なんとなく心不全の治療の情報が生煮えで、スッキリしていなかったところに、また新たな情報が入った。
糖尿病の治療薬でSGLT2阻害薬(EMPA)というのがあるらしいのだが、これを使った糖尿病患者で、心血管死が38%減少したというのだ。
血糖降下薬なので糖尿病のない人には使えない。しかしそれだけ効くのなら低血糖に注意しつつ使うという手もあるかもしれない。
以下は
EMPA-REG OUTCOME試験がもたらす 糖尿病治療の新時代 ・・・・・・・・・・ 片山 茂裕 Online DITN 第456号 2016年(平成28年)3月5日
という記事の要約。
下の図は、これまでの血糖降下剤との比較だ。
右の列がEMPAだ。いろんなデータがあるが下から3行目の心不全の発症率というのが明らかに低い。他剤で3.0~3.5%程度なのがEMPAでは2.7%にとどまっている。ただし心不全の既往歴という行を見ると、このスタディーの対象患者の心機能は比較的良さそうだ。
もともと、これはEMPAの副作用によって心血管合併症を増加させる危険がないことを実証するためのプロトコールであり、非劣性試験と呼ばれるものである。
なお層別解析で、
65歳以上、アジア人、HbA1c<8.5%、BMI<30でエンパはより有効であった。
というくだりが嬉しい。つまりEMPAはDMの改善を通じてではなく、直接心機能に好影響を及ぼしているらしいのである。
それで「SGLT2阻害薬」と言うのは一体何だということになる。
「糖尿病リソースガイド」というサイトから拾ってみる。
SGLTとは、sodium glucose cotransporter(sodium glucose transporter)の略で、「ナトリウム・グルコース共役輸送体」と呼ばれるタンパク質の一種のことです。
と言われても何やら分からない。
SGLTの種類はいろいろあるが、SGLT2は腎臓の近位尿細管に限定的に存在している。
ということで腎臓からの水の出し入れに関係するらしい。ラシックスの逆みたいな働きになるのか。
SGLT2は、グルコースを栄養分として細胞内に再吸収する働きがあります。
普通の人では、グルコースのほとんどは再吸収されます。血糖が異常に上昇すると、SGLT2の再吸収能を超えてしまい、これが尿糖として排泄されます。
糖尿病患者では血糖が上がるに従いSGLT2も増えてきます。これは高血糖を維持させ、糖尿病を悪化させる悪循環をもたらします。
そこで開発されたのがSGLT2の働きを阻害する薬剤です。この薬を使用すると、近位尿細管でのグルコース再吸収が抑えられ、尿糖の排泄が増えます。その結果、高血糖が改善されます。
ということで、結果だけ見れば「尿糖排泄促進剤」ということになる。
これは痛風の薬と同じで、尿酸の産生を抑えるザイロリックに対して、尿酸の排泄を促進するユリノームということになる。
もちろん効く薬にはそれなりの副作用もあるわけだが、作用部位が限局していて、作用機序がはっきりしているから、対処の仕方もはっきりしている。
発売されたのが2014年。最初がスーグラ(アステラス)、次がフォシーガ(ブリストル・マイヤーズ)、さらにルセフィ、アブルウェイ、デベルザ、カナグル、ジャディアンスと続く。薬価は200円から300円だが、最後のジャディアンス(ベーリンガー)だけは356円とお高い。これだけでも1万円を超える。
たいてい多剤併用だから薬代だけで月2万円は飛んで行く。老健では絶対に受け入れられない。まぁ来ないだろうが。
副作用の欄には
多尿による脱水。特に腎機能が低下している患者、高齢者には注意
と書いてある。
これが、心不全に効く理由であろう。副作用どころかまさに主作用である。
ここから先は感想になるが、病態生理的に見てとても面白い薬である。
1.ラシックスとの類推
結果的にはラシックスを投与したのと同等の効果をもたらすのであるが、ラシックスのようにヤミクモに近位尿細管をひっぱたくのではなく、水分を溜め込む物質を見つけ、その働きを調整することで適切な利尿を得るという点では、よりソフィスティケートされた手段である。
2.「ナトリウム・グルコース共役体」という概念
いままでのさまざまな臨床経験が、「なるほど、これだったのか」と何か解き明かされそうな感覚が湧いてくる。
いままでは、Na・水 という2者で考えていたが、そこにグルコースという物質を加えることでスッキリ説明できるような現象がありそうだ。
近位尿細管という部位は必ずしも本質的なものではないのかもしれない。ある意味では近位尿細管というのは「ナトリウム・グルコース共役体」の網の目からなるフィルターと考えたほうがいいのかもしれない。
3.「浸透圧利尿」の範疇も再吟味が必要だ
経験的に、開心術後の患者で10%糖液(フィジオゾール3号)が非常に有効なことは知っていた。
手術を終えてICUに入ってきた時点で、患者はいちじるしい脱水に陥っている。急速に体液を補充しなければならない。
その際には肺水腫に注意しつつかなりのスピードでフィジオ3号を入れていた。ある程度入ってくると利尿がつき始める。
利尿がついたら一安心と思うが、実はそれからがやばいので、とにかく追っかけなければならない。利尿が補液量を上回ると血圧がすっと下がって心臓がパタンと停まる。
さりとて入れ過ぎれば、ナースが「ラ音です」と叫ぶ。
さじ加減としてはフィジオ3号で5千くらい入ったら、少しづつハルトマンを加えていく。そうすると利尿も落ち着いてくる。これで7,8時間だ。
エコーで壁運動を見て、ガス分析でBEが安定すればあとはちょっと一息ということになる。
あの頃はそれらをすべて浸透圧で説明していたが、私には10%糖液が浸透圧以外の効き方をしているように思えたものだ。「ひょっとして脳(視床)を介しているんではないか」とか「糖そのものに利尿があるのではないか」である。
4.糖尿病性昏睡の機序
いまはずいぶん減ったと思うが、昔は年に1人位糖尿病性昏睡の患者が担ぎ込まれたものだ。
こっちの対応はDM医がやるから、私は脇から見ているだけだが、一応心臓の評価はしなくてはならないから、「それじゃお先に」というわけにも行かない。
それとDM屋さんはデータばかり見ていて、患者をあまり見ないので心配なところもある。
また余分なことを言ってしまった。
いま考えると、高血糖でおしっこがジョンジョン出ている状態っていうのは、そのSGLTっていうのはどうなっているんだろう。
きっとノックアウトされているのだろうね。
そうすると、ひょっとすると糖尿病性昏睡というのは病態生理学的にはSGLTがノックアウトされた状態を指しているのかな。
となれば、SGLTはどのような理由で、どのような機序でノックアウトされるのだろうか。多分それはクライシスを脱した後で息を吹き返すのだろうけど、どういう風にして立ち直るのだろうか。
5.ラシックスとの相乗効果はあるのだろうか
ここが一番知りたいところだ。
ラシックス・トラップみたいなものがあって、どっかでラシックスが効かなくなってくる。
ForresterⅢのどん詰まりだ。40→80と増やしていっても聞かない。低ナトリウムと全身浮腫だけが進行していく。
FFバイパスで除水するが、焼け石に水で、下手をすれば心停止を招きかねない。
「入れて出す」のが基本だが、これでは入れられない。
多くの心不全患者はこういう形で雪隠詰めになるか、どこかで突然死するかでお陀仏となる。
この段階で有効かどうか、ラシックスやANPとの相乗効果はあるのか。しょせん延命にすぎないかもしれないが…
6.川下は対応できるのだろうか
この薬を使用すると、近位尿細管でのグルコース再吸収が抑えられ、尿糖の排泄が増えます。その結果、高血糖が改善されます。
ということで、ダムの嵩上げをやめてグルコースを下流に放流すれば、川上の洪水は解消される。
しかし放流された川下の住民はどうなるのか。ちょっと心配だ。
まぁ、いままでの排泄促進剤や利尿剤でも大した副作用はなかったからそれほど心配する必要はないだろう。何かあったとしても命に比べれば大したものではない。