ついで、人名をウィキペディアで追っていくこととする。
彼らの主張は、「ディールス・クランツの断片集」としてまとめられている。

紀元前6世紀  ミレトスのイオニア人社会で自然哲学が興る。タレス、アナクシマンドロス、アナクシメネスに代表される。タレスは万物の根源(アルケー)は「水」だと考えたが、アナクシマンドロスは観察不可能で限定できないもの(アペイロン)と考えた。
さらにアナクシメネスは、万物の根源は、濃縮にも希薄にもなれる要素、すなわち「空気」だと定義した。
この辺は、小学校の教室で生徒が次々に手を上げて考えを述べるのに似ている。

略歴をウィキペディアその他から抜き出した。

タレス

紀元前624年頃 - 紀元前546年頃の人。フェニキア人の名門の家系であった。
イオニアに発したミレトス学派の始祖である。
タレス自身の著作は残っておらず、言及した断片から推察する他ない。

彼は万物の根源を水と考えた。
存在する全てのものは水から生成され、やがて水へ回帰していく。万物はDefiniteだが水はUndefiniteである。世界はUndefinite からDehfinaiteされ、やがてUndefinite へと回帰していく。
世界は水からなり、大地は水の上に浮かんでいると考えた。

第一に、「万物の根源は水である」というのは誤りだが、「万物の根源とは何か」という問いを立てたことに功績がある。つまりタレスは最初の回答者ではなく、最初の質問者として意味を持つのだ。

第二に、物質のあり方を、より混沌系で自由度の高いあり方に還元しようとしたことである。固相より液相という還元は非常に本質をついた提起である。ただし液体には形がない。物事を「形あるもの」と考える限り、精霊が宿ることのできない「形なきもの」との往来は素直には頷けないものがあろう。

液相というのは4つの特徴を持つ。
1.可塑性: 「溶けて流れりゃみな同じ」という融通さ
2.相転移の容易さ: 相としての熱エネルギー保持
3.流動性: 流体としての力学エネルギー保持
4.溶媒: 固化だけでなく析出という形で個体の源となる。

これだけでもタレスの水=アルケー論はきわめて優れていて、発展的で多方向的である。

アナクシマンドロス

アナクシマンドロスは紀元前570年頃の人。彼の言葉は断片が伝えられている。
アナクシマンドロスは、万物の根源は「無限なもの」であるとし、それは宇宙に秩序を与えていると説いた。

存在するもの “Da Sein” は時の定めに従って、生成してきたところへ戻り、消滅する。これは必然的である。
万物の根源は「無限なもの」である。そして無限なものの本性は、永遠である。

アナクシマンドロスの言葉は解釈が難しい。一見、タレスからの退歩にすら見える。しかし彼の言う「観察不可能で限定できないもの」(アペイロン)は時間軸そのものを指しているように思える。タレスは事物を空間的自由度を上げることで、事物をより根源的で未定型なものに還元しようとした。

それとおなじように、アナクシマンドロスは事物を時間軸の上において時空的自由度をあげようとしているのではないか。
そして事物を時間微分像(時間軸上の旅人)と描き出すことで、シンボル化とエネルギー付与作業を果たそうとしている。

ただしこれは高度に抽象的な操作になるので、唯名論的な方向にバイアスを受けやすい。それをヘラクレイトスがしっかり受け止めて万物流転につながったとするなら、その意義は大きなものになるのだが…

アナクシメネス

アナクシメネスは万物の根源を「空気」だと考えた。
私たちの魂は空気である。その魂が私たちをしっかりと掌握している。
それと同じように、気息と空気が宇宙全体を包み込んでいるのだ。
これはタレスの二番煎じとしての側面がある。「液体がアルケーなら気体はもっとアルケーだろう」と考えたのだろう。そんなことは少なくとも現代ならすぐに考えつく。

ただ問題は、おそらく当時の人は「空気は空っぽだ」と思っていただろうということだ。つまり「無が有の根源」だと主張している理屈になる。
だから論理的には容易い一歩であっても、常識的にはかなり受け入れにくい説ではなかっただろうか。

アナクシメネスは次のように語っている。
空気は物質を持たないもの、すなわち無に近い。
しかしそれは同時に、無限であって豊かであるはずだ。なぜなら私たちはこの空気が流れ出ることによって、生じるにいたるのだから。
そしてそれは絶対に尽きることがない。
三点セットでミレトス派哲学を見る

この3人を含め、古代ギリシャの自然哲学者たちは、素朴な唯物論者であり、人間も自然の一員であると認識していた。

ミレトス以降の自然哲学

ヘラクレイトス 
紀元前540年頃~480年頃

哲学者は「万物の根源とは何か」を探求してきたが、彼はその議論を、「世界とは何か」の問いに発展させた。

ヘラクレイトスは世界は「在る」ものではなく、「成る」ものだと考えた。

世界は対立するものの調和によって、変化しつつ、その時間ごとに「成立」していると主張した。
人は同じ川に2度入ることはできない。なぜなら、われわれは存在するとともに、存在しないからである
「火」は絶えず変化しその姿を変えながら、火としての特質を保持し続ける。したがって「火」は幻ではない。
世界は「永久に生きる火」である。

ヘラクレイトスは弁証法を貫くことで唯物論の立場に身を置いた。

パルメニデス

反自然哲学派のエレア派を代表する哲学者である。紀元前515年頃 南イタリアの植民市に生まれる。エレア派はピタゴラスの「すべてのものの根源は数字である」という流れを汲み、一種の唯名論の立場に立つ。その議論は抽象的で主観的であり、要するに良く分からない。

ヘラクレイトスを批判し「有るものはあくまでも有り、無いものはあくまでも無い」と主張。
なぜなら「存在するものが存在しなくなり、ある存在が他の存在になる」というヘラクレイトスの論理は不可能である。
川は川であり、水が流れていても川は川として変わらず存在している。
のだから。

しかしこれは反論になっていない。なぜならヘラクレイトスの主張の含意を理解していないからだ。

ヘラクレイトスはパルメニディスのような考えを否定しているわけではなく、それを受け入れた上で、「でも中身は変わっているだろう」と言っているのだ。

デモクリトス

紀元前460年頃~370年頃
エーゲ海北岸のトラケアに位置するイオニア人の植民地アブデラに生まれる。この街はペルシャの支配を嫌ったミレトスの人が移住したことで知られる。
最後の自然哲学者で、イオニア哲学の流れをくむ。

ウィキペディアの「デモクリトス」の記事で「イドニア派」という表記があり、多くの日本語文献がこれを踏襲しているようだが、英語にはこのような言葉はない。「イオニア派」の誤植ではないか。

ソクラテスよりも後に生まれているが、その影響は受けていない。

デモクリトスはエレア派の「あるものはどこまでもあり、あらぬものはどこまでもあらぬ」とするドグマと対決する。

彼は、無限の空虚(ケノン)の中に、目には見えない物体が満たされていると考えた。そして「あるもの」として実体のみならず、「空虚」もあるものとして考えることで、実在と認識をめぐるジレンマを克服した。

そして、小さすぎて目に見えず、それ以上分割できない「原子」(アトム)が、空虚の中で運動しながら、世界を成り立たせているのだとした。

あらぬものは、あるものに少しも劣らずある。

これがデモクリトスの結論である。
こうして認識の相対的限界に規定されない、運動や実在の枠組みを原子論として構築する。実に見事である。

デモクリトスのもう一つの理論的前進は、「無意味な必然である原子が、感覚や意識、さらに魂も形成する」という徹底的な実在的価値観だ。

これに何故、なんとも不格好な快楽主義がくっついてしまうのか不思議だが、これについては無視。

5+1で覚えておけば良い

つまりミレトスの御三家と、その衣鉢を継ぐイオニア派のヘラクレイトスとデモクリトスと覚えておけばよい。+1というのはエレア派のパルメニデスで、この人がヘラクレイトスとデモクリトスの間に入ると納まりが良い。




その後調べていくと、外すわけには行かない功績のある哲学者が何人かいる。とりあえず番外として上げておく。

アナクサゴラス Anaxagoras

紀元前500年頃 - 紀元前428年頃

イオニア出身。紀元前480年、アテナイに移り住み、科学精神を持ち込んだ。

物体は限りなく分割されうるとし、この無限に微小な構成要素を「スペルマタ」(種子)と呼んだ。

ごちゃまぜだったスペルマタは「ヌース」によって整理され、秩序ある世界ができあがった。

(ヌースは理性と訳されているが内因と捉えるのが適切であろう)

ヌースが原因となって、原始の混合体は回転を初めた。それはある一点から始まり、遠心作用で拡大した。
(ビッグバン理論を思わせる)

太陽は「灼熱した石(に過ぎない)」であると説き、太陽神アポロンへの不敬罪に問われ、アテネを追放された。


アルケラオス

アナクサゴラスの弟子で、自然学をイオニアからアテナイにもたらした一人である。

最も過激な意見は以下のもの

生物は土から生まれる。最初の人間もそのようにして生まれた

正しいことや醜いことは自然本来にはなく、法律や習慣によって生じる。


アポロニアのディオゲネス

紀元前460年頃の人。トラキアのミレトス人植民地アポロニア出身で、アテネに移った。変人哲学者のディオゲネスとは別人。

アナクシメネスの空気=起源論を引き継ぎさらに強調。すべての物質は、濃縮化と希薄化によって派生したものとする。

また、意識は必然的に空気に宿っていると主張。かなり原子論に接近している。


レウキッポス Leukippos

紀元前440-430年頃 

ミレトスに生まれ、エレアに赴いてパルメニデスに学んだ。

その後デモクリトスの師として原子論を創始した。

1.事物の総体は限りがない

2.宇宙のすべては虚(Kenon)と実(アトム)からなる。

3.アトムは虚に放出され他のアトムと関係する。

4.アトムが集まると渦を生じ、形の似たもの同士が結びつき、物体を生ずる。

レウキッポスの偉いのはイオニア哲学の嫡流でありながら、わざわざエレアに赴いてパルメニデスに学んだことである。
すでにイオニア派の雄アナクサゴラスがアテネに衝撃のデビューを果たし、哲学界を席捲している。ミレトス派の最大の論敵から謙虚に学ぶということはなかなかできることではない。
おそらくパルメニデスのヘラクレイトス批判が相当応えていたのだろう。
こうやってヘラクレイトスを止揚する形で「原子論」を立ち上げたのならば、それはいわばギリシャ古典哲学の粋を集めた理論だったのではないだろうか。
そして、レウキッポス→デモクリトスの原子論がギリシャ古典哲学の最高の到達だとすれば、プラトンの哲学というのは何なのだろうか。それはソフィスト哲学の集大成でしかなかったのではないか。
(すみません。アルコールが入るとつい、だいそれた事を言ってしまいます)