日経新聞に恐ろしい記事が載った。秋田博之という記者の署名記事で、土曜版一面のトップである。

見出しを並べると
きょう終戦75年
世界迫りくる無秩序の影
戦後民主主義の岐路に
というもので、民主主義の終末に対して警鐘を鳴らすものだ。
日経も変わったものだ、ふむふむと読みだすと、相当ディテールが異なってくる。
「あれあれ、なんかへんだぞ」と考え出す。
そういう意味では色々と考えさせてくれる記事ではある。

* 記事のレトリカルな特徴

「無秩序」の論拠として記事が強調するのは、国連の弱体化とIMF・世銀体制だ。

この2つは並列ではない。政治的上部構造と経済的土台だ。マルクス主義者でなくてもこれはABCだ。

筆者はこれをあえて並列化して、牛若丸のごとく、ここと思えばまたあちら。さまざまな事象を都合よくつまみ食いする。したがって内容は雑然とし、論旨は錯綜する。

経済の話と政治の話を分けた上で、論理を構築してもらわないと、賛成も反対もし兼ねる。

きつい言葉で言えば、これは酒飲み談義で、天下の日経新聞のトップ記事になるようなレベルではない。

1.国連の弱体化

記事が「無秩序」の象徴としてあげているのは、国連、とりわけ安保理の無力化だ。

その根拠は、シリア内戦。国連は何も出来ないというものだ。リットン調査団扱いだが、まぁなにも出来ていないのはそのとおりだ。

それは認める。

それがなぜなのかということになると、俄然話は変わる。「中国とロシアが拒否権を使いまくっているからだ」というのだが、そもそもシリアは喩え話に過ぎない。

問題は国連弱体化の理由が「中国とロシアが拒否権を使いまくっているから」なのかだが、ことはそれほど単純ではない。

戦後国連が発足して以来、ソ連は拒否権を発動し続けてきた。しかし国連はそれでも存在し続け、少しづつその力を蓄えてきた。

今日国際法体系が強固に築き上げられてきたのは、戦後の国際連合の業績である。それは連続拒否権攻撃を乗り越えて形成されてきた。


2.中国のIMF体制への攻撃

ここで秋田記者は突如として国連の話を止めてしまう。仕方がないので、私も従う。
とりわけ気がかりなのは、強大な経済力を使いもう一つの国際システムであるIMF・世銀体制まで切り崩しにかかっている中国の行動だ。
というのが、記者のもう一つの危機感だ。

こちらもかなりおかしい。

まず第一に、「IMF・世銀体制」に国連並みのプレステージがあるかどうかということだ。
IMF・世銀というが、ブレトンウッズはGATTもふくんでのシステムである(本来はILOもふくまれるべきだと思うが)

「IMF・世銀体制」は中国を排除してきたから、これを戦後経済システムといわれても、中国は素直に納得はできない。

当時の事情によるとはいえ、ドルという一国の通貨を国際決済通貨とするフィクションはいずれは解決すべきものである。

ということが、難癖。

第二には、中国がIMF・世銀体制を「切り崩しにかかっている」という事実認識だ。

2011年10月17日の記事で、「SDR基軸通貨構想について」というのを書いた。

デジタル人民元といい、中国はたしかにドル支配体制に風穴を開けることを願っている。それは通貨システムを壊すことではなく、すべての人に開かれたシステムに作り直し、さらに発展させることである。

それは米国以外のすべての国が願っていることであり、国際金融ゲームの一握りの勝者以外のすべての人にとって好ましいことなのだ。

もちろんそれは長期目標ではあるが。

問題は中国が現在のドル支配体制の代わりに、元による支配体制を目指すことで、それには秋田記者とともに反対したいと思う。

3.私から言いたいこと

このあとの文章も個別には触れたいところがあるが、千鳥足に付き合っていたのでは消耗だ。国連についてだけ述べておく。

国連の人権規約は、人権宣言の後15年もかけてコツコツと議論を積み上げたものだ。しかもその間冷戦はつづき、核の危機も続いた。拒否権発動も続いた。

そんな中で、世界の人々の願いに突き動かされて、国際人権規約が成立に至った。そしてさらに15年の後、日本もこの人権規約を批准した。

もっとあげておこう。植民地がなくなった、人種差別がなくなった、男女差別がなくなった、先住民への差別がなくなった…

これらがすべて戦後わずか100年足らずの間に実現したことである。

私たちには危機感もあるが夢もある。たとえばケインズの提案した世界基軸通貨「バンコール」である。

ドルにしがみつく時代はそろそろ終わるべきだ。

世界の経済と金融が、米国のしがらみから自由になったとき、真のグローバリゼーションが始まるのではないか。