいて、分子がE以上のエネルギーを有する確率である。

此処から先は五里霧中です。まずボルツマン因子ですが、「温度T の熱平衡状態にある系において、特定の状態が発現する相対的な確率を定める重み因子」だそうです。
すごく単純化すると「反応速度を定める係数」みたいなもののようです。これがボルツマン係数(k)と呼ばれるものです。

この反応速度が温度に指数関数的に依存することは、アレニウス方程式として知られている。

アレニウスの式: ボルツマン定数 k と絶対温度 T との関係を表わす式で、Eが活性化に要するエネルギーを示す。  k=A exp (-E/RT)

化学反応が起こるのに必要な活性化エネルギーは、熱、光、電気または機械的な力の形で超音波の形態であり得る。

関連概念である自由エネルギーは、エントロピーも考慮に入れ、熱力学における反応の実現可能性を予測し、化学反応の平衡状態を決定するための非常に有用な手段である。

この反応は、ギブス自由エネルギーの総変化が負である場合にのみ実現可能である。変化がゼロなら化学反応は平衡状態にある。

電子、原子、分子のエネルギー

電子、原子、分子には限られたエネルギー状態しか存在しない。それは、結合されたシステムのエネルギーの量子化を必要とする量子力学の規則によって決定される。

高エネルギー状態の原子/分子は励起されたと言われる。励起エネルギー状態にある物質の分子/原子はしばしばより反応性が高い。 すなわち、化学反応に対してより敏感である。

物質の位相は、必ずそのエネルギーと周囲のエネルギーによって決定されます。

エネルギーとフェーズ

物質の分子間力が周囲のエネルギーがそれらを克服するのに十分でないようなものである場合、それは水(H 2 O)の場合と同様に液体または固体のようなより規則正しい相で生じる。

水の分子は水素結合によって強く結合されているため、室温では液体です。いっぽう硫化水素(H2O)は、その分子がより弱い双極子と双極子によって結合されるので、室温および常圧では気体である。

ある化学物質から別の化学物質へのエネルギー移動は、ある物質から放出されるエネルギー量の大きさに依存します。しかし熱エネルギーはより容易に移行する。

物質中の振動および回転エネルギーにより発生する音子(フォノン)は、電子エネルギー移動が誘発する光子よりもはるかにエネルギーが少ないを有するからである。

したがって、振動エネルギーレベルおよび回転エネルギーレベルは、電子エネルギーレベルよりも密接に離れているので、熱は、光または他の形態の電子エネルギーに対して物質間でより容易に伝達される。

例えば、紫外線電磁放射は、熱的または電気的エネルギーと同様に、ある物質から別の物質に多くの有効性で移動されない。

異なる化学物質の特徴的なエネルギーレベルの存在は、スペクトル線の分析による同定のために有用である。

様々な種類のスペクトルが化学分光法でしばしば使用される。 IR、マイクロ波、NMR、ESRなど

分光法はまた、遠隔の物体(星や遠方の銀河など)の組成を、その放射スペクトルを分析することによって識別するためにも使用されます。

化学エネルギーという用語は、しばしば、化学反応を介して変換を受ける化学物質または他の化学物質を変換する可能性を示すために使用される。


「化学」とは何か 英語版Wikipediaより その4

「その3」では目次のうち

2.2 フェーズ

2.3 結合

2.4 エネルギー

を訳出した。

「その4」では

2.5 反応

2.6 イオンおよび塩

2.7 酸性と塩基性

2.8 酸化と還元

2.9 均衡

を訳出する。

反応(リアクション)

化学物質が他の物質との相互作用またはエネルギーの結果として変換されると、化学反応が起こったと言われる。

したがって、化学反応は物質が他の物質と密接に接触するときの「反応」に関連する概念です。

混合物であろうと溶液であろうと、 何らかの形のエネルギーへの暴露、あるいはその両方が含まれる。

それは、反応の構成要素とシステム環境との間で、なんらかのエネルギー交換をもたらす。

反応は実験室のガラス器具の中で起こるように設計することもできます。

化学反応は、分子の形成または解離をもたらす。これは、分子が2つ以上のより小さな分子を形成するように崩壊する。または分子内または分子間の原子の再配列を伴うこともある。

化学反応は、通常、化学結合の形成または切断を伴う。酸化、還元、解離、酸 - 塩基中和および分子再配列は、一般的な化学反応の代表である。

化学反応は、化学式を用いて象徴的に示すことができる。原子核の変化を伴わない化学反応では、方程式の両辺の原子の数と種類は等しい。

核反応は核粒子、すなわち陽子と中性子に対してのみ当てはまる。

反応とメカニズム

化学反応の過程で化学結合の再編成が起こる。この一連の過程をその機構と呼ぶ。

化学反応は多数のステップで行われる。それぞれが異なる速度を有すると想定される。 従って、反応の過程で可変安定性を有する多くの反応中間体を想定することができる。

反応のメカニズムと中間産物を説明するために多くの反応メカニズムが提案されている。多くの物理化学者は、このようなメカニズムを探求し、提案することに特化しています。

なかでもWoodward-Hoffmannの法則のようないくつかの経験則は、化学反応のメカニズムを解析するのに役立っています。

ウッドワード・ホフマン則 ペリ環状反応の選択性を説明する法則。 その内容から軌道対称性保存則とも呼ばれる。
ということでペリ反応を知らない人には無縁のもの。

IUPACのゴールドブックによれば、化学反応は「化学物質の相互変換をもたらすプロセス」である。したがって、化学反応は、基本反応または段階的反応であってもよい。

IUPAC 国際純正・応用化学連合(International Union of Pure and Applied Chemistry)の略称。ここの命名法が世界で用いられている。ゴールドをふくめ8色の本があるが、化学用語はゴールドに集約されている。

この定義には、配座異性体の相互変換が実験的に観察可能である場合が含まれるという点で、さらに注意が必要である。

そのような検出可能な化学反応は、通常、この定義によって示されるような分子実体のセットを含む。しかし、単一分子の実体を伴う変化にもこの用語を使用することは、しばしば概念的に便利です(すなわち、「顕微鏡的化学事象」)


イオンと塩(ソルト)

イオンは、1つまたは複数の電子を失ったまたは獲得した荷電種、原子または分子である。

原子が電子を失って電子よりも多くのプロトンを有するとき、原子は正に荷電したイオンまたは陽イオンである。原子が電子を得てプロトンよりも多くの電子を有するとき、原子は負に荷電したイオンまたは陰イオンである。

カチオンおよびアニオンは、Na +およびCl-イオンなどの中性塩の結晶格子を形成して塩化ナトリウムまたはNaClを形成することができる。

酸 - 塩基反応中に分裂しない多原子イオンの例は、水酸化物(OH)およびリン酸塩(PO43−)である。

プラズマは、通常は高温によって完全にイオン化された気体状物質からなる。


酸性と塩基性

物質は、しばしば酸または塩基としても分類される。

酸塩基の挙動を説明するいくつかの異なる理論がある。最も単純なのはアレニウス理論である。

「酸は水に溶解するとヒドロニウムイオンを生成する物質であり、塩基は水に溶解すると水酸化物イオンを生成する物質である」というものである。

Brønsted-Lowry酸塩基理論によれば、酸は、化学反応において正の水素イオンを別の物質に供与する物質である。塩基は、水素イオンを受け取る物質である。

第3の理論は最も一般的なもので、新しい化学結合の形成に基づくルイスの酸塩基理論である。

ルイス理論は、酸が、結合形成のプロセス中に別の物質から一対の電子を受容する物質であることを説明している。塩基は、新しい結合を形成するために一対の電子を提供する物質である。

この理論によれば、交換される重要なことは電荷である。

この酸・塩基概念の歴史で明らかなように、物質が酸または塩基として分類される他のいくつかの方法がある。

酸強度は、通常2つの方法によって測定される。アレニウスの酸性度の定義に基づく1つの測定値はpHである。

これは、溶液中のヒドロニウムイオン濃度の測定値であり、負の対数スケールで表される。したがって、低いpHを有する溶液は、高いヒドロニウムイオン濃度を有し、より酸性であると言える。

ブレンステッド - ローリーの定義に基づく他の測定値は、酸解離定数(Ka)である。これは物質が酸として作用する相対的能力を測定します。

すなわち、より高いKaを有する物質は、低いKa値を有する物質よりも化学反応において水素イオンを供与する可能性が高い。


酸化・還元(レドックス)

レドックス(還元酸化)反応には、電子が得られ(還元)、電子が失われる(酸化)原子の酸化状態が変化するすべての化学反応が含まれます。

他の物質を酸化する能力を有する物質は酸化性であると言われ、酸化剤、酸化剤または酸化剤として知られている。酸化剤は、他の物質から電子を除去する。

同様に、他の物質を還元する能力を有する物質は還元性であり、還元剤、還元剤または還元剤として知られている。還元剤は、電子を別の物質に移動させ、それによって酸化される。

電子を「寄付」するので、電子供与体とも呼ばれます。

酸化および還元は、酸化数の変化を適切に意味する。実際の電子の移動は決して起こり得ない。

したがって、酸化は、酸化数の増加、および酸化数の減少としての減少としてよりよく定義される。

 

平衡(イキリブリアム)

平衡の概念は、化学の文脈において科学全体にわたって広く使用されているが、化学組成の多数の異なる状態が可能な場合にいつでも発生する。

例えば、相互に反応することができるいくつかの化合物の混合物、または物質が複数の種類の相に存在することができる場合。

平衡状態の化学物質の系は、たとえ変化しない組成を有するとしても、しばしば静的ではない。

物質の分子は相互に反応し続け、したがって動的平衡を生じる。したがって、このコンセプトは、化学組成などのパラメータが経時的に変化しない状態を記述する。

 

 

 



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