鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

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カテゴリ: 41 臨床医学(一部医療問題を含む)

ウソのようなホントのはなし

「血液型がO型ならコロナにならない」というので、てっきり都市伝説か、悪くすればフェイクかと思っていたが、なんとNEJMに載った論文なのだそうだ。(New England J of Medicine は世界で最高の医学雑誌と言われている。しかし時々先走ることもある)

出処は 7/25 日経Gooday 30+


イタリアとスペインの患者を対象に行われた臨床研究。

新型コロナで重症化するリスクは、血液型がA型の人で45%高く、O型の人では35%低いことが明らかになった。

「新型コロナの重症化にはどんな危険因子が関係しているのか」
それを探す研究が、世界中で行われている。

その一つが重症化群と非重症化群に分けてゲノム解析の比較をすることだ。

ゲノム解析と言っても、全ゲノムをチェックするような面倒な話ではない。

疾患関連SNPを見つけ出し、その近くの疾患感受性遺伝子を推定するという方法である。(ちょいと面倒なので詳細は略)

今回はイタリアとスペインの4都市の7病院で、呼吸機能の低下した1610人と健常者2200人を比較した。

その結果、A型の重症化リスクは、他の血液型(B型、AB型、O型)の1.45倍になることが明らかになった。

一方、O型の重症化リスクは、他の血液型の人の0.65倍にしかならないこともはっきりした。

これまでも武漢での疫学調査により「新型コロナウイルス感染者はA型の割合が有意に多い」ことが認められていた。

今回の研究ではそれがゲノム解析によって裏付けられた。

いま引きこもりを主人公とした映画を見終わったところである。とても感動的だった。たぶん数多くの実例を踏まえているのだろうと思う。

深く考えさせてくれる映画ではあるが、たぶんそれが病気だということから目をそらそうとする、希望的観点に基づいているのではないか。

「引きこもり症候群」という症候群があるとすれば、それは「自閉症」に基づく症候群であろうと思う。しかし「自閉症」という疾患単位はあるにせよ、そういう本質規定はまったくの誤りである。誤りであるだけでなく、本人と家族をますます窮地に追い込む罪作りな病名であろうかと思う。

自閉症はまず何よりも微細脳損傷と理解すべきかと思う。その損傷部位は一時記憶装置である。

大体が脳の働きの大部分は記憶装置である。判断とか対応というのは、さまざまなイベントを視覚化させ、その画像を短期記憶装置により連続的な事象と捉え、その事象をハンドルにより操作していく技能のことである。

一つ一つの画像に意味はなく、パターン化したシンボルに過ぎない。、それが連続した時にはじめて現象としての意味を持ってくる。いかに画像が鮮明であろうと、その時間軸上での再構築と動態化能力がないと無意味になってしまう。

自閉症の人はこのパターン化、シンボル化ができない。画像はいつまでも画像のままである。

これは一次的には頭頂葉の障害であり、さらにこの情報を二次処理する特定の脳分野の障害であり、反応系の連結障害である。どちらが原因でどちらが結果なのかは不分明である。聴覚情報(嗅覚・触覚も)というのは本質的に連続的なので、生物は発達のどこかの時点で聴覚と視覚を結合させる能力を手に入れたに違いない。

病理学的には発達障害と認知症は同じ病気であるが、病因としてはことなる。こういう視点からの取り組みが必要である。

なぜこのような当たり前の話をするかというと、児童精神医学や教育心理学には変なカリスマがたくさんいて、それを信じる変な実践家がたくさんいるからだ。

くれぐれも「脳科学者」を名乗る怪しげな輩には騙されないように、ご用心を!

8月6日 北海道新聞にこのような記事が掲載された。
私の名前も紹介されているので、転載させていただく。

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続き

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堀川さんからは御丁寧なご質問を受け、答えさせていただいた。
しかし何分にも30数年前の調査なので、記憶は不鮮明で、ご期待には添えなかった。
忸怩たる思いである。
ただあの頃は未だ話題にもならなかった、原爆被災者における内部被曝の問題を、おぼろげながらに指摘できたのではないかと密かに考えている。

G614 の話

ちょっと長い前置き

実はロシアから帰ってくるに当たり、イタリアでの新型コロナが恐ろしく毒性が強くてバタバタと死んでいる、という話でかなりスリルを感じたことを覚えている。
ブログにも、イタリアコロナは武漢コロナとはレベルが違う、中東からヨーロッパに渡る間になにか突然変異したのではないかと書いた。

ただその頃はウィルスの強弱ではなく環境因子のほうがはるかに大きいと言われ、イタリアの状況を聞いているとそれで納得したところもあった。

しかし今になって統計的に観察してみると、やはりアジアとヨーロッパではケタが違うとしか思えない。

たとえは悪いが包丁を振り回す通り魔と、榴弾砲やカラシニコフであっという間に数百人をなぎ倒すテロリストの違いみたいなものだ。

この印象の違いは米国の両岸を見ると鮮明になった。

同じ国で生活水準や医療にさほどの差があるとも思えないが、東海岸の新型コロナの凶悪さは別格である。

そこに持ってきて学会で突然変異の可能性の話が出てきたから、気になる。

おそらく数ヶ月の間にアジア型亜種はヨーロッパ型亜種により淘汰されるだろう。

秋以降に第二波が来るとすれば、それはヨーロッパ型になるのではないかと気になる。

そのためにはヨーロッパ型コロナのウィルス学的特徴を踏まえておく必要があるのではないか。

と、ここまでが長めの前置き

G614 変異の新型コロナ

4月末、世界最大の非営利生物医療研究機関、フロリダ州のスクリプス研究所は、細胞の受容体ACE2に結合するスパイクS蛋白質の2箇所のアミノ酸が変化していることを発見した。

それはひとつは、S1サブユニットの結合ドメインであり、もう一つはS2サブユニットの境界にあるN-末端から614番目のアミノ酸である。

この2箇所は、感染当初(2020年1月)はアスパラギン酸(D614)だったが、時間が経つにつれて次第にグリシン(G614)に変化していった。

突然変異(D614→G)の割合は、2020年1月、2月には見られなかったが、3月に(26%)、4月(65%)、5月(70%)と次第にG614の割合が増加していた。

3月以前は中国も含めてアジアとアメリカで殆どがD614型だが、イタリアではすでにG614が優勢だった。

それが3月以降は中国とシンガポールを除き、ほとんどがG614に変化している。日本でも3月以降はほとんどがG614型である。

D614とG614の毒性を比較するために、マウスの白血病ウイルスにD614と突然変異型G614を入れた偽ウイルスを作った。

これをヒト胚性腎細胞に感染させ、感染率を観察した。突然変異型G614のスパイクを持つウイルスの感染率はD614に比し感染率は9倍であった。同様の結果はインド各地での感染ウイルスのスパイク蛋白質の分析からも示されている。

ただし日本でも、すでに3月にはG614への変換は終了しているにもかかわらず、欧米のような爆発的な感染拡大は見られない。

日本での感染者数の少なさは、必ずしもG614からだけでは説明しきれないかもしれない。

間違えないでください。マルクス思想ではありません。
軽薄にいうと、2020年の世界の流行は第一に新型コロナですが、第二の流行はマスクです。

日本人、それに一部の東洋人の間ではマスクは比較的馴染みの深いものでした。
しかしそれ以外の地域、とくに欧米や中東、アフリカでは決して一般的なものではありませんでした。
新型コロナのパンデミックが始まった頃、外国ではマスクをした日本人は奇異の念で見られ、ときにはそれが「ヤバい人種」の象徴のようにさえ受け止められました。

しかし新型コロナがヨーロッパ全土を覆い大変な状況になると、おしゃれの本場イタリアやフランスでもマスクが当たり前のモードになりました。いわば、コロナ・リテラシーの象徴となったのです。

マスクはやがて新型コロナとともに米国に渡りました。そして2つのイデオロギーの衝突の中で、進歩派の象徴となりました。逆に言うとマスクを着けないことが保守派のクリードとなりました。

3つの写真を提示します。
トランプ集会
トランプ集会です。密密密+ノーマスクスです。空中に飛び交うウィルスが見えるようです。
白人至~1
白人至上主義者の集会です。当然マスクは未着用です。
BlackLivesMatter
ニューヨークで開かれたBlack Lives Matterの集会です。100%マスク着用です。
なお写真はクレームあり次第外します。


ここでマスクの本来の意義を確認します。これは本人のコロナ防御用にも役立ちますが、圧倒的な意義は他人への感染予防のためです。つまり利他主義→社会的予防→自らの感染防止という三段階を踏んだ防御アイテムなのです。

つまりそこには① 利他のコミュニティの思想があり、② それを前提とする予防手段というリテラシーがあり、③ それを共有する世間という道徳的枠付があるのです。

これが、東洋の風俗がパンデミックの圧力を受けて、ヨーロッパのモードとなった経過です。


ではなぜアメリカで白人原理主義者がマスク思想を敵視するのか。これが次の問題です。

これはコロナが人類に突きつけた「命の平等性」が基礎にあります。新型コロナは白人優位主義を打ち砕きました。それは3月以降に西欧各国で猛威をふるい、本家の中国を上回り、最悪記録を次々と更新しました。

これを機に欧州のみならず世界の国々が、社会ぐるみの予防対策を取るようになりました。そのためには「お互い様」の我慢がもとめられ、我慢が困難な弱者への配慮がもとめられました。

この2つ、つまり無差別な「命の平等性」と「お互い様」の思いやりは、ともに白人優位思想の根っこを揺るがすような危険な思想です。

だから、白人原理主義者はマスクが嫌いなのではなく、マスクに象徴されるようなアジア・ヨーロッパの「無差別・平等・博愛」思想を敵視するのではないでしょうか。

もちろん、このような時代遅れの考えはいずれコロナの前に吹き飛ばされるでしょう。「マスクか死か」と問われれば、真理の前に膝を屈するしかありません。

最後はちょっと読み過ぎになったかもしれません。


新型コロナ 各国比較は超過死亡が正確

感染者数は到底各国比較の対象にはならない
我が国のように、なんの理由か知らないが、検査をさせないために調査の何倍もの労力を割いた国もある。
なにせ原発事故のときもホ。甲状腺ホルモン検査させなかった国だから、コロナごときではびくともしないようだ。

貧困国ではそもそも検査セットさえ入手困難だろうから、当然、日本と同じように感染者は低く出る。

だから死者数で比較するのが良いと考えていたが、実はこれもかなりばらつきが出るようだ。

白状するが、私もむかしは何でも心不全だった。事故死や自殺でもない限り、最後は心臓が止まって人間は死ぬのだから、みんな心不全である。

むかしは人聞きが悪いと言ってガンを病名にするのを嫌ったものだ。なんせ本人に病名を告知しないのだから、ある意味自然の流れであった。

こういう風習は、伝染病ではもっと強いものがある。だから結核で死んでも死因は肺炎である。「何が悪い、心不全よりよほどまともな病名だろう」という具合だ。

これをうんとマクロに見てしまおうというのが超過死者数だ。

もちろんこれは理論上非コロナ死を含んでしまう。特に医療機関の受給が逼迫してくると、皺寄せ死や、関連死が乗ってくるからだ。

だがコロナ関連死も乗せることは決して悪いことではないだろう。

そこを指摘したのがBBCの「“超過死亡”という数え方は役に立つ」というニュース解説。


それでBBCが同一の方法で各国の超過死者数を調べた。

日本(3月)

日本の超過死者数は平年より 0.3% 高く、平年より 400 人が多く死亡した。

いっぽう政府発表による同時期のCOVID-19死者数は51人に過ぎない。超過死者数の8分の1だ。

ということはこれまでの公式死者数約千名とされているのは、超過死者数では8千人ほどになると予想される。

これを人口で割れば超過死亡率が出てくることになるが、世界水準に比うと、やはり間違いなく低いようだ。どう見ても非の打ち所のない、「世界の神秘」である(何も政府はしなかったのに)


米国(2月16日 - 5月02日)

大流行の前半分だけを切り取った形になっている。死者数は平年より 97300 人が多く死亡した。死亡率は平年より 16% 高かった。

政府の死者発表は7万266人でありかなり高率に捕捉されていると見られる。

分母が違うので比較は難しいが、超過死亡率は少なくとも日本の10倍を超えることは間違いない。


イギリス(3月07日 - 6月05日)

ほぼ全期間をカバーしていると思われる。

死者数は平年より 64500 人が多く死亡した。死亡率は平年より 43% 高かった。

政府の死者発表は51804人でありかなり高率に捕捉されている。

イギリスの人口は日本の3分の2,6千6百万人ほどであるから、単純計算で超過死亡率は日本の230倍ほどに達する。

まことに凄まじい数である。


韓国(2月01日 - 3月30日)

何かと比較されることが多いが、この期間に年より 2400 人が多く死亡している。これは平年に比し5%多い超過死者数である。

これに対し政府発表によるコロナ死者数は163人にとどまる。日本の3倍だ(期間は異なるが)

見事に日本と同様の文化習慣が認められる。しかもはるかに強力だ。日本で死因が公開されたのが8人に一人だが、韓国では15人に1人という計算になる。

東洋と西洋の死者数はまったく比較の意味がないことが分かる。これなら感染者数の比較のほうがまだマシだ。もし強引に比較しようとすれば、東洋諸国の死者数に10~15倍をかけた数字を念頭に置く必要がある。

これは統計学というより比較文明論の問題だ。とはいえ、東洋人が(平然と)ウソをついているのは間違いないので、決して良いことではない。できるだけ科学的に厳密な数字を出すようにしなければならない。

以下は省略。本文を参照されたい。

どうも最近のアメリカのニュースを見ていると、現実感にかけているように見えてならない。

いまアメリカでもっとも深刻で国民の関心が集中している問題は、他ならぬ新型コロナである。そしてそれが恐ろしい速度で全土に拡大しつつあることなのである。

だからトランプは破れかぶれになって「中国が悪い」と騒ぎ立て、とにかく自分以外の誰かが悪いと見苦しいざまを見せているのだ。

我々は米国における新型コロナのパンデミックがいかに凄まじい状況になっているのかを、実感として知っておく必要があるだろう。

以下「赤旗」などより引用


1.新型コロナの全般的状況

米国では感染者230万人、死者12万人を出してきた。

現在では50州すべてで外出制限が緩和されている。厳しいロックダウンがなくなり日常が戻りつつある。

しかしいくつかの州では、新型コロナウィルスの感染者数が大幅に増加している。つまり封鎖解除は明らかに時期尚早なのだ。

6月19日には、アメリカ国内の1日当たりの新型コロナ感染者が3万人をこえた。これは4月下旬以来の最悪の数字である。

感染者急増の背景には検査の拡充もあるが、顕性者の増加が主因であることは明らかだ。ICUの病床が不足している州も出現している。

NBCの番組で、ある専門家は新型コロナウイルスについてこう語った。

新型コロナは山火事に近いものだ。夏にかけて、あるいは秋に入っても感染が収まらず、第1波、第2波、第3波と分かれるのではなく連続的に全米を襲うのではないか

コロナ 米国地域別



2.ニューヨークの次はフロリダだ

南部と西部での拡大が顕著で、8つの州で、1日当たりの感染者数の1週間平均が過去最多を記録した。

フロリダでは18日、新たに3207人の新型コロナ感染者が登録された。さらに22日には、感染者総数が10万人を突破した。

研究者のモデルを基にした予測では、

フロリダ州はコロナ感染の次の中心地となるだろう。感染規模は「過去最悪」になる恐れがある。

とされる。ある医師はCNNに対しこう語った。
入院患者もタンパからオーランド、マイアミデード郡に至る各地域で増えている。
これが倍増し始め、制御不能になっても全く不思議ではない
これに対し各州の指導者は、感染者数増は検査の拡大のせいだとすぐ分かる嘘をつく。(陽性率もしっかり上がっている)

連邦政府の責任者ペンス副大統領は「50州中、半数以上で新規感染者は減少しており、われわれは見えない敵とのたたかいで勝利している」と強弁した。

フロリダ州知事は、移民世帯の過密な住環境が増加の一因だなどと、逃げ口上を繰り返している。

フロリダだけではない。テキサスでは1日あたり新規発生が4135人、アリゾナで3465人に達している。

トランプは23日の選挙集会で、我々は戦闘に勝利した。武漢風邪(新型コロナの感染症)は消えつつあると嘘をついた。


3.対策センターの評価と対応

アレルギー感染症研究所(NIAID)所長のアンソニー・ファウチ博士らは議会で発言し、感染者の急増は憂慮すべきサインであると発言。今後数週間の対策が重要になるとした。


若者の無症候感染が増えている

特に若者の間での感染拡大が著明で、テキサス州では30歳未満の若年層が新規感染者の過半数を占めるようになった。検査件数が増えただけではなく、陽性率も上がっている。

若者は大半が無症状で、治療を必要としない。そのため対策を無視し、ウィルスを撒き散らしている可能性がある。

一般米国民の無知は相当のもので、たとえば国民の23%が、新型コロナウイルスは意図的に作り出されたと考えている。
愚や愚や、汝をいかにせん!


4.トランプは最強の支持基盤を危機に追いやった

今後南西部の感染拡大がどうなるかは見当がつかない。感染者数は加速度的に拡大し、そのスピードに鈍化は見られていない。
基本的にまだ住民の間に危機感が見られていないと考えざるを得ない。
コロナ 米国とEU
フロリダとテキサスはトランプの、というより共和党と草の根保守勢力の本拠地だ。ここの地域で感染が広がり医療崩壊が起こりロックダウンが広がれば、保守派の動きは止まる。一度止まった動きは大統領選挙を超えて不活化状態が続くだろう。
中西部のラストベルトの選挙民だけでは到底必要な票を集めることは出来ないだろう。そもそもラストベルトの退職者たちが忠実なトランプの支持者とも思えない。

我々は、ポストコロナの時代を、そろそろトランプ抜きで考えるべき季節に入ったのかもしれない。

新型コロナ ゲノム解析でわかったこと

日経新聞日曜版にスレヴィン大浜華記者の署名記事として掲載された。

やや入り組んでいて読みにくいが、主だった中身を列挙する。

1.進む新型コロナのゲノム解析

遺伝情報の変化を遡ることで、系統樹を作っていく作業だ。

これでアダムとイブの発生時期が特定できる。

これまでの結果は予想よりさかのぼるようだ。それだけでなく衝撃的なのは、武漢で最初の患者が確認される前に、人から人への継続的感染が起きていた確率が高いことである。


2.ヒトコロナ感染者は武漢1号患者より数代さかのぼる可能性

武漢で発端者が発見されたのは12月8日。その発端者を遡ることは出来ていないが、武漢以外の可能性はある。

おそらくは夏の終わり頃に、コウモリに常駐する新型コロナが人へ、そして人から人への伝播を繰り返した後に、武漢で感染爆発したのだろう。


3.新型コロナは武漢から広がったのではないかもしれない

武漢で感染爆発に至ったのは12月中旬から下旬であったが、その時点ではすでに広東省などで少なくない新型コロナの発生とヒトーヒト感染が見られており、むしろ武漢以外の地が発生源にあった可能性を示唆する。

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武漢の食肉市場からの発生の可能性は、むしろ低いと言わなければならない。現在中国当局は武漢の市場を発生源とする見解を取り消しており、WHOも白紙に戻して検討するよう促している。

欧米の感染も思ったより早かったのではないかとの報告が相次ぐ。

フランスで12月下旬にインフルエンザ類似の症状で入院した40代男性の検体を、4月に改めてPCR検査したところ、新型コロナが検出された。

これはヨーロッパでのコロナ感染が、武漢での感染と並行、あるいはひょっとすると先行していた可能性を示唆する。

米国のCDC(疾病対策センター)も、早ければ1月中旬には感染拡大が始まった可能性があると報告している。

4.現時点での結論

新型コロナの発生源が中国であることは間違いない。新型コロナが、もともとコウモリに起源を持つこともほぼ確実である。

これが直接、あるいは他の動物を介してヒトに感染し、さらにヒトーヒト感染が起こり始めたのは去年の秋だった。

最初の感染拡大は武漢より南の地方であったが、それは大流行にはならなかった。

それらの新型コロナの一部が武漢市に入りパンデミックに発展した。残りはほぼ同時期に西方へも拡散し、その先端はすでにヨーロッパにまで達していた。それはさらに大西洋を渡り、1月中旬には米国内での拡大を開始していった。

* ウィルスの人工作成説、武漢のウィルス研究所の拡散説、武漢の市場発生説はこれらの研究によりすべて否定された。確実なのはコウモリ起源説、確実と思われるのは中国南西部のどこかで発生という説である。

スレヴィン大浜華さんの丹念な文献検索に敬意を評します。



新型コロナウィルスの研究の変遷

基本的な知識は東洋経済ONLINE 2月12日号「新型コロナウイルス:専門家見解で人工で製造することは不可能」が詳しい。これは中国の民間誌『財新』の提供記事だそうです。

1月12日 中国科学院武漢ウイルス研究所、新型ウイルスの遺伝子情報を解析。WHOに提供。

中国科学院が武漢に持つウイルス研究所は、中国で唯一のバイオセーフティーレベルP4の実験施設を有している。幹部研究員の石正麗氏はコウモリを宿主とするウイルス研究が専門。コウモリを求めて雲南省の洞窟などに通う姿から、「バットウーマン」とも呼ばれる。
2017年SARSがコウモリを起源とする、SARS型コロナウイルスによるものであることを明らかにした。
石済麗

1月21日 中国科学院上海パスツール研究所などが新型コロナの人感染機序を明らかにする。新型コロナと一体化したS-タンパク質が、人のACE2受容体を介して呼吸器官の表皮細胞に侵入すると推定する。

1月22日 中国の研究者の共同論文が「Journal of Medical Virology」に掲載される。新型コロナウイルスは、コウモリのコロナウイルスと起源が未知のコロナウイルスとの間で遺伝子が組み替えられることによって発生したとされる。

1月23日 石正麗ら、bioRxivで、「新型コロナウイルスの発見とそれがコウモリを起源とする可能性について」という研究論文を発表。
雲南キクガシラコウモリに存在するRaTG13コロナウイルスとの一致率は96%に達していることが明らかになる。この研究は『ネイチャー』誌の2月3日号で発表された。

人工ウィルスではない証拠
ただし相違点4%は、遺伝子変異1200カ所起こるのに当たり、人工的操作では不可能。
またDNAを切り離し接合するにはエンドヌクレアーゼを挿入する必要があるが、新型コロナにそのような形跡はない。

1月26日 親人民解放軍系民間軍事サイト「西陸網」が、「新型ウイルスはアメリカがつくった中国人だけに作用する生物兵器だ」という陰謀論系の記事を掲載。

1月末 「新型コロナウイルスは人間が造った生物化学兵器だ」(陰謀論)が中国内外に広がる。また石氏の実験施設がウイルスの発生源ではないか、という「疑惑」が飛び交う。

1月31日 デリー大学の研究者がbioRxivで「2019新型コロナウイルスの棘突起タンパク質に含まれる独特な挿入配列とエイズウイルスのHIV-1 dp120、Gagタンパク質との間で見られる奇妙な相似性」という研究論文を発表。

まもなく論文を撤回し、以下のコメントを残す。
このストーリーはすでにソーシャルメディアとニュースメディアにおいて異なる仕方で解釈され、拡散してしまいました。私たちには陰謀論にその議論の根拠を提供する意図はありません。私たちはさらなる分析を行ってから修正版を提出することにしました。

インド論文に対する批判が集中。
エイズウイルスは逆転写ウイルスでありコロナウイルスとの間には大きな違いがあるためDNA間で組み換えが起こる可能性が低い。従って相同性があったとしても生物学的な意義はない。
とされる。

2月2日 石正麗氏、微信(WeChat)のモーメンツに投稿。

新型コロナウイルスは、大自然が人類の愚かな生活習慣に与えた罰だ。私、石正麗は自分の命をかけて保証する。実験施設とは関係がない。不良メディアのデマを信じて拡散したり、インドの“科学者”の信頼できない分析を信じる人にご忠告申し上げる。「お前たちの臭い口を閉じろ!」と。

2月3日 亡命富豪の郭文貴、「西陸網」の記事を引用し、「新型コロナウイルスが生物兵器であることを軍が公式に認めた」と報道。

2月4日 石正麗は中国の独立系メディア「財新」に対し「陰謀論者は科学を信じません。私は国の専門機関が調査を行い、私たちの潔白を証明してくれることを望んでいます」と語る。

2月9日 法輪功の衛星テレビ番組、「新型コロナウイルスは人工ウイルスの可能性が高い」と報道。

2月18日 ワシントン・ポストのインタビューで、専門家の意見を報道。「人工的なものを示す痕跡は皆無であり、生物兵器である可能性は強く排除できる」

3月28日 米国立保健機構(NIH)のコリンズ所長、新型コロナウィルスは人為的産物ではないとコメント。

「武漢コロナ」に関するトランプ発言の変遷

4月14日 ワシントン・ポスト、「2年前に科学分野の外交官が武漢の研究施設を訪問し、安全管理に対する懸念を報告していた」と報道。

4月15日 FOXニュース、複数の情報筋の話として「新型コロナは生物兵器として開発されたのではないが、武漢の施設での研究過程で漏洩したもの」と報道。

4月15日 トランプ大統領、「それぞれの報道について徹底的な調査を進めている」と語る。

4月17日 リュック・モンタニエが、ニュース番組に出演。新型コロナは人工ウイルスだと断言。(これに関してはこちらを参照)

4月17日 中国が武漢の死者数を約1.5倍と大幅に上方修正。トランプは「中国は情報を隠蔽している」と非難。

4月18日 トランプ「もし故意ならば中国は報いを受けるべきだ」と先鋭化する。

4月21日 WHOのシャイーブ報道官、「武漢の研究施設が発生源とはみていない」とし、モンタニエの「研究施設で加工されたもの」との主張を否定。

4月22日 ポンぺオ米国務長官、新型コロナは武漢の研究施設から流出した可能性があると発言。市内数カ所の研究施設の調査を求める。

4月30日 トランプ 記者会見

「武漢の研究所が新型コロナの発生源だ」と強く確信させる証拠を発見している。

ただしその数時間前に出された国家情報長官室(ODNI)の公式声明文ではこう書かれていた。

情報機関は全体として、新型コロナウイルスは人工でなく、遺伝子組み換えでもないと考える。
情報機関(複数)は武漢の研究施設でのアクシデントの可能性を検討するため、さらに調査を続ける。

4月30日 ニューヨーク・タイムズが以下の記事を発信。(発信時刻は)トランプの記者会見の直後。

見出し「トランプ政権高官が、ウイルスと武漢の研究所をつなげるよう、スパイに圧力をかけている模様」

情報機関の分析官たちの一部は、それによって情報分析が歪められ、中国批判のため政治的に利用されることを危惧している。
ほとんどの情報機関では、
①研究施設からウイルスが流出した証拠は見つからないだろう
②所外で動物から人間に感染した可能性が圧倒的に高い
と考えている。

4月30日 CNNも、「トランプ大統領の主張は、情報機関と矛盾している」と報道。さらにポンペオ国務長官が圧力の先頭だと指摘。

5月1日 AP通信によれば、国土安全保障省は「中国は新型コロナの深刻さを隠し、その間に自国用に医療器具を確保しようとした」と分析。

5月3日 トランプ、FOXテレビで発言。ウィルス流出について「彼らはひどい過ちを犯しそれを隠そうとした。非常に決定的で強力な報告書が出るだろう」と語る。

5月3日 ポンペオ国務長官、ABCテレビ番組で「新型コロナが武漢の研究所から流出したという多くの証拠がある」としたが具体的な内容には触れず。

5月4日 トランプ、「関税引き上げは中国への最も重要な罰則だ」と語る。

5月初め SNSで「中国科学院武漢ウイルス研究所の幹部石正麗が、秘密文書を持ってフランスの米大使館に亡命申請した」との情報が拡散。

5月6日 ポンペイオ長官、記者会見で「研究所から流出したか、ほかの場所からなのか確信があるわけではない」と述べ、従来の発言を修正。

5月7日 トランプ、「報告書が出てくるが、君たちに見せるかどうかはわからない」と述べる。

5月7日 米軍のミリー統合参謀本部議長、新型コロナは「人工的に作られたものではない。決定的な証拠はないが、意図的に流出されたものでもないだろう」とかたる。

5月11日 武漢ウイルス研究所の袁志明研究員、「危険度の高い病原体を扱う実験室では密閉性を確保しており、流出の恐れはない」と説明

5月24日 武漢ウイルス研究所の王延軼所長、「新型コロナの遺伝子情報はこれまでの研究対象と大きく異なり、ウイルスが流出した可能性はまったくない」と疑惑を否定。
所長

5月25日 石正麗、流出説を否定。さらに科学の政治化を憂慮すると発言。

5月29日 トランプ「新型コロナの初動に問題があった」とし、WHOを中国の「操り人形」と批判。関係解消を表明。


帯状疱疹と「やる気」の減少

とにかく、この病気になってからやる気が出ない。知らず識らずにため息がついて出る。

始めても根気が続かない。検察庁法についての文章を書きたいのだが、途中で思考の結び目がほどけてしまう。

以前書いたコロナショックの意味についての文章を少し手直しし、体系立ててみようと思うのだが、到底その気にならず、キーボードを前に佇んでいる。

多分帯状疱疹というのは、これまで考えていたよりはるかに広範かつ多彩な病気で、経過も長いらしい。

ヘルペス・ツォスター・ウィルス(HZV)感染症と言うべきであろう。私にとっては「やる気ホルモン減少症」が一番の問題だ。


「やる気ホルモン」とは?

ところで医者のくせに「やる気ホルモン」の本体がよくわからない。

私の「三脳セオリー」によれば、脳全体、とくに大脳を動かすには電源(エネルギー)が必要で、それを作り出すのが前脳ということになっている。

前脳というのは脳の先端の膨大部だが、ここには視床下部という液性ホメオスターシスの中枢があって、そこからホルモンが分泌されて身体各所に指令を発する。

その一方で前脳(視床)を駆動し、視床からいろいろな脳内アミンを分泌させて脳全体を動かしていく。

これが私の考える脳の駆動モデルだ。

それで、いろんな教科書をよく見るのだがあまりにもたくさんのホルモンや化学物質があって、実はよくわからないのである。


通俗ページを通覧する

通俗と書いたが馬鹿にしているわけではない。現在の物の考え方を端的に知りたいということである。最初のページにはこう書いてある。

「やる気ホルモン」は甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)。集中力をサポートすると言われています。
脳内ではドーパミンと呼ばれる神経伝達物質が活発に分泌されていると言われています。

この文章ではTRHとドパミンの関係が曖昧にされているが、私の「三脳セオリー」とはうまく合う。

「脳内三大神経伝達物質」について

で、TRHとドパミンの関係は後の話にして、脳内アミン(神経伝達物質)に御三家というのがあるそうだ。

やる気を起こさせるのがドーパミンと、ノルアドレナリン。これに足して安定や安らぎの要因となるセロトニンを加えたものを「三大神経伝導物質」と呼ぶらしい。

これから先は、ちょっと分かりやすさが優先して、正確さにかけるかもしれないが、もう少し聞いておく。

① ドーパミン:脳を覚醒させる。
側頭葉を刺激すると、喜びや快楽が生じる。
前頭連合野を刺激すると、精神機能が活性化する。
不足すると無気力になり、過剰になると総合失調症になる。

② ノルアドレナリン:ノルアドレナリンはドーパミンから合成される。
脳内で強い覚醒作用をもち、気分を高揚させる。不足するとうつ病の原因となり、過剰になると躁状態を引き起こす。

③ セロトニン:ドーパミンやノルアドレナリンの分泌をコントロールしている。
体温維持や睡眠を司る。

実際にはもっと色々書いてあるが、占いの本を読んでいるようで、「本当かいな」と一歩引いてしまう。
多分なんかの「くすり」の宣伝につながっていくのだろう。

なお「三大神経伝達物質」だが、Wikipediaと脳科学辞典には記載されていない。

Wikipediaでは
①アミノ酸 ②ペプチド類 ③モノアミン類
二分類されていて、そのうち③のモノアミン類の中にノルアドレナリン、ドパミン、セロトニン、アセチルコリンが記載されている。

脳科学辞典では
ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニン、ヒスタミンなどの神経伝達物質の総称として、「モノアミン」の名称が用いられている。

あまり「三大神経伝達物質」というのは、公の場では用いないほうがいいようだ。恥をかくかもしれない。


ドパミンの謎

ドパミンが「やる気物質」のメインのようだ。研究もこれを中心に展開されてきている。

二つの謎 その一:なぜドパミンなのか

ここからさき、大脳生理学の先端は行き詰まる。一つはドパミン、ノルアド、アドレナリンという3つのカテコールアミンのうち、なぜドパミンが主役なのかが説明できていない。

二つの謎 その二:セロトニン由来の「やる気」との違いはどこにあるのか

もう一つは、「やる気物質」のうち、ドパミンなどのカテコールアミンと、セロトニンは明らかに違う物質であるから作用部位も作用機序も違うはずだ。

さらに「やる気」と言ってもドパミンによって賦活される「やる気」とセロトニンによって賦活される「やる気」とは中身が異なるはずだ。

その違いを系統発生学的な見地から説明しなければならないと思う。

これらの問題を解決しないまま、次々に新たな神経作動物質を列挙していくのが、現在の学問水準である。それが「脳科学」を怪しい学問にとどめている最大の理由である。

発生学的トレーシングの結果に待つほかないが、私はカテコールアミン系の作動物質がプライマリーで、それを修飾=部分的抑制する形でセロトニン・GABA系が付加されたのだろうと予想している。


真の脳神経学が「脳科学者」とは独立してやらなければならないこと

もともとは「やる気」を獲得するというプラグマチックな興味から始まった学習だったが、やっているうちに科学の目(つまり「脳科学」への反感)がむくむくともたげてきた。

視床下部から視床へと影響を与えるのは、TRHホルモンにとどまるものではあるまい。

むしろ視床から全身の臓器へと影響を与える多くののホルモンが、後ろ向きにも視床=前脳へとフィードバックしているのであろう。

そして、その多彩さがホルモン作用を神経へと翻訳し伝達する神経伝達物質の多彩さを生んでいるのであろう。

しかしその多彩さは最終的には電気信号としてのオン・オフ系まで単純化されなければならないのであり、その変容過程が突き詰められなければならないのではないか。


この論文が私の抱えてきた疑問にかなり答えている。専門家委員会の一人として疫学派の旗振りをしていた押谷東北大教授が、メディアの前に登場しなくなった理由を知ろうと思ってグーグル検索したところ、上記の記事が飛び出したのである。

押谷教授は、これまでPCR検査拡大に否定的であるクラスター対策の中心人物であった。彼は現職に就任する以前、1999〜2006年に「WHO 西太平洋地域事務局感染症対策アドバイザー」を務めており、尾見氏の子分だ。尾身氏は90年から同機関に勤務、99年に事務局長に就任している。

3月22日のNHKスペシャル番組では、こう言い放っている。
日本のPCR検査は、クラスターを見つけるためには十分な検査がなされていて、そのために日本では〝オーバーシュート〟が起きていない。
PCR検査を抑えていることが日本が踏みとどまっている大きな理由なんだ。
ところが4月13日、日本内科学会の「新型コロナ」緊急シンポジウムでは打って変わってこう語る。
我々は、検査数を増やすなということは一度も言ったことがなくて、感染者数が増えている中でPCR検査が増えないということは、非常に大きな問題です。
教授がPCR検査拡大にきわめて慎重ないし反対ともとれる論を唱えてきたという印象があっただけに、驚いた参加者も少なくなかった。

さすがの提灯持ちNHKもいささか頭にきた。

内科学会の前夜、デスクが「前回ご出演頂いた時は、むやみにPCR検査を広げるのは院内感染を起こして危険だという話もされていたと思うんですが」と尋ねた。

押谷教授は「すべての感染者を見つけなくても、クラスターさえ起きなければ、感染は広がらず、多くの感染連鎖は自然に消滅していく」と、従来の自説を述べた。
そしてその上で、「⼗分なスピード感と実効性のある形での『検査センター』の⽴ち上げが進んでいないということが、今の状況を⽣んでいる」との見解を示した。

これって支離滅裂じゃない?  180度の方針転換だ。しかも方針転換したという認識すらない。二つの人格が平然と同居していて、なんの矛盾も感じない。そして専門家会議にはシレッと居残る。

親分の方は5月に入っても、メディアに「PCRの実施率が低い」と喋っている。もはや完全に頬っかぶりモードだ。あんたなんぞに新生活などと説教されとうない。

どうも見るところ、この先生、尾身氏の引きで専門家委員会に選ばれて舞い上がったんじゃないだろうか。そして尾身氏におだてられて疫学派の旗振り役を引き受けた。「友がみな、我より馬鹿に見える日よ」という心境だったのではないか。

小此木さんは以下のように厳しい目を注ぐ。
NHKのスタジオで手元のメモに目をやりながら慎重に言葉を選んでいるように見えた押谷教授の説明からうかがえるのは、感染者が急増してきたからPCR検査を増やす必要があると判断して、これまでの検査抑制論を転換したらしいということだ。
この後は有料会員しか読めないが、ここまで読めれば十分だ。

結局、山本五十六のようなものだ。緒戦でのクラスター作戦の勝利に酔いしれて、彼我の力関係を読み誤り、ミッドウェーの敗北の後も方針を変えられないまま、日本を焦土へと導いてしまう可能性がある。

一つ、この記事へのコメントを紹介しておこう。
事態が収束したら、誰がどのような意図でPCR数を抑制して来たのか(政府側も含めて)検証してほしい。
もしそうなれば、この教授も間違いなくその片割れだろうね。

専門委員会が「新しい生活様式」なるものを発表した。
「面会は記録、横並びで食事を」と言っている。発想が国防婦人会だ。
もうこんな委員会早く解散せぇ!
何が専門委員会だ。馬鹿にすんな。
何ということはないただの尾身委員会ではないか。
誰が決めたか知らないが、俺達はお前らを日本を代表するほどの専門家と認めたことはないし
今やますます、日本を仕切るような資格などないと確信するようになった。

「新しい生活様式」というのは権力を傘に、金も出さずに、戸の開けたてから、ゴミの始末までいちいち指図する。
欲しがりません、勝つまでは
パーマネントはやめましょう
贅沢品より代用品
飲んでて何が非常時だ
の滅私奉公、隣組の世界だ。
こんな標語が政策ならば、頭丸めてとっとと消えちまいな。

だいたいが、厚生労働省で普通に仕切っていれば(厚労省ならいいとは言わないが)、
もうちっと風通しが良くなって、天一坊みたいな連中に世の中牛耳られることはない。

岡田先生、懇願の理由

本日のテレビ朝日の「モーニングショー」での一場面である。
「PCR、なぜ早期にやれないのか」というテーマでのトーク。レギュラーの玉川さんときれいなお化粧の女性、ゲストとしておなじみコロナおばさんの岡田先生。出始めの頃とは打って変わり、むかしの「あんみつ姫」がそのまま育って、前髪ハラリが可愛くさえ見える。

本日はイギリスの某大学在留中で、WHO事務局長の上級顧問という肩書きをもつ渋谷さんが登場し、PCR問題について話が進んだ。岡田さんが、ここで突如「渋谷さん、PCR問題についてもっと社会に発信して」と、詰め寄るかのように懇願した。
だれの眼にも異様な光景であり、さすがの羽鳥アナも言葉が引き取れなくて沈黙。
渋谷さんはこの質問をサラリと受け流した。そのまま議論は進んでいったが、終わり頃にふたたび岡田先生が同様の発言。

これをどう読むか。

まず岡田先生が「出る杭」としてバッシングを受け、かなり孤立感を深めているという背景がうかがえる。「だいじょうぶかな? ちょっと来ていないかな?」

そして背景には、岡田さんら臨床派と疫学派とのあいだにかなり断裂があること、しかも疫学派が足を引っ張る傾向があること。岡田氏はような背景を暗示している。
たしかに、当初はクラスター潰し、今は封鎖一本槍の疫学者に、私ら臨床医は現場性を感じない。現場を見ずして何を語るのだろうと懸念を抱いてしまう。

いうまでもなく疫学派の代表は尾身氏である。彼は厚生官僚からWHO西太平洋地域事務局長に就任した。その経過はかなり強引でカネまみれであったと思われる。(自治医大ホームページを参照)

そこから天下って、地域医療機能推進機構の理事長に就任した。これは社会保険病院、厚生年金病院、船員保険病院という3つの病院グループを統合し設立された巨大法人である。

臨床の経験がほとんどない人が理事長に数人するのは、それなりの政治力の反映であろう。

報道によれば、地域医療機能推進機構は、先日成立した補正予算で“特別枠”ともいえる65億円が付いたそうだ。誠にご同慶の限りである。

いくら渋谷氏がWHOの幹部とはいえ、いま単身、尾身氏に盾突くような真似は到底できるものではない。風車に突っ込むドン・キホーテのようなものである。

渋谷氏にとって尾身氏はWHOにおける先輩でもあり、なかなか容喙できる立場にはない。それに渋谷氏もふくめ疫学畑の人は、医師免許を持っているとはいえ政策官僚であり、臨床医のように自由に動ける身分ではない。

WHOなど国連系諸機関で働き名を揚げている人は少なくない。尾身氏も渋谷氏もそのような人々である。私たちは彼らを「国連マフィア」と陰口している。むかしなら野口英世みたいなもので、正直のところさほど信用しているわけではない。やっかみ半分ではあるかもしれないが、「英語がお上手ですね」くらいの気持ちだ。英語がうまいのは、その国の後進性の証だ。

デクエヤル、ガリ、ハンギムン、明石などなど… みんな国内で主要ポストを狙ったが、無残に敗退している。国内で汗をかいていない人は所詮は根無し草なのだ。

それはひょっとすると、本来は対応の中心となるべき厚生労働省の思いかもしれない。

問題は臨床が重視されていないこと

岡田先生が孤立しているわけではない。事実はその逆だ。

専門家会議において臨床畑の意志が尊重されていないことは、ほぼすべての臨床医と多くの疫学者の一致した感想であろう。

しかし岡田先生があせる必要はない。疲れたら、心が折れる前に少し休んだほうが良い。

声を上げるかどうかは別にして、臨床医のほとんどは先生と同意見だ。二人のノーベル賞医学者、山梨大学の学長まで発言している。

先日書いた「加藤厚労相は辞任せよ」といういささか過激な文章で言及したが、その時「どうも厚労省の頑迷固陋ぶりの背後に何かがありそうだ」と書いた。それは「専門家会議」と尾身「副会長」辺り、すなわち官邸筋だろうなと感じていたが、徐々にあぶり出されてきたようだ。

それは結局は、安倍首相の独裁体制と官邸主導政治と、各省庁の忖度という構造であろう。

日本におけるコロナ病は「安倍病」の様相を呈している。それは米国においてコロナ病が「トランプ病」であるのと同様である。


厚労省というのは本当に大変な組織である。厚生行政と労働行政は独立した大きな仕事である。
コロナを見てみればわかる、PCR問題、収容施設問題、院内感染防止問題、など医療面でも課題山積であるのに、雇用助成金などもやらなければならないというのでは体がいくつあっても足りない。
ところが、この間の衆参両院の予算委員会質疑を聞いていると、加藤厚労相なら平気でこなせることがわかる。
やれません、やりません、やる気はありませんの三点セットですべて終了である。
この人には、なにか積極的に取り組もうという気はサラサラない。その日をなんとかしのいでいくこと、間違っても言質は与えないこと、このことだけ守って任期をまっとうすればOKということだ。
この人はもともとが大蔵官僚である。今回の内閣人事では財務省が幅を利かせているようだが、加藤も財務省から厚労相に送り込まれた刺客なのかもしれない。
この間、PCR問題で厚労省の審議官という人がNHKの取材に応じていた。平気で嘘をつく。「厚労省はPCRの適応拡大に注力してきたが、行政末端がなかなか反応してくれない」というのだ。
こういう連中が霞が関を取り仕切っている。彼らにとって加藤厚労相は、まことに使い勝手の良い衝立てであろう。
色々事情もお有りと思うが、とりあえずは早くお辞めいただくことが一番だ。総理への道は絶たれたとお考えいただきたい。



最近は随分と便利になったもので、審議官の発言がそっくりネットに残っている。

「NHK クローズアップ現代」というシリーズで、「新型コロナ どう増やす? PCR検査」という4月28日(火)の放送だ。
中身はここで読める。今なら「見逃し配信」も見られるようだが、腹が立つので見ないほうが良い。


迫井正深さん(厚生労働省 審議官)

(状況が変わったので、それに応じて)
判断を少し弾力的にやっていかなければいけない。…その弾力的な判断がまだ浸透していない。
私たちは何度も注意喚起(してきた)
一方で、どうしても検査の件数が限られるので(現場が)絞っていくっていうのは事実です。
(今後は)医師会の適切なご判断のもとで好循環を作っていきたい。

武田:確認ですが、医師が判断して必要だと思われた患者さんについては、すべてきちっと検査をしていくと。そういう態勢は今、できているんだということでよろしいでしょうか。

迫井正深審議官: 現時点で必ずそれが、基本はその通りだと思います。医師が判断したものは必要だという必要性が当然あるという前提でありますので、そういった検査をしっかりやっていくということが基本だと思います。
答えになっていないどころか、日本語にもなっていない。質疑応答を準備していなかったということなのか。

武田:今やろうとしているような検査の拡充であるとか、どうも少し後手後手に回っているんじゃないかなというような印象も禁じ得ないんですけれども、そこはどういうふうに振り返って感じていらっしゃるのか。

迫井正深審議官: すべて完璧だということではない。
必要な対応はやりつつ、(PCRについても)スピード感をもってやってほしい、という指摘と思う。
そのためにも感染実態をしっかり把握することが必要だ。

「不安がある、だから検査をしたい」というのはだめだ。(これからも)PCR検査そのものの性質、限界を理解して対象は制限する。

未だにクラスター解析が本筋で、PCRは二の次だという認識だ。これには誰か裏がいる。それも相当強力な官邸筋と強くつながった人物がいる。この人物を洗い出して、早急に排除しなければならない。

今井佐緒里さんのレポート
がすごい。これだけの報告を書き上げた集中力に心から敬意を表する。

レポートの最初の言葉。
この原稿を書くのに5日間かかった。
一度は困難さに発表をやめようかと思ったが、あまりにも誤解が拡散しているので、不十分でも発表することにした。
一言で言ってヘビーだ。しかしトランプのWHO攻撃と韻を踏んで、ネトウヨどもによって拡散されている現在、この問題から目を背けるわけには行かない。

これを読むとわかるのは
1.ニュースそのものが本当に存在したのか。フェークではないのか

2.モンタニエが、正味のところ何をどう喋ったのかということ

3.モンタニエの理屈がどこが筋が通っていて、どこが「トンデモ」なのか

4.モンタニエがどのくらい怪しげで、どのくらいまともな人物なのかということ。モンタニエの背後にはどういう人達がいるのか。
などということだ。

これは私用の心覚えなので、どうか皆様には本文にあたっていただきたい。

最後に、ついでに本庶先生のこと(こちらはまったくのフェークで、それ自体が犯罪行為)にも触れておく。

1.できごとは本当に実際に存在した

4月16日、フランスの「どうして?ドクター」という番組でのインタビューが始まりだ。

モンタニエはこの中で「新型コロナウイルスは人為的なものであり、武漢の研究所でつくられたのだろう」と述べた。

4月17日、24時間ニュースチャンネルで同様の主張を行った。

とりあえず、核心的な事実はこの二つである。
モンタニエ
この件に関して論文は書いていない。つまり学問的な方法で自説を提示しているわけではない。

2.モンタニエは、正味のところ何をどう喋ったのか

彼の言葉は片言隻句ではない。ひとかたまりの論拠らしきものも付け加えられた主張である。

今井さんの記事から書き出してみよう。

① 「武漢の研究所」が、20年前からコロナウィルスを研究してきたのは周知の事実である。

② 今回の新型コロナウィルスは、人工的に作られたものだ。コウモリのウイルスを組み替えたものだ。
③ 海鮮市場から出たというのは、美しい伝説だが、そのような可能性はきわめて乏しい。
④ 以上から見て最も合理的な仮説は、この新型ウイルスが「武漢の研究所」で作られたものということだ。
⑤ 「誰か」がエイズのワクチンを作りたかった。そのためにコロナウイルスを使った。そのウィルスの一つが、研究所から「逃げた」ということだ。
⑥ 中国政府が知っていたのなら、彼らには責任がある。
このような内容を音声インタビューでもテレビインタビューでも言っている。

3.モンタニエの理屈のどこが「トンデモ」なのか

その前に、今井さんは日本のメディアにしっかりと釘を刺す。この怒りが難しい作業をしとげた原動力になっているのだろう。
すべてのフランスの信頼に足るメディアは、彼の主張に対し検証か批判をつけて記事を流した。しかし日本での報道では、この批判部分をわざわざ削除した上で報道している。
記事の信憑性をチェックする組織は、日本のメディアにはないのだろうか。
ということで、どこが「トンデモ」なのかの分析に入っていく。

① エイズウイルスとの「奇妙な類似性」

新型コロナ・ウィルスが人工的なものであるとする最大の根拠がこれである。
奇妙な類似性
モンタニエはこう語っている。
インドの研究者グループが新型コロナのシーケンス分析を公表した。驚いたのだが、そこには別のウイルスの配列が入っていた。それは自然に混ざったものではない。
彼らは公表しようとしたのだが結局撤回した。しかし科学的真実というのは重い。隠そうとしていても、現れるのだ。
② 「奇妙な類似性」への正統な反論

たんなる偶然か、意味のある類似かの判別は統計的(というより常識的)になされる。

もちろん我々しろうとの常識ではなく、専門家仲間での常識である。

奇特な人もいるもので、ある「科学コミュニティ」ではエイズと新型コロナに共通するシーケンスを他のウィルスと比べてみた。そうするとサツマイモ・ウイルス、ネクタリン・ウイルス、スズメバチ・ウイルスなどが次々とリストアップされた。

とにかく、それに意味をもたせようとするには、指摘されたシーケンスが短すぎる。エイズの配列を挿入しようとすれば、断片ははるかに大きくなるだろう。これが専門家の一致した意見である。

③ 余談: 青森のキリスト渡来伝説

青森の戸来村にはキリスト渡来伝説がある。
「キリストの里伝承館」には村とユダヤのつながりを示す数々の“証拠”が展示されている。
言い伝えではイエスの弟イスキリが身代わりとなって十字架にかかり、本人は戸来で106歳まで生きたのだそうだ。
キリスト記念館

④ シーケンスは作ることができるのか

答えはイエスだ。現代の遺伝子工学では可能である。しかしそれは既存のウイルスの組み合わせという操作にとどまる。

図で示されたようなマイクロ・シーケンスの変更は不可能であり、ましてそれにウィルス的意味をもたせること(遺伝的借用)は不可能である。

以上より、新型コロナ発生への人間の介入は不可能であり、それが人工的なものである可能性はゼロであるといえる。

したがってモンタニエの主張は青森キリスト説に匹敵する「トンデモ」説である。

4.モンタニエはどのくらい怪しげなのか

今井さんは、多分ここまで書いてきてブチギレているのだろう。悪口雑言撒き散らしている。

しばらくはその言うところを拝聴しよう。
モンタニエ氏の評判は全くかんばしくない。「トンデモ学者」「オカルト学者」とすら言われている。
パスツール研究所は彼との縁を切っている。フランス国立医学アカデミーも彼を非難している。彼はその言動により、科学界から批判と嘲笑をたっぷりと受けてきた。
あるとき彼はインタビューでこう述べた。
良い免疫システムをもっていれば、人は数週間でエイズウイルスを追い払うことができる。
彼はホメオパシー療法の伝導師となった。
植物、動物組織、鉱物などを水で100倍薄めて振る作業(活性化)を、10数回から30回程度繰り返して作った水を、砂糖玉に浸み込ませた「レメディー」と呼ばれる治療薬を飲むのだ。
なぜそれが有効なのか。水が、かつて物質が存在したという記憶を持っているためだ。

ホメオパシーについては、日本医師会および日本医学会が公式見解を発表している。

2012年には、約40人のノーベル賞受賞者が、彼を弾劾する共同声明を発表している。
医学は嘲笑され、患者はだまされ、同胞は悪用された。これらの虐待を非難するのに、公的権力と保健機関は、何を待っているのでしょうか?
もはやこれに付け加えることは何一つない。
付け加えるとするならば、怒りを忘れた日本のメディアの無責任ぶりであろう。

5.フェークが意図的に拡散されている

本庶先生の名を語った偽情報が世界中に拡散しているようだ。どうも出どころはインドらしい。新型コロナのシーケンスにエイズ・ウィルスのゲノムを発見したというのもインド人だ。
本庶フェーク
これは素人っぽいフェイクだが、米国ではもう少し怪しげな話があるようだ。

朝日の鵜飼特派員名の記事(20日)でこう書かれている。
米国の世論調査では国民の約3割が「ウイルスは人造」と考えている。
43%がウイルスは「自然発生した」と答えた一方、23%は「意図的に作られた」と答えた。とくに18~29歳の若い世代では、35%が人造説だった。
FOXニュースのキャスターらは「研究所から流出」の説を後押ししており、米メディアによるとトランプ政権の中でも注目されている。
ということで、こちらはかなり深刻な話になっている。とりわけ、若い世代が影響を受けているというところが怖い。世は乱世であり、ひょっとすると末世かもしれない。

我々も、「バカバカしい」と切り捨てるだけではなく、しっかりと根拠を持って反論していかなければならないようだ。

不勉強で、未だにHIVウィルスを発見したのはギャロだと思いこんでいた。

今回突然、「新型コロナは誰か(中国)が作り出した」と主張して話題になった人物がいる。リュック・モンタニエという名前で、HIVウィルスの発見者としてノーベル賞を受賞している。

常識ある人々の間では信じられないガセネタとして相手にされていないが、ネトウヨにはバイブルのように崇め奉られている。(25日日経)

ということで、私の頭の中でまずはギャロ→モンタニエという道すじを辿らなければならない。この話はウィキでは慎重に避けられている。

エイズ、ギャロ、モンタニエのどの項目を見てもウィルスの発見者が誰かを大抵するような表現はない。

ただノーベル賞をもらったのがモンタニエで、ギャロは何ももらっていないこと、しかしギャロは学会を追われたわけではなさそうだということである。

例によって年表だ(新納氏論文より作成)


1981年

6月 米寄生虫病センターのフォード、カリニ肺炎患者が多発していると報告。同じ頃米防疫センターのカラン、男性同性愛者に性器ヘルペスが多発していると報告。

7月 米防疫センターの週報、同性愛者の間でカポジ肉腫が多発、これらの患者にTリ ンパ球の 減少があることが報告される。

1982年

9月 防疫センター、一連の症候をを示す疾患群を後天性免疫不全症候群(Acquired Immune Deficiency Syndrome:AIDS)と命名。

国立がん研究所(NCI)のロバート・ガロがエイズ研究を開始。ガロは日本のT細胞白血病の病原体のレトロウィルスを発見した実績を持つ。

1983年

4月 仏パスツール研究所のリュック・モンタニエ、バレシヌーシ、シャーマンら、エイズ患者のリンパ節からウィルスを発見。

パスツール研はガロにウィルスを送り、確認を依頼する。ガロはエイズ・ウィルスであることを否定。

4月 モンタニエ、ガロに電話し。サイエンス誌への投稿推薦を依頼。その後、「サイエンス」は、要約がついていないことを理由に受け付けを拒否。

5月 モンタニエ、上記研究を別の雑誌で発表。“LAV”(シンパ節症関連ウィルス)と名付ける。

12月 パスツール研究所、“LAV” の検索法に関し、米国での特許権を申請するが無視される。

1984年

5月 ギャロ、「サイエンス」誌に「エイズ患者の末梢血からウイルスを分離した」と発表。“HTLV-Ⅲ” と命名。ガ ロが最初の発見者ということになる。

1985年

12月 ガロ、“HTLV-Ⅲ” の検索法に関する特許権を申請し認められる。

1987年

パスツール研、両者のウィルスの遺伝子構造が98%以上一致することを指摘。確認のためガロのもとに送られたウィルスが盗用されたと主張。

レーガンとシラクが会談し、特許権を両国で二等分することで合意。

1990年

シカ ゴ ・トリビューン紙のク リュー ドソン記者、「ギャロの“HTLV-皿”は、モンタニエらの“LAV-BRU”を盗用したもの」と報道。NIHが調査に乗り出す。

1991年

2月 「ネイチャー」誌、両者のウイルスは全 く違うものであると発表。

5月 ガロ、「ネイチャー」誌に投稿。“HTLV-皿” がパスツール研から送られてきたウィルスだったことを認める。

この間、製薬業者からNIHに、年間600万ドルの特許権料が支払われていた。


25日付け日経新聞の1面にローレンス・サマーズのインタビューが掲載された。
オバマ政権で国家経済会議委員長を務めた人で、米国の典型的なリベラル派の見解を表していると思われる。

1.先進国システムへの試練としてのコロナ危機

グローバリズムの進行した世界では、相互依存関係が強まるため、影響は一国にとどまらない。それは分かってはいたが、前例はなかった。

21世紀の先進国に共通するシステムは、「民主主義と資本主義の複合体」だ。このシステムがこの危機に対応し機能できるのかが試されている。

2.「システム」への不安

「システム」を率いる政府が不適切な方針を出した場合どうなるか、トランプ政権を見ているとそういう不安がある。それはいわばシステムの抱える脆弱性だ。

トランプはコロナに対する経済政策を誤解している。そのために感染者や死者の増大に歯止めがかからなくなっている。いまは医療専門家の意見に従い感染を抑えるための努力に集中すべきだ。


3.「システム」を支える社会保障制度

米国にはお金がないために病院に行けない人が少なくない。オバマ政権は社会保険制度の拡充を主張し続けてきた。コロナがその正しさを証明している。


4.格差の拡大がコロナ危機をもたらした

「システム」の経済的土台である資本主義経済がひずみを強めている。資金が溢れている一方で、実体経済は長期停滞を続けている。

投資機会を失った余剰マネーが金融市場に流れ込み、金融資産を押し上げた。この結果富裕層に集中が集中している。

富裕層はさらに富を求め、役員報酬を引き上げ、多くの株主還元をもとめ、自社株買いに走っている。

政府の支援は労働者やその家族を対象にすべきだ。向こう見ずな行動をとってきた企業を救うべきではない。


サマーズといえば、日本ではむしろ「悪役」として名高い。クリントン政権期に財務長官を務め、金融自由化を遮二無二推し進め、日本に無理難題をふっかけ、アジア通貨危機の引き金を引いた人物である
「たかが金貸し風情が出過ぎたまねをするんじゃないよ」を参照されたい。

そんなやつにお説教されとうはないが、さすがに歴史を俯瞰する眼は持っているようだ。「民主主義と資本主義の複合体」という観点は、民主主義の方に“?”は着くものの、理念型としてはアクチュアルだと思う。


米国はWHOへの資金拠出を停止したが、今度はコロナ薬開発についても共同を拒否した。
理由は同じで、EHOが中国寄りだということだ。
どこまでこの考え方で突っ張るのだろうか。
当然、学会や医療界はこんな考えを支持していないのだが、そのように総スカンを食らってでもトランプは突っ走るのだろうか。共和党と支持者はこのような愚かな考えに追随するのだろうか。

コロナショック、それとどう闘うか

1.社会防衛システムの脆弱化との複合

新型コロナはきわめて異例なスタイルでアウトブレイクし、パンデミックに至った。

それ自体はいずれ様々な分析がなされるだろう。

同じコロナウィルスによる感染であったが、武漢を発火点として東アジアに広がった第一次流行は比較的一旦収束の兆しを見せたが、イタリアで始まった第二次流行は凄まじく、あたかも100年前のスペイン風邪を彷彿とさせる拡大ぶりを示した。

“いわゆる文明先進国” に進出した新型コロナウィルスは、毒力・感染力ともに、武漢出発当初とは比較にならないほど強力になったかのように見えた。

しかし統計を詳細に分析してみると、公衆衛生的、社会医学的分析の示したものは、ウィルスの強さではなく、生活習慣の問題でもなく、社会防衛体制の脆弱さだった。それは、この間の緊縮財政による社会保障制度の改悪と医療供給体制の骨抜きがもたらしたものであった。

言い換えれば社会システムの足元が脆弱化していたことが、アウトブレイクの主要な理由であった。かつての欧米先進国は、すでに支配層の手によって「後進国化」していた。そのことがコロナによって暴露されたことになる。

次いで流行の主舞台となった米国においては、とくに貧困層の環境衛生、労働者の無権利状態、無保険状況が砂漠のように広がっており、その必然的な残酷な反映であった。

かくのごとくして、コロナ大流行は、国民の医療を受ける権利、ひいては生きる権利が毀損されている現状こそが最大の問題であることが明確になった。


2.生活インフラが崩壊するという特殊性

人々が社会の一員となって生きていくためには、生産活動と生活(消費)活動が必要である。生産活動のためには水道・電気、土木・建設、交通・運輸、通信などの生産インフラが必須だ。

一方生活インフラとしては、教育・学習、医療・保健、安全・保清、文化・スポーツなどのシステムがあげられる。

生活インフラの多くは、「対人サービス」として提供される。いわば人材集約型インフラである。それは社会が豊かとなり消費が多様化するにつれて、多種多彩となる。

こうして社会の生産力が高まるにつれて、ますます多くの労働人口が生活インフラ(いわゆる第三次産業)に関わるようになる。

このシステムは生きた、労働と消費が同時進行する “生身のシステム” なので、一定期間以上休むことができない。作り置きが利かないのである。

たとえ部分的に補償されたとしても、被害が長引けばそれは腐朽化し干からびて、最後は倒壊することになる。

コロナ危機の特徴は、それが生活インフラ崩壊と需要減退との複合危機だという点にある。だから内包する深刻さはリーマンショックや大恐慌とは異次元のものになる。


3.コロナ・ショックはリーマン後10年の集大成

コロナ・ショックはリーマン・ショック(欧州ソブリン危機をふくめ)以来の10年間の集大成となるだろう。

リーマン・ショック以来の経済・金融政策は金融崩壊の危機から世界を救った。しかし問題を解決したわけではなく先送りしただけだった。

大量に発行された通貨はすべて富裕層の手に落ち、新興国から強引に回収された富も富裕層のものとなった。それは貧富の格差を一層強めた。

同じような傾向はすでにコロナショックでも出現している。欧米では企業補償・支援として給付された資金が株主還元、あるいは自社株買いに回される事例が頻発している。

この間に起きた出来事は、ひとくるみにすればモラルハザードの進行と、金融操作の行き詰まり、ドルをもふくめた通貨の不安定化だ。

民衆は失業と国家からの排除により、国のうちにあってもディアスポラ化し、喪失感と不安定さと過激さを増している。


4.まず必要なのはコロナとたたかう「戦費」の調達

すでに多くの国で開始されているが、医療の維持、補給線の維持、就業支援、休業補償などは籠城戦を目的とする出資だ。生産・雇用維持には高い効率をもたらすが、経済復興の投資枠には括れない。

これは戦線を維持するための費用であり、どんどん消えていく金だ。これで直接景気の改善が見込めるわけではない。戦費に経済効率を云々しても始まらない。経済産業省の役人が出る幕ではない。

このような資金を手当するには「戦時公債」型の資金調達しかない。

韓国では「これは安全保障費の一部なのだから防衛予算の組み換えで原資を捻出せよ」という意見がある。構えとしてはそういうことだ。


5.金融安定化政策

これで戦線後退を避けながら、中期的な経済再建に臨むことになる。その際重要なのは現金(真水)の潤沢な供給で、これは欧州通貨危機でも試され済みだ。

今回は10年前の苦い経験を踏まえ、ECB、FRB、IMFが揃って機動的出動の構えを見せている。

新興国の債務との関係で一番前面に出るのがIMFであるが、伝家の宝刀のSDR引き出し権をどこまで拡大できるかは、米国の出方にも関わってくる。

これは正念場であり、トランプの介入を許さずにG20とFRB、IMFの連携がいかに大胆に進められるかが鍵を握っていると思う。


6.WHOへのトランプの介入を跳ね返す

WHOなしにコロナとたたかうのはレーダーなしに航海するのに等しい。専門機関の助言と国際間の協力がなければコロナ危機の克服は不可能である。ブーメランが繰り返されるのみだ。

このことはとくにアフリカなどの国々において明らかである。南アフリカではコロナ流行の只中に鉱山操業を再開したとのニュースを聞いた。生活が立ち行かなくなったからだという。実に暗然たる気持ちにさせられる。

トランプは知性の欠片も感じられない罵りと、常軌を逸した介入を繰り返している。目障り極まりない。しかしこういう危機にはこういう人物がお定まりのごとく登場するのであり、それもふくめて我々は乗り越えていかなければならない。

繰り返す。WHOを始めとする国際諸機関の活動を断固として支持し、国際協力を深めていかなければならない。そのことを通じてWHO分担金拒否がいかに犯罪的なのかを暴露し、抗議を集中させていかなければならないと思う。


7.共通の敵には共通した闘いを

コロナは国境や人種を超えた人類共通の敵である。短期には各国別の取り組みになるのもやむを得ないが、この闘いはかならず中長期のものになる。

どこの国が悪いとか誰の責任だと言っていても始まらない。対岸の火事と思っていれば必ずしっぺ返しに合う。ののしりやあなどりは自らの「科学的文盲」の証にほかならない。

各国が連帯し協調して取り組まなければならない。国連や国際諸機関(WHOやUNICEF、UNESCO、UNEP)に結集して取り組まなければならない。

その際は、経済原則とは別にもう一つの価値観として、「人間の安全保障」という価値を打ち立てておく必要があるだろう。(日本がその提唱国であることを念頭に置く必要がある)

世界のすべての人が安全にならない限り、私たちは安全に暮らせるようにはならないのだ、ということを肝に銘じておく必要がある。


ちょっと古い記事(20年03月26日)だがニッセイ基礎研究所のレポートでこんな物があった。

欧州の新たな危機-ドイツの大規模財政出動だけではコロナ危機は克服できない」というもので、筆者は経済研究部 研究理事の 伊藤 さゆりさんという方。


要旨の要旨

1.コロナ・ショックはリーマン・ショックを超えるおそれがある。EUの持続可能性が危ぶまれる事態も想定される。

2.ユーロ圏の債務危機でECBの初動には問題があった。流動性の危機への配慮が不十分であった。それは後に修正された。

3.しかしコロナ危機では資金供給という対策では不十分であり限定的である。事態を回避する鍵は危機対応での「連帯」と「協調」にある。

4.債務危機の際の経験は教訓化されているが、不十分だ。「コロナ対策投資イニシアチブ」は少額であり、回収を前提とする「投資」の枠にとどまっている。

5.新規募集する「コロナ債」の可能性は依然として不透明である。
前回も流産に終わった共通債構想は、南北間の対立の構図から抜け出せていない。
国際的にも自国主義の流れが強まるもとで、主要国の協調が難しくなっており、情勢は流動的である。

本日の赤旗にコロナに関する大型特集が掲載されている。相当の調査に基づく気合の入った文章で、説得力が高い(何かネタがありそうな感じもするが…)

23日の欧州連合首脳会議が、波乱要因含みとはいえかなり前向きな合意を実現したことが重要である。

私も詳しくは知らないが、メルケルの強いイニシアチブがドイツやオランダの保守派を押し込んだことが要因と考えられる。

それはまた、リーマンショックに続いた欧州金融危機でドイツ、オランダだけでなくECBやIMFなども南欧危機に背を向けたこと、それが金融危機を長引かせ、経済再建を困難にし、労働問題や難民問題を深刻化させ、それがひいては極右の進出と社会の分裂を招いたことへの、一定の反映も見なければならない。

試行錯誤のすえ、EUはその危機を金融緩和(量的緩和とマイナス金利)と国民大衆の生活切り捨てでしのいだ。しのいだというより表面を糊塗したのだが、じつは問題は構造的にはむしろ深化していたのだ。

富の不均衡は資金分布の不均衡をもたらし、金余りとカネ不足のまだら模様が蓄積している。

ベンチャーという名のペーパー・カンパニーが万円し、その日暮らしで借入金依存の財務体質が広がっている。

それが露呈されたのが今度のコロナ危機ということになる。

コロナ危機は、10年間にわたり蓄積された経済構造の歪みが、大雨で決壊したようなものである。

これからは、二つの経済危機の複合体としてのコロナ危機が拡大していくであろう。

今度はもはや、米連銀頼み、量的緩和一本槍の政策対応では乗り切れない。バケツの底が抜けてしまったのだから、まずそこを修復しないとマネーが持たない。

全世界が団結しないと、世界はトランプと習近平のものとなる。

1.コロナ問題が金融危機に発展する可能性

すでに実態経済の落ち込みは始まっているが、これが金融市場の混乱や金融機関自体の危機に発展するかどうかだ。

焦点は二つある。
一つはクレジットの市場の動向だ。外貨資金調達、米国債、社債がどう反応していくかだ。金融市場が実体経済とのあいだに負のシナジーを起こす危険がある。

もう一つは新興国の動向だ。こちらはコロナそのものの影響がこれから出てくると考えられ、これが債務等にどのように反映されていくかは未知数だ。

2.長期の金融緩和による不均衡

コロナ問題は普通の金融状況のもとで起きているわけではない。

リーマンショック以来の大規模な金融緩和が長期化する中で、資金分布の不均衡が蓄積している。

低金利のもとで借入金依存の財務体質が広がっている。投資家は運用利回りをもとめて規制外のファンドに集中している。

一言で言って金融危機の出現する条件が整いつつある。


3.グローバル化はどうなるか

急速な経済グローバル化は、世界に格差や難民問題、貿易戦争の激化をもたらした。これはすでにコロナの前から深刻な問題となっている。

このような矛盾を前にポピュリズムや極右という扇動政治のスタイルが広がっている。

その背景には、グローバル化の成果を実感できない中間層の「超グローバル化」への拒否反応がある。

このような状況の上にコロナが来たのだから、グローバル化が後退を見せても不思議ではない。


4.国際化の必要はむしろ高まっている

ただ、格差の増大を伴うとはいえ、グローバル化が国際的な生産力向上と結びついているのも確かである。

これが本当に逆回転を始めると、すぐに生活水準の低下がもたらされ、人々はますます不満を募らせることになる。

政治家や政策当局者は、このようなグローバル化の両面の真実を認識する必要がある。そしてその上で、各国の協力関係が後退しないよう努力しなければならない。

これが新しい国際化ということであり、その必要は高まっている。

5.コロナ危機と中央銀行

中央銀行の意義は大変大きい。

第一に、資金流動性の確保による市場機能の維持である。現在主要中銀間でのドル融通の強化とFRBによる資産買い入れが柱となっており、目下のところ有効に機能している。

第二に、コロナ危機という特殊な経済環境においては、産業活動の強力な抑制がもとめられており、金利政策は有害無益だ。
もっぱら通貨供給の維持に力を注ぐべきだ。

資金を投下しても、「流動性の罠」が形成されれば情勢は複雑化する。金融機関の信頼が持続されなければならない。

これらが新次元の国際金融政策の骨格となるだろう。

6.コロナ危機からの経済再建

危機の性格から言えば、資金の潤沢な供給と、手厚い国民生活保障があれば、実体経済の回復と急成長は可能だ。

その際、中銀や金融界はあまり手出しをせず、市場を信頼して臨むことが大事であろう。

白川方明前日銀総裁の談話を元に編集した。


ドイツ連邦共和国大使館 ホームページより


事態は深刻です。社会全体の結束した行動が、ここまで試された試練はありません。

未だ、新型コロナウイルスの治療法もワクチンも開発されていません。

こうした状況において、唯一の指針は、ウイルスの感染拡大速度を遅くし時間を稼ぐことです。

単なる抽象的な統計数値で済む話ではありません。実際の人間が関わってくる話です。そして私たちの社会は一人ひとりの人間のいのちが重みを持つ共同体なのです。

何よりもまず、我が国の医療体制で活動してくださっている皆さんに呼びかけたい。皆さんが果たされる貢献に心より御礼を申し上げます。

喫緊の課題は、ウイルスの感染速度を遅らせることです。そのためには、社会生活を極力縮小するという手段に賭けなければならない。

休業措置は生活や民主主義に対する重大な介入であることを承知しています。かつて経験したことがないような制約です。

次の点はしかしぜひお伝えしたい。それは渡航や移動の自由が苦難の末に勝ち取られた権利だということです。それが前提となっていることです。

それを経験してきた私のような人間にとり、絶対的な必要性がなければ正当化し得ないものなのです。生活の制限は、民主主義においては、決して安易に決めてはならないものです。

しかし今は、命を救うためには避けられないことなのです。

大企業・中小を問わず企業各社にとり、また小売店、飲食店、フリーランスの人たちにとり、状況はすでに非常に厳しくなっています。そしてこれからの数週間、状況は一層厳しくなるでしょう。

私は皆さんにお約束します。政府は、経済的影響を緩和し、特に雇用を維持するため、あらゆる手段を尽くします。

(中略)

感染症の拡大は、私たちがいかに脆弱な存在であるかを見せつけています。しかしそれは、結束すれば、互いを守り合うことができるということでもあります。

困難な時期であるからこそ、大切な人の側にいたいと願うものです。思いやりということを、本当に全員が理解しなければなりません。

事態は流動的です。私たちは常に学ぶ姿勢を維持していきます。

例外なく全ての人、私たち一人ひとりが試されているのです。ご静聴ありがとうございました。


大事なことは民主主義を守ること、思いやりを基本とすること、弱者を守ること、学ぶ姿勢を貫くことだ。そこを外さないでいるところが正しい。
半年前、まだ「メルケルの賞味期限は切れていない」と書いたが、その通りだ。さすがだ。

まことに暗然とする記事だ。日経19日付けでニューヨークとロンドンの特派員の共同執筆記事。

基礎事実: 米国はコロナ対策で支援の条件に自社株買いの禁止を盛り込んだ。ドイツは旅行大手のTUI支援に際し、貸付期間中の配当停止をもとめた。フランスは支援の条件として配当と自社株買いの停止をあげ、救済資金を雇用の維持に使うようもとめた。

以下、欧米諸国における自社株買いと配当の状況がるる述べられているが、読めば読むほど酷いものだ。

ひと昔前は「ハゲタカファンド」とか言ったが、いまはファンドはみんなハゲタカかハイエナだ。これが富裕層の論理であり倫理なのだ。

このことは同時に、企業に資金を投入しても、企業に使いみちがないことを示している。もちろん企業に金融面での下支えは必要だが、もっと必要なのが市民・労働者の所得の底上げだということを示している。

このことはコロナ後の世界でますます明瞭になるだろう。

日経新聞19日社説「WHOの機能を低下させるな」

1.課題はあるにせよ、いまは何よりも新型コロナの拡大防止に力を合わせるときだ。WHOの機能を低下させてはならない。

2.WHOは新型コロナの情報を集め、対策を助言している。その役割は他に代えがたい。

3.WHOは他にも積極的な役割を果たしている。治療薬の臨床試験、ワクチン開発の国際プロジェクトを組織している。
途上国への支援、新型コロナ以外の予防治療計画も進めてきた。

4.WHOが機能を低下すれば、途上国などの感染を深刻化させ、改善した国に再びウィルスが持ち込まれる恐れがある。

5.日本や欧州諸国は米国にWHO支援停止の撤回を求めるべきだ。同時にWHOの運営には積極的に関与すべきだ。

* テドロス事務局長に親中国姿勢などの問題があることは確からしい。

* 4の「感染ブーメラン」論が最大のポイントだが、これだけだと「ソロバン勘定」にも聞こえる。やはり「人間の安全保障」の観点まで姿勢を持ち上げるべきだろう。

厚労省の切り替え遅延が大流行を招いた

現場で頑張っている人には申し訳ないが、行政機構におけるクラスター対策からPCR励行策への切り替えの遅れが、大流行をもたらしたと言わざるを得ない。

北海道保険医会

その証拠が北海道保険医会の会員アンケート調査だ。この会は医師会と異なり任意加入組織だが、北海道では開業医の大多数が加入している。

開業医の現場の声を反映していると見てよい。赤旗に調査結果の一部が報道されている。

衝撃の数字

この中で最も衝撃的な数字が、
「医療現場の焦点、医師がPCR検査を必要と判断しても保健所に拒否されたのは111例ありました」という記載。

回答数が284件と比較的少ないので、比率としては判断できないが、回答者の多くが相当腹に据えかねていることは察せられる。

拒否の理由

理由は「海外渡航歴、居住歴がない」「感染者、渡航者との濃厚接触がない」「集中治療の必要がない」を挙げています。

拒否された人の中には「肺炎を発症していた」「撮影から肺炎を疑った」との事例もあったといいます。

「十分な時間があったにもかかわらず、政府の対応は行きあたりばったりで現場は混乱している」

加藤厚相の姿が見えない

コロナの二次拡大が始まり、市中感染としての扱いが必要になったころ、テレビから加藤厚相の姿が消えた。

官邸筋の対策チームの医師は出てくるが、対策を立てるべき本家の姿が見えない。エリート官僚の出身でなかなか優秀な人材と思ったが、一体何があったのだろう。

まさしく危機なのだから、医者や疫学者が危機あおりをするのに別に反対はしませんが、
危機管理プロパーの専門家が、「医療崩壊を防ぐことが最重要課題だ」と強調するのには違和感を感じます。

患者さんの命を守ることこそ最重要課題であり、

そのためにご協力願います、と頭を下げるべきではないのか

というのが、私の率直な感想です。
そうでないと、医療崩壊を防ぐためにPCRをやらない、あるいは軽症者は自宅待機とするという発想に行ってしまうのです。私はそういうのを目的合理主義と言っています。

医療崩壊を防ぐことは最緊急課題であることは間違いありません。しかし最重要目標とは必ずしも言えません。中長期的に見るなら、現代世界がコロナを克服するために最重要な課題は、死亡者をできるだけ少なく抑えることであり、流行の終焉を遅滞なく迎えることです。そして闘いは間違いなく中長期化するのです。

そのためにはとりわけ社会的弱者に疾病の拡大と蔓延を防ぐことです。社会的弱者は一つは高齢者ですが、もう一つは貧困者です。これが最重要な戦略課題です。そのために貧困者に最大限の支援をつぎ込むべきです。

医療崩壊の防止に注力するのは、現下の状況では致し方ないことでしょうが、決して無条件に正しい議論ではなくて、それだけでは「社会防衛思想」に横滑りしかねない側面を持っています。

“致し方のない選択なのだ” という保留は必ずしておくべきだと思います。

もう一つは集団的叡智を寄せ集めるために、医療リテラシーの向上が必須だということです。みんながコロナの専門家になり、PCRの適応や結果の受けとめなどに高いレベルでの社会的合意を実現することです。専門家任せにすることなく、非常事態を主体的に受けとめ、多集団的に対処することが大事だろうと思います。

気になるのですが、我々のスローガンは「医療を支えよう」ではないと思います。「医療」だけではありません。多くの関係部署のスタッフが、危険を顧みず、激務をいとわず奮闘しているのです。

業者やフリーランサーの皆さんは生活を犠牲にして、真っ暗な将来への不安と闘いながらいまを耐えているのです。

近未来を見据えるならば、「みんなで支え合おう。弱者を守り抜こう!」こそが真の呼びかけであろうと思います。

前の記事の時刻表内に組み込んだが、あまりに長いので、別記事として再掲する。

ファウチ問題をまとめて掲載する。詳しくは東京新聞
アンソニー・ファウチ博士 Anthony Stephen Fauci (79歳)は免疫学・感染症学の専門医である。イタリア系移民の子孫としてブルックリンの薬屋に生まれた。ギャング映画にありそうなキャラだ。
84年から国立アレルギー感染症研究所長を務め、エイズやエボラ出血熱など多くの感染症対策にあたってきた。レーガン以降の歴代大統領に専門的立場から助言してきた。
2月半ば、ファウチら新型ウイルス対策チームは外出自粛などの措置を提言したが、トランプは受け入れなかった。
3月半ばから対策チームは、連日記者会見を開催、これにトランプも参加するようになった。
このためファウチ博士は、科学者として公の場で「対決」しなければならなくなった。
たとえば、トランプはインフルエンザに比べると死亡者数は少ないと語ったが、ファウチはコロナウイルスの致死率はインフルエンザの10倍と訂正した。
すぐにでもワクチンを開発できると述べたトランプの発言は1年から1年半はかかると否定した。
トランプが検査器具は十分あると発言する一方で、ファウチは議会で外国に比べ十分な検査が行われていないと証言している。
トランプはマラリア治療薬「クロロキン」が新型ウイルスに有効だと発言し、「すぐ利用でき非常に強力だ。状況を一変させるゲームチェンジャーだ」とまで語った。
しかしファウチ博士は、「期待はしている」としながらも「いまのところ有効との証拠はない」と水を指した。*
ファウチとしては、そもそも隔離の原則に反する説に水を指してほしくないのだ。肝心なことは国民の覚悟を促すことだ。
ファウチはトランプを懸命に説得。「対策を怠れば死者は最悪220万人」との予測を示し、「復活祭での経済正常化を」という目論見を抑え込んだ。
それはトランプの選挙戦にも跳ね返る。民主党が大規模な集会を中止したのに、トランプは集会を開催し続けた。ファウチは集会の自粛を強くもとめた。
ファウチへの国民の信頼は保守層の間にも高まった。フォックス・ニュースの新型ウイルス対応に関する世論調査で、トランプの51%に対し、ファウチ支持は77%に達した。遠慮せずに本音を語る姿勢と高い教養に、今や「ファウチドーナツ」などが発売されるほどの人気だ。
こうなるとトランプ陣営も気が気でない。支持者の一人が、演説するトランプの背中にファウチがまわり、頭を押さえつける「写真」をねつ造した。このフェーク写真がネットで拡散されると、「ファウチは反トランプの秘密結社の一員だ」との書き込みが数千回共有され、約百五十万人が閲覧した。
その後の経過はよくわからないが、博士の政治生命が風前の灯だというのはよく分かる。トランプ家の裏庭に、また一つ墓碑が立つことになるであろう。

* これらについては MIT Technology Review に詳しい。


トランプのWHO攻撃の経過

東京新聞トランプ語録
            東京新聞より

1月

1.22 トランプのツイッター、「我々にはウイルス対策の計画があり、中国も順調だと思っている」

1.24 トランプのツイッター、「中国は多大な努力をしている。アメリカは中国の努力と透明性に深く感謝している。すべてうまくいくだろう。習近平主席に感謝したい!」

1.29 ナバロ大統領補佐官(通商担当)、コロナが数百万人もの米国人を襲い、数兆ドルの損失をもたらす危険があると警告。アザール保健福祉長官も懸念を伝えたという(NYタイムズ)

1.30 WHO、コロナ感染を「国際的に懸念される公衆衛生の緊急事態」と宣言する。

2月

2.26 ペンス副大統領が新型コロナウイルスの対策チームの責任者に任命される。
ペンスはインディアナ州知事時代にHIVウイルスの感染を拡大させた過去がある。注射針の交換を提案されたのに、「家に帰って神に祈る」と答えて迅速な対応をしなかった。

2.27 WHOのテドロス事務局長(以下テドロス)、封じ込めるかどうかの「岐路に立たされている」と述べる。

2.27 バチェレ国連人権高等弁務官、「中国や東アジアの人々への偏見を引き起こしており、各国に差別などをなくすように強く求める」と述べた。

3月

3.11 テドロス、新型コロナが「パンデミック」に突入したと宣言。

3.13 トランプ、態度を豹変。国家非常事態を宣言。

3.13 手ドロス、「今や欧州がパンデミックの震源地となった」と語る。

3.16 トランプが態度を豹変。感染拡大を「制御できない」と告白する。

3.16 ホワイトハウスの対策チームは、対策を講じなければ、死者が最大220万人に上ると試算していた。(NYタイムズ)

3.18 WHO上級員のライアン、トランプの「中国ウィルス」論を非難。
ウイルスに国境はなく、地域・民族・肌の色・財産に関係ない。ウイルスを民族と関連づければ後悔することになる。H1N1インフルエンザの大流行は北米で始まったが、誰も北米ウィルスとは呼ばなかった。いまはウイルスと戦わなければいけない時であり、誰かを責める時ではない。

3.19 湖北省で新規感染者がゼロとなる。これまでに6万7800人が感染、3245人がしぼう。

3.19 トランプ、中国の初動の遅れを指摘し、「世界はその代償を払っている」と批判。
新型コロナを「中国ウイルス」と繰り返したことについて
人種差別的では全くない。ウイルスは中国から来たのだから、そう呼んでいる。正確を期したいのだ。

3.20 イタリアの死者数が中国を上回る。この時点で感染者数は中国の半分。

3.20 全米の感染者数は1万人を越える。感染者数は2日間で2.5倍(ニューヨーク州では2日間で5倍超)に膨らむ。

3.23 記者会見。「これは中国で起きたことだ。私は正直、中国(の初動対応)に少し頭にきている」

3.22 中国外務省報道官、「中国は終始公開し、透明です。中国人民はウイルスと戦ってきました。世界のウイルスとの戦いのために時間を稼いだのです」

3.24 トランプが記者会見。3週間後に経済活動を再開させると述べる。またNY州より要請のあった人工呼吸器を400台提供すると発表。

東京新聞によれば発言要旨は以下の通り。
大不況になれば何千人もの人が自殺する。インフルエンザで平均年3万6千人死ぬが、そのために国を閉鎖したことはない。
新型ウイルスよりウィルス対策のほうがより有害だ。こんな外出禁止や営業規制を続けて経済が停滞すれば、もっと大勢が死ぬ。

3.25 クオモ、「3万台必要なのに400台? 死なせる人々を選んでくれ!」と絶叫。法律に基づく増産態勢も取らない姿勢を「全く理解できない。問題の大きさ感を見失っている」と批判した。

3.28 米国の感染者数が10万人の大台を突破(半数がニューヨーク州)。中国を抜き最多、全世界の17%に相当する。

4.01 コロナ死者、米で同時テロ超す3千人(同時テロでは2977人)。世界では感染者84万、死者は4万人突破。

4.01 テドロス、アフリカや中南米などへの打撃を懸念。経済崩壊を回避するため、国際社会に債務の免除を求めた。

4.03 トランプ、疾病対策センター(CDC)が指針を変更しマスク着用を勧奨することとなったと報告。しかし「自分はしない」と宣言。

4.05 米政府のアダムス医務総監、「米国人にとって最も深刻で悲しい1週間が来る」と語る。

4.05 クオモ、「死者数が初めて前日より減った」と述べた。感染者、重症者数は以前増加。「ベッドはあるが、人工呼吸器と医療スタッフが足りない」と訴える。

4.05 全米の感染者数は33万7千人。死者数は9600人。

4.07 トランプ大統領、ツイッターで、WHOが「すごく中国に偏っている」と批判。
WHOは新型ウイルス対策を台無しにした。アメリカが大部分の資金を提供しているのに、その方針は中国中心だ。だから我々は資金拠出を停止する方針だ。(米国は19年度、WHOの年間予算の15%弱に当たる4億ドルを拠出している
4.08 トランプ、「WHOは優先順位を正す必要がある。今後も拠出を継続するかどうか判断するために調査する」と述べる。

4.08 ポンペオ米国務長官、「WHOへの資金拠出を見直している」と発言。

4.08 テドロス、トランプに反論。
時間を無駄にできない。大勢の命が失われている。必要なのは各国が連携することだ。我々はすべての国家と密接な関係にある。我々は肌の色で区別などしない。私自身、過去3カ月間に黒人であることを理由に個人攻撃されてきた。しかし命が失われている時に個人攻撃を気にしている理由はない。
新型コロナと政治を切り離すべきだ。政治に利用しないでほしい。国家レベルでの団結をお願いしたい。世界レベルでの誠実な連帯、そしてアメリカと中国からの誠実なリーダーシップをお願いしたい。
4.08 国連のグテーレス事務総長もトランプを批判。
今は団結する時だ。国際社会が連帯して、新型ウイルスの感染拡大と破壊的な影響を止めるために共に取り組む時だ。対処方針を評価するのは、今後の課題にすべきだ。
4.10 テドロスが台湾から人種差別攻撃を受けたと主張。台湾当局は「中国によるでっちあげ」と反論。蔡総統は「台湾が差別と孤立に直面しながら世界に貢献しようと努力していると知ってほしい」と訴える。

4.11 新型コロナ、世界の死者10万人突破 感染は160万人超。

4.12 新型コロナによる米国の死者は2万人超す。死者数はイタリアを抜き世界最多となる。

4.12 トランプ、「フェークニュースを流した」咎でファウチを解任すべきと主張。
ここでファウチ問題をまとめて掲載する。詳しくは東京新聞
アンソニー・ファウチ博士(79)は免疫学・感染症学の専門医である。84年から国立アレルギー感染症研究所長を務め、エイズやエボラ出血熱など多くの感染症対策にあたってきた。レーガン以降の歴代大統領に専門的立場から助言してきた。
2月半ば、ファウチら新型ウイルス対策チームは外出自粛などの措置を提言したが、トランプは受け入れなかった。
3月半ばから対策チームは、連日記者会見を開催、これにトランプも参加するようになった。
このためファウチ博士は、科学者として公の場で「対決」しなければならなくなった。
たとえばトランプは、インフルエンザに比べると死亡者数は少ないと語ったが、ファウチはコロナウイルスの致死率はインフルエンザの10倍と訂正した。
すぐにでもワクチンを開発できると述べたトランプの発言は1年から1年半はかかると否定した。
トランプが検査器具は十分あると発言する一方で、ファウチは議会で外国に比べ十分な検査が行われていないと証言している。
トランプはマラリア治療薬「クロロキン」が新型ウイルスに有効だと発言し、「すぐ利用でき非常に強力だ。状況を一変させるゲームチェンジャーだ」とまで語った。
しかしファウチ博士は、「期待はしている」としながらも「いまのところ有効との証拠はない」と水を指した。
ファウチとしては、そもそも隔離の原則に反する説に水を指してほしくないのだ。肝心なことは国民の覚悟を促すことだ。
ファウチはトランプを懸命に説得。「対策を怠れば死者は最悪220万人」との予測を示し、「復活祭での経済正常化を」という目論見を抑え込んだ。
それはトランプの選挙戦にも跳ね返る。民主党が大規模な集会を中止したのに、トランプは集会を開催し続けた。ファウチは集会の自粛を強くもとめた。
ファウチへの国民の信頼は保守層の間にも高まった。フォックス・ニュースの新型ウイルス対応に関する世論調査で、トランプの51%に対し、ファウチ支持は77%に達した。
こうなるとトランプ陣営も気が気でない。支持者の一人が、演説するトランプの背中にファウチがまわり、頭を押さえつける「写真」をねつ造した。このフェーク写真がネットで拡散されると、「ファウチは反トランプの秘密結社の一員だ」との書き込みが数千回共有され、約百五十万人が閲覧した。
その後の経過はよくわからないが、博士の政治生命が風前の灯だというのはよく分かる。トランプ家の裏庭に、また一つ墓碑が立つことになるであろう。

4.14 トランプ米大統領、WHOへの資金拠出を停止するよう指示したと表明。(詳細は前記事

4.14 国連のグテレス事務総長、「WHOは新型コロナウイルス感染症との闘いでの勝利を目指す世界の試みにおいて極めて重要なので、支援しなければならない」

4.15 トランプ、改めてWHOを批判。「WHOは中国の道具だった。ウイルスの発生の隠ぺいと管理のミスの調査を待っている。その間WHOへの資金の拠出を保留する」

4.16 習近平、「中国政府は一貫して透明性、責任ある態度に基づきWHOや関係国に情報を報告してきた」と主張。

4.16 テドロス、「WHOへの資金拠出停止は残念。不足分をどう補っていくか各国と相談したい。世界のすべての人が最高水準の健康を享受することがWHOの理念であり共有してほしい」

4.16 ビル・ゲイツはツイッターでこの件について発信している。
世界的な健康危機の最中に世界保健機関への資金を停止するなど、まさに危険そのものだ。…WHOが機能できなくなれば、代わりになる機関はほかにない。世界はかつてないほど、今こそWHOを必要としている。
4.16 米国医師会のハリス会長の声明。「トランプ声明は間違った方向への危険な一歩だ。それは新型コロナ制圧を難しくするものだ」

4.16 世界の感染者が200万人を超え。米は61万人に達する。NY州は感染者が20万人、死者が1万人。1日当たりの死者数は700人台で高止まり。

コロナは「人間の安全保障」を問いかけている
 
1.パンデミックが我々に問いかけるもの

韓国のNGO『参与連帯』はこう論評しています。
4/9 徐台教記者による)

新型コロナウイルスのパンデミックは、世界大戦に匹敵する危機となっている。

これに対応して、「ニュー・ノーマル」(新しい社会スタイル)を念頭に置いた全面的な社会の転換が必要になっている。

予算構成の見直しと国防費削減もその一つだ。軍備増強のみではなく、平和的な方法で平和を守り構築するという考えが必要である。

そのためにも全面的な政策転換が必要だ。(防衛予算削減の具体的提言については省略)


2.「人間の安全保障」の考え方

その際の国際的な基準として国連での「人間の安全保障」決議をあげています。
これは非常に参考になる発想だと考えます。

2012年、国連総会において「人間の安全保障」が決議されました。それは次のような基本的視点を謳っています。(MOFAホームページより)

「人間の安全保障」とは、生存・生活・尊厳に関する脅威から人々を守り、諸個人の能力強化を通じて持続可能な社会づくりを促す考え方である。

今日の世界においては、グローバル化により相互依存が深まっている。貧困、環境破壊、感染症などは国境を越え、人々の生命・生活に深刻な影響をもたらしている。

このような課題に対処していくためには、従来の国家中心のアプローチだけでは不十分になってきている。

「人間」に焦点を当て、様々な関係性をより横断的・包括的に捉えることが必要だ。

3.「安全保障」予算の機動的出動を

このような「人間の安全保障」の考えに基づくなら、現下の非常事態においては、限りある資源のもとで、「安全保障」予算の大幅組み換えもふくめた資金創出が考えられてもいいのではないでしょうか。

例えば大規模災害においては自衛隊が出動するのですが、このようなパンデミックでは、人員の出動で事足りる状況ではないと思います。

財政の面での機動的出動がもとめられてもよいのではないでしょうか。

日経の18日紙面にビル・ゲイツの提言が形成されている。非常に示唆に富む発言なので私なりに解釈して紹介したい。

1.新型コロナに国境はない

しかし各国政府は自国の対応に集中してしまっている。

2.低開発国で新型コロナを抑え込まれなければパンデミックは終わらない

世界は武漢発の新型コロナを一旦抑え込んだかに見えた。しかしそれはイタリアへと飛び火し、世界に広がっている。

これが第3次流行、第4次流行と続かない保証はないし、それがさらに強力化する危険も否定できない。

3.もう一つのグローバリゼーションがもとめられる

それは低開発国、感染症に対して脆弱な国で遷延する可能性がある。

なぜなら経済のグローバリゼーションが、世界に著しい格差をもたらしているからである。

だから私たちはもう一つのグローバリゼーション、新型コロナとのグローバルな闘いにいどまなければならない。

4.それは資本の論理とは異なったものでなければならない

最も初歩的な一歩は、医療・衛生資源が必要に応じて、効率的に配分されることだ。お金の有無による配分は有害無益だ。

「私は資本主義を強く信じる。けれども、市場はパンデミック下では機能しない」

どのように配分するかはWHOなどの意見に基づいて行われるべきだ。

そのための資源投下を惜しむべきではない。

5.すべての人々との連帯

目前の非常事態に対応することは緊急かつ重要である。

しかし賢明に考えればわかるように、世界の貧しい人々のために連帯することは、中長期にはもっと重要なのである。

「このパンデミックの下、私たちは全員がつながっている。だからこそ、私たちは一緒に闘わなければならない」



大きな声では言えないが、12日から19日までペテルブルクとモスクワを観光旅行してきました。
毎日、刻々と状況が変わり、帰る前の日には午後と夜の行事がキャンセルとなりました。

帰りの飛行機は肘掛けを上げて、3席独占。臥床して寝ることができました。
それでも成田についたときには思わず客席から拍手がでました
機内ではイタリア帰りという若者が、「あちらではとんでもないことになっている」と話していました。
帰ってきたときは、むしろ日本のあっけなさに「大丈夫かな?」と訝しんだくらいですが、いよいよ本物になってきたようです。

23日、イタリアから到着した40代男性の新型コロナ感染が確認された。

22日のツイッターにはこのような発言も: 「この時期に旅行する神経が分かりません。何故行ってしまったんですか? 帰国して、しかも待機せずとか…」

イタリアのコロナは別物?

どうも日本で感じていたコロナ像と、ヨーロッパを席巻しつつあるコロナは、別人のような印象を受けます。例えて言えばインフルエンザのAとBくらいの違い。

とにかくやたらと人相が悪い。感染力も毒力もエグくて、ファシストの顔をしています。

これから日本に来るのは別のコロナと考えたほうが良いのではないでしょうか。

イタリア・コロナの特徴

とにかく報道の範囲から、イタリア・コロナの特徴を探ってみたいと思います。

1.感染スピードがやたらに早い

25日の時点で全世界の感染者は40万人を超えました。前の日に比べて4万712人増えています。絶対数はばらつきがありますが増加数は圧倒的です。

感染者が10万人に達するまで67日間、次の10万人はその11日後、さらに次の10万人はわずか4日間でした。その多くがイタリア、スペインなど南欧系諸国です。

以下は岩田デノーラ砂和子さんによるものです。
イタリア政府は7日に北イタリア14県の封鎖(行動抑制)を決定しました。各州知事は北イタリアから来た人に14日間の自主隔離を通告しました。
しかし煽る報道も手伝って非常識な人々、およそ数万人が全国に散ったのです。それが各地でトラブルとなりました。実家に到着するも家に入れてもらえず、車で自主隔離を迫られることもあったようです。
これらの混乱は、コンテ首相が「私は家にいます #iorestoacasa」とテレビで語った後、沈静化したようです。
レッドゾーン
            14の封鎖県
2.いまさら仕方ないが “感染者No.0”

イタリアで最初のコロナは1月下旬です。中国人観光客2人がイタリア旅行中に発症しました。

これは孤発に終わったようです。しかし「ステルス・キラー」を通じて生き延びた可能性も否定できません。

1月30日、クルーズ船「コスタ・スメラルダ」でマカオ人女性の疑似患者がいましたが、検査では陰性でした。このため下船予定者1千人がそのまま下船した。

次のケースが2月18日、ミラノ南東60キロでの38歳のイタリア人男性(診断は21日)です。それから1週間以内に900人の感染が確認され、そのうち21人が死亡しました。

経路は明らかになっていませんが、1月中旬に中国とコンタクトがあったドイツ人男性がイタリア人男性と接触していることがわかりました。このドイツ人の勤務先でも陽性者が数人発覚しています。


2.毒性がべらぼうに強い

イタリアで死者が7500人を超えました。すでに中国の2倍に達しています(CSSE)

北部ベルガモ医師会の会長は「自宅で死亡した患者はカウントされていない」と述べています(読売)

注目される研究があります。陽性が確認された約5800例をさかのぼって調査したものです。
これによると、2月20日以前にウイルスはすでに同州南部の広い範囲に拡散していた可能性があるといいます。疫学の専門家の間では、コロナ肺炎に似た症状が昨年秋から確認されており、欧州での感染が早く始まっていたとの見方があるようです(朝日新聞 =河原田慎一)
ソーシャルメディアでは「自分より若い患者に」と人工呼吸器を譲った72歳の神父が話題になっています。(BBC)

スペインでも3400人に到達しました。

木村正人さんによれば

マドリードの高齢者介護施設で17人が死亡、アルコイでも21人が死亡。高齢者介護施設を支援するために軍が動員されています。

遺体を受け入れる場所がなくなり、スケートリンクを臨時の遺体安置所としているそうです。

アメリカは感染者が6万6千人、死者が737人です。インフルエンザが大流行した上にこの数です。


ハグやチークキスとは関係ない

木村一人さんは次のようなイタリア人の意見を紹介しています。
南イタリアではキスしてハグする男性を見かけますが、北イタリアでは基本的にはそんなことはしません。
つまり、もしキスが原因なら“クールな北部人”に多発する事象を説明できない、というのです。

とにかく、そんな生活習慣でこの病気がわかったような気になることは、ぜったいだめです。全く不明のエイリアンが戸口の向こうまでやってきているのです。武漢から昨日まで2ヶ月の経験は、もはや役に立ちません。もう忘れてください。


こういうひどいやつもいる。

古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員というひとで

イタリアの悲劇は中国依存のツケ」というとんでもないデマを振りまいている。
米欧の専門家たちの間では、イタリアが近年「一帯一路」への参加などを通じて、中国との絆を異様なほど緊密にしてきたことが今回の感染拡大の最大の温床となったとする見解が広まってきた。
むかし、朝鮮人部落の子と遊ぶと「あそこの家の子と遊んじゃいけないよ、悪い病気が移るからね」と言われたみたいなものだ。それで病気にでもなったら「ほらご覧、言ったじゃないの」という具合である。この男が違うのは、それを飯の種にしているところだ。

ここまで調べた範囲で中国オリジン説にはなんの根拠もない。欧米では「東洋人は来るな」と殴られたりすることもあるそうだが、この人はそういうリスクも甘受するのか、それとも白人もどきの面立ちなのか?

いずれにしても、学問的に否定されているウワサを、人が苦しんでいるときに垂れ流すのは、しかも他人が言っているように書いて自分の責任を免れようというのは、人間として卑劣の極みだろうと思う。

もうこんなことを言っても役に立たないかもしれないが、もし生き延びる人がいたら、2020年の今日、こんな馬鹿なことを言う人間がいたことを覚えておいてほしい。

「ベトナム 手洗いダンス」という歌が評判のようだ。

「内閣官房」というサイトがいろいろの映像をアップしている。

こちらのページは元の映像に日本語の字幕付きでおすすめ。


このページは若者二人のダンス付きで左に英語、右にベトナム語の歌詞がつく。もはや明らかにヒット狙い。


こちらはタイ・バージョンでベトナムの曲にタイ語の歌詞と美男美女のダンスをつけている。


こちらはUSバージョンで、どうもベトナムの米公館でのパーティーのように見える。

新型コロナ肺炎についての所感

今まで水際封じ込め戦略でやってきたので、余分な意見を言って混乱を助長してもいけないと思い、発言を控えてきた。

しかしもうそのような段階を超えて、市中感染症としての扱いが必要になったので、知恵を寄せ集めることも大事かと思う。

知恵と言っても大したことはないのだが、私には2つの心当たりがある。

1.ノロとの類似点

一つは、拡散スタイルが出始めの頃のノロウィルスにとても似ているという印象だ。今でこそ連中もおとなしくなってきたし、こちらもあしらいが分かってきたので、それほどの恐怖はない。

しかし最初の頃は正体がわからなかったから、とにかくその牛若丸並みの神出鬼没ぶりが怖かった。対策チームのキャップは「ヤクザ・ウィルス」と言っていた。どこにでも難癖をつけ、こちらが弱気と見れば襲ってくる。

今はとにかく手→口の接触を避けることが第一で、とにかく「さわるな、触らせるな」が標語である。

特に医療・介護従事者は、就業時間中はつねに手袋をする必要がある。

これが一次予防。つまりスタッフの感染防止で、一種の水際作戦だ。

二次予防が手洗いとうがいである。

これだけ潜伏が長い、しぶといということは、ヒトの防御機構から見てちょいと大人しげで警戒させないのだろう。コソコソと増殖して、ここぞと思ったら一気に発症するんだろうと思う。ヤクザたるゆえんである。逆に言えば、こちらがアラートでいれば、不顕性感染しても発症を防ぐ可能性がかなり高いということだ。

その間は増殖の場たる口腔~咽頭粘膜をうろちょろしているわけで、うがいを強力にするだけでかなりウォッシュアウトできる可能性がある。ノロと違って胃酸には弱いようだから、飲み込んでしまっても構わない。口腔~咽頭粘膜の保清は二次予防・一種の治療と考えられる。

2.下気道炎型のウィルス感染

実は私は2012年に老健施設でウィルス性下気道感染の大流行を経験している。


それがRSウィルス感染である。入所者の3割が発症した。その半分が医療施設への転院を要した。ほとんど防ぎようがない。例の豪華客船並みである。

とにかく最初から下気道感染の形で発症するから、ノーアウト満塁から試合を開始するようなものだ。
熱はさほどないが咳がひどく、見る間に全身状態が悪化してくる。CRPは二桁に達する。

肺炎と言っても最初はウィルス性の気管支肺炎だから、単純写真では分からない。しかしCTをとると一目瞭然だ。CTをとるということは医療機関に送るときにも大事で、そうでないと老人医師の見立てはなかなか信用されない。これで24時間はずれ込む。

3.抗生剤の早め投与が必須

じつはRSウィルスは子供の病気で、しかも軽症で終わる病気だ。教科書にはそう書いてある。
しかし年寄では重症化する。しかも発症してから重症化するまでの間隔が短い。あっという間なのだ。このことはあまり教科書には書いてない。当時は書いてなかった。

かといって片っ端から病院に送っていたのでは、送られる方も持たない。だからICUから一般病室に移す感じで送り返された。
こちらの経営も危ない。経営的にはRSの後遺症はほぼ1年続いた。カルロス・ゴーン並みだ。だから相当真面目に考えた。

これは免疫低下の問題だ。というより、高齢者に半ば常在する肺炎双球菌(そのたぐい)の二次感染がらみだと考えた。

とすれば結論は一つ、早めのクラビットしかない。もう一つは強めの抗炎症薬、例えばロキソニンである。

後者はナースが嫌がった。低体温やら循環虚脱やらが怖いからだ。だから補液をしながら消炎剤を使った。老健だからすべて持ち出しになるが、それでもベットが空になるよりはいい。
もちろんそれでだめなら送ることになるが、かなりそれでがんばれた感じはある。

何も統計など取らないからそれが有効かどうかは分からない。

ただ大きい病院ほど、若い先生ほど抗生物質を使うのを嫌がる。クラリスロマイシンの予防投与は、ほぼ100%切られて戻ってくる。なので、どうしたものかと考えている。


4.RS感染だという根拠

別になにもない。検査はしていない。ただその時の江別保健所の感染症サーベイランスで小児のRSがとんでもない大流行をしていたと言うだけである。

そして感染経路が、床上まで水に浸かった家のように、あちらこちらから水が漏れ出してくるような発症の仕方だったからである。

とにかく面会謝絶にして、ナースや介護士にガウンもどきをさせるくらいしかなかった。

医者一人だからそれで良かったが、病院のように医者がたくさんいるところでは、意思決定は遅れるだろうと思う。タミフルを巡って果てしない議論が続いた医局会議を思い出す。
病院管理医師としてはそこら辺を留意して置かなければならないだろう。

医療史から見た戦後期の予防接種法と結核予防法の研究
Historical Research of the Preventive Vaccination Law and the Tuberculosis Preventive Law
issued in post 2nd World War Occupied Japan 

研究代表者 渡部幹夫

BCGの有効性(費用対効果)問題は未だに結論がついていない。ついていないがまだ続けられている。論理的、倫理的にはもはや結論を出すべきときと思うが、結核撲滅に命をかけた人々の“亡霊”がそれを妨げているようにも思える。
これは臨床医を長く勤めた研究者による過不足のない論文(の抄録)で、物事を考える上での参考になると思う。


1.研究開始当初の背景

(1)「医療史」という括り

医学の臨床と医療制度の間には大きな哲学の違いがある。しかし、それぞれの領域が独自の哲学で対応してゆける時代ではなくなった。
このことを「医療史」という括りで、社会史として検討することを試みた。

(2)結核予防法と予防接種法

結核予防法と予防接種法は、戦後期被占領下に大きな改正が行われた。それはその後の日本の保健予防行政の中心をなした。
今回はこの二法を医療史研究の中心とする。

2.研究の目的

(1)GHQおよび日本側当局はよくやったのかも知れない

GHQおよび日本側当局は、第二次世界大戦後の劣悪な状況の中で、保健衛生の改善を迅速に行なった。その努力は評価されてよい。 

しかしその施策の中に、現在の保健・医療・福祉の問題と関連する歴史的な事実が多数存在している。
これらについては、戦後期の法体系の成立過程や、国民の受容過程を知ることが必要であると考えられる。

(2)世界で最も強力な予防接種法

日本では被占領下に、世界で最も強力な予防接種法が成立施行された。それは接種事故など多くの問題を起こしてきた。
この予防接種法について、成立過程を明らかにすることが必要である。

(3)結核予防法の改正

戦後占領期には結核予防法が全面改正された。この時期は、結核が国民保健をめぐるビッグイシューを占めた。その故に、当時からその法制度や医療をめぐる議論が活発であった。

なかでも現在もなお議論のあるBCGの接種問題や、法による結核管理について研究目的とした。


3.研究の方法

(1)一次資料

日本の資料として医学医療関係の資料および日本学術会議資料、新聞資料等を参考とした。

GHQ側の一次資料として、国立国会図書館公開のGHQ/SCAP文書を材料とした。

(2)GHQ/SCAP文書

GHQ/SCAP文書としては、① Tuberculosis Control、② BCG Immunization
 Japan の2つを対象とした。

(3)医学的資料
医学的資料は、昭和28年から昭和48年のにわたる結核実態調査報告書(一次から五次)と結核統計総覧(結核予防会編)により研究した。

4.研究成果

(1)BCG論争の総括

昭和26年、新結核予防法が施行され
た。この法律は国民健康保険制度のない時代の国民に非常に歓迎された。

しかし、結核の予防接種としてBCGが法で義務付けられたことから、いわゆる「BCG論争」が医学界、国会、行政、言論界、報道メディアで起こった。

論点は二点に集約できる。
① 結核に対する予防効果が確立していない。法による強制接種は望ましくない。
② 副反応の頻度が高く、無害とは言えない。

社会保障制度審議会と日本学術会議は、この二点から強制接種に反対の立場をとった。
結核予防会及び結核予防審議会は推進の立場をとった。
GHQは接種推進を明確にしたが、厚生大臣は強制接種に躊躇した。日本医師会の態度は不明確である。

この論争は、衆議院厚生委員会のBCG接種推進の決議と厚生大臣の辞任により政治的に終結した。

この論争を通じて問題点も明らかにされた。乾燥ワクチンの不確実性や接種の方法などである。
これについては昭和27年から、BCG接種研究協議会が組織され改善がはかられた。

医学的論争を社会が共有することにより日本の結核医療の体系は「社会的な認知」を得たように思われる。

(2)論争の政治的背景

占領下においても国民の健康についての議論は活発に行なわれた。背景には保健・衛生・福祉予算をめぐる政治的問題があった。
特に厚生行政においてはGHQと日本の学術界を含む状況が反映していた。
結核死亡率推移
その後の五次にわたる結核実態調査では、結核の死亡率の低下は著しい。法律の寄与(ストマイ治療の普及、三者併用の導入など)は明らかである。
患者数は正確な数を掴むことができない。したがってBCGの寄与については確言できない。

(3)旧予防接種法の問題点

予防接種法成立期のGHQ/SCAP文書から、戦後期の日本の防疫上の困難と当時成立した旧予防接種法の問題点が明らかとなった。

昭和23年に成立した予防接種法について、その制度の成立期の問題とその後の問題を研究した。

占領下に成立した予防接種法は、GHQ/PHWにより法制化された。それは極東米軍の軍事的方針によるものであった。
それは日本製ワクチンを広い範囲に、多くの疾患に対して強制接種することを目的とするものであった。

予防接種を嫌がる意識は世界に存在する。また予防接種は科学的に解明されない部分をふくむ医療行為である。

この点で、日本の法制定及びその後の歴史を研究して気づくのは、① 予防接種の慎重接種の考え方の欠落、② 予防医療政策の転換がつねに遅れる傾向である。

1988年 厚生科学研究報告書「世界各国の予防接種対策・特に健康被害救済制度に関する研究」では、この点を強調して下記のごとく著している。
予防接種が法律で義務付けられている国は少なく、日本のような制度を設けている国はほとんどない。

日本では終戦直後に大量の復員兵や帰還者が入国しており、感染症の爆発的な発生が認められた。
チフス
つまり旧予防接種法は、いわばMPが強制的にDDTを頭に振りかけるのと同じ発想だ。牛豚を消毒するのと本質的な違いはない。

しかし、大量帰還は47年末にはほぼ終結しており、感染症は持ち込まれたが拡散せず、そのまま収束に向かっている。すでにこの時点で、これら疾患に対する予防接種の必要は失われている。

(4)著者は結論を慎重に回避しているが…

論文の性格上からか、論文は論争に黒白をつけるのを控えている。しかし文末に以下のような感想を載せている。
英国に滞在して、予防接種やワクチンの安全性に対する社会の対応が、英国では非常に鋭いと感じた。日本との意識の違いは明らかである。

結核の歴史 年表

BC8000 インドやイラン、中東でウシの家畜化が始まる。人型結核菌は牛の結核菌から感染、変異したとされる。

BC7000  イスラエルの人骨(女性と子供の 2 体)から人型結核菌の痕跡が発見された。

BC3000頃 中国・上海の広富林遺跡で出土した女性人骨から、結核発症の痕跡を発見。

BC600  古代エジプトの一ミイラの肺、胸膜、横隔膜、大腿骨から結核菌の細胞壁マーカーが検出された。

AD200頃 鳥取の青谷上寺地遺跡で、弥生時代後期の人の背骨に結核の痕。縄文人に結核菌が見つからないことから、弥生時代に渡来民とともに伝来したと考えられる。

735年 天然痘が筑紫で発生。急速に東方に伝播する。

1510年 梅毒が広東方面から琉球を経て伝来。1~2年で全国に拡大する。

1008年頃 『源氏物語』に、紫の上が胸の病を患い、光源氏が悲しむ記述。

1864年 江戸日本橋の開業医、本間玄洞が内科秘録を発表。1年半で55名の結核患者を診療。その多くは20~40歳で人の集まるところに多発する傾向だとする。

1882年 ロベルト・コッホが結核菌を発見。

1890年 ロベルト・コッホが結核菌の産生するツベルクリン抗原を発見。結核治療目的に開発されたが効果はなかった。

1899年 日本で最初に結核に関する統計調査。人口1万人あたりの死亡者数は15.29人であった。

1907年 ピルケは、結核菌感染者にツベルクリン抗原を経皮投与すると、遅発アレルギーが起こることを発見した。これがツベルクリン・テストのはじめとなる。

1913年 石原修が「女工と結核」を発表。女工の結核死は一般の約3倍と推計した(国家医学会雑誌)

1918年 結核死が史上最高の25.71人となる。諸外国と異なり、常に女が男をはるかに上回つていた。石原は、女工の結核死は一般の約3倍と推計した。

1921年 BCGが初めて人に用いられる。フランス・パスツール研究所のカルメットとゲランが作成したもので、牛型結核菌を13年間、231代継代して得られた弱毒株。BCGはBacille Calmette-Guerinの頭文字をとったもの。

1924年 志賀潔がBCG株の直接分与を受け、持ち帰る。乳幼児期のBCG接種は、結核の発症を52~74%抑えることができるとされる。

1934年 日本での結核患者数は131万5250人、全人口の2%に達する。結核死亡者は13万1525人に達し、うち 15 ~ 34 歳が64%に達する。この後都会では自然免疫の獲得(tuberculinization)により発症率が漸減。

1944年 ワクスマンらがストレプトマイシンを開発。

1947年 死因疾患ランクで1位となる。以後4年間、1位を続ける。

1950年 抗うつ剤として開発されたイソニアジドに抗結核作用があることが発見される。

1951年 日本で結核予防法が制定。BCG接種、結
核検診、化学療法の導入を柱とする。

1952年 ピラジナミドが臨床応用を開始。酸性環境にいる菌に殺菌的に働くが、毒性が強く使用されないままに終わる。

1961年 抗抗酸菌薬エタンブトールが開発されれる。

1961年 半合成抗菌薬リファンピシンが登場。新三者併用の多剤療法で9ヶ月で治療が可能となる。

1992年 WHOが世界結核非常事態宣言を発する。喀痰塗抹検査中心の患者発見,標準化された短期化療を柱とする。

1980年 結核の死因ランキングが10位以下となる。

1986年 米国で6ヶ月の短期化学療法を標準治療として行うように勧告。ピラジナミドの2ヶ月間併用により治療期間を短縮でき、再発を抑えられるとする。

1994年 WHOなどが監視下服薬法(DOT)を推奨。

1996年 日本で10年遅れて4者併用療法を採用。

2003年 BCG接種法が相次いで変更。小中学校でのBCGの中止、乳幼児でのツ半なしでの接種、生後1才までの接種延期など。

2005年 ツベルクリン反応検査が廃止される。

2007年 結核予防法が廃止される。感染症法に統合。

  
こちらは正真正銘のお医者さんが書いたレビューで、とても読みやすい。というか安心して読める。
脳科学屋さんのオキシトシンの話は、当面、聞き流しておいて良さそうだ。
オキシトシンはノルアド作動系のストレスに反応して分泌されるので、オキシトシンを定量すると原因となるストレスの種類を分けることができる。これが目下のところ確立された“オキシトシンの有用性”ということになる。

1. ストレスの歴史

19 世紀初頭 ウォルター・キャノン、ストレスがホメオスタシスを乱し,生体に歪みを生じさせると指摘。交感神経 - 副腎髄質系の活性化に要因を求める。

ハンス・セリエ、ストレスの種類によらず非特異的に起こる全身反応を指摘。中心となるのが ACTH -副腎皮質ホルモンであると主張。

2. ストレスの定義

多くの生理学者は,「ストレス刺激はストレスホルモンの賦活化を誘発するもの」と捉えている。

例えば視床下部(CRH・バゾプレシン)、下垂体前葉(ACTH)、副腎皮質系の活性化,交感神経・副腎髄質系の賦活化(ノルアドレナリン・アドレナリンの放出)である。

刺激の形態としては物理的刺激と精神的刺激に分けられる。

3.ストレス反応を修飾する因子

1) 時間経過
急性反応が生じる警告期→生体に適応性が出来た抵抗期→生体の抵抗力が落ちた疲弊期

2) 発達と妊娠分娩
幼若期はストレス反応は同程度あるが、副腎皮質ホルモンの反応は高くない。
妊娠分娩時にはストレス反応が減弱する。原因は複数考えられ、未解明である。

3) 幼若期体験
幼若期体験は,その後のストレス反応を変容させる。これも原因は未解明である。

4) 環境

5) 摂食状況
空腹だとストレスが増強する。
ついでにちょっと面白いのは、飢餓時に減少するレプチンを前投与するとノルアドレナリン放出が減弱すること、逆に飢餓時に増えるグレリンの投与でノルアドレナリン放出が増強し,ACTH 反応も増強するのだそうだ。

6) 遺伝的要因
最近,この原因因子の一つがバゾプレシンだと報告されている。ということはオキシトシンもありうるかな。

4. ストレス反応を伝達する神経回路

神経内分泌系のストレス反応は,脳幹部(橋と延髄)にあるノルアドレナリン・ニューロンが少なくとも一部を担っている。

これを確認するのがオキシトシン・ニューロンの活性化試験である。

延髄のノルアドレナリン・ニューロンが視床下部へ投射されると、恐怖刺激に対するオキシトシン反応は減弱する。

ところがノルアドレナリン・ニューロンを介さないストレス(たとえばモルヒネ
禁断刺激)はオキシトシン反応を減弱させない。

ということで、二つのストレス反応機序があると考えられる。

最近の「脳科学」と称する学問を聞いてると、とても気になることがある。

それはオキシトシンがとてもポジティブなホルモンで脳の活性化を促すのに対して、ステロイドホルモンがストレス時に放出されてそれが脳組織にダメージを与え、鬱や脳委縮をもたらす悪人ホルモンだという二項対立的ドグマである。

「脳科学者」と呼ばれる人には往々にして独断的な、こじつけ的な物言いをされる人がいるが、私にはそんなに単純なものとは思えないのである。まず彼らは医師・医学者ではない。そこまでいうときは相当慎重でなくてはならないだろう。

脳内アミンにはGABAもあればグルタミン酸もある。一昔前にはエンドルフィンが「幸せホルモン」ともてはやされた。そうそう話は単純なものではない。

それに最終的な神経伝達物質はカテコールアミン系なのだから、その話を抜きにやられると、ますます話がいかがわしく思えてしまう。

とはいえ、もはや私の知識は相当時代遅れになっている。すこし情報を仕入れてから判断することにしよう。


「酸蝕歯」(Erosive tooth wear) というらしい。

どうもこの1年で歯がガタガタになりつつある。

変なのは、どこかが集中して悪化というのではなく、びまん性・多発性に、歯の先や角のところから崩れていくのだ。

どうも細菌感染というよりは蚕食という感じで、日本列島総崩れの様相だ。

この間、歯医者さんに行ったら、一度に4ヶ所も攻められた。まだあと数カ所は要加療という。

その時言われたのが、「胃酸のせいかもしれない」ということだった。

「えっ?」、まさに寝耳に水である。と言いつつ、そう言われてみて思い当たることがある。

この1年ちょっと、夜中の呑酸症状が出現するようになった。下部食道あたりの灼熱感、ときに吐き気を伴う。

就寝後1時間余で症状が出現し目覚める。いったん起きて、水分や牛乳をとってそのまま寝てしまうと翌朝はなんともない。

もちろん深酒をすれば出現頻度は高い。PPIが奏功する。ようするに典型的なGERDである。「歳をとったから」というのは当然だが、経過はやや唐突である。

酒量は確実に落ちている。外で飲む機会も減っているから、そんなに痛飲はしていないはずだ。

思い当たることは、タバコをやめた事、したがって体重が増えたことである。

問題は2つある。体重が増えたことがGERD出現の理由なのか、もう一つは、胃液が果たして口腔内まで上がってきて、歯を溶かしているのだろうかという疑問だ。

前者は心から納得するほどの説明ではないし、後者は相当マユツバである。

とりあえず、GERDとう歯の関係を調べてみよう。

というのがあった。

虫歯、歯周病に次ぐ第3の歯の疾患として、酸蝕歯が問題になっている。酸性の飲食物などで歯が溶けてしまう症状だ。

酸性度の高い飲食物というのは、ワイン、炭酸飲料、栄養ドリンク、かんきつ類、ドレッシングということで、私には関係のないものばかりだ。

ウィキによると、コーラ飲料はpH2.2で胃酸の数値(pH1~2)に近い(レモンのpHは2.1)。栄養ドリンクは2.5、黒酢飲料は3.1、スポーツドリンクは3.5であった。

中には、「夜のチビチビ晩酌は要注意です」という歯医者さんまでいる。酸性飲料と逆食の話を混同しているようだ。

ところが参考図には、こんなものがあった。
sanshokusi
実は、由緒正しい「酸蝕歯」というのは、工場の酸性ガスの中で働く人や、逆流性食道炎の人などに起きるものと考えられてきたようだ。それが昭和40年代にコカ・コーラがバカ売れしたときに虫歯が大発生し、これが「酸蝕歯」注目のきっかけとなった。

今でも、酸蝕歯の重症例の多くは、逆流性食道炎や摂食障害の嘔吐(おうと)などで歯が溶けるケースなのだそうだ。

さらに別の記事では、喉頭炎、咽頭炎、副鼻腔炎、反復性中耳炎、後鼻漏症状などが関係するとされる。「中耳の中に胃酸の成分であるペプシノーゲンがたまり、難治性の中耳炎を起こした例も報告されている」そうだ。

もちろん、記事の性格上、根拠となるデータは示されていない。ある歯医者さんの言葉として紹介されている。記者のよく使う手だ。

というわけで、これ以上啓蒙的なページを探しても、納得できるようなデータは出てきそうにない。

学術論文を探すと、下記のものがあった。


 長崎県口腔保健センターが去年発表したものである。知的障害者など約500名が対象となっている。
「結果」は省略して、「考察」のつまみ食い。

考察

① 酸蝕症の罹患率は26%、そのうち象牙質まで及ぶ重症例は7%とされる。障害者は施設で管理されているものが多いため、少なめになっている。

② 酸蝕症の48%に反芻癖や反復性嘔吐が認められた。これらのほとんどに自称、他害、コダワリなどの問題行動が見られた。

③ 一方、酸蝕症の71%がコーラ、ジュースなどの愛飲者であり、外因性の原因も考えられた。

④ 口腔内pHは全体にやや低値を示したが、多義的であり評価は困難である。

ということで、胃酸の関与についての評価は両義的であるが、少なくとも否定はできないと言える。

あとは以下の確認が待たれる。

1.GERDの側からの疫学調査。特に年齢との相関、除菌療法との相関。

2.ETW(酸蝕症)におけるPPI、SSRIの効果。

森谷尚行先生が唐突に逝った。3回のガン、頻回の血圧上昇発作、喘息による呼吸困難をしぶとく生き延びたが、最後はあっさりと土俵を割った。

何か西郷ドンがなくなったみたいで、これで全国・北海道の民医連運動が一つ完結したような気がする。

一つ、森谷先生のためにも言っておきたいことがある。

それは私の名で出版した「療養権の考察」が、事実上は私と森谷先生の共作だということである。

私と森谷先生は「療養権の考察」を70年代以降の民医連運動、とりわけ医師集団の実践の理論的総括と考えており、強固な構築物と考えている。

森谷先生は執筆には直接携わっていないが、問題意識を共有し、私に著作を促し、イメージを提供し、普及に尽力してきた。

療養権の核心となるアイデアは、医療が病者と医療者の共同の営みであること、それは教育や福祉・介護など多くの社会的過程に通底するものだということだ。

さらにそれらの活動は病者が主体となる療養活動に付き添う形で展開され、社会がそれを権利(療養権)として擁護する中で発展していくものだ。それが「労働」か否かは社会組織により規定される。

ただ、この考えを理解し主体的に評価できたのは森谷先生と私だけだった。(鈴木篤先生に評価してもらえたのは嬉しかった)

この思想は70年~80年代という時代が生んだものだ。戦線が急拡大し、社会運動としての医療実践、医療労働者の運動、医療サービスの改善を求める市民運動などが混然となり、百花斉放の趣を呈してた。さらに介護の分野が浮上していた。

医療戦線の統一が喫緊の課題であろうという視座を私たち二人は共有していた。「国民の生存権」の内容を時代に合わせ具体的に展開し、これを中核にしながら各分野の戦いを整序するという論点整理が求められていると感じていた。そのための哲学的、法学的、経済学的、組織論的考察がこの著作の主題である。

残念ながら、この著作はもはや歴史的遺産に過ぎなくなり、ほぼ忘却の底に沈みつつある。
森谷先生の遺徳を偲ぶに当たり、この思想はぜひとも一つ押さえておいてほしいものである。



というのが日内会誌にあるが、パルス超音波の方は見つかっていない。日循のエビデンスには記載されていない。他大学からの追試報告もネットでは見当たらない。

エコーを照射してその効果を見るという臨床実験は、客観的に評価するためのコントロールづくり、プロトコール作りが意外に難しい。

やはり頼りになるのは動物実験でのアミロイド分布の評価であろう。

1.サンプル数がまだ少ない
2.「全脳照射」の意味が良くわからない。基本的には「全身照射」でもよいはずだが…
3.ドーズ、周波数、波形などについては、教授先生の御宣託みたいだが、率直に言えば、「それは結果勝負でしょう」と思う。
4.私も長年心臓のエコーには携わってきたので、アコースティック・ウィンドーの問題はどうも気になってしまう。実際に脳組織にどのように超音波が照射されているのか、それはどのような方法で評価されているのか。
5.局所の血管内皮を刺激することによってNOの創出と放散を促すということだが、局所でNOが増えているというエビデンスはあるのだろうか。

この辺をぜひ詰めていってほしい。
けちをつけているわけではない。セオリー的には魅力がある。宝の山の可能性は確かにある。アミロイドが減っている写真はたしかにとても魅力的だ。

今朝のテレビでアルツハイマーの超音波治療というのをやっていた。
どうせキワモノかと思っていたが、東北大学の循環器の先生がたまたま発見したらしい。
私が研修医の頃は、東北大学で超音波といえば田中元直先生、もともと理工系の学部を卒業したあと医学部に入り直したのではなかったか。ともかくテクノロジーに滅法強く、じつに好奇心旺盛な先生だった。
あの先生の教室で開発したのなら半端な技術ではないだろう。ひょっとするとノーベル賞ものかもしれない。(ノーベル賞にしては少々俗っぽいが)

少し調べた上で紹介することにした。


グーグルで検索すると、最初にヒットするのが東北大学が自ら立ち上げたPRサイト


ここに、2018年6月19日のプレスリリースが載っている。まずはここから行こうか。

【発表のポイント】というのがあって、低出力パルス波超音波(LIPUS)を脳に直接当てるらしい。
本質的にはかなり無理筋のテクニックだ。骨は光も通さないが超音波も非常に通しにくい。
【概要】
下川教授(循環器内科)らの研究グループは、虚血性心疾患に対するLIPUS治療の動物実験研究を行ってきた。
最初は尿管結石を飛ばす衝撃波治療を低出力で虚血心筋に当てたら血管新生が促進されるのではないかというアイデアが出発だったらしい。彼らはこれをメカノトランスダクションと名付けている。

たまたま、それを認知症モデルのマウスの脳にシュワッチしたら、アミロイドβの蓄積が妨げられた、というのがことの経緯だ。

下の図はLIPUSで励起された血管内皮のNOが3つのメカニズムでアルツハイマーに効いているのでは? という想定図で、どうせ神経内科の医者に書いてもらったものだろう。

ただ、そこは循環器屋らしく、「結局は虚血じゃないの?」と言いたげである。それが冒頭に述べた、「治療もできない人が、つべこべと理屈ばかり言ってんじゃないよ」というチコちゃんばりの一言につながっていくのだろう。

たしかに循環器屋の端くれとしては、胸のすく思いと言えなくもない。


次の文章が宮城県医師会報1月号の新春随想に載った下川教授の「認知症に対する超音波治療の開発」という文章。
これもこのサイトに転載されている。

ここでは下川教授は東北大学医師会会長の肩書きになっている。なかなかの政治家のようである。

まず彼自身の言葉で経過を語ってもらう。

私は,過去約 20年間にわたり,音波の持つ治療効果に着目して来ました。

まず,低出力体外衝撃波の血管新生効果を発見しました。ついで虚血領域の微小冠動脈を再生させることを見つけました。

心臓病専用の衝撃波治療機器を開発。多くの重症狭心症患者の治療に使用され,有効性と安全性が報告されています。

私は衝撃波だけではなく低出力のパルス波超音波にも同様の効果があることを発見しました。
心筋LIPUS

作用の機序についても研究してきました。
血管内皮の細胞膜には陥凹構造(Caveola)があって、そこを刺激するとNO合成酵素の発現が亢進されます。合成されたNOは血管新生を促進します。
これを「物理的な刺激を化学的なシグナルに変換するシステム」(Mechanotransduction)と呼んでいます。

と、ここまでが心筋の話。ここからが認知症の話になる。

最近の研究により,認知症では①NOの作用が低下しており,②結果として Aβや tau蛋白などの蓄積が生じて、③慢性炎症が進行することが明らかにされています。

ということで、NOを媒介にして虚血と認知症を結びつける仮説を立てた。

アルツハイマー型認知症と脳血管性認知症の2つのモデルマウスで検討したところ、脳血管性認知症のみならずアルツハイマーでも、①脳血流の改善と同時に,②認知機能の改善が見られた。さらに③Aβ蓄積も著明に減少した。
脳LIPUS

ただしここでは①,②については所見は示されていない。

ここからは週刊新潮の8月号に載った記事の抜粋

変な話だが、3つの記事の中では文章として一番良くまとまっており、研究の経過や背景が過不足なく書き込まれている。ろくでもない週刊誌と思っていたが、最近は多少クオリティが上がったのか。

心筋虚血に対する治療としては、これまで、血管増殖遺伝子を直接、心臓に注射する治療が行われてきました。しかし、明確な効果は得られませんでした。
IPS細胞を用いた研究も盛んに行われていますが、効果的に血管を増やすのは難しいようです。

そこで、血管新生のために、物理的な刺激を与えて患者の自己修復能力を活性化させる方法を考えつきました。

そのための刺激として、「衝撃波」に目をつけました。
衝撃波は尿管結石や腎結石を破砕する治療に使われていますが、2001年にイタリアの研究グループが、低出力の衝撃波を照射すると血管内皮細胞が活性化し一酸化窒素(NO)が産生されることを発表しました。

一酸化窒素が、優れた血管新生作用を持って
いることが知られているため、私は低出力衝撃波を用いて血管内皮NOを増やし血管を新生させる新しい療法を考えつきました。

試行錯誤の結果、結石の破砕に使われる出力のちょうど10分の1の強さの低出力衝撃波がもっとも有効であることが確認され、心臓病専用の衝撃波治療装置を開発しました。

現在、世界では、25ヵ国で1万人以上の狭心症忠者の治療に使用され、有効性と安全性が報告されている、ということです。

その後はちょっと風呂敷が広げられていて、客観的データが有るかどうか不明だが、当然のことながら末梢血管疾患、リンパ疾患、神経疾患にも有効と言われている。


次が、衝撃波に代わるアイテムとしてのパルス超音波について。

詳細は省略するが、至適条件が見つかって治験が始まっている。来年度には終了の予定だという。

そして…
「私は、15年に超音波治療法の新たな使い道として、認知症にも目を向けました」
という流れになっている。
そして「全脳照射」という技法を考え出した。
人間の頭蓋骨のなかで、最も薄い側頭骨から照射することにした。また、音の強さの分布を計測して脳の中央部で超音波の効果が現れるようにモデリングしたとのことである。

今月から治験が始まるそうなので結果が楽しみである。
ちょっと気になるのは、追試報告が少ないことである。心筋の衝撃波療法もかなり以前から行われているが、その割には学会では話題になっていた記憶はない。もっともこの10年は学会ともご無沙汰しているが…
「認知症はエコーで治す」の続き

ハードディスクの隅から、10年も前の文章が出てきました。協立病院の総院長だった時代の経営報告です。
今更なんの役に立つものでもありませんが、61歳のときの苦闘の記録です。中小病院つぶしの攻撃に立ち向かっていましたが、いま考えてみると危機は医療よりも介護再編から来たようです。


未曾有の危機をどう乗り越えたのか

要約

私たちは、創立30周年を迎えた2006年度、空前の経営危機に陥りました。そして、職員の団結と奮闘によって、自力でこの困難を突破することができました。その困難はどんなものだったのか、どのようにして困難は克服されたのかを明らかにし、今後の教訓を汲み取りたいと思います。

最初に簡潔に結論を述べます。主要な困難の原因は、2006年4月の診療報酬改悪と7月からの療養病床における医療区分の導入にありました。直前の当てはめ試算では、両者合わせて年間1億3千万の減収=減益と予想されました。

実際には、2006年の減収は7800万円、減益は7500万円(推計)にとどまりました。

経営改善の第一の要因は、一般病棟での大幅収益増にありました。第三四半期には療養病棟の落ち込みを補って、2005年度並みの収益を確保するまでにいたります。第二の要因は、卸部門などの奮闘により大幅な医薬品・材料費の値下げが実現できたことです。収益増に伴い膨らんだ費用が、これにより一気に圧縮されました。

第三の要因は、病棟再編による効果です。4階病棟の一般病棟化によりベッド運用が効率化し、稼働率が改善しました。障害者加算制の導入により、病床単価も向上しています。

これら三つの要因のうちでもっとも大事なのは収益増です。いち早く収益増を実現できたからこそ、医薬品購入価の引き下げやベッド再編が利いてきたのです。医業収益が減少する中で第二、第三の要因が働いたとしても、「焼け石に水」だったでしょう。まさに「量が質を規定する」のです。

今回の危機がもたらした最大の教訓、それは職員のがんばりに徹底的に依拠すること、それなしに経営改善はありえないということです。また、職員ががんばることによって、それを通じて、現場の中から、次の打つ手がおのずから見えてくるということです。「わからなくなったときは、現場に聞け」という鉄則が、いまあらためて確認されたと感じています。

 

危機の中身はなんだったのか

1.未曾有の赤字

「さし迫る危機、それとどう闘うか」 これはロシア革命の直前にレーニンが書いた有名なパンフレットの題名ですが、昨年の今頃、まさに私たちはそのような心境でまなじりを決していました。

 

入院収益

協立病院事業利益

2006年度

15億9400万円

マイナス1億7000万円

2005年度

16億7200万円

マイナス1億5500万円

2006年度会計で、協立病院は未曾有の赤字を経験しました。最終決算では1億7000万円の赤字となっていますが、これは人件費の圧縮などで赤字幅を調整したことによるもので、これらの支出を2005年並みと仮定すれば、赤字額は昨年比7500万円増の2億3000万円に達します。

これまで道東勤医協では、協立病院の入院部門で生じる赤字を他部門で支える経営構造が定着していました。そのプラス・マイナス・バランスはマイナス1億5000万円程度とされてきました。

したがって、8000万円の利益未達状況が続けば、遅くない時期に道東勤医協は破産の危機に直面することになります。

 

2.危機をもたらしたもの

診療報酬の大幅引き下げ(4月)と療養病床における医療区分の導入(7月)

06年4月時点での予測: 年度当初、私たちは、4月からの診療報酬引き下げと、7月からの医療区分導入に伴う影響を試算しました。

まず4月診療報酬の改悪に伴う減収ですが、これは一般病床を中心に、12ヶ月間で3%と試算されました。

 

改定前(05年決算)

改定後(06年度予測)

ダウン幅

ダウン率

一般病棟

10億6400万円

10億3300万円

3100万円

3%

ついで7月の医療区分導入に伴う減収ですが、これは療養病床で9ヶ月で16%の減収と試算されました。

 

改定前(05年決算)

改定後(06年度予測)

ダウン幅

ダウン率

療養病棟

6億8500万円

6億0300万円

8200万円

16%

これをあわせると1億1300万円の減収となります。これは原理的にはそのまま1億1300万円の減益となります。

 

3.これに対する我々の経営努力は

じっと黙って去年並みの医療をやっていれば、赤字は2億6800万円まで膨らんだことになります。しかし最終結果を2億3000万円とすれば、私たちは2006年度の奮闘により、3800万円の利益を取り返したことになります。そして2007年度の第一四半期で見る限り、残りの利益未達も克服できる展望を持てる地点まで到達しました。

これからの話は二段構えになります。まず第一段は06年の苦闘の内容です。すなわち「我々はいかなる努力をして、3800万円の利益を取り返したか」という話です。第二段は06年3月以降の話です。すなわち「我々はいかなる努力をして、利益をゼロロク改定前の水準まで向上させたか」です。

 

ゼロロク改定への対応

1.診療報酬引き下げの入院医療への影響

①第一四半期における入院収益の実際の推移。

 

05年度第一四半期決算

06年度第一四半期決算

ダウン幅

ダウン率

病棟全体

4億0800万円

4億0400万円

マイナス400万円

1.7%

一般病棟

2億6600万円

2億5900万円

マイナス700万円

2.6%

療養病棟

1億4200万円

1億4500万円

プラス290万円

 

4月診療報酬改悪の影響はもっぱら一般病棟に現れました。二つの表を一つにしたため見にくいのですが、実際のダウン率は1.7%に留まりました。

これは一般病棟の落ち込みが予想を下回ったことに加え、療養病棟が昨年より実績を伸ばしたことによるものです。すでにここでも職員の頑張りが示されています。

しかし、事業利益は残念ながら大幅に悪化しています。昨年同期に比べ利益は1200万円の悪化を示しています(本部経費を除く)。既存の医療・経営構造のままの頑張りでは、展望は切り開けないことが、すでにこの時点で明らかです。

 

2.医療区分導入に伴う収益の減少とその克服

①医療区分導入で収益は劇的に減少した

 

第一四半期(再掲)

第二四半期(前年同期よりのダウン幅)

第三四半期(前年同期よりのダウン幅)

一般病棟(2A、2B)

2億5900万円

2億6200万円(マイナス90万円)

2億7900万円(プラス810万円)

療養病棟(3、4病棟)

1億4500万円

1億3000万円(マイナス2100万円)

1億3400万円(マイナス1600万円)

病棟合計

4億0100万円

3億9400万円(マイナス1800万円)

4億1300万円(マイナス700万円)

第二四半期に入り、恐れていた医療区分の導入効果が現実のものとなりました。療養病棟は第一四半期に比べ収益を1500万円、10%強も減らしました。前年同期に比べ2100万円の減収です。

しかしそれは、16%=2700万円減という予想に比べればはるかに健闘した内容でもありました。さらに第三四半期に入ってからは、医療区分のランクアップやベッド稼働率の向上などの努力などが実を結び、400万円の回復が見られています。

この間、最大の希望は一般病棟にありました。一般病棟の収益は急速に回復し、療養病棟の収入減を補うようになりました。第三四半期では第一四半期を1200万円、診療報酬改悪前の05年第一四半期を810万円も上回る収益を実現しました。

この結果、収益面だけ見れば、12月末の時点で医療区分導入の影響は克服できたことになります。まさに道東勤医協の底力が発揮された驚異的ながんばりです。

一般病棟Aの新規入院患者数は同じベット数で14名増えました。一般病棟Bにおいては新規入院患者中、緊急・即日入院患者の占める割合が53%から64%へと上昇しました。まさに「泣きながらのがんばり」です。

②医療区分導入は利益の悪化に直結した(内は昨年同期比較)

 

第一四半期

第二四半期

第三四半期

入院部門収益(再掲)

4億0100万円

3億9400万円

4億1300万円

事業費用(病院全体)

6億2000万円

6億1400万円

6億2400万円

利益(病院全体)

マイナス200万円

マイナス2000万円

マイナス1300万円

療養病棟の収益減は100%利益減としてかぶってきます。仮に収益を改悪前の状態に復帰させれば、そのための費用は全て赤字の増加となって現れます。経営構造の悪化です。

しかし喘ぎながらでも収益を増加させれば、それはそれなりに利益の改善に結びついていきます。上の表を見れば分かるように、第二四半期と第三四半期を比べると、収益が1900万円増えたことにより、赤字幅が700万円減っています。

 

③我々の努力は医療・経営構造を変えた: 支出構造の変化

 

05年度第一四半期

第一四半期

第二四半期

第三四半期

人件費

3億1600万円

3億1400万円

3億1500万円

3億3100万円

材料費

1億1900万円

1億2400万円

1億2900万円

1億2600万円

経費

9700万円

9900万円

1億0600万

1億0100万円

第二四半期はもっとも困難な時期でした。収益が減る中で費用の三要素がすべて上昇しています。特に材料費は第一四半期を500万円上回り、昨年同期に比べると1000万円も増えています。

第三四半期は、入院の収支構造が変化したことを典型的に示した時期となりました。第二四半期と比べると、収益が1900万の伸びなのに対して、時間外をふくめた人件費は1600万円も伸びています。これに対し医薬品費は価格交渉の成果により800万円も減少しました。診療材料費が700万円上がっていることを考えると、薬品使用量そのものは増えているはずで、実際には1000万円を超える経営効果を上げていると思われます。これが赤字を減少させる原動力となりました。

 

④収益増に関する若干の考察

私たちはここまでのがんばりで、かなり借りを返すことに成功しました。まず一般病棟のがんばりで収益を1900万円改善させました。ついで医薬品・材料費を節減することで利益を300万円改善しました。また療養病棟のアダプト努力により、400万円収益を増やしています。こうして2006年12月末現在で赤字を700万円減少させました。

一見すると、収益が増えれば増えるほど、それを上回る勢いで費用が増えていき、かえって赤字が増えるように見えます。いっそ、がんばらないほうが良い、人減らし合理化が唯一の解決策のようにも見えます。

しかし、私たちはゼロから出発したのではなく、マイナスから出発したのだということを忘れてはなりません。そこから考えれば、私たちは収益を大幅に増やしただけではなく、利益も立派に生み出しているのです。「稼ぐに追いつく貧乏なし」ということです。

収益増がなぜ大事なのでしょう。

第一に、収益が増えれば政策的選択の幅が広がります。これから語る病棟再編も、収益の着実な増加があったからこそ成り立った作戦でした。第二に、収益の増加は、医療と患者結集が順調に機能していることの反映です。すなわち経営インフラが健全であることの証拠です。第三に、収益増は全職員が気持ちをひとつする闘いの目標となりえます。泣きながらでもがんばれば成果が見える目標です。第四に、それは医療を必要としている人々に奉仕しようとする医療者としての実践と一致するからです。少なくともそれは、経営改善のために患者にしわ寄せしたり、切り捨てたりすることをもとめてはいません。

もちろんそれは出発点であり、その上にさまざまな経営上の工夫が必要とされていることは言うまでもありません。地域の患者状況や医師・看護婦事情によっては、長期的にはダウンサイジングや、特定機能への特化が必要となることがあるかもしれません。しかし収益増=職員のがんばりを出発点としない経営上の「対応」は、いずれ大きな壁にぶちあたるでしょう。

考えてみれば、療養病床制度の導入は「医師労働の軽減、医師不足への対応」などを理由としていましたが、いま考えれば、「楽して稼ごう」式の「対応」の側面が否定し切れません。厚労省にだまされたと愚痴るばかりでなく、だまされた私たちも反省しなくてはならないところがあります。

 

 

3.病棟再編による経営の劇的改善

①病棟再編計画の提起

第二四半期から第三四半期へと、職員の奮闘により経営改善の兆しが見えてきましたが、このままではとうてい持続可能な経営は成り立ちません。医療内容の変化までふくむ構造改善が必要です。

そこで管理部はベッド再編計画を打ち出しました。その柱は①4階病棟を療養病棟から一般病棟に変換すること、②2B病棟(急性期)の障害者加算を返上し、代わりに4階病棟に障害者加算制度と導入すること、③急性期をあつかう二つの病棟の病床数を20床減らすこと、減少分は二つの病棟に計4床の緊急ベッドを配置し、4階病棟を機動的に活用することで補うこと、でした。病床減は4階の看護要員を確保するための余儀ない選択でした。

いくつかのプロジェクトが重なる、複雑な課題でした。議論は難航しました。問題は①病床減で収益への影響はどのくらい出るのか、②4階病棟は一般病棟に変換した上に、障害者加算までとって、看護体制としてやっていけるのか、③今でも窮屈な急性期病棟は病床減になって急患に対応できるのか、④一般病棟は医師数の縛りがあるが、標欠になる危険はないのか、などでした。

管理部は、①病床減による収益減は稼働率アップにより取り戻せる、②同じ人件費で医療区分1の患者20人を診れば一日15万円、これは類アップと障害者加算分で取り返せる、③4階看護体制は二交代制度をとることで立ち上げ可能(持続可能とは言えないが)、④急性期病棟の病床減は、2Bが障害者加算を返上することで対応できる、⑤医師数問題は医師数が確保されている今の間に申請してしまい、あとは残った医師でがんばるしかない、と判断しました。

折も折り、内科常勤医の一人が退職の意向を示しました。総院長が内科スタッフ医師を呼び(といっても総院長をふくめ3名)、医師不足の中での入院ベッド「死守」について、膝を交えて懇談しました。「やりましょう、やるしかないでしょう」という結論でした。

 

②病棟再編による収益の変化

1月まで旧体制、2月を移行期とし、3月1日をもって新病棟体制に移行しました。したがって第四四半期は分析の対象となりません。直前の06年度第三四半期と2007年度第一四半期を比較します。また、収支決算が「06ショック」前と比べてどうかを見る場合、05年度同期との比較が必要です。それを下の表にまとめて示します。

 

06年第三四半期

07年第一四半期

05年第一四半期

入院部門収益(再掲)

4億1300万円

3億9500万円

4億0800万円

事業費用(病院全体)

5億8600万円

5億6000万円

5億6100万円

利益(病院全体)

マイナス1300万円

マイナス100万円

プラス1000万円

 (事業費用から本部費は除いてあります)

収益はやはりベッドの20床減が利いて、第三四半期に比べ1800万円落ちています。しかし第二四半期の収益とはほぼ同額です。基本的には、ベッド減の影響は最小限に食い止められてみてよいでしょう。

利益は本部費を除きほぼプラスマイナス・ゼロまで回復しました。第三四半期に比べ1200万円の改善です。05年度に比べるとまだ900万円ほど足りませんが、この年は特殊だった可能性があり、04年度の同期はマイナス300万円となっています。

 

③事業費用の内訳の変化

 

06年度第三四半期

07年度第一四半期

05年度第一四半期

人件費

3億3100万円

3億2500万円

3億1600万円

材料費

1億2600万円

1億1600万円

1億1900万円

経費

1億0100万円

9400万

9700万円

事業費用は第三四半期に比べ2400万円という驚異的な削減です。内訳を見ると、人件費の600万円減、材料費の1000万円減、経費の700万円減というように軒並み大幅にダウンしています。

人件費減を細かく見ると、常勤職員給与はむしろ増加しており、主として非常勤職員給与の700万円減少によるものです。(法定福利費の1200万円減という怪しい項目もある)

材料費減を細かく見ると、診療材料費が1200万円減少しており、医薬品費はむしろ300万円近く増加しています。外注委託費も変化ありません。もう医薬品値引きの影響はありません。経費の細目も満遍なく減っていますが、光熱水費が400万円減っています。

 

④医療内容との関連

これを医療内容と関連付けてみると、変化が見えてきます。

20床ベットが減ったということは、毎日入院患者が20人づつ減ったということを意味しているわけではありません。ベッドの稼働率と患者回転率が向上すれば良いのです。

 

ベット数

 

 

 

急性期病棟(2A、2B)

89⇒70

 

 

 

慢性期病棟(3階,4階)

95⇒95

 

 

 

医薬品費・検査外注費が変化ないことは、内科系急性期患者の数が変わっていないことを意味します。したがってベッド減の影響は療養型患者に振り向けられていることを意味します。そして医師・看護婦など職員がその後もがんばり続けていることを意味します。

診療材料費の著減は、季節変動に加え、整形外科固定が退職し、外科的処置が減少したこと、つまり、外科系患者の比率が減ってることを意味します。それは収益減に直接結びついています。それは間接的には、内科急患の入院の比率が高まったことを意味します。

非常勤職員の減少は、いわゆる介護重患の比率が減ったことを反映しているかもしれません。これについてはあとで別資料で点検します。一般経費の減少は、職員の間に危機意識が浸透したことの表れかもしれません。

まだ四半期を過ぎたばかりの時点で、長期見通しを語るのは慎重でなければなりませんが、第二四半期に入ってからも引き続き同様の傾向が続いていることから、病棟再編による経営改善は定着しつつあるものと見てよさそうです。

 

 

 

   

今朝の赤旗の潮流に印象的な記事が載った。
夏休みが終わり、2学期が始まるが、この時期は自殺の時期でもあるそうだ。
「自殺対策白書」によれば18歳以下の自殺は、9月1日前後が突出して多いのだそうだ。学校に行くのが辛くなって自殺するらしい。
これまではそういうときに保健室が逃げ場になっていたが、それに代わるもの、あるいは並ぶものとして図書館が名乗りを上げているというのだ。
東京の三鷹図書館は次のような呼びかけを掲げている。
つらい気持ちを抱えているきみへ
友達とうまくいかないきみへ

図書館で待っているよ
たしかに図書館にはそういう機能がある。保健室は緊急の駆け込み寺だが、それでは一刻だ。もう少し中長期、1ヶ月から数ヶ月の逃げ場所がほしい。
そしてもっとポジティブにそういう時期を乗り越えるオプションとなってほしい。
そういう点では、たしかに図書館はうってつけだ。
図書館に友達はいないが、一冊一冊の本には作者の思いがこもっている。
何万人もの知恵と努力の結晶がそこにはあるのだから、十分に学校ではないか。
思春期は人との付き合いがとても難しい時期である。成長痛を感じることなしに成長できない時期なのだ。
「いじめ」という物理的事象だけで裁断しないほうが良い。そっとしてほしいこともたくさんある年なのだ。
図書館は若者が独り立ちするための予備校になりうる。予備校というのは“できれば行かないほうが良い”という意味において予備校だ。
私は図書館が「出席票」を発行すれば良いと思う。0.5日分でもよいのではないか。その代わり図書館で友達と付き合ったら出入り禁止だ。孤独を噛みしめ、知と向き合う場所であるべきだ。

「医者のくせに」と言われると困るのだが、いまだに「自閉症」という病気がよくわからない。
一応基礎知識として調べておく。

ウィキペディアより「自閉症」
自閉症(Autism)はDSM-IVでは広汎性発達障害(PDD)の一種の自閉性障害(Autistic Disorder)として記載されていた。DSM-Vでは自閉症という障害名は廃止され、自閉スペクトラム症に一括されたが、WHOではまだ使っている。
自閉症の基本的特徴は、3歳位までに表れる。
1.対人反応の障害
2.意思伝達の障害 
3.興味範囲の限局
自閉症は1000人あたり約1〜2人に出現。男女比は5:1。
正常者との間に段階的移行があり自閉症スペクトラムと呼ばれる。
日本での発症率はきわめて高い。
分類は覚えないほうがいい。始終変わるし、非本質的である。疾患概念を広げる方向での分類法は、より恣意的傾向を強める可能性があると思う。

疫学的特徴
父親が40歳以上の場合、30歳未満の約6倍で〜39歳の1.5倍以上であった。母親の年齢は関係なし。(Arch Gen Psychiatry. 63 (9): 1026-1032)
妊娠中にデパケン、SSRIを使用するとリスクが増大する。
虐待や過保護、「テレビの見せすぎ」が原因との認識は明確に否定されている。水銀などの重金属の蓄積が原因だとする説も否定されている。MMRワクチンが自閉症の原因とする論文は捏造であると発覚した。
自閉症スペクトラム指数テストの10の質問で6項目該当すれば「疑い診断」となる。膨大な鑑別疾患があり、こちらのほうがはるかに難しい。「ゴミ箱病名」の典型である。

病気の本態
目下のところ私の独断ではあるが、「自閉症」という範疇にふくまれる諸疾患は、脳の器質的病変にもとづく発達障害であろう。その原因は出生時あるいは生下後の微細脳損傷にもとづくものではないだろうか。つまりそれは非遺伝性で、したがって遺伝的素因が強く関与する統合失調とは別の病気であると思う。我々内科医が遭遇する脳血管障害にもとづく高次脳機能障害と同じ機序が働いているように思える。自閉症にスペクトラムがあるのではなく、脳障害の表現型にスペクトラムがあるのだ。
私にはどうも脳疾患の気がしてならない。聴覚制失語の一亜型みたいだ。部位的には側頭葉の聴覚性言語と頭頂葉の時間感覚の統合野辺りの皮質下だろう。
微細脳損傷や脳発育過程の障害、あるいは遺伝子損傷など要するに器質的疾患の可能性が拭えない印象だが、どうなのだろうか。

なぜ自閉症と呼ばなくてはならないのか
この病名の不幸な生い立ちのことも考えると、また統合失調との密かな混同も考えると、アメリカ精神医学会が「この病名は捨てたほうがいい」と考えていることに同感する。
日本語で「自閉症」といえば、世間的には「引きこもり」のように聞こえる。しかしこれはまったく違う病気である。混同を我慢してまで、あえて使う用語とも思えない。
にもかかわらず、これだけ広範に国内外に流布しているのは、この病名をつけられた母親の必死の思いが反映しているからだ。そして需要のあるところ「科学」が生まれ、それで食っていく輩がいるからだ。私はソシュール言語学やフロイトの精神分析学で同じようなメカニズムを観察した経験がある。

そんな「自閉症」の生い立ちを、例によって年表方式で見ていくことにする。


1943年 アメリカの児童精神科医レオ・カナー(Leo Kanner)が早期幼児自閉症」として報告。統合失調が幼児期に発症したものと考えた。「自閉」という言葉は、もともと統合失調の一症状を表す用語である。

1943年 レオ・カナー、自閉症児の母親に温かさや愛情が欠けていると発言。

1949年 レオ・カナー、自閉症が「生来的な母親の愛情の欠如」に関係している可能性があると示唆。

1944年 オーストリアの小児科医ハンス・アスペルガー、現在の高機能自閉症に当たる症例を報告。
この論文は79年に発掘されるまでずっと埋もれていた。

1950年代 ブルーノ・ベッテルハイム、自閉症は母親の愛情不足によるものだと非難。「冷蔵庫マザー」理論と呼ばれる。
ベッテルハイムはユダヤ人収容所にいたあと、アメリカに亡命。小児心理学の専門家という経歴詐称でシカゴ大学の精神分析の教授に上り詰めた。後年セクハラをきっかけに経歴がばれ自殺。
1960年 レオ・カナー、『タイム』のインタビューで、自閉症児の親たちは「たまたま子供を産むのに十分な温かみがあっただけ」と中傷。

1962年 ローナ・ウィングら、英国自閉症協会を設立。娘が自閉症だった。

1964年 バーナード・リムランド(Rimland)が『小児自閉症-行動神経理論に対するその症候群と暗示』を発表。「冷蔵庫マザー」の仮説を批判。リムランドは自閉症の息子を持つ心理学者であった。

1965年 リムランド、アメリカ自閉症協会を設立。

1967年 ベッテルハイムは『うつろな砦-小児自閉症と自己の起源』を発表。自閉症児と強制収容所に入れられた囚人を比較し、「子供には過去に人格を十分に発達する機会がまったくなかった」という結論を引き出す。

1967年 リムランド、自閉症研究学会を創設し、会長に就任。
リムランドの家系調査はかなりの逆偏見に満ちている。①第一子が多い ②男児が多い ③ユダヤ人の子どもに出現率が高い ④両親は専門的管理的職業が多い ⑤家族には精神疾患の発生率が非常に低い ⑥傑出した親戚が多い ⑦外見が魅惑的である
1968年 イギリスの児童精神科医マイケル・ラターが事変症の主体を言語認知障害と主張。自閉症理論の主役となる。

1969年 「アメリカ自閉症協会」の最初の年次大会。来賓として出席したカナーは、「私は自閉症が『先天的なもの』だと言ってきたが、『全ては親のせいだ』と引用されてしまった」と弁解し、事実上「冷蔵庫マザー」を否定。

1979年 ローナ・ウィング、自閉症の人が持つ特徴として「ウィングの3つ組」を提唱。(社会性、交流、想像力)

1981年 アスペルガーの論文がローナ・ウィングの手で英訳・再発表される。高機能自閉症の存在が周知される。(アスペルガーは80年に死去)

1986 社会学者の上野千鶴子、「マザコン少年の末路 : 女と男の未来」を発表。母子密着の病理として自閉症を取り上げ、批判を浴びる。

1988年 映画「レインマン」が制作される。リムランド親子はアドバイザーとなる。(ただし彼が次々と振りまいた網様体病変説や水銀・重金属・ワクチン原因説は証明されていない)


とにかく「自閉症論」の世界は、非学問的な非平和的な党派的な戦士で満ちているのである。


すみません。このところあまり勉強していないものだから。認知症の新しい治療が出てきたなんてことは知らなかった。

それで、新しい治療というのが抗血小板薬とインスリンのスプレー。

抗血小板薬は、実際にはかなりの人が併用しているので、ある意味では統計処理の問題。

脳動脈硬化と脳虚血の進展は予防できるので、一般には認知症の進行予防には有効であると思われる。また認知症の患者には多くの脳血管性痴呆のケースが混入しており、そういうひとには効くと思われる。

これだけでも十分に有効なのだから、それにどの程度上乗せできるかという推計だから、えらくむずかしい判断だ。

現に私も、結果的に多くの認知症患者にアスピリン、パナルジン、プレタールを使ってきたが効いたという手応えはほとんどない。

もう一つはもし効くとして、それは抗血小板(抗プロスタグランジン)作用のためなのか、もともとの売り文句であるサイクリックAMP絡みか、シロスタゾールにほかに未知の作用があるのかということになる。

多分ないだろうと思うが…。ただ抗血小板薬に、アミロイド蓄積を妨げる働きがあるとされており、その抗アミロイド効果が抗血小板薬の種類によって強弱はあるかもしれない。

もう一つのインスリン噴霧の方はかなり怪しい話だ。大体、糖尿病やインシュリン感受性の低下が認知症に悪さをするというはっきりしたエビデンスがない。
インシュリンがニオイとして認識される?

むしろ面白いのは噴霧によって、神経線維を通して脳内に化学物質を送り込んでやるという発想である。インスリンは脈管を一切介さずに、ニオイ物質として認知され、その情報が神経線維を介して送られ、何らかの情報転換を介して生理活性を発揮することになる。


嗅覚の先にあるのは嗅脳であり、ここはほぼ海馬と同じ場所と考えられる。したがって海馬を標的として短期記憶の刺激を与えようとするときかなり有効なルートとなるかもしれない。

ということで、まず少し論文を読んでから考えることにしたい、

幼児性健忘というのがあるそうだ、というより、幼児性健忘というのだそうだ。

例えば自分の記憶を手繰っていくと、それ以上先には遡れないところがある。多分3歳前後らしいのだが、実際にはもっと後のようにも思える。

それより前の記憶は、一度は覚えたはずなのだが、忘れてしまったということになるので、これはまさに健忘症だ。

「覚えたはず」と何故言えるか、それは幼児の行動を観察すれば分かる。幼児は体験したことを体験した片っ端から忘れているわけではない。むしろ鮮明に覚えていると言ってもよい。それは心理実験でも確認されているので間違いない。

だから短期記憶は残されるが、長期記憶が残されないということになる。これは老人性痴呆で短期記憶がまるで駄目になってしまうが、長期記憶は意外と残っていたりするのと逆のパターンだ。

このことは2つの意味を持つ。

まず、短期記憶の装置と長期記憶の装置とは違うものだということだ。短期記憶はとりあえずの記憶装置で必要がなくなれば消えていく。長期記憶の装置はとりあえずの記憶には役に立たないが、一度覚えれば一生モノだ。

おそらく短期記憶は海馬=古皮質で、長期記憶は前頭葉の何処か=新皮質だ。

もう一つは、長期記憶装置が出来上がり、通常営業を開始するのは3歳以後のことだということだ。つまり、人間は大脳皮質が未だ建設途中のまま生まれてくるということだ。健忘症(Amnesia)というと何か病気のように思われるが、そもそも未だ装置が作動していないのだ。

我々は、幼児というと大人のコピーのように考えがちだが、それは間違っている。人間として生まれてきて、それが成長/発達していく過程として幼児期を捉えるのは、正確ではない。
これは発達心理学の第一段階ではなく、むしろ個体発生の過程の最終コーナーの話として理解すべきであろう。

厳密に言えば、幼児はDNA的には人類ではあっても、生物学的には未だ人間ではないのだ。他の霊長類以下かもしれない。

ここのところを勘違いすると「幼児性健忘」という発想が生まれ、言葉が生まれてくる。もちろん、この言葉を用いた人もその辺のことはよくわかっていて、冗談交じりの面白い表現として用いただけだと思うが、言葉が独り歩きすると結構怖い。

こういう仲間内の隠語みたいなものが一般向けの本で使われると、文章全体を読みにくいものにしてしまうので、注意してもらいたいものだ。

大人の発達障害というのが最近注目されているのだそうです。

「いつも空が見えるから」というブログに、「大人の発達障害を見分ける10のチェックポイント」というのが載せられています。

これは、「発達障害のいま」という杉山登志郎さんの著書(講談社新書)からの引用のようです。

すみませんが重複引用させてもらいます。

1.二つのことが一度にできない

例えば、別の用事を始めると前にやっていたことを忘れるという事象です。

ちょっとギクッとなりませんか。

2.予定の変更ができない

例えば、仕事の途中で邪魔されるとパニックになる

うーむ、という感じですね。

3.スケジュール管理ができない

例えば、予定を忘れる。メモを書いてもメモをなくす。予定がバッティングする。

何度、義理を欠いたことか。思い出すだけであぶら汗。

4.整理・整頓ができない

当然、ゴミ屋敷状態。ただ、それでも必要なものは見つけられる人もいる。

「片付けられない」病と、「捨てられない」病に分けられるそうだ。

5.興味の偏りが著しい

つまりオタク系ですね。ただ興味の対象以外にはまったく無関心というところが、病的な意味を持つようです。

6.思い込みに固執する

聞く耳を持たない、ということです。それだけでなく、思いを押し付けるようになると厄介です。

これはどうやらセーフだと思います。

7.人の気持ちが読めない

KYで、そのまんまです。

8.感覚の過敏性

他の人は気にならない音や臭いなどに不快感を感じる。たまにこういう嫌煙論者がいる。

これも大丈夫。しかしこれって別枠ではないの。

9.二次的な精神疾患

二次的な精神疾患によって、ベースにある発達障害に気づかれないことがある。

10.クレーマーになる

発達障害に愛着障害が重なると、最強のクレーマーになります。

無理やり10項目にしたために、後ろの方はかなり無理があるようですが、1,2,3,4、それに7くらいに整理すると、説得力があると思います。

杉山さんは、これらの障害を代償しようとして二次的に現れる障害を併記していますが、やや強引さも感じられます。

総じて、臨床で遭遇するケースを羅列した印象です。ADHDやASDなど苦労されているだけに、Pre Clinical 段階を含め、できるだけ幅広くすくい取ろうという気持ちなのだろうと思います。

いわゆる「幼児性」や、「未熟性」との概念的な区分け、あえて「発達障害」と呼ぶ必然性など、もう少し吟味が必要ではないでしょうか。



山田規畝子「壊れた脳 生存する知」を読む
と題したがどこまで続くか分からない。本を読むのは簡単だが、しかし忘れるのはもっと簡単だ。味わい尽くすというのはとても困難なことだ。

とにかく始めよう。

この女医さんはチャラチャラした人ではない。整形外科医として研修を積み、親の跡を継ぎ、民間病院の若手院長として経営にも携わった人だ。

この本は、そういう人が30歳そこそこで脳出血となり、悪戦苦闘しながら新たな道を探していくという、一種の冒険ファンタジーだ。

その中で、自分と自分の症状を見つめ正確に描き出していく病状レポート・症例報告でもある。

私としてはとくに、三度目の発作すなわち非利き腕側の頭頂葉出血が、ゲルストマン徴候との関連で非常に興味深かった。これに比べると4度目の発作はあまりにも被害甚大で、脳CT画像を見ると思わず息を呑んでしまう。

ここまでなると巣症状(欠落症状)も、高次脳機能障害もへったくれもないので、むしろ残存機能をどう鍛え上げていくか、生活にどうハビリテートしていくかが主要な問題となる。そして山田さんは見事にそれを達成していくのだ。ただしそれは別の興味(というより感動)の対象だ。

1. 時計(アナログ)が読めないということ

この本の書き出しは、アナログ時計の読み間違いから始まる。

症状は大変具体的だ。午前4時を午前8時と読み間違いしてしまうことだ。

左右失認だ。情景は全て見えている。時計の読み方もわかっている。右と左も基本的には分かっている。しかしパッと見たときの左右の判断がつかない状態である。

物事を理解するには最初は大脳をフル回転させて対象を認識し、記憶装置にしまい込む。最初の2,3度はそうやって理解するのだが、繰り返すうちに思考・記憶回路のかなりの部分がマクロ化され、Batch File として別の作業用記憶装置に記載される。この作業用記憶装置は、事の性格上、感覚処理中枢の近くにあるはずだ。

と、ここまでは以前のおさらい。ただしその時は視覚情報の最終処理はすべて利き腕側脳半球で行われると思っていた。現に彼女は何の支障もなく時計を眺め、時計として理解している。しかし左右性については「頭では分かっているのに」とっさに判断できないのである。

つまり視認機能の基本はすべて利き腕側でやるにしても、左右差の認識だけは本質的に非利き腕側の視認機能が必要なのだ。もちろん利き腕側がやられても同じ結果にはなるのだが、その時は視認機能そのものに重大な支障が出てくるので、それにマスクされてしまうのであろう。

この左右性というのは意外に重要なので、多少大げさに言えば物事の意味性にも関わることがある。アナログ時計は右左が「似ているけれど違うんだ」というところに意味がある。差異性が認識できなければただの壁飾りだ。
2.時計は文明の凶器

考えてみれば、時計というのはとても不親切な機械だ。

針は2本あるのに(秒針を入れれば3本、目覚ましの針を入れれば4本)、長針についての表示はない。ひどいものは数字すらなく、頂点に目盛りが一つあるだけというものすらある。ただそのほうが厚労省の論理だと「公平」ということになるかもしれない。もし「親切な時計」と言うものを作るとすれば、長針用の文字盤はもう一つ作って、1,2,3…のかわりに5,10,15…と書くべきだろう。子どもに時計を教えるにはそのほうが良いかもしれない。

子どもが時計を覚えるためには、まず時計のいくつかの約束事を憶えなければならない。しかもこれらの約束事は非論理的で、したがって暴力的である。したがって子どもに非合理的な屈従をもとめる。「なぜ?秒と分だけが60進法なのだ」、「なぜ?時計には12までしか数字がないのだ」、「なぜ?1日は60時間ではなくて24時間なのだ」

「なぜもへったくれもない。昔からそうなっているのだ」
4.左右視と立体視
話を戻す。
眼がどうして二つあるかというと、それは立体視のためだ。わずかな視覚野の差異を利用して立体視できるように頭のなかで計算しているのだ。
これはアナログ画像からはできない。情報量が多すぎるからだ。そこで網膜に映された信号を後頭葉第1野でデジタル化する。それを第2野で圧縮した上で第3野で立体化する。この立体化情報は以後利き腕側の脳で処理されるので、非利き腕側の第三野以降は遊んでいることになる。
画像そのものはそれで終わるが、画像の意味というものは画像とは別に残る。なぜなら視認に基づいて何かの行動を起こす場合にはそれがもう一度必要になるからだ。
この辺は曖昧な形でしかいえないが、事物の意味論的な認識には両眼が必要なのではないかと思う。
それを示したのが以下の段落だ。

倒れた直後はまったく時計が読めなかった。それが時計であることは分かっていたが、その針がどういう約束で動いているのかが分からなかった。

私には時針は短すぎた。あんなに離れたところから数字を示されてもよく分からない。

もう一つ、目は本来位置や方角には強いはずであるのに、立体視のために使うようになったことで逆に混乱を招いていることである。

…ずいぶん楽に読めるようになったいまでも、なぜか4時を8時、5時を7時と読み違えることはしょっちゅうある。

例えば片目だけで対象を見ればこのような間違いはないのではないか。視認の主座である利き腕側の頭頂葉に、意味付け情報を与えるための非利き腕視認中枢が、誤った情報を伝えたための混乱なのではないか。
もともと片目が失明している人の場合はどうなのだろうか。




前の記事に水をかけるような記事がある。

m3.comというサイトの

SGLT2i「理想的な利尿薬」の可能性

という記事。

サブ見出しは「心疾患治療薬として既存利尿薬にない優位性と”併用禁忌薬”」

日本高血圧学会総会での旭労災病院の木村玄次郎院長のレポートを要約したものらしい。

いかにも期待させる見出しだが、中身は逆。

* 謳い文句はいろいろあるが、それは一次的な作用であり、二次的には低用量のサイアザイド系利尿薬(フルイトラン1/2錠)と同等と考えられる。

* 利尿剤が効くのはループと遠位尿細管、集合管だけだ。近位尿細管に働いてもそれより川下でキャンセルされてしまう。

* 心不全患者のうちRA系薬、β遮断薬が投与されている群に追加するときのみ有効。利尿剤、抗アルドステロン薬使用群への追加は無効。

* 利尿剤との併用は禁忌。したがって中等・重症例には適用なし。利尿剤が心不全の第一選択となっている日本では使い道なし。ただし利尿剤をガンガン使うのが趣味でないという医師には居酒屋の突き出し程度にはなる。

ということで「体には優しいが非力」という結論になりそうだ。

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