シンポ「朝鮮半島の非核化と東アジア平和構築」
が行われ、その要旨が日本AALAの機関紙に掲載された。

主催者の坂本恵先生のまとめをさらにピックアップして紹介する。演者は南基正さん、李俊揆さん、李柄輝さんの三人である。

A 南基正さんの発言 「朝鮮半島の平和形成過程と日韓関係再構築ー2つのプロセスの相互関連」

B 李俊揆さんの発言 「朝鮮半島の平和形成過程と東アジア国際秩序の展望」

C 李柄輝さんの発言 「朝鮮半島情勢の新局面と朝鮮の“正面突破”作戦

これはきわめて注目すべき報告。
なぜかと言うと、朝鮮大学校準教授、在日三世という方の日本語で、正確かつ過不足なく共和国のものの考え方が聞けるまたとない機会だからだ。

AALAがこういう形で北朝鮮の考え方を紹介できるのは、とても良いことだと思う。

ここまでが前書き。

1.はじめに

朝鮮はSea PowerとLand Powerが拮抗する場所だ。周辺はみな大国で、朝鮮民族はいつも大国の間で翻弄されてきた。

国力がなければ朝鮮の自主権は担保できない。これが地政学的な宿命だ。

2.社会主義強国論

16年5月に労働党大会で「社会主義強国」が採択された。国力をつけ自決権を確保することと、社会主義建設とを結びつけた路線。

それまでの「先軍政治」路線をあらため、軍から党へ、国防委員会から国務委員会への転換が行われた。

テクノラートが政権の中枢を担い、生産現場の裁量性や部分的な市場経済の導入も行った。

3.社会主義強国論から「正面突破路線」へ

2ヶ月前の19年12月、労働党中央委員会は「正面突破路線」を打ち出した。

これは社会主義強国路線を排除するのではなくその上に積み上げられた路線である。

社会主義強国路線は経済優先への切り替えを目指す計画であるが、それを対外開放のもとに行おうつぃた。

しかしアメリカは経済封鎖に近い制裁を課し続けている。これに対しあくまでも自力更生を貫きながら、制裁攻撃を正面突破しようとする路線である。

同時に軍事的な脅迫に対しても核開発もふくめて対抗していく。なぜなら、この軍事的包囲体制の打破と、新しい平和体制の実現なくしては、真の経済発展はありえないと覚悟しているからである。

4.核開発に至る歴史的経緯

1953年に停戦協定が結ばれた。そのなかで戦争を再燃させないことが約束された。そのために双方が武器を持込むことが禁止された。

しかし米国は58年に韓国に戦術核を持ち込んだ。共和国では米に対する不信が強まった。その結果、共和国は61年の7月にソ連・中国の核の傘に入った。

その後、ソ連が崩壊し韓中が接近。そしてブッシュが共和国に対し核先制使用を宣言した。

これが共和国が核開発を進めてきた理由である。

だから、それらの脅威をなくさなければ核開発を止めることはできない。そして「停戦体制」を終了させ、解体することが完全な非核化の最大の保障となる。

5.18年の米朝共同声明

共同声明での共和国側の主張は次のようなものである。

① アメリカの核脅迫を停止すること
② 共和国への好戦的敵対関係を停止すること
③ アメリカは「最大限の圧迫と関与」外交を停止すること
④ 誠意をもって交渉に臨み、継続させること

最大の難関は核兵器を「最後の一発まで放棄しなければ制裁は微塵たりとも解除しない」ことに米が固執していることにある。

これに対し、中国、韓国、ロシアは異を唱えているが、日本が3国に同調しないのが隘路になっている。

日本が日朝共同声明の精神に立ち帰り、積極的な役割を果たすよう、支援してもらいたい。