鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

13年4月、ぷらら・Broachより移行しました。 中身が雑多なので、カテゴリー(サイドバー)から入ることをおすめします。 過去記事の一覧表はhttp://www10.plala.or.jp/shosuzki/blogtable001.htm ホームページは http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」です。

カテゴリ:01 国際政治/経済 > F 国際経済/通貨その他

アジア通貨危機 いくつかの感想

1.アジア通貨基金ではなく、アジア通貨危機がだいじだ

アジア通貨危機を学ばないと、AIIBの位置づけは見えてこない。このことははっきりしている。

アジア経済に何が求められているか、それは二つある。一つは発展能力を活かす効果的な投資だ。もう一つは、投機資本に足元を掬われないための強靭な足腰だ。

アメリカが量的緩和をとり続けたために、カネ余り現象が生じている。それは目下は株価バブルとして現象しているが、それはいずれ発展途上国に還流せざるを得ない。なぜなら実体経済以外に物質的富を生む手段はないからだ。

したがって、目下は依然として投機資本に対する抵抗力をどう形成するかが主要な課題である。

2.タイ政府は良くやった

5月に投機資本によるバーツの売り浴びせが始まった。それからわずか2ヶ月後にタイは白旗を掲げた。

その間何もしなかったように言われるが、実体を見ると、少なくともタイ政府は全力を尽くしたといえる。

反応はかなり素早い。5月13日だけで63億ドルの介入を行った。外貨準備高の20%近くを使ったことになる。翌日には「4カ国の通貨同盟」が、100億ドルに上る介入を行っている。

数日の内にタイの外貨準備高は約350億ドルから25億ドルにまで落ち込んだ。それでもなんとか第一撃を持ちこたえた。

そして通貨バーツの民間による扱いを凍結する措置をとった。バーツの借入金利を3千%とし、バーツの国外持ち出しを禁止し、非居住者のバーツへのアクセスを統制した。

これらの行動は、後に見るインドネシアの底抜け規制に比べればはるかに積極果断である。あたかも映画「七人の侍」を観ているような緊張感だ。

しかしまったく余力はない。次の攻撃までの貴重な時間を稼いだに過ぎない。その間に活路を求めて日本をはじめとする各国を訪れるが、結局次の手を引き出すことはできなかった。

3.タイの通貨危機は実体経済の危機の表現だった

理由は二つある。一つは金融、財政の透明性が確保できていなかったからだ。これは政府の責任とはいえない。長年、軍部が政治・経済を縦にした結果、政治・行政が完全に二重化し、闇の世界があまりにも広く深かったからだ。これはIMFの指摘するとおりだ。

もうひとつは、実体経済がすでに危機状態にあったからだ。主要投資国である日本の関心が、すでに一定の発展を遂げたタイよりも、無限の可能性を秘めた中国へ向かっており、投資に陰りが見えていたからだ。

それにもかかわらず、高度成長時の感覚が抜けないままに経済運営を続けていたから、貿易実体に見合わない投資が続き、脆弱性が蓄積していたと見るべきであろう。

どちらが主要な問題か。それは当然後者だろう。しかしIMFはそこが全然見えていなかった。(日本の大蔵省が見えていたかというと、これもかなり疑問ではあるが)

AIIBとの関連で1997年通貨危機をおさらいしたが、どうもすっきりしない。アジアの経済にとってほんとうに必要な金融政策が浮かび上がってこないし、それを妨害するもの(米日支配層)の真の姿も浮かび上がってこない。

ということで、去年10月にアップした 増補することにした。


1997年

97年5月 タイ通貨への攻撃開始

5月初め ゴールドマンサックスの分析ペーパー、タイ通貨バーツ切り下げの噂を広める。この時点での為替レートは1ドル26バーツ。

5月13日 タイの通貨バーツに対する大規模な攻撃が始まる。一日だけでドルとバーツの取引量は60億ドルを超え、市場は売り一色となる。タイ当局の介入額は63億ドルに達する。

5月14日 シンガポール、マレーシア、香港の4 カ国が、「通貨防衛のための相互協力」に基づき、地域協調介入を実施する。介入額は100 億ドルに達する。

5月14日 タイの外貨準備高は約350億ドルから25億ドルにまで落ち込む。

5月15日 タイ政府、IMFによらない危機乗り切りを模索。資本流出規制措置を実施。オーバーナイト借り入れレートを3000%に引き上げ、バーツの国外持ち出しを禁止し、非居住者のバーツへのアクセスを制限する。

5月20日 IMFのフィッシャー副専務理事らが訪日。日本の大蔵省幹部と会談し、投機資本対応での連携強化を確認。

6月21日 ウィラワン副首相兼蔵相が辞任。後任にタノン。

6月30日 タイ政府、通貨切り下げはしないと宣言。

97年7月 タイ・バーツの崩壊 フィリピン、マレーシア、シンガポール攻撃の開始

7月2日 タノン蔵相、バスケット・ぺグ制(ほぼドル・ペグと同義)を廃止。実質的な変動相場制に移行すると発表。IMFの指示を受け入れ、固定相場廃止へ舵を切る。

7月2日 通貨バーツは一気に20%低下。多額のドル借り入れをしていた多くの銀行やノンバンクが危機に陥る。

7月2日 フィリピン、マレーシア、シンガポールにも通貨攻撃。香港は通貨防衛のため10億ドルの介入。

7月14日 フィリピン、為替レートの下落を容認。相場は市場実勢に委ねられる。

7月14日 マレーシアが通貨リンギットの防衛を断念。減価を容認。シンガポールも通貨を減価。

7月16日 タノン蔵相が訪日。中央銀行によるクレジット・ライン(融資枠)の設定や協調介入などを日本に要請するが、支援を取り付けられず。

7月18日 インドネシアにルピア売りの第一波が押し寄せる。政府は通貨変動幅を拡大(実質10%切り下げ)させることで対応。

7月25日 東アジア・太平洋中央銀行総裁会議(EMEAP)、「構造調整プログラムを支援する融資制度」について議論。

7月29日 タイ政府、IMF に対して正式に支援を要請。厳しいコンディショナリティを受け入れる。

IMFの貸付条件: 1.財政緊縮による経常収支と財政収支の黒字化、2.高金利によるインフレ抑制、3.管理フロート制の維持と外貨準備の積み増し、4.金融リストラ(ノンバンク58社の業務停止など)が突きつけられる。

97年8月 インドネシア・香港への波及

8月11日 IMFがタイ支援国会合を東京で開催。総額140億ドルの支援で合意。IMF が40 億ドルを、世界銀行・アジア開銀が30億ドル、日本が40億ドルを負担する。

この支援会議で、日本以外のアジア諸国が積極姿勢を示し、拠出目標を30億ドル以上超過した。これはアジアの通貨プールの可能性と有効性(1.貸出限度額の大幅拡大。2.迅速な対応。3.独自のアジア基準)を示すものと受け止められた。

8月12日 インドネシア、香港への通貨攻撃が始まる。インドネシアは為替管理を断念。自由変動相場制へ移行。この後民間企業のドル買いが殺到し、ルピアの暴落が始まる.

8月17日 マレーシアが完全変動相場制へ移行。通貨リンギットは年末までに50%の減価。

8月24日 大蔵省がアジア10 カ国・地域を中心に1000 億ドル規模の基金を作る構想。榊原財務官を中心に各国との折衝を開始。

大蔵省のAMF構想 日 本の円を中心にアジア版基金を作り、通貨危機に見舞われた国には優先的に通貨準備を融通することを提唱.中国・香港・日本・韓国・オーストラリア・インド ネシア・タイ・シンガポール・マレーシア・フィリピンで1000億ドル規模の基金を作り、IMFを補完する役割を持たせることになっていた。

97年9月 「アジア通貨基金」構想の挫折

9月12日 三塚蔵相がアジア10 カ国・地域に対し日本提案を送付。香港でのIMF・世銀総会の際に協議するよう提案。

9月14日 サマーズ財務副長官から榊原財務官に電話。①アメリカが参加していないこと、②AMF がIMF と独立して行動する可能性について非難する。

9月17日 ルービン財務長官から三塚大蔵大臣に電話。アメリカ政府としてはAMF 構想には反対と明言する。

9月17日 ルービン財務長官とグリーンスパンFRB 議長の連名によるAPEC 各国蔵相への書簡。AMFへの懸念を表明。対案として、1.アジア・太平洋地域における協調行動の枠組づくり。2.IMFの増資、新規借入れ取り決めの早期実現、を打ち出す。

9月18日 バンコクでASEAN 蔵相会議が開催。日本提案が全面的に支持される。IMF のカムドシュ専務理事も原則支持を表明。

9月19日 オーストラリア、スピードが速すぎるとし消極的態度を示す。

9月20日 日米蔵相会談。ルービン財務長官は三塚蔵相に対し、アジア通貨基金構想への懸念を強く表明。

9月20日 G7会合。ヨーロッパ諸国のなかからもアジア通貨基金構想への懸念が表明される。

9月21日 香港でIMF・世銀の年次総会.マハティール首相は,「実需を伴わない為替取引は不必要、不道徳で非生産的だ」と強く非難.国際投資家のジョージ・ソロスは、為替取引きの制限は「破滅的な結果につながる」と反論.

9月21日 IMF年次総会に引き続き先進七か国蔵相・中央銀行総裁会議(G7).この間に三塚蔵相とルービン米財務省長官の個別会議.ルービンはAMF構想への強い反対を改めて表明する.

9月21日 アジア10ヶ国・地域蔵相会議の前座として蔵相代理会議が開かれ、アメリカ(サマーズ財務副長官)、IMF(フィッシャー副専務理事)がオブザーバーとして出席を認められる。香港、オーストラリアは一般論を述べ賛否を表明せず、アメリカの説得を受けた中国は、発言しないという形でアメリカに同調。

9月21日 蔵相代理会議の合意失敗を受け、蔵相会議は中止となる。

97年10月 通貨危機の第二波

10月8日 インドネシア、IMFに支援要請。IMFは民間16銀行の清算を求める。

10.31 インドネシアとIMF、総額400億ドルの支援枠組みで合意。このあと政府の動揺もあり、金融不安がさらに進行。

10月 アジア為替・金融危機の第二波、台湾とシンガポールにも波及.台湾は経常収支黒字を継続してきたために為替相場が安定しており、シンガポールは東南アジアで最もファンダメンタルズが強固だったため,攻略は成功せず.第三波は香港へと向かう.

11月18日 マニラで日本、アメリカとASEANなど14 ヶ国・地域の蔵相・中央銀行総裁代理会合。アメリカからマニラ・フレームワークが提示される。「協調支援アレジメント」(CFA)と呼ばれ、二国間支援をたばねる構想。

11月 タイのチャリワット政権が崩壊。チュアン政権に交代。バーツの下落は止まらず、1ドル53バーツに落ち込む。株価は最高時の12%にまで下落。

11月 韓国,財閥の連続倒産を契機としてウォン相場が急落.短期融資の比率が高かった韓国は,債務借り換えに失敗し実質デフォ―ルト状態となる.IMFに緊急支援を要請.

11月 APEC非公式首脳会議.「市場参加者の役割についてIMFが行っている研究の結論を期待する」とし,通貨取引の在り方全般をIMFに丸投げ.

97年12月 ASEANの対応

12月 アジア金融危機のただなか,クアラルンプールで,ASEAN30周年を記念する第二回非公式ASEAN首脳会談.「2020年 ASEANビジョン」を発表.「2020年までにASEAN共同体となることを目指す」とする.「思いやりある社会の共同体」の考えを打ち出す.

思いやりある社会の共同体: 当時の国際金融危機を背景に打ち出された.社会的弱者を放置すれば,格差が広がり,社会が分裂して社会の強靭さが損なわれるとし,①思いやりある社会の建設,②経済統合の社会的影響の克服,③環境の持続性の促進,④ASEANとしてのアイデンティティーの創出などが掲げられている.

12月 日・中・韓国の首脳が招待され,ASEAN首脳会談に引き続き東アジア首脳会議.ASEAN+3の始まりとなる.当初ASEANは,日本抜きで開催する方向を明らかにし,この動向を見て急遽日本政府も参加を決断.

12月16日 ASEAN9カ国首脳が中国の江沢民国家主席と会談.21世紀に向けた親善相互信頼パートナーシップを謳う「中国・ ASEAN共同声明」を採択.

中国・ ASEAN共同声明: 中国はASEANの平和・自由・中立地帯構想を支持し東南アジア非核兵器地帯条約の発効を歓迎.ASEANは「一つの中国」 政策を順守.南沙諸島問題では「武力に訴えることなく,平和的手段で意見の相違や紛争を解決する」ことを誓約.

12月 マハティール首相,国民経済行動評議会を組織.ダイム特別相、ノルディン・ソピー戦略国際問題研究所長らに通貨危機への総合的対応策の検討を命じる.

12月末 インドネシア、累積債務1300億ドル(民間ふくめ)に達する。ルピアは対ドル2400から5100まで下落。失業者は少なくとも数百万人。米国は金融危機に対して一切の支援を拒否し,IMF基準の押し付けに終始したため、米国とAPECへの失望が広がる.

1998年

98年1月 そらとぼけるルービン

1月 通貨下落は底を打つ。通貨価値の下落幅はインドネシア・ルピア81%、タイ・バーツ56%、韓国ウォン55%、マレーシア・リンギ46%、フィリピン・ペソ42%となる。

実質GDPはインドネシアでマイナス13.7%、タイで同10.0%、韓国で同5.8%など、いずれも未曾有のマイナス成長を記録した。

貧困層の人口割合は、韓国(都市部)で9.6%から19.2%と大幅に増大、インドネシア、タイでもそれぞれ11.3%から20.3%、11.4%から13.0%に増加。

1月 ルービン財務長官がアジアの金融状況について講演。

要旨: アジア諸国は数十年にわたり高成長を達成してきた。その結果、政府・銀行・企業の癒着(縁故資本主義)が広がり、金融システムは不透明となっている。外国人投資家はこういう状況を知らないままに巨額の資本を投入した。これが通貨危機を引き起こした。

1月9日 インドネシア政府、前年比+32%の拡張型予算を発表。これに嫌気してルピア売りが一気に進行、対ドル1万6千ルピアに達する。買いだめパニック、売り惜しみが出現し不安を煽る。

1月13日 東ジャワで、暴動が発生。スハルト退陣を求める声が公然化。

1月 インドネシア企業格付けがジャンク債級に引き下げ。銀行は超高金利により逆ざやに陥る。この結果、銀行を経由するL/C貿易が困難となる。

1月 IMF、インドネシアへの貸付条件を緩和。対GDP2%の赤字を許容。インフレターゲット内での金利引き下げを認める。

98年2月 インドネシアが政治危機に

2月9日 スハルト、対ドル固定のカレンシー・ボード制を提案。IMFは時期尚早と一蹴。海外でのスハルト不信が強まる。

3月10日 スハルト、国民協議会の間接投票で大統領に再選。IMFの再建計画に従うと表明。

3月17日 学生デモが初めて街頭に進出。

3月 IMF、改革実行が不十分としてインドネシアへの第二次融資を保留。

5月1日 インドネシア政府、IMFの条件厳守を約束し第二次融資が開始される。

5月5日 石油燃料の補助金が削減される。これに伴い燃料価格、電力料金、公共交通料金があいついで引き上げ。急激なインフレが進行する。

5月12日 学生デモに治安部隊が発砲。学生6人が死亡する。抗議デモは各地で暴動化し、無政府状態に陥る。

5月19日 スハルトが辞意を表明。ハビビ副大統領が大統領に就任し、一連の自由化政策を実施する。

6月 米フィナンシャル・タイムズ紙,日本の金融市場が麻痺して円が対外責任能力を喪失した状況にあるとし,「日本株式会社は死にかかっている」と表現する.いっぽう元の防衛に成功した中国は,「世界の金融政策形成に対する影響力を持つものとして登場した」と述べる.

7月 IMF、インドネシアに対する50億ドルの追加支援を決定。支援国連合も80億ドルの支援を表明。

7月 マハティール,IMF路線で財政再建を図るアンワル副首相を更迭.短期資本を規制し,独自の為替管理で危機に対応.この年マレーシアの成長率はマイナス7%.

8月17日 ロシアに通貨危機が飛び火。通貨危機がアジアの特殊性に基づくとの考え(IMF、米財務省)は粉砕される。

9月 マハティール,IMF派のアンワル副首相を解任.ドル・ペグ制を復活。日本はマレーシア支持の姿勢を明確にする.

10月3日 アジア蔵相・中央銀行総裁会議が開催。「アジア通貨危機支援に関する新構想」(新宮沢構想)が発表される。通貨危機対応だけでなく、その結果生じた経済困難の克服もふくまれる。将来的には、「アジア諸国を中心とする新たな国際保証機構」の設立を期待したもの。

「新」がつかない宮沢構想は、1988年に、当時の宮澤蔵相がトロント・サミット蔵相会合で提案した、中所得債務国向けの債務救済スキームのこと。債務国の成長を視野に入れた中期的な構造調整プログラムの実行を前提に、IMFが中心となって債務国の資金フローを強化するというものであるが、合意には至らなかった。

10月 宮沢蔵相,先進7カ国蔵相・中央銀行総裁会議(G7)で発展途上国などの通貨危機対策として、ヘッジファンドなどによる短期的な資本取引の規制案を提案.危機に陥ったアジア諸国を対象に 300 億ドルを資金供与する新宮沢構想を発表.

11月 米国防総省,東アジア戦略報告を発表.日米同盟を「21世紀においても米アジア安保政策のかなめ」と位置付ける.またARFの役割を積極的に評価.

12月15日 ハノイで第6回ASEAN首脳会議.経済回復を目指す特別対策「大胆な措置に関する声明」を発表.CEPT実施率の努力目標 を1年間前倒しする.2020年ビジョンを実現する行動計画として,2004年を期限とする6ヵ年行動計画(ハノイ行動計画99~04)を採択.マクロ経 済と金融に関する協力の強化を主柱とし,経済統合の強化,ASEANの機構とメカニズムの改善などに取り組む.

12月16日 ASEAN首脳会議に引き続いて第二回ASEAN+3首脳会議.並行して日中韓三国首脳会議も開催。以後,ASEAN首脳会議とASEAN+3首脳会議はセット となる.

各国の提案合戦: 金大中の提唱で,協力のための検討機構として,東アジア・ビジョン・グループ(EAVG)を設置.中国の胡錦濤副主席は,金融危機打開のため東ア ジア蔵相会議の開催を提案.小渕首相は新宮沢構想を発表する一方.蔵相会議への米国の参加をもとめ,顰蹙を買ったといわれる(外務省のホームページには記載なし).

98年 この年のASEAN経済成長率はマイナス7%,インドネシアでは13%の落ち込み.対米不信はロシア危機の際に米財務省がヘッジファンドの救済に乗り出したことから、さらに増幅される.

ということで、私としては挫折したアジア通貨基金構想の再チャレンジみたいなことを期待していたのだが、どうもそのような志を持ったものではなさそうだ。

有り余るドルを手にした中国が、「私も世銀ごっこをしてみたい」と言い出しただけの話のようだ。

それがこのように話が大きくなってしまったのは、世界最大の経済国家となりつつある中国に対し、「バスに乗り遅れるな」的ブームが巻き起こされたに過ぎない。

こう言ってしまうと身も蓋もなくなるが、ブームになった背景というのは、それなりに深刻である。

資金需要と供給の不均衡が深刻化

ひとつの背景として、アジア諸国の旺盛な資金需要に対してアメリカ(と先進国)が応え切れなくなっている状況、それに対する不満が蔓延しつつある状況がある。

人類は投資すべき巨大な富を持っているのに、それらが過剰流動化しているために、あるいは逆に死蔵化されているために、有効利用できないという資本主義の罠にハマっている。

ドル支配体制の矛盾が極限に

もう一つは、一国の通貨にすぎないドルが、国際金融における基軸となっている矛盾がますます激しくなっていることである。通貨面の壁である。

それがすべてとは言えないが、金融面から見れば、通貨発行権を通じてのドル支配が、新経済秩序を打ち立てる上で最大のネックとなっている。

これを打破するには、通貨の多国間スワップ、共通の通貨バケットの形成以外にはないと思う(もちろん各国中銀のガバナビリティ確立が前提ではあるが)

ただ今のところ、残念ながら、ドルの基軸通貨としての優位性は前提としなければならない。したがってリージョナルな共同体を形成するためには、域内主要国の通貨(円あるいは人民元)のドルとの完全な連動性(一切のペグなしの完全変動相場制)が前提となる。

今回のAIIB構想はそれらの困難をすべてスルーしているようにみえる。だからそれはアジア開銀の補助的な役割にとどまるだろうし、中国が胴元になった新たな金貸し銀行が開業したに過ぎない、という結果になるのではないか(それだけでも確かにすごいのだが)


とはいえ、AIIBは米財務省・IMF・世銀のトロイカ体制への鋭い攻撃であり、新自由主義経済に対抗する最初の本格的なアウトサイダーであり、既存の金融秩序を揺るがす可能性を秘めたものである。

短期的に見ても、経済はしばしばマインドで動くことから、これが一つの潮目を形成しないとも限らない。

その政治的意義はきわめて大きいといえよう。


2013年

10月 習近平主席、APEC首脳会議で「アジア開発・投資銀行」(以下AIIB)を提案。アジアにおけるインフラ整備のための資金ニーズに、代替・補完的に応えることを目的とする。

2014年

4月 李克強首相、ボアオ・アジア・フォーラムの第13回年次総会でAIIB計画を説明。資本金は当初500億ドル、最終的には1千億ドルを目標とする。75%はアジア地域、残り25%をアジア域外から調達する計画。

10月 北京で中国・アジア・中東諸国がAIIB の枠組みに関する政府間覚書(MOU)に調印。この時点での参加国は21カ国。設立メンバーの締め切りを2015年3月末とする。

11月 ASEAN で唯一署名してなかったインドネシアも署名。

2015年

2月末 ニュージーランド、サウジアラビア、モルディブ、タジキスタン、ヨルダンが加わり27 カ国となる。

3月12日 イギリス外務省がAIIBへの参加を表明。G7(先進7カ国)では初の参加表明となる。

3月16日 フランス・ドイツ・イタリアがAIIBへの参加を表明。

3月20日 米・日両国、参加を見送るむねを表明。理由としては、①ガバナンスに不安、②出資の透明性に欠ける、③融資基準の質の確保に疑問、など。

3月20日 中国財政相、申請期限後も日本とアメリカの参加を待ち続けると表明。

3月26日 韓国がAIIBへの参加の意思を表明。

3月28日 ロシア、ブラジルが参加の意思表明。

3月29日 米国の要請で参加見送りを検討していたオーストラリアが、一転して参加の意思を表明。

3月31日 創設メンバーとなるための期限。この日、ブラジル、スウェーデンが参加表明。ヨーロッパの主要国を含め、5大陸51の国と地域が参加を表明する。

3月31日 ジェイコブ・ルー米財務長官、既存の国際金融機関と補完的な関係の構築や、融資基準の厳格化などを条件に、AIIB創設を「歓迎する」と述べる。

3月31日 経済同友会の長谷川代表が見解を発表。1.投資需要からすれば、セカンドの選択肢があっても全然おかしくない。2.参加しないことによって、インフラビジネスが不利にならないような配慮が必要。3.日米同盟は安全保障の同盟であって、経済同盟ではない。

4月14日 李克強首相が河野洋平と会見。「後から参加した国も発言権が得られないということではない」と語る。

4月15日 中国財政部、創設メンバー国が57か国に達したと発表。

4月21日 ロイターが、資本金10億円以上の日本企業にアンケート調査。AIIBに日本が不参加でもデメリットは特に感じないとする企業が8割にのぼる。

警戒感の根拠: 1.中国の独断によって設立準備が進められている。2.設立協定案が提示されず、組織構造、意思決定機関の有無などが不明のまま。

4月23日 アジア開発銀行の中尾武彦総裁、北京で李克強首相と会談。「AIIBの成立は地域の経済発展の需要に沿う。ADBも協力を始めたい」と述べる。

4月 各紙の報道でAIIBの詳細が明らかになる。中国が初期資本金1000億ドルのうち297億8000万ドルを分担。出資比率は当初予想の50%から30%に減る。しかし主要議題は議決権75%以上の賛成が必要のため、中国の拒否権は確保される。次いでインドが84億ドル、ロシアが65億ドル、ドイツが45億ドル、韓国とオーストラリアが各37億ドルとなる。
本部は北京に置かれ、本部建設や人件費を含め初期経費は全額中国が負担。総裁も中国人が勤める。理事会メンバーは本部に常駐せず、総裁以下マネジメント主体での運営となる。資本金を引き当てに債券を発行し、国際資本市場から資金調達。これを準商業ベースで貸し付ける形態をとる。

ということで、AIIBの評価に関わっていかなければならないのだが、その際に東アジア金融危機とアジア金融基金構想についておさらいをして置かなければならない。

東アジア金融危機は、一言で言えば、新自由主義という剥き出しの資本主義が、金融システムの未成熟な諸国で矛盾を噴出させた事象と言える。

なぜ金融危機という形で矛盾が表出したのか。それは米財務省・IMF・世銀というトロイカが金融自由化を煽り、途上国における金融の脆弱性に配慮しなかったためだ。

債務・株式スワップが導入され、債権そのものが取引の対象となり、投機の対象となった。これによりマクロ経済の小さな動きでも瞬時に増幅され、破壊的に作用するようになった。

途上国政府がさまざまな政策ツール(金利、通貨発行量、税制)を用いて介入しようとしたが、それらは市場原理に反する行為とされ、市場から排除されるようになった。

だから、資本収支(とくに短期資本)の悪化で未成熟な金融市場が撹乱されたとき、それはただちに無防備の中銀を直撃し、通貨危機をもたらした。政府も中銀もほとんど対応できないまま傷口を広げていった。

実はこれらの事態は、日本の大蔵省にとってはある程度予測されていた。7月にタイのバーツ危機が起き、そのわずか1か月後には省内でアジア通貨基金構想がまとめられている。

ギリギリまで発表されなかったのは、米国の干渉を避けるためだったとも考えられる。それほど衝撃的な内容だった。

1.参加予定国から米国が排除されている(日、中、韓、豪、香港,ASEAN5カ国)

2.「基本的にはIMFと協調するが,場合によっては独立して行動できる」との規定

米国はこれを日本によるクーデターと受け取った。連日のように強い圧力が加えられた。9月のアジア10カ国蔵相代理会議(香港)にはサマーズ副長官,フィッシャーIMF副専務理事が乗り込んで「オブザーバー」としてにらみを利かせた。

結果としてアジア通貨基金構想は流産した。しかしさらに日本は「新宮沢構想」を打ち出し、これがチェンマイ・イニシアチブへと結びついていく。

この演説で宮沢蔵相が述べたのが以下のセリフ。

<国際金融システムのあり方>
IMF・世銀のあり方を基本に立ち返って問いなおし,国際金融システムを再生させる時を迎えた。
短期的あるいは投機的な資本移動」が現在のシステムでは統制できない。ヘッジファンドなどの国際的な大規模な機関投資家に対する規制が必要になっている

<アジア危機とIMFの責任>
アジア危機は資本収支の急速な悪化から生じた。それは実体経済とは乖離したものだ。
市場経済のあり方にも,各国の歴史や文化,あるいは発展段階を反映して多様なものがありうる。対応については、タイミングや,社会的な影響等への配慮にもっと意を用いるべきだ。
にもかかわらず、IMFプログラムに、不必要かつ不適切な構造面でのコンディショナリティーを含め、途上国に性急に求めたこと(が,金融危機の原因である)。
それは「構造改革」計画(金融自由化)そのものの信頼性を損ねた。

堂々たる大演説である。

そして打ち出したのが、300億ドルの拠出。これで「短期及び中長期の資金支援」に当てようというものだ。


率直にいってここまでは良かった。

これから先は当初の位置づけからすれば、とてもうまく行っているとは思えない。

とくに先頭を切るべき日本がぐじゃぐじゃになって、理念を喪失しまったことが大きい。

理念とは何か、それは宮沢蔵相が言う如く、

1.新自由主義(金融自由化)の原理的否定

2.政府イニシアチブの尊重と擁護

3.投機資本の妄動に対する共同対処

4.実体経済の発展のための金融

といったあたりが柱になるのだろう。

しかしチェンマイ・イニシアチブはそれを入れるための受け皿とはならなかった。

IMFの指導の絶対、二国間に絞られたスワップでは目隠しされて猿轡を噛まされたようなものだ。

日本の没落、中国の台頭という地域内の力関係の変化もあった。しかし各国金融の安定的発展、これに基づく経済開発の促進という要望は依然として強烈なものがある。そしてそれこそが域内平和の礎である

やはり拠出型、多国間型の、ドルに縛られない相互支援機能を持つアジア通貨基金がどうしても必要だと思う。





先日の、AALAのシンポジウムで大西先生がアジア開発投資銀行(AIIB)構想を天まで持ち上げた時、私は少なからぬ違和感を抱いた。

97年の東アジア通貨危機がアメリカ主導のもとに収束された時、アジアには決定的にかけているものがあると感じた。それは通貨基金(ファンド)である。

投資資金を主体とするアジア開発銀行だけでは足りない。諸国が金を突っ込んで資金をプールし、それをスワップの形で回せるようにしなければ、アジア開銀だけでは息切れする。

投資(インヴェストメント)を金融(ファイナンス)がバックアップしない限り、投機資本に対抗はできない。

これが何よりも痛切な教訓であろう。

もちろん金融システムの強靭化は避けて通れない課題であり、それ抜きにファンドを語っても仕方ない。しかしいかに優良かつ堅実な投資を行おうと、投機資本に本気になってかかって来られたら勝てない。

関税、投資だけではなく金融(通貨)面での団結が必要なのだ。

中国はこの問題に手を付けるつもりはない。AIIBはアジア開銀の補完物にすぎない。酷評すれば、AIIBは通貨という勘どころを外した政治的イニシアチブに過ぎない。

実際日本はこの構想に着手しようとした。円を事実上の基軸とするアジア通貨基金計画である。しかしそれはIMFと米財務省の激しい攻撃を受けて流産した。国内的にも山一や拓銀の破産など弱点をさらけ出した。(しかし本気でやれば、まだあの時期なら勝てたのではないかと思っている)

「アジア通貨基金」構想は、多角的なスワップを基軸とするチェンマイ・イニシアチブに形を変え、地道に成果を重ねてきた。しかしこの構想を推進した日本は、その後日米同盟強化、ドル集中路線に舵を切り替えた。

この理由はいろいろ考えられるが、日本の支配的な経済団体における国家資本主義的な発想(シェアー重視)の後退が大きいと思っている。

彼らは日本国民と一体となって日本経済の発展(シェアの拡大)を目指すよりは、アメリカの支配層と肩を組み利益の極大化を目指すようになった。

もう一つは、円を支えるべき日本の商業銀行システムの弱体化である。巨大銀行がさらに再編され3つのメガバンクに統合されたが、その支配力に昔日の面影はない。円高は円の強さではなく弱さの反映となった。

結果としてチェンマイ・イニシアチブは停滞した。通貨スワップのネットワークは依然未完成である。

にもかかわらず、私はいまでもチェンマイ・イニシアチブがアジアの開発と経済発展の鍵を握っていると思っている。その再活性化こそがアジア開発の王道なのだ。

アジア開発投資銀行(AIIB)構想は、チェンマイ・イニシアチブが進展しないことへのいらだちの表明であり、裏返せば期待の表現でもあると感じている。

「原油安の構図 下」はだいぶ話が生臭くなってきて、数字よりも具体例が増えてくる。その分話は少し散漫だが、迫力はある。

おおまかに言って話は4つあるように思える。

1.OPEC諸国はこのまま突き進むのか

2.米国のシェールオイルはどうなるだろうか

3.高コスト国は持ちこたえられるだろうか

4.低価格はどういう形で終焉していくのだろうか

さすがの石油アナリストでもこれには答えきれないだろう。かなり競馬の「予想」みたいな側面もふくみつつ、話が展開される。

1.OPEC諸国はこのまま突き進むのか

OPEC、とくに中東諸国はこのまま突き進むだろう。やれるという可能性と、やらなければならないという必要性がある。

まず可能性。

中東の陸上油田は平均29ドル/バレル。したがって、現在の価格は「どんと来い」という余裕のレベル。もっと下げる覚悟もあるだろう。

必要性

84年の「逆オイルショック」のとき、サウジは1国のみで減産を行った。それまで1千万バレルだったのを250万バレルまで減らした。しかし価格の低下は食い止められず、逆に財政破綻寸前にまで陥った。

今回それは繰り返せない。サウジが減産しなければ、他のOPEC諸国が束になってもサウジにはかなわない。販売シェアーの減少をもたらすだけだ。

ということで、サウジと一蓮托生だ。

2.米国のシェールオイルはどうなるだろうか

シェールオイルが増えた分が生産過剰になっている。だからシェールが潰れれば需給は元に戻る。

では潰れる可能性はあるか。

石油アナリストの萩村さんは「ない」と答えている。

シェールオイルのコストは1バレル40ドル程度で、それを切るところもある。

これらは頑張れる。

新規参入のプロジェクトでは80ドル近いコストのところもある。ここは持たない可能性がある。しかしこれらがなくなっても、供給過剰のさらなる深刻化が止まるだけで、供給過剰はなくならない。

3.高コスト国は持ちこたえられるだろうか

ではババを引くのは誰か。

それは高コスト産油国だろう。

萩村さんが挙げるのはロシア、ベネズエラ、北海油田、アフリカ西海岸の新興産油国である。

4.低価格はどういう形で終焉していくのだろうか

まずこれらの国で深刻な経済危機が生じるであろう。この内、ロシアの危機が重要で、多面的な影響をもたらすであろう。

高コスト油田、新興油田、新規参入のシェールオイルが生き残り競争の犠牲者となる。

この時点で需給バランスは回復するが、市場の二重構造が問題となる。

米国がシェールオイル輸出を禁止したままであれば、米国での需給バランスは回復しても、米国以外の輸入国にとっては深刻な石油不足が出現するかもしれない。


と、まあ、こんなところか。

「原油安の構図」という記事が引き締まっていて面白い。本日が上で明日が下だから、出揃ってから載せようかと思ったが、下が面白いとは限らないので、とりあえず載せておく。
1.リーマン・ショック後の原油安との違い
14年7月初めの原油価格は106ドル。これが直近では44ドルまで下がっている。(下落幅は58%)
08年のショック前の高値は147ドル、09年の底値は34ドルだった。(下落幅は77%)
これは需要の激減によるものだ。しかし今度は供給過剰が原因になっている。したがって価格低下は構造的なものであり、長期にわたると想定される。今後さらに30ドル水準まで低下する可能性も高い。
2.供給過剰の要因
まずは米国のシェールオイルだ。米国の産油量は05年に500万バレル/日だったのが、930万バレルに倍増している。
中東第二の産油国であるイラクの産油量は370万バレルであり、それを上回る増加だ。そのほとんどはシェールオイルだ。
もう一つはリビアの産出再開だ。14年6月に23万バレルまで落ち込んだが、わずか4ヶ月で100万バレルに回復している。これはイラクの内戦に伴う産油量減少を埋めてお釣りが来る計算だ。
3.需要は停滞している
経済の減速により、欧州では需要が減少している。中国とインドがこれをカバーしているが、伸び率は鈍化している。
米国は自国産原油の増加のために輸入量を減じた。
このためにトータルの需要が減少に転じた。
4.原油安の引き金は?
原油の市場価格はニューヨーク市場でのWTI(西テキサス中質原油)を指標としている。これが下落したことが引き金になっている。
原因は、米国が原油の輸出を禁止していることにある。このため国内在庫が積み上がり価格低下への圧力となった。
つまり米国の国内事情が国際価格に反映され、それが引き金になった。
5.なぜ14年夏だったのか
これらの傾向は長期に存在していたのに、なぜ14年夏になって一気に原油安に転じたのか。
それまでは中国、インドなどのアジア新興諸国が備蓄をふくめ積極的に買いを続けたために、市場が支えられていた。しかし14年夏を境に、供給量がそれを上回るようになった。
アジア諸国は原油価格が下がっても買いを増やさなかった。
6.投機資本の逃避
原油価格の低下は一直線ではない。9月末までは90ドル台が維持されたが、その後の2ヶ月で15ドル下がり、11月末のOPEC総会の後は1ヶ月で一気に25ドル下げている。
これは投機資本の逃避によるオーバーシュートとみられる。1月に入って底を探る動きも見られるが、なお5ドル程度の低下が続いている。
これらの資金は株式や国債に向かっていると見られ、株高、ドル高の要因をなしている。

とりあえずの感想だが、かなり政治要因が絡んでくると思う。

1.アメリカの原油輸出解禁の可能性

国内のシェールオイル業者は輸出解禁を熱望するだろう。米国政府としても、シェールオイル産業を潰すわけにはいくまい。

2.イラクの動向

中東第二の産油国であるイラク、その最大の油田であるキルクークがISISの手に握られており、産油量は激減していると思われる。

これがいつ回復されるのかが見通しが立たない。回復された場合、さらに供給過剰に拍車がかかる可能性がある。リビアも政情が改善すればさらに供給量を増大させる可能性がある。

3.LPGとの関連

現在はまだ原油とLPGはリンクされており、かなりの高値でLPGを買わざるをえないが、リンクが切れる可能性もある。

そうなれば原発のコストは引き合わないものになり、電力会社が原発に固執すれば、大企業の電力会社離れが進む可能性がある。


11月のOPEC総会は、やや古いせいかもはやニュースの項目からは消えている。

いろいろな思惑が乱れ飛んでの結論だっただけに、事情通の解説がほしいところだが、それもあまりない。

キャッシュで拾えそうなものもふくめて、少し情報を物色した。

とりあえず、ロイターの報道(11月28日付)から。

ウィーンでOPEC総会が開かれた。生産枠をめぐる議論は5時間に及び、相当紛糾した。

最終的に現行の生産枠を維持することで合意した。過剰な生産についてのコメントもなかった。再検討の可能性についても触れられなかった。要するに結論には何のふくみも与えられなかった。

というのが主文。

ついで、会議の具体的な進行経過。

まずベネズエラとアルジェリアが、最大で日量200万バレルの減産をもとめた。これにイランも同調した。

これに対しサウジアラビアのヌアイミ石油鉱物資源相が「減産の必要なし」と主張した。これに湾岸諸国が同調した。

最終的にはベネズエラなど生産調整を主張したグループも、これを受け入れた。


以下は各派幹部の意見表明。ただし会議終了後のインタビューによるもの。

「減産」派

ベネズエラのラミレス外相: 今回の決定を加盟国の総意として受け入れる。原油価格が低水準にとどまることで、コスト高の米国産シェールオイルの市場シェアが低下することを望む。

「維持」派

クウェートのオメール石油相: 原油価格がいかなる水準になっても受け入れなければならない。

石油メジャーのOPEC決定への評価

PIRAエネルギー・グループのギャリー・ロスCEO: サウジアラビアがイランやロシアのほか、米国のシェールガス生産者を支援することになる減産を望む理由はない。

市場に原油価格を決定させ、市場で新たな均衡点が見出されれば、価格は上昇に向かうだろう。

ただし、OPECはもはや市場を操ることはできなくなり、今後は原油価格は市場で決定され、価格は明らかに下落するだろう。

ペトロマトリックス・コンサルタンシーのオリビエ・ジェイコブ: 数年後に80ドル以上の水準まで回復させるには、短期的に下値を60ドルとして価格が一段安となる必要がある。

米国のシェールガス開発プロジェクトに歯止めをかけるには、しばらくの間は低価格に甘んじることがOPECの利益にかなう。


ということで、サウジの論旨はきわめて単純にして明快、だから生産調整を主張する国をも説得し得たのだろう。

ロシアがどうであろうと、イランがどうであろうと関係ない、要するにOPEC全体が丸っこくなって頑張ろうということだ。

つまり、これは資源ナショナリズムを下敷きにした「闘争宣言」なのだ。だからベネズエラやアルジェリア、イランも同調したのだ。

それにはOPECの地位低下、市場弱者への転落という事態を冷徹に直視し、アウトサイダーとは市場で闘うという路線の転換がある。

そういう意味では画期的な決定なのだろうと思う。

ただ、そうやって価格競争を展開した末に、アメリカのシェールオイルが苦境に立ったとき、アメリカはどうするだろうか、という時限爆弾が、そこにはある。



記事の後半は、OPECに価格決定力が亡くなっているという内容。
これはなにかネタ本があって、丸写ししたもののようで、かなり濃密に経過が列挙されている。
いわば圧縮ファイルで、解凍すれば数倍に膨らむであろう。
順に追っていこう。

1.オイルショック

オイルショックまでは、主要産油国のほぼすべてがOPECに加盟していた。石油価格はOPECが決定していたが、価格そのものはメジャーが左右していた。

中東戦争の時に湾岸諸国がOPECの主導権を握り、価格を大幅に引き上げた。引き上げ分は主として産油国(の特権階級)の取り分となった。これはオイルダラーとなり、投機資本の源流をなしている。

2.OPEC 非加盟の産油国の増大

国際石油価格の上昇は、これまでの産油国以外の国の油田開発を促した。世界生産に占めるOPECの比率は、70年代には53%だったが、2013年には41%まで低下している。

この結果OPEC価格に従わない産油国が増加し、OPECの価格決定力を減退させた。

3.ニューヨーク商業取引所のWTI上場

WTI が商品として先物市場に上場されたことから、この価格を中心に原油価格が決定されるようになった。

OPECに代わり消費国における市場が決定力を持つようになった。要するに市場原理が支配するようになったということだ。

4.原油価格の騰貴と暴落

原油価格はグローバルな需要と供給の関係を反映していない。

原油価格が市場で決定されるようになったということは、原油価格が市場の思惑で激しく動くようになったことも意味する.

しかし、生産コストが長期的に見て増大していることも間違いない。一つの油井は掘り尽くせば枯渇する。次々に新油田を開発していかなければならない。しかし当然ながら、採掘・輸送などの条件は悪化していく。

5.安値競争を仕掛けた可能性

今回のOPECの“非調整という決定”は、主要産油国とこれと結託した石油メジャーが安値競争を仕掛けた可能性もある。

生産調整となれば、主要産油国がそのかなりの割合を引き受けなければならない。ただでさえ原油安で苦しんでいる時に生産調整をかぶる一方、新興産油国が漁夫の利を占めるというのでは面白くない。

いっそ安値競争を仕掛ければ、新興産油国が潰れて、結果的に生産調整になるであろう。

新興産油国の経営基盤は多くは脆弱であり、投資に見合うだけの資金回収を行っていないであろう。

安値競争になれば、バタバタと連鎖的に倒産する可能性もある。結果として主要産油国の生産が安定すれば、そこを基盤とするメジャーにとってもご同慶の至である。

もうひとつ、シェールオイルとの争いもある。アメリカのシェールオイルの損益分岐点は60ないし80ドルと見られている。60ドル割れはまさしくわずかに、この分岐点を下回っている。

したがってOPECの決定は、OPECというより既成の石油メジャーと新興シェール勢力の激突と見るべきかもしれない。アメリカでは矛盾が激化するかもしれないが、ロシア懲罰という錦の御旗を掲げれば風当たりも多少は弱くなろうというもの。

そこまで考えているとすれば、なかなかの知恵ものだ。


赤旗の短い解説記事、「原油価格急落 市場に何が」が掲載された。

ニューヨーク市場(NYMEX)の原油価格の動向がグラフで示されている。

wti


WTI: West Texas Intermediate (西テキサス産出の中質油)の価格のこと。世界の石油価格の指標となっている。
NYMEX: New York Mercantile Exchange (ニューヨーク商業取引所) 商品先物専門の取引所だが、石油の取引における世界のセンターとなっている。

これは今年7月からのものだが、最高値はもっと前、リーマンショック直前の147ドルだ。そこから見ると実に1/3となっている。

たしかに石油産出国から見ればひどい話だ。暮らしを1/3に切り詰めろと言われても、それは無理な相談だ。

考えられる理由は三つある。

一つは世界不況だ。中国も減速していて、当面需要が膨らむ要素はない。

二番目が「シェール革命」だ。米国やカナダでは自国需要を満たして余りあるほどの採掘量となっている。最大の消費国・輸入国が「もういらないよ」ということになれば、値崩れを起こすのは当然であろう。

3つ目は11月27日のOPEC総会だ。明らかな供給過剰であり減産協定を結ばなければならないのに、各国の思惑が一致しなかった。結局減産協定は成立しなかった。

ただ3つ目は11月末の話であり、原因というよりも、これからどういう影響を与えるか、その可能性が問題となる。

赤旗では一番目と2番目の順序は逆になっているが、あえて並び替えた。枚の記事でも述べたように、結局投機資本がどういう動きを示すかに事の本質があると考えるからである。

「シェール革命」は今のところ一つの物語だ。だいぶ前になるが「北海油田」が開発されて、ノルウェイやイギリスは輸出国になるのではと言われた。

一時的には原油価格に影響したかもしれないが、結局大勢は変わらなかった。むしろ高コストの石油資源を持つばかりに、それが負担となるというデメリットもあったようである。

「物語」は楽しいから、尾ひれ羽ひれがついて膨らんでいく。これはまた別の機会にやるとするか。

いずれにしても世界経済にとって重要なのは、もし世界不況が原因であるとするのなら、リーマンショック以後6年も経っているのに、その間ずっと世界不況が続いているのに、どうして原油価格が下がらなかったのか、それがどうして今年になってから大暴落したのか、という問題であろう。

そしてその中から投機資本の本質的習性を探りだすことであろう。

ルーブル危機も元を正せば原油価格の急落だ。
巷間、原油安はロシアへの圧力を狙った米国とサウジの芝居だという話もあるが、石油市場はそんな一国の思惑で動くほどのやわなものではないと思う。第二次大戦の時だって「石油の一滴は血の一滴」と言って戦争に突っ込み、数千万人の人が殺し、殺されたのだ。
そもそも原油価格を釣り上げたのは投機資本であるから、ユーロダラーや投機資本の動向を分析しない限り答えは出てこないだろう。
原油安が経済にどういう影響を与えるか。これも多面的だ。グローバルに考えれば、どっこいどっこいなのだろう。一般的には原油安は経済発展を促す。とくに途上国の石油非産出国にとっては追い風になるだろう。しかし先立つものはカネである。
膨大なオイルマネーは当面リスク回避に回るだろうから、多くはタックスヘイブンに死蔵されるだろう。残りは米国の株式、債券市場に回るだろう。
産出国・非産出国を問わず、そこには経済の不安定性が残されるだろう。足の早い投機資本に世界中が振り回される状況がますます進展するだろう。これだけは間違いなさそうだ。

経済学101 というサイトに

失敗してるピケティ批判 by ポール・クルーグマン

という文章が掲載された(June 6, 2014)

一見読みやすそうで、くだけた文章がかえって分かりにくいが、要約紹介する。

『フィナンシャル・タイムズ』の経済編集者クリス・ジルスがトマ・ピケティを批判した。その批判についてのクルーグマンの論評だ。

1.富の分布に関する2種類のデータ

所得と富の分布に関するデータは2種類ある:いくら稼いでどれくらい財産があるのかを人々に尋ねた聞き取り調査と,税金のデータだ.

ピケティ氏は,主に税金データで研究してる.
ジルスは聞き取り調査のデータを持ちだして、ピケティの論拠を批判する。そして富が少数に集中する明瞭な傾向はないと主張してる.

2.格差否定論の特徴

この否定論は、首尾一貫せず、とにかくいろんな論証を投げつける.

*「格差は開いていない」

*「格差は開いてるけど社会的な流動性で相殺されている」

*「貧困層への援助が大きくなったことで格差拡大は帳消しになってる」

*「ともあれ,格差はいいことだ」

証拠を目の前にしても,どれも放棄されず、繰り返し復活する。

【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

データの擁護 by ショーン・トレイナー

トマ・ピケティの『21世紀の資本論』英語版は驚異の売れ行きを見せている.

ピケティ氏が同書で主張しているのは,

1.資本主義には,格差を自然と生じさせる傾向がある.

2.これは資本の利益率は全体的な経済成長率よりもずっと高いからだ。

3.戦後に広く経済の繁栄が分かち合われたのは歴史上の異例である。

4.これは戦争で巨額の富が消し去られたためにもたらされた異例である。

5.その後は政治構造によって格差が抑制されてきた。

ピケティに対してクリス・ジルスが、ピケティ氏のデータを批判することでピケティを批判した。

1.ピケティが示した数字は,…「根拠薄弱なでっちあげ」だ。

2.ピケティは遺産税データを使っていて、調査データを使っていない。

3.調査データが示す格差は、それほど目立たつものではない。

ピケティは直ちに反論した。

1.調査データは、すべてオンラインで利用可能な「補論」で説明済みである。

2.データを比較するために行った調整については、この補論で詳しく解説してある.


ILOの青年労働者に関する調査(2013年)より


今世界の経済は


1.富の分配がうまく行かず、相対的な生産過剰になっている。

2.ワーク・シェアがうまく行かず、失業と過労が同時進行している。

3.投機(非生産的投資)により経済のシステムが危うくなっている。


このなかで若者に犠牲が集中している。


ILOの13年の資料では世界の若年失業者数は7340万人、失業率は12.6%に上昇している。

とくに先進国・欧州連合における若年失業率は、過去20年間で最も高い18.1%となっている。

就業、学業、訓練のいずれにも就いていない「ニート」の比率は15.8%、若年求職者の3分の1が6カ月以上失業している。

いっぽうで、非正規雇用に従事する若年就業者の割合が上昇している。 EU諸国では、若年就業者のうち、パートタイム雇用が25.0%、臨時雇用が40.5%を占めていた。

失業問題と並んで、悪質な雇用が若年者雇用の課題となっている。失業中の社会的保護制度の恩恵も受けられない。

自らの学歴に相応しい職よりも低位の職に就かざるを得ない若者も増えている。

 世界の総生産の推移を示す統計がない。

どうしてなのか不思議だ。統計をとっている国の数を単純に足すだけの話で、別に造作も無いことと思うが、それが不思議とないのだ。

実は先日もそうやって探して一つ見つけたのだが、デスクトップの大掃除をした時に捨ててしまった。

とりあえず30分ほどグーグル検索して探したのが下のグラフ

sekaiGDP

個人の試算で、紀元1年からの推移というからかなり怪しい。

「世界各国の経済水準・所得水準(1人当たり実質GDP)を超長期的に推計していることで著名なアンガス・マディソン氏のデータ」なのだそうだ。

日本の推移を見るための図表だが、ほしいのは一番下の茶色の線。これが1980年の5千ドル弱から2008年には8千ドルに増えていることだ。

30年で1.6倍に増えていることになる。

あんまり頼りにならない図表だが、一応載せておく。

ビットコインについて書こうと思ったが、ネットの日本語記事にはまともな解説は一つもない。

それならいっその事、何が分からないかを箇条書きにしていったほうが良さそうだ。

その手の話しなら2チャンがいいだろう。

無くなったのはビットコイン?、それともキャッシュ?、それとも両方?

現金はどうやって引き出されたのか?

盗んだやつが換金してないなら、凍結できるのでは?

オバーフローすると、どうして引き出す隙が出来るのか?

大量のビットコインを本物のキャッシュや商品と交換したら確実に足がつくのでは?

取引不能になるんならまだしも、消失するのは変。

会社保有分のコインがどこに行ったのか調べられないのか。

客が送金した現金も数十億なくなってる。これは完璧に泥棒だろう。

繋いできたポートに強制的に大量データを送り返すシステムは作れるはず。

基本的には、誰がどれだけコイン持ってるか、把握されているはずではないか。

DDos(分散型サービス妨害)対策というがアクセス制限何もやってなかったのか。

などなど


不思議なのは、ビットコインが無くなったにせよキャッシュが無くなったにせよ、取引で失われたのではない(らしい)ということだ。

ハッカーはハッカーであって泥棒ではない。誰が盗んだのかにせよ、それは泥棒だ。

ビットコインの取引が博打の鉄火場であったにせよ、行われたことはいかさま賭博ではなく、賭場荒らしだ。テラ銭掠めだ。

「ビットコイン取引が危険か危険でないか」という話とは次元が違うのではないか。ここが分からない。

これらの疑問に答える記事が出るのを待つとしようか。


少し遅れ気味だが、2013年の十大ニュースというのを総まくりしてみた。


2013年経済10大ニュース : 経済ニュースゼミ - ライブドアブログ

というページは小笠原誠治さんという人の私選である。

なかなか鋭い。10項目にするために結構かぶっているが、順位は別として順当だ。とくに貿易赤字拡大の分析は出色だと思う。

1.「アベノミクス効果」

インフレにすることが景気回復に資するという考え方を支持できないが、アベノミクスの効果で経済の風景が一変したことは事実。

2.「世界的な株価の上昇」

主に米国と日本の株価だが、NYダウが最高値を更新していることは事実。しかし5月にバーナンキ議長がテーパリングの可能性に言及しただけで大暴落したことは、この株価上昇の意味を象徴。

3.「円安の進行」

その正負の波及効果はこれから現れるだろう。

4.「異次元緩和策の発表」

黒田総裁は、マネタリーベースの量を2年で2倍にすると断言し、実行している。しかし、所期の効果を発揮しているとは思えない。

5.「米国の財政を巡る政治のねじれ」

10月には連邦政府機関の一部閉鎖まで至ったが、案外経済に影響していない。なぜか?

6.「テーパリング決定」

量的緩和策の規模が縮小された、しかし5月のような事態は起きなかった。なぜか?

7.「消費税増税の決定」

消費税の増税を決定する一方で、5.5兆円の経済対策を実施する。何のための増税か?

8.「貿易赤字の拡大」

円安なのに輸出が増加しない。これが貿易赤字の拡大の原因だ。なぜ増えないのか?

このままだと、貿易赤字が円安に拍車をかけることになる。そうすると国債価格が低下することになる。

安易な財政出動がもたらす最悪のシナリオだ。

9.「日銀総裁の交替」

日銀総裁の交替人事が、アベノミクスの実施に当たって大きな役割を果たした。それは日銀の独立性の毀損をもたらした。

10.「キプロスの金融危機の発生」

このニュースが注目されるのは、預金元本の大幅なカットというドラスティックな解決策だ。


大和総研のサイトに調査本部の本部員の投票による「2013年の10大ニュース」が載っている。

正直のところ、株屋さんの相場である。品格はない。

1位 2020年夏季五輪・パラリンピックの開催地が東京に決定(9/8)
2位 日銀が異次元の量的・質的緩和を決定(4/4)
2位 消費税率8%への引き上げ決定(10/1)
4位 参院選で自民、公明両党が過半数獲得、ねじれ解消(7/21)
5位 富士山が世界文化遺産に決定(6/22)
6位 安倍首相、TPP交渉参加を表明(3/15)
7位 楽天の田中投手が連勝の新記録(8/9)
8位 米FRB、量的緩和の縮小を決定(12/18)
9位 中国が尖閣諸島を含む防空識別圏を設定(11/23)
10位 特定秘密保護法成立(12/6)

ただ、政治がらみの話題も取り上げているところはおもしろい。


ハフィントン・ポストは10本に絞らず、重大ニュースとしている。経済というよりビジネスだ。「解雇特区」の記載は面白かった。ガンホーショックというのは知らなかった。

1.日銀が「白から黒へ」アベノミクス・リフレ派への反対は何だった?

もともとリフレに反対していた日銀の審議委員らも「白から黒へ」態度を豹変。4月には「異次元緩和」が行われた。

2.TPP交渉参加決定に

「異常な秘密主義」のために、どのような交渉が行われているか分からない状態でもある。結果、交渉は難航。年内妥結は見送られた。

3.消費増税の決定で、いろいろ値上げも…

4.「軽自動車税」や「高額飲食税」、増税は消費税だけじゃない?

5.「賃金アップ」や「五輪開催」で「人材不足」の懸念も

6.「解雇特区ではないですから」硬い岩盤規制と規制緩和

雇用の流動化を促す特区については「解雇特区」と大批判を浴び、議論を行うことすらが先送りされた状態だ。

7.クールジャパンと原発売り込み

8.個人投資家を襲った「ガンホーショック」

人気スマホゲーム「パズル&ドラゴンズ(パズドラ)」を展開していたガンホー。7月にはパズドラ1700万ダウンロードを達成したが、四半期ベースでの減収減益に失望売りが殺到して下落。「ガンホー・ショック」と呼ばれた。

9.ドコモのiPhone参入 ソフトバンクの海外進出


「WSJ日本版が選ぶ2013年10大ニュース」

のランキングはどうもピンと来ない。

WSJ日本版読者の反響、記事本数が多かったトピックス、および米国・アジア版記者が取材したテーマの中から、WSJ編集部がランキング形式で選定したもの。

というが、ずれているだけでなく、ずれ方に法則性がない。編集部の姿勢が問われそうだ。

1 米政府一部閉鎖と債務不履行の危機
2 国内外から注目を集める「アベノミクス」
3 金融緩和から出口探る米FRB
4 米国NSA盗聴問題
5 シリア内戦
6 中国 薄熙来(はくきらい)失脚
7 相次ぐIT企業の大型再編
8 福島第1原発の汚染水問題
9 ボーイング機事故
10 世界各地の異常気象

「経済界」という雑誌の「2013年の10大ニュース」は見出ししか読めないが、十分です。

  • 其の1 アベノミクス始動
    中間地点に差し掛かかりいまだ着地点は見えず

  • 其の2 東京オリンピック招致決定
    日本が抱える課題を一気に解決し再成長へと舵を切る起爆剤に

  • 其の3 モバイル再編 ソフトバンクは世界戦略を本格展開
    日本の携帯機器メーカーは淘汰

  • 其の4 東証・大証が統合 新たに誕生したJPXの滑り出しは順調

  • 其の5 みずほ銀行反社取引問題
    対策を強化するも問題は金融業界全体へ波及

  • 其の6 カネボウ製品自主回収問題
    優良企業花王の顔に泥を塗ったカネボウ化粧品の隠蔽体質

  • 其の7 食品偽装表示問題 雪崩式の発覚で規制強化の方向へ

  • 其の8 東電処理問題 瀬戸際の東京電力、どうなる再建計画の見直し

  • 其の9 消費増税が決定
    2段階増税の不安を払しょくし成長を維持できるか

  • 其の10 富士山の世界遺産登録
    20年越しの悲願達成で観光立国への第一歩となるか

あの寺島実郎氏の選んだもののようです。

モバイル再編、みずほ、カネボウ、東電あたりはいい感覚だと思います。


案外無いもので、グーグル検索ではこんなものです。

つまるところ、2013年はアベノミクスに始まりアベノミクスに終わったということでしょう。

アベノミクスと言っても取り上げられるのは異次元緩和だけです。

ただこれが国際環境とマッチしたために、円安・株高という予想外の効果をもたらしました。

いわば棚ボタ効果を、アベノミクスの成果だと言って宣伝し、みんなも多少その気になっている、というだけの話です。

ただ、第二の矢についてあまり触れられていないのが気になります。大量の財政出動(公共投資)がどのようなものだったのか、それがどのような効果を生んでいるのか、(というより効果を産まなかったのはなぜか)、という分析があまり目に止まりません。

もう一つ、アベノミクスの対極として位置づけられていた「財政再建論」が見事に姿を消しました。その行方もしっかりフォローしないと、片手落ちになるでしょう。

マネー(通貨)という言葉の意味がわからない。これがわからないままでいると、先に行ってから話が見えなくなる。

おまけに一方この世界に飛び込むとカタカナ(英語)が飛び交うが、このカタカナも訳がわからない。ふつう日本語でわからないことでも英語で言われると「何だ、そういうことか」ということになるが、この世界では実感とかけ離れている。

「通貨」について勉強した。以下はその感想。

1.通貨(マネー)といってもいささか広うござんす

通貨というと、我々素人はお札(日銀券)と硬貨のことだと思う。これは現金通貨という。

しかし日銀統計では、これは通貨の一部にすぎない。通貨(マネー)には預金もふくまれるのである。預金というのにも二つあって、ひとつは一般人が市中銀行にあずけてある預金、もう一つが市中銀行が日銀に当座預金として預けているお金である。

つまり預金通帳は、それ自体がマネーなのだ。これに年金の積立金などが加わって通貨供給量(マネーサプライ)ということになる。

ずいぶん勝手な言い方だが、上のほうでそう決めたんだからしかたがない。ひょっとすると欧米の人のマネー観というのはそうなのかもしれない。

ということで、まず足元から固めていきたい。預金通帳まで、通貨(マネー)だと言うんなら、お札と硬貨、俗にいうキャッシュ、あるいはゲンナマのことはなんて言うのだろう。

2.現金通貨とハイパワードマネー

通貨に関する用語は日銀(中央銀行)が創りだしたものが多い。わかりにくい言葉は日銀の立場に立つと見えてくることがある。

日銀には3つの仕事がある。一つはお金(現金通貨)を作る仕事だ。これは分かりやすい。二つ目は市中銀行との貸し借りだ。このために市中銀行は日銀に当座預金の口座を開設し、何らかの預金をする。

三つ目が金融資産の売り買いだ。日銀券は最優秀の金融資産だからこれで劣後債を買い取ることで、市中に金が出まわるようになる。これが買いオペで、現在の異次元の金融緩和はもっぱらこの方法で行われている。

金は日銀内に市中銀行が持つ当座預金口座に振り込まれるから、そこには刷り上がったお札か、帳簿上の数字かは別として、金が積み上がっていく。

だから日銀の眼から見ると、お金(現金通貨)というのは、市中を流通する現金通貨、今年新たに刷り増ししたお札、当座預金の口座に積み上がったお札の三種からなるわけだ。

これらはいずれも本当のカネ(日銀券)であるから、強力通貨、高権貨幣などと呼ばれる。しかし実際にこれらの名で呼ばれることはほとんど無く、英語でハイパワード・マネーと呼ばれる。

このなかで、発行された日銀券や市中を流通するお金は実物だが、日銀の当座預金は、拝むことはできないし、本当にあるのかどうかもわからない。変な話だが「ヴァーチャルな現金」である。

したがって正確な意味で現金通貨とはいえないのだが、日銀にしてみれば帳簿上は立派な現金である。いざとなりゃぁ刷ればいいだけの話である。

3.ハイパワード・マネーとベース・マネー

ハイパワード・マネーという言葉には、マネーを生み出し駆動するマネーというニュアンスがある。これは金融主導(マネタリズム)的な価値観がふくまれているからだと思う。

日銀はこれを、ハイパワード・マネーと呼ばずに、ベース・マネーと呼ぶ。何のベースかというと通貨を中心とした金融全体のベースということだ。

たしかに正しいけど、それは考え方が正しいのであって、「カネはカネじゃんか」と思う。

ガチガチの通貨と言わずに「主食の通貨」と言っているみたいなもので、「日銀が偉いんだぞ」という素振りが感じられてしまう。

4.ベース・マネーとマネタリー・ベース

最近はベース・マネーと呼ぶことすらやめて、マネタリー・ベースと呼ぶようになっている。これは日銀が悪いのではなく、世界的にそういう言い方になっているのでしょうがないが。

中身はハイパワード・マネーと全く同じである。これはひどい造語だと思う。「みかんをビタミンCと呼ぶ」ようなものである。サプライサイド・エコノミーの匂いがプンプンする

さすがに「現金通貨+日銀預り金」では通りが悪いので、いささかの抵抗を持ちつつもハイパワード・マネーと読んでおきたい。

5.「非現金」通貨と「通貨もどき」

これが一番飲み込みづらい概念で、端的に言えば預金のことである。預金は現金(キャッシュ)ではないが通貨(マネー)なのである。そういう風に決められているんだからしかたがない。

最近はたしかにクレジットカードで支払いを済ませることも多い。これは預金通帳を現金の代用にしていることになる。私の預けたキャッシュはとうの昔に運用されてしまっているのだが、普通預金には「随時引き出し権」があるから現金と同じように利用できるのである。

このように、「非現金」通貨というのは、“端的に言えば”預金のことであるが、実はそれほど単純ではない。「預金」の枠がかなり広がっているからである。

海外旅行で使うトラベラーズチェック、バスや地下鉄に乗るときのプリペイドカードも仕掛けは同じだ。

我々素人からすれば、これらは「通貨もどき」なのだが、日銀の統計では立派な通貨の扱いを受けている。

6.二種類の「通貨もどき」

ところが、この「通貨もどき」に対するきっちりした名称がない。随時引き出し権があればほとんど問題がないが、それがなければ額面通りにはならない。

随時引き出し権があるのは、当座と普通口座だ。これを従来の日銀統計では「預金」(通貨もどき)としてきた。これが、M1と呼ばれるカテゴリーである。

定期預金は契約日時までには現金化できないから通貨もどきとは成り得ない。もし解約すれば解約料という名の割引をされてしまう。

しかし、日銀の新基準(M3)では定期預金も「準通貨」という括りで通貨の扱いを受けることになった。随時引き出し権ではなく譲渡性があるかどうかが判断の基準になったようだ。

買える地域とか、買える中身に制限があれば、これも「通貨もどき」とはいえない。何十枚とたまった電話カードやビールの引換券が良い例だ。むかしは商店街のチケットというのもあったよね。そうなると金券ショップのお出ましとなる。

このへんは今のところ通貨や「準通貨」にカウントされる可能性は低い。しかし日銀はM3よりさらに広範囲の「広義流動性」というカテゴリーを考えているようで、そこには

金銭の信託+投資信託+金融債+銀行発行普通社債+金融機関発行CP+国債+外債

がふくまれていくるから、まさに一網打尽だ。

7.マネーサプライとマネー・ストック

こうやって見てくると、話を複雑にしているのは一方的に日銀の側なんですね。

「マネー」という言葉の定義が果てしなく広がって、なんだか分からなくなっているというのが現状だろう。

日銀側の思いとしてはより広範に経済・金融活動を把握したいというのが狙いであろうし、そのこと自体は決して悪いことではない。

しかし、マネーという言葉を拡散することによって、「そこまで俺たちの縄張りだよ」と業務の拡大を狙っているかのようにも見える。日銀と言えども一銀行、あまり出しゃばらないほうが身のためと思うが、いかがであろうか。

最初のM1カテゴリーでは、貨幣もどきは当座預金と普通預金に局限されていた。それは随時引き出し権を貨幣もどきの根拠としていたからである。

それがM3への変更で定期預金までふくまれることになった。それは随時引き出し権ではなく譲渡性の有無を通貨の基準としたからである。さらに「広義の流動性」というまさに「広義」に拡大した。

我々が小さかった頃、お金は「お足」と呼ばれた。お金には足が生えていてすぐに飛んでいってしまうことから名付けられたようである。

そういう規定にはマネー・フローとかマネーサプライという言葉がふさわしかった。ところが「随時引き出し権もいりません。流動性も多少あればいいんじゃないですか」ということになると、どうも日銀、サプライ・サイドとしてはすっきりしない。「ストックにした方がいいんじゃないですか」ということになる。

私にすれば、「どうなりと勝手にせぇ」ということになる


とりあえずこんなところでしょうか。

第9節は、「国際経済秩序」の問題だ。この言葉はこれまで先進国と途上国との関係で用いられてきた。

秩序ある貿易、開発、投資の課題、民衆の生活の向上、持続的に発展しうる諸国間の関係などが内容である。ただその内容は漠然としており、どちらかと言うと掛け声みたいなところがあった。

(私としてはITOの理念の復活を主張したい。たしかにこれは植民地が相次いで独立する以前のものではあるが、二つの大戦を経て平和と発展と生活向上の課題が一体のものとして力強く宣言されたものである)

今回の決議案は、従来の「国産経済秩序」という基本線は踏まえつつ、それとは別に、先進国における経済秩序の問題を取り上げている。「多国籍企業栄えて国滅ぶ」という事態に対し、「多国籍化した大企業への規制」を緊急の課題としてあげたのがそれだ。

①投機マネーへの規制(金融取引税)、②租税回避への規制(タックスヘイブン)、③法人税の引き下げ競争の規制(導管国)、④人件費引き下げ競争の規制 である。

これ自体は共産党としては大変斬新な、踏み込んだ提起だ。

かつて80年代、90年代はIMF・世銀による世界支配が最大の問題とされていた。いわゆる南北問題である。

これが、わずか20年後の現在では先進国の内部分裂(国家対超巨大企業、国際投機資本)の問題に転化しつつある。いわば資本主義が自壊現象の兆候を示しているともいえる。この変化をしっかり捉える必要がある。

変化の理由の一つは、先進国の「金余り」現象である。日本における大企業の巨大な内部留保もそうだが、既存の資本主義システムで金が回らなくなっている、あるいは金が回せなくなっている。

生産に消費が追いつかないために、お金が設備投資や再生産に回らない。お金が世の中に回らずに死蔵されれば、フローが減少する。

人々は宝の山の上でお金をもとめて奔走する。だから各国中銀はフローを維持するために量的緩和に走らざるを得なくなる。

この資金は生活に費消される資金ではない。資本として自己増殖を運命づけられた資金である。だから紆余曲折はあっても、いずれ途上国に流出してゆかざるをえない。

(途上国の人を自国内に呼び寄せるという手段もあるが、政治的にはきわめて危険な手法である)

20世紀初頭に出現した「不均等発展」の現象が形を変えてふたたび現れている。加害者であった先進国が内部から壊死状態に陥りつつある。これを救うためには上記の4点を実行するほかない。だが、出来るのだろうか。

その鍵は日本が握っているかもしれない。


↑このページのトップヘ