組織という観点から見て、最大の教訓はトップが代案を出せないなら、現場が判断しろということである。そして現場が決断できないのなら大衆が自ら決断せよということである。

当面の目標は、現場から一刻も早く脱出することであった。だから運転指令は列車を再発進せよとの指示を出した。しかし列車は動かなかった。それではどうするか、ここで運転指令は思考停止に陥った。

そもそも列車を動かすということは、乗客をいち早く避難させるということである。その目標にそって考えるなら、列車が動かないなら、一刻も早く乗客を避難させる別の手段を考えなくてはならない。

問題は「火炎が上がっているかどうか」ではなく、状況がクリティカルか否かだ。そして列車がトンネル内で停止し、走行が不可能となり、煙の勢いが増しているという状況はそれだけで十分にクリティカルである。状況の判断にはそれ以上なんの情報も必要ない。必要なのはその先の支援情報である。

ところが、運輸指令は「煙の原因を特定し、それを運転指令に伝えよ、しかるのちにこちらで判断し指示を与える」という思考回路にはまってしまった。「情報を集める」ことが自己目的化し、目標が間違った方向にシフトしてしまったのである。

運輸指令の指示はつまるところ「待機せよ、現場を死守せよ」、ということになる。あえて厳しい言葉を使えば「玉砕」命令だ。

これを受けた運転士と車掌の行動は、持ち場を離れるという点においては類似しているが、目的は正反対だ。運転士は運輸指令の意を受け、出火場所の確認に行っている。指令した側もそれを受けた側も、事態の深刻さに比べ深刻感は薄いと言わざるをえない。だから結果的にそれは全く無意味な行動となった。
それに対し車掌は下車・避難の方向で行動している。これはあきらかに運輸指令の指示を無視した判断であり行動である。
偵察隊は出口まで到達し、「行ける」との判断を持ち帰った。下車しトンネル内を歩き始めた乗客は途中で偵察隊と出会ったはずだ。彼らにとって、出口から戻ってきた偵察隊との出会いはいかに心強かったことか(ただしこの対面シーンは記録には残されていない)
かたや60歳のベテラン車掌、かたや運転歴10ヶ月の新米運転士という差はあるが、それ以上に現場との距離が認識の差を生んでいたものと思う。

東北大震災の津波の時に、「てんでんばらばら」の教訓が大きく取り上げられた。最大のポイントは、「生きる」という目標を絶対にゆるがせにするなということだ。そのために最高のオプションが「てんでんばらばら」であるなら、躊躇なく採用せよということだ。
もう一つは、代案がないのなら現場の判断を尊重せよ、組織は支援(情報提供)に徹しろということだ。運輸指令は、結果的には、代案を打ち出せず、現場の判断を無視し、脱出にあたって有効な支援は何一つしなかったといえる。
ただ、そこまで言い切るほどこちらに情報はない。おそらく運輸指令も必死の思いで頑張ったのだろうが、そこのところを伝える情報は少ない。

ただ、その上級となると話は別である。一條昌幸鉄道事業本部長の記者会見をもう一度思い出してほしい。
車両から煙が出ることはあるが、すなわち火災ということではない。したがって煙が火災であることを確認しなければならない。しかし火災であることの確認手順が手間取った。もう少し早い判断ができれば、短時間で避難ができたと思う。…車掌も乗務員も最後まで火災という認識はなく、判断が狂ってきていた。
ここまでの論証の上に立ってこの発言を見ると、この人物がA級戦犯である可能性が高い。かたやマニュアルをタテに、他方では乗務員を悪者にすることで、乗客を見殺しにしようとしたことの逃げを図っている。これではJR北海道の不祥事は止まりそうにない。
このような記事があった。
札建工業(株)(札幌)は2012年5月31日開催の定時株主総会及び取締役会において、北海道旅客鉄道(株)の前専務取締役・一條昌幸氏の代表取締役社長就任を決めた。小林徳宏社長は相談役に就いた。
それでも「引責人事」なのだそうだ。一将成りて万骨枯る、大日本帝国バンザイだ。

補遺
今回はこれまであまり取り上げられなかった乗務員の行動を中心に書いているので、乗客の判断と行動についてはあまり触れていない。
乗客の判断は正しかった。唯一正確な状況判断をしたのが乗客であった。
インタビューの記録を読むと、乗客の中に相当数の役職者・エリートがいたことが分かる。この列車は「ビジネス特急」だった。子どもや年寄りは少なく、青壮年男性の比率が高かった。
組織を知り、組織を統率し、組織的判断の出来る人がいる集団は、たとえ即製集団であろうと、ものすごい力を発揮しうる。そのことがきわめて象徴的な形で示されたと思う。
彼らは恐怖、煙、混雑、暗黒、密閉空間が半ば人為的に創りだされ、情報が皆無となるなかで、自らの持つ想像力に頼りながら、もっとも適切な判断を行った。情報にあふれる運輸指令が「もっと情報を」と指示しながら、前頭葉の思考回路を遮断し判断停止に陥ったのとは対照的だ。