進化の王道は、ヒトではなく鳥の脳
以前、「最高の脳の姿というのは鳥の脳ではないか」と述べたことがある。
以前、「最高の脳の姿というのは鳥の脳ではないか」と述べたことがある。
鳥の脳はなんの無理もすることなく、進化の法則に従って深化した。だから構造上なんの無理もなく小型で高性能の脳を実現した。
それに比べ人間の脳の何たる不様なことか。脳の容量がいくら大きいからと言ったって、ほとんどは電線(と絶縁鞘)だ。脳として使っているのは僅かな部分だ。
神経線維は何本あっても所詮は線維
ある科学者は、このような神経線維の網の目こそが脳の本質であり、そこにこそ思考や判断が宿っているのだと言う。アホなこといいなさんな! それは、パソコンの後ろに走っている無数の電線が、パソコンの本体だと言っているのと同じでしょう。そんなモノないほうがいいに決まっている。
神経線維は何本あっても所詮は線維
ある科学者は、このような神経線維の網の目こそが脳の本質であり、そこにこそ思考や判断が宿っているのだと言う。アホなこといいなさんな! それは、パソコンの後ろに走っている無数の電線が、パソコンの本体だと言っているのと同じでしょう。そんなモノないほうがいいに決まっている。
ペタペタと大脳や小脳をくっつけ、むかしの温泉旅館ではないが、本館・新館・別館・第二別館と継ぎ足しただけのものだ。
人間の脳が醜い理由
人間の脳が醜い理由
理由は2つある、進化の辺縁系として夜中にコソコソ動き回っていた小哺乳動物が、天変地異により突如、生態系トップの地位を押し付けられたからだ。
本来の脳はすでにそれなりに出来上がってしまっていたから、いろんなアタッチメントやブースターを外付けして、機能をアップせざるを得なかった。
本来の脳はすでにそれなりに出来上がってしまっていたから、いろんなアタッチメントやブースターを外付けして、機能をアップせざるを得なかった。
そしてもう一つは言語を身につけたからだ。
大脳は結局、「言語脳」だ
大脳は結局、「言語脳」だ
エンゲルスは「猿が人間になるについての労働の役割」を書いて、労働こそが進化の最大の要因だと主張しているが、あれは嘘だ。
言語以外の仕事や能力はすべての動物が持っている。集団の狩り(労働)による第二の天性もほぼすべての動物に共通している。
肝心なのは人間が集団行動の手段として言語を使ったことだ。
言語は時間軸上に構築された表象
言語は時間軸上に構築された表象
言語の最大の特徴は音の連なりにある。つまり時間軸上に構築された表象なのだ。
しかも狼煙や手旗信号のようなまどろっこしさではなく、リアルタイムで猛烈な情報が受け渡りされなければならない。だから10の子音と5つの母音(日本語)を使いこなすことで、瞬間情報量を増やすしかなかった。
たまたま人間は樹から降り、起立歩行することになって声帯周りの自由度がアップし、それが可能だったから、主役が回ってきたのだ。同時にそれを識別できる聴覚(というより音声識別力)をみんなが共有することになったのだ。
言語活動の高度化に伴う脳の組織改編
たまたま人間は樹から降り、起立歩行することになって声帯周りの自由度がアップし、それが可能だったから、主役が回ってきたのだ。同時にそれを識別できる聴覚(というより音声識別力)をみんなが共有することになったのだ。
言語活動の高度化に伴う脳の組織改編
言語が人間の脳活動の中心となった瞬間から、猛烈なシステム化が始まり、脳構造の改築が始まった。
動物の脳の基本構造である「三脳構造」はある意味で全面否定された。
それまでの視覚(三次元的弁別)優位の脳システムは聴覚(音声識別)を基本とする構造に切り替わった。ただし聴覚は一般的な鋭さではなく、言語を弁別する能力が求められるようになった。
さらに聴覚だけでなく聞いた音を、一連のものとしてまとめ、記憶し、意味づける能力が求められるようになった。それはこれまで全く存在しなかった能力であり、作り上げていく他なかった。
言語活動の三要素(コード化、演算、メモリ蓄積)
言語活動の三要素(コード化、演算、メモリ蓄積)
これは私の独断だが、言語活動を遂行するためには、読み取り(シラブル化)機能と、メモリー(作業用)と演算回路が必要だ。
現在ではこれが聴覚中枢とウェルニッケで行われているが、当初からそうであったかは不明である。ただ、いずれにせよ中脳下丘の機能から派生したのかも知れない。
聴覚優位化に伴う視覚の運命
聴覚優位化に伴う視覚の運命
聴覚(言語覚)が聴覚をしのいで知覚・識覚の頂点に座ったとき、視覚は聴覚の前にヒザマづくことになった。
知覚が知識(習慣)に置き換わるということは、視覚をふくめた知覚というものが、「物語」の一コマとして認識されることになる。
言葉が認識の支配者となり、その時間軸上に視覚的事象を始めとする体験、姿勢感覚、運動体験などが散りばめられていくことになる。
中でも最大の進化論的変化は、視覚の時間軸化であろう。
視覚の時間軸への組み込み
視覚の時間軸への組み込み
網膜からの画像はいったん後頭葉に投射され、シンボル化処理と動画化処理を加えられる。そしてシンボル化視覚情報は側頭葉へ、動画化情報は頭頂葉の中心溝後部に整列させられる。
この内とくに動画化情報が脳のクロック機能として言語を統御する。なぜなら言語は時間軸情報であるが故に、クロック機能が必須なのにも関わらず、聴覚には前後の認識という相対的な機能しかなくて、クロック機能はないからだ。このクロック機能は文字の読解にも必須の機能だ。もっとも、これはずっと後の話だが…
一度は、聴覚に従属したと見えた視覚が。このクロック機能によってふたたび脳機能の首座を占めるようになる。(その優位性は必ずしも絶対的なものではないが)
連合機能は、モジュール化出来なかったためのシノギの手法
連合機能は、モジュール化出来なかったためのシノギの手法
結局これらの機能がすべて大脳に押し付けられるようになり、それが大脳の異常な肥大をもたらした。
たしかにそれらの機能は「連合機能」であり、線維性連絡の増大によってしか実現できなかったのかもしれない。
とはいえそれは不格好でグロテスクである。鳥の脳進化の先に、人間のような機能を持つ脳は実現できなかったのであろうか。
これからAIを構築していく人たちにそのような問い掛けをしてみたい、と、ふと思った次第である。
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