鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

カテゴリ: 16 国際政治/ラテンアメリカ

ラテンアメリカではこのところ、左翼の復調を思わせる新たな動きが相次いでいます。

1.ボリビアでのMASの勝利

ボリビアでは10月18日の選挙で「社会主義運動」(MAS)が大勝利を収めました。そして11月8日にはエボ・モラレスを支えてきたルイス・アルセが新大統領に就任しました。

この国では、1年前に軍とアメリカの支持を受けた右翼グループがクーデターを起こし、モラレスを追放しました。

彼らはMAS幹部の公職追放と系統的な反MAS宣伝とにより影響力をそごうと試みましたが、国民のMAS支持基盤が非常の強力であったため、権力の維持を断念せざるを得なくなりました。

2.チリ、新憲法制定に圧倒的な支持

チリでは10月25日の国民投票で、ピノチェト時代の憲法の破棄と新憲法の制定が圧倒的に支持されました。

これは軍事独裁時の残滓を最終的に放棄するというだけではなく、選挙の方法をふくめピノチェト時代の復活を二度と許さないという決意の現れです。

国民投票では、市民主導の制憲議会が新憲法を起草することも決まりました。これまでの議会のように軍人に何議席とか上院と下院とか面倒なことはなくきわめて風通しの良いものになります。おそらくこの民主的制憲議会が成立すれば、非民主的な国会は活動を制限されていくでしょう。


3.エクアドル、前大統領派が2月の選挙で圧勝の勢い

コレア前大統領は、2007年に大統領に就任して以来10年間、寡占層と対決しながら国民の権利を守り抜いてきました。

3年前の選挙では副大統領のモレーノに後継を託したのですが、モレーノは国民に背を向け、アメリカ追随とIMF主導の方向に進みました。

これに怒った国民は大規模な反対闘争に立ち上がりました。世論調査でモレーノの支持率は8%前落ち込み、来年2月の選挙を前にすでにレームダック化しています。

裁判所や選管はコレアに様々な罪を押し付け、立候補を禁止し、政治活動を許さず、国外追放しています。

これに対し、コレア派は身代わり候補を立て、中道政党に間借りするなどの対応で登録に成功しました。

4.ブラジル、ルーラ元大統領の出馬を求めるキャンペーン

ブラジルについては山崎先生から貴重な論考を頂いています。AALAニューズの次号から4回連続にわたってご覧いただけることになりました。

ブラジルのトランプ、ボルソナロ大統領の人気はすでに地に落ちています。これに代わり国民の支持を集められる候補として、ルーラ元大統領の人気が高まっています。

ルーラはブラジル史上初めて、左翼勢力の代表として選挙に勝利しました。ルーラの政策は新自由主義に忠実に従ったものでしたが、左翼的な傾向を示し、中南米の団結のためにイニシアチブを発揮しました。

いま、ルーラは汚職の罪を着せられ獄中にあります。国内外に釈放と公民権回復を求める運動が起きています。


5.これらの変化はなにを意味するか

21世紀の最初の10年間、中南米の人々はかつてなく自由で民主的な空気を満喫しました。

それが4年前、トランプの大統領就任とともにアメリカの集中攻撃にさらされるようになりました。

多くの権利が奪われ、ネオリベラリズムの野蛮な掟が復活しました。

そしていまラテンアメリカの人々は、アメリカの手口を見抜き、相次いで反撃の狼煙を上げています。

(日本AALA国際部会での発言原稿)

エクアドル: 勝利に向け最後の直線へ
事実上のクーデターから政権奪還をめざす

コレア大統領の10年間

経済困難とそれによる政治不安が続いていたエクアドルでラアエル・コレアが大統領に就任。この国に政治的安定をもたらし、農民の悲惨な生活の是正に取り組んだ。

コレアは大衆の圧倒的支持のもとに、何回かのクーデターの危機を乗り越え、10年にわたり政権を維持した。

モレノへの政権引き継ぎ

17年5月、コレアは副大統領レニン・モレーノにバトンを渡した。モレーノは自身が車椅子の障害者で、福祉の専門家とみなされてきた。

しかし、モレーノは支持者を裏切り、敵と手を結んだ。メディアが周到に準備された反コレアの一斉キャンペーンを開始した。米副大統領マイク・ペンスがエクアドルを訪問しモレーノの裏切りを称賛した。

エクアドルはキューバ、ベネズエラなどと結んだ米州ボリバル同盟 (ALBA) から脱退し、これと対抗する反共・親米の「太平洋同盟」に加入した。

昨年はじめにはベネズエラの自称大統領グアイドを承認した。キトの大使館は乗っ取られ、追い出された大使らは敵性人として追放された。

モレーノ政権はIMFのパッケージを受け入れた。 40の国家機関のうち13が廃止され、1万人以上の労働者が解雇された。

昨年10月にはモレーノの裏切りと大量解雇に抗議する全国行動が展開された。これに対する弾圧は過酷なものだった。多くの活動家が投獄され、亡命を余儀なくされた。


21年大統領選に向けて

3年間の恥ずべき裏切りと弾圧にも関わらず、コレアへの国民の支持はますます高まった。

21年2月の大統領選に向けコレアは再度の当選を目指し動き始めた。

これに危機感を抱いた国家機関は、コレアの立候補を不可能にするため暴力的手段に打って出た。

政府と検察は、コレアに対し25件に上る犯罪容疑をかけ捜査を開始した。

2020年4月 最高裁はコレアに対し懲役8年の刑を言い渡した。さらに25年間の政治的権利の剥奪も科された。コレアはベルギーに亡命を余儀なくされた。

選挙管理委員会は、コレア個人のみならずコレア派勢力の政治的権利の剥奪にも乗り出した。

当初の届け出団体Fuerza Compromiso Socialは政党登録を抹消され、ついで、選挙のためのキャンペーン組織「希望のための連合」も政治活動を封じられた。

コレア派は休眠政党の民主中道党に宿借りすtるという奇手に出て、候補者登録を狙った。

大統領候補はコレアではなく若い経済学者アンドレス・アラウスをすえ、コレアは副大統領候補に回った。

裁判所は最後に、「いかなる公職であれコレアの立候補を認めない」との決定を下した。

コレア派は、コレアを副大統領で出馬させることを断念。ジャーナリストのラバスコールを副大統領候補として選管に登録申請を行った。
エクアドル大統領候補
       アラウス(左)とラバスカル(右)

コロナでモレーノはレームダックに

4月からエクアドルでコロナが猛威を振るい続けている。感染者の総数は9月中旬までに122,000人に達した。バナナの出荷港グアヤキルでは、街路がコロナで倒れ、放棄された死体で埋まるという前代未聞の事態となった。

8月に行われた世論調査で、モレノの支持率は8%に低下。任期を半年残して事実上のレームダックとなった。

これに対してコレア組が大統領候補のトップに立った。


コレア派勢力の勝利が目前に

南米では10月、春の始まりは政治の始まりでもある。

キトでは、燃料費補助の廃止に抗議するデモが激化した。

政府は抗議行動を避けてグアヤキルに移転した。モレノは「コレア前大統領や、ベネズエラのマドゥロ大統領らが暴動をあおっている」と非難。しかし種をまいて、火をつけたのはあんただろう。

このような戦いの中で、選挙管理委員会はついにアラウスとラバスカルの大統領選出馬を承認した。

今後も反動勢力の巻き返し、謀略など迂余曲折があるだろうが、エクアドルの民衆は着実に勝利へと向かっている。

ニカラグアのハリケーン被害に緊急の支援を呼びかけます

現地時間で16日の午後10時40分、カテゴリー5(上陸時4)のハリケーン「イオタ」Iotaがニカラグア北東部に上陸した。ニカラグアを襲ったハリケーンとしては、観測史上最も強い勢力だった。

ニカラグアは、2週間前にもカテゴリー4のハリケーン「エータ」が上陸し、甚大な被害を受けている。上陸場所はたった24キロしか離れていない。

ニカラグア政府は、80,000家族がイオタの影響を受けると推定し、直接影響を受けた地域に3,500人の医療従事者、2,350人の警察官、365人の消防士を配置した。

ロザリオ・ムリーリョ副大統領は、生命を守るために必要なすべてのことを行った。全国で4万人が避難したと述べた。

2つのハリケーンは、コロナウイルスのパンデミックで苦しんでいるこの時期にこの地域を襲った。

先住民の漁師であるエンリケ・ロメロは、木枠の家がイータに流されるのを見つめていた。彼は衣服、テレビ、わずかな貯金を失った。

「風、雨はとても強いです。周囲の海の音が聞こえます」と住人のシラ・ダウンズは語った。「これはイータよりも悪くなるでしょう…神が私たちを憐れんでくださることを願っています」

11月25日報道追加分

18日 ムリージョ副大統領、少なくとも16人が死亡したと発表。被災者は40万人を超え、5万人以上が避難中。カリブ海沿岸部は約99.5%が停電に見舞われている。

19日 土砂崩れや洪水による死者は少なくとも18人以上に達した。16万人以上が避難を余儀なくされている。政府の担当者は「少なくとも過去40年で最も強いハリケーンだ」と指摘する。

21日 ニカラグアで21人の死亡が確認された。

25日 ニカラグアのアコスタ財務相は、ニカラグアで44,000近くの家屋が全体的または部分的な被害を受け、7億4300万ドルの経済的損失が発生したと発表。

25日 国連人道問題調整事務所(UNOCHA)、ハリケーンイータで中米7か国の約300万人に影響を与え、最大55億ドルの被害をもたらしたと述べた。

25日 米州開発銀行(IDB)、中央アメリカ全体を襲ったIotaにかんして17億ドルの援助を約束。

支援の相談はAALA事務局へ


Nov 9, 2020
BOSTON REVIEW by GIANPAOLO BAIOCCHI, MARCELO K. SILVA


の要約です。

「ボルソナロの知性との戦争」または「ボルソナロによる知性の圧殺」

リード部分

ブラジル大統領は大学に対する攻撃は民主主義を脅かしている。それはあの軍事独裁政権の暗い日々を思い起こさせる。

ボルソナロの大学への介入は就任以来25件に及ぶ。彼は教授たちに圧力をかけ、保守派の候補をゴリ押ししてきた。

そのために大学の予算を削減し、ソーシャルメディアでフェイクニュースを拡散し、敵対的な学者への攻撃を煽り立てた。

ボルソナロの2年間、学者への暴力行為と脅迫が続いた。それは軍事独裁だったあの日を思い起こさせるものがある。


これまでの教育改革

軍事独裁が終わった後、教育改革はブラジルの民主化の中心課題となってきた。

とりわけ2003年から2016年にかけての労働党政権の時代に、それは目覚ましい成果を上げた。

軍政以前に進歩的教育学者として有名だったパウロ・フレイレは、軍政時代は弾圧されていた。しかし民主化後は教育改革のシンボルとなった。彼の思想は教育計画の指針となった。

2003年に労働党政権が誕生すると、高等教育に巨大な投資が行われるようになった。19の新しい大学が創設され、173の市と町(主に国の貧しい北部と北東部)に新しいキャンパスが増設された。

「差別の積極的撤廃」(アファーマティブ・アクション)が施行され、アフロ系学生は公立高等教育の50%を占めるまでになった。


ボルソナロと極右勢力の攻撃

ボルソナロを先頭とする寡占勢力はそれが許せなかった。彼らはボルソナロの大統領就任後、教育分野に集中攻撃をかけてきた。

それはずっと昔から続けられてきた極右による教育攻撃の流れを受け継ぐものである。彼らは長い間、教育部門を文化戦争の重要な前線と見なしてきた。

彼はそれを、「ブラジルの教育の左翼支配」と呼んだ。左翼支配というのはフェミニスト、マルクス主義文化人、「家族の価値観」を否定する急進主義者による支配である。

かれらはずっと「大学の教育の質が低い、学業成績が低い、左翼の養成基地となっている」と、古典的な攻撃を続けてきた。

ボルソナロはさらにこれを煽った。恥知らずなフェイクニュースが撒き散らされた。

例えば、左翼が公立学校で子供たちに同性愛者のライフスタイルを教え込もうとし「ゲイキット」を配布した、学内でマリファナなどの材料を栽培しているなどなど。

そして「政党のない学校づくり」を合言葉に、生徒たちに、教師の発言の隠し撮りとSNSへの投稿を奨励した。

ボルソナロが政権を取ると、取締りの動きはさらに激しくなった。議会で数十の法案が提出された。「ジェンダーイデオロギー」を封殺するため、検閲が認められた。

教科書検定が一層強化され、保守的な教科書以外の採用はできなくなった。

2019年、ブラジルは「思想の自由報告」で、学者の環境の危険度が最悪の国の一つに選ばれた。

最後の拠点・大学への攻撃開始

初等・中等教育への攻撃が集中する中、大学は統治するのがより困難なため後回しになった。最大の障害となったのが大学の自治だった。

69の連邦大学と38の連邦教育機関の総長・学長は評議会で選ばれることになっている。ボルソナロはこれに噛み付いた。彼は上位三者の名簿を提出するよう命じ、その中からボルソナロが選んで任命する方式に切り替えた。

それらの候補者は左派のつながりを事前審査される。

ある大学では、ボルソナロは第三位の候補者を任命した。その候補は評議会の77票のうち3票しか得ていなかった。

大学予算の削減

これらの干渉を正当化し推進するため、ボルソナロは兵糧攻め作戦をとった

2019年に連邦大学の予算は30%削減された。その結果、大学運営システムはほぼ停止状態におちいった。

2020年、政府はさらに進んで、運営予算をさらに40億レアル削減しようとしている。これは大学予算の18%に当たる。

いまや国立大学では暗い廊下、石鹸やトイレットペーパーのない洗面所が当たり前の風景になっている。

予算削減はとくに労働党政権時代に作られた大学に集中している。その典型が、予算の半分以上が削減された南バイア連邦大学だ。バイアは黒人の多い州で、この大学の学長も黒人で女性だ。その学長はインタビューでこう答えている。
支払うべき請求書は山程あります。その中から緊急性を要するものを選び出すのが私の仕事です。大学を運営し続けるためにエアコンはすべてストップしました。

ボルソナロの賭け

大学は軍事独裁政権への抵抗において不可欠な役割を果たした。ボルソナロの大学に対する攻撃は、国の民主主義を脅かしている。

ボルソナロは自らの攻撃力の源を反知性と反左派の感情に頼っている。しかしそれはブーメランのように自分に跳ね返ってくる危険を含んでいる。

ピノチェトを埋葬する」という記事の抜粋。10月27日付のNACLA記事で筆者はJoshuaFrensさんというひとです。テキサス大学オースティン校のラテンアメリカ史の助教授という肩書きです。

憲法改正の国民投票に至る経過

去年の今頃、地下鉄運賃値上げ反対の闘争が起きました。それから1年、チリ国民は1980年憲法を書き直すことを国民投票で決めました。

1981年憲法はピノチェト憲法とも言われ、1973年のクーデターと残忍な軍事独裁の最も重要な政治的遺物となっていました。

公式の数字では有権者のほぼ80%が憲法改正の提案を承認しました。

もう一つの投票項目で、新たな市民主導の制憲議会が新憲法を起草することも決まりました。この議会の議員は来年4月の選挙で選出されます。

鈴木: 実はこちらのほうが遥かに重要です。憲法制定議会が招集されるのですが、この議会は従来の議会のように軍人が何議席というような縛りがまったくありません。おそらくこの民主的制憲議会が成立すれば、非民主的な国会は活動を制限されていくでしょう。多くの南米諸国でそういうコースになりました。

その構成は現在の国会とは無関係です。そしてこれは世界で初めてのことですが、議員は男女が同数になるように決められています。

選ばれた議員は約1年をかけて草案を審議します。そして22年に新憲法を提示し、国民投票にかけます。つまり有権者は今回の国民投票の後、議員選挙と憲法を採択するための国民投票と3回の選挙を行うことになります。

憲法改正には軍事独裁への最終的な告別と並んで、もう一つの意味があります。それは軍事独裁のもとで野放しにされた極端なネオリベラリズムを禁止することです。

2019年10月の大闘争

今回の憲法改正に向けての最初の狼煙となったのが、1年前の地下鉄運賃値上げ反対闘争でした。

若者は抗議し、改札口を乗り越え駅に乗り込み、占拠しました。ピニぇイラ大統領(保守派)は戦争状態を宣言し、サンチャゴの街を封鎖しました。

軍隊が街頭に出動しピニェイラは実力行使も辞さないと叫びました。それはかつてのピノチェトを思い出させるものでした。

この脅迫は若者の怒りに火をつけました。若者主導の抗議運動が全国の都市に拡大しました。1~2週の間にチリは“目覚めた”のです。

何千人ものチリ人が毎晩バルコニーや街角に行き、空の鍋やフライパンを叩きました。それは抗議活動に対する政府の軍事的対応に不満を表明するためのものでした。

デモは2020年10月25日に最高潮に達し、100万人以上がサンティアゴの通りに殺到しました。

活動家は市内の「尊厳」広場を占拠し、自らをプリメーラリネア(最前線)と名付けました。重武装の機動隊が何度も襲いかかりますが、彼らは大衆支援のもと踏みとどまります。

年が明けて1月、サンティアゴのリベルタドール通りとオヒギンズ通りの交差点で両者は激突しました。何百人もの抗議者が、催涙ガス容器とゴム弾の標的となりました。

デモ参加者の16歳の若者が「尊厳広場」の脇の橋から突き落とされましたが、それは完全な映像で公開されました。

多くの市民にとって、それは軍政時代を思い起こさせる悪夢です。平和的な抗議者への警察の無差別攻撃は、市民の怒りを呼びました。

多数の人権団体は声明を発表し蛮行を非難しました。治安部隊の蛮行に対し調査せず、説明せず、責任を取らず、取らせずを繰り返す政府への強い怒りが沸き起こりました。

一般市民の決起(Estallido)と参加型民主主義

サンティアゴの小さな近所の広場では、コミュニティの住民が集まり始めました。市民が過去を振り返り、討議しフォーラムを結成しました。それは社会的エスタリドと呼ばれます。(社会的激発という意味)

自分の近所の集会に積極的に参加している歴史家のロミナ・グリーン・リオハによれば、そのような会合は、「新しいチリを建設したい」という願いが「一人ぼっち」ではないことを示しあったのです。

パンデミックの発生は、これらの行動の多くを一時停止させました。それはまた、もともと4月に予定されていた1980年憲法に関する国民投票を遅らせました。

エスタリドは自由で自発的運動なので、リーダーシップを導入するのは困難でした。とくに外部の政治団体や労働団体に属する人にとって組織を動かすことは厄介でした。

学生指導者ノアム・ティテルマンは未経験の、「指導者のない運動」と呼んでいます。

しかしイシューごとにまとまった諸団体が、周りの団体と共感し「多様な運動の単一の要求」として憲法制定運動に収斂していくのは意外に急速でした。

学生運動を先頭とするさまざまな民衆運動

チリの学生運動は世界で最も強力です。彼らは高校生だった2000年から闘い続けてきました。2011年から2年にわたる抗議運動では、教育を市場の論理ではなくではなく、市民権の基本的な社会的権利として体系化するという考えを広めました。

カミーラ・バジェホ、ジョルジオ・ジャクソン、ガブリエル・ボリックなどは国会議員となり活動を続けています。

ミシェル・バチェレの第2政府(2014〜 2018年)の下で重要な教育改革が行われ、初等および高等教育における「営利」機関の歴史的な禁止が実現しました。

その他にも民族グループ、環境グループ、退職者の年金闘争、フェミニスト運動が共同しながら闘いを進めています。

人民連合の運動との比較

チリの歴史家マリオ・ガルセが述べたように、昨年の抗議行動に関係した運動の多様性は、おそらく1970年代初頭に起こったものよりもさらに深遠で民主的だろうとおもわれます。

現代のチリは「社会の動き」そのものが改革を推進しています。伝統的な「社会運動」の概念とはまったく異なるものです。このことから伝統的な政治組織や政党が支持されなくなったことを強調する意見もあります。

アジェンデとUPは、根本的な変化を追求するために、その時代の国内の既存の政治構造の中で働くことを約束しましたが、今日のチリ人は、民主主義が実践される方法と場所を再発明することを念頭に置いています。

これからの見通し

いままで国を導いた市民主導の一連の運動は、間違いなく、昨年の行動を継ぐものであり、新しい社会システムを生み出すものです。

鈴木: このレビューは悪い記事ではないが、意図的に市民運動を持ち上げ、チリ共産党や社会党の運動を軽視していると思う。選挙制度のせいで不当に表舞台から排除されているが、世界で最も活力を持った共産党であることは間違いない。





コロナ大流行 ベネズエラへの恐るべき中傷

最初に口火を切ったのはワシントン・ポスト紙(3月20日)
編集部の見解: ベネズエラでの新型コロナ感染はとくに恐ろしい見通しになっている。
ベネズエラはフロリダから1千マイルの距離にある人口3千万人の国です。
この国はまもなく新型コロナのあらたな震源地となる可能性があります。そしてラテンアメリカの近隣諸国にとって大きな脅威となるでしょう。
5月27日にはジョンズ・ホプキンス大学とヒューマンライツ・ウォッチが、異例の意見表明。
「ベネズエラ政府の発表する新型コロナ関連のデータはばかげた(absurd)数字の羅列だ」

それでこれがその「公式統計」、6月6日現在のもの。感染者が増え始めたのが5月17日、最新データが6月5日となっている。
ベネズエラ コロナ感染データ

それぞれの折れ線の意味は読み取り不能だが、上から順に累積総感染者数、帰国感染者数、回復者数、死者数と思われる。

国内感染者数は少なく、死亡率も低い。これが医学者や人権団体の気に障ったらしい。しかしなぜか?

それは悪意のあるなしにかかわらず、ベネズエラ政府の対応能力に対する侮辱である。

次にベネズエラ政府の対応について示していく。

ベネズエラ政府の対応は迅速であった。3月17日に全面封鎖を開始した。これはラテンアメリカで最初の試みである。

相前後して政府は102万件のPCR検査を実施した。これは人口百万人あたりで3万4千件に相当する。
政府はコロナ禍問題に対する準備ができていたと言えるだろう。


キューバ グランマ紙

october 20, 2020

In Bolivia, MAS is more


ボリビア人民は、軍事クーデターのあとも真実と尊厳を失っていないことを鮮やかに示した。

社会主義運動(MAS)の大統領候補ルイス・アルセは圧倒的に勝利した。2位の候補に20パーセント以上の差をつけて破り、右翼の幻想を打ち砕いた(mas は英語で more である)

キューバのカネル大統領は次のようにあいさつを送った。
「MASのみなさん、おめでとうございます。あなた方はOASと帝国主義のに導かれた裹頭勢力が奪った政治権力を、選挙という方法で奪い返すことができました」
そして「キューバはルイス・アルセ勝利の喜びを分かち合っています。ボリバル主義の理想がよみがえりました」
と強調した。

半日の後、ルイス・アルセはカネル大統領にこう応えた。
「ありがとう、カネル大統領。団結した人々は、選挙という方法により、経済的、社会的、政治的な回復と安定を決意しました。そして我が人民は希望を取り戻しました」
投票の結果は、2019年の選挙後にでっち上げられた茶番劇を明らかにした。その茶番劇の背後には米州機構、リマグループ、そして米国がいた。それは軍事クーデター、エボ・モラレスの国外追放、そして30人以上のボリビア人の命が犠牲になる弾圧へとつながっていった。

しかし人々の意志は非常に強力なものだった。そのため暫定大統領アニェスはMASを合法政党として承認せざるを得なかった。

アルセ候補の当選の弁

当選したアルセは、勝利後の最初の記者会見で、国民統一の政府を建設するつもりだと強調した。彼は過去の過ちに学び、それを克服すると述べた。そして憎しみを捨て和解の道に進む決意を明らかにした。

アルセは副大統領候補のデビッド・チョケファンカとともに、軍事クーデター後に課された新自由主義の悪夢を逆転させようとしている。

彼らにはそれだけの経験と道徳的権威がある。 

ボリビアの経済困難はアニェス暫定大統領の時代にひどくなった。広範に広がった腐敗、天然資源や生産設備の民営化と大企業への譲渡が相次いだ。それはコロナ禍への対応のまずさにより耐え難いものとなった。

こうして尊厳を傷つけられた人々は、平和を目指して投票した。

就任後も、内外の敵が確実に「闇の計画」に着手するだろう。新政府は国民を団結させる複雑で困難な課題に直面するだろう。注意深く信頼を強化し、経済・社会の発展のための道すじを指し示し、コロナへの対応を変換し、発生数や死亡率をコントロールしなければならない。

そしてクーデターによって損壊された国民主権と友好的な国際関係を回復しなければならない。


むかし何かで読んだのだが、「国会で安定した過半数を占めることができるならば、国会を反動支配の道具から人民に奉仕する道具に代え…」という一節があった。
まあそれはどうでも良いのだが、今回のボリビアのケースを見ているとまさにそういう実感が湧いてくる。


「キューバとコロナ」学習会のための資料です。

1. キューバの感染状況
ウィキペディアより転載
ky-ba kansenn
7月にはいったん完全な封じ込めに成功したが、その後8月からぶり返し、ばらつきはあるものの平均40~50人の新規感染数で推移している。しかし世界的な動向から見れば抑え込みに成功しているとってよい。死者数もきわめて少ない。



キューバがコロナ抑え込みに成功した理由

その1 訪問診療の威力

システム

ファミリードクターが一人当たり約200世帯を受け持ち、

各家庭を週に1回訪れている。

感染者や要注意対象はさらに頻回の往診を行う。

効果

感染者の早期発見・早期隔離が可能となり、

集団感染のリスクも抑えられ、

医療崩壊も起こらない。



キューバがコロナ抑え込みに成功した理由

その2 濃厚接触者への「濃厚な」対処

濃厚接触者『全て』を2週間入院させる

入院先は陽性者とは別の施設

総入院者は感染者の約3倍にのぼる

濃厚な対処が可能なのは国民的合意のため 

健康は全ての国民に与えられる人権で、

国民ひとりひとりがその獲得に尽力する


 

 

キューバがコロナ抑え込みに成功した理由

その3 新規薬の積極利用

20種以上の薬剤で治療

免疫賦活薬 インターフェロンα 2b、バイオモジュリンT

インターフェロンα 2bはデング熱、HIV-AIDS、B型およびC型肝炎で
有効性が試されている

重症化した患者にはジャスビンザ(Jusvinza)

新規薬を使わざるを得ない理由

アメリカは医薬品まで封鎖している。キューバへの販売は犯罪。
第三国で作った製品でも処罰対象になる。

さらにアメリカはインターフェロンα 2bを使わないよう各国に呼びかけている。

 



キューバがコロナ抑え込みに成功した理由


その4 圧倒的な医療スタッフ

医師数が多い: 人口1,000人中約8.7人が医師(日本は2.6人)
外国人も多数受け入れている

緊急医療援助国際部隊「ヘンリ・リーブス」
コロナ以前より、28,000人を超える医師たちが世界59ヶ国で医療支援

コロナ後には、あらたに2,800人の医師が24ヶ国で活動。

ヘンリ・リーブスは19世紀末に独立戦争に参加し戦死した米国人

 







いつもお世話になっている新藤さんのニュースの紹介です。

まず報道内容から

8月15日、米政府は公海を航行中の石油輸送タンカー4隻を拿捕した。
これらのタンカーは約100万バレル、4億円のガソリンを積んでベネズエラに向かっていた。
米政府は、「友 好国の協力を得て」拿捕したと発表したが、詳細は明らかでない。
押収されたガソリンはヒューストンに送られた。

なぜこのような事件が発生したのか。

司法省はベネズエラ向けのガソリンについて禁輸措置をとっている。理由はマドゥーロ政権が独裁的で、非適法的な政府であるからだと説明されている。
しかしタンカーは公海上を国際法上の違反なしに平和に航海しているのだから、上記の理由で拿捕することは、それ自体が戦争行為あるいは海賊行為に等しい。
そこで司法省は7月に、連邦地裁に対してベネズエラ向け貨物の差し押さえ許可をもとめた。それが今回認められてことから拿捕に及んだということだ。
つまり禁輸措置という制裁行動には、第三国への禁輸おしつけもふくまれるということになる。
米司法省によればタンカーはイラン革命防衛隊が運航にあたっていた。イラン革命防衛隊は米国が「外国テロ組織」に指定している。したがってこれは反テロ行動の一環だ、と主張しているようだ。

赤旗はこの事件を以下のように報道している。
米政府はベネズエラの マドゥーロ 反米政権を『正統性がない』 と見なし、
(その結果)同政権を支援するイラ ンとともに石油禁輸を含む制裁を科しています。
そして、それが国際法上から見ても明白な違反であり、ベネズエラ国民に無用な苦しみを与える行動であること、間違った見解に基づく間違った行動であることには言及していない。

この論理で行けば、いずれキューバ制裁も是認するようになるのかも知れない。


ベネズエラ関連情報で、いつものごとく新藤さんによる提供。

赤旗のベネズエラ記事

8月6日、 しんぶん「赤旗」は、大要次の通り論評した。
グアイドーを支持する野党連合の 27 政党は12月予定の国会議員選挙に参加しないと発表した。
『不正選挙には参加しない』との態度を表明した。
さらに『ベネズエラは人道危機にあり、犯罪的、抑圧的な独裁が支配している。自由で透明な国際的な監視団による選挙が必要だ』と強調した。
選挙管理委員会を任命するのは、国会の役割だが、政府の意を受けた最高裁が勝手に任命した。このように最高裁を野党封じ込めに使うのは政府の常套手段だ。
「赤旗」は野党27 党の一方的な声明を詳細に引用する一方、与党側の反論意見は無視している。そして最高裁についても事実上政府の言うままだと批判している。


ベネズエラの現実と真実

現在野党(右派)は、主要4 党と7つの小政党併せて11 党が、選挙反対野党になっている。

主要4党は、それぞれが選挙参加派と不参加に分かれている。6つの小政党は、選挙に参加し言論で闘う姿勢を示している。

これに対し与党(左派)は政権政党である社会主義統一塔を中心とする10の政党の連合であり、「拡大祖国戦線」(FAP)を名乗っている。そこにはベネズエラ共産党もふくまれている。

yorontyousa
           新藤さんの記事より転載

最近の世論調査では、27党合わせた野党の支持率は、与党連合の75%にしか達しない。

選挙ボイコット派は、このことをよく承知しており、敗北を隠すために選挙をボイコットするのである。

野党勢力減退の理由

与野党勢力比が日本での印象とかけ離れているのは、この数年間の騒ぎが決して国民の支持の下にあったのではないことを示している。

これは過去の与野党得票比を見れば分かる。

過去において両者が拮抗した場面はいくつかあった。しかし現在の力関係はチャベス最盛期のそれに近い。


“難民”は、実はコロンビアからの出稼ぎ者

此処から先は鈴木の個人的な考えである。

“難民” は、この間に経済危機で生活の糧を失い、故郷コロンビアに戻った“ベネズエラ人”の数を反映している。

各種統計で数百万と言われる“難民”には、実は帰るところがあった。だから数百万を受け入れる難民キャンプはついに形成されなかったのである。

難民がどこにどうやって流れたのかについての統計はない。コロンビア政府が発表していないからだ。国連人権事務所や人権NGOも、これについて口をつぐんでいる。

難民はベネズエラに来たコロンビア人である。その多くは都市での不安定職業に従事し、上流階級のためのハウスキーピングを生業としてた。

彼らがもっとも強固な野党支持者であったことは納得しうるし、不況下にあってまっさきに職を失い、国を去ったことも容易に想像しうる。

つまりは上流階級による“資本家ゼネスト”のとばっちりをモロに被ったことになる。もちろん彼らを供し続けることができなくなった上流階級の弱体化も反映しているのだろう。

これが与野党支持率のドラスティックな変化を説明する理由である。

ただし、今の所、それ以上の根拠は持ち合わせていない。


選挙ボイコットは米国の指示か?

新藤さんが指摘し、かつ赤旗の記事が触れていない重要な情報がある。

7 月28 日に米国務省のエイブラムス・ベネズエラ問題特別担当特使の意見表明である。

新藤さんによれば内容は以下の通り
2019 年の国会議員選挙は、自由で正当ではなかった。それは2018 年の大統
領選挙より、一層悪いもので操作されていた。
そして今回選挙が行われれば、それが一層不当なものになると示唆し、選挙に反対する意志を示した。

これを受けて主要4政党は、選挙ボイコットを発表したのである。

これがベネズエラ議会選挙をめぐる騒動のてん末である。

この文章は
去る15日、開かれたニカラグア革命41周年記念学習会での発言に加筆したものです。

ニカラグア革命41周年、おめでとうございます。

ニカラグアは私にとって奇跡の国です。そして昨年ニカラグアを訪れて、もう一つの奇跡を体験しました。

それは「愛と平和、許し」の3つのモットーを加えた政策を打ち立てて、その実現に成功しているからです。

この話はちょっとややこしいので、後回しにして、まずは私がどのようにニカラグアから、奇跡を授けられたかを順番に語っていきます。

1.ニカラグア 最初の奇跡

1979年7月、ニカラグアは革命に成功しました。ソモサ独裁を許さないと決意を固めた若者が、資本家層もふくめて国民の圧倒的支持の下に決起したのです。

1979年という年、ラテンアメリカのほとんどの国が軍事独裁政権の支配のもとにありました。

革命どころか、反政府の意思表示さえ困難な状況にありました。

そんな中、武装したゲリラが一斉蜂起し、武力革命を成功させたのです。

まさにミラクルです。

とはいえ若者たちが作った新政府はか弱いものでした。ソモサを打倒するところまでは一致したものの、資本家はそれ以上の改革には反対でした。

文盲一掃、医療無償化、農地改革の改革三本柱は、至るところで壁に突き当たりました。

しかし若者たちはそれにめげることはありませんでした。愛と平和の旗印を掲げ、教会の改革派と一緒に粘り強く運動を進めました。

2.米国と真っ向勝負した10年間

明日にでも潰れるだろうと思っていた新政府は、結局10年も続くことになりました。これが第二の奇跡です。

米国と資本家の思いのままにならない政府に対し、ついに破壊命令がくだされました。新政府樹立から5年目のことです。

ニカラグアの北と南から米国の雇兵部隊が侵略を開始しました。同時に厳しい経済制裁と、ニカラグアは独裁だというキャンペーンが開始されました。

こうして人口600万、北海道ほどの小国が米国を相手に一騎打ちすることになったのです。私たちは随分支援もしましたが、正直言ってとても太刀打ちできないと思っていました。

しかしそれからの5年間をニカラグア政府は耐えたのです。恐るべきインフレがやってきて、市場からは物がなくなりました。

そして5年後の選挙でついにサンディニスタは政権の座から降ろされました。

5年間の内戦で国の経済はずたずたになり、ニカラグアは中米の最貧国と呼ばれるようになりました。

実は本当のニカラグアの奇跡はここから始まったのです。

3.雌伏の15年とニカラグア革命

政権から降りた後もサンディニスタへの支持はほとんどそのまま維持されました。

アメリカな何度もこの厄介な国から手をひこうとしましたが、そのたびに親米政権が選挙で負けそうになるので、手を引くことが出来ませんでした。

こうして15年が経ち、ついにサンディニスタは政権に返り咲いたのです。しかも新米政権がルールを敷いた選挙で勝ったのです。

今や政党となったサンディニスタは、あのときの大統領オルテガをふたたび大統領に就任させました。

4.安定した多数者革命

それからのニカラグアの政治はもう一つのミラクルでした。

中米最貧国と言われたニカラグアを年率5%の経済成長に乗せ、あわせて医療・教育・福祉の大幅拡充を実現してきました。

とくに愛と平和を基調とする国内宥和政策は、資本家層やカトリック教会からも広い支持を受けるようになりました。

こうしていまでは国内で圧倒的多数の支持を受け、中米でもっとも安全な国として国際的注目を浴びるようになりました。

5.「愛と平和」の革命

ところで1年ちょっと前に、ニカラグアでも学生らの暴動があり国際的に注目されました。
メディアの多くは、サンディニスタ独裁に対して自由を求める若者が決起したと報道しましたが、事実は白黒逆だったのです。

ただここでは事実問題では争いません。この暴動への対処を政権幹部に聞いたとき、またしてもあの言葉が飛び出したのです。

「私たちの対処の基本は愛と平和、そして赦しだ」

こうして明らかな殺人・放火の犯人のほかは恩赦が与えられました。その代わりに社会の中での教育がもとめられました。

「これはソモサの残党、コントラ兵士に対して我々が行ってきたこととおなじことだ」と指導者は語ります。

サンディニスタに批判的な勢力もこれを受け入れ、事態は急速に沈静化に向かいました。残ったのは明らかに米政府や右翼勢力と結びついた雇われ勢力のみとなりました。

私たちがニカラグアを訪問したのは暴動から3ヶ月あとでしたが、もはや暴動の跡はまったく見当たらず、市民もまったく何事もなかったように活動していました。

「愛と平和と赦し」 これが、ニカラグア革命が到達した最大の教訓です。それ自体が奇跡ではないでしょうか。

ただ、学内施設が破壊された国立自治大学だけは、まだ連中への怒りが収まらないようでした。

Long Hash のサイトより

Oct 24, 2019 03:10 AM | José Rafael Peña Gholam


はじめに

私の長男アドリアンは、ベネズエラのカラカスで生まれました。

私は一生懸命働きました。そして節約しました。そしてビットコインのおかげで、私はすべての医療費を現金で支払うことができました。

この国を揺さぶる経済危機の真っ只中に、長男アドリアンは首都のまともな民間クリニックで生まれたのです。


ビットコインとの付き合い

ベネズエラに住んでいると、生活自衛の方法を見つけるように駆り立てられます。

そのオプションのひとつが、通貨ボリーバルをビットコインに交換することです。

過去2年間、私は給与のすべてをビットコインで受け取りました。

私はビットコインの動揺性(ボラティリティ)を完全に認識しています。
それでも、超インフレに陥っている通貨ボリーバルよりはるかに安全だと思っています。

一つの例ですが、今年1月に、カフェオレは450 ボリーバルかかりました。
9月までに同じコーヒーが14,000 ボリーバルになりました。(この手記は19年10月に書かれたもの)


出産費用の計算

そんなとき、私は父親になることを知ったのです。その瞬間から、妻と赤ちゃんに適切な治療を受けるにはどれくらいの費用がかかるかを計算し始めました。

民間クリニックの出産費用の相場は、数年前なら500ドルから700米ドルの間でした。しかしその後値上がりを続けています。

私たちが最終的に出産した民間クリニックは、最低でも1500ドル、帝王切開のときはさらに2500ドルが必要でした。

この民間クリニックは最も安価な部類に入ります。

聞いた話ではカラカスの高級診療所では、帝王切開の費用が最高6,000米ドルになるそうです。

ベネズエラの最低賃金は月額で約16ドルです。


なぜ米ドルで話すのか

おそらくあなたは不思議に思っているでしょう:

ベネズエラに住んでいるのに、なぜ米ドル換算で話すのか?

それはインフレのためです。
ここでは、ほとんどの商店が、商品やサービスの価格をドルで設定しています。超インフレから身を守るためです。

何かを買うときは、その日の為替レートをみてボリーバルで支払うか、または直接ドルで支払うことができます。持っている場合ですが。


ビットコインの利息はかなり大きい

私は最初にも言ったとおり、給料をすべてビットコインで受け取っています。ビットコインではなく、ドルで貯金することもできましたが、過去数年にわたって、ビットコインはそれ以上の大きな利息を提供してくれました。

想像してみてください。たとえばボリーバルしか持っていなかったとしたら、ハイパーインフレが原因で随分目減りしていたでしょう。
今日の医療費が貯蓄を上回っていた可能性は十分にあります。

ビットコインを持っていなかったら、妻と生まれてくる子供はどうすることになったのでしょうか。 


公立医療機関の悪い噂

最良の選択肢は、母親と赤ちゃんの世話を専門とする公立産科病院だったでしょう。

しかし、これらの場所は患者で溢れており、一人ひとりへのきめ細かな配慮はほとんどありません。備品不足も深刻だそうです。

これらの公立産科病院についての悪い話を聞いたことがあります。

これらの病院の一部の従業員は明らかに低賃金で働いており、有能な従業員はほとんどいないということです。

これは、妊産婦に対するケア不足や医療ミスにつながる可能性があります。

また、妊婦が数日間も陣痛に陥り、その間胎児一緒に放置されるとか、または疲れた産婦が赤ん坊をベッドから落とすこともあると聞きました。(ここまで来ると流石に信じがたいが…)

妻をこのように扱わせる道はありません。


ビットコインを売るリスク

多額のビットコインを売ることはリスクを伴います。息子が生まれた週にそれを体験しました。

その週、1ビットコインの価格が10,000ドルから8,200ドルに下がったのです。

このような市場の動きは非常にイライラします。私にとってとても不安な週が始まりました。

私は価格が下がるのを見て、次の値下げから身を守るためにステーブルコインに交換すべきか、または、何もせずにビットコインの価格が9月30日までに反発することを期待するか、判断が付きませんでした。

その日が息子の出産代を払わなければならない期限です。

私は待つことにしました。

残念ながら、ビットコインの価格は1万米ドルに戻りませんでした。私は損失を取り、1 BTCに対して8200米ドルのレートで取引をすることにしました。

取引と言ってもドルに変えるわけではありません。取引相手にビットコインを売り、それを対ドル相当のボリーバルで現金化するのです。そして、そのボリーバルで診療費を支払うのです。


ビットコインの現金化

私は人気のあるWebサイトであるLocalBitcoins.comでボリバルとBTCを交換しました。

息子が生まれる前の夜、私はエスクローサービスのあるLocalBitcoinsにBTCを転送しました。あとはクリニックに到着するまでに転送が確認されることを待っていました。

私はある人物との取引を選択しました。
その人は私と同じ銀行を利用し、プラットフォームで良い評判のある人で、わたしに最高の価格を提供してくれました。

この人物はシンガポールにIPアドレスを持っていますが、電話番号はベネズエラに登録されています。LocalBitcoinsのたくさんの秘密の1つです。


ドル交換はヤバ筋?

少なくとも私にとってビットコインを手に入れるのは、ドルを手に入れるのよりはるかに容易です。

まず“LocalBitcoins”にアクセスし、そこで最良のオファーを選択して取引を行います。
合意が成立し送金が完了すればあとは確認を待ちます。こうして仕事場を離れることなくビットコインを受け取ることができます。

ドルと交換するのは別な話になります。まず、私がドルを買いたいと通告しなければなりません。
(これから先はよく分からない。通告先は“my circle of friends and family”であり、彼らはWhatsapp あるいは Instagramのサイト先に存在するらしい)

もしそのサイトでドル売りを希望する人を見つけたとします。私は彼と為替レートについて交渉し、現金を引き渡す場所を打ち合わせる必要があります。(つまり非合法の闇取り引きのようだ)


BTCをボリバルに交換

私の息子の出産の場合、BTCをボリバルに交換するのは、妻の陣痛が始まった朝に行われました。

これは私にとって非常に危険な動きでした。

なぜなら時間通りに、私が診療所に支払うのにいくつも障害物があることがわかっていたからです。

取引を始めた人が反応しない可能性とか、もっと悪いことに、私の銀行が多額の送金を不審に思いブロックするのではないかとか恐れました。

私の取引相手は、同じ銀行の4つの銀行口座から、金額が異なる6つの送金を送信してきました。おそらく、1つの送金だとブロックされてしまうを回避するためでしょう。

通貨ボリーバルを受け取った後、診療所への支払いに取り掛かりました。

私はそれを2つの銀行振込に分けて問題なく行うことができました。


ビットコインは私を救った

最後の転送を終えて、私が感じた安堵と喜びは息子に会った最初の瞬間の喜びを完全に超えていました。

診療所に支払う費用負担はすべて瞬時になくなりました。

私はビットコインを使用して、自分のやりかたで出産費用を支払うことが出来ました。私はそれを誇りに思い、幸せに思いました。


ビットコインの貯蓄のほとんどを手放すのはつらいことです。しかしこの際は、息子を安全に出産させ、母親にきちんとした治療を提供することがより重要でした。

私は2月の記事で「ビットコインはベネズエラを救わない」と書きました。


いまでもその思いは同じです。

  しかし、この体験で、ビットコインが自分の生活の中でいかに重要であるかがわかりました。

わたしはビットコインのおかげで、ベネズエラのハイパーインフレと戦い、貯蓄を積み、短時間に多額のお金を支払うことができました。

たとえば、必要なものをビットコインの代わりに金でやり取りすることを想像してみてください。

ソーシャルメディアで、ビットコインは市場の憶測以外には何の役にも立たないと言っている人がよくいます。

深刻な経済問題やハイパーインフレのない国では、おそらくそれは本当です。

しかし、経済が機能不全に陥っているベネズエラのような国は、ビットコインは巨大な可能性を示しています。

私の息子の誕生の物語はその実例です。


かなり長めのまえがき

仮想通貨「ペトロ」の行方は日本のメディアからはさっぱり浮かんでこない。

実はベネズエラの仮想通貨はきわめて興味ある歴史的実験なのである。それはペトロが最初の国家の運営する仮想通貨だというためであるが、もう一つは、そもそもビットコインをふくむ仮想通貨が一般通貨を乗り越えるほどに通用し、それがドル支配体制を乗り越える可能性があるのかという話だ。

だからこそ米国は仮想通貨を犯罪視し、ベネズエラのペトロ運営責任者を国際犯罪者として敵視するのである。

ペトロに関して重要な日本語記事は2つある。一つはロイターの敵意に満ちた記事であり、もう一つはサンパウロの日経特派員の同じく敵意ある記事である。

それ以外の記事は、断片的ではあるが、好意的な印象で書かれているものも多い。その多くは仮想通貨の当事者であり、ベネズエラの積極的な試みが将来に向けての試金石になってほしいという願いを込めたものとなっている。
それらを時系列風につなぎ合わせてみた。

作った後の感想だが、実はベネズエラのハイパーインフレを止めたのはビットコインだったということである。ビットコインはペトロとは違うが仮想通貨であり、その代表である。
Coindance出典:
   ビットコイン購入量の変化(Coindance出典)

この図が見事にインフレ収束とビットコインの関係を示している(左クリックで拡大)

つまりベネズエラの国民は、わずかでも蓄えを増やす経済力のある人々は、通貨ボリーバルが手に入り次第、それを片っ端からビットコインに変えていったわけだ。
そうして必要なときはそれをボリーバルに変えて買い物をすることになる。これで通貨発行量は激減する。承知の通りベネズエラのハイパーインフレは物資不足よりも投機に基づくものだったから、多分投機筋は相当痛い目にあって市場から撤退していったのではないか。

そう思うと、なにか大きな力がアメリカの圧力に対して、ズリッズリっと押し返し始めているような気がしてくる。

ビットコインは相当上下の激しいものだから、普通なら素人が手を出すものではない。しかし十万、百万というインフレに比べればはるかに安全だ。しかも、ここが大事なところだが、アメリカ政府の思うような動きには決してならない。

アメリカはベネズエラ政府をいじめるに際してマドゥロ派ではない一般国民までもいじめ抜いた。それがやりすぎると国民をビットコインの方に押しやってしまうことになる。ビットコインで生き抜いた人々は絶対にアメリカのドル支配を認めないだろう。

とはいえ、それがドル離れのきっかけにはなってもペトロの側にやってくるとは限らない。要するに庶民はもう政治なんてたくさんだと思っているのではないか。

今後ペトロが国民の間に根付いていくのには、それなりの知恵と、何よりもそれなりの年月が必要だ。しかし国民はもはや決して親米の方向には動かないだろう。

国民はハイパーインフレに苦しむ人々を前に、1千万%などと予想を立ててニヤニヤと笑い済ましていたIMFの連中を許さないだろうし、早く潰れろ早く潰れろと囃し立てていたロイターやBBCのことを信じないだろう。もうひとこと言いたいが、それは我慢する。 

ペトロに関する時刻表

2017年

8月25日 トランプ政権、ベネズエラに経済制裁を発動。米金融機関に対してベネズエラ国債とPDVSA社債の取引を禁じる。

12月3日 マドゥロ大統領、ベネズエラ政府として仮想通貨「ペトロ」(Petro)を導入すると発表。

1ペトロは1バレルのベネズエラ原油代金に対する購買券である。ペトロ保有者は暗号資産取引所で一定の“為替”レートで、ほかの仮想通貨やベネズエラ通貨と交換できる。

12月4日 ワシントン・ポスト、「ベネズエラ全国民が、1万1500ドルの年間所得をすべてビットコインに投資していたとすれば、1人当たり84億ドルの価値になっていたはず」だと論評。

2018年

1月6日 ペトロ発行計画の詳細が明らかになる。通貨の信用裏書きとして53億バレルの原油を割り当てる。これは当時の原油価格で2670億ドルに相当する。

1月6日 マドゥロ大統領、引き当て原油の財源はオリノコ重質油帯のアヤクーチョ油田1だと述べる。
アヤクーチョ油田は埋蔵されているというだけで、稼働しているわけではない。開発計画も整っていない。(ただしロイター記事)
2月 ベネズエラ、仮想通貨「ペトロ」のプリセールを開始。月末のマドゥーロ発表では、127ヶ国の機関投資家による171,015件の購入が認証され、価格にして30億ドルを調達したとされる。

3月19日 トランプ大統領、Petroの使用や購入の禁止を命令。

8月20日 法定通貨のボリバル・フエルテから新法定通貨ボリバル・ソベラノに移行。通貨単位を10万分の1に切り下げる。同時に3600ボリバル・ソベラノを1ペトロ(60ドル)に紐付ける。

10月1日 マドゥロ大統領、ペトロの国民への販売を開始すると発表。
ペトロ計画の意義を強調。ドル依存の国際市場に一石を投じ、国際市場の健全化・多様化を実現すると語る。さらに、国内のダイヤモンド鉱床やアルコ・ミネロ金鉱も割り当てるとする。
10月31日 ペトロ、米ドルなどのフィアット通貨?や一部の仮想通貨で購入可能となる。


2019年

1月14日 マドゥロ大統領が経済改革案を発表。国営企業が売上高の15%をペトロで販売するよう指示。

2月 ポンペイオ国務長官、イングランド銀行のベネズエラ外貨準備12億ドルを凍結するようイギリスに要請。

11月 この時点でペトロを受け付ける企業は400社にとどまる。多くの商店がペトロの受け取りを拒否。

11月20日 米国の制裁のため2019年の原油抽出を削減。PDVSAは批判に答え、裏づけ資源となる原油を50億バレルから3000万バレルに減少させる。ペトロの維持に疑問の声が高まる。

12月 ベネズエラで、公務員ボーナスにペトロを配布。一人0.5ペトロで原油価格に換算して3300円に相当する。

ペトロアップというサイトに登録し、そこに送付・受領される仕掛け。

2020年

1月 政府、昨年度のインフレ率が7374.4%だったと発表。18年の約170万%から大幅に鈍化。IMFは1000万%と予測していた(残念だったね)。

この間ビットコイン取引高が急増。通貨シフトにより、ボリーバルへの依存が減ったため。ただしビットコインとボリーバルとの交換は進んでいない。

1月2日 マドゥロ大統領、「我々はすでにベネズエラ産の鉄や鉄鋼をペトロで販売している。今後は石油もペトロで販売する予定だ」と語る。

1月 マドゥロ大統領、ペトロを使用するカジノをオープンすると発表。収益はベネズエラの公衆衛生および教育部門に分配される予定。

チャベス元大統領は売春、麻薬、犯罪などの温床になるとして、すべての賭博施設を閉鎖していた。

4月 ベネズエラの仮想通貨取引所Criptolago、インターネットを介さない送金システムを開発したと発表。これによりペトロのみならずビットコインも送金可能となる。

6月1日 政府、ガソリンの補助金を撤廃。代わりにペトロで支払いを行えば割引を行うと発表。
これはかなりの名案と思う。かねてより問題となっていたガソリン補助金の撤廃とペトロの普及が一石二鳥という仕掛けだ。もっともこういう美味しい話には裏があるのが普通だが。
6月2日 米政府、ベネズエラの仮想通貨事業の最高責任者であるラミレス・カマチョ氏を「最重要指名手配リスト」に追加する。

6月15日 ガソリンスタンドでの支払いの約15%がペトロにより行われたと発表。




Dさん、コメントありがとうございます


  • 1. D 
  • 2020年05月25日 15:02
      • webに記事がありますね

        ベネズエラ 衝撃の“クーデター未遂事件” | 国際報道2020 [特集] | NHK BS1
        https://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2020/05/0521.html
    1. ニュース原稿と写真がすべて載っていました。

      いずれ消えるでしょうからお早めに。

    NHK・BS1で「えっ、こんな番組やっていいの?」と思われるほどのニュースが報道された。
    見逃した人は是非、オンデマンドへ
    私も録画したが、残念ながらファイル変換の知識はなく皆さんにお見せできない。
    もっとも、そんなことをすれば手が後ろに回るかもしれない。

    番組紹介文から
    6日にベネズエラで大統領殺害を狙ったアメリカ人とベネズエラ人の傭兵グループが捕らえられ、グアイド国会議長の関与が疑われている。捕らえられたアメリカの元海兵隊員は、マイアミにある軍事顧問会社に所属。その会社の社長はグアイド国会議長の関与を明かした。これまで反マドゥーロの立場だったメディアもグアイド氏の関与を次々と報じている。20世紀にアメリカが中南米各国で仕掛けていた謀略を想起させる。


    報道の内容はいちいち書き出せないが、
    【世界を見渡すニュース・ペリスコープ】 に、ほぼ同様のソースと思われる記事がある。

    その要旨を掲載しておく。(記事そのものは見られなくなっているがキャッシュでの閲覧が可能)

    英紙「インディペンデント」によれば、ベネズエラに潜入しようとした13人の「テロリスト」を拘束が逮捕された。その中にはアメリカ人の元軍人2人も含まれていた。

    米TV「CBSニュース」はこのニュースをフォローしている。
    マドゥーロ大統領が記者会見し次のように語った。
    「これはクーデター計画であり、”もうひとりの大統領“フアン・グアイドが、資金援助をしている。米国人2人はルーク・デンマン(34)とエイラン・ベリー(41)。ともに米治安部隊のメンバーだった」
    これに先立ちサーブ司法長官が語ったところでは、
    「傭兵たちはグアイドと2億1200万ドルの契約を結んだ。グアイドはその資金を国営石油会社PDVSAから持ち出した」

    NHKの報道によれば、グアイドのこの行動は「彼ならいかにもやりそうなこと」として受けとめられてえおり、反チャベス・反マドゥーロの野党勢力もふくめ、国内での支持はほとんど失われている。
    アメリカのクーデター策動への共感もない。

    仏TV「フランス24」は、事件の黒幕について次のように報じている。

    「フロリダに拠点を置く元グリーンベレーのジョーダン・ゴードローが、マドゥロを拘束する計画を立てた。彼はベネズエラを「解放」するために、2人を送り込んだ」

    事件の背景

    米政府はマドゥロを失脚させるべく、2018年の大統領選挙を「不正選挙だった」とし、反マドゥロ勢力の野党リーダーであるグアイドを大統領として公式に承認した。

    世界60ヵ国ほどがグアイドを大統領として認めており、ベネズエラでは現在、大統領が2人存在するという異様な状況

    英紙「デイリー・メール」によれば、「アメリカはマドゥロの逮捕、または有罪に繋がるような情報には1500万ドルの報償金を出している」とされ、これがゴードローの行動の動機になっているかもしれない。

    真相はまだわからないが、少なくとも、マドゥロを失脚させようとする動きが相変わらず続いていることは確かだろう。


    その後、追いかけ情報が次々に流されている。これまでの“マドゥーロ憎し”の氾濫はどこに行ったのだろう。赤旗は変わるのだろうか。もう少し情報を集めてみる。

    1.ベネズエラではコロナは抑え込まれている

    4月26日の東京新聞は、①ベネズエラが原油価格低落で危機的にあり、②医療保険制度が崩壊し、③コロナが蔓延していると書かれている。

    すごく善意で見ると、記者は筆の勢いでコロナ蔓延と書いてしまったのかもしれないが、少なくとも③については取り消したほうが良いのではないだろうか。

    彼らにとっては予想外で、かついくらか残念なことであろうが、ベネズエラではコロナは抑え込まれているのだ。

    数はばらつきがあるが、WHOの4月17日の発表ではベネズエラは感染者440人、回復者220人、死亡者10人となっている。4月27日のロイター報道では、感染者数が318名,死者が10名にとどまっている。

    この数字はラテンアメリカでは最低部に入る。理由についてはいろいろの見方ができるだろうが、数字だけで見ればほぼ抑え込まれていると見て良い。

    ブラジルの感染率は104人/100万人。これに対しベネズエラでは6人/100万人である。
    ②の「医療保険制度が崩壊」というのも、揚げ足を取るようだが不正確だ。もともとベネズエラの一般民衆(つまり非白人系)は見捨てられた存在だった。バリオ(スラム街)に住む人々にはそもそも医療保険などなかったし、医師は貧困者などに見向きもしなかった。

    この状況を劇的に変えたのがチャベスの革新政権だった。チャベスは医療と福祉の充実を目指し、バリオにキューバの医師団を送り込んだ。

    そしてここが大事なところだが、一部の人達には信じたくない情報だろうが、それはベネズエラの経済状況が悪化したあとも変わらない。

    いまもキューバから1500人の医師団が派遣されている。彼らはバリオに入り戸別訪問して定期的に健康状態をチェックしている。そして変化があれば隔離し検査を施行し、感染者であれば隔離する。


    2.ベネズエラの医療は国際的な支援を受けている

    もちろん無慈悲な経済封鎖のもとで、医薬品などあらゆる製品が不足している。これに対し量は少ないとはいえ、国際機関による支援が与えられている。

    経過を少し書いておく。

    3月25日、国連はコロナ支援を必要とする優先支援国の一つにベネズエラを指定した。感染者数や重症度ではなく、医療インフラが極度に逼迫しているためである。

    4月8日、最初の支援物資90トンが首都カラカスに到着した。対コロナ国連対応計画の枠組みにより、ユニセフを通じて送られたものである。

    支援物資には、11万人分の緊急キット110セット、酸素濃縮器、小児用ベッド、コロナ用のPPE検査キット約1,000個(3万人分)が含まれる。

    ユニセフはまた、毎日2万7,000人の子どもを対象とした給食活動を開始した。


    3.トランプのいじめはますますひどくなっている

    彼は国連がベネズエラを優先支援国に指定すると、翌日には早速、攻撃を開始した。米司法省がマドゥーロ大統領ら 14 名を「麻薬テロ」への関与で起訴。

    さらに4月に入ると、カリブ海域の「高まる脅威」に対処するため、軍事リソースを倍増すると発表。高まる脅威というのは、マドゥロ大統領など「麻薬・腐敗アクター」がコロナ大流行に乗じて麻薬密輸を強化しているという途方も無いフェイクだ。

    IMFも何度も頭を下げたベネズエラ政府を足蹴にして、50億ドルの緊急融資を拒絶した。さらに特別引き出し権(SDR)へのアクセスも拒否した。ベネズエラは、融資額を 10 億ドルに引き下げて、改めて緊急支援を要請したが、その要請も拒否された。

    みなさん、

    コロナとの闘いにおいて、各国政府の真面目さと人権に対する思いが試されています。
    決して、「うまかった、下手だった」という目で評価しないでください。
    そもそも「やれません、やりません、その気はありません」の政府がうまくできるわけはないのです。

    ベネズエラのように何にもない国、危機にさらされている国でも、コロナを抑え込むことはできるのだ、という事実を見ていただきたいと思います。


    ベネズエラにおけるコロナ制圧の状況 を参考にしました。さらに知りたい方はそちらへどうぞ。


    2020年5月13日 AlJazeera


    ラテンアメリカの新型コロナの状況

    公式データによれば、ラテンアメリカの新規感染者は37万件を超えた。死亡数は20,000件を超えている。
    guayakiru
         写真: 薬局の前に行列を作るグアヤキル市民

    国連機関(ECLAC)は、20年度の経済指標がマイナス5.3%まで低下すると予想している。これは過去数十年で最悪である。

    女性と弱者を集中攻撃する新型コロナ

    国連機関は昨日の発表で、新型コロナはラテンアメリカで、女性、先住民族グループ、移民、アフリカ系の人々を集中的に襲っていると報告した。

    なぜなら飲料水、公衆衛生、医療、住宅の極悪さが彼らに死をもたらすからだ。

    とりわけ家事労働に従事する女性労働者は悲惨である。多くは移民か、先住民族かアフリカ系であり、もともと差別を受けている人々である。
    bogota
       写真: ボゴタで建物から解雇と立ち退きを迫られた先住民女性

    仕事の多くは非公式で保証も少なく、失業のリスクにさらされている。
    さらに学校の閉鎖に伴う家庭内の責任を負わされ、ストレスとDVの危険が高まっている。

    これらの結果、新型コロナによる死亡率は女性で高値を示している。




    アラン・マクレオド   Venezuelanalysis 


    1.米国の政権転覆の動き

    米国はベネズエラの政権転覆を長い間計画してきた。これは公然の秘密である。

    トランプ大統領は18か月以上にわたって、軍事侵攻をほのめかせてきた。

    フロリダでの最近のスピーチでは、「ベネズエラでは社会主義と共産主義の時代が時を刻んでいる。我々は近いうちにカラカスで、人々が何をするかを見ることになるだろう」と述べた。

    ペンス副大統領は、マドゥーロ大統領を「独裁者」と罵り、グアイド“大統領”の「自己宣言」にアメリカ国民の「揺るぎない支持」があると述べた。

    米国はベネズエラの経済を破壊し、マドゥロを政権の座から追い落とそうと試みてきた。そして何度も違法な制裁を繰り返してきた。

    また、ベネズエラを政治的および経済的に孤立させるために、他の国々にも同じことをするようもとめ威嚇してきた。

    2.策動は失敗しつつある

    しかし、対米盲従的な国際メディアの最強の側面攻撃にもかかわらず、崩壊の瀬戸際にある孤立した国としてベネズエラを描く試みは惨めに失敗した。

    現実には、国際社会は米国のファン・グアイドおしつけを拒否している。国連加盟国の約75%はマデューロへの支持を表明している。

    メディアは、国連人権理事会が米国の“制裁”を明確に非難する決定を下したことをまったく報道しなかった。

    この決定は、米国がベネズエラの最も貧しく最も脆弱な人々を標的としていると指摘している。

    国連はすべての加盟国に不法な“制裁”を破るよう求めた。さらに米国がベネズエラに支払うべき賠償についてさえ話し合った。

    国連のアメリカ問題特別視察官アルフレッド・デ・サヤスは、“制裁” は中世の包囲に類似していると述べた。そしてアメリカは人道犯罪に当たる可能性があると非難した。

    この驚くべきニュースは国際的に広く報道された。しかし主流の西側メディアは、事実上完全に無視した。


    3.マドゥーロ政権を倒すさまざまな試み

    トランプの政権転覆計画が示したのは、彼の呆れるほどの能力不足にほかならない。

    マルコ・ルビオはずっと、ベネズエラ軍に政権離脱とマドゥロ打倒を求めていた。しかしこの戦略は、軍が忠実を保ったため、完全に消えてしまった。

    国連と赤十字は「人道援助」の仮装行列への参加を拒否した。“人道” を考慮するための最小要件さえ満たしていないからだ。

    一方マドゥーロ政権にはこれらの機関から本物の(genuine)援助が与えられた。

    米国はコロンビア国境で「支援物資」を暴力的に送り込もうとした。もしベネズエラ側が抵抗すれば、そこを血の海にするつもりだった。

    それは受け取り側の「民主派」活動家が自分たちの支援トラックに発砲するところが発見されたおかげで、失敗に終わった。

    その他、億万長者のリチャード・ブランソンによる「ベネズエラ・エイド」と銘打ったライブコンサートがあった。

    大スターが看板を飾った大規模なコンサートだった。国境に集まった観衆は数千人だった。

    なぜトランプのベネズエラ作戦がうまく行かないのか。それはトランプのグループがオバマ政権のときのような規律と洗練を欠いているからだ。

    彼らは相次いでヘマをやらかしている。そして彼らのやろうとしていることが民主主義と人権と無縁であることを白日のもとにさらしているからだ。

    エリオット・エイブラムスはラテンアメリカの政権転覆と虐殺における影の指揮者として悪名が高い。

    彼が最初に有名になったのは1980年代後半、援助を装ってニカラグアに武器を密輸した作戦を指揮した事件だった。

    エイブラムスがトランプ政権に任命されたことは、これから起こりそうなことへの明確なシグナルだった。

    トランプのもうひとりの壊し屋、ジョン・ボルトン特別補佐官は隠された箇所を大声で語り、秘密を漏らした。

    ベネズエラはアメリカ企業にとって商売のビッグ・チャンスだ。ベネズエラの石油を引き継げば「米国に大きな変化をもたらす。

    ボルトンはまた、「マドゥロ大統領をグアンタナモ湾の拷問キャンプに派遣することを検討している」と公言した。

    もうひとり、マルコ・ルビオは、リビアのカダフィ大佐の傷ついた死体の写真をツイートして世界に衝撃を与えた。

    エリオット・エイブラムスが任命された直後、別のスキャンダルが判明した。

    米ニュースサイト「McClatchy DC Bureau」は、アメリカ籍飛行機がマイアミからベネズエラに武器と弾薬を密輸していたことを明らかにした。

    飛行機はその年だけで40回以上、ベネズエラに往復していた。 これは米国政府の「善良な意図」を国際社会に納得させるものではない。


    4.グアイド擁立の失敗

    ワシントンが大統領に選んだ男、グアイドはその血に飢えた社会変質者としての側面をさらけ出した。

    彼が大統領就任を宣言したとき、ベネズエラ人の80%以上がその名を知らなかった。

    彼は名乗りを上げた去年1月、こう語って国民を驚愕させた。
    「衝突の犠牲となった人々の命はコストではなく将来への投資なのだ」

    グアイドが国民の上に君臨できなかった主要な理由は、あからさまなクーデターの振る舞いです。

    最近の世論調査では、ベネズエラ人の80%以上が米国の制裁に反対していることが示された。そして、もっと多くの人がアメリカの軍事介入に反対している。

    国際社会はますます米国を包囲しつつある。

    最近の国連安全保障理事会ではベネズエラに関する公聴会が開かれた。席上、米国は南アフリカに非難された。

    南ア代表は述べた。
    アメリカはベネズエラの法律と憲法上の権利を踏みにじっている。アメリカはベネズエラ国民が自らの将来を決めようとする権利を奪おうとしている。

    ボリビアもアメリカを非難した。アメリカが他国への不干渉という国際関係の基本を破り、ベネズエラの国家主権を侵害したと主張した。

    ロシアは雰囲気をまとめました。そしてグアイドを詐欺師(Imposter)と呼び、アメリカはベネズエラの立憲的権利を笑い者(Mockery)にしたと述べた。

    そして、「アメリカの“人道援助”は世界の他の地域ではテロリズムとして分類されるだろう」と指摘した。


    5.ベネズエラ包囲網のほころび

    米国にとってさらに悪いことに、リマ・グループの決議すら崩れ始めている。

    リマ・グループはトランプ政権によって設立された中南米諸国の組織で、ベネズエラの政権交代を明確な目標を掲げている。

    ブラジルのファシスト大統領、ボルソナロは米国との同盟から手を引いた。そして、「いかなる状況においてもブラジルが侵略の一部となることはない」と宣言した。

    以前、ボルソナロは「マドゥロを取り除くためならあらゆることをする」と公言していた人物である。

    他の主要加盟国であるコロンビア、チリ、ペルーも同様の声明を発表した。

    スペインやドイツなど、マドローを批判するヨーロッパの大国も、米国が準備している軍事オプションを断固として(categorically)拒否している。

    6.孤立しているのはどちらか

    米国がベネズエラを孤立させようとして、逆に孤立してしまったのは、これが初めてではない。

    2013年に総選挙(大統領選挙+国会議員選挙)が行われたとき、米国は選挙結果に疑問を投げかけ、再集計を求めた。しかしアメリカは完全に世界から孤立していた。

    今度のやり方はそれに輪をかけて酷いものだ。

    イングランド銀行がベネズエラの金を10億ドル以上凍結した。この異常な決定は、英国がもはや中立的な仲裁人でなくなったことを世界に示したものとなった。

    イタリアはイギリスに保管した金を自国に送還する議論を始めたと伝えられている。イタリアのような同盟国がそうしたなら、中国、インド、ロシアの同類は同じように考えているに違いない。

    斜陽の帝国、イギリスが残した数少ない産業の1つは金融であり、この決定は英国の経済に大きな影響を与える可能性がある。

    米国は現在、世界でほぼ完全に孤立しているように見える。しかしこれは必ずしも米国の攻撃の終わりを意味するものでは

    米国は世界で唯一の超大国であり、いつでも一方的に行動することができる。

    目下のところベネスエラとの国際世論を巡る争いには破れたかたちだが、今後もベネズエラの戦いは続いていくだろう。



    またまた新藤情報です。何かせっつかれているようです。この記事は赤旗より早く届きました。

    二人の国会議長選出の真相」(朝日新聞6日夕刊 )
    ということですが、北海道は記事が東京より遅れるので赤旗の掲載は今朝のことです。

    皆さんお読みになったことを前提にして、違うソースの報道を紹介します。

    基本的には赤旗も朝日新聞も同じ観点からの報道で、「独裁者マドゥーロが、憲法、民主主義を踏みにじり、民主主義の復活を推進するグアイドーを弾圧した」ということです。

    しかし現地の新聞は次のように書いています。予めお断りしますが、「現地の新聞」とは、一つは中道保守系のグロボビシオン、もう一つが中道のウルティマス・ノティシアスです。

    1月5日、議長などの人事を決める国会が開かれました。
    御承知の通り、国家の多数派は野党が占めており、いわゆるねじれ状態が続いています。そのことを念頭に置いてください。
    国会議員は総数が 167 人です。定足数は 3 分の 2と定められていますが、151人が出席したので立派に成立しています。
    しかしなぜかグアイドー議長は欠席しました。
    選挙が行われ正副議長、正副書記長が選出されました。その全員が野党所属です。
    選挙を終えた国会は前議長であるグアイドーの出席を待ちました。

    このとき、突然米国務省のマイケル・コザック西半球局次官補代行が、「国会は、定足数不足で偽物だ」とツイートしました。

    この発言を受けたグアイドーは、みんなが待っている国会の正門から入らず、鉄柵を乗り越えて議会に入ろうとしました。ほとんど意味不明の猿芝居です。
    guaido_fence
            フェンスをよじ登るパフォーマンス
    そうして警備員と揉み合う場面を通信社のカメラマンに披露すると、今度は国会外の建物で「もう一つの国会」を開催したのです。

    この「もう一つの国会」は100名が出席しました。多分二股かけた議員がいるのでしょう。しかし100名という数も怪しげですが、それでは定足数に足りていません。

    おまけに自ら大統領を宣言した人間が、大統領のままふたたび国会議長に就任するというのも、まことに立憲主義にそぐわないものです。

    後ほど明らかになったことだが、国会では出席者数151人のうちパルラ81票、グアイドー70票だった。「もう一つの国会」では出席議員は70人。残りの30人は補欠などでした。

    今回の事件は、結局グアイドーが野党の中でも孤立深めていること、それと比例するかのように、ますます彼がアメリカ言うなりの操り人形と化しつつあることを示しています。

    ところで正規派の国会議長に就任した野党議員パルラはこう語っています。
    Luis-Parra
                 ルイス・パラ新議長
    我々はベネズエラ政府と対決する野党であることを確認しつつ、国家の制度を復活させ、立憲主義に立つ、自主独立の国会を復活させる。

    これがまっとうな人間の言うことでしょう。


    例によって新藤さんの記事のメガホンです。
    これは19.12.16の 日経新聞の紹介です。

    ベネズエラ、「物価高騰」勢い弱まる 物不足が改善
    というのが見出しです。
    サンパウロ特派員の外山記者の記事ですが、写真などを見ても、どうやら現地に行って取材してきたようです。何処かの記者にも見習ってほしいです。

    1.ハイパーインフレが終熄しつつある

    11月の物価上昇率はなお年率で1万%台だが、200万%超に達した年初からは縮小した。
    理由は、政府がドルの国内流通を容認したからである。これは自国通貨とドルの公定レートを廃止したことと連動している。

    これはある意味で、ベネズエラ政府が敗北を宣言したということだ。そのきっかけはアメリカの取引銀行がドル決済を凍結したことにある。その前は民間にカネがなくても政府にはうなるほどあった。石油を売れば自動的にドルが転がり込んでくるからだ。

    ところがその窓口が閉められてしまったから、ドルの残高はあってもブルーバックはないという仕掛けになった。これでベネズエラ政府は干上がったから、屈服せざるを得なくなった。

    ベネズエラのやせ我慢を前提に成り立っていた、1千万%という交換レートは一気に瓦解した。これは20世紀末のいわゆる「ドラリゼーション」である。多分大損した連中もいるだろうと思う。


    2.IMFの予言は嘘だった

    もちろん外山記者がそう言っているわけではありませんが、中身はそういうことです。

    2018年10月、IMFはベネズエラのインフレ率が1000万%に及ぶと予測した。しかし現実にはインフレ率は200分の1に縮小した。

    こういうのを「最悪の口先介入」というのではではないでしょうか。IMFが蹴っ飛ばして、格付会社がそれを奈落の底に突き落とすというタッグは最悪です。彼らは「失われた10年」の悪の主役でした。


    3.物資は溢れている

    外山記者は「商店の棚が空っぽで、店の前に長蛇の列」というのは過去のものだといっています。見てきたものの強みです。

    スーパーに食料品や飲料が並び、ドラッグストアには欧米メーカーの商品が陳列されていた。現地在住者は「この数年で、今が一番物がそろっている」と口をそろえた。12月中旬にはカラカスのショッピングモールで年末商戦が始まった。

    おそらくこのような光景は赤旗記者には信じられないでしょう。なぜなら彼はロイターやBBCのニュースを信じ切っていたからです。

    4.固定相場制は悪の温床になっていた

    これはきわめて厳しい指摘ですが、まさしくそのとおりです。市場原理を全面否定したその先には、前近代的「非経済的」力関係が復活する他ありません。

    しかしながら、この関係を「市場原理主義」として固定的に考えるのは間違いです。我々は自転車を漕ぎなら進歩への坂道を登っています。その時は右足、左足と交互に力を入れながら前にすすむのです。

    固定相場制は自国の経済発展を揺るぎないものとするために非常に魅力的なオプションに見えますが、経済は大抵が有利と不利の2つの側面を持っているので、必ず裏を取っていかなければなりません。

    肝心なことは進むことであって、そのためには左右に体を振りながら力を込めていくしかないのです。

    マドゥロ政権はハイパーインフレによる社会不安を抑え込もうと、18年12月から公定レートと実勢レートの差を近づける方針に転換した。

    と書いてあるのは、正しくそういうことを示しているのでしょう。


    5.とにかく独立した経済を運営していくのは大変なことなのだ


    ベネズエラのシンクタンク、エコアナリティカはインフレの沈静化をこう説明しています

    インフレの沈静化は所得減少に伴う一時的な需要縮小という側面も大きい。

    原因はどうであれ、ハイパーインフレは極端な物不足の表現です。ここまで民衆の生活を下支えしようと頑張ってきた政府が、もはや万策尽きてその役割を放棄した。
    そのゆえに物価は沈静化したのです。経済のブラックホール化です。

    外山記者はこう書いています

    ベネズエラ国民はBsを受け取った後、競うように闇市場でドルに替え、必要に応じてBsに再び替えていた。日常的にドルを受け取り、支払いにもそのままドルを使う人が増え、経済取引が安定するようになり、国内の物価高騰を抑える効果をもたらした。

    それにしても、このような状況を押し付けたアメリカ帝国主義に、どうして怒りが向かわないのでしょうか。


    イシカワ大使が紹介されました

    田舎者には縁がない新聞ですが、朝日新聞の東京都内版の12月20日号にイシカワ大使の記事がのりました。
    イシカワ大使の紹介というより、麻布十番の創作手拭いの店の紹介なのですが、大使の経歴もかなり詳しく書き込まれています。

    いつものとおり、新藤さんの教えてくれた情報です。
    イシカワ大使紹介

    うまくコピーできませんでした。画面の上を左クリックするとちょっと読みやすくなります。

    新藤さんのベネズエラ情報から

    12 月 4 日 ベネズエラで一つの世論調査が発表された。保守系の世論調査会社メガアナリシスによるものだ。
    その結果は、28日の グロボビシオン紙に掲載された。

    質問の一つは、次のようなものだった。

    グアイドー議長を支持するか?

    グアイドーは、大統領を僭称する国会議長である。アメリカを始めとする西側諸国とラテンアメリカのうち親米諸国が承認している。

    この質問に対する回答は以下の通り。

    ① 最早支持しない 68.5%

    ② 一度も支持したことはない 12.9%

    ③ 今でも支持している 10.3%

    ④ わからない 8.2%


    という結果だ。
    他にも質問項目はあったが省略する。

    はっきりしたのは、①と②をあわせた不支持の合計が 85.3% に達するということだ。
    この調査会社が保守的傾向の持ち主というのは、「一度も支持したことはない」層、すなわち頑固な与党派が 12.9% にすぎないことからも伺われる。

    グロボシオン紙がグアイドーをクソミソに

    この世論調査に関するグロボシオン紙の報道は、かくのごとく結ばれている。
    グアイドーが招集するデモは、すでに結集力はなくなっている。グアイドー人気の低迷と、ベネズエラ過激派のなみいるお偉方の雪崩をうつ腐敗を強調する事以外には、もはや国際メディアの表紙を飾ることはないだろう。
    グアイドーは、最初は、市民の人気を得ていると信じた。無条件に国際的な支援を受けていると信じ、陶酔した。彼はベネズエラ政府に逮捕されることを恐れなかった。しかし今では、その人気は本当のものでなく、その仕事は死産であったことを認めざるを得なくなっている。
    新藤さんの作成した世論調査一覧表
    yorontyousa

    ベネズエラの実情にそぐわない国際対応


    御承知のように、日本外務省は公然とグアイドーを支持しているので、グアイドーが要望すれば大使館の接収とイシカワ大使の放逐は時間の問題だと考えられている。現にいくつかの国でそのような措置が実現している。

    「赤旗」はマチャドを独裁者として激しく非難する一方、国民の声を代表するものとして、グアイドーに強い親近感を示している。

    しかしこれらの見解が、ベネズエラ国民にとって共感しうるものなのだろうか。これらの見解に基づいて取られるであろういくつかの措置は、国民の意志に反する内政干渉とならないだろうか…

    私としては深刻な危惧を抱かざるを得ない。


    先進国と途上国との関係において、「人権」問題は常にコントロバーシャルでデリケートな問題であった。

    「人権侵害、人道的犯罪との戦い」という言葉が、繰り返し内政干渉の政治的道具として使われてきた。

    だが私たちは、経験上知っている。先進国の意向に従うものの人権侵害は大目に見られ、先進国に逆らうもののそれは容赦なく罰せられてきたことを。

    20年前、ノリエガが支配するパナマは米軍の直接侵攻を受け政府を破壊された。外国の武力侵攻に抗議する人々は、親ノリエガだろうが反ノリエガだろうが、海兵隊の標的となった。

    今となって明らかなのは、ノリエガはコンタドーラ・グループの先頭に立ってニカラグアやエルサルバドルへのアメリカの干渉を止めさせようとしたから首を切られたのだ。別に国内で独裁体制を敷いたからでも麻薬カルテルに首を突っ込んだからでもない。

    10年経てばそういう話は明らかになる。だから歴史を学ぶ人間は誰でも「アメリカが民主主義を言い出し始めたらクーデターが始まるな」ということは分かるのだ。

    ロイターもBBCもそのくらいは百も承知でヤマを張るのだ。だから連中の言うことは決してまともに信じてはいけない。少なくともそれを根拠にして綱領を書き換えるなんて言うことは絶対にやってはいけないことなのだ。

    繰り返す。「人権」というのは実に階級的な概念なのだ。むかし北海道選出の国会議員で高崎裕子さんという人がいて、この人の決り文句が「強いものに味方はいらない。弱いものにこそ味方が要るのだ」というセリフだった。
    国際政治の中でもこの観点は絶対必要だ。弱い国に向かって叫ぶ「人権」が、「弱い国の強者」の人権にならないよう、私たちは心がけなければならない。


    少し遅れましたが、11月はじめに京都外語大学で開かれた「ベネズエラ・シンポジウム」に行ったときの写真を紹介します。

    講義では名古屋大学の岡田さんの報告が面白かったです。

    1.ベネズエラ問題は人種問題の側面がある

    そのことを示すのが下の図です

    ベネズエラ人の人種的エイデンティティ

    ベネズエラはかつて白人主義をとったこともあり、白人の比率が高いのですが、それでもメスティソが多いのです。

    もう一つ、ベネズエラが白人主義をとったということは、白人に人種差別観が強いということを示唆しています。戦前は日本人移民は入国できませんでした。

    2.ベネズエラは豊かな国

    ニュースを見ているとベネズエラは超貧しい国と誤解されるかもしれませんが、実はとてもゆたかな国なんです。

    石油は唸るほどある。国民向けのガソリン代はほとんど無料なのです。少なくとも中流以上の人なら、働かなくても食っていける国です。景気のいいときは、カラカスの下水にはヘネシーが流れているというくらい贅沢をしていました。

    それは豊かだと言うだけではなく、富が偏在していることも意味しています。だから非白人系の怒りが燃え上って、それがチャベスを大統領の座に押し上げたのです。

    豊かな国ベネズエラには南米諸国から多くに人々が移り住んでいました。その人たちの多くは資産家の召使いとして働いていました。ベネズエラにめぼしい産業はないのでそれより他に働き口はなかったのです。

    LA内の人口移動

    この表からはいろんなことが読みこめますが、岡田さんの示すようにコロンビア発ベネズエラ行の人口移動が圧倒的だということです。年間53万人にも達しています。

    これはちょっと古い1990年の統計です。もう一つの図(ちょっと見えにくいので省略)では、2000年で60.5万人となっています

    あらあらですが、20年で1千万人がコロンビアからベネズエラに入って、その多くが不安定就業人口となっていたら、その人たちが経済危機に際してとる手段は帰国でしかないでしょう。

    数百万の国外難民がいるのに、あふれかえるような難民キャンプの映像がまったく報道されないのは、こういう事情で説明できるのだろうと思います。

     

    3.ベネズエラで殺人が多いのはチャベスのせいではない

    岡田さんが証拠として示した図がこれです。

    殺人率とインフレ率

    ベネズエラで「カラカソ」と呼ばれる民衆暴動が起き、これを憂いたチャベスがクーデターを企てたのが1990年のことです。そして出獄したチャベスが大統領選に打って出て勝利したのが1998年のことです。そのチャベスが今度は逆にクーデターをかけられ、民衆に救い出されたのが2002年のことです。

    これらの事件は安定した物価水準にも、増加する一方の殺人事件にもまったく影響を与えていません。“良くも悪しくも”、関係ないのです。

    あるとすれば、麻薬カルテルの浸透、隣国コロンビアでの武装闘争の激化でしょうか。

     

    岡田さんは別にベネズエラ問題で、どちらに肩入れしているわけではありませんが、メディア(および赤旗)で流されるベネズエラ情報については一定の批判的視点を持っていらっしゃるようです。

     

     

    キューバ封鎖解除決議の内包する国家関係の原則

    今年も国連でキューバ封鎖解除決議が解除された。
    この決議は正式には「米国の対キューバ経済・通商・金融封鎖解除の必要性」に関する決議と言われる。

    今までは米国とイスラエルだけの反対だったが、今回はブラジルとコロンビア、ウクライナが加わった。

    かつてキューバから、チェルノブイリの子どもたちに対する献身的なケアーを受けたウクライナが、トランプとの取引のために民族の誇りと良心を売ったことは、残念でならない。

    しかし、それにも拘らず圧倒的多数の国家がこの決議を支持しているという事実は、この決議に含まれた諸国間関係の原則が今や揺るぎないコンセンサスとなっていることを示す。

    そういう観点からこの決議を読み解くことも、意味があることであると思う。

    決議に示された国家間関係の4つの原則

    そこに示された原則は以下の通りである。

    国連憲章の目的と原則を遵守すること。すなわち

    1.大小を問わず、すべての国の国家主権は平等であること。

    2.いかなる国や国際機関も、他国の内部問題に干渉したり介入したりしてはならない。

    3.国家間の通商は尊重されなければならない。交通・航行の自由は制限されてはならない。

    4.いかなる国であっても自国の国内法を他国の政府・企業・個人に強制してはならない。

    例外としての制裁について

    国連は、以上の4つの原則が状況によって制限されることがありうることを認めている。
    その際の手段が制裁である。

    その内容、目的、手段は厳しく制限されている。それが2005 年の「国連首脳会議成果文書」に示されている。

    制裁の意義

    制裁は、国連憲章の下で、武力行使に頼ることなく国際問題を解決するための重要な手段である。
    それは国際の平和と安全を維持する努力を行うにあたっての重要な手段である。

    制裁の内容

    制裁の対象は、慎重に選定されなければならない。その目的は明確でなければならない。

    実施にあたっては、期待された結果を出すための実効性と、人民や第三国に起こりうる不利益とを厳密に比較することが求められる。
    制裁の具体的内容は安全保障理事会で定められる必要がある。

    制裁の内容に含んではいけないこと

    以下の内容は制裁に含まれてはならない。すなわち内政不干渉の原則を侵犯すること、他国政府を実力で倒すことを目的とすること、テロ活動などを組織・支援・許容することである
    (1970 年国連総会で「友好関係原則宣言」として採択)













    京都外語大学ラテンアメリカ研究所主催の「ベネズエラをめぐる状況」講座でのフロア発言
    べ講座

    2日間の議論、本当に面白く聞かせていただきました。
    参考になるかどうかわかりませんが、ベネズエラを取り巻くもう一つの国際環境として、非同盟諸国首脳会議でのベネズエラ評価に関して発言させていただきたいと思います。
    ベネズエラはこの間まで非同盟諸国首脳会議の議長国だったのですが、9月のバクー・サミット宣言でも間接的に言及されています。
    それが人権に関する考え方です。

    アメリカや西欧のメディアを念頭に置いていると思うのですが、人権、人権というが、いちばん大事なのは生きる権利だというのです。
    そして今一番世界で危機にさらされているのも生きる権利だと言うのです。

    その理由は、経済的不平等がかつてなく進行しているからです。

    私達にとって重要なことは、2019年秋の時点で、世界の国の過半数を占める百数十カ国の首脳がこのような人権観で一致していること、それが共通の意志として宣言されているということです。

    政治的・思想的自由の権利表現の自由などの権利も重要なものであり、それが遅れた国ではしばしば軽視されていることも間違いありません。

    しかし同じように先進国も、遅れた国のこのような人権状況を無視し、人間開発・社会開発の権利を軽視しているのではないでしょうか。

    ベネズエラ問題を考える際、「人権」というのがキーワードになっていますが、このような人権観の枠組みの違いが先進国と途上国との間に横たわっています。

    一方的な審判、指弾ではなく、共通の思いの形成を検討の基盤に置くべきではないか、ということを指摘させていただきたいと思います。

    綱領改定案(世界情勢論)について

    2004年綱領は、20-21世紀論を中核としていた。その根本的立場は今日も正確で有効だ。
    改定案はそれを引き継ぐとともに、さらに発展させる。


    世界情勢に関する3つの見直し

    第一に、21世紀論の具体的展開
    具体的には、
    ①核兵器廃絶にむけた新たな前進、
    ②平和の地域協力の流れの形成・発展、
    ③国際的な人権保障の新たな発展

    第二に、いわゆる「社会主義国」問題
    全面削除、および世界情勢論の全体の組み立ての一定の見直し。

    第三に、第五章・未来社会論の改定
    発達した資本主義国での社会変革が社会主義・共産主義への大道である。

    ここまでが総論部分だ。「社会主義」諸国の削除については異論はない。

    個別の改定点

    綱領第三章

    「世界情勢――二〇世紀から二一世紀へ」の表題を「二一世紀の世界」に変更。

    21世紀論の骨子はそのまま残す。

    1.人権論を書き加える。

    第二次世界大戦までの時期は、人権問題は、国内問題とされ、外国からの口出しは無用という問題として扱われてきました。

    21世紀の世界においては、人権を擁護し発展させることは、単なる国内問題でなく、「国際的な課題」となった――国際社会における各国の義務となった。

    「人権は国境を超える」論、「民族自決」は人権より低位概念という理論。

    2.植民地体制の崩壊のもつ意義を特記

    20世紀論における「3つの変化」のうち植民地体制の崩壊が最大の特徴である。

    そもそも植民地支配は、民主主義や人権と両立しえません。
    民族自決権はあらゆる人権の土台として世界公認の原理でした。
    しかし、「植民地体制が崩壊した」のだから、これからは民族自決権より人権のほうが重要になる。

    というのが論建てのようです。

    綱領第八節―「社会主義をめざす新しい探究…」の削除

    これまで「社会主義の事業に対して真剣さ、誠実さ」を尺度としてきた。
    その尺度は
    *こういう国ぐにの指導勢力と接しての判断
    *これらの国ぐにが現実にとっている対外路線
    などから判断する以外にない。

    これは、後でベネズエラ問題を考える上で重要なポイントとなります。

    以下中国評価についての記述が続くがこれは省略。特に異論はない。
    ただこれは、中国の話なので、キューバとベトナム、したがって「社会主義を目指す他の国」についてはこの限りではない。

    結局、議論の結末としては、「社会主義を目指す」潮流そのものが存在しなくなったということになる。これは事実としてそういう他ない。いわゆる「前進的整理」であろう。

    民主主義と人権を破壊し独裁を強めるベネズエラ
    ここでキューバを批判するついでに、その論拠として、ベネズエラに想像もつかない非難を浴びせている。さらに「ラテンアメリカに分断を持ち込んで」いるという記述は、事実に即して見れば認めるわけには行かない。

    ソ連論についてはジャンプします。

    綱領第九節――「世界の構造変化」

    「世界の構造変化」が、平和と社会進歩を促進する生きた力を発揮しはじめている。
    これは新たに書き加えた部分であり、これまでの第9節は第10節となる。

    第一〇節 
    世界資本主義の諸矛盾から、世界をとらえる。いわば各論部分。
    現綱領の第九節の内容をもとに書き加える。

    ここで「ラテンアメリカの国ぐに」に触れられている。

    米国の強い従属下に置かれていたが、「二〇世紀の終わりから二一世紀に」軍事独裁政権が倒されて、民主主義の覚醒があった。
    その結果、米国から自立した地域へと変わった。
    しかしこの数年間にベネズエラ危機が分断をもたらした。
    今後、平和の地域協力の流れが、ベネズエラ危機をのりこえて発展するよう願う。

    なんとも悲しくなるような分析である。

    弾力的なアメリカ論

    アメリカは、いつでもどこでも覇権主義・帝国主義の政策と行動をとるのではなく、「世界の構造変化」をふまえて、外交交渉による解決を模索する側面も見る。

    これは重要な指摘です。事実に即して具体的に見ていく必要があります。
    ラテンアメリカにおいては、目下そのような「弾力的」傾向は全くありません。

    綱領第一一節 国際連帯の諸課題

    二つの国際秩序の選択」という記述を見直す。中国、ロシアによる覇権主義も台頭しているからだ。

    このため「国連憲章にもとづく平和の国際秩序か、独立と主権を侵害する覇権主義的な国際秩序かの選択」という、より包括的な規定にあらためた。

    三つの流れ」という特徴づけを削除

    発達した資本主義諸国・資本主義を離脱した国々・AALAの人民の運動の3つを社会主義への発展の時代的・国際的条件としたが、これをやめる。

    遅れた国ぐににおける社会主義的変革の可能性を否定するものではないが、きわめて大きな困難がともなう。
    発達した資本主義国での社会変革こそが、社会主義・共産主義への大道である。


    この点は一般論としてはきわめてよく分かるのですが、現実的には発達した資本主義国での社会主義革命は実現していません。
    逆に遅れた国々で平和的に議会選挙と通じて「社会主義」を目指している国が、現にいくつか存在しています。これらの事実から見て、もう少し謙虚に学ぶべきではないかと思います。

    また非同盟運動の志、バンドン会議の精神は、反核運動の枠に押し込まず、もっと多角的に称揚すべきではないでしょうか。

    何れにしても社会主義への道はそう単純ではなく、ジグザグとしたコースを歩みながら21世紀を通じて進行していくものと考えるべきでしょう。あまり振りかぶった規定はしないほうが良いのではないかと思います。

    今回の綱領改定には多くの理論的前進が見られ、「20世紀の残り物」的理論も随分整理されて見通しが良くなりました。

    その分、ラテンアメリカの現実に起きている変化の評価には、あらっぽさが目立ってしまうように思えます。

    とりあえずの感想です。

    19.10.02
    宮本眞樹子 「見て聞いて感じたベネスエラの今」

    ベネスエラに行ってきました!

    ハバナからカラカスまで直行便で3時間、お隣、という近さです。
    12年ぶりのカラカスは、見たところ変わっていません。朝の通勤ラッシュ、夕方の雑踏、道端の物売り、美人でお洒落で魅力的な女性たち、普通の生活が見えます.
    強いて言うなら、警備の人が増えた事でしょうか。

    私がベネスエラを訪問していた時、首都カラカスでは、「ノー・モア・トランプ!大集会」と、「女性のための集会」が開かれ、スクレでは「ベネスエラ・キューバ相互連帯集会」が同時に開かれていました、なんとまあ精力的な事でしょう。

    スクレ市まで行きました

    今回は「連帯集会」に参加するために、カリブ海に面したクマナ県スクレ市に行ってきました。スクレはカラカスから東へ525キロ、海岸沿いのリゾート地でもあります。
    島影が浮かび、絵のように美しい海と海産物の美味しいスクレ。ここはボリーバルとっともに南米を解放したアントニオ・ホセ・スクレが生まれた土地で、“栄光の地“と呼ばれています。

    街の中心にある「フィデル・カストロ来訪記念彫刻美術館」を訪ね、スクレ像の建つ公園を散歩しました。
    ショッピングセンターでお買い物して、ねっとり濃いガトーチョコレート(これが超美味!)にカプチーノのお茶タイム。
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          <買い物に来た女性たちと小さなお店の前で>

    夜は海岸通りの公園で、毎週金曜の夜開催されるフィエスタ(お祭り)を楽しみました。
    屋台の魚介類を賞味しながら、音楽が高鳴り、若者たちが盛り上がっているのを満喫しました。

    ”愛の高齢者“プロジェクト

    ステージでは、”愛の高齢者“プロジェクトが開催されていました。
    美しく着飾った年配女性の、それはそれは優雅で綺麗なダンスが披露されました。終わった後はやんやの喝さいを浴びていました。
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           <”愛の高齢者“プロジェクトの女性たちと>

    曲が変わると誘われて、私も一緒に踊りました。日本人が珍しいのか、次々現れる男性を相手に、休む間もなく踊り続けてしまいました。

    小腹が空いて、民芸品や手作りお菓子などがずらりと並んだ屋台を冷やかしながら食べ歩きました。
    地元の人たちとお喋りしました。気になっていたことを訊いてみました。

    「どこに餓死する人が?」

    「ここでは食べ物がいっぱいあるけれど、日本のニュースでは食べ物が無くて餓死しそうな人がいるとか、病院に行かれなくて死にそうとか言われているの。本当にそういう人がいるのですか?」

    たっぷり太った屋台の女性は笑いながら、「どこに餓死する人がいるのかね?」と聞き返してきました。
    そして傍に立っていた二人の男性の太鼓腹を撫でました。このマッチョたちは私を物珍しげに見ていたのです。

    周りにいた人たちも、どっと笑いました。そして「どこに餓死する人がいるのかね?」と、互いのお腹をさすりました。訊いた相手がふさわしくなかったかも(^^;)

    フィエスタをやらないわけにはいかない

    「失礼しました、日本ではそんな風に伝えられているものですから」
    私はそう言い訳して謝りました。その女性は言葉を続けました。

    「今年の3月、ベネスエラの発電所がテロ攻撃で壊されたの、知ってるでしょ? あの時、3日目が金曜日だった。フィエスタの日よ。
    停電だったけど、フィエスタをやらないわけにはいかないもの。それが私たちのお愉しみなんだから。
    それでみんなで車を集めて、車のライトで照らして、音楽をかけて、みんなで踊ったのよ」

    感動で言葉を失った私、心の中で呟いていました。

    「あっぱれ! ベネスエラ人よ!」

    カラカスの庶民の生活事情

    カラカスに戻ってから、お世話になった人や運転手さんたちにいろいろ質問してみました。
    「インフレで物価高になって大変ですね?
     食べるものは調達できるのでしょうか?
     病院や教育費は?
     サラリーは平均どのくらいでしょう?」

    答えは次のようなものでした。

    「米国の封鎖強化で、インフレは酷い、サラリーが下がってお金は無い。今、サラリーの平均は6万5千ボリーバルだ。年金も少ない。私と同年齢の女性は4ボリーバルでまったく足りない。
     でも、食糧プロジェクトがあるから食べ物はある。政府からの食糧支援は2年前から更に増えた。
     例えば、お米、トウモロコシの粉(主食のパンケーキを作る)、卵、パスタ、油、砂糖、珈琲、ツナの缶詰…いろいろある、
     高齢者や障害者にはミルクなど更に多く支給される(安価で)」

    キューバのリブレタ(食糧支援)と同じです。(真紀子さんはハバナ在住)

    八百屋さんや小売店に行ってみました。食料品の品数は豊富、キューバは比べ物にならないくらいです。野菜や果物の価格はキューバと同じくらいです。珈琲はキューバの半額です。
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              <カラカスの街の八百屋さん>

    * お店には、ベネズエラの側の案内で行ったのではなく、モールの前にあった小さな店にぶらっと寄ったとの宮本さんの説明です(新藤さんの注)

    「病院は種類があって無料のもあります、教育費は大学まで無償です。

    ガソリンは激安! だから、ヤンキーが狙う

    移動中、スタンドでガソリンを入れました。運転手さんが「これで払う」といって、支払いのお札を私に見せました。500ボリバルです。
    「え!まさか、それだけ?」 それではトイレチップと同じ金額です。

    信じられない私、別の運転手さんに訊いてみました。
    「ガソリンはリットル幾らですか?」
    「ガソリン1リットルは0.0001米ドル、0.01セントだ」
    (お店によって為替レートが若干違いますが、1USドル=20,000~23,000ボリーバル、9月末現在)
    「は!そんな激安!?」
    「いいかい、40㍑買うとする、100ボリバル払う、60㍑買っても100ボリバル、200㍑買ったとしても100ボリバルだ、要するにいくらでもないのだ、ここではオイルは水よりも安い」

    計算が合わないだけでなく頭がついていけません。分かったのは
    「だから、ヤンキーが石油を狙うのね」「シー!(その通り)」


    宮本眞樹子(キューバ、ハバナより)

    ベネズエラ大使らの邦銀口座が勝手に凍結

    緊急に拡散することをもとめます。

    朝日新聞報道(10月6日)

    まずは朝日新聞の報道(平山亜理記者 2019年10月6日18時00分)

    SMBC信託銀が駐日ベネズエラ大使らの口座を「凍結」

    南米ベネズエラの駐日大使や、大使館員が開設しているSMBC信託銀行の口座が凍結された。

    同銀行広尾支店の副支店長は、「トランプ米大統領がベネズエラ政府関係者による米ドル取引を禁じたためである。取引の一部がこの規制に抵触する懸念が生じると判断した」と説明した。

    (「ベネズエラへの経済制裁」を理由に挙げているが、米国政府の行動を口実にした勝手なふるまいであることは間違いない : 筆者)

    この結果ベネズエラ大使や大使館員は、子どもの学費の支払いやクレジットカードなどの引き落としもできなくなった。

    大使が日本の外務省などと交渉し、円の口座は使えるようになったが、米ドル口座は使えないままだ。

    朝日新聞の取材に、同行は「米財務省の規制に違反しないかを調べている」と説明。完全な凍結ではないが家賃の支払いなどが窓口で4時間かかった大使館員もいる。

    イシカワ大使のメッセージ

    2019年10月8日(火) 12:07 

    皆さま
    お疲れ様です。
    今回の銀行の措置については、ご懸念と非難のメッセージをありがとうございます。
    措置を知らされてすぐ、外務省に連絡を取り状況を知らせました。
    銀行側は国家間の外交関係を定めるウィーン条約に一方的に違反していいます。
    またトランプの大統領令は違法で国際法侵害に当たります。このような措置が域外適用されることは間違いです
    以上のことを警告しました。
    皆さまからの連帯のご支援を得て、これからも銀行側に圧力をかけていくと同時に、制裁の域外適用の危険性を一般に知らせていくつもりです。
    イシカワ

    なお、新藤さんによると、
    トランプ政権の海外口座への凍結措置は、キューバ大使館にも9月にありました。しかしキューバに関しては、友好議員連盟などの協力で解決したようです。

    Yさんのブラジルだよりを転載します。
    YさんはY大学の先生で、ブラジル経済が専門です。
    ニカラグア訪問団でご一緒させていただきました。
     ブラジルにきています。PCdoB(ブラジル共産党)の幹部に取材しました
     PT(労働党)とPSOL(ブラジル社会主義自由党)は、時間がなく、取材には至りませんでした。
    1 ジルマ・ルセウ(前大統領)の弾劾やそれにいたる2013年頃からの抗議運動には、米国の介入がある。
      ジルマの電話が盗聴されていたのは、報道されたように、周知のことだ。
      ベネズエラやニカラグアへの米国の介入と似ている。
    2 米州機構のニカラグア報告は、きわめて批判的で残念だ。
      あれを仕切った委員はブラジル人で、彼はPT派の人だからなおさら非常に残念な状況だ。
      バチェレ(現OAS事務局長・前チリ大統領)のベネズエラ報告も残念だ。とまどっている。
      個人を越えた、組織のなにか力が働いていると考えるほかない。
      (ただバチェレについては「もともと、市民社会との関係が強い人ではないと思う」というようなことを、
      おっしゃったと思いますが、全体に微妙な表現で、完全に理解できませんでした)
    3 ただしニカラグアのガバナンスがいいと思わない。
      オルテガの奥さんが副大統領というのは、まあどうかと思うけど。

    4 ベネズエラも民主主義の点で問題があるとは思う。しかしそれでも、今は彼らを支持している。
     サンパウロでは長年の友人にききました。彼がいうには、
    1 ジャバラトの汚職捜査は、ひどいの一言。PTつぶしの作戦だ。
      汚職そのものは、嘘ではないにしても。
    2 ジルマ弾劾も、PTつぶし以外のなにものでもない。弾劾のロジックがおかしい。
      むろんジルマやイグナシオ・ルーラ(元大統領)が完全に白かどうかはわからないが、
      とにかくPTつぶし最初にありきの捜査だ。
    3 ボルソナロ(現大統領)は、ブラジルの民主主義的な諸制度をつぶしつつある。
      大学予算カットもひどいし、私の研究すら影響を受けそうな状況だ。
      PT政権は、科学技術の発展を重視していた。ボルソナルは反対の動きだ。
    4 ルラのときに国会内で野党票を買収していた。それは事実で、メンサロン事件とよばれた。
      仕切ってたのはディルセゥ議員だが、彼は「good management賞」だ(皮肉)。
      ジャバラトと比較したら少額だった。少額で国会を仕切ってたんだから、
      効率的な金の使い方で“good management”賞だ。ジャバラトの汚職の規模は、それと比べるとでかすぎる。
    5 司法がPTつぶしに加担して、おかしくなっている。
    
     こんな感じです。
    
    2019年9月29日 


    19.08.21 朝日新聞の記事のようです(新藤さんの紹介)


    折り鶴の君、いまどこに 
    27年前の米国、「一日一折り」教わった手順


    ニカラグア千羽鶴
       田上長崎市長に自作の千羽鶴を届けたニカラグアのコロネル大使


    折り鶴の作り方を教えてくれた女性に再会したい

    駐日ニカラグア大使のロドリゴ・コロネルさんが27年前、米国で出会った日本人女性を探している。今夏、長崎と広島の被爆者のために自作の2千羽の鶴を送り届けたコロネルさん。「直接会ってお礼を言いたい」と願う。


    コロネルさんは1992年、米国に留学した際、同じクラスの日本人女性から折り鶴を見せてもらった。美しさに感動し、作り方を教えてくれるよう頼んだが「すぐに忘れるなら時間の無駄」と断られた。


    あきらめきれず、2週間頼み続けると、一日一折りずつなら教えてもいいと言われた。その一折りを毎日100回練習し、完璧にできれば次を教えるという。

    「きっちりと折らないと、形が崩れてしまう」。毎日、練習を重ね、3カ月かけてすべての折り方を覚えた。


     女性が見守る中で折り鶴を完成させると、女性は両手を上に上げて “〇” の形を作った。意味が分からなかったが、よくできたという意味なのだろう、と思った。


     その後、女性とは連絡が途絶えた。コロネルさんは当時16歳。女性も同じ年齢くらいだったが、名前も覚えていないという。


    駐日大使着任、広島長崎悼み届けた2千羽


     昨年、コロネルさんは駐日大使として来日。これを機に久しく作っていなかった鶴を毎日折るようになった。レストランやホテルで箸の袋で鶴を折り、サービスしてくれたスタッフにお礼として置く。チップの習慣のない日本で、せめてもの感謝を見せるためだ。


     来日後、広島と長崎を初めて訪れた。広島で被爆し、白血病になった少女の快復を願い、少女や友人が千羽鶴を折ったエピソードを学んだ。

    千羽鶴に平和への思いが込められていることを知り、今年に入り、広島と長崎のために千羽鶴を折り始めた。4カ月かけたといい、「被爆者の痛みを想像した」と振り返る。


    8月7日、千羽鶴を届けようと長崎市役所に行くと、田上富久市長と職員が拍手で出迎えてくれた。30メートルほど職員が両脇に並ぶなかを歩いた。

    「ありがとうございます」と口々に声をかけられ、涙がこみ上げた。

    千羽鶴は長崎原爆資料館のエントランスに飾られている。




    こんな人が大使をしている国が悪いことすると思いますか?
    「被爆のマリア」をお父さんが歌にして、それを娘が歌って、その娘の旦那が日本大使をしているような国が悪いことしていると思いますか?



    May 30, 2019


    ベネズエラ中央銀行(BCV)が3年ぶりに経済指標を発表しました。

    1.GDPの縮小

    データは、ベネズエラの経済が2013年から2018年の第三期までに47.6パーセント縮小したことを明らかにしています。これについての公式のコミュニケーションはありません。

    2.月次インフレ率

    BCVのデータは、ベネズエラのハイパーインフレ(月間50%を超えるインフレ)が始まったのが、わずか1年ちょっと前、つまり2018年4月だったことを明らかにしています。

    2018年の総インフレは13万パーセントに達しました。

    そして12ヶ月経った2019年3月にインフレ率が50%を下回りました。BCVの3月と4月のインフレ率は、それぞれ34,8と33,8%です。

    inflation
    2017年1月以降の月間インフレ率。青はベネズエラ中銀、橙は国会チームのデータ、
    50%の緑色破線はハイパーインフレのしきい値。


    野党が支配する国会附属機関も2017年11月から経済分析を開始していますが、こちらも3月に初めてインフレ率が50%を下回ったと発表しています。

    3.石油と貿易比率

    ベネズエラは、2015年以来、原油価格の下落、経済の不正管理、制裁の結果として、深刻な経済的失速状態に陥っています。

    石油輸出収入は、2017年には315億ドルでしたが、2018年には298億ドルに低下しました。

    輸入総額は2012年に史上最高となり、660億ドルに達しました。それが2017年には120億ドルまで低下しました。2018年にはそれから149億ドルにまで増加しましたが、依然として1/4以下の水準です。

    4.非道な経済制裁

    今年はじめ、フアン・グイドが自称「暫定大統領」を宣言します。政府打倒を目指すワシントンは、直ちにフアン・グイドを支持することを決定しました。それ以来、米国財務省の制裁は著しくエスカレートしています。

    米国による一方的な措置は、ベネズエラの経済、特に石油部門をターゲットとしています。

    ワシントンDCに本拠を置くシンクタンクである「経済政策研究センター」が最近、報告書を発表しています。その結論は以下のようなものでした。

    米国の制裁により、2017年以降、ベネズエラの石油生産量が著明に減少している。さらに制裁はベネズエラに40,000人以上の死者をもたらした。

    研究者のJeffrey SachsとMark Weisbrotは、「経済制裁はハイパーインフレと深刻な経済危機に対処する可能性を奪った」と結論を与えました。

    5.経済改革の挫折

    ベネズエラ政府は昨年8月に包括的な経済改革を実施しました。

    これには、通貨の再変換、為替レートの切り下げ、通貨をペトロ暗号通貨に固定することが含まれます。

    しかしそれにもかかわらず、ハイパーインフレを抑止することはできませんでした。政府はボリバル・ペトロの為替レートを切り下げて給与を引き上げざるを得ませんでした。

    最新の昇給は4月末に行われました。

    最低賃金と食糧費補助は合計で65,000ソブリン・ボリバルです。これは並行市場レートで約11ドルに相当します。

    6.金融政策の改革

    ベネズエラ中央銀行は昨年12月に進路を変更しました。通貨安誘導政策の採用です。

    DICOMの公式外貨オークションでドルに関してボリバルを積極的に切り下げました。
    5月6日、BCVは並行市場指標のペースを維持するため為替管理の廃止を発表し、完全変動相場制へ移行しました。
    「交換ボード」は現在、公共銀行と民間銀行によって運営されており、為替レートはBCVに伝えられています。

    中央銀行による最近の措置は、流通するボリバルの量の制限とともに、経済のインフレスパイラルを減速させました。

    しかしこれは劇薬です。インフレの抑制は需要の縮小を犠牲にしてもたらされることになります。エコノミストは、どこかで資金手当がない限り、このインフレ抑制策には長期的な経済停滞のリスクがあると警告しています。


    UN Human Rights Council Adopts Resolution Rejecting US Sanctions

    7月13日、国連人権理事会第41回評議会は、ベネズエラに対する米国による制裁を非難する決議を採決しました。

    決議案は非同盟国運動(NAM)の議長国ベネズエラとパレスチナから提出され、賛成28票、反対14票、棄権5票で承認されました。

    ベネズエラ政府は「決議に対する国連人権理事会の加盟国の圧倒的な支持に感謝する」との声明を発表しました。

    この文書は、「すべての国の「譲渡不能な権利」としての自決権を再確認しました。そして一方的な強制措置(制裁)を拒否し、他国や米州諸機関の干渉なしに、国民主権・独自の政治的、社会的、経済的、文化的システムに従って、進むべき道を決めるべきである」と訴えています。

    ベネズエラは非同盟運動の当番議長として、加盟国からの大きな支持を得て国連人権理事会に決議案を提出しました。

    ベネズエラのホルヘ・アレアザ外相はこう述べています。

    すでに今年の5月、国連の特別報告者であるIdriss Jazairyは、制裁がもたらす悪影響に対する報告をしています。彼は「キューバ、ベネズエラ、イランに対する政治的目的での経済制裁の使用は、人権と国際法に違反している」と非難しています。

    しかし今回の決議は、ベネズエラにとって重要な意味を持っています。それは理事会が国連の人権高等弁務官ミシェル・バチェレの提出した報告書を体系的に拒否しているためです。

    バチェレ報告は、ベネズエラ政府の主要な社会政策を無視しています。そして米国政府による経済制裁についても言及していません。

    今回の決議は、米国による経済制裁が「対象国(ベネズエラのこと)の人々の福祉を妨げ、人格の完全な実現を障害している」と述べています。

    2017年以来、ホワイトハウスはベネズエラの個人や事業体に対して150の制裁を課しており、食料と医薬品の不足により4万人以上の市民が直接死亡し、1,160億ドルの損失が発生しました。

    この数字は、最近の経済政策研究センターによる独立した報告書によって明らかにされています。


    「非同盟諸国外相会議」のカラカス政治宣言

    上記の会議が7月20日、21日ベネズエラの首都、カラカスで開催されました。
    正式名称は「非同盟諸国運動調整ビューロー閣僚会議」というのだそうです。

    その会議の「宣言」が発表され、その抄訳を新藤さんが訳されています。大変ありがたい話ですが、それでさえも法律用語風の言い回しで相当読みにくい。

    そこで私が勝手に10分で読めるように縮めて言い換えて、読み物風にまとめました。大事だと思うところはゴシックにしています。

    もとより正確さにかけているので、気になる方は新藤さんの本文をご覧ください。

    はじめに

    私たちは…特に平和の推進と国際法を順守する緊急の必要性について率直に討議した。
    そして反戦勢力、平和愛好勢力として非同盟運動の役割を果たすために、以下のことを決定した。

    平和と国際安全保障の維持のためには、諸国家が国際法の諸原則と国連憲章に従うことが重要である。
    とくに主権、政治的独立、加盟国間の国境の不可侵を尊重することを再確認する。

    平和的手段を通じた国際紛争の解決を推進する。国連憲章の原則に違反する力あるいは脅迫、軍事侵略の行使を慎まなければならない。

    単独行動主義について

    特定の国々により押し付けられた単独行動主義的な措置に反対する。
    単独行動主義は国連憲章、国際法、人権の侵害を生み出し、国際関係に否定的影響を与える
    非同盟諸国にたいし、単独行動主義にもとづく一方的な経済制裁、威嚇的・一方的な制限を慎むべきである。それは主権と独立、貿易・投資の自由に脅威を与える。
    非同盟諸国のみずから決定する権利を妨害してはならない。それは国連憲章、国際法の基準と原則に対する重大な侵害となる。
    単独行動主義的な措置は逆転されるべきである。こうした措置や法律は即時に廃止するよう要請する。

    被害国との連帯

    侵略行為あるいは単独行動主義は国際法違反である。それによる被害は賠償されるべきである。

    単独行動主義が非同盟諸国、とりわけ発展途上国に圧力をかけるために行うレッテル貼りに断固反対する。

    外部からの力の行使の脅迫、侵略行為、抑圧的な措置の被害を受けている諸国民との連帯を引き続き強化する。

    以下略


    ユニラテラリズム(単独行動主義)とマルチラテラリズム(多国間主義)

    マルチラテラリズムは非同盟運動の最も基本的な理念の一つです。非常に訳しにくいのですが多方向主義とも訳せます。三カ国以上でやる交渉ならマルチラテラリズムですが、たとえばサミット会議などはマルチラテラリズムとは言いません。大国間の談合はそもそも多国間主義の理念に反するのだから当然です。これは普通「多極化論」と呼ばれます。

    これらの合意形成過程を一切無視して、大国が自らの意見を一方的に押し付けるのがユニラテラリズムです。「無理が通れば道理が引っ込む」ことになるので、ユニラテラリズムは本質的に間違っています。

    これができるのはアメリカしかありません。だから「単独行動主義」というのは、反多国間主義のことであり、事実上アメリカの覇権主義にほかなりません。

    多国間主義の立場に立つ非同盟運動は、単独行動主義と原理的に相容れません。ここがベネズエラやニカラグアの問題を考える上でのキーポイントだろうと思います。

    何れにしても世界の国々の3分の2を結集する非同盟運動が、メディアの大宣伝を打破し、単独行動主義との対決を打ち出したことの意義は決して小さくないと思います。



    1.NICA法の成立

    去年の11月、トランプ大統領はニカラグア政府が「米国の国家安全保障と外交政策に対する異常で異常な脅威となっている」と宣言しました。そしてオルテガ政権の閣僚を個人的に制裁する内容の大統領令に署名しました。「個人」と言っても拡大解釈が可能なようにできています。
    この「Nica Act」が実施されると、米国政府は金融機関(例えばIMF・世銀・米州開銀など)がニカラグア向けに融資するのを制限できるようになります。

    オルテガ大統領は、この決定を断固として拒否しました。
    M&R Consultoresの世論調査によると、ニカラグアの人々も大部分が拒否しています。それはニカラグアの民主主義にとって有害であると考えられています。

    2.ニカラグアの反応

    水曜日にニカラグア国会は、92人のうち70人の賛成で一つの法律を可決しました。
    それは5つの非政府組織を解散させました。それらは去年ニカラグアで危機を引き起こしたクーデター策動に際して、組織的、財政的にこれを支え、事実上指導的役割を演じました。

    ニカラグアの地元メディア “El 19 Digital” はこう書いています。
    実際、広く実証されているように、これらの団体は第三国の政府機関や一見私的な組織から多額の資金を受け取っていた。援助団体の元をたぐると、それらは反サンディニスタ政府で暴力的な行動を訴える外国政党や政府にたどり着く。
    複数の国際アナリストによると、サンディニスタ政府に対する抗議運動は USAID や NED などの悪名高い米国機関が資金を提供し支援していました。

    マックス・ブルメンソール氏は、このようにニカラグアの状況を説明しています。
    ニカラグアの学生リーダーたちは、オルテガに対する彼らの戦いを助けてもらおうとして、ワシントンのトランプ大統領や右派政府高官の発言を歓迎した。
    「キューバ・ディベート」という雑誌は「USAIDはニカラグアに対するソフトクーデター計画をどのように準備したか」というレポートを掲載しています。
    学生たちのクーデターの目論み支援するために、USAIDはおよそ7千万ドルを割り当てた。これは前年比で800万ドルの増加だ。

    3.左翼政権諸国の反応

    ラテンアメリカの左翼政権を統合する「アメリカ人民連盟」(ALBA)は、ラテンアメリカ諸国の発展を阻害しようとするアメリカの強制を拒否しました。

    ボリビアのエボ・モラレス大統領は、オルテガ大統領に「帝国主義に反対するのはあなただけではない」語り、ニカラグアの人々への連帯を表明しています。




    July 2019 「米国はキューバ、ニカラグア、ベネズエラへの攻撃を強化している」
    Intensification of US aggression against Cuba, Nicaragua and Venezuela

    4月16日、ジョン・ボルトンが「ピッグス湾の侵略に参加した退役軍人の会」に出席し演説した。
    彼は述べた。「トランプ政権は民主主義、主権、安全、法の支配を擁護する。モンロー・ドクトリンはいまも生きている」

    この200年も前に宣言されたモンロー・ドクトリンは、アメリカがアメリカ大陸を好きなように形作る「権利」としてずっと主張されてきた。

    ボルトンは、キューバ、ニカラグア、ベネズエラを「専制のトロイカ」だと決めつけ、新たな経済制裁策を発表した。

    彼は、この「トロイカ」が崩壊すると、アメリカ大陸は「雪をかぶったカナディアン・ロッキーから輝くマゼラン海峡まで、人類史上初めて自由な半球になる」と宣言した。

    モンロー・ドクトリンのこの非常に危険な復活は、「民主主義」とも「人権の尊重」とも何の関係もない。しかしアメリカの経済的権益擁護と左翼政権を排除することには深い関係がある。
    ロシアと中国は米国を「世界を不安定化させ国際法に乱暴に違反している」と非難しており、このところの状況は、冷戦時代以来見られなかった対立を露わにし、世界を危険にさらしている。

    ニカラグアに最も壊滅的な影響を与える制裁措置はNICA法である。それは「米国は国際貸付機関にたいし、ニカラグアへの貸付を行わせないよう阻止する」と定めている。政府の財政困難を駆り立てている。

    国連の特別報告者 Idriss Jazairyは、政治的な目的のために経済制裁を使用することは人権と国際法の違反だと言う。 
    「そのような行動は、一般の人々が見せしめや人質にされてしまう。それは前例のない人道的な災害を引き起こす可能性がある」

    和平交渉と恩赦法

    2月26日にニカラグアの世論調査会社が行った調査では、回答者の90%以上が、家族や地域社会の幸福を保証するために対話、平和、安定を望んでいると回答している。

    このような背景の下、政府代表と野党「正義と民主主義のための市民同盟」による交渉が開始された。 協議には、OAS代表や教皇庁代表が立ち会った。

    重要な合意がなされている。一つは市民の権利を強化するための手続きに関するものであり、もう一つは昨年の暴力に関連して拘禁された人々の釈放である。それは国際赤十字委員会によって監督されていることになっている。

    国会はこれを受けて、2018年4月18日以降の全国で起きた事件で、すべての関係者に完全な恩赦を与える法律を承認した。
    政府は市民同盟の反対派逮捕者を釈放した。さらにOASが関与して、選挙改革のための検討プロセスが再開された。

    なお保留されている問題は次のとおり。
    ① 暴力事件に関連して国外逃亡した人々の帰還を許可する。 
    ② NICA法という違法な米国の制裁措置の停止。それは国の最貧者、最も脆弱な分野に対して度外れに悪い影響を与えている。

    「正義と民主主義のための市民同盟」は、政府との交渉を担当する主要な野党グループだった。
    しかし、先行きは不透明である。反対派を構成している70の組織のうち多数は、政府との和平交渉をやめて、米国がさらに制裁を強化するようもとめている。

    米州機構のアルマグロ事務局長は、囚人の釈放が大幅に進んだことを確認し、ニカラグア政府が健康と教育の改善を進めていると称賛した。 
    このため、アルマグロはSNSでは過激派に非難された。

    私の疑問

    1.ボルトンの主張は、ある面では「正しい」のだろうか?
    2.NICA法は、民主主義を守るためには必要なのだろうか?
    3.交渉を拒否する野党強硬派の立場は、支持しうるものだろうか?
    4.「専制のトロイカ」を打倒することは、民主主義の実現を意味するのだろうか?

    平和市長会ニュース(Mayors for Peace Newsletter)の2010年1月号です
    記事の見出しは「ニカラグア全自治体が平和市長会議に加盟」となっています。

    要旨は以下の通り
    2010年1月、秋葉会長は、加盟都市が急増した中米のニカラグアを訪問し、オルテガ大統領や前国連総会議長のデスコト氏らと会見した。
    ニカラグアは内戦を経験しており、平和への思いを強く持つ国であることから、核兵器廃絶への深い共感を示した。
    オルテガ大統領は、原爆の話は子どもの時から聞いており、是非日本を訪問したいと考えていると述べた。
    秋葉会長に、この国の最高の栄誉である「ルーベン・ダリオ文化独立勲章」が授与された。訪問に前後して「核兵器廃絶に向けて努力する」アピールが出され、ニカラグア国内の全自治体が平和市長会議に加盟しまた。

    こういう経過を知っていたら、メディアの“掌返し”に疑問を持つのが普通でしょう。

    平和市長会のニュースについては下記もご参照ください
    2012年11月23日

    集会での演説要旨(キューバのグランマ英語版より)

    40年集会

    オルテガは全国民に「貧困撲滅の戦い」への参加を呼びかける

    オルテガ大統領は、サンディニスタ革命40周年記念集会で、数十万人の人々を前に演説した。

    彼は演説の冒頭、貧困と失業を根絶するための行動に参加するよう求めた。彼は同時に、予算が全体として削減されたにもかかわらず、道路・学校・保健センター・病院の建設が続いていると明らかにした。

    外交の分野では、経済制裁を厳しく批判した。これは新たに採用された攻撃の形態である。それはあけっぴろげの恥知らずの攻撃だ。
    どんな国でも、国際法に基づかない制裁措置を課す権利はない。そのような制裁を課した国は犯罪を犯しており、そのような行動は許されるべきではない。

    オルテガは問う「結局、誰が苦しむのか? 苦しむのは民衆である。アメリカはなぜ民衆の生活をそのようにして弄ぶことができるのだろうか?」

    40周年記念集会に参加した外国人ゲストの中には、アメリカ合衆国から来た「平和のための退役軍人グループ」(Veterans for Peace)がいた。オルテガは、これら元兵士が今では「人類の道は平和への道しかないと確信している」と強調した。その一人が、中米に武器を運ぶ列車を止めようとして足を轢断されたブライアン・ウィルソンである。 「彼こそは平和の本当の英雄だ」とオルテガは付け加えた。

    ニカラグア年表 7/8 ビオレータ・チャモロの大統領就任まで

    の87年9月の項目に詳しい経過あり。

    Brian Willson

    オルテガは、国の社会的、経済的発展のために働きたいと思うすべての人々と対話する準備ができていると語った。彼は労働者、技術者、大小規模の生産者と対話すると述べた。

    選挙は2021年(前倒しすることなく、予定通り)に行われるだろう。そして我々はそれらを勝ち取るべく準備している。

    オルテガは、すべての選挙改革は憲法に従って行われる。選挙の後に「我々は選挙を奪われた」などという抗議ができないようにすると強調した。(El Digital 7/20/19)

    その他のあいさつ

    祝賀会場であるラ・フェ広場には500人以上の外国人客が数千のニカラグア青年とともに並んだ。
    オルテガ大統領の前に、副大統領ロザリオ・ムリーリョ、キューバとベネズエラの代表、そしてカトリック司祭アントニオ・カストロ神父がスピーチを行った。

    ロサリオ・ムリージョ副大統領はこう述べた。
    この40年、ニカラグアは栄光、若さ、歴史、そして未来に満たされていた。「サンディニスタ人民革命」は負けることなく意気高く、前進を続けてきた。

    キューバ代表のサルバドール・バルデス・メサ第一副大統領はフィデル・カストロの言葉を引用した。
    「サンディニスタの勝利は、45年のソモサ独裁に対する勝利ではない。それは150年にわたる外国支配の勝利だ」

    演者たちは平和の重要性を訴えた。また社会的、経済的正義と貧困の撲滅の課題を強調した。

    それぞれは米国がニカラグアやキューバ、ベネズエラに対して制裁を科したことを非難した。それはすでに貧困状態にある人々をさらに貧困に追いやることにつながるだろう。

    キューバはニカラグアの成功が帝国主義を苦しめていると言う

    キューバのミゲル・ディアス=カネル大統領は、ツイッターでメッセージを送っている。(紛らわしいが、この人は大統領兼首相でバルデス・メサの前の副大統領。プレジデンテはこれまで議長と訳されてきたが、今年から大統領となったらしい)

    下記のセンテンス “Nicaragua pains them, love pains them” はとても難しいが、「ニカラグアには棘がある。“愛”という棘が奴らを苦しめる」と訳しておく(我ながらなかなかの訳だ)。
    「私たちはサンディニスタ革命40周年を歌う。それはラテンアメリカの歴史を変えたのだ」


    本日、北海道AALAでの報告会用の原稿です。

    サンディニスタ革命40周年記念集会に参加して

    はじめに

    目の前に広がっている景色は、35年前に見た景色と同じでした。会場いっぱいの人々、10万人は越えていたと思います。
    しかし集会の雰囲気はどことなく成熟したものを感じました。

    考えてみればあたりまえの話で、ダニエル・オルテガは私と同世代、あの時が30代後半で今は70歳を超えています。
    その下にふた世代積み重なったサンディニスタ党の集会なのです。

    あのときは一方で革命の熱気が残っていて、片方ではコントラが大規模な侵攻を開始して、とにかくものすごいテンションだったのです。

    いまでは与党とはいえ一つの政党にすぎず、支持しない人もたくさんいます。街にも幟や飾りはほとんど見かけず、サンディニスタがあまり目立たないように抑えている感じでした。

    それなのに革命直後並みの動員力を持っているのはなぜでしょうか。これは一つの謎です。

    アメリカに負けなかった国: ニカラグア

    謎といえば、何から何まで謎です。10年近くも続いた内戦は、自分の責任ではなくアメリカから一方的に仕掛けられたものでした。

    とはいえ、内戦のもとで5万人が命を失い、経済が崩壊し自滅した政権だったのに、その後も国民の影響力を失わず、生きながらえ、あまつさえ20年後に政権に返り咲き(しかも平和的に)、今では国民の7,8割の支持を受けているというのは、謎でしかありません。

    そもそも自滅というのは正確ではありません。むしろアメリカの雇兵部隊に打ち勝ち、和平にまで持ち込んだことで、国の独立を守り、戦いそのものには事実上勝利したのです。

    ニカラグアは小さな国です。面積や人口から言うと、北海道が独立して一つの国になったようなものです。

    そんな国がアメリカに正面から立ち向かって勝てるはずはないだろうと思っていましたが、私の間違いでした。それは歴史的に証明されたことです。

    ニカラグアは独裁国家ではない

    そんなニカラグアを独裁主義国家だという人がいます。これはどこをどう押しても大嘘のコンコンチキです。

    サンディニスタは戦いには勝った(というか引き分けに持ち込んだ)のですが、1990年の選挙では負けてしまいました。

    彼らは、命がけで守った政権を野党に譲り渡し、長い間野党として活動してきました。

    そして16年後に保守党分裂のすきを突いて、ちょっとした手練手管(もちろん平和的な)を使って見事に政権に復帰します。

    2013年01月27日 ニカラグア大使講演、聞き書き: どうして、サンディニスタが政権に再び就いたか

    それからというもの、世論調査では圧倒的に支持され、選挙のたびに大勝を繰り返しています。アメリカにしてみれば憎たらしいと思うでしょうが、選挙が公明正大だから手を出せずに来たのです。


    それが10年も続いているのです。いわば民主国家としてのアメリカのお墨付きをもらったようなものでしょう。それが急に去年になって変わったというなら、その証拠を出すべきではないかな。

    メディアは誰を「市民」としているか

    今回、これだけ大々的に40周年記念集会をやったのは、単純なお祝いではないと思います。

    去年の4~6月に国内で大規模な反政府派との衝突があって、それから1年経って国内はどうなっているのかを世界に知らせたいという思いがあるでしょう。

    この「衝突」は2つの否定的影響を与えました。一つはそれまでニカラグアはポジティブなイメージで語られてきたのに、独裁政治のもとで暴力がまん延する危険な国だというネガティブなイメージに変えられたことです。

    もう一つは、反政府派(の一部)が武力であちこちを占拠し、道路を封鎖したことです。さらにアメリカなどが制裁を課したことから、GDPは前年比4%(ちょっとうろ覚え)下がったと言われます。

    もちろんこれとは別に人命をふくむ物理的被害はありますが、紙面の関係上ここでは省略します。

    メディアの事件報道は偏ったものでした。
    例えば、毎日新聞は次のように報道しています。
    【サンパウロ山本太一】反政府デモを暴力的に取り締まる中米ニカラグアの反米左派オルテガ政権に対し、国際社会の非難が高まっている。
    4月以降、当局との衝突などで市民約270人が亡くなった。各国は対話による解決を求めるが、混乱は深まる一方だ。
    軍や警察がデモ隊や立てこもった市民に発砲し、死者や負傷者が相次いでいる…
    それで市民というのが、この写真です。
    民主派
    説明文は「車やバイクに乗ってオルテガ政権に対し抗議の声を上げる人々」となっています。こういうのを普通日本では暴走族というけど、山本記者には「自由を求める正義の市民」に見えるらしい。

    とにかく、メディアはなんの根拠もなく書き放題です。ベネズエラと同じことが行われています。

    ニカラグア政府は紛争をどう抑えたか

    今の世界が本当に怖いのは、米国がやると決めた瞬間から、対象国が世界中から孤立してしまうことです。

    ドルの購入やドルによる決済が困難になり、世界との通常の貿易が不可能になります。禁輸措置がとられると、ドルを持っていても医薬品すら買えなくなります。さらに通関手続きが制限されることから物資は滞留します。

    それらが何をもたらすかはベネズエラで見たとおりです。経済政策の失敗という見方もあるようですが、論理的にありえない話です。

    ニカラグアに残された道は唯一つ、ひたすらに隠忍自重することでした。

    反政府派がいかに暴力をふるい、破壊活動と封鎖を続けようと、政府は手を出しませんでした。サンディニスタ活動家にも待機の指示が出されました。警察は暴徒の破壊行為を遠巻きに眺めるだけで、事実上為すがままにさせました。

    「軍や警察がデモ隊や立てこもった市民に発砲」している写真はありません。彼らが一方的に暴れ、サンディニスタの活動家を“人間タイマツ”にしている写真のみです。

    当時の「衝突」は日本大使館が詳しくフォローしています。メディアに頼らざるを得なかったので仕方ないのですが、そのほとんどは反政府の「市民」による暴行でした。

    今年3月にニカラグア国内のテレビで6夜にわたって放映されたドキュメンタリー番組が、余すことなく実態を伝えています。(ただし全体に冗長で、目を背けるような映像もふくまれており、日本人向けに手入れが必要でしょう)

    ただこれに警察力をもって対応すれば、相手の思うつぼになります。ここは「ならぬ堪忍、するが堪忍」です。

    実はこれでネを上げたのが経営者たちでした。
    道路封鎖で3ヶ月にわたり全土で産業活動が止まりました。
    資本家にとっては全国で無期限ゼネストを打たれたようなものです。

    結局最終的にはアメリカと資本家たちの根負けの形になりました。サンディニスタではない普通の人々が、バリケードに立ち向かうようになりました。

    7月に入って徐々に道路封鎖のバリケードは解除され、暴徒たちはいつの間にか消え去りました。結局のところ、反政府派の妄動は自己破産していったのです。

    反政府派への恩赦と「愛」

    暴徒は数ヶ月の妄動の間に、警察官やサンディニスタ活動家など数百人を殺害しました。

    普通なら一般刑事犯として処罰すべきものですが、政府はこれらの暴徒に全て恩赦を与えました。無罪ではなく無処罰です。それが反政府派との和解の条件でした。

    ただすごいのは、恩赦を和解の条件として提示したのではなく、「愛と平和」というサンディニスタ哲学の基本として提示したことです。

    この考えは、かつてコントラとの和平の中で打ち出された考えです。内戦中にコントラは集団虐殺など悪辣な行為を繰り返していましたが、和解にあたっては一切その罪を問わず、土地を与え職を与えました。
    nica女性戦士

    このときのサンディニスタに対する信頼感が、今も国民の間に強く根付いていると思います。ニカラグアは、党派を超えてすべての市長が反核宣言をしている唯一の国です。

    恩赦というのは罰しないということですが、そうではなく「罪は恕されなければならない」という考えが大事なのです。

    若干宗教的になりますが、恕すというのは「愛」なしには実現できない行為です。愛の具体的な試金石です。
    そこから導かれるのは、神が愛し恕すように我々も互いに恕さなければならないということです。

    といっても言うは易く行うは難しい。

    サンディニスタの青年と話す機会がありました。彼女も一生懸命勉強して納得したが、納得できない人もいると正直に話していました。

    とにかく、このような方針と哲学を掲げた政党が国民の圧倒的支持を受けて活動を続けているという事実を、ささやかな事実ではあるけれども、大いに語っていかなければならないと強く心に刻みました。


    25x220=5500

    みんなをずっとだまし続けるのは不可能だ

    リンカーンの有名な文句に「人民の人民による人民のための政治」というのがありますが、それほどではなくても同じようによく知られた、もう一つの言葉があります。
    少数の人ならずっとだませる。みんなをいっときだますことも可能だ。しかし、みんなをずっとだまし続けるのは不可能だ。

    You can fool some of the people all of the time, and all of the people some of the time, but you can't fool all of the people all of the time.
    というのです。

    7月15日から1週間あまり、ニカラグアに行ってきました。そこで多くの出来事を経験し多くの人と接触する中で、ずっとこの事を考えていました。

    リンカーンの言葉は絶対に正しいと思います。

    しかし、“ずっと” というのは何時までなのでしょう。ヒトラーが政権についてから、廃墟となったベルリンで自殺するまで、世界は12年と1億の人間の死をもとめられました。

    その間、世界の人口の半分は「鏡の国」、“ウソがマコトとなり、マコトがウソとなる世界”に閉じ込められました。ヒトラーは ある意味では、“ヒトラー的なもの” の代表にしかすぎません。それはいつか、どこかにか出現するのです。

    いま、ラテンアメリカの数億の人々もトランプの作った「人種の壁」の向こうの「鏡の国」に追いやられ、“貧困と無知と暴虐のもとに暮らすアリたち”のように蔑まれています。

    日本をふくむ「先進国」の人々は、1%の人々が “99%” を支配し貶めていることを憤っています。しかしその多くは、 “99%” たる「私たち」のなかに中東やアフリカ、ラテンアメリカの人々がふくまれていることを理解できないままでいるように見えます。

    だから難民が押し寄せるとそれを害虫のように嫌い、「彼らには民主主義の一員としての資格はないのだ」と決めつけます。それは巨大な情報操作のなせる業です。

    そうして作られた歪んだ「民主主義観」が、新興国とそこに住む人々への根拠のないヘイト感情をもたらします。それが結果として、「1%による支配」を補強していくのです。

    私たちは今、歴史の流れに究極的確信を抱きつつも、国内外に現存するこうした無知と無関心と偏見の壁をどうしても乗り越える必要があります。この作業にはスピードがもとめられています。

    連帯運動は審判する運動ではありません。それはなによりも自らが相手国の人々に学び、闘いに共感し、その教訓と歴史的意味を語り広げていく「知的運動」です。
    「学びなくして連帯なし!」です。みなさんが「知性」のエンジンをフル稼働させてもらうよう期待します。


    JICAニカラグアの所長あいさつ」という文章を見つけた。現場の感覚は、“独裁政権による流血の弾圧”という一部報道とはかなりニュアンスが違っているように見える。

    要旨は以下の通り

    所長挨拶
     名井弘美JICA所長

    80年代の内戦期を終えて迎えた90年代は、ニカラグアにとって復興に向けた国造りの時代でした。

    2000年代に入り、より国としての成長、発展を目指す段階を迎え、特に2010年以降は安定した経済成長を遂げてきました。

    ニカラグア人は一般的に誠実且つ真面目で、一昔前の日本のような助け合い精神を有している、親日的な国民です。内戦のイメージが強い国ですが、実は治安も大変よいことに私自身赴任して驚きました。

    残念ながら2018年4月に発生した政府・反政府派の対立により、一時的に治安が悪化し、これに伴い経済が悪化しています。

    それは、特に貧困層、あるいは貧困からようやく脱却しつつある人々の生活を直接的に脅かしつつあります。

    JICAニカラグアは、ニカラグアの良さや強みが活きる協力を展開するつもりです。



    2012年08月13日 赤旗「ベネズエラはいま」を読む
    いまどきこの記事を読んでくれる方がいました。
    なかなかものが言いづらくなっている今、心より感謝します。

     いまは「世界史の回転軸」について考えています。
    一方におけるトランプや右翼のゴリ押し、他方における地方選挙と民主勢力の伸び悩みという状況のなかで、「だれに依拠し、どう戦い、どの方向に展望を切り開いていくのか」という変革者の視点がますます必要になっています。

    答えは明らかで、「民衆に依拠し民衆のために闘うこと、そして民衆にとって望ましい目標を提起すること」です。

    階級闘争が激化すればそこにはバリケードが形成されます。
    そのとき、バリケードを挟んで対峙する2つの勢力のあいだで自分がどちらにいるか、自分の居るべき場所はどちらか、そこを見失ってしまったのでは話しになりません。

    それは何よりも鍛えられた皮膚感覚と階級感覚が決めることです。五つ星のホテルに泊まりながらバリケードの向こう側を語ることはできません。

    捲土重来を期しローマを脱出しようとしたペテロにイエスは問いかけます。
    「クオ・ヴァディス、お前はどこへ行くのか?」

    そしてイエスは自ら応えます。
    「君は去れ、私は向かう」
    若い人には勧められませんが、余命いくばくもないジジババにはずしんと応える呼びかけです。


    1.右も左もベネズエラ政府を非難

    アメリカのペロシ下院議長とバイデン元副大統領(共に民主党)によるグアイド大統領承認は、ワシントンの悪意ある合意の最新版です。

    フィデル・カストロ以来、ラテンアメリカの国家元首は一貫して悪魔化されてきました。

    しかし、カストロの就任した1960年代は冷戦の極寒の時期でした。今日のベネズエラとは異なり、キューバは一党制でした。

    左右両派のベネズエラに関するコンセンサスの範囲は、最近のトランプ大統領とオカシオ・コルテス議員の発言によって示されています。

    連邦議会の演説で、トランプはベネズエラの経済危機を社会主義の失敗に帰しました。これに対してオカシオ・コルテスは「権威主義体制と民主主義の問題」であると主張しました。

    二人のコメントは互いに補完し合っています。

    ワシントンを支配するストーリーによると、ベネズエラは経済的にも政治的にも大失敗です。経済苦境と国家の権威主義的な支配の責任は、マドゥーロと取り巻きにあります。

    当然のことながら、主流メディアは疑問を投げかけようとはしません。ほとんどの報道は経済制裁の有害な影響にふれつつも、国家の無能力と汚職にアクセントマークを付けています。

    さらに少なからぬ左翼は、少なくとも部分的に節度ある経済制裁を支持しています。国の差し迫った経済的困難を乗り越えるために必要だというのです。

    今や、こういったベネズエラ非難を批判的に検討している人はほとんどいません。一部の人々は制裁には異議を唱えますが、マドゥーロ政府を攻撃することで実質的に反対に参加します。

    例えば、Gabriel Hetlandによる最近の記事は、「Maduroは権威主義的な手段によって権力を保持している」と述べています。そこではベネズエラ経済を分析した結果、「経済困難の主な要因は、政府の石油収入の管理ミスと汚職である」と主張されています。

    2.根拠のないベネズエラ非難をそのままにしてはおけない

    私は昨年末、アメリカとカナダで2ヶ月間、ベネズエラへの連帯を訴えるツアーへ参加しました。そのとき、「ベネズエラの経済的、政治的問題を詳しく知る必要はない」という意見をよく耳にしました。それは主要な問題ではなく、主にはトランプの制裁の違法性と軍事介入の脅威だからだというのです。

    しかし、「国際法の遵守を!」だけで問題を解決できるのでしょうか。

    マドゥーロが恐怖の独裁者であり、完璧に無能な支配者であるとの烙印が押されたら、人々は外国の介入に反対して、ベネズエラ政府を熱心に支持する旗のもとに集まりますか?

    私はそうは思いません。

    絶対に、政治・経済的の両方を、事実に即して詳しく検討する必要があります。連帯の努力が有効に働くか否かは、ベネズエラ政府の“真実性”にかかっているからです。

    マドゥーロ政権についての圧倒的に支配的なストーリーが撒き散らされています。しかしそれは額面通りに取ることはできません。その中に1片の真理があるとしてもです。


    3.「元を正せば」のどこが「元」なのか?

    ベネズエラの野党はいつもこう主張します。「制裁も、原油価格の下落も、国の経済的困難を合理化するものではない。全ては経済の誤った管理のせいだ」と。

    一部の野党アナリストは、要因としての原油価格の重要性を否定または最小化しています。そして「他のOPEC諸国はベネズエラと同じくらい石油輸出に依存しているが、ここまでの経済混乱はなかった」ことを指摘します。

    野党の中心的な主張は、ベネズエラの悲惨な経済困難がトランプの制裁実施より先だということです。

    2014年半ばから国際原油価格の急激な下落が来たとき、すでに政府の失政が蓄積していたからこそ、原油値下がりがベネズエラに悲惨な影響を与えたというのです。

    そこに続いて石油価格の下落、そして制裁というわけです。

    2日に渡って野党の大統領候補となったカプリーレスは、「危機は原油価格の下落前に始まったが、長い間政府によって無視され、抑圧され、覆い隠されてきた」と主張しました。

    この考え方には2つの誤りがあります。

    そもそも、ベネズエラに対する米国の「経済戦争」は、いろいろの要因の中で最も古くから始まっています。トランプによる制裁はそのなかで最終のものです。


    4.米国のベネズエラ干渉の歴史

    1999年にゥーゴ・チャベス大統領が当選したときから、米国は新自由主義と米国の覇権の受け入れを拒否するベネズエラ政府に干渉を続けてきました。米国の敵意はさまざまな点で経済に深刻な打撃を与えました。

    例えば、2006年にはベネズエラ空軍に高価なF-16戦闘機のスペアパーツの販売を禁止しました。このためベネズエラ政府はロシアからの戦闘機の購入を余儀なくされました。

    国際制裁もトランプで始まったのではなく、2015年のオバマ時代に始まっています。オバマはベネズエラを米国の国家安全保障への脅威と呼んで制裁を命令しました。

    その命令に続いて、フォード、キンバリークラーク、ゼネラルモーターズ、ケロッグ、そしてほとんどすべての国際航空会社を含む多国籍企業によるベネズエラからの撤退が続きました。(オバマを弁護するわけではないがキューバとの国交正常化のための議会対策という側面もある)

    2番目に、マドゥロの下の石油価格は2014年以来低かっただけではなく、任期中に急落しました。チャベスの下で起こったことのちょうど反対のことが起きたのです。

    高値は期待とコミットメントを生み出します。それが急降下すると、それは欲求不満と怒りに変わります。現在の価格は下落前の水準の半分をわずかに超えた程度です。このため、油価急落は大問題です。


    5.闇市場対策の失敗

    3つの要因がベネズエラの経済的困難を説明しています。低原油価格、ベネズエラに対する「経済戦争」、そして誤った政策の3つです。

    政府政策のカテゴリーで際立っているのは、公定価格と間価格との格差拡大の問題に対するマドゥーロの反応の遅れです。

    配給品は市場を通して低価格で販売されることになっていました。しかしその製品の多くが闇市場に回り、法外な価格で販売されたり、近隣のコロンビアに密輸されてしまいました。をれは汚職や密輸の助けになります。


    6.独裁者のレッテルは千回も貼り直される。

    メディアはベネズエラ報道において良質な情報源が徹底して不足しています。

    ベネズエラの民主主義に関する声明は、露骨な誤解を招くものから正確なものまで多岐にわたります。

    前者の例は、「ガーディアン」紙の主張です。

    そこではベネズエラ政府が「ほとんどのテレビ局とラジオ局を統制している。それらは絶えず親マドゥーロ宣伝を流し続ける」と書かれています。

    これは明らかなウソです。実際には、ベネズエラの人々の80%が、3つの主要な民放(Venevisión、Televén、およびGlobovisión)を見ています。これらは贔屓目に見ても親政府であるとはいえません。

    もう一つの極端な例ではHetlandの主張があります。

    野党指導者ヘンリック・カプリレスが汚職の容疑の結果として、公職立候補権を剥奪されたというものです。ヘトランドはこの決定が政治的に動機付けられたものと述べました。

    実際には、その動きはHetlandが議論したものよりも悪かった。

    一時、政治的地位が大幅に下落したカプリレスは、政府との対話を主張する穏健派野党に鞍替えし、多くの市民の支持を集めました。
    しかしカプリーレスはその政治的地位を利用して党内に過激派を招き入れました。その結果、国内対話を起こすための努力は水泡に帰したのです。


    7.軍・警察の暴力

    マドゥーロを独裁者と呼ぶ人々には、2つの共通する主張があります。

    政府は、2014年から2017年にかけて、政権交代をもとめる平和的デモを残酷に抑圧したとされています。それは4ヶ月間に及ぶものでした。

    事実はどうでしょうか、抗議行動はとても平和的といえるものではありませんでした。2014年には6人の国家警察隊員と2人の警官が殺害されました

    抗議者たちはカラカスの空軍基地にむけて発砲し、2017年にはタチラ市のいくつかの警察署を攻撃しました。

    もちろん、抗議行動に関連して発生した多数の死亡者を取り巻く状況にはさまざまなバージョンがあります。しかしメディアがそれらを提示したことはほとんどありません。まず公平な分析が必要です。

    第二に、野党は、昨年5月の大統領選挙は正当ではないと主張しています。したがってマドゥーロの再選は認められないとし否定しています。

    大統領選挙を無効とする理由は、それが制憲議会(ANC)によって行われたためであり、そもそも制憲議会そのものに法的根拠がないというのが主張です。

    グアイドの大統領としての自己宣言の正当性も制憲議会の違法性を根拠にしています。

    8.最後に

    第一に、民主的規範の違反や警察による抑圧の事例は、それ自体で政府が権威主義的であるか独裁的であることを証明するものではありません。

    第二に、国の経済問題はいかなる種類の介入も正当化するべきではありません。紛争の本当の問題はベネズエラの民主主義の状態です。


    むかし、高橋敷さんという人がいてベネズエラの大学で教えたことがある。その時の思い出を本にした。2015年に亡くなられたようである。高橋さんの経歴についてはウィキを参照のこと。
    それが「みにくい日本人」(原書房)という本である。当時ベストセラーになったらしい。
    1970年の出版であるが、南米在留期間は59~67の8年間である。後半はベネズエラのゲリラ闘争の頃と重なる。ゲリラについては詳しい年表があるので参照されたい。

    その中の一節を紹介する。もはや入手困難な本であろうから、著作権など無視してコピー起こしする。

    まず飛び込んでくるのがベネズエラの強烈な貧富の差と、それに劣らず強烈な有色人への差別意識。

    ついで半ば奴隷としてつれてこられた東洋人(チーノ)に対する無知と蔑視。

    それらが、ベネズエラの地に限って日本人植民がきわめて少ないことの説明だ。

    最後が、この本の題名になっているのであるが、それに反発しながら実際には迎合し、「名誉白人」の地位をもとめ、東洋人(チーノ)や現地の有色人を差別することにかけて引けを取らない「みにくい日本人」だ。

    わたしたちの「AALA人民連帯運動」は、こういう日本人像から脱却し、差別とは無縁の真の国際人となるための、気づきと学びの運動でもある。


    2章 残酷と忍従のあと
      1 日本人不毛の地

     ◇夢の楽園

    ベネズエラ。ここは夢とロマンスの国、さもなくば恋と情熱とリズムの楽園ともいえよう。
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            60年代初頭のカラカスのハイウエイ
     創市四百年の歴史を持つ首都カラカスは、人口百五十万、マイケティア空港から、またラガイラ海港から、キロメートル当り、時価にして十億円はかかる、片側六車線のすばらしい舗装道路が、いくつかの長いトンネルをくぐりぬけながら、海抜九百メートルの斜面をなだらかにのぼって、わずか二十分で都心部を結びつける。
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             写真はいずれも60年代初頭の絵葉書
     そこには、何階層にも重なり交錯しながら、国の各地方に広がってゆく美しいインターチェンジの白い輪の放列かあり、その中に空高くそびえる二本の政庁ビルを中心に、昼は色とりどりの花園や、
    大学都市の広壮な造形に飾られ、夜は南十字の星影と、スケールの大きいネオンにいろどられて、ごみ一つない、清潔な近代都市が、緑ゆたかに広がっている。

     人口九百万、国土は日本の二倍半、たとい国民の半数を占める原住インディオの貧しい生活を、郊外や山間の僻地に捨て去っているとはいっても、この、ぜいたくなまでの富の来たるところを見ようと思えば、飛行機で四十分、西の方、カリブに続く美しいマラカイボの湖面を見わたせばよい。

     そこには、すみきった青空にむかって、無数ともいえる石油并が林立し、スペクトルのように輝きを変えるエメラルドの水面から、おびただしい石油の管が四方に送られる。世界第二の産出量を誇り、この国の貿易愉出の九六パーセントを占める、原油のすきとおった流れこそ、ベネズエラの明日なのである。


     ◇屈辱の日本人

     だが、未来を求めるこの楽園が、日本人にとっては何と耐えがたい屈辱の国なのだろうか。東洋人にとっては、未来どころか、つきまとう古き鎖のまぼろしの国であるかもしれない。

     美しいショーウインドをのぞいて歩きながら、しばしばあわれみとも軽蔑とも分かち難い、冷たい視線が自分に集まるのを意識する。そしで、ささやき合う母と子の対話が耳に入ってくるのだ。

    「ごらん、チーノ(中国人)よ。ママ」
    「まあ、ネクタイしてるわ、オホホホ。でもかわいそうね」

    そしてタクシーに乗って、ますます事の重大さにおどろくのである。
    「チーノ。さっさと行き先をいえ」
    「俺は(ポネス(日本人)だ」
    「何だって、前にもハポネスというチーノを乗せたことがあるぜ。ハポンがチーノの県か、チーノが「ポンの県か。どっちだい」

     腹を立てたってどうにもならない。
    「お前、学校で地理を習わなかったのか」
    「習ったよ。ハポンやチーノぱ、アヘンと伝染病の産地だって」


     ◇クマーナの町

     カラカスの台地を降りた車が、荒々しい濯木の野を分けて、まっすぐなパンアメリカン道路を東へ六百キロメートル、明るいカリブの青を左に眺めながら、何度かココヤシの林をすぎ、弓なりの木の
    幹の間を通りすぎた後、来訪者歓迎のアーチと、漁業の盛んな町を象徴して、マクロを差し上げた少年の裸像に迎えられて、この東部の中心地に到着する。

     その昔、海賊に備えたという、数十門の砲台を据え付けたスペイン風の白い城が、緑に包みこまれて海岸の台地にそびえ、山手の方には人工の濠に影をうつして、日本のどんな大学だって太刀打ちできない、巨大なオリエンテ大学のビル群がひしめいている。

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     しかし、これらの人工美にはるかに優り、旅行者の魂を神秘の境にさえ引き入れる、カリブ海の陶酔の輝きはどうであろうか。泳ぎつかれた金髪のセニョリータたちが憩う白糖の砂浜は、背後から、一度はのけぞって、幹の上の方でもう一度おおいかぶさる″びんろう樹”のぬれた緑に包みこまれて、数秒おきに小さくひびくそらからの波のタンバリンに洗われている。

     マルガリータの島影に夕陽が落ちると、空を染めつくした金線の残光が一瞬波の上を走り、びんろう樹の影をとかせていたサファイアの海面が、たちまちヒスイに変わり、やがて深いコバルトブルーの眠りにおちてゆく。

     この美しい海の而を、日々見なれて来たクマーナの人が、どうして人種差別の先頭に立つのか。カラカスでおどろいた対日無知は東部に行くにしたがって、ますます、とうにもならない、ひどいものになってくるのであった。

     ◇チーノーキャノン

     「おーい、来てみろチーノがいるぞ」
     海の美しさに見とれて、ぼんやり岸に立っている私を見つけて、五、六人の中学生が走りよって来た。

     「見ろよ、われわれより上等の服を着ているじゃないか」
     「ワッハッハ。ほんとうにチーノだ」
     「石をぶっつけようか」
     「よせやい。可哀そうじゃないか」
     「オーイ。チーノ。どこから来だのかいってみな。ホンコン、トウキョウ、。ペーピン、それともシャンハイかな、ニッポンかな」

     私は無視してじっと沖を見ていた。明日の朝刊はすべてを解決してくれるだろう。「日本人教授来たる」と。だが、この分では、ペルーでの初講義以上の困難を覚悟せねばならないだろう。別れを惜しむペルーの学生を振りきってまで、苦しみを求めてなぜこんな国にやって来たのだろう。

     それにしてもカリブの海の色あいはどうだ。恋を思いださせ、死をあこがれさせ、情熱のたかまりをかきたてる。とても現世のものとは思えない、生命を吸いこむ美しさなのである。タマーナの人々は、幸せな筈なのに。

     「あなた、見てごらん、チーノじゃない」
     汐風にふかれながら、若い一組の男女が通りすぎる。
     「ややっ。ごらん。チーノがカメラ持ってるぜ。それもキャノンじゃないか。世界の最高級品だよ。おどろいたなあ、まったく」


     ◇学生たちの生活

    省略


     ◇黄色いプロフェサー

     さきの吉川教授の人気や、海洋研究所のドクトル・奥田(元北海道大教授)の活躍に目をつけて、東洋人不毛のベネズエラ東部に、一つ日本人を招こうと考えたゴンサレス学長は唯一の知日家だった。

     だが彼にともなわれて初講義に立った私の教室に、溢れるばかりに集まった学生たちは、学問が目的でないことだけは明らかであった。

    「さあ、チーノ先生の講義がはじまるぞ」
    「犬のサーカスよりは珍しいぜ」
    「オー、オー、プロフェッサー・チーノ」
     さすがに礼殼だけは正しいものの、彼らのささやきは、まことにたまらないものであった。

     私は決して腹を立てずにたんたんと天体を論じた。何よりも私は日本の文化を示す道具を持っていた。だが、講義終了後の物理本館の屋上で、これ見よがしに学生実習用に日本からもって来た望遠鏡をすえつけている私をとり囲んだ学生たちの質問は、まことにひどいものだった。

     「先生、これはどこの望遠鏡ですか」
     「書いてあるじやないか。メイド・イン・ジャパンと」
     だが、学生は気の毒そうに訊ねるのだ。
     「それはわかります。私たちの知りたいのは、日本に会社を設けている国の名なのですけれど……」

     彼らによれば、ソニーも、キャノンも、日本の土地にある外国の会社の作品であり、だから商品名も英語であった。そして、私か大散財をあえてして、ラガイラ入港の見本市船「さくら丸」に何人かの学生を招いたことも、結果としては、どれだけの効果があったか知れたものではない。

     「先生、さくら丸はいい船ですね。こういう船が買えるんだから、日本は金持ちだといえますよ。」

     だが、さしもに忍耐を重ねた私か、ただ一度だけ、怒って灰皿をたたき割ったことがある。それは海岸のホテルで開かれた企画教授会でのこと、サービス係のマルコ助教授が、ひとりずつに葉巻を配ったとき、私の番になって一言多かった。

    「どうぞ一本、プロフェサー・高橋、残念ながら当地にアヘンはありませんので……」

    マルコはびっくりしてしまった。ほんのお世辞のつもりだったと弁明した。しかし、それ以後、私にアヘンの話をしかける者はいなくたった。

     こんな日常に、とつぜん一九六四年オリンピックが東京で開かれたことは幸いであった。大学に出勤すると、あいさつはオリンピックのことであった。

     「先生、昨日テレビを見ましたよ。東京って美しい町ですね。まるでカラカスみたいだ。日本をみなおしましたよ。自動車だって走っているじやないですか」


     ◇侮蔑対策三方法
     このような日常を生きぬいて、しかも教授としての面目を保って学生を指導してゆくにはさまざまの適応型がある。

     日本人教授第一号である吉田氏は学習型であり、報復型である。位相数学の世界的権威が、不心得な無礼学生を徹底的にしぼり上げたのではたまったものではない。だからといって「チーノはむつかしい」と音をあげるには彼らの誇りが許さなかった。学生たちは吉田氏を恐れるようになった。

     奥川氏は研究型、または超越型たった。チーノとか、アヘンとかいう言葉にも、氏は何の反応も示さなかった。

    「チーノ、何、俺に名をつけるのか、どうぞ」という氏に、学生たちは、偏見を表明する興味と錢会を失ってしまった。

     東部という日本不毛の世界にとびこんだ私は、説得ないしは生活指導型をとらなければならなかった。日本は世界第三の工業国であること。新幹線も東京タワーもあること。

     そして、そのためには、学生たちを招いて夕食をともにしたり、日本のスライドを紹介する必要があって、日本の威厳のために涙をのんで、一日四十ボリパールの高級ホテル、クマナゴートに往まねばならなかった。
     市内には、十ボリバールを払えば、豊かな生活が楽しめる下宿がいくらもあった。クマナゴートに往んだのは、ただアメリカ大教授、ドイツ人教授か往んでいるのに対抗したにすぎなかった。


     ◇ムスメ売る国日本

     昭和四十年代の世界で、排水口に流れるゴミのように、これだけ日木に対する偏見の集まる場所があるだろうか。だが、たしかに、ここは北半球の一角なのである。

     彼ら、ヴェネズニフ大にとって「チーノ」とは東洋人の総称であり、それは同時に、頸に豚の尾のような弁髪を垂らせ、アヘンを求めて地上に寝転がる人々を意味した。その印象にある「チーノ」は今日もういない。

     だが彼らは、日本の映両が来た時にそれを思い回す。サムライのちょんまげは弁髪の変種なのであった。

     「僕は日本をよく知つてるよ。チーノとは全然別の国だって」
     こんなことをいいだすのも、決まって映画ファンだった。そして、日本映画といえばサムライ、さもなくばエロ映画ときまっていたし、稀に入ってくる受賞作は悲惨な汚れものに違いはなかった。

     「僕は文明社会は嫌になっているんだよ。日本の自然で、カゴにのってゲイシャと寢たらどんなにいいだろう。」
     「ゲイシャはキモノを着ているから普通のセニョリータと見分けぱつくだろうね」
     「ドクトルも日本じゃ刀をさすのかね」
     「日本じゃ人身売貿があつてゲイシャになるんだってね。ゲイシャつて可哀想なんだそうだよ。逃げられないんだ」
     黙ってきいていれば、彼らの会話には何がでてくるか、わかったものじゃない。
     「でもゲイシャにはきれいな人は少ないのだって、日本占領軍の友人がいってたよ。一番いい方法はポリスにチップをやって、一番きれいなセニョリータの家を教えて貰うんだ。」
     「しかしゲイシャは白人にあこがれるんだってね。みんな、もてて、もてて、帰国する時は泣き叫ぶので困るそうだよ」

     だが、ここで私か怒りだしただけでは問題は終わらない。後日、ニューヨークの場末で、時間まちに見た映画の筋は、たしかにこの会話と同じものであった。不良黒人兵が日本の娘に暴行を加えた。だが、MPが来るまで、日本人の弥次馬は集まるばかりで誰も助けようとはしない。そして、娘は黒人兵を慕うよりになるのである。

     「日本は世界第三位の国だぞ」
     だが、ひとりだけ私の叫びに同調する者がいた。キューバのモンテス研究員である。
     「世界一の強国は、アメリカ合衆国を倒して独立したキューバ。次は引き分けに持ちこんだベトナム。三番目は、四年問持ちこたえた日本だ。日本はゲイシャじゃない。キューバの友達だ」


     ◇差別のなりたち

     ベネズエラ人の東洋蔑視には、かつては旧中国の労務者を奴隷として買いこみ、開拓の人柱として酷使した、非道にも深い歴史のいきさつがある。

     侵略者として入りこんだ白人たちが、インカ帝国とは勝手の違う、気性のはげしいオリノコ高地人と融和して、いかにして支配体制を確立するかという命題につき当ったとき、おあつらえむきに現われたのが中国人であった。

     かつて日本の権力者たちが、同じ命題で民衆にむかった時、一体何をしたかを思い出せば、この関係ははっきりするだろう。権力者たちは、気にいらぬ者を犠牲にして、さまざまな方法で責めると同時に利用を試みた。はじめはキリシタンであるとの容疑をかぶせて、鼻そぎ、一寸刻み、逆吊り、蛇責め、油いため、はりつけなど、天才的な工夫でなぶり殺すと同時に、他への見せしめに利用した。

     後には、えた非人制を発明し、反抗する者を殺さず、家族主義の日本人の精神構造を利用した知恵で、子孫代々を苦しめて、しかも、平常は″切捨てごめん″の町人たちにも、権力の楽しさを味わわせる玩具として利用しつくそうとした。

     だが、ベネズエラの白人たちは、残酷を必要としなかった。ただ、希望する中国人を買えばよかった。弁髪に鼻の丸い、のっぺりした顔立ちの人種を見ただけで、高地人たちは大喜びであった。中国人の出現によって、鼻の高い高地人もまた、白人との共通性を見出したのである。


     ◇日本と中国

     事情がわかってみると「自分は日本人だ。チーノではない」といういいわけは、何と思い上がった差別加担行為であったかがわかるのである。チーノは日本そのものにほかならなかった。

     だが、せっかく仲よくなったパン屋のワンさんと、一夜、盃をかわした時、彼ははっきりと私に告げた。

     「高橋さんは別だ。だが、私が世界で一番嫌いなものは日本人だ」と。

     ワンさんは話を続ける。

     「ベネズエラ人の虐待は耐えられる。彼らには、それなりの歴史と理由がある。それに虐待しても決して排斥はしない。現に私の手になるパンを市民は喜んで食べるし、大学祭の仮装には中国服がいつも貸しだされる。だが、日本人はどんな理由で中国人を差別するのか」

     彼は、カラカスに働いていたとき、日本の旅行者に日本人と見誤られた思い出を語るのであった。

     「残念です。私は一つお隣りの中国です。と答えました。その時の旅行者の、さも汚いものに触れたような不快と軽蔑の目つき。私は、高橋さんには悪いげど、これでも五千年の歴史の中で、中国が日本に敗れたのは、最近の五十年間だけだと信じていますよ。日本人はなぜわれわれを排斥するのでしょう」


     ◇便壺と特攻隊

    「日本に対する、すさまじいばかりの無知は一体どこから来るのか」

     だが、実際には、この質問ほど思い上がった島国根性はない。田舎の村会議員の権勢などよその町では通用するものではないのだ。

     第一、ベネズエラの教科書に日本の記事がどれだけあるだろう。
    一年生で国内地理、二年生で白米地理、そして三年生になって世界地理に進行中学の・課程で、日本の現われるのはやっと三年生の三学期、北米、ヨーロで(を終えた後の「その他の両々」になる。もっとも、その大部分は中国、インド、オーストラリヤであるが。

     第二に、日本の変化が、地球の裏側のうわさ話を形づくるには激しすぎたということ。ナポリ郊外のポンペイの遺跡が、二千年前、ヴェスヴィヤスの噴火によって埋められた、そのままの姿で発掘されてみても、今日の生活様式とのあいだに目だった違いがないのにくらべて、日本の五十年の差違はどうでおろうか。

     第三に、これはもっとも大切なことなのだが、「誤解とか無知」とか感じるのは、むしろ私たちの方が間違っている場合が多いことである。

     「日木には東京タワーがある」
     「日本の汽車は世界一速い」

     こういってくれたら、もちろん日本人は大喜びするに違いない。しかし、この報告と、

     「日本人は大便小便を何力月か貯えて、そのまわりで寝起きするんだってね」

     といううわさと、どちらが一般的に本当に近いかは、胸に手をあてればわかる筈なのである。

     最後に、誤解そのものが世界的な常識であって、日本の方が狂っている場合もいくらでもある。

     「カミカゼというのは、アヘンを吸って、ふらふらになって飛行機に乗りこむんだね」

     私か真っ赤になって怒ったのはいうまでもない。日本人を馬鹿にするな、と。だが、自分で進んで軽蔑を買ったのが私の怒りであった。世界の人々は、(シラフで)爆弾を抱いて突っ込むというという非人間性を理解することができなかった。

     野蛮人ならいざ知らず、日本人が(本当の)文明人であることを認めるためには、自殺する前に精神錯乱の原囚を作る必要があったのである。


    ◇感激の夜は果てて

    後略


    あとで調べたら、この本は当時のベストセラーで、ようやく増え始めた海外生活の指針として重視されたらしい。

    ウヨクと思われる人たちが「自虐的」と批判しているが、見当はずれだ。要は世界中の人の相対化、つまり嫌なこともふくめて「十人十色」というあたりまえのこと、そして「人の振り見て我が振り直せ」という自戒だ。

    著者を日本人と知って諭したパン屋のワンさんは、チャベスを支持してきた“色付き”の人々と重なるのかもしれない。

    以下の文章は「USAトゥデイ」の論説(Feb. 18, 2019)です。筆者はベネズエラ人のようです。

    題名は
    ベネズエラは私の家でした、そして社会主義はそれを破壊しました。 それはアメリカもゆっくりと破壊するでしょう


    副題もけっこう長い
    万人のためのメディケア」も富裕税もアメリカを一晩でベネズエラに変えることはありませんが、こういう一連の壊滅的な政策がベネズエラ化をもたらすでしょう

    以下は要約なので、ご不明な箇所は本文を読んでください。

    1.ベネズエラの戦いを妨害する米国リベラリスト

    私たちベネズエラ人の多くは社会主義の破壊的な結果から逃れるためにアメリカへ逃げてきました。

    しかし、アメリカの自由主義者はベネズエラが失敗した社会政策をまたも受け入れようとしています。
    それはベネズエラで飢饉、大量流出および高騰のインフレを引き起こしました。

    バーニー・サンダース上院議員やホセ・セラノ上院議員のようなリベラルな政治家は、マドゥーロと同じ種類の政策を称賛しています。
    さらに悪いことに、最近の数週間で、Ilhan Omar、Ro KhannaおよびTulsi Gabbardの民主党代表は、ベネズエラ人のマドゥーロに対する抗議行動を歪めて伝えています。
    加えて、多くの議会民主党員がメディケア・フォー・オールとグリーンニューディールの提案を支持しています。

    そして、マドゥーロの独裁政権を終わらせるためにドナルド・トランプ大統領が広く支持している動きを非難しています。

    2.医療・社会保障がベネズエラをだめにした

    医療・社会保障政策は、キューバとベネズエラなどいくつかの国が行った重点政策です。
    それは、健康保険業界を国有化し、それを仕事にしたいと思うすべての人を保証し、そして大幅に増税し、経済への政府の介入を増やしました。

    米国の提案者たちは、彼らがすべてのアメリカ人に質の高い医療、住居、その他すべてを無料で提供できると考えています
    そしてどういうわけか、政治家は事業主自身よりもうまく事業を運営できると考えています。

    これらの提案は、米国の財政赤字と国家債務を急増させるでしょう。すでに債務は記録的な22兆ドルに達しています。

    アレクサンドリア・オカシオ - コルテス議員は、「それでも十分でない場合は、連邦準備理事会に金を印刷させ」て、支払うようもとめました。
    まさにこのような医療・社会保障こそがベネズエラの悪夢を引き起こしたものです。

    3.医療・社会保障は国家を滅ぼす

    リベラル経済学者のPaul Krugmanは最近コラムで論じました。
    誰かが進歩的な政策思想に反対するとき、その理由としてベネズエラを引き合いに出します。その人は知らないか、嘘をついているか、またはその両方です。
    私は知らないわけでも不正直でもないことをKrugman氏に保証することができます。

    もちろん国民皆保険も富裕税だけでも、米国を一晩でベネズエラに変えることはできません。
    しかし、これらの対策の全部または大部分が実施されれば、それらはベネズエラにもたらしたのと同じ壊滅的な結果をアメリカの人々にもたらす可能性があります。

    トランプ大統領は、最近の州の演説で次のように述べています。
      アメリカは社会主義国になることは決してありません
    私は大統領が正しいことを心から願っています、

    すべてのアメリカ人は、かならず誤った約束の誘惑に抵抗することができるでしょう。
    だからこの偉大な国は社会主義の暗い雲の上に常に輝き、そしてベネズエラの運命を避けることができるのです。


    この文章からはいくつかのことが読み取れる。
    1.ベネズエラ野党の反対理由は、反民主主義や独裁よりも医療・社会保障政策への反対にある。
    2.米国の民主党やリベラル派も、医療・社会保障政策を強調するが、これは「社会主義」であり許されない。
    3.民主党やリベラル派を支持すると、米国もベネズエラのようになる。
    ということで、日本で報道されている論点とはだいぶ違うことが分かる。そもそも、より人道的なのがマドゥーロ政権なので、彼らはそのゆえに非難されているという側面がある。
    私達もロイター、BBC、アムネスティなどのヒステリックな人道攻撃に惑わされないようにしなければならない。


    How Amnesty International is Reinforcing Trump’s Regime-Change Propaganda Against Venezuela


    Joe Emersberger著


    イントロ

    アムネスティ・インターナショナルは、読者に情報の誠実さと公平性を信頼するようもとめています。
    しかし、率直に言ってそれらは信頼できません。

    アムネスティはマドゥロ大統領の支持者たちを悪魔のように扱ってきました。そしてその一方で、反政府側の人々による明白な人権侵害を徹底的に無視してきたからです。

    グアイドが暫定大統領に就任した直後、アムネスティは「人権」を最大の根拠として、トランプによる軍事的脅迫を「人権」で偽装させたかのように読める報告を出しました。


    チームトランプがベネズエラの「唯一の希望」?

    この点に関して、アムネスティのエリカ・ゲバラ米州局長はこう語っています。

    国際正義はベネズエラの人権侵害を防ぐ唯一の希望です。 さらなる残虐行為を防ぐために、“利用可能なすべてのメカニズムをアクティブにする”時が来ました。

    そして報告書でもこう述べています。

    ベネズエラの人権状況を本当に心配している国は、“普遍的管轄権の適用”を探るべきである。

    “普遍的管轄権の適用”とは、ユーゴ内戦のときのセルビアのように、国家主権を剥奪することです。アムネスティのベネズエラに対する主張は、思いとしては真剣かもしれませんが、誠実さ、公平さに欠けると言わざるを得ません。

    ベネズエラへの米国の軍事攻撃の脅威は、「人道援助の提供」を偽装しています。その偽装役をみずから買っているのがアムネスティなのです。
    実際には、ベネズエラは外国からの援助を積極的にもとめ、喜んで受けとっています。そのことを忘れてはならないでしょう。


    食料・医薬品へのトランプの攻撃を無視するアムネスティ

    2017年8月に金融制裁が始まったとき、アムネスティはそれを非難しませんでした。経済全体への影響が深刻ではなかったというのが理由です。

    それから現在までに、ベネズエラは1200億ドルを輸入し、制裁措置により60億ドルを超える追加コストを払っています。

    国際石油価格が大幅に値下がりし、その安値が続き、持続的な価格崩壊が始まりました。そのあと制裁措置が始まり、設備の修復管理が困難となり石油生産が急減しました。

    それまでは、ベネズエラは年間約20億ドルの医薬品を輸入していたのです。

    アムネスティはベネズエラの経済問題を、しばしば人権侵害とごたまぜにして指摘しています。このことを覚えておくことは重要です。

     昨年、私はトランプの制裁を非難するよう求める手紙をアムネスティに送りました。これに対しアムネスティは非難を拒否する旨の返答を送ってきました。

    そのときアムネスティはこう言っています。
    アムネスティは、これらの制裁措置について意見を表明するつもりはありません。
    そうではなく、ベネズエラが直面している深刻な危機に対処する、緊急の手当の必要性を強調しているのです。
    人権に関しては、これを解決するのがベネズエラ国の責任です。
    米国がベネズエラに与えた破滅的な被害を、アムネスティが一貫して認めなかったのは驚くべきことです。

    アムネスティはさらに、1月から始まった追加制裁について、その影響を注意深く「監視する」ようにトランプにもとめました。制裁の「効果」と書かなかっただけ偉いのかもしれませんが、中身はまさにそのとおりです。

    信頼できる人権団体なら、トランプが課したすべての経済制裁の即時終了を要求するのが筋だろうに。

    ベネズエラでの暴力犯罪

    アムネスティはまた、最新の報告書で次のように述べています。
    カラカスの貧しい地域は特に影響を受け、最も多くの犠牲者を登録した。
    当局との衝突で殺害された犠牲者は、「犯罪者」として後に提示された。
    ベネズエラの治安部隊が犯罪を犯したことは間違いありません。マドゥーロ政府もそれを認めています。そして2017年の暴力的なデモ事件に関係した警察官は逮捕されました。

    2017年6月、ウラジミール・パドリノ国防相は、国営テレビで治安部隊に警告しました。そして「もう国家警備隊が残虐行為を実行するのを見たくはない」と述べました。

    ベネズエラの治安部隊は非常に高い殺人率を保持しています。同時に警察官の高い死亡率に直面していることにも留意すべきです。この傾向はチャベス政権よりずっと前からの傾向です。

    同時に、この国は何年もの間、米国に支持された暴力的な抗議者に悩まされてきました。その粗暴ぶりは際立っており、アフロ系ベネズエラ人を路上で生きたまま焼いたり、警察官を殺害したりします。

    そして今日、米国は野党内で最も暴力的な勢力を権力につかせようとしています。このことが深刻な脅威をもたらしています。

    暴力は連鎖します。治安部隊が「犯罪との闘い」として、または自己防衛として法外な処刑を黙認する可能性があります。

    それはまた、アムネスティのような党派的グループがトランプの政権転覆計画を、実際上煽るような動きをもたらすかもしれません。


    Maduroの支持者たちへの汚い戦争をけしかける宣伝

    アムネスティはその報告書で次のように述べています:

    カラカス市内のあちこちに、政府を支持する強力な武装グループ「コレクティボ」が存在します。住民が国の配給システムに依存しているところではより強力です。

    繰り返しになりますが、「緊急事態計画」は制裁措置が発動されたためのものです。

    野党系の世論調査でも、何百万人もの貧しい人々に必需品を配給しています。それは全世帯の最大60%に達します。

    そもそも貧困地域で、自分たちを自己防衛のために組織化することは、貧しい人々の歴史となっています。それは別に新しいことでも何でもありません。

    そして彼らは貧民街や貧しい農村にいてマドゥーロを支持しています。

    だから、武装しているかどうかにかかわらず、米国とつながる勢力が権力を握ると、激しく標的にされるでしょう。特にクーデターや米軍の侵略を通して政権が変わるのならなおさらのことです。

    アムネスティは、貧困者を「非難する」ことについてはほとんど懸念を持っていません。
    トランプが彼らの「健康と食料への権利」を攻撃することについては、ほとんど気にしてないように見えます。

    上記のすべての理由からして、ベネズエラに関するアムネスティの誠実性と客観性には強い疑問を投げかけるほかありません。

    平和と正義のために、私たちはアムネスティへの視点をもっと厳しい水準に保つべきです。


    リード

    クーデターは偶然ではありません。 それはただ空から降ってくるのではありません。
    それは特殊な材料と条件でつくりあげるものなのです。それが成功するには準備・計画・宣伝、それに時間とお金が必要です。

    国内外の民衆が納得するために、宣伝は重要です。

    クーデターとは選挙で選ばれた政府を強制的に辞任させることです。
    それを納得してもらえるためには、国家が特殊な状況にあり、クーデターが論理的・必然的な帰結であることを、民衆に確信させることが必要です。

    資本主義の下のマスメディアは、国家支配の道具の一部です。そして国家の重要な宣伝要素としての役割を果たすため、「客観的」で「自立的」であるという「名声」をしっかり利用します。

    イギリスでは、BBCは人々が帝国主義的なクーデターを受け入れるように仕向けるスキルを完成させました。それが彼らがベネズエラについてしたことです。

    BBCは1月16日、「廃墟の中の革命ーウーゴ・チャベス物語」という番組を放送しました。

    これはマドゥーロをチャベス神話の後継者とし、彼に対するあらゆる行動を視聴者が受け入れるよう準備されたものでした。
    そして一週間以内に、クーデター計画が発動したのです!

    正しい一面

    BBCはまたベネズエラの直面する問題を、チャベスとマドゥーロによる独裁の結果として描き出そうとしました。

    ベネズエラ革命の経済、社会、政治的背景を説明しようとする視点は、まったく見当たりません。
    そしてもちろん、アメリカの経済制裁がもたらしたものについては、まったく言及されません。

    番組の冒頭から、彼らは「チャベス大統領の14年間は、今日みられる多くのポピュリスト指導者の先駆者だった」と主張しました。

    チャベスのもとで、健康と教育におけるいくらかの前進がみられたが、それはごく初期のごく短期間のものだった」。そして同じ時期、「独裁権力のあくなき追求」が強められたと、BBCは主張します。

    それが残りのシーンのほとんどです。

    世界最大の石油埋蔵量があるにもかかわらず、この国は崩壊しました。
    そこには混乱、貧困、暴力だけがあります。いまベネズエラは、世界で最も危険な国です。

    チャベスは「力の集中」に夢中でした。民衆は「ただ一人の人物によって惑わされ、支配されていました」。その時、チャベスはその性格の最悪の側面を露わにしていました。

    これは「客観的報道」が売りもののBBCが作り出した物語です。

    人々は、ベネズエラの災厄は全て独裁者チャベスによって引き起こされたと信じるように導かれます!

    それはBBCが沈んだ闇の深さを示しています。


    チャベスを“批評するものたち

    BBCの見解を裏付けるために、語り手に加えて8人がコメントを述べています。
    大多数は反Chavezでした。

    11年間チャベスの助言者であり支持者であったエヴァ・ゴリンジャーでさえ、チャベスに対する性的性格の非難“Me Too”をしました。(それにしても見事な大脱走だ。CIAが作った筋書きだろう)
    彼女が言うような事件が起きたかどうかはわかりません。彼女とチャベスしかいない席での出来事ですし、チャベスは2012年に亡くなったので、自分を弁護することができません。

    1998年の大統領選挙で、チャベスは56%の票を獲得しました。

    これについてコメンテーターの一人ラウル・ガジェゴスは言います。
    「それでチャベスは何を手に入れたか。それは軍事独裁者の地位ではなかったか」
    「教養ある」大学教授マルガリータ・ロペスは、「チャベスには政治的経験がなかった」と述べました。

    このあとも番組のウソはますますひどくなります。

    しかし「客観的なBBC」は完全な嘘をつくことを控えなければなりません。半分の真実で十分です。

    石油公社(PdVSA)は、国家によって所有されていました。しかし事実上、それは国家内の国家でした。石油収入の多くは、寡頭支配層に利益をもたらすよう取締役会によって配分されました。

    人口の大部分が貧困の中で、飢餓と栄養失調に苦しみながら生活していました。
    それでもガジェゴスは「政治はうまくいっていた」と言いはります。しかしチャベスの前に降伏したことは認めざるを得ませんでした。

    チャベスは野党指導者が多数を占める石油公社を支配しようとして、「手綱をギュッと引き締めた」。
    野党の支持者にとってそれは「共産主義者の乗っ取り」のように見えました。

    2002年4月にチャベス政権に対しクーデターがおこされ失敗しました。
    番組ではこの件で、チャベスはほとんど非難されているようにさえ見えます。

    画面上、デモ参加者は政府側も反政府側も狙撃手によって殺されているように見えます。
    これは真っ赤なウソです。当時のテレビの映像が明らかに示しています。狙撃は明確にチャベス支持派を目標としたものでした。

    チャベスへの中傷

    番組は言います。
    チャベスは大統領の任期を経るごとに「力に酔いしれた」ようになった。そして力に身を任せるようになった。

    しかし番組は2012年10月に起きた事実を隠すことはできませんでした。

    彼の最後の大統領選挙に当たり、「全国の人々は死ぬことが分かっている人物に投票した。そしていまも彼を支持し信頼している」

    皆さん、せっかく良い話をしているのに、気に入らない事実がジャマをするけど、気にしないでね。

    BBCが知っていながら無視したことは、チャベスと民衆との生き生きとした結びつきです。

    なぜ民衆はチャベスを愛したか。なぜならチャベスはベネズエラから貧困、ホームレス、飢餓、文盲を取り除くと宣言し、彼らの願いを代弁したからです。

    番組はかくの如くです。それは全体としてチャベスのキャラ抹殺でした。

    ついでジェレミー・コービン(英労働党委員長)もまた有罪であることが示されました。彼がチャベスと親しかったからです。
    映像ではチャベスがイランのアフマディネジャド、リビアのカダフィ、イラクのフセインと挨拶をしているところが移されました。もちろんその中にコービン!も混じっていました。


    帝国主義者の干渉

    最後に、番組は3つの分野に言及しました。
    それらがもっと展開されれば、チャベス政権下で起こったことがより正しく描かれたかもしれません。

    第一がメディアの干渉です。ほとんどのメディアは個人的に所有されています。チャベスが大統領に選出された当初から、その大部分は彼の打倒を求めていました。

    チャベスは「伝統的なメディアを迂回して」人々に直接話しました。それには国営放送の「「ハロー大統領」という番組が使われました。

    英国のマスコミが、選出された政府の打倒を公然と求めた場合、どうなるでしょうか。
    このことについてBBCからの言及はありません。

    第二の干渉は「社会的使命」計画の資金を供給するために石油収入を使うことへの非難です。

    チャベスはそれを決めました。

    社会計画のための伝統的な方法では資金調達はあまりに遅く、あまりに官僚的でした。
    そこでかれは国家構造をバイパスしたのです。

    社会主義の方向に社会を動かすために、資本主義国家を使うことにはさまざまな困難がつきまといます。
    とりわけベネズエラのように国家機構が寡占層の執行部として、寡占層のためにだけ機能してきた国ではそうです。

    既存の組織ではほとんど対応できないのです。

    第三の問題が、貧しい人々を政治に参加させたことへの非難です。

    しかし番組の最後にコメンテーターの一人がこう告白しました。

      「貧しい人々は、これから先もずっと、ベネズエラの政治対話の一翼となるだろう」

    何百万もの普通のベネズエラ人が政治生活に目覚めました。これがチャベスとベネズエラ革命の永続的な遺産です。



    題名に惹かれて訳したが、あまり水準の高いレポートではない。おそらくトロツキスト系青年のなぐり書きであろう。
    “それはBBCが沈んだ闇の深さを示しています”というのがかっこいいが、なぜBBCがその闇に突っ込んだかについては言及されていない。

    もう少し探してみる。

    ペルー政府、ベネズエラ大使館職員へのビザを取り消す
    27.02.2019 AFP

    ペルーは、15日以内にベネズエラ国会議長のJuan Guaidoの自称指導部を支持し、15日以内にベネズエラ大使館職員のビザを取り消すと発表した。

    私がイシカワ大使にうかがった話では、一昨日深夜、コスタリカの大使館に「グアイド政府の代表」なる人々が乱入し、明渡しを迫ったそうです。コスタリカは忠実なアメリカのしもべですから、これを黙認したようです。

    世界中にいま、無法が罷り通っています。

    メキシコとウルグアイはグアイドの承認を拒否し、中立を宣言し、対話を通じた危機の解決を促進している。

    グアイド国会議長が代表として認められると、外交関係は済し崩しにされる可能性が出てくる。

    すでにその兆候は出ている。

    2月20日、エクアドル最大の都市グアヤキルで、ベネズエラ総領事館が武装集団に襲撃された。

    武装集団は男4人、女3人の7人だった。彼らは領事館が保持する資金をすべて奪った。そして外交員たちの政治的見解を理由に、外交員を嘲笑し殴打した。

    エクアドル政府はベネズエラのグアイドを暫定大統領として承認しており、グアイドが指名した代表を承諾している。

    ただし、首都キトにあるベネズエラ大使館は、引き続きマドゥロ政府の任命した外交官らによって業務が続けられている。

    私はいま行われている「人道援助」の不条理に心痛めている。
    以前から指摘しているように、民衆の生活の困難の最大の原因は、非人道的な経済制裁と金融封鎖にあるのだから、それをやめることがもっとも有効なやり方だ。
    しかも一文の金もかからない、命の危険もゼロ、明日からでもできる方法なのだ。
    その上で、再選挙でも何でもやればよい。それでマドゥーロが敗れてまったく問題ない。
    とにかくそれが最初のアプローチではないか。
    ところで、一部の人から「ベネズエラの苦境は制裁のせいではなくマドゥーロ政権の失策のためだ」という意見が出ている。「なぜなら失政の影響のほうが早くから出現しているからだ」というのだ。
    たしかにその意見には一理あるのかもしれない。しかし、だからといって経済制裁をそのままにしてよいということにはなるまい。
    問題は7月7日に蘆溝橋のたもとで、どちらが先に鉄砲を射ったかではあるまい。それが日本軍ではなかったにせよ、それを機に戦争へと持ち込んだのは間違いなく日本軍だ。このことで侵略軍の行動を合理化してはいけないのではないかと思う。

    それにしても、グーグルの検索機能は明らかにおかしい。ベネズエラと入れて100件出てくると、「似たような記事はなんとか」といって、検索を打ち切る。
    ずっと「メディア」のせいにばかりしてきたが、どうもそればかりではないのかもしれない。
    そろそろ意識的にグーグルに頼らない検索エンジンを育てる運動を始めるべきではないか。

    すみません
    私のベネズエラ関連ファイルは下記のホームページから
    サイト内検索でベネズエラと入れると、ズラズラと出てきます。
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