イギリスの恐慌を中軸とする19世紀経済史

1815年 ワーテルローの戦い。イギリスが世界の覇者として復活。

1815年 穀物法が制定。地主保護が明確となる。

1825年 イギリスで世界最初の恐慌が発生。世界最初の鉄道営業が開始。

1832年 第1回選挙法改正が議会を通過。中産階級と産業資本家が参政権を得る。

1833年 一般工場法が制定される。労働者保護が具体的に動き出す。翌年には救貧法も成立。

1833年 東インド会社が商業活動を停止。重商主義が終焉を迎える。

1836年 イギリスで2回目の恐慌が発生。 

1837年 ヴィクトリア女王が即位。

1838年 参政権を求める労働者がチャーティスト運動を組織。

1840年 アヘン戦争。清朝を下し東アジアの覇権を確立。

1846年 穀物法が廃止される。さらに関税の廃止、航海法の廃止が続き、自由貿易主義に基づく海外発展が進む。地主階級の政治的影響力は失われる。

1847年 イギリスで3回目の恐慌が発生。独仏で連動。

1848年:マルクスとエンゲルスが『共産党宣言』を発行。

1857年 イギリスで4回目の恐慌が発生。独仏米で連動。

1857年 インドでセポイ(傭兵)の乱が発生。

1866年 イギリスで5回目の恐慌が発生。

1873年 イギリスで6回目の恐慌が発生。独仏米で連動。このあと1896年まで世界的な「大不況」が続く。ただしこの22年間の実質 GDP は、アメリカとドイツは2倍、イギリスとフランスも 5 割増大している。

1875年 アメリカ,ドイツが保護主義に戻る。世界輸出に占めるイギリスのシェアは急速に低下する。

1875年 イギリスがスエズ運河会社株を買収。

1877年 インドを植民地化し「インド帝国」を創設。ビクトリアが皇帝を兼任。

1882年 イギリスで7回目の恐慌が発生。フランスは最も深刻な恐慌を経験する。日本でも松方デフレが発生する。

1890年 イギリスで8回目の恐慌が発生。

1900年 イギリスで9回目の恐慌が発生。独仏日で連動。


ということで、経済史の世界ではまるっきりだめ。相対的剰余価値の低下で恐慌のすべてを説明しようという話だ。
1867年以前のマルクスも多分そうだったのだろうと思う。しかしマルクスはそこからもう一つ上に登っている。それが信用の拡大だ。
おそらく、拡大する信用が、イギリスの産業と産業資本家を捕まえ、絞め殺したのだろうと思う。