縄文前期と呼ばれる紀元前5千~6千年頃、満州から沿海州にもかなりの土器文化が認められる。それは熱河省まで及んでいる。
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特徴としては平底であること、網目様文様が施されていることであり、日本の縄文様式と類似している。

しかしこれらの土器文化を担った人々は明らかに日本人と異なる。この頃すでに日本人=縄文人の主体はD2とC1の混血であろうと思われる。

したがって消去法で考えれば、この極東文化の担い手は、今もこの地に住むC2群であろうと思われる。

これらの事実はY染色体ハプロC2群とD2+C1群の相互浸透を強く示唆している。

ただその相互作用が、いかに形成されたのかは不明である。

とくに謎となっているのが、この時期における朝鮮半島の土器文化の「空白」であり、九州南部に1万年前に出現し、鬼界カルデラの噴火を以って消滅した超早期縄文文化の由来である。

この点に関して積極的な意義を持つ論文を見つけた。

イェスナー「北太平洋における海洋適応の動物考古学的展望」(国立民族学博物館 2009年)

この論文によると、紀元前5世紀の環日本海的減少は、海洋適応(maritime adaptation)と言うのだそうだ。

ロシアで「アムーリア」と称される大領域がある。アムール河口域・オホーツク海・日本海・日本列島の全域を包摂する領域で、この領域の自然が「海洋適応」を生み出したらしい。

「海洋適応」は縄文時代前期(BP 6500~5700 年頃)に著しく進んだ。同時期に生じた海進(marine transgression)と関連するであろう。