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中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

カテゴリ: 35 社会問題(労働/福祉/人権など)

鳥飼基地問題について少し追いかけてみた。

毎日新聞 2014年07月29日 大阪朝刊から

見出しは下記の通り

東海道新幹線鳥飼車両基地:JR東海、合意の抜け穴 大阪・茨木側で井戸計画 摂津市反発「環境保全協定に違反」

いくつか赤旗に記載されていない事実がある。

1.鳥飼車両基地は敷地(約37ヘクタール)の9割を摂津市域が占める。

2.車両の洗浄などに大量の水が必要で、JR東海によると、上水道の使用量は年間22万トン。(1日あたりにすると600トン)

3.1964年に新幹線が開業した当初は1日当たり2千トン以上の地下水をくみ上げていた。

4.これにより周辺の住宅地で地盤沈下が発生。特に新在家地域では46.05cmも沈下した。基地内でも約20センチの沈下が確認された。

5.環境保全協定は数次にわたり更新されている。99年には、摂津市が市内全域で井戸の掘削を原則禁止する条例を制定した。

6.2014年、JR東海は年間1億円を超えるとみられる水道代の節約や災害時の断水に備える目的で井戸2基(取水量1日750トン)の掘削を計画。理由は年間1億円を超えるとみられる水道代の節約および災害時の断水に備えることであった。

7.摂津市は計画の撤回を求めた。JR東海側は「予定地は茨木市域であり、摂津市の条例や協定は適用されない」などとして拒否した。

8.JR東海の迫田俊明・関西広報室長は「掘削は検討段階だが、地盤沈下など環境への影響は少ないと考えている。地元に懸念があればよく説明したい」と話した。(しかし話しあう“システム”はない!)

9.茨木市は「JR東海から説明は受けたが、『まずは摂津市としっかり話をしてほしい』と要望」した。

アジアプレス・ネットワーク というネット・ニュースの12月号には、上下2回にわたり詳報が掲載されている。

10.9月30日、JR東海は井戸掘削工事に着手した。摂津市は11月に提訴に踏み切った。森山市長は「争いは避けたかったが、8万5000人の市民の安心・安全を守るためにも裁判という道しかなかった」と語った。

11.14年6月、JR東海は、工業用水法上の井戸使用許可申請に向けた事前協議書を大阪府に提出した。摂津市はJR東海から通知を受けず、府から連絡を受け計画を知った。

12.摂津市の質問に対しJR東海から回答が寄せられた。回答書の内容は以下のとおり

目的は、災害時の新幹線の安定的な遂行に必要な水を、水道水と地下水の両方から調達できるようにすることである。これは「官民挙げて取り組むべき災害対策」だ。

震災時には1日も早く国民の足を復旧しなければならないという使命を担っている。そのために水は必要不可欠だ。(JR東海の計画は、緊急用用水の確保ではなく、恒常的な汲み上げとなっている)
茨木市域での掘削なので摂津市の行政上の管理区域を超えている。協定の適用を受けるものではない

13.「経費1億円節減」の根拠。JR東海が車両洗浄などのための水道代は月2000万円かかり、摂津市に払っているのはその3分の1の750万円だ。これに12をかければ約1億円になる(JR東海労働組合新幹線関西地方本部)

やめてえな

摂津市のホームページには、概略が掲載されている。このなかで、JR東海が意図的に摂津市への連絡を行わなかった事実が明らかになっている。

平成26年3月17日神奈川県に本社のある浄水機メーカーA社が来庁され、鳥飼地域で井戸を掘りたいとの相談あり。市条例で原則地下水汲み上げ禁止を説明。
6月4日大阪府環境管理室から連絡あり。A社が来庁され、鳥飼基地で地下水を汲み上げたいとの相談があったとの事
6月16日市からJR東海に連絡を取り、説明を受ける。災害時の対応、コスト削減のための計画との事。
*井戸の深さ 200m、計画揚水量 750t/日
7月29日市長からJR東海関西支社長に対し要請書提出。
「東海道新幹線鳥飼基地における環境保全協定書の遵守について」
8月19日JR東海関西支社長から市長へ要請書回答。
「東海道新幹線鳥飼車両基地における井水活用にかかる摂津市からの要請書に対するご回答」
*井水システムの設置場所は茨木市域(敷地の約3%)であり、摂津市の行政上の管理区域を超えており、協定の適用は受けない。
9月10日JR東海関西支社長から市長へ文書にて下記の報告。
「東海道新幹線鳥飼車両基地における井水活用計画にかかる大阪府への『井戸使用許可事前協議書』提出について」
9月11日市長からJR東海関西支社長に対し「通告書」郵送。
*JR東海の協定の解釈は認められない。工事に着工されれば法的措置も辞さない。
9月18日大阪府環境保全課から「事前協議書」の審査が完了し、JR東海にその旨通知をしたとの事。
9月24日自治連合会役員会において経過を説明。
9月26日JR東海関西支社長から市長へ文書にて「通告書」対する回答。
*主張は変わらず、工事着手を9月30日からとの報告。
9月26日幹事長会開催。仮処分命令申立てについて説明。
9月29日鳥飼地区自治連合会、鳥飼地区老人クラブ連合会、鴻池勝彦氏から市長宛に要請書の提出あり。
9月29日大阪地方裁判所へ「工事等仮処分命令申立書」を提出。
9月30日報道機関から情報提供。JR東海に工事着手を確認したとの事。
10月1日JR東海に対し、環境保全協定に基づく立入調査申入れるが、拒否。

さすがに産経新聞はJR東海擁護の論陣を張っている。

1.摂津市では上水道用に1日約1万2千トンの地下水が取水されており、JR東海の日量750トンが加わっても地盤沈下の恐れはない。

2.大阪府では現在、地下水の水位が上昇し、液状化の危険性が高まっている。1日750トン取水することで、問題となるような大きな地盤沈下は起こらないだろう(大阪市立大の大島昭彦教授がそう言っているそうだ。大阪には液状化と地盤沈下を一体で語る「学者」がいるようだ)

3.昭和53年、新幹線博多総合車両所(福岡県)で渇水により車両に給水ができず、複数の停車駅で給水をしてダイヤが大混乱した。(これについては反論になっていない)

地方ネタといえば地方ネタだが、現場の市長さんが面会を求めたのを、「そんなシステムがない」と門前払いしたのにはびっくりだ。

面会を求めたのは大阪の摂津市長、「おととい来やがれ」と足蹴にしたのはJR東海だ。

そもそもどうして摂津市長がJR東海に面会を求めたか。それは摂津市内の新幹線車両基地での地下水汲み上げに反対するからだ。

鳥飼車両基地
        鳥飼車両基地(ウィキペディア)

そもそも、地下水の汲み上げは摂津市とJR東海との協定により禁止されていた。今回それをJR東海側が一方的に破った。ここに摂津市長の問題意識がある。

事件の背景

摂津市には国鉄時代から車両基地があった。「東海道新幹線鳥飼車両基地」という。広さは甲子園球場9個分、淀川の支流である安威川沿いに帯状に伸びている。

新幹線が開業した1964年から操業を開始しているが、その後の10年に30センチもの地盤沈下が発生した。洗車用に大量の地下水を組み上げたためである。

30センチ下がれば、家は傾くだろう。下手をすれば水道管は破裂し、ガス管は断裂し、下水は逆流する。

そこで摂津市は地下水汲み上げの中止を要請した。国鉄もこれに応じ、77年に市と国鉄の間に「環境保全協定」が締結された。これにより地下水の汲み上げは中止された。

地盤沈下

その結果、地盤沈下はほぼ止まった。ここまでならめでたしめでたしである。

ところが去年の9月、突然JR東海が井戸の掘削を開始したのだから、住民が怒るのも当然だ。

しかもやり方がえげつない。下の地図を見て欲しい。

鳥飼地図

おそらく安威川の旧河道であろう、茨木市が現安威川を越えて鳥飼車両基地にちょっとだけ食い込んでいる。ここに井戸を掘ったのだ。「悪い冗談だ」と思うが、本当の話だ。

「摂津市とは協定を結んでいるが、これは茨木の話であなた方とは関係ない」とでも言うのであろうか。むかしの江川事件を思い出す、まことにえげつない行動である。

なぜこのような事態がまかり通るのか

井戸の掘削は「災害などによる断水に備える目的」と説明されている。しかし、この件について国会で質問した辰巳議員はこう述べている。

あらゆるところでコストカットしていくというのがJR東海の方針だ。井戸水汲み上げで年間1億円の経費削減ができると試算されている。

しかし考えても見よ。地盤沈下で家が住めなくなれば、1戸2千万円50戸としてざっと10億円の被害が出る。宅地価格も暴落するだろう。「それは知りません」ではすまない。

しかしJR東海にはまったく恥じらう気配はない。

市は建設を制止した。JR東海はこの制止を無視した。

市は2ヶ月後に大阪地裁に提訴した。これに市民が呼応した。市議会は全会一致で、「JR東海に対し環境保全協定の順守を求める決議」を採択した。住民署名は3万5千人分を集めた(茨木の人口は8万5千人)。

一言で言って、JR東海と葛西社長は摂津市と摂津市民をなめている。コスト節減というがそれは人さまの資産を抜き取るに等しいわけで、強盗だ。

ヤクザの経営する悪徳土建会社と同じ企業論理が、JR東海にも貫かれていることになる。公共性の強い独占的事業が私的に運営されるとこうなるという悪しき見本だ。

ものすごい安直な記事ですみません。
「介護保険白書」という本が出されて、その編集にあたった立教大学の柴田先生という方が、インタビューに応じています。
そのさわりを紹介します。
1.介護保険の功罪
介護保険は国民の介護に対する意識を変えました。
それまでは介護をしたり、施設に預けることを隠すような意識がありました。これは功の部分です。
2.需要に追いつかない供給
介護への意識の変化は、介護サービスの需要を一気に呼び起こしました。しかしこれに対して供給量がまったく対応していない。これが罪の部分です。
3.「介護地獄」の出現
介護につかれた末の「介護自殺」は明らかになったものだけで年間300人、「介護離職」は年間10万人に達する。
家族が介護できないから、医療上必要もないのに入院する「社会的入院」を解消するはずだったのが、病院から追い出しただけという事態です。
つまり、介護保険が介護地獄を産んだということだ。「結果的には…」という話ではあるが

その結果以下の事態が出現している
A.「介護の沙汰も金次第」状況の進行
利用料が払えなければ、限度額以下しか使えない。そういう人がたくさんいる。いっぽうで自費サービスを上乗せできるので、お金がある人は限度額を越えて制度の恩恵をうけることができる。
これは貧富の差を容認する制度だ。
B.介護労働者の払底
介護事業が営利化され、人件費は思い切り切り下げられた。介護労働者の半数は非正規となり、労働の質は低下している。
この結果人材不足が深刻となっている。
C.介護保険制度そのものの危機
課題の解決には保険料引き上げが必要だが、もはや引き上げは限界に達している。保険料の全国平均は月額5千円を越えた。月1万5千円以上の年金者は強制的に天引きされている。天引き後の手取り年金が1万円以下のケースも生まれている。

すき家の約束

昨日の参院厚生労働委員会で、小池晃さんがすき家の約束について質問した。

内容はひどいの一言に尽きる。小池さんがひどいのではなくすき家がひどいのだ。小池さんが指摘したのは、

1.すき家は「たった1人で店舗を営業させる「ワンオペ」と呼ばれる過酷な」勤務形態を続けている。(やめたのは深夜のワンオペだけということか)

2.今でも100時間を超える残業が続いている。

3.労働者や労働組合が時間外・休日労働に関する労使協定(三六協定)の開示、「ワンオペ」の解消を求めても、会社側が拒否している。

4.『すき家』は他にもさまざまな法令違反が告発されている。

の4点。

これに対し、塩崎厚労相は厚労省が新設した過重労働撲滅特別対策班(通称「かとく」)の担当事案とすることを認めた。


記事の内容は以上のとおりだが、奇妙なことに赤旗以外のメディアは黙殺してるようだ。グーグルでは一つも引っかかってこない。

違反をしていたということと、それがバレて改善を約束して、やらないというのでは罪の重さが違ってくるのではないだろうか。


まずウィキペディアの「すき家」の項目

すき家(すきや)は、ゼンショーホールディングス傘下のすき家本部が運営する牛丼チェーン店。ゼンショーは「全勝」と「善商」をかけたものだそうだ。

1982年 牛丼業態の1号店「すき家生麦駅前店」(横浜)を開店。創業者の小川賢太郎は、それまで牛丼チェーン吉野家に在籍していた。


小川賢太郎

小川賢太郎

1948年7月石川県生まれ、68年東大入学。全共闘に関わったと称する。1978年吉野家入社。「民主主義のために独裁でやる」という

「銭ゲバ」風の屁理屈。

“専制君主制でやるぞと。色々議論している暇はない。今は俺が100%責任を負う
2010年 日経ビジネス インタビュー


駅前や繁華街ではなく、車での利用客を想定した郊外型店舗を展開の主軸としている。テーブル席を設けるなど家族連れの客を想定した形態をとる。

すべての都道府県に合計1,981店舗を展開し、店舗数最多のチェーンとなっている。

店員は体のバランスから手の動かし方まで秒単位で訓練され、カウンター席についた客に対し、牛丼を「原則10秒以内」で提供することをもとめられる。

全店に監視カメラが設置され、監視役の社員が、東京の本社から24時間、店員の動きをモニターしている。


会社は以下の様な経過で急速に成長を遂げた(ホームページより)

1999年 東証二部上場。

2005年 (株)なか卯を合併。

2007年 沖縄県出店(すき家880店舗目)による全47都道府県への出店達成。

2008年 国内1087店舗となり、1077店舗の「吉野家」を抜き、国内店舗数でトップに。売上高(牛丼関連)は、吉野家 1010億円、すき家 737億円、松屋 617億円、なか卯 222億円。

2011年よりゼンショーホールディングスが発足。すき家の事業は事業子会社「ゼンショー」が引き継ぐ形となる。

2014年

1月 有限会社介護サービス「輝」の株式を取得。


それが14年の初めからブラック企業の雄としてランクアップされ、批判が集中するようになった

3月頃から、マンパワーの不足による休業が相次ぐ。最大約250店舗が営業停止。休業店には「パワーアップ工事中」と掲示される。

4月 「すき家の職場環境改善に向けた施策について」との声明を発表。

一部の誇張された流言や報道によって、お客様をはじめ関係者の皆様にはたいへんご心配をおかけしましたことを心よりお詫び申し上げます。

ときたもんだ。

「すき家」従業員の負担増が深刻化したことを重く受け止め…久保利英明弁護士を委員長とする、外部の有識者による第三者委員会を設置し、…労働環境改善に関する会社への提言を行います。

6月 全国7つの地域運営会社への分社化を行う。地域密着型の運営を図るためとされる。

9月 「労働環境改善に向けた改革の進捗について」(中間報告)が出される。深夜の複数勤務体制をとる。体制の確立できない店舗では深夜営業を一時休止。(内容はこれだけ)

10月 24時間営業を行う店舗を、全店舗の約4割に削減。深夜帯における営業は複数の従業員が担当することとなる。


ということで、

小池さんのあげた4項目は、そのままのとおりだ。

彼らは「約束」を破ったわけではない。そもそも約束などしていないのだ。約束したふりをしてホトボリが覚めるのを待っていただけなのだ。

要するにブラックはこれからも続けますよということになる。それならいっそ違法企業として潰したほうが良いのではないか。

昨日付で、こんな情報もありました。確度は保証しませんが…

「すき家」店員が「もう無理です」と倒れていた・・・病院に搬送されたときの状況は?

「すき家の店員がワンオペで倒れた」というツイートがデマだと思って、調べに行ったらマジだった


長くなりすぎたので、稿を改める。


この要望書の一番のミソは、「民間賃貸住宅よりも低額な県営住宅を家賃滞納で退去させられた入居者の多くは、ホームレス状態にならざるを得ない」ということである。

つまりそこには一般社会の日常論理とは異なる“非常時の論理”が求められるのだ。つまり震災で家を失った人への対応と同じ論理だ。これは考えて見れば当たり前の話なのだ。

住宅課の人は、追い出したら追い出された人がどうなるのか、まったく想像しなかった。そこに状況への対応力の欠如がうかがわれてしまう。

多分、この人たちも普通の人たちなのだろうが、「そうは言っても、しょうがないんじゃないの。うちも慈善事業じゃないんだから…」と市井の論理で流して、どこで “人の痛みの感覚” を喪失してしまったのだろうか。

この論理、“非常時の論理” は、国交省や県の建設・土木部などの日常の業務からは生まれてこない。むしろそこに要求されるのは施設としての安全、コスト、効率であろう。当然である。

そういう世界では、おそらく「県営住宅の管理などは厄介者で、それを行う連中は日陰者」とみられるかもしれない。そんなところで予算を無駄遣いしていれば、“本業” に差し障りが出てくる。だから「厳正な運用」などという発想が出てくるのだろう。


好むと好まざるとにかかわらず、客観的に見て、公共住宅は貧困対策の一環としてセーフティ・ネットの重要な柱となっている。当然その運営に携わる人にとっては福祉部門との連携が必須である。

しかし今回の事件を見て分かったのは、両者の間にまったく連携がないということだ。何故か。住宅課の方にその気がないからだ。減免措置について書かれた住宅課のページを見ても、「減免措置なんてとれっこありませんよ」と言わんばかりの表現だ。担当者は住宅課に回された途端、「俺の出世の道は終わったな」と思っているかもしれない。しかしその「後は大過なく…」という態度が「大過」を呼ぶのだ。


おそらく、公営住宅の運営を土木・建設部門に託すのは基本的に間違いだと思う。そう言われるのが怖いから、国交省は慌てて通達を出したのだろうが、「厳正な措置」通達については口をつぐんでいる。

たしかに福祉との連携は必要だし、今後強化する必要があると思うが、より根本的には「やる気のない」人々に運営を委ねるのをやめることではないか。


すみません。知らなかった。

昨年9月24日に千葉県銚子で起きた、女性の子殺し事件。いまさらながら少し経過を調べておく。かなりの情報はすでに消えてしまっているとは思うが、システムのエアポケットを明らかにしておく必要はあると思う。

まずは2014年10月26日の東京新聞記事。

県営住宅退去で母娘心中未遂

「家失えば生きていけない」

家賃滞納続き 明け渡し当日

と3本見出しが並ぶ

記事は「心は青春」というブログにそのままコピーされているのでそちらを参照のこと。

次に26日の千葉日報の伊藤記者の署名記事。市側の対応について丁寧に取材している。

困窮情報共有できず 千葉県、市 縦割り弊害?支援逃す 銚子の長女殺害

24日に母親(43)が中学2年生の長女(13)の首を絞めて殺害した。

この母親は銚子市の県営住宅に住んでいたが、家賃滞納で立ち退きを迫られ、24日が強制執行日だった

行政は、母子2人の困窮した生活状況について情報を把握していた。しかし千葉県と市、部署間で十分な情報共有がなかった。この状況が見殺しをもたらした。

就学援助と生活保護

母親は長女が小学校に入学した時から毎年度、市の就学援助を受けていた。

市の就学援助制度は、低収入世帯や児童扶養手当の受給世帯などが学用品費や修学旅行費の補助を受けることができるもの。

生活保護世帯であれば、市教委は社会福祉課と情報を共有する。しかし就学援助だけ受けている場合は、社会福祉課には情報は行かない。

生活保護の相談はあった

母親は事件の1年余前に、「生活保護の制度を知りたい」と社会福祉課を訪れている。

この時は、ケースワーカー2人から説明を受け資料をもらって帰った。その後の申請はなかった。

対応に落ち度がなかったかどうかではなく、この時点で救済する可能性はなかったのかという観点から見なおしてみたい。

(取材に対し)同課は当時の対応に「母親の生活が逼迫している認識はなかった」としている。

(同時に)今回の事件を受け「初めて生活保護の相談に来た時の面接を重視し、深く話を聞くようにしたい。より丁寧な生活状況の把握を徹底していく」という。

たしかにそのとおりだが、向こうが「ただ話を聞きに来ただけ」という場合、「より丁寧な生活状況の把握」までどの程度踏み込めるか、個人情報なだけにケースワーカーの裁量だけでは難しいだろう。

県の追い立て

母親は2012年7月から家賃(月額1万2800円)を滞納していた。県は裁判を経て県営住宅から退去を求めていた。

ここがどう見ても常識外の行動だ。基本的に公営住宅は低所得者が優先して入居することになっており、そもそも貧困対策の一環だ。家賃滞納のほとんどは生活困窮のためと予測される。それを裁判に訴えてまで追い出すという態度は想像を絶する。
判事も何を見ていたのか。司法の大目的は市民生活を守ることにあるのではないか。

この件について県から市への連絡はなかった。社会福祉課、市議会、市教委はいずれも県の対応に不満の意を表明している。

ただこの記事は県への取材を行っていないので、当事者である県側の言い分は不明である。これでは記事としては周辺的事実に留まってしまう。


次が共産党の丸山真一県議のブログ。

グーグルで2番めにヒットする。中身が濃いからだろう。

9月30日付で「銚子市内の県営住宅での母子無理心中事件の聞き取りをしました」と題されている

千葉日報と重複する情報は省略する。

事件に至る経過

その日は、強制的に追い出すために執行官が県営住宅を訪れた日で、発見したのは執行官たちでした。

ということで義憤を感じた丸山さんは、県営住宅を管理している県住宅課と生活保護を所管している健康福祉指導課から経過を聞いた。

強制執行に至る経過

2007年に二人は県営住宅に入居した。2012年ころから滞納が始まり、嘱託職員が訪問して、小額づつ支払いを受けていた。

2013年3月に明け渡し請求を送付、31日に入居許可が取り消された。これ以降は不法入居ということになる。

7月に明け渡し訴訟が提訴され、10月に判決が出された。

今年になって、5月に県は現地調査を行った上、強制執行の事前通知。

8月には千葉地裁八日市場支部が強制執行の催告を行い、24日の強制執行に至った。

犯行はその直前に行われ、部屋の明け渡しを求めるために訪れた千葉地裁八日市場支部の執行官が見つけ110番通報した。

というのが経過。

主犯は県の住宅課のようだ

母親の収入は働いて得た月額7万円と、児童扶養手当が月に約5万円しかありません。

これに市の就学援助制度が加わるが、内容を見ても分かるように、生活費の足しになるようなものではない。

県営住宅の家賃は国が決めているようだ。これは4段階制になっており、最低クラスが月額1万2800円となっている

しかし、

千葉県は、国が決めている4段階の家賃にたいして最低額の家賃でもまだ高いので、独自の家賃減免制度を作っています。

それは、所得に応じて家賃の2割から8割を減免するものですが、この家庭の場合、母親の収入が少ないので、申請していれば確実に8割減免を受けられていました。

受けていれば、家賃は月に2560円で済んでいたはずです。

ということで、県の担当者はこの制度を知らなかったのか、知っていて無視したのかが大問題にる。もし後者であれば、この担当者はほぼ業務上過失致死と認定される。
強制執行に関する知識がこれだけ豊富であることを考えると、あるいは未必の故意も考えられる。

県は、少ない収入だとわかっているのに家賃を取り立て、減免の制度があることさえまともに知らせようとしない。こんなひどい話はありません。

次がその千葉県県土整備部都市整備局住宅課 県営住宅管理班 のホームページ「県営住宅についてのご案内」が掲載されている。平成26(2014)年12月5日に更新されていて、それ以前の案内は閲覧できない。

少し下の方には「県営住宅の家賃について」という項目がある

家賃を納入していくうえで、失業等のため収入が著しく少なくなったり、病気やケガによる長期療養、災害により多額の出費を必要とする場合等の理由で、家賃の支払いが困難となったときは、期間を定めて家賃の減額・免除をする制度があります。

これが丸山真一県議の言っていた減免制度だ。リンク先を辿って、減免制度の項目に移動する。

千葉県では、県営住宅の入居者の世帯収入が著しく低い場合や、…などの理由で、家賃の支払いが困難と認められる場合に、期間を定めて家賃を減額する制度を設けています。

ということで、下記がその基準。

収入月額

減額率

50,001円~67,000円

20%

37,001円~50,000円

40%

25,001円~37,000円

60%

0円~25,000円

80%

ひどい基準である。最高ランクの月収6万7千円ですら生保基準を大幅に下回っている。月収2万5千以下というランクに至っては、存在自体がそもそも信じられない。しかもこのランクの人からさえ家賃を取るのである。もし滞納すれば追い出すのだろうか。

「それは福祉の方の仕事ですから」と澄ましているのだろうか。

法的には瑕疵はないが、「血も涙もない」というのはこういうことを言うのだろう。こうすればどうなるのかという想像力はまったく欠如している。


とは言うものの、丸山県議の言うところとこの表は食い違っている。どちらが正しいのだろうか。

丸山県議はもうひとつ記事を書いている。

このなかで月収の算定の仕方について触れている。

すなわち「政令月収」という概念があって、これは「実際の収入から各種控除を差し引いて算出したもので家賃額算定のもとになるのだそうです。

この家庭の政令月収は計算上0円になるのだそうだ。

なんとなくモヤモヤしているが、市、県と来て次は国の責任。

本日付の東京新聞、「公営住宅滞納家賃 困窮者減免徹底を 国交省が通知」という記事が掲載された。

家賃滞納で強制退去となった母親が無理心中を図り長女を殺害した事件を受け、国土交通省が、都道府県に通知を出した。

内容は以下のとおり、

1.困窮のため家賃を支払えない状況にある入居者については、収入などの事情を十分に把握するよう要請。
2.著しく所得が低かったり、病気で多額の支出が必要だったりして やむを得ない場合は家賃減免を適用するなどの負担軽減措置を講じる。
3.同時に、市町村と連携し、生活保護申請の助言も行うよう求めている。

背景について、記事は

国民健康保険料も滞納するほど困窮し、千葉県の家賃減額制度を活用できた可能性が高かったが、県は母親に制度について直接説明していなかった。

と記載している。

記事の文末にはさりげなく、次の段落が付け加えられている。

同省は1989年にも通知を出していたが、家賃滞納には「厳正な措置」もあわせて要請していた。

要するに、住宅課は国交省の指示に従って「厳正な措置」を行った可能性があるということだ。


政令月収額の算定方法を説明したサイトが幾つもある。いかに分かりにくいかということの証明でもある。

政令月収額は基準収入とも言い、公営住宅等の入居資格に関連する。

単純に言えば世帯の所得から各種控除を差し引いたものなのだが、これが複雑な上に自治体によっても運用が違う。

この家の場合、本人が寡婦控除(27万円)、娘が扶養控除(38万円)の対象となる。

月収7万で年額84万、これから控除を引くと19万円。これを12で割れば15,800円となる。

これだと80%減額の対象にはならない。もう少し細工が必要なようだ。


最後に全生連が中心となった現地調査団の千葉県と銚子市あての要望書をコピーしておく。



県営住宅での強制退去に伴う母子心中事件の対応についての要望書

    千葉県銚子市の県営住宅追い出し母子心中事件の現地調査団


自由法曹団/全国生活と健康を守る会連合会/中央社会保障推進協議会/住まいの貧困に取り組むネットワーク

 2014年9月、千葉県銚子市内に所在する千葉県営住宅の入居者(母子世帯)が、家賃滞納を理由に明渡訴訟を提起され、その判決に基づき強制退去を求められた日に、中学生の娘を殺害し自分も死のうとする痛ましい事件(無理心中未遂事件)が起こりました。
 この事件の経緯について千葉県、および銚子市の対応は、後記のように問題があると考えられるので、緊急に以下の対応をおこなうよう要望します。

1.県は、県営住宅の入居者に対し、家賃の減額制度があることを、十分に周知させること。

2. 県は、家賃の滞納者に対し、入居者の置かれた状況を確認し、家賃の減額制度や他の社会福祉制度が利用できる場合には、その制度を丁寧に滞納者に対して説明 すること。また、この説明は手紙や文書だけでなく、民生委員などと協力してできるだけ訪問することより、対面で説明を行うこと。

3.県は、民間賃貸住宅よりも低額な県営住宅を家賃滞納で退去させられた入居者の多くは、ホームレス状態にならざるを得ない ことを認識し、退去後の生活ができることを十分に確認するべきであり、明渡訴訟は最後の手段とし、安易にこれを提訴しないこと。

4. 市は、保険証を失効する、水道料金を長期間滞納するなど生活困窮の様子が見られる市民に対し、利用できる社会福祉制度を丁寧に説明し、申請意思があるかど うかを確認すること。仮に申請意思が認められない場合でも、長期間の家賃の滞納や保険証の失効など職権保護が妥当と判断される場合には本人からの申請がな くとも生活保護を利用させること。なお、誤った説明により、生活保護が利用できないと思わせる言動は間違っても行わないこと。
5.県と市は、県営住宅の入居者が生活に困窮していることを認識した場合、互いに情報を伝え、市からも県営住宅の家賃の減額制度の説明をしたり、県からも利用できる社会福祉制度を説明をすること。

6.県と市は、今回の事件の事実経過を明らかにし、再発防止のためにいかなる措置を採るべきか検討し、その防止策を県民、市民に公表すること。

 2015年1月19日

選挙関連の報道のために圧迫されているが、下記のニュースが報じられている。

ユニクロの敗訴が確定 -「過酷労働本」訴訟-

要旨は以下のとおり

1.文藝春秋が「ユニクロの店長らは過酷な労働環境にある」とする本を出版した。

2.ユニクロは出版差し止めや損害賠償をもとめ訴訟を起こした。

3.裁判では一審、二審でともにユニクロ側の訴えは退けられてが、ユニクロは最高裁に上告していた。

4.最高裁は「(本の)重要部分は真実と認められる」と判断した。

5.最高裁は上記判断から、上告を受理しなかった。これにより判決が確定した。

これだけでは事件の背景がさっぱりわからないので、ネットにあたってみた。

1.本の内容

週刊文春「ユニクロ中国『秘密工場』に潜入した!」(2010年4月)と単行本「ユニクロ帝国の光と影」(11年3月出版)

執筆者はいずれもジャーナリストの横田増生氏。出版されたのはユニクロが「ブラック企業ではないか」と世間から疑いをかけられる以前の話である。

国内店舗や中国工場で、店長や従業員が過酷な労働をさせられている。長時間労働が常態化している

現役店長らの話では、月300時間を超えるサービス残業をさせられている。タイムカードを押していったん退社したように装い、その後サービス残業をしている。それを会社側が黙認している

2.訴訟の内容

ユニクロを展開するファーストリテイリングなどが、文芸春秋に書籍の発行差し止めと回収、謝罪広告及び約2億2000万円の損害賠償を求めた。

ユニクロは「真摯に時間外長時間労働の防止に努めている。中国の生産委託工場においても、労働条件を恒常的に監視してきた」と主張した。

3.下級審判決の要旨

東京地裁および高裁判決は「記者の取材内容や経緯からみて、記事は真実か、真実と信じた相当の理由がある」と判断した。そして賠償請求を棄却した。

「真実か、真実と信じた相当の理由」と紛らわしい書き方になっているが、これは国内については真実、国外については“真実相当”と書いてあるのを短縮したものだ。こういう短縮の仕方は良くない。

* 『月300時間以上、働いている』と本で証言した店長の話の信用性は高く、国内店に関する重要な部分は真実。

* 中国工場についても現地取材などから真実と判断した理由がある

というのが地裁の判決文。

最高裁はこの判決を支持した。

『週刊東洋経済』によるレビュー

この記事はさらに生々しい。

* 店長から顔面に頭突きされるなど暴行を受けた。本部の管理部長からも「ぶち殺そうか、おまえ」と言われた。(これは08年に名古屋高裁で争われ、1000万円近い損害額が認められた)

* 社内資料によれば、昨年2月と3月にも部下への「辞めれば、死ねば」「バカ、死ね、使えない奴」といった暴言による懲戒処分が複数下されている

* とにかく業務量が半端じゃないんです。すごいスピード感。仕事がどんどん降ってきて、どんどん動いて、改善を日々繰り返さないといけない。


まぁ上辺だけ見れば、一昔前のモーレツ社員ですね。しかし、むかしは愛社精神という精神的バックボーンがあって、それを基盤にした社員同士の助け合いがあったが、それなしで成果主義だけではキツイでしょう。助け合いの代わりに罵り合いじゃ身がもたない。

多分こけたら一発アウトでしょうね。堅気の商売じゃない。


共産党の女性政策

共産党が「女性への差別を解決し、男女がともに活躍できる社会を」という政策を発表した。

その特徴を一言で言えば、男女差別問題にとどまらず、女性問題の全体を見通した重厚な主張となっている。

大きな柱は三つある。

1.ひとつは職場における男女差別の是正

2.二番目は子育て支援

3.三番目が女性の貧困問題の解決だ

4.このほかに個別課題ではあるが重要な課題として

選択的夫婦別姓、自営業・農業女性の労働評価、女性への暴力の廃絶だ。

5.最後に政治分野での女性の進出支援のアジェンダが示される。

職場の男女差別は民主的労組の婦人部で積み上げてきたものだろう。子育て問題は新婦人などが長年手がけてきた問題だ。女性の貧困問題は福祉畑の活動家が心を痛めてきた問題でもあるし、女性地方議員の活動の大きな分野を占めてきたものだ。

それだけに、短いが要を得た論調となっている。


その上で、「すべての間接差別の禁止」については、割り切れないものがある。

転勤、とくに地方勤務がキャリアーとして認められないのはきわめて辛いことである。

根本的に、会社勤務がジョブであり、雇用契約に基づくものと割り切られているのであれば、そのような問題は起きないであろう。

つまり地方勤務の要請があっても、バンバン断っていけば良いのであって、その結果、地方勤務希望者がいなくなれば地方勤務手当は否応なしに上がっていくのであろう。それでどこかで釣り合いが取れればよろしいのである。

つまりそういう社会、企業のあり方へのモード変更が行われないと、この問題は尾を引くと思う。

いま医者の世界がそうなっている。医局の縛りがなくなったから誰も地方に行かない。技術研修という一点に絞れば、地方勤務は暗黒である。

これはおそらくまったく別の問題であって、「会社社会」、「企業社会」を打破していくための別の解決法を探さなければならないのだろう。それはよく分かるのだが…

とりあえず、妥協案として

1.地方勤務を行わないことをキャリア上のハンディとはしない

2.しかし、地方勤務の実績は、キャリアではない形態で上積み評価する

ということはできないのだろうか、隠された差別と言われればそれまでだが…

山田記者が「経済アングル」で提起している。
残念ながら、着想は面白いが“実証不足”である。

私は基本は需要(実需)と供給のミスマッチだたと思う。
労働市場の構造が様変わりしていることが根っこだ.産業空洞化で製造業が大幅に縮小したが、労働市場がそれに対応していない。
短期的には、この間の景気回復により製造業も人で不足になっているが、これまでの激しい人減らしで年齢構造が中抜きになってしまっている。このため労働者はいても使いこなせない状況になっている。要するに企業が劣化してしまっているために人手不足に対応できないのである。
サービス産業ではこれまで労基法違反もなんのその、極悪非道で成り立ってきた商売が世の指弾に会いやっていけなくなった、それだけのはなしである。
超短期的には、消費税を当て込んだ公共事業が横並びでスタートして、建設・土木関係に仕事が集中しているためである。これは予算を使い切ったら終わりの世界だ。これは本来なら福祉目的に使われるべきであった金であり、そうすればより継続的に需要を生む可能性があった金である。

実際のところ、現在も就職難は相変わらずである。

 奨学金の返済状況に関するデータ

共産党が「奨学金返済への不安と負担を軽減するために」という政策を発表した。

そのなかで奨学金の返済状況がいくつか示されている。

一般に科学研究では95%というのが信頼限界とされる。つまり5%以下の不揃い分は無視しうるものとされている。

奨学金の返済焦げ付きも、5%以下であれば事務的ミスとか、不心得の範囲に留まるだろう。

これが現在は「8人に1人」が滞納や返済猶予になっているそうだ。率で言うと12、3%というところか。これは明らかに問題だ。

1.奨学金受給者は20年間で4倍に

奨学金の受給率はこの間に急速に増大している。1998年と2014年の比較で、3.7倍にまで達した。粗々で言えば20年で4倍となる。

これはすごい数字だ。知らなかった。

「いまや学生の2人に1人が奨学金を借りています」という時代になっているのだ。

二つの見方ができる。ひとつはそれだけ世の中厳しくなっているという見方。もう一つはそれだけ大学教育が大衆化して、昔行けなかった人まで行くようになったという見方だ。

どちらにしても、学生が全体に貧困化し、学生生活が全体としてみすぼらしくなっていることは間違いないようだ。

2.学生の貧困化の原因

同じ時期の比較で親からの月の仕送りが10万円から7万円に減ったというデータが有る(大学生協連による下宿生調査)

その一方で学費は上がっている(ここには比較した数字は載っていない)

学生の貧困化の原因はあまりにも単純明白だ。

そして学生の対応も単純だ。奨学金かアルバイトしか方法はない。どちらが良いかといえば奨学金に決まっている。だから学生は奨学金に雪崩れ込んでいるのだ。

3.奨学金という名の借金

いまや奨学金の主流は有利子だそうだ。卒業後は返済していかなければならない。これがいくらになるのか。

…平均的なケースで、卒業時300万円、大学院に進学すると1千万円だそうだ。

医者や看護師の場合は、何年かお礼奉公するとただになる場合が多いが、普通はそうは行かない。返していくしかないのである。

利率は不明だが、20年で倍返しとなると、年額30万の返済となる。

最近の大学卒賃金については以下のように記載されている。

…大学・短大卒で30歳から50歳の人の3分の1以上が年収300万以下(総務省就業構造基本調査)で働いています。

だとすると、この3分の1の人の平均年収は250万程度と想像される。この中で、返済が滞る人が8人に1人程度というのは、ある意味で驚異的だ。

4.滞納するとどうなるか

記事から引用すると

…期日から一日でも遅れると5%の延滞金利息が上乗せされ、滞納が3ヶ月以上続けば、金融の「ブラックリスト」に載せられます。

ということだ。

借りた金を踏み倒すのは世間的には許されないし、厳しくあってしかるべきだ。しかし現下の事情を鑑みるなら、制度自体に条件を守られるような柔軟性が求められる。そうでなければ、たんなる厳罰主義であって、事態の解決には役立たない。

借金は返さなければならないと、歯を食いしばって頑張っている人たちに、せめて温かい気配りが必要ではないか。

5.共産党の提案

ということで、そもそも論もさることながら、奨学金併催の滞納者となることによって「社会的失格者」の烙印を押すようなアコギなことはやめよう、というのが共産党の提案だ。

詳細は本文に譲るとして政策の柱を箇条書きにしておく。

①既卒者の奨学金返済の減免制度を作り、生活が困窮する場合の救済措置を講ずる

②延滞金、連帯保証人、保証料を廃止し、返済困難者への相談窓口を充実する

③すべての貸与奨学金を所得に応じた返済制度にする

もちろんこれは当座の措置であって、抜本的には奨学金を貸与制から給付制に戻すことが必要であり、さらには世界の物笑いとなっている低文教費政策を改めることが必要であろう。


赤旗に「若手弁護士の会」が急拡大しているニュースが載っていた。

略称を「あすわか」というのだそうだ。正式名称は「明日の自由を守る若手弁護士の会」だ。

まことに失礼ながら、「あすわか」と聞いて「明日がわからない若手弁護士の会」かと思った。若手弁護士による一種のユニオンが結成されたのかと、一瞬間違えてしまった。

さほどに若手弁護士をめぐる状況は過酷と聞いている。

とりあえず、ネット文献をあたってみることにする。

第66期司法修習生への修習実態アンケート資料 - 日本弁護士連合会

という文献がある。1年前の8/9月に実施されたものである。その一部を紹介する。

①就職活動の状況

93%の修習生が就職活動を行った。履歴書の送付件数の平均は12.3ヶ所で、ほとんどばらまき状態だ。訪問回数も平均9.2回に及んでいる。

②採用内定状況

この時点で採用内定を受けられなかったものが30%であった。就職状況の厳しさがうかがえる。

③修習辞退の意向

修習生の19%が修習辞退を考えたことがある。その多くは就職難、弁護士の経済的困難を理由としている。

④経済的状況について

不安がある/やや不安があるを合わせ69%。

コメントには以下のものがあった。

法科大学院時代(年間学費200万円)の奨学金だけで借金が1千万を越える。返済できるかどうか不安。

借金を返すために、カネになる仕事しかしなくなるのではないかと不安。

収入がないのに、健康保険が親の扶養から外される。

本人だけでは部屋が借りられない。クレジットカードも作れない。


大学生の学力低下についてアゴラに説得力のあるグラフが載っている。

尾藤 克之 学生の学力低下はウソである

というもの。


singakuritu
いまの18歳人口は120万人で、1990年と比較して約6割に減少しています。しかし進学率は、58.7%(約70万人強)に増加してます。
18歳の受験生の学力レベルはそれほど変化はありません。学力が低下して見えるのは、少子化に連動して大学の数や定員が減っていないからです。

ということで、できる子とできない子との割合は変わっていない。つまり日本の若者の学力水準は下がっていないということだ。学生の平均学力水準は“水増し”で下がっているだけなのだ。
というのが論者の主張。“水増し”と言われると反感を覚えるが…

しかしそれが分かっても、あまり救われた気はしない。絶対数として、できる子の数が減っていることは間違いがない。結局少子化問題なのだ。

とりあえず大事なことは、それを教育の責任に押し付けてはいけないということだ。教育は子供を生み、増やす仕事ではない。それは国と政治の責任だ。



「今井家の10年」を考える

AALAの例会で「ファルージャ」という映画の上映会を行った。映画の題名はそれ自体がメタファーだ。

つまりイラクのファルージャを描いた映画ではなく、2004年4月にファルージャで人質となった若者の、その後の10年を描いたものだ。

例会には今井くんのお母さんが来てくれて、今井家の家族の歩みを物語ってくれた。それは圧巻だった。誰かが録音したようなので、いずれ起こせたらと思っている。

事柄の性格上、あまり細部にわたって語ることは出来ないが、私の着目したのは家族の一人ひとりの立ち直りの心的経過だった。

今井くん本人の自立への経過は、映画を見ればわかるので省略する。ただお母さんの話では、在日コリアンの青年との交流がとても大きな影響を与えたそうだ。なんとなく分かる気がする。

お母さんの場合は、NHKの番組作成にあたって、長時間・数次にわたるインタビューがあり、そこで徹底して過去を振り返ることで、気持ちが整理できてスッキリしたのだそうだ。

(こういうスタッフも居るのだから、簡単に「受信料拒否」などと言ってはいけないだろう)

他のご家族の話も伺い、それぞれの立ち直り方に非常に感銘をうけたのだが、今ここでは語れない。

結論として、今井家のすべてのメンバーは、それぞれのやり方で立ち直り、今井家は立派に一つの家族として弥栄である。


ここから先は私の感想だが、想像を絶するな災難が飛び込んできた時、それが邪悪な意思の塊としてぶつけられた時、人間はどう対応すべきものなのかということだ。

短期的には、気を失う、逆に無きもののように振る舞う、ウツになって閉じこもるなどの対応が考えられる。

しかし中長期には、それだけでは済まない。忘れること、状況からトンズラすること、慣れることの3つの選択肢しかない。みずからの存在を物理的に否定する選択はあってはならない。

忘れることはいかなる状況においても有効な心理的機転だ。しかしフラッシュバックという厄介な現象を伴う不完全な機転だ。しかも歪められた人間関係や信頼関係がそのまま固定されてしまう危険をはらむ。

状況を離脱するのは、それが可能であれば根治療法となる。しかし完全な形での離脱はほとんどの場合不可能だし、そこには異邦人として新たな葛藤が生まれる危険もある。また、歪められた人間関係や信頼関係は、そのままの形で凍りついてしまう。

したがって、対応の基本としては“慣れる”ことしかない。では、“慣れる”とはどういうことなのか。

1.状況を把握すること

2.状況に順応し行動と生活のスタイルを変えること

3.新しい生き方を確立すること

これに“正しく”という副詞をつけなくてはならない。そうしないと誤作動してしまう。1.の過程抜きでも2.は可能だが、それでは3.は達成できない。

1.の作業には、状況がどう変化したかということと、変化により生まれた新たな状況とはどういうものかの、二つの認識過程がふくまれる。それには、苦しいことだが「振り返り」の作業が不可欠である。

変化が不条理なものであればあるほど、気分に流されない把握が必要になる。多分それは“行きつ戻りつ”の過程になるのだろうが。

時間(忘却作用)の助けを借りながら、時によっては長短の小離脱をはさみながら、それを生活化することと、それをも織り込みながら新たな生活を作り上げていく…、これが慣れるということの一般的な意味である。


ただし、今回のような憎しみと、恨みの応酬という関係はこれだけでは収まらない。

私には、「人類愛の獲得」という過程が不可欠であるように思う。“人間への信頼感”と言っても良いのだが、もう少し強い感情だ。「人間ていいものだ、人生ってなかなかのものだ」という感慨である。

ききかじりで申し訳ないのだが、昔トマス・アキナスという神学者がこう言ったそうだ。

神の愛(アガペー)とは、「事物」に対する「存在」の無償の付与にある。愛のもとでは、存在すること自体が「善」であり、事物における「存在の欠如」は「無」である。最悪の悪は「無」である。

トマスが言う「存在」というのは意味、あるいは意義ということだろう。

トマスは善と邪悪なるものの対立という図式を退けている。

私が思うには、時間軸上のゼロ点を災難の発生時に持って来なさいということだろう。そこからの出発だ。そうすると災難は邪悪なものではなく、生活を構築していく上でじゃまになる事物にしかならない。

それらの事物には「意味」は無いのだから、避けて通るか、邪魔なところだけ取り除ければいいということになる。私たちの目標は私たちの生活に意味を持たせることであり、それは人々との間に見晴らしのいい、生き生きとした関係を結ぶことにあるのだから。

「言うはやすく、行うは難い」ことではあるが、そういう人との交わりをどう形成していくかが問われていくのであろう。

*映画鑑賞をご希望の方は北海道AALAへ(Tel 011 747 0977)


インド・スズキ自動車 「暴動」はでっち上げ

経済面の「変貌する経済」という連載で、かなりのスペースを使ってインド・スズキ自動車の「暴動」を告発している。

本来なら、独立した記事として取り上げるべきだが、まだしっかりとしたウラが取れていないのかもしれない。

とりあえず要旨を紹介しておく。

まず会社側の発表はこういう風になっている。

暴徒は鉄パイプをもって行動した。これは計画的だ。先頭に立って抑えようとした人事部長は足を折られ、そして(建物に)火をつけられた。誰がどう考えたって殺人だ。これは組合運動じゃなくて暴動だ。

(6月の株主総会での鈴木修会長の発言)

これに対して有力な反論が出されている。「労働者の権利を目指す国際委員会」(ICLR)の国際調査団報告だ。

「暴動」が起きたのは2012年7月18日。以下は報告書の抜粋。


午前8時半、ある現場監督が1人の労働者にカーストの差別的な言葉を投げつけた。

口答えをしたその労働者は停職処分を科された。

労働組合は、停職処分の撤回を求め経営側と数度にわたり話し合いを持った。

そのさなかに、経営側は警察に警官隊の配備を要求した。

午後2時、大量の警官が工場の門前に集結した。

この日、工場内には多くの見慣れない男たちの姿があった。作業服は着ているものの名札はなかった。彼らは「自分たちは新入りだ」と名乗った。

午後7時、組合と経営側は討議を再開した。

この頃から、「新入り」と名乗る男たちが労働者への挑発を始めた。それは次第にエスカレートし、ついには乱闘騒ぎとなり、完全な混乱状態に陥った。

交渉のテーブルについていた組合幹部は、騒ぎに気づき部屋を飛び出した。

その直後に、いままで交渉をしていた部屋から火の手が上がった。

工場内のプラントの労働者はプラントの外に飛び出した。

これを見た警官隊は、工場内に突入し、労働者を手当たり次第に捕まえ出した。

火災が起きた事務所内ではアバニッシュ・デヴ人事部副部長が死亡していた。死因は煙を吸い込んだことによる窒息死だったが、両足には鈍器による外傷が残されていた。

デヴ氏は経営側の人物であったが、労働組合設立に積極的に関与するなど、組合の強力な支援者と見られていた。

ついで労使紛争の背景説明

日本では1分に1台の割合で生産ラインに自動車が流れてくるのに対し、マネサールでは45秒に1台の割合で流れてくる。

勤務途中の休憩時間は日本が10分程度なのに対し、マネサールは7分間しかない。

1日の生産台数の目標が決められ、目標に達するまで時間外労働を強いられる。平均2時間のただばたらき残業になっている。

理由にかかわらず、1ヶ月に1日休むと「生産性」連動部分の賃金が削られ、3日休むと全てなくなる。(この賃金部分は賃金全体の半分に相当する)

工場労働者のうち75%が不安定雇用で、賃金は正規労働者の4分の1程度しかない。


ここまでが報告書の抜粋。

以下は地の文になっているが、おそらく調査団のメンバーからの聞き取りによるものと思われる。

スズキ自動車側は一貫して労働問題が背景にあると認めません。しかし事件は、労働者が様々な妨害をはねのけ、自主的な労働組合を結成した直後に起きました。

この労組が州の労働部に登録されたのが12年3月。その後、労組はすべての契約労働者の正規化などを求める「要求憲章」を発表した。

3ヶ月で10数回に及ぶ団交が行われたが、7月中旬、経営側は交渉打ち切りを一方的に宣言した。これに対し、労組は不払い残業拒否を表明した。

7月18日の事件の後、多くの労働組合幹部が逮捕され、労働者2300人が解雇された。


ということで、インド・トヨタのロックアウトも相当非常識な行動と思ったが、こちらはほとんどむちゃくちゃだ。

ただ、スズキはインドにとっては外国企業だということを忘れていないのだろうか。ナショナリズムに火をつけると、このての話は致命傷になる。


なお、この報告についての詳細は

静岡県労働研究所のホームページに掲載された

インド・マルチスズキ社の「組合つぶしの暴力事件」について
2014 年5 月6 日

というレポートに述べられているので、そちらを参照されたい。

インド・トヨタのロックアウトについては

を参照されたい。



アメリカで、最低賃金の引き上げが雇用を増やしたという、注目すべき統計が出た。
アメリカでは政府の定める最低賃金の額は変わっていない。オバマは変えようとしているが議会の共和党が反対しているからだ。
しかし、州・市レベルでは独自の最低賃金を定めており、これが相次いで引き上げられつつある。州レベルで政府最賃を上回る額に設定した州が13ある。奇しくも独立時の州の数と同じで、フロリダを除いて南部の州は一つもない.

この13州と他の37州の雇用伸び率を比較してみたところ、なんと最賃引き上げ州の方が高いということがわかった。
平均値で引き上げ州0.99%に対し据え置き州は0.68%にとどまっている。つまり最賃引き上げは1.5倍の雇用効果を生み出したということだ。

ただし中身を見ると相当ばらつきがあって、上げ幅も違うし、絶対額も異なる。たくさんあげた州が雇用増が大きかったというわけでもない。なにせまだ半年だから、定量的な判断には時期尚早だ。
にも関わらず、少なくとも雇用減少をもたらすことはないという事実は明らかだ。

この記事でもう一つの注目は、全米企業評議会による経営者の意識調査だ。これによると企業経営者の多くが最賃の引き上げを支持している。とくに従業員数99人以下の零細企業主の61%が賃上げを支持している。

単純に考えると、賃金の引き上げは雇用を減らすはずだ。これは人件費の総枠が一定なら当然の結果だ。
それが逆に雇用を増やすというのは、どういうことなのだろうか。
それは低賃金労働者のほとんどが賃上げ分を直接消費に向けるからだ。だからそこにかけたお金は「回るお金」になるのである。
しかもそのお金で車を買うわけではなく、食品を購入し、家財道具を購入し、もろもろの雑貨を買うのであるから、そのカネは直接零細業者を潤すカネになる。

こういうお金の循環は大企業や輸出産業にとってはありがたくないかもしれない。それはコストアップとなり、国際競争力の低下となって跳ね返ってくるかもしれないからだ。

Dr. Woodbe の法学基礎用語集

というページで、「人権」についてひとつの考え方を説明している。少し抜書きしておこう。

人権は万能か?

人権に限界はあるのか、あるとすれば、どこまで認められるか。

自然権という虚構

「人間が生まれながらにして自然にもつ権利」として人権を考えることは困難である。人権は「自然に」は実現しない。

人権の根源を自然にもとめるのは、むしろ危険な側面を持つ。

幸福のためのルール

人権は、人々の幸福の増大に役立つ一定のルールと見ることもできる。「社会を破滅させず存続させるために、人権というルールが必要だ」という考えである。

そこからは二つの考えが派生する。

幸福追求を人権に優越させる考えと、人権をすべての規範として多少非効率であろうとも遵守する考えである。

人権の範囲を浅く広く考える

幸福追求を優越させるなら、幸福の増大を邪魔するような「絶対的な人権」というものは認められない。

その際は、どのような権利が認められるべきかを、具体的な状況に応じて判断しなければならない。

人権の範囲を深く狭く考える

いっぽう、「絶対的な人権」の考えは、人権を、法律によって変更できないルールとしてとらえる。

同時に、必然的に生じてくる非効率を抑える為にいわゆる「権利のインフレ」を回避しようとする。そのために人権を深く狭く設定し、「切り札としての権利」(ロナルド・ドゥウォーキン)に局限する。

たとえば思想・信条の自由などにおいては、その行使によって社会の幸福が悪化するとしても、最終的にはその存在自体が人々の幸福の増大をもたらすと想定される。

幸福追求というのは、いわゆる「公共の福祉」というやつだろう。

この人の人権論はかなり操作主義的な色彩が強いといえるだろう。普通は法律や社会慣習がルールであり、人権はその網の目の中で生活する個々人の有り様を示す概念と考えられている。

したがって、人権そのものをルールだという場合は、その根拠をもう少し明示すべきだろう。(いわば逆転の発想であり面白い見解ではあるが…)


組織という観点から見て、最大の教訓はトップが代案を出せないなら、現場が判断しろということである。そして現場が決断できないのなら大衆が自ら決断せよということである。

当面の目標は、現場から一刻も早く脱出することであった。だから運転指令は列車を再発進せよとの指示を出した。しかし列車は動かなかった。それではどうするか、ここで運転指令は思考停止に陥った。

そもそも列車を動かすということは、乗客をいち早く避難させるということである。その目標にそって考えるなら、列車が動かないなら、一刻も早く乗客を避難させる別の手段を考えなくてはならない。

問題は「火炎が上がっているかどうか」ではなく、状況がクリティカルか否かだ。そして列車がトンネル内で停止し、走行が不可能となり、煙の勢いが増しているという状況はそれだけで十分にクリティカルである。状況の判断にはそれ以上なんの情報も必要ない。必要なのはその先の支援情報である。

ところが、運輸指令は「煙の原因を特定し、それを運転指令に伝えよ、しかるのちにこちらで判断し指示を与える」という思考回路にはまってしまった。「情報を集める」ことが自己目的化し、目標が間違った方向にシフトしてしまったのである。

運輸指令の指示はつまるところ「待機せよ、現場を死守せよ」、ということになる。あえて厳しい言葉を使えば「玉砕」命令だ。

これを受けた運転士と車掌の行動は、持ち場を離れるという点においては類似しているが、目的は正反対だ。運転士は運輸指令の意を受け、出火場所の確認に行っている。指令した側もそれを受けた側も、事態の深刻さに比べ深刻感は薄いと言わざるをえない。だから結果的にそれは全く無意味な行動となった。
それに対し車掌は下車・避難の方向で行動している。これはあきらかに運輸指令の指示を無視した判断であり行動である。
偵察隊は出口まで到達し、「行ける」との判断を持ち帰った。下車しトンネル内を歩き始めた乗客は途中で偵察隊と出会ったはずだ。彼らにとって、出口から戻ってきた偵察隊との出会いはいかに心強かったことか(ただしこの対面シーンは記録には残されていない)
かたや60歳のベテラン車掌、かたや運転歴10ヶ月の新米運転士という差はあるが、それ以上に現場との距離が認識の差を生んでいたものと思う。

東北大震災の津波の時に、「てんでんばらばら」の教訓が大きく取り上げられた。最大のポイントは、「生きる」という目標を絶対にゆるがせにするなということだ。そのために最高のオプションが「てんでんばらばら」であるなら、躊躇なく採用せよということだ。
もう一つは、代案がないのなら現場の判断を尊重せよ、組織は支援(情報提供)に徹しろということだ。運輸指令は、結果的には、代案を打ち出せず、現場の判断を無視し、脱出にあたって有効な支援は何一つしなかったといえる。
ただ、そこまで言い切るほどこちらに情報はない。おそらく運輸指令も必死の思いで頑張ったのだろうが、そこのところを伝える情報は少ない。

ただ、その上級となると話は別である。一條昌幸鉄道事業本部長の記者会見をもう一度思い出してほしい。
車両から煙が出ることはあるが、すなわち火災ということではない。したがって煙が火災であることを確認しなければならない。しかし火災であることの確認手順が手間取った。もう少し早い判断ができれば、短時間で避難ができたと思う。…車掌も乗務員も最後まで火災という認識はなく、判断が狂ってきていた。
ここまでの論証の上に立ってこの発言を見ると、この人物がA級戦犯である可能性が高い。かたやマニュアルをタテに、他方では乗務員を悪者にすることで、乗客を見殺しにしようとしたことの逃げを図っている。これではJR北海道の不祥事は止まりそうにない。
このような記事があった。
札建工業(株)(札幌)は2012年5月31日開催の定時株主総会及び取締役会において、北海道旅客鉄道(株)の前専務取締役・一條昌幸氏の代表取締役社長就任を決めた。小林徳宏社長は相談役に就いた。
それでも「引責人事」なのだそうだ。一将成りて万骨枯る、大日本帝国バンザイだ。

補遺
今回はこれまであまり取り上げられなかった乗務員の行動を中心に書いているので、乗客の判断と行動についてはあまり触れていない。
乗客の判断は正しかった。唯一正確な状況判断をしたのが乗客であった。
インタビューの記録を読むと、乗客の中に相当数の役職者・エリートがいたことが分かる。この列車は「ビジネス特急」だった。子どもや年寄りは少なく、青壮年男性の比率が高かった。
組織を知り、組織を統率し、組織的判断の出来る人がいる集団は、たとえ即製集団であろうと、ものすごい力を発揮しうる。そのことがきわめて象徴的な形で示されたと思う。
彼らは恐怖、煙、混雑、暗黒、密閉空間が半ば人為的に創りだされ、情報が皆無となるなかで、自らの持つ想像力に頼りながら、もっとも適切な判断を行った。情報にあふれる運輸指令が「もっと情報を」と指示しながら、前頭葉の思考回路を遮断し判断停止に陥ったのとは対照的だ。



石勝線トンネル火災事件の実相

このニュースの大事なことは、事故の重大性やJR北海道のひどさを告発することにあるのではない。

これだけ重大な事故であったにもかかわらず、乗客・乗員が大した怪我もなく無事助かることが出来たのはなぜかということだ。

そこで決定的なことは、乗員がひどかったにもかかわらず乗客の機転で助かることが出来たというマスコミ報道が本当に正しいのかどうなのかということだ。

それは乗客のヒロイズムをくすぐる論調ではあるが、「ヒーローたち」が乗客全員を救ったという場面は実のところ根拠はない。結果としてはっきりしているのは、どこかで乗員も避難し乗客全員も避難しているという事実だ。

しかもそれがJRの作成した事故対応マニュアルとは異なっているということだ。それにもかかわらず、JRは乗員に「判断ミス」を押し付けようとしていることだ。

どうもTV報道の作った筋書きとは違う事実がありそうだ。

ネットで集められる情報を集め、もう一度時系列で整理してみた。もちろん全部を集めきったとはいえないが、最初持っていた印象とは全く異なる実相が浮かび上がってきた。

あたったおもな資料

最初に読んだのは、ということはグーグルで最初にヒットするのは、「日経 ものづくり」の「事故は語る JR北海道のトンネル内で脱線・火災事故、車輪の異常を放置したずさんな保守」(2013/10/25)という記事だ(ただし前半分しか読めない)。事故から2年半を経過してから書かれた記事であり、実相に近いものと受け止めた。

叙述は我々が持っていた印象とあまり変わらないものであり、いささか感情的なところも同じだ。

トンネル内列車火災事故発生時の人間行動 の情報源は、2日後の北海道新聞に掲載された記事を編集したものであり、正確度には欠けている可能性。

その後、石勝線 第1 ニニウトンネル火災の検証 という論文を閲覧できた。相対的にはこれが一番確実な情報のようだ。

★阿修羅♪ >石勝線事故 という投稿がもっとも内容が濃い。6月2日の投稿だけに一般報道の後追いだが、記事を丹念に拾ってくれており貴重。

1.脱線から停車に至る経過

その事故は2011年5月27日の夜9時55分に起きた。占冠村のJR石勝線「第1ニニウトンネル」内でディーゼル特急「スーパーおおぞら14号」が脱線・停止・炎上した。

ニニウは占冠村の字名。アイヌ語そのままだが、以前は新入という漢字があてられていた。「ニニウ物語」というページがあって、いかにもという沿革が語られている。

北大にどんぐり会という農村セツルメントがあって、穂別町の福山を拠点とするB班はたしかニニウまで出張っていたはずだ。

第1ニニウトンネルは全長683メートル。長大トンネルが多い石勝線のなかでは珍しく短いトンネル。それが「奇跡の生還」に寄与した。

この「スーパーおおぞら14号」は1998年製で、「振り子式」と呼ばれる特殊な台車を使用している。石勝線は山の中のトンネルとカーブの続く路線だが、札幌と道東をつなぐショートカットとして比較的最近に建設されたため、近代工法が駆使され、制限時速は125キロまで認められていた。

その夜、列車は札幌に向け時速約110キロ(直後報道では時速120キロ)で走っていた。

乗客定員291に対し乗客は248名で、乗車率83%。時間を考えるとかなりの混みようだ。金曜の夜と言うことで、車内はサラリーマンや札幌に遊びに行く若者の客が多かった。

6両編成の列車を、突き上げるような衝撃が襲った。直後に「ドン、ドン」と異音がしたため、異常を感じた車掌(60歳)が運転士に停車を要請した。緊急停車した列車の4,5両目からは間もなく煙が上がった。

…というのが新聞記事っぽい表現。

2.事故調査報告の概要

事故の経過は後の検証では以下のごとく確認されている。

まず列車の先頭から4両目で、車両下部の金属部品「吊りピン」が脱落した。これは車輪の回転力をエンジンから伝える「推進軸」の部品である。脱落した部品は未だに発見されていない(その後脱線箇所から800メートル手前で発見)。

推進軸といえば自動車のシャフトにあたる。人間の体なら大動脈だ。その「落下など今の時代ではあり得るはずがない。完全な整備ミス」という意見も寄せられている。

列車は脱落した推進軸を引きずりながら、そのまま1キロ余り走った。そして清風山信号場付近で5両目の後台車の第1軸が脱線した。ちぎれ落ちた推進軸に乗り上げたためである。「ドン、ドン」という異音は、この脱線の際に発生したものと考えられる。

5、6両目のディーゼルエンジンは下面に打痕や擦過痕が多数あり、燃料タンクの下面に穴が開いて中は空になっていた。 6両目の前方の1機だけが焼けており、ここが火元とみられる。

列車はさらに脱線したままトンネルに突入。850メートル走ったあとトンネル内で停止した。この時の先頭車両の位置はトンネル入口から200メートル。したがって出口までの距離は480メートルということになる。

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停止から火災発生まで: 

まず6両目(最後尾)から発煙が始まった。停車時点で既に、6両目の台車付近から火の手が上がっていたのを乗客が確認している。

車両の下で「バチバチと部品を引きずるような音がして、物に乗り上げるような感触があった。直後に窓の外で火柱が一瞬上がった」(公務員45)

(北海道新聞では発煙源は4,5両目となっている)

3.初期対応

以下の数行はどの時点での状況の記載なのか不明のまま、事実だけが生のまま突き出されている。

①動かなくなった列車

トンネル内でトラブルがあった場合はトンネル外まで移動するのが原則である。運転手(26 運転歴10ヶ月)は煙を認めて列車の前進を試みたが、「ギアの切り替えができず」、列車は動かなかった。

なぜ動かなくなったのかが分からない。ある論者は動かなくなるはずがないとして、暗に運転士のパニックを示唆している。

気動列車は各車両に二台づつエンジンがあり、独立性が高い。12機のエンジンのうち一つや二つやられてもそれで動かなくなるはずはないというのである。

これについての納得行く説明は、検索した範囲では見当たらなかった。

②エンジン停止と照明の切断

その時点で既に、後方の車両からの発煙が確認されていたことから、運転士は無線で指令部に連絡し、指示に従ってエンジンを停止した。このため客室内は真っ暗となった。

これは良く分からないが、本当に真っ暗になったのだろうか。非常電源で非常灯はつくのではないか。運転士は非常灯もふくめオフにしたのだろうか。

③「火災」ランプの問題

一部の報道は、翌日の聴取に答えた運転手の発言をことさらに取り上げる。

運転台のパネルに「火災」のランプが点灯していた。しかし運転士は火災と認識せず、運輸指令に報告もしていない。

この行動は、それだけ聞けば極めて深刻なミスと受け止められる。しかし別報によれば必ずしも決定的なミスとは言えない。

第一に、この装置は事故の直後は作動せず、22時20分ころから、表示灯が点滅したり、ブザーが鳴ったりしていたという。

第二に、装置が作動した22時20分の時点では、車掌が車外避難を前提にトンネル内の安全を確認していた。運転士はその報告を待つ状況だった。

これらの事実が時系列に乗らないまま報道されると、運転士にすべての責任がかぶさるような印象を与える。勘ぐればそれを狙ったリークかもしれない。

4.火災の発生と拡大

時系列に戻ろう。

22時ちょうど、4,5両目で白煙が立ち上がり、焦げ臭い匂いが漂う。車掌は運輸指令に「後方3両の床下から煙が入ってきている。4両目の煙がひどい」と事態を報告。

以下、石勝線事故には他の報道にふくまれていない重要な記述がある。現在は元データは見ることが出来ないが、サンスポの記事(31日)である。

火災発生を懸念した指令は〔1〕運転士にただちに運転を再開し列車をトンネル外に出す〔2〕車掌に乗客を前方の車両に誘導する-との指示をした。車掌は「運転士が発車できないと言っている」と報告した。

これに対し指令は「大至急車内放送をかけて前方の車両に誘導し、後方の車両に乗客がいないか確認」と指示した。

このとき、車掌は「前から降りてトンネルを(歩いて)避難したほうがいい」と返答した。

この発言が、交信記録に基づいた事実であるとすれば、運輸指令は二つのミスを犯していることになる。指令〔1〕が実行不可能であるにもかかわらず、それに替わる代替案を示していないこと。緊急時であるにもかかわらず、現場の意見を尊重し、それを支援するのではなく、それを事実上無視したことである。

「お前に任す。俺達がカバーする。幸運を祈る」と、どうして言えなかったのか?

ただしこの経緯は他の文献で確認できない。

22時10分、車掌は発煙があった車両の乗客に指示し、前方車両に避難させた。同時に乗客には外に出ないで、車内で待機するよう指示。

5.差し迫る危機

「日経 ものづくり」の記載: 事故発生から20分過ぎても、乗務員は状況確認や運輸指令との連絡が不十分なままに経過した。この間、「調べるのでこのままお待ちください」「車外には出ないでください」との放送を繰り返し、乗客の車外への避難を制止し続けた。

煙が車内に充満し始めたが、車外への避難を促すアナウンスは最後まで流されなかった。車掌も乗務員も火災という認識はなかった。

この記述は状況を一面的に切り取ったものと思う。それは下記の経過を見ればわかる。

22時10分、運転士は指令に「モニターが消え、状況が把握できない」と報告。指令は全エンジン停止を指示。車掌からは「かなりすごい煙で息ができない」との報告があった。

石勝線事故では、指令は「煙が入ってくるのでドアを開けるのを待つように」と指示したとある。ただしこの指令がいつどのような状況で出されたのかは不明。

22時14分、運転士が車外に出てトラブル箇所を確認に向かう。このため指令からの連絡に対し一時応答が途絶える。前後して、車掌もトンネル内点検のため車外に出る。

別の記事では、「車掌と乗務員はトンネルの出口がどこなのか確認のため車両から降りて行った。戻るまで20分もあった」と記載されている。

運転士の行動は軽率であると思う。責任者が自分で動いてはいけない。車掌の行動も二人の乗務員にやらせるべきものであった。

この時点における車掌の取るべき行動は乗客のパニックを抑え、掌握することであった。暗く息苦しい空間にすし詰めにされた乗客に「車掌が逃げた」と思われたら大変なことになる。

ただ、そのうえで、車掌の行動は明らかに指令を無視して、乗客を下車・避難させるための準備と考えられる。

異常時マニュアルでは、運輸指令の指示がないと乗客を外へ避難させることが出来なかったのである。ここはしっかり踏まえておく必要がある。

6.火災か火災でないかという対立ではない

「車掌も乗務員も火災という認識はなかった」と書かれているが、それは炎を視認するということが火災の基準になっているためで、現場には「避難するべきシビア・アクシデント」という認識はあったのだろうと思う。

22時25分、無線交信記録によれば、列車からの連絡が復活。運転手が戻ったためで、車掌はまだ戻っていない。

運転手は運輸指令に「火災発生はない」と報告。ただし石勝線事故では、「前も後ろも煙が充満している。火災は発生していない」となっている。「前も後ろも煙が充満している」というところを省いてはいけない。

問題は「火災でなければOK」という運輸指令のマニュアル主義にあった可能性がある。

7.そしてパニック行動が始まった

大量脱出は結果オーライで、英雄的行動ともてはやされるが、社会心理学的に見れば集団パニック行動と考えても全く矛盾はない。

ただその行動は偽りの公的な合理性に対して真の合理性を突き出している。サルトル風に言えば、まさにみずからの実存をかけた投企である。

22時30分、前方の3両にも煙が入り始める。このとき、乗客の多く(約240人)は自らの判断で乗務員の制止を振り切り、非常ドアコックを使用して外へ避難。徒歩でトンネル外に脱出をはかった。

「前の方で車外に出ているのが分かった。乗客の男性から『外に歩いて逃げよう』との声が上がった」(医師29)

乗客の話では、「避難した乗客に対して職員が激怒した」といわれる。 頭数の計算から言うと、車掌と乗務員の1人がスカウティングに出たとすると、留守番はただ一人だ。必死に制止するのは当然だろう。彼の責任ではない。

22時34分、偵察から戻った車掌は運転指令に「乗客が車両から降り始めた」と連絡している。

乗客248人は、煙の立ちこめる暗闇のトンネルの中を500m近く歩いて出口へ向かった。時間にして10~15分の行程と考えられる。

乗客のあいだには不思議な連帯感が芽生えていた。

「パニックではなく、整然と励ましあって黙々と歩いた。煙がすごく30 センチ先も見えないほどだった。…乗客はみんな死ぬかもと感じたと思う。私もそう思った」(医師29)の証言。

8.乗務員の後始末

車掌と乗務員は3両目車両の後ろ側から列車に入り、乗客に避難を指示し車外に誘導した。

23時30分、乗客全員が列車から降車したことを確認。運転士と車掌、客室乗務員の計4人が下車した。さらに1時間にわたり煙の中に留まったことになる。

28日0時、乗務員と乗客の全員がトンネルから札幌側出口に脱出を完了した。方法・過程においてさまざまな問題があったにせよ、4人の乗務員は最後まで現場にとどまり任務を完遂したのである。

彼らを何処かの船長と同列においてはならない。このことは強調しておきたい。列車には人数不明の車内販売員がいたはずだが、彼らの情報はない。乗客数にふくまれているのかもしれない。

9.その後の若干の経過

避難した乗客が全員真っ黒けだった。本当に間一髪だった。

乗員1人を含む79人が煙に巻かれ、咽頭炎や喉頭炎など呼吸器系の症状を来たした。うち39人が病院に搬送された。

避難後、火災は車両全体に延焼し、全6両が焼損した。

28日午前7時、列車が燃え尽き鎮火。

午後1時、特急列車がトンネル外に搬出された。窓は焼け落ち、車体は熱で大きくゆがんでいた。

5月28日午後2時から、札幌のJR北海道本社で記者会見が行われた。出席者のトップは一條昌幸鉄道事業本部長だった。

声明の要旨: 最初に列車に異音があった。次いで煙が出た。車両から煙が出ることはあるが、すなわち火災ということではない。したがって煙が火災であることを確認しなければならない。しかし火災であることの確認手順が手間取った。JR北海道の火災発生の認知は2時間以上も遅れた。

「もう少し早い判断ができれば、短時間で避難ができたと思う。車掌も乗務員も最後まで 火災という認識はなく、判断が狂ってきていた」とし、車掌に責任を押し付けるとも取れる発言。

2011年9月には、JR北海道の中島社長が安全意識の向上を社員に促す遺書を残して自殺。

2013年5月31日、運輸安全委員会は、車輪の剥離やへこみにより生じた異常な振動により部品が脱落したことが、事故の原因になったとする調査報告書を発表。

4両目の車輪の表面が長さ40センチメートルにわたって剥離し、4.5ミリメートルのへこみが生じた。これにより異常な振動が発生し、減速機を固定していた吊りピンが脱落。減速機が垂れ下がって路面に衝突し、その衝撃で周辺の部品が脱落した。

10.感想的結論

マニュアルに火災時はトンネル内で停止させないという規定があったというが、火災という認識がなければ規定は無意味である。

以前のマニュアルでは火災は「炎が認められた時」と定めている。今回は乗務員が炎を見ていなかったため、火災と認識しなかったということになっている。

(現行マニュアルを見ることができる。「トンネル内における列車火災時の処置手順 北海道旅客鉄道株式会社」というもので平成23年9月の発行)

しかし問題はそこにはない。

もちろん、オイルタンクの炎上などあってはならないことで、ハード面でのフェールセーフ機構に決定的な問題があることは論をまたない。

しかし事故分析はどうして事故が起きたかの分析のみであり、どうして辛うじてではあるが全員を大事に至らしむる事なく避難させえたのかの分析はない。

乗客の一部が勝手にドアを開けて逃げ出したから、というだけでは感情的にはわかりやすいが、疑問は残る。乗務員がどこかで判断を変えたからこそ助かったのであろうか? その事実確認がここまでのところの情報では判断できない。

石勝線事故に学ぶ 「ルール破り」の大切さ

安倍内閣が暴走列車だとすれば、NHKをはじめとするマスコミは、車内に留まれと促し続けた車内放送だ。

しかし乗客はこの車内放送の指示を拒否し、ドアを開け車外に出て助かった。この事故は大変教訓的だと思う。

もちろん走行中に乗客が勝手に行動しては困る。ルールに従わなければならない。しかしルールはいのちと安全を守るためのものだ。ぎりぎりのところで乗客は自分たちの命を守るために判断しなければならない。

たとえ判断してはいけない、判断するなと呼びかけられても、判断しなければならないのだ。

それがどういう時にやってくるのかを、我々は石勝線事故を通じて考えなければいけないのだろう。


ちょっと待ってください。

かなり今まで知らなかった事実がある。

ことはそう簡単なものではない。

少し調べた上で書きます。

溜まっていた赤旗の一気読み
面白かったのが、「ブラックバイトから学生生活を守ろう」という呼びかけ。
ブラックバイトという言葉を初めて聞いたが、ブラック企業による学生アルバイトいじめのことだ。
非常に読みやすい文章なので直接読んでもらうほうが良いと思うが、さわりだけ紹介。

何が起きているのか
無理なシフトを組まれる――「シフトの連絡が直前。予定があるのにシフトを急に入れられる」(ファストフード)、「テスト期間なのに『がんばってシフトに入ってくれ』と言われる」(結婚式場)

 違法・脱法行為――「15分未満の勤務時間を切り捨てられる」(スーパー)、「授業の準備や授業後の報告書づくりが賃金に加算されない」(塾講師)、「売れ残りの商品を買わされる」(コンビニ)、「皿を割ったら弁償」(ホテル)

 最低賃金ギリギリの低賃金――「時給750円。せめて800円以上にしてほしい。安いから辞めたい」、「夜間でも時給750円」(長野県 コンビニなど)

 辞められない――「辞めたいが、いろいろ言われて辞めさせてもらえない」(居酒屋)、「バイト最年長という立場か らシフトを無理に入れられ、深夜にも呼び出される。辞めるなと念をおされる」(飲食)、「辞めたいと言ったら、『求人広告費分として給料から4分の3を差 し引く』と言われた」(飲食店)

なぜ広がったのか
…学生バイトの多くは、飲食店、コンビニ、アパレル関係、大手学習塾などで働いています。
…時給は同じなのに、バイトが「バイトリーダー」「時間帯責任者」などの「役職名」をつけられ、シフトの管理・調節や新人育成、不足商品の発注、店舗の鍵の管理など、正社員並みの過大な仕事と責任を負わされています。
“授業よりもバイト優先” “君が来なければ店がまわらない”といわれます。
学習塾では、授業以外にも、事務作業から保護者への対応まで学生バイトにやらせながら、授業時間以外は無給ということがまかりとおっています。
…学生バイトでも“失業”できない―仕送りは減り、巨額の借金となる奨学金にも頼れない多くの学生が、学生生活を維持するためには、バイトからの収入を途絶えさせることができない状態にあります。
…「バイトを辞めても、すぐに次のバイトが見つかるかわからない。だから不満があっても辞められない」という学生からの相談が増えています。
違法な働かせ方をやめさせよう
…一方的に押しつけたり、パワハラ的な言辞で強制することは許されません。そんなことをするのは、「契約を守れない」会社であることを世間に表明しているよ うなものです。「バイトだから」「若いから」と足元を見て押しつけてくることも、まさに「ブラック」であり、許されないことです。
退職を希望しているのに辞めさせない、故意でないミスについて弁償を迫るなどは、すべて労働基準法違反です。
以下略


明治大学の野中先生に対する昭和ホールディングスの「スラップ訴訟」の判決が出た。
「名誉毀損」とされた雑誌「経済」の記事について、「重要な部分について真実だ」として訴えを退けた。
民事であるから、負ければ裁判費用の負担が原告側にかぶさることになる。
いい気味だ。
反訴については棄却されたが、「事実」ではなく「真実」という認定に司法側の思いは感じられる。「スラップ訴訟がいつまでも黙認されると思うなよ」という気迫だ。
昭和ゴム乗っとり関連については以下をご参照ください。


先日にグーグルデータから世界のGDPの推移を載せたが、それとの対比で見て欲しいのが下のデータ。



wakamono

2002年を境に失業率はいったん下がったのだが、リーマンショックの後ふたたび高水準に戻ってしまっている。
少なくともGDPの増加が青年の失業率とは無関係だということがわかる。

一人暮らし

というサイトがあって、めまいがしそうなくらい必須項目が並ぶ。

電化製品: 冷蔵庫、炊飯器、電子レンジ、電気ポット、洗濯機、アイロン、掃除機、デレビ(ビデオ付き)、エアコン、ドライヤー (ここまでが必需品)

家具: 鏡、ミニテーブル、ベッド、机、カラーボックス、クローゼット、衣装ケース、ワゴン、チェスト、バルブボックス、ダンボールボックス (ここまで必需品)

雑貨: のれん、突っ張り棒、マット、スリッパ、

水周り: 食器類(お皿・フォーク・ざる・ボウル・お箸など)・三角コーナー・スポンジ・洗い桶・布巾・まな板・タワシ・シンク用洗剤・缶切り・タッパー・クレラップ・アルミホイル・アルミカップ

トイレ・バス: ボディ用スポンジ・シャワーカーテン・突っ張り棒・手桶・椅子・石鹸・入浴剤・トイレ用洗剤・便座カバー・マット・スリッパ・トイレブラシ

洗濯: 洗濯ネット・洗剤・ランドリーバック・タオルバサミ・洗濯物干し(洗濯バサミがたくさんついているもの)

掃除: 雑巾・バケツ・フローリングワイパー・カーペットクリーナー・拭き掃除用クロス

この他に大物としてカーテン、カーペット、布団、座布団(クッション)がある。

たしかに、電化製品を除けば、そのほとんどを持っていた記憶はある。単品ではさほど高くはなくても、全部ではかなりのカネになるかもしれない。

発言小町

というところにQ&Aがあって、発言の一部を紹介する。

東京都の場合、敷金2ヶ月、礼金2ヶ月、手数料1ヶ月、先払い家賃1ヶ月で、通常6ヶ月分かかります。
更にほとんどの物件は保険加入が条件だと思いますので、2万程度かかります。
僕の場合は、冷蔵庫、洗濯機、掃除機、電子レンジ、炊飯器をそろえました。全部で12~3万ですかね。

そのほかに、日用雑貨(トイレットペーパーやシャンプー類、掃除道具など)で2万程度は覚悟したほうがいいです。

月々の費用
男の1人暮らしです。

電気・水道・ガス・携帯・ネット・NHK・奨学金返済・国民年金・国民健康保険で以上固定費が40,000円ぐらいです。

食費・その他雑費は変動しますがなるべく抑えるようにしています。家計簿によると、先月は食費だけでみると18,939円でした。ちゃんと栄養が取れているかは定かではありません(笑)

初めてしっかり家計簿つけたんですが、「おやつ」の額が結構いっていたので、まだ減らせますね…。

この食費18,939円はかなりキツイようです。他の回答では
食費 朝 1000円(食パン)
   昼 10000円(コンビニ)
   夜 12000円
 夜は自炊、外食だいたい半々です。

となっていますが、このくらいが相場ではないでしょうか。(これでも相当きついでしょう。自炊しないと軽く3万円は越えてしまうようです。)

こういう回答もありました。
車を使うならガソリン代や駐車代、衣服費、交際費、日用品(トイレットペーパー、洗剤などの消耗品も)、新聞、いろいろありますね

それにしても「固定経費」4万円というのはかなり応えますね。


いま、50年前のことを一生懸命思い出している。

昭和40年、北大に入学したのだが、私の周りが貧乏学生ばっかりだったせいか、私は裕福とみなされていた。もちろん裕福どころではないのだが、恵迪の寮生はひどかった。

叔母が探してきた二食のまかない付きの下宿で、最初は1万円だったが、その後数年の間に1万数千円まで上がった。下宿人は医学生やサラリーマンなど裕福な人が多かった。

6畳一間に押入れつき、暖房なし、トイレは共用。

普通の学生は間借りで4千円、まかない付きで7千円くらいだったのではないだろうか。4畳半を二人で借りている奴もいた。

昼は生協食堂でB定食が70円、C定食が90円。サービスランチは120円だった。授業をサボって街に出て、駅のミカド食堂でミカドランチが180円、ニシムラのサービスランチが160円、これはかなりのごちそうだった。

その後駅地下の映画館で1本立て80円の映画を見て、帰りの電車賃が15円だった。

独り立ちするとイロイロかかる電気料、水道料、ガス代、NHK受信料その他もろもろは一切なかった。新聞は赤旗日刊(本紙といった)が900円、日曜版は忘れた。岩波文庫が星ひとつ50円。

学部に入ると金遣いは俄然荒くなった。全学バリストだから授業はない。その間にタバコと喫茶店と雀荘とパチンコ屋を憶えた。コーヒーは80円だった。行きつけの食堂で酒を飲む習慣も身についた。

ストライキが終わってもその習慣はなかなか抜けるものではない。どういうわけかその頃から世の中カネのめぐりも良くなって、仕送りも増えた。

卒業頃には月2万ちょっとくらいは使っていたのではないだろうか。下宿代を抜いて一日500円位か。

それに引き換え、入学の頃はたしかにまったくカネは使わなかった。酒は飲めなかった。タバコは2年目の秋ころに覚えた。石油ストーブの4斗缶と、夜中に食べるインスタントラーメンくらいだったかな。一日150円未満ですんでいたかもしれない

物は高かった。古道具屋で自転車を買ったが6千円した。スキーを友達に選んでもらったら、えらく高いものを買う羽目になって、靴と合わせて5万円くらい取られた。人生で5本の指に入る無駄遣いだった。

自分で悩みに悩んで決断したのはソニーのオープンリールのテープデッキ、録音もできる新製品で5万円くらいだったと思う。これでFMを録音して聞いていた。テレビは結婚して嫁さんが持ち込むまでなかった。

その頃の勤医協の医者の初任給が5万円だった。



日銀のサイトから

TOP > 対外説明・広報 > 日本銀行を知る・楽しむ > 教えて!にちぎん > 日本銀行や金融についての歴史・豆知識 > 昭和40年の1万円を、今のお金に換算するとどの位になりますか?

答え: 平成24年の物価は昭和40年の約1.9倍なので、昭和40年の1万円は平成24年の約1.9万円に相当する計算になります。また、消費者物価では約3.9倍なので、約3.9万円に相当するという計算になります。



消費者物価指数が4倍位とすれば、いまの物価にすれば1日800円位は使っていた計算になる。物というのはいくら高くても、買わなければ済む。サービスはそうは行かない。そこは今の世のほうが住みにくいのではないか。



本日の一面トップがこのグラフ

このグラフ自体は現在の年齢別賃金格差を並べただけのもの。これを一生涯の賃金カーブと仮定した上で、以下の見出しをつけている。

正規と比較 生涯賃金(本紙試算)

非正規雇用は1億円以上低い

派遣法大改悪で貧困拡大

ネタはお馴染みの「賃金構造基本統計調査」


tinginkakusa

この試算では、フルタイムに当たる「一般労働者」について、年齢ごとの平均年収を比較し、「生涯賃金」として集計している。

一つのモデルとして考えておくべきだろうが、これで固定されていくとなると、たしかにえらいことになる。

試算では正規雇用の生涯賃金が2億2千万円、非正規では1億2千万円となる。要するに半分ということだ。

しかも現役時代の賃金は年金給付額に反映されるため、格差はさらに拡大する。

これが政府が若者に提示する日本の未来像だ。若者はこれを受け入れるのだろうか。


雇用のヨシコさんの街頭ラブシーンがだいぶ話題になっているようだ。
私的なイメージとしては、そのくらいのことやってもらわないと困る。「ところで、あんた、何なのさ」くらいの啖呵を切ってほしいものだ。

週刊誌は「公序良俗に反しておりけしからん」というのだろうが、これは公序良俗がいまの世の中どうなっているかのバロメーターになるだろう。
「袋叩き」になるようなら仕方ない。いまの日本そういうレベルだということになる。しかし、「いいんじゃない。人それぞれ」とか、もっと積極的に「素敵! さすがヨシコさん」などというふうになると、週刊誌の方はきわめて厳しい対応を迫られることになる。

明らかにプライバシーの侵害であり、ストーカーであり、盗撮であり、肖像権の侵害であり、名誉毀損である。
しかも相手が国会議員とあっては、代価は相当のものになるだろう。

多分、相手が共産党だから訴えないだろうと思っているかもしれないが、いまどきの人は果たしてそうなるだろうか。多分、請求額は億を超えるだろうし、裁判所も以前ほど反共攻撃に寛容ではない。

一番の問題は、これが刑事がらみになった場合だ。そうなると、「ニュースソースの秘匿」という伝家の宝刀は「共犯者の隠匿行為」となりかねない。

前回、京都の嫌韓デモに対し懲罰的罰金の判決が出ている。ヘタをすると、水面下で動いたであろう公安や内閣調査室のところまで火の粉が及びかねない。

どうなるかが注目される。

「生涯派遣」、「正社員ゼロ」社会を許すな

共産党が派遣法改悪に反対するアピールを発表した。

特徴的なのは、派遣社員の問題ではなく、労働者全体の問題なのだという点を強く押し出したこと、さらにそれが社会経済を破滅に追い込む可能性を強く警告したことだ。

突き詰めれば、これはすべての国民の一人ひとりの問題だということだ。

これは、たとえば生活保護バッシングや、TPP(農産物輸入の完全自由化)の農民いじめにも通じる論理だが、2つの点で違う。

ひとつは、分野別の切り崩しではなく国民の圧倒的多数に対する正面攻撃だということだ。

もうひとつは、とりわけ若い世代、日本の未来を担う世代への攻撃であり、引いては日本の未来に対する攻撃なのだということだ。

ということで、アピールは三段構えになっている。

1.「生涯派遣法」反対

まずは派遣労働者への攻撃、つまり「生涯派遣法」と批判する。

ちょっと難しい言葉だが、「常用雇用代替禁止」と「臨時的・一時的業務に限定」という縛りを廃止するのが、その内容だ。

わかりやすく言うと、これまでは派遣社員には期間と業務内容で縛りがあって、「なんでも、いつまでも」使い続けることはできなかったのが、これからは「どんな仕事でも、いつまでも」使って良いということになる。

その結果どうなるか、一生派遣から脱出できないということだ。これが「生涯派遣法」と言われる所以だ。

「派遣でもいいじゃないか」という人もいる。それは待遇が均等ならという仮定つきだ。いま待遇が均等でないことははっきりしているから、政府も「均等にします」と言ってはいる。

言ってはいるが、これを読んでなんのことか分かるだろうか。

「均衡を配慮した待遇の確保の際に配慮した内容を…派遣労働者に説明する」

やる気が無いから言葉が難しくなる。依頼を断る時ってそういうもんだ。これで待遇の均衡が保証されると思うか。

2.「正社員ゼロ法」反対

「どんな仕事でも、いつまでも」というのは、正社員なんかいらないということだ。

企業は争って正社員、直接雇用をやめて派遣に置き換えるだろう。それは世の倣いで、やらなきゃコスト競争に負けてしまう。

ブラック企業が話題になったが、正社員になれるのならと、みんな粉骨砕身努力した。そして3年でボロボロになって辞めていった。会社にすれば「正社員」という餌で使い捨てたわけだ。

同じ給料で2倍働けば給料は実質半分となる。それが相場となれば日本という成熟市場のもとで、全体の所得は半分になる。これは簡単な理屈だ。

日本の労働者の賃金は1997年をピークに減り続け、平均年収は70万円も減っている

以下略

東京地区私立大学教職員組合連合が行った調査の結果、仕送りは平均937円しかないことが明らかになった。
これは過去最低で、過去最高だった2460円(1990年)の4割以下となっている。

<調査の内容と方法>
昨年の入学生の保護者を対象としたアンケート調査。東京を中心に1都5県の15の大学で施行されている。
過去26年間連続して行われており、回答数も5048人であり、かなり信頼の置ける数字だ。

<結果>

1.平均仕送り額
自宅外通学生への平均仕送り額は8万9千円。(ただし、立ち上げ経費のかかる4,5月は除いてある)
前年度より500円減り、調査開始以来の最低額となっている。

1396697384


















2.入学年の費用
自宅外通学制の初年度費用は294万円。
これは保護者の税込み収入の32.6%を占める。
この費用については9割以上の保護者が「重い」ないし「大変重い」と答えている。
https://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/b/4/b476227f.jpg

3.学生の生活費
学生の生活費を (仕送り額)-(家賃)とし、これを30で割ったものを「学生の生活費」として計算した。
これが最初に述べた数字。

937円の生活というのが想像できないが、光熱水費でどう切り詰めても1万から2万は持っていかれる。交通費も1万円以下とは行かないだろう。いまどき携帯・パソコンも必需品だ。
入浴・洗濯・理髪・最低の衣類は絶対必要だ。多少の書籍や文具(学生だからね)・ゴミだって有料だ。
しかもこれが平均なのだ。恐ろしいことだと思う。

アメリカの外食企業も相当えげつない。
マクドナルドのミシガン州の店では、労働者が勤務時間になってもタイムカードを押させないそうだ。
客数が増えてくるまで待機だ。待機時間に賃金は支払われない。そうやって1~2時間ただで待機させる。
カリフォルニア州の店では、客が少ない時間は待機態勢に入らされる。その間は賃金ゼロだが、拘束はされる。

これはその店がアコギだというだけではなさそうで、本社が加盟店に従業員数と売り上げの比率を計算させ、客が少ない時は従業員数を減らすよう指示しているのです。

「賃金なしで待機させろ」とか「ただで拘束しろ」とは言ってないが、指示を守ればそういうことになります。

労働者は闘うしかないようです。

“雇用のよしこ”の華麗な質問。

吉良よし子さんが参院予算委員会で「固定残業代制」を追及した。

「固定残業代制」はブラック企業が長時間労働を強いるもっとも強力な手口らしい。

これは図によると、本当の賃金(基本給)は最賃並みの12万円で、これに残業代8万円を載せて20万円なのに、募集広告では20万円が賃金として支払われるかのように見せかける手口だそうだ。

どうも良く分からないが、残業を固定するというのは実質的に長時間労働になるわけで、労基法に明らかに違反すると思うが、実際には抵触していないようである。

これが第一点目。

もうひとつは、この残業が一律強制となっていることだ。例えば固定残業時間を月80時間とすると、80時間未満の人は残業代がゼロになるということだ。

結果的に月79時間しか残業しなかった人は、その分ただばたらきしたことになる。(多少の救済はあるかもしれないが)

これは泥棒だ。

第三に、さらに問題なのはこの固定残業の時間だ。過労死基準というのがあって月80時間以上は危険レベルとされている。

しかし80時間というのはブラック企業にとっては当たり前の数字のようだ。中には100時間の残業を強制していた企業もある。

これについては「一見して不合理」との最高裁判断が下っている。不合理どころか人道的犯罪だろうと思うが。

第4は、「固定残業代制」は基本給と残業代が丸めになっていて、実は良く分からない。

残業手当というのは基本給の130%支払わなければならないことになっている。しかしどうも払っていない企業が多いようだ。

もちろん給与明細は会社の帳簿に記録されなければならないわけだから、証拠が残っているはずだが、実際にはあいまいにされているケースが多い。

東京都内だけで、昨年度割増しのサボが250件発覚している。労基署の是正勧告だから氷山の一角だろう。


そもそも、これらの問題は法律云々というより行政のレベルの話だと思う。場合によっては警察の出張るべき問題もありそうだ。

“雇用のよしこ”さんは

1.「固定残業代制」に関する全国的な調査をもとめた。

2.企業の募集案内で「固定残業制」を明示させる。基本給と残業代の内訳を明示させることをもとめた。

3.また、過労死基準である80時間を越させないようもとめた。(これには労基法改正が必要らしい)

厚労相は1,2については前向きの答弁を行った。3.は確かに厚労相一人では答えにくい、ただ立法以前にも最高裁判断の周知徹底などできることはありそうだが。

新人議員としてはよくやった、と思う。

雇用状況を調べるためにグーグルしていたら、面白い記事にぶつかった。

BLOGOS というサイトで 竹中正治 さんの記事(2014年02月06日

竹中さんは 1979 年東京大学経済学部卒、同年東京銀行入行。現在は龍谷大学経済学部教授(米国経済論、国際金融論)という華々しい経歴の持ち主だ。

「非正規雇用は増えたけど、正規雇用は減っていない」

というもの。

論点は

1.日本の正規雇用者数(正規職員・従業員)は数でも比率でも1990年以降安定していて、決して減少していない

2.非正規雇用者増加の源泉は、自営業者と家族従業員の減少分である。

3.雇用者数における非正規比率の上昇は90年代から2000年代初頭の時期に主に起こっており、2000年代後半からは横ばいになっている。

以下に根拠となるデータを示す。

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「厚生労働省データで私が作成したものです(単位:万人)」と記されている。

ご苦労様でした。良いデータが出来ました。

竹中さんはこのグラフから上の3つの結論を導き出している。

一つはあたっている。この傾向が長期的で構造的なものだということだ。資本主義の高度化が進むなかで、個人営業や家内労働が減っているということだ。しかもそれが正規労働者化に結びつかず、非正規労働者となって社会の底辺に沈殿していかざるをえないというトレンドだ。

これはできればカラムの順序を変えて、黄色の上に赤色が来るようにすればよかったかもしれない。

当たっていない点は二つある。

一つは、非正規の増加と正規労働者の減少が98年を期に一気に進行したことだ。そして00年代の前半は比較的に安定して推移したことだ。

これは経済の動向を反映している。97年不況と大規模なリストラ、日米構造協議を受けた労働力流動化政策などで説明できる。

2002年以降は長期の好況局面が続いた。むしろこの間に正規比率の改善が進まなかったことが問題であろう。

もう一つは、リーマン・ショック後の201年以降にふたたび正規労働者の減少が加速していることだ。

この内容については、団塊世代の定年退職と再雇用という事情があり、少し詳しい分析が必要であろう。

この二つの特徴を読み取らないと、せっかくグラフを作った努力が無駄になる。

そしてもうひとつ追加しておきたいのが、他ならぬ2013年における空前の労働市場の変化だ。私の目下の問題意識だ。

この文章をアップロードした直後に厚労省統計が発表されているから、竹中さんも内心「しまった!」と思っているかもしれない。

同じ経済面でもむしろ気になるのがこちらの記事だ。

2013年平均の労働力調査詳細集計という難しい名前の調査で、総務省の発表したもの。

これによると、

① 正規の職員・従業員数は3294万人。これは前年比46万人減で、減り幅は過去最大。
② 非正規は1906万人。これは前年比93万人増で、これも過去最大。

ということで、これまでの傾向を踏襲しているにしても、明らかに質的変化を予感させる変化だ。

2013年に労働市場でなにが起きたのか、なにがそれをもたらしたのか、について早急な分析が必要だろう。

46万人の正規労働者がどこで減ったのか、93万人の非正規がどこで増えたのか。
男女別、年齢別、学歴別、業種別、地方別ではどうなのか、そこに新たな質の違いはあるのか、調べて報道してほしい。


東京都知事選挙 渋谷フェス 宇都宮けんじ応援演説 辛淑玉

というのがYouTubeで見られる。

宇都宮カーの演説で候補の到着が遅れたらしく、「時間つなぎ」で長目の演説を行っている。迫力満点、実に名演説だ。もっと宇都宮さんが遅れればよかったのにと思わせる。

正味一人の人間の中に、涙と怒りと愛が満ち溢れている。思わずウルッと来てしまう。


 雇用 どの数字を見ればよいのか

去年12月の労働力調査が発表され、各紙は完全失業率が低下し、求人倍率が上昇したと報じている。

いよいよアベノミクスの効果が現れたとでも言いたいようだ。

たしかに身の回りを見ても、建築・建設関係は景気がいいようだ。人手が足りなくて工事が発注できないという話も聞く。

しかしこれは、東北の復興景気のおこぼれで、北海道の景気が上向いたからではない。おまけに消費税間近の駆け込みも乗っかっているから、4月以降の見通しはとても読めるものではない。

人手が足りないのも、長期の不況で建設関連企業がバタバタ倒産したためもある。

ということで、雇用の状況を見るのに失業率や有効求人倍率が有効かという塗装ばかりとも言えないのがご時世である。

何度もグラフを出すのも鬱陶しいので、計算だけしてみる。

1.完全失業率

これは3.7%で前月比0.3%の低下である。これはリーマン・ショック後最低の数字だ。

実数で言うと20万人減の241万人となる。この20万人減が問題だ。同じ統計で、非労働力人口が22万人増加しているのである。

この非労働力人口というのは仕事もせず求職活動もしていない人間のことである。つまりハローワークに登録していない「もぐりの失業者」のことだ。

差し引き2万人、「失業者」は増加していることになる。実際に就業者数は4万人減の6346万人となっている。実数とのズレは、在職死などがカウントされるためだろう。

だから、雇用の実態を見るには就業率で見ていかなければならないのである。そして失業率は下がってはいないのである。

2.有効求人倍率

12月の有効求人倍率は1.03倍となった。実に久しぶりに1以上の数字を記録したことになる。

ただしこれも統計上のマジックで、(求人件数)/(求職者)であり、この分母が問題になる。

求職者というのは完全失業者に新規求職者を加えたものであり、学校卒業予定のものも含まれる。これも7万人減少している。

完全失業者、新規就職希望者と減ったものだけを分母に加え、増えている「もぐり失業者」を排除すれば、この求人倍率も上昇することになる。

これも倍率で見るよりは求人実数で見たほうが状況を正確に反映するだろう。

倍率の地域差も相変わらずで、東京で1.48倍、東北各県で1.3倍であるのに対し、北海道、九州、沖縄では大幅に割り込んだままである。

3.雇用の質

非正規雇用者数は1967万人、雇用者全体の37.5%という数は過去最高だ。

そもそも求人が非正規中心となっているから、今後も非正規が増えていくことは間違いないだろう。

正規雇用だけに絞った有効求人倍率は0.66倍にとどまっている。

つまり求人と求職が1対1でマッチしたとしても、非正規雇用者は4割になる。そして正規雇用に紛れ込んだブラック企業が3年で労働者を食いつぶしていけば、非正規率はさらに上がることになる。

児童手当差し押さえは違法

児童手当というのがある。これは児童手当法という法律に基づいている。申し訳ないが、そんな法律があることも知らなかった。

第一条はこうなっている。

家庭等における生活の安定に寄与するとともに、次代の社会を担う児童の健やかな成長に資することを目的とする。

そのために児童を養育する人に支給されるそうだ。かなりざっくりした法律である。

この法律の良い所は第15条だ。

児童手当の支給を受ける権利は、差し押さえることができない

と具体的に禁止されている。

子供のために使わせなければならないという、使途限定付きの給付ということになる。

たとえば税金や保険料を滞納している家庭では、児童手当も収入のうちだから差し押さえたくなるのが役所の人情だが、それを先回りして禁止しているわけだ。

そこで役所は考えた。

児童手当は手を付けてはならないが、いったん銀行に振り込まれれば、それは児童手当ではなく、銀行預金となる。だからそれを差し押さえても違法とはならない。

これはいくらなんでもアコギな解釈である。

ところが、最高裁がこの解釈を容認した。その後、行政機関はあらゆる場面にこの解釈を適用するようになった。

ただ、弁護団によると、最高裁の判断は微妙なところで、「否定はしなかった」ということらしい。

したがって、下級審が「否定」しても問題はない。あとは判事の勇気次第ということになる。

それが今回の広島高裁松江支部の判断である。

実質的には児童手当を受ける権利自体を差し抑えたのと変わりがないから、児童手当法15条の趣旨に反するものとして違法である

そして児童手当を原告に返すように命じた。鳥取県(被告)は上告せず、この判決が確定した。総務省は高裁判決を受けて全国の自治体に通知を発した。

寄稿した勝俣弁護士によると、これで終わったわけではなく、行政はまた新手を考えだす可能性もあり、まだまだ闘いは続くと言っている。

ご健闘を祈る。

 

 

赤旗の法律相談から

質問の要旨

母は特養に入っています。厚労省の方針で「要介護1」の母は施設を出なければならなくなります。

母は軽い認知症です。母の財産は弟が管理していますが、弟は「母の面倒を見るのは無理だ」といいます。

私が母を引き取る場合、介護や医療の費用を出してくれるよう、弟から念書を取りたいのです。

実は、弟は母名義の土地を担保に借金をしているようです。母にどのような財産があるか弟に聞いても、怒りだして教えてくれません。

弟が合意しなかったり、お金を送ってこなかったりする場合はどうすれば。

また母の土地がどうなっているかも心配です。

(鹿児島県・P子)


弁護士さんの答え

あなたと弟さんの間で合意ができれば、「母の介護・看護に関する親族間の合意」という正式な念書を作ります。

1.母が特養ホームを退所したら、あなたが世話する

2.弟はあなたに母の介護・看護費用を送る

3.あなたは弟に対して金の使い道を報告する

というものです。

弟さんが合意しない場合、あなたがお母さんの後見人になる方法があります。

家庭裁判所に必要な書類(これが山ほどある!)を添えて申し立てます。

家庭裁判所があなたを後見人に選定すれば、あなたがお母さんの財産管理をします。お母さんの口座のある銀行に預金記録を見せてほしいと言えます。

土地については、法務局で土地の登記簿を取ります。土地の所有者が誰か、抵当権が設定されているかなどを調べることができます。


ということで、いかにもありそうな話。

問題はこの弟が悪い人間なのかどうかということだ。

鳩山元首相が母の金を使って選挙運動をやって問題になり、結局首相をやめたのだが、昔風の考えで行けば「家の金を使ってどこが悪い」ということになる。

母親は特養に入ってあとは安らかに余命を全うしてくれればよい。家督を継いだのは自分なのだから、資産の運用は自分の権利であり責任でもあるのだ。

と、弟が考えても何の不思議もない。なにせ鹿児島だ。嫁に行った姉がしゃしゃり出るような話でもない。現にこれまでは問題もなく経過してきた。

そこに特養追い出しという青天の霹靂だ。嫁さんからは「義母の世話なんてまっぴら」とダメ出しされて(かどうか知らないが)、姉に泣きつく。

姉から見れば、ずいぶんと虫のいい相談だ。本来なら、「養育義務を放棄するなら、資産も放棄せぇ!」ということになる。現に、チラチラとそういうフシもうかがえる。

そうは言っても使ってしまったものは戻らない。そこをねちねちと突つかれて、ついカッとしてしまうわけだ。


問題の解決法は、法律的にはともかく、弟が洗いざらいしゃべることだ。

母親の財産をどう運用して、それがいまどうなっているのか、

「母親の面倒を見るのが無理」という、本当の理由

この二点について本音を吐露すれば、その後の処理はずっとやりやすくなる。なにせ血を分けた兄弟・親子なのだから。


もう一つは、身に染み付いた古い「家族」の概念を捨てることだ。親の扶養は子供の義務ではない。

極論を言えば、母親の引取を拒否しても構わないのだ。なぜなら日本国民の扶養は国家の義務だからだ。(おそらく法改悪が成立しても既入所者の追い出しはできないはずだし、もしホームがそういうことをやれば違法行為となる)

特養からの追い出しは、「入所時契約の不履行」であり、「扶養責任の放棄」に相当する重大な不作為である。

これから団塊の世代が高齢化し、子供の世代はワーキング・プア化する。その中で新たな親子関係づくりが否応なしに迫られている。

それにしても罪作りな法改正だ。JR北海道への対応といい、下々をいがみ合わせて、自らの責任については頬ッかぶりという姿勢が気に食わない。


参考までに、業種別の離職率調査(2012年10月 厚労省)

新規学卒者の離職状況

中学、高校、大学の卒業3年後の離職率は、それぞれ62.1%、39.2%、31.0%となっています。
(いずれも平成22年3月卒業者)

https://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/9/e/9ef486a2.jpg

3年未満の離職はキャリアを伴わない離職とみなされ、再就職は困難になることが多い。

【学歴と賃金上昇】

https://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/2/3/2310c701.jpg

https://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/8/f/8fdd356f.jpg


新規大学卒業者の卒業3年後離職率

事業所規模別

5人未満

61%

30人未満

50%

100人未満

38%

500人未満

31%

1000人未満

28%

1000人以上

22%

産業分類別

製造業

18%

建設業 

28%

電気・ガス・水道業

9%

情報通信業

23%

運輸・郵便業

23%

卸売業

28%

小売業

38%

金融・保険業

20%

宿泊・飲食サービス業

51%

教育・学習支援業 

49%

医療・福祉

38%

共産党の提起に水を指すつもりは毛頭ないのだが、離職率の公表はすでに1年前から始められている。

ただし、これは業種別の離職率にとどまっていた。これではブラック企業を特定することはできない。それを良いことにブラック企業は貪り続けてきたわけだ。

企業別の離職率を発表するのは、たんなる調査結果の発表にとどまらない。それ自体が一種の行政処分となる。まさに「ブラック企業にお仕置きよ!」の世界だ。

ここが今度のブラック企業の離職率公表の環だ。ただ企業名公表は田村厚労相の答弁のレベルに留まっており、今後、実施に際しては企業側の抵抗も予想される。

とりあえずは、厚労相が国会答弁で企業名公表を約束したことを大々的に宣伝すべきだろう。雇用のヨーコが拡散するのが一番効果があると思うが。

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赤旗が日経新聞の「やさしい経済学」という記事に噛み付いている。

7日付の日経では、「非正規雇用の約8割という大多数が、みずから選択した本意型であることも事実 」と書いたそうだ。

これは記事を読まなくてもデマ、ないし欺瞞的手法により抽出した数字だということが分かる。記事を書いた記者の心根の卑しさがモロに現れている。

と言いつつ、どんな“事実”を元にこのような「意見」をでっち上げたのかは気になる。

赤旗によると、このネタは総務省の「労働力調査詳細集計」という資料に基づいているようだ。

そのなかに非正規雇用労働者へのアンケート調査があって、非正規雇用に衝いた理由を尋ねている。

この調査項目は7つの理由の中から、一つを「主な理由」として選択する方式になっている。その7つの「理由」の中の一つが「正規の職員・従業員の仕事がないから」というもので、これを主な理由としたものが、18.5%しかいなかったというものだ。


私の考えでは、

アンケートというのは意識調査であり、客観的に示された数字との関連で考えなければならない。正規雇用の口が求職者に比べ圧倒的に少ないのは間違いない事実だ。「正規の職員・従業員の仕事がない」のは、意識調査のそもそもの大前提だ。有効求人倍率が0.5という数字にも、我々は驚かなくなっている。(これ自体が大問題だが)

だから、非正規雇用労働者の18.5%しかみずからの境遇を不満に思っていないことこそが大問題なのだ。「いじけ」なのか「あきらめ」なのか、どっちにしても健全な社会心理ではない。日経新聞の正社員であるこの記者は、「勝ち組」のひとりとして、この数字が当然だと思っているようだが、それも想像力の鈍麻であろう。


ということで、記事に戻る。

この記事を書いた清水記者は、この質問のもう一つの内容に注目する。

この質問は多少複雑な型式になっている。まず7項目から複数回答させる。そしてそのなかの「主な理由」に二重丸を付けさせるようになっている。

そこで「主な理由」以外のすべての丸印をチェックしてみた。

すると次のことが分かった。

1.「正規の職員・従業員の仕事がないから」に丸をつけたのは25.1%となった。

2.男性のみで限ると38.1%となった。

3.さらに男性群を年齢別ににると、25~35歳で58.9%、35~45歳で61.5%、45~55歳で59.6%となった。


此処から先は清水記者ではなく私の感想

ジェンダーの人にはあまり聞かれたくないが、主婦でちょっとパートという人たちを混ぜることで、ことの深刻さを覆い隠そうとしているとしか思えない。

日経の記者の方へお願いしたいが、あなたと同年代の、かつては同級生だった人たちが、正規の職につけなかったら、あるいは正規の職を失ったらどういう気分になるのか、ちょっとは想像力を働かせてほしいと思う。

そうすれば「非正規雇用の約8割という大多数が、みずから選択した本意型であることも事実 」などというセリフはとても吐けないはずだ。

赤字続きの経営には共通した特徴がある。職員・社員の赤字慣れである。

日本航空の再建の時、日航に乗り込んだ京セラの社長は「経営第一」と呼号した。労働者は一斉に反発した。しかし私は密かに頷いた。経営第一というの は決して安全第二とか安全軽視というのではない。一つには経営がなくなれば安全など吹っ飛んでしまうことだ。会社があるからこそ安全が必要になるのだ。

もう一つは、安全を守るという課題も、経営を守るためということで一本ピーンと筋が入るからだ。「経営を守る」ということで労使が共通の価値観に立 ち、職場のモラルが向上することだ。研究開発の問題も安全の問題も労働条件の問題も顧客サービスの問題も、いろんな切り口で考えうる。それ自体は短期的に は利益を生まないからだ。それを経営を守るという価値観で一致させることで整序していくことは、きわめて大事なことだと思う。

以前、あるリハビリ専門病院があって、当時の診療報酬体系もあって赤字続きだった。毎年赤字が膨らんでいくので、調べてみたら、交通費が異常に高 かった。病院に来られない患者のためにリハ技師が往診診療していた。技師は往復タクシーを利用してタクシー代は病院の持ち出しだった。

リハ技師は「これこそが患者の立場に立った良い医療だ」と胸を張っていたという。

あえていう。経営を守ることなくして安全を守ることはできない。だからこそ、今回の事故を招いた主犯として、国を断罪せざるをえないのだ。


JR北海道は三つの重みを背負っている。

最大のものは基金からの支援のやせ細りである。毎年の援助金は発足当初の1/3まで減った。その分がそっくり経営赤字に上乗せされている。

第二は旅客数の減少に歯止めが掛からないことである。とくにローカル線の衰退が顕著である。

第三は高速道路との競合である。稼げるはずのところが稼げなくなっている。高速道路を建設するのは基本的には国である。道路建設費を削ってJRに回せば、大量高速輸送にははるかに効率的であるが、道路族がそれを許さない。

要するに国と政府がJR北海道の首を絞め、ボディーブロウを連打しているのである。

そのことを考えれば、「JR北海道、良くやった」とまではとても言えないが、ファイティングポーズを崩さずに頑張ったのだろうと思う。

秋月さんのブログより転載

この表は明らかに変だ。赤字309億円から安定化基金収益254億円を差し引いてもなお赤字だ。なのに純利益が13億円ほど計上されている。
これについては
アゴラ2013年10月04日の記事「JR北海道の経営の真相」(森本紀行氏)が明らかにしている。

経営安定基金は、1987年4月1日のJR分割時に、構造的な事業赤字を補填するため作られた。
合計で1兆2781億円、北海道には6822億円が割り当てられた。当時の国債利回りは5%くらいであり、年間で350億円程度の収益が見込まれ、事業の構造赤字を穴埋めすることとなった。
しかし国債金利はほとんどゼロとなり、基金が生む運用収益はほとんど期待できなくなった。
このため、JR北海道は「鉄道・運用機構」にみずからの資金を貸し付けるという運用(実質的な利子補填)で、収益をあげているようである。
さらに2011年からは鉄道建設・運用施設整備支援機構特別債券という新たな支援スキームが立ち上げられた。この特殊な仕組みを通じて、55億円の補助金が投入されている。
254億円の経営安定基金の運用収益に、この55億円の補助金を合わせた309億円で、全く同金額の309億円の営業赤字を相殺していることになる。

千歳空港乗り入れで、バスから乗客を奪った。複線・電化で小樽、岩見沢、千歳までを支配下に収めた。千歳・帯広間の飛行機を廃線に追い込んだ。函館や釧路でも飛行機との戦いに勝利しつつあった。

基金からの支援が当初見込み通り続いていれば、黒字への転化も夢ではなかったのである(偽りの黒字ではあるが)。

安全の問題はつまるところ経営の問題である。国が姑息なファイナンスの手法に頼らずに、北海道における交通体系の将来構想を打ち出さなければならない。

そうしない限り、この問題な解決されないままに終わり、JR北関道の野垂れ死にをもって終焉する他ないだろう。



 このあいだ、JR北海道の事故問題についての学習会があった。

講師の話を実際に聞いてみて、まことにひどいということがよく分かった。経営の柱から安全という心柱がすっぽり抜けていた。

原因は国の北海道切り捨て、地方切り捨て、国民生活切り捨ての政策にあることもよくわかった。

問題は展望だ。

じゃあどうするのか。

講演が終わってからの飲み会で、私は「もう頑張らなくてもいいんじゃないの」といって、それが大問題になった。

「あなたともあろう人が、そんなこと言うとは何ごとか」と血相を変える人まで現れる始末だ。

そもそも経営が成り立つような話ではないのだ。

まず第一、鉄道というのは大量輸送機関である。運ぶ量が大量であればあるほどその威力を発揮する。

私は4年間釧路で暮らしたが、根室まで行く線路も網走まで行く線路も利用しなかった。一度だけ「どんなもんじゃろ」と思って根室からの帰り道汽車に乗ったことがある。厚岸まではほとんど客は居なかった。釧網本線も似たようなもので、せいぜい標茶までだ。バスもガラガラなのに変わりはない。

要するに人なんか居ないのだ。いても、高齢で動けないか、動ければ車でという人ばかりなのだ。

こういうところでは、大量輸送機関ではなく少量輸送機関が主役とならなければならない。

第二に、鉄道というのは動脈なのだ。脈を打ちながら酸素と栄養を送り込む装置なのだ。そういう時代にあっては鉄道事業の採算性は別の角度から検討される。最初は赤字でもいつか必ずそれは大地の恵みと結合して果実をもたらすのだ。

鉄道というのはたんなる道ではない。それは未来へつながる路であり夢なのだ。もしそうでなくなったのなら、事業としての鉄道は経営の論理に従って裁断されるべきだ。夢の重みをいつまでも背負わされる必要はないと思う。

国鉄の分割・民営化のとき、北海道や九州が一番の貧乏くじを引かされた。交通というのは行き来だ。端の部分は当然めぐりが悪く、真ん中ほどめぐりのいいのは、小学生でも分かる。

しかし端があってこそ、中も維持されるのであるから、相応の援助は当然必要なはずだ。
これはもちろん程度問題で、この論理は野放図には拡大できない。あくまで基本は自助努力だ。

では援助の量的基準は何によって決まるか、それは最低限としてユニバーサルな保安基準に規定されるだろう。

ユニバーサルな保安基準を満たすため、経営上これだけ足が出ると言われたら、その分は最低、援助しなければならない。



これがシャノアールの求人サイト



「鮮度」云々は問題外だが、契約社員問題で戦々恐々としている企業は、我が陣営をふくめて、相当数に上るだろう。

一度食べると、その美味しさのあまりに病みつきになってしまう。これは契約社員依存症だ。
そろそろ、けじめをつけるべき時ではないか。

素直に考えて、これは差別という他ない。幹部社員を優遇するのも差別という人がいるが、形は似ていてもまったく違う。

雇用機会が何とかというのは後智恵にすぎない。
タバコのみや酒飲みが、タバコにもいいところはあるとか何とか言うのと同じだ。

しかも差別というのはモロに相手に迷惑かけるから、まことにもって非道徳的である。

これは「風土」ではない。しかしその内「風土」になってしまかもしれない。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というが、赤信号では止まるという勇気もだいじだ。

だれだって、いつだって、年取ったって、輝いていたいのだ。

伊豆大島 TV報道がおかしい。
完全にピンが抜けている。大島町バッシングだけが浮き出している。
取材も非本質的な部分で過剰だ。
誰が仕切っているのか知らないが、こういうメディアなら、ないほうが良い。

気象庁が罪を大島町になすりつけようというのも常識外だが、それを最大のニュースとして町役場のバッシングに狂奔するメディアもあまりにむごい。離島の自治体に対する嘲りとしか聞こえない。TVメディアはいつからこんなに下劣で酷薄になったのか。

少なくとも生存可能性のある72時間までは、被害の全容把握と救援活動とに全精力を集中すべきだ。そして現場で頑張っている人たちを励ますべきだ(役場職員もふくめ)

すくなくとも、不眠不休で頑張る人たちの背後から、「お前が悪いんだ、お前が殺したんだ」と悪罵を投げつけることではない。

災害報道の歴史に残る大汚点として、今回のTV報道は記憶されるべきであろう。

下記の文章がきわめて説得的である。

『離島経済新聞』『季刊ritokei(リトケイ)』発行人兼編集長

投稿日: 2013年10月17日 10時35分

伊豆大島の災害。どうか慎んだ報道をお願いしたい

1927年から2008年までの島の歴史が記された伊豆大島小史には、天災による犠牲者数も記録されていますが、この記録を見る限りでも1927年以降でこれだけ多くの犠牲者を出された災害はありません。

近年、都心では近代的な安心安全システムが構築されていますが、同じ東京都であっても島はそれほど近代化していません。しかし、システムに頼りきれない分、島には長い歴史の中で得てきた自然とともに生きる知恵が継承されており、災害意識もけっして低くないと私は感じています。

大手メディアやSNS上の情報を見ると「避難勧告出さず」「災害救助に報道ヘリが邪魔をした」という情報が目立っているように見受けられ、救助活動が一心に行われている状況下なのに、ただ誰かを責めるような言葉も目に入ります。

約8000人の島人を守る町長にとっても「初めての経験」である豪雨です。小さ な島だけに犠牲者が知り合いであることも多く、島人の誰もがショックを受けていることをどうか理解いただき、慎んだ報道をお願いしたい。

「防災」について、確かに今後検討を重ねるべき本質的課題はありますが、今は直近で解決すべき課題が優先です。

抑制された筆致で書かれているが、鯨本さんの歯ぎしりの音が聞こえてくる。

この文章に、現地の方がリプライしている。
21時間

近隣に住んでいるので2度取材を受け、同様のことを感じました。狭い島では行政対住民と切り分けることはできないし、誰かが苦しむのでなくみんなで先に向かっていく大事なときです。


共産党のブラック企業規制法案

正直いって、この手の文章は苦手で、つい飛ばしてしまうことも多い。一応目を通しておく。

まず提案理由であるが、

1.若者を使い潰すことは「許せない!」という至極単純なもの

2.放置すれば日本事態に深刻な影響を及ぼす。これは「悪貨が良貨を駆逐する」の論理かな

と、まぁ“雇用のヨーコ”レベルの単純明快なもの。

法案の柱は三つある。

1.長時間労働を制限するための仕組み

2.ブラック企業がブラックであることを周知させる仕組み

3.職場でのパワハラの防止策

同時にブラック企業の根っこにある「非正規」枠の拡大政策をやめさせることを訴えている。

と、ここまでは特に目新しい物はない。

しかし具体策に入ると、その新鮮さは眼を見張るものがある。現場の若者の創意があちこちに散りばめられている。


1.まず長時間労働を制限するための仕組み

A) 労働時間台帳づくり

勤務時間の一覧表を作り公開する。これはタイムカード記録をエクセルで表にすれば、明日からでもできる。

このために労働基準法の第108条を改正する。

B) サービス残業がバレたら残業代を2倍にする

これはそもそも違法行為だが、有効な罰則規定がないために野放しになっている。

もちろんきちっとした罰則規定を設けることが主眼ではあるが、通常1.3倍の残業代を2倍にして払わせる、ということだ。

このために労働時間等の設定の改善に関する特別措置法を改正する。

C) 労働時間は総量だけでなく連続勤務も制限する

年間総残業時間を360時間にする(これはなかなか難しい)、同時に7日ごとに1日の法定休日を保障する。

現場では総残業時間よりも連続勤務のほうが問題視されていることの反映でしょう。

D) 連続11時間の休息時間を保障する

これは勤務明け以後に最低11時間の「休息時間」を保障するということだ。家に帰って一眠りするのに、これだけは最低限必要だということだ。

2.ブラック企業がブラックであることを周知させる仕組み 

これはまったくユニークな政策だ。「ブラック企業ににお仕置きよ」の世界だ。

そもそもブラック企業なる考えが最近のものであるし、ましてやその規制は手つかずの状態にある。それを現場目線で規制していこうというものだ。

A) 離職者数を公表する

意表をつくブラック企業の“定義”だが、これが有効らしい。

ブラック企業は若者を「正社員」として雇う。いまどき「正社員」の肩書はまばゆいばかりの光を放っている。

「提案」ではこう書いている。

ブラック企業の特徴の一つは大量採用・大量離職です。…ブラック企業が成り立つのは、「正社員で募集すれば、いくらでも人は集まる」という労働市場になっているからです。

働いている人は「やめたら正社員での再就職はできない」という恐怖感から、連日、深夜になるまでの長時間労働にも、パワハラやイジメにも耐え、しがみつかざるをえない状況に追い込まれていきます。

にもかかわらず、肉体的・精神的に耐えかねて離職するものが後を絶たないというのが、ブラック企業たる所以だ。

したがって、就活時の会社案内に「ブラック企業」と書く必要はない。新規採用者数と退職者数を公表させれば良いということになる。現場ならではの発想だ。

B) ハローワークに求職者の問い合わせに対応するシステムをつくる

就職を検討している会社がブラック企業に該当するかどうかをハローワークに問い合わせたら、それに応える仕組みだそうだ。これは正直どうだろう。また厚労省がブラック企業の手口を周知・啓蒙するとしているが、「おれおれ詐欺」と違って明白な犯罪行為ではないから、なかなか限界がありそうだ。

C) 誇大広告・虚偽記載をやめさせる

これは求人広告のフォーマットを規格化する、ということだろうが、罰則規定がないと有効なツールとはなりにくいのではないか。

3.パワハラをやめさせる

これはなかなか法律に馴染みにくいところがあって、実際にはいじめている方も一種の被害者であることが多い。

提案は「やめさせます、取り締まります、指導します」の努力目標のオンパレードだ。最終的には企業名の公表という手段が残されているが、実効性には乏しい。

まぁ、ここは本丸ではないということだろう。

共産党はすべての会派に賛同を呼びかけ、国民的な議論を起こすという。

法案そのものが通る見通しは薄いが、「新規採用者数と退職者数を公表させる」という一点はかなり頑張って押し込んでみたいところだ。

みずほインサイト 2013 年 9 月 30 日

高止まりが続く男性無業率

無業者の実態把握と支援の強化が必要

みずほ総研 政策調査部 主任研究員

大嶋寧子

要約

1.15-59歳の既卒男性に占める無業者の割合

無業率は、バブル崩壊後に急上昇したのち、高止まりしている、

https://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/b/5/b53a6108.jpg

既卒男性(15-59 歳計) 総務省「就業構造基本調査」1より作成

20年間で無業率の増加幅の大きかった世代は20代前半で6.8%、次いで20代後半の6%、10代後半の4.8%となっている。


2.背景には失業者の増加に加え、非求職者、非就業希望者の増加がある。

https://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/6/7/67a2f57b.jpg

2002年以乖離がやや拡大している。無業率の高止まりには、非求職者や非就業希望者の増加が関連しているといえる。

単純に割って良いものかどかわからないが、無業率を総失業率、求職者比率を顕性失業率と考えると、不顕性失業者の顕性失業者に対する比率は(無業率ー求職者比率)÷求職者比率 として表すことができる。

これを年度別に計算すると、92年1.63、02年0.74、12年1.16となる。

つまり92年のバブル真っ盛りの時代には極端な低失業率を背景にして、あえて仕事につかないという選択が基本モードだったのが、02年にはそれどころでなくなって、一生懸命職探しをした。12年になるとそれにもかかわらず職につけないまま就職をあきらめるというパターンが主流になっているということである。それが就活中の失業者の1.16倍にのぼっているということだ。

3.非求職・非就業希望の理由として、「病気・けが」などが増加している。

4.非求職者・非就業希望者の増加には、求職活動の困難さが関係している。

5.1992年以降の無業率増加により、男性有業者は141万人、家計所得は2.8-7.7兆円減少したものと推定される。



赤旗経済面で紹介されていたのであたってみた。
おそらく5.の試算が自慢であろうが、私には良く分からない。

以前から失業率で見ていくのは、構造不況の時代には不適当と思っていたので、「無業率」の提起はなかなか魅力的である。

しかもリーマン・ショックの後、無業率と失業率のあいだの乖離が広がっていることを数字で示したことは重要だ。

この研究ではさらにその理由にまで踏み込んでいるが、あまりスッキリした結論は出ていない。

しかしだいじなのは、就活していない若い層に、これといった理由がないことだろう。強いてあげればいろいろ出てくるだろうが、どちらかと言うと理由というより言い訳に近い。要するにドロップアウトしてしまっているということだ。

あとは、中高齢層で精神疾患が多いということも目立つ。

安倍政権の労働規制緩和は、この傾向をさらに強めることになる。「世界一企業にやさしい国」というのは、「世界一労働者に厳しい国」ということになる。

SHOP99に入社した2006年当時、清水さんを過酷な労働に追い立てたのは、非正規雇用が拡大し、正社員になるのが困難な社会状況でした。
高校卒業後、就職難でフリーターを8年間続け、「賃上げなんて想像もできない。将来どうなるのか不安だった」といいます。
ハローワークで正社員の仕事を探した所、見つかったのは配管工とSHOP99店員の2件だけ。選び間違ったのではなく、選択肢がなかったのです。
SHOP99に採用されると、わずか9ヶ月で店長にされました。実際には権限がないのに、「管理職」扱いで残業代がなくなり、手取りは店員時代の約30万円から約22万円へと大幅ダウンしました。

ランク付け
月1回の店長会議では、店舗の売り上げ、人件費、利益率など、あらゆる指標でワーストランキングが示され、成績の悪い店長は立たされ、追及されました。
清水さんが配属された店舗は、すべての指標でワースト10に入る状況でした。
「何が悪いと聞かれても、店舗の立地条件が悪いとしか言いようがない」
しかし、ドラマ「半沢直樹」のように上司に言い返すことなどおよびもつかず、自分が追及されないか、いつもビクビクしていました。
会社が人件費を売上の9.8%に抑えるため、慢性的な人で不足で、休日返上で働き続けました。
24時間営業のテンポに正社員は店長一人だけ。勤務シフトに入れるアルバイトがいなければ、自分が入らなくてはなりません。
「休日でも、利用客から苦情があれば、対応できるのは自分一人しかいないので、24時間スタンバイ状態です。絶対に逃げられません」
1ヶ月の総労働時間が343.5時間になったことがありました。37日連続勤務もありました。
レジで「ありがとうございます」の呂律が回らないなど、自分が壊れていきました。

3倍きつく
体を壊して休職していたあいだ、多くの支援を受けて裁判を闘い、働き方を見つめなおしたという清水さん、あらためて振り返って言います。
「個人がまじめに働くだけでは、限界があって、働く環境を何とかしなければいけない。行動しないと変わらない」

https://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/0/6/06621f93.jpg


なかなか、この記者できる。話を要領よくまとめている。
いま政府と財界が企んでいる労働条件改悪が、具体的に現場にどう影響するのかがよく分かる。
このようなFacts を基礎に彼らの狙いを見抜いていく「目と構え」が重要だろう。

間接差別というのがあって、これを禁止するようだ。
間接差別というのは
表向き、性別を理由にしていないけれど、事実上女性を差別することを言うのだそうだ。
これは男女雇用機会均等法の第7条に規定されているそうだ。
具体的には
1.一定の身長・体重または体力を要件とすること
2.転居を伴う転勤を総合職の要件とすること
3.昇進にあたり転勤経験を要件とすること
だそうだ。
これが現在の基準なのだそうだが、今度これが拡大されることになったというわけだ。

現場での男女差別という現実は少しも改善されないまま、条文だけが先鋭化していく感じだ。しかもこれは立身出世の「権利」をめぐる、いわばエリートの運動だ。
男女ふくめた労働条件の改善がもう少し進まないと、むしろ反感を煽る結果になるのではないかと危惧する。

どうも「間接差別」というのは嫌な言葉だ。むかし解放同盟が「差別だ、差別だ」と騒いだのに似ている。最後には「お前が生きていて、息をしていることが差別なんだよ」ということになりかねない。
私なんか日頃から差別用語の連発だから、何時の日か「糾弾」されるか分かったことじゃない。

私は民医連に入る時点で人並みの立身出世の路を放棄した。その上で、40年ほどの在職期間中に16回の転勤を経験している。もちろんその間に無数の出張も経験している。すべて単身赴任だ。
医療にとって、経営にとって必要なだけでなく、何よりも職員の団結にとって必要だったからだ。
逆に言えば、そうやって相互信頼を築いてきたから、戻ってこられたわけだ。

勤医協以外では、悲惨な例も知っている。「大変厳しいので行ってくれ、頼む」と言われて研究を中断し、地方に派遣され、そのまま戻ってこれなかった人もいる。そういう人に限っていい人だ。
派遣した医局長がどういう人で、どうなったかは知らない。

言いたいのは、能力がある人が転勤できないということで差別されるのを当然だということではない。しかし会社は具体的貢献に応じて給料を払うのであって、「能力」に対してカネを払うのではない。転勤経験は転勤経験としてしっかり評価せよということだ。

行く先は現場であり修羅場である。決して龍宮城に行くわけではない。しかも家族も巻き添えだ。うちの嫁さんも一応女なんですけどねぇ。子供は「転校生」としてひと通りの通過儀礼を強制される。

自分の留守の間に同僚が昇進し、戻ってくる場所もポストもなくなっているというのでは、転勤が経歴上のハンディとなり、一種の懲罰になってしまう。
やっと帰ってきても「あの人10年前から化石になっていて、使いものにならないんじゃない。それより私のほうが断然有能よ」と後ろ指さされかねない。
あまりに浮かばれない話である。

また、「それが差別なんだよ」と言われかねないが…
お互いに相手の足を踏みつけながら、片方は「これが女性差別の痛みなんだよ」と叫び、もう片方は「これが転勤の苦しみなんだよ」と叫ぶ。なんとも悲しい図柄である。

著作権がよく分からなくて、ネットで少し調べてみた。

ウィキペディアはさっぱり分からない。知的財産権とか知的所有権の一部だということになっているが、言われりゃそうかもしれないが、小説や音楽の世界と、製品特許やノウハウの世界とは別物だと思う。きちっと住み分けしないと、かえって問題を混乱させるのではないだろうか。

疑問は二つある。

一つは、本人に属する権利なのになぜ子や孫まで権利を享受するのかということ。

二つ目は、著作権というのはそもそも所有権なのかということ。

たしかに著作権を持っていれば、打出の小槌みたいなもので、何の苦労もせずに金が転がりこんでくる。一種の錬金術のマシーンみたいなものだ。しかしそれは本質的に属人的なもので、売り買いできないのではないのか? 子孫は相続税を払っているのか?

などと、それに付随していろいろな疑問が湧いてくる。

とにかく70年に延長せよという人の論理がよくわからない。ネットで探してみたが、それらしい文献はほとんどない。

著作権保護期間延長を擁護してみる 白田 秀彰とロージナ茶会

というページがあったので、とりあえず読んでみた。白田さんという人は法政大学の先生で、著作権保護期間の延長には反対の人のようだ。しかし推進派の言い分を紹介してくれているので、以下にノートする。


(社)日本音楽著作権協会
 文化芸術の担い手である創作者の権利を保護し、新たな創造を促進すべきである。
 「知的財産戦略の推進」を国策としている我が国は、著作権保護のあり方について国際間の調和を図るべきである。
 我が国のコンテンツ創造サイクルの活性化と国際競争力の向上を図るべきである。
 以上の点から、著作権の保護期間を欧米と同等の「死後70年」に延長すべきである。

ということで、インセンティブの保障と、国際間の調和の二つであり、3点目は白田さんもいう通り、「そうなったらどうしよう」という不安へのコメントであり、論拠にはなっていない。

TPPで農業が崩壊するという不安に対して、「創造的に努力して国際競争力を強化すべきである」というのと似ていなくもない。

ただ子孫まで70年にわたって生活を保証してやることが、芸術家にとってどれほどのインセンティブになるのかが、この文章からは分からない。子孫まで生活を保証しようというくらい堅気の人が芸術家になるわけはないし、立派な芸術を創造できるとも思えない。

結局、保護期間延長のポジティブな根拠はなにもないのである。いわば「世界の趨勢がそうなっているから仕方ないだろう」というのが唯一の根拠だ。これもTPPの論理とそっくりだ。

それで、世界の趨勢だが、たしかに保護期間延長の方向に議論は進んでいる。では世界ではJASRACとは別の論理で議論されているのだろうか。

白田さんの文章にはそこのところは言論的にしか触れられていない。

ただオモシロイと思ったのは、著作権というのは所有権ではなくて、排他的な独占権だという指摘だ。まぁこれは著作権にかぎらず特許とか知財権一般について言えることだが。

他の人に出版・販売させないよという権利であり、階級性があるということになる。芸術家が弱者である限り大手の出版社に対する防壁となる。しかし創作者が同時に強者(たとえばディズニー)である場合は、“不当な”利益をむさぼる根拠となる。

その辺の線引は難しいが、やはりその人の死をもって著作権を消滅させるのが一番妥当なような気がする。

実際には出版は事業として営まれており、出版社ないしエージェントの利害が絡んでくるのだが、それはカラスの勝手という以外にない。もし必要なら、再販禁止法とか別途考えるべきだ。

医者という人種は労働者意識が希薄で、とりわけ民医連の医者などは自分を殉教者くらいに思っているから、労働基準法などとんと知らない。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO049.html

に全文が載っているので目を通してみた。

この法律の制定は昭和22年4月。ということは憲法・教育基本法と並ぶ基本的人権の三本柱ということになる。

ずいぶん改正を重ねているようだが、基本的柱は揺らいではいないようだ。

第一条は「労働条件の原則」というタイトルがついている。

第一項 労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない

第二条は「労働条件の決定」というタイトルだ

第一項 労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである。

第三条は「均等待遇」、第四条は「男女同一賃金の原則」である。(省略)

第五条は「強制労働の禁止」、

「強制労働」の定義は、慰安婦問題と照らしあわせて面白い。

使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。

第六条は「中間搾取の排除

派遣労働がそもそも労基法違反であることが分かる。

何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない。

第七条は「公民権行使の保障

政治活動の制限が法律違反であることが分かる。法律違反をしているものが捕まらずに、権利を正当に行使しているものが捕まるのは、天地がひっくり返っている。

使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない。

まして、休みの日のビラまきまで捕まえるなどもっての外である。

ここまでが第一章 総則 となる。以下13章まであるのでとりあえずサラサラと行く。

第二章 労働契約

第14条 「契約期間等

労働契約は、…三年を超える期間について締結してはならない。

これについては後からいろいろな除外規定が設けられている。

第20条 「解雇の予告

使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。

IBMのロックアウト解雇など問題外だ。しかし次の21条でずいぶんいろいろな例外規定が設けられている。

第四章 労働時間その他

第32条 (労働時間)

使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。 …休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。

これほど有名無実の条文もない。この後長々と但し書きや附則が加えられ、ほとんど無制限となっている。

第37条 (時間外賃金

…通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。

…一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の割増賃金を支払わなければならない。

これにも但し書きや附則がついて、抜け穴が用意されている。しかし元々の条文の精神は知っておく必要があるだろう。

第七章 技能者の養成

使用者は、徒弟、見習、養成工その他名称の如何を問わず、技能の習得を目的とする者であることを理由として、労働者を酷使してはならない

この条文から言えば、一時はやった中国人「研修生」の酷使は明らかに違法となる。

第87条 (請負事業に関する例外)

事業が数次の請負によつて行われる場合においては、災害補償については、その元請負人を使用者とみなす。

こんなことまで労働基準法に定められているのだ。しかしまったく無視されているなぁ


労働基準法は労働者の憲法だということがおぼろげながら見えてきた。

さまざまな労使紛争や労働争議を見るときに、労働基準法を押さえておくべきだということがよくわかった。

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