鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

カテゴリ: 71 音楽(クラシック以外)

あさからイーグルスのゲット・オーバ・イットを聞いています。じつに痛快ですね。

ところが歌詞が知りたくなったから大変。聞いてもさっぱり分からないから、Youtube(Eagles - Get Over It (With Lyrics) - YouTube) を見て歌詞を調べました。

歌詞はわかったが、今度はその意味が分からない。医学英語や時事英語と違ってハチャメチャだ。

結局、日曜の昼間をつぶしてしまいました。かなりの意訳ですが、何かの参考までに。

PS それで訳し終わってから、もう一度聞いてみましたが、聞こえないのは相変わらずです。

Get Over It を“もうやめようぜ” 、“くよくよするな”、“乗り越えるんだ”の三通りに訳してみました。


テレビをつけると何が見える

画面に映る連中は、どいつもこいつも、「私のせいじゃない!」と叫んでいる

他のみんなを指すその指は、ちっぽけでひん曲がっている

いつも、いつも自分を被害者だと思って生きているから

「こいつのせいだ、あいつのせいだ!」といじけている

ママのやせすぎもパパの太りすぎも

みんな誰かのせいなんだ


もうやめようぜ

くよくよするな


泣いたり、わめいたり、ヒステリーはもういい

もうやめようぜ、乗り越えるんだ


お前は「あの事故のあとどうもダメなんだ」と言ったけれど

オレがいくらか小銭を渡せば、多分、気分は良くなるだろう

もうちょっと考えてみると、ビリー爺さんはただしい

「弁護士は皆殺しだ。今夜のうちにやっちまおうぜ」

お前は働きたくない。王様みたいに暮らしたいんだろう。

だがでかい悪の世界はお前に一文たりとも払うつもりはないんだ


もうやめようぜ

くよくよするな


お前は一緒にプレーしようとしないから、仲間割れする。

もうやめようぜ、乗り越えるんだ


毎度、懺悔に行くみたいだぜ、お前の話を聞くのは

「今度が最悪だ」の連敗記録を塗り替えてるんだ

病気だと言うやつもいるが、俺は「へなちょこだ」と言うね

そうだ、そうだ、そうなんだ


そう、お前は「弱気の虫」を、砲丸付きの鎖みたいに引きずっている

お前は「罪の意識」に悶えている。お前は苦痛にのたうっている。

お前はそれを旗のように振りかざしている。お前はそれを王冠のようにかぶっている

そうなりゃ、お前の気持はどん底だ。みんな誰でも落ち込むさ


今の暮らしに悪態ついて、それを過去のせいにする。

お前の中にいる、そういう甘ったれガキを見つけて、ケツを蹴っ飛ばしてやる


もうやめようぜ

くよくよするな


悪態ついたり、落ち込んだり、八つ当たりしたりはもうたくさんだ

もうやめようぜ

くよくよするな


こんな時代、いつかは終わる。だからお前もやめようぜ、

もうやめようぜ

くよくよするな


乗り越えるんだ

井上陽水の曲を何曲か続けて聞いている。
最初の2,3曲はたしかにおやっと思うほどよかった。
しかしそのうちに疲れてくる。
この男っていったい何なんだろうと思ってしまうのだ。
すごい感性ときれいな声と、素晴らしい音楽センス、すべてを持っているのだが、聞いているうちに落ち着かなくなってくる。
ここは俺の世界ではないな、という居心地の悪さを、いつのまにか感じるようになってしまうのだ。
これだけ同じフィーリング、同時代のフィーリングを感じながら、その底にヒヤッとした冷たさを感じるのだ。
これがさだまさしだと、いささかのあざとさを感じつつも、それもふくめて「われらが世代」感を共有できるのだが、井上陽水にはそのような共感をさしはさむ余地がない。
いろいろ考えてみて、とりあえず次のような結論に達した。
彼には前頭葉がないのだ。これは歌詞だけの話である。本人にはもちろん立派な前頭葉があるのであるが、その歌詞には前頭葉の働きが感じられないのだ。
おそらく前頭葉につながる回路を無意識のうちに遮断しているのだろう。昔の思い出をたぐり寄せながら、「こんなタイプの人間が居たっけ?」と思いめぐらせるが、どうもあまり思い浮かばない。たぶん同じような思考回路の持ち主はいたのだろうが、井上陽水ほどには素質を持ち合わせていなかったということかもしれない。
似たような傾向の歌手にボブ・ディランがいる。しかし彼はもう少しフォークソングの精神に寄り添っていた。だから逆に裏切者呼ばわりをされるのであるが、そういう意味で井上陽水を裏切者と呼ぶ人はよもやおるまい。
それはもはやどうでもいいことだ。肝心なのはあれからすでに50年近くを経過して、いまあらためて聞きなおしてみて、首から上の世界で彼に共感できるものは何一つないということだ。
お互いエイリアンということか。

の続きである。少し問題点を整理してみた。

1.JRは被害者か?

市民的常識からすれば、男性を死に至らしめたのはJRであり、ふつうはそういうのを加害者という。

自動車やバイクの前に認知症の老人が飛び出してきた事故なら、ひき殺したほうが加害者だ。なぜなら自動車は潜在的凶器だからだ。

2.監督責任とは、結局、認知症患者を拘束することなのか?

認知症患者を拘束するのは法律違反だ。外出できないように施設へ入れるのも強制すれば違法だ。つまり監督責任者には権限はゼロだ。権限なき責任はあり得ない。

3.賠償金は髙過ぎではないか?

360万円は、今のサラリーマンの平均年収だ。まして700万円なら、首吊りして生命保険で返すほかない。それほど監督不行き届き(84歳の老女のほんの一瞬の居眠り)は罪が重いのか。どうしてJR東海はそこまで老女を責めるのか。どうして裁判所はそれを応援するのか?

4.本人の人格はどうなっているのか?

認知症といえども自立者としての人格が認められるのなら、「自己責任」で弁償させるべきだ。

もし心神喪失に準じるのなら免罪されるし、まして家族には責任はない。

もし単身者であれば、それを保護・監督すべきは「国」であろう。ツケを回すのなら、国のほうへどうぞ。

5.鉄道会社のほうに責任はないのか?

学校内で事故が起きれば、学校側は責任を負う。入院患者が転倒して骨折すれば、たとえ認知症といえども病院の過失責任は免れ得ない。迷惑料を払えとは、口が裂けても言わない。

同じように鉄道会社は鉄道を安全に運行する責任がある。鉄道ならば、相手が認知症患者ならば、安全管理責任は免除されるのか。

6.鉄道会社はリスクを背負うべきではないか?

ほかの会社と同じように鉄道会社も経営リスクを負っている。事故も当然、経営リスクである。保険もかけるし、コストもかける。それは人に転嫁できるものではないからだ。

違いますか? 葛西さん。


これらの疑問は大方の市民の共感するところであろう。

いずれにせよ、徘徊老人の鉄道事故という問題は厳然としてある。しかもますます増えるであろうことも間違いない。
それが難しいから「だれの責任か」に矮小化してしまう。そうではなく、どうしたらそれを防ぐことができるのか、ひいては日本という国が超高齢化社会をどう生き抜いていくのか、という点から考えなければならない。

そこには「弱者の論理」を踏まえた上での、高齢者に寄り添った、高齢者を排除しない「庶民の論理」の確立が求められるのではないだろうか。



Youtube にリンクすると残念なことに多くがリンク切れになる。
チャイコフスキーの舟歌とLover come backの関連について書いたページも、多くがリンク切れになっている。

愛煙家のために、消えたリンクを復活させておく。
Dorothy Collins - Lover Come Back To Me (1954)
演奏が終わった後にSponcered by Lucky Strike というクレジットが入る。

ベン・ウェブスターに別の音源がある。よく聴くと同じ録音のようだが、最初のリンクは「リマスター」ということで音をいじっているらしい。正直言って素人には普通の音のほうが聴きやすい。
なお改めて聞いてみると、ブレンダ・リーがガキのくせに
、めちゃうまいのに驚く。

ついでに新しくアップされた音源を拾っておく。

 Charlie Parker 1949 - Lover Come Back to Me

というのがすごい。カーネギーホールでの演奏で、普通のジャズの録音とは全く違うので最初は面食らう。しかし聞いているうちにグイグイ引き込まれる。チャーリー・パーカーが一吹きした後に出てくるトロンボーンが超絶技巧だ。

この曲のナンバーワンにあげておく。

Charlie Parker (as), Sonny Criss (as), Flip Phillips (ts), Fats Navarro (tp), Tommy Turk (tb), Hank Jones (p), Ray Brown (b),Shelly Manne (ds)
Album:"Charlie Parker / Carnegie Hall Performances"
Recorded: NY, February 11,1949

消えるかもしれないのでお早めに。


Joan Sutherland, Ella Fitzgerald and Dinah Shore: Lover Come Back to Me
というのはケッサクだ。1963年にダイナ・ショアの番組にエラとサザーランドがゲスト出演した時の録画らしい。サザーランドの当時盛りのすさまじい声量が彷彿とされる。


昔とったYouTubeの田川寿美の音源が、流石にひどいので、新しい音源を探してみた。
最近はそれなりにメジャーになっているようで、はるかにたくさんの音源がアップされている。
実感として言えば、田川寿美は美空ひばりになりつつある。
違うところは、美空ひばりはともすれば下品になるのに対し田川寿美はともすれば上品になりすぎるところだ。
熱烈なフアンがいて大量のエアチェック動画を上げてくれている。これをずっと見ていると、2003年から05年にかけてが転換期になっているようだ。
1975年生まれで、今年40歳。92,3年からデビューして最初の数年は紅白に出たりして売れっ子だったようだ。その後売れなくなっていろいろやっている。
まず二重まぶたの整形をやって、しばらくしてから鼻もやっている。以前、「天は二物を与えず」と書いたが、いまはそれなりの顔になっている。
しかし一番の変化は発声法だ。おそらく03年から06年にかけてベルカント唱法を身につけた。しかもコブシもはるかに自在に操れるようになっている。
持ち前のやや太めのよく響く低音と、正確なリズム感は元からすごい。私が以前聞いて感心したのはその頃のものだ。
それに表情豊かで、絶対に崩さない中音域、そして頭声への切り替えと共鳴の会得で、とんでもない歌手になってしまった。
和服の時とドレスの時の発声の切り替え、細かいニュアンスの表現などただただ舌を巻くほかない。
日本歌謡界が生み出した最高の歌手ではないだろうか。(今日もいささか飲み過ぎた)


もう北海道では夏は終わり。ボサノバの季節からタンゴの季節に移ろうとしている。

と言いつつ、ボサノバを聴き始めた。クラシックはまめに更新しているが、ボサノバは古い音源のままで、YouTubeのラインナップもすっかり様変わりして、はるかにいい音の音源がはるかに多彩に揃っている。しばらくは聞くよりも音源集めに時間がとられそうだ。

その中で、とりあえず最大のヒットがこれ。

1.Sylvia Telles - 1957 - Carícia

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2.Sylvia Telles - 1958 - Silvia

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3.Sylvia Telles - 1960 - Amor em Hi-fi

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ジャケットのデザインはいかにも時代を感じさせるが、中身はまったく色あせていいない。

1957年のアルバムは、トム・ジョビンの名曲 “Por Causa de Você ”から始まり、“Sucedeu Assim”へと続く。以下ご存知の名曲だらけである。

1958年のアルバムはシャンソンぽい雰囲気がなくなって、完全なジャズバラードに移っている。やはりトム・ジョビンがメインだが、このアルバムから作詞にビニシウス・ジ・モラエスが加わっている。

1960年のアルバムはボサノバ全開である。トム・ジョビンの他カルロス・リラ、ロベルト・メネスカル、ジョアン・ジルベルトも曲を提供している。逆にビニシウス・ジ・モラエスはチームを去っている。

この盤からハイファイとなっていて、ジャケットにも麗々しく描かれている。しかしステレオではなさそうだ。

これまで、あまりシルビア・テリスの歌はあまり評価していなかったが、たしかにこの時点で彼女は「女王」だった。その曲の多くは「スタンダード」となり、いまだに歌い継がれている。

そういう意味で、この3枚は歴史的名盤と呼んでよいだろう。ただしシルビア・テリスというより、トム・ジョビンにとっての名盤かも知れないが。

パコ・イバニェスを紹介しておく。
パコはスペインのフォークシンガーで、多分私と同年代。フランコ体制に反抗した揚げ句に国を離れパリに移り住む。そこで68年の学生闘争にぶつかり、歌手として頭角を現す。
それからの十年、彼の歌はスペイン民主化闘争のシンボルとなった。
タバコの吸い過ぎなのか、最近の声はユパンキに同情されるほどひどい。もっとも若い頃は美声だったかというとそうでもない。歌手としては、よく言えば「味のある」という褒め言葉になる。
シンガーソングライターというと、普通は詩を書いて節をつけて演奏するのだが、彼自身は詩を書かず、他人の詩にメロディーをつけるのを専門にしている。したがって決め所ではかなりメロディーラインを動かす。したがって言葉がわからない他国人にはけっこう魅力的である。
カタロニア人らしいが、曲はかなりアンダルーシアの情緒にあふれている。ロルカやエルナンデスなどアンダルーシアの詩人の詩を好んで取り上げているからだろう。
代表作は下に記した通り。
EL LAGARTO ESTÁ LLORANDO_Lorca
PALABRAS PARA JULIA
A TI TE OCURRE ALGO
Canción del Jinete
Andaluces de Jaén
Mi niña se fue a la mar
SATURNO
こんなところか
当然、カヴァー曲が欲しくなるが、みんながカヴァーするのはPALABRAS PARA JULIAとAndaluces de Jaénくらい。
まぁとにかく聞いてみてください。YouTubeの穴にコピペすれば演奏が出てきます。



たまにラテンアメリカ音楽の紹介。
ドミニカにフアン・ルイス・ゲーラJuan Luis Guerra という歌手がいる。あまり日本では知られていないが、ラテンアメリカでは超有名歌手だ。クアトロ・クアレンタというバンドと組んでいるが、これは放送局の周波数が440キロヘルツという意味らしい。
バンド名のごとく、ノーテンキな曲を歌っている。椰子の葉陰でポール・アンカかニール・セダカを聞いているようだ。しかしアレンジは相当凝っている(ライブ盤ではわからない)。
ドミニカの昔のリズムであるバチャータを復活させてスタンダードにしてしまった。もちろん、メレンゲもやる。
まずはBachata en Fukuoka という曲を聞いて欲しい。大方、日本で巡業して福岡にも立ち寄ったのだろう。これがバチャータだ。ゲーラのバチャータの代表作は、Bachata Rosa(バラのバチャータ)、Frío, Frío(寒い寒い)、Ojala Que Llueva Cafe (コーヒー畑に雨が降る)、 Tus Besos (君の瞳)など。
車の運転中に聴くには良い。イライラ解消になる。

パブロ・ミラネスの変わり種アルバムを紹介しておこう。

Pablo Milanés y Lilia Vera El pregón de las flores 1981

YouTubeで全曲が聞ける。ありがたいことに、コメント欄に各曲の頭の時間がリンクされていて、別個に聴くことができる。

ベネズエラ民謡を思わせる白っぽい曲が詰まっている。LILIA VERA で調べてみると、案の定CANTANTE VENEZOLANA DE MUSICA TRADICIONALと書いてある。

Lilia Vera

率直に言えばそれほど魅力的な歌手ではない。歌もみな素晴らしいというわけでもない。しかしいくつかの民謡風の曲は素直に心にしみてくる。まぁベネズエラ民謡なんだから、当然といえば当然なんだけど…

1.El pregón de las flores

アルバムのテーマ曲のようだが、さほどではない。パブロでなければもっとうまく歌えるのにと思ってしまう。

2.Pueblos tristes

リリア・ベラとパブロのデュエット。佳曲だ。

3.Mi nostalgia

例によって、ものすごい変拍子のリズムの取りにくい歌だが、パブロは見事に歌っている。

4.La muerte del animal

このアルバムの白眉だ。見事にベネズエラしている。

5.Mi tripón

弦合奏やフルートも入って、ぐっとムーディーなアレンジになっている。パブロの独唱だ。

6.Montilla

クアトロが激しくかき鳴らされ、モントゥーノが迫力を生む。これもパブロの独唱。

ベネズエラ民謡はここまで。このあと後半の6曲はパブロの持ち歌を一緒に歌っているが、なくもがなの感がある。

キューバのヌエバ・トローバというと、日本ではシルビオ・ロドリゲスが人気だ。なぜならアメリカでの人気がすごいからだ。
多分、シルビオの詩が人気だからだろう。私から言うとシルビオは少しも面白くない。それは節を付けた詩でしかないし、詩の意味がわからないし、スペイン語が堪能で詩の意味が分かったとしても、高踏詩のように分からないことが分かっただけの話だろう。カエターノ・ヴェローソと同じだ。
トローバというのは門付けして歩く祭文語りのことだ。サロンで上流夫人を相手にして歌う歌ではない。野卑ではあるが、首都ハバナの流行歌を地方に伝えている。田舎の人にしてみれは街場の歌なのだ。
私の子供の頃、年寄りの好みと若者の好みは分裂していなかった。旅回りの「桃中軒某」とか「尾上某五郎」一座が街の外れに小屋を張ってのぼりを掲げる時、それは異界の出現であり、まがまがしき「東京」の出現であった。
たしかにトローバは田舎の世界ではあるが、その田舎にとっては「都会」という世界であった。そのエッセンスを汲み上げるのが、ヌエバ・トローバの仕事だ。
パブロの歌を聞く時それは田舎歌に聞こえる。ただそこにはコジャレた都会の香りがするのである。

 赤旗文化面で諸星さんという方が「民衆の心をうたうブラジリアンポップス」という文章を載せている。

たしかに面白いのだが、ボサノバ=中産階級、MPB=民衆の心の歌というのは、やはり乱暴だろう。

ボサノバもMPBもそれなりのムーブメントだった。多分に外国の影響を受けている。時期が違うだけだ。平ったく言えばビートルズの前か後かということだ。

歳のせいもあるが(そして中産階級に属しているからかもしれないが)、私は今でもボサノバのほうが好きだ。

「渚の恋」だから中産階級というのも頷けない。私のジュニア時代にはビーチボーイズに影響されて、グループサウンズが似たような歌を歌っていた。

彼らが中産階級を代表していたとは思えない。その辺の工員さんでも歌っていた。

だいたいあの頃はヒットチャートの半分がアメリカ音楽だった。

「ボサノバ」こそメイン

日本語にすると紛らわしいが、ブラジリアン・ポップスともいうべきジャンルがあって、メインストリームはあくまでもそこにあった。

大体はショーロかサンバ・カンソンを基調としていて、粋な「小泣き」の歌だ。ネルソン・ゴンサルヴェスあたりが代表で、白人も黒人も歌っていた。

有名歌手にはボサノバと積極的に関わる人も多くいた。

ボサノバは単純に言えばジャズ・サンバだから、独特のフアン層を持つやや特殊なジャンルだが、60年代なかばに次々と名曲が生まれたためにメジャーになってしまった。

とくにアメリカンポップスの影響を強く受けた。ホアン・ジルベルトのような塩っ辛いボサノバにかわって、セルジオ・メンデスとかカルロス・ジョビンのような分かりやすいボサノバが主流になった。

その代わりにサンバの要素は薄れたかもしれない。人々はそれをもうボサノバとは呼ばなくなった。

しかしポップスの一大分野であることに変わりはない。カルロス・ジョビンはいまだって神様だ。

私は今でもブラジルの歌をボサノバの延長として聞いている。「小洒落た」節回しや独特の複雑なコード進行はボサノバとしか言いようがないし、その音楽に浸っている間、私はボサノバ気分である。

MPB とブラックミュージックとの親和性

MPBは「トロピカリア運動」として、バイアからリオのミュージックシーンに土足で上がり込んできた。ブラジリアン・ロックともいうべきであろう。

カエターノ・ヴェローゾが捕まる直前に大学のコンサートで演奏している映像がyoutubeで見られるが、結構ぶっ飛んでいる。

トン・ゼーなどというのはとんでもない前衛音楽で、今でも狂っている。

バイアというのは黒人が多いところで、登場した歌手がみんな黒人ではないが、黒っぽい雰囲気を漂わせていた。

もちろんリオやサンパウロにもロッカーはいたわけで、イヴァン・リンスなんかが代表だろう。

トロピカリスモに限らず、60年代後半の風潮としてブラック・ミュージックは大きく舞台を広げた。ボサノバでも例外ではなかった。

ミルトン・ナシメントもこの頃ミナス州から出てきて活動を始めている。それにジャヴァンが続く。

だから私はMPBは青年の音楽と言ってくれれば納得するのだが。

反軍政運動と音楽

「民衆の心」というのを民主派という意味で言うなら、ボサノバとMPBを差別するのは全く間違っている。

むしろボサノバのミュージシャンこそ軍政に立ち向かい、その結果、国内での活動を絶たれ、ボサノバの衰退を招いたとも言える。(ちょっと言いすぎかな?)

ボサノバ界の代表ナラ・レオン(上流階級)やシコ・ブアルキはもっとも軍事政権と果敢に闘っている。ジョアン・ジルベルトやカルロス・リラはメキシコに逃れた。ジョアン・ボスコも抵抗の姿勢を貫いているのは諸星さんご指摘の通り。

ついでに

私もボサノヴァについていくつか文章を書いているのでご参照ください。

シルビオ・ロドリゲス Silvio Rodriguez

 

シルビオ・ロドリゲス

1946年11月キューバ生まれ。

キューバを代表する歌手として知られ、「キューバのジョン・レノン」に例えられている。シルビオ・ロドリゲスはラテンアメリカの左翼のシンボル的存在となっている

彼の歌のいくつかは、ラテンアメリカ音楽の古典と称せられ、大陸のあらゆる場所で歌われている。代表曲はオハラ、プラヤ・ヒロン、一角獣、小鎚など。

その歌詞はきわめて象徴的であるにも拘らず強い説得力を持つ。ロマンチシズム、エロチシズム、革命・政治と理想主義を語っているにもかかわらず、それらは心の内と向き合う。

60年代後半からヌエバ・トローバ(新しい歌)運動の担い手として頭角を現した。

69年に、漁船「プラヤヒロン」号の乗組員として従事し、この間に「海の歌」、全62曲を制作した。その中に「オハラ」や「プラヤヒロン」という代表作がふくまれる。

彼の歌はラテンアメリカの民衆を鼓舞し、当時の独裁政権は彼の歌を放送禁止とした。民主化が実現した後、アルゼンチンやチリでは10万人の観客を集めた大コンサートが行われている。米国は長い間ビザを発給しなかったが2010年についにコンサートが実現し、各地で大きな人気を博した。



シルビオ・ロドリゲスはラテンアメリカで今もっとも評価の高い歌手と言っていいだろう。しかしもっとも理解し難い歌手の一人である。理由は歌詞が難しいからだ。

歌のほとんどは詞の抑揚に節を付けたようなもので、詞がわからない限りはその良さはわからない。

そもそもヌエバ・トローバというのは、「今風の祭文語り」という意味だ。

我々としてはその中から耳辺りの良さそうなものを選んで聞くだけである。したがってスペイン語のネイティブとは好みが相当分かれるだろうと思う。

もう一つ、シルビオのコンサートといえば10万人の大スタジアムで観衆が熱狂して聞くというスタイルが多いが、本来のシルビオはこじんまりとしたサロンで静かにじっくり聴き込む類の歌手である。

それが、こうなってしまったのには、ラテンアメリカ独特の政治的・歴史的経過がある。その辺の経過も飲み込まないと、門外漢が入っていくには相当抵抗があるだろうと思う。

以上、歌詞がわからなくても楽しめる曲を中心に選んだ。本場のランキングとはだいぶ違うがご勘弁を。

 それにしても、この人誰かに似ていると思ったら、プーチンだ。あれほど人相は悪くないが…

1.Playa Giron プラヤ・ヒロン

日本人なら、シルビオといえばこの曲だろう。

私には思い出がある。93年最悪の年、真っ暗なサンチアゴ・デ・クーバのプラサでそこだけ明るいソンの観光酒場。この曲をリクエストしたら、年寄り連中は首を横に振る。すると伴奏の若い衆が脇からそっと出てきて、「何とか歌えると思う」と言ってくれた。

歌い出したら、「何とか」どころではない。そのままハバナに行っても通用するほどの腕前だ。指力が強いのか、ギターの音が耳も割れんばかりに響き渡る。(あの頃は自動車など走っていなかったから、静寂に慣れてしまっていたのだ)

開け放たれた窓の外には光と音を求める黒山の人だかりだ。

2.Unicornio ウニコルニオ

シルビオの代名詞みたいな歌だ。文字通りには「一角獣」だが、飼っていた犬の名前だそうだ。正式題名はMi unicornio azul

3.La Maza 小槌

「もし信じないなら」という台詞が延々と続く、訳の分からない歌詞だ。

この3つがシルビオの御三家だろう(もう30年前の話だが)

最近の御三家はどうなるだろう。とりあえず3つ挙げてみたが、これでよいのか定かではない。

4.Angel Para Un Final

天使が終わりを告げる。二人の間には沈黙が、そしてやがて忘却が…

5.Quédate 

「行かないで、泣かないで」みたいな歌だ。シンプルで、およそシルビオらしくない。そこが良い。

6.Ojala のぞみ

えらく人気のある恋歌らしいが、どうもピンと来ない。

その他、やはり古いところが中心になる。

7.蛇の夢(Sueño con serpientes)

あまり気持ちのいい夢ではない。蛇が次々に現れて襲いかかる、しかもどんどん大きくなって最後には飲み込まれてしまう。胃袋を切り裂いて飛び出すが、そこにはもっと大きな蛇が…

8.Companera 同志の女性

9.Canción del elegido 選ばれた者の歌

ある男の話だ。彼は銀河の彼方、夜の太陽の中、嵐から生まれた。彼は天体から天体へとさすらった。新鮮な水と生を求めて、あるいは見知らぬ死を求めて…

彼はソロモン王の秘宝を発見した。それはアフリカではなく他の天体にあった。しかし宝石は冷たく魂を持たなかった。

最後に彼は戦争を探して地球に行った。それは衝撃だった。彼を最後に見たのは硝煙漂う戦場だった.彼は未来からの銃でならず者を殺していた、幸せで裸で…

以下は流し聞きしたなかでよさげの曲。

10.Eva

11.Yo fui una vez

12.Quien Fera

13.Te amare

 

シルビオ・ロドリゲスの音源はなかなかいいものがなかった。古いビデオをアップしたものばかりで、音質は最低だった。

しかし最近は随分良い物が増えてきて、パソコンで聞く分では不自由しなくなった。

相手がキューバだから著作権など屁の河童。upload しまくっている。なかでも豪傑はRodrigo Riquelme Barrosという人で、187本も上げているから、ここだけでシルビオはほぼカバーされている。

その中でも最高の演奏と録音がSilvio Rodríguez en Chile 1990 である。

全編2時間半、29曲という長さで、聴き通すにはいささか骨が折れるが、それだけの値打ちはある。

1990年の演奏だから、すでにあの透き通るような美声は失われているが、十分に声量はある。

最初の10曲目くらいまではギターの弾き語りで、ちょっと飽きかけるが、その後からだんだん乗ってくる。

前半の最後はLa maza そしてAngel para un final という歌で、この歌が良い。

それにしても恐るべき“のど力”だ。ほとんど歌い続ける。Sueño de una noche de verano で一応終わった後、アンコールで Unicornioをサービス。

29位の A Noite Do Meu Bem はマリア・クレウーザで親しんできたと書いたが、どうも見当たらない。

代わりに出てきたのが、

A noite do meu bem - Nana Caymmi

Maysa A Noite Do Meu Bem

ELIS REGINA " A NOITE DO MEU BEM "

Lúcio Alves - A noite do meu bem

Nélson Gonçalves - A noite do meu bem

Maria Bethania e Quarteto em Cy - A noite do meu bem  どう考えてもこの組み合わせは合わない)

A Noite do Meu bem - Tom Zé (まさかトム・ゼーが歌うとは。予想に違わずひどいというか、すごいというか)

Maria Creuza - A noite do meu bem (やっと見つけました)

サムネイル

ZIZI POSSI canta A NOITE DO MEU BEM (私の好きなジジ・ポッシも歌っています。美声でもなく、声量があるわけでもなく、顔もバーブラ・ストレイザンド並みですが。コアジの聞かせ方がじつにうまい。ふっとイタリア風味が横切るところがよい)

Elizeth Cardoso - A Noite Do Meu Bem (エリゼッチの歌はないのだろうか、と思っていたら、見つかりました。残念ながらテレビのエアチェックで音の状態はかなり悪いですが。まるで祈りの歌のようで、立派なものでした)

結論としては、ドローリス・ドゥランのオリジナル歌唱をしのぐ演奏なしということ。


17-Viola Enluarada - Marcos Valle & Milton Nascimento(名曲です)

と書いたが、リンクが切れていた。 「この動画は再生できません。 申し訳ありません」と出てくる。

しかしグーグルからはしっかり行ける。さすがに名曲・名演だ。

Marcos Valle & Milton Nascimento - Viola Enluarada

このコンビではもう2曲聴ける。

Marcos Valle & Milton Nascimento - Diálogo

Marcos Valle & Milton Nascimento - Requiem

以前、「ブラジル 60年代ヒット曲100選」というリストを転載したことがあった。

その時、37位にリストアップされたのが、Fica Comigo Esta Noite - Nelson Gonçalves

という曲だった。「タンゴみたい」と思った。

ふと気になり、ネルソン・ゴンサルヴェスの曲をまとめて聞いてみた。といっても、youtubeで検索をかけると4万7千件もヒットする。

とりあえず上から順に聴けるだけ聴いてみることにする。

A Volta do Boêmio (ショーロ)

Naquela mesa (ご存知ジャコー・ド・バンドリンを偲ぶ歌である。エリゼッチ・カルドーゾの持ち歌と思っていたが)

Cara a Cara (バラード)

Quando eu me chamar saudade (サンバ・カンシオン)

A FLOR DO MEU BAIRRO (ショーロ)

DEUSA DO ASFALTO (ショーロ。心地よいサウダーヂ。Adelino Moreiraという人の曲らしい

FICA COMIGO ESTA NOITE (どう見てもタンゴ。しかし鋭い切り込みはない)

HOJE QUEM PAGA SOU EU (と思ったら、こちらはポルテーニョそのもの)

Doidivana (タンゴ)

Argumento (ショーロ。良い。この人は基本的にはショーロ歌いのようだ)

Vermelho 27 (タンゴ。アカの27番というのはルーレットの眼らしい。いかにもタンゴの題だ)

Meu dilema (ショーロ)

Queixas (ショーロだが、リズムは表でタンゴっぽい)

Revolta (ショーロ。良い。アルゼンチンのフォルクローレみたい)

A CAMISOLA DO DIA (ショーロ。良い)

少し疲れたのでこのくらいにする。

この人は最初はタンゴ歌いで、その後ショーロ歌手として売り出し、有名になってからはサンバとかバラード、ボレロにも手を広げたようだ。

50年代末から60年代はじめにかけてショーロを歌っていた頃がピークだと思う。年取ってからも歌っているが、ひどいから聞かないほうが良い。

サムネイル

アルバムとしてはNelson Gonçalves em Hi-Fi (1959) - Vitrola de Ouro ( LP COMPLETO ) が良いようだ。

八木啓代さんという方がいる。本籍は歌手だが大変マルチな方で人脈もすごい。
もう20年も前になるか、札幌でリサイタルがあって、その時同行したのがアンヘル・パラ(Angel Parra)という歌手。八木さんの美声もさることながら、パラの歌には感動した。
その後の交流会で、彼の亡命中の苦労話を聞いて、本当に真面目な人だなと思った。ただしラテンの人の真面目さというのは日本人の黙々というのとはちょっと違う。
彼のカセットテープをしばらく聴き続けた。最後の「ポプラ並木」という曲はいつも涙が出た。
と、ここまでが前置き。

最近YouTubeでアンヘルの歌が続々とアップロードされている。70に手が届こうとしているが歌は若い。
人気に乗ってか、昔の歌も聴けるようになった。
その中の決定版がこれだ。

「新しい祖国の歌ども」 canciones de la patria nueva

アジェンデと人民連合がもっとも意気盛んだった年のアルバムだ。
自作が3曲、他にガルデルのアウセンシアやパブロ・ミラネスも歌っている。“Miles de Manos”というのが良い。

多分ビクトル・ハラとは全く別のラインでヌエバ・カンシオンの領域を開拓していたのだろう。学園やメディアを通じて有名になったハラとは違い、親の代からの筋金入りで民衆の歌を歌っていたパラは自分こそが本流という意識を持っていたと思う。

だからサッカースタジアムでハラが虐殺されたと知った時、そこにいるべきは自分ではなかったかと思ったかもしれない。
とすれば、それは恐ろしい体験だ。実存していることが恐怖なのだから。

これ以上は彼が死んでから書くことにしよう。私のほうが長生きすればの話だが…



タニア・マリアはUSで活躍するブラジル人歌手である。
もとはジャズ・ピアニストでいつの間にか歌のほうが有名になったという感じである。
差別ではないがすごい迫力顔をしたおばさんで、淡谷のり子も真っ青だ。
全曲ほとんどスキャットで通す。歌うときはポルトガル語である。
かなりのフアンがいるようだが、ジャズ畑の延長で聞かれているようである。
私のようなボサノバ畑の人間にとっては、ジャズもやるブラジル人だ。ただミルトン・ナシメントとかジャヴァンとかがアメリカに渡って荒れてしまっとのは違い、この人はジャズとサンバのバイリンガルのようだ。スイッチヒッターのように両方ともしっかり打てている。
(この際面倒なので、ブラジルポップスをボサノバと言ってしまう)

YouTubeにはかなりの曲がアップロードされているが、良い音質の演奏は意外に少ない。

1.Abre Las Allas
 http://www.youtube.com/watch?v=HLHc5_vOno0

ブラジル語で歌っている。カエターノ・ヴェローゾを思わせる。ロマンチックな趣もたたえた佳曲だ。

2.2AM  http://www.youtube.com/watch?v=vm4M5SGjLDI

ブラジル高地の風を思わせる爽やかなメロディーが、ジャズっぽく転調されて展開されていく。スキャットが見事である。

3.Bom Bom Bom Chi Chi Chi
  http://www.youtube.com/watch?v=cvrjTCYU3B4

ジャズ・サンバで、シンコペートしたリズムが強烈に打ち込まれる。最初はベッチ・カルバーリョを彷彿とさせる歌いぶりであるが、途中からジャズのリズムに変わり、エラ・フィッツジェラルドも真っ青のスキャットとなる。
リサイタルのつかみの曲。これで客を一気に乗せていく、すごい腕前だ。

4.Cry Me A River

完全な(と言ってもブラジル臭は残るが)ジャズのイディオムによる演奏である。子音、とくにvとθがはっきしりないスペイン風英語だ。
どうもホントのジャズにはならない。

5.Funky Tamborim
 http://www.youtube.com/watch?v=Bx4F_iChqNk

私はブラジル人の演奏する「ファンキー」というジャンルが大好きで、ジルベルト・ジルもやっているが実にノリが良い。USファンキーと違って騒々しくない。
もちろんブラスが大活躍するのだが、とりわけブラジル音楽では必ずトロンボーンが一節やる。これがいいのだ。

6.Intimidade

ほぼ正調のボサノバ。低音で迫るタニアの歌には、なんとも言えぬ色気がある。この人にはボサノバが一番なようだ。

7.Lemon Cuca
 http://www.youtube.com/watch?v=uQqt1_DhEmE

もう一人の女性歌手が加わってデュエットとなるのだが、この掛け合いがなんともかっこいい。

8.Olha quem Chega http://www.youtube.com/watch?v=_7cztLf7zwM

思わずクレジットを見直してしまう。ほんとうにタニア・マリア?
まるでマリア・クレウーザ。
と思ったら、これはあのエドゥアルド・グディンの曲だった。
(わたしのホームページのテーマ曲の作者)

9.Que vengan los toros 

滑り出しはまったく歌なし。見事にジャズ・ピアニストとしての腕前を発揮している。中間部でスキャットが入るが実に快調。疾走している。
たまたま曲名のアルファベット順に並べただけだが、コンサートの終曲にふさわしい。

10.Sangria


コンサートでいえば団員の紹介みたいな曲。バックのウマさにびっくりする演奏。

11.Yatra Ta
 

9.が終曲とすれば、これはアンコール曲。ノリを最後まで持ってくる。

実に見事な演奏。恐れいりました。


ジャズと言ってもいわゆるダンモはカラッきしダメだ。
とくにトランペット系はひたすらうるさい。押し付けがましく、暑苦しい。
そんなもんジャズじゃなくてポップスだと言われるかもしれないが、メル・トーメあたりでちょうどいい。
さすがにガードが堅くて、YouTubeではなかなか聞けない。
音質的にまずまず聴けるのは以下の12曲。

Autumn Leaves - 1992 TOKYO LIVE
Blue Moon
Isnt It Romantic - with Al Pellegrini Orchestra 1955
Lullaby of Birdland from Songs Of New York 1963
New York State Of Mind - alto sax Phil Woods
Pick Yourself Up 1994
Thats All 1965
The Christmas Song - 1992 LIVE IN 東京
The Folks Who Live On The Hill
The Goodbye Look 1992 LIVE IN TOKYO
Too Close For Comfort 1960
Walk Between Raindrops

Jo Stafford もいいのだが、こちらはYouTubeではほとんど聞けない。

レダ・バジャダレスのレコードがとても良いので紹介します。
Folclore de rancho Leda Valladares

というアルバムですが、YouTubeで全曲が聞けます。下の写真のごとくかなりエキセントリックな雰囲気を漂わせています。アルゼンチンのビオレータ・パラといったところでしょうか。同じトゥクマン生まれのメルセデス・ソーサより10歳くらい年上のようです。

英語ではまったく紹介されていないので、スペイン語をそのまま載せます。私にはサッパリ分からないので、分かる方の翻訳を期待します。

Los temas y su origen son:
01. Chacarera (recogido por Isabel Aretz, Yerba Buena, Tucumán)
02. Yaraví (recogido por Silvia Einsenstein en Tilcara, Jujuy. Letra de Leda Valladares)
03. Tonada humahuaqueña (recogida en Tilcara, Jujuy, por Leda Valladares)
04. Tonada sanjuanina (recogida a Hugo Pérez de Sanctis, de San Juan, que la escuchó en Valle Fértil, por Leda Valladares)
05. Baguala de Tucumán (tomada en Tafí del Valle, por Leda Valladares)
06. Milonga con sauces (letra y música de Leda Valladares)
07. Carnavalito (recogido en Iruya, Salta, por Leda Valladares)
08. Vidala riojana (recogida en Malligasta, La Rioja, por Leda Valladares)
09. Yaraví (recogido en Tucumán a Luciano Irrazábal, por Leda Valladares)
10. Baguala salteña (recogida en Salta a Amador, del Valle de Lerma, por Leda Valladares)
11. Zamba “La yerbabuena” (recopilación de Manuel Gómez Carrillo)
12. Vidala “De lejas tierras” (tema santiagueño, recopilación de Manuel Gómez Carrillo)

1972年の録音ということなので、軍事独裁の始まる前、民衆の運動が高揚していた時代です。
この人は民謡の採取家でもあったようで、その音源がCD化されています。かなりネグロ系の曲も拾っています。
この人は元々ジャズシンガーだったのかもしれません。下の曲は明らかにジャズのノリです。
Leda Valladares - hoy es nunca
写真がまた良い。竹久夢二風。
http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/5/7/57d13ae1.jpg

cancin de la mirada という歌は、ブラジルのサンバ・カンシオン風で、まるでシルビア・テリスの曲を聞いているようです。(要注意、音質は最悪です)

ということで、きわめて芸域の広い人です。

それにしても、もう少し注目されてもいい人ではないかしら。

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