第7章 「先史時代の日本」 その1

この章と次の章は「先史時代の日本」の紹介です。
この章では主に文化の世界伝播に触れた序説について取り扱い、第8章では日本の先史時代について触れます。
この本の間違いや歴史的限界まで書き始めると大変なことになるので、彼の先見性、埋もれてしまった業績について簡単に述べます。

エジプト・メソポタミア文明

紀元前4千年ころエジプトに生まれた高度な文明は、やがてエチオピア、アッシリア、ペルシャへと拡大しました。

建築・芸術と美学は、何世紀にもわたって高度な完成度に達しました。冶金学、特に青銅、銀、金の技術もかなりの水準に達していました。

中でも青銅器の使用な卓越していたことから青銅器文化と呼ばれます。

メソポタミアでは、チグリス・ユーフラテスの間の可耕地を巡って、南方のセム人と北方の印欧語系民族(シュメール、パルティアなど)が絶えず交錯していました。

印欧語系民族は一般に遊牧系で、年単位の南北移動や、時には大陸をまたいでの東西移動は彼らの本質的な生活スタイルでした。

彼らは馬の家畜化、車輪(すなわち馬車)の発明、乗馬術の考案など戦闘に必要な多くの発明を成し遂げました。

中でもヒッタイトはクリミアから黒海をわたりトルコ北部に拠点を形成しました。現地で製鉄法を知った彼らはこれを大規模化し、鉄の兵器の優位性を活かしメソポタミアをを平らげ、エジプトにまで進出しました。

遊牧民による文化の伝播

メソポタミアと同様、北方遊牧民も多民族が時代を織りなしています。彼らは過去から絶えることなく、中央アジアを起点に大陸内部を東西に移動していまし。

彼らには文化を創設するほどの生産力はなかったが、文明を伝達する力を持っていたし、文明間の格差が極大化した時には、それを利用して支配者となることもありました。

アジアの緯度40度から50度の間は、人口の移動、武装遠征、商品の隊商によって、先史時代から絶えず交通があったと言えます。

中国に文明をもたらした内陸交通

中国の初期の入植者は黄河の沖積谷に肥沃な土地を発見しました。農業の重要性は、運河、灌漑、排水、利水の繰り返しにつきます。

入植者は明らかに牧歌的な遊牧民ではなく、土壌の灌漑と栽培の方法に熟練していました。

この部分は明らかに誤りですが、重要な示唆となっています。後に遼河文明が発掘されそれが黄河文明に先行するもので、この文明をになったのが中央アジアの遊牧民だったことがわかりました。

この文明は衰え、漢民族に占領されました。遊牧民は次の天地をもとめ去っていたのかもしれません。

朝鮮半島の歴史とヤマト

紀元前1000年頃、朝鮮半島の北部には古朝鮮が広がっていました。南部には多くの部族がいて小さな王国が割拠していました。

(半島南部に関する記載)
強力な敵との接触時に脱出した人々は、抵抗が最も少ない方向に向かい、占領が黙認された場所に落ち着きました。

先住民は内部の平原を広範に保有し、粗放な農業あるいは放牧を営むのですが、後発組はこれとは競合しませんでした。かれらは河口に近い沖積平野を比較的に限定的に、集約的に使用する農業のスタイルをとったからです。

漢の時代

紀元前350年ころ漢が朝鮮を併合し、半島南側の諸部族を馬韓、弁韓、辰韓に分割・統合しました。

南部に住んでいる人にとっては、海岸から見える対馬の島が魅力的な展望を形成し、海を越えてたっぷりの土地のある日本に引き寄せられました。

秦の時代に鉄器(兵器)が開発され、漢の時代には朝鮮にも導入されました。


日本におけるヤマト族の受け入れ

ヤマト集団が大陸から進出して権力を掌握するまでは、かなりの時間を費やしました。

ヤマト民族は、中東や東アジアからの農業生産システムを受け取とりました。そして農業のより高い生産目標、安定した社会関係を築き、労働システムを支持し調整することで、進歩をもたらす社会関係を発展させました。

最初は海岸沿いの沖積地の小さな帯路のみが支配域で、背後の山には統権が及ばなかったとも考えられます。

具体的に侵略の形をとったと考える必要はありません。しかし他の侵入者との競合、先住民の抵抗などの形で戦いを強いられた可能性はあります。

ヤマトは北の荒れ地にも進出していきました。彼らの背後では先住民が支配者と交流しヤマトの文化を取り入れていきました。



非常に壮大な記述で、日本に類を見ない提起の仕方となっています。

遊牧民族を通じて小麦の栽培、青銅器、そして鉄器が導入され、これを通じて漢民族が発達しました。

それを用いて漢民族が朝鮮半島に進出し、押し出された半島人が鉄器をもって日本に進出し、ヤマト族となった。

ということになりますが、米栽培の技術をもって渡来した民族と、鉄製兵器+騎馬戦法で攻め込んできた民族とは違うでしょう。

そこにマンローはうすうす気づいていますが、突っ張りきれませんでした。時代の限界ですが、逆に言えばその限界の中でよくそこまで至ったなと感心します。