私にはイラン革命の2つの側面がどう組み合わさっているのかがよく分からない。
ひとつは非常に馬鹿げたイスラム原理主義の側面だ。中身は革命と言うには程遠い中世世界への後戻りで、それに暴力性を帯びた過激性がついてまわる。
これは戯画としての革命だ。
もう一つは、非常に優れた世界観と民主主義の観点を併せ持つ外交の世界だ。
これを最初に感じたのは2005年だったか、日本AALAが主催したシンポジウムで、イランの大使が発言した中身だった。
あの「コーランを批判した」との理由で、日本まで来て大学の教授を刺殺する狂気の部隊(スレイマニはその司令官だった)の祖国が、どうしてこのような格調高い考えと協調できるのか。
ずっと気になっていたが、そろそろ一度そのへんを洗い出して見る必要がありそうだ。

イラン・イスラム共和国年表

(固有名詞にやたらと“ー”を入れたがる原理主義者が居ますが、全部外させてもらいます。私はクーバともニカラーグァともべネスエーラとも書きません)

1979年

1月 イラン・イスラム革命。パーレビ国王が追放される。

2月 最高指導者ホメイニの下でイスラム共和制を採用。
①イスラム原理による超封建的独裁、②近代社会と資本主義への憎悪、③革命の輸出を路線とする。
無神論者・不可知論者は死刑イスラムからの離脱も死刑となる。同性愛者も死刑。

11月 アメリカ大使館人質事件。52人のアメリカ人を444日間にわたり人質とする。
事件の背景:革命政府は国王の財産の返還と、身柄の引き渡死を要求。米国はこれを拒否した。

1980年

4月 米国、イランに対する国交断絶と経済制裁を実施。

4月 ヘリコプターによる救出作戦が失敗に終わる。空中衝突で8人の米兵を失う。

9月 イラクのフセインがイランに侵入。イラン・イラク戦争が勃発。

1981年 イスラム左翼集団ムジャヒディン・ハルクがイスラム共和党本部と首相府を爆破。大統領、首相など70人の政府高官が殺害される。このあと弾圧により国内での影響力を失う

1984年 米国、イランをテロ支援国家に指定。

1988年

7月 米軍の巡洋艦がイランの民間航空機を撃墜。乗員乗客290人が死亡。

8月 イラン・イラク戦争が終結。イランは3500億ドルに達する損害をこうむる。

1989年

2月 ホメイニ、『悪魔の詩』の著者ラシュディに“死刑” を宣告。

6月 ホメイニが死亡。専門家会議がハメネイ大統領を後任の最高指導者とする。

90年 原子力開発を再開。イランには革命前から原発があったが、ホメイニは開発を中断していた。

1991年

7月 筑波大学助教授がつくば市内で殺される。『悪魔の詩』を翻訳出版したことが理由だとされる。(事件は未だ未解決)

91年 第一次湾岸戦争。イランは中立の立場を維持。

1995年 米政府、イランとの貿易・投資・金融の禁止措置を実施。

1997年 大統領選挙。穏健保守のハタミが当選。イスラム指導者と自由化を求める行政府が衝突。

1999年後半 ハメネイとハタミ大統領が連携。左右の過激派を許さないことで合意。保守派もこの連合を受け入れる。

2001年

6月 大統領選挙でハタミが再選される。保守派は新聞の発刊停止、改革派候補の立候補制限など圧力を強める。

2002年 

1月 ブッシュ大統領がイラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と非難。

2003年

3月 米軍、イラク侵攻。

2005年

6月 大統領選挙。決選投票で保守強硬派のアフマディネジャドが62%の票を獲得。

アフマディネジャドは工学者で、テヘラン市長から転じ、終盤ではハメネイの支持を受けた。

8月 最高指導者ハメネイ、核兵器の製造・配備・使用を禁じたファトワ。

10月 アフマディネジャド、「イスラエルは地図から抹殺されるべきだ」と発言。

2006年

1月 アフマディネジャド、平和的核開発をすすめると発言。ただし核兵器の製造は違法で、我らの宗教に反すると述べる。なおパーレビ時代に原発があったが革命後は停止していた。

3月 ハメネイ師は「イランは核開発計画を絶対に放棄しないし、いかなる制裁も恐れない」と語る。

実は02年から秘密裏にウラン濃縮計画、プルトニウム抽出実験などを行ってきたが、これが暴露された。

12月 国連安保理、イランに対する第一次経済制裁を決議。

2007年

米国、イランの革命防衛隊などの軍事組織を「テロ組織」に指定。

2008年

4月 イラン、遠心分離器の増設を表明。

6月 イスラエル副首相、イランの核兵器開発を止めるには攻撃しかないと発言。メディアには「イスラエルがイランの核施設攻撃を想定した軍事演習を実施」との報道。

7月 EUとの核開発をめぐる協議に、アメリカが参加。

2009年 大統領選挙でアフマディネジャドが再選される。ハメネイは引き続き支持に回る。

2011年 2期にわたる失政で、国内経済は疲弊。アフマディネジャドと最高指導者ハメネイとの軋轢が表面化。

2012年

1月 米国が核開発疑惑への報復として禁輸処置。オバマ米大統領、ホルムズ海峡封鎖論に対し、「必要ならば武力行使も検討する」と警告する。

1月 EUも独自にイランに対する制裁を強化。イラン国内の強硬派は「報復としてホルムズ海峡封鎖を行うべき」と主張。

12年 シリア内戦が本格化。イランはシリア干渉を強める。イラン人兵士の総数は7千~1万人に上る。支援費用は年間平均60億ドルとされる(国連)

2013年

6月 イラン大統領選挙では、保守穏健派のロウハニが勝利。

2014年 イラクでISが支配圏を急速に拡大。イランはシリアとの2正面作戦を余儀なくされる。このためアフガン人難民から民兵をリクルート。

2015年 イランと安保常任理事国+ドイツ・EUが、核技術に関する包括的共同行動計画に合意。

2016年 核問題に関する経済制裁が撤廃される。

2018年

5月 トランプ大統領、「核合意には致命的な欠陥がある」と脱退。制裁措置を再開。

年末 イランのインフレ率は31%、失業率は14%、経済成長率は−3.9%となる。

2019年 中国、インド、日本、韓国、トルコに認めてきた原油輸入禁止の適用除外の措置が打ち切られる。

5月 イラン、核合意の制限を破棄。3.67%を超えるウラン濃縮を開始。

6月 安倍首相がイランを訪問。ハメネイは「核兵器は保有も製造も使用もしない、その意図はない」と発言。

2020年

1月 ソレイマニ司令官殺害事件。トランプ大統領は「イランが報復すれば、イラン国内52か所を標的とする」と投稿。この数字は占拠事件で人質となった米国人の数。

ロウハニらは「シリアでの活動が、アメリカの制裁を招き、制裁が民間の経済活動を阻害している」としてソレイマニ路線を批判しているらしい。


イランの二面性を軍事面から評価するために、下記のレポートがとても参考になる。


私には、とても要約する力量はないので、本文にあたって欲しい。