格差社会とコロナと民主主義

「回顧」記事が少しづゝ出揃ってきた。
間違いないのは、この10年間続いてきた格差社会と貧困化の進行が、もはや世界の屋台骨をギシギシときしませる程に深刻化してきたことだ。
①トランプ現象や欧州での極右の進出などの警鐘が、今後はコロナ禍を通じて止むことなく乱打されるようになるのではないか。
②「力の信仰」に対抗するための理性の力はどこに赴かなければならないのか。

このふたつの “党派を超えたラディカルな疑問” に対する答えを、我々は探し求めていかなければならない。

1.富裕層の不安

日経新聞の21日(月曜)の一面トップは、これから始まるバイデン政権下での米社会の深刻な問題を描き出した。

取り上げ方そのものは富裕層からの目線であり、「お気楽なものだ」との感想は免れない。しかし、その富裕層の間にすら、社会分断への不安感が広がっているという記述は印象的だ。

記事はまず伝統的なエスタブリッシュメントというものをバイデンらに置く。それは民主と共和を問わず、伝統的な富裕層に階級的基盤を置く20世紀型の支配層だ。

これに対しネオリベラリズムに乗って急成長した新興富裕層は、政治信条としてリバタリアニズム(やり放題自由主義)を打ち出した。

彼らは伝統的エスタブリッシュメントを右から攻撃した(例えばティーパーティー的手法)。それと同時に驚くほどの食欲で世界の富を貪り続けた。


2.コロナの分断社会への影響

しかしそれが伝統的エスタブリッシュメントの衰弱をもたらし、自らがもう一つのエスタブリッシュメントを構築せざるを得なくなった。

しかし彼らにはその能力もなく、そもそも世界を引き受けようという気がない。リバタリアニズムとはそもそも無政府主義なのだからだ。

「政府とか社会とか面倒なものはいらない」と考えてきた新富裕層は、いま社会システムが崩壊の危機に差し掛かったとき、突如として深刻な不安感と恐怖感に苛まされ始めた、というわけだ。

自らの守護神として祭り上げたトランプ政権が、デマとフェイクで暴走し始め、社会的ルールを弊履のごとく投げ捨て、4年間を通して暴走し続けた。

それを無数の中下層白人が盲目的に追従し、ヘイトと暴力を撒き散らす政治が当たり前のものとなって行った。


3.格差社会がもたらしたもの

日経新聞はこう書いている。

20世紀においては、ものの大量生産が社会の発展を支えた。労働者が中間層に成り上がり、平等化が進んだ。
21世紀においてはデータと知識が社会を牽引している。このシステムは中間層を育てず、勝者の「総取り」社会をもたらした。

これにより社会が相互不信を内包するようになり、勝者の社会と敗者の社会に分離し始めた。「大衆は特権階級に、畏怖ではなく憎悪を抱く」(トクヴィル)ようになった。

それは敗者の社会に反エリート主義と大衆迎合主義を横行させ、宗教・人種・世代などの断層を生み、政治を不安定にし、民主主義を危機に追い込む(マディソン)。

ということで、「民主主義の危機に至る社会過程が、格差社会が深刻化していく過程の政治的表現なのだ」という認識を示している。

だからどうしても、緊急に、富裕層の懐に直接手を突っ込むような改革に着手しなければならないのである。それは政治以外の手法では解決できない。政治だけが果たすことのできる役割である。