白い民主主義からすべての色の民主主義へ

1.米国における「4つの差別」

今日の赤旗日曜版で、アメリカ人評論家のジョン・フェファー氏が重要な発言をしている。

黒人男性殺害事件で米国内がこれほどまでに沸騰しているのは、「4つの差別」が背景にあるという。

第一に、警察による人種差別である。今回の事件につながる警官の暴行は系統的で、明らかに人種差別という点で共通している。

第二に、いのちの人種差別である。米国の新型コロナは明らかに有色人種を狙い撃ちしている。それは有色人種の健康や医療が体制的に保障されていないためだ。

第三に、経済差別である。失業率が大恐慌以来最悪の水準に達し、貧困層を直撃している。なかでも都市の有色人労働者がその標的となっている。

第四に、政府による差別である。それはトランプ大統領が関係しているが、それにより連邦政府のこれまでの政策が、差別を助長する方向に歪められていることを見逃すことはできない。

つまりアメリカの伝統的民主主義が、4つの差別を内包しているということになる。

2.白い民主主義の歴史的限界

実は、フェファー氏のいう4つの差別のうち第4点については、私がかなり拡大解釈している。

私は、トランプの差別主義、ひいてはトランプの登場を許してしまったアメリカの民主主義の弱点が問題の歴史的根源にあると考えるからである。

これはアメリカだけが抱える問題ではない。16世紀以降、世界に進出し植民地化し、支配してきたヨーロッパ白人社会が共通して抱える問題だからである。

それを厳しく表現するなら、「白い民主主義」の持つ本質的限界が露呈された象徴的事件ということができるだろう。

私は決して「白い民主主義」の歴史的役割を否定するわけではない。

とりわけ反ファシズムの闘いの旗頭となったルーズベルト大統領のもとでのニューディール政策が、戦後の世界秩序の形成に果たした巨大な役割は巨大なものである。

にもかかわらず、それが非白人の差別の上に成立した民主主義だということは動かしがたい事実であり、そこには超えなければならない歴史的限界があるということである。

2.白人民主主義は人種差別に関して寛容だ

白人民主主義は白人優位に執着している。その結果非白人の社会進出は抑制されている。それは歴史的経過と社会の現実を見れば明らかである。

だからどんなに優れた民主主義であっても、すべての人種に開かれた民主主義にそのまま移行することはできない。それどころか「最悪の民主主義」に移行する危険もある。

この「最悪の民主主義」は、内部的には民主主義そのものであり、その担い手に悪の意識を持たせない分、救いがたいほどに最悪なのである。

20世紀は西欧諸国に民主主義(法の下の無差別平等)の考えが広まった世紀であると同時に、植民地主義と選民思想が風靡した世紀でもあった。両者は共存しうるのだ。


4.すべての色の民主主義を

白い民主主義の軛を抜けすべての色の民主主義の世界に移行する社会的実践は、すでに多くの経験を積んでいる。

その最大の経験は第二次大戦後の植民地解放闘争だ。これらの国(アジア・アフリカ)では白人の植民主義者を追出し、白人民主主義をモデルに自国民の国家を作り上げた。

白人植民者とその子孫により支配層が分厚く形成されている国では、さまざまな移行形態が試みられている。

人口の多くを先住民や混血が占める国では、「民族解放闘争」の旗印が掲げられることもあるが、大事なのはその形態ではなく、非白人系(多数系)のイニシアチブのもとでの民主主義国家づくりという方向性であろう。それなしに差別からの自由は実現し得ない。「解放」(Liberation)というのはそれを目指しているものと考えられる。

この運動の先頭を担っているのがベネズエラの革新政権だろうと思う。(すみません。体調不良にて脳みそがスタミナ切れしました)