鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

カテゴリ: 71 音楽(クラシック以外)

ガルデルについて英語の記事でもよくわからないところがある。
死の直前に作られた曲は4つある。1.下り坂(Cuesta abajo)、2.わが懐かしのブエノスアイレス(ミ・ブエノスアイレス・ケリード)、3.帰還(Volver)、4.想いの届く日(エル・ディア・ケ・メ・キエラス)
このうち確かなのは「想いの届く日」が最後で、この映画のキャンペーン中に飛行機事故でなくなったことである。「帰還」はその前年34年に作られた映画の主題歌である。「下り坂」(Cuesta abajo)は帰還と同じく34年に作られた映画の主題歌らしい。しかしこれは曖昧である。
一番曖昧なのが「わが懐かしのブエノスアイレス」で、これは34あるいは35年に作られた別人の映画のために、ガルデルがつけた曲らしい。
ただしこの辺は定かでない。ネットでは今のところこれが限界で、後は図書館に行くしかなさそうだ。と言っても北海道の図書館ではあまり期待できないが。

タンゴ名曲百選にあげた曲を作曲年順に並べました。原語も入れるべきでしょう。特に古い曲の場合、作曲時からヒットしたのではなく、後からカバーして大ヒットになった場合もあるので、その年も書き込まなければならないでしょう。
そのうち、少しづつYouTubeにアップしていこうと思います。

19世紀のタンゴ

1890 泣き虫(エル・ジョロン):(詞)エンリケ・カディカモ(曲)伝アンブロッシオ・ラドリサーニ。
俳優のラドリサーニの作品というが、実際は当時流行した伝承曲らしい。カディカモの歌詞は後年映画主題歌として作られた。

1897 エントレリオの人(エル・エントレリアーノ):(曲)ロセンド・メンディサバル。
古典タンゴの中では最も古い作品。


1898 ドン・ファン:(曲)エルネスト・ポンシオ。


1900年代

1903 エル・チョクロ(とうもろこし):(曲)アンヘル・ビジョルド。
歌詞は1947年にエンリケ・サントス・ディセポロが作った。1953年に「キッス・オブ・ファイアー」と題されて米国のヒット・パレード上位に入った。

1905 混血娘(ラ・モローチャ):(詞)アンヘル・ビジョルド(曲)エンリケ・サボリード。

1906 オテル・ビクトリア:(曲)フェリシアーノ・ラタサ。
アルゼンチン中北部の町コルドバでオテル・ビクトリアというホテルが開かれた。その開業式典の席で初演されたものという。

1907 フェリシア:(曲)エンリケ・サボリード。

1908 7月9日(ヌエベ・デ・フーリオ):(曲)ホセ・ルイ・パドゥラ。
「7月9日」は1816年のこの日、独立宣言が発せられた記念日である。

1910年代

1910 独立(インデペンデンシア):(曲)アルフレド・ベビラクァ。
「革命100年」を祝う祭典(センテナリオ)で初演されたもの。

1910 ロドリゲス・ペーニャ:(曲)ビセンテ・グレコ。
題名はロドリゲス・ペーニャ通りにあるサロン、「サン・マルティン」を冠したもの。

1910 夜明け(エル・アマネセール):(曲)ロベルト・フィルポ。

1915 医学生(エル・インテルナード):(曲)フランシスコ・カナロ。医学部学生のダンスパーティのために作られた。

1916 デレーチョ・ビエホ(わき目もふらず)。(曲)エドアルド・アローラス。
直訳すると「昔の法律」、題名から想像されるように法学部学生に捧げられている。前の年の医学生がヒットしたから柳の下のどじょうを狙ったような気もする。

1916 ラ・クンパルシータ:(曲)G・H・マトス・ロドリゲス。
モンテビデオの無名の学生が作曲。24年にロベルト・フィルポが発掘し、バンドネオン変奏部や対旋律も加えられて大ヒットした。題名は仮装行列の意味で、キューバではコンパルサと言う。

1916 花火(フエゴス・アルティフィシアーレス):(曲)ロベルト・フィルポ&エドアルド・アローラス。

1916 霊感(インスピラシオン):(曲)ペレグリーノ・パウロス。

1916 わが悲しみの夜(ミ・ノーチェ・トリステ):(詞)パスクアル・コントゥルシ(曲)サムエル・カストリオータ。
ガルデルが最初に歌ってヒットさせたタンゴ。捨てられた女への「うらみ節」。それまでガルデルは民謡歌いだった。

1917 エル・マルネ:(曲)エドアルド・アローラス。
第1次世界大戦に於ける激戦地(フランス)を指す。アローラスはフランス系移民だったから祖国の戦勝を祝って書いたのであろう。

1918 バンドネオンの嘆き(ケハス・デ・バンドネオン):(曲)ファン・デ・ディオス・フィリベルト。

1920年代

1920 気取り屋(チケ):(作曲)リカルド・ルイス・ブリグノロ。

1920 ラ・カチーラ:(曲)エドアルド・アローラス。
「地面に住み昆虫を食べる雀に似た小さな鳥」のことなんだそうですが、想像つきません。

1922 狂女(ロカ):(詞)アントニオ・ビエルゴル(曲)マヌエル・ホベス。
品のいい歌ではないが、百選というと外せない、「そういう曲ってあるよね」という曲

1923 蝶々(ラ・マリポーサ):(曲)ペドロ・マフィア。

1923 五分と五分(マノ・ア・マノ):(詞)C・E・フローレス(曲)C・ガルデル/J・ラサーノ。

1924 ガウチョの嘆き(センティミエント・ガウチョ):(曲)F.カナロ、R.カナロ。
オデオン社のタンゴコンクールで第一位。その時の第三位は「たそがれのオルガニート」であった(うぃき)。

1924 たそがれのオルガニート(オルガニート・デ・ラ・タルデ):(曲)カトゥロ・カスティジョ。

1924 想い出(レクエルド):(曲)オスバルド・プグリエーセ。エドゥアルド・モレーノの歌詞がついている。

1924 淡き光に(A MEDIA LUZ):(作詞)カルロス・セサル・レンシ(作曲)エドガルド・ドナート。
ブエノスアイレスの繁華街「コリエンテス通り348番地」には、扉にこの曲の楽譜が描かれている。

1926 小径(カミニート):(詞)コリア・ペニャローサ(曲)ファン・デ・ディオス・フィリベ。
ラ・ボカに近い鉄道廃線跡地が「カミニート」公園になっている。

1926 パリのカナロ(カナロ・エン・パリス):(曲)ファン・カルダレーラ+アレハンドロ・スカルピーノ合作。
フランシスコ・カナロ楽団のパリ公演成功を祝う歌。

1927 さらば友よ(アディオス・ムチャーチョス):(作詞)セサル・ベダニ(作曲)フリオ・サンデルス。
アルゼンチンでは、この曲を演奏すると不吉なことが起こるといわれ、最近では余り演奏されない。

1927 ミロンガのすすり泣くとき(クアンド・ジョラ・ラ・ミロンガ):(曲)ファン・デ・ディオス・フィリベルト。

1927 悪い仲間(マーラ・フンタ):(曲)J・デカロ/P・ラウレンス。

1928 黄金の心(コラソン・デ・オロ):(作曲)フランシスコ・カナロ。

1928 今宵われ酔いしれて(エスタ・ノーチェ・メ・エンボラーチョ):(詞・曲)エンリケ・サントス・ディセポロ。

1930年代

1930 ジーラ・ジーラ:(詞・曲)エンリケ・S・ディセポロ。
不況と政治不安の時代でもあり、この曲はこの年最大のヒット曲となる。「俺は河原の枯れすすき」と通じるものがある。

1931 告白(コンフェシオン):(詞・曲)エンリケ・サントス・ディセポロ。

1932 エル・ウラカン(ハリケーン):(曲)エドガルド・ドナート。

1931 交わす盃(トモ・イ・オブリーゴ):(詞)マヌエル・ロメロ(曲)カルロス・ガルデル。ガルデルがフランスで撮影した映画「ブエノスアイレスの灯」で歌われた。

1934 下り坂(クエスタ・アバホ):(詞)アルフレド・レペラ(曲)カルロス・ガルデル。同名のパラマウント映画の主題歌。作曲者ガルデル自身が主演。

1934 わが懐かしのブエノスアイレス(ミ・ブエノスアイレス・ケリード):大歌手ガルデルが自ら主演した映画「下り坂」の主題歌。

1935 古道具屋(カンバラーチェ):(詞・曲)エンリケ・サントス・ディセポロ。映画「バンドネオンの心」の中の1曲。

1935 想いの届く日(エル・ディア・ケ・メ・キエラス):(詞)アルフレド・レペラ(曲)カルロス・ガルデル。ガルデルが主演した米パラマウント映画の主題曲。とうでもよいが、曲名は正式には帰還(ボルベール)。

1936 ナイフで一突き(ラ・プニャラーダ):(曲)ピンティン・カステジャーノス。ミロンガに編曲したダリエンソのレコードはミリオン・セラーとなった。


1936 郷愁(ノスタルヒアス):(詞)エンリケ・カディカモ(曲)ファン・カルロス・コビアン。
不慮の死を遂げたガルデルを主人公とした「ブエノスアイレスの歌い手」のために作られた。


1940年代
1942 酔いどれたち(ロス・マレアドス):(詞)エンリケ・カディカモ(曲)ファン・カルロス・コビアン。1922年に発表された古い曲を、トロイロが発掘してフィオレンティーノが歌ったところリバイバル。
1943 人は(ウノ):(詞)エンリケ・S・ディセポロ(曲)マリアノ・モレス。

1945 さらば草原よ(アディオス・パンパ・ミア):(作詞)イボ・ペライ(作曲)マリアノ・モレス/フランシスコ・カナロ。カナロの音楽劇「パリのタンゴ」の挿入歌。

1946 ラ・ジュンバ:(曲)オスバルド・プグリエーセ。

1947 エネ・エネ(何某):(曲)オスバルド・ルジェロ。若くしてオスバルド・プグリエーセ楽団の第1バンドネオン奏者となり、後にセステート・タンゴの中核として活躍したルジェロの作品。

1948 降る星のごとく(ジュビア・デ・エストレージャス):(曲)オスマル・マデルナ。
1948 南(スール):(詞)オメロ・マンシ(曲)アニバル・トロイロ。ブエノスアイレスの南部ヌエバ・ポンページャ地区を題材とした曲。


1950年代
1951 うそつき女(ラ・トランペーラ):(曲)アニバル・トロイロ。

1952 兵隊風のブーツ(タキート・ミリタール):(曲)マリアノ・モレス。以前は「軍靴の響き」と訳されていた。

1953 来るべきもの(ロ・ケ・ベンドゥラ):(曲)アストル・ピアソラ。

1957 バイーア・ブランカ:(作曲)カルロス・ディサルリ。

1959 アディオス・ノニーノ:(作曲)アストル・ピアソラ。父親ビセンテ(愛称ノニーノ)への愛情と愛惜がこめられた名作。

1960年代以降

1965 ブエノスアイレスの夏(ベラーノ・ポルテーニョ):(曲)アストル・ピアソラ。「ブエノスアイレスの四季」4曲中で最初に作られた。舞台劇「黄金の垂れ髪」のためにピアソラが一晩で書き上げたという。

1974 リベルタンゴ:(曲)アストル・ピアソラ。「自由」と「タンゴ」を組み合わせた合成語。


MDの吸い出しをやっていたら、昔よく聞いた懐かしい演奏があった。「バイオリン弾きのベーチョ」というので、ウルグアイ出身のフォルクローレ歌手アルフレド・シタローサの作詞作曲である。
やっと覚えたYouTubeアップロードを忘れないためにアップした。
少し調べようと思ったら、曲名が間違っていたようだ。正解は「ベーチョのバイオリン」だった。

「ベーチョのバイオリン」については西村秀人さんの「Cafe de Pachinto blog」に非常に詳しい説明がある。

探すのにちょっと手間なので、こちらに引用させていただく。

この曲の作者はウルグアイの歌手アルフレード・シタローサだ。本人の演奏は容易に入手できる。

「ベーチョのバイオリン」El violín de Bechoは…実在の人物に取材した曲。

シタローサの親しい友人でクラシックの名バイオリニストでもあったベーチョことカルロス・フリオ・エイスメンディの話である。…彼がバイオリンを弾き始めた頃の少年としての苦悩がテーマになっている。

西村さんの訳詞も載せられているが、あまりピンとこない。月田秀子ファド慎楽部に別訳があるのでそちらを

ベーチョは楽団のヴァイオリン弾き

子供っぽい顔も 弾くときには立派にみえる

だがかれは辛いヴァイオリンしか特ち合わせない

ベーチョには辛いのだ

その愛情と同じように 子供っぽいヴァイオリンが

ベーチョのほしいのは

悩みや愛を呼んだりしない大人のヴァイオリン


べーチョは自分のヴァイオリンが好きじゃない

けれども感じる ヴァイオリンの呼び声を

夜になると 後悔して

悲しいひびきにまた惚れこむ


木でできた栗色の蝶々

がっかりしている赤ん坊のヴァイオリンは

弾かれず黙っているときでも

べーチョの胸のうちに鳴りつづける


生と死 ヴァイオリン 父と母

ヴァイオリンは歌い ベーチョは風になる

そしてべーチョはもう楽団の中では弾けない

愛することと歌うこと、 それはあまりにも辛いから

この演奏はむかしNHK-FMでやっていたラテンアメリカ音楽の番組からエアチェックしたもの。ずいぶん元の音質よりは落ちている。

解説をうろ覚えしているのだが、たしかニューヨークで歌っている無名歌手をどなたか日本人が録音して、放送したものではなかったろうか。


実は本家よりこちらのほうが好きなのだ。

“Home sweet home”は反戦歌?

このあいだ、啄木の「時代閉塞」について書いた文章に、大変ありがたいコメントを頂きましたたが、わたしはそれほどのものではなくただの通りすがりです。
ただ、最晩年の啄木の到達点が素通りされているのではないかというのが気になって少し調べただけです。
なにか大変な宿題をもらってしまったので、少し調べ始めました。
といっても気ままな一人旅、あちこち寄り道ばかりです。
ネットでこんな文章を見つけました。
北斗 露草 著 「野口雨情が石川啄木を認めなかった理由(わけ)ー『小樽日報』陰謀事件の顛末」 2011年

ずいぶんと前置きの長い本で、
1.野口雨情の歌
一 歌われなくなった童謡
という節が延々と続くのです。「昔は良かった」風に唱歌や童謡の歌詞が紹介されていきます。
それはそれで楽しいので、読み進んでいきますと、『埴生の宿』の説明がでてきます。

1823年イングランドのH.ローリー・ビショップによって作曲された『ミラノの少女』というオペラの中で歌われたのがはじめである。この歌を『庭の千草』やアニー・ローリー』などの訳詞を手がけた里見義(ただし)が見事な日本の詩に仕上げてくれた。

と紹介されています。これが気になって原曲の「Home sweet home」を聞きに行ったのです。
Youtubeでいくつかの演奏が聞けますが、その中で気になったのが The John McCarthy Chorus というファイルです。

演奏もなかなか優れたものですが、このファイルにつけられたコメントに気になるものがありました。

This song will show what soliders are missing most when they are fighitng on the battlefields during WW1, WW2, Falklands, Afghanistan and Iraq

それで、歌そのものにそういう背景があるのか気になって調べることにしました。といってもウィキペディアを当たるだけの話ですが…
「Home sweet home」の画像検索結果
この曲は、アメリカの俳優兼劇作家ジョン・ハワード・ペインが1823年に上演したオペラ「クラリ」(またはミラノのメイド)で用いられました。
メロディーを作ったのは英国人サー・ヘンリー・ビショップで、これにペインが歌詞を付けたものです。
後にビショップはこの曲がオリジナルではないと告白しました。彼はすでにこの曲を一度発表していたのです。
それは「シチリアのアリア」と題された、もっと洗練されたものでした。
その歌詞にHome! Home! Sweet, sweet home! There's no place like home
が含まれていたのです。
その後、オペラとは別にこの曲が「Home sweet home」として出版されました。
なんと10万部が売れ、2千ポンドもの利益を上げたそうです。
この話にはもう一段あります。1852年にビショップはこの曲をバラード仕立てにして、アメリカに売り込んだのだそうです。その曲は南北戦争前後のアメリカでバカ売れしたようです。
ところが当局にはこの曲がサトゴコロを誘うということで嫌われたようで、歌うことまかりならぬと禁止されたようです。
Opposition to War: An Encyclopedia of U.S. Peace and Antiwar Movements という本にも同様のことが書かれています。
この辺が、“soliders are missing most when they are fighitng on the battlefields” の所以かもしれません。
第一次大戦のとき、Home Sweet Home For You We're Fighting という歌が流行ったそうですが、元歌とは全然関係のないメロディです。
なお英語版ウィキペディアには御丁寧に『ビルマの竪琴』の話まで紹介されています。
「ビルマの竪琴」の画像検索結果
ということで、反戦歌というのにはちょっと…ではあるが、厭戦気分を誘うのには十分ということのようです。


2016年04月10日 イーグルスのゲット・オーバー・イット(Get over it)の「訳詞」

が意外と好評なようなので、もう1曲やっちまいました。

Kansas Dust in the Wind 1978

こちらはメロディーとアレンジが売りの曲で、「続ホテル・カリフォルニア」みたいな感じですかね。歌詞はナイーブなものなので、別に訳すまでもないのですが。

You Tubeだと「オフィシャル」版よりオリジナル版のほうがおすすめです。

風に舞う塵

僕は眼を閉じる。

ほんの一瞬なのに

その瞬間は行ってしまう。

僕の夢のすべてが

目の前を過ぎ去っていく。

おかしな話だ。


風に舞う塵だ。

僕の夢は

ただ風に舞う塵だ。


いつもの古い歌が聞こえる。

果てしない海の

一粒の雫のように。


僕らがやっていることと言ったら

ぼろぼろになって

地面に落ちるだけのこと。

そんなこと知りたくもないが。


風に舞う塵。そう、

僕らはみんな風に舞う塵なんだ。


さあ、くよくよするな。

大地と大空

ほかに永遠のものなんかないんだ。


時間は脇をすり抜けていく。

有り金はたいても、

たとえ1分でも買えやしない。


風に舞う塵。そう、

僕らはみんな風に舞う塵なんだ。


風に舞う塵。そう、

すべてのものが風に舞う塵なんだ。


2016年11月01日 「風に吹かれて」ってそんなにいい詩なのかね?

もご参照ください。


あさからイーグルスのゲット・オーバ・イットを聞いています。じつに痛快ですね。

ところが歌詞が知りたくなったから大変。聞いてもさっぱり分からないから、Youtube(Eagles - Get Over It (With Lyrics) - YouTube) を見て歌詞を調べました。

歌詞はわかったが、今度はその意味が分からない。医学英語や時事英語と違ってハチャメチャだ。

結局、日曜の昼間をつぶしてしまいました。かなりの意訳ですが、何かの参考までに。

PS それで訳し終わってから、もう一度聞いてみましたが、聞こえないのは相変わらずです。

Get Over It を“もうやめようぜ” 、“くよくよするな”、“乗り越えるんだ”の三通りに訳してみました。


テレビをつけると何が見える

画面に映る連中は、どいつもこいつも、「私のせいじゃない!」と叫んでいる

他のみんなを指すその指は、ちっぽけでひん曲がっている

いつも、いつも自分を被害者だと思って生きているから

「こいつのせいだ、あいつのせいだ!」といじけている

ママのやせすぎもパパの太りすぎも

みんな誰かのせいなんだ


もうやめようぜ

くよくよするな


泣いたり、わめいたり、ヒステリーはもういい

もうやめようぜ、乗り越えるんだ


お前は「あの事故のあとどうもダメなんだ」と言ったけれど

オレがいくらか小銭を渡せば、多分、気分は良くなるだろう

もうちょっと考えてみると、ビリー爺さんはただしい

「弁護士は皆殺しだ。今夜のうちにやっちまおうぜ」

お前は働きたくない。王様みたいに暮らしたいんだろう。

だがでかい悪の世界はお前に一文たりとも払うつもりはないんだ


もうやめようぜ

くよくよするな


お前は一緒にプレーしようとしないから、仲間割れする。

もうやめようぜ、乗り越えるんだ


毎度、懺悔に行くみたいだぜ、お前の話を聞くのは

「今度が最悪だ」の連敗記録を塗り替えてるんだ

病気だと言うやつもいるが、俺は「へなちょこだ」と言うね

そうだ、そうだ、そうなんだ


そう、お前は「弱気の虫」を、砲丸付きの鎖みたいに引きずっている

お前は「罪の意識」に悶えている。お前は苦痛にのたうっている。

お前はそれを旗のように振りかざしている。お前はそれを王冠のようにかぶっている

そうなりゃ、お前の気持はどん底だ。みんな誰でも落ち込むさ


今の暮らしに悪態ついて、それを過去のせいにする。

お前の中にいる、そういう甘ったれガキを見つけて、ケツを蹴っ飛ばしてやる


もうやめようぜ

くよくよするな


悪態ついたり、落ち込んだり、八つ当たりしたりはもうたくさんだ

もうやめようぜ

くよくよするな


こんな時代、いつかは終わる。だからお前もやめようぜ、

もうやめようぜ

くよくよするな


乗り越えるんだ

井上陽水の曲を何曲か続けて聞いている。
最初の2,3曲はたしかにおやっと思うほどよかった。
しかしそのうちに疲れてくる。
この男っていったい何なんだろうと思ってしまうのだ。
すごい感性ときれいな声と、素晴らしい音楽センス、すべてを持っているのだが、聞いているうちに落ち着かなくなってくる。
ここは俺の世界ではないな、という居心地の悪さを、いつのまにか感じるようになってしまうのだ。
これだけ同じフィーリング、同時代のフィーリングを感じながら、その底にヒヤッとした冷たさを感じるのだ。
これがさだまさしだと、いささかのあざとさを感じつつも、それもふくめて「われらが世代」感を共有できるのだが、井上陽水にはそのような共感をさしはさむ余地がない。
いろいろ考えてみて、とりあえず次のような結論に達した。
彼には前頭葉がないのだ。これは歌詞だけの話である。本人にはもちろん立派な前頭葉があるのであるが、その歌詞には前頭葉の働きが感じられないのだ。
おそらく前頭葉につながる回路を無意識のうちに遮断しているのだろう。昔の思い出をたぐり寄せながら、「こんなタイプの人間が居たっけ?」と思いめぐらせるが、どうもあまり思い浮かばない。たぶん同じような思考回路の持ち主はいたのだろうが、井上陽水ほどには素質を持ち合わせていなかったということかもしれない。
似たような傾向の歌手にボブ・ディランがいる。しかし彼はもう少しフォークソングの精神に寄り添っていた。だから逆に裏切者呼ばわりをされるのであるが、そういう意味で井上陽水を裏切者と呼ぶ人はよもやおるまい。
それはもはやどうでもいいことだ。肝心なのはあれからすでに50年近くを経過して、いまあらためて聞きなおしてみて、首から上の世界で彼に共感できるものは何一つないということだ。
お互いエイリアンということか。

の続きである。少し問題点を整理してみた。

1.JRは被害者か?

市民的常識からすれば、男性を死に至らしめたのはJRであり、ふつうはそういうのを加害者という。

自動車やバイクの前に認知症の老人が飛び出してきた事故なら、ひき殺したほうが加害者だ。なぜなら自動車は潜在的凶器だからだ。

2.監督責任とは、結局、認知症患者を拘束することなのか?

認知症患者を拘束するのは法律違反だ。外出できないように施設へ入れるのも強制すれば違法だ。つまり監督責任者には権限はゼロだ。権限なき責任はあり得ない。

3.賠償金は髙過ぎではないか?

360万円は、今のサラリーマンの平均年収だ。まして700万円なら、首吊りして生命保険で返すほかない。それほど監督不行き届き(84歳の老女のほんの一瞬の居眠り)は罪が重いのか。どうしてJR東海はそこまで老女を責めるのか。どうして裁判所はそれを応援するのか?

4.本人の人格はどうなっているのか?

認知症といえども自立者としての人格が認められるのなら、「自己責任」で弁償させるべきだ。

もし心神喪失に準じるのなら免罪されるし、まして家族には責任はない。

もし単身者であれば、それを保護・監督すべきは「国」であろう。ツケを回すのなら、国のほうへどうぞ。

5.鉄道会社のほうに責任はないのか?

学校内で事故が起きれば、学校側は責任を負う。入院患者が転倒して骨折すれば、たとえ認知症といえども病院の過失責任は免れ得ない。迷惑料を払えとは、口が裂けても言わない。

同じように鉄道会社は鉄道を安全に運行する責任がある。鉄道ならば、相手が認知症患者ならば、安全管理責任は免除されるのか。

6.鉄道会社はリスクを背負うべきではないか?

ほかの会社と同じように鉄道会社も経営リスクを負っている。事故も当然、経営リスクである。保険もかけるし、コストもかける。それは人に転嫁できるものではないからだ。

違いますか? 葛西さん。


これらの疑問は大方の市民の共感するところであろう。

いずれにせよ、徘徊老人の鉄道事故という問題は厳然としてある。しかもますます増えるであろうことも間違いない。
それが難しいから「だれの責任か」に矮小化してしまう。そうではなく、どうしたらそれを防ぐことができるのか、ひいては日本という国が超高齢化社会をどう生き抜いていくのか、という点から考えなければならない。

そこには「弱者の論理」を踏まえた上での、高齢者に寄り添った、高齢者を排除しない「庶民の論理」の確立が求められるのではないだろうか。



Youtube にリンクすると残念なことに多くがリンク切れになる。
チャイコフスキーの舟歌とLover come backの関連について書いたページも、多くがリンク切れになっている。

愛煙家のために、消えたリンクを復活させておく。
Dorothy Collins - Lover Come Back To Me (1954)
演奏が終わった後にSponcered by Lucky Strike というクレジットが入る。

ベン・ウェブスターに別の音源がある。よく聴くと同じ録音のようだが、最初のリンクは「リマスター」ということで音をいじっているらしい。正直言って素人には普通の音のほうが聴きやすい。
なお改めて聞いてみると、ブレンダ・リーがガキのくせに
、めちゃうまいのに驚く。

ついでに新しくアップされた音源を拾っておく。

 Charlie Parker 1949 - Lover Come Back to Me

というのがすごい。カーネギーホールでの演奏で、普通のジャズの録音とは全く違うので最初は面食らう。しかし聞いているうちにグイグイ引き込まれる。チャーリー・パーカーが一吹きした後に出てくるトロンボーンが超絶技巧だ。

この曲のナンバーワンにあげておく。

Charlie Parker (as), Sonny Criss (as), Flip Phillips (ts), Fats Navarro (tp), Tommy Turk (tb), Hank Jones (p), Ray Brown (b),Shelly Manne (ds)
Album:"Charlie Parker / Carnegie Hall Performances"
Recorded: NY, February 11,1949

消えるかもしれないのでお早めに。


Joan Sutherland, Ella Fitzgerald and Dinah Shore: Lover Come Back to Me
というのはケッサクだ。1963年にダイナ・ショアの番組にエラとサザーランドがゲスト出演した時の録画らしい。サザーランドの当時盛りのすさまじい声量が彷彿とされる。


昔とったYouTubeの田川寿美の音源が、流石にひどいので、新しい音源を探してみた。
最近はそれなりにメジャーになっているようで、はるかにたくさんの音源がアップされている。
実感として言えば、田川寿美は美空ひばりになりつつある。
違うところは、美空ひばりはともすれば下品になるのに対し田川寿美はともすれば上品になりすぎるところだ。
熱烈なフアンがいて大量のエアチェック動画を上げてくれている。これをずっと見ていると、2003年から05年にかけてが転換期になっているようだ。
1975年生まれで、今年40歳。92,3年からデビューして最初の数年は紅白に出たりして売れっ子だったようだ。その後売れなくなっていろいろやっている。
まず二重まぶたの整形をやって、しばらくしてから鼻もやっている。以前、「天は二物を与えず」と書いたが、いまはそれなりの顔になっている。
しかし一番の変化は発声法だ。おそらく03年から06年にかけてベルカント唱法を身につけた。しかもコブシもはるかに自在に操れるようになっている。
持ち前のやや太めのよく響く低音と、正確なリズム感は元からすごい。私が以前聞いて感心したのはその頃のものだ。
それに表情豊かで、絶対に崩さない中音域、そして頭声への切り替えと共鳴の会得で、とんでもない歌手になってしまった。
和服の時とドレスの時の発声の切り替え、細かいニュアンスの表現などただただ舌を巻くほかない。
日本歌謡界が生み出した最高の歌手ではないだろうか。(今日もいささか飲み過ぎた)


もう北海道では夏は終わり。ボサノバの季節からタンゴの季節に移ろうとしている。

と言いつつ、ボサノバを聴き始めた。クラシックはまめに更新しているが、ボサノバは古い音源のままで、YouTubeのラインナップもすっかり様変わりして、はるかにいい音の音源がはるかに多彩に揃っている。しばらくは聞くよりも音源集めに時間がとられそうだ。

その中で、とりあえず最大のヒットがこれ。

1.Sylvia Telles - 1957 - Carícia

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2.Sylvia Telles - 1958 - Silvia

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3.Sylvia Telles - 1960 - Amor em Hi-fi

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ジャケットのデザインはいかにも時代を感じさせるが、中身はまったく色あせていいない。

1957年のアルバムは、トム・ジョビンの名曲 “Por Causa de Você ”から始まり、“Sucedeu Assim”へと続く。以下ご存知の名曲だらけである。

1958年のアルバムはシャンソンぽい雰囲気がなくなって、完全なジャズバラードに移っている。やはりトム・ジョビンがメインだが、このアルバムから作詞にビニシウス・ジ・モラエスが加わっている。

1960年のアルバムはボサノバ全開である。トム・ジョビンの他カルロス・リラ、ロベルト・メネスカル、ジョアン・ジルベルトも曲を提供している。逆にビニシウス・ジ・モラエスはチームを去っている。

この盤からハイファイとなっていて、ジャケットにも麗々しく描かれている。しかしステレオではなさそうだ。

これまで、あまりシルビア・テリスの歌はあまり評価していなかったが、たしかにこの時点で彼女は「女王」だった。その曲の多くは「スタンダード」となり、いまだに歌い継がれている。

そういう意味で、この3枚は歴史的名盤と呼んでよいだろう。ただしシルビア・テリスというより、トム・ジョビンにとっての名盤かも知れないが。

パコ・イバニェスを紹介しておく。
パコはスペインのフォークシンガーで、多分私と同年代。フランコ体制に反抗した揚げ句に国を離れパリに移り住む。そこで68年の学生闘争にぶつかり、歌手として頭角を現す。
それからの十年、彼の歌はスペイン民主化闘争のシンボルとなった。
タバコの吸い過ぎなのか、最近の声はユパンキに同情されるほどひどい。もっとも若い頃は美声だったかというとそうでもない。歌手としては、よく言えば「味のある」という褒め言葉になる。
シンガーソングライターというと、普通は詩を書いて節をつけて演奏するのだが、彼自身は詩を書かず、他人の詩にメロディーをつけるのを専門にしている。したがって決め所ではかなりメロディーラインを動かす。したがって言葉がわからない他国人にはけっこう魅力的である。
カタロニア人らしいが、曲はかなりアンダルーシアの情緒にあふれている。ロルカやエルナンデスなどアンダルーシアの詩人の詩を好んで取り上げているからだろう。
代表作は下に記した通り。
EL LAGARTO ESTÁ LLORANDO_Lorca
PALABRAS PARA JULIA
A TI TE OCURRE ALGO
Canción del Jinete
Andaluces de Jaén
Mi niña se fue a la mar
SATURNO
こんなところか
当然、カヴァー曲が欲しくなるが、みんながカヴァーするのはPALABRAS PARA JULIAとAndaluces de Jaénくらい。
まぁとにかく聞いてみてください。YouTubeの穴にコピペすれば演奏が出てきます。



たまにラテンアメリカ音楽の紹介。
ドミニカにフアン・ルイス・ゲーラJuan Luis Guerra という歌手がいる。あまり日本では知られていないが、ラテンアメリカでは超有名歌手だ。クアトロ・クアレンタというバンドと組んでいるが、これは放送局の周波数が440キロヘルツという意味らしい。
バンド名のごとく、ノーテンキな曲を歌っている。椰子の葉陰でポール・アンカかニール・セダカを聞いているようだ。しかしアレンジは相当凝っている(ライブ盤ではわからない)。
ドミニカの昔のリズムであるバチャータを復活させてスタンダードにしてしまった。もちろん、メレンゲもやる。
まずはBachata en Fukuoka という曲を聞いて欲しい。大方、日本で巡業して福岡にも立ち寄ったのだろう。これがバチャータだ。ゲーラのバチャータの代表作は、Bachata Rosa(バラのバチャータ)、Frío, Frío(寒い寒い)、Ojala Que Llueva Cafe (コーヒー畑に雨が降る)、 Tus Besos (君の瞳)など。
車の運転中に聴くには良い。イライラ解消になる。

パブロ・ミラネスの変わり種アルバムを紹介しておこう。

Pablo Milanés y Lilia Vera El pregón de las flores 1981

YouTubeで全曲が聞ける。ありがたいことに、コメント欄に各曲の頭の時間がリンクされていて、別個に聴くことができる。

ベネズエラ民謡を思わせる白っぽい曲が詰まっている。LILIA VERA で調べてみると、案の定CANTANTE VENEZOLANA DE MUSICA TRADICIONALと書いてある。

Lilia Vera

率直に言えばそれほど魅力的な歌手ではない。歌もみな素晴らしいというわけでもない。しかしいくつかの民謡風の曲は素直に心にしみてくる。まぁベネズエラ民謡なんだから、当然といえば当然なんだけど…

1.El pregón de las flores

アルバムのテーマ曲のようだが、さほどではない。パブロでなければもっとうまく歌えるのにと思ってしまう。

2.Pueblos tristes

リリア・ベラとパブロのデュエット。佳曲だ。

3.Mi nostalgia

例によって、ものすごい変拍子のリズムの取りにくい歌だが、パブロは見事に歌っている。

4.La muerte del animal

このアルバムの白眉だ。見事にベネズエラしている。

5.Mi tripón

弦合奏やフルートも入って、ぐっとムーディーなアレンジになっている。パブロの独唱だ。

6.Montilla

クアトロが激しくかき鳴らされ、モントゥーノが迫力を生む。これもパブロの独唱。

ベネズエラ民謡はここまで。このあと後半の6曲はパブロの持ち歌を一緒に歌っているが、なくもがなの感がある。

キューバのヌエバ・トローバというと、日本ではシルビオ・ロドリゲスが人気だ。なぜならアメリカでの人気がすごいからだ。
多分、シルビオの詩が人気だからだろう。私から言うとシルビオは少しも面白くない。それは節を付けた詩でしかないし、詩の意味がわからないし、スペイン語が堪能で詩の意味が分かったとしても、高踏詩のように分からないことが分かっただけの話だろう。カエターノ・ヴェローソと同じだ。
トローバというのは門付けして歩く祭文語りのことだ。サロンで上流夫人を相手にして歌う歌ではない。野卑ではあるが、首都ハバナの流行歌を地方に伝えている。田舎の人にしてみれは街場の歌なのだ。
私の子供の頃、年寄りの好みと若者の好みは分裂していなかった。旅回りの「桃中軒某」とか「尾上某五郎」一座が街の外れに小屋を張ってのぼりを掲げる時、それは異界の出現であり、まがまがしき「東京」の出現であった。
たしかにトローバは田舎の世界ではあるが、その田舎にとっては「都会」という世界であった。そのエッセンスを汲み上げるのが、ヌエバ・トローバの仕事だ。
パブロの歌を聞く時それは田舎歌に聞こえる。ただそこにはコジャレた都会の香りがするのである。

 赤旗文化面で諸星さんという方が「民衆の心をうたうブラジリアンポップス」という文章を載せている。

たしかに面白いのだが、ボサノバ=中産階級、MPB=民衆の心の歌というのは、やはり乱暴だろう。

ボサノバもMPBもそれなりのムーブメントだった。多分に外国の影響を受けている。時期が違うだけだ。平ったく言えばビートルズの前か後かということだ。

歳のせいもあるが(そして中産階級に属しているからかもしれないが)、私は今でもボサノバのほうが好きだ。

「渚の恋」だから中産階級というのも頷けない。私のジュニア時代にはビーチボーイズに影響されて、グループサウンズが似たような歌を歌っていた。

彼らが中産階級を代表していたとは思えない。その辺の工員さんでも歌っていた。

だいたいあの頃はヒットチャートの半分がアメリカ音楽だった。

「ボサノバ」こそメイン

日本語にすると紛らわしいが、ブラジリアン・ポップスともいうべきジャンルがあって、メインストリームはあくまでもそこにあった。

大体はショーロかサンバ・カンソンを基調としていて、粋な「小泣き」の歌だ。ネルソン・ゴンサルヴェスあたりが代表で、白人も黒人も歌っていた。

有名歌手にはボサノバと積極的に関わる人も多くいた。

ボサノバは単純に言えばジャズ・サンバだから、独特のフアン層を持つやや特殊なジャンルだが、60年代なかばに次々と名曲が生まれたためにメジャーになってしまった。

とくにアメリカンポップスの影響を強く受けた。ホアン・ジルベルトのような塩っ辛いボサノバにかわって、セルジオ・メンデスとかカルロス・ジョビンのような分かりやすいボサノバが主流になった。

その代わりにサンバの要素は薄れたかもしれない。人々はそれをもうボサノバとは呼ばなくなった。

しかしポップスの一大分野であることに変わりはない。カルロス・ジョビンはいまだって神様だ。

私は今でもブラジルの歌をボサノバの延長として聞いている。「小洒落た」節回しや独特の複雑なコード進行はボサノバとしか言いようがないし、その音楽に浸っている間、私はボサノバ気分である。

MPB とブラックミュージックとの親和性

MPBは「トロピカリア運動」として、バイアからリオのミュージックシーンに土足で上がり込んできた。ブラジリアン・ロックともいうべきであろう。

カエターノ・ヴェローゾが捕まる直前に大学のコンサートで演奏している映像がyoutubeで見られるが、結構ぶっ飛んでいる。

トン・ゼーなどというのはとんでもない前衛音楽で、今でも狂っている。

バイアというのは黒人が多いところで、登場した歌手がみんな黒人ではないが、黒っぽい雰囲気を漂わせていた。

もちろんリオやサンパウロにもロッカーはいたわけで、イヴァン・リンスなんかが代表だろう。

トロピカリスモに限らず、60年代後半の風潮としてブラック・ミュージックは大きく舞台を広げた。ボサノバでも例外ではなかった。

ミルトン・ナシメントもこの頃ミナス州から出てきて活動を始めている。それにジャヴァンが続く。

だから私はMPBは青年の音楽と言ってくれれば納得するのだが。

反軍政運動と音楽

「民衆の心」というのを民主派という意味で言うなら、ボサノバとMPBを差別するのは全く間違っている。

むしろボサノバのミュージシャンこそ軍政に立ち向かい、その結果、国内での活動を絶たれ、ボサノバの衰退を招いたとも言える。(ちょっと言いすぎかな?)

ボサノバ界の代表ナラ・レオン(上流階級)やシコ・ブアルキはもっとも軍事政権と果敢に闘っている。ジョアン・ジルベルトやカルロス・リラはメキシコに逃れた。ジョアン・ボスコも抵抗の姿勢を貫いているのは諸星さんご指摘の通り。

ついでに

私もボサノヴァについていくつか文章を書いているのでご参照ください。

シルビオ・ロドリゲス Silvio Rodriguez

 

シルビオ・ロドリゲス

1946年11月キューバ生まれ。

キューバを代表する歌手として知られ、「キューバのジョン・レノン」に例えられている。シルビオ・ロドリゲスはラテンアメリカの左翼のシンボル的存在となっている

彼の歌のいくつかは、ラテンアメリカ音楽の古典と称せられ、大陸のあらゆる場所で歌われている。代表曲はオハラ、プラヤ・ヒロン、一角獣、小鎚など。

その歌詞はきわめて象徴的であるにも拘らず強い説得力を持つ。ロマンチシズム、エロチシズム、革命・政治と理想主義を語っているにもかかわらず、それらは心の内と向き合う。

60年代後半からヌエバ・トローバ(新しい歌)運動の担い手として頭角を現した。

69年に、漁船「プラヤヒロン」号の乗組員として従事し、この間に「海の歌」、全62曲を制作した。その中に「オハラ」や「プラヤヒロン」という代表作がふくまれる。

彼の歌はラテンアメリカの民衆を鼓舞し、当時の独裁政権は彼の歌を放送禁止とした。民主化が実現した後、アルゼンチンやチリでは10万人の観客を集めた大コンサートが行われている。米国は長い間ビザを発給しなかったが2010年についにコンサートが実現し、各地で大きな人気を博した。



シルビオ・ロドリゲスはラテンアメリカで今もっとも評価の高い歌手と言っていいだろう。しかしもっとも理解し難い歌手の一人である。理由は歌詞が難しいからだ。

歌のほとんどは詞の抑揚に節を付けたようなもので、詞がわからない限りはその良さはわからない。

そもそもヌエバ・トローバというのは、「今風の祭文語り」という意味だ。

我々としてはその中から耳辺りの良さそうなものを選んで聞くだけである。したがってスペイン語のネイティブとは好みが相当分かれるだろうと思う。

もう一つ、シルビオのコンサートといえば10万人の大スタジアムで観衆が熱狂して聞くというスタイルが多いが、本来のシルビオはこじんまりとしたサロンで静かにじっくり聴き込む類の歌手である。

それが、こうなってしまったのには、ラテンアメリカ独特の政治的・歴史的経過がある。その辺の経過も飲み込まないと、門外漢が入っていくには相当抵抗があるだろうと思う。

以上、歌詞がわからなくても楽しめる曲を中心に選んだ。本場のランキングとはだいぶ違うがご勘弁を。

 それにしても、この人誰かに似ていると思ったら、プーチンだ。あれほど人相は悪くないが…

1.Playa Giron プラヤ・ヒロン

日本人なら、シルビオといえばこの曲だろう。

私には思い出がある。93年最悪の年、真っ暗なサンチアゴ・デ・クーバのプラサでそこだけ明るいソンの観光酒場。この曲をリクエストしたら、年寄り連中は首を横に振る。すると伴奏の若い衆が脇からそっと出てきて、「何とか歌えると思う」と言ってくれた。

歌い出したら、「何とか」どころではない。そのままハバナに行っても通用するほどの腕前だ。指力が強いのか、ギターの音が耳も割れんばかりに響き渡る。(あの頃は自動車など走っていなかったから、静寂に慣れてしまっていたのだ)

開け放たれた窓の外には光と音を求める黒山の人だかりだ。

2.Unicornio ウニコルニオ

シルビオの代名詞みたいな歌だ。文字通りには「一角獣」だが、飼っていた犬の名前だそうだ。正式題名はMi unicornio azul

3.La Maza 小槌

「もし信じないなら」という台詞が延々と続く、訳の分からない歌詞だ。

この3つがシルビオの御三家だろう(もう30年前の話だが)

最近の御三家はどうなるだろう。とりあえず3つ挙げてみたが、これでよいのか定かではない。

4.Angel Para Un Final

天使が終わりを告げる。二人の間には沈黙が、そしてやがて忘却が…

5.Quédate 

「行かないで、泣かないで」みたいな歌だ。シンプルで、およそシルビオらしくない。そこが良い。

6.Ojala のぞみ

えらく人気のある恋歌らしいが、どうもピンと来ない。

その他、やはり古いところが中心になる。

7.蛇の夢(Sueño con serpientes)

あまり気持ちのいい夢ではない。蛇が次々に現れて襲いかかる、しかもどんどん大きくなって最後には飲み込まれてしまう。胃袋を切り裂いて飛び出すが、そこにはもっと大きな蛇が…

8.Companera 同志の女性

9.Canción del elegido 選ばれた者の歌

ある男の話だ。彼は銀河の彼方、夜の太陽の中、嵐から生まれた。彼は天体から天体へとさすらった。新鮮な水と生を求めて、あるいは見知らぬ死を求めて…

彼はソロモン王の秘宝を発見した。それはアフリカではなく他の天体にあった。しかし宝石は冷たく魂を持たなかった。

最後に彼は戦争を探して地球に行った。それは衝撃だった。彼を最後に見たのは硝煙漂う戦場だった.彼は未来からの銃でならず者を殺していた、幸せで裸で…

以下は流し聞きしたなかでよさげの曲。

10.Eva

11.Yo fui una vez

12.Quien Fera

13.Te amare

 

シルビオ・ロドリゲスの音源はなかなかいいものがなかった。古いビデオをアップしたものばかりで、音質は最低だった。

しかし最近は随分良い物が増えてきて、パソコンで聞く分では不自由しなくなった。

相手がキューバだから著作権など屁の河童。upload しまくっている。なかでも豪傑はRodrigo Riquelme Barrosという人で、187本も上げているから、ここだけでシルビオはほぼカバーされている。

その中でも最高の演奏と録音がSilvio Rodríguez en Chile 1990 である。

全編2時間半、29曲という長さで、聴き通すにはいささか骨が折れるが、それだけの値打ちはある。

1990年の演奏だから、すでにあの透き通るような美声は失われているが、十分に声量はある。

最初の10曲目くらいまではギターの弾き語りで、ちょっと飽きかけるが、その後からだんだん乗ってくる。

前半の最後はLa maza そしてAngel para un final という歌で、この歌が良い。

それにしても恐るべき“のど力”だ。ほとんど歌い続ける。Sueño de una noche de verano で一応終わった後、アンコールで Unicornioをサービス。

29位の A Noite Do Meu Bem はマリア・クレウーザで親しんできたと書いたが、どうも見当たらない。

代わりに出てきたのが、

A noite do meu bem - Nana Caymmi

Maysa A Noite Do Meu Bem

ELIS REGINA " A NOITE DO MEU BEM "

Lúcio Alves - A noite do meu bem

Nélson Gonçalves - A noite do meu bem

Maria Bethania e Quarteto em Cy - A noite do meu bem  どう考えてもこの組み合わせは合わない)

A Noite do Meu bem - Tom Zé (まさかトム・ゼーが歌うとは。予想に違わずひどいというか、すごいというか)

Maria Creuza - A noite do meu bem (やっと見つけました)

サムネイル

ZIZI POSSI canta A NOITE DO MEU BEM (私の好きなジジ・ポッシも歌っています。美声でもなく、声量があるわけでもなく、顔もバーブラ・ストレイザンド並みですが。コアジの聞かせ方がじつにうまい。ふっとイタリア風味が横切るところがよい)

Elizeth Cardoso - A Noite Do Meu Bem (エリゼッチの歌はないのだろうか、と思っていたら、見つかりました。残念ながらテレビのエアチェックで音の状態はかなり悪いですが。まるで祈りの歌のようで、立派なものでした)

結論としては、ドローリス・ドゥランのオリジナル歌唱をしのぐ演奏なしということ。


17-Viola Enluarada - Marcos Valle & Milton Nascimento(名曲です)

と書いたが、リンクが切れていた。 「この動画は再生できません。 申し訳ありません」と出てくる。

しかしグーグルからはしっかり行ける。さすがに名曲・名演だ。

Marcos Valle & Milton Nascimento - Viola Enluarada

このコンビではもう2曲聴ける。

Marcos Valle & Milton Nascimento - Diálogo

Marcos Valle & Milton Nascimento - Requiem

以前、「ブラジル 60年代ヒット曲100選」というリストを転載したことがあった。

その時、37位にリストアップされたのが、Fica Comigo Esta Noite - Nelson Gonçalves

という曲だった。「タンゴみたい」と思った。

ふと気になり、ネルソン・ゴンサルヴェスの曲をまとめて聞いてみた。といっても、youtubeで検索をかけると4万7千件もヒットする。

とりあえず上から順に聴けるだけ聴いてみることにする。

A Volta do Boêmio (ショーロ)

Naquela mesa (ご存知ジャコー・ド・バンドリンを偲ぶ歌である。エリゼッチ・カルドーゾの持ち歌と思っていたが)

Cara a Cara (バラード)

Quando eu me chamar saudade (サンバ・カンシオン)

A FLOR DO MEU BAIRRO (ショーロ)

DEUSA DO ASFALTO (ショーロ。心地よいサウダーヂ。Adelino Moreiraという人の曲らしい

FICA COMIGO ESTA NOITE (どう見てもタンゴ。しかし鋭い切り込みはない)

HOJE QUEM PAGA SOU EU (と思ったら、こちらはポルテーニョそのもの)

Doidivana (タンゴ)

Argumento (ショーロ。良い。この人は基本的にはショーロ歌いのようだ)

Vermelho 27 (タンゴ。アカの27番というのはルーレットの眼らしい。いかにもタンゴの題だ)

Meu dilema (ショーロ)

Queixas (ショーロだが、リズムは表でタンゴっぽい)

Revolta (ショーロ。良い。アルゼンチンのフォルクローレみたい)

A CAMISOLA DO DIA (ショーロ。良い)

少し疲れたのでこのくらいにする。

この人は最初はタンゴ歌いで、その後ショーロ歌手として売り出し、有名になってからはサンバとかバラード、ボレロにも手を広げたようだ。

50年代末から60年代はじめにかけてショーロを歌っていた頃がピークだと思う。年取ってからも歌っているが、ひどいから聞かないほうが良い。

サムネイル

アルバムとしてはNelson Gonçalves em Hi-Fi (1959) - Vitrola de Ouro ( LP COMPLETO ) が良いようだ。

八木啓代さんという方がいる。本籍は歌手だが大変マルチな方で人脈もすごい。
もう20年も前になるか、札幌でリサイタルがあって、その時同行したのがアンヘル・パラ(Angel Parra)という歌手。八木さんの美声もさることながら、パラの歌には感動した。
その後の交流会で、彼の亡命中の苦労話を聞いて、本当に真面目な人だなと思った。ただしラテンの人の真面目さというのは日本人の黙々というのとはちょっと違う。
彼のカセットテープをしばらく聴き続けた。最後の「ポプラ並木」という曲はいつも涙が出た。
と、ここまでが前置き。

最近YouTubeでアンヘルの歌が続々とアップロードされている。70に手が届こうとしているが歌は若い。
人気に乗ってか、昔の歌も聴けるようになった。
その中の決定版がこれだ。

「新しい祖国の歌ども」 canciones de la patria nueva

アジェンデと人民連合がもっとも意気盛んだった年のアルバムだ。
自作が3曲、他にガルデルのアウセンシアやパブロ・ミラネスも歌っている。“Miles de Manos”というのが良い。

多分ビクトル・ハラとは全く別のラインでヌエバ・カンシオンの領域を開拓していたのだろう。学園やメディアを通じて有名になったハラとは違い、親の代からの筋金入りで民衆の歌を歌っていたパラは自分こそが本流という意識を持っていたと思う。

だからサッカースタジアムでハラが虐殺されたと知った時、そこにいるべきは自分ではなかったかと思ったかもしれない。
とすれば、それは恐ろしい体験だ。実存していることが恐怖なのだから。

これ以上は彼が死んでから書くことにしよう。私のほうが長生きすればの話だが…



タニア・マリアはUSで活躍するブラジル人歌手である。
もとはジャズ・ピアニストでいつの間にか歌のほうが有名になったという感じである。
差別ではないがすごい迫力顔をしたおばさんで、淡谷のり子も真っ青だ。
全曲ほとんどスキャットで通す。歌うときはポルトガル語である。
かなりのフアンがいるようだが、ジャズ畑の延長で聞かれているようである。
私のようなボサノバ畑の人間にとっては、ジャズもやるブラジル人だ。ただミルトン・ナシメントとかジャヴァンとかがアメリカに渡って荒れてしまっとのは違い、この人はジャズとサンバのバイリンガルのようだ。スイッチヒッターのように両方ともしっかり打てている。
(この際面倒なので、ブラジルポップスをボサノバと言ってしまう)

YouTubeにはかなりの曲がアップロードされているが、良い音質の演奏は意外に少ない。

1.Abre Las Allas
 http://www.youtube.com/watch?v=HLHc5_vOno0

ブラジル語で歌っている。カエターノ・ヴェローゾを思わせる。ロマンチックな趣もたたえた佳曲だ。

2.2AM  http://www.youtube.com/watch?v=vm4M5SGjLDI

ブラジル高地の風を思わせる爽やかなメロディーが、ジャズっぽく転調されて展開されていく。スキャットが見事である。

3.Bom Bom Bom Chi Chi Chi
  http://www.youtube.com/watch?v=cvrjTCYU3B4

ジャズ・サンバで、シンコペートしたリズムが強烈に打ち込まれる。最初はベッチ・カルバーリョを彷彿とさせる歌いぶりであるが、途中からジャズのリズムに変わり、エラ・フィッツジェラルドも真っ青のスキャットとなる。
リサイタルのつかみの曲。これで客を一気に乗せていく、すごい腕前だ。

4.Cry Me A River

完全な(と言ってもブラジル臭は残るが)ジャズのイディオムによる演奏である。子音、とくにvとθがはっきしりないスペイン風英語だ。
どうもホントのジャズにはならない。

5.Funky Tamborim
 http://www.youtube.com/watch?v=Bx4F_iChqNk

私はブラジル人の演奏する「ファンキー」というジャンルが大好きで、ジルベルト・ジルもやっているが実にノリが良い。USファンキーと違って騒々しくない。
もちろんブラスが大活躍するのだが、とりわけブラジル音楽では必ずトロンボーンが一節やる。これがいいのだ。

6.Intimidade

ほぼ正調のボサノバ。低音で迫るタニアの歌には、なんとも言えぬ色気がある。この人にはボサノバが一番なようだ。

7.Lemon Cuca
 http://www.youtube.com/watch?v=uQqt1_DhEmE

もう一人の女性歌手が加わってデュエットとなるのだが、この掛け合いがなんともかっこいい。

8.Olha quem Chega http://www.youtube.com/watch?v=_7cztLf7zwM

思わずクレジットを見直してしまう。ほんとうにタニア・マリア?
まるでマリア・クレウーザ。
と思ったら、これはあのエドゥアルド・グディンの曲だった。
(わたしのホームページのテーマ曲の作者)

9.Que vengan los toros 

滑り出しはまったく歌なし。見事にジャズ・ピアニストとしての腕前を発揮している。中間部でスキャットが入るが実に快調。疾走している。
たまたま曲名のアルファベット順に並べただけだが、コンサートの終曲にふさわしい。

10.Sangria


コンサートでいえば団員の紹介みたいな曲。バックのウマさにびっくりする演奏。

11.Yatra Ta
 

9.が終曲とすれば、これはアンコール曲。ノリを最後まで持ってくる。

実に見事な演奏。恐れいりました。


ジャズと言ってもいわゆるダンモはカラッきしダメだ。
とくにトランペット系はひたすらうるさい。押し付けがましく、暑苦しい。
そんなもんジャズじゃなくてポップスだと言われるかもしれないが、メル・トーメあたりでちょうどいい。
さすがにガードが堅くて、YouTubeではなかなか聞けない。
音質的にまずまず聴けるのは以下の12曲。

Autumn Leaves - 1992 TOKYO LIVE
Blue Moon
Isnt It Romantic - with Al Pellegrini Orchestra 1955
Lullaby of Birdland from Songs Of New York 1963
New York State Of Mind - alto sax Phil Woods
Pick Yourself Up 1994
Thats All 1965
The Christmas Song - 1992 LIVE IN 東京
The Folks Who Live On The Hill
The Goodbye Look 1992 LIVE IN TOKYO
Too Close For Comfort 1960
Walk Between Raindrops

Jo Stafford もいいのだが、こちらはYouTubeではほとんど聞けない。

レダ・バジャダレスのレコードがとても良いので紹介します。
Folclore de rancho Leda Valladares

というアルバムですが、YouTubeで全曲が聞けます。下の写真のごとくかなりエキセントリックな雰囲気を漂わせています。アルゼンチンのビオレータ・パラといったところでしょうか。同じトゥクマン生まれのメルセデス・ソーサより10歳くらい年上のようです。

英語ではまったく紹介されていないので、スペイン語をそのまま載せます。私にはサッパリ分からないので、分かる方の翻訳を期待します。

Los temas y su origen son:
01. Chacarera (recogido por Isabel Aretz, Yerba Buena, Tucumán)
02. Yaraví (recogido por Silvia Einsenstein en Tilcara, Jujuy. Letra de Leda Valladares)
03. Tonada humahuaqueña (recogida en Tilcara, Jujuy, por Leda Valladares)
04. Tonada sanjuanina (recogida a Hugo Pérez de Sanctis, de San Juan, que la escuchó en Valle Fértil, por Leda Valladares)
05. Baguala de Tucumán (tomada en Tafí del Valle, por Leda Valladares)
06. Milonga con sauces (letra y música de Leda Valladares)
07. Carnavalito (recogido en Iruya, Salta, por Leda Valladares)
08. Vidala riojana (recogida en Malligasta, La Rioja, por Leda Valladares)
09. Yaraví (recogido en Tucumán a Luciano Irrazábal, por Leda Valladares)
10. Baguala salteña (recogida en Salta a Amador, del Valle de Lerma, por Leda Valladares)
11. Zamba “La yerbabuena” (recopilación de Manuel Gómez Carrillo)
12. Vidala “De lejas tierras” (tema santiagueño, recopilación de Manuel Gómez Carrillo)

1972年の録音ということなので、軍事独裁の始まる前、民衆の運動が高揚していた時代です。
この人は民謡の採取家でもあったようで、その音源がCD化されています。かなりネグロ系の曲も拾っています。
この人は元々ジャズシンガーだったのかもしれません。下の曲は明らかにジャズのノリです。
Leda Valladares - hoy es nunca
写真がまた良い。竹久夢二風。
http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/5/7/57d13ae1.jpg

cancin de la mirada という歌は、ブラジルのサンバ・カンシオン風で、まるでシルビア・テリスの曲を聞いているようです。(要注意、音質は最悪です)

ということで、きわめて芸域の広い人です。

それにしても、もう少し注目されてもいい人ではないかしら。

ラテンアメリカ “フォルクローレ、もしくはプロテストソング”の流れ

「学習会」ということで、一晩でやるために作った文章です。非常に荒っぽい筋ですが、そういうことでご容赦を。

源流はピート・シーガー

フォルクローレというのは直訳してしまえば「民謡」ですが、日本のフォークと同じく、あの頃の若者の文化的なムーブメントと捉えるべきでしょう。

最初に大胆な仮説を立ててしまいますが、ラテンアメリカの“フォルクローレ、もしくはプロテストソング”の流れの源流はピート・シーガーだと思います。

もちろん、ユパンキなどの民謡歌手もいました。ラテンアメリカで先住民の音楽を採集するいわゆる「民俗音楽」研究者もいただろうと思います。私は詳しくはありませんが。

ピート・シーガーにもウディー・ガスリーというカントリー・ミュージックの先駆者が居ました。労働者の闘いに関する歌もたくさん作っています。

ただピート・シーガーはシングアウトという形式で、民衆と結びつけ、ポピュラー・ミュージックのシーンと結びつけました。だから彼の歌はフォークロアともなり、メッセージソングともなり、スタンダード・ポップスともなったのです。そこから反権力性を過激かつ曖昧化したのがボブ・ディランです。

ピート・シーガーのメモリアルソングは「我らは勝つだろう」(We shall overcome)です。

ラテンアメリカでのこういうジャンルの曲は“フォルクローレ”というカテゴリーにふくまれます。これはフォークロアの直訳であり、“英語っぽいスペイン語”です。

USフォークの影響を受けた青年・学生たちが“先住民の民謡”を再発見し、これらの歌を演奏するムーブメントとして始まったのだろうと思います。

 

フォルクローレ運動の創始者 ビクトル・ハラ

フォルクローレ運動がもっとも盛んだったのはチリでした。なぜなら人民連合政府が樹立され、闘いの中に若者の文化が花開いたからです。ついでアルゼンチンとウルグアイにもフォルクローレ文化が拡大しました。

フォルクローレは先住民の音楽を発掘する運動としての側面を持っていましたが、南米の中でも白人の構成比が高い国で起きた運動であるために、白人知識層を主体とする運動でもありました。いわば左翼系若者のファッションだったのです。

運動の側面を強調する場合にはヌエバ・カンシオン(新しい歌)と呼ばれます。普通ならカンシオン・ヌエバですが、語順を英語風にすることで新しさの文化的意義を強調しています。ここではフォルクローレで統一しておきます。

チリのフォルクローレを代表する歌手はビクトル・ハラ(Victor Jara) です。彼のメッセージは「耕すものへの祈り」として結実します。これはコンクールに応募して一等になった作品で、活動家のみならずポピュラーミュージックとしても、みんなに愛されました。ハラにはメッセージソングライターとしての側面と、若者向けのソングライターとしての顔の2つがあります。ロックの代表が「平和に生きる権利」(El Derecho De Vivir En Paz)です。

メッセージソングの代表がアジェンデ選挙のキャンペーンソング「我らは勝つ」(Venceremos)です。リリカルな側面が強調されたのが「アマンダの祈り」です。クーデター直前に作られた「宣言」では歌は哲学的な響きを帯びてきます。

これに影響されて、アルゼンチンではビクトル・エレディア、ウルグアイではアルフレド・シタローサが登場してきます。ブラジルではポップス出身のシコ・ブアルキがフォルクローレとの融合を試みるようになっていきます。

一方、この頃から、ビートルズに影響されてロック音楽が各国でブームを引き起こすようになりました。アメリカではレッド・ツェッペリン、シカゴ、BSTなどがけたたましいエレキの音に乗せてベトナム反戦などのメッセージを送り出します。ラテンアメリカではブラジルのカエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジルを先頭とするトロピカリア・グループ、アルゼンチンではレオン・ヒエコらが騒々しく登場するようになりました。

 

メルセデス・ソーサ 抵抗の歌としてのフォルクローレ

73年9月にチリでクーデターが起こり、その後次々にラテンアメリカ諸国が軍事独裁化していきます。ミュージシャンもその多くが海外に亡命していきます。

そんななかで祖国の民主化をもとめる運動の先頭にフォルクローレが立つことになりました。キラパジュンの「団結した人民は屈しない」(El pueblo unido jamás será vencido)がテーマソングになります。フォルクローレはファッションではなく闘いの歌となります。

メルセデス・ソーサ(Mercedes Sosa)は元々は民謡歌手で、アタワルパ・ユパンキの歌を歌わせたら天下一品でしたが、軍事独裁政権に国を追われてからはフォルクローレ運動の先頭に立ち、“ラテンアメリカの母”とまで呼ばれるようになりました。亡くなったときは準国葬扱いでした。

ソーサはフォルクローレの歌手には珍しく、作曲もしないし、ボンボという太鼓を叩くほかには楽器も演奏しません。その代わりいろんな作曲家の持ち歌をカバーしています。だからメルセデス・ソーサにカバーしてもらうのはとても名誉なことなのです。

最も知られているのはチリのビオレータ・パラの歌をカバーした「人生よありがとう」です。もちろんビクトル・ハラの歌もたくさん歌っています。しかしアルゼンチンでは、レオン・ヒエコの歌「ただ神に祈ることは」 (Solo le pido a Dios) のほうが有名です。

ほかにキューバのシルビオ・ロドリゲス、パブロ・ミラネス、ブラジルのミルトン・ナシメントなどの曲も歌っています。

 

その後のフォルクローレ

80年代に多くの国が民主化を実現し、その後フォルクローレ運動は一段落したようにも見えます。しかし民衆の闘いが続く限り、運動としての「民衆の歌」の精神も引き継がれていくでしょう。

曲のカテゴリーとしてはとてもフォルクローレとはいえませんが、ベネズエラの「チャベスは去らないぞ」(Uh Ah, Chávez No Se Va)は精神としてはフォルクローレそのものです。

 

YouTube リンク集

ピート・シーガー

我らは勝利する

lanningck さんのサイトでは、Pete Seeger's 90th Birthday Concert がアップされているので是非ご覧のほど。

ついでにウディー・ガスリーの元歌だが、ピートのヒットさせた歌。

この国は君のもの

ビクトル・ハラ

ビクトル・ハラの名曲はたくさんあるが、メッセージ性も含めればやはりこれだろう。

平和に生きる権利 音質は悪いが、テレビ出演した時の貴重な映像が残されていて、演劇者としての特質がよく出ている。

アマンダの思い出 Up主がとても音を綺麗にしてくれており、聴きやすい。

ビクトル・ハラの歌ではないがチリ人民の闘いを象徴する歌

団結した人民は屈しない ついでながら、このジャズヴァージョンがとても良い

"Giovanni Mirabassi - El Pueblo Unido Jamas Sera Vencido"

メルセデス・ソーサ

80年代後半に出たベスト盤が、いまもベスト盤である。

人生よありがとう(ビオレータ・パラ曲) これは80年録画の映像が見られる。函館で実物を見たとき(78年)はこんな感じだった。

耕すものへの祈り(ビクトル・ハラ曲) 少し音が古いが最高の演奏で、ビクトル・ハラの自演よりはるかに良い。

ただ神に祈ることは(レオン・ヒエコ曲) 84年のブエノスアイレスでのコンサートの映像がアップされていて、ヒエコとのデュエットを見ることができる。レオン・ヒエコは札幌にも来たが聞きそこねた。ガラガラだったそうだ。

アルフォンシーナと海(アリエル・ラミレス曲) いわゆる芸術歌謡だろう。ソーサの代表曲であることは間違いない。

アナ・カラムという歌手がいる。小味な歌手なのだが、うまい。ギターの腕前もすごい。
この人の一番よい演奏は「O Vento」という曲だ。トリバル・カイミの曲らしい。YouTubeでも聞ける。
これはブルー・ボッサというアルバムの一曲だ。このアルバム、聞いていて辛い。とにかくサンバがブルースに乗らないのだ。
これは無謀だ。ジョアン・ジルベルトが独特のシンコペーションとコード進行で何とかジャズにはつなげた。
しかしジャズには繋がっても、ブルースにはつながらない。むしろクラシックとの親和性のほうがはるかに高い。
これはアフロ・キューバン・ジャズでも同じだ。
ブルースの一拍目の重さは、誰にも受け止められない。
あきらめなさい。



3.11の2周年にあたり、レオン・ヒエコの歌 “Solo le Pido a Dios”(私はそれだけ祈る)の歌詞をアップしておきます。

私はそれだけ祈る。痛みに対して無関心でいないようにと / 死よ、うつろで孤独な私を見つけないでくれ。私には未だし残したことがある。

私はそれだけ祈る。不正に対して無関心でいないようにと / 爪が私の運命をかきむしるとき、もうひとつの頬を差し出さないように

私はそれだけ祈る。戦争に対して無関心でいないようにと / 貧しく罪なきすべての人々を踏みにじる巨大な化け物に

私はそれだけ祈る。未来に対して無関心でいないようにと / 国を追われ、異国で暮らす力無き人々とその未来に。

(英語からの重訳のため不正確です)

Mercedes Soza- Sólo le pido a Dios (Con León Gieco)

音はYouTubeで聞けます。軍政終了直後の1984年に、Luna Park で行われたコンサートの録画です。

感動的な演奏です。メルセデス・ソーサは命懸けで帰ってきて、命懸けで歌っています。

「もう一回歌おう」とソーサが呼びかけると、観客が泣きながら応えています。


面白いものがあった。60年代ブラジルのヒット曲ベスト100というのである。
ネタはここ。
Top 100 Brasil década 1960 (Músicas mais tocadas 1960 a 1969)



All the rights reserved to the Records! Todos os direitos às Gravadoras!
* Top com as 100 Músicas mais tocadas no Brasil na década de 1960(1960 a 1969) em rádios e vendas.
- Lista em texto das posições:

101- É Proibido Fumar - Roberto Carlos
100-A Volta - Os Vips e Ronnie Von
99-Filme Triste - Trio Esperança
98-F... Comme Femme - Adamo
97-Cabeleira do Zezé - Jorge Goulart
96-Tenho Um Amor Melhor Que o Seu - Antonio Marcos
95-Disparada - Jair Rodrigues
94-Vendedor de Bananas - Os Incríveis
93-What a Wonderful World - Louis Armstrong
92-Splish Splash - Roberto Carlos
91-Arrastão - Elis Regina
90-Somethin' Stupid - Nancy Sinatra & Frank Sinatra
89-Vem Quente Que Eu Estou Fervendo - Erasmo Carlos(ロックのリズムでなかなかノリが良い) 
88-All You Need is Love - Beatles
87- Pata Pata - Miriam Makeba
86-I Got You (I Feel Good) - James Brown
85-Shame And Scandal In The Family - Shaw Elliott
84-Satisfaction - The Rolling Stones
83-I Started A Joke - Bee Gees
82-Quando - Roberto Carlos
81-Oh, Pretty Woman - Roy Orbison
80-Multiplication - Bobby Darin
79-The Girl From Ipanema - Stan Getz & Astrud Gilberto
78-O Neguinho e a Senhorita - Noite Ilustrada
77-Put Your Head On My Shoulder - Paul Anka
76-Balanço Zona Sul - Tito Madi
75-MacArthur Park - Richard Harris
74-Twist and Shout - Bleatles
73-Parei na Contramão - Roberto Carlos
72-Meu Bem - Ronnie Von
71-Sugar, Sugar - The Archies
70-Mulher de Trinta - Miltinho
69-Marina - Cauby Peixoto
68-Mustang Cor de Sangue - Marcos Valle
67-Bus Stop - Hollies
66-Hava Nagila - Chubby Checker
65-Suave é a Noite - Moacyr Franco
64-Michelle - Beatles
63-Dominique - Giane
62-Surrender - Elvis Presley
61-Se Você Pensa - Roberto Carlos
60-Get Back - Beatles
59-Menina Moça - Tito Madi
58-Leva Eu Sodade - Nilo Amaro & Os Cantores de Ébano
57-Tudo de Mim - Altemar Dutra
56-She Loves You - Beatles
55-Light My Fire - Jose Feliciano
54-O Bom Rapaz - Wanderley Cardoso
53-Io Che Non Vivo Senza Te - Pino Donaggio
52-A Hard Day's Night - Beatles
51-It's Now Or Never - Elvis Presley
50-Sá Marina - Wilson Simonal
49-Estão Voltando As Flores - Helena de Lima
48-Love Is Blue - Paul Mauriat
47-A Praça - Ronnie Von
46-Ma Vie - Alain Barrière
45-Please Please Me - Beatles
44-Chove Chuva - Jorge Ben
43-Biquini de Bolinha Amarelinha - Ronnie Cord
42-Esqueça - Roberto Carlos
41-País Tropical - Wilson Simonal
40-Aquarius/Let The Sunshine In - 5th Dimension
39-Esmeralda - Carlos José
38-Faz Me Rir - Edith Veiga
37-Fica Comigo Esta Noite - Nelson Gonçalves(タンゴみたい)
36-Hoje - Taiguara
35-Garota de Ipanema - Pery Ribeiro
34-Capri C'est Fini - Hervé Villard
33-Sentimental Demais - Altemar Dutra
32-O Ritmo da Chuva - Demetrius
31-I Can't Stop Loving You - Ray Charles
30-Bat Masterson - Carlos Gonzaga
29-A Noite do Meu Bem - Dolores Duran
28-Let's Twist Again - Chubby Checker
27-Volta Por Cima - Noite Ilustrada
26-Rua Augusta - Ronnie Cord
25-A Banda - Nara Leão
24-Amore Scusami - John Foster
23-Love Me, Please Love Me - Michel Polnareff
22-Baby - Gal Costa
21-Prelúdio Para Ninar Gente Grande (Menino Passarinho) - Luiz Vieira
20- Namoradinha de Um Amigo Meu - Roberto Carlos
19-Blue Moon - The Marcels
18-Sonhar Contigo - Adilson Ramos
17-Viola Enluarada - Marcos Valle & Milton Nascimento(名曲です)
16-Coração de Papel - Sergio Reis
15-Palhaçada - Doris Monteiro
14-Yesterday - Beatles
13-Aquele Abraço - Gilberto Gil
12-I Want To Hold Your Hand - Beatles
11-Theme From "A Summer Place" - Percy Faith
10-Banho de Lua - Celly Campello
09-O Calhambeque - Roberto Carlos
08-O Trovador de Toledo - Gilda Lopes
07-Gina - Wayne Fontana
06-As Curvas da Estrada de Santos - Roberto Carlos
05- Datemi Un Martello - Rita Pavone
04-Trem das Onze - Demônios da Garoa
03-Mas Que Nada - Jorge Ben
02-Hey Jude - Beatles
01- Quero Que Vá Tudo Pro Inferno - Roberto Carlos

日本だと洋楽系と邦楽系は截然と分かたれるが、ブラジルは結構ごった煮であるところが面白い。当然ビートルズもたくさん入ってくるが、やはりUSA系のものが多い。
この頃からロベカルが圧倒的な人気だ。スペイン語圏と違って絶叫型やムイデュルセのボレロは少ない。
ジョルジ・ベン、ジルベルト・ジル、ガル・コスタ、ナラ・レオンなどの名がちらほら出てくるが、基本的にはあまりお呼びではない、ボサノバの全盛期と言われた時代でもこんなもんだ。
「イパネマの娘」はペリー・リベイロの持ち歌になっている。
「バット・マステルソン」は笑ってしまう。
「あの人が来る夜」 A Noite Do Meu Bem は29位。マリア・クレウーザの歌で親しんできたが、元祖のドロレス・デュランという歌手が美人。早速探してみたら、http://www.youtube.com/watch?v=crwoEqWaY8I に元絵があった。ところが他の絵は似ても似つかぬ健康優良児。相当派手に手を入れたようだ。それはそれとして歌はうまい。島津亜矢なみだ。

「ア・バンダ・パサ」はシコ・ブアルキの曲だがこれをヒットさせたのはナラ・レオンだったんだ。この絵は良家の子女が熱狂していて、その付き添いの母親も一緒に歌っているという、信じられない場面が取られている。
それ以上に異様に思ったのは、この同じ会場でただ一人のネグロ、ジャイル・ロドリゲスが歌っていることだ。95位の曲がそれだ。
この絵を見て初めて分かったのだが、60年代、ブラジルにおいて黒人はオフィシャルなシーンからはまったく隔絶されているということだ。ポルトガル人の差別意識はスペイン系よりはるかに強烈なようだ。黒人は白人にとって“良き下僕”以上の何者でもない。

サンバ・カンサオンも音楽的は出自は別として、あからさまな階層社会の上に作られた文化であることを、我々は念頭に置いとかなければならないのだろう。

「血の色のムスタング」はマルコス・ヴァーリ69年の作だ。無残としか言いようが無い。ナシメントとの共演によるViola Enluaradarがその前の年の作品だとすると、その差はさらに際立つ。
これも意外に良いのだが、89位のエラスモ・カルロス。67年にロックにこれだけの情感を込める実力はなかなかのものだ。
91位のエリス・レジーナ「Arrastao」はすごい。この人の歌力は頭ひとつ抜けている。

ボサノヴァ年表をYouTubeでフォローする

1.Laurindo Almeida

ロリンド・アルメイダは基本的にはジャズの人であり、ウエストコースト・ジャズの一員である。しかしそのギター奏法はクラシックである。

ほとんどボサノヴァだというブラジリアンスが聞けるが、ほとんどヴィラ=ロボスで、ほとんどショーロだ。

アルメイダがMJQと共演したワン・ノート・サンバが聞ける。テレビの録画であるが、音質は悪くない。

MJQがサンバとかボサノヴァをまったく理解していないことが分かる。アルメイダはわかっているようだが、MJQに遠慮している。

次は、アメリカのギタリスト、チャーリー・バードとのデュオで、ピシンギーニャの "Naquele Tempo" (あの頃) 。ショーロの名曲を地味にしみじみと聴かせる。ショーロは白っぽい音楽で、黒人のサンバとFusion しながらブラジル音楽の屋台骨を形作っている。

これはビニール盤からイパネマの娘とカルナヴァルの朝をアップしたもの。この人はジャズ・サンバというよりジャズ・ショーロだろう。

いずれにしても、センス・テクニックもふくめ、過去の人だ。

 

2.Rapaz de Bem

オリジナルにどれくらい近いか分からないが、とにかく曲そのものはジョニー・アルフの歌で聞くことが出来る。ところどころにトム・ジョビン節が伺われるが、さほど印象に残るものではない。

意外な掘り出し物がドミンゲーニョスのアコーディオンとジンボ・トリオによる演奏。テレビのエアチェックで画質・音質ともひどいが、演奏はノリノリだ。前から思っているのだが、ジンボ・トリオというのは相当なものだ。

ナラ・レオンの歌は意外につまらない。演奏だけならワルター・サントスの歌がさっそうとしている。バックはワルター・ワンダレーで音も良い。

 

3.EU QUERO UM SAMBA

「ジョアン・ジルベルトのスタイルに似ているという」が、ジョアンが自分で歌ってしまってしまったら似ているもへったくれもない。

オリジナルを探したら、あった! オス・ナモラードスの歌で、まったくごきげんな曲だ。わるいけどジョアンの念仏節よりはるかに良い。

これはモロにサンバであって、ボサではない。上記2つの演奏を聴き比べると、ジョアンがサンバからボサノバをどう作り上げたかが分かるかもしれません。


4.PERDIDO DE AMOR

ルイス・ボンファの本人歌唱が聞ける。オリジナルの録音ではないので、当時の演奏スタイルはわからないが、おそらくこんなものだろう。「黒いオルフェ」を彷彿させる佳曲だ。

これはショーロではなくサンバ・カンサウンだ。サンバをゆったりと歌うスタイルを白人が受け入れたもので、当時の流行と同じ流れだと思う。ボサノバではない。

この曲をディック・ファーニーが歌うと、モロにボサノバだ。72年の録音というから、もう完全に“ボサノバ風ムード音楽”になっている。もともとボンファはディック・ファーニーの伴奏をしていた人なので、ピッタリと合うのだろう。

アメリカのマーケット狙いだろう。でも気持ち良い。

ついでながら、この音源をアップしたluiz alfredo motta fontana さんのチャンネルには上等のビニール盤音源がたくさんある。


5.Orfeu da Conceicao 黒いオルフェ

「リオ・デ・ジャネイロ交響曲」については音源を見つけることができなかった。

ということで、黒いオルフェになるのだが、我々は「黒いオルフェ」をボサノバの代表としてみるのだが、どうもなかなかそうはならないようだ。

ただ、そうやってらっきょうの皮むきをやって、ジョアン・ジルベルト以外はボサノバにあらずみたいな原理主義的決め付けをしていくと、きわめて干からびたものになってしまう。

リズムだとか、形式ではなく、ひとつの時代の一つのムーブメントとしてボサノバを捉えたほうが良いと思う。

それで黒いオルフェに戻るのだが、これは年表にもある通り、ヴィニシウスによる1956年の戯曲「オルフェウ・ダ・コンセイサゥン」を映画化したもので、マルセル・カミュ監督のフランス・ブラジル・イタリア合作映画である。2年後の59年に公開されている。

カエターノ・ヴェローゾは、「ブラジル人はあの映画は好きではなく、音楽はよくても映画自体は最悪だ」と酷評している(ウィキペディアによる)

それはともかく、映画化にあたって製作に関わったジャズ畑のジョビンが、サンバ・カンサウン系のルイス・ボンファに作曲を依頼した。そうして2つの超名曲が生まれたというわけだ。

お二人には悪いが、曲は真っ白だと思う。


6.CARICIA

年表の作者が組み込むからには、このアルバムもボサノバの源流の一つなのだろうか。

アルバムの中の一曲 Foi a Noite がオリジナルで聞ける。トム・ジョビンの作曲。基本的にはサンバ・カンサウン、アレンジはハリウッドっぽいジャズ・バラードである。こんな曲は白人しか書かないし、聞かないだろう。

彼女の1枚目の10インチLP「CARICIA」は、バレリーナ姿のジャケットが美しく、珍しいこともあって目から火が出そうな値段でした(大阪のk.m Web さん

下世話な話になるが、シルビアは一時、ジョアン・ジルベルトと出来ていたようだ。アストラッドの前である。30歳を前に交通事故で死んでしまった。

言えることは、モーロの歌い手の手を離れたサンバ・カンサウンが、ジョビンの手によって漂白されて磨きをかけられて、ほとんどジャズ・バラードの域にまで達していたということだ。


7.バチータ

当時、カルロス・リラとメネスカルはつるんでいたらしい。そこにリオに舞い戻ったジョアンが転がり込んできた。

そこでジョアンが編み出したバチータというギター奏法を披露し、二人はでんぐり返ったようだ。隕石が落ちてきて、なかから宇宙人が飛び出してきたような衝撃だ。(すみません。このバチータというのが、良くわかりません。どういうスペルなのかな?)

おそらく聖地ウェストコーストの味がしたのだろう。しかもサンバのリズムが隠し味になっている。

年表作者はジェリー・マリガンの影響だとしているが、マリガンてどんな人だろう。

ウィキペディアによると、1952年、カリフォルニアで、トランペットのチェット・ベイカーらとピアノレスカルテットを結成した。この動きがアメリカ西海岸におけるウエストコースト・ジャズの顕在化につながっていくことになる。

とある。

53年のマリガン・クァルテットの演奏がここで聞ける。後ろ1/3がマリガンのSoft Shoe という曲だ。いわゆる“ダンモ”の世界だから、私には良いも悪いも分からない。ここからジョアンがどのような啓示を受けたのかも分からない。


8.Chega de Saudade(エリゼッチ・カルドーゾ盤)

びっくりしたのはジョビンもビニシウスも同様だったと思う。早速レコード会社に売り込んで、制作されたのがこの曲。

最初は有名なサンバ歌手エリゼッチ・カルドーゾ、しかし出来栄えは思わしくなく、あらためてジョアン自身の歌唱で再吹き込みとなった。

これが最初のエリゼッチの吹き込み。Canção do amor demais (1958)というアルバムの一曲。ジョアンはギターを弾きながら、再三再四、ダメ出しをしたという。

ついでに

エリゼッチと言えばショーロ・ギタリスト、ジャコー・ド・バンドリンと組んだ「丘の上のあばら屋」が有名だが、私としては来日ライブ盤の「ジャコーを待ちながら」が忘れられない。

もうひとつついでに

YouTubeを探したらこんなゲテモノもありました。1972年に作ったアルバム「サンバ・ロック」というものです。その中のEu Bebo Simという曲が聞けます。

80年代に流行ったサンバ・ヘゲ(サンバ・レゲエ)と同じデンですが、さすがにぺけです。

これから分かることは、サンビスタたちはショーロであろうと、ジャズであろうと、ロックであろうと、レゲエであろうと、旺盛な食欲で食いついていきます。だからボサノバは、彼らにとってはサンバの一派にすぎないのです。


9.Chega de Saudade(ジョアン・ジルベルト盤)

おそらくオリジナル盤とおもわれる音源がアップされています。写真で見るとシングル盤のようです。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/8/7/8729f0c8.jpg

基本的にはつぶやきジョアン節ですが、後の録音ほどひとりよがりではなくナイーブな発声で、聴きやすいのが意外でした。

ギター1本で、伴奏は一切なし、実にシンプルです。歌だけでなくギターの方を聞かせたかったのでしょう。

ジョビンが演奏するジョアンの背中で、「どうだ、すげぇだろう」とほくそ笑んでいる姿が目に浮かびます。

ジョアン・ジルベルトは今や、“カミ”になっているようです。その割には情報が偏っていて、ほとんどが

Chega de Saudade, a História e as Histórias da Bossa Nova by Ruy Castro (Companhia das Letras, São Paulo, 1990).

という本の受け売りのようです。本の概要は下記で読むことができます。

Plain João The Man Who Invented Bossa Nova. Daniella Thompson

http://daniellathompson.com/Texts/Brazzil/Plain_Joao.htm

10.DANS MON ILE

黒いオルフェがヒットした後、フランスにもサンバブームが起きたのでしょうか。ちょうどその頃ヴィニシウスはフランス大使で、本業そっちのけでボサノヴァの普及に力を注いだようです。

これはアンリ・サルバドルがパリで録音した曲です。

Up主(スペイン系)は、「この曲はブラジル・ボサノヴァ音楽の先駆とみられる」と書いています。たしかに「男と女」の“ダバダバダ、ダバダバダ”を思わせるところがあります。


11.バーデン・パウエル

これでジョビン、ジ・モラエス、ジョアン・ジルベルト、ジョアン・ボスコ、シルビア・テリスにリラとメネスカルで駒はひと通り揃ったことになる。

あと大物で足りないのがバーデン・パウエルとセルジオ・メンデスだ。

バーデン・パウエルはエスコーラ・ジ・サンバのひとつマンゲイラ所属のサンバ・ギタリストとしてキャリアをスタートさせている。ボスコと違いあまり上品な階層出身ではない。

ビニシウスに引き立てられて「男と女」のサントラを担当した。その後は主流派とは少し離れた道を進み、アフロ・サンバの領域を開拓した。

ついでに、セルジオ・メンデス。アメリカ人かと思うほど、アメリカのマーケットに食い込んだ。かつて日本人はセルメンを通じてボサノヴァに触れた。

どっちかというと、走りだした列車に飛び乗って間に合った人で、何がしかボサノバの形成に貢献したというわけではない。しかしボサノヴァのエヴァンジェリスタとしての役割は巨大だ。


12.マルコス・ヴァーリとカルロス・リラ

走りだした列車に乗り遅れたのがマルコス・ヴァーリとカルロス・リラで、才能からすれば気の毒なくらいだ。

やはりボサノバの衰退は、軍事独裁政権を抜きには語れないだろう

二人にはボサノヴァの真髄とも言えるような曲があるが、時代には合わなかった。カエターノの絶叫ロック「プロイビード・プロイビール」が消えたあと、国内にはざらついた相互不信と、秘密警察への恐怖以外に何も残らなかった。

ボサノヴァは白人中産階級の音楽であった。白人中産階級の価値観が分裂し、共通の文化が失われた瞬間、ボサノヴァはバケツの底が抜けるように一気に消滅したと考えられる。

ボサ・ノヴァ年表

「私達はブラジル音楽を、ボサノヴァより前とそれより後とに区切ることができる」ナラ・レオン

 

53年 Rapaz de Bem(心優しい青年)が発表される。アントニオ・カルロス・ジョビン作曲、ヴィニシウス・ジ・モラエス作詞、ジョニー・アルフが歌った。 (ジョビンとモラエスは中村八大と永六輔みたいな関係と考えられる)

53年 「ブラジリアンス第一集」が録音される。ブラジル人ギタリストのローリンド・アルメイダがウエスト・コーストのサックス奏者、バド・シャンクと演奏。うち3曲はほとんどボサノヴァだという。

53年 EU QUERO UM SAMBA が発表される。ジョアン・ドナートのアコーディオンとオス・ナモラードスの演奏。ジョアン・ジルベルトのスタイルに似ているという。

53年 PERDIDO DE AMOR が発表される。ルイス・ボンファの作曲。

53年 サンパウロを中心に、労働者のゼネストとデモが盛り上がる。労働者に同調的な政府に対し、軍が介入の動き。

54年 リオ交響曲が発表される。トム・ジョビンとビリー・ブランコの共作で、ディック・ファーニー、エリゼッチ・カルドーゾらが演奏。

54年 軍に追い込まれたバルガス大統領がピストル自殺。リオの葬儀デモに50万人が参加。

56年 ジョビンとヴィニシウスが共同作業を開始する。Orfeu da Conceicao の上演がリオで開始される。ギタリストとしてルイス・ボンファが選ばれた。

57年 シルビア・テリスが最初のアルバムCARICIA を発表。

57年 ジョアン・ジルベルトが放浪の末リオに舞い戻る。彼の編み出したバチーダ奏法とシンコペーションは、リオの音楽家たちから注目を集める。(ジョアン・ジルベルトの歌い方はジェリー・マリガンに影響されたものだとされる)

58年 Chega de Saudade(想いあふれて)が発表される。ジョビン作曲、ヴィニシウス作詞、ジョアン・ジルベルトのギター伴奏でエリゼッチ・カルドーゾが歌う。

58年7.10 Chega de Saudade(想いあふれて)が再録音される。ジョアン・ジルベルト歌・ギターによる。ジョビンの熱心な売り込みにより実現したといわれる。

58年 「ボサノバの夕べ」と題されたショウが開かれる。ボサノバの最初の使用例とされる。

58年 DANS MON ILE がパリで録音される。ギタリスト/歌手アンリ・サルバドルの演奏。

59年 大学でのコンサート、全国音楽祭などでジョアン・ジルベルトとジョビンらの演奏が爆発的な人気を呼ぶ

59年 ジョアン・ジルベルトの最初のアルバムが発表される。Desafinado(調子っぱずれ)、BIM BOMはニュウトン・メンドンサが作詞し、ジョビンが作曲。初めて歌詞中に「ボサノヴァ」の単語が取り入れられた。

59年 ブラジル・フランス合作映画「黒いオルフェ」(マルセル・カミュ監督)が発表される。ジョビンとモライスが企画した劇を元にしており、二人の曲が多く用いられた。

59年 リオで「現代サンバ・フェスティバル」が開かれる。出演はTom Jobim, Sylvia Telles, Alaide Costa, Carlos Lyra, Ronaldo Boscoli, Baden Powell, Roberto Menescal, Nara Leao ら

60年 ブラジルの首都がリオからブラジリアに移転。この年の経済成長率は8%を超えるが、外資導入が高度のインフレ(40%)を招く.

61年 モラエスとバーデン・パウエル、映画「男と女」のサウンドトラックの製作などで共同。

61年 ギタリストのチャーリー・バードが、ケネディの親善使節としてブラジルツアー。ボサノバを体験し、スタン・ゲッツとともにジャズ-サンバのアルバムを製作する。

61年9月 進歩派のグラールが大統領に就任。アメリカの干渉が強まる。

62年11月 カーネギー・ホールでボサノヴァのコンサートが行われ、ジョアン・ジルベルト、カルロス・リラ、セルジオ・メンデス、ミルトン・バナナ、ルイス・ボンファ、ロベルト・メネスカルらが出演。(メネスカルがバルキーニョを歌っているが、カーネギーに出演した歌手のなかでもっとも下手くそな歌手としてギネスに残るだろう)

62年 アメリカで仕事をしていた、ロリンド・アルメイダとジョアン・ドナートが、アメリカ・レーベルからボサノバで売りだす。

63年 『ゲッツ/ジルベルト』が制作され、アメリカで大ヒットする。ジョアンの当時の妻アストラッド・ジルベルトが制作に参加。

63年 キャノンボール・アダレイやポール・ウィンターらが、ボサノヴァのアルバムを発表。アメリカでボサノヴァ・ブームが起こる。

63年 トム・ジョビンがニューヨークでアルバムを制作。GAROTA DE IPANEMA, AGUA DE BEBER などをふくむ。

63年 マルコス・バリーの最初の曲SONHA DE MARIA が発表される。演奏はタンバ・トリオ。ジョルジ・ベンのマシュケナダも発表される。

64年4月 ブラジルでクーデターが発生。軍事政権が樹立される。一週間で「民主主義の敵」とみなされる約9千人が逮捕.

64年 ヴィニシウス、「アルコール中毒」のためブラジル外務省を解雇される。実際は左翼的傾向が嫌われたとされる。

64年 アストラッド・ジルベルトが英語詞で歌った「イパネマの娘」がシングルカットされ、ビルボードに96週間チャートインという記録を打ち立てる。

64年 ビートルズがアメリカ公演。世界中を熱狂させる。ボサノバ終焉の年とされている。

64年 ナラ・レオンが最初のアルバムを発表。国内で最初にヒットしたボサノバのレコードとなる。

64年 サルバドールでカエターノ・ヴェローソ、ジルベルト・ジル、マリア・べターニャによるコンサートが大成功をおさめる。

65年 日曜午後のテレビのショウ番組「青年前衛」が始まる。ロベルト・カルロスらが登場。

66年 Mas Que Nada(マシュ・ケ・ナダ)がアメリカ市場に登場する。アメリカに移住したセルジオ・メンデスがブラジル66を結成し制作したもの。

66年 サマー・サンバ (Samba do Verão)が発表される。マルコス・ヴァーリ作曲、ワルター・ワンダレイの演奏。

66年 ボサノバの人気が徐々に低落。トロピカリア が台頭する。

66年 ヴィニシウスとバーデン・パウエルがノルジスチの黒人の民謡を元に"OS AFRO-SAMBAS"を制作。

66年9月 軍警察がリオ大学医学部に乱入し学生を殺害。全国軍事独裁反対のデモに18万の学生の半数が参加。

67年 Funeral de um lavrador(農夫の弔い)が発表される。オリジナルはシコ・ブアルキの曲をチリのフォルクローレ・グループが演奏したもの。

67年 ジョビン、アメリカでインストゥルメンタル・アルバム「Wave」を発表。“ボサノバを基調としたフュージョン”のジャンルに進む。

68年 カエターノ、サンパウロのカトリック大学で行われた国際歌謡フェスティヴァルで、「禁止することを禁止する」を歌い、当局に睨まれる

68.6 学生運動が急進化、10万人の反政府デモ。各地で校舎の占拠行動が続く。一部学生が国会に突入。

68年12月 軍首脳タカ派が自主クーデターを実施.軍政令5号を布告して国会を閉鎖.市民の大弾圧に乗り出す。カエターノ・ヴェローソ、ジルベルト・ジルらが一時拘禁される。

69年 エリス・レジーナ、「ブラジルはゴリラに支配されている」と発言。軍部の弾圧の対象となる。

69年 ジョアン、ブラジルを去り、メキシコに移住。

70年 ヴィニシウス、マリア・クレウーザ、トッキーニョがブエノスで公開録音したアルバム。

74年 エリス・レジーナとジョビンの共演で「3月の水」をふくむ Elis & Tom が発表される。その後エリス・レジーナはコカイン中毒となり死亡。

80年 ヴィニシウス・ヂ・モライスの死。

90年 ボサノバのリバイバル。Joyce, Eliane Elias, Celso Fonseca, Marisa Monte, Raphael Rabello, Rosa Passos, Leila Pinheiro, Ana Caram, Jane Duboc, Emilio Santiago,Paulo Bellinati, Luciano Souza, Yamandu Costa, Ithamara Koorax, らが登場。

94年 ジョビン、ニューヨークで心臓発作のため死亡。大統領令が発され、国民は3日間の喪に服した。

BossaNovaVideo より

home.earthlink.net/~williamdee/id13.html

 

 

 

それなりにボサノバにはまりつつある。
ボサノバの立ち位置はすごく揺らぐんですね。
基本的にはカルロス・リラの立っているところが真ん中なんだろうけど、彼はものすごいジャズ・コンプレックスなんですね。だからボサノバがブラジル的なものに行こうとすると感覚的にはすごく反発する。「それはボサノバではない」という感じでしょうね。
一方で、マルコス・バリーはジャズというよりアメリカンポップスに行こうとする。これはまったく白人のその辺の人の音楽なんです。
ふたりとも「ブラジル的なもの」が何なのか分からずに、とにかくアメリカ的なテイストを求めて曲を作っていく。
それを周りがムジカ・ノヴァだと囃し立てるから、もうやっている本人がわからなくなってくる。

これはレゲエと似ています。本人たちはまじめにロックやっていると思っているのに、周りはこのひなびた“ロック”に味がある、と注目したのです。沖縄の島唄が何故か変にブームになってしたったところと似ています。

このへんの響きあいは、コールマン・ホーキンスのジサフィナードが最高です。逆に彼らに教えられる形でカルロス・リラがボサノバのスタイルを作り上げていくことになります。



ボサノバの名曲百選を作ろうと思ったが、タンゴほどにはうまくいかない。
タンゴは基本的には過去のものである。例外はあるが基本的には1950年代に終わっているジャンルだ。しかしボサノバを広くとると、現在もまだジャンルとしての生命は終わっていない。
たとえば私の好きなマリア・クレウーザは70年代からだし、セルソ・フォンセカは90年代からの人だ。マリア・ベターニャはむしろMPBの人だ。
だからブラジルのすべての歌が関係してしまう。これでは到底まとめ切れない。
いろいろ考えてみたのだが、理由は2つあると思う。
一つはまだ名曲としての熟成が足りないということ。どんな名曲と言えども最初は誰かが作って、誰かが歌ってヒットしたものだということだ。
その作者と歌手がまだ生きていて、まだ現役で歌っていると、やはりそのオリジナルに惹かれてしまう。カヴァーするといっても、そこには遠慮がある。
まだ曲が属人性を脱却できず、曲として独り立ちしていないということだ。
もう一つはそれらを名曲として楽しむフアン層がまだ十分に形成されていないということだ。だからいろんなアレンジが出てきても、「やっぱりオリジナルだね」ということになってしまう。
タンゴは第二次大戦後の黄金時代に、同じ曲の競演の時代があった。だから「パリのカナロ」はどの楽団が良いとか、「淡き光」はどこが良いとかの比較ができる。そのなかで曲そのものの良さというものも浮かび上がってくる。
ボサノバがそういう時代になるにはもう十年くらいかかるのではないかと思う。
さてそれまでどうしましょうかねぇ…

60年代プロテストソング Top 10

http://www.toptenz.net/top-10-protest-songs-from-the-1960s.php

というのがあって、下記がそれである。ほとんど知らない。

1.  Give Peace a Chance

これはさすがに知っている。ジョンレノンとオノヨーコのコラボということになっている。John Lennon and the Plastic Ono Band in 1969。ほう、そうかね、これが一番かね。

http://www.youtube.com/watch?v=v8NkBZC6rO0&hd=1

2.  Masters of War

イギリス民謡にディランが歌詞をつけたものだそうだ。Odetta, Leon Russellらがカバーしている

http://www.youtube.com/watch?v=orlE6bVKzE0&hd=1

これは63年、ブランディス大学でのコンサートの録音。私としてはボブ・ディランとエリア・カザンにはアレルギーがある。

Tatiana Moroz sings "Masters of War" at Paul Festival 2012

という人のライブ演奏が良い

3.  With God on our Side

ボブ・ディラン、64年の曲。ジョウン・バエズのカバーも有名らしい。どちらにしても知らない。

Bob Dylan and Joan Baez singing "With God on Our Side

ということでその二人のデュエットが聞ける

4.  I Feel Like I’m Fixin’ to Die Rag

ジョー・マクドナルドが作った曲で、67年にサンフランシスコのバンド「カントリー・ジョーとフィッシュ」がカバーして有名になったそうだ。

Joe McDonaldが69年のウッドストックでうたっている。カントリー・ジョーの演奏はあまり好きになれない。

5. The War Drags On

英国のミック・ソフトリーが作曲。65年にドノヴァンがカバーして有名になった。

本家Mick Softleyの方がフォークっぽい。Donovanの歌はこちら HDではないが音質は悪くない

6.  I Ain't Marching Any More

フィル・オチスが作った、ベトナム反戦と公民権運動を結ぶ曲だそうだ。

Phil Ochsの演奏はこちら 「シカゴ8」という映画では、歌詞をメロディなしギターなしで吟じている。この映画は69年のシカゴの民主党大会のときのたたかいを描いたものらしい。

7. A Change Is Gonna Come

サム・クックというR&Bの歌手が差別と偏見に抗議して64年に作ったものだそうだ。しかしこれがProtest Songかといわれると、?

ここで歌詞付きで聞くことができる。Beth Hart のRock a Ballade 風の歌い方も悪くない。

8. Universal Soldier

Buffy Sainte-Marie が1964年に作曲. Donovan が1965に歌ってヒットした。

Buffy Sainte-Marie の自演は「なつかしのメロディ」風で聞く気にならない。Donovanの演奏はこちら。

9.  Blowin' in the Wind

これは、リンクを貼るまでもないでしょう。加えておきたいのはAlanis Morissetteの演奏で、ウp主が、"best version of this great song by far"と書いている。

10. Turn! Turn! Turn!

ピート・シーガーが62年に作曲し録音した。歌詞は聖書の伝道の書からの引用。フォークロックのバンド、The Byrdsが歌ってヒットした。

Begger というバンドのカバー演奏が聴ける。


(67) ホテル・ビクトリア (Gran Hotel Victoria)

これは本当はフォルクローレのジャンルに入れたい曲だ。HPでもロス・インディオス・タクナウの演奏をトップに上げている。

Historia del tango y del Hotel Victoria

こちらはフランシスコ・カナロの演奏。晩年の演奏だろうか、モノだが音は良い。ゆったりとした演奏でカナロらしく奇をてらわず上品だ。

QUINTETO REAL - Hotel Victoria 

こちらは対照的に奇をてらいまくった演奏。これではとても安心して踊れない。しかしさすがにキンテート・レアル、水準は高い。盗み撮り音源のようだが音は悪くない。かなり年季の入った盗み撮りだ。

JUAN D'ARIENZO - HOTEL VICTORIA - TANGO

ダリエンソの演奏で、いちおう標準盤だろうが音質は相当悪い。不思議なことに(というよりよくあることだが)こちらのSP盤のほうがはるかに音が良い。

Horacio Salgán y Ubaldo De Lío. Hotel Victoria.

インスピレーションにあふれた名演。音も最高。タンゴかと言われると…

TANGO入門(3)オテル・ビクトリアHOTEL VICTORIA(F.Latasa)Or

ishizakiさんのファイル。オルケスタ・ダリエンソという楽団の演奏らしい。音質は秀逸。

Gran Hotel Victoria (Hotel Victoria) .- Tita Merello / O

ティタ・メレージョの歌入り。どうって言うことない歌だがカルロス・フィガリ楽団の伴奏が小粋である。

 

(68) 7月9日 (9 de Julio)

7月9日はアルゼンチンの独立記念日。私の年表を参照していただきたい。

TANGO入門(9) 7月9日NUEVE DE JULIO(JLPadula) Osvaldo P

プグリエセの演奏で、この曲の標準とも言える演奏。非の打ち所のない堂々たる演奏だが、不思議に印象に残らない。

Orquesta de Horacio Salgán - 9 de julio (tango)

YouTubeで聞ける貴重なサルガン楽団の演奏。50年代はじめの演奏だが非常に響きが新しい。これを聞くと「7月9日は名曲だ」という感じがしてくる。サルガンはメロディーラインを弾いているわけではないのに、聞き終わるとピアノの音ばかりが印象に残る。

Bandoneon Tango " 9 de Julio" Juan D'Arienzo

これでもかとばかりにダリエンソ節が炸裂する。“それほどの曲かという感じもしないでもない。映像音源で音はひどい。


(65)ミロンガよ永遠に  (Alfredo De Angelis - Siempre Milonga)

アルフレード・デ・アンヘリス楽団がよいです。これぞミロンガというリズムを刻みながら、ギターと低音楽器のピツィカートが雰囲気を駆り立てます。歌も歌曲の旋律とは程遠い不安な気分をあおります。録音も秀逸です。

Ricardo Pérez con Los Caballeros de Siempre (milo

youtubeにはこの1曲しかありません。上げるのはやめようと思いましたが、やはり好きな曲なので入れることにします。今後のアップに期待します。

MILONGA PARA FIDEL - (Osvaldo Pugliese)

シエンプレ・ミロンガで探していたらこんな曲に当たりました。プグリエセの自作自演、歌手はホルヘ・マシェルです。プグリエセは共産党員として有名で、バンドも共産主義的に運営していたと聞いたことがあります。

(66)心の花 (Flores del Alma)

ピアノの伴奏で男女のデュエットです。最初はスペインの古い民謡かと思いましたが、れっきとしたタンゴでした。元歌を歌っているのは、デ・アンヘリス楽団の男性歌手二人で、こちらも大変良い演奏です。

それにしても、この曲タンゴというよりは限りなくフォルクローレに近いですね。アンヘリートスとかクアルテート・スーパイあたりが歌いそうな感じです。

Flores del alma -Tango

元は映画「タンゴ」のサウンドトラックからとったものです。私のホームページの「今月の名曲」にも取り上げました。A. Lucero y García Ferrari のデュエットです。どうもアルゼンチンでは「銀・恋」みたいになっちゃってしまったようです。

FLORES DEL ALMA.-Alfredo De Angelis-Carlos Da

こちらがオリジナル。悪くないでしょう? 実はダンテとマルテルのデュエットはたくさんあって、もっと良い曲もあります。これを機会にアルフレド・デ・アンヘリスがもっと聞かれると良いのですが(ラジオ・タンゴでは5位です。ピアソラやディサルリより上なのです)

FLORES DEL ALMA

アンヘリスがオリジナルと思ったら、さすがラジオタンゴ・ロサリオ、SP盤をアップしてきました。DOMINGO FEDERICO楽団にCARLOS VIDALと OSCAR LARROCAのドゥオという組み合わせです。

Flores del Alma - 1942 vals (Música: Juan Larenza

Bruna Pintus という人が歌っています。いかにもそれっぽいですが、もうちょっとうまいといいのですが…

(63)ロス・アンヘリートスのカフェ (Cafe De Los Angelitos)

なにかこのカフェは由緒あるところらしくて、観光名所になっているようです。ホームページではOcteto Tibidabo の演奏を採ったのですが、そんなものはyoutubeにはないでしょうね

Libertad Lamarque "Café de los Angelitos"

なんとも、絶唱とも言うべき演奏です。むんむんと迫ってきます。

Francisco Canaro - Carlos Roldán - Café de los ang

これも十分良いです。カナロらしく、過不足なく、ダンサブルに仕上げています。しかしラマルケの前には影が薄い。

ORQUESTA JOSÉ MARQUÉZ - BLANCA MOONEY - C 

ムーニーは私のお気に入りの一人です。しかしラマルケの前には…

Chabela - Cafe de los Angelitos

なんでしょう?、やたらうまくて美声で、抑制が効いてて、チャーミングです。絵は見ないほうが良いかも…

(64)私のパティオ (Patio Mio)

PATIO MIO

アイーダ・ルスの一発ヒットです。オメナヘの番組がエアチェックされていますが、かなりがっかりします。

JACQUELINE SIGAUT - PATIO MIO - TANGO

これはお勧めです。シンプルに、しかし情感をこめて歌いこんでいます。グラナダでのライブ・ヴァージョンもありますが、こちらはだいぶ崩しています。

Anibal Troilo - Jorge Casal - Patio mío

作曲者トロイロの自演で、さすがに迫力があります。

Yamila Asero Patio Mio Pal

若くてお色気があって、というのはうらやましい。素直に歌っても魅力的です

PATIO MIO-MERCEDES SIMONE.

メルセデス・シモーネも歌っていますが、かなり年取ってからの録音で、すでに魅力は失われています。Patio Mio Mercedes Simone.wmvのほうはさらにひどい。Patio mio Susana Rinaldi HQ M というスサナ・リナルディの演奏もありますが、こちらもお勧めできません。

Patio Mio

バレンティン・アルシナの歌で例によってうっとうしい歌い方ですが、バックのオルケスタが意外に良くてお勧めです。

(61)最後の深酒 (La Ultima Curda)

goyeneche/troilo - la última curda

この曲はゴジェネチェの十八番らしい。にやけた馬面といい、しわがれ声といい。尾羽打ち枯らした遊び人の雰囲気を漂わせている。だいいち、名前からしていかにも飲兵衛っぽいではないか。youtubeにはこの作曲者であるトロイロとの共演のほかに、Néstor Marconiとの演奏やピアソラとのデュオなどがうpされている。このうちではやはりトロイロとの競演が出色である。

Tango La última curda por Roberto Goyeneche

こちらはネストル・マルコーニのバンドネオンとの競演。映画「スール」の1シーンで、いかにもそれらしい雰囲気だ。

Tata Cedrón con La Típica canta La última curda

この歌手とバンド、すごいと思う。注目だ。すこし後であさってみよう。

LA ULTIMA CURDA

いつもラジオ・タンゴ・ロサリオは本物をうpしてくれる。これも ROSANNA FALASCA という聞いたことのない歌手だが、実にうまい。TODOTANGO で調べたら83年に30歳でガンで死亡した人だそうだ。

Bandoneon Tango "La ultima curda" version Uruguay

今や、ほんとのタンゴを聞きたければウルグアイへ行けということだろう。ただしうp時の問題と思うが音割れがひどい。

La última curda - JUAN CARLOS BAGLIETTO - LITO VI

フアン・カルロス・バグリエットという歌手らしい。顔に似合わぬ美声である。こういう風に歌うと、歌の雰囲気ががらりと変わる。

LA ULTIMA CURDA - CACHO CASTAÑA

ゴジェネチェと同じような趣向だが、録音は最新である。

Juan Cedron Trio - La Ultima Curda

69年録音のLPレコードから起こした音源だそうだ。歌手のクレジットはないがいい演奏である。

Mercedes sosa - La última curda

89年、マル・デ・プラタのコンサート・ライブのエアチェックらしいが、録音の状態はひどい。しかしまるでこの曲がソーサのために作られたフォルクローレの名曲のように聞こえる。
…と思ったら元気なときのCD音源もアップされていた。とりあえずそちらにリンクしておく。

La última curda

ハーモニカとピアノのデュオで、普通だとこの組み合わせは取り上げないのだが、あまりにも録音がすばらしいのでつい聞いてしまう。

(62)女旅芸人 (Payadora)

HPでは女道化師と書いたが、旅芸人のほうがよさそう。ただイメージはわかない。「道」のジェルソミーナなのか、「離れゴゼおりん」なのか、「伊豆の踊り子」なのかでずいぶん話は変わってくる。

この曲はセステート・マヨールの第二バンドネオン奏者だったフリアン・プラサの作曲ということだから、ずいぶん新しい曲である。浅田真央がBGMに使ったと書いてある。

Sexteto Mayor - Payadora

これがセステート・マヨールの演奏で、標準盤ということになる。ライブ版もあるが、こちらのほうが音が緻密である。

Gran Orquesta Típica OTRA - Payadora (Julián Plaza)

バイオリンだけで7人もいるグラン・オルケスタ。半分は女性だ。だから腕は良い。タンゴの社会的評価が上がったということだろう。

Payadora - Enrique Ugarte

これはバンドネオンのソロ。そんなこと言わなくても分かる、といわれそう。手抜き傾向ですね。


タンゴ名曲百選をやっていると、思わぬ演奏に当たり、脱線したくなることがあります。それを番外編としてシリーズにしようと思います。

ビルヒニア・ルケの絶唱

「我が悲しみの夜」のところで、ビルヒニア・ルケを紹介しました。

これはすごい演奏です。テレビの録画映像で、すでにカラーの時代です。年は50歳前後でしょうか、完全にはまっています。この人はおそらく人格乖離(ヒステ リー)で歌うときにはヒョウエ(憑き物つき)しているようです。それが当たればすごいし、外れてもすごくなりそうです。

ということだったのですが、実はこのテレビ番組で、ほかにも何曲か歌っているのですが、どれもすごい演奏なのです。
これらの画像はいずれも ricardomorino さんのチャンネルに掲載されたものです。

1.ricardomorino さんのチャンネル

これを投稿した方のサイトからリストアップしておきます。これを聞くと、ビルヒニア・ルケはアルゼンチンの美空ひばりだなと感じます。なお音質や演奏、曲そのものがいまいちというものは、私の一存でカットしました。

VIRGINIA LUQUE - MENSAJE
タンゴの日記念コンサートの録画ということです。バックを Cátulo Castillo と Enrique Santos Discépolo がつとめています。安物のマシンでエコーをかけているのが、多少耳障りです。

VIRGINIA LUQUE - LA MARIPOSA
日本でのコンサートの直後なのでしょうか、トモダチ、トモダチと連呼しています。曲はたいしたものではありません。

VIRGINIA LUQUE - PADRENUESTRO  VIRGINIA LUQUE - EL PATIO DE LA MOROCHA
たいした曲とは思えませんが、ビルヒニアの歌唱力でもっていきます。

VIRGINIA LUQUE - NOSTALGIAS
ビルヒニアならこのくらいはやるだろうと思ったが、案の定だ。

VIRGINIA LUQUE - MARTIRIO
イントロがジャズピアノで、タンゴに転換していくという曲だ。なかなか良い曲だがあまり聞かない。youtubeで調べると女性歌手が歌いたい歌のようだが、よほど難しいらしく、聞いているとほとんど歌になっていない。

Soy un arlequín - VIRGINIA LUQUE
20年代の曲で、デ・アンヘリス楽団=ダンテの演奏が良い。「私は道化師」という歌だから、演技過剰になると、流れが悪くて歌にならない。ビルヒニアは意外に抑えて歌っている。

La cumparsita - VIRGINIA LUQUE   
Sentimiento gaucho VIRGINIA LUQUE
EL CHOCLO - VIRGINIA LUQUE
ともに、ビルヒニアが歌えばこうなりますという通りの歌。

Rebeldía - VIRGINIA LUQUE
女が同棲中の男に「出て行って」と縁切りする歌。ビルヒニアの得意とするジャンルでしょう。

Che bandoneón - VIRGINIA LUQUE
百選に入る歌だが、まだ載せていない。ビルヒニアの演奏は本命盤に近いと思う。

La Morocha - VIRGINIA LUQUE
映画のシーンからの吸い取り。音はかなり悪いが、ビルヒニアにはぴったりの曲と思う。

ところでこの
ricardomorino さんのチャンネルというのがすごい。500本近くのファイルがあるが、ビクトル・エレディアとかクアルテート・スーパイなどなかなか聞けない演奏がそろっている。しかも音が良い。このサイトをこなすだけで、2,3日はかかりそうだ。
そのうち番外の番外で紹介したい。

2.tangonostalgias さんのチャンネル
ビルヒニア・ルケの演奏をたくさんアップしているチャンネルがもうひとつありました。それがこの ricardomorino さんのチャンネルです。特徴的なのは、ricardomorino さんのチャンネルがテレビのエアチェック音源なのに対して、こちらはディスク音源の比重が高いということです。音質はともに良好です。
以下ビルヒニア・ルケの音源を拾っておきます。

MENSAJE VIRGINIA LUQUE
上のライブ音源と比べると、声はこちらのほうが若いだけ良い。歌はどちらもうまい。あくの強さも似たようなもの。

SIN PALABRAS - VIRGINIA LUQUE
これも百選に入る予定の曲だが、あくまでもタンゴであって、ビルヒニア節で歌う曲ではないと思う。

UNO - VIRGINIA LUQUE
これだけテンポをいじられると、さすがに聞いているほうもつらい。

SOY UN ARLEQUIN - VIRGINIA LUQUE
メンサヘと同じ感想。テンポはこちらのほうが揺れがひどい。

MARTIRIO - VIRGINIA LUQUE
もっとあっさりした歌だと思うが。


(59)もうひとつの月 (Otra Luna)

HP: あなたが誰かさんの膝枕で月を眺めていて、そのそばでバンドネオンやバイオリンが何か奏でていたとしたらどんな気分でしょうか。それはどんな音で聞こえるでしょうか。そんな夢をナルコタンゴはかなえてくれます。耳元気分はもうナルコ…「おいおい、そこまでしてくれなくてもいいよ」と、ぞくぞくするほど最高です。

と、書いたのですが、これはずいぶんと最近の曲で、ナルコタンゴというグループがこれで大当たりしてラテン・グラミー賞をとったという話のようです。

したがって、というか、カバーはありません。youtube にはたくさんの音源がうpされていますが、すべてナルコタンゴの演奏です。

Carlos Libedinsky - Otra luna

これがオリジナルで、後はライブ演奏のエアチェック音源です。何回も演奏しているうちにだんだんカドがとれ、端正さが失われ、タンゴというよりムード音楽になっていきます。

タンゴの醍醐味というのは、女性のお化粧と似たところがあります。つまらない曲をみんなが寄ってたかってアレンジして、そうやって名曲に仕上げていくところにあります。つまり「化ける」んですね。

だから名曲の名曲たるゆえんは、素の美人ではなく化粧栄えのする顔なんです。ピアソラがその典型です。80年以前のピアソラを聴いたら、そのつまらなさに閉口するでしょう。

そして名アレンジャーが美しさを引き出して、それを腕っこきのプレーヤーが鳴かせるわけです。それで準備万端整ったところで、「さぁどうですか」とお披露目するのです。(関係ないけど、日本で最高のアレンジャーは荒谷俊治だと思います)

タンゴに「知的所有権」とか「著作権」は禁句です。

(60)心の底から (Desde El Alma)

HP: 針の音までふくめて、これぞタンゴです(といってもワルツだが)。颯爽とした気分とちょっとしたセンチメンタリズム。欲をいえばきりがないけど、何十回聞いても、この乗りはサルサでもカリプソでも味わえません。

Desde el alma - Nelly Omar y Francisco Canaro

とにかく、なんと言ったって、これしかない。これ以外はいらない。特筆したいのはカナロの水際立った演奏だ。結局誰もカナロを超えていないのではないかと思わせる。

なおネリ・オマールの晩年のライブ音源があるが、聞かない方が良い。エビータのかつての盟友としていろいろ浮き沈みも会ったようで、同情はするが、歌はペケ。

Desde el Alma Quinteto Pirincho Prohibido para Nostalgicos domingo

カナロの歌なし演奏。これも雰囲気が出ていて良い。たぶんカナロはこの曲が好きだったのだろう。

Juan D' Arienzo - desde el Alma

かなりごつごつしたワルツというよりレントラーの趣。だから悪いということではなく、これも立派な演奏。

ORQUESTA TIPICA DONATO RACCIATTI - DESDE EL ALMA - VALS

いろいろやっているが、必ずしも成功しているとは言いがたい。もちろん水準には達しているのだが…

Desde el alma

これはサプライズ。まさかこういう風に「心の底から」が歌われるとは…

Desde el Alma (Pugliese) Natacha Muriel & Lucas Magalhaes

プグリエセの、おそらくは晩年の演奏。研ぎ澄まされたようなリズムは影を潜め、やさしさが漂う。一面では弛緩した雰囲気も否定できない。なおこれとは別にプグリエセのライブ演奏がうpされているが、他と同じくひどい。ほとんど右手はマヒ状態だ。よほど金に困っていたのか、認知が入っていたのか。晩節を汚したとしか言いようがない。

SEXTETO MAYOR "Desde el Alma"

これもうpすべき音源ではなかった。セステート・マヨールの名がすたる。

DESDE EL ALMA - LEO MARINI.mpg

キューバのボレロ仕立ての演奏。バックはソノーラ・マタンセラ。



(57)インターン生 (El Internado)

HP: インテルナードといえばふつうはカナロ楽団ですが、この名も知らぬ楽団(Juan Polito And His Orchestra)が結構インテルナードしているのがすごいです。さすがに黄金期のタンゴ楽団は層が厚いですね。

Juan Polito Y Su Orquesta Tipica - El Internado - Tango

まさかヨウツベにはないだろうと思ったら、ちゃんとありました。やはり向こうでも良いものは良いのですね。

Bandoneon - Tango - Baile - " El Internado"

こちらはエルネスト・フランコ楽団の演奏で、音は申し分のないハイファイです。

しかし、ヨウツベではインテルナードはこれだけです。

(58)歌いながら (Cantando)

石川さんの百選にはどういうわけかメルセデス・シモーネが出てきません。ガルデルほどではないけど、やはり男がガルデルなら女はメルセデス・シモーネと来ないと面白くありません。ただしメルセデス・シモーネの中からこれぞ名曲と選ぶとなると、それはそれで大変です。

CANTANDO - MERCEDES SIMONE

これが正規盤。まあ、これしかないでしょう。作詞作曲ともシモーネですから。

"Cantando" tango by Mercedes Simone 1933

音質は、映画からのもので非常に悪い。From the film "Tango" (first sound movie produced in Argentina) とあります。

Bandoneon Tango Cantando Libertad Lamarque.avi

意外にこれがいいんですね。映画の音でこもっているけれど、聞くのに不自由はありません。後半の男性との二重唱はなかなか味があります。

以下は、話題提供という程度。

Mercedes Simone - Alberto Gómez - Típica Adolfo Carabelli - Cantando

カラベリ楽団の演奏で、後半にワンコーラスだけシモーネが男性歌手と歌っています。

cantando

これはかなり後年の録音のようで、音だけは良いのだが、ひどく崩した歌になっている。バックは自分のオルケスタとなっているから、すっかり天狗になってしまったようだ。百年の恋が一度に醒めた気分になる。

(55)南 (Sur)

HP: この曲に関しては、伴奏が良いだけガルデルよりリベロのほうが良いと思います。もう少し伸びやかに歌ってくれればと思うのですが。

と書いてありますが、この曲ができたのは48年、すでにガルデルは生きていません。何を勘違いしたのか。

sur- julio sosa (tango)

というわけで、この音源が標準版です。クレジットにはないが、オルケスタも上等です。リベロよりこちらのほうが良いです。

Valeria Lynch, Sur - Grandes Valores del Tango 1989 -

初めて画像を見たのですが、若いんですね。ど派手な衣装ですが、歌はまともで、リズム感のよいのが好感が持てます。テレビのエアチェックで音程が少しずれますが、きちんと準備して吹き込んだら、もっと良いでしょう。

Tango sur - goyeneche y troilo - corto

作曲者トロイロの自演版で、歌手はゴジェネチェ。ゴジェネチェが好きかどうかで決まるでしょう。

Edmundo Rivero Tango Sur Argentinisima 2

これで御三家そろい踏みです。リベロはテレビ出演時のエアチェックもうpされていますが、声の衰えがひどい。

Nelly Omar - SUR

英語で歌詞が出てくるのがありがたい。演奏は「老醜」というほかない。


(56)リノの花 (Flor de Lino)

エクトル・スタンポーニのピアノ独奏です。シンプルなワルツですが美しいです。タンゴというより上流階級のサロンの音楽のように聞こえます。当然ブエノスアイレスにもそういうサロンはあったのでしょう。

Hector Stampone - Flor de Lino

これがスタンポーネの演奏。しかしこの音源だったかな? 彼の作曲だから他にもバージョンがあると思うが…

Flor de Lino - Hector Stamponi

と思ったら、やっぱりありました。こちらが独奏です。しかしもう少しうまい人が弾いてくれないかな。

Flor De Lino

とおもったら、パブロ・ジーグラーの演奏があった。しかしこれはジャズっぽいムード音楽仕立てで、ワルツの香りは消し去られている。これはこれでいいのだろうが…

FLOR DE LINO - TROILO Y FLOREAL RUIZ

トロイロの演奏だが、音はかなり貧弱だ。

Miguel Caló - Raúl Iriarte - Flor de lino

これも音は古いが、雰囲気は出ている。タンゴの楽団がワルツを演奏するのは結構難しいのだろうか。

Flor de lino - Caracol

こんなにドラマチックに歌わないでほしい。Esteban Morgadoのギターはさすがだ。

Flor de Lino - Paola Iazzetta y Pepe Ferrer.mpg

いろいろな人が歌っているが、どれも物足りない。これは素人の歌なのだろうか、意外にこれが一番良いみたいだ。

Flor de lino.- Graciela Figari

前にもあげたグラシェラ・フィガーリで、とても良い演奏だが、音がひどすぎる。この人日本で呼んでくれないだろうか。

タンゴ名曲百選 その27でハイチの音楽にちょっと触れたが、その後なんとなく気になっていた。最初はブークマン・エクスペリアンス(Boukman Eksperyans)と書いたが、やはり違う。もう20年も前の記憶だからあやふやだったが、ブークマンは割とメッセージ性の強いシングアウトっぽい音作りだった。

とはいうものの、他のグループの名前が出てこない。そこで苦し紛れにブークマンと書いたが、のど元に骨の引っかかる感じが取れない。

そこで本日は少しグーグルとyoutubeで、思い出し作業を行った。案外簡単に名前が出てきた。日本語のウィキペディアでハイチ音楽と引いたら、ブークマン・エクスペリアンスと並ぶ80年代後半のルーツ・ミュージック運動の代表だったブーカンギネ(BOUKAN GINEN)である。私の記憶ではもうひとつララ・マシーンというグループがあったと思うが、こちらは検索には引っかかってこない。

聞き比べてもらえば分かるが、ブークマンは基本的にはメレンゲである。これに対してブーカン・ギネは何といったら分からないが、とても複雑でとっつきが悪い。基本的には4拍子なのだが、一拍が三連符でなので掛け算すると12分の4拍子なのだ。しかも三連符といってもひとつの音符が二分割されている。だから4拍子の1小節のなかに音符が24個あることになる。

メレンゲも大変忙しい音楽だが、音符の数からはその上を行っている事になる。その割には変にゆったり感があるのだ。アヒルの水かきのように水面下は大変忙しいが、表面上はそんなそぶりを見せないというのが、アフリカ流の優雅さなのだろう。昔アフリカの留学生に踊りを手ほどきしてもらったことがあるが、まさにそういう感じだった。タップダンスと似た美意識なのだろうか。

もっとも最近のビデオを見ていると、ブーカンギネもメレンゲのほうに移行しているようで、そう大差はなくなっている。どちらかといえば、ブーカンギネのほうが洗練されていて、ハイソな感じなのかな?

Boukan Ginen - Ede'm Chanteはお勧めだ。

(53)さらば友よ (Adios Muchachos)

ADIOS MUCHACHOS IGNACIO CORSINI

文字通り絶唱。大地の歌(ワルター=VPO)のユリウス・パツァークと同じ。この明るさと寂しさの同居というのは天賦の才能と一種の出会いだろう。出て来た頃のミルトン・ナシメントもそうだ。

Carlos Gardel - Adios Muchachos -Tango

まずは定番、ガルデルのアディオス・ムチャーチョス。

ADIOS MUCHACHOS/ Francisco Canaro

カナロ楽団のSP盤。このころの常として歌手の名前はクレジットされない。調べればわかるのだろうが…

PABLO VIDAL - IDOLO DEL TANGO - ADIOS MUCHACHOS

これは掘り出し物。音もいいので聞き流しには最適。

Adalbert Lutter - Adios Muchachos (Brilliant Tango) Zwei rote Lippen un

コンチネンタルは普通は捨てるのだが、これはコンチネンタルというよりはドイツ、ドイツというよりはナチの来る前のベルリンのにおいがする。

LOS TRES REYES - ADIOS MUCHACHOS

原曲以上におなじみなのがこの演奏。最初はこの曲はボレロだと思っていた。ライバルのロス・トレス・アセスも歌っているが、こちらはスカ。

Agustín Magaldi Adios Muchachos

これがオリジナル。ただしその半年後にコルシーニが歌い、1年後にはガルデルが歌った。これでは到底かなわない。

LIBERTAD LAMARQUE ''ADIOS MUCHACHOS''.wmv

リベルタ・ラマルケはこの曲に対して確固としたポジションがあるようだ。youtubeだけで三種類の音源がある。中では一番新しい(一番年取ってから)の演奏が説得力がある。

Responso by Anibal Troilo arr. Osvaldo Golijov

すみません。さらば友よとは関係のないつけたしです。実は石川さんの百選のうち半分くらいは落としてしまったのです。理由は面白くないからです。主だったところでいうと、インスピラシオン、レスポンソ、恋人もなく…などです。ただし、レスポンソはひとつ良い音がありました。Performed by Pangea String Quartet at University of Alaska Fairbanks New Music Festival. Noh, Holmes-Hicks, violins; Kuefler, viola; Chung, cello. となっていますからほとんどアマチュアのお姉さん方でしょう。しかし良いのです。パフォーマーには申し訳ないけどアレンジが良いのでしょう。(…と思ったら、他の曲もいいですね。このSQ、第一バイオリンが図抜けてよい。Noh さんというようです。東洋系の顔ですが、最近はみな化粧がうまくなったから、日本人か韓国か中国かは顔見てもわからない)
 ここからは、石川さんの百選とは別に私が選んだ曲です。石川さんはそのころの人ですからオルケスタ・ティピカが基本だと考えていたのでしょうが、私の好みとしては相対的に歌のタンゴが多いので覚悟してください。

(54) 素敵なくちづけ (Besos Brujos)

HP: この楽団には珍しく、女性歌手の登場です。シックな演奏です。デアンヘリスのディスクでは他にCalvario、Campanita、Cuando Te Fuiste、Del Pasado、En Tus Brazos、Esta Noche、La Piel de Buenos Aires、Made In、Mi Carinitoなども捨てがたいのですが、全部入れると百には収まりきれないので、いずれデアンヘリス30選とか組みたいです。

Libertad Lamarque Besos Brujos

アルフレド・デ・アンヘリス楽団の演奏がしゃれていて良かったのですが。うpされていません。この楽団はほとんどyoutubeにはないようです。ラマルケの歌はこの曲にはあっていないと思いますが、他にないので…

BESOS BRUJOS

ありました! Ricardo Tanturi y su orquesta tipica, cancionista Elsa Rivas という演奏で、これがこの曲のオリジナルのようです。おっとりと上品で、こういうタンゴもあるのです。

BESOS BRUJOS

この曲からタンゴっぽさを引いて蒸留した感じの演奏。悪くはありませんが…

Beachers - Besos brujos - SALSA, GUAGUANCO

これはサルサ・バージョン。いいですねこの軽めの乗り。キューバのホテルのプールサイドで、夕暮れのそよ風を受けながら、ロンのロックにミントを浮かべて… 「おいおい! しぶきがかかるじゃないか」、なんちゃってね あぁ行きてぇ!

Blanca Rosa Gil - ( Besos Brujos ) - Foto.mpg

そんでもって、9時近くなるとプールサイドのステージにライトがついて、ガサゴソとやっていたかと思うと、突然すさまじい音で楽団の演奏が始まるから、うるさくってね。
10時くらいになるとトリの歌手がお出ましという寸法。何せ日本人は酒に弱いから、夕方からカクテル飲んでいると、もう辛いのだけど、「どうせ眠れるわけないのだから」と、外に出る。

Federico y su combo Besos brujos

見事なソン・モントゥーノだ。12時まで踊らされて、部屋に戻った記憶もないが、連中はこれから地下のKARAOKEに行ってまだ踊るようだ。

Besos Brujos - Los Beachers - Combos Nacionales Panamá

同じくサルサといっても、パナマの連中のやるのは半端じゃない。こいつらのリズムはラテンのバンドでもてこずる。ましてジャズメンにはてんで歯が立たない。これに勝てるのはハイチのBoukan Ginenくらいかな。彼らが生きているとしての話だけど。

"BESOS BRUJOS" - LUCIANO PEREYRA - MONTAJE: SOFIA SCHMID

エントレリオスあたりの、湿気をふくんだフォルクローレです。同名異曲だと思いますが… どことなく似ていなくもない… やはり同じ曲だ!

Burguesa - Besos Brujos. Video Oficial

そういえばこのロックも…

EMILIO GALVEZ BESOS BRUJOS.wmv

そういえばこのランチェーロも…


(51)古道具屋 (Cambalache)

HP: 石川さんから引用します。「この世の中は豚小屋さ。20世紀は悪がのさばる時代。誰も彼もが泥棒なのさ」という出だしで、怪しげな骨董品を売りつけようとする古道具屋のせりふが続きます。フリオ・ソーサの演奏もありますが、私としてはスサーナ・リナルディが好みです。

Cambalache Nacha Guevara

「ここまでやるか?」とまでに、どぎつく歌っている。これはこれでよい、“エル・ロコ”の大仰さとは違う。胃もたれはしない。

Eugenia León canta "Cambalache" Enrique S. Discépolo

この曲を“歌”として歌っているという点で好感が持てる。伴奏も熱演である。ただあまりにも熱演である。

el cambalache


こちらがフリオ・ソーサの歌。絵はガルデルだが歌っているのはフリオ・ソーサ。フリオ・ソーサにはもうひとつ音源があるが、映画からの採録で音は悪い。

Cambalache Carlos Gardel

「なつかしのメロディ」から選ぶなら、フリオ・ソーサよりはこっちのほうが良いかもしれない。

Cambalache - Adriana Varela

アドリアナ・バレラという歌手は知らないが、間違いなく男だと思う。これは一級の演奏だろう。

CAMBALACHE - ENRIQUE SANTOS DISCÉPOLO

Jorge Saldañaという歌手が歌っているらしい。一種アナーキーな陽気さがとりえである。

el cambalache

フアン・マヌエル・セラートも歌っている。正統とはいえないが、説得力はある。当然ながら音は一番良い。この曲には「20世紀」という副題があるが、そちらに重きを置いて、文明論的に語るとこういう演奏になる。

Ismael Serrano-Cambalache

盗み撮りライブだが、音さえ気にしなければ最高の演奏だ。

Raul Seixas: Clipe - Cambalache

ロック版のカンバラーチェだが、意外と良い。この曲は本来はロックなのかもしれない。ただ、どうせロックならもう少しハードにやってほしい。

"Cambalache" Enrique Santos Discépolo

ピアソラは自作自演以外はペケである。これはゴジェネチェとの共演だが、それは同じだ。

Domingo Cambalache

関係ない曲だが、度肝を抜かれるサウンドだ。このバンド(Emir Kusturica & The No Smoking Orchestra)は絶対ヒットすると思う。

(52)思いの届く日 (El Dia Que Me Quieras)

HP: タニア(リベルター)で何が悪いか、ということです、ハイ。でも、仕方ないことですが、タニアを初めて聞いた20年前と比べれば、高い声は出なくなって、透明感はなくなって、歌に贅肉がついて来た感じは否めません。この歌にはもう少し寂しさと懐かしさが必要ですかねぇ。

Carlos Gardel - El dia que me quieras - Tango

これで決して悪いというわけではありません。むしろこれで決まりといってもいいくらいです。なにせ本家です。

El dia que me quieras - Roberto Carlos

ミーハー的に言わせてもらえば、あのロベカルがこの歌を歌ってるなんて、という感じ。恥ずかしながらロベカル・フアンなんです。これは絶品です。どうも彼にとってもこれは“持ち歌”のようです。

ATILIO STAMPONE "El Dia Que Me Quieras"

歌抜き演奏もある。これは弦の美しさで際立っている。スタンポーネは「まだ生きてたの?」という感じ。

Luis Miguel - El Dia Que Me Quieras


とにかくうまい。説得力もある。「この歌はこんな歌なのだ」と思わせてしまう。この人はメキシコのボレロうたいの中でも出色だと思う。

El día que me quieras (Tete Montoliu & Mayte Martin)

うっとりするような美声だ。伴奏はジャズのトリオ。バルセロナでのライブ録音というが相当近接マイクで鼻息まで聞こえるのがときにわずらわしい。しかし秀逸な一品だ。

Bandoneon Tango "El dia que me quieras" Sarita Montiel

サリタ・モンティエルの下品の一歩手前というか、半歩手前の間合いが良い。この曲のベストとはとてもいえないが…

El día que me quieras - Andrés Calamaro


決して美声でもないし、相当崩した歌い方だが、変に味があって捨てがたい。伴奏が秀逸だし録音も素晴らしい。一度聞く価値はある。何度も聞きたいとは思わないが…
この手の音源は掃いて捨てるほどある。みんなこの歌を歌いたくてたまらないようだ。

Placido Domingo singing El dia que me quieras

プラシド・ドミンゴの歌にバレンボイムがピアノ伴奏となれば、相当胃もたれしそうな予感がしたが、案の定だった。昔のテレビのエアチェックで画質・音質ともにお勧めできるものではない。バレンボイムはこの曲が好きなようでベルリンフィルの野外コンサートでもピアノ・コンチェルトスタイルで演奏している。

Diego El Cigala El dia que me quieras

フラメンコ好きにはコタえられないだろうが…



(49)白い小鳩 (Palomita blanca)

HP: 出だしはなんということのないポルカ調のバンドネオン演奏ですが、中間部から突如として乗りの良いワルツに代わっていって、最後には結構盛り上がるという演奏です。

"Palomita blanca" Alberto Marino y Floreal Ruìz (imàgenes)

トロイロ楽団の演奏で、男性歌手二人の重唱です。とりあえず定番です。HPのお勧めのセステート・マヨールはありません。

Palomita Blanca - Ignacio Corsini (1929)

イグナシオ・コルシーニの歌はたいてい駄作ですが、時々特大のホームランをかっ飛ばします。これがそのひとつです。

Horacio Salgan y Ubaldo De Lio. Palomita blanca.

とても定番とはいえませんが、サルガンはいつもスリリングです。

Palomita Blanca - Daniel Adaro (2007)

いつもはギター独奏というとそれだけでパスするのですが、これは良いです。リズムの崩れがない。音がしっかり出ている。ファンホ・ドミンゲスだけがギターではないということがわかります。

PALOMITA BLANCA / CARLOS GARDEL

ガルデルの歌です。それなりの水準でしょうが、セステート・マヨールの演奏を聞いた後ではつまらない曲に聞こえてしまいます。

Palomita Blanca

なにやら良くわからない演奏ですが、不思議に説得力があります。Maria Estela Monti という歌手のようです。

Bachata - "Palomita Blanca" - Juan Luis Guerra

同名異曲です。フアン・ルイス・ゲーラがバチャータのリズムに乗せて歌います。雰囲気は出ていますが、名曲かと言われると…

(50)ブエノスアイレスの夏 (Verano porteno)

ついに半分まで来ました。

「夏」はさまざまな演奏が流布し、あたかもピアソラの代表曲かのように取り上げられています。セステート・マヨールは、最近の流行からするとやや遅めのテンポで、じっくりと内声部も聞かせています。派手ではありませんが、飽きの来ない演奏といえるでしょう。

Christiaan van Hemert with strings - Verano Porteño

これはクラシック風ですがすごい迫力です。音が厚いし録音もそれを捕まえています。

Bandoneon Tango "Verano Porteño" Piazzolla & Jaurena

これもすごい演奏です。ラウル・フアレーナというバンドネオン奏者を中心とするカルテートですが、9分30秒という長さを感じさせません。バンドネオンからこれだけ表現力を引き出した演奏はそうはないでしょう。音も盗み撮りライブにしては上等です。

Astor Piazzolla - Verano Porteno

72年、ピアソラのイタリアでのライブ録音版です。ライブと言っても隠し撮りではなくしっかりとした音源です。しかしながら、まだ磨かれた演奏とはいえません。

Astor Piazzolla "Verano Porteño" en el Teatro Colón.

これはすごい演奏です。Grabado en vivo el 11 de junio de 1983. とありますから、軍政末期のライブ録音です。まるで弾圧犠牲者への鎮魂歌のようです。

Verano Porteño - Astor Piazzolla - Tango

東京でのライブです。どうもタンゴバンドは日本にくると俄然張り切るようです。スアレス・パスのバイオリンにパブロ・シーグレルのピアノですから、組み合わせも最高です。
いっちゃぁ悪いんでしょうけど、これでバンドネオンがピアソラでなければもっと良かったな。

VERANO PORTEÑO

Baires Quinteto というグループの演奏ですが、これがうまい。すでにピアソラを古典として受け入れた世代の演奏でしょう。

Verano Porteño by Astor Piazzolla

これも名演でしょうね。しかしやはりピアニストの衣装にどうしても目が行ってしまいます。

Verano Porteño (Piazzolla) - Ryota Komatsu

これは明らかにやりすぎです。とくにバイオリンの姉さん、はしゃぎすぎ。これはロックの世界です。

Osvaldo Pugliese y su Orquesta Típica - Verano Porteño

御大プグリエセがどうこの曲を料理するか見ものでしたが、案の定もてあましているようです。


(45)酒宴の一夜 (Una Noche De Garufa)

HPでは「知らない曲だったのですが、録音が余りにも良いのでつい聞いてしまいます」と書いています。これはキンテート・ピリンチョの演奏のことです。

UNA NOCHE DE GARUFA

こちらはサッソーネ楽団の演奏。親父ギャクではないが颯爽としています。

una noche de garufa-carlos di sarli


録音が悪いせいもあって、ちょっと冴えませんね。

youtubeにはこれしかありません。ピリンチョもありません。さびしい限りです。

(46)ミロンガのすすり泣くとき (Cuando Llora La Milonga)

HP: この演奏(ロドルフォ・ビアジ楽団)は、まさに掘り出し物です。「すすり泣き」といっても日本人の泣き方とはぜんぜん違います。この演奏については、石川さんの紹介にも載っていないし、「めったに歌われないが歌詞もある」というその歌がついているのも価値があります。

Bandoneon Homenaje al Maestro Marcos Madrigal "Cuando llora la milonga" Tango

ビアジ楽団の演奏はありませんが、代わりにこれがよい演奏です。楽団名は良くわかりません。

CUANDO LLORA LA MILONGA

サッソーネ楽団の演奏で、無難な演奏で音もそれなりに良くて、一応お勧め版です。

CUANDO LLORA LA MILONGA

と言いつつ、ガルデルも歌っています。

Bandoneon Tango "Cuando LLora la Milonga" Hugo del Carril

くせがあってあまり好きになれない演奏です。

Francisco Lomuto - Cuando Llora La Milonga - Tango

古い録音で、あえて取り上げるほどの演奏ではなさそうです。



(43)ラ・ジュンバ  (La Yumba)

石川さんによると、ラ・ジュンバとは「タンゴのリズムの擬声語」のことだそうです。これだけバイオリンを打楽器扱いされると、バイオリニストは腹が立ってくるのではないでしょうか。レコードで聞くのと実際に生で聞く印象は相当違うかも知れません。

Osvaldo Pugliese - La Yumba

120番目でようやく見つけました。プグリエセのLP版の音源です。他のプグリエセはひどい録音か、“らくだのかんかんのう”で聞くに堪えません。コロール・タンゴの盗み撮りもありますが、手抜き演奏です。

Orquesta Escuela de Tango Emilio Balcarce en Chaillot-Paris 2008 "La Y

パリでのライブ演奏です。大規模な編成ですが、プグリエセ張りのスタッカートが効いています。

La yumba

これはしっとりとした演奏で意外と掘り出し物です。Denis Plante plays Pugliese's Yumba with a string quartet というクレジットが入っています。

La yumba - Ernesto Baffa.wmv

これも掘り出し物、といっては天下のバッファに対して失礼か。古きよき時代のタンゴのにおいがする。プグリエセやピアソラなんてタンゴじゃないよ、とつぶやいているのが聞こえるようだ。

"la yumba" por Quinteto Bordonero

バンドネオン、バイオリン、コントラバスにギター二挺という変わった編成のグループだ。ピアノは無しで、ちょっと古風な響きがする。腕は一流だ。コントラバス叩きの名人技もしっかりとやっている。

(44)エントレリオスの人 (El Entrerriano)

HP: エントレリアーノといえばアニバル・トロイロが定番だが、ピリンチョの演奏は、さまざまな旋律をくっきりと浮かび上がらせ、この曲の隠れた良さを引き出していると思います。トロイロの演奏ももう少し録音が良いと対旋律や低音部の流れが分かるのでしょうが。

EL ENTRERRIANO.wmv

これがカナロのキンテート・ピリンチョによる演奏。トロイロ楽団の演奏はアップロードされていない。

Beltango & Carlos Buono - El Entrerriano

カルロス・ブオノの演奏だが、えらく端折った演奏だ。

ORQUESTA OSVALDO FRESEDO - EL ENTRERIANO - TANGO

悪くはないが、なにせ1927年の録音で標準的音源とはいえない。

(41)メクラの雄鶏 (Gallo Ciego)

HP: 石川さんの曲目紹介から引用すると、「昔の子供の遊びの名前らしい。なんでも生きた鶏を首だけ出して地面に埋め、目隠しをしてそれを棒で叩くスイカ割りのようなものだという」というコワい遊びです。

Forever Tango Gallo Ciego 01 Argentine TangoDance

さすがフォアレバータンゴ、youtubeでは最良の演奏と思います。

TANGO ARGENTINO GALLO CIEGO COLOR TANGO TOLOSA

ところがご本尊のコロ-ルタンゴまでお出ましです。

Orquesta Tipica del Maestro Leopoldo Federico - Gallo Ciego

実はこの演奏に意外に感動したのです。真昼間、野外、観衆は数千というタンゴに最も似つかわしくない環境で、バイオリン・バンドネオンなど十数人の演奏です。にもかかわらず演奏は、間違いなくタンゴしています。

Juan Manuel Silveyra en Cuarteto: "Gallo Ciego"

好きな演奏ではないが、変に納得させられる。アコースティックギター2本に電気ギターのバス。なのにシルベイラのバンドネオンが他を圧倒する音量で、いかにも作り物の印象。名のに変に納得させられる。そういう迫力のある演奏。

(47)ラ・カチーラ (La Cachila)

石川さんによると「題意は不明だが女性のあだ名だとされている」そうです。

LA CACHILA

ディサルリの演奏。これがカチーラなんです。最近の演奏は、聞いていてこれって何の曲? と思ってしまいます。セステートがキンテートになりカルテートになりトリオになりデュオになりと減らして行くたびに指の間から抜けていくものがあるっていうことに気づいてくださいよ。

12 Tangos - La Cachila performed by Libertella, Borda, Giunta, Schissi


ホセ・リベルテーラらのキンテートによる演奏です。たしかに名演なのでしょうが、正直あまり面白くありません。

Cuarteto SolTango - La Cachila (Carlos Di Sarli)

これも水準の高い演奏です。しかしクラシック音楽みたいで、ディサルリの「泣き」が入りません。

Nada Mas Trio - La Cachila by Eduardo Arolas

これはフランスのグル-プでしょうか。上と同じ感想です。

Milonga La Cachila

絵は素人のタンゴで、クレジットには誰の演奏かも示されませんが、良い演奏です。プグリエセでしょうか。かなり盛大な針音です。




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