コスタリカの大統領選挙がなかなか面白かったようだ。

コスタリカについては、日本の民主勢力の中に熱狂的なフアンがいるのでうかつなことは書けないが、基本的には親米右派が掌握してきた国である。

外交的には、白人優位であることを背景にしてイヤミな態度をとり続けてきた、いけ好かない国だ。


そのコスタリカで、女性大統領チンチジャが任期満了したことに伴い、2月に総選挙が行われた。

与党国民解放党(PLN)からは、首都サンホセの市長を長年勤めたジョニー・アラヤが立候補した。これに対して中道左派の最大野党市民行動党(PAC)からはルイス・ギジェルモ・ソリスが立った。

ソリスはPLNの元書記長である。PLNには民族主義的要素があり、PACは70年代のオドゥベル大統領の流れをくむPLN左派と考えればよいだろう。

当初はアラヤ楽勝と思われていた。

しかし直前の世論調査は驚くべき結果を出した。最大野党PACを飛び越えて紛れもない左派の「拡大戦線」(FA)候補ホセ・マリア・ビジャルタ(36歳)がトップとなったのだ。

メディアはしゃかりきとなった。ビジャルタをチャベスやニカラグアのダニエル・オルテガと結びつける反共キャンペーンが展開された。

あちらのメディアは遠慮がない。日本で言うと読売と産経と日経しかない。ダニエル・オドゥベル・キロスとの対話 を参照のこと。

2月の第1回投票ではソリスが30・64%を確保して、トップの座を維持した。アラヤ29・71%、ビジャルタ17%だった。

しかし実はこれはソリスが勝ったのも同然の結果だった。FAはソリス支持に回った。他の野党も勝ち馬に乗ろうとソリス陣営になだれ込んだ。

3月末、決選投票に向けた世論調査で、ソリスの支持率は約64%に達した。世論の地すべり現象が起きたわけだ。これに対しアラヤは第1回投票の得票率を大幅に下回る約21%に落っこちた。

これを見たアラヤは、決選投票前に早々と敗北宣言を出した。「国民の意思は政権交代にさらに傾いており、この傾向を逆転させる時間も資金もあまりに限られている」というのだ。

こうして、コスタリカで初めて、新自由主義モデルに異議を唱える大統領が生まれることになった。

なお、2月に同時施行された国会議員選挙(定数57)では、PLN 18、PAC 13、FA 9、PUSC 8議席となり、旧与党が引き続き最大議席数を確保した。新与党PACはFAと合わせても過半数には届かなかった。

FAは勢いを駆って1議席から8議席に躍進したが、これから厳しさを増す反響攻撃や市民的な組織基盤を考えると、今後かなりの困難が待ち受けていると覚悟しなければならないだろう。

背景

コスタリカは中米の中でも、比較的高い生活水準が保たれてきた。それは中米における安定した反共の防波堤としてアメリカが積極的に投資を行い、育成してきたからだ(中米のイスラエルとまではあえて言わないが)

しかし近年、新自由主義を積極的に導入した結果、貧富の差が拡大し社会政策が後退し、「コスタリカの中米化」ともいわれる問題が起きて来た(赤旗の評価)。

前政権下で、公共投資をめぐる汚職事件が続いたこともあり、PLNなど伝統的与党の評価は急下降している。

2002年総選挙ではPLNとPUSCの二大政党制がくずれ、PACが第三勢力として台頭した。PACは新自由主義政策が失業や貧困をもたらしたと批判し、自由貿易協定拡大方針の見直しとオルタナティブ・モデルの採用を唱えた。

2010年選挙では、この傾向がさらに進んだ。PACが11議席を獲得し第二党に躍進する一方、かつての二大政党の一つPUSCは6議席の弱小政党に転落した。

また04年にはホセ・メリノらが、左派勢力を糾合し「拡大戦線」(FA)を結成した。FAは07年の米国との自由貿易協定(TLC)反対闘争を担った青年が加入することで急成長した。


といったあたりが、日本語で読める情報。

後は英文で、ホセ・メリノ、拡大戦線、ホセ・マリア・ビジャルタ、ルイス・ギジェルモ・ソリスあたりを検索すれば良いということになるが…

まぁ、とりあえず与党崩れのPACに「雨宿り」というところか。それでもフィゲーレス以来60年の「リベラル保守」に決別したという意味では大きいが、拡大戦線がどれほどのものかというのが興味の焦点だろう。

*これは第一報で、評価はゴロッと変わります。