大和生命保険は、かつてあった生命保険会社である。
“だいわ”ではなく、“やまと”と読む。

1889年9月20日に創業。当初の社名は日本徴兵保険株式会社であった。

徴兵検査に合格して兵営に入営すると経済的不利益を生じる。安穏に家庭業務に従事しているものから一定の金額を醵出させるべきと考えた。こうして徴兵保険が考え出された。
大手は4大徴兵保険と呼ばれた。それは
第一徴兵保険→東邦生命、富国徴兵保険→富国生命保険、日本徴兵保険→大和生命、国華徴兵保険→第百生命である。

1945年終戦とともに、10月に日本徴兵保険が大和生命株式会社に改称。

1947年10月 大和生命保険相互会社に組織変更した。その後も「ヤマト生命」の通称は残された。

2000年8月、大正生命保険株式会社が破綻。大和生命はソフトバンクと組んで、大正生命の受け皿となる。

2001年2月21日 - ソフトバンク・ファイナンスと折半出資で、「あざみ生命保険株式会社」を設立。大正生命保険の受け皿会社となる

ここからはウルトラCの離れ業。ウィキペディアの記載では複雑すぎてよくわからない。

2001年7月1日、あざみ生命保険株式会社に、大和生命の営業を譲渡し、財産の管理を委託した。

2002年4月1日に、あざみ生命保険株式会社と合併。此処から先が小細工。
あざみ生命を存続会社とし、大和生命保険相互会社を消滅させる。同時にあざみ生命の商号を大和生命保険株式会社に変更する。結果として相互会社から株式会社への組織変更。

2008年

9月 リーマンショックの影響から114億円の債務超過となり、経営破綻。最終的に債務超過額は643億まで膨らんだ。リスクの高い投資が多かったとされる。

10月10日に、会社更生の手続きを開始。東京地方裁判所に更正特例法申請を提出した。

2009年

4月 米国プルデンシャル・グループのジブラルタ生命が69億円を出資することで合意。

ジブラルタは地中海のジブラルタル海峡にある岩山、「ジブラルタ・ロック」から命名されたもの。岩山のように安全というのが謳い文句。
1280px-Rock_of_Gibraltar_South_View
4月30日、更生計画の認可が決定。ジブラルタ生命の完全子会社となる。

6月1日 更生手続が終結。社名はプルデンシャル・ファイナンシャル・ジャパン生命保険株式会社へ変更される。この社名変更もきわめて複雑である。その理由は、持株会社であるプルデンシャル・ファイナンシャル・グループそのものが、きわめて複雑な構造になっているからなのだが、これ以上の解説はしない。

(日本)ジブラルタ生命とは別会社である。こちらの前身は2000年に経営破綻した協栄生命保険である。こちらは(本家の)ジブラルタ生命とは関係なく、プルデンシャル米国本社が買収し、事業を承継している。

2010年4月1日、プルデンシャル・ジブラルタ・ファイナンシャル生命保険(The Prudential Gibraltar Financial Life Insurance Co., Ltd)に商号変更する。ジブラルタ生命との資本関係を明確化することを目的とする。

2013年4月からは、「PGF生命」を社名の略称として使用している。銀行窓販チャネルに特化した営業を行い、ジブラルタ生命との棲み分けを行っている。