鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

カテゴリ: 40 自然科学

考えてみると、カレイとヒラメの違いについてのうんちくは、スシ屋に行けば歓迎されるかもしれない。エラそうにゴタクを並べると座が白けるかもしれないので、プレゼンには気をつけなければならないだろう。
ほとんどのページが断りなしのコピペで、オリジンがどこかはわかりにくい。このあたりがそれっぽいが…

1.左ヒラメに右カレイ
魚を表向きに置いたとき顔が左にあればヒラメ、右にあればカレイ。ただし例外はある。
karehira_2

2.口の形の違い
ヒラメの口は大きく歯も発達している。凶暴派。
カレイの口は小さく、歯も発達していない。穏健派。

3.目の違い
カレイは出目、ヒラメの平たい目の中はハート型

4.値段の違い
カレイは煮魚、大衆魚
ヒラメはお刺身、高級魚
漁獲高は、カレイ10 : ヒラメ1

住所
カレイはカレイ目カレイ亜目カレイ科
ヒラメはカレイ目カレイ亜目ヒラメ科

漢字は
カレイは「鰈」
ヒラメは「鮃」

最後に
の鑑別表を転載させていただく
kareitohirame

面白いかどうか、一応メモしておく。
魚にも利き手があって、右利きと左利きがあるそうだ。
魚と言っても魚みんなではない。アフリカのタンガニーカ湖に棲むシクリッドという魚だ。この魚の存在は以前から知られていたらしい。
それで今回は、この魚の脳を調べて、構造の左右差を見つけたという話だ。
赤旗の科学面の囲み記事。出処は「ゲノム・バイオロジー・アンド・エボリューション」という科学誌の11月15日付の記事で、ドイツ・コンスタンツ大学を中心とする国際グループが発表したもの。
1.導入 まずシクリッドについて
タンガニーカ湖というのはアフリカ東部の大地溝地帯にある湖だ。ここは淡水湖で生態系は周囲と孤立している。
この湖にシクリッドという魚がいる。変わった魚で、ほかの魚に後ろから近づいてウロコを奪い、それを餌にしているそうだ。「通り魔」みたいな卑怯なやつだ。これでもやはり肉食といえるのだろうか。
それが、後方左から近づくものと右から近づくものがいて、長年やっているものだからアゴの発達が違っているそうだ。カレイとヒラメの目のようなものだろうか。
2.それでもって本論
コンスタンツ・グループは40匹のシクリッドを捕まえ、脳を調べた。
違いは大きく言って二つある。
一つは「利き手をコントロールする側の視覚を処理する領域」が強く発達していることである。何かわかりにくい話だが、利き手側脳半球の「視蓋」領域が強く発達しているのだそうだ。
もう一つは、視蓋領域の神経細胞のDNAを調べたところ、140個の遺伝子活性で左右差を認めたという。これについては、言っていることがよくわからない。
3.結論はとくにない
それだけの話らしい。結局、我々素人にとっては、シクリッドという魚がいて、右利き左利きがあって、口の形まで違っているんだそうだ、ということ以上のものではない。
これがヒラメとカレイの違いまで話が進むともうちょっと面白いかもしれないが。




本日の赤旗記事より。
「哺乳類は恐竜絶滅後に日中活動を急増させたが、にも関わらず夜行性の特性を残している」
というのが骨子のようだ。
科学誌「ネイチュア・エコロジー・アンド・エヴォリューション」にテルアビブ大学グループが載せた研究。
まあ、一つの研究でここまで言えるということはないので、これはディスカッションの一つということになる。
この研究における核心的な事実は、「哺乳類の日中活動が恐竜絶滅後に急増した」ということの証明にある。
その方法だが、
①まず現存する哺乳類の昼夜の行動パターンのデータを収集した。
②そして、それらの行動がいつごろから現れて来たのかを検討した。
その結果、昼夜行動パターンの変化には二つの変革期があったことが明らかになった。
哺乳類の発生から「数千万年前」までのあいだは、ほぼ完全な夜行性であった。
「数千万年前」から時折、日中にも行動するようになった。
さらに6600万年前に恐竜の絶滅したあと、日中活動が急増し昼行動物となった。
ということで、研究を通じて明らかにされたのは話の前半部分。
後半部分、「…にも関わらず夜行性の特性を残している」は討論の中での提起だ。
まず、なぜ哺乳動物は当初は夜行性だったのかということだが、それは恐竜との生存競争の中で強いられたものだ。これについてはすでに確認されたことである。
哺乳類は爬虫類と比べてより優れた生物として登場したわけではない。哺乳類と爬虫類は、生物進化の過程で兄弟のようにほぼ同時発生した。哺乳類は爬虫類に食われる存在であった。だから、変温動物が活動を止める夜間に活動するようになり、それに必要な智慧や能力を身につけるようになった。
これがプレ恐竜絶滅時代の住み分けである。
そこで、当初より昼行性だった爬虫類、鳥類、昼行性魚類の特性を哺乳類が持ち合わせていないという指摘に話が至るのである。
その具体的事例として研究グループがあげるのは、色覚である。
ただ記事では詳細は不明で、下記のような記載のみである。
…色覚は爬虫類などの活動を支えている特性をほとんど有していません。
ということで、視覚一般とは一旦切り離して色覚についての勉強をしておく必要がありそうだ。

なお、「ネイチュア・エコロジー・アンド・エヴォリューション」
という聞きなれない雑誌だが、「ネイチャー」誌の別冊みたいなものらしい。
Nature Ecology & Evolution というサイトがあって、ここに発刊の辞が掲げられている。

生態学と進化の研究コミュニティーのための Nature 関連誌として、オンライン限定ジャーナルNature Ecology & Evolution を2017年1月に創刊しました。

ということで、「注目のハイライト」というリストに
2017年11月7日 古代の哺乳類は恐竜の絶滅後に夜間の活動をやめた
というコンテンツを見つけた。おそらくこれが話のネタなのだろう。

脳解剖学の開拓者たち
川村さんのページから 神経学の歴史19世紀の神経解剖学 を年表化した。
Lawrence C. McHenry, Jr. 著 「神経学 の歴史」の第5章「19世紀の神経解剖学」を翻訳したも のである。豊倉康夫監訳となっているが、とくに断りがな いことから、この章は川村さんの訳になるものだと思わ れる。
Ⅰ 19世紀前半 
19世紀前半における神経解剖学の進歩の多くは脳の 内部構造と肉眼解剖に関するものであ って、Reil, Bell, Mayo, Stilling, Arnold その他の人々によってなされた。

19 世紀の初頭 ドイツの精神医学者で解剖学者のJ.C. ライル、アルコール固定した脳の内部構造を研究。脳 の機能の自律性を組織の興奮性から説明。さらに「生 命力とは身体を構成する物質の化学反応が主体的に 表現されたものである」と主張。
1821 イギリスのC.ベル、第五脳神経(三叉神経)が 感覚・運動の両 者から成立することを証明。“Bell 神経 ”を発見する。
1824 スティリング、ミクロトームを考案。脳研究が飛 躍的に進む。
1824 Dutrochet、神経線維が透明な液体を満たした 管から構成されることを確認。
1829 イタリアのL.ロランド、「大脳半球の構造につい て」を発表。大脳の脳回と脳溝を詳述し、中心前回と中 心後回とを指摘する。
1820頃 ウィーンのF.J.ガルとJ.C.シュプルツハイム、 脳の白質は神経線維によって構成され、大脳皮質の 灰白質は神経活動の器官であることを発表。また延髄 の錐体交叉を発見。
1833 ドイツのエーレンブルク、神経線維を無髄線維 と有髄線維に区別。
1837 チェコのJ.E.プルキンエ、小脳に「フラスコ型をし た神経細胞」を発見。有髄線維と核と樹状突起を有す る神経細胞を図示。
1836 ドイツのR.レマク、末梢神経の軸索が脊 髄の 神経細胞と連続していることを証明。
1838 シュライデンとシュヴァン、顕微鏡による観察か ら細胞説を提唱。
1844 R.レマク、大脳皮質の6層構造を組織学的に確 認。 1850 イギリスのA.V.ウォラー、神経細胞が神経線維 を養っていると推論。

Ⅱ 19世紀後半
Weigert, Gerlach, Marchi, Golgi, Cajal, Remak, その他の 人々の精妙な組織学的方法に よって、脳の顕微鏡的 解剖がなしとげられた。

1856 B.シュティリンク、ミクロトームを用い、アルコー ル固定をほどこした脳から連続切片を製作する。
1858 ドイツのJ.ゲルラッハ、カルミン染色を考案。神 経組織への最初の染色法となる。その後メチレンブル ー、ヘマトキシリンが相次いで導入される。
1871 ゲルラッハ、神経細胞の網状説を提唱。脳の 灰白質は細い樹状突起が融合して形成される精緻なび まん性の神経網から成り立つと主張する。
1873 ゴルジ、鍍銀法を用い神経細胞の全体像を描 き出すことに成功。ゲルラッハの網状説を実証。
1884 C.ヴァイゲルト、髄鞘染色法を導入。
1891 H.W.G.ワルダイヤー、神経細胞とその突起を神 経系の構造単位とし、ニューロンと命名。
1892 スペインのS.R.カハール、ゴルジの鍍銀法を用 い、情報の流れを検索。神経刺激は網状構造ではなく 神経細胞の接触により伝導すると主張。また刺激が樹 状突起により受け止められ、神経細胞を通過し、軸索 により伝達されることを明らかにする。
1906 カハールとゴルジがノーベル医学賞を受賞。受 賞講演でゴルジは網状説を擁護しカハールを攻撃した という。
1909 ブロードマン、大脳皮質の区分図を発表。

「エトスとパトス」への鬼頭さんのコメント

川村さんの文章のあとには名古屋大学の鬼頭純三さんの長ーいコメントが付けられていて、失礼ながら実はこちらのほうが面白い。

少し紹介しておく。

1.「量から質への転化」は単純ではない

まず鬼頭さんは川村さんの「量から質への転化」論をやんわりと批判する。

それは自然現象の法則としてそのとおりだと思いますが、もし機械的、観念的にそれにとらわれると出口のないラビリンスへ迷いこむことにならないでしょうか。

脳における量から質への転換は、ニューロンの数の増加によって自動的にもたらされたものではないでしょう。

それはニューロン相互の関係、回路網形成が生じる生体内環境との相互関係、外部からもたらされる情報(感覚)の受容、それに対する反応などさまざまな要素が織りなすものです。

質的変化はそのなかで止揚されてゆくものでしょう。、まさに「相互関係の中で全体として統一されてゆく事象」なのだと思われます。

ということで、まことにごもっともな意見だ。哲学者としては一枚上という感じだる。(まぁ後出しジャンケンではあるが)

2.鳥の高次神経

ここからはみずからの専門分野の話に移る。ここが一番面白いところである。

鳥類は哺乳動物のような層状構造をもった大脳皮質をもっていません。しかし、ボリュームからみればかなり大きな大脳を有しています。

鳥類の大きな大脳は哺乳動物の大脳基底核を構成する線条体が巨大化したものであります。

ほ乳類は線条体の上に尾状核を持っています。尾状核は新線条体と呼ばれ、線条体とあわせ2階建て構造になっていますが、鳥類はさらにその上に上位線条体を持っていて、3階建てとなっています。

哺乳類の祖先は地べたを這いずっていたために、嗅覚、聴覚、皮膚感覚を発達させました。このため嗅覚の投射中枢である前脳(大脳)が発達しました。

大空に羽ばたいた鳥類では、視覚が重要な情報源となりました。

鳥の視覚の中枢は中脳視蓋(上丘)です。中脳視蓋へ入った視覚情報は nucleus rotundus という大きな核で中継されて上位線条体へ投射されます。

上位線条体へは聴覚や皮膚感覚(羽毛への風圧感覚もふくむと思いますが)も投射します。視覚野はないが、パターン認識という擬似抽象化による情報伝達が行われているようです。言語信号系はありませんが、かわりにさえずり中枢が上位線条体の中に発達しています。

鳥類はこのようにほ乳類とはことなった大脳の発達を遂げました。情動の回路を構成する諸構造も哺乳類とは異なっています。

3.不可知論について

鳥の高次中枢に関する知見は大変貴重なもので、大いに産駒になった。

しかしこれに続く「不可知論」批判は、レーニンの「唯物論と経験批判論」そのままで、批判の方向がおかしい。

もともと「不可知論」は恥ずかしがり屋の唯物論であり、神学者や君主制論者が先験的に持ち出してくるドグマに対して、「王様は裸だ」と叫ぶ代わりに「私には服を着ているようには見えない。私はこの感覚を大事にしたい」と言っているのだろうと思う。

ただこの論理は、自分の気に入らない理論すべてを切り捨てるためにも利用できるので、話がややこしい。

不可知論者と言っても何もかも否定するわけではない。むしろほとんどのものは肯定される。肯定されないものは一つは概念化できないものであり、もう一つは概念操作できないものである。

概念化できないものの典型が神である。ほかに倫理的なものの多くが概念化困難である。

概念操作できないものはもっと多くある。端的に言えば未知の世界だ。それはある意味で無限大だ。

これを有るというか無いというかは、実はどうでも良い問題だ。それをもって唯物論者と観念論者の分水嶺とするのは馬鹿げている。

経験批判論者との対立点はより実践的なものだ。それだけに対立の有り様は鋭さを帯びる。

それは不可知の「物自体」に対するアプローチである。物がモノとして消失したとき、そこには不確定性と運動だけが残る。一種の「無」であるがゆえに概念化はできない

それは概念化はできないが「概念」的操作はできる。概念としては把握不能であるが確率論的には存在証明が可能である。なぜなら運動はエネルギーを持つからである。したがって特殊な方法(量子力学など)での概念操作は可能である。そういうものとしての「概念」化もいずれ可能になるだろう。

これが一つ。

もう一つは、自己を相対化することである。とくに時間軸上でみずからも「一代の過客」であることを認識することである。不可知である「物自体」から見れば我々人類もまた不可知の「物自体」である。そういう出会いをもって世の中が成立していることに思いを馳せるべきであろう。



しばらく、川村さんの文章(エッセイ)を読む日が続きそうだ。

最初は「ロゴスとパトス」という文章。

1.心/精神と脳との関わり

驚いたことに、心を脳から切り離して、脳の関連外のものと考えている頑固な人がいる。自然科学者の中にもそういう人達はいる。

困ったものである。

2.神経・脳の進化

細胞の量の増加、それにともなう質的転換としての細胞分化はこのように生物を進化論的にみたときに観察される。

このあと進化の弁証法が語られるが、やや古めかしい。

3.マウス脳の発生学

脳室の壁を構成する脳室層には神経幹細胞(マトリックス細胞)がある。当初は対称性分裂を繰り返す。

胎生11日以降、幹細胞は非対称性の分裂をするようになる。

その一部は脳室層に神経上皮細胞として残り、他方はニューロンに分化する。

ニューロンは神経核や皮質を作る場所に移動し、そこに定着する。

胎生16-17日以降、ニューロンの産生はピークを迎え、その後はグリアの産生にきりかわる。

4.すべてをDNAが決めるわけではない

ニューロンごとの行く先が決まっているわけではなく液性因子により誘導されるようだ。

5.ロゴスとパトスを扱うための課題

1)言語野の構成と言語による認知/認識の機構

2)扁桃体/海馬/視床下部/前頭前野皮質を含む広範囲にわたる脳の構成と機能と機構

のより広範な知見の集積が必要だ。

6.扁桃体が情動に関わる価値判断システムの中核

① 内臓感覚、味覚、平衡覚など原始的なものを含むあらゆる種類の感覚が脳幹および視床から直接入力する。

扁桃体は大脳辺縁系に属する古い皮質や視床下部と密接に結合し、情動神経回路の中心的な位置にある

魚類、爬虫類の段階では、扁桃体に脳の主座が置かれている。

7.ロゴスの主座は言語野

感覚・情報処理は、認知システムと情動システムという相互に密接に関連した二重の構造のなかで把握される。

言語(ロゴス)中枢や情動(パトス)中枢をを研究するためには、関連物質(遺伝子や蛋白分子)の相互の関わり合いを追求することが大事だ。


率直に言わせてもらうと、ロゴスとパトスとの対立というのはあまりに観念的である。

大体が、「対立物の統一」などというのはスターリン的に歪曲された疑似「弁証法」である。

弁証法は客観的な弁証法と主体的な弁証法に分かれる。車に乗っているヒトの弁証法とそれを見ているヒトの弁証法である。

客観的に見れば、基本となるのは存在と過程の矛盾である。過程は絶対的であり存在は相対的である。しかし過程はエネルギーであり存在(質量)を抜きに語れない。

そしてエネルギーはビッグバン以来拡散する方向にある。いわばエントロピーの拡大方向にある。

しかし主体的存在(生命)にとってはエントロピーは逆方向を向いている。主体が存在し続ける限り、エネルギーの有機化が進み構造が高度化する。

これは「主体」が宇宙全体の動きに逆らうエネルギーを基盤としているからである。

つまり、弁証法を規定する基本矛盾は、

第一にエネルギーのあり方を巡る存在と過程の矛盾である。

第二に宇宙全体の流れに反逆する有機化の流れと、それを押し流そうとする無機化の流れの矛盾である。

第三に、付加的であるが、生命体が同時に、滅亡する存在であり発展する主体であることの矛盾である。


川村光毅さんという解剖学者が書かれた「猿が人間になるに当たっての労働の役割」の解説が非常に面白い。

川村さんの経歴はよく分からないが、1935年?生まれ、千葉大卒、最終職歴は慶応大の解剖学教授、2000年に退官している。

最初は精神科医を志したが、哲学的な解釈に嫌気が差して、神経解剖学の方に進んだようである。

唯物論的な志向の強いひとらしく、パブロフを敬愛していると言う。坂田の三段階論も見え隠れする。

いま私が志向している方向を進まれた先人である。

この文章で川村さんがもっとも関心を集中しているのは、「労働の役割」ということよりも「猿が人間になる」決定的なステップを同定することにある。

精神というのは脳が生み出すものである。それと同時に人間の脳が生み出すものでもある。

脳というのは神経細胞・神経組織の集合であり、脳の活動というのはその繰り出すインパルスの総体である。

神経そのものはヒドラの時代からすでに存在し、脊索動物に至って中枢神経系が確立する。(昆虫を除けば)

それが精神を生み出すまでに至ったのは、いくつかの画期的な段階があり、そのたびに脳が質的変化を遂げてきたからである。

マクロに見ればそれはきわめて明瞭である。しかし個別に見ていけば、その変化の過程にはさまざまな中間型があり、並列関係があり、グレーゾーンがあり、決してクリアカットではない。

そのような事象に埋もれてしまうと、核心的な質的変化を見失ってしまうことになる。

とくに精神とか心の問題で、それは顕著である。ヒトを獣性と神性に裁断するのは愚の骨頂であるが、それを逆手にとってサルとヒトを同一スペクトル視するのも、詭弁に類いする行いである。

進化の連続性と断絶性の問題、エンゲルス風に言えば「量から質への転化」というのは意外に悩ましい。

「労働の役割」も、何も労働でなくても、例えば言語でも、あるいは自然環境でも社会でも良いのである。

これはこれで、影響因子あるいはパラメーターの重み付けの話であり、別個の話題となるであろう。

そしてそれがエンゲルスの著書本来の主眼であろう。

“The Part played by Labour in the Transition from Ape to Man”

というやや控えめな題名がそれを表している。


後脳はどこへ行った

これで一件落着と思ったら、また一つ難題が出てきた。それで3脳→5脳問題は一応決着がついた。「後脳」と言っていたのは、正確には菱脳のことだった。菱脳が上下に分かれて真の「後脳」と髄脳に分かれた。

多分髄脳というのは延髄のことだろう。ところで後脳はどうなったんだ。解剖の教科書には載ってないぞ。

その代わりに中脳と延髄のあいだには「橋」という厄介なものがある。では橋が後脳の成れの果てなのか。

ここまで行くと、「お前、それでも医学部出たのか?」と怒鳴られそうだ。

学生時代から、このへんは苦手だったことだけは覚えている。果てしなく続く脳幹の横断面図、1枚の絵だけで20くらいは固有名詞が出てくる。それが全部でいくつくらいになるのか、それだけで気が遠くなった。

しかしこの際だ。やはり決着はつけておかないと。

まず後脳

後脳という項目は日本語版ウィキにも、脳科学辞典にもない。

グーグルで最初に後脳が見出しに入っているのは

後脳の進化に新たな知見という理研の「科学ニュース」という記事だ。ニュースと言っても2004年のアップだからキュースに近い。

理研の形態進化研究チームが、カワヤツメの後脳由来の神経をラベルして検索した。

その結果、ヤツメウナギの三叉神経と顔面神経の分布は後脳の分節境界をまたいでいることがわかった。

このことから、後脳の神経発生機構と分節化機構が異なるメカニズムのもとにあることが示唆される。

と言うもので、「あぁそうかい」というレベルの話。

その次が2014年のネーチャー誌、

後脳分節化のHox調節ネットワークは脊椎動物系統樹の基部に保存されている

と言うもので、奇しくも10年前の前記ニュースを裏打ちしたものだ。

ということで、後脳ではあまり期待できそうもない。そこで見出し語を菱脳に変えて検索する。

菱脳もウィキ、脳科学辞典ともに該当項目がない。

コトバンクにブリタニカからの引用があった。

…その先端部に肥厚肥大部が現れ,前後方向に3つのくびれが生じてくる。端脳,中脳,菱脳という。

その最後部の菱脳は後脳 (広義) ともいう。

発生が進むと菱脳は2つにくびれて,前方に後脳 (のちに小脳と橋に区分) ,後方に延髄ができてくる。

良かった。後脳と呼ぶのは間違いじゃなかったんですね。

次は世界大百科事典からの引用

菱脳とは、…三つの膨大部(脳胞)の中で,最も後ろの後脳胞をいう。

名前の由来は…えらに関係する神経が出入りして菱形に膨らんでいることから来る

どうも絵がないと話が見えてこない。

菱脳屈曲

この絵で見ると、かなり事情が見えてくる。

つまり後脳、すなわち菱脳はくびれというレベルではなく、ぐんにゃりと折り畳められているということだ。

そしてこの曲がったてっぺんが後脳と髄脳の境目だろうということだ。

菱脳

折れ曲がりがひどくなると、折れ曲がりを挟んだ上下部分が最後にはくっついて、中に空洞ができる。これが第4脳室になる。最後に蓋の役目をすることになるのが小脳だ。

これを背面から見ると、上の図のようになる。

ピエロの口のようだ。この唇に当たる部分は「菱脳唇」という。そのまんまだ。

この唇からさまざまな神経核が生まれて、最後に小脳が生まれる。どこかの神話にありそうな話だ。

…と勝手に話を作ってきたが、これから真偽の程を確かめてみよう。


なお、「小脳は後脳の一部だ」という記述があったが、それは違うだろうと思う。もしその言い方をするなら「大脳は視床(前脳)の一部だ」ということにもなってしまう。

菱脳と後脳の違い

恥ずかしながら、これまで菱脳と後脳の違いを知らなかった。

言い訳になるが、解剖学の授業の頃全共闘がバリケード封鎖していて半年間授業がなかった。

我々は半年間勉強しないで、いわば半年繰り上げ卒業した形になっている。私は学部1年生だったから、解剖、生理、生化学などの知識が欠落している。

神戸学院大学の解剖教科書にはこう書いてある。

1.単一の袋であった脳胞は、前脳胞・中脳胞および菱脳胞の3個の袋が頭尾方向に連なった状態となる。

2.脊髄の頭側に続く菱脳胞は、長軸を頭尾方向に向けた細長い菱形を呈する。これが菱脳という名前の由来である。

3.菱脳は頭側半の後脳(Metencephalon)と尾側半の髄脳(Myelencephalon)に分けられる。

4.こうして胎生第6週の終り頃には、脳の原基は頭側から尾側に向かって、終脳・間脳・中脳・後脳・髄脳の5部が連なった状態となる。

5.発生の早期にはまず菱脳が非常に大きくなり、ついで中脳が発育する。…この時期には前脳、特に終脳の半球胞の発育はなお弱小である。

まことに分かりやすい説明でありがたい限りである。ただし、3.の後脳と髄脳に分かれるのがいかに分かれるのか、なぜ分かれるのか、は不明である。

いづれにせよ、以上のことから、私の唱える「三脳説」の前脳・中脳・後脳の三点セットは前脳・中脳・菱脳と呼ぶか、あるいは終脳・間脳・中脳・後脳・髄脳の5脳セットと改称するかしなければならない。

私はそのいずれもとらず、強引に菱脳を便宜的に後脳と呼ばせてもらうことにする。上がモーニングで下が袴というのは私の美意識に反する。


以下は

中脳蓋-上丘を主として- (tectum mesencephali /superior colliculus)    車田正男、川村光毅

というページの学習ノート。

 

A 】 はじめに

四丘体は中脳の背側の領域を占め、上丘と下丘からなる。

ここでは視覚、聴覚の情報と、顔面、体幹、四肢などからの外来性の感覚情報とが入ってくる。

中脳断面
Spalteholz より転載

(著者は中脳蓋と呼んでいるが、中脳被蓋と紛らわしいので四丘体ということにします)

① 下丘

下等な脊椎動物の中脳には側線中枢というものがあり、それが発達したものと考えられる。(これは他の知覚系脳神経と同じですね)

両生類以上では側線中枢は蝸牛神経の二次中枢となり、やがて下丘を形成する。

② 上丘(視蓋)

上丘は哺乳類に特徴的なもので、他の脊椎動物では視蓋に相当する。視蓋は中脳の背側に位置する層状構造である。

視蓋は視覚の中枢として発達した。視神経線維のほとんど集中する。また脊髄、三叉神経核、側線・聴覚領域からも多くの線維が集まる。

哺乳類以下において、視蓋は視覚をふくめた外来性インパルスの統合中枢といえる。

哺乳類では視覚の最高中枢は皮質視覚領となり、上丘には視覚性反射機能のみが残っている。

③ 視蓋の構造

哺乳類以下の脊椎動物では、6層からなる。これは大脳皮質と同じである。

B 】 形態学

上丘は神経線維と神経細胞により構成される。帯層~視神経層からなる浅層とそれより深部の深層に大別される。

浅層は網膜や大脳皮質視覚領などから入力を受け、外側膝状体や視床後外側核へ線維を出している。

これに対して深層は網膜からの入力を受けず、脊髄から大脳皮質に至るきわめて広範囲の領域から線維を受けている。

深層からは視床膝状体上核などへの上行路のほか、橋、延髄、脊髄への下行性線維がおこる。

1)上丘浅層

浅層はさらに上半部と下半部に細分される。網膜からの線維の多くは浅灰白層の上半域に終り、皮質視覚領からの線維は主に浅灰白層の下半域に終る。

外側膝状体へ投射する神経細胞は主に浅灰白層の上半域に分布する。視床後外側核へ線維を出す細胞はほとんどすべてが浅灰白層の下部1/3域にみられる。

上丘内結合も多く見られる。

1)上丘深層

① 大脳からの入力

深層は大脳皮質の広い領域から線維を受ける。またきわめて多くの皮質下領域からの入力を受ける。

② 下部脳幹からの入力

黒質網様部(GABA作動線維)や三叉神経知覚核からの入力を受ける。

オリーブ核、脊髄、外眼筋支配運動核周囲領域などに出力する。

C】 結論

上丘の機能的役割としては、知覚性視覚系(上行性)と運動性視覚系(下行性)とを第一義的なものとみなしうる。

しかし体性感覚や聴覚など他の感覚様態の機能との関連もある。これについては今後の検討課題である。



私の感想

系統発生的には次のように言えるだろう。

中脳(上丘)はもともと、さまざまな体性感覚の集中点であり、一次処理工場であった。

上丘が視蓋と呼ばれた時代、それは「視覚をふくめた外来性インパルスの統合中枢」であった。

それは上丘の深層に残されている。多彩な神経細胞が下からの入力を受け一次処理をしている。

これらのうち三叉神経からの入力と脳幹網様体からの入力が重要である。ただし脳幹網様体からの入力はいったん黒質での処理を受けており、黒質とのやり取りでかなりの情報が処理され、出力されている可能性がある。

三叉神経についてはほとんど情報がない。今後の研究が待たれる。

聴覚については、その後下丘で一次処理が行われ、内側膝状体に上行するようになり、上丘の意義は薄らいだ。

これら一次処理された情報は視床(外側膝状体)に向けて上行する。

上丘深層と大脳との関係は、目下のところ私にとって関心外である。

おそらく脊椎動物の比較的初期の段階において上丘は視神経の受け皿となった。その結果、上丘浅層が大いに発達した。

中脳の発達した動物において上丘浅層の肥大が確認されれば、これが証明されることになるが、まだ文献を見つけていない。

ここがよくわからないのだが、視神経は視床からろくろっ首のように伸びていったとされているのに、どうして視神経の終末が上丘になるのだろうか。

解剖の本はこういう話は無視する。

それはともかく、系統発生から見れば、まずは視神経からの入力と視床への出力が最初だろう。そのあとに外側膝状体→大脳視覚野への出力と大脳からの入力がメインになっていく経過ではなかろうか。

どうもこれが形態学的検討とスッキリ一致しない。入力と出力がたすきがけなのである。

鑑みるに、大脳との連絡は今まで考えていたより古くからあったのではないか。つまり大脳というのはもっと昔、三脳が完成して間もなくの頃からあったのではないか。

いまのような大脳ではなく、嗅脳とか松果体とかいわゆる「外付け機能」として存在し、そことの連絡とも古くから開けていたのではないか。

というのは、上丘深層の記述にこういう記載があるからだ。

深層は大脳皮質の広い領域から線維を受ける。またきわめて多くの皮質下領域からの入力を受ける。

だとすれば、

網膜からの線維の多くは浅灰白層の上半域に終り、皮質視覚領からの線維は主に浅灰白層の下半域に終る。

という記載も理解できる。


なかなか上丘に関する文献そのものが見つからないから、この点は疑問として残るだろうが、折々気をつけて探していきたいと思う。


小泉英明さんという人の書いた「脳科学の真贋―神経神話を斬る科学の眼 」という本を読んだ。

素人向けの本で私にも読みやすい。2、3時間で読めてしまう。

この人は日立でf-MRIや光トポグラフィーの開発に関わったヒトで、出身系列的には工学者ということになるのだろう。

その後は、「心と脳の科学」という領域に飛び込み、脳研究の組織・コーディネートに関わる一方、けっこう啓蒙書を書き飛ばしているという人だ。

ある意味では「脳科学の大御所」と目される存在である。

世にはびこる似非脳科学には批判的だが、実際にはきわどいところを渡っているという面も持つ。こういう道を選んだのは、養老孟司さんの影響だと言うが、たしかに似たようなところがある。

1.言語には時制観念が不可欠

読後感としてあまり強い印象はないのだが、言語把握の問題で面白い箇所があった。

それは、言語理解としては時制の問題が大きいということだ。時制の概念があるから言語が階層構造を持ちうるのだと言う。

言葉は単語の連なりだ。かんたんな応答ならたしかに単語を並べるだけで用は務まる。

我々が外人と喋るときはほとんどこれである。

しかしきちんと話さなければならないときはやはり述語を持って終止しないとセンテンスにはならない。

ところが、この述語というのは多くが動詞だ。つまりなんらかの動作である。動作でないときはbe動詞、つまり一定のあいだその状態が続いて“ある”ということになる。

これ自体、時制の観念なしには不可能だ。

入れ子構造になる「複文」では、二つの時制を構築しなければならない。

これらはチョムスキーの言語学の原理なのだそうだが、つまり単語を並べるだけなら猿でもできる。哺乳類や鳥類でもやっているかもしれない。

しかし、それが言語として成立するためには、時制の観念が不可欠なのだということである。

2.時制の観念を生み出したものは何か

小泉さんの話は、ここから「未来の概念」という方向に進んでいって、子供の教育の話になっていくのだが、目下のところそれより先に片付けねければならない問題がある。

それは「時制の観念を生み出したものは何か」ということである。

人間には体内時計があるといわれる。これは朝になると目が覚め、体温が上昇し、活動性が上がってくるというような自律神経の日内リズムのことだ。

しかし、言葉における時制はそれほど悠長なものではない一刻一秒の単位での時制だ。

それはやはり視覚の背側路からMTへとつながる、視覚の動画化以外にないのではないだろうか。これによって人間は時間を秒単位で認識できるようになった。

それだけではなく、時間の観念、ひいては過去や未来という「時空間」の概念を獲得したのではないかと思う。

もちろんそれは言語を身につけることを目的として獲得されたのではない、「旅」のため、オリエンテーリングのためだ。

時間感覚は空間感覚とペアーの形で獲得された。そしてこの時間感覚を利用することで、単語という空間感覚が前後の時間感覚の中で整序され、そのことで時制観念が生まれたのではないだろうか。

3.心の問題は今やる必要はない

脳科学者はすぐ「心」の問題に行きたがる。それは小泉さんも同様だ。

だからこういうことができるかもしれない。「脳科学」というのは、脳と心の関係をきわめる学問だ、と。

そうであれば、目下は私の関心領域ではない。私にとってまずだいじなのは、感覚入力の処理法をきわめることだ。

これと並行しながら、人間的認識としてそれらが統合されていく過程も追求されなければならない。しかしそれは知覚情報の処理についてある程度の知見が集積しなければ空語になってしまう危険がある。

人間的認識についての一定のコンセンサスが出来上がれば、この一連の過程を突き動かす駆動力についての議論と、初めて本格的な突き合わせが可能になってくる。

その時、初めて心(前頭葉)の問題が語られるようになるのではないか。

繰り返すが、脳というのは巨大な情報処理装置だ。そしてその情報というのはまずもって「感覚」として入力される。

だから、ざっくり言えば脳は感覚処理装置なのだ。

我々はここから知見を積み上げ、構築していくしかないのだ、と思う。


一応聴覚について基礎的な知識を理解しておこう。

1.耳から神経へ

http://bunseiri.michikusa.jp/ というサイトに分かりやすい説明があるので、ここから拾って他の資料も少し加えていきたい。
ear

外耳は耳介と外耳道だ。鼓膜から奥が中耳になる。ここは基本的にはがらんどうの組織で、3つの耳小骨が鎮座している。デシベルを稼ぐところだ。

耳小骨が付着するのが蝸牛窓。ここから内耳になるが、聴覚に関係するのは蝸牛のみだ。三半規管は内耳に元からいる大家だ。

cochlea

蝸牛の断面で、上と下は共鳴箱。真ん中の蝸牛管が本体だ。ここに充填されたリンパ液が耳小骨からの振動を受けて波を作り出す。これを有毛細胞がそよぐことによって感知し、電流を発生する。リボン型マイクの原理だ。

2.蝸牛神経から蝸牛神経核へ

電気信号に変換された聴覚刺激は神経系を上行し始める。

これが寄せ集められて蝸牛神経となり、脳に送り出される。ここからが七面倒臭い。4回もニューロンを変えるのだ。

choden
1次ニューロン: 蝸牛から蝸牛神経核へ

2次ニューロン: 蝸牛神経核から上オリーブ核へ

3次ニューロン: 上オリーブ核から下丘へ

4次ニューロン: 下丘から内側膝状体へ

5次ニューロン: 内側膝状体から皮質聴覚野(第一聴覚野)へ

なぜそんなことをするのか分からない。多分聴覚刺激が関係各方面に配布されているのであろう。

ということは逆に言えば、聴覚刺激はかなり複雑・多彩なやり方で人体に受容されているのだろうと思う。

3.「内耳神経」について

これまで聴神経と言ってきたが、考えてみると、この言い方はどこから出てきたのか。

学生時代には内耳神経と習ったはずだ。

解剖学にはいくつかの語呂合わせというのがあって、掛け算の九九のように憶えさせられる。

12の脳神経もその一つで、

「嗅いで視て、動く車の三つの外、眼内舌咽、迷う副舌」というのだ。この内の「内」というのが内耳神経(第8脳神経)だ。

だから解剖のときは内耳神経と憶えたはずなのだが。

それに内耳神経を聴神経というのはほとんど間違いなのだ。内耳の二つの働きである蝸牛神経と前庭神経がたまたま同じ船に乗り合わせたに過ぎない。

これを聴神経と呼ばれたのでは、前庭神経の立場がない。

これからは蝸牛神経と呼ぶことにする。内耳神経という言葉にはあまり意味はない。内耳から出てくる神経だというだけの呼び方である。同じ船に乗っていると言うなら、顔面神経もあわせて3本セットで憶えておいたほうが良い。

神経というのは基本的には上下に走っているので、横断面にはあまり意味はない

4.外側毛帯という核付き伝導路

蝸牛神経の終点は蝸牛神経核、その後いったん交差して体側の外側毛帯に行く。いずれも三脳構造から言えば後脳である。交差するのは多分ステレオ効果を作るためであろうが、全部の神経が行くのだろうか。

外側毛帯というのは名前のとおり、帯であり基本的には街道であるが、その中に神経核が散在していて、めいめいが適宜休憩する形をとっている。東海道中で今夜は府中に泊まるか鞠子に泊まるか、宇津ノ谷峠を越えて岡部で頑張るかという具合である。

健康生活情報.comより転載nerve2_600


5.第一次聴覚中枢: 下丘(中脳)

外側毛帯を通り終えると中脳の下丘(中心核)に着く。ここまでは聴覚情報はほとんど生のまま送られるが、ここでかなりの下処理が行われる。

ひとつは、音の周波数弁別,音の高さ,音声言語,聴覚空間の認知など当座の使用には差し支えない形にブラッシュアップされる。

もう一つは、体性感覚,顔面知覚,視覚などほかの感覚入力とのすり合わせである。

下丘へは上行性と下行性,さらに下丘内から局所性に多様な入力があり,これらが統合的に処理されている。(脳科学辞典 ただし、とりあえず委細省略)

進化のある段階までは、下丘が聴覚中枢であったのかもしれない。この辺はより深く追究してみるべきだろう。


6.内側膝状体(前脳)

聴覚の旅はまだ続く。今度は視床の内側膝状体である。外側膝状体といえば視神経の中継地であるが、その内側に位置するということは視覚と聴覚の重要性を示しているのかもしれない。

脳科学辞典では次のように記されている。

大脳皮質聴覚野へ送る聴覚情報の選別が内側膝状体の主な機能であると考えられている。

要するに独自の働きはほとんどわかっていない、ということである。著者もこう言っている。

内側膝状体や聴覚野に至らずとも下丘までで基本的な聴覚情報処理はされている

…現在知られている知見を持って内側膝状体の担う聴覚情報処理機能を断定することは非常に難しい。

そして分かっているのは、大脳(聴覚野)行のフェリーターミナルだと言うだけだと告白している。

3つの亜核があり、腹側亜核がメインである。背側亜核と内側亜核は他の部位から修飾的な情報を得ている。

ということは毛帯→下丘から送られてきた原音にメーキャップを施して“音らしくする”ことに意味があるということになるのか。これは例えば音楽などでは重要な機能になるであろう。

ただし「内側膝状体内の亜領域同士の結合はない」とされているので、作業場というよりは倉庫に近い存在なのかもしれない。

この辺も、進化の目で見直して見る必要があるのではないだろうか。

7.大脳聴覚野

そこで次に川村光毅さんの「音楽する脳のダイナミズム」というページ。

周波数分析は中脳の下丘のレベルで完成します。間脳と大脳皮質のレベルでは、スペクトルの弁別がなされます。

第一聴覚野(コア領域)は各振動数に対応した単純な音をうけとります。この周辺の内側帯部→外側帯部→傍帯部では聴覚処理の内容が高められます。

ヒトの脳では、聴覚連合野の後方に連続して感覚性言語野(ウエルニッケ野)が存在し、聴覚野からたくさんの線維を受けています。
文章の性格上、情動と関係する神経連絡が詳述されているが、ここでは省略する。

なお、この文章に付された図はとても良い。(画面上を左クリックするとはっきり見えます)
視覚と聴覚の情報処理の流れ
とても良いというのは視覚イメージの流れが上手く整理されているからだ。とくに最終イメージとしての「形・動き・視空間」という三位一体はストンと落ちる。

右側の「聴覚仮説」についてはなんとも言えない。多少視覚イメージ構築プロセスからの強引なアナロジーと感じさせるふしもあるが、それ以上言えるだけの根拠がまだ持てていない。

ただ、視覚に勝るとも劣らない複雑な分析・統合システムがあることは間違いなっそうだ。



脳神経の研究史
紀元前4世紀から21世紀まで、脳研究2500年の歴史を辿る
というファイルを中心に、いくつかのデータを寄せ集めて、とりあえず作成してみた。
自分としては不満が残っており、いずれ増補していきたいと思っている。

BC1700 古代エジプトのパピルスに「脳が知覚や運動機能などと一定の関係を持つ」との記載。(エドウィン・スミス・パピルス)
papirus

BC400頃 ヒポクラテス、『神聖病(=てんかん)』の原因が脳にあると記載。呼吸によって取り入れられる精気をこころの担い手と考える。
脳によって、そして脳だけに、快楽、喜び、笑い、戯れが生まれ、同時に、悲しみ、痛み、憂いも生まれる。
BC387 プラトンは、叡智の心は頭の中にあるとして、脳は精神作用の源であると述べた。これに対しアリストテレスは、思考と感覚を司る器官は心臓であり、脳は冷却器にすぎないとする。
BC300頃 古代ギリシャの解剖学者ヘロフィロス、脳と脊髄に神経が集中していることや、4つの脳室が4つあることを発見。第4脳室に心の座があると考えた。
BC170頃 ガレノス、ヒトの脳を解剖。流体に満たされた脳室を発見。3種類の流体(霊気)がヒトの行動を制御しているとする。また動物の解剖から、大脳が感覚を受容し小脳が筋肉を制御していると推測。
AD5c~ キリスト教 人体の解剖を禁止。医学の発達が止まる。ガレノスの解剖学が1千年にわたり金科玉条となる。
1500頃 レオナルド・ダ・ヴィンチ、脳の解剖図を描く。ワックスを注入して脳の鋳型を作ったといわれる。ダ・ヴィンチの人体観そのものはガレノスの学説を脱却せず。
1543年 ヴェサリウス、「ファブリカ」(人体構造論)を出版する。脳室の位置と形を正すなどガノレスの約200ヶ所の誤謬を修正。
17c デカルトが「心身二元論」を発表。ヒトの体は機械であると考え、松果腺を精神の世界と身体が繋がる場所とした。
18c ウィリスとレン、神経機能が血流に依存することを示す。
18c末 フランツ・ガル、『骨相学』を唱える。大脳の各部がそれぞれ特定の機能を有しており、頭の形を見れば頭脳の特徴が分かると主張。脳の機能局在論のきっかけとなる。
1848 フィネアス・ゲージのケース。事故による前頭前野を損傷。事故後、性格が一変し抑制が効かなくなる。このことから、前頭葉が情動の抑制や常識的な判断と関係していることが知られる。
1861 ブローカ、左前頭前野後半の損傷で運動性失語が起こることを発見。
ダーウィン、人間の情動には動物の名残があると主張。ロマネス、動物行動を観察する中で比較心理学を樹立。
1870 ドイツのフリッチュら、サルの大脳皮質の一部に電気刺激を与え、筋肉を動かす部位を同定。
1873 イタリアのカミロ・ゴルジ、硝酸銀を用いて細胞を染色。細胞どうしの境界を明確に観察。神経網状説を唱える。
スペインのカハールは、神経が直接つながっていないことを確認。神経細胞の情報の流れには入力と出力があるとするニューロン説を唱える。脳細胞は動物種によらず類似していることを指摘
1874 ウェルニッケ、発話はできるが相手の言葉が理解できないケースを報告。患者の側頭葉に障害があったことを確認。
1875 イギリスのリチャード・カートン、神経細胞の電位を発見。
1878 イギリスのデーヴィッド・フェリエ、サルの脳の各所に電気刺激を与え脳地図を作成。
1886 フロイト、精神分析を提唱。フロイドには多くの異論が現れた。アドラーは性欲より劣等感や優越欲を重視、ユングはリビドーを性欲を超えた生命エネルギーとする。
1902 パブロフ、条件反射のセオリーを提起。ジョン・ワトソンは刺激と反応の観点から行動主義を提唱。
1906 アルツハイマー病が発見される。
1906 ゴルジとカハールがノーベル賞を共同受賞。
1909 ブロードマン、層状構造の違いにもとづいてヒトの大脳皮質を52の領野に区分(ただし9つの欠番がある)
1924 ハンス・ベルガー、脳電位の存在を確認。
1932 電子顕微鏡の開発。カハールのニューロン説が確認される。また神経細胞が細胞体と軸索、樹状突起より形成されることも確認。
1934 ロボトミー(前頭葉白質切除)手術の普及。50年ころにはてんかんに対する脳梁切断術。これにより脳機能が詳しく解明される(副作用として)。
50年代 クロルプロマジンが臨床に導入される。少し遅れて三環系抗うつ剤も使用開始。
1952 カナダのペンフィールド、ホムンクルスを作成。
ホムンクルス
1953 海馬摘出術を受けた患者で、記憶能力が喪失することが判明。
1960 ポール・マクリーン、大脳辺縁系を提唱。三位一体説を唱える。
1963 神経幹細胞が発見される。ここから神経細胞とグリア細胞が分化。
1970 ハンズフィールドら、X線CTを開発。
1975 ドパミン遮断薬による統合失調の治療が始まる。
1980 PETの臨床応用が始まる。各種行為と脳の活性化部位について知見が集積。
1982 アルツハイマーの病因としてβアミロイドが特定される。
1983 鳥成体の大脳、哺乳類の海馬などにおける神経の新生が発見される。
1990 MRIが開発される。
1992 fMRI(機能的MRI)により各種行為時の脳局所血流変化を非侵襲的に調べることが可能になる。
1993 光トポグラフィーの開発。小型の装置での測定が可能となる。
2006 iPS細胞を使った神経細胞の再生の試みが始まる。

「脳科学」の言葉が拡散している。
なにかと便利だから、私も使う。そもそもがそういう言葉である。
例えば循環器医はしばしばみずからを「心臓屋」と呼ぶ。そのほうが人には分かりやすいし、扱う範囲のだいたいが心臓絡みであるからでもある。
そういう通称だけではなく、教科書も「循環器病学」という名前の他に、「心臓病学」というのもあった。上田英雄著だった。英語だとハーストの「ザ・ハート」というのが標準だった。
しかし「脳科学者」といわれる人が「脳科学」の名のもとに展開する議論は、ある種のいかがわしさを感じてしまう。
だいたい脳の研究というのは生物学研究者が担うべきものである。病気に絡めば医学の対象にもなるが、医学というのは一種の生物学だから矛盾はしない。
ところが最近、心理学者や工学者が闖入してきて、ずいぶんと引っ掻き回してくれている。理由はCT以降次々と新技術が開発導入されて、これに伴い新知見が山のように溢れて整理がつかない状況になっているからだ。それに大学が独立行政法人化されて、みんなが業績の宣伝に狂奔しているというご時世もある。
「心理学」というのがだいたい図々しい名称であって、「心の理」というのはそもそも哲学者が担うべきものである。と言いつつもすでに市民権を獲得してしまったから仕方なく使うが、研究対象が「心」である限りにおいてこれは科学ではない。
三木清は「幸福論」で次のように書いている。
以前の心理學は心理批評の學であつた。それは藝術批評などといふ批評の意味における心理批評を目的としてゐた。
人間精神のもろもろの活動、もろもろの側面を評價することによつてこれを秩序附けるといふのが心理學の仕事であつた。この仕事において哲學者は文學者と同じであつた。
…かやうな價値批評としての心理學が自然科學的方法に基く心理學によつて破壞されてしまった。

2013年11月09日 三木清「幸福について」を参照されたい。

「心」などという実体はない。ただいろいろなものの統合された抽象概念としては存在しないわけではない。しかしその捉え方は千差万別であり、定義などできようもない。ほんわかと包みながら概念操作していくしかないものである。私は「心」という言葉の入った「脳科学」論文は、それだけで読まないことにしている。
彼らは心理学的手法を用いる彼らの学問こそが脳科学なのと主張しかねない勢いである。
かつて「心理学」の名を奪い取った彼らの厚かましさからすれば、「脳科学」を心理学の名称にしてしまう可能性は大いにある。彼らの後ろには無数の大衆がおり、彼らの支持する巨大メディアが控えているからである。
中野信子さんという方が美貌の脳科学タレントとして活躍されているが、医学も心理学も、率直に言わせてもらえば自己流である。
理研のボスでノーベル賞をとった利根川進さんという人がいる。この人は免疫学者だと思っていたが、いまや「脳科学」の旗を振っている。海馬の記憶機能の研究が主体のようだ。題名を見ての判断だが、この人のやっていることは生物工学だ。心理学者がネズミに餌をやるように、この人は海馬にいろいろ粉をふりかけてどう反応するかを見るのが専門だ。あわよくば“記憶物質”を探し出そうという魂胆だ。
一種の工学的発想で、これと言った哲学はない。無思想こそが科学だと誤解しているフシがある。

そのうち、脳神経系の研究は脳科学の一分野とされ、「大脳生物学」と呼ばなければならなくなるかもしれない。私はその中の一分野である「脳歴史学」に興味を集中させていくことにしよう。

聴覚の勉強を始める前に、すでにブルっている。
視覚のインテグレートの際にえらい苦労をした思い出が蘇ってくるからだ。
後頭葉の第Ⅰ野から始まって、第Ⅱ,第Ⅲと進むうちにワケが分からなくなってきた。
“WhatとWhere”の概念に引きずり回された。これはそもそもおかしいと思い始めた。Whatは代名詞であるが、Whereは副詞だ。これではアルゴリズムが成立し得ない。
そこで、Where と称するものの中身を吟味してみた。
最終的に気づいたのは、Whatというのは実体の認識であり、Whereというのは過程の分析であるということだ。
だからWhere(背側視覚路)はHowという方が正しい。そこには時間軸がふくまれてくる。
ということで、MT,MSTは視覚対象に動きを与える、言い換えれば時間軸を与える操作をしているのだと考えた。
それはいかにして行われるか。動画化だ。おそらく1秒に数十回の画像が作成される。それに見合った期間、MST周辺に「残像」として蓄えられ、次の画像にリレーされる。
これにより視覚は連続性を実現すると同時に、時間感覚を与えられる。
その結果視覚対象はどこからどこへ、どのくらいの速さで移動しているかが認知できる。
視覚対象に動きが与えられるということは、見ている主体にとって対象に意味が与えられるということでもある。意味が与えられないのはゲルストマン徴候の特徴である。ただその意味についての吟味は前頭葉の助けが必要となる。アパシーは頭頂葉の責任ではない。
視覚に時間軸が与えられることは、文字を読む上でも必須の条件となる。
これにより文字群を一連のシリーズとして認知できることになる。そして視覚が時間軸を持つことにより、時間軸いのちの聴覚性言語との結合が可能となる。
それは角回のウェルニッケと隣接した頭頂葉領域で行われることになるだろう。

と、まずはここまでの勉強の成果をおさらいした。
今度はこれを聴覚の側から見ようというのである。いかに気の重い作業であるかがお分かりいただけたであろうか。


10月4日
高次視覚の話は流れを重視したために、記憶に頼って書いてしまった。その後読み直すとかなり間違があったので補正する。


視覚には4つの視覚野が存在する。順を追って説明する。

A 網膜

最初の二つは別に難しくない。まず光刺激は網膜上に像を結ぶ。これ自体がデジタル画像だ。視神経の末端が張り巡らされ、それぞれが一つの画素となり全体として一つの絵を構成する。デジタルカメラと同じである。

この画像(画素の集積)は外側膝状体に集約される。大脳新皮質のない生物では画像は直接中脳へと送られる。高等動物ではシナプスを変えて後頭葉の視覚野に投射される。

B 第一次視覚野(V1とV2)

後頭葉の後端に画像がそのまま再現される。なぜ二度手間をかけるかというと、画像を高次処理するためである。

V1では白黒画面となり、V2がこれに色彩や質感を与えるようである。むかしで言うテクニカラーの要領かと思われる。

これから先は、不確定で用語も一定しない。一応ウィキの説明に従うと、V3(3次視覚皮質複合体)で画像は使用目的に応じて二種類にわけられる。

これを腹側路、背側路という。多分最初にできたのは腹側路だろうと思われるので、そちらから先に説明する。

C 弁別視覚(What系)

高次視覚がなぜ必要かというと、見えたものから生物にとって情報を取捨選択するためだ。いずれにしても画像は極端に圧縮される。作業用メモリーの容量に規定されているのだろう。高次だからきれいというわけではない。

高次視覚には二つある。一つは自分が注目しているものが何者かという情報である。そしてもう一つはそれがどう動いているかという情報だ。

前者をここでは弁別視覚と呼ぶ。私の造語である。

これはV3,V4で行われる。V3は本来こちらの機能であったのが、背側路の分岐点ともなった。これが腹側路の方が古いとする根拠である。

弁別視覚には立体視も入るらしいが基本的には「パターン化」だ。それが「シンボル化」されれば文字を読むことにもつながる可能性がある。

これは後下側頭連合野に像を結んだあと、最終的には海馬に蓄えられ、過去の経験と突き合わせて弁別される。このあたりは嗅覚の弁別機序と似ている。

D 動態視覚(Where系)

もう一つの高次視覚が動態視覚である。これも私の造語である。

こちらの視覚はV3からニューロンを受けてMT野(V5ともいう)に向かう。みっしりと高速神経(有髄線維)が立ち並んでいて、多くの場所に神経がつながっている。

ここがもっとも問題の場所で、少し詳しく話しておく。

まず結論から言うと、背側経路は画像の“動画化”の機能を持つのだろうと思う。すなわち連続した画像を流すことにより、画像情報に時間軸を与えることである。静止画と比べた動画の長所は色々ある。思いつくままにあげてみよう。

1.絵の中の目的とするものが動く。「どこ」だけをとってみても、どこから、どこまで、どんな速度でと色々だ。

2.時間経過が分かる。いつから、いつまで、

3.変化がわかる。何が何へ、どのように、

4.見ている本人の変化がわかる(客観的座標があれば)。眼球がどの位置で、どの傾きで、どこを向いているかなど

これはじつはどの文献にも書いてないことだ。

動態的視覚はものを見て識別するという視覚本来の機能ではない。視覚に動態感覚を与えるためには静止画像をつなぎ合わせ“動画化”することが必要だ。

静止画像は「残像」として短期貯蔵される。その間に次の静止画像がインプットされれば、画像は連続画像となる。走馬灯のようなものである。

ではMT野でどのような作業が行われているのか。これは実のところよく分からない。だから上に述べたことはただの当て推量だ。

いくつかの知見を紹介しておく。

これはMT野というよりもう頭頂葉だが、AIPというエリアが見つかった。ここでは視覚が運動と結びついて「どう体を動かすか」という作業が行われているらしい。これを視覚的コントロールと呼ぶ。これに隣接するCIPでは立体視に関わっているという。



聴覚の発達・進化

勉強を始めるにあたっての問題意識

もともとは振動覚であろうが、嗅覚が味覚から分離したように聴覚も振動覚と分離し特化した。
しかし嗅覚に比べると、聴覚ははるかに複雑である。
我々は身近に録音・再生装置を持っているから、それとの比較で聴覚を考えてみよう。基本は①マイクで音を拾い、②これを電気信号に変え、③さらにそれを機械的エネルギーに変換し、④それを記憶媒体に刻み込む。これがレコードである。再生はこの逆の過程をとる。
オーディオの性能(スペック)は①Fレンジ、②Dレンジ、③時間分解能、④S/N比で示される。まずはこのハード面での進化を見なければならない。
しかしそれだけではない。音を聞く(脳の中に音像を展開する)という能力の他に、音をつながりとして理解する能力、それを信号として翻訳する能力も必要とされるからである。さらに受容→応答という循環の中にインテグレートする能力も問われるであろう。ついでながら音のつながりを音楽として主観化する能力も必要だ。
聴覚はいわば振動覚から聴覚(ハード)、そして意味付け(OS)というホップ・ステップ・ジャンプのバージョンアップを達成してきたのであろうから、3脳型モジュールを基礎に、積み上げ型の理解を心がけようと思う。

最初は下記の講演から
岩堀修明 特別講演「聴覚器がたどってきた道
Otol Jpn 23 ( 1) : 51- 54, 2013

原索動物(ヤツメウナギ) 内耳に相当して半規管(三半規管に至らない)が出現。側線系の特殊化したものとされる。
魚類 側線系が発達し振動覚が強化される。三半規管が完成するとともに、内耳の耳石器を構成する有毛細胞の中に、振動に対して反応する細胞が分化。次第に周波数の高い振動にも対応するようになる。耳石器(ラゲナ、球形嚢)が魚類の聴覚器に進化する。嗅覚とは異なり聴覚(の原型)はすでに魚類に存在していたということになる。最初は三半規管の間借り人だったわけだ。
水の密度は空気の1千倍あり、音波のエネルギーも強いため、ゲルマニウムラジオでも十分対応可能だった。また高周波の音は、どうせ吸収されてしまうので感度は低くても構わなかった。
魚の耳
約3億5千万年前 両棲類に始まる陸棲動物が誕生する。聴覚器につながる伝音機構(中耳・鼓膜・耳小骨)が形成される。最初の耳小骨はアブミ骨のみ。内耳にはコルチ器を備えた蝸牛管が分化する。
大仕掛けな改造が施され、これによりエネルギーの小さい空気の振動、高周波の振動を受容することが可能となった。耳小骨は他所の家からアタックしてきたらしい。とられたほうがどうなったか詳細に解説されているが省略。
ほかに大事なことは、「声」を獲得したことだ。聴覚は「声」とあわせコミュニケーションの手段となった。

爬虫類 鼓膜の外側にくぼみをつくって、鼓膜に音波が集まるようにする(外耳道)。これは哺乳類にも受け継がれている。

哺乳類 外耳道の外に耳殻(耳介)ができ集音機能が強化される。アブミ骨の他にキヌタ骨とツチ骨が形成され、3点セットとなる。これもアタックしてきたようだ。蝸牛の有毛細胞の可聴域は100~1万ヘルツに拡大。
耳小骨

大脳の原基としての嗅脳を調べるということで、これまでやってきた。

結局、いまだによくわからないことが多い。情報は少ない。文献をいろいろ探してもほとんど触れられていない。

1.ニオイは記憶装置とセットで認知される

ただ五十嵐さんの研究により、嗅内皮質という領域が一次中枢であることがわかった。別の文献では外側嗅内野と表現しているが、まぁ細かい話はどうでもいい。

嗅覚も視覚や聴覚と同じく視床で統合され、さらに前頭葉で総合的な評価を受けることになるが、これは別の話だ。

そして嗅内皮質は情報を海馬に貯められた過去の経験と突き合わせ、評価する。

したがってニオイの知覚というのは、そのまんまではなく「陳述的な情報」として発信されていることになる。

これは他の感覚が生データとして視床に入ってくるのとは様相を異にする。

2.ニオイは暗証番号で受容される

ニオイの受容の機序は、比較的最近になってから解明された。驚くべきことにニオイ受容体は数十種類があり、これらの組み合わせとして認識されている。

つまりいわば「4ケタの暗証番号」として情報が形成される。(すみません。まだ完全には理解していません)

嗅神経を通って嗅内皮質に送られてくるのは、この「4ケタの暗証番号」である。この暗証番号を海馬にある過去データと照合するわけだ。

3.嗅覚は後付け・外付け機能だ

サカナにも嗅覚があるといわれる(聴覚もしかりだ)。

しかしこれは嗅覚ではない。気体中の微小物質を嗅ぎ取る能力は、動物が陸上に出てから獲得したものだ。

とりわけ夜間行動を強いられた初期の哺乳類が、進化の過程で発達させたものである。

だから既存の前脳・中脳・後脳の3脳構造の中にはないものだ。

居場所がないから前脳の上に居場所を作った。前脳(視床・視床下部複合体)は「判断・評価の過程は任すから、とにかく結果だけ教えてくれ。手足はこちらで動かす」ということになる。

4.この方式は聴覚にも応用された

嗅脳の外付け方式は、聴覚にも応用されたはずだ。もともと聴神経は第8脳神経として後脳にターミナルを持っている。

その起源は魚類の側線の中枢だろう。しかし側線がほかの皮膚感覚より敏感だとしても、しょせんは振動覚だ。しかも感じ取るのは水圧の変化だ。

空中での音圧はレベルが違うと思う。だから専門の器官(とりあえずは平衡器官への相乗り)でFレンジとDレンジの拡大を図ったのではないだろうか。(耳骨の構造と鼓膜、アブミ骨の面積比で音圧が約22倍に増幅される http://bunseiri.michikusa.jp/cyokaku.htmより)

とくに耳小骨の形成により可聴音域が広がり、音が言語=信号として用いられるようになると、情報量も増えるので、後脳のキャパでは到底追いつかない。

そこで側頭葉~角回へと別館作り、外付け情報センターづくりが進んでいったのではないか。

そのさい、旧脳に間借りしたのか、別途建設したのかは分からない。

ということで、聴覚についての勉強に移行することになりそうだ。


両生類の年表を作成してみた。とりあえずこんなところで。
肝心なことは、サカナが陸に上がってどんな感覚・装置を身に着けたか、それが脳の発達とどのように結びついていったかということなので、必要があれば補充するということにしたい。

地質時代区分

約4億2千万年前 古生代シルル紀後期に最古の陸上植物や陸棲節足動物(ユーリプテルス)が発生する。
約3億8000万年前 古生代デボン紀 地上に森林が形成され、昆虫が発生する。肉鰭綱(肺魚類)から進化した総鱗類のユーステノプテロンは、乾燥に強い皮膚を持ち、陸に上がれるようになる。
普通の魚は硬骨魚綱→条鰭類である。これに対しヒレの内部に硬い骨格があり、筋肉が発達しているものを肉鰭類と呼ぶ。
約3億6000万年前 古生代デボン紀後期 両生類が登場。総鰭類の筋肉質の対鰭が両生類の四肢となり、うきぶくろが肺となる。
最初の両生類はアカントステガと呼ばれる。全長約60センチメートル。ときに陸に上がって捕食していた。
Acanthostega
陸上生活への適応は不充分であり、皮膚呼吸に頼るため水辺への依存度が強い。特に幼生は、一般に水中生活をいとなむ。
約3億5,000万年前 古生代デボン紀後期の大量絶滅。海中生物が中心。
約3億4,000万年前 古生代石炭紀前期 シダ類が大森林を形成。両生類が発展。ペデルペスは陸上生活に適応した四肢と頑丈な歯を獲得。
大脳は古皮質のみ、脳神経は10対(爬虫類は12対)
Pederpes
約3億1200年前 石炭紀後期 巨大な肉食両生類が生息。これにより乾燥地帯に追いやられた両生類から、有羊膜類(Amniota)が分岐。有羊膜類は、初期に竜弓類と単弓類の2系統に分化。
約2億7千万年前 古生代ペルム(二畳)紀。カコプスは乾燥気候に耐えられる構造を身につける。発達した視覚と聴覚を持っていたとされる。
現生爬虫類の祖先となる双弓類、哺乳類の祖先に当たる単弓類(エダフォサウルス)も発生。
約2億5千万年前 大量絶滅がおこり、古生代(ペルム紀)が終了。海洋生物のうちの96%。全ての生物種の90%が絶滅する。中生代(三畳紀)に移行。
中生代三畳紀 世界中の淡水系に両生類が繁栄。最大種は3メートルに及ぶ。
中生代三畳紀末 両生類が衰退を迎える。白亜紀前期に多くが絶滅する。これに代わり、トリアドバトラクス(カエルの先祖)が登場。現生種はカエル目、サンショウウオ目、アシナシイモリ目のみ。

大事なことは、爬虫類と哺乳類は親子関係ではなく兄弟関係だということだ。爬虫類の器官を勉強しても、それを人間の原型だとはいえないのだ。
したがって爬虫類に関する知識はアクチュアリティを持たず、博物学的なものにとどまる。それならカエルやイモリの研究をしたほうが腹の足しにはなる。
ところで初期哺乳類ってどんなものなんだろう。

嗅覚を勉強していて、結局、魚類から陸上動物への変化にあたって何がもたらされたのかを知らないと全体像は見えてこないということがわかった。

おそらく嗅脳が大脳の発生母地となったことは間違いないが、そこに視覚や聴覚がどうやって乗り込んできたのかの機転は分からない。

まず考えてみる。陸上動物には肺が必要だ。これは最低必要条件だ。手足はあった方がいいがなくてもかまわない。ただ俊敏性は生き残るための絶対条件だ。空気中では抵抗が少ない分、運動能力は大幅にアップする。それは敵にとっても同じだ。

忘れてならないのは、行動範囲が飛躍的に拡大することだ。このためにオリエンテーション能力がもとめられる。それは記憶媒体の強化を必要とする。

実は、これらの変化はすでに昆虫類が先立って実現していたことである。昆虫は彼らなりの方法で地上生活に適応した。

では、はるかに進化した後に地上に登場した両生類の適応方式はどこが違うのか。

両生類が地上に進出した時、そこは昆虫たちの楽園だったはずだ。両生類はまず昆虫ハンターとして登場したのではないか。

命をかけて地上に進出する意味は、そこにしかないはずだ。

でかい話なので、例によって年表方式でファクトを収集することにする。



という記事を見て少々あせった。
これまでの話がすべてパアになる。
短い説明文なので全文引用する。
魚の顔を正面からジッと見ていると口の上に左右それぞれ一対ずつ小さな穴が開いているのに気付かれると思います。
これが魚の鼻孔であり、前鼻孔、後鼻孔とそれぞれ呼ばれます。前鼻孔はヒトの鼻の穴に当たります。また、この鼻孔はヒトとは違い、呼吸には関与しておらず口腔内とは通じておりません。
前鼻孔と後鼻孔がトンネル状に通じており、ここを水が通る際に臭いを感じます。
ハナヒゲウツボは前鼻孔が花ビラのようになり、トラウツボは後鼻孔が角のように突出しています。
…ヒトが空気中に漂う揮発性の匂い物質を鼻孔で捉えるように、魚は水中に漂う水溶性の匂い物質を感じ取ります。
この能力により餌を捕ったり、生殖活動をしたり、群れで行動したり、海から川へ遡上したりすると考えられています。
前もって、味覚と嗅覚の類似性と違いについて勉強しておいてよかった。
魚類の鼻は一種の相似器官と言えるだろう。
原理的には液性の物質を感受するのは味覚で、気相の物質を感受するのが嗅覚である。液体クロマトグラフィーが味覚で、ガスクロマトグラフィーが嗅覚なのだ。
だから魚の「鼻」は味覚器官なのだ。
魚の鼻
ウツボの“鼻”
それじゃ、魚の口には味覚はないのか?
また一つ問題が発生した。
同じページの別の記事
味覚 グルメな魚達
味を感じる味蕾は口腔、鰓腔、食道、口唇、体表、鰭など様々な部位に分布します。「甘い」「塩っぱい」「苦い」「酸っぱい」の4つの基本味に対する感受性は、淡水魚は全てに反応し、海水魚は甘味に対する応答が認められないようです。
ということで、味覚というのもある。ただしそれは皮膚感覚に近い感覚のようである。エロ小説に出てくる性感帯、「う~ん、そこ感じるの!」に近い。どうせパンパンの営業用語だろうが…

なおこの文章には「鼻」の神経の行き先についての記載はないが、とりあえずは勘弁してください。疲れた。

↑このページのトップヘ