鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

13年4月、ぷらら・Broachより移行しました。 中身が雑多なので、カテゴリー(サイドバー)から入ることをおすめします。 過去記事の一覧表はhttp://www10.plala.or.jp/shosuzki/blogtable001.htm ホームページは http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」です。

カテゴリ:04 国内政治 > E 震災


組織という観点から見て、最大の教訓はトップが代案を出せないなら、現場が判断しろということである。そして現場が決断できないのなら大衆が自ら決断せよということである。

当面の目標は、現場から一刻も早く脱出することであった。だから運転指令は列車を再発進せよとの指示を出した。しかし列車は動かなかった。それではどうするか、ここで運転指令は思考停止に陥った。

そもそも列車を動かすということは、乗客をいち早く避難させるということである。その目標にそって考えるなら、列車が動かないなら、一刻も早く乗客を避難させる別の手段を考えなくてはならない。

問題は「火炎が上がっているかどうか」ではなく、状況がクリティカルか否かだ。そして列車がトンネル内で停止し、走行が不可能となり、煙の勢いが増しているという状況はそれだけで十分にクリティカルである。状況の判断にはそれ以上なんの情報も必要ない。必要なのはその先の支援情報である。

ところが、運輸指令は「煙の原因を特定し、それを運転指令に伝えよ、しかるのちにこちらで判断し指示を与える」という思考回路にはまってしまった。「情報を集める」ことが自己目的化し、目標が間違った方向にシフトしてしまったのである。

運輸指令の指示はつまるところ「待機せよ、現場を死守せよ」、ということになる。あえて厳しい言葉を使えば「玉砕」命令だ。

これを受けた運転士と車掌の行動は、持ち場を離れるという点においては類似しているが、目的は正反対だ。運転士は運輸指令の意を受け、出火場所の確認に行っている。指令した側もそれを受けた側も、事態の深刻さに比べ深刻感は薄いと言わざるをえない。だから結果的にそれは全く無意味な行動となった。
それに対し車掌は下車・避難の方向で行動している。これはあきらかに運輸指令の指示を無視した判断であり行動である。
偵察隊は出口まで到達し、「行ける」との判断を持ち帰った。下車しトンネル内を歩き始めた乗客は途中で偵察隊と出会ったはずだ。彼らにとって、出口から戻ってきた偵察隊との出会いはいかに心強かったことか(ただしこの対面シーンは記録には残されていない)
かたや60歳のベテラン車掌、かたや運転歴10ヶ月の新米運転士という差はあるが、それ以上に現場との距離が認識の差を生んでいたものと思う。

東北大震災の津波の時に、「てんでんばらばら」の教訓が大きく取り上げられた。最大のポイントは、「生きる」という目標を絶対にゆるがせにするなということだ。そのために最高のオプションが「てんでんばらばら」であるなら、躊躇なく採用せよということだ。
もう一つは、代案がないのなら現場の判断を尊重せよ、組織は支援(情報提供)に徹しろということだ。運輸指令は、結果的には、代案を打ち出せず、現場の判断を無視し、脱出にあたって有効な支援は何一つしなかったといえる。
ただ、そこまで言い切るほどこちらに情報はない。おそらく運輸指令も必死の思いで頑張ったのだろうが、そこのところを伝える情報は少ない。

ただ、その上級となると話は別である。一條昌幸鉄道事業本部長の記者会見をもう一度思い出してほしい。
車両から煙が出ることはあるが、すなわち火災ということではない。したがって煙が火災であることを確認しなければならない。しかし火災であることの確認手順が手間取った。もう少し早い判断ができれば、短時間で避難ができたと思う。…車掌も乗務員も最後まで火災という認識はなく、判断が狂ってきていた。
ここまでの論証の上に立ってこの発言を見ると、この人物がA級戦犯である可能性が高い。かたやマニュアルをタテに、他方では乗務員を悪者にすることで、乗客を見殺しにしようとしたことの逃げを図っている。これではJR北海道の不祥事は止まりそうにない。
このような記事があった。
札建工業(株)(札幌)は2012年5月31日開催の定時株主総会及び取締役会において、北海道旅客鉄道(株)の前専務取締役・一條昌幸氏の代表取締役社長就任を決めた。小林徳宏社長は相談役に就いた。
それでも「引責人事」なのだそうだ。一将成りて万骨枯る、大日本帝国バンザイだ。

補遺
今回はこれまであまり取り上げられなかった乗務員の行動を中心に書いているので、乗客の判断と行動についてはあまり触れていない。
乗客の判断は正しかった。唯一正確な状況判断をしたのが乗客であった。
インタビューの記録を読むと、乗客の中に相当数の役職者・エリートがいたことが分かる。この列車は「ビジネス特急」だった。子どもや年寄りは少なく、青壮年男性の比率が高かった。
組織を知り、組織を統率し、組織的判断の出来る人がいる集団は、たとえ即製集団であろうと、ものすごい力を発揮しうる。そのことがきわめて象徴的な形で示されたと思う。
彼らは恐怖、煙、混雑、暗黒、密閉空間が半ば人為的に創りだされ、情報が皆無となるなかで、自らの持つ想像力に頼りながら、もっとも適切な判断を行った。情報にあふれる運輸指令が「もっと情報を」と指示しながら、前頭葉の思考回路を遮断し判断停止に陥ったのとは対照的だ。



石勝線トンネル火災事件の実相

このニュースの大事なことは、事故の重大性やJR北海道のひどさを告発することにあるのではない。

これだけ重大な事故であったにもかかわらず、乗客・乗員が大した怪我もなく無事助かることが出来たのはなぜかということだ。

そこで決定的なことは、乗員がひどかったにもかかわらず乗客の機転で助かることが出来たというマスコミ報道が本当に正しいのかどうなのかということだ。

それは乗客のヒロイズムをくすぐる論調ではあるが、「ヒーローたち」が乗客全員を救ったという場面は実のところ根拠はない。結果としてはっきりしているのは、どこかで乗員も避難し乗客全員も避難しているという事実だ。

しかもそれがJRの作成した事故対応マニュアルとは異なっているということだ。それにもかかわらず、JRは乗員に「判断ミス」を押し付けようとしていることだ。

どうもTV報道の作った筋書きとは違う事実がありそうだ。

ネットで集められる情報を集め、もう一度時系列で整理してみた。もちろん全部を集めきったとはいえないが、最初持っていた印象とは全く異なる実相が浮かび上がってきた。

あたったおもな資料

最初に読んだのは、ということはグーグルで最初にヒットするのは、「日経 ものづくり」の「事故は語る JR北海道のトンネル内で脱線・火災事故、車輪の異常を放置したずさんな保守」(2013/10/25)という記事だ(ただし前半分しか読めない)。事故から2年半を経過してから書かれた記事であり、実相に近いものと受け止めた。

叙述は我々が持っていた印象とあまり変わらないものであり、いささか感情的なところも同じだ。

トンネル内列車火災事故発生時の人間行動 の情報源は、2日後の北海道新聞に掲載された記事を編集したものであり、正確度には欠けている可能性。

その後、石勝線 第1 ニニウトンネル火災の検証 という論文を閲覧できた。相対的にはこれが一番確実な情報のようだ。

★阿修羅♪ >石勝線事故 という投稿がもっとも内容が濃い。6月2日の投稿だけに一般報道の後追いだが、記事を丹念に拾ってくれており貴重。

1.脱線から停車に至る経過

その事故は2011年5月27日の夜9時55分に起きた。占冠村のJR石勝線「第1ニニウトンネル」内でディーゼル特急「スーパーおおぞら14号」が脱線・停止・炎上した。

ニニウは占冠村の字名。アイヌ語そのままだが、以前は新入という漢字があてられていた。「ニニウ物語」というページがあって、いかにもという沿革が語られている。

北大にどんぐり会という農村セツルメントがあって、穂別町の福山を拠点とするB班はたしかニニウまで出張っていたはずだ。

第1ニニウトンネルは全長683メートル。長大トンネルが多い石勝線のなかでは珍しく短いトンネル。それが「奇跡の生還」に寄与した。

この「スーパーおおぞら14号」は1998年製で、「振り子式」と呼ばれる特殊な台車を使用している。石勝線は山の中のトンネルとカーブの続く路線だが、札幌と道東をつなぐショートカットとして比較的最近に建設されたため、近代工法が駆使され、制限時速は125キロまで認められていた。

その夜、列車は札幌に向け時速約110キロ(直後報道では時速120キロ)で走っていた。

乗客定員291に対し乗客は248名で、乗車率83%。時間を考えるとかなりの混みようだ。金曜の夜と言うことで、車内はサラリーマンや札幌に遊びに行く若者の客が多かった。

6両編成の列車を、突き上げるような衝撃が襲った。直後に「ドン、ドン」と異音がしたため、異常を感じた車掌(60歳)が運転士に停車を要請した。緊急停車した列車の4,5両目からは間もなく煙が上がった。

…というのが新聞記事っぽい表現。

2.事故調査報告の概要

事故の経過は後の検証では以下のごとく確認されている。

まず列車の先頭から4両目で、車両下部の金属部品「吊りピン」が脱落した。これは車輪の回転力をエンジンから伝える「推進軸」の部品である。脱落した部品は未だに発見されていない(その後脱線箇所から800メートル手前で発見)。

推進軸といえば自動車のシャフトにあたる。人間の体なら大動脈だ。その「落下など今の時代ではあり得るはずがない。完全な整備ミス」という意見も寄せられている。

列車は脱落した推進軸を引きずりながら、そのまま1キロ余り走った。そして清風山信号場付近で5両目の後台車の第1軸が脱線した。ちぎれ落ちた推進軸に乗り上げたためである。「ドン、ドン」という異音は、この脱線の際に発生したものと考えられる。

5、6両目のディーゼルエンジンは下面に打痕や擦過痕が多数あり、燃料タンクの下面に穴が開いて中は空になっていた。 6両目の前方の1機だけが焼けており、ここが火元とみられる。

列車はさらに脱線したままトンネルに突入。850メートル走ったあとトンネル内で停止した。この時の先頭車両の位置はトンネル入口から200メートル。したがって出口までの距離は480メートルということになる。

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停止から火災発生まで: 

まず6両目(最後尾)から発煙が始まった。停車時点で既に、6両目の台車付近から火の手が上がっていたのを乗客が確認している。

車両の下で「バチバチと部品を引きずるような音がして、物に乗り上げるような感触があった。直後に窓の外で火柱が一瞬上がった」(公務員45)

(北海道新聞では発煙源は4,5両目となっている)

3.初期対応

以下の数行はどの時点での状況の記載なのか不明のまま、事実だけが生のまま突き出されている。

①動かなくなった列車

トンネル内でトラブルがあった場合はトンネル外まで移動するのが原則である。運転手(26 運転歴10ヶ月)は煙を認めて列車の前進を試みたが、「ギアの切り替えができず」、列車は動かなかった。

なぜ動かなくなったのかが分からない。ある論者は動かなくなるはずがないとして、暗に運転士のパニックを示唆している。

気動列車は各車両に二台づつエンジンがあり、独立性が高い。12機のエンジンのうち一つや二つやられてもそれで動かなくなるはずはないというのである。

これについての納得行く説明は、検索した範囲では見当たらなかった。

②エンジン停止と照明の切断

その時点で既に、後方の車両からの発煙が確認されていたことから、運転士は無線で指令部に連絡し、指示に従ってエンジンを停止した。このため客室内は真っ暗となった。

これは良く分からないが、本当に真っ暗になったのだろうか。非常電源で非常灯はつくのではないか。運転士は非常灯もふくめオフにしたのだろうか。

③「火災」ランプの問題

一部の報道は、翌日の聴取に答えた運転手の発言をことさらに取り上げる。

運転台のパネルに「火災」のランプが点灯していた。しかし運転士は火災と認識せず、運輸指令に報告もしていない。

この行動は、それだけ聞けば極めて深刻なミスと受け止められる。しかし別報によれば必ずしも決定的なミスとは言えない。

第一に、この装置は事故の直後は作動せず、22時20分ころから、表示灯が点滅したり、ブザーが鳴ったりしていたという。

第二に、装置が作動した22時20分の時点では、車掌が車外避難を前提にトンネル内の安全を確認していた。運転士はその報告を待つ状況だった。

これらの事実が時系列に乗らないまま報道されると、運転士にすべての責任がかぶさるような印象を与える。勘ぐればそれを狙ったリークかもしれない。

4.火災の発生と拡大

時系列に戻ろう。

22時ちょうど、4,5両目で白煙が立ち上がり、焦げ臭い匂いが漂う。車掌は運輸指令に「後方3両の床下から煙が入ってきている。4両目の煙がひどい」と事態を報告。

以下、石勝線事故には他の報道にふくまれていない重要な記述がある。現在は元データは見ることが出来ないが、サンスポの記事(31日)である。

火災発生を懸念した指令は〔1〕運転士にただちに運転を再開し列車をトンネル外に出す〔2〕車掌に乗客を前方の車両に誘導する-との指示をした。車掌は「運転士が発車できないと言っている」と報告した。

これに対し指令は「大至急車内放送をかけて前方の車両に誘導し、後方の車両に乗客がいないか確認」と指示した。

このとき、車掌は「前から降りてトンネルを(歩いて)避難したほうがいい」と返答した。

この発言が、交信記録に基づいた事実であるとすれば、運輸指令は二つのミスを犯していることになる。指令〔1〕が実行不可能であるにもかかわらず、それに替わる代替案を示していないこと。緊急時であるにもかかわらず、現場の意見を尊重し、それを支援するのではなく、それを事実上無視したことである。

「お前に任す。俺達がカバーする。幸運を祈る」と、どうして言えなかったのか?

ただしこの経緯は他の文献で確認できない。

22時10分、車掌は発煙があった車両の乗客に指示し、前方車両に避難させた。同時に乗客には外に出ないで、車内で待機するよう指示。

5.差し迫る危機

「日経 ものづくり」の記載: 事故発生から20分過ぎても、乗務員は状況確認や運輸指令との連絡が不十分なままに経過した。この間、「調べるのでこのままお待ちください」「車外には出ないでください」との放送を繰り返し、乗客の車外への避難を制止し続けた。

煙が車内に充満し始めたが、車外への避難を促すアナウンスは最後まで流されなかった。車掌も乗務員も火災という認識はなかった。

この記述は状況を一面的に切り取ったものと思う。それは下記の経過を見ればわかる。

22時10分、運転士は指令に「モニターが消え、状況が把握できない」と報告。指令は全エンジン停止を指示。車掌からは「かなりすごい煙で息ができない」との報告があった。

石勝線事故では、指令は「煙が入ってくるのでドアを開けるのを待つように」と指示したとある。ただしこの指令がいつどのような状況で出されたのかは不明。

22時14分、運転士が車外に出てトラブル箇所を確認に向かう。このため指令からの連絡に対し一時応答が途絶える。前後して、車掌もトンネル内点検のため車外に出る。

別の記事では、「車掌と乗務員はトンネルの出口がどこなのか確認のため車両から降りて行った。戻るまで20分もあった」と記載されている。

運転士の行動は軽率であると思う。責任者が自分で動いてはいけない。車掌の行動も二人の乗務員にやらせるべきものであった。

この時点における車掌の取るべき行動は乗客のパニックを抑え、掌握することであった。暗く息苦しい空間にすし詰めにされた乗客に「車掌が逃げた」と思われたら大変なことになる。

ただ、そのうえで、車掌の行動は明らかに指令を無視して、乗客を下車・避難させるための準備と考えられる。

異常時マニュアルでは、運輸指令の指示がないと乗客を外へ避難させることが出来なかったのである。ここはしっかり踏まえておく必要がある。

6.火災か火災でないかという対立ではない

「車掌も乗務員も火災という認識はなかった」と書かれているが、それは炎を視認するということが火災の基準になっているためで、現場には「避難するべきシビア・アクシデント」という認識はあったのだろうと思う。

22時25分、無線交信記録によれば、列車からの連絡が復活。運転手が戻ったためで、車掌はまだ戻っていない。

運転手は運輸指令に「火災発生はない」と報告。ただし石勝線事故では、「前も後ろも煙が充満している。火災は発生していない」となっている。「前も後ろも煙が充満している」というところを省いてはいけない。

問題は「火災でなければOK」という運輸指令のマニュアル主義にあった可能性がある。

7.そしてパニック行動が始まった

大量脱出は結果オーライで、英雄的行動ともてはやされるが、社会心理学的に見れば集団パニック行動と考えても全く矛盾はない。

ただその行動は偽りの公的な合理性に対して真の合理性を突き出している。サルトル風に言えば、まさにみずからの実存をかけた投企である。

22時30分、前方の3両にも煙が入り始める。このとき、乗客の多く(約240人)は自らの判断で乗務員の制止を振り切り、非常ドアコックを使用して外へ避難。徒歩でトンネル外に脱出をはかった。

「前の方で車外に出ているのが分かった。乗客の男性から『外に歩いて逃げよう』との声が上がった」(医師29)

乗客の話では、「避難した乗客に対して職員が激怒した」といわれる。 頭数の計算から言うと、車掌と乗務員の1人がスカウティングに出たとすると、留守番はただ一人だ。必死に制止するのは当然だろう。彼の責任ではない。

22時34分、偵察から戻った車掌は運転指令に「乗客が車両から降り始めた」と連絡している。

乗客248人は、煙の立ちこめる暗闇のトンネルの中を500m近く歩いて出口へ向かった。時間にして10~15分の行程と考えられる。

乗客のあいだには不思議な連帯感が芽生えていた。

「パニックではなく、整然と励ましあって黙々と歩いた。煙がすごく30 センチ先も見えないほどだった。…乗客はみんな死ぬかもと感じたと思う。私もそう思った」(医師29)の証言。

8.乗務員の後始末

車掌と乗務員は3両目車両の後ろ側から列車に入り、乗客に避難を指示し車外に誘導した。

23時30分、乗客全員が列車から降車したことを確認。運転士と車掌、客室乗務員の計4人が下車した。さらに1時間にわたり煙の中に留まったことになる。

28日0時、乗務員と乗客の全員がトンネルから札幌側出口に脱出を完了した。方法・過程においてさまざまな問題があったにせよ、4人の乗務員は最後まで現場にとどまり任務を完遂したのである。

彼らを何処かの船長と同列においてはならない。このことは強調しておきたい。列車には人数不明の車内販売員がいたはずだが、彼らの情報はない。乗客数にふくまれているのかもしれない。

9.その後の若干の経過

避難した乗客が全員真っ黒けだった。本当に間一髪だった。

乗員1人を含む79人が煙に巻かれ、咽頭炎や喉頭炎など呼吸器系の症状を来たした。うち39人が病院に搬送された。

避難後、火災は車両全体に延焼し、全6両が焼損した。

28日午前7時、列車が燃え尽き鎮火。

午後1時、特急列車がトンネル外に搬出された。窓は焼け落ち、車体は熱で大きくゆがんでいた。

5月28日午後2時から、札幌のJR北海道本社で記者会見が行われた。出席者のトップは一條昌幸鉄道事業本部長だった。

声明の要旨: 最初に列車に異音があった。次いで煙が出た。車両から煙が出ることはあるが、すなわち火災ということではない。したがって煙が火災であることを確認しなければならない。しかし火災であることの確認手順が手間取った。JR北海道の火災発生の認知は2時間以上も遅れた。

「もう少し早い判断ができれば、短時間で避難ができたと思う。車掌も乗務員も最後まで 火災という認識はなく、判断が狂ってきていた」とし、車掌に責任を押し付けるとも取れる発言。

2011年9月には、JR北海道の中島社長が安全意識の向上を社員に促す遺書を残して自殺。

2013年5月31日、運輸安全委員会は、車輪の剥離やへこみにより生じた異常な振動により部品が脱落したことが、事故の原因になったとする調査報告書を発表。

4両目の車輪の表面が長さ40センチメートルにわたって剥離し、4.5ミリメートルのへこみが生じた。これにより異常な振動が発生し、減速機を固定していた吊りピンが脱落。減速機が垂れ下がって路面に衝突し、その衝撃で周辺の部品が脱落した。

10.感想的結論

マニュアルに火災時はトンネル内で停止させないという規定があったというが、火災という認識がなければ規定は無意味である。

以前のマニュアルでは火災は「炎が認められた時」と定めている。今回は乗務員が炎を見ていなかったため、火災と認識しなかったということになっている。

(現行マニュアルを見ることができる。「トンネル内における列車火災時の処置手順 北海道旅客鉄道株式会社」というもので平成23年9月の発行)

しかし問題はそこにはない。

もちろん、オイルタンクの炎上などあってはならないことで、ハード面でのフェールセーフ機構に決定的な問題があることは論をまたない。

しかし事故分析はどうして事故が起きたかの分析のみであり、どうして辛うじてではあるが全員を大事に至らしむる事なく避難させえたのかの分析はない。

乗客の一部が勝手にドアを開けて逃げ出したから、というだけでは感情的にはわかりやすいが、疑問は残る。乗務員がどこかで判断を変えたからこそ助かったのであろうか? その事実確認がここまでのところの情報では判断できない。

石勝線事故に学ぶ 「ルール破り」の大切さ

安倍内閣が暴走列車だとすれば、NHKをはじめとするマスコミは、車内に留まれと促し続けた車内放送だ。

しかし乗客はこの車内放送の指示を拒否し、ドアを開け車外に出て助かった。この事故は大変教訓的だと思う。

もちろん走行中に乗客が勝手に行動しては困る。ルールに従わなければならない。しかしルールはいのちと安全を守るためのものだ。ぎりぎりのところで乗客は自分たちの命を守るために判断しなければならない。

たとえ判断してはいけない、判断するなと呼びかけられても、判断しなければならないのだ。

それがどういう時にやってくるのかを、我々は石勝線事故を通じて考えなければいけないのだろう。


ちょっと待ってください。

かなり今まで知らなかった事実がある。

ことはそう簡単なものではない。

少し調べた上で書きます。

第二次経済対策が決まった。総事業費が1兆円あまり。このうち東日本大震災関連が2千億ほどになる。

そのうち、共産党がずっとキャンペーンを行ってきた、仮設住宅の風呂の追い炊き機能追加が総額781億円になる。たしかに大事なことだが、それにしてもえらく高いな。どういう原価計算になっているのだろう。一括発注なのだろうか。積水ハウスあたりが全取りするのだろうか。

医療再生支援が380億円だ。被災地中小企業の資金繰り支援はわずか243億円である。たしか地元信用金庫の赤字だけで1千億を越えていたのではなかったろうか。

以下は05月18日付の東海新報 の記事

仮設住宅は、県内13市町村で1万3984戸が建設された。4月27日現在の入居状況は、入居戸数1万3048戸、入居者3万444人。

追い焚き機能の工事内容は、給湯器の交換と浴槽への配管、台所リモコン交換、浴室リモコン追加、配管に伴う雑工事。

 
県復興局によると、全部の入居戸数に追い焚き機能と物置を設置した場合の推計費用は54億8000万円と見積もっている。費用は国庫負担金と、県の負担分が震災復興特例交付税として措置されるため、全額国庫で設置される。

今年2月には共産党の山下議員が風呂の改修を迫っている。

浴槽の交換をせずに追い炊き機能付きの湯沸かし器を業者に頼んで付けている人がいる▽風呂用の電気保温器は2万円程度で市販されている―などの例を突きつけ、「やる気さえあればすぐできる」と迫りました。

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これだと3万5千x1万3千=4億6千万円だ。さすがにこれでは難しいだろうが…

ちゃんと工事をするとどうなるか。


のQ&Aでは下記の通り。

うちで値段を聞いたのは、追い炊きと給湯・浴室乾燥・床暖房の3系統まで使えるもので20号機、定価26万が14万ちょっとでした。
ほかにリモコンや配管カバー、取り付け部材、換気用ふたセットが入ります。旧機械の処理代もかかります。

うちの場合は工事費も入れると25万ほどです。


ということで、まあクーラー並みだ。まとめ買いで一戸当たり20万として26億円。

これに対し県の計算だと、55億÷1万3千戸=42万円ということになる。工事の内容からするとえらく高い。
まして55億と780億ではあまりに違いすぎるが、なんなのだろう?(すみません。42万は物置こみの値段でした。写真で見るとかなりちゃちな物置で5万もしないでしょう。それを差し引けば37万ということになります。それでも相場の1.5倍です)


すみません。戸数間違えました。東海新聞の数字は岩手県の数のようです。
全国の仮設全体では約5万3千戸でした。1戸当たり37万で計算すれば、195億になります。

ところが国の予算では781億円÷5万3千戸=148万円ということになる。つまり、県の段階で2倍近くに吊り上げ、さらに国のレベルで4倍に吊り上げていることになる。

山下議員の2万円という見積りからすれば74倍に膨れ上がったわけだ。誰かが「共産党も反対は出来まい」と思って、悪乗りしているようだ。

と、かように思うのだが、如何でしょう。



恥ずかしいと思わないのか、
復興予算のなかから大企業が2356億円をネコババした。
志位委員長の代表質問で知ったのだが、復興予算というのは被災地復興のために、国民が負担しましょうということで建てられた予算だ。
国民は被災地のために、通常の税金のほかに25年間、所得税と住民税に上乗せして税を払うことになっている。このことについて異存はない。いわば「特別カンパ」であり、国民一人ひとりの善意の証しだ。
だから腹が立つのである。
先日は官庁のネコババについて怒りが殺到した。熊本の自衛隊の宿舎の風呂の修繕費が復興予算で賄われるというのには開いた口がふさがらなかった。しかし、考えてみれば、そんなことは細かいことだ。自衛隊さんご苦労さんでした、というなら眼をつぶらないでもない。
しかし、大企業が復興予算からネコババするのは許せない。
実名が上がっている。トヨタ、キヤノン、三菱電機、京セラ、東芝などだ。経団連や経済同友会の幹部企業ではないか。たしかトヨタは東北に工場を作り雇用を創出するといっていたので、理解できないでもないが、他の企業は何をしたというのだろうか。東芝など、原発事故の戦犯企業ではないか。

どうしてこのような仕儀に相成ったのか、志位委員長は「復興基本法」そのものに問題があると指摘している。流用を許すカラクリが埋め込まれているというのだ。

昨年6月に「復興基本法」が制定されたときに、民主・自民・公明三党の談合で法案が書き換えられ、「被災地域の復興」という当初案を「東日本大震災からの復興」と書き換えて、被災地域という限定を外した。
その上で、当初案になかった「活力ある日本の再生」という文言を目的に追加した、という問題があります。


これで「国内立地補助金」という項目が計上できるようになったということだ。

結局政界、官界、財界がつるんで、「みんなで渡れば怖くない」式に、いっせいにネコババ活動にいそしんだというわけだ。この集団心理が怖い。一人ひとりは、被災地のことを真剣に考えていただろうし、相応の義捐金も払ったと思う。それがこういう機構の中ではいつの間にか良心が麻痺して、こういう卑劣なことまで平然と行うようになる。

やはり大元は非国民、米倉会長だろう。「香典泥棒」まがいもいとわない卑劣なことを考えつくのは彼しかいない。


8月29日、内閣府が発表した巨大地震時の被害想定。
「南海トラフの連動型巨大地震」というのだそうだ。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/4/9/49d52fb2.jpg

静岡はダントツだ。千人以下切り捨てという数字が恐ろしい。百人、二百人は数のうちに入らないということだ。
海岸から百メートル、家の2階から海が見える我が家の人々も、もろともだろう。
神奈川から宮崎にかけて、20メートルから30メートルの津波が押し寄せるという。この世の終わりだ。
この数字を知ってか知らずか、「中電の社員」と称する人物が浜岡原発の再開を主張した。
自分は助かると思っているのだろうが、自分さえ助かればいいと考える人が、原発の運転を担っているというのは、大地震に負けず劣らず、恐ろしいことだ。

お約束のガレキ焼却炉の価格を調べた。

岩手県・宮城県の災害廃棄物の処理に係る契約と進捗状況など(仮設焼却炉の設置状況から~)

というページで、調べてくれていた。
相場で1基あたり200~500億円、処理能力が100~150トンというところ。納期は結構早い。発注から半年もあれば稼動は可能となる。
たしかに100基立ち上げれば2兆円から5兆円となり財政手当ては容易なことではない。全国の既存施設の活用も視野に入れなければならない。
しかし問題となっている釜石、石巻、宮古など都市部では集積場にガレキを集める第一次処理が5割にとどまっており、これが復興の最大の桎梏となっている。これは焼却炉の設置以前の問題である。
一時処理の問題を二次処理の問題と連動させるのはおかしいし、一次処理さえ終われば二次処理は多少時間をかけたとしても復興の妨げにはならない。

ということを言っておいて、あとはとりあえず逃げることにする。ちょっと専門的には言える立場にはない。

2月29日付朝日新聞(れんげ通信ブログ版より転載)

岩手県岩泉町の伊達勝身町長は、広域がれき処理について疑問を呈した。

現場からは納得できないことが多々ある。がれき処理もそうだ。あと2年で片付けるという政府の公約が危ぶまれているというが、無理して早く片付けなくてはいけないんだろうか。山にしておいて10年、20年かけて片付けた方が地元に金が落ち、雇用も発生する。

もともと使ってない土地がいっぱいあり、処理されなくても困らないのに、税金を青天井に使って全国に運び出す必要がどこにあるのか。
 

J-cast ニュースはこの報道をフォローしている。

一方、被災地中最も多い610万トン以上(当初)のがれきを抱えた宮城県石巻市の担当者にきくと、がれき処理の遅れは「足かせ」になっており、広域処理への協力を「お願いしたい」と強調した。

注意しておきたいのは、石巻や釜石ではまだ仮置き場への集約が半分に留まっていることだ。つまり、分別・焼却以前の段階にとどまっているということであり、移送を云々する段階にはまだ到達していないということだ。


ということで、地域によりかなりの温度差がある。ニュースは次のようにも指摘している。

広域処理予定(約400万トン)は、全体の約2割程度でしかないことから、処理の遅れの理由は広域処理が進まないこととは別にある、との指摘も出ている。東京新聞は3月20日付朝刊で、「被災地での処理体制を見直すのが先決ではないか」と指摘した。

つまり、けっこう怪しいのである。


ただ、地元の声としてこういう要望があることを無視してはいけないし(誘導されている可能性もあるにせよ)、放射能の問題を理由に拒絶するのは(100%の見当違いではないにせよ)、地元の人にとって良い気分ではないだろう。

瓦礫受け入れを被災地との連帯の踏み絵にする議論は避けるべきだが、反対論を唱える人たちも、いまだ被災地の周囲に未処理の瓦礫が積まれたままであることを念頭に置き、拒絶的なものの言い方にならないよう慎重であるべきだろうと思う。

これはでっち上げられた不毛な争点である。反対とか賛成とか言う前に、そもそも問題設定の胡散臭さ、背後に垣間見える利権の影を衝くべきだろう。


環境庁のホームページで見ると、
①全体の約4分の3について仮置場への搬入が完了した。 一次処理
②廃棄物処理施設での処理は7%にとどまる。 二次処理
③今後27基にのぼる仮設焼却炉が稼動する予定。
一日も早い復興に向け、岩手県では約57万トン、宮城県では約344万トンの広域処理が必要。
となっている。

つまり焼却炉が律速段階となっているということだ。
しかし27基の建設予定のうち実際に稼動開始したのは5基に留まる。ホームページの写真で見る限り、この設備は年余を要するような規模でもないし、それほど高額のものとも思えない。その気になれば1ヶ月で残り20数基を立ち上げるのは容易いのではないか。

復興に向けて急を要するのは瓦礫を撤去して仮置き場に集約する第一次処理で、その進捗状況が事態の緊急度を規定する。
復 興庁のホームページによると、仮置き場への搬入率は岩手で88%、宮城で74%となっている。この数字は釜石、石巻、松島の三市の遅れによるもので、これ を除けばほぼ完了しているといっていい。後はこの三市について周辺町村との交渉で仮置き場を確保すれば話はそれで終わりだ。

そのあとは、1,2年以内をメドとして両県合わせ400万トンの瓦礫を、仮焼却炉の処理能力で割れば何基の焼却炉が必要かは出てくる。話はそれほど難しくはない。その数字が出てから、感情論にならない話し合いをやればいい。そもそもそんなにもめる話ではないはずだ。

仮設焼却炉の処理能力は1日当たり100~150トンのようだ。年間にすると4万トンという計算になる。100基あれば1年で終わることになる。27基だと4年はたっぷりかかることになる。
1基あたりの金額は、これから調べてみる。

震災瓦礫の広域処理に対して全国各地で反対の声が上がっている。
その理由について調べてみた。
グーグルで検索したところ、みんな楽しくHappy♡がいい♪という沖縄の方のホームページがあり、そこに

誰にでも理解できる「瓦礫の広域処理が許されない12の理由」というのが載せられている。そのうち三つは「沖縄の場合」とされているので9つの理由ということになる。そのうち五つは放射能がらみのもので、宮城・岩手の場合には原則的には当てはまらない。ひとつは地方自治法違反という形式論理で、あまり説得力はない。クロムやアスベストの危険もおたがいさまだ。

こういう論理だと、理由を並べれば並べるほど、言い訳がましく聞こえるし、対立は感情的になってしまう。

問題は、瓦礫の広域処理は本当に必要なのか? 地元処理は本当に不可能なのか? ということではないか。私は「必要なら、不可能なら、受けるべきだ」という判断を打ち出すべきと思う。

なぜなら、どう考えても地元処理したほうがはるかに能率はいいと思うからだ。どうして地元処理できないのかがもう少し明らかにならないと、議論の土俵が出来上がらない。沖縄まで瓦礫を持ち込むということになると、さすがに金の臭いがしてくる。

そこで、「12の許されない理由」のうち、
(5)瓦礫の広域処理は国費から賄われ、被災者支援予算を圧迫する が唯一説得力を持つ。

岩手県岩泉町の伊達勝身町長が主張するように、
安全な瓦礫なら現地に仮設焼却炉を作るほうが経済的で、雇用の面から復興に役立ちます。
一方、危険な瓦礫なら、コンクリートで封じ込めるなどの対処法を考えるべきで、
遠方に運搬して汚染を拡大するべきではありません。
広域処理には膨大な輸送費や処理費がかかり、すべて国費からまかなわれます
それらの費用は、被災地に直接まわすほうが、より有効な支援になります。

たしかに費用計算をするまでもなく、例え焼却炉を建設したとしても、現地でやったほうが安上がりだ。現地でやれば雇用も生まれ、波及効果も生まれ、金が落ちる。場所がないとは言わせない。ほとんど限界集落だ。



震災瓦礫の広域処理に対して全国各地で反対の声が上がっている。
その理由について調べてみた。
グーグルで検索したところ、みんな楽しくHappy♡がいい♪という沖縄の方のホームページがあり、そこに

誰にでも理解できる「瓦礫の広域処理が許されない12の理由」というのが載せられている。そのうち三つは「沖縄の場合」とされているので9つの理由ということになる。そのうち五つは放射能がらみのもので、宮城・岩手の場合には原則的には当てはまらない。ひとつは地方自治法違反という形式論理で、あまり説得力はない。クロムやアスベストの危険もおたがいさまだ。

こういう論理だと、理由を並べれば並べるほど、言い訳がましく聞こえるし、対立は感情的になってしまう。

問題は、瓦礫の広域処理は本当に必要なのか? 地元処理は本当に不可能なのか? ということではないか。私は「必要なら、不可能なら、受けるべきだ」という判断を打ち出すべきと思う。

なぜなら、どう考えても地元処理したほうがはるかに能率はいいと思うからだ。どうして地元処理できないのかがもう少し明らかにならないと、議論の土俵が出来上がらない。沖縄まで瓦礫を持ち込むということになると、さすがに金の臭いがしてくる。

そこで、「12の許されない理由」のうち、
(5)瓦礫の広域処理は国費から賄われ、被災者支援予算を圧迫する が唯一説得力を持つ。

岩手県岩泉町の伊達勝身町長が主張するように、
安全な瓦礫なら現地に仮設焼却炉を作るほうが経済的で、雇用の面から復興に役立ちます。
一方、危険な瓦礫なら、コンクリートで封じ込めるなどの対処法を考えるべきで、
遠方に運搬して汚染を拡大するべきではありません。
広域処理には膨大な輸送費や処理費がかかり、すべて国費からまかなわれます
それらの費用は、被災地に直接まわすほうが、より有効な支援になります。

たしかに費用計算をするまでもなく、例え焼却炉を建設したとしても、現地でやったほうが安上がりだ。現地でやれば雇用も生まれ、波及効果も生まれ、金が落ちる。場所がないとは言わせない。ほとんど限界集落だ。



久しぶりに経済面ニュース
福島県では1年経った今も企業の6割が経営不能状態ということだ。ということは事実上倒産したということだ。以下は記事本文。

帝国データバンクの調査によると、岩手、宮城、福島3県では、震災の「被害甚大地域」に本社をおいていた企業500社のうち3割が、今も「営業不能状態」にあります。
とくに福島県では「休廃業」企業が58.5%と、岩手(16%)、宮城(14%)に比べ突出しています。

予想した最悪の結果になりつつある。
倒産した150社でどのくらいの人が働いていたかは分からないが、その人たちは財産を失っただけではなく、生きるよすがも失ったことになる。

とくに原発関連の場合、例え百歩譲って、それが「想定外」であったとしても、その結果責任は東電と国が負うべきものである。
雪の重みで工場の屋根が壊れ隣の家を損壊したら、「想定外」と逃れることはできないでしょう。

その震災地域でいま最大の問題は失業手当の打ち切りだ。2月中に3500人が打ち切られた。4月末には最大1万人が打ち切りになるという。
制度上仕方ないとしても、国はそれに代わる形で、被災者の生存を守る責任を果たさなければならないのではないだろうか。
死んでから補償金が出てもしようがないのではないか。

まずはその被害の重さに頭を垂れなければならない。

被災地の失業手当が期限切れになった。
小宮山洋子厚労相は「失業手当でやることによって、就労意欲が薄れる」と言い放ったそうだ。
よくも言ったものだ。
仕事がないから失業しているのか、意欲がないからなのか、そんなことは分かっているはずだ。ハローワークはあんたの管轄だろう!
知っていて、ニコニコしながら平気でこういうウソをついて、神様に申し訳が立つのか?ご先祖様の墓には入れないぞ。

第一、失業保険切ったらどうなるんだ。みんな生保にするのか。それこそ「就業意欲をそぐ」ことになるぞ。

以前にも神戸大震災の被災者が借金で苦しんでいるとの記事を紹介した(8月31日“神戸大震災の負の遺産”)が、別なケースが実名入りで掲載されていたので紹介する。

神戸市兵庫区の印刷業者、塚本さん(71歳)は震災で家が全焼し、プレハブの仮住居を経てマンションを購入し移住。営業を再開しました。
震災後、住宅ローン3千5百万円、災害援護資金300万円、店の再開に営業用融資1千万円、合計4800万円借りました。
現在もなお月20万円近く返済中です。住宅ローンは93歳まであります。
収入はほとんど返済に回り、残らず。蓄えはとうになくなり、生命保険も解約しました。

17年前といえば、塚本さんは54歳、まだバブルの余波もあって景気の良い時代で、少し豪気に構えたかもしれません。しかしそのツケを死ぬまで払い続けるというのは辛い話です。
印刷業といえば、不況業種の代名詞みたいなもので、「収入は笑うほど少ない。月にたった3万円のこともある」というんでは、まさにお先真っ暗です。


赤旗の記事によると、宮城の仮設住宅は寒いそうだ。
エアコンを27度に設定しても室温は12度までしか上がらない。「午後4時、肌を刺すような冷気が玄関の隙間から入る」と書かれている。
理由は断熱材が薄いからだ。なぜ薄いかというと、大手メーカーのプレハブ建築協会がその仕様を各県に押し付けたからだ。各県に押し付けたのになぜ宮城だけが寒いかというと、宮城県だけがそれを100%受け入れたからだ。
岩手ではプレハブ建築協会の仮設を半数に抑えた。部屋を畳敷きにし、窓ガラスを二重サッシにした。福島では地元工務店や大工などに木造仮説6千戸を発注した。
村井知事はこれら一切をネグレクトした。だから宮城の仮説は寒いのだ。これが中央直結・民活導入・復興特区の真の姿だ。村井知事の懐はさぞかし暖まったことだろう。

この後、アカデミズムの世界では、予知連に対する包囲網が形成されたようだ。

日本地震学会のホームページでは、予知連は“非お墨付き団体”である事がにおわされている。におわすといっても、レバニラにニュクマムをかけたくらいの相当強烈なにおいだ。


地震調査委員会 ― 国としての調査研究と評価

発足当初は地震予知連絡会との関係が分かりにくかったために第2予知連と陰口されたこともありましたが、現在では、調査委は国としての総合的な評価、予知連は情報の意見交換という住みわけがはっきりしています。

地震予知連絡会 ― 情報の交換

発足当初は予知に関した唯一の組織であったために、かつては大地震や群発地震、異常地殻変動の発生などで、総合的な判断を下してきました。現在では、予知 連は情報 と意見の交換に目的をしぼっており、総合的な評価機能は地震調査委員会が担っています。しかし、長い歴史をもつために社会的に知名度が高く、他の公的機関 が見解を 発表しても多くの人は予知連が発表したと今日でも誤解しているようです。

3月から4月にかけての地震を地図上にプロットしたものである。
これを20分くらい見ていると、いろんなことに気づく。
http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/9/f/9f37d409.jpg
①震源域はかなり広い帯状のものであり、中心域は三陸沖というよりは福島沖というべきものだということ。
②これとは別に、日本海溝上のプレート境界線に沿って、その外側に並行する線状の震源域が存在していること。
③さらに主震源域の内側に、房総半島東からいわき市に向かって伸びる線状の震源域があり、相当のエネルギーを放出したこと。
④糸魚川・静岡線(フォッサ・マグナ)の東側にも、三宅島ー富士宮ー長野市北部ー能代沖ー奥尻島と断続的に続く震源が見られたこと。

①については、断層の考えでは到底説明できない。“面と面のこすれ”が発生したとしか考えようがない。「低角逆断層」というらしい。
③については、明らかに大規模な断層が存在することを示す証拠と思われ、福島原発の再開はありえないことが分かる。
④については、空白となっている山梨から信州上田地方の地震エネルギー蓄積が心配される。

国などの地震評価
– この規模の地震は日本海溝では考慮されてなかった.
– 地震の連動と大きなすべり量:今回の新知見
– 津波評価技術2002においても同じ

これは原子力土木学会の総括である。「国などの評価」とあるが、他人事のようにすましていてはいけない。そもそも当学会の評価であり、それが予知連の反対を押し切って国の評価とされたものではないか。

もう一つ、地震が未曾有のものであったことは認めるが、それが福島原発の立地点において未曾有であったか、予知不可能であったかどうかとは別の話だ。

外部電源が破壊されてしまうほどの震度であったのか、女川の津波と同じ高さの津波が来たのか、それが明らかにされて初めて「未曾有の」という言葉を使うことが出来るのではないか。



厚労省が被災地求職者に対し失業手当の給付日数を90日間延長すると発表した。
とりあえず、正月は越せるということだ。
しかし厚労省としてはこうやって尻拭いをさせられるのは面白くなかろう。速やかに補正予算を執行させ、仕事起を急がなくてはならない。とくに漁業ではインフラの整備が不可欠だ。
冷凍設備がないとさんまの水揚げもできないということが、花咲漁港のニュースでわかった。このあいだのサメの話といい、漁業は流通インフラを含め裾野あっての漁業だ。

気仙沼のサメがそんなに有名とは知らなかった。ムラタの社長さんのインタビューが赤旗に掲載されている。
全国で年間1万トンのサメ漁のうち、気仙沼はその8,9割を占めていた。
たとえば、最大業者「ムラタ」の冷凍施設には、日本の年間漁獲量に相当する8千トンのサメが貯蔵されていたという。処理のノウハウのレベルが違うようだ。

…サメ処理業は裾野が広い。身は肉屋に、ヒレはヒレ屋に、皮は皮屋に行きます。残った骨を扱う骨屋まであります。社長は「私の関係先でも、皮屋や骨屋ら200人以上の仕事・生活に関わる」と話します。
…漁協幹部も「水産加工の復興の遅れは人口の流出だけではなく、サメの加工という気仙沼の水産加工技術の消失につながる」と述べている。

ところでサメは絶滅危惧種だっけ?

震災で仕事を失い、失業手当を受けている人は、被災三県で7万人いる。
特例で4ヶ月延長されたが、それが10月11日以降切れ始める。もっとも長い人でも来年1月までにはすべて打ち切りとなる。7万人が手に職なく路頭に投げ出されることになる。その子供・家族を含めれば、その影響はさらに大きい。
大幅延長が必要だが、政府にいまだ動きはない。

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