日経(2月13日)の書評面。
大変面白いのだが、受け売りの受け売りである。「半歩遅れの読書術」という連載コラム。
直接の受け売り人はテレビでおなじみの磯田道史さん、原著は高島正憲「経済成長の日本史」である。
「経済成長」と銘を打ってはいるが、実質は米生産の成長史だ。工業、商業は難しいので「あとはそこから類推を」ということになる。
以下、結論だけメモしておく。

米生産量(玄米換算)
奈良時代(730年ころ)は総生産量600万石前後、一人あたり生産量は1.4石前後。
平安時代(1000年ころ)      、一人あたり生産量は2.2石前後。成長率は43%。
鎌倉末期(1300年ころ) 800万石前後、一人あたり生産量は2.0石前後。成長率は-9%
江戸前期(1600年前後)      、一人あたり生産量は2.5石前後。成長率は25% 
江戸後期(1800年前後)      、一人あたり生産量は3.0石前後。成長率は20%
明治初期(1870年前後)      、一人あたり生産量は3.7石前後。成長率は23%

まぁこの表を眺めるだけでもいろんな感想が浮かんで来る。
1.平安初期までは順調に生産力が増えていて、300年足らずで1.5倍という高度成長時代が続く。実感としては「平安バブル」だったのではないかと思う。
2.その後、鎌倉末期まで生産量は下がり続ける。注目されるのは奈良時代に比べて一人あたり生産量は43%増えているのに、生産量は33%しか増えていない点である。これは単純に見て米生産以外の理由(例えば地震・疫病など)による人口減と判断される。その理由がわからない。
3.本格的な農業の離陸は19世紀に入ってから開始されたことが分かる。例えば大阪湾の干拓事業なおを見ても、江戸時代初期からかなり進んでいるにも関わらず、農業生産性の向上に結びついていないことが分かる。それがなぜ19世紀を迎えて大きく発展し始めたか、その辺が知りたいものである。
4.この表からは読みにくいのだが、鎌倉末期の米生産の低下は寒冷化によるものとされている。とすれば、その影響は東北地方にとって一層シビアなものとなっているだろうが、そのへんのエビデンスがどうなっているのかはよく分からない。
5.室町から戦国時代には、寒冷化による米生産性低下は低湿地向け赤米(大唐米)の普及により相殺、克服されたと書かれている。イノベーションによる生産力増加は、地域格差を激化させ、人々の移動を激しくさせた可能性がある。あえて言えばそれが戦国時代の背景となっている可能性がある。
以前から、明治維新を成し遂げた力に関連して、江戸時代における東西の経済力比較とその推移が気になっていた。そういう観点からもう少し検討してみたいと思う。