かなり長めのまえがき

仮想通貨「ペトロ」の行方は日本のメディアからはさっぱり浮かんでこない。

実はベネズエラの仮想通貨はきわめて興味ある歴史的実験なのである。それはペトロが最初の国家の運営する仮想通貨だというためであるが、もう一つは、そもそもビットコインをふくむ仮想通貨が一般通貨を乗り越えるほどに通用し、それがドル支配体制を乗り越える可能性があるのかという話だ。

だからこそ米国は仮想通貨を犯罪視し、ベネズエラのペトロ運営責任者を国際犯罪者として敵視するのである。

ペトロに関して重要な日本語記事は2つある。一つはロイターの敵意に満ちた記事であり、もう一つはサンパウロの日経特派員の同じく敵意ある記事である。

それ以外の記事は、断片的ではあるが、好意的な印象で書かれているものも多い。その多くは仮想通貨の当事者であり、ベネズエラの積極的な試みが将来に向けての試金石になってほしいという願いを込めたものとなっている。
それらを時系列風につなぎ合わせてみた。

作った後の感想だが、実はベネズエラのハイパーインフレを止めたのはビットコインだったということである。ビットコインはペトロとは違うが仮想通貨であり、その代表である。
Coindance出典:
   ビットコイン購入量の変化(Coindance出典)

この図が見事にインフレ収束とビットコインの関係を示している(左クリックで拡大)

つまりベネズエラの国民は、わずかでも蓄えを増やす経済力のある人々は、通貨ボリーバルが手に入り次第、それを片っ端からビットコインに変えていったわけだ。
そうして必要なときはそれをボリーバルに変えて買い物をすることになる。これで通貨発行量は激減する。承知の通りベネズエラのハイパーインフレは物資不足よりも投機に基づくものだったから、多分投機筋は相当痛い目にあって市場から撤退していったのではないか。

そう思うと、なにか大きな力がアメリカの圧力に対して、ズリッズリっと押し返し始めているような気がしてくる。

ビットコインは相当上下の激しいものだから、普通なら素人が手を出すものではない。しかし十万、百万というインフレに比べればはるかに安全だ。しかも、ここが大事なところだが、アメリカ政府の思うような動きには決してならない。

アメリカはベネズエラ政府をいじめるに際してマドゥロ派ではない一般国民までもいじめ抜いた。それがやりすぎると国民をビットコインの方に押しやってしまうことになる。ビットコインで生き抜いた人々は絶対にアメリカのドル支配を認めないだろう。

とはいえ、それがドル離れのきっかけにはなってもペトロの側にやってくるとは限らない。要するに庶民はもう政治なんてたくさんだと思っているのではないか。

今後ペトロが国民の間に根付いていくのには、それなりの知恵と、何よりもそれなりの年月が必要だ。しかし国民はもはや決して親米の方向には動かないだろう。

国民はハイパーインフレに苦しむ人々を前に、1千万%などと予想を立ててニヤニヤと笑い済ましていたIMFの連中を許さないだろうし、早く潰れろ早く潰れろと囃し立てていたロイターやBBCのことを信じないだろう。もうひとこと言いたいが、それは我慢する。 

ペトロに関する時刻表

2017年

8月25日 トランプ政権、ベネズエラに経済制裁を発動。米金融機関に対してベネズエラ国債とPDVSA社債の取引を禁じる。

12月3日 マドゥロ大統領、ベネズエラ政府として仮想通貨「ペトロ」(Petro)を導入すると発表。

1ペトロは1バレルのベネズエラ原油代金に対する購買券である。ペトロ保有者は暗号資産取引所で一定の“為替”レートで、ほかの仮想通貨やベネズエラ通貨と交換できる。

12月4日 ワシントン・ポスト、「ベネズエラ全国民が、1万1500ドルの年間所得をすべてビットコインに投資していたとすれば、1人当たり84億ドルの価値になっていたはず」だと論評。

2018年

1月6日 ペトロ発行計画の詳細が明らかになる。通貨の信用裏書きとして53億バレルの原油を割り当てる。これは当時の原油価格で2670億ドルに相当する。

1月6日 マドゥロ大統領、引き当て原油の財源はオリノコ重質油帯のアヤクーチョ油田1だと述べる。
アヤクーチョ油田は埋蔵されているというだけで、稼働しているわけではない。開発計画も整っていない。(ただしロイター記事)
2月 ベネズエラ、仮想通貨「ペトロ」のプリセールを開始。月末のマドゥーロ発表では、127ヶ国の機関投資家による171,015件の購入が認証され、価格にして30億ドルを調達したとされる。

3月19日 トランプ大統領、Petroの使用や購入の禁止を命令。

8月20日 法定通貨のボリバル・フエルテから新法定通貨ボリバル・ソベラノに移行。通貨単位を10万分の1に切り下げる。同時に3600ボリバル・ソベラノを1ペトロ(60ドル)に紐付ける。

10月1日 マドゥロ大統領、ペトロの国民への販売を開始すると発表。
ペトロ計画の意義を強調。ドル依存の国際市場に一石を投じ、国際市場の健全化・多様化を実現すると語る。さらに、国内のダイヤモンド鉱床やアルコ・ミネロ金鉱も割り当てるとする。
10月31日 ペトロ、米ドルなどのフィアット通貨?や一部の仮想通貨で購入可能となる。


2019年

1月14日 マドゥロ大統領が経済改革案を発表。国営企業が売上高の15%をペトロで販売するよう指示。

2月 ポンペイオ国務長官、イングランド銀行のベネズエラ外貨準備12億ドルを凍結するようイギリスに要請。

11月 この時点でペトロを受け付ける企業は400社にとどまる。多くの商店がペトロの受け取りを拒否。

11月20日 米国の制裁のため2019年の原油抽出を削減。PDVSAは批判に答え、裏づけ資源となる原油を50億バレルから3000万バレルに減少させる。ペトロの維持に疑問の声が高まる。

12月 ベネズエラで、公務員ボーナスにペトロを配布。一人0.5ペトロで原油価格に換算して3300円に相当する。

ペトロアップというサイトに登録し、そこに送付・受領される仕掛け。

2020年

1月 政府、昨年度のインフレ率が7374.4%だったと発表。18年の約170万%から大幅に鈍化。IMFは1000万%と予測していた(残念だったね)。

この間ビットコイン取引高が急増。通貨シフトにより、ボリーバルへの依存が減ったため。ただしビットコインとボリーバルとの交換は進んでいない。

1月2日 マドゥロ大統領、「我々はすでにベネズエラ産の鉄や鉄鋼をペトロで販売している。今後は石油もペトロで販売する予定だ」と語る。

1月 マドゥロ大統領、ペトロを使用するカジノをオープンすると発表。収益はベネズエラの公衆衛生および教育部門に分配される予定。

チャベス元大統領は売春、麻薬、犯罪などの温床になるとして、すべての賭博施設を閉鎖していた。

4月 ベネズエラの仮想通貨取引所Criptolago、インターネットを介さない送金システムを開発したと発表。これによりペトロのみならずビットコインも送金可能となる。

6月1日 政府、ガソリンの補助金を撤廃。代わりにペトロで支払いを行えば割引を行うと発表。
これはかなりの名案と思う。かねてより問題となっていたガソリン補助金の撤廃とペトロの普及が一石二鳥という仕掛けだ。もっともこういう美味しい話には裏があるのが普通だが。
6月2日 米政府、ベネズエラの仮想通貨事業の最高責任者であるラミレス・カマチョ氏を「最重要指名手配リスト」に追加する。

6月15日 ガソリンスタンドでの支払いの約15%がペトロにより行われたと発表。