鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

カテゴリ: 31 対米従属/構造問題(国家・経済構造の分析含む)

なるほどそう来たか 軽自動車優遇批判

TPPへの動きが本格化するなかでアメリカが最初のジャブを繰り出してきた。

叩かれてみて、自動車業界もそこがアキレス腱だったことがわかったと思う。

これまで自動車工業会はTPP参加の旗振り役だった。おそらく他の業界が打撃を受けても自分だけは大丈夫だと思っていたからだろう。

たとえば1年ほど前、自動車工業会の志賀俊之会長は、米国通商代表部が自動車と牛肉の市場開放、かんぽ生命保険の見直しを求めた事に対し、こう語っている
「日本への自動車の輸入関税はゼロで完全に解放されている。アメリカは2.5%の関税をとっている。どこを閉鎖的と言っているのか、具体的な中身を知りたい」
かなり挑戦的な発言で、アメリカ側の神経を逆なでした可能性はある。

この発言に刺激されたのか、アメリカ側は自動車工業会の分断に出たといえる。おそらく軽自動車を生産していないメーカーは心の底では賛成するだろうという腹だ。日本の一部にも、「本当にアメリカの口出しなのか、財務省やトヨタ・日産の工作もあるのではないか?」などという声があるそうだ。

背景には、世界的に見て高いといわれる自動車税(ただしこれは自動車工業会の資料)と、それに群がる運輸、警察官僚の利権構造への不満がある。アメリカの自動車を本気で売り込もうを考えているわけではあるまい。これを利用して「TPPも悪くはないな」という意識を作り出すためのキャンペーンだろうと思う。

これが通れば、スズキとダイハツは間違い無く潰れるだろうという。勝ち組とされた自動車産業でも選別が始まるわけだ。結局はトヨタ一社のために日本のすべての産業が犠牲になるというTPPの構造がますます浮き彫りになってきた。

私は軽自動車の規格は残すべきだと思う。日本の国土や道路事情に合っているし、エコノミーでエコロジーである。性能改善も進み、燃費も小型ハイブリッド車並みに改善されつつあるという。まさに高齢化社会、省エネ時代にはうってつけの車なのだ。

そのかわり快適感には欠ける。一般車と伍して走るには安全性が不安である。基本的には作りに無理があるだけに、耐久性にも問題がある。そのぶん安くてもいいと思う。
逆にいえば、それ以上の車に求められているのは、つまるところはラグジュアリーだから、税金が高いのはやむをえない。(それが官僚の利権の温床になっていることは、また別な話だ)

現行の自動車税は軽四なら7200円、排気量1リッターのいわゆるコンパクトカーなら29500円だ。これが2千を超えると4万円まで跳ね上がる。これなら多少の我慢はしても軽に乗る人が増えるはずだ。

軽自動車の比率はますます増大し、12年に36%に達した。近いうちに4割に達する可能性もあるという。
こうなれば、ひとつの文化だ。韓国は日本より貧しいはずなのに、街ではほとんど軽を見かけない。日本人に比べると、韓国人は見えっ張りなのだと思う。(かく言う私も見栄でトヨタ・ウィッシュに乗っているが)



今回の事態でもっとも重視しなければならないのは、口当たりの良い話で、非関税障壁の撤廃につなげようという狙いだ。非関税障壁と呼ばれるものには、文化とか公序良俗のすべてが含まれてくる。

額として一番大きかったのが郵政の簡易保険だったが、次には医療保険が狙われている。アメリカの医療保険会社にとっては、日本の医療保険制度そのものが“非関税障壁”なのだ。

書き方が不正確だった。日米共同声明が出されたのはTPPに関する項目だけで、他の点については「1時間半の会談のなかでこういうことが触れられました」という時事通信の報道であった。以下が時 事通信の伝える会談の「骨子」である。

日 米 首 脳 会 談 骨 子

 1、TPPで関税撤廃前提とせず
 2、日米同盟強化を確認
 3、対北朝鮮国連安保理決議採択へ連携
 4、日本は集団的自衛権の行使容認検討
 5、日本は中国に冷静対処
 6、米軍普天間飛行場を早期移設
 7、ハーグ条約の今国会承認を伝達
 8、日本は2030年代原発ゼロ見直し
 9、シェールガス対日輸出要請(ワシントン時事)

したがってこの6点は、いずれも文頭に「日米同盟強化のため」という枕詞が付けられなければならない。
そして4~9が両国関係におい て相互要請している内容となる。
そして9を除く5項目(さらにTPPも)はアメリカの要請に基づいており、それを日本が「同盟強化の立場から」受け入れるものとなっている。
シェールガスのみが 日本からの要請であるが、アメリカはここだけは「同盟強化」の立場を明らかにしなかった模様である。

これらのことは日米同盟が片務的なものであり、従属的な同盟関係であることを明らか にしている。



毎回首相が変わるたびに日米首脳会談が開かれ、共同声明が発表される。
しかし今回の日米共同声明はそういうレベルをはるかに超えて、日本の進路を決めるような重要な内容をふくんでいる。
衆議院選挙の時、重大な争点として以下の4つが示された。
①消費税と一体改革
②原発ゼロ政策
③TPP参加路線
④沖縄の基地撤去

この内①については、まず景気対策ということで、矛先をかわした自民党が圧勝し、消費税実施の問題は残るものの、とりあえず先送りされた形となった。
③と④については、アメリカの意向を伺うことなしに政策決定はなされないわけで、今回の共同声明をしっかりと読み込んで行かなければならない。これは私の宿題。

というわけで、②原発ゼロ政策 の問題で、日本側がこれほどまでに踏み込むとは、正直以外だった。

まずは、共同声明の原発関連部分の勉強から始めるか。

産業競争力会議の議論がすごい。
財界の要望を聞く会議だが、財界がいかに日本経済の行方に対して無責任かが浮き彫りにされている。史上最悪の会議だ。
彼らの描く明日の日本を列挙してみよう。

医療体制は根本的に見直します。医療機関に経営競争をさせ儲け主義へと転換させます。儲けの上がらない医療機関は淘汰を行います。
保険制度を見なおして、高額医療では自費部分を拡大し、公費負担部分を減らします。
法人税率をもっと下げ、企業の収める税金を減らします。それで財源が不足するなら消費税を上げます。
労働者の首切りを容易にして、会社都合でいつでも整理できるようにします。非正規などという言い方をやめて、すべて非正規にします。
貸金業の金利規制をやめ、サラ金をもう一度自由化します。
原発ゼロの方針を取り下げ、早期再稼働を実現させます。
TPPは予定通り推進して、この国の農業は基本的にやめます。アメリカから農産物を買い、その代わりに自動車を買ってもらいます。

彼らこそ究極の利己主義者だ。「自分だけが儲かり他の人は苦しめばいい」と心底思っている。自分の「国際競争力」さえ上がれば、日本の国力が落ちようとどうでもいいと思っている。

米倉会長が記者会見で、
「日本は内憂外患の状況にある。山積する重要政策課題をどのように解決するのか」が問われていると述べた。
一番の内憂はあんただ。

今朝のテレビで、米倉会長が出てきて、安部晋三を批判した。インフレ・ターゲットで景気が良くなるわけないでしょう、と言っている。
これは当然の批判で、その限りでは正しいのだが、問題は自民党総裁の発言を頭から否定したことだ。
ひょっとすると、この発言は野田民主党に軸足を移すと言う宣言かもしれない。基本的に米倉はアメリカのメガホンだから、アメリカの意向が反映されている可能性もある。中身の重要性も考えると、米倉会長の一存でここまでは言えないだろうと思う。
アメリカの意向だとすれば、それはインフレ・ターゲット論ではない。むしろ再軍備や尖閣問題での突出にアメリカが不快感を抱いたためであろう。
それにしても、マスコミはどうしてこういう点を突っ込まないのか、不思議だ。

オバマがバンコクを訪問し、インラック首相との共同声明を発表。タイがTPPに前向きな姿勢を明らかにしたという報道。

赤旗によると、文章は以下の通り。
「タイはTPPをふくむ自由化水準の高い協定に“究極的”に参加するための要件について協議する」

日本政府の“究極”の核廃絶と同じで、入りませんという立場に近い。

タイの外相は記者会見で、「TPPに参加した場合の利益、損失について検討を始めた段階だ」と語っている。

国内の反応は、一言で言えば総スカン。そりゃぁそうでしょう。まだ1997年のことを忘れた人はいないでしょうから。

障壁、障壁というが、それはアメリカ側から見たときの話で、タイ側から見れば最後の防壁だ。

精一杯のリップサービスという感じだが、逆にこの一文をねぢこませたアメリカ側の圧力も相当なものだと思う。

とは言うものの、もし日本が入るとなれば、ASEAN諸国もそれなりに考えなくてはならなくなるだろうから、一応ツバはつけておこうということかもしれない。


経団連の米倉会長が緊急記者会見しこう述べた。
「三党の信頼関係を作り出した上での解散表明で、非常に力強い」
また、総選挙で一党単独政権は難しいとし、
「三党が政策ごとに合意し実施する環境を、この機会に作って欲しい」
と述べた。

これは大変重大な発言だと思う。彼らは、これまで進めてきた「二大政党路線」とは明らかに異なる道を示している。
赤旗記者はこれを「三党談合路線」と評している。わたしは財界翼賛路線と呼びたい。

これはマニフェストを掲げて国民的支持を獲得した民主党を、忠実な飼い犬にしてしまったことへの自信の表れだろう。

それは、いかなる国民の声も、マスコミの力と小選挙区制のカラクリで抑え込めるという自信の表れでもある。

しかしそれは、日本をさらなる政治危機へと押しやる、きわめて危険な賭けでもある。

確かに、世論を意のままに操る点はたいしたものだと思う。しかし一番肝心なもの、この先の展望がない。

無謀な12年戦争へと迷い込んだ軍部・財閥の轍を踏もうとしているのではないか。

オバマ再選で、一番頭を抱えているのは米倉会長ではないだろうか。
日米同盟路線はいわば日本独占資本の錦の御旗であった。
90年代の半導体での譲歩は、してはならない譲歩だった。ここで操を売った日本財界はひたすらアメリカに寄り添おうとする。しかしアメリカは日本にいささかアキが来ている。日本の日米同盟路線を「悪女の深情け」とうとましく感じている。
日本のヒモであるアメリカは「稼ぎが足りない、もっと出せ」とせっつくが、もう日本には売り物はない。
TPPは日本の最後の売り物であると同時に、反中国路線の証しでもある。しかしアメリカは中国と事を構えるつもりはない。「事を構える」ふりをして、日本からさらにたかろうとするだけである。
「遊女」路線はアメリカからも、中国からも、そしてお膝元の日本からも総すかんを食らいつつある。しかし遊女にはなぜ自分が責められるのかが分からない。女の操は切ないほどに尽くしている。引き続き稼ぎはせっせと貢いでいる。反中国という操は守っている。
たとえ輸出額が半減しようとも、それは主への忠誠の証し。

彼らはここで思考停止している。オバマは間違いなく、頭越しに中国との関係を改善するであろう。もう金を吸い尽くした日本に未練はこれっぽっちもない。彼らはどんなに落ちぶれてもアメリカへの操を守り続けるであろう。

要するになめているのである。それが分からぬのか経団連よ!

経団連が安倍自民党執行部と会談を行った。
重要なポイントは三つある
①これが民主党の新執行部や野田新内閣との会談に先駆けて行われた点。赤旗は「今度の総選挙の結果、自民党が第一党になり自公政権に移行する」との経団連幹部の見通しを報道している。
②安倍総裁が経団連の意向を受け、「ともに行動し、日本経済を強くする」と述べたこと。つまり、これまで以上に経団連の意向が強く反映される政権が登場する可能性があること。
③経団連の意向の背景として、原発政策に関する危機感があること。これを受け、安倍総裁は、「原子力の推進は自民党の守るべき一線」と応えたという。
記事では次のように評価している。

対米従属の下、多国籍企業化した大企業のための政治を、さらに推し進めるならば、これまで以上に国民生活に破壊的影響を与えることになるだろう。

「対米従属の下、多国籍企業化した大企業」という規定は目新しいものがある。民主的統制下におくというよりは、有害無益、打倒の対象というニュアンスが強くなる。もう少し慎重な検討が必要だろう。

経団連の対中国政策が分からない。
暴動の際には米倉会長が野田首相に「うまくやれ」と持ちかけたそうだが、何をどううまくやれというのかが分からない。
そもそも今日の事態を招いた責任の一端が経団連自身にあるという自覚も反省もない。
いまの経団連の方針は明らかに日米同盟まっしぐらだ。これほどまでに露骨に対米従属を突き進むということは、高度成長を遂げた後はなかった。
日米同盟というのは基本的には中国敵視路線である。この路線をさらに推進すれば、対中関係がうまくいかなくなるのは当たり前だ。いくら政経分離といっても、限度がある。
つまり中国リスクは高まる一方だということだ。それにもかかわらず、日本の産業を構造的に破壊して中国やアジアに進出するというのは、まったく矛盾している。
この矛盾が激化したらどうなるか、日本が再軍備して自ら中国と対峙する他なくなる。日本の海外権益を守るためには、戦前のように軍隊を送り込む他なくなる。
本当にそういう気持ちなのだろうか。

私が何をやっているかというと、9月16日の記事
「米国従属経済」シリーズの「金融編」が始まる
で以下の問題を自問したが、まだ答えが出せないでいるためだ。


①ユーロ円の由来
②ユーロ円を用いた債券を発行することの意味は? それを外国銀行が扱うことの意味は?
③何の金利が自由化されたのか。市中銀行? 海外金融機関の日本国内での営業?
③円転換とはドル売り円買いのこと?ドル買いについてはとうなった?
④為替先物取引とは? 実需原則とは?
⑤海外銀行の「内国民待遇」とは、銀行経営の完全自由化ということか?
⑥ドル高政策を採れば、円安になるのは当然だ。なぜそれをドル高政策失敗の原因とするのか?
⑦大蔵省はどう抵抗し、どう押し切られたのか?
ものすごい宿題が残された。ここが分からないと次回の記事には進めない。



見えてきたのは、最初は日本の「護送船団方式」に焦点が当てられたことだ。大蔵省・日銀が外貨割り当てを通じて支配し、各銀行が横並びで企業に資金を提供する方式が、日本の輸出をドライブした。その結果が円とドルの不均衡をもたらした、という理屈だ。

そして護送船団方式を支える二つの柱として、為替先物取引の制限と円転換の規制が槍玉に上がった。

ここまでが第一部だ。この規制を取っ払えば、円・ドル間の流通は盛んになり、市場原理がはたらいて、為替レートは落ち着くところに落ち着くだろうと考えられた。

ところが、実際にはうんともすんとも反応がなかった。この二つが円安・ドル高傾向を支えていたとする見方は、結果として間違っていたことになる。

それはつまるところ、ドル高万歳論を唱えていたリーガン財務長官の間違いであった。アメリカにとっての課題は「ドル高とそれに見合う円高」ではなく、「ドル安・円高」を導くことにあったのである。

ここからが第二部である。方針の変更は、第二期レーガン政権の発足とそれに伴う財務長官の交代によって促進された。リーガンに代わったベイカーは、G5による協調介入路線を打ち出した。

それは日本だけでなく世界の主要通貨に対する「ドル安」を容認する政策だった。そして、そういう協調体制の下で日本に円切り上げを迫ったのである。この時点で日本に選択肢はなかった。

つまり、レーガンを“団長”とする使節団=黒船の来航は、プラザ合意とは異なる思想と戦略の下に行われたということである。

ここを一緒くたにした議論は、混乱を生むのではないか。

結局、「対米従属」の連載を読むために、参考書を一編読むことになった。

西田達昭さんの論文を勉強させてもらい、例によって年表風にまとめてみた。ネタ本は宮崎義一「複合不況」(岩波新書92年)という本らしい。

「転換期の日本経済 -プラザ合意・バブル経済・グロ-バリゼ-ション-」

http://www.tuins.ac.jp/library/pdf/jinbun-PDF/09.nishida.11.pdf

 

Ⅰ レ-ガノミックスと金融自由化

1.レ-ガノミックス

1981年1月 レ-ガン政権が発足。軍事力の強化と経済の再建を柱とした「強いアメリカ」の復活をめざす。

経済の再建策は「レ-ガノミックス」と呼ばれる。①所得税を中心とする大幅な減税、②歳出削減、③政府規制の緩和、④金融引締め政策の4本柱を骨格とする。

これらの政策のうち、歳出の削減は実現せず、逆に支出は拡大した。それは財政赤字の急拡大をもたらすことになる。

1982年11月 米国の景気が好調に転じる。以後長期にわたり好況が続く。減税の持つ所得拡大効果が反映したものとされる。この好況は一言で言えば「借金バブル」であった。

同時に行われた金融の強力な引締めが、アメリカの実質金利を大幅に上昇させた。(どうもこの景気拡大政策と禁輸引き締め政策の並行が良く分からない)

この高金利に引き寄せられ、資本が世界中からアメリカに流入し、ドル高が生じた。

1984年末 アメリカは経常収支赤字の急拡大により純債務国へ転落する。

 

2.日本の金融自由化

1983年11月 レ-ガン大統領一行が訪日。日本の金融市場・資本市場の開放を強く迫る。

アメリカ側主張の背景となったのは、「ソロモン報告」といわれる。これはスタンフォ-ド大学のエズラ・ソロモン教授が執筆したことから名づけられたもの。ドル高の原因は、日本の金融市場・資本市場に問題があると指摘する。「郵便ポストが赤いのも、みんなあなたが悪いのよ」の世界だ。
①ドル高は円安のせいだ。②円安は外国資本が流入しにくいからだ。③外資が流入しにくいのは円が投資先としての魅力に乏しいからだ。④魅力に乏しいのは閉鎖的で規制が多すぎるからだ。…という具合で、「風が吹けば桶屋が儲かる」風の強弁である。まともな学者の議論ではない。実態として日本国内にはすでに金余り現象が生じていた。トレンドとしては金は出て行くものであり、入ってくるのものではなかった。

1983年11月11日 竹下大蔵大臣とリ-ガン財務長官が共同記者会見。先物為替取引における「実需原則」の撤廃など8項目の合意内容を発表。

1984年2月、3月、4月 3回にわたって日米円ドル委員会が開かれる。

1984年4月1日 先物為替取引における「実需原則」が撤廃される。

1984年5月末 日米円ドル委員会が「報告」と「金融の自由化および円の国際化についての現状と展望」を発表する。

1984年6月1日 円転換規制が撤廃される。事実上の外資の自由化。外貨資金が自由に円に転換できるようになり、国内資金として使えるようになる。(円転換規制は一部、1980年12月の新外為法によって緩和されていた)

円転換規制: 銀行がドルやユ-ロ円などの外貨を円貨に転換することを制限するもの。これにより外貨を円に転換し資金を調達することが可能になる。ただしコ-ル・手形、国内CDの調達コストに比べ有利でなければ、あまり意味はない。

1984年末 ドルレ-トもドルの長期金利も低下せず、日米金利差は3%程度を持続。実需原則と円転換規制の撤廃を受け、日本企業のいわゆる「財テク」が本格化し、対米証券投資が増大。法人企業の対外証券投資が金融機関による投資を上回る。アメリカの財政赤字をファイナンスする結果となる。(ファイナンス畑の人は書かないのだが、80年代前半は日本が第二次石油ショックに苦しみ、その苦境をアメリカへの“集中豪雨型輸出”で打開し、その結果、日米貿易不均衡が一気に顕在化した期間として記憶しておくべきだろう)

 

Ⅱ 「プラザ合意」から「バブル経済」へ

1.プラザ合意

1985年1月 レ-ガン政権第2期がスタート。楽観主義者ドナルド・リ-ガンに代わりジェ-ムズ・ベ-カ-が財務長官に就任する。ベ-カ-は、これ以上のドル高政策は継続できないと判断。

1985年9月20日 東京外国為替市場の円相場、1ドル=242円まで上昇。

1985年9月22日 G5の大蔵大臣および中央銀行総裁が、ニュ-ヨ-クにあるプラザ・ホテルで会談。

プラザ合意は、一言でいえば、アメリカが日本に対し円高誘導により対日債務を半減させるための“合意の強制”であり、他の三国はただの立会人に過ぎない。ただ、為替レートの変更は債務削減にとどまらなず、日本の対米投資の激増など多面的な影響を及ぼすことになるが、そこまでの思いがあったとは思えない。

1985年9月24日 日銀が協調介入を開始。「ドル売り円買い」のための市場介入をおこなう。円、一気に200円台前半に上昇。

1986年1月29日 澄田日銀総裁、公定歩合を0.5%引き下げ4.5%とすると発表。この時点で1ドル=200円の大台を突破。

1986年3月18日 円相場が1ドル=180円を突破。日銀はニュ-ヨ-ク市場で「ドル買い円売り」介入に踏み切る。4月1日からは東京市場でも介入開始。

円売りと外貨準備の蓄積に伴い、新券が大量発行された。円の余剰資金は政府短期証券の売却(売りオペ=要するに逆向きのインフレ政策)によって吸収される予定であったが、市中には未吸収の過剰流動性が滞留し、「カネ余り現象」を来たした。

1986年末 対ドル円、150円台まで上昇。巨額な外国為替差損が発生する。法人企業部門の対外証券投資は、対前年ほぼ25%減少する。

1987年2月 公定歩合、2.5%まで引き下げられる。ここまで5回の引下げが繰り返される。この後再び生命保険等の機関投資家を中心に対米投資が活発化。前年比75%の増加を示す。

日本の生命保険24社の総資産は、87年3月末で対前年17.4%増の65兆4000億円に達する。このうち40%が有価証券形態での運用、さらに11.47%(7.5兆円)が対外証券投資に当てられる。「ザ・セイホ」の名はウォ-ル・ストリ-トで注目を浴びる存在となる。しかしその後もさらに進行した円高のため、1兆7000億円(投資額のの20%強)という巨額の外貨建て損失を生じた。この損失は株式相場の高騰から得たキャピタル・ゲインで埋め合わされた。

1988年1月 円高が1ドル=121円のピークに達する。

2.バブルの発生 大企業の銀行離れと企業財テク

1987年2月9日 中曽根臨調路線がすすむ。低金利のなかでNTT株が上場。160万円の初値がつき、一時301万円にまではね上がるなど、証券ブ-ムに拍車をかける。

企業は銀行借入金を抑制し、転換社債・ワラント債の発行や増資など有価証券発行を通じて資金を獲得するようになった(エクイティ・ファイナンス)。株式の発行は本来の長期的収益を目指す設備投資ではなく、キャピタル・ゲイン目当ての短期的運用(一種の自己勘定取引)にも用いられるようになった。

1987年4月 東証1部平均株価が2万3216円まで上昇。時価総額は350兆円にまで達する。これは1986年度名目GNPの335兆円に匹敵する規模で、完全にバブル状態。

1987年 全国銀行の貸出残高に対する不動産担保融資の割合が20%台に達する。株式等有価証券担保融資の割合も2.5%まで及ぶ。企業の銀行離れ現象が進み、銀行の貸し出し業務が停滞したための現象とされる。これにより資金を調達した企業は、土地・株式購入や特金・ファントラへの運用をさらに拡大。

1989年5月 公定歩合が引き上げられる。以後1年のあいだに3回引き上げられ、最終的にバブル崩壊の引き金となる。

1990年 株価の崩落が始まる。株式、債権、円がそろって値下がりしたため「トリプル安」と呼ばれる。株価は2年後に最高値の半分に落込む。


結局、実需原則円転換規制 が分かれば良かったのだ。
読んでいて、こんな気もしてきた。
バブルというのは銀行が斜陽産業となっていく過程に咲いたあだ花だったのだ。従来型の通常業務における銀行というのは、バブル崩壊で屋台骨が揺らぎ、ビッグバンでとどめをさされたのだとも考えられる。
生き残りを図る銀行は、自ら自己勘定取引を行うようになり、投機資本そのものと化していく。
これをおかしいと指摘したのがボルカーだ。


1997年問題にヒントを与えるグラフを見つけた。

第5章 金融自由化 - 経済社会総合研究所

というファイルで、図は下に示したものである。

https://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/c/6/c6c3058f.jpg

64年というのは東京オリンピックの年で、日本が本格的に高度成長を開始した年である。

驚くべきは、この成長の時代を通じて、日本の企業は資金不足に悩むことはなかったのである。74年のオイルショックのときさえ、手元資金はいくらか減少にしても資金調達額そのものはかげりを見せなかった。民の懐は豊かで、奥行は深かったのである。

78年以降は明らかに変化が見られる。調達額の増加と平行して手元資金の余剰額も増加し始める。高度成長が一段落し、企業が成熟し、資金を使いきれない状況が生まれ始めたことになる。金余り時代の到来である。

この余り金が行き先を求めてもがいていたのが84年~85年の状況である。その一部は米国債や海外投資に向かった。そこで日米委員会・プラザ合意・前川レポートの三点セットが登場する。

そこから90年までの5年間は“狂気の5年間”である。企業は本業そっちのけで資金をかき集め、手元資金さえ突っ込んで投機に熱中した。いま思えば、この時期の経営責任者こそは“A級戦犯”である。

90年に見事にバブルははじけとんだ。その後92年までは落ち込んだとはいえ資金調達には余裕はあったが、資金不足には歯止めがかからなかった。そして92年にはついに手元資金がマイナスに落ち込む。

ここからがドラスティックだ。資金調達は急速に落ち込みほぼゼロとなる。ぎゃくに資金不足は一気に解消され、収支バランスがあわせられる。土地は塩漬けとなり、資産の簿価は下がり、現金・預金はタンスにしまいこまれた。企業はリストラに精を出し、経済は停止した。

この危機を公共投資が回復させる。赤字国債の発行と大規模公共事業だ。医療・福祉に向かうべき資金も、企業救済を目的とする公共事業に回された。

94年から97年にかけての動向は微妙で神経質だ。大規模公共投資で上向こうとするがすぐ中折れする、という状況が繰り返される。今から考えると、資金不足の解消は見せ掛けだけで、ほとんど粉飾に近いものだった。オリンパスの飛ばし事件は象徴的だ。

そして97年だ。これを機に企業は自己資本と内部留保の積み増しにひたすら励むようになる。一方でオイルショックにもびくともしなかった資金調達能力は、坂を転げ落ちるように低下していく。

国民と企業の関係が、97年を機に様変わりしていることがわかる。それまでは国民から資金を集め、生産に投資しその利益により手元資金を生み出すという構造であった。しかし97年以降は国民から収奪し、それを手元に蓄えることにより企業が維持されるという構造になっている。国民の富は日ごとに失われ、ひたすらに企業へと移転されている。

そういう風に、このグラフを読み解いたが、如何であろうか?

本日は「金融」の2回目だが、「なぜ?」がない、しまりのない文章がだらだら続く。
とりあえず、ノートをとるのは見合わせる。中国関係が忙しいから、付き合っている暇はない。

シカゴ市場で大豆がストップ安だそうだ。大豆だけではない、トウモロコシも小麦も全面安だそうだ。旱魃による不作が意外とたいしたことがないらしい。それにしてもまさに投機ですね。ずいぶん損した連中もいるだろう。ざまぁみろ。

中国の騒動を受けて、円が下がっているみたいだ。日銀の金融緩和の動きも関連しているらしい。
大企業は今度は円安だ、原料高だ、コスト負担で国際競争力が低下する、といってわめくのだろう。
しかしもう国内に生産の余力はあらかた残っていませんよ。中国に行ってじきに灰になるでしょう。

赤旗経済面の連載「米国従属経済」で金融編が始まった。やっと本編が始まったという感じだ。
①では、まず84年の日米円ドル委員会協議から始まる
赤旗はこう書いている。
6回にわたって両国財務省の事務レベルで作業が行われた後、大蔵省は「金融の自由化および円の国際化についての現状と展望」という報告を発表した。この会議は「日米円ドル委員会協議」と呼ばれる。これが“今に至る金融自由化のレール”を敷いたのだそうだ。
この報告の柱は以下の三つ
①ユーロ円市場の拡大: ユーロ円(海外金融資産)をもちいた債券発行。ユーロ円債の引き受け主幹事を外国企業に開放。
②日本の金融・資本市場の自由化: 金利の自由化、外貨の円転換規制の撤廃、為替先物取引の実需原則の撤廃、
③日本の金融・資本市場への外国金融機関の参入: 国内外の銀行を同等に扱う「内国民待遇」
いずれも米国が求め、日本が応じる一方的な取り決めだった。
とあるが、さっぱり分からない。

とにかく前に進もう。赤旗はこの「円ドル委員会」の背景を解説している。
アメリカ側の事情: レーガン政権は「強いドル」を掲げて高金利政策をとり、海外から資金を呼び込んだ。しかしその結果は過度のドル高を呼び、輸出の減少と貿易赤字の増大をもたらした。
高金利政策は「強いアメリカ」のために軍事費を確保することが目的だったが、貿易赤字の増大とあいまって財政の急速な悪化をもたらした。
アメリカはこれを円安のせいにして、日本が金融・資本市場を開放すれば円の需要が増し、円相場は上昇すると主張した。
日本の大蔵省はこの政策を「黒船到来」と呼んで抵抗したが、中曽根首相の政治判断に押し切られた。

以上が「金融」編の第一回のあらましである。
まったく分からない。私がシャッポを脱ぐんだから、ほとんどの読者にはちんぷんかんぷんだろう。
何が分からないかを列挙しておこう。
①ユーロ円の由来
②ユーロ円を用いた債券を発行することの意味は? それを外国銀行が扱うことの意味は?
③何の金利が自由化されたのか。市中銀行? 海外金融機関の日本国内での営業?
③円転換とはドル売り円買いのこと?ドル買いについてはとうなった?
④為替先物取引とは? 実需原則とは?
⑤海外銀行の「内国民待遇」とは、銀行経営の完全自由化ということか?
⑥ドル高政策を採れば、円安になるのは当然だ。なぜそれをドル高政策失敗の原因とするのか?
⑦大蔵省はどう抵抗し、どう押し切られたのか?
ものすごい宿題が残された。ここが分からないと次回の記事には進めない。

経済同友会代表幹事の長谷川閑史さん、武田製薬の社長さんでもあります。
医薬品を作るときにこんな論理が通用するでしょうか。
「懸念している。原発をゼロにするのであれば企業は事業会計の見直しをしなくてはならない。政府は無責任と言わざるを得ない」
つまり、安全とそろばんを秤にかけて、そろばんを優先せよと迫っているのです。
医薬品を作るときも、そういう考えでやっているのでしょうか?

私たちタケダグループは、「いのち」に携わるものとして、「優れた医薬品の創出を通じて人々の健康と医療の未来に貢献する」という使命を日本はもとよりグローバルで実現していきます。(タケダ薬品ホームページ 社長挨拶より)

5代目は“儲けよりも病人に効く薬”を第一義の経営理念としたそうです。

長谷川さんは営業現場畑の人のようです。グローバルな研究開発企業へのパラダイム・シフトを展開したいようなので、医療面での発想はどうしても希薄になり勝ちのようです。

こういう会社、いざというとき危険だという感じがしてなりません。

第三アーミテージ報告

これは、浅井基文さんのホームページに載せられた論文の学習ノートです。イタリック体の所は報告の原文です。

興味のある方、納得がいかない方、文章が変だと思われた方は原文に当たってください。

 

三つの報告の流れ

*2000年、2007年に続いて2012年8月に3回目のいわゆるアーミテージ報告が発表されました。3回の報告の内容を比較対照しつ、今回の報告の特徴点、問題点を検討します。

第一報告「アメリカと日本:成熟したパートナーシップに向けて」(2000年)

米ソ冷戦が終結して、ソ連に代わる敵を「見失った」アメリカは、軍事戦略を正当化する根拠・材料(新たな敵)を見いだせませんでした。

クリントン政権入りしたジョセフ・ナイは、いわゆるナイ・イニシアティヴによって日米軍事同盟の再編強化の処方箋を書きました。

自民党政権は、アメリカの「カネだけではなく血も流せ」という圧力を利用して、自衛隊の海外派兵への道筋をつけました。

第一報告は、冷戦後の漂流を払拭し、アメリカのアジア支配の戦略の方向性を明らかにすること、その中での日米同盟のあり方についての方向性を示すことを目的としていた。

 

第二報告「日米同盟 2020年に向けてアジアを正しい方向に持っていく」(2007年)

2007年は、ブッシュ(子)政権の2期目も後半に入り、対テロ戦争の破綻が誰の眼にも明らかになって来た時期です。

アーミテージ国務副長官は、対テロ戦略とアメリカ一国主義を、多国間協力を重視するものに見直すという意図で報告をまとめました。

ブッシュ・小泉の下で日米軍事同盟は、アメリカにとってもっとも望ましい方向に向けて大きく「前進」しました。このため日米軍事同盟はアメリカの対アジア政策の中心に据えられました。

 

第三報告「日米同盟 アジアの安定の錨となる」(2012年)

第三報告の最大の問題意識は、2009年の民主党政権登場以後「日米同盟関係が漂流」してきたという危機感です。アメリカが漂流状態の日本にカツを入れることに主眼が置かれています。

背景にあるもっとも重要な要素は対中認識の変化です。2007年には慎重な期待と警戒を織り交ぜていました。しかし今回は期待感は跡形もなく、台頭する中国に対する全面的な警戒感が根底に座っています。日米が協力して立ち向かう必要を強調するものになっています。

日本をアメリカの戦略につなぎ止めるためには、 アメリカとして日本に精一杯の大盤振る舞いをしなければならない。中国と対抗するために、日本の果たすべき役割・比重がそれだけ重くなっていることを示しています。

この戦略が民主党政権の危険を極める対中対決政策を促しているわけですから、第三報告はまったく危険きわまりない代物です。

 

第三報告の主要な内容

第三報告の内容には取り上げるべき点が数多くあるのですが、ここでは、第一報告及び第二報告との比較を心掛けつつ、主要点にしぼって解説しておきたいと思います。

<むきだしになった対中警戒認識>

第三報告の最大の特徴は、中国をアジア太平洋における最大の脅威とみなしていることです。したがって対中対決・軍事包囲網形成戦略を対アジア戦略の中軸にすえています。

中国が高い経済成長を続ける前提に立った、「関与と(軍事的)備えとのブレンド」という戦略はもはや確実ではなくなった。

中国が深刻に躓くようなことがあれば、指導者は、ナショナリズムに訴え、対外的脅威を利用して統一を組み立て直そうとするかもしれない。そのとき(日米)同盟にとっては…正に質の異なる挑戦に直面することになる。我々としては彼らがいかなる判断を行うかについて十分な備えを行うべきだ。

<朝鮮半島:韓国及び米日韓関係の重視>

第三報告は、「近隣諸国との関係」という項目において、「強固な米日韓関係」を強調しています。

李明博大統領は朝鮮と対決する政策を推進してきました。韓国は経済的躍進と米韓貿易自由協定(FTA) によって、アメリカにとって極めて重要な同盟国の地位を確かなものにしました。

米日韓は、北朝鮮の核兵器追求を共同で抑止し、中国の再台頭に対応する必要がある。

日米同盟がその可能性をフルに実現するためには、日本が対韓関係を複雑にしている歴史問題に立ち向かうことが不可欠だ。同時に、国内政治上の目的 のためにナショナリズムの感情を利用する誘惑に抵抗するべきだ。両者のいさかいは、戦略的に優先度の高い項目から目をそらすものである。

第三報告では、6者協議の枠組みにもはや期待を寄せず、中国 が主導してきた6者協議の枠組みに対しても懐疑的になっている。

<日米軍事同盟の変質強化と日本の軍事的役割>

第三報告における一大特徴は、日米軍事同盟の変質強化の方向性を極めて具体的に述べていることです。

日本は平和で法的な海洋環境、妨害のない海洋貿易、そして全般的な安寧を促進するために、パートナーとの協力を引き続き進めるべきだ。

このくだりは、中国海軍の外洋進出に対抗するために、日本がさらなる役割を担うことを求めているものです。

「日本防衛」と地域的安全保障との間の境界は薄い。日本は、国家防衛のために攻撃的な責任を必要としている。両同盟国は、日本の領域をはるかに越える…能力と作戦を必要としている。

という記述もあります。日米の対中対抗軍事戦略が止めどもない勢いで突き進められようとしていることが分かります。中国の日米軍事同盟に対する懸念と警戒が決して杞憂でもなければ、誇大妄想でもないことが分かります。

アメリカにとって最大の障害と見なされているのが日本側の集団的自衛権禁止という「制約」です。第三報告では、集団的自衛権禁止を「時代錯誤の制約」と決めつけます。

両軍は集団的に日本を防衛することを法的に妨げられている。この皮肉は、日本が集団的自衛権の禁止を変更することで完全に解決できる。政策の変更は、平和憲法を変更することをも必要としない。

第二報告では、「憲法問題を解決」することが望ましいとしていましたが、もはや憲法そのものを改定しなくても、集団的自衛権を「合憲」とする日本側の「政策変更」で、憲法第9条を底なしに空洞化させることが可能だと認識するに至っているというわけです。


民主党の提言「2030年代に原発稼動ゼロ」に米倉会長が噛み付いている。
10日の記者会見のポイントは二つ、
①原発比率ゼロは現実的でなく、実現困難
②日米同盟関係の維持も重要である
さらに13日には“緊急”記者会見を開き、
③野田首相に電話で直接「承服しかねる」と伝えた
ということだ。
①については、現にゼロでやっているわけで、どちらが非現実的かは火を見るより明らかだ。
ということになると、脅しの種は「日米関係」に尽きる。
こういう事態はTPPでも見られた。
国会での最終盤、米倉会長の論拠はひたすら「日米同盟」だった。

こうしてみてくると、米倉会長が横暴なまでに強硬なのはアメリカの意向を汲んでいるからだ、ということが良く分かる。
ようするに米倉会長はアメリカ軍産複合体のメガフォンなのだ。
だから比較的小規模企業からの選出であるにもかかわらず、絶大な発言力を維持しているのだ、という構図も透けてくる。

今回はアメリカもよほど危機感を持っていると見えて、米倉まかせではなく直接発言してきている。
①米エネルギー省のポネマン副長官は、前原政調会長に「このような措置を実際に取れば、意図せざる影響もありうる」と恫喝した。
②米戦略問題研究所のジョン・ハムレ所長は、日経新聞に「原子力は日本の担うべき責務」と題する論文を寄稿した。

これはオバマ・野田の日米共同声明路線そのものである。逆に言うと、鉄壁のはずの日米同盟路線がここまで追い込まれた理由は、いうまでもなく毎週金曜日の連続デモである。まさに民衆の声が集まって70年の日米従属政治体制を揺るがせつつあるという実感がする。

①日本の独占資本の対米従属は自発的なものである。
②日本の独占資本は、朝鮮戦争、ベトナム戦争の特需を成長のバネとして来た。このために対米従属は構造化している。
③日本の独占資本が従属しているのは、米支配層一般ではなく、米軍・産複合体である。非軍事産業とは部分的には競合関係にある。
④この関係を調停するのは軍・産複合体と非軍事産業とを統括する米政府以外にはない。したがって対米従属は、軍・産複合体への従属と米政府への従属というかたちで二重化している。

この従属関係は、二つの伝説によって支えられている。
①戦前、ダンピング輸出で各国市場から締め出された日本は、アジアに強引に市場を開拓せざるを得ず、それが12年戦争へとつながっていった。ふたたび悲劇を繰り返さないためには、アメリカとの同盟関係を死守しなければならない。
②アメリカへの従属は、日本のアジア経済支配を支えている。アメリカへの従属関係がなくなることは、アジアへの支配関係がなくなることを意味する。これは日本の権益擁護を不安定にするばかりでなく、日本国憲法の平和立国の理念を危うくする。

おおかたの日本の保守派はアホだから、こういう言い方が出来ないが、こういう切り口は説得力を持って成立しうるのである。

しかし、伝説①はすでに過去のものとなった。戦後日本がGATTに加盟し、OECDの一員となり、貿易収支の恒常的黒字化を達成した時点で、経済的自立は、数字の上からは可能になっている。
伝説②も、過去のものとなりつつある。80年代から90年代にかけて、日本は圧倒的な経済的・技術的優位性を背景に東アジアを席巻した。それは同時にアメリカへの迂回輸出でもあったがゆえに、対米従属とアジア経済支配という相補関係はきわめて良好に進展した。
しかしいまや東アジアは日本・中国・韓国が併走する状況に入りつつある。その利害が競合する場面も増えつつある。
すなわち、従来型の「従属→支配」の構造は有効性を失いつつあると考えられる。そして、それに代わるものとしての Good Neighbour Policy の確立が求められているのである。
日本の独占資本は依然として旧来の構造にしがみついている。中国の経済排除とアメリカのアジア経済進出を隠された目的とするTPPはその典型である。
戦後70年になろうとするいま、歴史的に形成されてきた対米従属構造を変えるためには、“革命的努力”が必要とされるであろう。しかし手をこまねいていてはシャープに続いて大企業が軒並み崩壊していくだけだ。

企業も、官僚も、政治家もみな惰性で動いている。首相の首を挿げ替えるだけで、根本的な問題に手を着けようとはしない。まさに“全般的危機”が迫っているといわざるを得ない。

しかし、それだけか? アメリカのビジネス界とは拮抗関係が主体で、そこには従属関係はないのか?

むかし、学生時代に共産党の綱領を学習すると、「わが国は軍事的、外交的、経済的…にアメリカに支配された、事実上の従属国である」という規定があって、けっこうこの点は叩き込まれたものだ。

経済的従属というのは、
①日本石油のような直接の資本支配。
②さまざまな技術ライセンスにおける支配
③基幹食料における支配
などさまざまあって、「なるほど」と納得させられたものだった.
しかし、現在ではこのような従属関係はほぼ消失していると見てよい。第一、経済規模そのものが桁違いだ。むしろ多額の連邦債購入でアメリカ経済を支えているとさえ言えるほどだ。

それにもかかわらず、産軍複合体を構成する超巨大産業への劣位と従属が続いていることも間違いない。原発の原子炉はすべてライセンス生産だ。飛行機一つ飛ばせない。

これは結局、日米構造協議の評価に結びついてくるのであるが、こうも言えるかも知れない。
日本は70年代の後半あたりで、ほぼ完全な経済自立を果たしたが、さらなる対米輸出と経済成長のために、自発的に従属経済の深化の方向を選択した。
同じ論理によって平和の道を捨て、例え戦争に巻き込まれようと、米軍の共犯者となろうと、米産軍複合体との癒着を進める道を選択した。

これはある意味で能動的な選択である。経済原理に迫られての必然的な選択ではなかった、ということになる。

綱領論争のときにも、こういう意見はあった。しかしそれは「非弁証法的である」として退けられた。

しかし弁証法的であろうとすれば、逆に東京タワーが建った頃の従属論を絶対視するのもおかしな話だ。
戦後の経団連の対米従属の歩みを回顧するのも大事な作業ではあるが、もう少し原論的なレベルでの検討が必要なのではないだろうか。

多分、山崎は知ってか知らずか虎の尾を踏んでしまったのだが、軍事関係となるとアメリカは容赦ない。

しかし、それが経団連がアメリカのメガフォンとなることのあいだに、必然的な結びつきはない。経団連はアメリカの「影の力」が怖くて付き従っているのではなく、もっと自発的にアメリカの「産軍複合体」の支えに回っている。

アメリカ国内でもウォール街を中心とするビジネス界と、産軍複合体は一体ではない。ここが一つのミソではないだろうか。

日米経済摩擦は80年代以降、両国関係の基調低音となっている。産軍複合体に従属することで、ビジネス界の排日攻撃をやり過ごすのが、経団連の戦略ではないだろうか。

だから、産軍複合体の政治代表である共和党とはうまくいくが、ビジネス界の意向を反映する民主党政権の時代はギクシャクするという経過を繰り返してきた。
そのときこそ余計に対米従属の表面的ポーズを強める傾向がある…
とすれば、オバマ政権下でのTPPへの異常なばかりの忠誠も、ある程度理解可能になる。


オバマ政権が富裕税とボルカー・ルールを持ち出して以来、ビジネス界と民主党のあいだには隙間風が吹いている。まさかこのまま民主党が“階級政党”に変身するとは思えないが、富裕層が共和党のサイドになだれ込む可能性はある。
その際に、共和党と産軍複合体は、よりビジネスプロパーの政策を打ち出してくる可能性はある。その際に、経団連にとって従属のメリットは失われる。
その際に、経団連はこれまでのやり方を続けることができるのだろうか。


赤旗経済面に連載された経団連の対米従属の系譜は参考になった。
しかし、「それだけか?」という失望も少なからず感じる。
①アメリカの「闇の力」とはなんなのか、
②それは何を通じて貫徹されているのか、
③「闇の力」が貫徹する際に、経団連はどういう役目を果たしているのか、
④「自主派」が育つ可能性はあるのか、
これらのポイント、とくに②が、戦後史の分析を通じて明らかになるような研究が必要だろう。
「露頭」としての疑獄事件や政界スキャンダルを丹念に掘り進め、地下水脈を探り当てる必要がある。

しかし、それはそれとして、私はやはり80年代の日米経済摩擦以降、明らかに従属の形態に質的変化が出現していると思う。
それは主としてアメリカの対日戦略の変化に規定されたものだと思う。
1997年危機が日本の路線転換の重大なマイルストーンだと思う。
多分、経団連が「自主派」攻撃の先頭に立ち、陣頭攻撃をするようになったのは、奥田会長以来と思う。
97年危機の時代に、裏で大きな変化があったと思う。それはおそらく橋下龍太郎おろしにつながっているのではないか?
YKKのなかで最強とみなされた加藤も、なにやら訳のわからないスキャンダルで潰された。もう一人山崎拓は勝共連合の美人局にマスコミが群がりよる形で潰された。明らかに陰謀の臭いがする。そして、残された小泉がアメリカの番犬に変身し、「日米同盟」を呼号し、構造改革を推進した。

韓国でもノムヒョン大統領が徹底して潰された。そしてついに自殺にまで追い込まれた。そしてFTAを推進するイミョンバク保守政権が登場した。我々も、犯罪と権力によって仕組まれた罠との鑑別について、そろそろ考えなくてはいけないのかもしれない。

赤旗に載らなかった話。

日刊ゲンダイの去年11月の記事。写真はモンちゃんのブログから拝借した。

住友化学と住友化学100%子会社のベーラントUSAとモンサント社が遺伝子組み換え種子「ラウンドアップ_レディー_プラス」の共同開発で合意していたことが判明したというものです。

これでTPPで農業が自由化されれば、住友化学は「ぼろ儲け」ということになります。この記事はずいぶん反響を呼んだようで、国会質問で田中康夫議員も触れています。

さすがに住友化学もやばいと思ったか「見解」を発表しているが、ほとんど言い訳にもなっていない。(当社とモンサント社に関する誤認情報についての当社見解

まぁ、こういう話は本線ではないが、分かりやすくていい。


普段は「国民運動」面は素通りなのだが、本日の記事には注目する情報があった。

ひとつは全労連の国際局長の談話で、TPP交渉の会場外の模様。

市民団体が会場外でロビー活動を行っている。交渉官との個別交渉になるが、各国の担当官の話では、すでにルール作りは最終案に近いところまで固まっており、日本にとっては飲むか飲まないかの選択しか残されていないということだ。有名な毒素条項(ISD条項)も同じだ。
山下奉文大将ではないが、「無条件降伏あるのみ」だ。

もうひとつは、反TPP団体のシンポでのニュージーランド研究者の発言。
すでに合意は形成されており、このルール変更は不可能だということが強調された。9月のAPEC首脳会議までに合意を取り付けようとする圧力が強まっている。

ISD条項は「文書案が明らかになった。オーストラリアが反対している」と紹介された。
また、ニュージーランドは乳製品の関税撤廃を求めているが、米国はこれを拒否しているということ。

このシンポで田代さんという教授は、日本政府と財界の立場の違いを指摘、民主党政権は沖縄で不信を買った見返りに、TPP参加を日米同盟強化の証しとしようとしている、財界は海外進出で利益を得ようとしている、と分析しているが、あまり根拠はなさそう。

ただTPP推進を呼号する大企業の現場が、その真の意味(=いっそうの規制緩和)をあまり深く考えていないという状況は伝わってくる。


財界がTPP問題で政府への圧力を強めている。
ただその理由がどうも良く分からない。
以前からTPPは「入るメリット」がはっきりしないのが一番の問題だと書いてきたが、今回の言い分も同じである。
赤旗によれば、
①日本の参加が遅れるほど、日本の国の主張を反映することが困難になり、すでに合意された内容をそのまま受け入れざるを得なくなる。
②日本の戦略的な地位を高め、日本外交の基軸となっている日米関係のいっそうの強化につながる。
というのが理由だとされている。

これではあまりに惨めではないか。

犯人に自首を勧める文句のようだ。いまなら罪は軽いぞ、素直に自首すればお上にも御慈悲というものがあるんだ。お上(アメリカ)を怒らせて後々いいことがあると思っているのか。

つまり、財界は農業や医療などが今のままでいることを犯罪的行為だと思っているのだ。そう考えると、財界の言い分は筋が通っていることになる。

野田首相が念願の訪米を果たし、オバマとのあいだに共同声明を発表した。
日本の政治体制の脆弱性から見ると、どの程度の有効性を持つものかは評価が難しい。
しかし、日米同盟強化という自民党時代からの基本路線を受け継ぐことを再確認したことは、それなりの意義がある。その上でどこに踏み込もうとしているかに注目しなければならない。

日米同盟という言葉を連発するようになったのは小泉首相だ。「日米同盟」は安保条約体制であり、軍事同盟そのものだ。軍事力の傘をアメリカが差し出し、その下に日本が組み込まれている、これが日米同盟の本質だ。
東アジアの市場を見つめる眼は一致している。しかしアメリカの思いは東アジアへの進出だ。東アジアの軍事バランスについては、率直にいってどうでもいい。
南シナ海での紛争へは介入するが、それは東南アジアへの政治的影響力の拡大が目的であり、ひいては経済進出だ。それはもう15年も前の「ナイ構想」の頃からはっきりしている。
地球の裏側で中国と本気になって事を構えるつもりはない。それはASEAN諸国も織り込み済みだ。
日本の場合はそれとは少し異なる。



歴史的に見れば朝鮮戦争、ベトナム戦争と、日本は反共の防波堤の役割を果たして来た。その歴史はいまだに日米関係に影を投げかけている。
いっぽうで、80年代に日本はアメリカの最大のライバルとされ、通商でも通貨でも狙い撃ちされた。
そのときからソ連の崩壊に至るあいだが離脱のチャンスであったが、多少の距離感は形成されたものの、日米同盟関係はほぼそのままの形で維持された。

97年に始まる日本の長い経済危機の中で、ふたたび日米関係が見直され、むしろ強化されるようになった。
それは基軸通貨であるドルを最大の武器とする金融政策の発展により、アメリカがふたたび好況を迎えたのと期を一にしていた。


日米同盟は大企業の収益力確保のための売国的行為であるという事実が徐々に浸透して来た。それを糊塗しようとして、靖国から北朝鮮の拉致問題、四川省の反日暴動などを持ち出しているが、「ソ連が攻めてくる」式の宣伝に比べればいかにもバランスが悪い。

ソ連の崩壊とその後のロシアの経済低迷により、東アジアの軍事的緊張は緩和された。軍事的緊張が去り東アジア共同体も展望されるようになった今、軍事同盟は歴史的遺物でしかない。北朝鮮がどうであろうと中国がどうであろうと、これは疑いのない事実である。




医療関係者がTPPに関するシンポを開催した。
その中で注目したのは保団連の住江会長の発言。
医療の公定価格制度が「自由な競争を阻害する」とされかねない危険性を指摘したとある。

いわゆる「毒素条項」の本質は、「自由契約原理主義」にある。しかしこれはアメリカの、しかも大企業の論理であり、「新自由主義」そのものである。

ILOはもとより、これまでのGATTやWTOの基本精神とも相容れない「強者の論理」である。

我々が目指すのは「法の下での平等」であり、「契約の下での平等」ではない。契約の前提には法の下での平等は含まれていない。「人身売買」も、「ヤミ金融」も契約は契約なのである。

だから契約には、法的見地から規制が加えられなければならない。その契約が公的性格が強いものであればあるほど、規制も強力でなければならない。そうでなければ社会が崩壊してしまう。

すなわち共同体の論理は私契約の論理に対して優越的地位を持つのである。そのことを前提にして、両者が共存共栄できるようにするのが国家の政策であり、実体的には憲法を頂点とする法体系なのである。

TPPはごく表面的なメリット・デメリットの議論でも有害無益なものだが、TPPを支える思想・原理の面から見ても人類社会の進むべき道を踏み外している。

日本の医療は自由開業医制を基盤として発展してきたといわれる。たしかに医療の効率はきわめて高い。しかし、戦後の医療の流れを決めたのは開業医制ではなく、国民皆保険制だ。


これは60年代後半の「医療社会化論」との論争を通じて確認されてきたんですが、もう昔のことでだいぶ忘れてしまいました。
一度おさらいをしてみる必要があります。


赤旗文化面で高橋哲哉教授のインタビューが載っている。
「犠牲のシステム」というのだが、どうもいまひとつピンとこない。

そこのところよりも、“生半可な政権交代くらいではびくともしない戦後日本の国家システムが、その露頭を現わしています”という指摘が印象的である。
その例として二つあげている。
ひとつが鳩山内閣の普天間問題での挫折、もうひとつが菅政権の「脱原発」宣言である。

時の政権の政策に拠らない、もっと深部の構造というのがあって、ある意味で国民の血肉と化し、構造化されているという指摘は鋭いと思う。

しかし私からすると、そのことによって逆に「システム」が露頭を現わしたことに意義があるのだろうと思う。「びくともしなかった」深部の岩盤が、どうも揺らぎ始めたようだ。だから「露頭」が現れたのであろう。

ただそれを「犠牲のシステム」と規定するのは、どうだろうか。
政治・経済の枠組みを越えたもっと深い構造物があるだろうということは分かる。むかし全共闘の諸君は「戦後民主主義の虚妄を解体せよ」と呼んでいた。

とにかく得体の知れないもので、目下のところ「群盲、象をなでる」の域を出ないが、「露頭」の底には何かありそうだという辺りではコンセンサスが成立する。
いまは、構造やシステムそのものを云々するよりは、その表現系であるさまざまな「神話」を分析的に追求するほうが生産的だろうと思う。
医学の研究では、まず症候群として存在を確定する。ついで臨床研究により診断基準を確定する。その後に病理学的検討を加えて疾患としてのエンタイティを確立するという手続きを踏むことになる。


私が考えるには、この「システム」が生み出した数多くの神話、たとえば「日本は輸出しないと食べていけません」神話、「日本はアメリカなしに生きていけません」神話、「会社あっての社会です」神話、「国際競争力」神話、「ソ連が攻めてくる」神話、「朝鮮人・中国人劣等民族」神話、「中流階級」神話、「トリクルダウン神話」、「原子力は未来のエネルギー」神話、「自民党不敗神話」などなど。
それらを、たんに否定し拒否するのではなく、その拠って来るところを探っていくのが最初の足がかりだろうと思う。

戦後60年の“成功体験”によって培われた“素直な”、しかしいびつな感情を日本人は共有している。それは半ばは支配階級によって吹き込まれたものだが、幾分は自然発生的な排外主義によって強化されている。そこをピンセットでより分け、剥離しながら「システム」に迫っていくことになるだろう。

ということで、現下の状況を「国家システムが“ぬっと”露頭を現わした」と表現するのは、良いことだろうと思います。私は経団連の米倉会長がしゃしゃり出てきたときに「野郎、とうとう出てきやがったな」と感じました。原発でJR東海や東レの社長が前面に出てきたり、どうも黒子がはしゃいでいるようにも見えますが、とにかくこういう人々との勝負が本当の勝負でしょう。

あとは、まだ尻尾を出さない財務、通産、国土省あたりのトップ・OB・テクノクラート集団ですかね。

この間の政治運動を見ていると、不思議なのは経団連に対する攻勢が非常に弱いということである。
ウォールストリート占拠運動は金融独占ののど元に切っ先を突きつけたからこそ、全米市民の共感を呼んだ。野田だとか民主党だとか言っても、彼らは経団連の子分にしか過ぎない。
経団連は企業の集合体と思ってはいけない。それは庶民を踏み台にしてますます肥え太ろうとする金持ちの代表である。企業の苦境をお題目に掲げているが、実はそれを国民に転嫁し、自分たちはたらふく食っているのだ。
もちろん経済同友会も日商も同じ穴のムジナである。ライオンズかロータリーか、着けているバッジの違いに過ぎない。
敵は民主党でもないし官僚でもない。彼らを意のままに動かす財界なのだ。だから政治を財界本位から国民本位に切り替えて行くのが今の最大の課題なのだ。この観点から反財界国民戦線を作り上げていくことが何よりも求められている。
①原発を廃止せよ。復興債に協力せよ。
②TPPを導入するな。アメリカ追随をやめろ。
③労働者の権利を守れ。派遣をやめろ。
④ちゃんと税金払え。円高差益を還元せよ。

経済改革は一朝一夕に出来るものではない。とくに構造改革を伴う経済改革は、強制によるのではなく、何らかの有効なインセンティブを提示しながら納得と合意の下に進めなければならない。
小泉改革がもたらしたものは、まさにその逆だったのではないか。「痛みをともなう改革」といったが、国際競争力論者は果たしてその痛みを感じたのだろうか?

国際競争力論者にはその痛み感覚が欠落しているようにみえる。むしろ彼らにとって小泉改革は「成功体験」であり、「快感」であったのではないだろうか。

だから、「もっともっと」とおねだりしているのではないだろうか。

国際競争力論者に聞きたい。小泉政権による「痛みをともなう改革」であなた方はどのような痛みを感じたのか。労働者を首切る「良心の痛み」か。それだけか?

痛みを分かち合うなら、法人税を増税すべきだ。財政再建が最大の課題だというならなおさらそうすべきだ。消費税増税分と法人税減税分がプラマイゼロというなら、財政再建論は嘘っぱちということになる。

法人税減税が景気浮揚のためというなら、景気を冷やす消費税増税は景気浮揚にとってマイナスだ。景気浮揚論も嘘っぱちということになる。

そもそも何をやりたいのかが見えてこない。

赤旗の「潮流」にこんな記事があった。

消費税反対の署名をした女性が眼に涙をいっぱいためて訴えてきました。
「民主党は一体なんなの!」「私たち、生きてちゃいけないの?」

国際競争力のためにといって、それを突きつめて行くと、人間にとって一番大事な価値観がひっくり返ってしまいますよ。


小泉改革でGDPは微増、この間に勤労者所得はかなり低下した。
このことはわが国企業の国際競争力を強化させたのか?

国際競争力の強化というのは、結局貧富の差の拡大ということなのか?

貧富の差の激しい国ほど国際競争力があるということになるのか?
それともGDPと勤労者所得の比率に、国際競争力を最大に高める適正比率というものがあるのか?

規制緩和というが規制は社会のルールだ。企業活動に対する規制のほとんどは、国民の生活と権利を保護するために作られたものだ。「公害」とか「悪徳商法」などさせない、「奴隷労働」は許さないという規制だ。したがって規制は正しいことであり、良いことであるはずだ。

少なくとも「規制が悪」という発想は「社会のルールが悪」という結論に行き着くのではないか?

規制は規制として受け止めた上で、個別に「この規制は時代遅れ」とか、「かえって害になる」とかなどと主張をすべきではないか。

正月のテレビに国際競争力論者がたくさん出てきたが、例外なく傲慢である。国際ビジネスの最前線にいることを以って、自分が一番物知りだと思っている。
むかし、「フランスでは」とか「アメリカでは」とやっていた「物知り」がよくいたものだが、今はそんなことでは通用しない。
国際的であることはますます重要になっているが、ビジネス分野だけでものを見ているようでは、ただの「国際」セールスマンだ。ビジネス動向を規定するもっと大きなトレンドはそこから見えるはずはない。

国際競争力というのは、他の国に勝つことを至上の課題とする、日本エゴイズムに過ぎない。そんなものが国際的な価値判断の基準になるわけがない。こんな理論はアメリカでもアジアでも通用するわけがない。

大事なことは共存共栄であり、世界の人々の幸せのはずだ。それが国際感覚を云々する上での出発点だ。

大事なのは国際経済の安定的発展であり、その中で共存・共栄のための手立てとして貿易も考えなくてはならない。日本企業の国際競争力をすべての価値観の尺度にするのは、限りなく「反国際的」なけちな考えだ。





政府と財界は消費税増税、社会保障・福祉水準の切り下げを声高に主張する。
理由は何か「国の財政が厳しいからだ」
厳しい理由は短期的には分かる。これだけの大震災があって、しかも原発はいまだどうなるものやら分からない。
原発止めればとりあえずは火力に頼るしかないから輸入を増やさざるを得ない。
おまけに欧州の債務危機は見通し不透明で、悪くなることはあっても良くなる可能性はない。となれば財布の紐を引き締めたくなるのは当然である。
問題はそれが増税と福祉改悪に結びつくのかが分からないのである。

一体改革というのは、そもそもは社会保障を守るために増税も必要だから、セットでやりましょうというのが趣旨のはずだ。ところが税金は上げるは社会保障は悪くするわで、浮かぶ瀬がない。しかも取り立てた金がそっくり法人税減税で消えるというのでは、財政再建にもならない。

ひっくり返して言うと、増税と福祉切捨てをやれば国の財政が良くなるという道筋が示されていないのである。
道楽息子が金をせびるようなもので、金をやってもばくちや道楽に蕩尽するばかりではもう愛想も尽き果てる。消費税を作った時だって、それを5%に上げた時だって、福祉に使うんだといっておきながら、福祉は悪くなる一方ではないか。

第一、税金上げたら景気が悪くなるに決まっている。景気が悪くなったら税収は減るに決まっている。差し引き増収になる見込みはあるのかい。

政府は、税金上げたぶんを法人税減税にまわしてそれで企業の投資を促すっていう計算のようだけど、企業は使わないよ。少なくとも大企業は溜め込むだけだよ。使うとしても海外にしか投資しないね。

内部留保というのは当分使うつもりはありませんというお金だ。それが何百兆円もあって、それでも使わないというんだから、減税する意味はまったくないいでしょう。

それにしても最近の経団連とか同友会とか、どうなっているんでしょう、あの態度の大きいこと。一国の首相を馬鹿とか無能とか罵倒してはばからない、自分を何様と思っているんでしょう。



前原氏はコメや小麦などの関税率が高いことを挙げた上で、「こんにゃくなんて(関税率は)1706%だ。主要な産地は群馬県で、群馬からたくさんの首相が出ていることに(関税率の高さが)現れている感じがする」と指摘した。(2011.2.16)

このときは現職の外相。閣僚発言としてはかなり下品だ。

それにしても1706%という数字、只者ではない。本当だろうか、どこから出た数字なのか、グーグルを当たってみた。

WTO農業交渉とこんにゃく産業

清水徹朗

調査と情報 2005. 11

①輸入価格の決まり方

関税率は品目ごとに定められているがこんにゃくの場合、40%の一次関税がかかり、さらに現地流通・販売価格の如何にかかわらずキロ当たり2796円の二次関税がかけられる。

だから原価が100円とするとこれに1.4をかけて140円、さらに2790円が乗せられるから2930円になる。この場合関税率は2930÷100×100で2930%になる。

生いもはこのくらいの価格だ。しかしたとえば中国からは「精粉」の形で入ってくるから原価はキロ600円くらい。そうすると1.4をかけて2796を足すと3600円くらい。これを600で割ると600%ということになる。

つまりこんにゃくの関税率はあくまで実勢であり、定率ではない。

正確には下の表を参考にしてほしい。

https://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/f/1/f1349ce2.jpg

そうするとこんにゃくがどういう形態で入ってくるのかが実際の関税率を決めることになる。これについては具体的な数字は示されていないが、過去5年間の平均輸入価格はキロ306円とされているので、生いもの形で入ってくるものは少なく、荒粉と精粉が半々の割合というところであろう。

これは914%の関税率に相当するとのことなので、1700%というのは少なくともこの10年に限っては妥当な数字とはいえない。

なおウィキペディアには下記のごとき記載があった。

2009年8月31日、こんにゃく芋に対してセーフガード(緊急輸入制限)が発動し、2次税率が1kgあたり2796円から3728円へ上げられた[12]

ウルグアイ・ラウンド合 意によってこんにゃく芋の関税化が始まった1995年当時は輸入品価格が安価であったために、それに対する2次税率の関税率は1706%に相当した。しか し、近年は輸入品価格も上昇し、2008年は1キロ当たり800円程で取引されているため、関税率は350%程度である

「こんにゃく原料市場」というサイトでは下記の記載がある。
 
コンニャク原料は、情報の非対称性が多い産業構造になっているが、「正直な話として」「ここだけの話として」と切り出される場合、 その逆の「フィクションとして」「スピーカーつきの話」と解釈したほうが良さそうである。

②棲み分けは進むだろう

こんにゃく製品の輸入量は3万トンあまり、額にして25億円となっている。こんにゃくいもの輸入量より大きい。

こんにゃく製品の輸入は既に自由化されており、関税率は20.3%である。輸入価格は70~80円であり、これは国産価格(卸売価格)の約5分の1で、関税を払っても国産価格の4分の1である。

ただし、輸入品は品質が劣るため、国産品が輸入品にシェアを大きく奪われるという現象は起きていない。

日本でのこんにゃく製造は機械化しているが、日本の機械を中国に持ち込んで日本に製品を輸出するメリットはそれほど大きくはないとされている。

③こんにゃく生産の将来

中国や韓国では、日本のように日常的にこんにゃくを食べる習慣がなく、中国では自生しているこんにゃくいもを農民が掘り出して工場に持参するという形態が主である。

つまり原価はタダといって良い。

日本の一部のこんにゃくメーカーは中国に進出して日本向けに製品輸出を行なうようになっている。

こんにゃくいもの生産コスト引き下げには限度があり、中国の低賃金による生産とは対等には競争できないため、関税率を大幅に引下れば生産は崩壊するだろう。

2008年6月時点のアメリカ合衆国の債券の発行残高と日本の保有率は次に記載するとおりである。

財務省の長期債券(米国債)発行残高は2兆2106億5900万ドルで、そのうち、日本の保有額は5681億5900万ドルでシェアは25.7%

これはウィキペディアの「対米従属」という項目からの引用。数字の出所は アメリカ合衆国財務省 のペーパーである。

78円をかけると172兆円だ。購入価格は200兆円を越していただろう。おそらくアメリカは返すとは思わないから、これだけふんだくられたことになる。

問題はそれだけの見返りがあるだろうかということ、TPPを考えるときも、そのことを念頭に置かなければならない。

この2日間、NHKは国営放送化している。
TPP推進派を総動員してキャンペーンを繰り広げている。
原発のときにあれほど叩かれながら、まだ懲りていない。
しかし、推進派の理論家に語らせれば、それだけTPPの無意味さが浮かび上がってくるから困ったものだ。
とにかくメリットが説明できない。農業だけではないのだが、少なくとも農業は壊滅するという事実を直視しようとしない。
たしかに生き延びる部門も多少あるとは思うが、そんなことを言っているのではない。いま働いている人の生首が切られて血が出るんじゃないですか?、という話なので、質問を逸らしてはいけない。
だから、それだけの犠牲を払ってでも参加するメリットを、数字で示してもらわなければ、首切られる人は納得しないんじゃないですか。
…などということを、これだけ聞かされているうちに誰でも考えるようになるだろう。
ことが医療の話になると、推進派の理論家は途端にうろたえる。質問する人の眼が意外に真剣だからだ。
ごまかした答弁は出来ないのだが、所詮は素人だからごまかすしかない。

ほんとうは「メリットなんかあるわけないじゃん、日米同盟のために我慢するしかないんだよ」と叫びたくなる気持ち、よく分かります。

やはり原発の影響が大きい。素人は専門家を信用しなくなっている。聞き手のアナウンサーが、口にこそ出さないが、「あなたどうしてこんなところに出てきたんですか」という雰囲気を漂わせると、もはや笑いをこらえることが出来なくなる。
「こいつら、あの東大教授たちと同じ穴の狢だな」ということで、学者としての評判は地に落ちる。


この間、テレビでは「最後の推進派の砦」として自動車工業会が発言する場面が目立つ。
しかしTPPが実施されて、たとえば北海道の農業が壊滅したとして、それが自動車の売り上げにどのくらいマイナス効果を与えるのか、計算した後がない。
交渉ごとだから、プラスもあればマイナスもある。関税が若干下がったとしてそれで果たしてかつてのような集中豪雨型の輸出が出来るのか? たぶん出来ないだろう。
もし出来たとしたらますますドルが溜まって、その結果円が上がるだけだ。
どう考えても、自動車会社にとって得な取引ではないはずだが…

こういうのを勝手読みという。儲かる夢だけ見て、損する夢を見ようとしない。経営者にとって最悪の手法である。

TPPは経済政策というより政治的選択だった」と、1年前に日刊ベリタ編集長のさんが指摘している。

これによると、

ASEANとの連携では中国がすでに主導権を握り、鳩山由紀夫前政権は東アジア共同体を政権の目玉として打ち出して、こともあろうにこの地域の経済連携から米国を締め出すそぶりさえみせた。
落ち目の米国にとって、TPPはこの地域で米国が中国に対抗して主導権を取れる唯一の経済連携グループとなった。

TPPは菅政権にとって日米同盟を立て直す切り札だったのだ。

ということになっている。つまり、TPPで日本はアメリカに恩を売るつもりだったということだ。若干うがちすぎの嫌いもあるが、1年前にこれだけのことを見通したのだから、先駆的であることは間違いない。

と書いたが、その後いろいろ調べてみると、どうもメディアは最初は日米同盟を前面に出した論調を展開していたらしい。
それが途中から変わって、自由貿易だとか、韓国に負けるなとか言い出したようだ。どうも不勉強でよく分からないが、その辺の経過はよもぎねこ♪さんのブログに詳しい。

【北京=高橋哲史】中国の兪建華商務次官補は7日に記者会見し、環太平洋経済連携協定(TPP)への中国の参加について「現時点でいかなる国、組織からも誘いを受けていない」と述べ、立場を表明する段階にはないとの考えを示した。

 兪次官補は「TPPは非参加国にも開放的であるべきで、排他的な貿易協定になってはならない」と述べ、TPPの経済ブロック化に警戒感も示した。

11月7日 日本経済新聞

米倉発言と合わせると、これはかなり重大なニュースだ。
アジア・太平洋地域の開かれた関係を構築することをうたい文句にしながら、実は最大の国の一つである中国を最初から排除していたことになる。
ここはぜひ事実関係を明らかにしてもらいたい。

米倉会長がまたヒットを飛ばした。
TPP途中退席などもってのほか、と一喝し、「ヒヤカシ参加」論を蹴飛ばした米倉会長、今度は第一回国家戦略会議で次のように発言した。

(TPPは)、外交・安保の基準である日米同盟の深化、アジア太平洋地域における安定的秩序作りといったことから不可欠な政策課題であると思います。

賛成派の全員が、心で思っていても、とても口に出せなかった言葉を、ズバッといってくれました。

つまりTPPは、日米同盟が仮想敵国とする中国への警戒感を最大の前提とする、かなりきな臭い同盟作りの一環だということです。

そういえば中国の通商担当者が、TPPに対する態度を聞かれて、私たちは参加を要請されていないと答えていたような気がします。少し調べてみます。

佐々木議員の代表質問で、面白い話があった。

昨年11月、経団連の副会長が「減税分は、国内における投資の拡大、雇用の創出につなげていく。5年後に84兆円、10年後には104兆円に国内投資を拡大する」と述べたそうだ。
これに感激した菅首相は「すばらしい提案をいただいた」と大喜びし、法人税率引き下げを決意したといわれています。

しかし実際には、大企業で増えた利益のほとんどが内部留保、配当、役員給与に分配され、労働者の給与総額は引き下げられた。

経団連の副会長は嘘をついて減税を「勝ち取った」ことになるのだろうか?


いまからでも遅くはない。減税分をそっくりそのまま復興税として取り立てよう。「痛みを分かち合おう」というが、それでも大企業は痛みを分け合ったことにはならない。
証券優遇税制は期限切れになっている。この延長をやめれば、年間1.7兆円がでてくる。
消費税1%で年間2兆円といわれるが、結局それは金持ち優遇のために使われることになる。

TPP、やっと憶えたら、どうやらぽしゃるような雰囲気。
日本もまんざら「あほ」ではないと証明できてうれしい。
NHKニュースが悔しそうに自動車工業会のコメントを放映している。民主党の前何とか大臣、亀井静香、その他褒めてやっても良い人がたくさんいる。
原発とあわせて、財界・マスコミ連合軍相手に二連勝だ。まだ祝杯には早いが。
民主党の地すべり的大勝利も、小泉・自公路線礼賛論との戦いという意味では勝利といえるので、三連勝といえるかもしれない。
その中でも今回の勝利は大きい。アメリカとの闘いにおける勝利ともいえるからだ。皮肉なことだが、アジアへの窓口を広げるといううたい文句のTPPを阻止することで、逆に日米同盟主軸から「アジア同盟」への門戸が開かれるということになりそうだ。TPPを蹴っ飛ばした足がどこへ向かうかが、必然的に問われるからだ。
自動車工業会がTPPを最後まで主張したことで、誰が日米同盟を主導しているのかも明らかになった。「6重苦」を唱えるトヨタと自動車工業会である。

日米構造協議を勉強して財界がどこまでひどいかが分かった。彼らは半導体協議で日本の半導体の未来を売ったのである。
半導体ばかりではない。日本では飛行機も作れない。ロケットも作れない。ペースメーカーも作れない。原発で分かったのは原子炉も作れないということだ(こんなものは作れなくてもよいのだが…)。
元々は作れないのではなく、作らないことに決めたのだ。なぜか、アメリカに自動車を売る見返りだからだ。自動車産業は自分のために子供を売り、今度は親を売ろうとしている。
国際競争力というが、こうやって裾野を切り落としていくことは、結局国力を削ぎ落としていくことになるのではないか。
そうまでしてしか国際競争力を保てない産業は、すでに国際競争力を失っているともいえる。であるとすれば、そういう産業分野に何時までも未練を持つことはお互いのためにならないと思う。
これから始まる一体改革との戦いも、根本的にはそこが問われる戦いとなるだろう。問題は増税ではなく、法人税減税と金持ち優遇税制である。企業と富裕層から払うべきものはきちっと払ってもらう。その上で金が足りないなら、国民は甘受するしかない。
これがガバナンスというものである。

米倉会長も、時には正しいことを言う。
24日の記者会見で、「交渉中の離脱は絶対にありえない」と断言した。

米高官自身がこう語っている。

読売新聞 10月29日(土) 配信

 【リマ=浜砂雅一】ペルーの首都リマで開かれていた米豪など9か国による環太平洋経済連携協定(TPP)の第9回交渉会合が28日、終了した。

 米国のバーバラ・ワイゼル首席交渉官は終了後、一部記者団に対し「参加の決断は前もってなされるべきだ。真剣な意志を持たない国には来てもらいたくない 」と述べた。

 これは交渉参加を検討中の日本政府・与党内にある、国益に合わなければ交渉途中で撤退すればいいとの「離脱論」をけん制し、政府の意思統一を図った上で参加を表明するよう促した発言だ。

冷やかしはお断り、ということだ。


日米構造協議もそうですが、連中の文章は難しい。何を言っているのか分からないところがある。分からないように書いてあるから当然なのですが。

それをどう読むかということになると、さらに難しい。本当にそんなこと書いてあるんですかねぇ、ということにもなる。

そんななかで、「これはまじりっけなしの毒素だ!」というのを紹介する。

第11章 “相手国政府の協定違反等により、投資家に損失が発生した場合、相手国裁判所に提訴するか、または国際仲裁機関への仲裁請求ができる”

つまり韓国政府が商売のルールを破ったと米企業が判断すれば、国際裁判に持ち込むということだ。それ以外には読めない。これをISD条項と呼ぶそうだ。

これが実際に問題になったケースがすでにある。11年6月、たばこパッケージに厳格な規制を設ける豪州政府に対し、米フィリップモリス社が投資協定に反するとして、多額の損害賠償を請求したのである。


愛煙家の私としては、こういう弱いものに難癖をつけるようなやり方は許せない。いまはじっと耐えて、それも旨みのひとつの要素と考えていくしかないのだ。

自分の儲けのために世界の愛煙家を危険にさらすような会社はつぶれるべきだろう。


さらに中野剛志さんは次のような実例を上げている

カナダでは、ある神経性物質の燃料への使用を禁止していた。同様の規制は、ヨーロッパや米国のほとんどの州にある。ところが、米国のある燃料企業 が、この規制で不利益を被ったとして、ISD条項に基づいてカナダ政府を訴えた。そして審査の結果、カナダ政府は敗訴し、巨額の賠償金を支払った上、この 規制を撤廃せざるを得なくなった。

 また、ある米国の廃棄物処理業者が、カナダで処理をした廃棄物(PCB)を米国国内に輸送してリサイクルする計画を立てたところ、カナダ政府は環 境上の理由から米国への廃棄物の輸出を一定期間禁止した。これに対し、米国の廃棄物処理業者はISD条項に従ってカナダ政府を提訴し、カナダ政府は823 万ドルの賠償を支払わなければならなくなった。

 メキシコでは、地方自治体がある米国企業による有害物質の埋め立て計画の危険性を考慮して、その許可を取り消した。すると、この米国企業はメキシコ政府を訴え、1670万ドルの賠償金を獲得することに成功したのである。



2001年

6月30日 小泉・ブッシュ会談。規制緩和対話に関する第4回共同現状報告発表。両政府は、規制緩和対話の終了と、あらたな「成長のための日米経済パートナーシップ」立ち上げに合意する。

このあと「日米規制改革及び競争政策イニシアティブ」のプロセスが開始される。

10月 日米自動車協議グループ(ACG)設置が決まる。

10.14 年次改革要望書、「日本の医療制度を改善するために市場競争原理を導入し、民間の役割の拡大等を含む構造改革を推進する」ことを要求。

01年 『規制改革推進3か年計画』の一環として商法が「改正」される。株式分割の規制は撤廃される。ライブドアは、一株を百株に分けるなど極端な分割を繰り返し大もうけした。

2002年

5月 「投資イニシアティブ」報告書が発行される。

6月 小泉・ブッシュ会談。規制改革イニシアティブ第1回報告書が発表される。

10月 年次改革要望書、①NTTへの規制廃止、②電力・ガス自由化、③医療改革に外国企業の意見表明、④確定拠出年金(401K)拡大、⑤郵政公社による金融商品の拡大禁止、⑥M&A促進のための産業再生法改正などを要求。

02年 第2次金融ビッグバンが実施される。銀行業・保険業・証券の相互乗り入れなどの規制緩和が行われる。

02年 健康保険本人負担が3割となる。

2003年

4月 「規制改革特区構想」が開始される。

5月 小泉・ブッシュ会談。規制改革イニシアティブ第2回報告書が発表される。

6月 産業再生法改正。株式交換によるM&Aを認可。

10月 年次改革要望書、「郵便金融機関と民間競合会社間の公正な競争確保」を名目に、郵政事業と民間への「同一ルール適用」=民営化を提言。

11月 新日米租税条約が締結される。

03年 郵政事業庁が廃止され、日本郵政公社が成立する。

2004年

2月 日米社会保障協定が締結される。

4月 「規制改革・民間開放推進会議」が設置される。

6月 小泉・ブッシュ会談。規制改革イニシアティブの第3回報告書が発表される。

8月 日米保険協定に基づく二国間協議。米国側は「簡保と民間事業者の間に存在する不平等な競争条件」が解消されるまで「簡保が新商品提示を停止するよう」日本政府に要求する。

9月 日本政府が郵政民営化の基本方針を発表。

10月 年次改革要望書、「民営化が日本経済に最大限に経済的利益をもたらすためには、意欲的かつ市場原理に基づいて行われるべきである」と郵政民営化を督促する。
医療については、「薬価はメーカーの希望価格で」「米国業界にとって不利益な変更はされないこと」など医療費のつり上げを求める。

04年 法科大学院が設置される。司法試験制度が変更される。労働者派遣法が改正され、製造業への派遣が解禁される。

2005年

3月 USTR通商交渉・政策年次報告書。郵政民営化の基本方針は日米交渉を通じて米国が勧告したものと報告。

3月 米国生命保険協会、国際条約や二国間条約の下での、簡保の「是正措置」を要求。

4月  ペイオフ解禁。

9.28 アメリカ通商代表部のカトラー代表補、下院・歳入委員会「日米経済・貿易に関する公聴会」で証言。「日本の同盟者は日本の企業集団だ。われわれ の立場を支持している日本の生命保険会社だ。…そして、率直に言うなら、日本政府の中に共鳴する人がたくさんいる」と述べる。

11月 小泉・ブッシュ会談。規制改革イニシアティブの第4回報告書が発表される。

12月 年次改革要望書、大店法廃止を「歓迎」した上で「まちづくり三法」見直しにたいし「新たな規制もしくは他の措置をもたらす結果にならないこと」をもとめる。保険業法改定を「第一段階」 の措置として歓迎し、さらに「新制度の徹底的で厳密な見直し」を要求。

05年 日本道路公団が解散し分割民営化。新会社法が成立する。

図: この十年間、アメリカの要求がことごとく日本の法改正で実現している(大門議員)https://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/6/c/6c1f3cf0.jpg


2006年

6月 2006年度日米投資イニシアティブ報告書。労働者派遣法の緩和などを要求。
 
「米国政府は、管理、経営業務に就く従業員に関し、ホワイトカラーエグゼンプション制度を導入することを要請した」
「米国政府は、労働者派遣法を(略)緩和すべきであると指摘した」

10月 年次改革要望書、共済制度見直しの際には、協同組合や労組などすべての共済に保険業法を適用し保険会社と同列に規制するよう迫る。

2007年 

2月、日米相互承認協定が締結される。携帯・パソコンなどについてアメリカの適合性評価を受け入れるもの。

4月 安倍・ブッシュ会談。「エネルギー安全保障、クリーン開発及び気候変動に関する日米共同声明」が発表される。

5月 新会社法が実施され、外国資本にも株式交換による企業のM&A(合併・買収)が認められる。

6月 安倍・ブッシュ会談で規制改革イニシアティブ第6回報告書が発表される。

10月 「要望書」は、引き続き規制改革路線の実行を迫る。具体的には、(1)医療機器や医薬品の市場開放、(2)銀行窓口での保険商品販売の全面解禁、(3)ゆうちょ銀行やかんぽ生命保険と民間企業との課税や監督基準を同一にする、など。

2009年

11月 鳩山・オバマ会談。日米クリーンエネルギー技術協力に関するファクトシートを発表。

2010年

3月31日 米政府、「外国貿易障壁報告書」で、日本の医療サービス市場を外国の企業に開放することを要請。

6月18日 政府、健康大国戦略を打ち出し、「医療滞在ビザ」の設置、外国人医師・看護師による診療の合法化、外国人患者受入れを検討。

2011年

2月 「日米経済調和対話」事務レベル会合開催。米国政府は、残留農薬や食品添加物などの規制緩和を要求する。

3月 米政府、外国貿易障壁報告書で、輸入食品・農産物の検査、遺伝子組み換えなどの食品表示などの規制緩和を要求。

10月 米国通商代表部、牛肉やコメ、郵政、共済、医療、血液製剤など約50項目の物品やサービスについて「規制緩和」と市場開放を要求。医療については、外国事業者を含む「営利病院」の参入が「制限されている」と攻撃。

1989年 日米構造協議の始まり

4月 アメリカ政府、日本がMOSS協議の電気通信協定を順守していないと断定。第1次携帯・自動車電話紛争が勃発する。

7月14日 サミットにおいて、宇野首相とブッシュ大統領が日米間で構造協議を行うことで合意する。

9月04日 日米構造協議が開始される。米政府はGNPの10%を公共事業に配分することを要求する。米議会は構造障壁自体をスーパー301条の対象にするよう主張。

1990年

1月31日 ベルンで構造協議の非公式会議。アメリカ政府は閉鎖的な市場の開放を求める。アメリカの日本に対する要求は200項目を超える(ウィキペディアによる)

3月 日米首脳会談、父ブッシュ大統領が海部首相を電話一本でよびつけたため、“ブッシュホン”と皮肉られる。

3月 海部首相は、構造協議と個別貿易問題の解決を内閣の最重要課題に位置づけ、トップ・ダウン方式で作業を進めた。

4月06日 今後10年間の公共投資計画、大店法の改正、独禁法改正問題などを含む中間報告がまとまる。アメリカはこれに満足せず、さらなる屈服を迫る。

6月28日 日米構造協議の最終報告がまとまる。今後の10年間の公共投資は430兆円とされる。米国はこれを受けスーパー301条を発動しないことを明らかにする。

1991年

6月 日米半導体協議が第二次取り決めに締結。アメリカは日本国内シェア20%を要求する。

世界半導体メーカーの売上高で、日本電気、東芝、日立製作所が3位までを独占、富士通と三菱電機が6位と9位に。で日本の総合電機メーカー5社が世界の80%を支配していた。
いまではMPUはインテルの独断場、マイクロソフトのOSとIT革命を担うことになる。日本は東芝が6位、日立と三菱の半導体事業が統合したルネサステクノロジーが7位という具合に凋落。MPUなど特許でガンジガラメで今となっては新規参入は困難。(
海の独り言2011

1992年

1993年 年次改革要望書の始まり

7月 宮沢・クリントン会談、経済協力の強化につき合意。日米構造協議は日米包括経済協議U. S. - Japan Framework Talks on bilateral trade〕と改められ、より一層の規制緩和や市場開放がせまられる。
(1)毎年10月に、アメリカが文書で注文をつける、(2)その注文書にそって、日本政府が実行に移してゆく、(3)その実行状況をアメリカ政府が総括し、(4)翌年3月、それを「外国貿易障壁報告書」にまとめてアメリカ議会に報告する―というもの。

93年 日本への改革要求である「年次改革要望書」がスタート。

正式には「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書」(The U.S.-Japan Regulatory Reform and Competition Policy Initiative)
米国側からの要望が施策として実現した例としては、
建築基準法の改正や法科大学院の設置の実現、独占禁止法の強化と運用の厳密化、労働者派遣法改正、郵政民営化といったものが挙げられる。
要望書の性格は、アメリカの国益の追求という点で一貫しており、その中には日本の国益に反するものも多く含まれている。(ウィキペディアより)

1994年

2月15日 クリントン政権、携帯電話と自動車市場の開放に関して、日本側が協定違反と認定。自国制度のゴリ押しスタイルが定着する。

4月 GATT、ウルグアイ・ラウンド妥結。ウルグアイラウンド。日本はコメの部分開放を受け入れる。

10月07日 米政府、公共投資の目標の上積みが必要と迫る。村山内閣は「公共投資基本計画」を策定し、社会資本整備費としてさらに200兆円を積み増しする。

94年 この年に知的所有権、保険分野、政府調達、板ガラスなど次々にアメリカの要求を受け入れる。

1995年

1月 WTOが設立される。

95年 「金融サービスに関する日米両国政府による諸処置」が実施される。

1996年

2月 日米首脳会談。住宅や建材などの輸入促進のための「規制緩和」で合意。日本政府は建築基準改定を打ち出す。

10月 橋本首相は金融改革を01年までに行うように指示。

1997年

4月25日 橋本・クリントン会談、「規制緩和及び競争政策に関する日米間の強化されたイニシアチブ」で合意。米企業の日本進出の妨げとなる諸規制の撤廃を迫られる。

6月 橋本内閣、「日米規制緩和対話」の枠組みで合意。日本政府は、実施状況を定期報告するようもとめられる。

11月 年次改革要望書。「建築基準を仕様重視型から性能重視型にする」ための建築基準法の改正を要求。

97年 独占禁止法が改正される。持株会社も解禁される。

1998年

金融庁設立。金融ビックバン開始。

4月 外為法の改正。一般個人向けの外貨預金取扱が解禁。銀行等の投資信託の窓口販売も導入される。

6月 建築基準法の改正。仕様規定から性能規定に変わり、建築確認が民間企業でも可能となる。業界誌『日経アーキテクチュア』は「鉄筋量を減らすことが可能」になったと報道。

11月 証券取引法の改正によりインターネット証券会社の新規参入が認められた。

12月 銀行法・保険業法などが一部改正。銀行・保険会社による投資信託の販売が解禁される。

98年 大規模小売店舗法が廃止され、大規模小売店舗立地法が成立する。建築基準法が改正される。

1999年

5月 橋本・クリントン会談。日米規制緩和対話に関する共同現状報告が発表される。以降、3回に渡り「共同現状報告」が発表される。

7月 NTT再編に伴い、NTT調達取決めが失効。

99年 独占禁止法が改正され、金融持株会社の設置が解禁される。第1号としてみずほフィナンシャルグループ設立。

99年 労働者派遣法が改正され、人材派遣が自由化される。

2000年

7月 森・クリントン会談。規制緩和対話に関する第3回目の共同現状報告が発表される。

10月 年次改革要望書、現行商法が「外国企業が日本市場に参入するさいに大きな影響を及ぼす」と指摘。「投資や金融取引の障害」を排除することを要求。各論では、「株式分割時の一株当たりの基準価格に関する規制の廃止」を「必ず取り上げる」よう強く求める。

00年 大店法廃止、大店立地法制定。

日米構造協議年表

英語ではSII(Structural Impediments Initiative)と呼ばれる。普通に訳せば「構造障壁に関する攻勢」となる。

1985年 MOSS協議の始まり

1月 中曽根・レーガン会談。市場開放を迫られた日本は、市場重視型分野別協議(MOSS協議)を受け入れると発表。

4月 MOSS協議が開始される。日本政府はこれに応じ、市場開放の「アクション・プログラム」を発表する。

9月 「プラザ合意」が成立。ドル安と協調介入で合意。日本は円高誘導を是認。1ドル=240円から120円に上昇。日本は最大の債権国となる。

85年 米国「新通商政策」を策定。エレクトロニクス、電気通信、医薬品・医療機器、林産物、輸送機器の各分野で不利益が発生すれば、通商法301条を積極的に発動する方向を打ち出す。米半導体工業界は、ただちに日本市場の閉鎖性などを理由に301条提訴する。

1986年

4月 前川レポート発表。正式には「国際協調のための経済構造調整研究会」の報告書。黒字減らしのため内需拡大、市場開放、金融自由化などを柱とする経済構造の改革を行うとするもの。バブルの始まりとなる。

7月 MOSS協議が続く。日米半導体協議で取り決め締結(第1次)。他に電気通信、医薬品・医療機器、林産物の分野で交渉が決着する。

やたらに高い人工関節、ペースメーカー等、何故と問えばアメリカと日本の大臣との話で決まったことで何故もへったくれもない。それがMOSS協議といわれてきた。(兵庫県医師連盟

9月02日 第一次半導体協定が締結される。自主規制と米側によるダンピング調査の中止を柱とする。

11月 対米工作機械輸出自主規制

86年 米国が債務国に転落

86年 GATT、ウルグアイ・ラウンド交渉が開始される。聖域とされた農業、知的所有権、サービスなどの「新分野」が取り上げられるようになる。

1987年

4月 レーガン大統領、①第三国向けダンピング、②日本市場でアメリカ製品が売れないことを理由に、パソコン、電動工具、カラーテレビの関税を100%に引き上げる措置を発動。第一次半導体取り決めが破綻。

10月19日 ブラックマンデー。ニューヨークの株価は史上最大の508ドルという下げ幅を記録。下落率22.6%は、世界恐慌の引き金となった1929年暗黒の木曜日を上回る。

1988年

88年 アメリカで包括通商・競争力強化法が成立。

これまでの通商法の制裁条項である第301条を強化した法律で、被疑国が協議に応じないときは関税引き上げで報復するという内容。日本を仮想敵国とするもの。

5月 建設市場の開放で合意。

6月20日 牛肉・オレンジ交渉、輸入割当撤廃(関税化)で最終決着。ザ・タイマーズ「牛肉・オレンジ」はこちら

88年 アメリカ政府、「外国貿易障壁リスト」を発表する。日本の政府規制、系列取引や建設業界の入札制度、貯蓄投資パターン、土地利用、流通機構、価格メカニズムなどを構造障壁ととらえ撤廃を求める。

薄々とは知ってたが、改めて事実として突きつけられると愕然とする。

世界半導体メーカーの売上高で、日本電気、東芝、日立製作所が3位までを独占、富士通と三菱電機が6位と9位に。で日本の総合電機メーカー5社が世界の80%を支配していた。
いまではMPUはインテルの独断場、マイクロソフトのOSとIT革命を担うことになる。日本は東芝が6位、日立と三菱の半導体事業が統合したルネサステクノロジーが7位という具合に凋落。MPUなど特許でガンジガラメで今となっては新規参入は困難。(
海の独り言2011

裏返すと、アメリカの反日感情はそこまで強かったのだろう。それというのも日本がオイルショック後の不況を“集中豪雨”を呼ばれる対米輸出で乗り切ったからだ。

基本的に悪いのは日本だと思う。しかしそこに踏み込んだ論文はほとんどない。前川レポートは、言っていること自体は悪くないが、逆鱗に触れてから一生懸命謝るのでは順番が逆だ。しかも動機が不純だ。本当に謝っているようには見えない。

だからわが国の将来にとって戦艦大和と武蔵にも匹敵するはずだった「半導体」が、むざむざやられてしまったのだ。そういう認識を持ってほしい。もうそろばんだけで突き進むのも、相手にやられたら今度はひたすら隠忍自重するというののもやめてほしい。

日本医師会のホームページでこんな記事があった。

2010.7.20~9.21

内閣官房 地域活性化統合事務局が「総合特区制度」に関する提案を募集した。

たとえば、経団連からは次のような提案があった、という。

・診療データの二次利用の緩和
・株式会社の診療領域の拡大
・混合診療の解禁
・外国人医師・研究者・看護師の入国、滞在、就労に関する規制の緩和
・外国人患者・家族の入国・滞在に関する規制の緩和

これはすべてアメリカの対日要求のなぞりである。

「売国奴」という言葉があるが、親兄弟を売り飛ばしてでも、アメリカに媚を売り自分だけは生き延びようとする卑劣漢にはふさわしい言葉かもしれない。そぞろ哀れを催す。

国際競争力の強化は、一般的には必要なことである。国際貿易の網の目の中で、どこかに比較優位の分野がなくては、輸出と輸入のバランスが取れない。
とくに日本のように資源のない国では工業製品や技術の分野で切磋琢磨が必要だ。ここまではまったく経団連と変わるところはない。
しかし黒字大国化は必ずしも国際競争力強化とはつながらない。貿易は、すくなくとも基軸通貨換算では釣り合いが取れなければ、持続は不可能である。片方に黒字大国があって、片方に赤字大国があれば、いつかはゲームは終わる。終わらないのは基軸通貨であるドルが発行をやめないからである。

しかしそれは、貿易不均衡のひとつの側面である。黒字大国側にたまってくる巨額の内部留保は行く先をもとめて、激しく動き回り始める。以前はこの動きを統制し、生産に振り向けるさまざまな機構があった。またそれを消費と文化向上に振り向ける再配分システムが機能していた。

しかし、新自由主義の下で金融規制が緩和されるようになると、これらのマネーは生産にも消費にも向かわず、自己増殖を始めるようになった。

信用の創出により1ドル紙幣が10ドルに膨れ上がり、実体経済とかけ離れていくが、やがてこのバブルが消滅すると、逆テコが働き、あっというまに10分の1に収縮する。そして通貨は流動性を失うのである。

もちろん、現下の不況をもたらした直接の犯人は、金融規制緩和と過剰ドルの狂乱である。しかしその根底に、長期にわたる貿易不均衡があることは間違いない。

かつて戦後、ガット体制に復帰した日本は貿易の拡大をもとめて必死に活動した。武力を持たない日本はひたすら交渉によって世界の諸国の理解をもとめ、自由貿易の諸原則を忠実に守ることによって、諸国の信頼を回復するほかなかったのである。

その諸原則の中に黒字大国化はなかったはずだ。貿易で得た利益を国民に還元して、みんなで豊かな国になるようにがんばろうという気持ちで一緒になっていたはずではなかったか。

そして、平等互恵の貿易によって世界の国々が等しく豊かになり、そのことで戦争のない平和な世界を作ろうと決意していたのではないか。憲法前文のとおり、それこそが日本の「名誉ある地位」だ。

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