日本のどこかにロイターの言う事なら何でも正しいと信じている人がいるようだ。私はどうもへそ曲がりで、ロイターの言うことは信用ならないと考えている。
セーシェルのニュースもその一つだ。

独立以来初 セーシェル大統領選挙で野党派が勝利

ということで、あたかも独裁勢力に対して民主派が勝利したような扱いだ。しかし実際には左派勢力の統一戦線政府が保守派の政党に敗れたということなのだ。

なにも難しいことを調べなくても良い。ウィキペディアの日本語版をみれば、ちゃんとこう書いてある。

1794年にはイギリス海軍が占領し、1814年にはパリ条約によってセーシェルはモーリシャスとともにイギリス領となった。1872年には民政総督府が置かれ、1903年にはモーリシャスから分離して単独の植民地となった。

1948年には立法評議会選挙が実施されるなど、政治的自治は徐々に拡大していった。1964年にセーシェル独立派のフランス=アルベール・ルネが社会主義政党のセーシェル人民統一党を、イギリス領残留派のジェイムス・マンチャムが保守政党のセーシェル民主党を組織した。

1976年6月29日にイギリスから独立し、民主党のマンチャムが大統領に、人民統一党のルネが首相に就任した。(この後人民統一等は何度も党名を変えている)

しかし翌1977年にルネがクーデターでマンチャムを追放して実権を握り、一党独裁制を敷いた。人民統一党は1978年にセーシェル人民進歩戦線と改称し、1979年には憲法を改正して正式に一党独裁となった.

数度にわたってクーデター未遂が起きるが、観光開発により経済は成長を続けた。

1991年に入ると民主化運動が盛んとなった。1993年には民主的な新憲法が発布された。同年、複数政党による民主選挙が行われた。人民進歩戦線は経済成長を評価されて33議席中25議席を獲得した。

2016年の議会選挙で野党のセーシェル国民連合が議席の過半数を獲得し、人民党のダニー・フォール大統領とのねじれが生じた。

2020年10月には野党連合が大統領選挙、議会総選挙ともに勝利し、43年ぶりの政権交代が実現した。

セーシェル政府のガバナンス(統治能力)は良好であり、アフリカ有数の政府の質を誇る。
(photo1)Japan-Seychelles Summit Meeting
Japan-Seychelles Summit Meeting 
August 31, 2019


ということで独立直後の16年は「独裁」が続いたもののの、それは反独立派との対立と考えられる。その証拠に、16年後の選挙では人民進歩戦線が圧勝している。

その後も「民主主義」のもとで政府・与党は良好なガバナンスを誇ってきた。

おそらく20年以上を経て、住民の間に一種の飽きが出てきた可能性はある。もう少し経過を見ていく必要はありそうだ。