Dr. Woodbe の法学基礎用語集

というページで、「人権」についてひとつの考え方を説明している。少し抜書きしておこう。

人権は万能か?

人権に限界はあるのか、あるとすれば、どこまで認められるか。

自然権という虚構

「人間が生まれながらにして自然にもつ権利」として人権を考えることは困難である。人権は「自然に」は実現しない。

人権の根源を自然にもとめるのは、むしろ危険な側面を持つ。

幸福のためのルール

人権は、人々の幸福の増大に役立つ一定のルールと見ることもできる。「社会を破滅させず存続させるために、人権というルールが必要だ」という考えである。

そこからは二つの考えが派生する。

幸福追求を人権に優越させる考えと、人権をすべての規範として多少非効率であろうとも遵守する考えである。

人権の範囲を浅く広く考える

幸福追求を優越させるなら、幸福の増大を邪魔するような「絶対的な人権」というものは認められない。

その際は、どのような権利が認められるべきかを、具体的な状況に応じて判断しなければならない。

人権の範囲を深く狭く考える

いっぽう、「絶対的な人権」の考えは、人権を、法律によって変更できないルールとしてとらえる。

同時に、必然的に生じてくる非効率を抑える為にいわゆる「権利のインフレ」を回避しようとする。そのために人権を深く狭く設定し、「切り札としての権利」(ロナルド・ドゥウォーキン)に局限する。

たとえば思想・信条の自由などにおいては、その行使によって社会の幸福が悪化するとしても、最終的にはその存在自体が人々の幸福の増大をもたらすと想定される。

幸福追求というのは、いわゆる「公共の福祉」というやつだろう。

この人の人権論はかなり操作主義的な色彩が強いといえるだろう。普通は法律や社会慣習がルールであり、人権はその網の目の中で生活する個々人の有り様を示す概念と考えられている。

したがって、人権そのものをルールだという場合は、その根拠をもう少し明示すべきだろう。(いわば逆転の発想であり面白い見解ではあるが…)