青空文庫より

違星北斗の「北斗帖」の最初の三首である。
はしたないアイヌだけれど日の本に
生れ合せた幸福を知る

滅び行くアイヌの為に起つアイヌ
違星北斗の瞳輝く

我はたゞアイヌであると自覚して
正しき道を踏めばよいのだ

この異常な前向きさが、曼珠沙華のようにいっぱいの毒を含んで美しい。

三首とは良く言ったもので、三つの生首が並んで晒されているような風情だ。しかも子細に眺めるとなにか笑みを浮かべているではないか。

このカラ元気のあと、数首をおいて真情が吐露される。
深々と更け行く夜半は我はしも
ウタリー思いて泣いてありけり
この「真情」はたんなる詠嘆ではない。薬売りの行商をしながら北海道中のアイヌ・コタンを歩き巡り、人々を組織しようとした、日々の終わりに吐いたため息なのだ。

それは自分のために流した涙ではなく、ウタリの暮らしを日々つないでいく、地の塩としての密かな決意なのだ。

その後数十首の短歌が並び、そのたびに強烈な素手のパンチとなって炸裂する。

旅は辛い。山頭火のレベルではない。
ガッチャキの薬屋さんのホヤホヤだ
吠えて呉れるな黒はよい犬

「ガッチャキの薬如何」と門に立てば
せゝら笑って断られたり

*慣れてくると自分を客観視できるようになる。
よく云えば世渡り上手になって来た
悪くは云えぬ俺の悲しさ

空腹を抱えて雪の峠越す
違星北斗を哀れと思う
(北海道で雪の峠を歩いて越すなど狂気の沙汰だ)
「今頃は北斗は何処に居るだろう」
噂して居る人もあろうに

それにしても貧乏は辛い。このひとの貧乏は混じりっけなし、いのちを脅かす。
めっきりと寒くなってもシャツはない
薄着の俺は又も風邪ひく

炭もなく石油さえなく米もなく
なって了ったが仕事とてない

それでもこの人はやせ我慢する。
感情と理性といつも喧嘩して
可笑しい様な俺の心だ

支那蕎麦の立食をした東京の
去年の今頃楽しかったね

無くなったインクの瓶に水入れて
使って居るよ少し淡いが

アイヌを見世物にする人への怒りと見世物になるアイヌへの、革命家としての悲しみ
白老のアイヌはまたも見せ物に
博覧会へ行った 咄! 咄!!

見せ物に出る様なアイヌ 彼等こそ
亡びるものの名によりて死ね

子供等にからかわれては泣いて居る
アイヌ乞食に顔をそむける

病よし悲しみ苦しみそれもよし
いっそ死んだがよしとも思う

ということどもすべてを含んで、なおも前向きに歌う違星よ!