堀辰雄の作品「美しい村」に出てくるレエノルズ先生は、明らかにマンローのことだ。
以下、関係部分を引用する。
私はいつもパイプを口から離したことのないレエノルズさんのことを思い出した。そして今の人影はその老医師にちがいないと思った。
…それはあの四十年近くもこの村に住んでいるレエノルズ博士が村中の者からずっと憎まれ通しであると言うことだった。ある年の冬、その老医師の自宅が留守中に火事を起したことや、しかし村の者は誰だれ一人それを消し止めようとはしなかったことや、そのために老医師が二十数年もかかって研究して書いていた論文がすっかり灰燼に帰したことなどを話した、
爺やの話の様子では、どうも村の者が放火したらしくも見える。
――それ以来、老医師はその妻子だけをスイスに帰してしまい、そうして今だにどういう気なのか頑固に一人きりで看護婦を相手に暮しているのだった。(美しい村)
堀は、1930年(昭和5年)10月に喀血し入院している。その後軽井沢の知人のもとで療養生活を送っている。おそらくそのときにマンローの存在を知ったのであろう。交際した形跡はない。
そして「美しい村」を執筆・発表したのは1933年のことだから、すでにマンローが北海道に転居したあとだ。

堀辰雄の心の「黒い奥底」

“憎まれ通し”というのは創作であろう。その証拠としてあげた火事騒動は二風谷での話だ。
だから堀が、ある意味でっち上げまでしてマンローの悪口を言いふらすのは解せない。
70歳近くなって、北海道の山の中のアイヌ部落へ定着して、現地の人達のために尽くそうというのは、決して“頑固に一人きりで看護婦を相手に暮す”ことではない。少なくとも後ろ指を指すような行いではない。

堀がマンローの悪口を書いた40年ほど前、バチェラーは函館の学生の驚くべき言動を次のように書き留めている。
哀れな者を軽蔑する事は人道に外れた事です。学生達はまるで気狂い程傲慢になって信じ難い事、驚くべき事を申した。実に其点 に於て心の悪い青年だと残念に思いました。
『アイヌ民族は本当の人間では無い。人と犬との混血児だ。人間の子孫で無いから犬程、熊程毛がはえているのだ。言葉はあっても極く僅かで悪い言葉ばかりだ。食べる物は皆何にも料理しない。生のまま食べる。又其外の事も余り野蛮ですから、その中へ行く事は甚だ危険な事 だ』と、斯う学生達は言うのでした。
学生というのは当時の知的エリートであり、もっとも革新的な層を形成していたであろうと思われるが、それにしてこの態度だ。平均的日本人のアイヌ観がいか程であったかが想像される。

堀辰雄の女性観

なにかマンローの女性関係が気になっているようだが、「詩人」らしからぬゲスの勘ぐりだ。「看護婦を相手に」というのも、何か見下した物言いだ。
しかも書いた時点で本人たちは健在なのであるから、失礼千万な話ではある。

私の見るところ、マンローはペール・ギュントのようだ。万年青年で、幾分自己中で放浪癖がある。金には無頓着だ。親兄弟にも無関心だ。女性遍歴は、港々で恋をする懲りない性格の証だ。少々羨ましくもある。

これだけモテるというのは、少なくとも表面的には“良い人”だからだろう。二風谷の住民に最後まで敬愛され続けたのも間違いなさそうだ。臨床医としては理想的な性格かも知れない。
このような人物を「倫理的」に否定しようとする堀の心根には、日本のエリートの浅ましさ、おぞましさを感じてしまう。