鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

カテゴリ: 40 自然科学

記事の目的は、1880年代、バチェラーとマンローがイギリスを飛び出した頃のイギリスの雰囲気を知って置かなければならないと思ったからである。とくに博物学、考古学、生物学、民俗学への熱中は、何によってもたらされたのか、を雰囲気としてつかんでおきたい。
そのために、その輪の中心にいたダーウィンの側から世の中を振り返ってみたい。


ダーウィン:  1809年 - 1882年

ダーウィンは、中部イングランドのウェールズよりの地方に生まれた。父は医師、母は陶器で有名なウェッジウッド家の出身である。ダーウィン家は急進的リベラル派に属していた。国教会を受け入れていたが本来はユニテリアンで、ダーウィンも幼少時にはユニテリアンの教会に通った。

1825(16歳) エディンバラ大学で医学を学ぶ。プリニー協会に所属し、海洋生物の調査に参加。ラマルクの進化論に接する。

1827 医師となることを断念し、大学を去る。その後は牧師となることを目指しケンブリッジ大学の神学部(クライスト・カレッジ)に再入学。一層地質学や博物学への情熱が強まる。

1831 卒業後、ビーグル号での航海。ビーグル号はイギリス海軍の測量船。ダーウィンは艦長の会話相手のための客人として乗船。航海は5年にわたる。

1835年 ビーグル号がガラパゴス諸島に到着。ゾウガメなどの多様性が進化論のヒントとなった。滞在は意外に短く1ヶ月あまりにとどまる。

1836 イギリスに帰港。ヘンズローが手紙をパンフレットにして配布していたため、すでに関係者の間では有名になっていた。

航海中にチャールズ・ライエルの「地質学原理」を読み、地質の形成が同一の原理によるものだという「斉一説」に共感。動植物でもわずかな変化が蓄積され、質的変化をもたらしたと考えるようになる。

1837 学者との交流の中で、「種が他の種に変わる」可能性を考えるようになる。ラマルクの進化論を捨て、生命を一つの進化樹から分岐したものと見る。

1838 マルサスの人口論を読んで、生物は適応し、より優秀な個体が生き残るという自然選択説を着想する。

1839 ビーグル号航海記を出版。人気作家となる。

1844 私信で、進化論の構想スケッチを「殺人を告白するようなものですが」と書き送る。

1850年  世界航海から帰国したトマス・ハクスリーと知り合う。

1857年 ダーウィン、私信の形で『自然選択』の要約を明らかにする。

1858 ウォレスが「変異」説を提示。ダーウィンはウォレスと所論を共有。進化論の立場を共同発表。同時に先主権を主張する。

1859 単独著となる「種の起源」を発表。

自然の多様性の説明を主眼とした点で、明らかに自然淘汰論より一歩進んでいる。自然淘汰は種のやせ細りを結果するが、自然選択の実現には生物の多様性が不可欠だからだ。

人間がサルから進化したという「示唆」は、各方面の反発を招く。ハクスレー、フッカーが擁護に回る。

1860 オックスフォード大学で、ハクスリー、フッカーら支持者とウィルバーフォース大司教ら反対者による討論会が行われ、双方の論拠が出揃う。

1863 戦闘的唯物論者ハクスリー、『自然における人間の位置』を発表。解剖学的に人類は類人猿であることを示した。

1871 ダーウィン、『人間の由来』を発表。人間と動物の精神的、肉体的連続性を示し、ヒトは動物であると論じる(性選択性は略)

1872 ダーウィン、『人と動物の感情の表現』を発表。人間の心理の進化と動物行動との連続性を論じる。

1882年 ダーウィンが心臓病にて死亡。国葬に付されウェストミンスター寺院に埋葬された。

1883 ダーウィンのいとこゴルトン、「優生学」を主張。「生まれつき能力がある人」の中で近親婚を推奨する。この理論に基づき多くの国で断種法が強制される。

1890 最も反ダーウィン的な人々の間で、弱肉強食を合理化する「社会ダーウィニズム」の用語が用い始められる。

進化の王道は、ヒトではなく鳥の脳

以前、「最高の脳の姿というのは鳥の脳ではないか」と述べたことがある。
鳥の脳はなんの無理もすることなく、進化の法則に従って深化した。だから構造上なんの無理もなく小型で高性能の脳を実現した。

それに比べ人間の脳の何たる不様なことか。脳の容量がいくら大きいからと言ったって、ほとんどは電線(と絶縁鞘)だ。脳として使っているのは僅かな部分だ。

神経線維は何本あっても所詮は線維

ある科学者は、このような神経線維の網の目こそが脳の本質であり、そこにこそ思考や判断が宿っているのだと言う。アホなこといいなさんな! それは、パソコンの後ろに走っている無数の電線が、パソコンの本体だと言っているのと同じでしょう。そんなモノないほうがいいに決まっている。

ペタペタと大脳や小脳をくっつけ、むかしの温泉旅館ではないが、本館・新館・別館・第二別館と継ぎ足しただけのものだ。

人間の脳が醜い理由

理由は2つある、進化の辺縁系として夜中にコソコソ動き回っていた小哺乳動物が、天変地異により突如、生態系トップの地位を押し付けられたからだ。
本来の脳はすでにそれなりに出来上がってしまっていたから、いろんなアタッチメントやブースターを外付けして、機能をアップせざるを得なかった。

そしてもう一つは言語を身につけたからだ。

大脳は結局、「言語脳」だ

エンゲルスは「猿が人間になるについての労働の役割」を書いて、労働こそが進化の最大の要因だと主張しているが、あれは嘘だ。

言語以外の仕事や能力はすべての動物が持っている。集団の狩り(労働)による第二の天性もほぼすべての動物に共通している。
肝心なのは人間が集団行動の手段として言語を使ったことだ。

言語は時間軸上に構築された表象

言語の最大の特徴は音の連なりにある。つまり時間軸上に構築された表象なのだ。

しかも狼煙や手旗信号のようなまどろっこしさではなく、リアルタイムで猛烈な情報が受け渡りされなければならない。だから10の子音と5つの母音(日本語)を使いこなすことで、瞬間情報量を増やすしかなかった。

たまたま人間は樹から降り、起立歩行することになって声帯周りの自由度がアップし、それが可能だったから、主役が回ってきたのだ。同時にそれを識別できる聴覚(というより音声識別力)をみんなが共有することになったのだ。

言語活動の高度化に伴う脳の組織改編

言語が人間の脳活動の中心となった瞬間から、猛烈なシステム化が始まり、脳構造の改築が始まった。

動物の脳の基本構造である「三脳構造」はある意味で全面否定された。

それまでの視覚(三次元的弁別)優位の脳システムは聴覚(音声識別)を基本とする構造に切り替わった。ただし聴覚は一般的な鋭さではなく、言語を弁別する能力が求められるようになった。

さらに聴覚だけでなく聞いた音を、一連のものとしてまとめ、記憶し、意味づける能力が求められるようになった。それはこれまで全く存在しなかった能力であり、作り上げていく他なかった。

言語活動の三要素(コード化、演算、メモリ蓄積)

これは私の独断だが、言語活動を遂行するためには、読み取り(シラブル化)機能と、メモリー(作業用)と演算回路が必要だ。

現在ではこれが聴覚中枢とウェルニッケで行われているが、当初からそうであったかは不明である。ただ、いずれにせよ中脳下丘の機能から派生したのかも知れない。

聴覚優位化に伴う視覚の運命

聴覚(言語覚)が聴覚をしのいで知覚・識覚の頂点に座ったとき、視覚は聴覚の前にヒザマづくことになった。

知覚が知識(習慣)に置き換わるということは、視覚をふくめた知覚というものが、「物語」の一コマとして認識されることになる。
言葉が認識の支配者となり、その時間軸上に視覚的事象を始めとする体験、姿勢感覚、運動体験などが散りばめられていくことになる。

中でも最大の進化論的変化は、視覚の時間軸化であろう。

視覚の時間軸への組み込み

網膜からの画像はいったん後頭葉に投射され、シンボル化処理と動画化処理を加えられる。そしてシンボル化視覚情報は側頭葉へ、動画化情報は頭頂葉の中心溝後部に整列させられる。

この内とくに動画化情報が脳のクロック機能として言語を統御する。なぜなら言語は時間軸情報であるが故に、クロック機能が必須なのにも関わらず、聴覚には前後の認識という相対的な機能しかなくて、クロック機能はないからだ。このクロック機能は文字の読解にも必須の機能だ。もっとも、これはずっと後の話だが…

一度は、聴覚に従属したと見えた視覚が。このクロック機能によってふたたび脳機能の首座を占めるようになる。(その優位性は必ずしも絶対的なものではないが)

連合機能は、モジュール化出来なかったためのシノギの手法

結局これらの機能がすべて大脳に押し付けられるようになり、それが大脳の異常な肥大をもたらした。
たしかにそれらの機能は「連合機能」であり、線維性連絡の増大によってしか実現できなかったのかもしれない。

とはいえそれは不格好でグロテスクである。鳥の脳進化の先に、人間のような機能を持つ脳は実現できなかったのであろうか。

これからAIを構築していく人たちにそのような問い掛けをしてみたい、と、ふと思った次第である。

ジャワ原人の記事が赤旗にのっていた。
随分、現代に近いところまで住んでいて、ホモ・サピエンスとかぶっていたのではないかとも言われたが、結局10万年前にはいなくなったようだというのが今回の記事。
何処かの小さい島には矮性種ホモ・フローレシエンシスが生き残っていたらしい。ガンドンで発掘された原人はかつてはソロ人と呼ばれた。ジャワ原人の子孫であり、これも結構最近まで生き延びていたようだと言われる。なかにはアボリジニーの祖先ではないかという人もいるらしいが、これはDNAで完全に否定されている。
ただそれでもすごいのだ。180万年前にすでに存在が確認されている原人が10万年前まで生き延びていたということはすごいのだ。どうもあの辺りにはコモドアトカゲとかオランウータンのように、生物種を生き延びさせる環境が備わっているようだ。

ジャワ原人
ジャワ原人の記事が気になったのは、たまたまマンローの年譜を編集していて、彼が横浜を根城に遺跡発掘を始めた頃に、インドネシアでジャワ原人が見つかったからである。
「彼にとってはかなりの衝撃だったろうなぁ」と思っている。
その後彼も三ツ沢遺跡で旧石器人のほぼ完全な人骨5体を発見しているから、かなりのインパクトを与えてはいる。しかし所詮は縄文人であり、今ならゴロゴロある。

それはそれとして、とにかくジャワ原人について少し調べてみることにする。


ジャワ原人(ウィキペディア)

170 - 180万年前にジャワ島で住んでいた化石人類である。
オランダ人ウジェーヌ・デュボワが1891年に発見して以来、名称は変遷を遂げている。
デュボアはPithecanthropus erectusと名付けた。ピテクス(サル)+アントロプス(ヒト)の合成語である。
ドイツの生物学者ヘッケルは、東南アジア方面で人類の進化が起こったとし、ピテカントロプスというきざったらしい学名を用意した。
そしてその説を信じたデュボアがジャワ島で原人の骨を見つけたのである。
ピテカントロプスの名は、1920年代になって北京原人が発見されたことから公認された。
しかし戦後になって、それらがすべてアフリカに出自を持つことが確認され、ピテカントロプスという学名は消失した。
現在の正式名はHomo erectus erectusである。


1927年 ルメートル、「宇宙は原始的原子の“爆発”から始まった」とする。ハッブルやアインシュタインはこれを否定。

1929年、ハッブルは、遠方の銀河が地球に対してあらゆる方向に遠ざかっている(膨張している)ことを発見。ハッブル-ルメートルの法則と呼ばれる。

1946年 ガモフたちは、熱核反応によって創世が起きたとする。

宇宙の始まりが高密度、超高温度だったとし、核爆発の現象と同様だと捉えた。
そして陽子、中性子、電子、ガンマ線などが、核反応によって様々な元素に転移したと説明した。

1948年 ガモフら、高温高密度の宇宙がかつて存在していたことの痕跡として宇宙マイクロ波背景放射 (CMB) が存在することを主張、その温度を5Kと推定した。

1948年 ホイル、「定常モデル」を提案。銀河は互いに遠ざかるが、残った空間に新しい銀河が形成されるとする。宇宙論の主流となる。

1949年 ホイル、ルメートルのモデルを "this 'big bang' idea" とからかう。

1951年 教皇ピウス12世、「ビッグバンはカトリックの公式の教義に矛盾しない」と声明。

1964年 ペンジアスら、マイクロ波の観測中に、ガモフの提唱するCMBを発見。これにより定常宇宙論は力を失う。
宇宙のあらゆる方向から、-270度(絶対0度より3度温かい)の物体の出す電波がやってくる。これはビッグバン当時の超高温の光が減衰したものである。

1980年 宇宙の大構造の発見。素粒子論的宇宙論の誕生。

1989年 NASA 、宇宙背景放射探査のため衛星(COBE)を打ち上げ。CMBが2.726Kであると示す。またCMB温度のゆらぎを検出。

1999年 Ia型超新星が発見。宇宙定数が存在する可能性が示唆される。

2003年 人工衛星WMAPの観測により、宇宙の密度のゆらぎが確認される。またビッグバンに先立つインフレーション理論が大筋では確認される。

ビッグバンに先立って量子の「ゆらぎ」が出現。これにより莫大な数の小時空が誕生。時空が指数関数的な膨張をして宇宙になった。

人間においては、神経回路を駆使する脳の活動(神経活動)が常に行われている。特に覚醒時に活発ではあるが睡眠時においても途切れることはない。

この神経活動のほとんどは無意識下に行われている。その一部が意識された過程となっており、これは広義の精神活動と言える。

意識活動のほとんどは自発的なものであり、とくに意思による操作を求めていない。しかしそれが蓄積されれば一つの傾向を生むだろう。それはひとりひとりの遺伝的特質や生活環境に応じて個別性を帯びており、人間という共通の土台の上で個性を生んでいく。それが習得・発達という側面をもつため、人格と呼ばれることもある。

往々にして混同されるが、これらの事象と「心」の問題はまったく関係ない。

この問題を前野さんは、身体と「心」の比較という切り口で分析している。なかなかに鮮やかな切り口である。

「もしこころが脳にではなく心臓にあるとすれば、それは何をするのだろう」、というのが前野さんの問いかけである。ほとんどすべての精神・神経的な作業は脳で済んでしまうだろう。
とすれば、心臓は他者としてそれを眺め、評価し、我がものとして受け入れる以外にない。西田幾多郎の言う「絶対矛盾の自己同一」だ。なぜなら心臓には自前の作業用具はないからだ。いわば象徴天皇のようなものだ。

例えばなしはこのくらいにするが、脳が思考を我がものとして意識する過程は、現実にはどこかに局在するというわけではない。脳のあらゆる部位でさまざまな様式で繰り返されている。
意識する過程は、時としてスクリーンに投影される。それはきわめて鮮やかであり、視覚領域にあるかのように感じられる。そこに映像として映し出される。それが音像である場合もあるかも知れない。

心は意識の過程を感知するセンサーであり、自分を見つめるBy-standerである。前野さんはそれを「再帰的意識」と呼んでいる。それは個別の意識過程が自分の内部で生じていることを確認する。

人間は「心」という他者を内在するがゆえに、自己の存在証明が可能となるのだ。


「上達と発達、そして自己形成」という三題噺。何かしら有り難そうでしょう。


フィードフォワードはフィードバックの一種

前野隆司さんの一番言いたかったことは、本の一番最後の部分にあるフィードバックとフィードフォワードのことだろうと思う。

フィードフォワードについて、自分なりに整理してみた。ここから先は前野さんとはなんの関係もない、例によって酒飲み話です。

フィードフォワードの見た目は、フィードバックと違って、トライアンドエラーの枝がない。その分、仕組みがかんたんだから、処理スピードも速い。

フィードフォワードはフィードバックとペアーで語るようなものではなく、むしろフィードバックシステムの一部というか、例外規定として語るべきものなのだろうと思う。

いわば天に向かって枝葉を伸ばしながら突き出した杉の木を、枝葉を取り払って逆さまに地面に突き立てたような恰好をしている。

つまり、一種の逆向きフィードバックのシステムだ。

フィードフォワードの2つの弱点

フィードフォワードには2つ弱点がある。

一つはフィードバックで治験を積み重ねて、前もって「順モデル」を作り上げなければならないこと。これにはそれなりの手間ひまがかかる。最悪の場合は、「順モデル」が出来ないままに終わることすらある。

一つは経験になかった状況が生まれた場合は、一度モデルをご破産にしてフィードバックをやり直さなければならないということだ。


順モデルの形成と、その形成過程

ただその場合、まるっきりの御破算というわけではない。前回順モデルを作ったときの経験は十分に役に立つ。努力しただけのことはあるのだ。

人は、順モデルを作る過程を経験したことで、Way of Thinking を身につけたのだ。ここにモデルづくりのもうひとつの意義がある。

ここで私の主張の1つ目が出てくる。

順モデルの形成は、即自的にはスピードアップを始めとする技の「上達」を意味する。一方、順モデルの形成のための知恵を身につけるのは自己陶冶であり、長い目で見て「発達」のための重要な柱となる。

かくのごとくして、フィードフォワードと発達、自己形成の実践課題が一体のものとなってくる。


フィードバックがいらない2つの場合

フィードフォワードは前もって成功モデル作りの準備が必要だが、その作業は教育により代用できる。

良いコーチがいればフィードバックによる習得過程は大幅に短縮できる。場合によってはジャンプ・スルーできる。

AIの場合もスキルの習得は短縮されるが、教育の場合とは仕掛けが違ってくる。

それは最初からフィードフォワードのシステムとしてプランニングされている。そこにさまざまなフィードバック型の治験を押し込んでいくのだ。

これについては、この記事の中では触れないでおくことにする。


上達のモデルとフィードフォワード

これは別にどうという話ではないが、付け加えておきたいことがある。

前野さんは運動技能の上達に関わる神経系が小脳と書いている。これは明らかに間違いであり、基本的には頭頂葉と書くべきである。

運動技能は明らかに視覚系のシステムに依存している。座頭市や盲目のピアニストなどがいるが、おそらくバーチュアルな視覚機能を用いているのだろうと思う。

運動技能の習得はたんなる視覚ではなく動画的把握が求められる。動画的把握というのは、対照が何処から何処へどのくらいのスピードで移動するのかの把握である。

この動きを動画記録して、記憶装置に入れ込む。そしてこれに応じて身体反応の動きも把握することになる。

これが運動イメージとなる。小脳はこのイメージを受けて筋肉への割り振りスピードの調整などを行う。

こういう大脳頭頂葉と小脳の協調が運動の熟練やマスターの内容をなす。これほど広範な各システムの連携だから、逆に言うとかなり広範に応用が効くのである。

こういうフィードバック→フィードフォワードの繰り返しは、人間の成長の営みを形成する。

一つの行為は積み重なることによって実践となる。それは基本的には多くの人間に共通するのだが、営みではあるが、その組み合わせや頻度は各個人によって異なったものになる可能性がある。

これが能力の発達に伴う個性の発現につながり、Ways of Thinking が Way of One's Life へと収束されていくのではないだろうか。

本日の赤旗、一度読み流してしまったら、何処にあるのかわからないような記事。
14面の社会・総合面という雑然とした紙面に埋もれてその記事はあった。
見出しは
隕石から糖分子検出
サブ見出しが
地球初期、生命の材料に
というもの
主な内容は
隕石の分析で「リボース」が検出されたという情報。
その隕石は2つ。一つはオーストラリア、もう一つはモロッコで発見された。
いずれも40億年以上前に小惑星帯から飛来したもの。(その根拠は明らかにされていない)
これを日本の研究施設(複数)が分析して、そのなかに「リボース」を発見した。

じつは記事の情報そのものより、記者のちょっとした追加情報が面白い。ちょっとしたというが、短い記事の中によくこれだけの情報を詰め込んだなと感心するくらい密度が濃い。

1.40億年前の太陽系

太陽系は46億年前に形成され始めた。超新星爆発で散らばった星間物質がふたたび集まって形成されたと言われる。
45億4000万年前に地球が誕生した。その頃太陽系の外側から冷えてきて、水素化合物が凝集し固体となったためである。
40億年前前後に「後期重爆撃期」があり、小惑星帯から大小の隕石が降り注いだ。

と、ここまでは私がウィキペディアから拾って突っ込んだ記事。

2.原始生命飛来説

現在は、この隕石に乗って生命の材料となる有機物が飛来したというのがほぼ定説になっている。ただしそれだけでは結論を先送りしただけで、隕石の故郷でどのようにして有機物が形成されたかの問題は謎なのだが…

もう一つはどのレベルの原始生命が来たのかも議論の的になっている。有機物が来たことまでは一致するが、アミノ酸についてはいまだに議論が分かれる。タン白や核酸までは流石に無理だろうというのが大方のところだ。

今回の発見は、そのギリギリのところまで迫った研究だから相当の話題になるだろう。記事では東北大学の先生の談話を引用している。
地球外の糖分子が生命の材料の一部となった可能性がある。
そこまで行くと、「材料の一部」と言っても言外に「生命外来」説と受け止めたくなる。

3.リボースの発見とその意義

ここがこの記事の環である。
現在のほとんどの生物はDNAが遺伝情報を担い、RNAが補助してタンパク質を作りますが、
地球初期の生命は、RNAがDNAとタンパク質の両方を担っていた。
…リボースはこのRNAを構成する主要な糖分子である。
と書かれている。

実はこの話は初耳だ。

先日、RNAについては勉強したが(文末に記事一覧あり)、RNA起源説についてはいろいろ弱点も多く、むしろタン白が先で後から作成情報をRNAに預けるようになったのではないかという説のほうが有力なように感じていた。

そもそも、リボゾームという構造が宇宙船の如き構造で、あまりに立派なもので、これがどう作られたのかという謎を解かないと、“使いっぱしりRNA”の意義もわからないのではないかと感じていた次第である。

それにリボースという多糖が怪しい。「リボース(Ribose)は糖の一種で、五炭糖、単糖に分類される」と書いてあるが、その絵(下図)がメチャクチャだ。
D-リボース
{{{画像alt1}}}
フラノース環 (五員環)
{{{画像alt2}}}
ピラノース環 (六員環)
{{{画像alt3}}}
     鎖状構造
    Wikipediaより
なんでこれが一つのグループなのか、私にはさっぱり飲み込めない。端的に言えば核酸の塩基とくっつけるものなら何でもいいということみたいだ。こんなものに生命の源を仮想するのはどう考えてもおかしい。

4.核酸は生命そのものではない

それと核酸というのは生命の“マーカーの集合”であり、生命そのものではない。
「生命というのはタンパク質の存在のあり方」(どうでもいいのだが、一応エンゲルスの言葉)である。核酸の存在のあり方ではない(エンゲルスは核酸など知らない)。

真実を書いた素晴らしい本であっても、本から真実が生まれるわけではない。このアタリマエの事実を踏み外してはならないと思っている。

したがって、この説には現在のところ素直には従えない、というのが率直な感想である。
しかしそれにしても素晴らしい記事で、刺激になった。朝日新聞よりはるかに高水準である。ありがとう。

5.付録 RNA=生命の起源説の歴史

私の以前の記事からピックアップしたものです。

1953年 S.ミラー,始原の大気に相当するメタン,水素,アンモニア,水蒸気の混合ガスを入れたフラスコ内で火花放電をさせ,簡単なアミノ酸をつくりだすことに成功。

1969年 オーストラリアに「マーチソン隕石」が落下。100 種近いアミノ酸が同定される。

1980年 化学反応を触媒することができるRNA分子が発見される。RNA触媒(リボザイム)と名付けられる。

1986年 ウォルター・ギルバート、RNAワールド仮説を提唱。リン脂質を合成するリボザイムができ、細胞膜に包まれたリボザイムが出現、さらにタンパク質やDNAを合成するリボザイムも出現した。

1999年 フリーマン・ダイソン、「ゴミ袋ワールド仮説」
オパーリンのコアセルベートのような原始細胞状構造体が多数できた。そこに自己複製するRNAが取り込まれ、共生するようになった。
これでミトコンドリアも葉緑体もみな説明できる、まさにゴミ袋だ。

下記もご参照ください


前野さんの主張は多岐にわたっており、そう簡単にまとめることは出来ない。

ただ、私の主張に惹きつけて見るなら「心」というのは思考過程のごく特殊な一部だと言うことだろうと思う。

「思考」という行為は、自然に思いが浮かんで来るということではなく、目的を持った過程である。

それは目的により規定された過程だ。そしてその目的が内観的・内省的な方向に向けられたとき、そのような思考過程を「心」の過程と捉えることになるのであろう。

一方、思考過程の多くは自己以外の対象に向けられている。思考というのは意識的な過程であるが、その数十倍、数百倍の頻度で無意識的な過程が営まれている。

この思考過程(意識的か無意識的かを問わず)は、いうまでもなく身体的活動過程の一部である。

人間は1日24時間の活動のほとんどを思考以外の活動に費やしている。

だから自己に向けた内観的な「心の活動」は、意識的な思考活動の一部であしかなく、脳みそを使う活動の中のほんの一部でしかない。

同時にそれは人間の諸活動の中ではほんの一瞬を占める活動でしかない。

これが脳の能動的活動の全体的なアーキテクチャーなのだろうと思う。

ここでは「心」の活動を思い切り絞り込んで定義しているが、もっと曖昧な「心持ち」とか、もっと広く定義することもできよう。しかしパソコンに出来ないような心の活動に絞り込もうという前野さんの意見には大いに賛成である。

前野さんは「心」というのは錯覚だとか誤解だとか言っているが、それはちょっと極論で一種のたとえであろうと思う。
「自分に向けられた、自己を対象とする思考」などという行為は、膨大な日々の人間的活動の中ではきわめてちっぽけな割合しか占めていない。
そこが「心」を考える上での最大のポイントだ、というのを強調するためであろう。

正確に言えば、「心」の活動は決して小さいものでも、とるに足らないようなことでもない。なにせそこから哲学は出発するのだから。

問題はそういうことではなく、それ以外の脳の活動の分野がギガとかテラというレベルで、べらぼうに大きいという事実を踏まえることなのである。


前野さんの最大の理論的功績はフィード・フォワード理論の拡張と、これによる自己意識の形成への道のりなのだが、これについては明日また考える。
たぶん時間軸の導入によりダイナミックな形成過程論を展開できるのだろうと思うが、これは視覚と記憶の問題が深く関わってくると思う。


鈴木章さんの研究

せっかく北大の先生がノーベル賞をとったというのに、その中身を知らないでいたら失礼だとは思っていたが、化学賞と聞いてたじろいでいた。

たまたま、ブックオフで北大出版会の発行したパンフレットを見つけたので、買ってきた。100円の値札をつけたままさらされるのも忍びない思いがして衝動買い。かなり気が重いが読み始めることにする。

2010年のノーベル化学賞は「パラジウムを触媒とするクロスカップリング反応」の開発ということであった。

受賞者は鈴木章さんの他にヘック、根岸英一というお二方。

話は、まずそのクロスカップリングというのがどんなものなのかという話、つぎにその開発がいかに大きな貢献を果たしたかという話、そして鈴木、根岸、ヘックの研究の相互関係、という流れになるだろう。

1.ベンゼン環のカップリングとはなにか

すごくわかりやすく書いてくれているのはありがたいが、かなりの省略もあって、突っ込んでいくとわからなくなる箇所がいろいろある。

まずはこの絵から
ベンゼン環
左上がいわゆるベンゼン環、右上はこれを精密に表したもの。

右下が右側の水素基を他の物質に置換したもの。これを精密に表すと左下の絵になる。

それで以ってやりたいことが、ふたつのベンゼン環の結合(カップリング)なのだ。わかりやすく言えば手品の「マジックリング」、“コンコンスーッ”をやりたいのだ。

これができるとチェーンがどんどん伸びていって、すごい分子量の有機物が作れることになる。

錬金術がさまざまな物質を組み合わせて金を作ることにあるとすれば、カップリングは生命を作り出す可能性を秘めた、とても魅力的な技術なのだ。


2.クロスカップリングの仕掛け

これを可能にしたのが、スズキ・メソッドだ。正式には「鈴木ー宮浦クロスカップリング」と言うらしい。宮浦さんは鈴木さんの同僚で、後任教授となった方らしい。

錬金術の種明かしは3つある。

① 置換する物質を2種類の異なる物質とすること

具体的にはホウ素化合物とハロゲン化合物の組み合わせが一番良いらしい。
異種化合物の組み合わせなのでクロスカップリングという。

② パラジウムを触媒(切断役)とすること

パラジウムは3つの働きがあるようだ。まず最初はホウ素化合物とベンゼン環の結合を切り、ハロゲン化合物とベンゼン環の結合を切る。
次に相互の切断面に付着して両者を結合させる。
その後、ベンゼン環同士が固く結びくと、パラジウムが結合部から離れていくと、双方のベンゼン環は直接結合することになる。

③ ホウ素化合物とベンゼン環のj結合を切る仕掛け

化合物とベンゼン環との結合はパラジウムが切断するのだが、特にホウ素化合物とベンゼン環の結合は強いので、なかなか切れない。

そこでこの化合物を予め塩基液につけておく。これにより結合が陰性荷電され、結合が切れやすくなるのだそうだ。洗濯の前にお湯につけてウルかすみたいなものか。


3.スズキ・メソッドの “売り”

スズキ・メソッドが発表されたのは1979年のことだったが、当時すでにクロスカップリングは「今さらの感があった」と言われる。

そこで鈴木さんたちは、さらに工夫を加える中で「鈴木ー宮浦クロスカップリング」をトップの位置に引き上げていった。

工夫の第一は、ただベンゼン環が結合するだけでなく環と環が直接結合するようにしたことだ。
これはビアリール化合物と呼ばれ、非常に応用性の高いものらしい。

工夫の第二は、これはすでに種明かしの ①として書いたことだが二種類の違ったっ化合物を使うことでビアリールのタイプが複数でなく純正になるらしい。その理由については詳しくは触れられていない。

三つ目は、ワンポット合成ができるということだ。ワンポット合成というのは、一連の化学反応を一つの容器内で次々と起こして、一気に最終目標の物質を作り出してしまうことだ。

四つめ、これは鈴木さん自身の工夫ではないが、水酸化カリの代わりに水酸化タリウムを使うとより分離が良くなるとか、パラジウム触媒の組成を工夫することでより効率を良くしたりの改善が行われているようだ。

最後に、この発明は特許をとっていない。誰でもただで使える。だから四つめのような工夫が生まれてくる。本人は「今後は取らなきゃだめ」と思っているようだが、共同研究者の宮浦さんは「取らない方向」に信念を持っているようだ。

4.鈴木、根岸、ヘックの研究の相互関係

これについては、よくわからなかった。興味のある方は他論文をあたってほしい。

北海道大学CoSTEP 「鈴木章 ノーベル化学賞への道」(北海道大学出版会 2011年)
の読後感想文である。誤りがあるかも知れない、お気づきの節はご叱正を賜りたい。


ウィークデーは必死に能力・脳力を振り絞っての戦いが連続するが、土日は官庁も銀行も休みなのでポッカリと穴が開く。ただし穴が空くのは物理的な時間だけで、「やる気中枢」はまったく働かないから、グダグダと過ごす他ない。

天気が良いので、以前から気になっていた「石狩油田」に行ってきた。
我が家からは1時間ほどでたどり着く。とは言っても相当の山の中だ。
道路端に碑が建っているが、それだけで、もはや完全に自然に戻っている。
廃坑跡はさんざん見慣れてきたから、さほど興味もわかない。それに札幌近郊とあって、ネットに探訪記は満載だ。そちらを見てもらったほうが良い。

むしろ関心は、なぜ油田は石狩当別の山にあって、炭鉱は空知なのかという点にある。それは日本ではなぜ石油がとれなかったのかということの説明にもつながるだろう。

少し調べてみたい。


資源の分布は、古期造山帯・新期造山帯・安定陸塊の分布と関係がある。

炭田は古期造山帯: 植物が炭化したのが石炭。その植物は主として古生代に繁殖したもので、その後造山運動に巻き込まれた。造山運動は古いものなので、現在ではなだらかな山脈となっている。(アパラチア、ウラル、オーストラリア東部、南アフリカなど)

油田は新期造山帯の背斜構造部: 生物の遺骸が圧力により液体化したのが石油。その生物は中生代に繁殖したもの。造山運動は新しいものなので、険しい山脈を形成する(アルプス・ヒマラヤ、環太平洋)

ただし、実際の分布を見てみると、とても「新期造山帯の背斜構造部」では説明つかない。
それに造山運動が石炭・石油を作る過程がまったく説明されていない。
おそらく高校の理科の先生には、概念把握力が欠如している人物がいるのだろうと思う。遺伝の仕掛けをDNAでなく「染色体」で説明したり、「化学」の本態を物理学と混同したり、とにかく受験生いじめの達人が溢れている。

もう少し説得力のある説明がほしい。

次が二宮書店のサイト「炭田や油田の分布と造山帯には関連があるのでしょうか」という、ズバリのQ&A記事。

そして答えは「同時代性はあるが、対応関係はありません」とぴしゃり。
1970年代ぐらいまでは造山帯と地下資源は関係があると考えられていたが、プレートテクトニクス理論が確立されてからはもはや過去のものとなっている。
同じサイトで、「油田が形成される過程について」という記事

という記事

これを読むと、たしかに造山運動などどうでも良いことだというのが分かる。

油田ができる3つのステップ
①水生微生物の遺骸が水底にたまる。その一部は分解されず有機泥の層となる。
②有機泥の層は高圧と高熱(100度)で原油へと変化する。
③原油は油母頁岩を離れ地中を上昇し凸型地層の下に貯留する。
記事はさらに丁寧に下記のごとくダメ押しをする。
油田の成因に新期造山帯はそもそも関係がありません。むしろ油田は明らかに新期造山帯に少ないのです。
著者はよほど「造山運動居士」のことを腹に据えかねているのだろう。

ということで明らかになったのは、
石炭が取れるところは、古生代に陸地であり、豊かな森林地帯だったところだということです。
石油が採れるのは、陸地に隣接した浅い海洋地帯で、中生代に海中動物が繁栄したところだということです。
造山運動など何の関係もないのです。

ラニアケア超銀河団 Laniakea Supercluster
ただのウィキペディアの要約です。

2014年に新しく提唱された超銀河団。
Laniakea は、ハワイ語で天空を意味する laniと「広々とした」を意味する akea に由来する
Observable_universe_r
           ウィキペディアより
直径5億2000万光年の範囲に、およそ10万個の銀河を含んでいる。質量は約1017太陽質量に及ぶ。これは天の川銀河の10万倍に相当する。

天の川銀河が属する局部銀河群やおとめ座銀河団もその一部である。

重力による拘束を受けていないため、いずれ分散されてしまうと予想されている。

ラニアケアは4つの子領域に分けられる。
その一つがおとめ座超銀河団である。
銀河系(天の川)はおとめ座超銀河団に内包される。

超銀河団の中では、多くの銀河が、重心の方に向かっており、グレートアトラクターと呼ばれる。

ラニアケア超銀河団はシャプレー超銀河団の方向へ向かっているように見える。おそらく両超銀河団は、より大きな構造の一部分であると考えられる

赤旗の「残念でない 生き物たち」の連載が終わってしまった。残念だ。

結構、読み流してしまったが、貴重な話がたくさん聞けたような気がする。

本日の話題はワニ。以前にも北大の先生の記事を紹介したことがあるが、正直のところいまいちストンと落ちたという感じがしなかった。「二足歩行」の話はそのご確認が取れていない。

今回の話はまったく系統性はなく、数百字の中にいかに多くを書き込むかという性格のものだが、さすがプロだけあって聞き所満載だ。

以下個条書きしておく。

* かんたんに変温動物というが、なかなかきつい。暑いときの体温は40度を超える場合もある。

* ワニは爬虫類だが、岸辺以外の場所を歩くときは、爬(は)って歩くわけではない。堅い地面では胴体を持ち上げ、“シャキン”とした姿勢で歩く。急ぐときは犬と同じ走り方をする。(見てみたいものだ)

オーストラリアワニ(別名ジョンストンワニ)は、体を持ち上げて飛び跳ねるようにして走る。速度は最高で時速60kmに達する。

* ワニは極端な少食である。同じ体重の鳥が必要とする十数分の一の食物で生きていける。

* ワニには高度な社会性がある。獲物の捕獲も協力し、捕らえたあとは分け合う。自分の子でなくても救援に乗り出す。

* ワニはもともと恒温動物で、足は胴の下についていて、皮膚には羽毛が生えていた。変温動物となったのは一種の適応である。
Giant Gator Walks Across Florida Golf Course | GOLF.com

熱帯で、襲われる恐れがないほど強力で凶暴なら、それでもやっていける。それで大胆な省エネを実現できるならそれに越したことはない。

以前にも述べたが、鳥の脳というのは最も優秀な脳である。
容積あたりの能力は人間の1千倍くらいはあるのではないだろうか。
なぜそれだけの容積あたり能力が実現できたかというと、長年かけてじっくり進化してきた正統派の脳だからである。それは汎用型コンピュータではなく、それぞれの機能が独立ユニット化されている。軽量小型化できるのである。
人間の脳の80%は電線だ。しかも被覆電線だ。「複雑な回路を通って処理されるから、高度な判断が可能なのだ」というが、それは負け惜しみに過ぎない。
こういう不様な脳になったのは、恐竜が絶滅したからだ。日陰に隠れ、夜に手さぐりで活動していた哺乳類がほりだされ、いきなり主役のバトンを引き継いだからだ。
しかも哺乳類の中でも最も原始的だったモグラやネズミの属から、樹上生活を送る霊長類が出てきて哺乳類のトップになってしまう、という二重の混乱があって、そのなかでホモ様が抜け出してきたのだ。
人間の脳はもともと王者になるようにはできていない。応急措置や増築・改築を重ねてとりあえず鳥並に使えるような脳になった。それがエレクトスになって言語能力が発達したから、他の種と隔絶した力を身につけるようになったのだ。人間の力の源は言葉なのだ。

人間は謙虚にならなければならない。日本が飛躍的に発展したのは明治維新の後と第二次大戦の敗戦の後の2回だけだ。そのとき日本人は謙虚になりひたすら学んだのだ。
「クール・ジャパン」などとひとりよがりしていても進化はない。

子供の頃、算数でつまづき始めたのは数字の概念からだった。

1+1=2

はよく分かる。(これもよく考えるとわからないのだが)

1X1=1

もまぁ分かる。

ところが

1÷1=1

になると少々怪しくなる。

「割る」という概念と“1で割る”という感覚が一致しないのだ。

“1で割る”というのは独り占めするということであり、“割らない”ということなのだ。

飲み屋の会計を割り勘にしないで、全部自分のおごりにするということなのだ。

これは決して「割り算」ではない。それは「割り算」の放棄あるいは拒否なのだ。

つまり1で割るのと、2で割るのは、言葉にすれば「割るか独り占めするか」という正反対の行いなのだ。

では“割らない”という行為が、どうして“1で割る”と表現されるのだろう。それはどうして“0で割る”ということにならないのだろう。

疑問はさらに広がる。

“0で割る”と、答えは無限大だというのだ。

言葉としてはまったく理解不能だ。しかし÷0.1、÷0.01、÷0.001…と進んでいけばたしかにそうなるのだ。
それは実際には10、100、1000…とかけていくのと同じだからだ。

ということで0で割ると無限大というのは、「気持ちとしてはまったく納得出来ないが、処理上はそういう扱いになるな」ということで理解はする。

しかしそこからさらに問題は紛糾する。

+0で割るのと-0で割るのとは天と地の差があるのだ。便宜上+0と-0と書いたが、限りなく0に近い+と-という意味だ。
つまり0で割ったときの答えは+∞でもあれば-無限大でもあるのだ。
しかもそれは横軸上は連続しているが縦軸上は絶望的な断絶があるのだ。

結局わかったのは、数字には論理的に2つの系列があって、ひとつは1(あえて言えば+1)を中心とする自然数の世界だ。
そしてもう一つは-∞から+∞に続く数直線の世界だ。こちらの数系列は0が中心に来る。

そして-∞から+∞に続く数直線は論理的には、掛け算・割り算の思考に向いていないということdだ。

ペルム紀大量絶滅

ペルム紀は古生代の最後の時代(第6時代)である。3億年前から2億5千万年前とキリが良く覚えやすい。

ペルム紀の最大の特徴は大量絶滅であり、これをもって古生代が終了し、中生代までの長い闇を迎える。

あまり面白くはない時代であるが、こういうときほど生物の進化において重要なエポックとなる。これは生き延びた生物による急激な適応放散がおきるためである。

なおペルム紀という名前は、ウラル山脈西麓のペルミという都市から名付けられている。以前は二畳紀と呼ばれていた。

大陸

赤道付近に存在していたユーラメリカ大陸を中心に、ゴンドワナ大陸が南極地域、北半球にはシベリア大陸があった。

まずユーラメリカ大陸と、南半球から北上してきたゴンドワナ大陸が衝突し、パンゲア大陸と呼ばれる超大陸が形成された。

ついでシベリア大陸もパンゲア大陸と衝突し、ウラル山脈が形成された。

パンゲア大陸は赤道を挟みC字形をとった。

気候

初期には寒冷だったが、末期には激しい気温上昇が起こり、地球の平均気温は23℃にも達した。
超大陸の内部では乾燥化が進んだ。

生物

両生類や爬虫類が繁栄。現生爬虫類の始祖となる双弓類、哺乳類の祖先である単弓類が誕生。
昆虫は完全変態を行うようになる。

植物はシダに加え乾燥に強い裸子植物も登場する。

大量絶滅

ペルム紀の終わりに地球史上最大規模とも言われる大量絶滅が起こった。

地球史上もっとも激しい火山活動が起きた。メタンガスが海底から放出され、海中の酸素が枯渇した。地球温暖化が進行した。

しかしどれが主要な要因かは分かっていない。諸説入り乱れている。

海洋生物のうちの96%。全ての生物種の90%から95%が絶滅した。

ペルム紀末絶滅の特徴は、生命の回復に1000万年という長期間を要していることである。

双弓類、単弓類は姿を消し、生き残った恐竜と哺乳類が次の三畳紀を担うことになる。

ビッグファイブ 顕生代において起こった、特に規模の大きな5回の絶滅イベント。(ワーストファイブというべきではないか)

1.オルドビス紀末(O-S境界)

約4億4400万年前。大陸が南極域となる。三葉虫など生物種の85%が絶滅した。

2.デボン紀末(F-F境界)

F-Fというのは、デボン紀のフラスニアン期とファメニアン期をさす。
海生生物を中心に生物種の82%が絶滅。海洋無酸素事変が発生したと考えられているが、その原因は不明。

3.ペルム紀末(P-T境界)

地球の歴史上最大の大量絶滅といわれる。約2億5100万年前におきた。

スーパープルーム(マントル上昇)で大規模な火山活動が発生。高温と酸素濃度の低下をもたらす。

海生生物の95%、全生物の90%が絶滅。
単弓類の中で横隔膜を持つグループが生き残り、哺乳類の先祖となる(わざわざ取り上げるほどの事象か?)

4.三畳紀末(T-J境界)

約1億9960万年前のTriassic–Jurassic境界である。

中央大西洋のマグマ活動が原因とされるが、隕石の衝突説も有力である。

爬虫類や単弓類の大型動物の多くが絶滅。全ての生物種の76%が絶滅した。小型だった恐竜が急速に発展する。

5.白亜紀末(K-Pg境界)

約6550万年前、直径約10キロの小惑星がユカタン半島に落下。塵埃が太陽の光を遮ることで、全地球規模の気温低下。

全ての生物種の70%が絶滅。現生鳥類につながる種を除く恐竜が消滅した。

ただし以下の疑問は残る。

「なぜ多種多様な恐竜だけ小型種を含む全ての種が滅び、似た生態を持っていた鳥類、哺乳類や爬虫類、両生類は絶滅を免れたのか」

ゲノム研究の先端を知る本

この間、「日本人のゲノム」にかんする記事があって、たしかに学術的には最先端なのだが、学問的な常識というか基礎学力のところでかなり問題がある文章があった。

きっとこの人は外国の誰かについて技術を学んで、歴史学者というよりは技術者としてのし上がってきた人だろうなと思ったが、この本でおおかた見当がついた。

D.ライヒ著 「交雑する人類――古代DNAが解き明かす新サピエンス史」という本で、去年の夏NHK出版から発行されたものだ。まだ湯気の出ている出来たてのものだ。

ライヒは人類史研究のメッカであるマックス・プランク研究所のスタッフとして頭角を現し、ゲノム研究の第一人者となった。そしてハーバードにヘッドハンティングされた逸材だ。

いまや彼のもとには世界中のヒト・ゲノム情報、そして古代人のゲノム情報が続々と集まる仕掛けになっている。多分先日の日本人研究者はこの人の弟子筋に当たる人なのだろう。


DNAの検討はすでに一段落している

ライヒが冒頭から強調するように、たしかにいまやゲノムの時代だ。ただし、ライヒが言うような意味では「いまやゲノムの時代が始まった」というわけではない。

それどころかいまやすでに一段落の時代を迎えている。
過去30~40年にわたり日本人の祖先を各種血液マーカーで突き止めようとする動きは疾風怒濤の状況を迎えていた。

それまでは骨相学的な分析を主体としていたのが、HLA、HTL、B型肝炎ウィルス、Gm遺伝子など数々のパラメータが導入されてきた。それはよほどのマニアでさえ憶えきれないものだった。

それが最終的にはMとYとに収斂された。だからMとYとにはそれにとどまらないさまざまな思いが込められている。

だから、我々の知りたいのは「人類の起源」一般ではなく、これまでのM・Y 人類学との“差分”なのだ。それが浮き彫りになるような記載があれば、「おお、なるほど」と感動できる。

我々は感動したいのだ。


ライヒのM・Y DNA 批判は的外れ

ライヒは2005年に始まったジェノグラフィック・プロジェクトを次のように述べて否定している。
ジェノグラフィック・プロジェクトは100万人のサンプルからミトコンドリアDNAとY染色体のデータを集めた。しかしそのデータは従来の説を確認するにとどまった。
聞きようによってはかなり失礼な話である。“従来の説”というのは、ミトコンドリアDNAとY染色体のデータによって人類が初めて知り得た事実である。それがもっと大規模な調査によって確認されたということであれば、何も後ろ向きに捉える必要はない。
もしこの調査の意義を否定するのなら、それはこれからのゲノム研究の意義を否定することにも繋がりかねない。

しかしその“気負い”は新技術を担う新鋭の学者には当然のものであろう。少なくともM・Y の情報量を3、4桁上まわる情報がそこには眠っているはずだ。
ぜひこれまでと違う世界を見せてほしいものだ。

いくつかの成果

その成果の一端をライヒは示している。題名のとおり、この10年間世上を騒がせたネアンデルタールとデニソワ人との交雑がこの本の中心の話題だ。

このトピックスに典型的に示されたように、「いつ・どこで・どのくらい?」といった問題にはめっぽう強い。ほぼ独壇場である。パラメータの豊富化により、さまざまの事象の相対的前後関係が精緻化されたことが大きい。

箇条書き風に紹介していきたい。

A) 人類の誕生

アフリカでのサピエンスの誕生は20~30万年前。
サン族の分離は10~20万年前。
ミトコンドリア・イブ(現生人の共通祖先)は16年前。
出アフリカは10万年前を遡らない。
旧石器人(後期)の出現は5万年前。
ネアンデルタール人(ヨーロッパ)の絶滅は4万年前。

ライヒは、ネアンデルタールやデニソワ人とほぼ同時にサピエンスも出アフリカしたのではないかと言う。そしてサピエンスはいったんアフリカに戻り、8万年前に二度目の出アフリカをしたと言う。これはあくまでもひとつの推論である。

出アフリカ後、サピエンスは5万年前まで中東に停滞した。この間に一部が(中東の)ネアンデルタールと交雑している。
その後、4.7万年前までにサピエンスの一部が東方に移動を開始した。このときその一部が(南方の)デニソワ人と交雑している。
4.7万年前にパプア人、アボリジニーが現在の姿で存在していたことが確認されている。
北京近郊で4万年前の人体からDNAが同定され、現生東アジア人と同一であることが確認された。

B) アジアにおける人類の展開

2009年、東アジアのゲノム調査結果が発表された。これは75の民族集団、2,000人のサンプルで、「一塩基多型」(SNP)を観察した研究である。

ヨーロッパにおける人類の拡散のありさまは、ゲノム革命によって格段に明確となった。しかし東アジアにおいては前述の事情があり、さほど進んでいないという印象だ。

C) 中国人のゲノム解析

2015年、中国人400人のゲノムデータを入手し、これに検討を加えた。この結果、漢民族以外の中国人に3つのサブタイプを認めた。
① 満州北部松花江以北 このゲノムは8,000年以上にわたり不変である。
② チベット高原 独自性を持つが詳細は不明
③ 東南アジア北部から中国南部にかけて
③のグループは、長江流域での稲作がタイ・ベトナム・台湾などに拡大するのに伴って南方に進出する傾向がある。また③の地域内に北方から漢民族が進出する傾向がある。

ただしこれらの結果の骨子はすでにM・Y研究で明らかにされており、衝撃的な新知見と言うまでのものではない。中国に関する限り「ゲノム革命が圧倒的な成功を収めている」とは言い難い状況だ。

D) 日本の理研グループの業績

ライヒは日本に関しては理研グループのデータを紹介するにとどめている。
これは2008年の研究で、7,000人の一塩基(SNP)多型を解析したもの。

本土人と沖縄人のゲノムが明確に異なること、東北地方の人々にも関東以西と異なる特徴があることなどが指摘されている。

また、縄文人と渡来人が混合してほぼ単一の弥生人が形成されるのは1600年前まで下るということも報告されている。
これは紀元400年、広開土王の時代ということになる。そのころ縄文文化(竪穴人)が最終的に弥生文化に吸収されたということになるのか。


E) DNA革命に出遅れた日本と中国

どこまで本気にして良いものか迷うのだが、中国・日本の研究体制への批判をふくむ、次のような一節がある。
中国・日本では、科学以外の諸事情により、DNA革命の最初の数年、その恩恵に浴する機会を失った。
中国の場合はよくわからないのだが、日本の場合はたしかにこの10年間ほど研究が足踏みしているような印象がある。

新技術の導入にはそれなりの資本も必要なので、そのへんの手当で遅れをとっているのではないかと気になる。なにせ日本の科学・技術に対する軽視は甚だしい。

基礎データを蓄積するための情報インフラを早急に蓄積してもらいたいものである。これにより古代史の謎や論争がかなり解決される可能性があると思う。


余分な分類を削ぎ取って本質的な特徴にもとづいて経過を並べてみる。

1.元祖「霊長類」の登場

これはDNAの世界のことである。哺乳類から霊長類がいつ頃分かれたかを、現存霊長類のDNA解析から探っていった。
すると、哺乳類一般のDNAと分岐したのが8150万年前のことと推定された。
もちろん絶対年代に関してはかなりアバウトだから1億年前から7千億年前くらいの幅はみておいたほうが良いかもしれない。
このときはまだ中生代の白亜紀、恐竜全盛の時代である。哺乳類は昼は葉陰にひそみ、変温動物の活動が鈍る夜になるとコソコソと動き回る、一種の盗っ人稼業であった。
哺乳類の中でも階層はあるわけで、霊長類のご先祖はその中でも位の低いモグラもどきの生き物であった。

2.爬虫類が絶滅して哺乳類が主役に

6500万年前に隕石が落ちて天候が激変して爬虫類が絶滅してしまった。
そこで哺乳類が一軍に上がったのだが、その時霊長類はまだ主役にはなれなかった。
霊長類が飛躍するのは約5500万年前、彼らが樹上生活を送るようになったからだが、それはネズミやリスから逃れるためであったと言われる。ここで初めてプレシアダピスという名がつけられる。
プレシアダピスは、拇指が他の四指と向かい合い、両眼で立体視をし、色覚は完全である。
すでに立派な霊長類だ。
しかしそれは哺乳類としての進化の王道ではなく、そこをかなりバイパスし、ジャンプアップすることによってたどり着いたことに注意しておく必要がある。

3.プレ・プレシアダピスはいずこに

しかしこれでは歴史もクソもない。昨日のモグラが教は立派な霊長類になってしまった。芝居の台本ならよくある話だが、脳の発達とかを気にする人間にとっては、このミッシングリンクはあまりにも大きい。
この間隙を埋めるものとしてプルガトリウスやカルポレステスなどの化石生物が注目されるのだが、なぜか日本の学会は頑な態度を取り続けているように思える。

プルガトリウス
                                                        プルガトリウス

4.北米のプレシアダピスがヨーロッパに移動

5千万年前に北米の気候が寒冷化または乾燥化し、プレシアダピスがいなくなり、ヨーロッパに現れた。
やがてプレシアダピスからアダピス類とオモミス類が分化した。アダピスは原猿類となり、進化を止める。オモミスは概ね真猿類の祖となっていく。
やがてヨーロッパもサルには行きづらい場所になり、アフリカとアジアへ移動する。

5.バカバカしい2つの分類

アフリカの真猿類の一部は大西洋を越えて南米大陸へと移動する。
南米はヨーロッパにとって新大陸だから移動したサルは新世界ザルと呼ばれるようになった。移動しなかったサルは旧世界ザルということになる。
ナンセンスな分類である。
もう一つ、南米に移ったサルはその後鼻の穴が横に広がった。だからそれは広鼻猿類と呼ばれる。広鼻猿類から見るとアフリカに残ったサルは鼻の穴が広くないから狭鼻猿類と呼ばれるようになった。
これもナンセンスな分類だ。
思うにこれは「権威」が増えすぎると起きる現象だ。とかく「権威」は教科書を作りたがる。教科書は必ず売れる。弟子たちに分担執筆させて、そのかわりに弟子たちの学校で採用させれば、みんな喜ぶ。
そうやって教科書がたくさんできると、定義や分類もその分増えていく。「アカデミー」というのはカビが生えたような世界だから、そのようなことはまったく気にならないのだ。

6.真猿類と類人猿の分岐

アフリカに残った真猿類はエジプトピテクスと呼ばれる。これがオリゴピテクスとプロプリオピテクスに分岐する。
この内、プロプリオピテクスが類人猿へと分化していくようだ。なおインドで発見されたラマピテクスがヒトの祖先ではないかと言われたことがあったが、現在では否定されている。
この後はホモ属の進化史年表として扱ったほうが良さそうだ。

類人猿DNA分岐

ということで、かなり荒っぽくまとめてみても、研究の停滞と荒廃ぶりが見て取れる。

本格的に勉強しようと思うなら海外文献をひも解かなければなさそうだが、こちらにはそれほども気持ちもない。誰かが早く建て直してくれることを祈るばかりである。



地質時代の区分(概略)
開始年代
(年前)
概要
1万1700年第四紀完新世人類の時代。更新世末に、大型哺乳類大規模な絶滅氷期間氷期の繰り返し。大規模な氷河日本海が拡がり、弓状の日本列島となる[37]
258万年更新世
533万3000年新第三紀鮮新世パナマ地峡形成、ヒマラヤ山脈上昇、寒冷化、氷床発達。ヒトの祖先誕生。
2303万年中新世生物相はより現代に近づく。アフリカがユーラシア大陸と繋がったことで両大陸間の拡散。インド大陸衝突。孤立している南アメリカとオーストラリアは、異なった動物相。日本海となる地溝帯が細長い海となり島(古日本列島)が誕生。
3390万年古第三紀漸新世気候変動による大規模な海退哺乳類の進化・大型化。日本列島に当たる部分は大陸の一部、後に日本海となる地溝帯が拡大。
5600万年始新世現存哺乳類のほとんどの目(もく)が出現。
6600万年暁新世アフリカ、南アメリカ、南極大陸は分離。ヨーロッパと北アメリカはまだ陸続き。インドは巨大な島。絶滅した恐竜の後の哺乳類、魚類の放散進化。植物は、白亜紀に引き続き被子植物が栄え、この時代にほぼ現代的な様相

地質時代 - Wikipedia より

この表を改変して年表とする

霊長類の年表
開始年代
(年前)
概要
6600万年古第三紀暁新世白亜紀 8150万年前 DNA解析では、現生霊長類の起源がこの年とされる。食虫目の一種とされる。食虫目はもっとも原始的な哺乳類のグループで、ネズミ、リス、モグラに似ている。

6.5千万年前 地球への隕石の衝突。これにより恐竜が絶滅。これを以って中生代から新生代へ移行。

6.5千万年前 プルガトリウスが出現。(厳密には白亜紀後期からの生き残りらしい)ネズミ大で樹上性。北米・ヨーロッパに生息。霊長類の共通の祖先となる。(ナショナル・ジオグラフィック2012)
上記と同じ年代で
京都大学のHPではプレシアダピス類についての記載がある。厳密にはプレシアダピスは霊長類ではなく偽霊長類と呼ばれる。原猿類とはつながらない原始性を残しているが、食虫類とははっきり区別できる。などという記載がある。

いろいろ検索したがわからない。最後にこんな記載を見つけた。

約6550万年前 - 霊長類の出現。

約5500万年前に現れたアダピス類が初期の霊長類と考えられている。これより前の約7000万年前に北米に出現したプレシアダピス類のプルガトリウス(英語版)を最古とする考え方もある。(地球史年表

どうも両論がガチンコしていて、日本ではプルガトリウスと口に出すさえはばかられる状況のようである。くわばらくわばら。ここまでが白亜紀。
暁新世初期 霊長類の発生。食虫目に類似の動物から分化し,樹上生活を通じて適応放散した一群とされる。

拇指ぼしは平爪ひらづめをもち、他の四指と向かい合い、物を握ることができる。多くは目が顔の前面にあり、両眼で立体視をし、色覚の完全なものが多い。盲腸をもつ。〈モグラには盲腸がないらしい〉

暁新世初期 アダピス(後出)とプレシアダピス類が分岐。

5600万年始新世

5500万年前 米ワイオミング州でカルポレステス・シンプソニの完ぺきな骨格化石。体重は100グラム前後。体長は約20センチ。長い4本の指とそれに向き合った大きな親指。

5497万年前 中国で、この地層からカルポレステス・シンプソニの頭骨化石が見つかる。

5千万年前 北米の気候が寒冷化または乾燥化し、「原猿」は北米から姿を消す。(「このとき中南米に移動したサルは広鼻下目に進化し、ヨーロッパに移動したサルは狭鼻下目に進化した」という記載があるがどうも疑わしい)

5千万年前 プレシアダピスからアダピス類とオモミス類が進化。(プレシアダピスそのものは始新世末まで生存)

アダピスが原猿類(キツネザル他)となり、オモミスが真猿類+メガネザルとなる。(紛らわしいがメガネザルはオモミス由来だが原猿に入る。ということは原猿・真猿という分類は無意味ということだ。この世界、一体に無意味な分類が多すぎる)
4.5千万年前 ヨーロッパで旧世界ザルが出現。その後寒冷化のため、アフリカとアジアへ移動。(これが真猿だという記載があるが、ウソだろう。そもそも定義が違う)
オリゴピテクスは歯が32本あり,プロプリオピテクスはより類人猿に似た特徴をもつ。
4千万年前 真猿類の一部がアメリカ大陸にわたり新世界サルの祖先となる。(広鼻猿類と狭鼻猿類という分類が出てくるが、これも無意味だ。アフリカから南米に渡った真猿が鼻の穴が広がっただけのことだ)
3.4千万年前 アフリカに残ったサル(エジプトピテクス)は旧世界ザルと類人猿に分化。

3.5千万年前 始新世末 プレシアダピス類はこの頃までに絶滅。 

3390万年漸新世

3千万年前 類人猿プロコンスル(リーキーが発見)、ギガントピテクス(ケーニヒスワルトが発見)が誕生した。。一説では1.8千万年前。またインドで発見されたラマピテクスは,ヒトの祖先に直接つながる可能性が強いといわれる。

2303万年新第三紀中新世

中新世 ユーラシアにプリオピテクスが出現。テナガザルの祖先と考えられる。

533万年鮮新世

中新世〜第四紀には,現生大型類人猿の祖型とみなされるドリヨピテクス属が,ユーラシアに広く分布

258万年第四紀更新世
1.2万年完新世

ということで、とりあえず突っ込んでみたが、何が何やらさっぱりわかりませんね。本当にひどいものです。世界のサル屋さんはバベルの塔状態になっているようです。

霊長類(サル)の進化の歴史には2つの大きな謎がある。

一つは、おそらく哺乳類の中でも傍流と考えられるサル類(原猿)がなぜ適応拡散を遂げ、「霊長」類と呼ばれるに至ったのか、という問題。八代将軍吉宗みたいのものだ。
もう一つは、サル類の中でも異端系とみられる類人猿系が一旦衰退した後なぜ復活したのかという問題である。特に、真猿系と縄張り争いをせずに棲み分けをした理由が良くわからない。
この点に関してなかなかツボにはまった答えを示してくれる文章が見つからない。
それ以前の問題として霊長類の進化史そのものが複雑怪奇で百家争鳴の様相を呈している。細かなところはどうでも良いので最大公約数的なものを出してくれないかと思うのだが、そこはそれ、専門家の意地というものがある。

もう一つ、サルの歴史を語るときに、大げさに言えば「史観」として確認しておくべきと思うことがある。サルという動物ほど天変地異の中で弄ばされ、その中をしぶとく生き抜いてきた動物はいないという実感である。世界に拡散し定着する前のホモ・サピエンスをふくめ、何度も、いとも簡単に絶滅している。ただ絶滅するだけなら、全球凍結とか爬虫類の絶滅みたいな事はあったが、「死んだと思ったらまた生き返った!」みたいな話はそうないと思う。

このことから2つのアスペクトが引き出される。
一つは「サルは“霊長類”などというものではない」ということである。哺乳類の種の中で「よーいドン!」をして、たまたま生きた時代が良くて時流に乗っただけの存在だということである。霊長類という分類名はやめるべきではないか。私はサル類で良いと思うのだが。
もう一つは、そんなサルの歴史の中で突然変異的にホモ・サピエンスが発生するのだが、その発展は進化の歴史の中で特異的なスピードだとおもう。
ここで脳の話に飛んでしまうのだが、いわば突貫工事で作り上げ、先輩格の鳥の脳に追いつき、それを追い越した秘密はどこにあるのか。その異常さを包摂しながら議論を展開しなければならないのではないだろうか。
これはマクリーンの脳進化論へのもっとも強力な反論となるであろう。名付けて「ブザマなれども強力脳」、あるいは継ぎ足し継ぎ足しの「温泉ホテル脳」である。大脳と小脳は新館と別館である。

むかし撃墜王坂井少尉の本を夢中で読んで、「美しく強いゼロ戦が、戦争末期になると、ブザマで強いグラマン」に負けてしまうのを悲しく悔しく思ったものだ。
鳥の脳がゼロ戦で、ヒトの脳はグラマンに相当するのだろう。と言っても、さすがに「グラマン脳」といってピンとくるヒトはもういないだろうと思う。このネーミングは断念する。
おかげで未だにサルの進化史年表の決定版めいたものが作れないでいる。



霊長類の進化の歴史は、全くバベルの塔状態である。10本、文書を読むと10種の言葉で10色の歴史が説かれる。これだけひどいと勉強する気も起きない。
とりあえず京都大学のページの霊長類の系統樹を紹介しておく。
Clipboard01
第一に、図を見て分かるのは、霊長類はルーツが曖昧な孤立系だということだ。
氏素性もわからないただの馬の骨なのだ。クオバディスだ。
第二に、霊長類は何度も絶滅しかけた危うい生物種だということだ。
点線でかろうじてつながる時代を何度も経過している。
そして中新世に入る2500万年前ころから急に適応放散が展開される。
第三に、ヒトをふくむホミノイドは進化の王道上にはないということだ。
むしろDNA的には環境に適応しそこねた、絶滅しても不思議ではない種であるといえる。
要するに、王位継承権としてはかなり下位に属する生物だったのが、何かの拍子でライバルがみなコケてしまったのだ。
我々は脳の進化を調べる前に、この三度の奇跡を後づけなくてはならない。「優れていたから生き残ったんだ」という幻想を一度捨てなければならない。「優れていない」と言っているわけではない。優れていたのに生き残れなかったものが、世の中には掃いて捨てるほどいるということだ


大脳の起源について一通り勉強してきた。

最近の遺伝子研究によって大脳の起源についての記述は大きく書き換えられつつある。
ただしそれはルーツ探しの旅のようなもので、Y染色体やミトコンドリアDNAのように、現存人類のところから遡っていく旅のようである。
そうやって我々はミトコンドリア・イブやY染色体アダムのところまで行き着く。

それは予想をはるかに越えて、5億年の昔、ナメクジウオを生み出した祖先までたどる旅となる。

ただ、そこで証明されるのは、ナメクジウオがすでに人類の脳を生み出す遺伝的能力を備えていたという事実であって、それが何故に発現してきたかの過程とは異なる。ルーツ探しの旅を決定論的に読み替えるのは有害無益である。

その上で、系統発生的には次のような大脳形成過程が想定できるだろうと思う。
① ナメクジウオのレベルでの三脳構造の確立。
② ヤツメウナギのレベルでの前脳前方への外套の形成
③ 魚類(顎口類)のレベルでの外套の翻転と終脳の形成
ここで脳の分節構造を信じるならば、「外套→終脳」は、前脳が間脳と終脳に割れたのではなく、もともと前脳の前方に“もう一つの分節”の萌芽として内在した終脳原基が発現したものとして捉えるべきだろうということだ。

言葉で表現するなら、終脳は前脳より前方の最先脳(最終脳)であり、間脳は、結果として前から2番目の脳になったから間脳だということになる。

前脳が視床と視床下部という背腹(上下)2階建てになったのと同じく、終脳も大脳皮質(外套)と大脳基底核(腹側外套と外套下部)の2階建てになったのであろう。


山本直之(日本医科大学・第二解剖)

発表年は不明だが、引用文献から判断して2000年前後のものであろう。なお山本さんには下記の論文もある。2008年のシンポジウム講演「魚類の終脳における感覚表現」で、このときは名古屋大学に移られている。

1.魚類脳の発生と基本構築

魚類の大脳は他の動物と簡単に比較できない。その原因は発生過程の特異性にある。

終脳は中枢神経系の吻側端に位置する。そこは他の脊椎動物と同じである。

魚類以外では、神経管の背側領域が下方(腹側)に折れ込む。これを内側反転(Inversion)という。
最終的には、左右の神経管の側壁が脳室腔を取り込んで側脳室を形成する。

神経管側壁は、側脳室の背側を覆う外套palliumと、腹側の外套下部subpalliumにわけられる。

哺乳類の場合、外套は主に大脳皮質に相当し、内側外套、背側外套、外側外套、腹側外套に分けられる。
内側は海馬、背側は新皮質、外側は嗅皮質、腹側は扁桃体となっていく。

外套下部には中隔、線条体などが含まれる。

一方魚類では、側壁が外側に翻転する。これを外翻(Eversion)という。その際、神経管の蓋板は左右に広がるため、側脳室の代わりにT字型の共通脳室が形成される。

このため外見上は他の脊椎動物と大きく異なるが、分子マーカーを用いた発生学的研究によって、背側野は他の脊椎動物の外套に、腹側野は外套下部にほぼ相当することがわかった。


2.魚類に大脳新皮質はあるのか?

四足動物の背側外套(新皮質)へ感覚情報を伝えるのは視床である。魚類にも“視床”領域が存在するが、“視床”は終脳背側野につながる線維はない。
このことから、魚類の終脳は嗅葉olfactory lobeとも呼ばれ、嗅球から受ける嗅覚だけを処理する脳だと見なされていた。

ところが条鰭類の終脳背側野には嗅覚投射をうけない非嗅覚性領域が多数存在する。

間脳には糸球体前核群(preglomerularcomplex)と呼ばれる領域がある。正確には“視床”の腹外側後方に位置する神経核群である。

ぞこで視覚、聴覚、側線感覚、一般体性感覚(触覚や温度覚など)、味覚を中継し、終脳背側野の非嗅覚性領域に送り込んでいる。

これは、哺乳類の視床─皮質路と酷似した回路構築である。ただこの糸球体前核群に関する遺伝子学的検討は行われていないようである。

おわりに

「魚類の終脳=嗅脳」という概念は完全な誤りである。同様に、「間脳から上の経路は独自の進化を遂げた産物である」という概念もまた恐らく誤りである。

哺乳類と異なり層状の皮質構造をとってはいないものの、大脳新皮質に相当すると思われる領域が存在すると考えられる。
共通祖先の段階ですでに新皮質に相当する構造は存在していた可能性が高い。

Eversionの機転、それがInversionへと転換した理由は、シーラカンスやハイギョなどの中間生物の研究がないため、目下のところ不明である。

付録

魚類の終脳における感覚表現」の付図を転載したもの。

金魚の脳
終脳と外套は同じものをさすが、「外套」は前脳を発生学的原基とすることを強調する意味で用いられる。「※」が視床、間脳と書いてあるのが視床下部に相当する。
B は前額面を描いたもので、背側野が外套、腹側野が外套下部となる。将来、外套は大脳皮質、外套下部は大脳基底核に発展していく。

村上安則・倉谷滋

2005年に雑誌に掲載されたレビューであり、若干古いかもしれない。また後脳に興味の中心があり、終脳については多少及び腰かもしれない。しかしこれだけわかりやすく書かれた解説はなかなかない。終脳関連部分だけをかなり端折って紹介させていただく。

要約

脊椎動物の主流から早期に分岐した無顎類ヤツメウナギの脳の理解は、脳形態パターンの進化を推測するにあたってきわめて有用である。

ヤツメウナギの終脳背側部は顎口類と類似するが、腹側部では、神経節隆起やGABA作動性ニューロンも存在しない。それらは、顎口類になってから獲得されたらしい。

脊椎動物の脳にはニューロメアとよばれる分節が現われる。そして特定のニューロメアからは特定のニューロンが分化する。

ヤツメウナギ後脳にもロンボメアとよばれる分節が存在し、分節に沿って網様体神経が発生する。この境界はHox遺伝子の発現境界に一致する。

鰓弓運動神経にも境界があるが、それはロンボメア境界と一致しない。なにか別の神経発生機構があると思われる。

はじめに

脊椎動物はきわめて多彩な形態をもち、地球上のさま
ざまな環境に生息している。形態は行動や生態と密に関係している。
生物の外部形態は、環境からの淘汰圧を受けてゲノムが応答し進化してきた。

形態に見合った特徴的行動を発現させるためには、神経系が整備される必要がある。

たとえば、哺乳類の視覚中枢は終脳(大脳)にあるが、鳥
類のそれは中脳にある。また、モルミルス目魚類の小脳
は脳全体を覆うほどに肥大している。

このような多様化の背景には、発生プログラムの変化がかかわるはずである、

本稿では、神経形態の進化過程を、おもに分子発生学的な見地から考える。

Ⅰ.脊椎動物の脳の起源

脊椎動物の起源については議論が多く、現在でも頭索
類(ナメクジウオ)と尾索類(ホヤ)のいずれが真の祖先に
近いのかは判然としない。
本稿では、頭索類を脊椎動物にもっとも近い動物群とし
て話を進めよう。

ナメクジウオには脊椎動物にみられるような脳は存在
しない。その神経管は前後軸にわたってほぼ均一なチューブ状であり、脊椎動物の前脳、中脳、後脳に相当するふくらみはみられない。
いっぽう、視床下部の雛形がすでに存在するとされる。

Ⅱ.ニューロメア

頭索類ナメクジウオと脊椎動物の脳のあいだに共通の構造は存在するが、ナメクジウオの脳にはニューロメアが存在しない。

ニューロメア(神経分節)とは、脊椎動物の脳の発生期に一過性にみられる分節構造である。1828年に発見されて以来、ニューロメアが特定のニューロンを生み出す基本ユニットと考えられている。

ニューロメアのような発生コンパートメントは、脳の組織化・形態的分化を階層的に組み上げている。

では、系統進化のどの段階で脳原基は分節化したのだ
ろう?

脊椎動物で最初にニューロメアが確認できるのは5億4000万年前に出現した無顎類である。無顎類は脊椎動物が顎をもつ以前に存在していた動物群で、古生代の水中で繁栄していた。

現生の無顎類であるヤツメウナギ胚の脳でもニューロメアが観察される。遺伝子マーカーも顎口類と類似する。

Ⅲ.ヤツメウナギの脳

ヤツメウナギの中枢神経系には、終脳、間脳、中脳、後脳が識別できる。それは顎口類と類似する。中脳、間脳の発生過程も顎口類と比較可能である。
したがって、これらの構造は脊椎動物の共通祖先においてすでに存在していたと考えられる。

一方、ヤツメウナギでは小脳の分化程度がきわめて低く、小脳核やプルキンエ細胞、下オリーブ核など、顎口類の小脳を特徴づける構造もない。

新しい小脳発生プログラムは、顎口類の分岐後に確立
されたと考えられる。

顎口類では中脳と後脳の境界部が小脳のパターン形成にかかわる。下オリーブ核など小脳系を構成する神経細胞は後脳背側にある菱脳唇に由来する。

ヤツメウナギの終脳にも謎が多い。

終脳は脳の最前端にあり、とりわけ哺乳類において著しく肥大している。

硬骨魚類では外翻(eversion)とよばれる独特の発生パターンを経て、蓋板が左右に拡大し反転型の構造をつくる。このため通常とは逆に、海馬が外側に位置する。

(ちょっとあっさりしすぎている。なぜ外翻したのか、なぜそれが外翻をやめて元に戻したのかは、大問題だと思うが…)

羊膜類では層構造が発達し、哺乳類にいたっては6層からなる新皮質が生ずる。

カメ、ワニ、鳥類を含む主竜類では背側脳室隆起(dorsal ventricular ridge)が発達し、視床からの入力を受ける。
鳥類の皮質相当領域では層構造が消失している。

(層構造は「消失」したのか、これについては後ほど検討する)

ナメクジウオには形態学的に終脳とよべるものはない。ヤツメウナギでは形態学的に終脳が確認でき、多くの嗅覚系入力を受ける。

では、無顎類ヤツメウナギと顎口類の終脳はどこまで比較可能なのだろうか?
脊椎動物の共通祖先はどのような終脳をもっていたのだろうか?

1、外套の進化

外套(pallium)とは、終脳の原基となる一区画をさす。ここから新皮質や海馬、嗅球などが形成される。

これをヤツメウナギにあてはめてみると、遺伝子発現ドメインが顎口類と同様のパターンで存在する。

ヤツメウナギの終脳は嗅覚系の情報処理だけを行なうが、視床から感覚入力を受けたり、辺縁系による制御をも行なう可能性がある。

外套をつくる発生プログラムは思いのほか古く、その起源は無顎類と顎口類が分岐する以前にまでさかのぼるといえる。

2、外套下部の進化

外套下部(subpallium)は終脳腹側部の原基となる。そこからは、線条体や淡蒼球など運動を司る領域が発生する。線条体は外側神経節隆起に、淡蒼球は内側神経節隆起に由来する。

ヤツメウナギのサブパリウムには、外側神経節隆起を形成する遺伝子はあるが、内側神経節隆起を生じる遺伝子は存在しない。
つまり、ヤツメウナギが顎口類の終脳最前方の要素を欠くということを意味する。

では、何が顎口類の終脳に内側神経節隆起をもたらしたのだろうか?
筆者らはhedgehog (LjHh)遺伝子の獲得が関係していると推測している。

Ⅳ、脊椎動物の後脳の進化


おわりに

脳は脊椎動物の系統進化においていくつもの大きなイベントを繰り返してきた。

中でも劇的だったのが、顎口類と無顎類の分岐以前、つまり脊椎動物の共通祖先の段階で生じた変化である。

その本質は、神経上皮の分節化というプログラムの獲得にある。同時にプラコードと神経堤細胞のシステムも整理され、末梢神経との関係ができあがった。

ついで、無顎類から顎口類が進化した後にニューロメアとHoxコードの統合が起こった。

さらに小脳と終脳の形態改変がおこなわれ、魚類以降の脳形態が基本的に完成した。


最後に「脊椎動物の脳の進化のシナリオ」という図があり、やや煩雑であるため、要点を文章で示しておく。

1.共通祖先からのナメクジウオの形成
この分岐には9項目の変化が必要であった。
その主なものは、
①神経管の形成
②運動神経の形成
③三脳の分離と確立
④眼の形成

2.ナメクジウオとヤツメウナギの分岐
この分岐には5項目の変化が必要であった。
①ニューロメアの形成
②前脳での外套形成

3.ヤツメウナギと魚類の分岐
この分岐には4項目の変化が必要であった。
①内側神経節隆起の発生
②交感神経幹の発生
③小脳系の発生
④外翻した終脳(ただし魚類のみ)

4.魚類と両生類の分岐
哺乳類、爬虫類、鳥類を含め、本質的な変化はない。


ブリタニカ国際大百科事典 の解説を読む

「コトバンク」というサイトがあって、とても便利なものだ。例えば「脳」と入れると、各種事典の「脳」の項目の記事が併載されている。この中でブリタニカの記事が出色である。以下抜粋・紹介する。
無脊椎動物では一般に頭神経節が脳にあたる

ヤツメウナギなどの下等脊椎動物では脳は管状で,菱脳,中脳,前脳の3つの領域から成る。高等脊椎動物では変形するが,3つの領域は残される。

菱脳は後脳と延髄から成る。延髄は自律神経の中枢である。後脳は構造的に小脳と橋に分れる。小脳は筋肉の動きを円滑にし,体の平衡を保つ。橋は情報伝達の役割のみである。

中脳は視葉と呼ばれ,魚類と両生類では知覚統合の中枢として働く。爬虫類と鳥類でも,知覚統合に大きな役割を果している。しかし哺乳類では、何の積極的役割も果たしていない。

前脳は間脳と終脳から成る。間脳はさらに視床と視床下部に分れる。視床は延髄と大脳の中継地である。視床下部は性衝動,喜び,痛み,飢え,喉の渇き,血圧,体温,その他の内臓機能の重要な司令中枢である。

終脳,すなわち大脳半球は下等脊椎動物では嗅葉の一部である。高等脊椎動物では大きく発達し,脳の複雑な機能に関与する。
この解説は三脳説を柱とし、脳の構造・機能が過不足なく単純明快に示されている。大脳辺縁系の概念を排除しているのも痛快である。
一方、やや進化史的叙述が後景に退いており、三脳がたんなる連絡通路とされているのは賛成できない。大脳と小脳のあつかいについても不満が残る。

理研の「多細胞システム形成研究センター」のホームページに
脊椎動物の複雑な脳のルーツを探る」(2016年02月)という記事がある。内容を要約紹介する。

顎を持たず、対になったヒレを持たず、鼻の孔は一つしかない。円口類は原始的な脊椎動物と位置付けられ、私たちヒトを含む顎口類の共通祖先と分岐したのは5億年以上前と考えられている。現在生存が確認されているのはヌタウナギ類とヤツメウナギ類の2グループだけだ。

書き出しはなかなか文学的だ。
(理研では)円口類にはないと考えられてきた「内側基底核隆起」ならびに「脳菱唇」と呼ばれる2つの領域が実は存在していることを突き止めた。
脊椎動物の脳の基本構造は5億年以上前にすでに成立していた可能性がある。
ということで、一種の「逆張り」研究である。すなわち円口類と顎口類との間に進化上の飛躍はなく、むしろ連続性が強調されるべきだとしている。

以下は、抜書き

※ 内側基底核隆起(MGE): 大脳の最も腹側の領域で、ここから表層の大脳皮質へとGABA作動性抑制ニューロンが供給される。

※ 菱脳唇: 第4脳室の背側に位置し、なめらかな運動を司る小脳の起源となる。

※ これらは顎口類が円口類と分岐した後に獲得した構造であると考えられてきた。しかし今回の研究で、ヤツメウナギ胚にもMGEおよび菱脳唇が存在することが証明された。

※ これにより脊椎動物の脳の基本パターンとも呼べる構造はすでに完成していたことが明らかになった。

それで、これが著者の提起した模式図だが、初めて見た絵であり、なんとも評価しかねる。

円口類と顎口類

感想をいくつか

※ 同じ円口類でもヤツメウナギとヌタウナギの間には相当の差異があり、ヌタウナギはヤツメウナギより進化しており、ヤツメウナギと顎口類との中間点に位置するような印象を受ける。

※ 絵そのものが私の見慣れたものとは異なっている。

前脳はヤツメウナギの発生当初より存在せず、間脳と大脳に分かたれる。そこには終脳の発生過程も大脳への転化過程も描かれない。

私の考えるにはMGEを“大脳の最も腹側の領域”と考えるのは、時間軸上を転倒した発想である。発生学的事実は前脳の背側に内側基底核隆起(MGE)が隆起し、そこを母体に大脳が増大していくのである。

前脳(間脳)は視床と視床下部の接合を伴って形成されると思うのだが、、この過程は無視される。間脳は破線を以って3分化されているが、その意義も不明である。

菱脳が後脳と延髄に分化する過程も描かれていない。

もっとも奇異に感じるのは前脳の前方に位置すべき嗅脳が当初より無視されていることだ。

つまり、一言で言ってこの絵は粗雑であり、私たち年寄の抱く常識とは全くかみ合わせがつかない。従ってとりあえず、この絵は受け入れられない。従って円口類より“大脳”が存在するという説も受け入れられない。もう少し実験結果で言えることを、風呂敷を広げずに、事実に絞って語るべきであろう。



17Mar.2019
あらためて読み直したが、相変わらず強い抵抗を感じる記事である。
この絵(比較図)で最も印象に残るのは、ヌタウナギがヤツメウナギとは隔絶しており、限りなく高等動物に近いということだ。これほどまでに異なる生物が、同じ円孔類というカテゴリーの中に包摂されてよいのかと思う。
本当だろうかという疑いを拭いきれない。これが科学好きとしては健全な心理だろう。
もう一つは、系統発生と個体発生を混同していないだろうかという疑問だ。個体発生をやる人はどうも遺伝子が発現する過程を逆追いして、「ほら、ここにあるじゃん」という言い方をしかねないような気がする。
いずれにしても、この研究を前提とする限り、ヤツメウナギとヌタウナギの間の、脳革命とも呼ぶべき懸隔をどう埋めていくかという、気の遠くなるような作業が残されることになる。


脳科学メディア から


6億3000万年前:刺胞動物の登場。『散在神経系』と呼ばれる神経網を形成。

5億4200万年前:カンブリア紀の開始。海中には多様な生物が出現し、その多くが神経細胞が集合した“神経節”を獲得した。この集中神経系が、やがて『脳』となる。

5億2400万年前:無顎類(ヤツメウナギの祖先)が登場。

4億6000万年前:顎口類の登場。ミエリン鞘を獲得し神経伝達速度を高める。その後の進化により、終脳(=大脳)が大きく拡大。
さらに顎口類において、脳の前方に存在していた鼻孔の位置が移動した。これにより終脳を形成する空間が確保された。

3億7000万年前:両生類の登場。魚類の一部が両生類となり、陸上へと進出した。脳幹が大部分を占め、大脳・小脳の割合は低かった。また『嗅球』が大きいという特徴があった。

以下、脳進化に関する記述が続くが、2016年の記事としてはやや古めかしいものだ。

この記事で注目されるのは無顎類が顎口類に進化する過程での「断絶」だ。

それは髄鞘化と嗅覚機能の移転だ。とくに後者が注目される。

ここで顎口類の脳の勉強へとシフトしていきたい。]

円口類から顎口類への飛躍

顎口類というのは面倒なカテゴリーだ。
どの世界にも分類マニアがいて、厄介な定義を作る。それは無視しよう。
要するに、サメ,エイなどの軟骨魚類のことだ。発生学的にヤツメウナギより高等で硬骨魚類より未発達な徒だ。
その多くはすでに絶滅しており、古生物学の対象でしかない。
それらも含め、円口類から顎口類への進化がいかに巨大な飛躍だったのかを知らなければならないだろう。その一つとして終脳の出現があったということを確認すべきであろう。

ネット上ではあまり系統的に書かれたものはなさそうなので、とりあえず落ち穂拾い的作業から開始していくことにする。

JT誌生命研究館のサイトから「顎から生まれる可能性」という記事

※ 円口類(ヤツメウナギ)と顎口類を比較する。顎を獲得した魚は餌を噛み砕いて食べられるようになった。そのため中脳回路や顎を動かす三叉神経も発達した。
新たな食物対象を捕らえるべく、脳は前方へ発達し、大きくなった。また食物を介した感染に対処するため胸腺を始めとする免疫系が発達した。

※ 新しい器官や組織が誕生するとき、遺伝子の数が増えることが多い。これは遺伝子重複と呼ばれる。

※ 新しい機能を発生させるとき、1から新たに遺伝子を創造するより、既存の遺伝子を重複させ、新しい機能に作り変える方が簡単だ。

※ ニワトリとヤツメウナギのゲノムを比較すると、2回の全ゲノム重複をおこした後分離してきたことが確認できる。

*ヤツメウナギに始まる脊椎動物と、その祖先とみられるホヤ幼生とのゲノムを比較すると、ここでも全ゲノムレベルの重複が2度起こっている。
genomutyouhuku

※ 顎口類で増大する遺伝子のほとんどは、神経間のシグナルに関わるペプチドや、神経をミエリン鞘で囲むために必要な遺伝子群だ。

※ 八つ目ウナギの免疫系は、顎口類の免疫系とは異なった独自のものである。

* しかしゲノム変化と新機能の照応関係はほとんど分かっていない。
後脳の分節化に着目した遺伝子が検討されている。ここでは、Hox遺伝子が顎口類における後脳の分節化に関わっていると推測されている。


ゲノムの話はとりあえず置いておく。
顎ができる、つまり獲物を適当な大きさに噛み切れるという能力は、脊椎動物に巨大な可能性を与えたようだ。この咀嚼能力の獲得に関連してさまざまな能力が開発される。それが脊椎動物を生物界の王者に仕立てたということのようだ。
脳の続発性変化が幾つか取り上げられているが、それ以上の言及はない。
咀嚼・嚥下に関わる運動神経、獲物を探し、殺し、食べるための脳の発達。とりわけ嗅脳→終脳の転化と狩猟関連神経の髄鞘化、この2点が強調されている。
「かなり私の認識も一気に進んだな!」という実感がする。

三脳説と大脳の起源

三脳説は私なりにきわめて合理的な理論だと思うが、残念なことに脳の最大にして最重要な要素である大脳を、その起源や発達過程において説明できていない。
いろいろ考えてみたが、大脳はすでに魚類において出現しているという事実を受け入れた上で、ナメクジウオ→ヤツメウナギ→サメ→硬骨魚の発達過程と、魚類における適応拡散の関係をもう一度たどることぬきに問題は解決しないことに気づいた。

とりあえず、もう一度、虚心坦懐に魚類の脳に関する知識を吸収することにする。

名古屋大学農学部の山本直之さんのページである。面白いところだけ箇条書にしておく。ただしこれらの記載から何をくみ取るかはなかなか難しい。

魚の脳のパーツは生態により多様

※夜行性のウツボは目をあまり使わず、匂いで好物を探すため「嗅球」が巨大です。

※視覚に依存するカワハギでは、視覚を受け持つ視蓋がとても大きい。

※魚には味蕾が身体の表面にもある。コイにはその味蕾がヒゲに多数あります。味蕾でキャッチした情報は「顔面葉」で処理される。コイの顔面葉は大きい。

※ゴンズイは左右にヒゲを4本ずつ持つ。その顔面葉にはヒゲに対応した「地図」がある。そのため獲物の位置がわかる。
ごんずい

※ゴンズイは水流によってヒゲを漂わせているだけだが、ヒメジはヒゲを自ら動かしておいしいものを探す。

※フナ: 咽頭に味覚がある。これが迷走神経の迷走葉に送られて処理される。コイの顔面葉は迷走葉の中心に位置する

※ヒメジの顔面葉はヒトの大脳皮質のように層状構造をしていて、しかもしわが入っています。大量の感覚と運動系の情報を処理するために大きな面積が必要なためです。

※イシモチは夜間に波打ち際まで来て餌を探す。波に揉まれてもバランスを保つため小脳堤の内部が巨大化した。

※ホウボウには胸ビレの変化した足がある。ここに感覚器が集中していて、その知覚繊維は脊髄に集中する。

以下略

NHKのシリーズ「コズミック・フロント」という番組で、「赤い雨」という特集をしていた。
スリランカで「赤い雨」が降った。調べてみたら赤い雨の正体は褐藻だった。ただしこの褐藻はかなり変わった形態をしていて、細胞膜が極端に厚く、破砕するのさえ苦労するほどだった。赤くなった原因は葉緑体が変性して赤くなったためだった。
というのが、基本的なストーリー。
番組では、褐藻がここまで形態を変化させたのは、褐藻をふくんだ塵が宇宙まで巻き上げられてさまよっていたのがなにかの拍子に落ちてきたのではないかという推理を展開する。多分狂言まわりだと思うが、「これは地球外生命だ」というインド人のおじさんも登場していろいろと賑やかだ。そのせいか話が散漫になっていくのが難点だ。
まぁそれはいいのだが、この番組、話のついでに生命誕生の秘密までことがおよぶ。
そこで深海熱水の話や渚の浅瀬までいろいろと登場するのだが、最後のポイント「生命とは何か」のところを素通りする。こいつは困ったものだ。
生命の本質はいろいろに規定しうる。自己と他者の区別。異化を拒否し同化に固執する過程。生命の再生産過程などさまざまである。
なかでも「個体維持と種の維持のどちらが生命にとって本質なのか」というのが究極の議論になる。このどちらをとるかで学者はタンパク質(酵素)陣営と核酸陣営に分かれる。
シロウトから考えれば、「そんなの考えるまでもなくタンパク質でしょう」と言いたいところだが、結構核酸陣営もしつこい。たしかにリボゾームのごつい姿を見ているとそんな気もしてくるのである。
とにかくこちらはひたすら勉強する側でいるしかないが、変なインド人が出てきたときに「ちょっと待てよ」くらいの勘は働かせられるようになっておきたいものである。
タマゴを見て「これはニワトリだ!」という人はいない。タマゴが先というのはレトリックに過ぎないのである。

ベンバン・ソーラー計画

2014年 エジプト政府、アスワン県南東部のベンバン(Benban)太陽光発電プラント計画を発表。予算は25億ドルの規模。

エジプトの電力の90%以上は石油と天然ガスに依存する。この内20%を再生可能エネルギーにする目標。

2016年 国際入札でドイツのイブ・フォークトと地元エジプトのインフィニティ・ソーラーが共同開発を受け持つこととなる。
太陽光パネルは中国製、電力変換器はドイツ製、発電施設はノルウェーが担当する。

施設の総面積は50平方キロで東京ドーム1千個分。1千万枚のパネルを使用し、アスワン・ハイダムに匹敵する2ギガワットの電力を生み出す計画。ちなみに苫東厚真発電所は3台の発電機で1.65メガワット。


2017年12月 ベンバン・ソーラー・パークの太陽光発電プラントが一部操業を開始。発電能力は64メガワットに達する。

これは操業予定32施設の1施設目であり、19年度中に全施設完成の予定。

赤旗の記事を膨らませたものです。
ちょっと、単位に疑問がありますが、かなり大きなプロジェクトであることは間違いありません。九州の話でも話題になりましたが、ベースロード電源との配分、揚水発電との組み合わせ等が必要な、「扱いにくい電力」であることは間違いありません。エジプトだと淡水化プロジェクトとの組み合わせがもっとも有望なのではないでしょうか。
水素プラントが早く実用レベルまで達することが望まれるでしょう。



ニューロチップとは  という記事がとてもわかり易くて手抜きのない文章です。その要約を紹介します。

ニューロチップとは

ニューロチップとは、集積回路を組み込んだ半導体チップ(LSIチップ)のことです。

人の脳や目の情報処理の手法を元に開発されたことから、ニューロチップと呼ばれるようになりました。

ニューロチップは、人間の脳の神経回路網を真似して開発されています。

ニューロチップは、人の脳のように蓄積されたデータをそのまま結果として返すことが出来ます。

ニューロチップは、関連する情報と不要な情報を切り分けることが出来ます。だから情報は整理された上で蓄積されることになります。

このため演算回数が少なくなり負担が減ります。また、消費電力も圧倒的に減ります。

それ自体がニューロコンピュータのために開発されているチップで、二重の意味でニューロなのです。

ニューロコンピュータとは

ニューロチップを使用したニューロコンピュータは、従来のコンピュータとは根本的な原理から違っています。

従来のコンピュータは「ノイマン型」と呼ばれています。そこではメモリが0と1で構成された情報をCPUに送り、CPUが順番に受け取った情報を基に計算を行います。演算結果はメモリに送り返されます。

つまり、「メモリ」と「CPU」は役割を分担しており、計算はCPUのみが行います。

これに対しニューロコンピュータは、ニューロチップ内にあるニューロンそのものが情報を蓄積し、計算を行うのです。

つまり、メモリがAI化するのです。

ニューロチップの開発競争

2012年にインテル社がニューロチップの元型となる独自の設計を公開しました。

2013年にはスイスのチューリヒ大学とスイス連邦工科大学チューリヒ校の研究チームがニューロチップを開発することに成功しました。

2014年になると、IBM社が独自のニューロチップを開発、さらに工場生産が可能な状態にまで精度を高めました。

下の図は去年の日経新聞に載ったものです。ここには清華大学の名は出てきません。当然ながら日本の名前も出てきません。

世界のニューロチップ


ニューロチップの注目される理由

ニューロチップはニューロコンピュータと連動していますが、それはさらにニューロマシン(人の脳を手本とした機械)と連動していきます。それがAIやIoT製品と呼ばれるものです。

「家庭内ロボット」「スマートフォン・タブレット」「車」「産業用ロボット」「産業用ドローン」などでの活躍が期待されています。




岡ノ谷一夫「言語の起源と脳の進化」を読む

まず私見から この分野は百花斉放の状態となっているので、さまざまな用語をきちっ と定義づけた上で使わなければならない。

「言語」を発生学的に構造化しておく必要があると思う。 爬虫類→鳥類の進化はとりあえず脇においておいた上で、両生類→哺 乳類→霊長類→現生人類→視覚性言語(文字)という流れの中に言語 の発生と進化を見ていくことが必要だ。

1.音を発生し信号とする 
実体:
 これが最初の「言語」の萌芽であろう。昆虫の多くは声ではない 、声帯を使わない音を発生させる。
目的:
 それを他者との伝達の手段とすることにおいて、それは信号と なる。
矛盾:
 それは自己の存在を自ら暴露することであり、「捕まえる=逃げ る」行動の集積としての生命活動からすれば大いなる矛盾である。そこ には、「求愛」などなにがしかの理由が存在しなければならない。

2.声が主要な音声発生装置となる
実体:
 「声」は気道の入口部で、食道との分岐部に当たる。元は嚥下 時の誤嚥を防ぐための蓋なのではないだろうか。それが空気の出し入 れの際に笛のリード様に動くことが発見され、それを鍛えることによって 声が生まれたのだろう。 声は両生類以後のすべての陸生動物に共通する生体機能であり、使用法もほぼ共通する。
目的:
 声は高低、強弱、長短という要素を操ることにより、他の音より もはるかに多くの意味をもたせることができる。しかしそれにふさわしい 使い方は、その必要性が発生するまでは生じない(求愛を除いて)
矛盾:
 優れた伝達媒体を持ったが、食物連鎖の下方にいる限りは宝 の持ち腐れ。むしろ退化する可能性もある。

3.声が信号として多様化する
実体:
 ハード的には変化なし。繰り返しや遠吠え用の長音など使い方 に工夫。
目的:
 おそらく、哺乳類の中でも比較的後期、狼とかハイエナのような 集団狩をするグループが出現するまでは無意味であったろう。周囲一 般に対する発信のみならず、群れの内部に対する対自的発信が分離する。言葉の厳密な意味においてのコミュニケーションということになる。 
矛盾:
 他者一般から集団的自己(群れ)の分離、そこにたんなる信号 にとどまらないニュアンスの発生。

4.さまざまな音声信号の言葉→言語への整序
実体:
 霊長類から猿人→原人への進化。頭頸部の直立により発声器官としての声帯の構造が確立する。 母音と子音の組み合わせにより、ほぼ無限の「言葉」体系が出来上がり 、強力な意志伝達手段となる。 猿人→原人→旧人→サピエンスの経過を通じて脳容量は3倍化してい る。その半分はウェルニッケとブローカ中枢、言語活動のための記憶装置の 増大によると思われる。
目的:
 群れより大きな集団(社会)への適応。信号を送るだけでなく受 け取る側にも同等の知能が求められる。
矛盾:
 教育と強制なしに成り立たない信号系。集団の媒介から、集団 の形成へ。

5.読書・書字言語
実体:
 人間の本質的能力を超えたところに存在する超言語。聴覚性言 語の完成後に、それに付随する形で形成される。 読書・書字能力の有無は脳容量と相関がない。読書・書字能力は聴覚 言語とは違い、ありあわせの脳神経を活用する形で形成される。
目的:
 情報量は格段に多く、記録性に優れる。ただしそれを活用でき るか否かは社会の活動力により決まる。
矛盾:
 視覚性言語は著しい社会的不公平を伴う言語である。多分現在も人類の3分の1は事実上の文盲ではないだろうか。この社会的不公平を取り除く活動なしに視覚性言語の発展はありえない。
しかし今日の世界において視覚性言語こそが科学・技術・経済・思想の発展の原動力であることも疑いない。このように二重の意味において、視覚性言語はすぐれて社会的な言語なのである。

言語の出現を巡る深い断絶
言葉が生まれる前段階として、動物界にも声による信号の授受がある。
しかし音声の組み合わせによって新たな意味を作り出すことはできない。
そこには深い断絶がある。
では、なぜこのような深い断絶が生じたのであろうか。人間はどのようにこの断絶を超えたのだろうか。
その問は次のように答えられなければならない。まず人間は喋れるようになった、だからしゃべるようになった。喋れるようになったから、聞くこともできるようになった。


言語と人工知能
 人工知能(AI)はスーパー文字言語と考えられ、膨大な文字情報を活用できる可能性(第6段階?)を秘めて いる。グーグル検索はその初歩的第一歩であろう。が、その力をどう個性化、 特殊化し、具体的成果として引き出すかは未解決だ。それにグーグル検索には強力さと同時にいかがわしさも感じることがある。



と前置きが長くなった。
本文に入る。と言ってもあまり大したものではない。2007年の出版で、すでに古くなっているということもあるのかもしれない。(「脳研究の最前線」というブルーバックスの一章)

最初の「言葉の定義」というのは、次のように記載されている。

「言葉」の簡単な定義:
言葉は一つのシステムであり、
①単語(象徴機能を持つ記号)を、
②文法(限定された単語の順番)で結合し、
③森羅万象との対応をつける
「言葉」は、人間の言葉以外にありえない。
まぁそんなところでしょう。ただこれは実体論的・構造的観点から見た規定であり、目的論的規定や過程としての言語活動論から見た定義は抜けているので、これだけでは不十分と言わざるを得ません。

鳥のさえずりについて
この点について、岡ノ谷さんは大変面白いことを述べておられる。
私なりに解釈すると、鳥は喋る前に歌った。それには2つの理由がある。
一つは歌う能力を獲得したから歌っていること、歌う余裕ができたから歌うようになったということ。野生の鳥が飼育されて歌うことを強制されると見事に名歌手に変貌するそうだ。野生で厳しい食物連鎖の暮らしの中にあっては、歌の名人になる前に襲われてしまうらしい。
もう一つは、鳥は歌ったりしゃべったりする身体的能力は持っているが、喋ることはできないということだ。
彼が歌い喋る能力を発揮するチャンスは、歌う場面でしかない。上にも書いたとおり直立することで獲得した多彩でニュアンスに富む発声能力は、求愛みたいな場面で「無駄遣い」されるだけであり、とりあえずは無駄なものである。
ところが人間においてはいつの日か、歌う・さえずるという「発声能力」が「発語能力」として利用可能だということが「発見」されたのではないか。
さえずる能力はオバサン方の井戸端会議のためだけでなく、世界を進歩させ暮らしを良くするためにも大変重要なツールになるということが「発見」された。それは長年をっけて進歩したのではなく、ある日突然に発見された。脳神経がそれに対応して発達するのはその後の話である。
それを発見したのは人類のみである。

ピーターセンらの実験
2015年06月13日 「言語活動の4つのモードと脳活動部位」という記事で一枚の画像を転載させていただいた。
言語活動と脳
この写真は別の文献からの転載のようだ。それが岡ノ谷さんの文章でわかった。
岡ノ谷さんによれば、これはピーターセンらの行ったPETを用いた思考実験の絵で、その世界ではかなり古典的なものらしい。ただし出典は記されていない。
画像の読みについては、煩雑になるのでここでは触れない。ぜひ記事を参照いただきたい。

やっていくうちに、そもそもCPUってなんなのだということがよくわからなくなってきた。
とりあえず、ウィキで調べることにする。

1.CPUとはなにか

大まかに言うとコンピュータはプロセッサーと記憶装置からなる。記憶装置にはデータとプログラムが搭載されている。

プロセッサーはプログラムを順次起動し、実行し、つなげていく役割をはたす。またプログラムが要求するデータを読み込む役割も担っている。

コンピュータが作動するためには、このほかに補助記憶装置や表示装置、通信装置などが必要だが、これらは外部装置でも代用できる。

CPUはCentral Processing Unitの略。日本語では中央処理装置といわれる。プロセッサーの一種である。

大規模集積回路(LSI)の発達により、少数のチップに全機能が集積されたマイクロプロセッサが誕生した。

ということで、以下面倒くさい定義が並ぶが省略。

2.CPUの構造

CPUは、全体を制御する制御装置、演算装置、データを一時記憶するレジスタ、外部装置とのインタフェースから構成される。

制御装置が命令の解釈とプログラムの流れを制御し、演算装置が演算を実行する。

演算装置のうち、浮動小数点演算を行う専用ユニットをFPU(浮動小数点演算ユニット)、という。このほかDMAコントローラ、タイマーなどがふくまれる。

3.CPUの動作

CPUの最初の動作はプログラムを記憶装置から読み出すことである。これをフェッチと言う。

次の動作はプログラムの諸コードを読み込んで、なすべきことを決める。これをデコードという。以前はデコーダという専用ハードだったが、現在ではそれ自体がマイクロプログラムとなっている。

次は、実行ステップが行われる。このステップではCPUの多くの部分が接続され、指定された操作を実行する。

命令を実行後、同じ流れが繰り返されて次の命令をフェッチする。

今朝のニュースで藤井8段が初解説というのがあって、その中でご本人が「いまZen2にハマっているんです」とのたもうた。
それでグーグル検索してみたが、さぁわからない。
Zen2についてWikiChipが解説」というページを見たが、間違いなく解説の解説が必要だ。
ひまなのでやってみようか。

1.第3世代Ryzenで採用されるAMDの次世代アーキテクチャ

Zen2というのは、そういうことなんだそうだ。
AMDだけはわかる。CPUのメーカーでインテルの後発メーカーだ。安いのが売りのメーカーだ。
その会社が第3世代Ryzenに採用されることを狙った新製品を出した。それがZen2というアーキテクチャなのだ。
ということで文法はまずわかった。アーキテクチャというのは構造物だが、要は堅もの=ハードということらしい。とりあえず“チップ”のようなものと考えておく。
結局、「第3世代Ryzen」というのが何なのだということになる。しかし第3世代Ryzenの話は当分出てこない。とりあえずその事自体はどうでも良く、話の要点は、Zen2というチップがいかにすごいかということらしい。

2.Zen 2 マイクロアーキテクチャ

で、次がこれがどういうものかという解説。
Zen、Zen+に続く第3世代のZenマイクロアーキテクチャだそうだ。
(Ryzenの話は別にして、そもそもこれ自体が第3世代なのだ)
この第3世代ZenであるZen2がいままでと違うところが説明される。
①CPUコアがTSMCの7nmプロセスによって製造されている。
②拡張機能が大幅に強化されていて、とくに分岐予測ユニットが再構築されている。
③データバスが著しく拡大され、AVX命令が1つの256ビット幅のデータパスで実行可能になった。
④帯域幅の拡大で、IPC(クロック当たりの命令実行数)が増加した
⑤脆弱性スペクトルの軽減措置がファームウェアから取り入れられた。
⑥低消費電力で高密度を実現できる7nmプロセスの採用により、半導体の集積密度は2倍になった。

このようにして第3世代Ryzenはシングルコア性能でもIntel CPUに追いついた。
ということで、①~⑥はさっぱりわからないが、少しRyzenとZenの関係が見えてきた。
つまりインテルで言うと Core i7 とか Core i5 は7つ(5つ)のチップの集合なので一つ一つのチップはまた別の名前になるのだろう。それがRyzenとZenの関係になるのではないか。

話はさらに

AMDが7nmプロセス・最大64コアのデータセンター向けCPU「Rome」と7nmプロセスGPU「MI60」を発表 

の記事に進んでいくが、これはまた別次元の話になっていって、パソコンのレベルではないようなので省略する。

ではこのZen2なり第3世代Ryzenが現在主流CPUのインテルに代わるものになっていくのか、これが次の問題になる。

しかし、依然としてなんのことやらわからない。


AMDの7nmプロセス「ZEN 2」CPUコアのマイクロアーキテクチャ拡張」 11月8日
と題されている。これはZen2を組み込んだサーバーCPU「ローマ」の紹介である。

1.次世代AMDサーバーCPU

Romeは、「ZEN 2」マイクロアーキテクチャのCPUコアをベースとし、TSMCの7nmプロセスで製造される。

従来のZENベースのサーバーCPU「ナポリ」もマルチダイ構成だったが、内容は大きく変わる。
CPUコアのダイとI/O系のダイが分割され、パッケージ内に1個のI/Oダイと、8個のCPUダイが収められる。
8個のCPUダイはそれぞれ8個のCPUコアを搭載しており、合計で64個のCPUコアとなる。

個々のCPUコアのマイクロアーキテクチャも拡張された。それがZen、Zen+→Zen2である。

とくに浮動小数点演算のスループットは、CPUコアあたり2倍となった。そのためローマ全体の演算性能はナポリに比べ4倍化している。

渡辺 茂 「鳥脳力―小さな頭に秘められた驚異の能力」 の摘要

少し他の論文で補充しています。

はじめに なぜ鳥か

岡ノ谷一夫さんは鳥の脳が注目されるに至った理由を以下のように述べています。      

哺乳類の脳と比較しても、皮質と思われる部位が非常に薄いわけです。その中に丸い構造体があるのでこれはきっと基底核に違いない、線条体に違いないということで、これは全部 “striatum” という名前を昔の解剖学者がつけてしまった。

その人達が、鳥というのは基底核が発達していて上手に空を飛べて本能的な行動はちゃんとできるけれども、皮質が薄い、だから行動の可塑性がないというウソをでっち上げた。
鳥の大脳は、哺乳類の大脳皮質のそれぞれの層に対応した部分が、層をつくらずに固まりをつくって存在している。いままで基底核と考えられてきたのは、そうではなく皮質様神経だという事になってきた。

とても良い文章です。この人は慶応の文学部を出てからこの世界に飛び込んだ文系人なので、物事をざっくり捕まえる力を持っています。私はこの文章から「ユニット型とモジュール型」という分類を考えつきました。

宇都宮大学農学部の杉田昭栄先生は、もっとリアルに鳥(とくにカラス)の脳を研究する理由を述べています。

1.鳥類は人間と同様に昼行性で、視覚を主体に認知活動を行う。(したがって勤務と矛盾が少ない)

2.サルはお金が高いし管理が大変だが、カラスはキャンパスでも捕まえられる。(動物愛護論者の抵抗も比較的少ない)

3.構造的には人間とかなり違っているが、哺乳類よりもはるかに類似した行動をとる。この違いと類似の相反関係が面白い。これを「平行進化」と呼ぶ。 異なった種において、似通った方向の進化が見られることを指す。

4.人間だけの特質と言われたものが鳥にもある。カラスは道具を使うし道具を作ることもできる。鏡に映った自らを認識したり、未来に向けて計画的に動いたりする。だからカラスを調べることは人間を調べることでもある。


鳥―絶滅しなかった恐竜


鳥脳とはどんなものか

鳥の脳 によると、コンゴウインコの脳はクルミくらいです。一方霊長類の中で最も原始的と言われるマカクザルの脳でもレモン程の大きさがあります。「流石に霊長類にはかなわないか」と思うかもしれません。しかし脳神経の密度はインコのほうがはるかに高いのです。霊長類に比べて2倍、ラットやマウスに比べて2~4倍とされます。インコの脳神経細胞はマカクザルを越える数なのです。
鳥の脳

鳥の脳からは哺乳類と同数 (12対) の脳神経が出ています。マクロで見ると平衡感覚や視覚に関係する小脳と中脳がとても大きくなっています。これに対して嗅覚と味覚はあまり発達していません。

鳥の大脳は外套と呼ばれます。以前は線条体と呼ばれていましたが、不正確であることがわかったため、いまは使いません。
カラス脳断面
外套は①本能的な学習能力を司る弓外套,②訓練あるいは経験によって学習する巣外套,③連合野に相当する高度で総合的な知的判断を行うための中外套。総合的な知的判断というのは、たとえば,クルミを車に轢かせるなどの行動です。そして④人間の前頭前野に相当する高外套などに区分されています。
脳の大きさは可塑性である可能性があります。さまざまな鳥を飼育下で繁殖させ、脳の大きさを比較したところ、21種中、16種で脳が小さくなったと報告されています。平均減少率は20~30%に達しました。


鳥の脳力

以下の記述は実験による評価なので、サンプルや環境などの設定法により異なっているかもしれません。

数の理解力: ハトは5まで、セキセイインコは6まで、ワタリガラスは7まで。

記憶力: 記憶には、感覚記憶と短期記憶、長期記憶がある。感覚記憶は数秒で動物による差はない。短期記憶は、人では20秒程度で記憶できる種類は7±2。鳥では数秒~十数秒とされる。長期記憶は、カラスは必要であれば、少なくとも12 ヵ月間は記憶できる。貯食性の鳥は多くの貯蔵場所を長期にわたって記憶する。

識別力: 人の顔の識別と記憶は10人位までは問題なく可能。

道具の制作: カラスは針金を曲げてフックを作り、餌をひっかけて取り出すことができる。

カラスの特殊性

鳥の「脳力」ランキングは下記のようになっています。

1.カラス科 

2.オウム

3.フクロウ・キツツキ

4.スズメ

5.ニワトリ・ハト(劣等)

カラスの脳は他の鳥類の脳とは全くレベルが違うといわれます。カラスのは「羽をもった霊長類」と呼ばれることもあります。

カラスの脳重量は10グラムでニワトリの3倍。脳全体に対する大脳の比率は80%、ニワトリでは50%です。

カラスの神経細胞数は、ニワトリの約3,300個に対し、19,500と約6倍の密度。これは外套の占める割合が高いからです。




鳥脳に「自己」を教える
ハトがビデオ映像に映し出された自分の映像を自分として認知した。



昨日、今日と文章を書く気力が湧いてこない。
とりあえず不正確だが、心覚えとして書いておく。

鳥脳が優れているのはあたりまえ

カラス、とくにハシブトカラスの知能は、鳥類の中でも群を抜いているらしい。
言うなれば人類が霊長類の中でも群を抜いているのと同じだ。

最近わかってきたことだが、鳥というのは「生き残った恐竜」であり、爬虫類の中で頂点を極めた生き物だということだ。

哺乳類→霊長類→人類という系譜は、決して生物進化の本流を歩いてきたわけではない。ジュラ紀の終わりに隕石が落ちて、そのための気候激変により恐竜が絶滅したため、マイナーリーグから呼び戻されたような存在だ。

それはとりあえず置いておいて、鳥というのは生物界の王道を歩み続けてきた存在であって、モノの作り、脳の作りには無理がない。自然の脅威に晒され適応を迫られることに変わりはないが、他の生物種に遠慮する必要はないからだ。端的に言えば追っかける能力は必要だが、逃げ隠れする能力はいらない。

小型化とユニット化

ただ空を飛ぶために、すべての器官が小型・軽量化されなければならなかったから、見かけ上はちゃちに見えるかもしれないが、潜在力は哺乳類よりも上回っていると見るべきだろう。小型カメラといえどもニコンだ、ということだろう。

むしろ人間の側で見なければならないのは、人間にさえ匹敵するほどの脳力をあれだけの重量と容量でどうやって実現できたのかというところだ。

私はそれがユニット化という戦略なのだろうと思う。それに対し人間の脳力強化はモジュール化によって実現されたのだろうと思う。

人間はモジュール化でネットワーク勝負

人間の大脳皮質は前頭前野から鳥距溝に至るまで、基本的にはすべて同一の6層構造からなっている。それにどういう役割を割り振りどう相互連絡していくかは委細面談の世界である。

たしかに汎用性があって融通は効くが、膨大な無駄を生むことも間違いない。コンピュータはテレビやラジオやカメラの役割もこなせるが、それぞれを単体で持ったほうがはるかに能率が良い。パソコンが面倒な理由のほとんどはボタンの使い回しの複雑さに起因している。

人間の脳はそのほとんどが神経線維であり、神経細胞よりも神経線維の発達によって能力を発揮する仕掛けになっている。しかも通信速度を上げるために主要幹線は髄鞘化という舗装工事が施されている。

人間はオギャーと生まれたときから神経細胞そのものは増えていない。むしろ小脳などでは間引きが行われて減っているくらいだ。それにも拘らず脳が容量も重量も増えて、頭蓋骨に納まりきらないくらいまで発達するのは電線が増えるためだ。

これは相当能率の悪い能力アップ戦略なので、それをユニット化して線維性連絡を極力減らせるならば、効率の良い脳になるだろう。それがまさに鳥脳なのだろうと思う。人間の脳が1500グラム、カラスが15グラムとすれば、カラスの脳は人間の100倍の高性能ということになる。

哺乳類の視覚動物化

このような分化・発展の仕方は遺伝子変化を伴わざるを得ないので、相当の年月をかけて実現していくべきものである。そして鳥にはジュラ紀以来、それだけの年月があった。

その間、哺乳類は発達の動きを止め、半ば化石生物化していた。哺乳類の脳が発達したとすれば、それは世を忍び日陰に隠れ住むための能力である。

やがて哺乳類は日の当たる時間に日の当たる場所に出て、樹上に登り身を晒しながら生きるようになった。そのため一度捨てた視力の再獲得が必要となった。必要なことは昼行性視力(色彩をふくめた)、遠近識別(前方視)である。

霊長類と視覚脳の形成

やがて哺乳類から霊長類が分化し、鳥にまさるとも劣らぬ能力を身に着けようとした時、哺乳類固有の能力はなんの役にも立たなかった。しかしそれを捨てることはできなかった。

霊長類は機能を転用したり、大脳皮質を急成長することで補ったりという変則的な発展の途を探るしかなかった。それによって結果的には鳥を上回る視覚脳を実現したのである。

それはこのように電線だらけのブザマな大脳をもたらした。とはいえ、そのやり方で鳥を凌ぐほどの高性能な脳を作り上げたのだから、それをだいじにしなくてはならないのだろう。

大脳の後ろ半分は視覚処理のためにだけ発達した。しかしそれは、聴覚性言語と結びついて読み書き脳力をもたらした。これは鳥脳のとうてい及ぶところではない。

ただしAIの設計思想においては、決して人間脳のアナリーゼにならずに、鳥型脳の構築をモデルとするユニット型デザインを第一選択として考えるべきであろうと思う。


「ヘビ検出理論」というのを名古屋大学の河合さんという人が一生懸命推している。

アメリカのイスベルという人が提唱したらしいが、どうも眉唾な感じがする。そこでとりあえず、河合さん以外の人がどう見ているのかを調べてみることにした。

Eeek, Snake! Your Brain Has A Special Corner Just For Them という紹介記事で、一般向けの解説。日本語にすると「“キャー、蛇だ! 人間の脳には特別な領域がある

snake_monkey

イントロ
1992年、人類学者のLynne Isbellを乗せたトラックは、ケニア中部の谷間を走っていた。そのとき突然何かが彼女を凍りつかせた。

「私の目の前にコブラがいました。そいつは鎌首を持ち上げていました」

イスベルはUCデービス校の研究者だった。彼女は20年もの間ケニアで人類学の研究を続けて来た。しかしイスベルは、彼女の覚醒した脳がこのような形でコブラと向き合ってパニックになってしまうなんて考えたこともなかった。

「最初は運が悪いと思ったけど、今は運が良かったと確信しています。それは私の視覚システムが、6000万年の霊長類の進化の歴史を反映しているからです」

その答えは猿たち(霊長類)の視覚の進化とつながっている。またそれは脳の一部、視床枕の進化と結びついている。彼女はそのことを全米科学協会誌の短報で説明している。

彼女はなぜ凍りついたか…イスベルの説明

コブラとの遭遇後数年して、イスベルは次のような理論を考え出した。すなわち、ヘビこそは人間や霊長類が良いビジョンを進化させた主な理由なのだ。

彼女は言う。

「霊長類は前方視する目を持っています。それは優れた奥行き知覚をもたらしています。その他に、霊長類は哺乳類の世界では最高の視力があり、色に対する感覚も優れています。なぜでしょう。それには何らかの説明が必要ではないでしょうか。

有毒なヘビがたくさんいる世界では、霊長類は、他の場所の霊長類よりも視力が発達しています。マダガスカルのキツネザルの視力が霊長類で最悪なのは偶然ではありません。有毒の蛇がいないからです」

ヘビが霊長類の視力を良くしたことの証明

しかし、霊長類の視覚系が実際にヘビを検出するために進化したならば、その脳には生物学的証拠があるはずだ。

そこで彼女は、蛇のいない環境で暮らす日本のマカクザルの脳を研究した。

サルに蛇、顔、手、単純な幾何学的な形を提示し脳細胞の反応を測定した。その結果視床枕のなかで注目すべき変化を発見した(視床枕は脳、視覚系の一部で、人、類人猿、猿に特有のもの)

イスベルは語る。

そこには蛇の画像に非常に敏感で、霊長類の顔を見せたときよりもはるかに強く反応したニューロンがあリました。

サルや他の霊長類は顔にたいして非常に敏感に反応するので、それよりも強く反応するというのは驚くべきことです。

この発見は、以前彼女がケニヤでコブラを見たときの体験を説明しているようだ。

このような反応は、私たちが対象を意識してなくても対応できる迅速かつ自動の視覚システムです。

霊長類のヘビショックは確認済み

この発見は、霊長類のヘビ恐怖を研究する人には驚きではない。ノースウェスタン大学の臨床心理学教授であるスー・ミネカは、「このようなことが起こっていると疑われる人がたくさんいる」と話す。

この研究では、サルの脳反応が本当にヘビを恐れているか、サルが有毒な爬虫類を認識する潜在本能を持っているかどうかは確定できない。

確認されることは、猿と人間が進化の結果ヘビを恐れる脳を持つようになったということだ。

まぁ、まんざら嘘っぱちというのではないが、とりあえずはお話ということで…

だいぶ前、こんなことを書いた。
前脳は中脳、後脳と同様にまずもって感覚情報の集中点だ。中脳が視覚のセンターであるのと同様に、前脳は嗅覚とおそらくは感覚ヒゲのセンターだったのではないかと思う。
これは私の三脳説の肝である。前脳・中脳の背側には何やらいろいろ突起がある。その一つ(一対)がやがてカリフラワー状に増殖していって大脳を形成したのではないかということだ。

それは発生学的には嗅神経に一致するのだが、系統発生から言うともう一つの機能がある。それがヒゲの感覚だ。おそらく振動覚に近いものだろうと思うが、霊長類以前の動物ではきわめてよく発達している。

このヒゲ感覚はどう発達し、どう退化したのか、その中枢はどこにあったのか、きわめて興味あるところである。

それでネットで資料を探し始めたのだが案外ない。そこでまず子供向けみたいな記事から入っていくことにする。

身近にいる犬と猫、どちらにも立派なひげがある。

ひげと言っても人間のひげとは違う。口を中心とする頭部に特に長く突き出したまばらな毛を指す。これは洞毛と言われ被毛よりも2倍から3倍の太さがある。
その毛根には神経と血液が流れていて、鋭敏な触覚器として機能している。
cat-2
猫のヒゲは大体12本ずつある。イヌより発達していて長さも長い。このひげは感覚が非常に鋭く、わずかな空気の動きでも察知するといわれる。

猫のヒゲを切ってしまうと、平衡感覚が鈍るためフラフラして、壁やものにぶつかりやすくなってしまう。

リラックスしている時は少し横に寝ている状態で、何かに興味を示している時は前向きに、鼻や口の前にヒゲが出てくる。怯えているか怒っている時は後ろに引いた状態になっている。

というところで、どうもあんまり本質的な説明はない。

いろいろ探していくと下記の論文にぶつかった。

鳴海 毅亮 「ラットのヒゲ刺激方向情報処理における毛帯路系および毛帯外路系の機能差に関する研究」に刺激伝達回路と感覚中枢が示されている。

これはかなり専門的な研究で、ヒゲの感知した情報が2つの上行経路を伝わって中枢に伝達されるのだが、その2つがいかに使い分けられているのかという研究だ。

それはとりあえずどうでもいいので、基礎的なところだけつまみ食いさせていただく。
ヒゲの物理的刺激は毛根の受容器細胞により検出される。この刺激情報は一時求心性線維の神経線維束を経由して三叉神経核の主知覚核に達する。
三叉神経核からはニューロンを換えて視床核のVPMに伝達され、さらに視床核から大脳の体性感覚野のヒゲの感覚領域につながっている。
これまでの研究によると、ラット大脳皮質の一次体性感覚野で、ヒゲの感覚情報処理に用いられる皮質面積は非常に大きいとされる。
その体性感覚野には、顔面に生える太いヒゲ(洞毛)情報を処理するバレル(樽)と呼ばれるモジュール構造が存在する。
ということだ。以下、ネズミも猫も犬も基本は同じだろうという推測の上で、解説していくことにする。

解説
ヒゲ(洞毛)の毛根には神経叢が絡んでいる。ヒゲに加えられた物理的刺激は、電気信号となって知覚神経を上行する。

これは、基本的にはすべての皮膚表面に加えられた刺激が上行していく機序と変わりない。それが顔面であれば三叉神経(トリゲミナス)ということになる。違いはたんに量的な違いだけである。

まぁ、虫歯のときの歯の神経の知覚過敏を思い起こせばいいのであろう。

sansa

多分人間と同じだと思うが、上顎神経を上行し三叉神経節から頭蓋内に入り脳橋の主知覚核でシナプスを替える。
これは視床に入っていったん終了するのだが、他の情報と突き合わせ高度情報化するために頭頂葉の体性感覚野に送られる。

体性感覚野というのは要はホムンクルスのことであって、それがネズミではヒゲ感覚に多くの領域が当てられているということである。
taiseitikaku
結論

結局わかったのは、ヒゲ感覚はより敏感ではあるものの、所詮は皮膚感覚の延長であり、特殊な仕掛けではないということだ。触覚一般ではない特殊な知覚ではないかという私の予想は、残念だが、外れていた。

嗅神経は自分で好悪を判断すると書いたが、ヒゲ感覚は知覚経路に並走してその刺激の意味を付与する神経が走っているということになる。毛帯系と毛帯外路系というのはそういう意味だろう。

それが統合されるためには、一次感覚野まで行かないとならないみたいだ。なぜならそこには海馬のようなハードウェア(記憶装置)がないからだ。


ヒッグス粒子がボトムクォークに崩壊
加速器実験で観測成功

というニュースだ。流石にわからない。以前にヒッグス粒子の勉強をしたとき、まったく分からないということが分かった。
ただその中で存在というのはエネルギーなのだなと感じたことだけを覚えている。エネルギーというのは質量にもなるし加速度にもなるし熱量にもなるし光にもなる。とにかくアモルファスですべての源なのだ。
とにかく言葉だけでも再勉強だ。
中村秀生記者がきれいにまとめてくれているので、中身はわからないのに、見てくれだけはよく分かる。

1.ヒッグス粒子について
まず囲みの中の用語解説から、
「標準理論」というのは前に勉強した。
素粒子の世界は17種類の基本粒子からできている。キッズサイエンティストから拝借した表をもう一回展示する。
素粒子
ということでいちばん右下にいるのがヒッグス粒子で、これが他の粒子に質量を与えるとされる。言ってみればこの表はまさにヒッグス粒子のためにあるといっても過言ではない。ニュートンのリンゴはここに落ちてくるのである。
ヒッグス粒子は通常は真空のなかに潜んでいますが、加速器実験によって高いエネルギーを得た真空に一瞬だけ姿を現します。
というなかなか文学的な叙述。
しかもこれは日常の姿に過ぎず、宇宙誕生時には特別な有り様が出現する。

最初、宇宙は高温で真空で、「ヒッグス場」によって満たされていました。すべての粒子は質量ゼロで、その真空の中を高速で動き回っていました。

その後、宇宙の温度が下がっていくと、突然ヒッグス場の状態が変わります。(なぜかは語られないが、気相が液相になるような感じだろうか)

このため粒子がヒッグス粒子と結合し、“重さ”を獲得します。これはすべての粒子について平等に起こるわけではなく、ヒッグス粒子との結合が強い粒子ほど多くの質量を獲得し、その結果重くなります。

ということで、ヒッグス粒子が重さ付けをすることで、エネルギーの一部が物質に変わるプロセスの感じはつかめる。

「物質というのはエネルギーと質量の統一体だ」と言ってもよいのかも知れない。

2.今回の実験の意味

ヒッグス粒子の存在を確認する実験については以前触れたので省略。

基本的にはあの時の実験の流れのようだ。

囲み記事の紹介から類推すると、ヒッグス粒子が存在することは証明できた。そしてそれがヒッグス以外のさまざまな粒子と結合することも証明できた。では結合したあとヒッグス粒子はどういう運命をたどるのか、ということがいろいろ考えられた。

その結果、“素粒子物理学の標準理論”にもとづいて、次のような仮説が立てられた。

ヒッグス粒子はその他の素粒子に質量を与えたあと、みずからも物質を構成する素粒子の一つになります。
その素粒子とは、フェルミ粒子グループの一種である「ボトムクォーク」です。
ヒッグス粒子はみずから崩壊し、二つの「ボトムクォーク」のペアーとなります。
そして今回その仮説を証明することに成功したということのようである。
ただし、実験内容については面倒なため省略する。

3.ボトムクォークとは
中村さんはボトムクォークを以下のごとく説明する。
ボトムクォークなどのフェルミ粒子には、質量の小さい第一世代から、質量の大きい3世代まであります。
…一方、力を伝える素粒子のグループもあり、こちらはボース粒子と呼ばれます。
これは非常にまずい説明である。少なくとも素人には人を煙に巻く“反説明”というべきである。
上の図に基づけば、フェルミ粒子は「物質粒子」で、ボース粒子は「力を伝える粒子」というべきである。
さらにフェルミ粒子には、12種類の物質粒子だけでなく、複合粒子であるバリオンに属する陽子や中性子もふくまれる。
中村さんの論旨はこのあたりから揺れ始める。
記事の冒頭で、「今回の実験はヒッグス粒子が崩壊して2個のボトムクォークになることが証明された」ということになっているが、とんとその話が出てこない。
なにか訳のわからない写真が掲載され、その説明にこう書いてある。
ヒッグス粒子がボトムクォークのペアに崩壊した。
ヒッグス粒子とともにW粒子が生成されるが、このW粒子はミュー粒子とニュートリノに崩壊する。
ということで、実験結果ははるかに多彩で多義的なようである。おそらく複雑で難しいから中村さんは割愛したのだろうが、割愛の仕方が悪いからよけい難しい。

4.中村さんによる実験結果の説明
A) 今回、第3世代クォークであるボトムクォークとヒッグス粒子との結合が観測された。
B) これまでトップクォーク、タウとの結合が観測されているので、物質粒子の第3世代との結合としては3つ目になる。
C) その他、力を伝える粒子グループのWとZ(すなわち弱い相互作用グループ)との結合もすでに以前から確認されている。
ということで、「おいおい、それだけの話しかよ」という感もなくもない。

5.今後の研究目標
この実験に日本チームの代表として加わっている花垣さんの談話。
第1,第2世代の粒子がヒッグス粒子と相互作用するのは稀である。まずは第2世代の中のミュー粒子を標的に観測していきたい。またヒッグスとヒッグス同士の結合も見つけたい。

ということで、解説は滑り出し快調ながら、じゃっかん尻切れトンボに終わっている。もう一度整理して提供していただければと願っている。



太陽光については、相当底が深い問題がある。

Ⅰ 自然エネルギーの中での太陽光の意義
技術的には太陽光がコスト問題をクリアーしたのかどうかという問題が、私としては未解決である。
いつどの記事で書いたかは忘れたが、新たな代替エネルギー問題について震災直後から2年くらい問題意識を持ったことがある。
あのときの自分なりの印象としては太陽光は補助金なしでは行かないし、それが電力コストに乗っかってくるのであれば、主要電源にはならないだろうと考えていた。風力には台風という天敵がある。日本に適当な立地はないと考えた。
当時の結論としては

1.自然エネルギーのどれを選択しようと、それは産業資源として考えなければならない
やるのは発電という基幹産業なので、環境のためにやるのではないということだ。いまのところLNGプラスアルファでやっていけるのであれば、基本それで良い。
2.産業資源なのだから世界中の資源を対象に考える
LNG・石油・石炭・ウランが輸入なのに、自然エネルギーが輸入でいけないということはない。「安全・安心・安価」ならどんどん買い付ければ良い。

3.エネルギー問題の技術的ネックは貯蔵問題だ
電池の改善はどんどん進めるべきだが、規模的には限界がある。揚水は日内サイクルで考える際には有効だが、年間サイクルで考えるには非効率的だ。
やはり液化水素あるいは液化炭化水素による保存・輸送しかないと思う。これの大形プラントがコスト的に引き合うようになれば、タンカーによる輸送、パイプラインの普及などで「ガス・電気一体化」エネルギー供給システムが出来上がるはずだ。

4.経産省が最大の妨害者
発電コストの低下
見づらいが、クリックすれば拡大します。
この間、バイオマスも地熱もメタンもコストは横ばいだが、太陽光の1kwhあたりコスト($)は実に72%も削減されている。他にもいろいろ個別問題はあるにせよ、フクシマ後数年で自然エネルギーのコストは劇的に下がっている。
少なくとももはや絶望的なコスト差はない。総合コストを考えれば原発は廃止し、自然エネルギーに移行すべきなのだ。
もう一つの問題は、世界の意向に逆らって原発にこだわったことだろう。かつて公害を奇貨として技術革新を成し遂げ、世界の生産技術の頂点に上っていったのが日本だった。
それが今は自然エネルギーという巨大なビジネスチャンスを逃し、フラッグ・エンタープライズの東芝を失い、三流国に成り下がったということだ。すべては経産省、とりわけ省内アメリカ・マフィアの責任だろうと思う。

4.私の夢
当時、私にとって最高のアイデアは、三菱商事の提案した「パタゴニアの風」作戦だった。
パタゴニアでは1年中アンデスから吹き下ろす烈風が吹きすさぶ。そのほとんどが不毛の大地である。
ここに数万本の風車を建てると、日本の電力需要がほぼまかなえるそうだ。この電気を現地で液化水素に変えてLNGの船で運ぶ。
LNG価格は原油価格に直結している。中東諸国が直結させているからだ。その原油が50ドル台では、液化水素は到底太刀打ちできないだろうが、これからの原油はシェールガス次第だ。
シェールガスは70ドルが採算ラインだ。だから原油は70ドル以上には上がらない。しかしシェールガスはいずれ採掘禁止になるだろうと思う。ひどい環境破壊だからあちこちでボロが出ると思う。
そうなるとバレル100円の時代の再現もありうる。
その日のために、準備しておくべきではないだろうか。

Ⅱ 2019年問題
もう一つはかなり生々しい問題。
豪雪の札幌ではあまり目立たないが、最近各地では屋根に太陽光パネルという家庭やオフィスが目立つ。ちょっと郊外に出てみると結構な広さの太陽光パネル・ファームが出現している。
これはすべて2009年の太陽光奨励補助金によるものだ。通産省もこんなつもりではなかったのだろうか、フクシマ原発→電力危機を受けて一気に広がった。
普及のつもりでつけた好条件がアダとなって国庫を苦しめている。これが19年に切れる。その後補助金が一気に無くなるのか、大幅減額しつつも存続するのかが一つの問題。もう一つは先程も述べたように、電力会社の不買姿勢だ。
私の見るところ、このままなら補助金は消滅し、電力会社は買わなくなるのではないかと思う。ただ小規模、家庭用なら、蓄電池の普及と結合すれば十分生き残る道はありそうだ。
当面は法律もさることながら、更新・買い替えと修理・維持費用が問題になる。もし法律が事実上なくなれば太陽光パネルも消え去ることになる。経産省が10年間支払い続けた奨励金は一体何だったのかということになる。
この辺の兼ね合いが難しい。予算が厳しいのは分かっているから、経産省が電事連に強力な行政指導を入れて、買電枠を確保することになるのだろうが、電事連が自分の首を絞めるような指導を受け入れるだろうかということもある。
この辺はもう少し勉強してみないとわからない。

下記もご参照ください






フクシマ以後の電力課題は「安全、安定、環境、コスト」である。逆に言えば、いわば四重苦からの出発である。
電源別電力量の推移
            (左クリックで拡大)
2010年度では、石炭、天然ガス、原子力の御三家で85%を占めていた。
それが16年度では原子力が激減(△2,800億kWh)した。それを埋めているのが天然ガス1,100億増と節電1千億kWhである。ほかに太陽光が460億、石炭火発が400億ほど増やしている。

その中で太陽光が電力課題解決の鍵となりそうな様相を呈している。風力と比較してみると、いかに太陽光が日本の基幹電源かが分かる。日本の風はあまりに強すぎ、あまりに気まぐれすぎる。

太陽光発電を進める上で最大の障害となっているのが電力会社だ。
彼らは発送電一体にこだわり、原発にしがみつき、太陽光を最大のライバルと考えている。彼らの発想が変わらないと日本の電力事情は厳しいままだ。

2019年は、太陽光発電の10年の買取義務保証期間が終わる。電力会社はこれを機に契約を打ち切り、買取価格を下げ、原発なしに生きていけない時代の再現を目指している。

しかし否応なしに彼らを動かす市場事態が進行している。
それがこの夏の猛暑だ。

2018/08/21JEPX便り
7月の「100円相場」を検証する
データで見る市場運営の晴れない疑問
という記事を掲載していた。

7月18日、気温上昇による需要増から、関西電力は他電力会社から100万kWの緊急融通を受けた。
何故か。それは関西電力が原発に固執し買電を拒否してきたからである。
その結果どうなったか。電力市場をやり取りする卸電力取引所(JEPX)は、開設以来の最高値100円をつけたのである。

一方で赤旗によれば、買電を受け入れてきた東京電力は800万キロを太陽光で賄った(2017年実績)。これは原子力発電の8基分にあたる。
つまり東京電力並みに買電を受け入れていれば、原発の再開などしなくてもお釣りが来たのだ。(現在は大飯3号・4号で240キロ)
ただし数字の出処は不明である。東京電力のホームページの数字は数の如くとなっている。

東電 太陽光

本日の赤旗一面、
「今年の東電管内
猛暑でも電力安定供給
太陽光が貢献
原発不要 あらためて立証」
という4本見出し。
これでほとんど内容は言い尽くされている。
ただし岡本記者が気づいていないいちばん大事なことは、「供給力のおよそ7分の1を太陽光が支えている」ということだ。

記事の内容は3つあると思うので、それぞれに見出しをつけて紹介する

1.7月の電力使用量
これが実は記事からはよくわからない。
次の文章から類推するしかない。
もっとも電力の需要が多かった7月23日午後2~3時において、東京電力管内の最大需要は5653万キロワット
これがどのくらい多いのか、過去の実績に比してどうなのか、といった評価ができない。

2.発電能力に対する稼働率
「今年7月の1日の電気の使用率」というのが表になって提示されている。
わかったようでわからない表現だが、東電が買電もふくめて保有する発電能力に対する稼働率のことと判断する。
これは1日の間でも刻々と変化するもので、ピーク使用率が問題になる。
表で見ると、おそらく天候によるのだろうが、75%から93%の間で変動している。
東電の判断としては93%が危険ラインとされ、それ以下では「安定的」、それ以上では「やや厳しい」とのサインを出すようだ。

3.発電能力(供給力)の構成
この記事が一捻りしているのはこの部分であろう。
原発8基分にあたる約800万キロワットが太陽光発電で賄われました。供給力のおよそ7分の1を太陽光が支えている計算となります。
発電能力と供給力は厳密に言うと異なるが、とりあえず無視する。
おそらくフクシマ以前は原発が過半数で、太陽光はほぼゼロであったはずだから、これはすごい変化である。
問題はコストであり、これがどう変化したかが大変興味があるところである。
ただし、コストはコスト一般では判断できない。天然ガスや石油の消費は外貨の消耗、輸出入バランスの崩れも伴うからである。

4.自然エネルギーの将来
フクシマの後日本は二つの幸運に救われた。最初は著しい円高であり、資源の高騰はこれにより和らげられた。ついで円安傾向に振れたとき、今度は圧倒的な原油安がやってきた。
これらの幸運で稼いだ時間をLPG、石油依存のエネルギー構造からの脱却にいかに使えるか、これこそが日本に課せられた課題であった。
その方向、代替エネルギーがある程度見えてきたと考えてもいいのではないか。
実はこれは地球環境問題としても迫られていた課題だったのである。ただ「原発」という逃げ道を常に準備しての対策であるから本気モードにならなかった。
それが大震災後わずか6年というスピードで、電力会社の妨害にもかかわらず、太陽光発電の大発展をもたらしたのは、すごいことだ。
この数字は大いに広げるべきだと思う。それにしては7分の1というのはあまりにもアバウトだ。

このあいだ作成した「鳥の出現への道筋 年表」は、当初鳥の進化年表として作成したものだが、ほぼ恐竜年表になってしまった。
これを強引に鳥の年表にしようとすれば膨大なものとなり、収拾がつかなくなると思い、そのままにした。
そしてあらためて鳥の年表を作ることにしたが、これも果たしてうまくいくか、不安を抱えながらのスタートである。

前回の年表でも明らかな通り、そもそも鳥とは何か、どこから来たかということがはっきりしないために、混乱を招いているのが現状である。

翼竜はとりあえず除外するとして、(これはこれで十分すぎるほど魅力的なのだが)、始祖鳥から始めることについては異論がないようだ。ただ始祖鳥以外にも、われこそ元祖、本家を称する連中がいて、そのへんの折り合いは一応つけて置かなければならない。

下の図はウィキペディアからの転載である。「基礎鳥類」という言葉自体が聞き慣れないものであるが、一応この流れで掴んでおこうと思う。孔子鳥などのグループを「旧鳥類」と呼ぶ人もいて、それなりに便利だ。

その後、あまり重要でないいくつかの分岐を経て現生鳥類(Neornithes)が登場する。白亜紀の終わりというから隕石絶滅イベントの直前ということになる。

鳥の意味のある分類は古顎類(ダチョウなど)と新顎類の二つだけで、後は適応系と進化系の区別がついていない。というよりゲノム解析法の導入でずたずたになってしまったという感じだ。

ゲノム解析法の導入の最大の功績は、形質や機能に基づくこれまでの分類が意味がないことを明らかにしたことだ。
鳥の多様性は時間軸の上に形成されているのではなく、一気に水平拡散が広がり、一種のエピジェネティックな「獲得形質の遺伝」がもたらされたのではないかと思う。

そうするとあまり「進化の年表」というふうに追い込んでいくと鳥に逃げられそうだ。

とりあえず生態学の基礎を押さえていくのが利口だろう。


「鳥が飛べるようになった理由」
なんとなく分かってきたような気もするが、まだイメージとして出来上がっていない。
とりあえず、自分流にまとめてみる。
一つは、鳥は翼があるから飛べるのではない。羽ばたくから飛べるのだということである。
羽毛の生えた上肢は、当初は威嚇あるいは求愛行動のために羽ばたき行動をとった。そのうちに羽ばたき行動が一種の浮力を生み出すことに気づいた。それを猛練習の中で磨き上げ、世代を重ねる中で飛翔能力にまで高めた…
というのが「鳥が飛べるようになった理由」である。鳥というのはまさに麻原彰晃だ。
二つ目の理由は、自由に使える上肢があったからである。
ジュラシックパークより一昔前の時代、地上には巨大な草食獣が闊歩していた。100メートル100トンというクラスだ。彼らの足は直径2メートルもあって4足歩行だった。
その後ティラノザウルスのような肉食獣(獣脚類)が登場した。彼らは後脚のみで歩行し手はフリーとなった。だから羽ばたき行動も可能になったのだ。人が猿よりえらいのは直立して手が使えるようになったからだといわれるが、なんのことはない。Tレックスや鳥たちははるか昔にそれを成し遂げていたことになる。
もう一つの理由は、より非本質的だが、
ハネの物理的強度のレベルまでからだの無駄を削ぎ落としたから、飛べるのだということである。
鳥というのはティラノザウルスの直系の子孫らしい。ボクシングの選手でも到底出来ないような命がけの減量を敢行したことになる。小さいということ(軽量化)はそれ自体が進化なのだ。
鳥の脳を考える上でも、そのことを念頭に置かなければならない。

これは人が泳ぎを覚えるのにたとえられる。
水に落ちれば手足をバタバタさせるが、それだけではいつかは溺れる。人はそこで泳ぐ動作を覚えるのである。その結果、泳げるようになる。
泳げる人間と泳げない人間のあいだにDNA上の差はない。「獲得形質の遺伝」とかエピジェネティクスなどを考える必要もない。ただ、不思議なのは泳ぎと自転車乗りは一度覚えたら一生忘れないということである。人間のなかに、なにか特定のスキルに対する鍵穴があるのではないだろうか。

鳥の脳の進化を調べることは、マクリーンの爬虫類脳ー哺乳類脳ー霊長類脳という「三段階説」を完膚なく打ち砕く上で、決定的な意味を持つ。
哺乳類は霊長類を生み出すに及んで、ようやく鳥類の脳に追いついだのではないか。
それは霊長類以前の哺乳類、鳥類、そしてその祖先としての恐竜類を比較することにより証明できるのではないだろうか。
現に鳥類の脳を研究している学者からはそういう意見も上がっているようだ。彼らの意見に耳を傾けながら考えてみようではないか。
まずはその前に、始祖鳥から始まる鳥類の進化年表。

長谷川政美さん「鳥とは何か」
①鳥類の最大の特徴は空を飛ぶ能力です。鳥とは「空飛ぶ恐竜」です。
②哺乳類と同様に恒温動物です。変温動物ではないという点で、「恐竜(爬虫類)ではない」ということもできます。
③鳥は哺乳類よりはるかに長い旅を楽々と成し遂げます。それは低酸素に適応した気嚢という呼吸システムを持っているからです。

年表づくりで困難なのは、鳥の定義が変わり、概念が変わり、範疇が変わっていることだ。そのために古い教科書は役に立たず、それどころが混乱をもたらすだけだ。少なくとも権威ある文書で、今世紀以降のものを土台に作らなければならないし、怪しげなところについては出典を明示して臨む必要がある。
爬虫類系統図

地質学をもとにした「…紀」も原理的には相対年代であり、気候年代と完全一致するとは考えにくい。基本としては絶対年代、すなわち「…万年前」を用いるべきであろう。少なくとも分かる限り併記はしていこうと思う。


        チャーリッグ「恐竜は生きている」より

古生代

 石炭紀  地表にシダなどの植物が大繁殖。海面下ではウミユリ類が繁殖し、死後に石灰岩を形成。また海綿,コケ虫,藻類などが礁を作った。

石炭紀前期 3億6千万年前から3億2千万年前 両生類の中から陸生に適応した有羊膜類が出現し、竜弓類(爬虫類)と単弓類(哺乳類)に分かれる。昆虫は巨大化し、全長60cmのウミサソリ、翼長70cmのトンボ、全長2mのムカデなどが現れる。翅を持った昆虫が初めて出現、ゴキブリの祖先となる。

石炭紀後期 3億2千万年前から3億年前 リグニン分解菌が未発達だったために、植物は死後も分解されず炭化水素(石炭)を閉じ込める。このため徐々に低温(低炭酸ガス)と高酸素(最大35%)が進行する。南半球では氷河と針葉樹林帯が広がる。

 ペルム紀(旧 二畳紀) 3億年前~2億5千万年前 
初期は寒冷。低温・高酸素環境のもとで哺乳類型爬虫類(獣弓類)がパンゲア大陸全体に繁栄(リストロサウルス)。

後期は激しい高温。ユーラメリカ大陸とゴンドワナ大陸が衝突し、パンゲア大陸を形成。

ペルム紀末期 2億5千万年前 大絶滅が発生。生物の90%から95%が絶滅する。超大陸の形成と分裂に伴う火山活動が原因とされる。


中生代

 三畳紀
三畳紀前期 2億5千万年前 リグニン分解により酸素は10%にまで減り、炭酸ガスが増え、気温が上昇する。大量絶滅のニッチを埋める如く新たな生物が登場。恐竜の中から気囊を持ち低酸素に強い主竜類(アクロサウルス)が登場。
リグニンを分解するペルオキシダーゼを組み込んだ白色腐朽菌(きのこ)が出現したのは、それより5千万年前、古生代石炭紀末期頃であると推定される。

三畳紀中期 2億3千万年前 主竜類から翼竜類と恐竜、ワニ類が分岐。翼竜類(ランフォリンクス)は飛行制御など知能を働かせるために恒温動物であったとされる。最初の哺乳類が現れる。海中においては硬骨魚類が増生。体長5メートルを越す両生類、マストドンサウルスも出現。

気囊 図

 三畳紀末絶滅 約2億年前 火山活動により、大型爬虫類を中心に生物種の76%が絶滅。巨大な両生類もこのときにほぼ姿を消す。酸素高度依存性の恒温動物(哺乳類型爬虫類)も絶滅に追い込まれる。主竜類・獣弓類が死滅したあと、比較的小型だった恐竜が急速に発展。竜脚類も現れる。
多分覚える必要はないと思うが、一応書いて置く。恐竜は竜盤類と鳥盤類に分かれる。竜盤類は肉食の獣脚類と草食系の竜脚類に分岐する。鳥盤類は全て草食の恐竜である。最近、獣脚類を竜盤類から鳥盤類に移そうという動きがある。
恐竜系統図
                      独創的で挑発的な再評価

 ジュラ紀前期 2億年前 火山活動の結果、現在よりも暖かく、大気中の二酸化炭素濃度は高く、湿度も高かった。
パンゲア大陸の分裂がはじまり、北がローラシア大陸、南がゴンドワナ大陸へと分裂。ゴンドワナ大陸はその後さらに、西ゴンドワナ大陸と東ゴンドワナ大陸へと分裂する。

 ジュラ紀後期 1億6千万年前 西ゴンドワナ大陸がアフリカ大陸と南アメリカ大陸に分裂し、その間に大西洋が生まれる。東ゴンドワナ大陸はインド亜大陸、マダガスカル島、南極大陸、オーストラリア大陸に分裂。

始祖鳥が登場する。鳥群のはじめであるが、鳥類の直接的な祖先ではなく、系統のとぎれた絶滅種とされる。ドイツのバイエルンの化石、遼寧省の化石が始祖鳥に相当。

鳥群(Avialae)は竜盤類獣脚類の一部門であり、現生している鳥類(Aves)を含む。鳥群はダチョウのように二足歩行をしており、“空を飛ぶ能力のある羽毛がある翼を持った恐竜”と定義された。
比較的上空を飛ぶ翼竜との間に競合はなく、両者はともに生きながらえた。

 白亜紀初期 約1億2500万年前 温暖で湿潤な気候が続いた。植物会では被子植物が主流となる。

始祖鳥に続く鳥群が出現。現在の鳥類につながるとされる。鳥類に特有の遺伝子があるわけではなく、遺伝子を使いまわしているだけだという。

始祖鳥逆スキャンダル: 始祖鳥は捏造と批判されたことがある。羽毛恐竜についてはシノサウロプテリクス(中華竜鳥)、カウディプテリクス(尾羽鳥)、プロトアーカエオプテリクス(原始祖鳥)、シノルニトサウルス(中華鳥竜)、ベイピャオサウルスの4種が確認され、アーカエオラプトルは贋作(合成)とされた。

 白亜紀中期 1億年前 酸素濃度がふたたび増加。草食性の竜盤類に代わりティラノサウルス、トリケラトプスなどが恐竜界の主流となる。トカゲ類から蛇が分化。哺乳類は胎生となり有胎盤類が増加する。

 白亜紀後期 7千万年前 翼竜の主流が大型化。プテラノドン、ケツァルコアトルスなど10m級の翼竜が繁栄する。鳥類との棲み分けのためとされる。

 白亜紀絶滅 6千600万年前 小惑星が現在のメキシコ・ユカタン半島の北の海域に衝突。生物種の70%が絶滅。翼竜、真鳥類を除く恐竜が絶滅する。海中でも全てのアンモナイト類が絶滅。「なぜ恐竜だけ?」という問題は未解決である。
ついでに、映画「ジュラシックパーク」に登場する恐竜はすべて白亜紀のものらしい。「なぜ?」


新生代
古第三紀 6500~2400万年前
 暁新世 約6550万年前 霊長類の出現。
 始新世
 斬新世 2500万年前
 ケニヤで最古の類人猿と思われる化石




デニソワ人はネアンデルタール人と肩を寄せ合っていた

本日の赤旗科学面の記事
まず3本見出しを並べる
母・ネアンデルタール人、父・デニソワ人
5万年前の人骨は混血の少女
シベリアの洞窟

結論は見出しに尽くされている。
その前に前振り、その後に意味づけがつく
まず前振り
シベリアの南部にデニソワという洞窟がある。2008年に洞窟の中から多くの人骨が見つかった。
調べると大変な人骨であることがわかった。どこが大変かというと、一つはそれが5万年前の人骨であるということ、もうひとつはネアンデルタール人とデニソワ人の混在する居住地だったということだ。
我々はこの発見によって、デニソワ人という第三の旧人の存在を知った。
第1がハイデルベルク人、第2がネアンデルタール人である。
ハイデルベルク人を原人ーホモ・エレクトゥスとする説もある)
いったいデニソワ人とはどんな人種だったのか。それはネアンデルタール人と、どこがどれだけ違うのか。なぜネアンデルタール人と混住していたのか。
謎だらけだ。
そこに持ってきて、今回のニュースだ。「エッ」とも思うし、「それもありかな」とも思う。
ついで今回の研究結果
デニソワ11と名付けられた人骨の一部をゲノム解析したところ、ネアンデルタール人とデニソワ人のゲノムが40%づつ入っていた。
ここからさきがよく分からないのだが、以下のように記載されている。
両者とも(ゲノム内の)比率が高く、しかも同程度の割合を占めている…
このことは遠い昔に混血した人の子孫ではなく、第1世代のハイブリッドであることを示している。(マックス・プランク研究所の発表)
2つの人種はひとつ屋根の下で平和的に共存していた。下世話な言い方すれば、この洞窟は乱交パーティーの会場だったわけである。二つのグループが平等だったのか、一方が支配され家畜化されていたのかはわからない。
意味付け
80万4千年前に、現生人類であるホモ・サピエンスとの共通祖先からネアンデルタール人・デニソワ人の共通祖先が分岐した。さらに、64万年前にネアンデルタール人からデニソワ人が分岐した
とされる。
それが共存した理由は2つ考えられる。
ひとつは生活形態に合わせて人手が必要だった可能性。マンモスハンターであれば狩猟の方法、人命リスクの高さなど、共存したほうが良い場合はたくさんある。もちろん分前が減るということではトラブルの原因にもなりうるのだが…
もう一つは、そこ(シベリア)が当時の人類のフロンティアであり、生存の限界線を構成していた可能性である。デニソワ人は、あとからネアンデルタール人が来て生活が圧迫されようと、そこから先に進めないのであれば、そこにとどまるしかない。そうやって複数の人種が階層を形成しながら積み上がっていく可能性である。
これをさらに布衍していくとホモ・サピエンスとの関連もでてくる。
5万年前といえば、ホモ・サピエンスはとっくに出アフリカを果たし、新大陸を除くすべての大陸に進出している。反対にネアンデルタール人はほぼその歴史を終えようとしていた。
だからデニソワ人もネアンデルタール人も、ホモ・サピエンスに追われ、辺境の地に肩を寄せあっていたというふうにも考えられる。想像力は限りなく広がるのである。


これはふと考えたのだが、これまで道具の使用が人間を作ったのだと言われてきた。
さらに道具の社会的使用という側面まで含めたのが、エンゲルス「猿が人間になるについての労働の役割」だった。
ただ、この考えは2つの点で間違っていると考えられる。
一つは、猿はかなりの点で道具を使いこなしていると言えそうだということだ。おそらく前世紀後半におこなわれた広範なフィールドワークで、それは実証的に説明されるようになった。
いまでは哺乳類から霊長類が進化する過程で成し遂げられた機能ではないかと思われる。しかもそれは哺乳類→霊長類というだけではなく、爬虫類→鳥類という進化の中でも成し遂げられているようだ。
だから我々は哺乳類というレベルではなく、哺乳類→霊長類という巨大なブレイクスルーにもっと注目しなければならない。そしてとくに脳の形態に着目してステップアップを観察しなければならない。またそれだけの進歩をもたらした樹上生活の展開との関連を説明しなくてはならない。
もう一つは、道具の社会的使用というのは、説明すべき社会性の獲得を前提にする過ちを犯しているからだ。社会性の向上を可能にしたものが何なのかを説明しなければ、道具の社会的使用をもたらしたものを説明することはできない。

それでは霊長類からホモ・サピエンスへの進化をもたらしたのは何か。すでに半分答えているのだが、言葉である。おそらく直立することによって舌筋をふくむ顔面筋や顎関節、咽喉頭の動きに大きな自由度が与えられた。その結果非常に多様な音声が操れるようになった。
それは肉体的前提であるが、それを駆使できるようになるためには脳の働きが飛躍的に増強される必要があった。とくに記憶装置の容量拡大がもとめられた。
もう一つは視覚画像のシンボル化である。画像がシンボル化されれないと音声シンボルとの対応はできない。したがって音声機能の拡充と画像シンボル化、そして両者の各々にもとめられる記憶装置、これらが脳の巨大化をもとめた。

したがってこういう事ができる。哺乳類は道具を使うことによって霊長類へと進化した。霊長類は言葉を使うことによって人類へと進化した。
ただ霊長類が哺乳類のトップに立ったということは、動物界のトップに立ったということではないのかも知れない。むしろそれによって先行する鳥類(爬虫類のトップ)にようやく追いついたと見るべきかも知れない。

ともかく、にんげんは言葉を獲得することによって、道具を社会的に使用するようになり、動物界の頂点に間違いなく立った。そしてそれ以来生物学的にはまったく進化していない。
ハード的な機能としての脳の大きさも、発声装置も、記憶装置も10万年前とそっくり同じだ。

文字言語獲得の生物学的意味
前置きが長くなったが、ここからが本番だ。
ただそれにも拘らず、生物が一つの種から他の種に進化するのに匹敵するような巨大な変化が起きている。それが書き言葉の発明だ。これは文字通りエピジェネティックに起きている変化だ。
エピジェネティックというのは、明らかに脳のシステム上の変化を伴っているからだ。書き言葉の獲得は明らかにシステムの生成を伴っている。まったくの一代限りの学習成果とばかりは言えないのである。
不正確な言い方かもしれないが、たしかに書き言葉の獲得は後天的である。いまでも地球上の人類の半数近くは文盲である。しかし失い方は決まっている。誰でも頭頂葉の中心溝後方に書き言葉の中枢が形成されていて、そこが傷害されれば“読み書き”という視覚性言語の二大機能は失われるのである。
つまり視覚性言語の習得の仕掛けは決まっているのである。

興味深いのは、文盲の人が脳のその分野を何に使っているのか。彼らが文字を見るとき、その場所がどういうあり様を示しているのか、などである。もともとなにかに使われていたはずの脳だから、視覚性言語のために取り上げられてしまったとき、元の働きはどこが担っているのかというのも気になる。
聴覚性言語の場合は明らかに利き腕側の優位の右半球に依存するが、視覚性言語はどうなのだろう。

一番気になるのは、テレビやラジオ、漫画という非文字言語に人間が落ちていくときに、人間の知能が落ちていく危険はないのか、考える機能が衰えて情緒的になっていく危険はないのかということだ。
トランプとか安倍晋三とかを眺めていると何かしら、そんな考えに陥ってしまわないでもない。

竜頭蛇尾というか、本番のところで脳みそがへたってしまった。
これから、また機会があったら、考えてみたい。

という文章を見つけた。

東邦大学医療センター佐倉病院の院内報
「SAKURA Times 2013.11.10 第 67号」
に掲載されたものらしい。
著者は「臨床検査部」となっているので、
お気軽に書かれたもののようである。
安全運転管理者等選任の手引き
というファイル名だから、別のレポートの裏にでも印刷したのであろう。

現在の鳥類・魚類・爬虫類・両生類の赤血球にはすべて核があります。これら脊椎動物の中で赤血球に核がないのは、哺乳類だけなのです。
哺乳類(単弓類)は、なぜ赤血球の核を捨ててしまったのか。
ということで、著者はいくつかの仮説を提出している。
① 核をなくすことで容積が増し、細胞内に酸素と結合するヘモグロビンをより多く含むことができる。
② 赤血球の特徴的な円盤状の形をとることで体積当りの表面積が大きくなり効率的なガス交換が行える。
③ 円盤状になることによって、微細な毛細血管もスムーズに通過できる。

著者は以下のようなコメントも追加している。
ヒトの組織中で一番多くの酸素を必要としているのは脳(全身の酸素使用の約 20%)で、ヒトの脳が発達した一因にこの酸素運搬の獲得があったのかもしれません。
まぁ、それは別の話としよう。

進化と環境適応とは似ていて違うところがある。魚類が地上に上がるのに肺呼吸となった。両生類が水辺から離れて陸生となるために乾燥に耐える必要があった。
かくして爬虫類と哺乳類の共通の祖先となるEarly Reptilesが出現した。
そのうち寒冷適応(恒温化)をした単弓類がまず発達した。当時は十分寒かったし、酸素はたっぷりあったからだ。
そのうちレクチン分解菌が出現して、シダの木を石炭にせずに燃やし始めた。おかげで気温は上昇して炭酸ガスは増えてきた。逆に酸素は減った。
単弓類の長所はすべて欠点となった。単弓類は種の多様性を守るためにだけ生きながらえた。おそらくその雌伏のときに赤血球の無核化を獲得したのであろう。

①,②,③の理由はたしかにその通りだが、それには生物進化史的理解を必要とするのではないだろうか。

哺乳類と爬虫類の関係を示す、大変わかりやすい画像があったので、転載させていただく。
元の絵は、鈴木仁「生物多様性概論II : 爬虫類、鳥類、哺乳類」さんのもの。
Reptiles

隕石が落ちたあの日まで、生物進化の王道を歩いていたのは爬虫類(双弓類)であり、哺乳類は初期の段階で進化(多様化)を終え、限りなく絶滅に近い線をたどっていたのだ。


NHK総合 【NHKスペシャル】 
ホモサピエンス・日本へ!発見!極寒を生きる道具
という番組があって、その中で寒いところに進出した人類が服を作るようになった。「それは縫い針を発明したからだ」という話になって、それはそれで良いのだが、それが突然言語活動との関連の話に移る。
どうも話の筋に無理がある。
というのも、どうもアメリカの研究者()のある研究に持っていきたいらしい。
ディー トリッヒ・スタウト (エモ リー大学)「道具使用 と言語の進化の脳科学的解明」
その研究というのが、道具作りの動画(動物の骨から針を作成する)を見せながらEmission CTとかMRとかとってどこが光るか見たものだ。
それがブローカが光ったからと言って大騒ぎしているのだ。
それって当たり前じゃん。
スマートフォンの取扱説明書を読みながら勉強しているときに、脳のどこが働いているかというのと同じでしょう。
取説を手に取りながら読むか、Youtubeの説明動画で勉強するかの違いじゃないの。
ただ、下図を見ると別の興味も湧いてくる。
道具作り学習.jpg
利き腕側の半球かどうかで多少違うのだろうと思うが、後頭葉の背側路が結構光っていて、まずここで画像の動画化が行われていることがわかる。作業の方法を順序立てているのであろう。
ついで、この連続画像が文字として認識され、側頭葉で言語化され、いったん前頭前野で処理された後、ブローカに送られて、ブローカ近傍で言語記憶として処理され、中心溝前方の一次運動野に蓄えられるのである。
この絵でそこまで読めるかという問題はあるが、この手の絵は他にも結構あるので、そんな感じでいいのだろうと思う。
この図式でもっとも重要なポイントは、後頭葉から頭頂葉につながる背側路での動画化処理である。それは私の提唱するV3→V5の動画化機能仮説を補強するものである。

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