Russia Beyond に「第二次世界大戦によるソ連国民の本当の犠牲者数は?」という記事があって、そこからの引用。

犠牲者数をめぐる議論の経過

1.スターリンは犠牲者数を過小申告した

1946年初めにゴスプラン(国家計画委員会)はより大きい数を報告したが、スターリンは握りつぶした。

1946年 スターリンは「大祖国戦争」に言及。「ソ連は約700万の人々を失った」と発言。犠牲者に関する初めての公式発言となる。

1965年 フルシチョフはもっと大きな数字「2000万人」を示した。ブレジネフも、この数字を一貫して示した。しかし2000万人「以上」と表現した。

ソ連崩壊の後、ロシア当局が公式に認めた推定死者数は再び増加している。

2015年 ロシア国防省が発表した公式の推算が最も新しい、正確なものと言われる。これによると兵士と民間人の両方を含む犠牲者全体が2660万人とされる。

その後2019年までのあいだに、これより新しい数字はロシア当局からは発表されていない。しかしいくつかの研究では、これよりもっと多い数が主張されている。それも踏まえて、2700万人という数が最もあり得べきものとして流布しているのである。

2.どこまでを犠牲者とするか

犠牲者の数は70年かけて700万から2700万まで増えてきたのだが、この数はいったいどこまでの範囲をカウントしたものなのか。

ソ連→ロシア政府当局が対象としているのは、1941~1945年の独ソ戦(大祖国戦争)のみである。

1939~1941年の軍事行動(ポーランドへの侵攻と、フィンランドとの「冬戦争」)、さらに1945年の対日戦は含まれていない。

この犠牲者数は2つのカテゴリーに分かれる。戦闘員と民間人である。それぞれが3つの小類型に細分される。

約1200万人の兵士が戦死したか、行方不明になった。もしくは捕虜になったまま帰還しなかった。

約1460万人は民間人であり、ドイツ軍が占領した地で殺されたか、飢餓や疾病などで死亡した。もしくはドイツに強制連行されたまま帰還しなかった。

2700万人は過小評価? 過大評価?

独ソ戦が終わったのはもう74年も前のことだが、数字をめぐる論争はまだ続いており、さまざまな歴史家がさまざまな推算の方法を提案している。

この中でゼムツォフ議員は4200万人説を唱えている。これは実際に死んだ人々だけでなく、戦争のせいで生まれなかった(と推定される)子供たちまで含めており、恣意的と言わざるを得ない。

いっぽうゼムスコフ教授は1600万人説を唱える。なぜなら民間人の1460万人には「飢餓や疾病などで死亡した」例が含まれており、これでは戦争による死と自然死とを区別できない。

民間人犠牲者のカテゴリーは直接殺害された人たち、空襲、爆撃で死んだ人たち、レニングラード包囲戦で亡くなった人たちに限定すべきだと主張する。こうすると民間人犠牲者は450万人となり、総犠牲者は1600万人となる。。

とは言いつつも、多くのロシア国民が2700万という数字を支持しているのも、いわれのないことではない。

数の問題の議論の前に踏まえておくべきこと

まず、ロシアだから、スターリンだからという色眼鏡をかけて議論するのはやめるべきだということである。

そういう人に議論に参加する資格はない。もし参加するなら、心ある人は議論の輪から身を引いていくだろう。

Russia Beyond はこう書いている。
ただ一つ否定できないことがある。大祖国戦争の間に、ソ連は厖大な数の人々を失った。
だが、それによって世界はナチス・ドイツから救われた。
勝利の代償は恐るべきものであった。が、もし敗北していたら?その代償はもはや想像の外だろう。
つまり、犠牲者の数よりも、犠牲の意味を知ってほしいということだ。それはナチズムという人類史の上で最も邪悪な力に対し、ロシア国民が「十字架を背負って」闘ったということだ。だから犠牲者の数が桁違いに大きいのだというのだ。
だから私たちは平和と民主主義のいまを生かされている。
ロシアの死者たちは、いまを生きる者に、そこを知ってほしいと訴えているのではないだろうか。