1.時代遅れになった「科学的社会主義」の表現

「社会主義の大道」論の根拠になっているのは、おそらく「科学的社会主義」論でであろうと思う。

しかし「科学的社会主義」言い方はもはや正確とは言えないと思う。科学的社会主義という言葉は、私の記憶では、第十何回かの共産党大会で打ち出された言葉だろうと思う。それまでは「マルクス主義」とか「マルクス・レーニン主義」と言っていたのを、それでは個人崇拝になってしまうというので言い換えて使うようになったのではないか。

この言葉が生まれた根拠はエンゲルスの書いた「空想から科学へ、社会主義の発展」という入門書から来ているものと思われる。

改称の狙いは社会主義的思想をマルクスの片言隻句に求めるのではなく、その後の理論的成果も組み入れて幅の広い思想として捉えようとするものであった。

しかし昨今のような「野党は共闘」の時代には、かえってその狭さが目立ってしまう。マルクス主義的な社会主義思想を「科学的」と断定することは、それ以外の社会主義を「非科学的」と切り捨てる趣きがある。

だから逆に、「マルクス主義的社会主義」と相対化した言い方のほうが、共闘勢力からすればむしろ自然ではないのかとも思う。「マルクス主義的社会主義」もあれば、「ケインズ左派的社会主義」もあると言った表現である。

2.社会主義の淵源は百科全書派にある

そもそも社会主義は人々が思い浮かべた明日の世界像の集大成なのだ。

それと、労働運動や社会実験を廃棄にした考えではなく、もっと哲学的に考え抜いた社会主義の概念、すなわち「人道的社会主義」の考えからもっと学ぶ必要があるのではないか。

社会主義は個人主義や自由主義より劣ったものではなく、それらの弊害に苦しめられた人々から生まれた新しい考えである。

彼らは旧世界にいたずらに反抗するのではなく、それを不正義のシステムとして認識しようとした。そしてそれを克服するための一段高い倫理を考えぬいた。だからそれは現世の掟より新しく、高級で崇高なものなのだ。

空想的であることは悪いことではなく、素敵なことなのだ。人道的であることは弱々しいことではなく、強靭な思想と信念であることを表現している。

客観的に見れば、マルクスの明らかにしたのは、それが夢ではなくしっかりとした根拠を持っているということなのであって、夢が正しいとか間違っているとかいう評論ではない。

ここではマルクスの主張に基づき形成された社会主義イメージを「マルクス派社会主義」としておく。そして19世紀前半を中心に出現した諸思想は、「初期社会主義」として一括する。


3.自由・平等・博愛こそ、社会主義の根幹

エンゲルス以来、空想的社会主義といえばサンシモン、フーリア、オーウェンと相場は決まっているが、どうも私は違うように思う。

社会主義はあれこれのモデルの中にあるのではなく、三次にわたるフランス革命を通じて研ぎ澄まされてきた思想なのだろうと思う。

「社会主義」については、まずそういう押し出しをすることが大事ではないかと感じる。

そういう点で、フランス革命をさらに前に進めようとした思想家の中には、まだまだ注目すべき人がいるのではないかと思う。

ガローディ『近代フランス社会思想史』(1949)では以下のような人々が列挙されている。

①ラムネーのキリスト教的封建的ロマン主義

②ブルードンのブルジョワ的無政府主義。

③その間をただようサン=シモン主義者ピエール・ルルー

④フーリエ主義者ヴイクトル・コンシデラン、

⑤サン=シモン主義からフーリエ主義に移行したコンスタン・ベクール。

⑥ジャコパン民主主義の伝統に立つ共産主義者ラボンヌレー,ラオチエール, ピヨーなど。

⑦19世紀フランスの唯物論的共産主義の代表者であるデザミ、ブランキ

ほとんど聞いたこともないような人物ばかりである。これらの人物像から集合論理として社会主義を探っていく作業が必要だ。それこそが「社会主義の大道」につながる営為ではないかと思う。


4.イギリスとドイツの社会主義

イギリスで思想家として注目するとしたら、それは父ジェイムズ・ミルではないか。「ミル評注」のミルである。

もうひとり、フランス以外で注目しなければならないのはヘーゲルであり、資本主義の成長の必然性とともにその没落をも予想しているのは流石である。


1821年 ヘーゲル、「法の哲学」を発表。

1821年 ジェイムズ・ミル、政治経済学綱要を発表。

1828年 ブオナローティ、『バブーフの、いわゆる平等のための陰謀』を上梓。七月革命の結果に失望した共和主義者の関心を集める。
バブーフは共産主義という言葉を最初に用い、“完全な平等”という意味を込めた。政府機構の奪取と改革を唱えるが、社会システムでは農地分配の改革を求めるにとどまった。

1831年 リヨンで職工の蜂起

1832年 ピエール・ルルー、「socialisme」を「personnalite」の対比語として用いる。
原義としては「社会化論」というニュアンスとされる。ルルーはフランス革命に際して「自由、平等、友愛」の語を普及させた人物である。

1848年

2月 『共産党宣言』が発表される。社会主義の理論に資本主義の分析を加え、科学的に強化する。

フランス 2月革命、ドイツ3月 革命

1862年 第一インターナショナルが設立される。労働組合の奨励や労働時間の短縮、更には土地私有の撤廃などを決議する。

1871年 パリ・コミューン。世界初の社会主義政権が誕生。

1984年 イギリスでフェビアン協会が発足する。

1889年 第二インターナショナルが結成される。議会制民主主義による平和革命の路線は「修正主義」と呼ばれ、暴力革命やプロレタリア独裁を主張する「教条主義」と呼ばれた

1890年 ドイツ総選挙で社会主義労働党が躍進。このあと社会民主党と改称する。

1896年 ベルンシュタイン、議会制民主主義による平和革命の路線を提唱。「修正主義」と呼ばれる。暴力革命やプロレタリア独裁を主張するカウツキーらは「教条主義」と呼ばれた

1914年 第一次世界大戦が勃発。第二インターナショナルは崩壊。

おあつらえ向きの資料がないので、とりあえず暫定版。
しばらく時間がかかるでしょう。実はその前にしなければならないことが二つ、三つあります。