元検察幹部有志の意見書

これは戦争法案のときの憲法学者の総意としての反対表明に続く衝撃だ。

国家の有り様の根底に関する意見書であり、賛否以前に、まずは学ばなくてはなるまい。

朝日新聞は全文をネット上に無料で公開してくれた。ありがとうございます。(その後1日遅れで赤旗も掲載した。これは赤旗のせいではなく、北海道は一日送れになら遅れざるを得ないためである)


1 事実関係について

A. 東京高検検事長の黒川弘務氏をめぐる事実経過

彼は本年2月8日に定年の63歳に達し退官の予定であった。
しかし、その定年は閣議決定により半年間延長された。彼は今なお現職に止まっている。

B. 検察庁法は定年延長を許していない

検事の定年を定めた検察庁法によれば、定年は検事総長が65歳、その他の検察官は63歳である。定年延長を可能とする規定はない。

しかるに内閣は同法改正の手続きを経ずに閣議決定のみで黒川氏の定年延長=留任を決定した。

この決定は検察庁法に基づかないものであり、黒川氏の留任に法的根拠はない。

2 特別法は一般法に優先する

A. 検察庁法は国家公務員法に優先する

国家公務員法(81条の3)では一定の要件の下に定年延長が認められている。内閣はこれを根拠に黒川氏の定年延長を閣議決定した。

しかし、検察庁法は国家公務員法に対して特別法の関係にある。

したがって、「特別法は一般法に優先する」との法理に従い、国家公務員法の定年関係規定は検察官には適用されない。

B. なぜ検察官は特別か

検察官は公訴権を独占し捜査権も有する。捜査権の範囲は警察を超えて広い。

時の政権の圧力によって公訴権が侵犯されれば、日本の刑事司法は適正公平という基本理念を失って崩壊する。

その意味で検察官は準司法官とも言われ、“司法の前衛” たる役割を担っている。

C. 特殊な公務員としての検察官

こうした特殊性・重大性のゆえに、検察官は検察庁法という特別法で保護され統制されている。

例えば「検察官は検察官適格審査会以外によっては罷免されない」などの身分保障規定もこのゆえである。


3.いくつかの法理的問題

A. 内閣による法律の解釈は「法の終わり」

安倍首相は「従来の解釈を変更し、検察官も国家公務員法を適用することにした」と述べた。

これは近代国家の基本理念である三権分立主義の否定にもつながる危険な考えである。

ジョン・ロックは「法が終わるところ、暴政が始まる」と警告している。心すべき言葉である。

B. 内閣解釈は国家公務員法にも違反

仮に国家公務員法を適用しても、今回の事例は法の定める「定年延長の要件」に該当しない。

その職員の…職務の遂行上の特別の事情からみて、退職により…著しい支障が生ずると認められる…とき…(同法81条の3)

今回の事例がこの「要件」に該当しないことは明らかである。(このあと人事院規則も例示しているが省略)

4 政府提案の「検察庁法改正案」について

A. 上程自体が矛盾している

今回の検察庁法改正案は、表向きは国家公務員の定年延長に合わせ、検察官の定年も63歳から65歳に引き上げることに目的がある。

一方において黒川氏の定年延長の閣議決定は維持された。すなわち審議入りにあたり野党側は閣議決定の撤回を求めたが、内閣は拒否したのである。

つまり二つの動きは一見無関係に見えるのである。

B. 法案の本質は定年延長ではない

次の段落は面白い。声明文の筆者が自ら「難解な条文」と悲鳴を上げているのだ。
この改正案の問題点は、検事長を含む上級検察官の役職定年延長に関する条項にある。すなわち改正案には「…」と記載されている。
と書いてあるうちの「…」は省略箇所である。

最高クラスの法律家でも難解とされる箇所は我々にはわかるはずはない。

そこで声明文の筆者の解釈を紹介しておく。
要するに、次長検事および検事長は、定年に達しても内閣が必要と認めれば、定年延長ができるということである。
というのが、声明文の筆者の解釈である。

C. 検察官の人事をめぐる政府との慣行

要するに、これは「定年延長一般」に関する法律ではなく、検察トップの人事を内閣がいじれるという法律である。

これは「検察官の人事に政治は介入しないという確立した慣例」を破壊するものだ。

検察庁法は、定年延長によらずに急変対応するために、臨時職務代行の制度(同法13条)を設けている。これまでなんの問題も起きていない。

D. 法案に対する総括的評価

今回の法改正は、検察の人事に政治権力が介入することを正当化している。
政府は、政権の意に沿わない検察の動きを封じ込め、検察の力を殺ぐことを意図していると考えられる。


5.ロッキード世代の確信

A. ロッキード事件という共通体験

ロッキード事件当時、特捜部にいた若手検事の間では、積極派や懐疑派、悲観派が入り乱れていた。

しかし、東京高検検事長の神谷尚男氏は「いまこの事件の疑惑解明に着手しなければ、検察は今後20年間国民の信頼を失う」と発言した。ロッキード世代は歓喜した。

検察上層部の不退転の姿勢、それに国民の熱い支持と、捜査への政治的介入に抑制的な政治家たちの存在がロッキード事件を全面解明へと導いた。

B. 検察の弱点が付け入るすきを与えていないか

一方、検察の歴史には大阪地検特捜部のように捜査幹部が押収資料を改ざんするという恥ずべき事件もあった。

この事件がトラウマとなって弱体化し、きちんと育っていないのではないかという思いもある。

検察は強い権力を持つ組織としてあくまで謙虚でなくてはならない。


C. 今は瀬戸際の闘いだ

検察が萎縮して人事権まで政権側に握られ、公訴権の行使に掣肘を受けるようでは、国民の信託に応えることは出来ない。

黒川検事長の定年延長閣議決定、今回の検察庁法改正案提出と続く一連の動きは絶対に看過できない。

なぜなら、それは、検察の組織を弱体化して、時の政権の意のままに動く組織に改変させようとする動きだからである。

D. 我々は呼びかける

我々は、内閣が潔く検察幹部の定年延長の規定を撤回することを期待する。

あくまで法案成立に拘るのなら、我々は多くの国会議員と法曹人、そして心ある国民すべてに呼びかける。

そして法案反対の声を上げて、これを阻止するよう期待する。