鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

カテゴリ: 71 音楽/クラシック

「パガニーニ弦楽四重奏団」というアンサンブルがあったようだ。恥ずかしながら、いままで知らなかった。
名前からしてちょっと怪しげだ。安売りCDの発行元が適当につけた名前かと思わせる。
それがベートーベンの四重奏曲を録音している。
聞きはじめの音からしてひどい。くぐもった音を人工的にいじって、強音はハウリングしまくりだ。
しかししばらく我慢して聞いていくと、「おやっ?」ということになる。
まずとにかく技巧がすごい。第1バイオリンがすごいのだが、他のパートがそれを支えるのではなく、逆に押し込んでくる。ジャズで言うグルーヴ感である。
歌心があって、こんな曲(失礼)でも面白く聞かせる。「ブッシュやブタペストでないと」、という人が聞いたら目をむくだろう。線香の匂いの代わりに艶っぽい香水の匂いがする。
解説文(発売元の自賛)から引用する。
1940-60年代のアメリカで活躍した名門アンサンブル団体、
1946年にベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集をリリースしたことを皮切りに、RCAVictorレーベルの下で弦楽四重奏曲の録音を数多く残した。
アンリ・テミアンカ(ベルギー生まれ)によって1946年に結成された。
ブッシュSQ、カルヴェSQ、レナーSQ、ブダペストSQといった戦前の歴史的な弦楽四重奏団と、ジュリアードSQといった戦後のアンサンブル団体のちょうど間にあたる。
団体名の由来はパガニーニが選んだ4つのストラディヴァリ(2Vn,Vla,Vc/通称パガニーニ・カルテット)に由来しています(現在、このパガニーニ・カルテットの楽器は東京クヮルテットが日本音楽財団の貸与で使用)。
芯の通った溌溂とした音色が素晴らしく、激しいパッセージにおいても揺るがぬ堅固なアンサンブルに圧倒されます。
別の情報によると、
1935年のヴィエニャフスキ国際コンクールで、ヌヴーがオイストラフを抜いて優勝した時、テミアンカは3位だったみたいです。
とのこと。
ヌヴーがオイストラフに勝った話は耳タコですが、一発勝負で勝っても、そりゃオイストラフが上でしょう、と、個人的には思っています。
まぁとにかくテミアンカがそういうレベルの人だったということ。

追補
パガニーニSQの演奏はリマスターされてCDで聞ける。You Tubeではベートーベンの1番がアップされている。音はすばらしくなっている。
135を初めて聞いたときの印象は多少薄まるが、グルーブ感の濃厚さは相変わらずである。どうしても時代的にはチャーリー・パーカーのビバップを連想してしまう。クラシックでいえばブタペストとジュリアードのあいだ、ジャズでいえばベニー・グッドマンとマイルス・デイビスのあいだである。
国際政治でいえば、終戦直後から冷戦・赤狩りが始まるまでの、世界中がワクワクしたつかの間の数年間、その遺産として受け止めたい。

追補
パガニーニSQの演奏はリマスターされてCDで聞ける。You Tubeではベートーベンの1番がアップされている。音はすばらしくなっている。
と書いたが、間違いであった。
全曲が聞ける。
ただしいつまで聞けるかは保証の限りではない。
もしブッシュSQとブタペストSQを持っているなら、どちらかを捨ててこちらに乗り換えるようお勧めする。
ついでに
著作権切れのせいか、最近スメタナSQの音源が出回るようになっている。こちらも見つけ次第ゲットするようお勧めする。「違法と知りつつダウンロードする」のでなければ違法ではない。

youtubeの世界では、ウラジミル・バックがちょっとしたブームになっているようだ。


一気に大量のファイルがアップロードされている。

圧巻はショパンのバラード第1番だ。亡命前の1988年に録音されたもの。こういうのを完璧というのだろう。ナマの音が一つもない。すべての音が周りと溶け込みながら紡ぎ出される。一つひとつの音にニュアンスがある。

消えないうちにダウンロードして下さい。できるだけ良い装置で音量をギリギリまで上げて、眼をつぶって聞いてください。2つのマズルカ(Op17-4と68-4)のなんと寂しげなことか。消え入るような美しさだ。

サン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」は何度聞いても3本めの手があるとしか思えない。リストのハンガリア狂詩曲などシフラも真っ青だ。


そもそも、世にどれほどの音源があるのか。グーグルで“bakk discography” といれてみた。

dicogs というサイトにそれに相当するページがあった。

1) Владимир Бакк* - И. Гайдн* / Ф. Шуберт* / Ф. Лист* / С. Рахманинов* - Соната № 10 / Экспромт / Венгерская Рапсодия № 6 / Соната № 2 ‎(LP)    Мелодия  33 С 10—04837-8        1974            

2) Владимир Бакк*, Д. Cкapлaтти*, В. А. Моцарт*, А. Скрябин*, С. Прокофьев* - Untitled ‎(LP, Album)    Мелодия  С 10—10151-52  1978            

3) J. Brahms, R. Schumann, F. Chopin, A. Scriabin ‎(LP, Album)     Мелодия  C10 28871 001   1989  ブラームス後期小曲から5曲、シューマンのアラベスク、ショパンのバラード第3、スクリャービンのソナタ9番。

bakk1989

4) Frédéric Chopin, Владимир Бакк* - Ballade No. 1 / Fantasia / Sonata No. 2 Мелодия  1989

ということで、LPが4枚。いずれもソ連時代のもので、15年間も暮らした米国での録音は皆無である。

これにモスクワでのテレビ放送のエアチェック、ブエノスアイレスでの惨めな、しかし素晴らしい演奏というのがすべてである。

ロシア語はてんでダメだが、

1)はハイドン、モーツァルト、リスト、ラフマニノフと書いてあるようだ。

2)はスカルラッティ、モーツァルト、スクリアビン、プロコフィエフ、

3)、4)は英語でえす。

ただこのリストにはドビュッシーやフォーレ、サン=サーンスなどフランスものがないので、ひょっとするとそれは米国録音かもしれない。とすれば、この写真だが…

living legend

ここに中古が出品されている。2枚組で80ドルだ。


一つのコンサートのライブ録画がアップされている。

1993年6月12日、ブエノスアイレスのテアトロ・アルヘンティノ・デ・ラプラタでのコンサートの録画だ。名前はすごいが、実際は相当チンケだ。ピアノもフルコンサートではないし、椅子ときたらそのへんの折りたたみ椅子だ。念のいったことには、椅子がフロアーを傷つけないようにボードが敷いてある。

以前の年譜で行くと、ロシアから亡命してイスラエルに行ったあと、現地のユダヤ人コミュニティーの引きでアルゼンチンに渡って演奏活動を始めているから、その最初の頃の演奏であろう。

何とも言えないが、どうも盗み撮りかもしれない。カメラは最初から最後まで1台だ。しかし場所は特等席で、画面も最初は揺れるが、途中からはしっかり固定される。三脚を立てている可能性が高い。

変な言い方だが公認の盗み撮りかもしれない。音質は最低だ。覚悟して欲しい。

おそらく最初の曲目がモーツァルトのきらきら星だ。始まってしばらくしても会場のざわつきは収まらない。その中で第なんとか変奏のところで、突然度肝を抜く腕前が披露される。

多分その後がフランクのコラール前奏曲だ。会場はざわついたままだがバックは集中していく。

スカルラッティのソナタはすごい。

演奏は最初は緊張気味でミスタッチも多い。しかしどんどん演奏が白熱してくる。それとともにざわついていた会場が、水を打ったように静まり返っていく。

バックは数曲のソナタを続けて演奏している。何番と言い当てるほどスカルラッティを聴き込んでいないが、すべて一度は耳にした有名職である。

バックのスカルラッティはまるでベートーヴェンのソナタのようだ。荒っぽいといえばそれまでだが、辛気臭さはどこにもない。

最後がスクリャービンか。鬼神の如き演奏だ。この曲はソ連時代のまともな録音が聴けるのだが、全然迫力が違う。「死んでもいい」くらいの気持ちで弾いている。

この演奏のコメント欄に身内と思しき人が書き込みしている。
Thank you so much for posting his works. I also have the tapes/dvd's of them.

So happy the world can now see.  My heart to you. B

My genius boy.

実はこの身内の人は同じ演奏を楽屋裏の方から撮影していた。そのもう一つの音源はさらにひどい。しかし演奏を終えたあとのバックの深い溜め息がなまなましく伝わってくる。

アンコール曲がシューマンのアラベスク。(ひょっとすると順番違っているかもしれない)


最後に今回探し当てた音源の一覧。前よりは増えていると思う。

bakk01
bakk02
こんな記事がありました。

GUILD FOR INTERNATIONAL PIANO COMPETITIONS

3 piano scholarships awarded

June 27, 2001

The Guild for International Piano Competitions has awarded its first three scholarships. Yoko Sata Kothari of Palm Beach Gardens received the “Kathleen McGowan Thousand Dollar Key.” Carl DiCasoli of Palm Beach Gardens received the “Lillian Abraham Thousand Dollar Key.” Gregg Taylor of Miami received the “Annette Megaro Thousand Dollar Key.”

The three namesakes are members of the guild.

The amount of each grant is decided by guild master pianist-in-residence Vladimir Bakk of West Palm Beach. Each scholarship entitles the recipient to 10 hours of coaching by Bakk.

“The financial value of the grant is $1,000, but its artistic value is priceless and could be life-altering,” guild president John Bryan said.


晩年を知る手がかりかもしれません。

リャードフのピアノ曲を聞いていて、モニーク・ダフィル(Monique Duphil)というピアニストに当たった。
作品11の1というポピュラー曲だが、思いっきりリズムを揺らしてロマンチックに弾いている。
他の演奏はないかとYou Tubeを探してみたが、まともな音質の演奏はない。そもそも作品11の1そのものが消えている。ラフマニノフの第二協奏曲のライブと言うか盗み撮りがアップされているが、子供は騒ぐはフラッシュを目の前でバチバチやらかすとか、とにかく拷問に近い状況でのパフォーマンスだ。
ダウンロードしておいてよかったなと思いつつ音源を探してみると、ナクソスで86年に出た「リャードフ名曲集」というCDの中の一曲だとわかった。
ナクソスのディスコグラフィーを見ると、彼女の音源はほぼこれだけ。あとはバイオリンソナタの伴奏が1枚。
絶版になっていなければ購入することとして、とりあえず紹介しておく。
フランス、ボルドーの生まれ。パリ音楽院でマルゲリート・ロンとジャン・ドワイアン、ジョセ・カルヴェに学ぶ。ピアノ部門の首席、室内楽で対象を獲得し卒業。
15歳で音楽院協会(Societe des Concerts du Conservatoire)のコンサートにデビュー。その後相次ぐ成功により、今までに5大陸50カ国で演奏を行っている。

これが若い時の写真。最近のものはあまり見ないほうが良いと思う。
ナクソスの紹介はあまりに簡潔なので、別の資料も紹介しておく。
1980年にアメリカ・デビュー。オーマンディ、シャルル・デュトワなどと共演している。現在では香港に本拠地を置き日本を含むアジア・オセアニアで活発な演奏活動を行っている(と書かれているが日本語の紹介ページはほぼ皆無)
年齢不詳なのだが、室内楽の共演者を見ると主たる活躍期間は1970年前後と思われる。いまは教育者としての活動が主のようで、92年からオハイオ州Oberlin College Conservatory of Musicの教授職にある。


本日は音楽鑑賞三昧。
最初はオーギュスタン・デュメイというフランス人のバイオリニスト。以前にも書いたことがあると思うが、もう6,7年も前、釧路時代にテレビで度肝を抜かれたことがある。
関西フィルの演奏会が放送されて、この人がいきなりラヴェルのツィガーヌを弾いて、それがすごかったのだ。多分ホールの音響がよく響いたのも関係しているだろう。
その時はそれで終わったのだが、しばらくしてからベートーヴェンのバイオリン・ソナタを聞いて、この人はただのフランス物のスペシャリストではないなと感じた。私はむかしからコーガン・ギレリスの親子コンビが好きだったのだが、録音も考えるといまやこちらが上だ。あの入れ墨おばさんのピレシュが洒落っ気を入れて、それをデュメイが受け止めるという演奏スタイルだ。
ここまでが既報。
本日はデュメイとピレシュに中国人のチェロ弾きが加わったブラームスのピアノトリオ第1番。二人の掛け合いもさることながら、中国人のチェロの美音に心奪われた。Jian Wangというらしい。
ウィキペディアで調べると、ジャン・ワン(王健)という。68年、西安の生まれ。文化大革命の只中だ。かなり苦労したらしいがアイザック・スターンの引きでアメリカに留学し頭角を現したらしい。
とにかく音が明るく伸びやかで、バイオリンでも弾くように良く鳴る。ピレシュがまた良くて、ガンガン押さえつけるのではなく、要所要所に刺さりこんできて味の効いたフレーズを奏でる。第2楽章ではヤマハ・ピアノの弱音の抜けの良さが堪能できる。
これを受け止めるデュメイの貫禄が聞きどころだ。
この曲ではカッチェン・スーク・シュタルケルの名演があってどうしようもないみたいなところもあるが、ブラームスらしくないブラームスを聞きたいときは一番のおすすめと思う。

昨日書いた記事を訂正しなくてはならない。

リヒターはバッハのチェンバロ協奏曲をたった一度しか録音していないようだ。そしてアルヒーヴで発売されたのは7つの協奏曲と2台の協奏曲の1,2番だということだ。

そしてチェンバロの音がやや引っ込み過ぎというのも、すべての録音に共通しているようだ。つまりニコニコにアップされた音は多少お化粧していた可能性があるということだ。(久しぶりにニコニコを訪ねたが、もう削除済みだった)

厚く整った弦楽、足元を固めて行くようなバス・パート、そこに音量は小さいがカリっと明瞭に浮かぶチェンバロ、作品の魅力をくっきり聴かせてくれます。リヒターの演奏とアルヒーフの録音技術も車の両輪の関係でしょうね。(Micha クラシックとリュートの楽しみより)

うーむ、そうか。“カリッと明瞭に浮かび”上がってこないのは、私の耳のせいでしょうかね。この間高音域聴力を調べたら、まったく聞こえず、愕然としたばかり)

すこしこの録音について情報を集めておこう。


1.なぜチェンバロ協奏曲と呼ぶのか

大変お恥ずかしい話だが、いままでクラヴィアとチェンバロの違いがわからなかった。むかしはクラヴィア協奏曲と言ったような気もする。

同じ楽器を演奏しているのに、片方では平均律クラヴィア曲集だし、片方ではチェンバロ協奏曲だ。なぜなんだというと、意外とみんな微妙に勘所を外して答えてくれる。

いろいろな文章を読んで、今のところ「こうだ」というポイントを書いておく。

2.クラヴィアは非営業の鍵盤楽器

まずクラヴィアというのは鍵盤楽器のことだ。ただしオルガンは除く。バッハの主な仕事はオルガン弾きだった。だからバッハの場合は、もともとは本業以外の内輪の鍵盤楽器という意味がふくまれる。ここが一つのポイント。

3.クラヴィアには2種類ある

これが話をややこしくしている原因である。

一つはおなじみのチェンバロであり、もう一つがクラヴィコードという楽器である(他にLauten-Clavicymbelというのもあったらしい)。見た目は似ているが音を出す原理はだいぶ違う。

チェンバロは弦をはじいて音を出すからハープの親戚である。クラヴィコードは弦を叩いて音をだすので、強いて言えばツィンバロンの親戚筋に当たる。

バッハはクラヴィコードを自家用に愛用していたらしい。きっと作曲の作業のときはクラヴィコードを使っていたのではないだろうか。

だから独奏用の曲はすべてクラヴィア曲となっている。平均律は原語では“Das Wohltemperirte Clavier”となる。「クラヴィコードで作ったんだけど、チェンバロで演奏してもいいよ」てな感じで、クラヴィア曲と名付けたのではないかと想像する。

4.英語だと分かりやすい

ウィキの英語版を見るとクラヴィア曲ではなくキーボード曲と表現されている(もちろんクラヴィア曲という人もいる)。身も蓋もない表現だが、分かりやすい。「所詮それだけのことよ」と突き放した感じが気持ち良い。ドイツ語だとKlavierwerke – BWV 772–994

5.なぜチェンバロ協奏曲なのか

いまや日本ではチェンバロ協奏曲と呼ばなければならない雰囲気になっている。しかしクラヴィア協奏曲と呼んではいけないのか。答は「いいんだよ、なんと呼んでも」ということだ。

実際にキーボード協奏曲と書いてあるのもある。ペライアのCDのタイトルはそうなっている。リヒターが55年にアメリカで演奏会を開いたときの録音がプレミアLPで出ていて、そのタイトルもクラヴィア協奏曲となっている。

ちなみにドイツ語版ウィキでは“Sonaten mit Cembalo oder Continuo, BWV 1014–1040”だ。

なお、蛇足ではあるが、


チェンバロ cembaloはイタリア語。正式にはクラヴィチェンバロclavicembalo という。 英語ではハープシコード harpsichord(竪琴+弦)、 フランス語ではクラブサン clavecinです。
即ち、チェンバロ cembalo = ハープシコード harpsichord = クラブサン clavecin

ハープシコードとクラヴィコードとチェンバロとクラヴィーアの違いは何?より引用。)

6.にもかかわらず、チェンバロ協奏曲なのだ

本当は5.まで書いておけば良いのだが、ついでに言っておくと、協奏曲が弾けるキーボードはチェンバロしかないのだ。だからチェンバロ協奏曲なのだ。

クラヴィコードではとても弦合奏に太刀打ちできない。あまりにもか弱い音なのだからしょうがない。

ではチェンバロなら良いかというと、それでも足りない。埋もれてしまう。

それをなんとかしようと工夫して作ったのがバッハのチェンバロ協奏曲ということになる。言ってみればロドリーゴのアランフェス協奏曲みたいなものだろうと思う。このひ弱な楽器をいかにフューチャーしながら曲として面白いものに仕上げていくかという苦労は買わなくてはいけないだろう。

かくしてバッハは世界初のチェンバロ協奏曲の作者として名を馳せることになる。

7.バッハはどこまで本気だったのか

蛇足も良いところだが、さらに書き連ねる。

2台、3台、4台までふくめてずいぶんたくさんのチェンバロ協奏曲を書いたものだが、バッハはどこまで本気だったのだろうかとふと思ってしまう。

そもそもこれらの曲は余技だった。ライプツィヒの聖トマス教会のオルガン奏者を務める一方、休みの日にはアマチュア楽団の演奏を楽しんだ。それがけっこう人気になってしまうと楽団に曲を提供するようになる。その殆どは旧作に手を入れでっち上げた曲だ。3,4,6番などは原曲に比べれば明らかに手抜き工事だ。

バッハは、ライプツィヒのアマチュア楽団(コレギウム・ムジクム)の指導と指揮活動を1729年から1741年まで務めています。

一連のチェンバロ協奏曲は、すべてこの楽団のために書かれたものです。
…そのほとんどがオリジナルではなくて、自作または、他の作曲家の作品(多くがバイオリン)を編曲したものなのです。(クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Labelより)

おそらく、バッハは音楽が教会からサロンへと進出していく、その端境期に生きたのではないだろうか。朝は協会に行ってオルガンを弾いて業務をこなす。その後は家に帰ってクラヴィコードを相手に曲作り、という日課の中にサロンでの音楽シーンが付け加えられた。やがて世俗の仕事のほうが本業より忙しくなる。サロン音楽の必須のアイテムがチェンバロだったとすれば否応なしにチェンバロに取り組まざるをえない。

サロンという空間で、10人程度の弦合奏が相手であればなんとか太刀打ちできるだけの音量が期待できるからである。

とりあえず、このくらいで

以前、ニコニコ動画が音質が良かった時代にカルル・リヒターのバッハは売り物だった。あのときにバッハのチェンバロ協奏曲を聞いて感動したものだった。最近、You Tubeにも同じ曲がアップされて聞いたのだが、まったく印象が異なる。
はっきり言ってYou Tubeのほうがリアルな録音で、ニコニコの方は相当いじった録音であろうと思う。録音の日付を見るとリヒターは60年代の初めに一度録音して、70年代の初めに再録音したようだ。それでニコニコの方は旧録音でYou Tubeのほうが新録音ではないかと思う。
旧録音ではチェンバロの音量が弦楽合奏と対を張っている。しかし新録音ではかなり弦合奏の奥に引きこもりがちだ。実際のコンサートでは多分それが当たり前なのだろう。
むかしはそうやって録音するのが当たり前だったのかもしれない。高校の頃にFMで聞いたジョージ・マルコムの演奏もそんな感じだった。カークパトリックもレオンハルトももう少しチェンバロの音が出張っている。
ところが旧録音の方で慣れてしまっている私の耳には(年齢のせいもあって)チェンバロの音が聞こえてこない。まるで成人病検診の聴力検査みたいだ。「そういえば鳴っているね」というほどの音でしかない。チェンバロ練習用のマイナスワン演奏かと思ってしまう。
リアルの音量バランスで言うと、やはりチェンバロを2、3台並べてやらないと協奏曲にならない。だからバッハはそちらの方に力を入れたのではないかと思う。
それではと言うのでピアノで弾いた録音を探してみる。引っかかったのがペライアの演奏。アカデミー室内楽団を弾き振りしている。実に素晴らしい演奏だ。ペライアは大好きな演奏家で、弱音の美しさがたまらない。
しかしバッハとなると、それがアダになる。「そんな艶めかしい曲ではないでしょう」と思ってしまう。それと弦とのバランスが勝ちすぎている。弦合奏がただの合いの手になってしまっている。ショパンを弾くようにバッハを弾いてはやはり困るのである。
なかなか難しいのだ。
ドンデラー(ピアノと指揮)ドイツCOの演奏があって、ドンデラーは“キーボード”に徹している。こうするとピアノと弦とのバランスがとれて聞きやすい。その代わりピアノにはニュアンスもへったくれもない。
しかし聞いていくうちに、「やっぱりペライアはいいなぁ」と思い始めたから、こちらもいい加減なものである。

2月10日 追記

ペライアのバッハは良い。こういう演奏は類を見ないが、良いものは良い。

最初は違和感を覚えた。「こんなものバッハじゃない」と思った。しかし慣れてくると「バッハじゃなくちゃいけないのか?」と思うようになってくる。そういえばポリーニのバッハを聴いたときもそんな気分になったことを思い出す

ニコラーエヴァ以来、「バッハはロシア人」と相場が決まっているようだ。

しばらくはソコロフを聞いていたが、何かうっとうしい。そこで最近はコロリオフを聞く機会が多かった。

コロリオフという人はソ連崩壊時に西側に移った人で、ソコロフやクシュネローヴァと似たような経過だ。バッハは良いが他の作曲家になると何故かスカスカの人だ。

いづれにしてもロシア系の、特に最近のピアノ弾きは情緒がない。エドウィン・フィッシャーの半音階的幻想曲とフーガでバッハに目覚めた私としては、もっと情緒纏綿たるバッハが聞きたいのである。

ペライアはそういうバッハではない。あくまでも美音である。しかし下品ではない。ペライアは「綺麗なら良いだろう」と開き直っている。

私もなんとなくそんな気分になっている。いまは「イギリス組曲」を聞いているところである

「ピアノの詩人」といえばショパンの代名詞。世界中どこに行っても通用する。ところが誰がいつからショパンを「ピアノの詩人」と呼ぶようになったのかが判然としない。
それはいつかまた詮索するとして、「ロシアのショパンたち」を書いていて「なるほど」と思ったことがある。
ショパンは別格として、「ピアノの詩人」と言われておかしくない人はたくさんいる。どちらかと言えば小品にさえを見せる人たちだ。
意地悪く言えば、あまり大河小説のような大作は書けない人、小物作曲家というイメージもある。今では死語になったが「女性的」という言い方もできる。
ところで、ロシアの「世紀末」作曲家たちを聞いていると、そういうちょっとネガティブな枠組みと違う「ピアノの詩人」概念が存在するのではないかと思うようになった。
逆説的だが、ピアノで詩を作り歌う才能がない人というのが世の中にいるのではないかという考えである。
ラフマニノフの場合
最初に気がついたのはラフマニノフだ。
ラフマニノフについては以前、1901年の前奏曲(作品23)の途中でプッツンしたのではないかと書いたことがある。
ラフマニノフといえばチャイコフスキーも目をかけたモスクワ音楽院の俊秀で、大谷ではないがピアノと作曲の両方でトップをとった。前途洋々の人だったはずだが、途中で作曲の方はあきらめている。多くの解説では彼の持病であるメランコリーが関係しているのではないかと言われている。
私もそれを念頭に置いて「プッツン説」を唱えたのだが、あらためて聞いてみて、もっと問題は本質的ではないかと考えたのである。
彼の作品一覧を見て気づいたのだが、彼はそもそも最初からピアノ曲をあまり書いていない。作品番号がつかない初期作品を除くと、作品3の「幻想的小品集」が92年、2台のピアノのための「幻想的絵画」を挟んで、4年後の「楽興の時」が作品16、それから5年をおいて作品23の「前奏曲集」が出たのが1901年である。
この前奏曲集は前にも書いたとおり、途中からカスの集まりになっている。本来なら24曲書くのが筋なのに、10曲でやめてしまった。
それから9年もあとにもう一度、残り13曲を発表するのだが、私の耳からすればカスばかりだ。その後の曲もほぼ同断だ。
なぜか
それはラフマニノフがピアノの名人ではあっても作曲の名人であっても、「ピアノの詩人」ではないということではないか。
彼のピアノ独奏の名曲はほとんどが、“ゆびぢから”でピアノを目一杯鳴らすものばかりだ。「詩人というよりは「プロレスラー」だ。たしかに彼は名ピアニストで名作曲家であるかもしれないが、それは大谷風の二刀流であって、そこに渾然一体となった「詩人」がいるわけではない。
カトワールの場合
カトワールはなかなか良い室内楽を残している。ピアノトリオからカルテット、クインテット、弦楽四重奏曲と一通り取り揃えている。
さぞピアノ独奏でも良いものがあるのではないかと思ったが存外少ない。彼の曲を聞いていると、歌うのは弦楽器、ピアノはそれを支えるのが役割という分担があるように聞こえる。
だから「ピアノで歌いなさいといわれると、ちょっと困っちゃうんだなぁ」という感じがする。もちろん作曲をする時はすべてのパートをピアノで音作りしていくのだろうが、そのときピアノは「音出し装置」、作曲ツールとしか位置づけられていないのではないか。
どうも「ピアノで歌う」というのは、バイオリンとか他の楽器で歌うのとは次元の異なる感性を必要とするのではないかと思う。ピアノというのは本質的にリズム楽器みたいなところがあって、音はポクポクとぶつ切りでしか出てこない。「歌」が音の連続性・持続性を要求するものだとするなら、ピアノは歌とは本質的になじまないのである。
そういう本質的な限界を持った楽器で、それにもかかわらず歌を歌うとするなら、間隙を埋める装飾音符とかいろいろアヤを付けなければならない。
しかしアヤを付けすぎるといかにも野暮ったい演歌になってしまいかねない。その辺の兼ね合いがピアノ曲の制作や演奏には問われるのであろう。そのセンスが「詩人の魂」となるのであろう。

たしか前にも書いたが、ギレリスとコーガンは義理の親子で、コーガンはギレリスに心酔していたという話だ。
ギレリスというのは謙遜な人で、ソ連の演奏家としては最初に西欧にエクスポーズしたのだが、「世界一のピアニスト」と賞賛された時にマジに否定したそうだ。
「ソ連には私よりはるかに上手い人がいる」とコメントしたのだが、それがリヒテルだった。
しかし「そうだろうか」と私は思う。テクニックと言うだけならたしかにそうなのかもしれない。しかし聞いて「良いな」と思うのは、私ならギレリスだ。
リヒテルなら、どの曲を演奏しても曲の中にぎりぎりと切り込んでいく、そういう凄さがある。それを傍で感じる時はすごいなと思う(だがいつもそうではない)。
ギレリスの演奏は鍵盤をオーケストラのようにあやつる指揮者のように聞こえる。それがどう違うかというと、多分リズム感と響きなのだろうと思う。
ギレリスの演奏はどっしりと安定して、優しい。ギレリスの演奏は気持ちいいのである。リヒテルは時として不機嫌でそっけなく、人の心を不安定にさせる。音色は綺麗とは言い難い。ベートーベンのソナタで、その違いは顕著だ。
シューマンやドビュッシーはギレリスには合わない。ところがブラームスのピアノ協奏曲第2番はギレリスの不朽の名演だ。グリークの叙情小曲集は珠玉の一枚だ。
いま、アシュケナージやプレトニョフが指揮者として大をなしている。私が思うにはギレリスこそ大指揮者になったのではないかと思う。彼には大谷選手並みの素質があったと思う。惜しいことだ。
そのギレリスが娘婿のレオニード・コーガンと組んでベートーベンのバイオリンソナタを出している。これはこの曲のベストだと思う。学生時代、FONTANAという廉価版シリーズでグリュミオーとハスキルのレコードを買ったが、音のバランスが悪かったせいかもしれないが、この曲へのマイナス・イメージが焼き付けられた。それがこの演奏で払拭できたのである。
たしかにコーガンのバイオリンは線が細く硬質で、オイストラフと比べての話であるが、きまじめだ。しかしそれがギレリスのバックを得て生き生きと踊り始めるようになる。(この話は以前書いたよね)
さて、話がようやく本題に入る。
このギレリスとコーガン親子にロストロポーヴィッチが加わったのがこのトリオである。名前はついていないが、どう考えてもギレリスを中心にしたトリオだ。だからこれから先はギレリス・トリオと読んでおく。
このギレリス・トリオが演奏したのがチャイコフスキーの「偉大な芸術家の思い出に」だ。

このあと、つらつらと書き連ねた文章があっという間に消えた。
もうやめた。
これだけあれば、一応は足りている。
You Tubeでは同じ年の同じ演奏でモーツァルトのピアノトリオ第一番が聞ける。おそらく同じレコードの裏面なのだろう。こちらのほうがピアノの大音量がかぶさらない分聞きやすくなっている。ただしロストロポーヴィッチの出番は殆どない。目立ちたがり屋だから無理やりしゃしゃりこんでくるが、そもそも音符がないのだからどうしょうもない。

こまった。
レビコフのピアノ曲集全曲盤を買ってしまった。
AnatolySheludyakov-VladimirRebikov
見ての通り、シェルデャコフというピアニストがレビコフのピアノ曲全曲をCD3枚に吹き込んでしまったのだ。
やっと名曲百選を作って、レビコフをかなり押し込んだのだが、これから聴き込んでいくととてもそのレベルでは収まらないかもしれない。困ったものだ。

すみません。たくさんのアクセスいただいているようですが、実は勝手に改訂してしまいました。下記をご覧ください。
2017年07月06日2017年07月15日2017年07月17日

ジャ~ン! 自分でファンファーレ

1年をかけて、やっと終わった。

「ロシアのショパンたち」

一応、100曲を選び終えた。

作曲家別に、おおよそ古い順に並べていく。

グリンカ

1 ノクターン「別れ」 ヘ短調

2 マズルカ ハ短調

バラキレフ

3 1864 ひばり (原曲はグリンカ)

4 1859 ポルカ嬰へ短調

5 1902 トッカータ 嬰ハ短調

6 1902 ノクターン No.3 ニ短調

ムソルグスキー

7 1859 子供の遊び スケルツォ

8 1865 子供の頃の思い出 第2曲 最初の罰

9 1865 ロギノフの主題による「夢」

10 1879 クリミアの南岸にて 第1曲アユダク山麓グルズフ

11 1880 村にて

12 1880 涙の一滴

ボロディン

13 「小組曲」より 1.修道院で

14 「小組曲」より 2.間奏曲

15 「小組曲」より 7.夜想曲

キュイ

16 Op.20 2台のピアノによる8つの小曲 第8番子守歌

17 Op.21 組曲_1-即興曲

18 Op.21 組曲_2-Tenebres_et_lueurs

19 Op.21 組曲_3-間奏曲

20 Op.22 ノクターン

21 Op.31 3つのワルツより 第2番 ホ短調

22 Op.40 「アルジャントーにて」no 6 「おしゃべり」練習曲

23 Op.64 前奏曲集 第2番 ホ短調

24 Op.64 前奏曲集 第4番 ロ短調

25 Op.64 前奏曲集 第6番 嬰ヘ短調 Andante

26 Op.64 前奏曲集 第7番 イ長調

27 Op.64 前奏曲集 第8番 嬰ハ短調

28 Op.64 前奏曲集 第9番 ホ長調

29 Op.64 前奏曲集 第10番 嬰ト長調

30 Op.64 前奏曲集 第16番 ヘ短調

31 Op.64 前奏曲集 第18番 ハ短調 Allegretto

32 Op92 3つの旋律スケッチ 第1番

33 Op92 3つの旋律スケッチ 第2番

34 Op92 3つの旋律スケッチ 第3番

アレンスキー

35 Op.15 2台のピアノの組曲から I. ロマンス

36 Op.15 2台のピアノの組曲から III. ポロネーズ

37 Op.23 2台のピアノの組曲「影」から 3.道化

38 Op.23 2台のピアノ組曲「影」から 5.バレリーナ

39 Op.25 4つの小曲から No.1 即興曲

40 Op.25 4つの小曲から No.3 練習曲 (中国の主題による)

41 Op.28 「忘れられたリズムによる試み」から 1-ロガエード

42 Op.41 4つの練習曲から No.3 変ホ短調

43 Op.65 2台のピアノ組曲「子どもたちの組曲」から 8. ポーランド風に

リャードフ

44 Op.3a 6つの小品 3 フーガ ト短調

45 Op.4 4つのアラベスク No. 2 イ長調 アレグレット

46 Op.9 2つの小品 1ワルツ ヘ短調

47 Op.11 3つの小品 第1番 前奏曲 ロ短調

48 Op.23 小品「湿地にて」ヘ長調

49 Op.31 バラード“古い時代から”第1曲 マズルカ ト長調

50 Op.32 ワルツ「音楽の玉手箱」

51 Op.36 3つの前奏曲 第2番 変ロ短調

52 Op.37 練習曲 ヘ長調

53 Op.38 マズルカ ヘ長調

54 Op.44 舟歌 嬰ヘ長調

リャプノフ

55 Op.1 No.1 練習曲 変二長調

56 Op.1 No.2 間奏曲 変ホ短調

57 Op.1 No.3  ワルツ 変イ長調

58 Op.6 7つの前奏曲 第6番 ヘ短調

59 Op.8 ノクターン 変ニ長調

60 Op.11 超絶技巧練習曲 第3番 鐘

61 Op.11 超絶技巧練習曲 第6番 嵐

62 Op.36 マズルカ 第8番 ト短調

63 Op.41 降誕祭 第1曲 クリスマスの夜

64 Op.41 降誕祭 第3曲 クリスマスの歌

65 Op.41 降誕祭 第4曲 クリスマスの歌手たち

66 Op.57 3つの小品 第2曲 春の歌

レビコフ

67 Op2_3 メランコリックなワルツ ロ短調

68 Op8_9 マズルカ イ短調

69 Op10_8 ワルツ 小さなワルツ ロ短調

70 Op10_10 ワルツ ロ短調

71 Op15_2 悪魔の楽しみ

72 Op21 クリスマスツリーよりワルツ 嬰ヘ短調

73 Op23_2 冬の歌

74 Op23_4 エスペランサ(希望)

75 Op23_5 スヴェニール

76 Op28_3 羊飼いの踊り

77 Op29_3 モデラート・コン・アフィリツィオーネ

78 ワルツ ヘ短調

79 秋の花々 モデラート

80 秋の花々 アンダンテ

81 小さな鐘の踊り

スクリアビン

82 Op1 ワルツ ヘ短調 1985

83 Op2 3つの小品 第1番 練習曲 嬰ハ短調 1887

84 Op3 10のマズルカ 第1番 変ロ短調

85 Op3 10のマズルカ 第3番 ト短調.flac

86 Op3 10のマズルカ 第6番 嬰ハ短調

87 Op8 12の練習曲 第12番 嬰ヘ短調 悲愴

88 Op9 2つの左手のための小品 第1番 前奏曲 嬰ハ短調 1894

89 Op9 2つの左手のための小品 第2番 ノクターン 変ニ長調 1894

90 ワルツ 嬰ト短調 1886年

ラフマニノフ

91 Op.3 幻想的小品集 第1番エレジー 変ホ短調

92 Op.3 幻想的小品集 第2番 前奏曲 嬰ハ短調

93 Op.5 組曲第1番「幻想的絵画」 第4曲 ロシアの復活祭 ト短調

94 Op.16 楽興の時 第3曲

95 Op.16 楽興の時 第4曲

96 Op.23 前奏曲第2番

97 Op.23 前奏曲第3番

98 Op.23 前奏曲第5番

99 Op.34 No14 ヴォカリーズ

100 Op.39 絵画的練習曲《音の絵》No_2 イ短調

基本的にはすべてYou Tubeで聞けるものばかりである。リンクはすぐ切れる。しかしそのうちまた出てくる。あえてリンクはしなかったので、自分で検索してほしい。

選曲の基準はショパンっぽいこと、聞きやすいことである。必然的に大音響のうざったい曲は少ないが、入ってはいる。彼らのお手本はショパンとリストだったから、どうしてもリストっぽさが混じるのであろう。あのブラームスだって初期の曲はバリバリだ。

もちろんいつまでもショパンの真似ばかりもしていられないから、経歴を重ねるとともに独自の音作りに移行していく。だから基本的にはキャリアの浅い時期の曲が多くなる。いわゆる「初期の習作」である。

したがって音源探しは意外に難しい。見つけた曲以外にも佳曲はたくさんあるだろうと思う。また聴き込んでいくうちに味が出てくるブラームスの間奏曲みたいのものもあるだろう。

結局なんだかんだとCDも買ってしまった。挙げておくと、

1.Lyadov Complete piano works: Marco Rapetti (5枚組)

2.Vladimir Rebikov Piano works: Jouni Somero (1枚)

3.Cesar Cui Complete works for piano solo:  Osamu Nakamura (1枚目のみ)

4.Cesar Cui 25 Preludes: Jefrey Biegel (1枚)

5.Borodin Complete piano music: Marco Rapetti (1枚)

6.Sergei Lyapunov Piano music: Margarita Glebov (1枚)

とりあえず、これでアップロードしておくことにする。後はチャイコフスキーが第一次候補で40曲ばかり残っている。これを絞り込んで30曲位にすれば完全に終わる。チャイコフスキーを「ロシアのショパンたち」に括るのは、いささか無理があるが、そこは勢いだ。

なぜ、ドイツでは変ロがBなのか

かねがね疑問に思っていたが、あるQ&Aのページにこんな記載があった。

ドイツ音名ではBは変ロで、ロはHですが、これについては(うろ覚えですが)こんな話を読んだ記憶があります。

ヘ長調の属七の和音はハ-ホ-ト-変ロになります。古典的な転調ではよく登場する和音です。

理論書などでロと変ロを書き分けるとき、角張った書体のbを本位のロに、丸さのある書体のbを変ロに宛てる習慣ができたのだそうです。

そのうち、角張ったbがhと混同されるようになって、ドイツ語の世界ではロ=H、変ロ=Bとなったのだそうです。

ということで、かなりいい加減な習慣のようだ。

fraktur
下段の小文字、左から二つ目が“b”,8つめが“h”である。

ドイツ語の勉強の時は、イヤでもドイツ文字を読まなければならなかった。これはフラクトゥールというらしい。第二次大戦後は使われなくなった。ご同慶の至りである。




ロシアの作曲家たちのピアノ小曲を、この半年間聞き続けてきた。当初の目標は「タンゴ名曲百選」みたいに良さげな曲をコンピレートすることだった。しかし結構分厚い。
最初はYou Tubeだけで済ますつもりだったが、CDを買い足したりして、どんどん膨らんでしまった。
同じ曲を違う演奏で聞いていくと、つまんない曲だと思ったのがキラキラと光ったりするから、なかなか油断がならない。
ここまでの感想で次のようになった。
shopantati

作曲家の数は13人だ。曲数は217になる。随分と偏った選曲だが、ピアノ小曲というジャンルに絞っているので、こうなるのも仕方ない。ラフマニノフとスクリアビンはすべて聞いてはいないので(この二人は夏には鬱陶しい)、もう少し増えるかもしれない、
まあこれは中間発表ということで、最終的には百曲に絞り込むことになる。


リャプノフを聴きこんでみた。
とても良い。
以前にもリャプノフについて書いたことがある。あの時はやや突き放した書き方になってしまったが、聴きこんでみるとなみなみならぬ力量に改めて驚く。
作品1の3つの小品(練習曲、間奏曲、ワルツ)がすべて良い。メロディーにあふれていて、音が透き通っている。鮮やかなデビューである。作品3の「昨夜の夢想」もメンデルスゾーンの無言歌のようで、エレガントこの上ない。
作品6の7つの前奏曲のアンダンティーノ・モッソとレントは限りなく美しい。作品8の夜想曲は間違いなくショパンに比肩される。
作品9に始まる8曲のマズルカは、ショパンのレベルを超えて大規模で内容豊かなものとなっている。
そしてリャプノフの代表作である作品11の12曲の超絶技巧練習曲である。全12曲のどれもが聴き応えのあるものであるが、私としては3,5,6,7,9,10をとる。トランンセンダントであるか否かは分からないが、リストの超絶技巧練習曲とはまったく異なり技巧のひけらかしはなく、あくまでトランスペアレント(透明)である。
作品23の即興的ワルツになると多少モッタリ感が出てくるが、相変わらず美しい。作品25のタランテラも最後まで疾走感が途切れない。作品27のピアノソナタは超絶技巧練習曲とならぶリャプノフの代表作である。
ところが作品29の即興的ワルツでは何か曲想が走らず疲れが見える。作品31のマズルカ第7番もどことなく緩みが見える。これが08年の作品だ。
作品36の最後のマズルカ(第8番)では歩みは少々途切れがちになるが、まだ十分に美しい。
これが1910年の作品40の前奏曲集になると、曲の展開力は失われ、つぶやき風の内省的な音楽に変わっていく。主旋律は借り物風のテーマになり、ドビュッシーもどきの短い細切れ風のものとなる。あの光彩陸離たるリャプノフの姿は消え、貸衣装姿のリャプノフが浮かび上がる。
作品41の降誕祭も作品45のスケルツォも少しも面白くない。作品46の舟歌はリャプノフの代表作の一つとされるが、華やかさにはかける。作品49の「ロシアの主題による変奏曲とフーガ」、作品57-2のプランタンの歌はさすがにリャプノフと思わせるが、それにしても一体どうしたんだ。同じ変奏曲でも1915年の作品60のグルジアの主題による変奏曲は無惨ですらある。
この後のリャプノフには良く言えば渋みみたいなものが出てくる。多分もっと聴きこめばそれなりの味わいは出てくるのだろうが、とりあえずは作品36まででよい。我々の聞きたいのはショパン風リャプノフであって、ブラームス風味ではない。
それにしても、ロシアの作曲家が揃いもそろってみんな途中からちょん切れてしまうのはなぜか。これまではそれぞれの作曲家の特性と思ってきたが、これだけ揃うと、それだけではなく時代背景があったのかとも考えてしまう。
はっきりと断言はできないが、1910年を挟む数年間にそれらは集中しているようにも思える。第一次世界大戦が14年からで、ロシア革命が1917年だから、それよりちょっと前だ。
ちょっと思いつくのはフランスにおける印象派音楽の隆盛、ウィーンにおける無調派音楽の登場の影響である。
こういう風潮が風靡すると、曲の善し悪しよりも新しいかどうかが評価の基準になりがちだ。頑迷牢固とか因循姑息とか旧態依然とか言われると、結構みんな参ってしまうのかもしれない。
音楽かというのは芸術家だから世事に疎いかと思いがちだが、人気稼業でもあるから世間の評判は気になるものである。とくにクラシック音楽の場合は「評論家」という存在がランク付けして、それが人気にも収入にも直結する「いやな世界」だから、これで葬り去られてしまうことがしばしば起きた可能性もある。
だって、リャプノフという稀代の作曲家が、いまはすっかり埋もれてしまっているんだから…
ということは、20世紀初頭に活躍していまはすっかり無名になっている作曲家の中には、発掘するに足るタレントがまだまだいるということだ。少なくともその可能性はある。

スクリアビンというのはとんでもない野郎で、とてつもない量のピアノ曲を書き記している。とてもすべてを聞くことなどできない。

と言いつつ、作品48までは来た。

といっても、スカルラッティはもっとたくさん書いている。

K: Ralph Kirkpatrick (1953; sometimes Kk.) で 555曲

L: Alessandro Longo (1906) で 500+21曲

P: Giorgio Pestelli (1967) で 559曲だ。

CD だとK だったり、L だったりしてもうさっぱりわからない。ハイドンの交響曲を全部聞いたという人は時々いるが、スカルラッティを全曲聞いたという人はそうはおるまい。

スクリアビンに戻ろう。以下の表がYou Tubeで聞けるスクリアビンのピアノ曲の一覧。ソナタは抜いてある。

一見して分かるのは、作品8の「12の練習曲」が1984年、作品49の「3つの小品」が1905年。この12年間の間にほとんどの作品が収まっていることである。

そのあと、10年ほどスクリアビンは生きているが、ピアノ曲には、さほどめぼしい作品はない。

だからスクリアビンの作曲家としての生涯は、3つに分けることができる。1904年に猛然と曲を書き始めるまでの時代、猛然と書いた時代、そして書き疲れたか書き飽きた時代の3つである。

Scriabin1

scriabin2

ここまで聞いたうえでの暫定評価だが、まず前奏曲は全て跳ばしてよい。ラフマニノフは結構前奏曲を看板にして一生懸命書いているが、スクリアビンにとっての前奏曲はメモ書きみたいなものだ。

これといった旋律はなく分散和音とムードだけだ。聞くのなら全曲をBGMで流すことになる。

と書いておくと、後の仕事がだいぶやりやすくなる。

順番に行こう。

作品1のワルツと作品番号なしのワルツは同じ頃の作品だ。なぜ嬰ト短調のほうが発表されなかったのかは、聞いてみれば分かる。同じ時期にもう一曲ワルツがあるようだが、こちらはYou Tubeで聞くことはできない。

作品2の第1曲は、スクリアビンの一番有名な曲になっている。私としては韓国の女流 Hyo Jee Kang がお気に入りである。ギレリスも優しさがあって好きだ。

他の2曲は飛ばして構わない。

作品3の10のマズルカはみんな良いのだが1,3,6あたりを入れておく。スクリアビンの曲はぼんやりした曲が多いので、どうメリハリを付けるかで印象が変わってくる。

その後作品7まではめぼしい物はない。

作品8の12の練習曲については以前書いたとおりである。

これまでソコロフとマガロフで聞いてきたのだが、どうも流れが悪くて面白いとは思わなかった。クシュネローバの演奏はリズムがしっかりしていて、テクスチャーが良く見える。よく弾きこなしているのだろう。この人の演奏で初めて、良い曲だということが分かった。

作品9の2曲はいずれも佳曲である。左手のみという制限がついたために嫌でも旋律線を重視するほかなくなったのであろう。シンプル・イズ・ベストである。溢れるようなメロディーはこれを最後に影を潜める。

作品11の前奏曲集もクシュネローバの演奏が聞ける。この曲はズーコフ、プレトニョフ、レトベルクなど多くの全曲演奏がアップされているが、私にはクシュネローバが一番心地よい。

いろんなロシアの作曲家を聞いてきたが、ピアノ独奏というジャンルは厳しいものだと思う。ほとんどの作曲家が30歳ころを境にメロディーの泉が枯れる。

最初の主題はどうでもいい、民謡とかの借り物でも良い。それは神様のものである。それにどういう対旋律を噛ませれば主旋律を浮き立たせることができるか、自分の曲になるかである。

これはセットアッパーと似ている。セットアッパーは一球一球が勝負である。だからストレートとフォークボールしかない。回転のよく効いたストレートで高めをえぐり、低めに落ちるフォークでの三振を狙う。

大抵はそれができないから、そのまま終わってしまうのだが、何人かだけがその後もメロディーを生み出し続ける。

知るかぎり、それはチャイコフスキー、リャードフ、キュイの3人である。後の二人は他に仕事があったりグータラだったりして使い惜しみしたから長持ちしたのである。

これがソナタだといろいろごまかしも効くし、全然関係のないメロディーを第二主題にしてそこまでなんとか繋げば良いのだから、ある意味話は楽だ。

アレンスキーなどはそうやって選手寿命を伸ばした。

そろそろ、アルコールも回ってきて、頭は回らない。とりあえず、スクリアビンの前巻は終了。



ラフマニノフのピアノ曲を流して聞いてみた。
ラフマニノフの後半はまことにつまらないのだが、一体なぜなのかを知ろうと思ったわけだ。
感じたのは作品23の「10の前奏曲」の7番までは、良い悪いは別にして感じは出ているのだが、8番から後にはまったく歌がないということだ。
とにかくストライクが入らないのだ。いかにも置きに来るストライクはあるのだが、まるっきりの棒球だ。
ふつう前奏曲といえば24曲と相場は決まっている。しかしこの人は10曲で一旦やめちまって、残りは仕切り直ししている。おそらく仕切り直しせざるを得なかったのだろう。これが1901年のことだ。
それで9年もしてから残り13曲を発表している。どれもこれもさっぱりだ。9年間にぼちぼち書き溜めたのだろうが、インスピレーションは完全に枯渇している。ラフマニノフという人は頑張り屋で、そうなっても一生懸命曲を吐き出すだが、ほとんど黒色胆汁だ。
同じ年に「音の絵」と題して8曲、6年後に同じ「音の絵」作品39という名前で9曲をまとめているが、これも随所にかすかな残り香を感じさせるものの、かえって哀れを感じていしまうという具合。派手な和音ばかりが耳につく。
ロシアの演奏家は偉大な作曲家に敬意を払ってこれらの曲もせっせと弾いているが、こちらは義理もないので、以後は願い下げにしたい。
作曲家にはこういう人がいるようで、リャプノフも超絶技巧練習曲とソナタを書いた後、突然止まってしまう。そこへ行くと我がリャードフはぐーたらを続けていたせいか、50歳過ぎても才能は落ちない。むしろ冴えてくる。
すごいのはチャイコフスキーで、若い時からすごくて年取ってもまったく落ちない。もう少し長生きして欲しかった。
参考までに私のラフマニノフ・ベスト
rachmaninov
演奏家については別にこだわっているわけではない。たまたまあった音源という程度。






恐るべし、ニコライ・メトネル

リャードフ、リャプコフ、レビコフと聞き進んできてニコライ・メトネルに入った。

レベルが違うと感じた。一番の特徴は「駄作」がないということである。それだけで驚異だ。

もちろんYou Tubeで全曲が聞けるわけではないから、「駄作」率は分からない。

しかしリャードフ、リャプコフの場合少なくとも半分は聞く必要のない曲である。レビコフだと8割は無意味な曲だ。アントン・ルビンシュテインはほぼすべてが駄作だ。

スクリアビンもラフマニノフも、ロシア革命の頃で終わっている。後期の曲は聞くだけ無駄だ。(スクリアビンは革命前に死んでしまったが)

ドイツの「楽聖」と呼ばれる人たちでさえ、かなりの駄作が混じっている。シューベルトなど駄作の山だ。

そこへ行くとメトネルの歩留まりは7割を超えている。誇張して言えば、メトネルには駄作がない。

すこしメトネルのBiography を述べておこう。

Nikolai Karlovich Medtner

1880年、モスクワの生まれ。ロシア人と言っても父方・母方とも祖先はドイツ人。モスクワ音楽院でピアノを専攻する。

スクリャービン,ラフマニノフに次第三のスターと注目され、若手ピアニスト兼作曲家として売りだした。

ロシア革命の4年後(41歳)に亡命。各地を転々とした後パリに居を構える。しかしパリでは花咲かず、35年(55歳!)にロンドンに移住し、ここで成功する。遅咲きの極である。

51年にロンドンで死亡。この時71歳。下の写真が1947年、死の4年前である。「心臓死」は当然であろう。

作曲の腕は学生の頃から認められていた。タネーエフは「メトネルはソナタ形式とともに生まれてきた」と言って絶賛した。

曲は「超保守的」で、和音はリストはおろかブラームスより古い。折り目の付け方はバッハ的でさえある。

「スクリャービンの芳醇な香り漂う和声から,ラヴェルの目も眩むようなオーケストレーションへとさまよい,リヒャルト・シュトラウスの耳を劈くような大音響から,ドビュッシーの繊細きわまる微妙な陰影へとさまよっている」(ミャスコフスキー)時代にあって、メトネルの曲は色彩感に乏しい、ドイツ的な音楽と批判されたようだ。

その中で、ミャスコフスキーが一貫してメトネルを擁護した。またラフマニノフは、メトネルを「現代最高の作曲家」と賞賛したそうだ。

(高橋健一郎「ロシア文化史におけるニコライ・メトネルの音楽」より引用)

以下がとりあえずYoutubeで集めた範囲の曲目。

Medtner

チャイコフスキーのピアノ小曲の名曲選を書いているうちに、HTMLエディターが突然クラッシュした。5時間分の作業が、その瞬間に水の泡と消えた。このエディターは一定時間がたつと自動的に保存機能が働く。初期設定で10分間隔で保存が働くので、ふつうは大丈夫なのだが、ソフトそのものがぶっ飛んでしまうとどうしようもない。
本当は作業を始める前に、「ファイル名を付けて保存」とすればよいのだが、つい忘れてしまう。現にこの文章もまだ裸のままだ。まぁ“自己責任”だ。“Get over it” だね。
今日はもうとても、作業を繰り返す気分にはならないので、とりあえず結論だけ書いておく。

チャイコフスキーはOxana Yablonskaya で決まりだ。
理由は、ロシア人でリズムとテンポの感覚があるのはこの人だけだからだ。
せっせとアップしてくれる人がいるから、Youtube で “Yablonskaya Tchaikovsky” と入れて、片っ端からダウンロードするだけでかなりのものは集まる。
音質もなかなか良いから、ながら聞きするにはこれで十分だ。ただビットレートがAACで100kbだから、強音部では音が飽和する。音量を上げると、折り返しが耳について小うるさい。本気で聞くならやはりCDを買うべきだろう。
1995/4/7 Tchaikovsky: Piano Music, Vol. 1 Oxana Yablonskaya
1998/11/6 Tchaikovsky: Piano Music, Vol. 2 Oxana Yablonskaya
で、アマゾンだと国内新品は購入不可。出品販売で中古か輸入品が買えるがどうしようか。
しかしこの2枚ではとてもチャイコフスキーのピアノ曲の全貌をカバーできない。
本当の全曲集は Victoria Postnikova のものと、フランコ・トラブッコのCD7枚組だ。ポストニコヴァは何と2,865円! 絶対損はない。トラブッコの演奏は断じてお勧めしない。
1枚ものの選集は山ほどある。おすすめはリヒテルだ。立派の一言に尽きる。しかし面白いかどうかは別。イロナ・プリュニは選曲が抜群。浸りたい人には絶対のおすすめ。プレトニョフは、一応一通り聞いた人が面白がって聞く演奏。素人は手を出さない方が無難。

キュイ、アレンスキー、リャードフ、リャプノフと聞いてきて、チャイコフスキーはさすがにロシアを代表する作曲家だとつくづく思う。
かなり曲数を絞っても、CD3枚はほしいところだ。夢はそういうコンピレーションを作って、ヤブロンスカヤに録音してもらうこと。売れないだろうなぁ。

最近のYoutubeはすごいもので、アントン・ルビンステインのピアノ小曲だけでこれだけ聞ける。
anton
一応全部聞いたが、つまらないものばかりだ。結局ヘ長調の「メロディー」一発の人だ。
この人は交響曲を6曲、ほかにコンチェルトやソナタなど大曲をずいぶん書いているようだ。そちらは遠慮しておく。
編曲すると隠れたよさが引き出されるのか、「天使の夢」 はオーケストラやバイオリン独奏版のほうが定番。

ミャスコフスキーという作曲家がいる。プロコフィエフと同年代、交響曲をなんと27曲も作曲したという実にロシア的な作曲家である。
スターリン時代を代表する作曲家で、いかにもそれっぽい曲もあるが、「おやっ」と思わせる佳曲もある。御用作曲家ではあるが、ジダーノフ批判の対象にもなったことがある。まぁ、そういう辺に位置する人である。
この人を紹介した記事に面白いものがあった。
19世紀末にミャスコフスキーはペテルブルク音楽院に入学している。プロコフィエフとは同期のようだ。当時の指導教官がリャードフ、これがミャスコフスキーには気に入らなかったらしい。ぐーたら教官と刻苦勉励型の生徒では馬が合わないのは当然だろう。しかしプロコフィエフはぶーたらをいいながらもリャードフの管弦楽法をしっかりと吸収している。
そしてプロコフィエフと反リャードフで意気投合したのだそうだ。それ以来二人は無二の親友になったという。かなりあいまいな記憶で書いているのだが、当時のペテルブルクの雰囲気がうかがわれて、楽しいエピソードではある。
ミャスコフスキーの交響曲のかなりがYoutubeにアップロードされている。しかしほとんど聞いていない。せめて10曲くらいにしておいてほしかった。ほんのちょっと聞いた範囲でのお勧め曲を挙げておく。
弦楽四重奏曲 第7番 「コーカサスの主題による」 タネーエフ四重奏団
ピアノソナタ 第7番 演奏者不明(Hegedus という人の演奏がNaxos から出ているので、それかもしれない)
とにかく、屈託なく、さらさらと音が流れていくのがよい。

↑このページのトップヘ