シャクシャイン像をめぐる経過

1970年9月15日  静内の真歌公園(シャクシャインのチャシ遺跡)に、立像が建立される。主体は任意団体「シャクシャイン顕彰会」で、有志の寄付により制作された。

彫刻家竹中敏洋がデザインしたもので、強化プラスチック製の立像。高さ3.5mで、杖の先までの長さは4.2mあった。
下の写真は
新ひだかアイヌ協会
より転載。

旧シャクシャイン像
1972年9月20日、結城庄司ら5人がシャクシャイン像の台座に刻まれていた町村金五知事の名を削り取る。犯行には新左翼の太田竜や足立正生・新谷行も加わっていた。

1972年9月30日 児童書「明日に向かって アイヌの人びとは訴える」が発刊される。
松前藩への怒りを表した姿ではなく、「風をはらんだカッコロ(マント)を背に、エクンネクワ(山杖)を右手にかざし、神の祈りを聞くシャクシャインの姿」を表現したものです。
1976年 シャクシャイン顕彰会、維持や管理の問題などから静内町に寄贈。

1988年 北海道ウタリ協会(現在は北海道アイヌ協会)は、「アイヌ新法」制定を政府や各党に求めるための決起集会をここで開催。

2007年 「先住民族の権利に関する国連宣言」が採択される。これに基づき国連の監視機関から日本政府に新たな改善勧告。

2002年 竹中敏洋が死亡。70歳。像のマザーは残されており、再建は困難ではない。

2010年 修復の手が加わることは一度もなく、損傷が強まる。顕彰会有志が町に修繕を提案。町側の反応無し。

2013年 第67回シャクシャイン法要祭。主催者はアイヌ団結の拠り所としてのシャクシャイン像の意義を強調。

2015年 

12月 新ひだかアイヌ協会(大川会長)が像の建て替えを決定する。ひび割れがひどくなるなど老朽化が理由とされる。協会は、アイヌ新法検討を踏まえ、“穏やかな表情”の新像を発注する。「いまはアイヌ民族と和人が共存する時代になった」としてデザインの変更も視野に入れる。
予算は数千万円程度を見込み、協会をNPO法人化し寄付を募ることとなる。

従来の像の存置を主張するシャクシャイン顕彰会はこれに反対。いったんは旧像を残したまま新像も立てることになる。

2018年

9月20日に新ひだか町は「老朽化が進み、倒壊の恐れがあり危険」として旧像を撤去した。
重機によってバラバラにされた旧像は産廃扱いで最終処分場に送られた(北方ジャーナル)
顕彰会の会長は「取り壊して撤去するぐらいなら、台座から切り離してこちらに渡してほしいと頼んだのですが、町の答えはノーでした」と語る(北方ジャーナル)
9月23日 新しいシャクシャイン像がお披露目された。
新ひだかアイヌ協会の会長が挨拶。「新しい像は、戦いをよびかけるのではなく、平和と共生を祈る姿に変わった。この像がアイヌ民族の象徴だと思う」
北海道アイヌ協会理事長はアイヌ政策を進めている政府に感謝する挨拶。

10月28日 旧像存続を訴えていた顕彰会会員たちがイチャルパ(慰霊の儀式)を行う。

シャクシャイン顕彰会は旧像の撤去を「納得いかない」として、旧像の型枠を用いた独自の再建計画を立てる。町に土地の使用許可を求めているが、国指定の史跡内のため協議は進んでいない。

2019年

9月 新ひだかアイヌ協会の慰霊祭。会長挨拶「シャクシャインは無念の最期を遂げたが、今は共存の時代となった」と強調。

10月20日 旧像前で「静内アイヌ協会」が法要祭。道議や町議ら関係者約50人が出席。

写真家・及川修さんのブログより拝借しました。素晴らしい写真です。見られないままに終わってしまい、惜しいことをしました。
syaku_2017_04_03


旧像撤去の経過については下記の記事が詳しい。

平田剛士|2018年11月21日

「北方ジャーナル」新ひだか町発・新しい「アイヌの英傑像」に噴き出す批判【その2】
シャクシャイン像の喪失を生んだ行政の怠慢と責任

ネット上で集められる情報の範囲内だが、次のことが言えるようだ。
1.旧シャクシャイン像は、70年代~80年代のアイヌ民族運動の高揚に際し、一種のシンボルとしての意義が付与されたようだ。
2.それに比例するかのように、静内町側には、旧シャクシャイン像に対し不快感が鬱積していたようだ。撤去に際しての悪意溢れる対応はそのことを示している。
3.しかしシャクシャイン像自体は一種の観光資源でもあり、90年代に入って国際的にもアイヌ問題が注目され、それに対応して政府の「箱もの対応」も強まったことから、見かけ上は尊重する姿勢を取らざるを得なかった。
4.この矛盾が、76年の買取り後の像に対する40年にわたる「ネグレクト」として結果した。像の劣化をもたらした原因は風雨ではなく、一日も早く像が朽ち果てることを待ち望む行政の姿勢であった。
5.そして40年が経ち、像は危険形造物となった。町は建て替えを勧めたのではないか。アイヌ協会を前面に立てて、表面上はNPOを立ち上げ寄付金で賄うことにしつつ、あの不愉快な旧シャクシャイン像を消し去ろうということであろう。(決算報告が残っていれば財源の内訳は判定可能であろう)
6.どちらがイデオロギー的対応かと言うと、間違いなく町の側である。アイヌ民族はシャクシャインの戦いを民族の誇りと考えている。だからそれを顕彰するなと言うのは、きわめてイデオロギー的な対応だ。